IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 岡山大学の特許一覧

<>
  • 特許-ODMR温度測定方法 図1
  • 特許-ODMR温度測定方法 図2
  • 特許-ODMR温度測定方法 図3
  • 特許-ODMR温度測定方法 図4
  • 特許-ODMR温度測定方法 図5
  • 特許-ODMR温度測定方法 図6
  • 特許-ODMR温度測定方法 図7
  • 特許-ODMR温度測定方法 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-13
(45)【発行日】2024-12-23
(54)【発明の名称】ODMR温度測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/10 20060101AFI20241216BHJP
   G01N 21/63 20060101ALI20241216BHJP
   G01K 7/32 20060101ALI20241216BHJP
   G01N 22/00 20060101ALI20241216BHJP
   G01N 24/00 20060101ALI20241216BHJP
【FI】
G01N24/10 510Z
G01N21/63 Z
G01K7/32 Z
G01N22/00 Z
G01N24/00 G
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2021529986
(86)(22)【出願日】2020-06-25
(86)【国際出願番号】 JP2020024945
(87)【国際公開番号】W WO2021002267
(87)【国際公開日】2021-01-07
【審査請求日】2023-05-26
(31)【優先権主張番号】P 2019124578
(32)【優先日】2019-07-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504147243
【氏名又は名称】国立大学法人 岡山大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤原 正澄
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/165505(WO,A1)
【文献】特開2017-166969(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第109238505(CN,A)
【文献】MASFER ALKAHTANI et al.,Nanometer-scale luminescent thermometry in bovine embryos,Optics Letters,2017年,Vol. 42 No.23,pp.4812-4815
【文献】HAYASHI, Kan,Optimization of Temperature Sensitivity Using the Optically Detected Magnetic-Resonance Spectrum of,PHYSICAL REVIEW APPLIED,2018年,Vol.10,pp.034009-1~034009-8
【文献】CHEN, X.-D.,Temperature dependent energy level shifts of nitrogen-vacancy centers in diamond,APPLIED PHYSICS LETTERS,2011年,Vol.99,pp.161903-1~161903-3
【文献】西村勇姿,細胞内温度イメージングに向けたワイドフィールド光検出電子スピン共鳴測定法の構築,第66回応用物理学会春季学術講演会 講演予稿集,2019年02月25日,p.04-296(11p-M113-10)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00-24/14
G01N 22/00-22/04
G01R 33/20-33/64
G01K 7/32
G01N 21/62-21/74
JSTPlus/JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の温度を無機蛍光粒子の光検出磁気共鳴に基づいて測定する方法であって、
(a)無機蛍光粒子を含む対象物に互いに異なる周波数の複数種のマイクロ波を照射する工程、
(b)各種マイクロ波照射時の無機蛍光粒子の蛍光強度それぞれ別々の光子数カウンタで測定する工程、
(c)光子数カウンタ間のパルス計測数の誤差に基づいて蛍光強度を補正する工程、及び
(d)得られた補正値に基づいて、対象物の温度を算出する工程
を含む方法。
【請求項2】
前記無機蛍光粒子がNVセンター含有ダイヤモンドである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記複数種のマイクロ波は2~10種である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記対象物の温度の経時変化を測定する方法であって、前記対象物が細胞、微小生物、又はオルガノイドである、請求項1~のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記工程(c)が、光子数カウンタ間のパルス計測数の誤差の予め測定された値を、2つの対応する蛍光強度のいずれか一方の蛍光強度の測定値から減じる、或いはいずれか一方の蛍光強度の測定値に加える工程を含む、請求項1~のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記複数種のマイクロ波は6種であり、且つ
前記工程(d)が、工程(c)で得られた補正値を下記式:
【数1】
[式中:αは発光センター(NV)の温度依存性を示す。δωはマイクロ波の低周波数側から1番目と3番目、または、4番目と6番目の間の周波数差を示す。I1~I6は6種のマイクロ波照射それぞれで得られた補正値を示す。]
に代入して発光センターにおける温度変化(δTNV)を算出する工程を含む、請求項1~のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
