(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-13
(45)【発行日】2024-12-23
(54)【発明の名称】移動体用車輪装置
(51)【国際特許分類】
B60B 33/00 20060101AFI20241216BHJP
【FI】
B60B33/00 X
(21)【出願番号】P 2021064590
(22)【出願日】2021-04-06
【審査請求日】2024-04-03
(73)【特許権者】
【識別番号】501061319
【氏名又は名称】学校法人 東洋大学
(74)【代理人】
【識別番号】100167715
【氏名又は名称】古岩 信嗣
(74)【代理人】
【氏名又は名称】古岩 信幸
(72)【発明者】
【氏名】横田 祥
【審査官】池田 晃一
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-055462(JP,A)
【文献】特開2019-099066(JP,A)
【文献】特開2012-005762(JP,A)
【文献】特開2006-306246(JP,A)
【文献】特開2000-135247(JP,A)
【文献】英国特許出願公開第02139576(GB,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60B 33/00 - 33/08
B60B 19/00 - 19/14
B62B 1/00 - 5/08
B62D 57/02
A61G 5/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定リンクと成る主フレーム、従動リンク、中間リンク及び原動リンクで構成される4リンク機構の移動体用車輪装置であって、
前記主フレームは当該移動体用車輪装置を移動体に取り付けて固定するための移動体取付け部を備え、
前記従動リンク、中間リンク及び原動リンクは可動にして両てこ機構を構成し、
前記原動リンクのリンク長を前記従動リンクのリンク長よりも長くし、
前記原動リンクに主車輪を取り付け、
前記従動リンクに副車輪を取り付けたことを特徴とする移動体用車輪装置。
【請求項2】
前記
主車輪が地面の段差部端面に接触して後方に向く反力が発生した時に、前記原動リンクと前記中間リンクとの連結軸部に後方に向く力を発生させ、前記従動リンクに取り付けた前記副車輪を前記段差部端面の前方の段差部上面に当接させて下向きの踏力を与え、前記段差部端面と前記主車輪との接触点及び前記段差部上面と前記副車輪との接触点の2点で同時に当該移動体用車輪装置を支持するようにしたことを特徴とする請求項1に記載の移動体用車輪装置。
【請求項3】
前記
移動体の水平な走行状態において前記主車輪の下端部の位置よりも前記副車輪の下端部の位置が高くなるように高さに差を設けたことを特徴とする請求項1又は2に記載の移動体用車輪装置。
【請求項4】
前記
従動リンクが下死点を超えて回転しないように下死点超過防止手段を設けたことを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の移動体用車輪装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、段差のある箇所を小さな力で乗り越えられる移動体用車輪装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に移動体としての自走式車椅子や電動式車椅子では、シート部の後方のフレームの左右に大径の駆動輪が取り付けられており、シート部の前側の左右の脚部フレームにキャスター装置が取り付けられている。この前方左右のキャスター装置は、シート部に座る利用者の体重を前方で支えながら進行方向に軽く向きを変えて当該車椅子の進行をガイドする働きをする。
【0003】
一般に車椅子のキャスター装置は、単純にフレームの前方の左右の脚部に取り付けボルトを利用して取り付けるもので、フリーにすれば垂直軸の周りに水平面内でくるくる簡単に回転することができる仕様である。そしてキャスター装置の車輪は左右それぞれに1輪ずつあり、後部の駆動輪に比べて小径である。そして車椅子を移動するときには駆動輪を利用者が手で回転させて駆動する。そして左方あるいは右方に転回する場合には、曲がる方向とは反対側の駆動輪を曲がる側の駆動輪よりも大きく回すことにより行う。そして左転回、右転回いずれにしても、キャスター装置は曲がる最中は回転円の接線方向を向き、転回を終えて前方に進もうとすれば進行方向に平行な角度に戻ってまっすぐに回転しながら進行する。
