(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-13
(45)【発行日】2024-12-23
(54)【発明の名称】紙用塗布液及び紙
(51)【国際特許分類】
D21H 19/34 20060101AFI20241216BHJP
D21H 11/18 20060101ALI20241216BHJP
D21H 15/02 20060101ALI20241216BHJP
C09D 101/02 20060101ALI20241216BHJP
【FI】
D21H19/34
D21H11/18
D21H15/02
C09D101/02
(21)【出願番号】P 2020198728
(22)【出願日】2020-11-30
【審査請求日】2023-11-21
(73)【特許権者】
【識別番号】390029148
【氏名又は名称】大王製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002321
【氏名又は名称】弁理士法人永井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 寛人
【審査官】下原 浩嗣
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-263853(JP,A)
【文献】特開平05-009895(JP,A)
【文献】国際公開第2020/111025(WO,A1)
【文献】特開2018-089796(JP,A)
【文献】特開2002-194691(JP,A)
【文献】国際公開第2004/055267(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D21H 19/34
D21H 11/18
D21H 15/02
C09D 101/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
塗布量5g/m
2
以下、塗布速度100m/分以上で紙基材に塗布される塗布液であり、
平均繊維幅20μm以下の微細繊維を含み、
B型粘度(25℃、60rpm)が1,000cps以下であり、
Ti値(25℃、10rpmのB型粘度/25℃、100rpmのB型粘度)が2以上である、
ことを特徴とする紙用塗布液。
【請求項2】
前記微細繊維が未変性であり、B型粘度(25℃、60rpm)が20cps以上である、
請求項
1に記載の紙用塗布液。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の塗布液が紙基材に塗布されている、
ことを特徴とする紙。
【請求項4】
前記紙基材が平均繊維幅15μm以上のパルプ繊維で形成されており、
前記微細繊維の平均繊維幅が、前記パルプ繊維の平均繊維幅の1分の1以下である、
請求項
3に記載の紙。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紙用塗布液及び紙に関するものである。
【背景技術】
【0002】
紙基材には、例えば、防滑性や防湿性等の機能を付与する目的で、あるいは紙基材自体の物性、例えば、紙力の向上やサイズ性(疎水性)の向上等を図る目的で塗布液が塗布される。一方、塗布液の塗布は、例えば、抄紙機に付帯するサイズプレスや噴霧ノズル等で行われ、年々高速化する傾向にある。この高速化に対応するためには、塗布液を、例えば低粘度化する等が必要になる。しかしながら、塗布液を低粘度化すると、紙基材へ浸透し易くなる。塗布された塗布液は、紙基材への浸透が好ましい場合もあるが、紙基材への浸透が好ましくない場合もある。後者の場合、塗布液を低粘度化するのみでは対応することができない。また、塗布液を紙基材の表面に残すためには塗布量を増やすことも考えられるが、塗布量を増やすと乾燥エネルギーが多く必要になる他、紙基材への塗布液の浸透が増え、紙基材の物性に対する影響が大きい。
【0003】
そこで、セルロースナノファイバー(CNF)の利用が考えられる。セルロースナノファイバーはチキソトロピー性を有することが知られており(例えば、特許文献1等参照。)、セルロースナノファイバーを利用すれば塗布液の塗布性向上及び浸透抑制を両立することができそうである。しかしながら、これは一般論であり、セルロースナノファイバーを具体的にどのように利用すればよいのかは明らかではない。特に塗布速度100m/分以上の高速塗布に対応するためには、どのようにセルロースナノファイバーを利用すればよいのかが明らかではない。また、塗布液を塗布した後は、ほぼ必ず塗布液の乾燥を行うことになるが、塗布を高速化すると、この乾燥までの時間や乾燥自体の時間も、通常短くなる。塗布液として利用可能とするには、このような施工条件にも対応したものとする必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明が解決しようとする主たる課題は、高速塗布に適用可能な紙用塗布液、及びこの紙用塗布液が紙基材の表面に塗布されており、したがって表面性、好ましくは平滑性に優れる紙を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための手段は、次のとおりである。
【0007】
(請求項1に記載の手段)
塗布量5g/m
2
以下、塗布速度100m/分以上で紙基材に塗布される塗布液であり、
平均繊維幅20μm以下の微細繊維を含み、
B型粘度(25℃、60rpm)が1,000cps以下であり、
Ti値(25℃、10rpmのB型粘度/25℃、100rpmのB型粘度)が2以上である、
ことを特徴とする紙用塗布液。
【0008】
(請求項2に記載の手段)
前記微細繊維が未変性であり、B型粘度(25℃、60rpm)が20cps以上である、
請求項1に記載の紙用塗布液。
【0009】
(請求項3に記載の手段)
請求項1又は請求項2に記載の塗布液が紙基材に塗布されている、
ことを特徴とする紙。
【0010】
(請求項4に記載の手段)
前記紙基材が平均繊維幅15μm以上のパルプ繊維で形成されており、
前記微細繊維の平均繊維幅が、前記パルプ繊維の平均繊維幅の1分の1以下である、
請求項3に記載の紙。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、高速塗布に適用可能な紙用塗布液、及びこの紙用塗布液が紙基材の表面に塗布されており、表面性に優れる紙となる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
