(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-13
(45)【発行日】2024-12-23
(54)【発明の名称】細胞死抑制剤及び細胞死抑制方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/82 20060101AFI20241216BHJP
A01G 7/06 20060101ALI20241216BHJP
A01G 22/45 20180101ALI20241216BHJP
C12N 5/14 20060101ALI20241216BHJP
A01H 3/04 20060101ALI20241216BHJP
【FI】
C12N15/82 Z ZNA
A01G7/06 A
A01G22/45
C12N5/14
A01H3/04
(21)【出願番号】P 2021535374
(86)(22)【出願日】2020-07-29
(86)【国際出願番号】 JP2020028981
(87)【国際公開番号】W WO2021020421
(87)【国際公開日】2021-02-04
【審査請求日】2023-03-20
(31)【優先権主張番号】P 2019142038
(32)【優先日】2019-08-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】三浦 謙治
(72)【発明者】
【氏名】鶴田 文憲
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第01/044459(WO,A2)
【文献】Plants,2017年,vol.6, no.1,article:9
【文献】Plant Cell Reports,2003年,vol.21,p.429-436
【文献】Biologia,2015年,vol.69, no.12,p.1668-1677
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/09
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を有効成分とする、タバコ属植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死の抑制剤であって、
アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物
が、100~300mMの濃度でタバコ属植物に接触させるように用いられるか、又は
アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物
が、25~80mMの濃度で、タバコ属植物に目的タンパク質の発現ベクターを導入するためのアグロバクテリウム懸濁液に添加するように用いられるか、若しくは、タバコ属植物を水耕栽培するための培養液に添加するように用いられ、
前記誘導体は、アスコルビン酸アルキルエステル、アスコルビン酸リン酸エステル、アスコルビン酸グルコシド又はアスコルビン酸アルキルエーテルであり、
前記溶媒和物は、水和物又は有機溶媒和物である、抑制剤。
【請求項2】
前記誘導体が、モノステアリン酸アスコルビル、モノパルミチン酸アスコルビル、モノイソパルミチン酸アスコルビル、モノオレイン酸アスコルビル、ジステアリン酸アスコルビル、ジパルミチン酸アスコルビル、モノパルミチン酸アスコルビル、テトラヘキシルデカン酸アスコルビル、アスコルビン酸モノリン酸エステル、アスコルビン酸ジリン酸エステル、アスコルビン酸トリリン酸エステル、アスコルビン酸エチルエーテル、アスコルビン酸メチルエーテル、アスコルビン酸ジグルコシド又はパルミチン酸アスコルビルリン酸である、請求項1に記載の抑制剤。
【請求項3】
前記溶媒和物が、イソアスコルビン酸ナトリウム一水和物又はアスコルビン酸カルシウム二水和物である、請求項1又は2に記載の抑制剤。
【請求項4】
タバコ属植物に、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を投与する工程を含む、前記タバコ属植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制する方法であって、
前記工程において
、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を
100~300mMの濃度で前記タバコ属植物に接触させて投与するか、又は
前記工程において
、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を、
25~80mMの濃度で前記タバコ属植物に目的タンパク質の発現ベクターを導入するためのアグロバクテリウム懸濁液に添加して投与するか、若しくは、前記タバコ属植物を水耕栽培するための培養液に添加して投与し、
前記誘導体は、アスコルビン酸アルキルエステル、アスコルビン酸リン酸エステル、アスコルビン酸グルコシド又はアスコルビン酸アルキルエーテルであり、
前記溶媒和物は、水和物又は有機溶媒和物である、方法。
【請求項5】
前記誘導体が、モノステアリン酸アスコルビル、モノパルミチン酸アスコルビル、モノイソパルミチン酸アスコルビル、モノオレイン酸アスコルビル、ジステアリン酸アスコルビル、ジパルミチン酸アスコルビル、モノパルミチン酸アスコルビル、テトラヘキシルデカン酸アスコルビル、アスコルビン酸モノリン酸エステル、アスコルビン酸ジリン酸エステル、アスコルビン酸トリリン酸エステル、アスコルビン酸エチルエーテル、アスコルビン酸メチルエーテル、アスコルビン酸ジグルコシド又はパルミチン酸アスコルビルリン酸である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記溶媒和物が、イソアスコルビン酸ナトリウム一水和物又はアスコルビン酸カルシウム二水和物である、請求項4又は5に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞死抑制剤及び細胞死抑制方法に関する。より具体的には、植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死の抑制剤、及び、植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物細胞で目的タンパク質を大量に発現させる検討が広く行われている。例えば、発明者らは、以前に、一過的に目的タンパク質を大量に発現させる技術として、ジェミニウイルス由来のLong Intergenic Region(LIR)と、ジェミニウイルス由来のSmall Intergenic Region(SIR)と、前記LIRと前記SIRとの間に連結された目的タンパク質の発現カセットとを含む第1の核酸断片と、ジェミニウイルス由来のRep/RepAタンパク質の発現カセットを含む第2の核酸断片と、を備え、前記目的タンパク質の発現カセットが、プロモーターと、前記目的タンパク質をコードする核酸断片と、2個以上連結されたターミネーターとをこの順に含む、発現システムを開発している(特許文献1を参照)。
【0003】
しかしながら、植物細胞で一過的に目的タンパク質を大量に発現させると、植物細胞の細胞死(ネクローシス、壊疽)が誘導され、発現させた目的タンパク質が分解してしまうことが知られている(例えば、非特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Pinkhasov J., et al., Recombinant plant-expressed tumour-associated MUC1 peptide is immunogenic and capable of breaking tolerance in MUC1.Tg mice, Plant Biotechnology Journal, 9, 991-1001, 2011.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の態様を含む。
[1]アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を有効成分とする、植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死の抑制剤。
[2]100~300mMのアスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を植物に接触させるように用いられる、[1]に記載の抑制剤。
[3]25~80mMのアスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を、植物に目的タンパク質の発現ベクターを導入するためのアグロバクテリウム懸濁液に添加するように用いられるか、又は、植物を水耕栽培するための培養液に添加するように用いられる、[1]に記載の抑制剤。
[4]前記植物がタバコ属植物である、[1]~[3]のいずれかに記載の抑制剤。