(A)無機蛍光粒子を含む対象物に互いに異なる周波数の複数種のマイクロ波を照射するマイクロ波照射装置、(B)各種マイクロ波照射時の無機蛍光粒子の蛍光強度をそれぞれ別々に測定する光子数カウンタ、(C)光子数カウンタ間のパルス計測数の誤差に基づいて蛍光強度を補正する演算部、及び(D)温度を算出する演算部を備える、対象物の温度を無機蛍光粒子の光検出磁気共鳴に基づいて測定する温度測定装置。
【請求項8】
さらに、(E)粒子トラッキングシステムを備える、請求項に記載の温度測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ODMR(Optically Detected Magnetic Resonance、光検出磁気共鳴)温度測定方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞内部の温度を計測する技術が、蛍光検出をベースに各種開発されている。このような技術としては、例えば蛍光色素や蛍光ポリマーナノ粒子を利用して蛍光スペクトルの波長ピーク変化に基づいて温度を測定する技術、量子ドットを利用して蛍光スペクトルの波長ピーク変化に基づいて温度を測定する技術、蛍光ナノダイヤモンド等の無機蛍光粒子を利用して光検出電子スピン共鳴スペクトルの周波数ピーク変化に基づいて温度を測定する技術等が報告されている。これらの技術は、空間分解能や温度感度が比較的高いものの、これまで、生物体内での温度測定はできなかった。
【0003】
一方、マウスin vivo温度測定技術として、蛍光色素や希土類ナノ粒子を利用した測定技術が報告されているが、これは空間分解能及び温度感度が低く、一細胞レベルでの温度測定ができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2014/165505号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明者は光検出電子スピン共鳴スペクトルピークシフトに基づく温度測定法に着目し、これについて研究を進めてきた。該測定法においては、従来、スペクトルピークの全体を捉え、そのピークシフトを算出する方法が報告されていた。しかしながら、この方法では、スペクトルピークの全体を捉えるために時間を要してしまい、リアルタイム温度計測は困難であった。この問題を解決するために、特許文献1では、推定されるスペクトルピーク全体を捉えるのではなく、該当ピーク中の4点を計測し、得られた計測値からピークシフトを算出するという技術が提案されている。
【0006】
本発明者は、この多点計測技術についてさらに研究を進める中で、細胞や個体レベルのような動的環境でリアルタイム温度測定を行う場合、測定される光子数の変動等が起こり、これが温度測定値のアーチファクトを引き起こすことを見出した。このようなアーチファクトに起因して、実際の温度が一定の状況下でも、測定温度は大きく変動してしまう。
【0007】
そこで、本発明は、光検出磁気共鳴に基づいて、より高い精度で温度を測定できる技術を提供することを課題とする。好ましくは、本発明は、細胞や個体内の温度変化をより高い精度でリアルタイムに測定できる技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は鋭意研究を進めた結果、多点計測において使用される複数の光子数カウンタ間に、フォトカウント応答性の差(光子由来のパルスの計測数の誤差)が存在し、これが上述した温度測定値のアーチファクトを引き起こすことを見出した。本発明者は、この知見に基づいてさらに研究を進めた結果、次の方法、すなわち、対象物の温度を無機蛍光粒子の光検出磁気共鳴に基づいて測定する方法であって、(a)無機蛍光粒子を含む対象物に互いに異なる周波数の複数種のマイクロ波を照射する工程、(b)各種マイクロ波照射時の無機蛍光粒子の蛍光強度をそれぞれ別々の光子数カウンタで測定する工程、(c)光子数カウンタ間のパルス計測数の誤差に基づいて蛍光強度を補正する工程、及び(d)得られた補正値に基づいて、対象物の温度を算出する工程を含む方法、であれば、より高い精度で温度を測定できることを見出した。本発明者は、この知見に基づいてまたさらに研究を進め、本発明を完成させた。
【0009】
即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
【0010】
項1. 対象物の温度を無機蛍光粒子の光検出磁気共鳴に基づいて測定する方法であって、
(a)無機蛍光粒子を含む対象物に互いに異なる周波数の複数種のマイクロ波を照射する工程、
(b)各種マイクロ波照射時の無機蛍光粒子の蛍光強度それぞれ別々の光子数カウンタで測定する工程、
(c)光子数カウンタ間のパルス計測数の誤差に基づいて蛍光強度を補正する工程、及び
(d)得られた補正値に基づいて、対象物の温度を算出する工程
を含む方法.
項2. 前記無機蛍光粒子がNVセンター含有ダイヤモンドである、項1に記載の方法.
項3. 前記複数種のマイクロ波は2~10種である、項1又は2に記載の方法.
項4. 前記複数種マイクロ波は6種である、項1~3のいずれかに記載の方法.
項5. 測定中に前記無機蛍光粒子をトラッキングする、項1~4のいずれかに記載の方法.
項6. 前記対象物が細胞、微小生物、又はオルガノイドである、項1~5のいずれかに記載の方法.
項7. 前記対象物の温度の経時変化を測定する、項1~6のいずれかに記載の方法.
項8. 前記対象物に刺激を付与した場合の温度変化を測定する、項1~7のいずれかに記載の方法.
項9. 前記工程(c)が、光子数カウンタ間のパルス計測数の誤差の予め測定された値を、2つの対応する蛍光強度のいずれか一方の蛍光強度の測定値から減じる、或いはいずれか一方の蛍光強度の測定値に加える工程を含む、項1~8のいずれかに記載の方法。
【0011】
項10. 前記複数種のマイクロ波は6種であり、且つ
前記工程(d)が、工程(c)で得られた補正値を下記式:
【0012】
【数1】
【0013】
[式中:αは発光センター(NV)の温度依存性を示す。δωはマイクロ波の低周波数側から1番目と3番目、または、4番目と6番目の間の周波数差を示す。I1~I6は6種のマイクロ波照射それぞれで得られた補正値を示す。]
に代入して発光センターにおける温度変化(δTNV)を算出する工程を含む、項1~9のいずれかに記載の方法。
【0014】
項11. (A)マイクロ波照射装置、(B)光子数カウンタ、(C)蛍光強度を補正する演算部、及び(D)温度を算出する演算部を備える、対象物の温度を無機蛍光粒子の光検出磁気共鳴に基づいて測定する温度測定装置.