次に、発明を実施するための形態を説明する。なお、本実施の形態は、本発明の一例である。本発明の範囲は、本実施の形態の範囲に限定されない。
【0013】
本形態の紙用塗布液は、塗布量5g/m2以下(好適には、0.5~5g/m2。)、塗布速度100m/分以上(好適には、100~1500m/分。)で紙基材に塗布されるに適したものである。つまり、本形態の紙用塗布液は、高速塗布に適用可能であり、しかも塗布量を増やすことなく紙基材の表面に塗布液を留めることができる。また、塗布量を増やす必要がないので、平滑性を向上させるのが容易である。
【0014】
本形態の紙用塗布液は、平均繊維幅20μm以下の微細繊維を含み、B型粘度(25℃、60rpm)が1,000cps以下である。また、本形態の紙は、この紙用塗布液が紙基材の一方又は両方の表面に塗布されて構成されている。以下、詳細に説明する。
【0015】
(微細繊維)
本形態の紙用塗布液は微細繊維を含み、好ましくは亜リン酸変性微細繊維及び未変性微細繊維の少なくともいずれか一方の微細繊維を含み、より好ましくは未変性微細繊維を含む。微細繊維は、紙基材を構成するパルプ繊維の水素結合点を増やし、もって紙基材の紙力強度を向上する。また、微細繊維は紙基材の表面に留まり、もって紙用塗布液が紙基材に浸透するのを抑制する。さらに、微細繊維が未変性微細繊維である場合は、紙用塗布液の粘度が高くなり過ぎることがなく、濃度を下げる等して紙用塗布液の粘度を下げる必要がない。したがって、紙用塗布液が乾燥し易いものとなり、紙用塗布液の塗布に続く乾燥が効果的に行われるようになる。結果、高速塗工に適するといえる。
【0016】
本形態において未変性であるとは、セルロース繊維がTEMPO酸化、リン酸、亜リン酸等のリンのオキソ酸による変性、カルバメート変性等の化学変性がされていない場合である。この点、セルロース繊維が化学変性されていると、一般に、その後の解繊によって得られる微細繊維の均一性が高くなる。しかしながら、化学変性すると、紙用塗布液の粘度が高くなり過ぎるおそれがある。そこで、これらを考慮して、亜リン酸変性微細繊維及び未変性微細繊維を併用するのも好ましい形態である。亜リン酸変性微細繊維及び未変性微細繊維の両者を併用する場合、その配合割合は、質量基準で、例えば、50:50~1:99、好ましくは40:60~1:99、より好ましくは30:70~1:99である。
【0017】
なお、本発明において未変性とは、セルロース繊維の水酸基を変性してないことを意味するものと定義する。
【0018】
一方、亜リン酸変性微細繊維においては、セルロース繊維のヒドロキシ基(-OH基)の一部又は全部が亜リン酸のエステルで変性されている。好ましくは、当該ヒドロキシ基の一部又は全部が、下記構造式(1)に示す官能基で置換されることで亜リン酸のエステルが導入(修飾、変性)されている。特に好ましくは、セルロース繊維のヒドロキシ基の一部が、カルバメート基で置換されて、カルバメート(カルバミン酸のエステル)も導入されている。
【0019】
【0020】
構造式(1)において、αは、なし、R、及びNHRのいずれかである。Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、及びこれらの誘導基のいずれかである。βは有機物又は無機物からなる陽イオンである。
【0021】
亜リン酸のエステルは、リン原子にヒドロキシ基(ヒドロキシル基)(-OH)及びオキソ基(=O)が結合しており、かつそのヒドロキシ基が酸性プロトンを与える化合物である。故に、亜リン酸のエステルは、リン酸基を有する化合物と同様にマイナス電荷が高い。したがって、亜リン酸のエステルを導入すると、セルロース分子間の反発が強くなり、セルロース繊維の解繊が容易になる。また、亜リン酸のエステルを導入すると、分散液の透明度や粘度が向上する。さらに、亜リン酸変性微細繊維もセルロース微細繊維であり、セルロース微細繊維はチキソトロピー性を有する。したがって、塗工性が向上し、かつ塗工後においては紙用塗布液が紙基材の表面に留まるようになる。
【0022】
特に、亜リン酸のエステルと共にカルバメートをも導入すると、透明度や粘度がより向上する。この点、亜リン酸変性微細繊維の透明度が向上すると、当該亜リン酸変性微細繊維を含む紙用塗布液が塗布された紙を所望の色で提供することができるようになる。また、カルバメートは、アミノ基を有する。したがって、カルバメートを導入すると、プラス電荷をも有することになる。故に、カルバメートをも導入すると、亜リン酸のエステル及びカルバメートによる電荷的相互作用が高まり、粘度が向上するものと考えられる。ただし、粘度が上がり過ぎると塗工性が低下するので、この点では未変性微細繊維を使用する方が好ましい。
【0023】
亜リン酸のエステルの導入量は、セルロース繊維1g当たり、0.06~3.39mmol、より好ましくは0.61~1.75mmol、特に好ましくは0.95~1.42mmolである。導入量が0.06mmol未満であると、セルロース繊維の解繊が容易にならないおそれがある。また、セルロース微細繊維の水分散液が、不安定になるおそれもある。他方、導入量が3.39mmolを超えるとセルロース繊維が水に溶解するおそれがある。亜リン酸のエステルの導入量は、元素分析に基づいて評価した値である。この元素分析には、堀場製作所製X-Max 50 001を使用する。
【0024】
構造式(1)で示す官能基の置換度(DS)は、好ましくは0.01~0.55、より好ましくは0.10~0.28、特に好ましくは0.15~0.23である。置換度が0.01未満であると、セルロース繊維の解繊が容易にならないおそれがある。他方、置換度が0.55を超えると、セルロース繊維が黄変化するおそれがある。
【0025】
カルバメート基の置換度(DS)は、好ましくは0.01~0.50、より好ましくは0.05~0.45、特に好ましくは0.10~0.40である。置換度が0.01未満であると、透明度や粘度が十分に高まらないおそれがある。他方、置換度が0.50を超えると、セルロース繊維が黄変化するおそれがある。
【0026】