[5]植物に、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を投与する工程を含む、前記植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制する方法。
[6]前記工程において、100~300mMのアスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を前記植物に接触させて投与する、[5]に記載の方法。
[7]前記工程において、25~80mMのアスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を、前記植物に目的タンパク質の発現ベクターを導入するためのアグロバクテリウム懸濁液に添加して投与するか、又は、前記植物を水耕栽培するための培養液に添加して投与する、[5]に記載の方法。
[8]前記植物がタバコ属植物である、[5]~[7]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】pBYR2HS-EGFPベクターのT-DNA領域の模式図である。
【
図2】(a)~(f)は、実験例1において各植物の葉を撮影した代表的な写真である。
【
図3】(a)は、実験例1におけるクマシーブリリアントブルー(CBB)染色の結果を示す写真である。(b)は、(a)に基づいて、GFPタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
【
図4】(a)は、実験例1において、ヒトCullin 1(hCul)タンパク質を検出したウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。(b)は、(a)に基づいて、hCulタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
【
図5】(a)は、実験例1において、Arabidopsis putative membrane lipoprotein(PLP)とGFPの融合タンパク質(PLP-GFPタンパク質)を検出したウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。(b)は、(a)に基づいて、PLP-GFPタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
【
図6】(a)及び(b)は、実験例2において各植物の葉を撮影した写真である。(a)は、アスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であり、(b)は、アスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった結果である。
【
図7】(a)は、実験例2におけるCBB染色の結果を示す写真である。(b)は、(a)に基づいて、GFPタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
【
図8】(a)は、実験例2において、hCulタンパク質を検出したウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。(b)は、(a)に基づいて、hCulタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
【
図9】(a)は、実験例2において、ヒトF-boxタンパク質であるFbxw7(hFbxw7)タンパク質を検出したウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
【
図10】(a)~(c)は、実験例3において各植物の葉を撮影した代表的な写真である。
【
図11】(a)~(f)は、実験例4において各植物の葉を撮影した代表的な写真である。
【
図12】(a)~(f)は、実験例4において各植物全体を撮影した代表的な写真である。
【
図13】(a)は、実験例4において、hCulタンパク質を検出したウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。(b)は、(a)に基づいて、hCulタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
【
図14】(a)~(f)は、実験例5において各植物の葉を撮影した代表的な写真である。
【
図15】(a)は、実験例5におけるCBB染色の結果を示す写真である。(b)は、(a)に基づいて、GFPタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
【
図16】(a)~(d)は、実験例6において各植物を撮影した代表的な写真である。
【
図17】(a)~(d)は、実験例7において各植物を撮影した代表的な写真である。(b)は(a)の部分拡大写真であり、(d)は(c)の部分拡大写真である。
【
図18】(a)は、実験例8においてアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった植物を撮影した代表的な写真である。(b)は、実験例8において、Cryj1タンパク質を検出したウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死の抑制剤]
1実施形態において、本発明は、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を有効成分とする、植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死の抑制剤を提供する。
【0011】
実施例において後述するように、本実施形態の抑制剤により、植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死(ネクローシス、壊疽)を抑制することができる。また、実施例において後述するように、本実施形態の抑制剤の投与により、植物の細胞死を抑制することにより、目的タンパク質を大量に製造することが可能になる。
【0012】
本実施形態の抑制剤は、アスコルビン酸であってもよいし、アスコルビン酸誘導体であってもよいし、アスコルビン酸の塩であってもよいし、アスコルビン酸誘導体の塩であってもよいし、アスコルビン酸の溶媒和物であってもよいし、アスコルビン酸誘導体の溶媒和物であってもよいし、アスコルビン酸の塩の溶媒和物であってもよいし、アスコルビン酸誘導体の塩の溶媒和物であってもよい。
【0013】
アスコルビン酸は、栄養素ビタミンCとして機能する、ラクトン構造を持つ有機化合物の1種である。アスコルビン酸は光学活性化合物であり、ビタミンCとして知られるのはL体の方である。本実施形態において、アスコルビン酸はL体であってもよく、D体であってもよいが、L体であることが好ましい。
【0014】
アスコルビン酸誘導体としては、アスコルビン酸アルキルエステル、アスコルビン酸リン酸エステル、アスコルビン酸グルコシド、アスコルビン酸アルキルエーテル等が挙げられる。より具体的なアスコルビン酸誘導体としては、例えば、モノステアリン酸アスコルビル、モノパルミチン酸アスコルビル、モノイソパルミチン酸アスコルビル、モノオレイン酸アスコルビル、ジステアリン酸アスコルビル、ジパルミチン酸アスコルビル、モノパルミチン酸アスコルビル、テトラヘキシルデカン酸アスコルビル等のアスコルビン酸アルキルエステル、アスコルビン酸モノリン酸エステル、アスコルビン酸ジリン酸エステル、アスコルビン酸トリリン酸エステル等のアスコルビン酸リン酸エステル、アスコルビン酸エチルエーテル、アスコルビン酸メチルエーテル等の、アスコルビン酸モノグルコシド、アスコルビン酸ジグルコシド等のアスコルビン酸グルコシド等が挙げられる。これらの他にも、例えば、アスコルビン酸アルキルエステル且つアスコルビン酸リン酸エステルである、パルミチン酸アスコルビルリン酸等が挙げられる。なお、これらのアスコルビン酸誘導体は、アスコルビン酸の6位、2位、3位及び5位の水酸基のうちの少なくとも1つが置換された構造を有している。
【0015】
アスコルビン酸又はアスコルビン酸誘導体の塩としては、特に限定されず、アスコルビン酸又はアスコルビン酸誘導体とアルカリ金属(例えば、ナトリウム、カリウム等)との塩、アスコルビン酸又はアスコルビン酸誘導体とアルカリ土類金属(例えば、カルシウム、マグネシウム等)との塩、アスコルビン酸又はアスコルビン酸誘導体と遷移金属(例えば、亜鉛、鉄、コバルト、銅等)との塩、アスコルビン酸又はアスコルビン酸誘導体と塩基性アンモニウムとの塩、アスコルビン酸又はアスコルビン酸誘導体とトリエタノールアミンとの塩、アスコルビン酸又はアスコルビン酸誘導体とアミノ酸(例えば、L-ヒスチジン、L-アルギニン、L-リジン等)との塩等が挙げられる。これらの中でも、例えば、アスコルビン酸ナトリウム、アスコルビン酸カリウム、アスコルビン酸カルシウム、アスコルビン酸マグネシウム、アスコルビン酸リン酸ナトリウム、アスコルビン酸リン酸マグネシウム等を好適に用いることができる。
【0016】
