(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-12
(45)【発行日】2024-12-20
(54)【発明の名称】バインダー溶液、スラリー、固体電解質層、電極及び全固体電池
(51)【国際特許分類】
H01M 4/62 20060101AFI20241213BHJP
H01M 10/0562 20100101ALI20241213BHJP
H01M 10/052 20100101ALI20241213BHJP
H01M 4/139 20100101ALI20241213BHJP
H01M 4/13 20100101ALI20241213BHJP
【FI】
H01M4/62 Z
H01M10/0562
H01M10/052
H01M4/139
H01M4/13
(21)【出願番号】P 2023500818
(86)(22)【出願日】2022-02-14
(86)【国際出願番号】 JP2022005595
(87)【国際公開番号】W WO2022176796
(87)【国際公開日】2022-08-25
【審査請求日】2023-08-02
(31)【優先権主張番号】P 2021022818
(32)【優先日】2021-02-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【氏名又は名称】新山 雄一
(72)【発明者】
【氏名】四家 彩
(72)【発明者】
【氏名】長澤 善幸
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 民人
【審査官】前田 寛之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2021/015230(WO,A1)
【文献】特開2019-091632(JP,A)
【文献】特開2010-262916(JP,A)
【文献】特開2000-082470(JP,A)
【文献】国際公開第2017/104583(WO,A1)
【文献】特開2016-212990(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00- 4/62
H01M10/05-10/0587
H01M10/36-10/39
H01G11/00-11/86
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ化ビニリデン重合体からなるバインダーと、有機溶媒とを含む全固体電池用バインダー溶液
と、硫化物系固体電解質とを含有するスラリーであって、
前記有機溶媒は、環状エーテル、ケトン、及びエステルからなる群より選択される少なくとも1つであり、前記有機溶媒の沸点が60℃以上160℃以下であって、前記有機溶媒の残留水分量が300ppm以下であ
って、
前記フッ化ビニリデン重合体が、フッ化ビニリデンに由来する構成単位と、ヘキサフルオロプロピレンに由来する構成単位とを含む共重合体であって、
前記ヘキサフルオロプロピレンに由来する構成単位の含有量が、前記共重合体の全構成単位に対し、15質量%以上35質量%以下であり、前記フッ化ビニリデンに由来する構成単位の含有量が、前記共重合体の全構成単位に対し、65質量%以上85質量%以下である、スラリー。
【請求項2】
前記有機溶媒の沸点が80℃以上160℃以下である、請求項1に記載の
スラリー。
【請求項3】
前記有機溶媒が、1,4-ジオキサン、酪酸エチル、酢酸アミル、酢酸イソプロピル、及びプロピオン酸エチルからなる群より選択される少なくとも1つである、請求項1又は2に記載の
スラリー。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載のスラリーから作製された固体電解質層であって、イオン伝導度が0.05×10
-3S/cm以上である固体電解質層。
【請求項5】
請求項1~3のいずれか1項に記載のスラリーと、活物質を含有する電極合剤。
【請求項6】
請求項
4に記載の固体電解質層を含む、電極。
【請求項7】
請求項
4に記載の固体電解質層を含む、全固体電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バインダー溶液、スラリー、固体電解質層、電極及び全固体電池に関する。
【背景技術】
【0002】