【0004】
このような車椅子の場合、進行方向の前側にキャスター装置が来るが、一般にキャスター装置の車輪は駆動輪よりも小径であるので小さな凹凸面や段差を通過するときに、振動を敏感に拾い乗り心地を悪くし、また乗り越えるのに大きな力が必要とされる。例えば3cm程度の段差部でも、シート部に座っている大人の利用者が駆動輪を回してその段差部を乗り越えるのは容易でない。ましてや力が弱く身体に不自由のある人が利用している場合にはなおさらである。
【0005】
加えて、キャスター装置は力が加わればその力の向く角度まで回転して力の向きに平行に移動するようになる性質がある。そのために、例えば段差のある箇所で段差部に対して直角ではなくて斜めに乗り上げようとすると段差部端面からの反力を受けてキャスター装置の車輪が段差部端面からの反力と平行になる角度まで回転し、容易に段差を乗り越えられないという問題点もある。これを克服するためには、利用者が車椅子の進行方向を段差部端面に直角になるようにその段差部端面の手前で姿勢を直してから勢いよく駆動輪を回転させるか、介助者に車椅子を押してもらう必要がある。
【0006】
そこで従来から、特許文献1(特開2019-099066号公報)のような段差対応キャスター装置が知られている。この従来の段差対応キャスター装置では、主車輪と副車輪を前後に配置し、リンク機構により両輪を連接すると共に車椅子側のフレームに固定リンクを自由に水平回転できるように取り付け、主車輪が段差部端面から受ける反力を2本のリンクとガイド溝を介して副車輪の動きに変換し、副車輪を段差部上面に押し付けることで段差乗越えを実現するものである。この特許文献1の段差対応キャスター装置は、機構的にはいわゆる4節リンク機構でもスライダクランク機構を応用したものであるが、自重を打ち消す力と乗り越えに必要な踏力の全てを主車輪が受ける反力によって生成する必要があり、大きな反力、ひいては大きな踏力を得るためには大きな駆動力を必要とし、力が弱く身体に不自由のある人が利用しても楽に段差を乗り越えるようにするためにはさらに改善する必要があった。
【0007】
さらに従来、特許文献2のような電池駆動式のキャスター装置も知られている。しかしながら電池式であるために電池のメンテナンスが必要であり、取り扱いが複雑になるという問題点があった。
【0008】
尚、キャスター装置は車椅子だけではなく、例えば荷物台車や移動式ベッド、その他、重量物を載せて移動する製品に広く利用されており、以下の技術的課題はいずれの移動体製品においても等しく問題となるものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2019-099066号公報
【文献】特開2019-137211号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記従来技術の課題に鑑みてなされたもので、段差乗り越えに必要な力を小さくでき、従来から使用されている車椅子、台車その他の移動体のキャスター装置のような車輪装置と取り替えることによって、それまで使用してきた移動体でも段差乗り越えに必要な力を小さくできる移動体用車輪装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、固定リンクと成る主フレーム、従動リンク、中間リンク及び原動リンクで構成される4節リンク機構の移動体用車輪装置であって、前記主フレームは当該移動体用車輪装置を移動体に取り付けて固定するための移動体取り付け部を備え、前記従動リンク、中間リンク及び原動リンクは可動にして両てこ機構を構成し、前記原動リンクのリンク長を前記従動リンクのリンク長よりも長くし、前記原動リンクに主車輪を取り付け、前記従動リンクに副車輪を取り付けたことを特徴とするものである。
【0013】
上記発明の移動体用車輪装置においては、前記主車輪が地面の段差部端面に接触して後方に向く反力が発生した時に、前記原動リンクと前記中間リンクとの連結軸部に後方に向く力を発生させ、前記従動リンクに取り付けた前記副車輪を前記段差部端面の前方の段差部上面に当接させて下向きの踏力を与え、前記段差部端面と前記主車輪との接触点及び前記段差部上面と前記副車輪との接触点の2点で同時に当該移動体用車輪装置を支持するものとすることができる。