アスコルビン酸又はその誘導体又はそれらの塩の、溶媒和物としては、水和物、有機溶媒和物等が挙げられ、より具体的には、例えば、イソアスコルビン酸ナトリウム一水和物、アスコルビン酸カルシウム二水和物等が挙げられる。
【0017】
本実施形態の抑制剤は、上述したアスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物のうち、1種を単独で用いてもよいし、複数種を混合して用いてもよい。
【0018】
本実施形態の抑制剤は、100~300mMの濃度で植物に接触させることにより投与してもよい。ここで、植物に接触させるとは、一過的タンパク質発現を誘導した植物の部位、例えば、葉に、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を溶解又は懸濁した液体を噴霧することであってもよい。あるいは、一過的タンパク質発現を誘導した植物を、上記の液体に浸漬することであってもよい。
【0019】
本実施形態の抑制剤を溶解又は懸濁した液体において、溶媒としては、水、緩衝液、等張液等が挙げられる。
【0020】
本実施形態の抑制剤を溶解又は懸濁した液体において、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物の濃度の下限は、例えば80mMであってもよく、例えば100mMであってもよく、例えば150mMであってもよく、例えば200mMであってもよく、例えば250mMであってもよい。また、本実施形態の抑制剤を溶解又は懸濁した液体において、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物の濃度の上限は、例えば300mMであってもよく、例えば250mMであってもよく、例えば200mMであってもよく、例えば150mMであってもよく、例えば100mMであってもよい。これらの下限及び上限は任意に組み合わせることができる。
【0021】
本実施形態の抑制剤を噴霧する場合、噴霧のスケジュールとしては、例えば、1日に1回、2日に1回、3日に1回、4日に1回等が挙げられる。
【0022】
本実施形態の抑制剤は、25~80mMの濃度で、植物に目的タンパク質の発現ベクターを導入するためのアグロバクテリウム懸濁液に添加し、当該アグロバクテリウム懸濁液(アグロインフィルトレーション液)を用いて、シリンジを用いたアグロインフィルトレーションを行うか、又は、バキュームインフィルトレーションを行うことにより、植物に投与してもよい。すなわち、植物に目的タンパク質の発現コンストラクトを導入する時に、同時に本実施形態の抑制剤を投与してもよい。あるいは、本実施形態の抑制剤は、25~80mMの濃度で植物を水耕栽培するための培養液に添加して投与してもよい。
【0023】
実施例において後述するように、本実施形態の抑制剤をアグロバクテリウム懸濁液に添加する場合には、本実施形態の抑制剤を植物に接触させる場合と最適濃度が異なる傾向にある。また、本実施形態の抑制剤を、水耕栽培するための培養液に添加する場合には、アグロバクテリウム懸濁液に添加する場合と同様の濃度にすることが好ましい。
【0024】
より具体的には、アグロバクテリウム懸濁液又は水耕栽培するための培養液において、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物の濃度の下限は、例えば25mMであってもよく、例えば30mMであってもよく、例えば40mMであってもよく、例えば50mMであってもよく、例えば60mMであってもよい。また、アグロバクテリウム懸濁液又は水耕栽培するための培養液において、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物の濃度の上限は、例えば80mMであってもよく、例えば60mMであってもよく、例えば50mMであってもよく、例えば40mMであってもよく、例えば30mMであってもよい。これらの下限及び上限は任意に組み合わせることができる。
【0025】
本実施形態の抑制剤をアグロバクテリウム懸濁液に添加する場合、本実施形態の抑制剤の投与はアグロインフィルトレーション時の1回のみとなる。
【0026】
本実施形態の抑制剤の、接触による投与、アグロバクテリウム懸濁液に添加しての投与、植物を水耕栽培するための培養液に添加しての投与は、いずれか1つのみを行ってもよいし、任意の組み合わせでいずれか2つ以上を行ってもよい。
【0027】
本明細書において、植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死とは、植物細胞に一過的に(一過性)に目的タンパク質を大量発現させた場合に誘導される細胞死を意味する。
【0028】
一過的タンパク質発現の手段は特に限定されないが、例えば、アグロバクテリウム及びT-DNAを利用する方法が挙げられる。T-DNAとは、双子葉植物の腫瘍であるクラウンゴールの病原細菌であるアグロバクテリウムの病原性株に見出されるTiプラスミドやRiプラスミドが有する特定領域である。T-DNAはRight Border(RB)とLeft Border(LB)と呼ばれる約25塩基の配列に挟まれたDNA領域である。T-DNAを有するアグロバクテリウムを植物細胞と共存させると、RBとLBとの間に存在する核酸断片を宿主植物細胞内に移行させる。
【0029】
したがって、RBとLBとの間に目的タンパク質の発現コンストラクトを導入したベクターをアグロバクテリウムに導入し、当該アグロバクテリウムを宿主植物に導入することにより、宿主植物細胞内に目的タンパク質の発現コンストラクトを容易に導入することができる。
【0030】
RBとLBとの間に目的タンパク質の発現コンストラクトが存在するベクターは、バイナリーベクター法に用いることができるベクターであることが好ましい。バイナリーベクター法とは、Tiプラスミドの本来のT-DNAを除去したvirヘルパーTiプラスミドと、人工のT-DNAを有する小型のシャトルベクターを利用する植物への遺伝子導入法である。ここで、シャトルベクターは大腸菌とアグロバクテリウムの双方で維持できるものが好ましい。
【0031】
virヘルパーTiプラスミドは、本来のT-DNAを有しないため、植物にクラウンゴールを形成することができない。しかしながら、virヘルパーTiプラスミドは、T-DNAを宿主植物細胞内に導入するために必要なvir領域を有している。
【0032】
このため、virヘルパーTiプラスミドを有するアグロバクテリウムに、所望の核酸断片を有するT-DNAを導入し、当該アグロバクテリウムを宿主植物に導入することにより、所望の核酸断片を容易に宿主植物細胞内に導入することができる。
【0033】
すなわち、RBとLBとの間に目的タンパク質の発現コンストラクトが存在するベクターは、大腸菌用の複製起点と、アグロバクテリウム用の複製起点を有しており、大腸菌とアグロバクテリウムの双方で維持することができるシャトルベクターであると便利である。
【0034】
本実施形態の抑制剤において、一過的タンパク質発現の手段としては、特に限定されず、例えば、発明者らが以前に開発した、ジェミニウイルス由来のLIRと、ジェミニウイルス由来のSIRと、前記LIRと前記SIRとの間に連結された目的タンパク質の発現カセットとを含む第1の核酸断片と、ジェミニウイルス由来のRep/RepAタンパク質の発現カセットを含む第2の核酸断片と、を備え、前記目的タンパク質の発現カセットが、プロモーターと、前記目的タンパク質をコードする核酸断片と、2個以上連結されたターミネーターとをこの順に含む発現システムを植物に導入する方法、例えば、magnICONシステムと呼ばれる、タバコモザイクウイルスをベースとした商用の発現システムを植物に導入する方法等が挙げられる。
【0035】
本実施形態の抑制剤において、植物としては、特に限定されず、例えば、トマト、ナス、トウガラシ等のナス科植物、レタス等のキク科植物、メロン等のウリ科植物、コチョウラン等のラン科植物等が挙げられる。なかでも、ナス科植物であることが好ましく、タバコ属植物であることが好ましい。より具体的なタバコ属植物としては、ベンサミアナタバコ、タバコ、ハナタバコ等が挙げられる。
【0036】
[植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制する方法]
1実施形態において、本発明は、植物に、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を投与する工程を含む、前記植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制する方法を提供する。
【0037】
実施例において後述するように、本実施形態の方法により、植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死(ネクローシス、壊疽)を抑制することができる。また、植物の細胞死を抑制することにより、目的タンパク質を大量に製造することが可能になる。
【0038】
アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を投与する工程において、100~300mMのアスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を前記植物に接触させて投与してもよい。