全固体電池の電極は、例えば、バインダーとしてのフッ化ビニリデン重合体と活物質と固体電解質と溶媒とを混合したスラリーを作製し、当該スラリーを集電体に塗布・乾燥することで作製される。この際用いられる溶媒が固体電解質と反応すると、固体電解質のイオン伝導度が下がり、電池性能が低下することが懸念される。よって溶媒は固体電解質との反応性が低いものである必要があり、特許文献1や2に記載されているように、従来から、酪酸ブチルなどが用いられてきた。
【0003】
しかしながら、酪酸ブチルなどの溶媒に対して、フッ化ビニリデン重合体の溶解性が低く、スラリーはフッ化ビニリデン重合体が溶媒に分散した分散液となるため、該重合体が溶媒に溶解した溶液に比べてスラリー中のフッ化ビニリデンの均一性が悪く、スラリー作製の工程において活物質とフッ化ビニリデンが反応し凝集物が発生することがある。よって、固体電解質との反応性が低く、かつフッ化ビニリデンの溶解性が高い溶媒を用いたスラリーが求められている。
【0004】
また、酪酸ブチル以外の溶媒を用いた技術としては、特許文献3に、非水電解質二次電池用に用いることを意図した、フッ化ビニリデン重合体とエチレングリコールモノブチルエーテルアセタートとを混合したポリマー溶液が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-025025号公報
【文献】特開2016-025027号公報
【文献】国際公開第2019/230140号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、本発明者らの検討によれば、エチレングリコールモノブチルエーテルアセタートを溶媒として用いた場合でも、フッ化ビニリデン重合体は均一に溶解しておらず、分散状態であり、また、該溶媒と固体電解質を含むスラリーを塗布乾燥して固体電解質層を形成した場合にイオン伝導度が非常に小さくなることが確認された。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、固体電解質との反応性が低く、バインダーの溶解性が高い有機溶媒を用いたバインダー溶液、スラリー、固体電解質層、電極、及び全固体電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、沸点が特定範囲にあって、残存水分量が特定の量以下である特定の有機溶媒を用いることで、上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、フッ化ビニリデン重合体からなるバインダーと、有機溶媒とを含む全固体電池用バインダー溶液であって、
前記有機溶媒は、環状エーテル、ケトン、及びエステルからなる群より選択される少なくとも1つであり、
前記有機溶媒の沸点が60℃以上160℃以下であって、
前記有機溶媒の残留水分量が300ppm以下である、
全固体電池用バインダー溶液に関する。
【0010】
前記有機溶媒の沸点が80℃以上160℃以下であることが好ましい。
【0011】
前記有機溶媒が、1,4-ジオキサン、酪酸エチル、酢酸アミル、酢酸イソプロピル、及びプロピオン酸エチルからなる群より選択される少なくとも1つであることが好ましい。
【0012】
前記フッ化ビニリデン重合体が、フッ化ビニリデンに由来する構成単位と、ヘキサフルオロプロピレンに由来する構成単位とを含む共重合体であって、
前記ヘキサフルオロプロピレンに由来する構成単位の含有量が、前記共重合体の全構成単位に対し、15質量%以上であることが好ましい。
【0013】
また、本発明は、前記バインダー溶液と、固体電解質とを含有する、スラリーに関する。
【0014】
また、本発明は、前記スラリーから作製された固体電解質層に関する。
【0015】
前記固体電解質層のイオン伝導度は0.05×10-3S/cm以上であることが好ましい。
【0016】
また、本発明は、前記スラリーと、活物質を含有する電極合剤に関する。
【0017】
また、本発明は、前記固体電解質層を含む、電極に関する。
【0018】
また、本発明は、前記固体電解質層を含む、全固体電池に関する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、固体電解質との反応性が低く、バインダーの溶解性が高い有機溶媒を用いたバインダー溶液、スラリー、固体電解質層、電極、及び全固体電池を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[全固体電池用バインダー溶液]
本発明の全固体電池用バインダー溶液は、フッ化ビニリデン重合体からなるバインダーと、有機溶媒とを含む全固体電池用バインダー溶液であって、