置換度(DS)とは、セルロース中の一グルコース単位に対する官能基(構造式(1)で示す官能基やカルバメート基)の平均置換数をいう。置換度は、例えば、反応温度や反応時間で制御することができる。反応温度を高くしたり、反応時間を長くしたりすると、置換度が上昇する。ただし、置換度が上昇し過ぎると、セルロースの重合度が著しく低下する。
【0027】
微細繊維の平均繊維幅(単繊維の平均直径)は、亜リン酸変性微細繊維、未変性微細繊維等の微細繊維の種類に関わらず、いずれの場合においても(以下、同様。)、好ましくは20μm以下、より好ましくは1nm~20μm、特に好ましくは3nm~15μmである。平均繊維幅が1nm未満になると、繊維が水に溶解し、微細繊維としての物性、例えば、粘度が高くなりすぎる一方で、強度や寸法安定性等を有さなくなるおそれがある。また、平均繊維幅が20μm以下であれば、紙用塗布液が過度の粘度を有することなく、塗布ムラが抑制され、塗布厚の制御も容易となる。他方、平均繊維幅が20μmを超えると、もはや微細繊維とは言えず通常のセルロース繊維と変わらなくなり、例えば、チキソトロピー性等が発揮されなくなり、また、紙力の向上に適さなくなるおそれがある。
【0028】
微細繊維の繊維幅は、電子顕微鏡を使用して次のように測定する。
まず、固形分濃度0.01~0.1質量%の微細繊維の水分散液100mlをテフロン(登録商標)製メンブレンフィルターでろ過し、エタノール100mlで1回、t-ブタノール20mlで3回溶媒置換する。次に、凍結乾燥し、オスミウムコーティングして試料とする。この試料について、構成する繊維の幅に応じて5000倍、10,000倍又は30,000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡SEM画像による観察を行う。この観察においては、観察画像に2本の対角線を引き、更に対角線の交点を通過する直線を任意に3本引く。そして、この3本の直線と交錯する合計100本の繊維の幅を目視で計測する。この計測値の中位径を繊維幅とする。
【0029】
微細繊維の平均繊維長(単繊維の長さ)は、好ましくは10nm~5,000μm、より好ましくは100nm~1,000μm、特に好ましくは100nm~500μmである。平均繊維長が10nm未満であると、繊維の絡みが弱くなり紙力強度が十分に向上しない可能性がある。他方、平均繊維長が5000μmを超えると、繊維が凝集するおそれがある。
【0030】
微細繊維の平均繊維長は、例えば、パルプ繊維の選定、前処理、微細化処理で任意に調整可能である。
【0031】
微細繊維の平均繊維長は、平均繊維径の場合と同様にして、各繊維の長さを目視で計測する。計測値の中位長を平均繊維長とする。
【0032】
微細繊維の軸比は、3~5,000,000より好ましくは6~1,000,000、特に好ましくは10~500,000である。軸比が3未満であると、もはや繊維状とは言えなくなる。他方、軸比が5,000,000を超えると、紙用塗布液(スラリー)の粘度が高くなり過ぎるほか、流動性が悪化するおそれがある。
【0033】
微細繊維のフィブリル化率は、50%以上、より好ましくは60%以上、特に好ましくは80%以上である。フィブリル化率が50%を下回ると、繊維の水分保持力が弱く、塗料の流動性が悪化するおそれがある。
【0034】
フィブリル化率とは、微細繊維をJIS-P-8220:2012「パルプ-離解方法」に準拠して離解し、得られた離解パルプをFiberLab.(Kajaani社)を用いて測定した値をいう。
【0035】
微細繊維の擬似粒度分布曲線におけるピーク値は、1つのピークであるのが好ましい。1つのピークである場合、微細繊維は、繊維長及び繊維径の均一性が高く、乾燥性に優れ、高速塗工に適する。また、繊維径や繊維長の均一性が高いと、分散性にも優れ、塗工性が向上する。
【0036】
微細繊維のピーク値は、例えば1000μm以下であるのが好ましく、900μm以下であるのがより好ましく、800μm以下であるのが特に好ましい。ピーク値が1000μmを超えると、均質な解繊がなされていないおそれがある。
【0037】
微細繊維のピーク値は、ISO-13320(2009)に準拠して測定する。より詳細には、粒度分布測定装置(株式会社セイシン企業のレーザー回折・散乱式粒度分布測定器)を使用して微細繊維の水分散液における体積基準粒度分布を調べる。そして、この分布から微細繊維の最頻径を測定する。この最頻径をピーク値とする。
【0038】
微細繊維の結晶化度は、50~95、より好ましくは60~90、特に好ましくは65~85である。同結晶化度が50未満であると、微細繊維の強度が低く、紙力剤としての効果が期待できない。他方、同結晶化度が95超であると、微細化セルロース繊維の剛直性が高く、分散性に欠けたものとなる。 結晶化度は、例えば、パルプ繊維の選定、前処理、解繊等によって調整することができる。
【0039】
結晶化度は、JIS-K0131(1996)の「X線回折分析通則」に準拠して、X線回折法により測定した値である。なお、微細繊維は、非晶質部分と結晶質部分とを有しており、結晶化度は微細繊維全体における結晶質部分の割合を意味する。
【0040】
微細繊維の濃度を1質量%(w/w)とした場合における水分散液のB型粘度は、10~300000cps、より好ましくは50~100000cps、特に好ましくは100~50000cpsである。同B型粘度が10cps未満であると粘度が低すぎるため、塗料の流動性が高く、塗料中における有効成分の偏りが顕著になるおそれがある。他方、同B型粘度が300,000cpsを超えると、粘性が高すぎて塗工が困難となる。また、同B型粘度が300,000cpsを超えると、紙用塗布液のB型粘度(25℃、60rpm)を1,000cps以下にするのが困難になる可能性がある。ただし、B型粘度が10未満になると、紙用塗布液の粘度が低くなり過ぎ、紙基材への浸透を抑制することができないおそれがある。
【0041】
なお、セルロースを含まない紙用塗布液の粘性は低い方が好ましく、浸透防止する(マイグレーションを抑える)には上記水分散液自体の粘度が重要なファクターとなる。
【0042】
微細繊維を含む分散液のB型粘度(固形分濃度1%)は、JIS-Z8803(2011)の「液体の粘度測定方法」に準拠して測定した値である。B型粘度は分散液を攪拌したときの抵抗トルクであり、高いほど攪拌に必要なエネルギーが多くなることを意味する。
【0043】