【0039】
ここで、植物に接触させるとは、上述したものと同様であり、一過的タンパク質発現を誘導した植物の部位、例えば、葉に、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を溶解又は懸濁した液体を噴霧することであってもよい。あるいは、一過的タンパク質発現を誘導した植物を、上記の液体に浸漬することであってもよい。アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を溶解又は懸濁した液体、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物の濃度については上述したものと同様である。
【0040】
アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を投与する工程において、25~80mMのアスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物を、前記植物に目的タンパク質の発現ベクターを導入するためのアグロバクテリウム懸濁液に添加して投与するか、又は、前記植物を水耕栽培するための培養液に添加して投与してもよい。
【0041】
ここで、アグロバクテリウム懸濁液、水耕栽培するための培養液、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物の濃度については上述したものと同様である。
【0042】
本実施形態の方法において、植物としては、上述したものと同様であり、例えば、トマト、ナス、トウガラシ等のナス科植物、レタス等のキク科植物、メロン等のウリ科植物、コチョウラン等のラン科植物等が挙げられる。なかでも、ナス科植物であることが好ましく、タバコ属植物であることが好ましい。より具体的なタバコ属植物としては、ベンサミアナタバコ、タバコ、ハナタバコ等が挙げられる。
【0043】
[その他の実施形態]
植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制するために使用される、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物。
【0044】
植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制するための、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物の使用。
【0045】
植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死の抑制剤の製造のための、アスコルビン酸若しくはその誘導体若しくはそれらの塩又はそれらの溶媒和物の使用。
【実施例】
【0046】
次に実施例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0047】
[材料及び方法]
(ベクターの作製)
《pBYR2HS-EGFPベクターの作製》
既知のベクターであるpBYR2fpベクターは、インゲン黄斑萎縮ウイルス(BeYDV)由来の複製システムを有している。また、pBYR2fpベクターは、トマトブッシースタントウイルスに由来する遺伝子サイレンシング阻害因子P19の発現カセットを有している。
【0048】
pBYR2fpベクターに、アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子の5’-UTR(以下、「AtADH5’」という場合がある。)及びシロイヌナズナ熱ショックタンパク質18.2遺伝子のターミネーター(以下、「HSPter」という場合がある。)を有するEGFP遺伝子断片を導入した。
【0049】
具体的には、まず、プライマー(pRI201-EGFP-F、配列番号1に塩基配列を示す。)及びプライマー(EGFP-pRI201-R、配列番号2に塩基配列を示す。)を用いてEGFP遺伝子断片をPCR増幅した。
【0050】
続いて、得られたPCR産物を、制限酵素NdeI及びSalIで切断したpRI201-AN(タカラバイオ社)にクローニングし、pRI201-EGFPベクターを作製した。
【0051】
続いて、pRI201-EGFPベクターを鋳型として、プライマー(pBYR2fp-AtADH-F、配列番号3に塩基配列を示す。)及びプライマー(pBYR2fp-HSPter-R、配列番号4に塩基配列を示す。)を用いて、アルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子の5’-UTR及びシロイヌナズナ熱ショックタンパク質18.2遺伝子のターミネーターを有するEGFP遺伝子断片をPCR増幅した。
【0052】
続いて、得られたPCR産物を、制限酵素XhoI及びXbaIで切断したpBYR2fpベクターにクローニングし、pBYR2HS-EGFPベクターを得た。
図1はpBYR2HS-EGFPベクターのT-DNA領域の模式図である。
図1中、「35S-p×2」はエンハンスエレメントを2つ有するカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)の35Sプロモーターを意味し、「AtADH5’」はシロイヌナズナアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子の5’-UTRを意味し、「EGFP」はenhanced green fluorescence proteinを意味し、「Ext3’」はタバコエクステンシン遺伝子のターミネーターを意味し、「HSPter」はシロイヌナズナ熱ショックタンパク質18.2遺伝子のターミネーターを意味し、「LIR」はインゲン黄斑萎縮ウイルス(BeYDV)ゲノムのLong Intergenic Regionを意味し、「SIR」はBeYDVゲノムのShort Intergenic Regionを意味し、「C1」及び「C2」はBeYDVの複製開始タンパク質であるRep/RepAタンパク質をコードするオープンリーディングフレームC1及びC2を意味し、「LB」及び「RB」はそれぞれT-DNAの左側ボーダー配列及び右側ボーダー配列を意味し、「Nos-p」はNOSプロモーターを意味し、「p19」はトマトブッシースタントウイルスに由来する遺伝子サイレンシング阻害因子P19をコードする遺伝子を意味し、「Nos-t」はNOSターミネーターを意味する。
【0053】
《pBYR2HSベクターの作製》
簡便のために、pBYR2HS-EGFPベクターからEGFP遺伝子断片を除去し、AtADH5’とHSPterの間に制限酵素SalI部位を導入したpBYR2HSベクターを作製した。pBYR2HSベクターを制限酵素SalIで切断することにより、pBYR2HSベクターのAtADH5’とHSPterの間に目的遺伝子を導入することができる。
【0054】
《pBYR2HS-HF-hCulベクターの作製》
ベンサミアナタバコのコドンに最適化した、ヒトCullin 1タンパク質(以下、「hCul」という場合がある。)をコードする遺伝子断片(配列番号5に塩基配列を示す。)を化学合成した(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)。合成した遺伝子断片のN末端側には6×ヒスチジンタグ及びFLAGタグが連結されており、C末端側には小胞体滞留シグナルであるKDEL(配列番号6)が連結されていた。
【0055】
続いて、プライマー(pBYR2HS-Hisx6-F、配列番号7に塩基配列を示す。)及びプライマー(pBYR2HS-KDEL-R、配列番号8に塩基配列を示す。)を用いて、hCul遺伝子断片をPCR増幅した。続いて、制限酵素SalIで切断したpBYR2HSベクターにhCul遺伝子断片を導入し、pBYR2HS-HF-hCul1ベクターを得た。
【0056】
《pBYR2HS-HF-hFbxw7ベクターの作製》
ベンサミアナタバコのコドンに最適化した、ヒトF-boxタンパク質であるFbxw7タンパク質(以下、「hFbxw7」という場合がある。)をコードする遺伝子断片(配列番号9に塩基配列を示す。)を化学合成した(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)。合成した遺伝子断片のN末端側には6×ヒスチジンタグ及びFLAGタグが連結されており、C末端側には小胞体滞留シグナルであるKDEL(配列番号6)が連結されていた。
【0057】
続いて、プライマー(pBYR2HS-Hisx6-F、配列番号7)及びプライマー(pBYR2HS-KDEL-R、配列番号8)を用いて、hFbxw7遺伝子断片をPCR増幅した。続いて、制限酵素SalIで切断したpBYR2HSベクターにhFbxw7遺伝子断片を導入し、pBYR2HS-HF-hFbxw7ベクターを得た。
【0058】
《pBYR2HS-CEGFPベクターの作製》