【0014】
また上記発明の移動体用車輪装置においては、前記移動体の水平な走行状態において前記主車輪の下端部の位置よりも前記副車輪の下端部の位置が高くなるように高さに差を設けたものとすることができる。
【0015】
さらに上記発明の移動体用車輪装置においては、前記従動リンクが下死点を超えて回転しないように下死点超過防止手段を設けたものとすることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、主フレームを固定リンクとし、この主フレームと従動リンク、中間リンク及び原動リンクが4節リンク機構の両てこ機構を構成し、段差部において後方の主車輪が段差部端面に当接して後方への反力を受けると、原動リンクの中間部の車軸連結部が後方に反力を受け、これによって原動リンクに後方に回転するモーメントが発生し、モーメントにより原動リンクと中間リンクとの連結部に後向きの力が発生する。この後ろ向きの力により中間リンクが後方に引かれ、この中間リンクと連結されている従動リンクが下向きに回転する。この従動リンクの下向きの回転力により従動リンクに取り付けられている副車輪が下方に移動し、段差部の上面に当接して下向きの踏力を与える。この状態で当該移動体用車輪装置がさらに前方に押されることで、4節リンク機構の両てこ機構の作用により原動リンクがさらに後方に移動し、中間リンクを介して従動リンクにさらに下方に回転させ、副車輪と段差部上面との圧接点を中心にして当該装置が持ち上げられ、主車輪が地面から浮き上がり段差部端面を乗り越える。この一連の4節リンク機構の両てこ機構の作用により、当該移動体用車輪装置は段差部を軽く乗り越えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の移動体用車輪装置で採用する4節リンク機構の両てこ機構の原理説明図。
【
図2】上記移動体用車輪装置の両てこ機構の数値解析用の説明図。
【
図3】本発明の1つの実施の形態の移動体用車輪装置の斜視図。
【
図4】上記実施の形態の移動体用車輪装置の正面図。
【
図5A】上記実施の形態の移動体用車輪装置の一連の段差部乗り越え動作のうち、主車輪が段差部の角部に衝突した状態を示す正面図。
【
図5B】上記実施の形態の移動体用車輪装置の一連の段差部乗り越え動作のうち、主車輪が段差部の角部に衝突した後、当該移動体用車輪装置がさらに前方に移動し、4節リンク機構の作用により副車輪が段差部上面と接触した状態を示す正面図。
【
図6A】上記実施の形態の移動体用車輪装置の一連の段差部乗り越え動作のうち、主車輪が段差部を乗り越えるために地面から浮き上がり始めた状態を示す正面図。
【
図6B】上記実施の形態の移動体用車輪装置の一連の段差部乗り越え動作のうち、主車輪が段差部を乗り越える途中の状態を示す正面図。
【
図7A】上記実施の形態の移動体用車輪装置の一連の段差部乗り越え動作のうち、主車輪が段差部をほぼ乗り越えた状態を示す正面図。
【
図7B】上記実施の形態の移動体用車輪装置の一連の段差部乗り越え動作のうち、主車輪が段差部を完全に乗り越えた状態を示す正面図。
【
図8】上記実施の形態の移動体用車輪装置の一連の段差部乗り越え動作時の反力、踏力の作用状態を示す正面図。
【
図9】上記実施の形態の移動体用車輪装置に採用されている4節リンク機構の説明図。
【
図10】上記実施の形態の移動体用車輪装置に採用されている4節リンク機構の両てこ機構の力及びモーメントの説明図。
【
図11】上記実施の形態の移動体用車輪装置の段差乗り越え時に安定性を説明する説明。
【
図13】従来技術のリンク機構の機構解析の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態を図に基づいて詳説する。
【0019】
本発明の移動体用車輪装置1の機構原理について説明する。一般に機構学での4節リンク機構のうち両てこ機構は
図1に示すものであり、固定リンク11の両端に短尺の従動リンク12と長尺の原動リンク14それぞれの一端が連結部112,114で回転できるように連結されている。そして従動リンク12と原動リンク14の他端同士の間は中間リンク13の両端それぞれに連結部123,134で回転できるように連結されている。
