(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-13
(45)【発行日】2024-12-23
(54)【発明の名称】内燃機関の制御装置
(51)【国際特許分類】
F02B 77/08 20060101AFI20241216BHJP
F02D 45/00 20060101ALI20241216BHJP
F02B 67/06 20060101ALI20241216BHJP
F01L 1/46 20060101ALI20241216BHJP
F02D 13/02 20060101ALI20241216BHJP
【FI】
F02B77/08 A
F02D45/00 362
F02B67/06 Z
F01L1/46 B
F02D13/02 G
(21)【出願番号】P 2021003358
(22)【出願日】2021-01-13
【審査請求日】2023-11-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000002967
【氏名又は名称】ダイハツ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085338
【氏名又は名称】赤澤 一博
(74)【代理人】
【識別番号】100148910
【氏名又は名称】宮澤 岳志
(72)【発明者】
【氏名】尾崎 貴裕
【審査官】上田 真誠
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-040780(JP,A)
【文献】特開2020-090950(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0235138(US,A1)
【文献】特開2004-332625(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02B 77/08
F02D 13/02
F02D 45/00
F02B 67/06
F01L 1/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内燃機関のクランクシャフトがある角度回転する毎に発生するクランク角信号、及び巻掛伝動機構を介してクランクシャフトに従動するカムシャフトがある角度回転する毎に発生するカム角信号を参照し、クランクシャフトの姿勢が所定の基準角度となったタイミングを示すクランク角信号の発生からカム角信号の発生までの位相差が遅れ判定値を超えたことを条件として異常が存在していると判定するものであり、
前記遅れ判定値を設定するにあたり、
少なくとも前記巻掛伝動機構のスプロケットまたは歯付きプーリの歯の間隔の二分の一に対応するクランク角度までは異常でない適正範囲内とし、その基本値に内燃機関の運用期間の長さに応じて変化する補正値
αを加増する
こととし、
その上で、内燃機関の運用が開始された当初の時期Xにおける運用期間の長さに対する前記補正値αの増量の比を最も大きく、その後の時期Yにおける運用期間の長さに対する前記補正値αの増量の比を前記当初の時期Xにおけるそれよりも小さく、さらに後の時期Zにおける運用期間の長さに対する前記補正値αの増量の比を前記時期Yにおけるそれよりも小さく極小化するか0にする内燃機関の制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両等に搭載される内燃機関を制御する制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
複数の気筒を包有する4ストローク内燃機関では、各気筒内で進退運動するピストンと連結し当該内燃機関の出力軸となるクランクシャフトと、各気筒の吸排気バルブを開閉駆動するカムを備えたカムシャフトとを、巻掛伝動機構を介して連動させている。巻掛伝動機構は、クランクシャフトに固設したクランクスプロケット(または、歯付きプーリ)と、カムシャフトに固設したカムスプロケット(または、歯付きプーリ)と、これらスプロケットに噛合するタイミングチェーン(または、歯付きベルト)とを要素とする。
【0003】
内燃機関の組立工程でクランクスプロケット及びカムスプロケットにタイミングチェーンを巻き掛ける際、チェーンの掛け違い(誤組み付け)が起こる、即ちスプロケットの所定の歯に対応したチェーンの部分が正しくその歯に係合していない(裏を返せば、チェーンの所定の部分に噛み合わせるべき歯がずれている)ことがある。さすれば、カムシャフトの回転位相とクランクシャフトの回転位相とが正常な関係からずれてしまう。