上記有機溶媒は、環状エーテル、ケトン、及びエステルからなる群より選択される少なくとも1つであり、
上記有機溶媒の沸点が60℃以上160℃以下であって、
前記有機溶媒の残留水分量が300ppm以下である。
以下、全固体電池用バインダー溶液を構成する各成分について、説明する。
【0021】
(バインダー)
本発明において、バインダーとしてはフッ化ビニリデン重合体が用いられる。フッ化ビニリデン重合体は、フッ化ビニリデン(VDF)の単独重合体、及び、VDFと他の単量体との共重合体(以下、「フッ化ビニリデン共重合体」とも称する。)を包含する。フッ化ビニリデン共重合体における他の単量体としては、特に限定されず、例えば、フッ化ビニリデンと共重合可能なフッ素系単量体あるいはエチレン、プロピレン等の炭化水素系単量体等が挙げられる。フッ化ビニリデンと共重合可能なフッ素系単量体としては、例えば、フッ化ビニル、トリフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン、クロロトリフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレン、ペルフルオロメチルビニルエーテルに代表されるペルフルオロアルキルビニルエーテル等が挙げられる。これらのなかでは、接着性の観点から、ヘキサフルオロプロピレンが好ましい。なお、上記他の単量体は、1種単独で用いてもよく、2種を組み合わせて用いてもよく、3種以上を用いてもよい。
【0022】
フッ化ビニリデン共重合体においては、他の単量体に由来する構成単位の含有量は特に限定されないが、分散媒・溶媒との相溶性の観点から、例えば、上記共重合体の全構成単位に対し、15質量%以上が好ましく、15質量%以上40質量%以下がより好ましく、20質量%以上35質量%以下がさらに好ましい。
【0023】
フッ化ビニリデン重合体が、フッ化ビニリデンに由来する構成単位と、ヘキサフルオロプロピレンに由来する構成単位とを含む共重合体か、該2種の構成単位のみからなる共重合体においても、ヘキサフルオロプロピレンに由来する構成単位の含有量は特に限定されないが、電極スラリーの接着性の観点から、例えば、上記共重合体の全構成単位に対し、15質量%以上が好ましく、15質量%以上40質量%以下がより好ましく、20質量%以上35質量%以下がさらに好ましい。
【0024】
バインダーの分子量は特に限定されないが、20万以上150万以下が好ましく、30万以上100万以下がより好ましい。
【0025】
バインダーであるフッ化ビニリデン重合体の調製方法は特に限定されず、通常は、懸濁重合、乳化重合、溶液重合等の方法で行われる。後処理の容易さ等の点から水系の懸濁重合、乳化重合が好ましく、粒子の分散性の観点から、粒子径のより小さいポリマーが得られる乳化重合がさらに好ましい。
【0026】
乳化重合法の調製例を、以下説明する。まず、フッ化ビニリデン共重合体を調製する場合には、フッ化ビニリデン及び他の単量体と、液性媒体と、乳化剤と、をオートクレーブ内で混合する。液性媒体は、フッ化ビニリデン等が難溶な液体である。そして、当該混合液に、液性媒体に溶解可能な重合開始剤を加えて、フッ化ビニリデンや含フッ素アルキルビニル化合物等を重合させる。フッ化ビニリデンの単独重合体を調製する場合には、上記において、単量体として、フッ化ビニリデン及び他の単量体の代わりに、フッ化ビニリデンのみを用いればよい。
【0027】
ここで、重合を行う際のオートクレーブ内の圧力を、重合開始から一定時間、略同一の圧力で維持することが好ましく、特に重合開始(重合率0%)から重合率が90%以上となるまで、同一の圧力で維持することが好ましい。重合開始時の圧力を維持する方法としては、開始剤を添加した直後に単量体を添加する方法が挙げられる。また、重合時のオートクレーブ内の圧力は0~20MPaとすることが好ましく、0.5~15MPaとすることがより好ましく、1~10MPaとすることがさらに好ましい。
【0028】
乳化重合に用いる液性媒体は、上記単量体が難溶な液体であれば特に制限されない。上記単量体は水に難溶性である。そこで、液性媒体の一例として、水が挙げられる。
【0029】