項12. さらに、(E)粒子トラッキングシステムを備える、請求項11に記載の温度測定装置。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、光検出磁気共鳴に基づいて、より高い精度で温度を測定できる技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】(a)はODMRスペクトルの一例を示すグラフである。(b)は、ODMRスペクトルのピーク値の温度依存性の一例を示すグラフである。
図2】ODMRスペクトルピークの模式図である。
図3】実施例におけるODMR温度測定で使用した装置における光学配置とマイクロ波回路の概略図を示す。NDF:NDフィルター。LLF:レーザーラインフィルター。 HWP:半波長板。L:レンズ。DBS:二色性ビームスプリッタ。LPF:ロングパスフィルター。CCD:電荷結合素子カメラ。BS:ビームスプリッタ。APD:アバランシェフォトダイオード。SPA:スペクトラムアナライザ。MW:マイクロ波源。DAQ:データ収集ボード。SpinCore:ビットパターンジェネレータ。
図4】カウンターの光応答性の変動を示す。(a)ND蛍光のレーザー励起パワーの関数としての、I1からI6までの各カウンターの光子数を示す。(b)2組のカウンタ、すなわち(I1、I6)、(I2、I5)、および(I3、I4)間の光子カウントの差、それぞれI1、I2、およびI3の関数として示す。実線はデータに対する2次多項式近似である。
図5】実時間高速温度測定法の開発とキャラクタリゼーション結果を示す。(a)蛍光強度の人為的事象を伴う200秒にわたる全てのカウンタ(上)の光子カウントの時間プロファイルは、500msのサンプリングレートで変化する。ND-NVセンターの対応する推定温度プロファイルは、カウンターキャリブレーションなし(中央)とあり(下)の両方の場合が示される。灰色:1秒ごとのTNV。赤:34秒の隣接平均。(b)顕微鏡対物加熱器(TOBJ)の温度の段階的変化に対する周囲気温(TAir、上)、検出された総光子数(中央)、およびTNV(下)の時間プロファイルを示す。挿入図は、19秒の時定数で0.7℃の過渡温度上昇のグラフクローズアップの図である。グレー:1秒ごとのTNV、レッド:34秒の隣接平均、ブルー:TOBJ。(c)38から140分の間の、TNV(上)と(TNV-TOBJ)のRMS(下)のクローズアップ図を示す。精度は0.3℃で実線で示される。
図6】ND標識線虫ワームの顕微鏡写真を示す。(a)DIC、(b)緑色(c)赤色共焦点蛍光、および(d)それらの統合画像。
図7】環境温度変化中の線虫の生体内温度測定結果を示す。(a)内部幼虫近くのワームのNDの統合写真を示す。黄色の矢印は、温度測定に使用されたNDを示す。下部に表示されている黒い影は、銅線マイクロ波リニアアンテナである。(b)NDのCW-ODMRスペクトルを示す。(c)環境変化中の光子数とTNVの時間プロファイルを示す。挿入図は、4秒ごとに頻繁に再配置されている光子カウントのクローズアップ図を示す。約1分ごとに、大きな位置補正が見られる。灰色:1秒ごとのTNV、赤:34秒の隣接平均、青:TOBJ。(d)測定後の統合写真を示す。(e)温度変化に対する(TNV-TOBJ)のRMSを示す。精度は0.6℃で実線で示される。
図8】FCCPの生化学的刺激による線虫の温度上昇を示す。(a)FCCP刺激中の光子数(上)およびTNV(下)を示す。青い破線は、対照実験から推定されたベースラインである。挿入図はベースラインを差し引いたTNVを示す。(b)図(a)中の1-5に示される複数の時点で撮影された明視野と赤色蛍光の結合写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0018】
本発明は、その一態様において、対象物の温度を無機蛍光粒子の光検出磁気共鳴に基づいて測定する方法であって、(a)無機蛍光粒子を含む対象物に互いに異なる周波数の複数種のマイクロ波を照射する工程、(b)各種マイクロ波照射時の無機蛍光粒子の蛍光強度をそれぞれ別々の光子数カウンタで測定する工程、(c)光子数カウンタ間のパルス計測数の誤差に基づいて蛍光強度を補正する工程、及び(d)得られた補正値に基づいて、対象物の温度を算出する工程を含む方法(本明細書において、「本発明の測定方法」と示すこともある。)に関する。以下にこれについて説明する。
【0019】
1.光検出磁気共鳴に基づいた温度測定
本発明の測定方法は、対象物の温度を無機蛍光粒子の光検出磁気共鳴(以下、「ODMR」と示すこともある。)に基づいて測定する方法である。ODMRについては以下のとおりである。
【0020】
無機蛍光粒子は共鳴周波数のマイクロ波を吸収して電子スピン共鳴を示す。なお、電子スピン共鳴時には、電子励起状態において無輻射のエネルギー失活が増大するという特性を有する。そのため、マイクロ波照射時には、マイクロ波非照射時と比較して蛍光量が減少する。ダイヤモンドのNVセンターについて、外部磁場がゼロ磁場の場合には、電子スピン共鳴は周波数Fが2.87GHzにおいて発生する。
【0021】
図1(a)ODMRスペクトルの一例を示すグラフである。図1(b)は、ODMRスペクトルのピーク値の温度依存性の一例を示すグラフである。図1(a)のグラフG1に示すように、周波数Fが2.87GHz近傍のマイクロ波を照射した場合に、蛍光量が0.03程度減衰することが判る。ピーク(極小値)が2つに分かれているのは、結晶歪みによる効果である。第1周波数F1及び第2周波数F2の各々は、蛍光量が極小値となる周波数を示す。第2周波数F2は、第1周波数F1より大きい。図1(b)に示すグラフの横軸は、温度Tを示し、縦軸は、ODMRスペクトルピークの周波数を示す。温度Tは、無機蛍光粒子の周囲温度を示す。グラフG2は、温度Tの変化に対する第2周波数F2の変化を示す。グラフG3は、温度Tの変化に対する第1周波数F1の変化を示す。グラフG2及びG3のとおり、周囲の温度変化によってODMRスペクトルピークがシフトすることが判る。そこで、このピークシフトに基づいて、温度を測定することができる。
【0022】