プライマー(pBYR2HS-CEGFP-F、配列番号10に塩基配列を示す。)及びプライマー(pBYR2HS-CEGFP-R、配列番号11に塩基配列を示す。)を用いて、EGFP遺伝子断片をPCR増幅した。続いて、制限酵素SalIで切断したpBYR2HSベクターにEGFP遺伝子断片を導入し、pBYR2HS-CEGFPベクターを得た。
【0059】
《pBYR2HS-PLP-GFPベクターの作製》
プライマー(ADH-PLP-F、配列番号12に塩基配列を示す。)及びプライマー(PLP-GFP-R、配列番号13に塩基配列を示す。)を用いて、Arabidopsis putative membrane lipoprotein(以下「PLP」という場合がある。)遺伝子断片をPCR増幅した。続いて、制限酵素SalIで切断したpBYR2HS-CEGFPベクターにPLP遺伝子断片を導入し、PLPとGFPの融合タンパク質を発現するpBYR2HS-PLP-GFPベクターを得た。
【0060】
《pBYR2HS-Cryj1ベクターの作製》
スギアレルゲンタンパク質であるCryj1タンパク質(以下、「Cryj1」という場合がある。)をコードする遺伝子断片(配列番号14に塩基配列を示す。)を化学合成した(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)。続いて化学合成した遺伝子断片を鋳型として、プライマー(pBYR2HS-Cryj1Nt-F、配列番号15に塩基配列を示す。)及びプライマー(pBYR2HS-Cryj1Nt-R、配列番号16に塩基配列を示す。)を用いて、スギ花粉アレルゲンであるCryj1タンパク質をコードする遺伝子断片をPCR増幅した。続いて、制限酵素SalIで切断したpBYR2HSベクターにCryj1遺伝子断片を導入し、pBYR2HS-Cryj1ベクターを得た。
【0061】
(植物の生長条件及びアグロインフィルトレーション)
ベンサミアナタバコは、25℃、明期16時間/暗期8時間の条件下で5~6週間成長させた。また、上述した各ベクターを、バイナリーベクターを有するアグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3101株にそれぞれ導入し、10mM MES(pH5.6)、20μMアセトシリンゴン、50mg/Lカナマイシン、30mg/Lゲンタマイシン、30mg/Lリファンピシンを添加したL-ブロス培地中、28℃で静止期まで培養した。
【0062】
続いて、培養物を遠心分離してアグロバクテリウム・ツメファシエンスを回収した後、インフィルトレーションバッファー(10mM塩化マグネシウム、10mM MES(pH5.6)、100μMアセトシリンゴン)を用いてOD600が約1となるように懸濁した。続いて、アグロバクテリウム・ツメファシエンスをこの液体中に2~3時間放置した。
【0063】
その後、アグロバクテリウム・ツメファシエンスの懸濁液を、ニードルを付けていない1mLのシリンジを用いてベンサミアナタバコの葉の裏側にインフィルトレーションした。あるいは、場合により、ベンサミアナタバコをアグロバクテリウム懸濁液(アグロインフィルトレーション液)に浸し、736mmHgの圧力下で5分間静置した後、圧力を大気圧に戻すことによりバキュームインフィルトレーションした。
【0064】
いくつかの実験において、各濃度のアスコルビン酸ナトリウム水溶液又はクエン酸ナトリウム水溶液を2日に1回、植物の葉に噴霧した。また、いくつかの実験において、アスコルビン酸ナトリウムをインフィルトレーションバッファーに添加した。熱ショックタンパク質の発現誘導は、インフィルトレーションの1日後及び3日後に、植物を37℃で1時間インキュベートすることにより行った。以下の実験例において、アスコルビン酸ナトリウムとしては、L-アスコルビン酸ナトリウムを使用した。
【0065】
[実験例1]
(アスコルビン酸の噴霧1)
シリンジを用いたアグロインフィルトレーションを行い、ベンサミアナタバコの葉に、GFP、hCul、hFbxw7、PLP-GFP、Cryj1を発現させた。PLP-GFPの発現においては、1/100量のpBYR2HS-EGFPを同時にアグロインフィルトレーションした。各植物は、アグロインフィルトレーション後、18℃で7日間培養した。また、0、30、50、100、200、300mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を2日に1回噴霧した。
【0066】
図2(a)~(f)は、アグロインフィルトレーションの7日後に各植物の葉を撮影した代表的な写真である。スケールバーは1cmである。
図2(a)はアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった結果であり、
図2(b)は30mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であり、
図2(c)は50mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であり、
図2(d)は100mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であり、
図2(e)は200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であり、
図2(f)は300mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果である。
図2(a)~(f)中、点線の丸で囲んだ領域は、それぞれGFP、hCul、hFbxw7、PLP-GFP、Cryj1を発現させた領域である。
【0067】
その結果、特に、hCul、hFbxw7、PLP-GFP、Cryj1を発現させた領域において、葉が黒くなる様子が観察され、一過的タンパク質発現により細胞死(壊疽)が誘導されたことが明らかとなった。また、100、200、300mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した場合に、壊疽が抑制されたことが明らかとなった。
【0068】
《GFPタンパク質発現量の測定》
続いて、各植物の葉の、GFPタンパク質を発現させた領域から、可溶性タンパク質を抽出した。続いて、調製した可溶性タンパク質をSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)に供し、クマシーブリリアントブルー(CBB)染色により検出した。また、比較のために、100ng、200ng、400ngの精製されたGFPタンパク質も、SDS-PAGEに供し、CBB染色した。
【0069】
図3(a)は、CBB染色の結果を示す写真である。
図3(a)中、「NT」は遺伝子導入を行わなかったベンサミアナタバコの葉の結果であることを示し、「FW」は新鮮重量を示す。
図3(a)中、矢頭で示す30kDa付近のバンドがGFPタンパク質のバンドであり、50kDa付近のバンドはRubiscoラージサブユニットのバンドである。
図3(b)は、
図3(a)に基づいて、GFPタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
図3(b)中、「*」は、スチューデントのT検定の結果p<0.05で有意差が存在することを示す。
【0070】
その結果、100mM以上の濃度のアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した試料において、GFPタンパク質の発現量の増加が認められた。また、100mM以上の濃度のアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した試料において、Rubiscoラージサブユニットの発現量の増加も認められた。この結果から、アスコルビン酸ナトリウム水溶液の噴霧により、植物の壊疽が軽減され、目的タンパク質の生産量が増加したことが明らかとなった。
【0071】
《hCulタンパク質発現量の測定》
また、各植物の葉の、hCulタンパク質を発現させた領域から、可溶性タンパク質を抽出した。続いて、調製した可溶性タンパク質をSDS-PAGEに供し、PVDF膜に転写した。上述したように、hCulタンパク質のN末端にはFLAGタグが付加されていた。そこで、抗FLAG抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、hCulタンパク質を検出した。
【0072】
図4(a)は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
図4(a)中、「NT」は遺伝子導入を行わなかったベンサミアナタバコの葉の結果であることを示し、「FW」は新鮮重量を示す。
図4(a)中、矢頭で示すバンドはhCulタンパク質のバンドを示す。
図4(b)は、
図4(a)に基づいて、hCulタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
図4(b)中、「*」は、スチューデントのT検定の結果p<0.05で有意差が存在することを示し、「**」は、スチューデントのT検定の結果p<0.01で有意差が存在することを示す。