一方、乳化剤は、単量体によるミセルを液性媒体中に形成可能であり、かつ、合成される重合体を液性媒体中に安定に分散させることができるものであれば特に制限されず、例えば公知の界面活性剤を用いることができる。乳化剤としては、非イオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、アニオン性界面活性剤、両性界面活性剤のいずれでもよく、これらを組み合わせて使用してもよい。乳化剤の例には、ポリフッ化ビニリデンの重合に従来から使用されている過フッ素化界面活性剤、部分フッ素化界面活性剤および非フッ素化界面活性剤等が含まれる。これらの界面活性剤のうち、パーフルオロアルキルスルホン酸およびその塩、パーフルオロアルキルカルボン酸およびその塩、ならびに、フルオロカーボン鎖またはフルオロポリエーテル鎖を有するフッ素系界面活性剤が好ましく、パーフルオロアルキルカルボン酸およびその塩がより好ましい。乳化剤としては、上記のうちから選択される1種単独又は2種以上を使用することができる。乳化剤の添加量は、重合に用いられる全単量体の総量を100質量部とすると、0.0001~22質量部であることが好ましい。
【0030】
重合開始剤は、液性媒体に溶解可能であり、かつ単量体を重合可能な化合物であれば特に制限されない。重合開始剤の例には、公知の水溶性過酸化物、水溶性アゾ系化合物およびレドックス系開始剤等が含まれる。水溶性過酸化物の例には、過硫酸アンモニウムおよび過硫酸カリウム等が含まれる。水溶性アゾ系化合物の例には、2,2’-アゾビス-イソブチロニトリル(AIBN)および2,2’-アゾビス-2-メチルブチロニトリル(AMBN)等が含まれる。レドックス系開始剤の例には、アスコルビン酸-過酸化水素等が含まれる。これらの中でも水溶性過酸化物が、反応性等の観点で好ましい。これらの重合開始剤は、1種単独又は2種以上を組み合わせて用いることができる。重合開始剤の添加量は、重合に用いられる全単量体の総量を100質量部とすると、0.01~5質量部であることが好ましい。
【0031】
なお、乳化重合法は、ソープフリー乳化重合法またはミニエマルション重合法またはシード乳化重合であってもよい。
【0032】
ソープフリー乳化重合法とは、上記のような通常の乳化剤を用いることなく乳化重合する方法である。ソープフリー乳化重合によって得られたフッ化ビニリデン共重合体は、乳化剤が重合体粒子内に残存しないため好ましい。
【0033】
また、ソープフリー乳化重合法では、上記乳化剤として、分子中に重合性の二重結合を有する反応性乳化剤を用いることもできる。反応性乳化剤は、重合の初期には系中にミセルを形成するが、重合が進行するにつれ、単量体として重合反応に使用されて消費される。そのため、最終的に得られる反応系中には、遊離した状態ではほとんど存在しない。したがって、反応性乳化剤が、得られるフッ化ビニリデン共重合体の粒子表面にブリードアウトし難いという利点がある。
【0034】
反応性乳化剤の例には、ポリオキシアルキレンアルケニルエーテル、アルキルアリルスルホコハク酸ナトリウム、メタクリロイルオキシポリオキシプロピレン硫酸エステルナトリウムおよびアルコキシポリエチレングリコールメタクリレート等が含まれる。
【0035】
一方、ミニエマルション重合法では、超音波発振器等を用いて強いせん断力をかけて、モノマー油滴をサブミクロンサイズまで微細化し、重合を行なう。このとき、微細化されたモノマー油滴を安定化させるために、公知のハイドロホーブを混合液に添加する。ミニエマルション重合法では、理想的には、各モノマー油滴でのみ重合反応が生じ、各油滴がそれぞれフッ化ビニリデン重合体(微粒子)となる。そのため、得られるフッ化ビニリデン重合体の粒径および粒径分布等を制御しやすい。
【0036】
シード乳化重合とは、上記のような重合方法で得られた微粒子を他の単量体からなる重合体で被覆する重合である。微粒子の分散液に、さらに単量体と、液性媒体、界面活性剤、重合開始剤等を添加し、重合させる。
【0037】
ここで、上記いずれの乳化重合方法においても、得られるフッ化ビニリデン重合体粒子の重合度を調節するために、連鎖移動剤を用いてもよい。連鎖移動剤の例には、酢酸エチル、酢酸メチル、炭酸ジエチル、アセトン、エタノール、n-プロパノール、アセトアルデヒド、プロピルアルデヒド、プロピオン酸エチル、および四塩化炭素等が含まれる。
また、必要に応じてpH調整剤を用いてもよい。pH調整剤としては、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウムおよびリン酸二水素カリウム等の緩衝能を有する電解質物質、ならびに水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化バリウム、水酸化カルシウム、アンモニア等の塩基性物質が挙げられる。