2.工程(a)
工程(a)では、無機蛍光粒子を含む対象物に互いに異なる周波数の複数種のマイクロ波を照射する。
【0023】
無機蛍光粒子は、電子スピン活性を有するものである限り、特に制限されない。具体的には、例えばダイヤモンド、炭化ケイ素、酸化亜鉛、2次元物質(例えば、六方晶系窒化ホウ素等)等が挙げられる。これらの中でも、好ましくはダイヤモンド(中でも、ナノサイズ(平均粒子径が1000nm未満)のダイヤモンド(ナノダイヤモンド))が挙げられる。
【0024】
ダイヤモンドは、単結晶又は多結晶のいずれでもよい。合成ダイヤモンドとしては、CVD法、高温高圧法、爆発法等で合成されたダイヤモンドが挙げられる。また、ダイヤモンドとしては、I型、II型(IIa型、Iib型など)等のダイヤモンドが挙げられる。
【0025】
ダイヤモンドの形状は、特に限定されない。形状としては、例えば、粒子、薄膜、シート等が挙げられる。サイズは、形状に応じて異なるが、例えば粒子である場合は、平均粒子径は例えば1nm~500nmであることができる。平均粒子径は、好ましくは10~200nm、より好ましくは30~150nm程度である。
【0026】
ダイヤモンドは、好ましくはNVセンター(不純物として含まれる窒素原子と、炭素原子が欠落した空孔とを適切な位置関係で結合させることによって形成される発光センター)を含むダイヤモンド(NVセンター含有ダイヤモンド)である。NVセンターは、天然に含まれるものであってもよいし、人工的に導入されたものであってもよい。NVセンターを人工的に導入する方法は、特に制限されず、例えば窒素原子を注入後にアニール処理する方法や、ダイヤモンドの化学気相合成(CVD)時に窒素原子を導入する方法等が挙げられる。
【0027】
ダイヤモンドは、表面修飾されたものであることもできる。表面修飾の方法は特に制限されないが、例えば必要に応じてダイヤモンドを強い酸化条件で処理して表面の炭素をカルボキシ基に変換し、或いはダイヤモンドを還元してヒドロキシ基を導入し、或いは公知の方法に従って又は準じて他の官能基(アミノ基、チオール基等)を導入し、これを介して各種分子や物質を連結して表面修飾することができる。表面修飾分子としては、特に制限されず、例えばポリグリセロールやポリエチレングリセロール等の水溶性高分子、タンパク質、ペプチド、核酸、医薬化合物等の各種低分子化合物等が挙げられる。
【0028】
無機蛍光粒子は、1種単独であっても、2種以上の組合せであってもよい。
【0029】
対象物は、温度測定の対象であり、特に制限されない。対象物としては、好ましくは細胞、微小生物、オルガノイド等が挙げられる。これらの測定対象内部は、動的環境であり、このためリアルタイム温度測定を行う場合、測定される光子数の変動等が起こり、これが温度測定値のアーチファクトを引き起こす。本発明の測定方法によれば、このような対象物であっても、より高い精度で温度測定することが可能である。
【0030】
細胞としては、特に制限されず、例えば血管内皮細胞、内皮前駆細胞、幹細胞(例えば、骨髄由来幹細胞、脂肪組織由来幹細胞、間葉系幹細胞、多能性幹細胞(iPS細胞、ES細胞等)等)、筋細胞(骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞)、筋前駆細胞(例えば、心筋前駆細胞、筋芽細胞等)、免疫細胞(T細胞等)、神経細胞等が挙げられる。
【0031】
微小生物としては、肉眼では見えない生物、又は肉眼で見えるものの生物体の構造を判別できない生物であれば特に制限されず、例えば細菌、単細胞生物、プランクトン、幼虫、線虫等が挙げられる。
【0032】
オルガノイドとしては、脳オルガノイド、小脳オルガノイド、内耳オルガノイド、甲状腺オルガノイド、胸腺オルガノイド、精巣オルガノイド、肝臓オルガノイド、脾臓オルガノイド、腸オルガノイド、上皮オルガノイド、肺オルガノイド、腎臓オルガノイド、胚等が挙げられる。
【0033】
無機蛍光粒子を含む対象物は、無機蛍光粒子が対象物内部に存在する場合又は外部に付着している場合があり、好適には前者である。前者の方が、対象物内部の環境による測定ノイズの影響が大きいが、本発明の測定方法であればこの場合でもより高い精度で温度測定することが可能である。無機蛍光粒子を含む対象物は、各種方法で得ることができる。例えば、対象物が細胞である場合は、無機蛍光粒子を細胞に接触させることにより、細胞に無機蛍光粒子を取り込ませることができる。
【0034】
対象物における無機蛍光粒子の量は、対象物の種類、無機蛍光粒子の種類等に応じて、適宜決定することができる。例えば体長1mm程度の線虫の場合であれば、線虫1匹に導入する無機蛍光粒子の量は、例えば1~100ngである。
【0035】
無機蛍光粒子を含む対象物は、本発明の温度測定が可能な様に、励起光照射、マイクロ光照射、及び蛍光収集が可能な様に配置される。具体的には、例えば図3に示されるような装置における、対物レンズ上の試料台上に配置される。
【0036】
本発明の測定方法において、照射するマイクロ波は、互いに異なる周波数の複数種のマイクロ波である。
【0037】
マイクロ波の周波数は、通常、9GHz以下であり、想定されるODMRスペクトルのピーク両側の線形近似を示す周波数範囲から選択される(図2参照)。該周波数範囲は、無機蛍光粒子、及び対象物それぞれの種類に応じて、測定前に予め決定しておくことが望ましい。マイクロ波の(周波数)の種類は、通常偶数種であり、測定精度、測定効率等の観点から、好ましくは2~10種、より好ましくは4~10種、さらに好ましくは6~8種、特に好ましくは6種である。ODMRスペクトルピークの片側における各マイクロ波の周波数は、測定される蛍光量が、該ピークの反対側における対応する各マイクロ波の周波数において測定される蛍光量と同程度になるように、設定されることが望ましい(図2参照)。すなわち、図2において、周波数f1は、測定される蛍光強度(I1)が、対応する周波数(f6)において測定される蛍光強度(l6)と同程度になるように、設計されることが望ましい。ODMRスペクトルピークの片側における、各マイクロ波間の周波数の差(例えば図2のX)は、好ましくは1~5MHzである。