【0073】
その結果、100mM以上の濃度のアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した試料において、hCulタンパク質の発現量の増加が認められた。また、200mM以上の濃度のアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した試料において、hCulタンパク質の発現量のピークが認められた。この結果は、アスコルビン酸ナトリウム水溶液の噴霧により、植物の壊疽が軽減され、目的タンパク質の生産量が増加したことを更に支持するものである。
【0074】
《PLP-GFPタンパク質発現量の測定》
また、各植物の葉の、PLP-GFPタンパク質を発現させた領域から、可溶性タンパク質を抽出した。続いて、調製した可溶性タンパク質をSDS-PAGEに供し、PVDF膜に転写した。また、比較のために、100ng、200ng、300ngの精製されたGFPタンパク質も、SDS-PAGEに供し、PVDF膜に転写した。続いて、抗GFP抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、PLP-GFPタンパク質を検出した。
【0075】
図5(a)は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
図5(a)中、「NT」は遺伝子導入を行わなかったベンサミアナタバコの葉の結果であることを示し、「FW」は新鮮重量を示す。
図5(a)中、矢頭で示すバンドはPLP-GFPタンパク質のバンドを示す。また、30kDa付近のバンドはGFPタンパク質のバンドである。
上述したように、PLP-GFPの発現においては、1/100量のpBYR2HS-EGFPを同時にアグロインフィルトレーションしたためGFPタンパク質が検出された。
【0076】
図5(b)は、
図5(a)に基づいて、PLP-GFPタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
図5(b)中、「**」は、スチューデントのT検定の結果p<0.01で有意差が存在することを示す。
【0077】
その結果、100mM以上の濃度のアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した試料において、PLP-GFPタンパク質の発現量の増加が認められた。この結果は、アスコルビン酸ナトリウム水溶液の噴霧により、植物の壊疽が軽減され、目的タンパク質の生産量が増加したことを更に支持するものである。
【0078】
[実験例2]
(アスコルビン酸の噴霧2)
シリンジを用いたアグロインフィルトレーションを行い、ベンサミアナタバコの葉に、GFP、hCul、hFbxw7をそれぞれ発現させた。各植物は、アグロインフィルトレーション後、25℃で7日間培養した。また、0又は200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を2日に1回噴霧した。本実験例は、実験例1と植物の生長温度が主に異なっていた。
【0079】
図6(a)及び(b)は、アグロインフィルトレーションの7日後に各植物の葉を撮影した写真である。スケールバーは1cmである。
図6(a)は、200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であり、
図6(b)は、アスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった結果(対照、Mock)である。
【0080】
その結果、アスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した場合に、壊疽が抑制される傾向が認められた。
【0081】
《GFPタンパク質発現量の測定》
アグロインフィルトレーションの3日後、5日後、7日後に、各植物の葉の、GFPタンパク質を発現させた領域から、可溶性タンパク質を抽出した。続いて、調製した可溶性タンパク質をSDS-PAGEに供し、CBB染色により検出した。
【0082】
図7(a)は、CBB染色の結果を示す写真である。
図7(a)中、「NT」は遺伝子導入を行わなかったベンサミアナタバコの葉の結果であることを示し、「FW」は新鮮重量を示す。また、「Mock」はアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった結果であることを示し、「AsA」は200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であることを示す。
【0083】
図7(a)中、矢頭で示す30kDa付近のバンドがGFPタンパク質のバンドであり、50kDa付近のバンドはRubiscoラージサブユニットのバンドである。
図7(b)は、
図7(a)に基づいて、GFPタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
図7(b)中、「M」はアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった結果であることを示し、「A」は200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であることを示す。また、「*」は、スチューデントのT検定の結果p<0.05で有意差が存在することを示す。
【0084】
GFPタンパク質はある程度安定であるものの、アグロインフィルトレーションの後7日間培養を続けると壊疽が生じる傾向が認められた。これに対し、200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧することにより壊疽が軽減され、GFPタンパク質の発現量が維持される傾向が認められた。この結果は、アスコルビン酸ナトリウム水溶液の噴霧により、植物の壊疽が軽減され、目的タンパク質の生産量が増加したことを更に支持するものである。
【0085】
《hCulタンパク質発現量の測定》
アグロインフィルトレーションの3日後、5日後、7日後に、各植物の葉の、hCulタンパク質を発現させた領域から、可溶性タンパク質を抽出した。続いて、調製した可溶性タンパク質をSDS-PAGEに供し、PVDF膜に転写した。上述したように、hCulタンパク質のN末端にはFLAGタグが付加されていた。そこで、抗FLAG抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、hCulタンパク質を検出した。
【0086】
図8(a)は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
図8(a)には、CBB染色の結果も示す。
図8(a)中、「NT」は遺伝子導入を行わなかったベンサミアナタバコの葉の結果であることを示し、「FW」は新鮮重量を示す。また、「Mock」はアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった結果であることを示し、「AsA」は200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であることを示す。また、矢頭で示すバンドはhCulタンパク質のバンドを示す。また、「RbcL」はRubiscoラージサブユニットを示す。
【0087】
図8(b)は、
図8(a)に基づいて、hCulタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
図8(b)中、「M」はアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった結果であることを示し、「A」は200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であることを示す。また、「*」は、スチューデントのT検定の結果p<0.05で有意差が存在することを示す。
【0088】
その結果、アスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった試料では、hCulタンパク質の発現はほとんど認められなかった。これに対し、200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した試料では、アグロインフィルトレーションの3日後にhCulタンパク質の発現量のピークが認められ、アグロインフィルトレーションの7日後においてもhCulタンパク質の発現が維持されていた。
【0089】
この結果は、アスコルビン酸ナトリウム水溶液の噴霧により、植物の壊疽が軽減され、目的タンパク質の生産量が増加したことを更に支持するものである。
【0090】
《hFbxw7タンパク質発現量の測定》