【0004】
結果、吸気バルブや排気バルブが適正なタイミングで開閉せず、内燃機関の始動遅延ないし始動不良、またはアイドル運転の不安定化を招くおそれが生じる。そうでなくとも、火花点火タイミングや可変バルブタイミング(Variable Valve Timing)機構による吸気バルブまたは排気バルブの開閉タイミングの制御の精度が低下し、内燃機関の熱効率が悪化する懸念もある。さらには、開いた吸気バルブまたは排気バルブの弁体が上死点近傍に到達したピストンに接触するリスクも完全には否定できない。なお、同様の問題は、タイミングチェーンが経年劣化により大きく伸びたときにも生起する。
【0005】
そこで、内燃機関の運転制御を司る電子制御装置(Electronic Control Unit)が、クランクシャフトに付随するクランク角センサの出力信号、及びカムシャフトに付随するカム角センサの出力信号を受信し、それらクランク角信号及びカム角信号を基にクランクシャフトとカムシャフトとの回転位相差を知得し、その位相差が適正範囲内にあるかどうかを随時判定するようにしている。これにより、タイミングチェーンの掛け違いや伸びといった異常を感知することが可能である(下記特許文献を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ECUは、クランクシャフトの姿勢が所定の基準角度、例えば各気筒の圧縮上死点前30°CA(クランク角度)となったタイミングを示すクランク角信号と、これに対応するカム角信号との位相差が適正範囲内にあるか否かを以て、異常の有無を判断する。
【0008】
一例として、スプロケットの歯がその回転中心軸回りに約14°CA間隔で配列されているとすると、チェーンの掛け違いが起こった場合、カム角信号の発生タイミングが基準角度のタイミングから14°CA以上前後することになる。
【0009】
他方、チェーンが正しく巻き掛けられ、掛け違いがないとしても、巻掛伝動機構を含む内燃機関の構成部材の寸法公差内でのばらつきや温度による膨脹収縮等に起因して、カム角信号の発生タイミングが基準角度のタイミングから多少ずれることは当然にある。よって、基準角度のタイミングから例えば±7°CAまでは、適正範囲内としてカム角信号のずれを容認し、即ち異常ではないと判定する。さらに、経時変化として普遍的に生じるチェーンの伸びを考慮し、その伸びの許容分を例えば5°CAとして、カム角信号の発生が基準角度のタイミングから遅れているとしても、遅れが12°CA(=7°CA+5°CA)以内であれば適正範囲内であると見なす、というのが従来からの手法である。
【0010】
従前の制御では、チェーンの伸びの許容分を、新品の内燃機関の出荷時から恒常的に一定値(5°CA)としていた。しかしながら、カム角信号の発生タイミングの適正範囲が遅角方向へ常に拡張されることから、構成部材の寸法のばらつきが比較的大きい個体で、実際にはチェーンの掛け違いが起こっているにもかかわらず、カム角信号が適正範囲内に収まってしまうことがあった。その帰結として、性能が所望の最高水準に比して低い内燃機関(を搭載した車両)が市場に供給されることがあり得た。
【0011】
以上の点に着目してなされた本発明は、新品の出荷時点、及びその後の運用中の時点のそれぞれにおいて、内燃機関のタイミングチェーン(または、ベルト)の掛け違いや著しい伸びといった異常を正しく感知することを所期の目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明では、内燃機関のクランクシャフトがある角度回転する毎に発生するクランク角信号、及び巻掛伝動機構を介してクランクシャフトに従動するカムシャフトがある角度回転する毎に発生するカム角信号を参照し、クランクシャフトの姿勢が所定の基準角度となったタイミングを示すクランク角信号の発生からカム角信号の発生までの位相差が遅れ判定値を超えたことを条件として異常が存在していると判定するものであり、前記遅れ判定値を設定するにあたり、少なくとも前記巻掛伝動機構のスプロケットまたは歯付きプーリの歯の間隔の二分の一に対応するクランク角度までは異常でない適正範囲内とし、その基本値に内燃機関の運用期間の長さに応じて変化する補正値αを加増することとし、その上で、内燃機関の運用が開始された当初の時期Xにおける運用期間の長さに対する前記補正値αの増量の比を最も大きく、その後の時期Yにおける運用期間の長さに対する前記補正値αの増量の比を前記当初の時期Xにおけるそれよりも小さく、さらに後の時期Zにおける運用期間の長さに対する前記補正値αの増量の比を前記時期Yにおけるそれよりも小さく極小化するか0にする内燃機関の制御装置を構成した。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、新品の出荷時点、及びその後の運用中の時点のそれぞれにおいて、内燃機関のタイミングチェーン(または、ベルト)の掛け違いや著しい伸びといった異常を正しく感知できるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の一実施形態における内燃機関及び制御装置の概略構成を示す図。