微細繊維のパルプ粘度は、好ましくは1~10cps、より好ましくは2~9cps、特に好ましくは3~8cpsである。パルプ粘度は、セルロースを銅エチレンジアミン液に溶解させた後の溶解液の粘度であり、パルプ粘度が大きいほどセルロースの重合度が大きいことを示しており、繊維そのものの強さにも影響し、分散液の状態の粘度そのものに影響する。
【0044】
微細繊維のパルプ粘度は、TAPPI T 230に準拠して測定した値である。
【0045】
微細繊維の保水度は、好ましくは250~500%、好ましくは300~450%、より好ましくは300~400%である。保水度が250%未満であると、流動性が低く、得られる紙の平滑性を損なうおそれがある。他方、保水度が500%を超えると、乾燥性が悪化する。微細繊維の保水度は、例えば、原料パルプの選定、前処理、解繊等で任意に調整可能である。
【0046】
微細繊維の保水度は、JAPAN TAPPI No.26(2000)に準拠して測定した値である。
【0047】
微細繊維の配合割合は、紙用塗布液全体に対する固形分換算で、好ましくは1~50%、より好ましくは2~40%、特に好ましくは3~30%である。配合割合が1%未満であると、微細繊維を含ませることによる効果が発揮されないおそれがある。他方、配合割合が50%を超えると、粘度が高くなり過ぎるおそれがある。
【0048】
(微細繊維の製造方法)
亜リン酸変性微細繊維を製造する場合においては、セルロース繊維に、亜リン酸類及び亜リン酸金属塩類の少なくともいずれか一方からなる添加物(A)、好ましくは加えて尿素及び尿素誘導体の少なくともいずれか一方からなる添加物(B)を添加し、加熱してセルロース繊維に亜リン酸のエステル、好ましくは亜リン酸のエステル及びカルバメートを導入する。また、この亜リン酸のエステル等を導入したセルロース繊維を洗浄した後に、解繊して亜リン酸変性微細繊維を得る。ただし、亜リン酸のエステルやカルバメートの導入は、解繊(微細化)後に行ってもよい。一方、未変性の微細繊維を製造する場合においては、添加物(A)及び添加物(B)を使用せず、解繊等のみを行う。この解繊等の方法は、亜リン酸変性微細繊維を製造する場合と同様であるので、以下では、亜リン酸変性微細繊維を製造する場合を例に説明する。ただし、以下では亜リン酸変性微細繊維を製造する場合を例に説明するが、未変性微細繊維よりも亜リン酸変性微細繊維の方が好ましいという趣旨ではないのは、前述したとおりである。
【0049】
(セルロース繊維)
微細繊維の原料になるセルロース繊維としては、例えば、植物由来の繊維(植物繊維)、動物由来の繊維、微生物由来の繊維等を使用することができる。これらの繊維は、必要により、単独で又は複数を組み合わせて使用することができる。ただし、セルロース繊維としては、植物繊維を使用するのが好ましく、植物繊維の一種であるパルプ繊維を使用するのがより好ましい。セルロース繊維がパルプ繊維であると、亜リン酸変性微細繊維等の微細繊維の物性調整が容易である。
【0050】
植物繊維としては、例えば、広葉樹、針葉樹等を原料とする木材パルプ、ワラ、バガス等を原料とする非木材パルプ、回収古紙、損紙等を原料とする古紙パルプ(DIP)等を使用することができる。これらの繊維は、単独で又は複数を組み合わせて使用することができる。
【0051】
木材パルプとしては、例えば、広葉樹クラフトパルプ(LKP)、針葉樹クラフトパルプ(NKP)等の化学パルプ、機械パルプ(TMP)、古紙パルプ(DIP)等を使用することができる。これらのパルプは、単独で又は複数を組み合わせて使用することができる。
【0052】
広葉樹クラフトパルプ(LKP)は、広葉樹晒クラフトパルプであっても、広葉樹未晒クラフトパルプであっても、広葉樹半晒クラフトパルプであってもよい。針葉樹クラフトパルプ(NKP)は、針葉樹晒クラフトパルプであっても、針葉樹未晒クラフトパルプであっても、針葉樹半晒クラフトパルプであってもよい。古紙パルプ(DIP)は、雑誌古紙パルプ(MDIP)であっても、新聞古紙パルプ(NDIP)であっても、段古紙パルプ(WP)であっても、その他の古紙パルプであってもよい。
【0053】
(添加物(A))
添加物(A)は、亜リン酸類及び亜リン酸金属塩類の少なくともいずれか一方からなる。添加物(A)としては、例えば、亜リン酸、亜リン酸水素ナトリウム、亜リン酸水素アンモニウム、亜リン酸水素カリウム、亜リン酸二水素ナトリウム、亜リン酸ナトリウム、亜リン酸リチウム、亜リン酸カリウム、亜リン酸マグネシウム、亜リン酸カルシウム、亜リン酸トリエチル、亜リン酸トリフェニル、ピロ亜リン酸等の亜リン酸化合物等を使用することができる。これらの亜リン酸類又は亜リン酸金属塩類は、それぞれを単独で又は複数を組み合わせて使用することができる。ただし、亜リン酸水素ナトリウムを使用するのが好ましい。
【0054】
添加物(A)を添加するにあたって、セルロース繊維は、乾燥状態であっても、湿潤状態であっても、スラリーの状態であってもよい。また、添加物(A)は、粉末の状態であっても、水溶液の状態であってもよい。ただし、反応の均一性が高いことから、乾燥状態のセルロース繊維に水溶液の状態の添加物(A)を添加するのが好ましい。
【0055】
添加物(A)の添加量は、セルロース繊維1kgに対して、好ましくは1~10,000g、より好ましくは100~5,000g、特に好ましくは300~1,500gである。添加量が1g未満であると、添加物(A)の添加による効果が得られない可能性がある。他方、添加量が10,000gを超えても、添加物(A)の添加による効果が頭打ちとなる可能性がある。
【0056】
(添加物(B))
添加物(B)は、尿素及び尿素誘導体の少なくともいずれか一方からなる。添加物(B)としては、例えば、尿素、チオ尿素、ビウレット、フェニル尿素、ベンジル尿素、ジメチル尿素、ジエチル尿素、テトラメチル尿素等を使用することができる。これらの尿素又は尿素誘導体は、それぞれを単独で又は複数を組み合わせて使用することができる。ただし、尿素を使用するのが好ましい。
【0057】
添加物(B)は、加熱されると、下記の反応式(1)に示すようにイソシアン酸及びアンモニアに分解される。そして、イソシアン酸はとても反応性が高く、下記の反応式(2)に示すようにセルロースの水酸基にカルバメート基を形成する。
【0058】
NH2-CO-NH2 → HN=C=O+NH3 …(1)
【0059】
Cell-OH+H-N=C=O → Cell-CO-NH2 …(2)
【0060】