【0038】
また、必要に応じて沈降防止剤、分散安定剤、腐食防止剤、防カビ剤、湿潤剤等の他の任意成分を用いてもよい。これらの任意成分の添加量は、上記液性媒体に対して、0.005%~10%であることが好ましく、0.01%~7%であることがより好ましい。
【0039】
フッ化ビニリデン重合体の重合において、重合温度は、重合開始剤の種類等によって、適宜選択すればよいが、例えば、0~120℃、好ましくは20~110℃、より好ましくは40~100℃に設定すればよい。重合時間は、特に制限されないが、生産性等を考慮すると、1~24時間であることが好ましい。
【0040】
(有機溶媒)
有機溶媒は、環状エーテル、ケトン、及びエステルのいずれかであり、製造時のスラリーの取り扱い性、安全性、乾燥性の観点から、沸点が60℃以上160℃以下であり、90℃以上155℃以下が好ましく、110℃以上150℃以下がより好ましい。
【0041】
有機溶媒は親水性が低いものが好ましい。有機溶媒の親水性が高い場合、空気中の水分を吸着し易い。また脱水処理を行っても、有機溶媒に含まれる水分が除去され難いため、多くの水分が残存することがある。
有機溶媒の親水性は、特定の脱水処理後における有機溶媒の残存水分量により評価することができる。具体的には、蓋付き容器に有機溶媒1Lとモレキュラーシーブ100gを投入して、容器を密封し、随時撹拌した後、24時間後の有機溶媒の残存水分量を測定する。脱水処理後の残存水分量が低いものほど親水性が低いと考えられる。
有機溶媒に含まれる水と固体電解質が反応すると、固体電解質が劣化しイオン伝導度が低下することがあるため、有機溶媒は脱水処理後の残存水分量が300ppm以下となるものであり、150ppm以下となるものが好ましく、50ppm以下となるものが更に好ましい。
また、有機溶媒に水分が多量に含まれる場合には、脱水処理して、残留水分を300ppm以下とした後で、使用される。有機溶媒を脱水処理する方法は特に限定されないが、例えば、モレキュラーシーブを添加したり、アルカリ金属やベンゾフェノンを添加して蒸留したり、Grubbsカラムを使用する方法が好ましい。固体電解質のイオン伝導度の低下を防止する観点から、有機溶媒に含まれる水分量は、300ppm以下であり、150ppm以下が好ましく、50ppm以下が更に好ましい。
【0042】
このような有機溶媒としては、例えば、ジオキサン、酪酸エチル、酢酸アミル、酢酸イソプロピル、プロピオン酸エチル、テトラヒドロフランなどが挙げられる。
【0043】
(他の成分)
本発明の全固体電池用バインダー溶液は、本発明の効果を損なわない限り、バインダー、有機溶媒以外の成分(以下、「他の成分」とも称する。)を含有してもよい。他の成分としては、例えば、沈降防止剤、分散安定剤、増粘剤、接着補助剤等が挙げられる。
【0044】
(バインダー溶液の製法)
本発明のバインダー溶液は、バインダーと、上記特定の有機溶媒と、必要に応じて他の成分とを混合することで、調製することができる。
【0045】
本発明のバインダー溶液は、本願発明で用いる特定のバインダーが特定の有機溶媒に対して均一に溶解した溶液である。また、該バインダー溶液は、目視で透明である。
【0046】
バインダーの含有量は特に限定されないが、バインダー溶液の全量に対して、0.1質量%以上が好ましく、1質量%以上がより好ましい。
【0047】
[スラリー]
本発明のスラリーは、上記バインダー溶液と、固体電解質とを含有する。さらに活物質を含有するスラリー(電極合剤)には、正極用スラリーと負極用スラリーが含まれる。正極用スラリーには、活物質として正極活物質が用いられ、負極用合剤スラリーには、活物質として負極活物質が用いられる。以下、スラリーを構成する各成分について、説明する。
【0048】
(正極活物質)
正極活物質としては、固体電池の正極活物質として公知の正極活物質を使用することができる。例えば、リチウムを含むリチウム系正極活物質が好ましい。リチウム系正極活物質としては、例えば、LiCoO2、LiNiXCo1-XO2(0<x≦1)等の一般式LiMY2(Mは、Co、Ni、Fe、Mn、Cr、およびV等の遷移金属の少なくとも一種:YはO、およびS等のカルコゲン元素)で表わされる複合金属カルコゲン化合物、LiMn2O4などのスピネル構造をとる複合金属酸化物、およびLiFePO4などのオリビン型リチウム化合物等が挙げられる。なお、正極活物質としては市販品を用いてもよい。