【
図2】同実施形態の内燃機関の巻掛伝動機構及び可変バルブタイミング機構を示す図。
【
図3】同実施形態の内燃機関の各気筒の行程とクランク角信号及びカム角信号との関係を示すタイミング図。
【
図4】同実施形態の制御装置による内燃機関の異常の有無の判定の手法を説明するタイミング図。
【
図5】同実施形態の制御装置が決定する補正値と内燃機関の運用期間の長さとの関係を例示する図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。
図1に、本実施形態における車両用内燃機関の概要を示す。本実施形態における内燃機関は、火花点火式の4ストロークガソリンエンジンであり、複数の気筒1(例えば、三気筒。
図1には、そのうち一つを図示する)を具備している。各気筒1の吸気バルブよりも上流、各気筒1に連なる吸気ポートの近傍には、吸気ポートに向けて燃料を噴射するインジェクタ11を設けている。また、各気筒1の燃焼室の天井部に、点火プラグ12を取り付けてある。点火プラグ12は、点火コイルにて発生した誘導電圧の印加を受けて、中心電極と接地電極との間で火花放電を起こすものである。点火コイルは、半導体スイッチング素子であるイグナイタとともに、コイルケースに一体的に内蔵される。
【0016】
吸気を気筒1に供給するための吸気通路3は、外部から空気を取り入れて各気筒1の吸気ポートへと導く。吸気通路3上には、エアクリーナ31、電子スロットルバルブ32、サージタンク33、吸気マニホルド34を、上流からこの順序に配置している。
【0017】
排気を気筒1から排出するための排気通路4は、気筒1内で燃料を燃焼させたことで生じる排気を各気筒1の排気ポートから外部へと導く。この排気通路4上には、排気マニホルド42及び排気浄化用の三元触媒41を配置している。
【0018】
排気ガス再循環(Exhaust Gas Recirculation)装置2は、排気通路4と吸気通路3とを連通する外部EGR通路21と、EGR通路21上に設けたEGRクーラ22と、EGR通路21を開閉し当該EGR通路21を流れるEGRガスの流量を制御するEGRバルブ23とを要素とする。EGR通路21の入口は、排気通路4における触媒41の下流の所定箇所に接続している。EGR通路21の出口は、吸気通路3におけるスロットルバルブ32の下流の所定箇所(特に、サージタンク33または吸気マニホルド34)に接続している。
【0019】
図2に示すように、本実施形態の内燃機関では、クランクシャフトにクランクスプロケット(または、歯付きプーリ)71を固設し、吸気カムシャフトに吸気側カムスプロケット(または、歯付きプーリ)72を固設し、排気カムシャフトに排気側カムスプロケット(または、歯付きプーリ)73を固設して、これらスプロケット71、72、73にタイミングチェーン(または、歯付きベルト)74を巻き掛けた巻掛伝動機構7を構成している。タイミングチェーン74は、クランクシャフト及びクランクスプロケット71からもたらされるエンジントルクを吸気側カムスプロケット72を介して吸気カムシャフトに、排気側カムスプロケット73を介して排気カムシャフトに、それぞれ伝達する。これにより、吸気カムシャフト及び排気カムシャフトがクランクシャフトに従動して回転することになる。
【0020】
しかして、吸気側カムスプロケット72と吸気カムシャフトとの間に、位相変化型のVVT機構6を介設している。VVT機構6は、クランクシャフトに対する吸気カムシャフトの回転位相を変化させて吸気バルブの開閉タイミングを変化させる既知のものである。
【0021】
VVT機構6のハウジング61は、カムスプロケット72に固着しており、カムスプロケット72とハウジング61とは一体となってクランクシャフトに同期して回転する。これに対し、吸気カムシャフトの一端部に固着したロータ62は、ハウジング61内に収納され、カムスプロケット72及びハウジング61に対して相対的に回動することが可能である。ハウジング61の内部には、作動液が流出入する複数の流体室が形成され、各流体室は、ロータ62の外周部に成形されたベーン621によって進角室612と遅角室611とに区画されている。