添加物(B)の添加量は、添加物(A)1molに対して、好ましくは0.01~100mol、より好ましくは0.2~20mol、特に好ましくは0.5~10molである。添加量が0.01mol未満であると、セルロース繊維にカルバメートが十分に導入されない可能性がある。他方、添加量が100molを超えても、尿素の添加による効果が頭打ちとなる可能性がある。
【0061】
(加熱)
添加物(A)及び添加物(B)を添加したセルロース繊維を加熱する際の加熱温度は、好ましくは100~210℃、より好ましくは100~200℃、特に好ましくは100~180℃である。加熱温度が100℃以上であれば、亜リン酸のエステルを導入することができる。ただし、加熱温度が210℃を超えると、セルロースの劣化が急速に進み、着色や粘度低下の要因となるおそれがある。
【0062】
添加物(A)及び添加物(B)を添加したセルロース繊維を加熱する際のpHは、好ましくは3~12、より好ましくは4~11、特に好ましくは6~9である。pHが低い方が亜リン酸のエステル及びカルバメートが導入され易くなる。ただし、pHが3未満であると、セルロースの劣化が急速に進行してしまうおそれがある。
【0063】
添加物(A)及び添加物(B)を添加したセルロース繊維の加熱は、当該セルロース繊維が乾燥するまで行うのが好ましい。具体的には、セルロース繊維の水分率が、好ましくは10%以下となるまで、より好ましくは0.1%以下となるまで、特に好ましくは0.001%以下となるまで乾燥する。もちろん、セルロース繊維は、水分の無い絶乾状態になっても良い。
【0064】
添加物(A)及び添加物(B)を添加したセルロース繊維の加熱時間は、例えば1~1,440分、好ましくは10~180分、より好ましくは30~120分である。加熱時間が長過ぎると、亜リン酸のエステルやカルバメートの導入が進み過ぎるおそれがある。また、加熱時間が長過ぎると、セルロース繊維が黄変化するおそれがある。
【0065】
添加物(A)及び添加物(B)を添加したセルロース繊維を加熱する装置としては、例えば、熱風乾燥機、抄紙機、ドライパルプマシン等を使用することができる。
【0066】
(前処理)
セルロース繊維に亜リン酸のエステル等を導入するに先立って、及び/又は亜リン酸のエステル等を導入した後において、セルロース繊維には、必要により、叩解等の解繊前処理を施すことができる。セルロース繊維の解繊に先立って当該パルプ繊維に前処理を施しておくことで、解繊の回数を大幅に減らすことができ、解繊のエネルギーを削減することができる。なお、この前処理は、解繊の効率化を目的とする場合において未変性微細繊維にも適用される点に留意を要する。
【0067】
セルロース繊維の前処理は、物理的手法又は化学的手法、好ましくは物理的手法及び化学的手法によることができる。物理的手法による前処理及び化学的手法による前処理は、同時に行うことも、別々に行うこともできる。
【0068】
物理的手法による前処理としては、叩解を採用するのが好ましい。セルロース繊維を叩解すると、セルロース繊維が切り揃えられる。したがって、セルロース繊維同士の絡み合いが防止される(凝集防止)。この観点から、叩解は、セルロース繊維のフリーネスが700ml以下となるまで行うのが好ましく、500ml以下となるまで行うのがより好ましく、300ml以下となるまで行うのが特に好ましい。
【0069】
セルロース繊維のフリーネスは、JIS P8121-2(2012)に準拠して測定した値である。また、叩解は、例えば、リファイナーやビーター等を使用して行うことができる。
【0070】
化学的手法による前処理としては、例えば、酸による多糖の加水分解(酸処理)、酵素による多糖の加水分解(酵素処理)、アルカリによる多糖の膨潤(アルカリ処理)、酸化剤による多糖の酸化(酸化処理)、還元剤による多糖の還元(還元処理)等を例示することができる。ただし、化学的手法による前処理としては、酵素処理を施すのが好ましく、加えて酸処理、アルカリ処理、及び酸化処理の中から選択された1又は2以上の処理を施すのがより好ましい。以下、酵素処理及びアルカリ処理について、順に説明する。
【0071】
酵素処理に使用する酵素としては、セルラーゼ系酵素及びヘミセルラーゼ系酵素の少なくともいずれか一方を使用するのが好ましく、両方を併用するのがより好ましい。これらの酵素を使用すると、セルロース繊維の解繊がより容易になる。なお、セルラーゼ系酵素は、水共存下でセルロースの分解を惹き起こす。また、ヘミセルラーゼ系酵素は、水共存下でヘミセルロースの分解を惹き起こす。
【0072】
セルラーゼ系酵素としては、例えば、トリコデルマ(Trichoderma、糸状菌)属、アクレモニウム(Acremonium、糸状菌)属、アスペルギルス(Aspergillus、糸状菌)属、ファネロケエテ(Phanerochaete、担子菌)属、トラメテス(Trametes、担子菌)属、フーミコラ(Humicola、糸状菌)属、バチルス(Bacillus、細菌)属、スエヒロタケ(Schizophyllum、担子菌)属、ストレプトミセス(Streptomyces、細菌)属、シュードモナス(Pseudomonas、細菌)属などが産生する酵素を使用することができる。これらのセルラーゼ系酵素は、試薬や市販品として購入可能である。市販品としては、例えば、セルロイシンT2(エイチピィアイ社製)、メイセラ-ゼ(明治製菓社製)、ノボザイム188(ノボザイム社製)、マルティフェクトCX10L(ジェネンコア社製)、セルラーゼ系酵素GC220(ジェネンコア社製)等を例示することができる。
【0073】
また、セルラーゼ系酵素としては、EG(エンドグルカナーゼ)及びCBH(セロビオハイドロラーゼ)のいずれかもを使用することもできる。EG及びCBHは、それぞれを単体で使用しても、混合して使用してもよい。また、ヘミセルラーゼ系酵素と混合して使用してもよい。
【0074】
ヘミセルラーゼ系酵素としては、例えば、キシランを分解する酵素であるキシラナーゼ(xylanase)、マンナンを分解する酵素であるマンナーゼ(mannase)、アラバンを分解する酵素であるアラバナーゼ(arabanase)等を使用することができる。また、ペクチンを分解する酵素であるペクチナーゼも使用することができる。
【0075】