【0020】
この連結により固定リンク11を固定した状態で、その一端の原動リンク14が連結部114を中心にして図中下後方に回転すると、中間リンク13を介して従動リンク12の連結部123側が後方に引かれ、この従動リンク12も固定リンク11との連結部112を中心に下後方に回転する。つまり両てこ機構として動作する。そしてこの時には、長尺の原動リンク14と短尺の従動リンク12の間では倍力作用が発生し、長尺の原動リンク14を小さい角度で後方に回転させるだけで従動リンク12を下方に大きい角度で回転させることができ、この従動リンク12に取り付けてある副車輪22を下方に大きく移動させることができる。
【0021】
原動リンク14を少しの角度だけ回転させる原動力は、この原動リンク14に取り付けられている主車輪21を段差部端面に当接させる力であり、この当接力の反力Fにより原動リンク14が後方に小さい角度だけ回転する。しかしながらこの原動リンク14は長尺である。そのために、原動リンク14の下端部の後方への移動距離は比較的長く、これに連結されている中間リンク13も後方に大きく移動し、その結果として、中間リンク13の先端側に連結されている従動リンク12はその上端側の連結部112を中心にして下後方に比較的大きな角度で回転する。これにより、この従動リンク12に取り付けてある副車輪22を下方へ大きい角度で回転させることができる。しかしながら、段差部の上面に上から踏力PPで接触するとそれ以上には下降できないので、反対にこの車輪装置1を持ち上げることになる。つまり、主車輪21を段差部端面に乗り上げようとする水平方向の力Fによりこの車輪装置1が垂直方向にPPの力で持ち上げられることになる。しかも倍力機構により水平方向に短い距離だけ移動させることにより当該車輪装置1を軽く持ち上げることができるのである。
【0022】
図2は
図1の数値解析用の説明図である。本実施の形態のリンク構造による反力Fと踏力P
Pとの関係は次の数1式のようになる。
【0023】
【0024】
この数1式の角度はそれぞれ次の数2式で表される。これらの角度とリンクとの位置関係は
図2に示す。加えて、式中のAが固定リンク11のリンク長、Bが原動リンク14のリンク長、Cが中間リンク13のリンク長、Dが従動リンク12のリンク長を表す。
【0025】
【0026】
数1式から、次の数3式が反力Fから踏力Ppへの倍率を表す。
【0027】
【0028】
この数3式の最大値は、各リンクの長さA,B,C,Dによって定まり、当該最大値はθの値に応じて変化し、おおよそ0.3から4の範囲をとる。この値は、好ましくは1以上であり、より好ましくは1.3から2の範囲である。後述する
図3、
図4が示す実施の形態の移動体用車輪装置1では、数3式の値の最大値を1以上とするための条件は、数3式の三角関数が含まれる分数部分の値を1以上とすることである。この条件を満たす原動リンク14のリンク長Bと従動リンク12のリンク長Dの関係を数値的に求めるとB>Dとなり、原動リンク14を長尺に、従動リンク12を短尺とする必要がある。その上で、
図3、
図4の実施の移動体用車輪装置1では、数3式の値の最大値はおおよそ1.8となる。したがって、数1式は次の数4式と表すことができ、数4式が本実施の形態のリンク構造による反力Fと踏力P
Pとの関係を表す。
【0029】
【0030】
図3、
図4に示す実施の形態の移動体用車輪装置1は水平回転して自在に向きを変えるが、以下では、図示する姿勢において左側を前方、右側を後方として説明する。また実施の形態の移動体用車輪装置1の前後方向について、副車輪22を前、主車輪21を後ろと定め、前方を向いて副車輪22と主車輪21を結ぶ前後方向の中心線から左手側を左、右手側を右として説明する。
【0031】
図3、