【0022】
VVT機構6の液圧(油圧)回路には、オイルパン81内に蓄えられた作動液たる潤滑油が、作動液ポンプたる潤滑油ポンプ82より供給される。潤滑油ポンプ82とVVT機構6との間には、切換制御弁であるOCV(Oil Control Valve)9を設けている。作動液の流量及び方向をこのOCV9を介して操作することで、オイルパン81から汲み上げた作動液を進角室612または遅角室611に選択的に供給することができる。さすれば、ハウジング61がロータ62に対して相対回動し、吸気バルブの開閉タイミングを進角または遅角させることができる。
【0023】
なお、VVT機構6は、カムスプロケット72に対するカムシャフトの位相角を電動機により変位させるモータドライブVVTであっても構わない。
【0024】
本実施形態の内燃機関の制御装置たるECU0は、プロセッサ、メモリ、入力インタフェース、出力インタフェース等を有したマイクロコンピュータシステムである。
【0025】
ECU0の入力インタフェースには、車両の実車速を検出する車速センサから出力される車速信号a、クランクシャフトの回転角度及びエンジン回転数を検出するクランク角センサから出力されるクランク角信号b、アクセルペダルの踏込量またはスロットルバルブ32の開度をアクセル開度(いわば、要求されるエンジントルクまたはエンジン負荷率)として検出するセンサから出力されるアクセル開度信号c、内燃機関の冷却水温を検出する水温センサから出力される冷却水温信号d、吸気通路3(特に、サージタンク33または吸気マニホルド34)内の吸気温及び吸気圧を検出する温度・圧力センサから出力される吸気温・吸気圧信号e、ブレーキペダルが踏まれていることまたはブレーキペダルの踏込量を検出するセンサ(ブレーキスイッチやマスタシリンダ圧センサ等)から出力されるブレーキ信号f、吸気カムシャフトの複数のカム角にてカム角センサから出力されるカム角信号g、大気圧を検出する大気圧センサから出力される大気圧信号h等が入力される。
【0026】
クランク角信号b及びカム角信号gに関して補足する。クランク角センサは、クランクシャフトに固定されクランクシャフトと一体となって回転するロータの回転角度をセンシングするものである。そのロータには、クランクシャフトの回転方向に沿った所定角度毎に、歯または突起が形成されている。典型的には、クランクシャフトが10°CA回転する毎に、歯または突起が配置される。クランク角センサは、ロータの外周に臨み、個々の歯または突起が当該センサの近傍を通過することを検知して、その都度クランク角信号bとしてパルス信号を発信する。ECU0は、このパルスをクランク角信号bとして受信する。
【0027】
但し、クランク角センサは、クランクシャフトが一回転する間に三十六回のパルスを出力するわけではない。クランクシャフトのロータの歯または突起は、その一部が欠けている。例えば、十七番目、十八番目及び二十番目、二十一番目の欠歯部分、並びに三十五番目、三十六番目の欠歯部分という、大きく分けて二つの欠歯部分が存在している。欠歯部分はそれぞれ、クランクシャフトの特定の回転位相角に対応する。即ち、連続する欠歯部分は180°CA及び540°CAに対応し、単独の欠歯部分は0°CA及び360°CAに対応しており、両者の間に約180°CAの位相差が介在する。
【0028】
そして、
図3に示すように、上記の欠歯部分に起因して、クランク角信号bのパルス列もまた一部が欠損する。この欠損を基にして、クランクシャフトの絶対的な姿勢(角度)、換言すれば各気筒1のピストンの現在位置を知ることが可能である。欠損した三十六番目のパルスの次の一番目のパルスのタイミングを0°CA(または、360°CA)とおくと、欠損した十八番目のパルスに続く十九番目のパルスのタイミングが180°CA(または、540°CA)ということになる。上記の0°CAのパルスのタイミングは、特定の気筒(図示例では、第二気筒)1の圧縮上死点に略等しい。
【0029】