ヘミセルロースは、植物細胞壁のセルロースミクロフィブリル間にあるペクチン類を除いた多糖類である。ヘミセルロースは多種多様で木材の種類や細胞壁の壁層間でも異なる。針葉樹の2次壁では、グルコマンナンが主成分であり、広葉樹2次壁では4-O-メチルグルクロノキシランが主成分である。そこで、針葉樹晒クラフトパルプ(NBKP)からセルロース微細繊維を得る場合は、マンナーゼを使用するのが好ましい。また、広葉樹晒クラフトパルプ(LBKP)からセルロース微細繊維を得る場合は、キシラナーゼを使用するのが好ましい。
【0076】
セルロース繊維に対する酵素の添加量は、例えば、酵素の種類、原料となる木材の種類(針葉樹か広葉樹か)、機械パルプの種類等によって決まる。ただし、セルロース繊維に対する酵素の添加量は、好ましくは0.1~3質量%と、より好ましくは0.3~2.5質量%、特に好ましくは0.5~2質量%である。酵素の添加量が0.1質量%未満であると、酵素の添加による効果が十分に得られないおそれがある。他方、酵素の添加量が3質量%を超えると、セルロースが糖化され、セルロース微細繊維の収率が低下するおそれがある。また、添加量の増量に見合う効果の向上を認めることができないとの問題もある。
【0077】
酵素としてセルラーゼ系酵素を使用する場合、酵素処理時のpHは、酵素反応の反応性の観点から、弱酸性領域(pH=3.0~6.9)であるのが好ましい。一方、酵素としてヘミセルラーゼ系酵素を使用する場合、酵素処理時のpHは、弱アルカリ性領域(pH=7.1~10.0)であるのが好ましい。
【0078】
酵素処理時の温度は、酵素としてセルラーゼ系酵素及びヘミセルラーゼ系酵素のいずれを使用する場合においても、好ましくは30~70℃、より好ましくは35~65℃、特に好ましくは40~60℃である。酵素処理時の温度が30℃以上であれば、酵素活性が低下し難くなり、処理時間の長期化を防止することができる。他方、酵素処理時の温度が70℃以下であれば、酵素の失活を防止することができる。
【0079】
酵素処理の時間は、例えば、酵素の種類、酵素処理の温度、酵素処理時のpH等によって決まる。ただし、一般的な酵素処理の時間は、0.5~24時間である。
【0080】
酵素処理した後には、酵素を失活させるのが好ましい。酵素を失活させる方法としては、例えば、アルカリ水溶液(好ましくはpH10以上、より好ましくはpH11以上)を添加する方法、80~100℃の熱水を添加する方法等が存在する。
【0081】
次に、アルカリ処理の方法について、説明する。
【0082】
アルカリ処理の方法としては、例えば、アルカリ溶液中に、セルロース繊維を浸漬する方法が存在する。
【0083】
アルカリ溶液に含まれるアルカリ化合物は、無機アルカリ化合物であっても、有機アルカリ化合物であってもよい。無機アルカリ化合物としては、例えば、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物、アルカリ金属又はアルカリ土類金属の炭酸塩、アルカリ金属又はアルカリ土類金属のリン酸塩等を例示することができる。また、アルカリ金属の水酸化物としては、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等を例示することができる。アルカリ土類金属の水酸化物としては、例えば、水酸化カルシウム等を例示することができる。アルカリ金属の炭酸塩としては、例えば、炭酸リチウム、炭酸水素リチウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等を例示することができる。アルカリ土類金属の炭酸塩としては、例えば、炭酸カルシウム等を例示することができる。アルカリ金属のリン酸塩としては、例えば、リン酸リチウム、リン酸カリウム、リン酸3ナトリウム、リン酸水素2ナトリウム等を例示することができる。アルカリ土類金属のリン酸塩としては、例えば、リン酸カルシウム、リン酸水素カルシウム等を例示することができる。
【0084】
有機アルカリ化合物としては、例えば、アンモニア、脂肪族アミン、芳香族アミン、脂肪族アンモニウム、芳香族アンモニウム、複素環式化合物及びその水酸化物、炭酸塩、リン酸塩等を例示することができる。具体的には、例えば、例えば、アンモニア、ヒドラジン、メチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、プロピルアミン、ジプロピルアミン、ブチルアミン、ジアミノエタン、ジアミノプロパン、ジアミノブタン、ジアミノペンタン、ジアミノヘキサン、シクロヘキシルアミン、アニリン、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、テトラプロピルアンモニウムヒドロキシド、テトラブチルアンモニウムヒドロキシド、ベンジルトリメチルアンモニウムヒドロキシド、ピリジン、N,N-ジメチル-4-アミノピリジン、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、リン酸水素2アンモニウム等を例示することができる。
【0085】
アルカリ溶液の溶媒は、水及び有機溶媒のいずれであってもよいが、極性溶媒(水、アルコール等の極性有機溶媒)であるのが好ましく、少なくとも水を含む水系溶媒であるのがより好ましい。
【0086】
アルカリ溶液の25℃におけるpHは、好ましくは9以上、より好ましくは10以上、特に好ましくは11~14である。pHが9以上であると、セルロース微細繊維の収率が高くなる。ただし、pHが14を超えると、アルカリ溶液の取り扱い性が低下する。
【0087】
(洗浄)
亜リン酸のエステル等を導入したセルロース繊維は、解繊するに先立って、洗浄するのが好ましい。セルロース繊維を清浄することで、副生成物や未反応物を洗い流すことができる。また、この洗浄が前処理におけるアルカリ処理に先立つものであれば、当該アルカリ処理におけるアルカリ溶液の使用量を減らすことができる。
【0088】
セルロース繊維の洗浄は、例えば、水や有機溶媒等を使用して行うことができる。
【0089】
(解繊)
亜リン酸のエステル等を導入したセルロース繊維は、洗浄後に解繊(微細化処理)する。この解繊によって、パルプ繊維はミクロフィブリル化し、セルロース微細繊維(セルロースナノファイバーやマイクロ繊維セルロース)となる。なお、この解繊の方法は、未変性の微細繊維の場合も同様である。
【0090】
セルロース繊維を解繊するにあたっては、当該セルロース繊維をスラリー状にしておくのが好ましい。このスラリーの固形分濃度は、好ましくは0.1~5質量%、より好ましくは1~4質量%、特に好ましくは2~3質量%である。固形分濃度が上記範囲内であれば、効率的に解繊することができる。