【0049】
(負極活物質)
負極活物質としては、固体電池の負極活物質として公知の負極活物質を使用することができる。特に、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極活物質を用いることが好ましい。例えば、リチウム合金、金属酸化物、グラファイトやハードカーボン等の炭素材料、ケイ素及びケイ素合金、Li4Ti5O12等が挙げられる。特にグラファイトが好ましい。負極活物質の形状は特に限定されないが、粉末状が好ましい。
【0050】
(固体電解質)
固体電解質は、イオン伝導性を有する固形状の化合物であれば特に限定されるものではなく、従来公知の無機固体電解質および高分子固体電解質を用いることができる。無機固体電解質としては、例えば、酸化物系固体電解質、硫化物系固体電解質、窒化物系固体電解質、錯体水素化物固体電解質等が含まれる。また、高分子固体電解質としては、例えば
、ゲル系電解質や真性ポリマー電解質等が含まれる。
【0051】
酸化物系固体電解質としては、特に限定されるものではないが、ペロブスカイト型のLLTO、ガーネット型のLLZ、NASICON型の化合物、LISICON型の化合物、LIPON型の化合物、β-アルミナ型の化合物等が挙げられる。具体例には、Li3PO4、Li0.34La0.51TiO3、Li1.3Al0.3Ti1.7(PO4)3、Li7La3Zr2O12、Li6BaLa2Ta2O12、Li2.9PO3.3N0.46、Li4.3Al0.3Si0.7O4、50Li4SiO4-50Li3BO3、Li2O-Al2O3-SiO2-P2O5-TiO2、Li1.5Al0.5Ge1.5(PO4)3-0.05Li2O等が含まれる。
【0052】
硫化物系固体電解質としては、特に限定されるものではないが、Li、A(AはP、Si、Ge、Al及びBのうちの少なくとも一つ)、およびSを含有する固体電解質が含まれ、当該硫化物系固体電解質はハロゲン元素をさらに含有していてもよい。また、LGPS型の化合物、アルジロダイト型の化合物、非晶質系の化合物、Li-P-S系の化合物等が挙げられる。具体例には、Li2S-P2S5、Li2S-P2S3、Li2S-P2S3-P2S5、Li2S-SiS2、LiI-Li2S-SiS2、LiI-Li2S-P2S5、LiI-Li2S-P2O5、LiI-Li3PO4-P2S5、LiI-Li2S-SiS2-P2S5、Li2S-SiS2-Li4SiO4、Li2S-SiS2-Li3PO4、Li3PS4-Li4GeS4、Li3.4P0.6Si0.4S4、Li3.25P0.25Ge0.76S4、Li3.25P0.75Ge0.25S4、Li10GeP2S12、Li4-xGe1-xPxS4、Li6PS5Cl、Li6PS5Br、Li6PS5I等が含まれる。
【0053】
窒化物系固体電解質としては、特に限定されるものではないが、具体的にはLiN3等が挙げられる。
【0054】
錯体水素化物固体電解質としては、特に限定されるものではないが、具体的にはLiBH4等が挙げられる。
【0055】
ゲル系電解質としては、特に限定されるものではないが、具体例にはPoly(ethylene oxide)8-LiClO4(エチレンカーボネート(EC)+プロピレンカーボネート(PC))、Poly(ethylene oxide)8-LiClO4(PC)、Poly(vinylidene fluoride)-LiN(CF3SO2)2(EC+PC)、Poly(vinylidene fluoride-co-hexafluoropropylene)-LiPF6(EC+ジエチルカーボネート(DEC)+ジメチルカーボネート(DMC))、Poly(ethylene glycol acrylate)-LiClO4(PC)、Poly(acrylonitrile)-LiClO4(EC+PC)、Poly(methyl methacrylate)-LiClO4(PC)等が含まれる。
【0056】
真性ポリマー電解質としては、特に限定されるものではないが、具体例にはPoly(ethylene oxide)8-LiClO4、Poly(oxymethylene)-LiClO4、Poly(propylene oxide)8-LiClO4、Poly(dimethyl siloxane)-LiClO4、Poly(vinylidene fluoride-co-hexafluoropropylene)-LiTFSI、Poly(2、2-dimethoxypropylene carbonate)-LiFSI、Poly[(2-methoxy)ethylglycidyl ether]8-LiClO4等が含まれる。