カム角センサもまた、カムシャフトに固定されカムシャフトと一体となって回転するロータの回転角度をセンシングするものである。そのロータには、少なくともカムシャフトの一回転を気筒数で割った角度毎に、歯または突起が形成されている。三気筒エンジンの場合、カムシャフトが120°回転する毎に、歯または突起が配置される。カムシャフトは、巻掛伝動機構を介してクランクシャフトから回転駆動力の伝達を受けて回転するもので、その回転速度はクランクシャフトの二分の一である。故に、上記の歯または突起は、クランク角度に換算すれば240°CA毎に配置されていることになる。加えて、ロータに、追加的なカム角信号gを発生させるための歯または突起が、240°CA毎の歯または突起の間に一つ以上設けられることがある。
【0030】
カム角センサは、ロータの外周に臨み、個々の歯または突起が当該センサの近傍を通過することを検知して、その都度カム角信号gとしてパルス信号を発信する。ECU0は、このパルスをカム角信号gとして受信する。歯または突起に起因して発生する基本カム角信号gは、何れかの気筒1が所定の行程に至らんとすることを表す。吸気カムシャフトに付随するカム角センサが出力する基本カム角信号gは、
図3に示しているように、各気筒1における圧縮上死点からあるクランク角度、具体的には30°CA進角したタイミングを示唆する。尤も、VVT機構6が付帯する内燃機関にあっては、そのときにVVT機構6が具現するバルブタイミングに応じて、基本カム角信号gの発生タイミングが進角または遅角する。つまり、基本カム角信号gは、VVT機構6により調節される吸気バルブタイミング(の進角量)をも表している。クランク角信号b及びカム角信号gをともに参照すれば、各気筒1の現在の行程を判別して知得できるだけでなく、VVT機構6が具現している現在の吸気バルブタイミングが明らかとなる。
【0031】
歯または突起に起因して発生する追加カム角信号gは、カムシャフトの特定の回転位相角に対応しており、各気筒1の行程を判別するための補助となるものである。
図3に示している例では、第三気筒1の圧縮上死点からあるクランク角度進角したタイミングを表す基本カム角信号gのパルスから、所定クランク角度、具体的には、60°CA遅角したタイミングに、追加カム角信号gのパルスが存在している。ECU0が所定(60°CA)の間隔を隔ててこれら二つのカム角信号gのパルスを連続して受信したとき、後者のパルスとともに第三気筒1の圧縮上死点が訪れていることが分かる。
【0032】
ECU0の出力インタフェースからは、点火プラグ12に接続するイグナイタに対して点火信号i、インジェクタ11に対して燃料噴射信号j、スロットルバルブ32に対して開度操作信号k、EGRバルブ23に対して開度操作信号l、VVT機構6を駆動するためのOCV9に対して制御信号m等を出力する。
【0033】
ECU0のプロセッサは、予めメモリに格納されているプログラムを解釈、実行し、運転パラメータを演算して内燃機関の運転を制御する。ECU0は、内燃機関の運転制御に必要な各種情報a、b、c、d、e、f、g、hを入力インタフェースを介して取得し、エンジン回転数を知得するとともに気筒1に充填される吸気量を推算する。そして、それらエンジン回転数及び吸気量等に基づき、要求される燃料噴射量、燃料噴射タイミング(一度の燃焼に対する燃料噴射の回数を含む)、燃料噴射圧、点火タイミング(一度の燃焼に対する点火の回数を含む)、要求EGR率(または、EGRガス量)、吸気バルブの開閉タイミング等といった各種運転パラメータを決定する。ECU0は、運転パラメータに対応した各種制御信号i、j、k、l、mを出力インタフェースを介して印加する。
【0034】
また、ECU0は、停止した内燃機関を始動(冷間始動及びアイドリングストップからの復帰を含む)するに際して、電動機(スタータ若しくはセルモータ、ISG(Integrated Starter Generator)またはモータジェネレータ。図示せず)に制御信号oを入力し、当該電動機によりクランクシャフトを回転駆動するクランキング(または、モータリング)を実行するとともに、クランク角信号b及びカム角信号gを参照して各気筒1の現在の行程の判別を行う。行程判別は、既知の手法に則って遂行できる。その上で、ECU0は、インジェクタ11からの燃料噴射及び点火プラグ12による点火を開始する。クランキングは、内燃機関が初爆から連爆へと至り、エンジン回転数即ちクランクシャフトの回転速度が冷却水温等に応じて定める閾値を超えたときに(完爆したものと見なして)終了する。
【0035】
ECU0は、気筒1の行程判別を完了した後、巻掛伝動機構7またはVVT機構6に異常が生じていないかどうかの判定を行う。内燃機関のクランキング中及び始動完了直後の時期、VVT機構6が具現する吸気バルブの開閉タイミングは初期位置、典型的には最も遅角した位置をとる。このときの基本カム角信号gは、理想的には、その初期位置に対応するタイミングで発生するはずである。そのタイミングとは、