【0091】
セルロース繊維の解繊は、例えば、高圧ホモジナイザー、高圧均質化装置等のホモジナイザー、高速回転式ホモジナイザー、グラインダー、摩砕機等の石臼式摩擦機、コニカルリファイナー、ディスクリファイナー等のリファイナー、一軸混練機、多軸混練機、各種バクテリア等の中から1種又は2種以上の手段を選択使用して行うことができる。ただし、セルロース繊維の解繊は、水流、特に高圧水流で微細化する装置・方法を使用して行うのが好ましい。この装置・方法によると、得られるセルロース微細繊維の寸法均一性、分散均一性が非常に高いものとなる。これに対し、例えば、回転する砥石間で磨砕するグラインダーを使用すると、セルロース繊維を均一に微細化するのが難しく、場合によっては、一部に解れない繊維塊が残ってしまうおそれがある。
【0092】
セルロース繊維の解繊に使用するグラインダーとしては、例えば、増幸産業株式会社のマスコロイダー等が存在する。また、高圧水流で微細化する装置としては、例えば、株式会社スギノマシンのスターバースト(登録商標)や、吉田機械興業株式会社のナノヴェイタ\Nanovater(登録商標)等が存在する。また、セルロース繊維の解繊に使用する高速回転式ホモジナイザーとしては、エムテクニック社製のクレアミックス-11S等が存在する。
【0093】
なお、回転する砥石間で磨砕する方法と、高圧水流で微細化する方法とで、それぞれセルロース繊維を解繊し、得られた各繊維を顕微鏡観察した場合に、高圧水流で微細化する方法で得られた繊維の方が、繊維幅が均一であることが知見されている。
【0094】
高圧水流による解繊は、セルロース繊維の分散液を増圧機で、例えば50MPa以上、好ましくは75MPa以上、より好ましくは100MPa以上に加圧し(高圧条件)、細孔直径50μm以上のノズルから噴出させ、圧力差が、例えば30MPa以上、好ましくは80MPa以上、より好ましくは90MPa以上となるように減圧する(減圧条件)方式で行うと好適である。この圧力差で生じるへき開現象によって、パルプ繊維が解繊される。高圧条件の圧力が低い場合や、高圧条件から減圧条件への圧力差が小さい場合には、解繊効率が下がり、所望の繊維径とするために繰り返し解繊(ノズルから噴出)する必要が生じる。
【0095】
高圧水流によって解繊する装置としては、高圧ホモジナイザーを使用するのが好ましい。高圧ホモジナイザーとは、例えば10MPa以上、好ましくは100MPa以上の圧力でセルロース繊維のスラリーを噴出する能力を有するホモジナイザーをいう。セルロース繊維を高圧ホモジナイザーで処理すると、セルロース繊維同士の衝突、圧力差、マイクロキャビテーションなどが作用し、セルロース繊維の解繊が効果的に生じる。したがって、解繊の処理回数を減らすことができ、セルロース微細繊維の製造効率を高めることができる。
【0096】
高圧ホモジナイザーとしては、セルロース繊維のスラリーを一直線上で対向衝突させるものを使用するのが好ましい。具体的には、例えば、対向衝突型高圧ホモジナイザー(マイクロフルイダイザー/MICROFLUIDIZER(登録商標)、湿式ジェットミル)である。この装置においては、加圧されたセルロース繊維のスラリーが合流部で対向衝突するように2本の上流側流路が形成されている。また、セルロース繊維のスラリーは合流部で衝突し、衝突したセルロース繊維のスラリーは下流側流路から流出する。上流側流路に対して下流側流路は垂直に設けられており、上流側流路と下流側流路とでT字型の流路が形成されている。このような対向衝突型の高圧ホモジナイザーを用いると高圧ホモジナイザーから与えられるエネルギーが衝突エネルギーに最大限に変換されるため、より効率的にセルロース繊維を解繊することができる。
【0097】
セルロース繊維の解繊は、得られるセルロース微細繊維の平均繊維幅、平均繊維長、保水度、結晶化度、擬似粒度分布のピーク値、パルプ粘度等が、前述した所望の値又は評価となるように行うのが好ましい。
【0098】
以上では、微細繊維が未変性である場合、及び亜リン酸変性やカルバメート化する場合を説明したが、セルロース繊維はリンオキソ酸一般によって変性(エステル化)することもできる。リンオキソ酸によるエステル化は、例えば、特開2019-199671号公報に掲げる手法で行うことができる。
【0099】
リンオキソ酸によりエステル化された微細繊維は、好ましくはセルロース繊維のヒドロキシ基の一部が下記構造式(2)に示す官能基で置換される。構造式(2)に示す官能基の導入量は、セルロース繊維1gあたり2.0mmоl以上、好ましくは2.1mmоl以上、より好ましくは2.2mmоl以上である。
【0100】
【0101】
構造式(2)において、a,b,m,nは自然数である。
【0102】
A1,A2,・・・,AnおよびA’のうちの少なくとも1つはOであり、残りはR、OR、NHR、及び、なしのいずれかである。Rは、水素原子、飽和-直鎖状炭化水素基、飽和-分岐鎖状炭化水素基、飽和-環状炭化水素基、不飽和-直鎖状炭化水素基、不飽和-分岐鎖状炭化水素基、芳香族基、及びこれらの誘導基のいずれかである。αは有機物又は無機物からなる陽イオンである。
【0103】
なお、リンオキソ酸によるエステル化の反応は、セルロース繊維にリンオキソ酸類やリンオキソ酸金属塩類等の添加物を添加し、加熱することで進行する。添加物としては、例えば、リン酸、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、ピロリン酸アンモニウム、ポリリン酸アンモニウム、リン酸二水素リチウム、リン酸三リチウム、リン酸水素二リチウム、ピロリン酸リチウム、ポリリン酸リチウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウム、ピロリン酸カリウム、ポリリン酸カリウム、亜リン酸、亜リン酸水素ナトリウム、亜リン酸水素アンモニウム、亜リン酸水素カリウム、亜リン酸二水素ナトリウム、亜リン酸ナトリウム、亜リン酸リチウム、亜リン酸カリウム、亜リン酸マグネシウム、亜リン酸カルシウム、亜リン酸トリエチル、亜リン酸トリフェニル、ピロ亜リン酸等の亜リン酸化合物等を例示することができる。これらの添加物は、それぞれを単独で又は複数を組み合わせて使用することができる。
【0104】
(その他の原料)