【0038】
各周波数のマイクロ波それぞれの1回当たりの照射時間は、特に制限されないが、測定精度、測定効率等の観点から、例えば10μs~1000μs、好ましくは30~300μs、より好ましくは50~200μsである。各マイクロ波の照射時間は、同程度であることが好ましく、例えば最も短い照射時間に対する最も長い照射時間は、例えば200%以下、150%以下、120%以下、110%以下であることが好ましい。
【0039】
各周波数のマイクロ波は、通常、繰返し照射する。例えば、図2の例であれば、周波数f1、周波数f2、周波数f3、周波数f4、周波数f5、周波数f6の順にマイクロ波を照射した後、続けて周波数f1、周波数f2、周波数f3、周波数f4、周波数f5、周波数f6の順にマイクロ波を照射し、このサイクルを繰り返す。また、この繰返しを一定時間(例えば1分以上、5分以上、10分以上、20分以上、30分以上、60分以上、2時間以上、5時間以上、8時間以上)継続することにより、対象物の温度の経時変化を測定することができる。
【0040】
マイクロ波の照射は、適当なマイクロ波源を使用して行われる。各周波数のマイクロ波の繰返し照射は、例えば各周波数の複数のマイクロ波源を用意し、これらを切替装置に連結し、所定時間でマイクロ波源が順次切り替わるように作動させることにより、実行することができる。また、マイクロ波源から発生したマイクロ波は、通常、増幅器を通して増幅されてから、対象物に照射される。
【0041】
工程(a)においては、無機蛍光粒子を含む対象物に刺激を付与することもできる。対象物が細胞、微小生物、オルガノイド等である場合、刺激付与により温度変化が生じる場合はその温度変化を測定することが可能である。刺激の種類は特に制限されず、例えば培養条件(例えば温度、pH、光条件等)の変化)、被検物質の添加等が挙げられる。被検物質としては、特に制限されず、例えば抗体、タンパク質、核酸、生理活性物質、ベシクル、細菌、ウイルス、ポリペプチド、ハプテン、治療薬剤、治療薬剤の代謝物等が挙げられる。
【0042】
3.工程(b)
工程(b)では、各種マイクロ波照射時の無機蛍光粒子の蛍光強度それぞれ別々の光子数カウンタで測定する。
【0043】
マイクロ波照射時の無機蛍光粒子の蛍光強度は、通常、無機蛍光粒子に該粒子の励起光を照射し続けている状況下でマイクロ波を照射し、該マイクロ波(周波数f1、f2・・・)の照射時点の蛍光(蛍光L1、L2・・・)について、その強度(I1、I2・・・)を測定することにより行われる。励起光の波長は、無機蛍光粒子の種類に応じて異なり、適宜設定することが可能である。例えば、NVセンター含有ダイヤモンドを使用する場合であれば、励起光の波長は、例えば490~580nm、好ましくは520~560nmである。また、蛍光の波長も、無機蛍光粒子の種類に応じて異なる。例えば、NVセンター含有ダイヤモンドを使用する場合であれば、蛍光の波長は、例えば637~800nmである。励起光の照射及び蛍光の検出は、例えば次のようにして行われる:励起には、典型的な励起強度の連続波レーザーを使用し、顕微鏡対物レンズを励起および蛍光収集の両方に使用し、蛍光を(例えばダイクロイックビームスプリッタ等のスプリッタやロングパスフィルタ等のフィルタ等によって)抽出し、必要に応じて、蛍光をピンホールとして機能する光ファイバーに結合して、或いはピンホールを使用して、蛍光をアバランシェフォトダイオード等のフォトダイオード又はその他の光検出器で検出する。
【0044】
各種マイクロ波照射時の無機蛍光粒子の蛍光強度はそれぞれ別々の光子数カウンタで測定される。すなわち、各種マイクロ波(周波数f1、f2・・・)の照射時点の蛍光(蛍光L1、L2・・・)について、その強度を、別々の光子数カウンタ(蛍光L1の強度はカウンタ1、蛍光L2の強度はカウンタ2・・・)で測定する。光子数カウンタとしては、特に制限されず、各種カウンタを使用することが可能である。光子数カウンタとしては、1つの独立した測定器内に1つのみ存在するカウンタを利用してもよいし、測定器内に複数存在する各カウンタを利用してもよい。また、複数の測定器を併用して必要数(=マイクロ波の種類数)のカウンタを準備することもできる。別々の光子数カウンタ(蛍光L1の強度はカウンタ1、蛍光L2の強度はカウンタ2・・・)で測定することによって、各種マイクロ波照射時の無機蛍光粒子の蛍光強度(I1、I2・・・)が得られる。
【0045】
蛍光強度は、絶対値であってもよいし、相対値であってもよい。
【0046】
測定対象の無機蛍光粒子は、通常は1個の粒子であるが、複数の粒子について平行して測定することも可能である。測定中、無機蛍光粒子が移動する場合は、適宜、無機蛍光粒子をトラッキングすることにより、測定対象の粒子を追跡し続けることができ、これにより温度の経時変化をより高い精度で測定することができる。トラッキングの方法は、特に制限されず、公知のトラッキング技術を利用して粒子をトラッキングすることができる。
【0047】
4.工程(c)
工程(c)では、光子数カウンタ間のパルス計測数の誤差に基づいて蛍光強度を補正する。
【0048】
本発明者は、複数の光子数カウンタ間に、フォトカウント応答性の差(光子由来のパルスの計測数の誤差)が存在し、これが細胞や個体レベルのような動的環境でリアルタイム温度測定を行う場合の温度測定値のアーチファクトを引き起こすことを見出した。よって、この誤差を補正することにより、より高い精度で温度測定を行うことが可能になる。
【0049】
光子数カウンタ間のパルス計測数の誤差は、予め測定しておくことが望ましい。誤差の測定は、特に制限されるものではないが、例えば次のように行うことができる。温度測定で採用する周波数の複数種のマイクロ波を、段階的に増加させる複数(例えば3~20、4~15、6~12)のレーザー強度それぞれで、無機蛍光粒子単体に照射し、各マイクロ波(周波数f1、f2・・・)の照射時点の蛍光(蛍光L1、L2・・・)について、その光子数(p1、p2・・・)を、別々の光子数カウンタ(蛍光L1の光子数はカウンタ1、蛍光L2の光子数はカウンタ2・・・)で測定する。測定値に基づいて、対応する2つの光子数カウンタ間の、測定値の誤差(同条件で計測された光子数の差)を算出する。なお、「対応する2つの光子数カウンタ」とは、温度測定の際に想定されるODMRスペクトルのピーク両側の対応する周波数(図2参照。f1とf6が対応し、f2とf5が対応し、f3とf4が対応する。)について測定する2つのカウンタ(カウンタ1とカウンタ6が対応し、カウンタ2とカウンタ5が対応し、カウンタ3とカウンタ4が対応する。)を意味する。なお、図4に示されるような測定値誤差を示すグラフは、上記測定値に基づいて、例えば多項式フィッティング等を行うことにより、得ることができる。