図4に示す実施の形態の移動体用車輪装置1は、下方に開口するU字断面の主フレーム11の前端部の左右両側に第1連結部としての連結軸112にて自由に回転できるように左右2体の従動リンク12それぞれの後端部が連結されている。この従動リンク12の前端部の左右両側には、第3連結部としての連結軸123にて自由に回転できるように左右2体の中間リンク13それぞれの前端部が連結されている。この左右の中間リンク13それぞれの後端部には、第4連結部としての連結軸134にて自由に回転できるように左右2体の原動リンク14それぞれの下端部が連結されている。そしてこの左右の原動リンク14それぞれの上端部に、前記門形のフレーム11の後端上部が第2連結部としての連結軸114にて自由に回転できるように連結されている。この4リンクの連結により、上記の主フレーム11、従動リンク12、中間リンク13、原動リンク14は主フレーム11を固定リンクとする4節リンク機構の両てこ機構が構成されている。
【0032】
左右の原動リンク14の上下中間の適宜の位置にて主車輪軸211が左右水平に通され、この主車輪軸211にて主車輪21が軸支されている。また前方の左右の従動リンク12の前端部と中間リンク13の前端部とを連結している連結軸123には、副車輪22を軸支させている。したがってこの連結軸123は副車輪22の回転軸221を兼ねている。尚、副車輪22の取り付け位置については、実施の形態では機構の簡単化のために連結軸123を回転軸221と共用する構成にしているが、これに限定されない。副車輪22は従動リンク12と共に移動できればよいので、この左右の従動リンク12間の別の適所に回転軸221にて取り付けてもよい。
【0033】
主フレーム11の前上部においてバネ支え棒31が左右に渡してある。また左右の中間リンク13の前後中間位置にはバネ止め穴32が設けてある。そしてバネ支え棒31に上端を引っかけた左右2個の引張りバネ33それぞれの下端をこれら左右のバネ止め穴32に引っかけてある。この引張りバネ33によって中間リンク13にその前端側を引き上げるバネ力を付勢している。この引張りバネ33のバネ力により、従動リンク12は無負荷状態でほぼ水平な状態に保持されることになる。尚、この引張りバネ33は機構の初期状態の保持と復帰のための手段の1つであり、同様の作用を為す仕組みならば他の構造も採用できる。例えば、連結部114の周りにねじりバネを仕込み、原動リンク14を反時計回りにバネ付勢力を作用させる構造を採用することもできる。
【0034】
主フレーム11の前部上面には、車椅子のフレーム、台車の底面等に当該移動体用車輪装置1を取り付けるための移動体取り付け部として固定用ボルト41が取り付けてある。またこの固定用ボルト41とフレーム11との間はベアリング部材42にて自由回転できるように連結してある。移動体取り付け部としてはこの固定用ボルト41とベアリンク部材42の組み合わせに代えて、同様の作用を為す仕組みならば他の構造も採用できる。例えば、固定用ボルト41の代わりに板状の取り付け座を用い、この取り付け座と主フレーム11との間はベアリング部材にて回転自在にすることによって、当該移動体用車輪装置1を台車等の底面に取り付けることもできる。
【0035】
次に、
図5~
図7を用いて実施の形態の移動体用車輪装置1の段差部50の乗り越え動作を説明する。説明を簡易にするために本実施の形態の移動体用車輪装置1は車椅子のフレームの前下部の左右それぞれに固定用ボルト41を用いて取り付け、車椅子の駆動輪を利用者が前進回転させ、あるいは介助者が手押しで段差部50を乗り越える際の動作について説明する。
【0036】
図5Aに示すように、車椅子の通常の前進移動では、引張りバネ33の引っ張り上げる力により中間リンク13の前端側が引き上げられており、これにより従動リンク12と中間リンク13との両前端に同時に取り付けられている副車輪22は一定の高さhに持ち上げられた状態で主車輪21の回転により前進する。そして段差部50に来ると、副車輪22は段差部50の上面52に衝突することなくその上面52を通過する。そして主車輪21が段差部50の段差部端面51に衝突する。
【0037】
図5Bに示すように、段差部端面51に主車輪21が衝突すると、主車輪21は段差部端面51から後ろ向きの反力F
1を受け、この反力F
1により原動リンク14の上端側の連結軸114の周りに図示で左回りのモーメントτ
Fが働き、これが原動リンク14の下端側の連結軸134を介して中間リンク13を後方に引っ張る引張力F
2となる。回転軸211と共に原動リンク14の下端部に後ろ向きの引張力F
2が働くと、中間リンク13の前端の回転軸221(連結軸123)も後方に引かれ、前方の連結軸123にも引張力F
3が働く。この引張力F
3により門形の主フレーム11の前端部の連結軸112に連結されている従動リンク12の連結軸112の周りにも図で左回転するモーメントτ