図3に示しているように、クランクシャフトの姿勢が所定の基準角度、具体的には各気筒1の圧縮上死点から30°CA進角したタイミングである。
【0036】
だが、巻掛伝動機構7の要素であるタイミングチェーン74をクランクスプロケット71及びカムスプロケット72、73に巻き掛ける際に、チェーン74の掛け違いが起こっていると、基本カム角信号gが基準角度のタイミングである圧縮上死点前30°CAから乖離してしまう。スプロケット71、72、73の歯がその回転中心軸回りに約14°CA間隔で配列されているとすると、チェーンの掛け違いが生じた場合、基本カム角信号gの発生タイミングが基準角度のタイミングから14°CA以上進角または遅角することになる。
【0037】
一方で、チェーン74が正しく巻き掛けられており、掛け違いがないとしても、巻掛伝動機構7及びVVT機構6を含む内燃機関の構成部材の寸法公差内でのばらつきや、温度に依存する部材の膨脹収縮に起因して、基本カム角信号gの発生タイミングが基準角度のタイミングから多少ずれることがある。さらに、クランク角信号b及びカム角信号gの発生タイミングは、そのときのクランクシャフト及びカムシャフトの回転速度及び加速度の影響を受ける。
【0038】
よって、基準角度のタイミングから、例えば少なくともスプロケット71、72、73の歯の間隔の二分の一である±7°CAまでは、適正範囲内として基本カム角信号gのずれを容認する、即ち異常ではなく正常であると判定する。
【0039】
図4に示すように、本実施形態のECU0は、気筒1の行程判別完了後、基準角度である各気筒1の圧縮上死点前30°CAのタイミングを示すクランク角信号bを受信してから、これに対応する基本カム角信号gを受信するまでの位相差を求める。
【0040】
そして、位相差が負、即ち基本カム角信号gが基準角度のクランク角信号bよりも早く発生している場合に、その位相差の絶対値が適正範囲の進角側の限度である進み判定値7°CAを超えていなければ(基本カム角信号bが気筒1の圧縮上死点前37°CAよりも進角していなければ)、巻掛伝動機構7及びVVT機構6に異常が生じていないと判定する。翻って、その位相差の絶対値が進み判定値7°CAを超えているならば(基本カム角信号bが気筒1の圧縮上死点前37°CAよりも進角していれば)、巻掛伝動機構7またはVVT機構6に異常が生じていると判定する。異常の原因の一つは、上述した通りタイミングチェーン74の掛け違いである。
【0041】
位相差が正、即ち基本カム角信号gが基準角度のクランク角信号bよりも遅く発生している場合には、その位相差の絶対値が適正範囲の遅角側の限度である遅れ判定値7°CAを超えていなければ(基本カム角信号bが気筒1の圧縮上死点前23°CAよりも遅角していなければ)、巻掛伝動機構7及びVVT機構6に異常が生じていないと判定する。
【0042】
しかし、内燃機関を継続的に運用すると、経時変化としてタイミングチェーン74が僅かずつではあるが伸びてゆく。チェーン74が伸びると、その分だけクランクシャフトの回転位相とカムシャフトの回転位相との差が拡大し、カム角信号gがクランク角信号bに対し相対的に遅れるようになる。
【0043】
適正範囲の遅角側の限度となる遅れ判定値を常に一定値7°CAに定めておくと、構成部材の寸法ばらつきが比較的大きい内燃機関の個体において、タイミングチェーン74が少し伸びただけで基本カム角信号bの発生タイミングが適正範囲を逸脱し、その運転や性能に支障がないにもかかわらずこれが異常と判定されてしまいかねない。
【0044】
対して、予め遅れ判定値にチェーン74の伸び分を加味する、例えば遅れ判定値を初めから12°CA(=7°CA+5°CA)に定めておくと、構成部材の寸法ばらつきが比較的大きい内燃機関の個体で、実際にチェーンの掛け違いが起こっていたとしても、基本カム角信号bの発生タイミングが適正範囲内に収まってしまい、その運転や性能に支障を来す可能性を有した異常な個体が市場に供給される懸念が生じる。
【0045】
そこで、本実施形態のECU0は、適正範囲の遅角側の限度となる遅れ判定値を、その基本値7°CAに、内燃機関の運用期間の長さに応じて変化する補正値αを加算した値(7+α)°CAに設定する。
【0046】
図5に、内燃機関の運用期間と補正値αとの関係を例示する。内燃機関の運用期間の長さを示唆するパラメータとしては、例えば車載のオドメータにより計測される車両の積算走行距離や、車速センサの出力信号aを参照して知得される車速の積算値(時間積分、即ち走行距離)、クランク角信号bを参照して知得されるエンジン回転数の積算値(時間積分、即ち内燃機関の累積の回転回数)等を用いることができる。