アグロインフィルトレーションの3日後に、各植物の葉の、hFbxw7タンパク質を発現させた領域から、可溶性タンパク質を抽出した。続いて、調製した可溶性タンパク質をSDS-PAGEに供し、PVDF膜に転写した。上述したように、hFbxw7タンパク質のN末端にはFLAGタグが付加されていた。そこで、抗FLAG抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、hFbxw7タンパク質を検出した。
【0091】
図9は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
図9には、CBB染色の結果も示す。
図9中、「NT」は遺伝子導入を行わなかったベンサミアナタバコの葉の結果であることを示し、「FW」は新鮮重量を示す。また、「Mock」はアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった結果であることを示し、「AsA」は200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であることを示す。また、矢頭で示すバンドはhFbxw7タンパク質のバンドを示す。また、「RbcL」はRubiscoラージサブユニットを示す。
【0092】
その結果、アスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった試料では、hFbxw7タンパク質の発現はほとんど認められなかった。これに対し、200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した試料では、アグロインフィルトレーションの3日後にhFbxw7タンパク質の発現が認められた。この結果は、アスコルビン酸ナトリウム水溶液の噴霧により、植物の壊疽が軽減され、目的タンパク質の生産量が増加したことを更に支持するものである。
【0093】
[実験例3]
(アスコルビン酸のアグロインフィルトレーション液への添加1)
アスコルビン酸ナトリウムをアグロインフィルトレーション液に添加し、壊疽を抑制できるか検討した。具体的には、ベンサミアナタバコをアグロインフィルトレーション液に浸し、736mmHgの圧力下で5分間静置した後、圧力を大気圧に戻すことによりバキュームインフィルトレーションし、hCulタンパク質を発現させた。ここで、アグロインフィルトレーション液に終濃度80mM、100mM、200mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した。各植物は、アグロインフィルトレーション後、25℃で7日間培養した。
【0094】
図10(a)~(c)は、アグロインフィルトレーションの7日後に各植物の葉を撮影した代表的な写真である。
図10(a)はアグロインフィルトレーション液に80mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した結果を示し、
図10(b)はアグロインフィルトレーション液に100mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した結果を示し、
図10(c)はアグロインフィルトレーション液に200mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した結果を示す。
図10(a)~(c)中、「vacuum」はバキュームインフィルトレーションした結果であることを示す。
【0095】
その結果、80mM以上の濃度のアスコルビン酸ナトリウムをアグロインフィルトレーション液に添加させた場合、浸透圧ストレスによると考えられる壊疽が誘導されたことが明らかとなった。
【0096】
[実験例4]
(アスコルビン酸のアグロインフィルトレーション液への添加2)
アスコルビン酸ナトリウムをアグロインフィルトレーション液に添加し、壊疽を抑制できるか検討した。具体的には、ベンサミアナタバコをアグロインフィルトレーション液に浸し、736mmHgの圧力下で5分間静置した後、圧力を大気圧に戻すことによりバキュームインフィルトレーションし、hCulタンパク質を発現させた。ここで、アグロインフィルトレーション液に終濃度0、10、20、30、40mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した。アスコルビン酸ナトリウムの投与はアグロインフィルトレーション時の1度限りであった。また、比較のために、アグロインフィルトレーション液にはアスコルビン酸ナトリウムを添加せず、200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を2日に1回噴霧した試料も用意した。各植物は、アグロインフィルトレーション後、25℃で7日間培養した。
【0097】
図11(a)~(f)は、アグロインフィルトレーションの7日後に各植物の葉を撮影した代表的な写真である。
図11(a)は、アグロインフィルトレーション液にアスコルビン酸ナトリウムを添加しなかった結果であり、
図11(b)は、アグロインフィルトレーション液に終濃度10mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した結果であり、
図11(c)は、アグロインフィルトレーション液に終濃度20mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した結果であり、
図11(d)は、アグロインフィルトレーション液に終濃度30mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した結果であり、
図11(e)は、アグロインフィルトレーション液に終濃度40mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した結果であり、
図11(f)は、アグロインフィルトレーション液にはアスコルビン酸ナトリウムを添加せず、200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を2日に1回噴霧した結果である。
【0098】
また、
図12(a)~(f)は、アグロインフィルトレーションの7日後に各植物全体を撮影した代表的な写真である。
図12(a)は、アグロインフィルトレーション液にアスコルビン酸ナトリウムを添加しなかった結果であり、
図12(b)は、アグロインフィルトレーション液に終濃度10mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した結果であり、
図12(c)は、アグロインフィルトレーション液に終濃度20mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した結果であり、
図12(d)は、アグロインフィルトレーション液に終濃度30mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した結果であり、
図12(e)は、アグロインフィルトレーション液に終濃度40mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加した結果であり、
図12(f)は、アグロインフィルトレーション液にはアスコルビン酸ナトリウムを添加せず、200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を2日に1回噴霧した結果である。
【0099】
続いて、アグロインフィルトレーションの7日後に、各植物の葉から、可溶性タンパク質を抽出した。続いて、調製した可溶性タンパク質をSDS-PAGEに供し、PVDF膜に転写した。上述したように、hCulタンパク質のN末端にはFLAGタグが付加されていた。そこで、抗FLAG抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、hCulタンパク質を検出した。
【0100】
図13(a)は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
図13には、CBB染色の結果も示す。
図13(a)中、「NT」は遺伝子導入を行わなかったベンサミアナタバコの葉の結果であることを示し、「FW」は新鮮重量を示す。また、「vacuum」はバキュームインフィルトレーションを行った結果であることを示し、「spray」はアグロインフィルトレーション液にはアスコルビン酸ナトリウムを添加せず、アスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であることを示す。また、矢頭で示すバンドはhCulタンパク質のバンドを示す。また、「RbcL」はRubiscoラージサブユニットを示す。
【0101】
図13(b)は、
図13(a)に基づいて、hCulタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
図13(b)中、「vacuum」及び「spray」は
図13(a)と同じ意味を示す。
【0102】
その結果、アグロインフィルトレーション液に終濃度40mMのアスコルビン酸ナトリウムを添加してバキュームインフィルトレーションした場合に、アグロインフィルトレーション液にはアスコルビン酸ナトリウムを添加せず、200mMアスコルビン酸ナトリウム水溶液を2日に1回噴霧した場合と同程度のhCulタンパク質の発現が認められた。