Pが働く。そしてこのモーメントτ
Pにより、副車輪22には下向きの踏力P
Pが発生する。これにより段差部上面52を副車輪22の下端部が強く押さえつけるように踏力P
P働き、逆に主車輪21側はその反力Nによって持ち上げられる。
【0038】
図6A、
図6Bに示すように、さらに車椅子を前進させると段差部端面51からの反力F
1により主車輪21と共に原動リンク14の下端部が後方に移動し、4節リンク機構の特性として中間リンク13の後端部も後方に引かれ、中間リンク13の前端部は従動リンク12の前端部を下方へ回転させる。この回転に伴い、従動リンク12に取り付けられている副車輪22には下方にさらに強く押しつける踏力P
Pが働き、主車輪21側はその反力Nによって地面からさらに大きく浮き上がるようになる。
【0039】
図7Aに示すように、さらに車椅子を前進させると原動リンク14の下端部が最大限度まで後方に引かれた状態になる。この時には従動リンク12がほぼ垂直に近い状態まで図示左回転した状態になる。この最後方の位置では原動リンク14の上部後面がストッパピン15に当接し、原動リンク14がそれ以上に後方まで回転しないようにその回転を阻止される。尚、ストッパピン15の取り付け位置については、従動リンク12が原動リンク14の下端部の後方への移動に従動して下方に回転してもその下死点を超えることがない位置とする。このストッパピン15は下死点超過防止手段を構成するものであるが、両てこ機構のどのリンクに、またどの位置に設置するかは実構造に応じて適宜に設定することができる。
【0040】
原動リンク14の最後方までの回転状態では、中間リンク13はほぼ水平状態になる。そして原動リンク14と共に主車輪21を引き上げ、副車輪22の下端位置と主車輪21の下端位置との高さの差が最小となる。そこで、この高さの最小の差分だけ押し上げるのに必要な前進力を加えることで段差部50を軽く乗り越えられることになる。
【0041】
図7Bに示すように、移動体用車輪装置1が段差部50を乗り越え段差部上面52に主車輪21が乗り上げれば、主車輪21が段差部端面51から受ける力はなくなり、引張りバネ33の引っ張りバネ力で中間リンク13の先端側を引き上げ、従動リンク12、中間リンク13、原動リンク14すべてを元の状態、つまり
図4、
図5Aの姿勢に復帰させることになる。
【0042】
次に、段差乗り越え動作について力学的な考察を述べる。
図8は
図6Aに対応する図である。
図9は機構図である。実施の形態の移動体用車輪装置1は4節リンク機構の両てこ機構を利用することで、段差部50の段差部端面51に衝突した時の横方向の反力F
1を、乗越えに必要な上下方向の踏力P
Pに変換し、かつ倍力する特長がある。
【0043】
図8は、車椅子を前進させる駆動力Kにより移動体用車輪装置1が段差部50を半分ほど乗り上げている状態である。この駆動力Kに対して段差部端面51から主車輪21の接触点が反力F
1を受けている。この反力F
1により、原動リンク14の上端側の連結軸114の周りにモーメントτ
Fが発生する。このモーメントτ
Fにより原動リンク14と中間リンク13との連結部134には後方に引く引張力F
2が働き、中間リンク13の前端部の連結軸123にも後方への引張力F
3が現れる。この引張力F
3により、連結軸123を通じて従動リンク12の上端側の連結軸112の周りにモーメントτ
Pが働く。このモーメントτ
Pにより、段差部50の上面52に副車輪22が踏力P
Pにて押しつけられる。この踏力P
Pは逆に中間リンク13を通じて原動リンク14の後端部を押し上げる反作用力Nとなり、段差部50の段差部端面51との接触点を中心にして主車輪21、そしてキャスター装置1及び車椅子の前部を引き上げる力として働く。この結果、主車輪21は地面Gから引き上げられることになる。
【0044】
図9を用いて、さらに詳しく力学的な説明をする。踏力P
Pの発生メカニズムは次の通りである。主車輪21が段差部50の端面51から反力F
1を受ける。この反力F
1により、原動リンク14の根本に当たる連結軸114の周りに図示反時計周りの力のモーメントτ
F(トルク)が発生する。このトルクτ
Fが原動リンク14の下端部の連結軸134で図示右向き(後ろ向き)の引張力F
2として出現する。この引張力F