【0057】
これらの固体電解質は、上記電解質を一種のみ含んでいてもよく、二種以上含んでいてもよい。
【0058】
(他の成分)
本発明のスラリーは、本発明の効果を損なわない限り、上記バインダー溶液と、活物質と、固体電解質以外の成分(以下、「他の成分」とも称する。)を含有してもよい。他の成分としては、例えば、導電助剤、増粘剤、沈降防止剤、分散安定剤、接着補助剤等が挙げられる。
【0059】
(スラリーの製法)
本発明のスラリーは、上記バインダー溶液と、固体電解質と、必要に応じて活物質や他の成分とを混合することで、調製することができる。上記各成分の含有量については、固体電解質層とした場合に適切に機能するような含有量であればよく、公知の含有量を採用できる。
【0060】
[固体電解質層]
本発明の固体電解質層は、上記スラリーを、集電体または電極表面に塗布し、乾燥させることにより得る事ができる。塗布方法は、特に限定されず、例えば、ドクターブレード法、リバースロール法、コンマバー法、グラビヤ法、エアーナイフ法、ダイコート法及びディップコート法等を適用することができる。また、スラリーの塗布後、任意の温度で加熱し、溶媒を乾燥させることが一般的である。乾燥は、異なる温度で複数回行ってもよい。乾燥の際には、圧力を印加してもよい。乾燥後に更に熱処理を行ってもよい。熱処理は、一例において、50℃以上300℃以下で10秒以上300分以下行う。
得られた固体電解質層のイオン伝導度は特に限定されないが、0.05×10-3S/cm以上が好ましく、0.07S/cm以上がより好ましく、0.09S/cm以上がさらに好ましい。
【0061】
[電極]
一形態として、本発明の電極は、上記固体電解質を含む。より具体的には、本発明の電極は、集電体と、上記集電体の表面に形成された固体電解質層(電極合剤層)とを有する。
電極合剤層は、前述したように、活物質を含む本発明のスラリー(電極合剤)を上記集電体上に塗布し、乾燥させることにより得られる。
【0062】
集電体としては、特に限定されるものではなく、アルミニウム、銅、鉄、ステンレス鋼、鋼、ニッケル、チタン等の金属箔あるいは金属鋼等を用いることができる。また、他の媒体の表面に上記金属箔あるいは金属鋼等を施したものであってもよい。
【0063】
上記塗布及び乾燥後、更にプレス処理を行ってもよい。プレス処理は、一例において、1kPa以上10GPa以下で行われる。プレス処理を行うことにより、電極密度を向上させることができる。
【0064】
[全固体電池]
本発明の全固体電池は、上記固体電解質層を含む。より具体的には、本発明の全固体電池は、正極と固体電解質層と負極が積層されてなるものであってもいいし、また上述したように正極及び負極のいずれかに固体電解質層(電極合剤層)を有する電極が使用されていてもいい。本発明の方法で作製しない電極を使用する場合には、公知の電極を使用することができ、固体電解質層についても、公知の固体電解質を使用することができる。
【実施例】
【0065】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0066】
[バインダーの調製例]
オートクレーブにイオン交換水280質量部を入れ、30分間の窒素バブリングによって脱気を行った。次に、リン酸水素二ナトリウム0.2質量部、およびポリオキシエチレンアルキレンアルキルエーテル0.003部質量部を仕込み、4.5MPaまで加圧して窒素置換を3回行った。その後、酢酸エチル0.1質量部、フッ化ビニリデン(VDF)8質量部、ヘキサフルオロプロピレン(HFP)27質量部を上記オートクレーブ中に添加した。撹拌しながら80℃まで昇温させた。そして、5質量%過硫酸アンモニウム(APS)水溶液を、APS量が0.06質量部となるように添加し、重合を開始させた。このときの缶内圧力は2.5MPaとした。缶内圧力が重合開始時の2.5MPaで維持されるように重合開始直後からVDF65質量部を連続的に添加した。添加終了後、1.5MPaまで圧力が降下したところで重合を完了とし、ラテックス(樹脂組成物)を得た。得られたラテックスの固形分濃度(フッ化ビニリデン共重合体の濃度)は21.0質量%であった。その後、当該ラテックスから、塩析によってフッ化ビニリデン共重合体のみを取り出して、VDF:HFP=73質量%:27質量%であるフッ化ビニリデン共重合体からなるバインダー(VDF/HFP)を得た。