【0047】
新品の内燃機関の運用が開始された当初の時期Xには、タイミングチェーン74が伸びやすいので、運用期間の長さに対する補正値αの増量の比を大きくする。当該時期Xは、例えば、新品の内燃機関を搭載した車両が出荷から一万kmないし二万km程度走行するまでの期間である。
【0048】
その後の時期Yには、タイミングチェーン74がそれ以上伸びにくくなるので、運用期間の長さに対する補正値αの増量の比を時期Xよりも小さくする。当該時期Yは、例えば車両が十万kmないし二十万km程度走行するまでの期間である。
【0049】
さらに後の時期Zには、タイミングチェーン74がほぼ伸びきることから、運用期間の長さに対する補正値αの増量の比を極小化し、または0(αを一定化)する。当該時期Zに至ると、補正値αは所定値、例えば5°CAに漸近しまたは収束する。
【0050】
ECU0のメモリには、内燃機関の運用期間の長さと補正値αとの関係を規定したマップデータまたは関数式が格納されている。ECU0は、現在の運用期間の長さ、例えば積算走行距離や内燃機関の累積の回転回数をキーとして当該マップを検索するか、これを関数式に代入して演算し、補正値αを得る。そして、基本カム角信号gが基準角度のクランク角信号bよりも遅く発生している場合に、それら両者の位相差の絶対値と遅れ判定値(7+α)°CAとを比較し、位相差が遅れ判定値を超えていなければ(基本カム角信号bが気筒1の圧縮上死点前(23-α)°CAよりも遅角していなければ)、巻掛伝動機構7及びVVT機構6に異常が生じていないと判定する。翻って、位相差の絶対値が遅れ判定値(7+α)°CAを超えているならば(基本カム角信号bが気筒1の圧縮上死点前(23-α)°CAよりも遅角していれば)、巻掛伝動機構7またはVVT機構6に異常が生じていると判定する。
【0051】
なお、クランク角信号bとカム角信号gとの位相差を遅れ判定値(7+α)°CAと比較する代わりに、位相差から補正値αを減算したものを遅れ判定値の基本値7°CAと比較するようにしても、同じことである。
【0052】
巻掛伝動機構7またはVVT機構6に異常が生じていると判定したECU0は、例えば、その異常の旨を運転者の視覚または聴覚に訴えかける態様で報知(車両のコックピットに設けられた警告灯(エンジンチェックランプ)を点灯させる、ディスプレイに表示する、警告音声を出力する等)する。及び/または、内燃機関の制御、具体的にはVVT機構6によるバルブタイミングやスロットルバルブ32の開度(総じて、吸入空気量)、EGRバルブ23の開度(EGR量)、燃料噴射量、点火タイミング等のうちの一部または全部を、異常を感知していない平常の場合から変更するフェイルセーフを実行する。
【0053】
本実施形態では、内燃機関のクランクシャフトがある角度回転する毎に発生するクランク角信号b、及び巻掛伝動機構7を介してクランクシャフトに従動するカムシャフトがある角度回転する毎に発生するカム角信号gを参照し、クランクシャフトの姿勢が所定の基準角度となったタイミングを示すクランク角信号bの発生からカム角信号gの発生までの位相差が遅れ判定値を超えたことを条件として異常が存在していると判定するものであり、前記遅れ判定値を設定するにあたり、その基本値に内燃機関の運用期間の長さに応じて変化する補正値αを加増する内燃機関の制御装置0を構成した。
【0054】
本実施形態によれば、新品の出荷時点、及びその後の運用中の時点のそれぞれにおいて、内燃機関のタイミングチェーン74の掛け違いや著しい伸びといった異常を正しく感知できるようになる。
【0055】
なお、本発明は以上に詳述した実施形態に限られるものではない。上記実施形態の内燃機関には、排気バルブの開閉タイミングを可変制御するための排気VVT機構が実装されていなかったが、吸気VVT機構と同様の排気VVT機構が内燃機関に付帯していてもよい。また、カム角センサが排気カムシャフトに付設されており、当該カム角センサから出力されるカム角信号をクランク角センサから出力されるクランク角信号bとともに参照する場合に、本発明を適用することも当然に可能である。
【0056】
その他、各部の具体的構成は、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【符号の説明】
【0057】
0…制御装置(ECU)
1…気筒
6…可変バルブタイミング(VVT)機構
7…巻掛伝動機構
b…クランク角信号
g…カム角信号
α…補正値