【0050】
上記誤差に基づいて、工程(b)で得られた蛍光強度を補正する。補正の方法は、特に制限されないが、例えば、2つの対応する蛍光強度(図2参照。I1とI6が対応し、I2とI5が対応し、I3とI4が対応する。)のいずれか一方の蛍光強度の測定値から誤差分を減じる、或いはいずれか一方の蛍光強度の測定値から誤差分を加えることにより、補正値(補正値c1、c2・・・)を得ることができる。
【0051】
工程(c)は、具体的には、例えば、光子数カウンタ間のパルス計測数の誤差の予め測定された値を、2つの対応する蛍光強度のいずれか一方の蛍光強度の測定値から減じる、或いはいずれか一方の蛍光強度の測定値に加える工程を含む。
【0052】
5.工程(d)
工程(d)では、得られた補正値に基づいて、対象物の温度を算出する。
【0053】
対象物の温度の算出は、特に制限されず、公知の方法に従って又は準じて行うことができる。4種のマイクロ波を使用した場合であれば、例えば特許文献1に記載の方法に従って、温度を算出することができる。また、例えば6種のマイクロ波を使用した場合であれば、6種の各周波数に対応する6種の補正値から、値が同程度である対応する2つの補正値(c1-c6、c2-c5、c3-c4)を一組とした場合の二組の組合せ(c1-c6とc2-c5の組合せ、c2-c5とc3-c4の組合せ、及びc1-c6とc3-c4の組合せ)それぞれについて、例えば特許文献1に記載の方法に従って温度を算出し、その平均値を最終的な測定値とすることができる。具体的には、たとえば後述の実施例(「1.温度測定方法」)に記載の方法及び式に従って、算出することができる。
【0054】
6種のマイクロ波を使用した場合、工程(d)は、具体的には、例えば、工程(c)で得られた補正値を下記式:
【0055】
【数2】
【0056】
[式中:αは発光センター(NV)の温度依存性を示す。δωはマイクロ波の低周波数側から1番目と3番目、または、4番目と6番目の間の周波数差を示す。I1~I6は6種のマイクロ波照射それぞれで得られた補正値を示す。]
に代入して発光センターにおける温度変化(δTNV)を算出する工程を含む。
【0057】
また、温度については、一定時間の平均値をとることにより、より高い精度の計測することが可能である。各周波数のマイクロ波は、通常は繰返し照射される(例えば、図2の例であれば、周波数f1、周波数f2、周波数f3、周波数f4、周波数f5、周波数f6の順にマイクロ波を照射した後、続けて周波数f1、周波数f2、周波数f3、周波数f4、周波数f5、周波数f6の順にマイクロ波を照射し、このサイクルを繰り返す。)ところ、例えば、一定時間(例えば0.1~180秒、0.3~120秒、1~100秒、3~100秒、10~80秒、20~50秒)内の各サイクルから算出された温度の平均(例えば隣接平均、移動平均等)を温度測定値とすることができる。
【0058】
上記した技術を活用することにより、ナノスケールの熱イベントを高精度にリアルタイムでの計測、個体の代謝測定、脂肪燃焼などの健康食品の効果試験、薬による代謝変化の熱計測等を行うことも可能であり得る。
【0059】
本発明の測定方法は、(A)マイクロ波照射装置、(B)光子数カウンタ、(C)蛍光強度を補正する演算部、及び(D)温度を算出する演算部を備える、温度測定装置(本明細書において、「本発明の測定装置」と示すこともある。)を利用して実行することができる。
【0060】
マイクロ波照射装置及び光子数カウンタについては、上述の通りである。
【0061】
蛍光強度を補正する演算部及び温度を算出する演算部は、1つの演算部であってもよいし、別々の演算部であってもよい。
【0062】
蛍光強度を補正する演算部は、光子数カウンタで計測された蛍光強度に関する情報を取得し、光子数カウンタ間のパルス計測数の誤差に基づいて補正する。温度を算出する演算部は、得られた補正値に関する情報を取得し、温度を算出する。これらの演算部における処理内容については、上述の通りであり、予め記憶されているコンピュータプログラムによって実行される。
【0063】
本発明の測定装置は、さらに、粒子トラッキングシステムを備えることが好ましい。該システムとしては、公知の粒子トラッキング技術を利用したもの(例えばピエゾステージ等)を、使用することができる。
【0064】
本発明の測定装置は、さらに、無機蛍光粒子を含む対象物を配置する試料台、顕微鏡対物レンズ、蛍光照射装置、算出された温度情報を表示する表示部等を備え、これのみで本発明の測定方法を実行できるオールインワン型装置であることもできる。
【実施例
【0065】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0066】
1.温度測定方法