2は中間リンク13を図示右方に引っ張り、従動リンク12との連結軸123(車軸221)に引張力F
3を図示右向きに加える。この引張力F
3は連結軸112の周りの反時計周りの力のモーメント(トルク)τ
Pを生じさせる。このトルクτ
Pは従動リンク12の先端の車軸221(連結軸123)に取り付けられた副車輪22に外周部分において段差部50の上面52を踏みつける踏力P
Pを発揮させる。
【0045】
次に、
図10を用いて本実施の形態の移動体用車輪装置1が倍力機構として段差部越えの力が少なくて済む理由を説明する。段差乗り越えのある瞬間を考える。段差部50を乗り越えるために必要な条件は、連結軸112の周りの力のモーメント(トルク)の総和の向きが図示反時計回りであることである。
【0046】
本実施の形態の移動体用車輪装置1の場合、取り付ける移動体(ここでは、車椅子)の自重Wを連結軸112と連結軸114との2カ所で支える。ここで連結軸112と連結軸114との部分に均等に自重が加わると仮定する。その自重をW[N]とすると、各軸に掛かる力の大きさはW/2[N]となる。この2カ所に掛かる自重のうち、連結軸114に掛かる自重W/2のみが連結軸112周りの力のモーメントτW/2に変換される。
【0047】
【0048】
ここで,d
1は連結軸114と連結軸112との間の水平距離、d
2は副車輪22の段差部上面52との接地点と連結軸112との間の水平距離である。段差部50を乗り越えるためには、反力F(
図10のF
1に相当する)による連結軸112周りの反時計周りの力のモーメント(トルク)τ
Pがτ
W/2以上でなければならない。
【0049】
【0050】
このための条件は、数5式と副車輪22の踏力PPと連結軸112の周りの図示反時計周りの向きのモーメント(トルク)τPとの関係であるτP=d2PPより、次の数7式のようになる。
【0051】
【0052】
本実施の形態のリンク構造による反力Fと踏力PPとの関係の一例は、上記数4式より次のようになる。
【0053】
【0054】
これを数7式に代入することで、次の数9式を得る。
【0055】
【0056】
この数9式が段差部50を乗り越えるために必要な主車輪21の段差部端面51からの反力F(つまり、腕の駆動力K)の条件となる。これにより、本実施の形態の移動体用車輪装置1の場合、駆動力Kに対して4節リンク機構の両てこ機構により、従来の駆動力の半分以下の力で済むことになる。尚、従来例との力の比較は後述する。
【0057】
しかも本実施の形態の場合、従動リンク12の一端が連結軸112にて固定リンク11に連結され固定されているので、横方向の反力Fの向きを上下方向に変換し、主車輪21が段差部端面51から受ける反力Fと自重を構造的に支持することができる。このため主車輪21を段差部端面51に対して必要以上に押し付ける必要がなく、本実施の形態の移動体用車輪装置1では小さな力で段差乗り越えが可能となる。
【0058】
加えて
図11に示すように、本実施の形態の移動体用車輪装置1の場合、段差部端面51を乗り越える際に主車輪21の段差部端面51との接触点61、副車輪22と段差部上面52との接触点62との2点にて当該移動体用車輪装置1及びその上部の車椅子の前部分の荷重を同時に支えることになる。そのため、当該移動体用車輪装置1及びその上部の車椅子が段差部を斜めに乗り上げる場合、移動体用車輪装置1自体は首振りせず(直角な姿勢とならずに)移動体の推進力を効果的に段差部50の乗り越えのために発揮することができ、段差部50を斜めに乗り越える場合でも移動体用車輪装置1の姿勢は変化せず(移動体の進行方向と平行な状態を維持)、効率良くかつ軽く段差部50を乗り越えることができる。
【0059】
本実施の形態の移動体用車輪装置1の力学的、機構学的な利点を従来技術の1つ、特許文献1の段差対応キャスター装置と比較する。特許文献1の従来例の段差対応キャスター装置は、
図12、
図13に示すような機構となる。従来例の段差対応キャスター装置はいわば4節リンク機構のうちスライダクランク機構を応用したものと言える。フレームを固定リンク11Aとし、この固定リンク11Aにスライダリンクを構成するガイド溝12Aとその中をスライドするガイドローラ12Bも設けられている。主車輪21Aを下端の車軸211Aにて軸支するリンクを原動リンク14Aとし、この原動リンク14Aの下端部の車軸211Aに対して、中間リンク13Aの後端部が連結されている。中間リンク13Aの前部にはスライダリンクを構成するガイドローラ12Bが設けられ、このガイドローラ12Bは固定リンク11Aのガイド溝12A内をスライドするように連結されている。副車輪22Aは中間リンク13Aのガイドローラ12Bの位置よりもさらに前方の位置に車軸221Aにて取り付けられている。