【0067】
<バインダー液の調製>
[実施例1~6、比較例1~3]
(バインダー)
実施例1~6、比較例1~3では、バインダーとして上記で調製したフッ化ビニリデン共重合体であるVDF/HFPを用いた。
【0068】
(有機溶媒)
実施例1~6、比較例1~3では、下記有機溶媒に後述する脱水処理をしたものを用いた。
(有機溶媒の種類)
ジオキサン(富士フイルム和光純薬株式会社製)
酪酸エチル(富士フイルム和光純薬株式会社製)
酢酸アミル(東京化成工業株式会社製)
酢酸イソプロピル(東京化成工業株式会社製)
プロピオン酸エチル(東京化成工業株式会社製)
テトラヒドロフラン(富士フイルム和光純薬株式会社製)
エチレングリコールモノブチルエーテルアセタート(東京化成工業株式会社製)
酪酸ブチル(キシダ化学株式会社製)
モルホリン(東京化成工業株式会社)
【0069】
(有機溶媒の脱水処理)
ジオキサン、テトラヒドロフランについては、超脱水溶媒(水分量10ppm以下)を使用した。その他の有機溶媒については、水分を除去するために、蓋付きの容器に有機溶媒1Lとモレキュラーシーブ3Aを100gを投入し、密封した。随時撹拌し、24時間後における有機溶媒の残存水分を測定した。モレキュラーシーブは300℃減圧下で一晩乾燥したものを使用した。残留水分の測定は微量水分測定装置(三菱化学社製、CA-100型)を用い、カールフィッシャー反応の原理を電量滴定法に適応して測定した。得られた残留水分を表1に示す。
【0070】
(バインダー液の調製)
粉体状の上記バインダー5質量部と、上記脱水処理後の有機溶媒95質量部とを混合し、70℃のオイルバスで加温しながら撹拌して、バインダー液を調製した。
【0071】
<評価>
[バインダーの溶解性]
得られたバインダー液を静置し、バインダーの溶解状態を目視で観察し、以下の評価基準で評価した。結果を表1に示す。
〇:バインダー液が均一で透明である。
×:バインダー液に濁りや、沈降が認められる。
【0072】
<固体電解質層モデルの作製>
[実施例1~6、比較例1~3で検討した有機溶媒を用いた固体電解質層モデルの作製例]
固体電解質層は、バインダー溶液と固体電解質とを含有するスラリーから有機溶媒を除去して作製される。本実験では、固体電解質に対する有機溶媒の反応性を直接的に検討するため、バインダーを含有しない固体電解質層モデルを作製し、該固体電解質層モデルのイオン伝導度を測定した。
【0073】
硫化物系固体電解質の一種であるLi6SP5Brを200mg、及び、実施例1~6及び比較例1~3のバインダー溶液の調製時に用いた有機溶媒を2mL混合し、得られた混合物を1時間静置した後、90℃、2時間減圧加熱乾燥させ、有機溶媒を除去した。なお、有機溶媒としてエチレングリコールモノブチルエーテルアセタートを用いて得られた混合物については、1時間静置した後に上澄み液をデカンテーションにより除去し、120℃、2時間減圧加熱乾燥させることで有機溶媒を除去した。有機溶媒を除去した硫化物系固体電解質150mgを10mmΦのセラミック製の筒型セルに入れ、500MPaで加圧後、筒型セルを8Nにてボルトで固定化し、圧粉してペレット化を行い、固体電解質層モデルを作製した。
【0074】
<評価>
[イオン伝導度]
得られた固体電解質層モデルについて、Princeton Applied Research社製VersaSTAT4を用いて、インピーダンスを測定した。周波数1MHz~0.1Hz、温度25℃で交流インピーダンス測定を行い、測定結果に基づいてイオン伝導度を算出した。結果を、実施例1~6及び比較例1~3の「イオン伝導度」として表1に示す。
【0075】
【0076】
表1から、有機溶媒として酪酸ブチルを用いた比較例2では、固体電解質層モデルのイオン伝導度が高かったものの、バインダーが溶解しなかった。また、有機溶媒としてエチレングリコールモノブチルエーテルアセタートを用いると、比較例1に示すように、バインダーが溶解せず、固体電解質層モデルのイオン伝導度も低かった。有機溶媒としてモルホリンを用いた比較例3では、バインダーは溶解したが、モルホリンの親水性が高く、脱水処理後の残留水分が多いため、固体電解質層モデルのイオン伝導度は低下し、測定限界値以下(測定不可)だった。一方、環状エーテル、ケトン、エステルのいずれかであって、沸点が60℃~160℃である有機溶媒を用いると、実施例1~6に示すように、バインダーがいずれの溶媒にも溶解し、固体電解質層モデルのイオン伝導度も高くなることが分かった。