実施例におけるODMR温度測定法について説明する。装置の概略図を図3に示す。励起には、典型的な励起強度ca. 5 kW・cm-2の連続波532nmレーザーを使用した。開口数1.4の油浸顕微鏡対物レンズを励起および蛍光収集の両方に使用した。NV蛍光を、ダイクロイックビームスプリッタ(Semrock、FF560-FDi01)およびロングパスフィルタ(Semrock、BLP01-561R、またはBLP01-635R-25を用いて)によって濾過して、残留緑色レーザ散乱を除去した。次に、蛍光をピンホールとして機能する光ファイバー(Thorlabs、1550HP、コア直径約10μm)に結合した。ファイバ結合蛍光は、アバランシェフォトダイオード(APD、Perkin Elmer SPCM AQRH-14)によって最終的に検出された。試料は、ラスタースキャニングおよび粒子追跡を可能にするピエゾステージ上に載せた。APD出力は、それぞれ4つのパルスカウンタ(DAQ-1 BNC、National Instruments)と2つのパルスカウンタ(DAQ-2 BNC、National Instruments)を持つ2つのデータ収集ボードに供給された。6点測定以外のすべてのフォトンカウンティング測定は、DAQボード(USB-6343 BNC)によって行われた。蛍光スペクトル測定のために、液体窒素冷却電荷結合素子カメラを装備した分光計(Princeton、LNCCD)を使用した。ファイバピッグテールビーム分割システムを光ファイバラインに挿入することによって、スペクトル測定と粒子追跡を同時に実行して、粒子の動きに起因する色収差を防止した。
【0067】
CWとマルチポイントの両方のODMR測定を実行するために、250nsのスイッチング時間を有するSP6Tスイッチ(General Microwave、F9160)に1つの独立型マイクロ波源(Rohde&Schwarz、SMB100A)および5つのUSB駆動マイクロ波源(USG-LF44、Texio)を接続した。次にそれを増幅し(ミニサーキット、ZHL-16W-43 +)、カバースリップ(25μmの細い銅線)の上に置かれたマイクロ波リニアアンテナに送り、中央に穴をあけた細胞培養皿で密封した。一般的なマイクロ波励起電力は、アンテナの入力電力と送信電力、および有限要素法(COMSOL)による電磁界シミュレーションを考慮すると、磁界強度にして5 [A/m]と推定される。CW-ODMR測定では、SP6Tスイッチと、ゲート幅が200μsのビットパターンジェネレータ(Spincore、PBESR-PRO-300)を使用して、両方のゲートに共通のAPD検出をマイクロ波照射のオンとオフにゲートした。その後に100μsのレーザー遮断時間が続き、2 kHzの繰り返しレートでIPL ONとIPL OFFを与えた。なお、実施例では外部磁場は印加されていない。マルチポイントODMR測定では、APD検出は、6つのゲートすべてに共通のゲート幅が100μsで、その後に5μsの間隔が続くそれぞれのマイクロ波周波数に対してゲートされた。得られた6つの周波数での光子数を次の式に入力してNV中心の温度推定値(TNV)を算出した。
【0068】
【数3】
【0069】
[式中、αはNV中心の温度依存性、-74kHz・℃-1である。]
【0070】
2.6点測定と温度変化によるODMRピークシフト
ナノダイヤモンド量子サーモメトリーを生体内で実現するために、我々は、高速粒子追跡能力および高精度温度推定プロトコルを備えた共焦点蛍光顕微鏡に基づくリアルタイム生体内温度測定システムを開発した(上記「1.温度測定方法」及び図3参照)。粒子追跡において、システムはxyz方向に沿って蛍光強度を測定し、毎回焦点をそれぞれの蛍光最大値に戻す。再配置は通常2.8秒かかり、4秒ごとに繰り返される。
【0071】
高精度量子温度測定は、NDの窒素空孔(NV)中心の光学的に検出された磁気共鳴(ODMR)線の温度依存ピークシフトの検出に基づいている。特に、我々は、ODMRピークに対して対称的に位置する6つの周波数で蛍光強度を測定するマルチポイントODMR測定プロトコルを採用した。6つの点のうちの4つの周波数点における蛍光強度は、上記「1.温度測定方法」で示した式に従う3組の温度推定を提供し、最後にそれらの平均をとることによって温度推定値を与えることができる。実験的には、周波数選択器から100μsのパルス幅と5μsの間隔で6つの周波数が順次出力される。これらのタイミング制御されたマイクロ波パルス列は、細胞培養皿上に作製されたマイクロ波アンテナに送られる。培養皿上にはNDまたはND標識された線虫ワームが配置されている。
【0072】
以前に報告(特許文献1)された4点の代わりに6点を選択する利点は、温度精度を向上させることである。同じ光子束で4点を選択するのと比較して、6点分析では4点分析を3重に実行しながら1秒あたり2/3の光子数を使用するため、測定ノイズが減少させることができる(下記式)。
【0073】
【数4】
【0074】
実際には、周波数点の数を増やすと、ODMRのスペクトル形状に関する詳細情報も得られる。これは、温度プロファイルの詳細な分析に役立つ。この研究では移動平均を使用した。しかし、カルマンフィルタリングのようなより高度なデータ推定も効果的である。
【0075】
我々は、動的環境でリアルタイムモニタリングを実現するには、各パルスカウンタのフォトンカウント応答性を校正することが重要であることを見出した。各カウンタは、<5%の非常に小さい光応答性の差を有することが見出された(図4参照)。図4aは、励起レーザー出力の関数としての6つの周波数(I1~I6)におけるNV蛍光のカウンター値を示す。理想的には、I1、I2、およびI3は、対応するI4、I5、およびI6と同じ応答性勾配を示さなければならない。図4bは、それらの差(I1-I6、I2-I5およびI3-I4)をそれぞれI1、I2またはI3のいずれかの光子数の関数として示す。そこで、以下の試験では、このずれ(誤差)を補正するカウンタキャリブレーションを実行した。
【0076】
我々は、まず、カバーガラスに貼られたNDについて温度計測した(図3参照)。図5aに示されるように、実際の温度は変化しないにもかかわらず、光子数のステップ変化は、NV中心の温度推定値のアーチファクトを引き起こした。実験に使用される光子計数の全範囲にわたってI1~I6(I2~I5及びI3~I4)を較正することによって、ノイズおよびドリフトを大幅に抑制することができた。これらのカウンターキャリブレーションにより、温度測定は光子数の変動による影響を受けなくなった。
【0077】
次に、顕微鏡対物レンズ(TOBJ)の温度を20~40℃の範囲で段階的に変化させることにより、温度測定の仕様(精度、確度、時間分解能、安定性)を評価した(図5b)。最初は44.0℃から始まり、40.2℃に低下させた。その後、40.7分で温度をわずかに40.9℃に上げた。重要なことに、TNVは、図5bの挿入図に示すように、わずか0.7℃というこの小さな温度変化を明確に検出することができた。この温度遷移は、実用的なボルツマンフィッティングにおいて19秒の特性時定数で起こり、約1.5分間で完了した。TOBJとTNVとの間の時間差は1.2分であり、これはナノダイヤモンド温度計がリアルタイムで1℃以下の過渡温度変化を検出できることを実証している。