【0060】
図12、
図13に示すように、この従来例では段差部を乗り越える際には主車輪21Aが段差部端面から反力Fを受け、この反力Fに打ち克つ駆動力Kを加えること(つまり、車椅子を前方に押すこと)によって副車輪22Aの踏力P
Cに変換され、この踏力P
Cによって主車輪21Aが段差部端面を持ち上げられて段差部を乗り越えることになる。
【0061】
図13の機構図を参照して、従来技術はキャスターが支える移動体(今の場合は車椅子)の自重を原動リンク14Aと固定リンク11Aとの連結軸114の1か所のみで支える。そのため、自重をW[N]とすると、連結軸114Aには大きさW[N]の自重がそのまま掛かることになる。この自重Wがガイドローラ12Bの周りの図示右回りの力のモーメントτ
Wに変換される。
【0062】
【0063】
ここで、d1は連結軸114Aとガイドローラ12Bとの間のスライダの水平距離、d2はガイドローラ12Bと副車輪22Aの段差部上面52への接地点との間の水平距離である。段差部50を乗り越えるためには、反力Fによるガイドローラ12B周りの反時計周りの力のモーメント(トルク)τCが自重によるモーメント(トルクτW)以上でなければならない。その条件は次式である。
【0064】
【0065】
数10式と、副車輪22Aの踏力PCと、ガイドローラ12B周りの反時計周りの力のモーメント(トルク)τCとの関係であるτC=d2PCより、上の数11式は次の数12式のようになる。
【0066】
【0067】
ガイド溝12Aの半径は、4節リンク機構における従動リンクと等価な機能を果たすため、ガイド溝12Aの半径を
図12の従動リンク長Dに置き換えて数2式を用いると、従来技術のリンク機構による反力Fから踏力P
Cへの変換倍率の最大値は、およそ1.4と求まる。そのため従来技術のリンク構造における反力Fから踏力P
Cの関係は次の数13式のようになる。
【0068】
【0069】
数13式を数12式に代入することで次の数14式が得られる。
【0070】
【0071】
この数14式が、段差部50を乗り越えるために必要な主車輪21Aの段差部端面51からの反力F(=乗り越えに必要な腕の駆動力)の条件となる。
【0072】
そこで本実施の形態の移動体用車輪装置1と従来例のキャスター装置とのそれぞれにより段差部50を乗り越えるために必要な反力を比較すると次の通りである。数9式が本実施の形態の段差部50を乗り越えるための反力Fの条件であり、この式のFの最小値FPを次式とする。
【0073】
【0074】
一方、従来技術の場合は数14式であり、この値の最小値FCを次式とする。
【0075】
【0076】
上の両式の比をとると、次のようになる。
【0077】
【0078】
したがって、本実施の形態の移動体用車輪装置1の場合、従来技術の39%の力で段差部50を乗り越えることができる。ゆえに本実施の形態の移動体用車輪装置1の場合、従来技術よりも約2倍以上の段差乗り越え能力があるといえる。
【0079】
尚、本発明の移動体用車輪装置は、移動体として車椅子だけではなく、荷物台車や移動式ベッド、その他、重量物を載せて人力であるいは動力を用いて移動する移動体製品に広く利用できるものである。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の移動体用車輪装置は、車椅子や台車、その他、重量物を載せて人力あるいは動力を用いて移動する移動体製品のキャスター装置として取り付けることにより、段差部を楽に乗り越えることができるものとして広く利用することができる。
【符号の説明】
【0081】
1 移動体用車輪装置
11 主フレーム(固定リンク)
12 従動リンク
13 中間リンク
14 原動リンク
21 主車輪
22 副車輪
33 引張りバネ
41 固定用ボルト
42 ベアリング部材
50 段差部
51 段差部端面
52 段差部上面
112,114,123,134 連結軸
211 車軸
221 車軸