【0103】
この結果は、アグロインフィルトレーション液にアスコルビン酸ナトリウムを添加することによっても、植物の壊疽を軽減し、目的タンパク質の生産量を増加させることができることを示す。
【0104】
[実験例5]
(クエン酸ナトリウムの噴霧)
アスコルビン酸ナトリウム水溶液の代わりにクエン酸ナトリウム水溶液を噴霧し、植物の壊疽を軽減できるか検討した。具体的には、シリンジを用いたアグロインフィルトレーションを行い、ベンサミアナタバコの葉に、GFP、hCul、hFbxw7、PLP-GFPタンパク質を発現させた。各植物は、アグロインフィルトレーション後、18℃で7日間培養した。また、0、30、50、100、200、300mMのクエン酸ナトリウム水溶液を2日に1回噴霧した。
【0105】
図14(a)~(f)は、アグロインフィルトレーションの7日後に各植物の葉を撮影した写真である。スケールバーは1cmである。
図14(a)はクエン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった結果であり、
図14(b)は30mMのクエン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であり、
図14(c)は50mMのクエン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であり、
図14(d)は100mMのクエン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であり、
図14(e)は200mMのクエン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果であり、
図14(f)は300mMのクエン酸ナトリウム水溶液を噴霧した結果である。
【0106】
その結果、100mM以上の濃度のクエン酸ナトリウム水溶液を噴霧した場合に、葉が萎れた状態になることが明らかとなった。
【0107】
続いて、各植物の葉の、GFPタンパク質を発現させた領域から、可溶性タンパク質を抽出した。続いて、調製した可溶性タンパク質をSDS-PAGEに供し、CBB染色により検出した。
【0108】
図15(a)は、CBB染色の結果を示す写真である。
図15(a)中、「NT」は遺伝子導入を行わなかったベンサミアナタバコの葉の結果であることを示し、「FW」は新鮮重量を示す。
図15(a)中、下のバンドが約30kDaのGFPタンパク質のバンドであり、上のバンドは約50kDaのRubiscoラージサブユニットのバンドである。
図15(b)は、
図15(a)に基づいて、GFPタンパク質の発現量を数値化した結果を示すグラフである。
【0109】
その結果、アスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した場合にはGFPタンパク質の発現量の増加が認められたのに対し、クエン酸ナトリウム水溶液を噴霧した場合にはGFPタンパク質の発現量が減少したことが明らかとなった。この結果は、植物にクエン酸ナトリウムを投与しても、一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制できないことを示す。
【0110】
[実験例6]
(小胞体ストレスの緩和1)
アスコルビン酸ナトリウム水溶液の代わりに小胞体ストレス阻害剤を噴霧し、植物の壊疽を軽減できるか検討した。小胞体ストレス阻害剤としては、4-フェニルブチレート(4-PBA)、タウリン結合ウルソデオキシコリン酸(TUDCA)、トリメチルアミン-N-オキシド(TMAO)を使用した。
【0111】
具体的には、ベンサミアナタバコをアグロインフィルトレーション液に浸し、736mmHgの圧力下で5分間静置した後、圧力を大気圧に戻すことによりバキュームインフィルトレーションし、hFbxw7タンパク質を発現させた。各植物は、アグロインフィルトレーション後、20℃で7日間培養した。また、アグロインフィルトレーションの1日後及び3日後に1mMの各小胞体ストレス阻害剤を噴霧した。
【0112】
図16(a)~(d)は、アグロインフィルトレーションの7日後に各植物を撮影した写真である。
図16(a)は小胞体ストレス阻害剤を噴霧しなかった結果であり、
図16(b)は1mMの4-PBAを噴霧した結果であり、
図16(c)は1mMのTUDCAを噴霧した結果であり、
図16(d)は1mMのTMAOを噴霧した結果である。
【0113】
その結果、小胞体ストレス阻害剤を噴霧しても、一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制できないことが明らかとなった。
【0114】
[実験例7]
(小胞体ストレスの緩和2)
熱ショックタンパク質の発現誘導により小胞体ストレスの緩和を行い、植物の壊疽を軽減できるか検討した。具体的には、ベンサミアナタバコをアグロインフィルトレーション液に浸し、736mmHgの圧力下で5分間静置した後、圧力を大気圧に戻すことによりバキュームインフィルトレーションし、hFbxw7タンパク質を発現させた。各植物は、アグロインフィルトレーション後、20℃で7日間培養した。また、アグロインフィルトレーションの1日後に植物を37℃で1時間インキュベートすることにより熱ショックタンパク質の発現誘導を行った。
【0115】
図17(a)~(d)は、アグロインフィルトレーションの7日後に各植物を撮影した代表的な写真である。
図17(a)は熱ショックタンパク質の発現誘導を行わなかった結果であり、
図17(b)は
図17(a)の部分拡大写真である。また、
図17(c)は熱ショックタンパク質の発現誘導を行った結果であり、
図17(d)は
図17(c)の部分拡大写真である。
図17(c)及び(d)中、「HS」は熱ショックタンパク質の発現誘導を行ったことを示す。
【0116】
その結果、小胞体ストレス阻害剤を噴霧しても、一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制できないことが明らかとなった。
【0117】
[実験例8]
(アスコルビン酸の噴霧3)
ベンサミアナタバコをアグロインフィルトレーション液に浸し、736mmHgの圧力下で5分間静置した後、圧力を大気圧に戻すことによりバキュームインフィルトレーションし、Cryj1タンパク質を発現させた。各植物は、アグロインフィルトレーション後、24℃又は20℃で7日間培養した。また、0mM又は200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を2日に1回噴霧した。
【0118】
図18(a)は、アスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった植物のアグロインフィルトレーションから4日後の代表的な写真である。
図18(a)に示すように、アスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった場合、壊疽が認められた。
【0119】
続いて、アグロインフィルトレーションの7日後に、各植物の葉から、可溶性タンパク質を抽出した。続いて、調製した可溶性タンパク質をSDS-PAGEに供し、PVDF膜に転写した。続いて、抗Cryj1抗体を用いたウエスタンブロッティングにより、Cryj1タンパク質を検出した。
【0120】
図18(b)は、ウエスタンブロッティングの結果を示す写真である。
図18(b)中、「P」は、ポジティブコントロールとして天然物由来のCryj1タンパク質をSDS-PAGE及びウエスタンブロッティングした結果であることを示し、「M」は分子量マーカーであることを示し、「WT」は遺伝子導入を行わなかったベンサミアナタバコの葉の結果であることを示し、「24℃」は24℃で培養した結果であることを示し、「20℃」は20℃で培養した結果であることを示し、「+AsA」は200mMのアスコルビン酸ナトリウム水溶液を2日に1回噴霧した結果であることを示す。
【0121】
その結果、24℃及び20℃で培養したいずれの場合においても、アスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧しなかった場合には、Cryj1タンパク質の発現が認められなかった。一方、アスコルビン酸ナトリウム水溶液を噴霧した場合には、Cryj1タンパク質の発現が認められた。
【0122】
なお、天然物由来のCryj1タンパク質と同様に2本のバンドが認められた。2本のバンドのうち、分子量の高い方のバンドは糖鎖が結合したCryj1タンパク質のバンドである。すなわち、ベンサミアナタバコで発現させたCryj1タンパク質にも糖鎖が付加されることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0123】
本発明によれば、植物における一過的タンパク質発現により誘導される細胞死を抑制する技術を提供することができる。
【配列表】