【0078】
35℃以下の低い温度範囲では、TNVとTOBJの間に違いが現れた。この違いは、TOBJが完全に熱化するのに十分な待ち時間がないためで、温度計の精度とは関係無い。むしろ、それはカバーガラスの表面の実際の温度を正確に反映している。なぜなら、熱放散はフーリエの法則に従って室温との差に比例するからである。完全な熱平衡状態に到達するには1時間以上かかる。
【0079】
顕微鏡の対物レンズを加熱すると、温度を下げるよりも大幅な変動と焦点位置のドリフトが発生する。そこで、温度計の堅牢性を示すために、207分でヒーターの電源を切った後、218分でヒーターの電源を入れて35℃にした。この急速な熱イベントの間、システムは、正しい温度推定値を示しながらND位置を追跡することができた。35~45℃の範囲で段階的に変化することから、現在の温度測定の精度は34秒の積分時間によって0.16℃と決定され、その精度は二乗平均平方根で0.3度未満であった(図5c)。したがって、感度は1.6℃ / √Hzであった。リアルタイムでのそのような小さい正味精度は、現在のナノスケール温度計の顕著な特徴であり、これは生物学的in vivo用途にとって重要なマイルストーンである。
【0080】
3.生きた線虫内の温度測定
リアルタイムで動作する堅牢で正確な温度測定を確立したので、我々は生きている虫の局所的な温度モニタリングをテストした。線虫を標識するために使用されるNDとして、その表面がポリグリセロールでコーティングされている、高度に水溶性のナノダイヤモンド(粒子径中央値が100nmのナノダイヤモンド(Adams nanotechnology)の表面をポリグリセロールコーティング処理してなるナノダイヤモンド)を使用した。生殖腺へのマイクロインジェクションによってこれらのNDを虫に導入し、NDが細胞に組み込まれるまで待つために一晩培養した。標識された虫は麻酔をかけられ、アンテナ一体型培養皿のマイクロ波アンテナの近くに移された。それらは寒天パッドと緩衝液で満たされたカバーガラスとの間に挟まれた。
【0081】
図6a~dはそれぞれ、ラベル付きワームについての、DIC(微分干渉コントラスト)、緑色、赤色共焦点蛍光、及びそれらの合成画像を示す。NDは画像内の全領域に分散しているため、さまざまな部分のワームのODMR信号を測定できる。生きている虫では、NDは、タイムラプス画像によって測定される200 nm / min程度の典型的な速度で、温度観測中に連続的に移動する。以下の実験では、局所温度を測定しながらこれらのNDを追跡し続けた。
【0082】
図7a~bは、胚の近くの矢印で示される単一のNDの併合顕微鏡写真およびcw-ODMRスペクトルを示す。ODMRのコントラストは、バックグラウンドの蛍光のために一般的にワームでは弱くなる。通常、カバースリップ上の0.88と比較して、ワームでは0.9~0.94のODMRコントラストが得られる。このことから、バックグラウンド蛍光の強度がND蛍光の0.6~1.0倍であると推定された。図7cは、顕微鏡-対物加熱器による温度変化の経過中の1時間にわたるTNVの時間的プロファイルを示す図である。TOBJは最初は34.0℃に設定された(この時点でRT = 21.5℃)。5分で、ヒーターを切り、そしてTNVをRTに向けて徐々に減少させた。38.7分に、ヒーターをオンにして29.5℃に調整した。TNV(赤)の測定プロファイルは、TOBJ(青)と非常によく一致していた。このin vivo測定の精度と確度は、それぞれ±0.39℃(積分時間34秒)と<0.6℃であった(図7e)。
【0083】
4.線虫の薬剤刺激による熱産生応答検出
本サーモメトリーの生体内発熱研究への適用性を実証するために、ミトコンドリア脱共役剤であるFCCP(シアン化カルボニル-トリフルオロメトキシフェニルヒドラゾン)によって刺激されたときのワームの内部温度を測定した。図8aは、ワームがFCCPによって刺激されたときのワームの内部温度の時間的プロファイルを示す。測定開始後、TNVは連続的に減少したが、これは実際にはベースラインドリフトであり、これはin vivoで頻繁に観察された。6分後、少量の60μM FCCP溶液を培地に添加した。10分から18分の間に、TNVのベースラインドリフトは、ドロップとリカバリでそれぞれ4秒と12秒という短い遷移時間で急激にシフトダウンした。これは主に、追跡システムが、わずかに異なるODMRピークを持つ近くのNDを誤って捕らえたためであった(図8b参照)。24分(FCCP添加後18分)に温度は徐々に上昇し、40~50分で最大約3℃に達した。25分から35分の間に、実際に温度プロファイルに反映される光子数の強い変動があった。この間、ワームが移動したため、NDの位置は大きく変動していた。確かに、画像の下部に位置する胚はこの期間後に移動した(図8b)。しかしながら、我々のシステムは温度情報でNDを追跡することができた。28分から30分の間の2分間だけ、NDはトラッキングの調整可能範囲を超えて移動し、ND位置を失った。しかし、我々は広視野蛍光イメージングによって同じNDを見つけることができ、焦点に戻してNDを置くことができ、それはTNVの連続的なモニタリングを可能にした。60~65分の間に、発熱反応は終了したように見えた。65分後、TNVのベースラインドリフトは光子数の減少と同期して上昇したようであった。これに関しては、温度上昇に伴って熱による非輻射緩和が促進され、NDの蛍光が減少することが知られている。逆に温度低下によって蛍光量は増大する。この点から、蛍光強度と温度情報は反相関関係にある。しかしながら、蛍光強度は生体試料の透過率や屈折率の時間変化によっても影響を受けるため、必ずしも相関関係が観察されない場合もある。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8