本形態の紙用塗布液には、微細繊維の他、デンプン、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルアルコール、アルギン酸、ポリアクリルアマイド(PAM)、ケテンダイマー、ワックス、ラテックス等の薬品の中から1種又は2種以上を選択して使用すると好適である。
【0105】
具体的には、紙用塗布液には、例えば、バインダー樹脂を含ませることができる。バインダー樹脂は、微細繊維が紙基材の表面から剥がれ落ちるのを抑制する作用を有する。なお、バインダー樹脂は、微細繊維によって紙基材に浸透するのが抑制される。
【0106】
バインダー樹脂としては、例えば、スチレン-ブタジエン系ラテックス、アクリル系エマルジョン、アクリル-スチレン系エマルジョン、酢酸ビニル系エマルジョン、エチレン-酢酸ビニル系エマルジョン、ウレタン系エマルジョン、デンプン、変性デンプン、ポリビニルアルコール(PVA)等のラテックス、エマルジョン、水溶性バインダー等の中から1種又は2種以上を選択して使用することができる。
【0107】
バインダー樹脂の配合率は、紙用塗布液全量に対して固形分換算で、30質量%以下、好ましくは2~30質量%、より好ましくは3~20質量%である。配合率が30質量%を超えると、紙用塗布液の分散性や擬塑性が低下する可能性がある。
【0108】
微細繊維(固形分換算質量%)に対するバインダー樹脂(固形分換算質量%)の配合比は、10:90~90:10、好ましくは20:80~80:20、より好ましくは30:70~70:30である。配合比が10:90を下回ると、微細繊維を紙基材の表面に留めることができなくなる可能性がある。他方、配合比が90:10を上回ると、紙用塗布液の塗工性、浸透抑制等の点では良好になるが、接着性の観点で層間剥離等が起こる可能性がある。
【0109】
紙用塗布液を紙基材の表面に留める目的が、例えば、疎水性の付与等にある場合は、紙用塗布液に撥水剤を含ませると好適である。
【0110】
撥水剤としては、例えば、ワックス、合成樹脂、及びこれらの混合物等を使用することができる。
【0111】
撥水剤の配合率は、紙用塗布液全量に対して固形分換算で、30~80質量%、好ましくは40~80質量%、より好ましくは50~80質量%である。配合率が80質量%を超えると、相対的に微細セルロース成分を配合できなくなり、紙用塗布液の分散性や擬塑性が低下する可能性がある。また、30%下回ると撥水性能を発揮できなくなる可能性もある。
【0112】
(紙用塗布液)
25℃、60rpmの条件での紙用塗布液のB型粘度は、好ましくは1000cps以下、より好ましくは10~900、特に好ましくは50~800である。B型粘度が1000cpsを上回ると、塗布速度100m/分以上の高速塗布のもとでは塗布面を均一に形成するのが難しくなる。もっとも、B型粘度が50cpsを下回ると、紙基材への浸透性が高くなり過ぎ、塗布量を5g/m2に抑える場合においては、紙基材表面に留まる紙用塗布液が少量となり過ぎる可能性がある。また、平滑性も不十分になる可能性がある。
【0113】
紙用塗布液のチキソトロピーインデックス(Ti値)は、好ましくは1以上、より好ましくは1~20、特に好ましくは2~10である。Ti値がこの範囲であれば、塗布速度100m/分以上、かつ塗布量3g/m2以下とする場合において、紙用塗布液の塗布性及び浸透抑制のバランスが保たれる。
【0114】
本形態においてTi値は、紙用塗布液を25℃とした場合における10rpmのB型粘度を100rpmのB型粘度で除した値である。つまり、
Ti値(25℃)=(10rpmのB型粘度)/(100rpmのB型粘度)
である。
【0115】
ここで、B型粘度は、JIS-Z8803(2011)の「液体の粘度測定方法」に準拠して測定した値である。
【0116】
(紙)
本形態の紙は、以上の紙用塗布液が紙基材の一方又は両方の表面に塗布されたものである。本形態の紙は、普通紙、板紙等の既存の紙基材の表面に、抄紙設備に備わるサイズプレスや噴霧ノズル等を用いて紙用塗布液を塗布する(オフライン塗布)ことで製造しても、紙基材を製造する過程において湿紙に紙用塗布液を塗布する(オンライン塗布)ことで製造してもよい。
【0117】
オンライン塗布による場合は、例えば、幅方向に原料濃度調整可能な機構を備えたヘッドボックスから紙料(原料)を噴出し、ワイヤーパートにおいてパルプ繊維の分散を図りながら紙層を形成し、シュープレスを備えるプレスパートで脱水し、プレドライヤーパートで湿紙の乾燥を図る。乾燥後の湿紙には、サイズプレス(例えば、ゲートロールやロッドメタリング等の転写式、2ロールポンド式など。)を使用して本形態の紙用塗布液を塗布する。塗布後は、例えば、アフタードライヤーパートで乾燥し、必要によりカレンダー装置でカンレダー処理し、巻取機で巻取る。特にオンライン塗布による場合は、乾燥自体の時間及び乾燥までの時間が限られ、紙用塗布液の濃度を下げるのは好ましくないため、本形態の紙用塗布液の有意性が際立つ。
【0118】
ただし、オフライン塗布による場合及びオンライン塗布による場合のいずれの場合においても、紙基材が平均繊維幅15μm以上(好適には、15~30μm)のパルプ繊維で形成されており、微細繊維の平均繊維幅が紙基材を構成するパルプ繊維の平均繊維幅の1分の1以下(好適には、1分の1~1,000分の1)であるのが好ましい。この形態によると、微細繊維が紙基材の目止め剤としての機能を兼ねるため、紙基材への紙用塗布液の浸透がより抑制され、紙力強度がより向上し、しかも、表面平滑性が向上する。
【0119】
紙用塗布液の塗布量は、例えば0.1~10g/m2、好ましくは0.2~5g/m2、より好ましくは0.5~3g/m2である。塗布量が少な過ぎると、紙基材の表面に留まる紙用塗布液の量が不十分になり、サイズ性等の目的を達することができなくなる可能性がある。他方、塗布量が多過ぎると、塗布液のB型粘度(25℃、60rpm)が1,000cps以下である本形態においても、塗工ムラが生じる可能性がある。
【0120】
紙基材の坪量は、紙基材が板紙以外の普通紙である場合においては、例えば15~10000g/m2、好ましくは20~900g/m2、より好ましくは30~800g/m2である。一方、紙基材が板紙である場合においては、例えば60~1000g/m2、好ましくは100~500g/m2、より好ましくは120~480g/m2である。
【0121】
紙基材のベック平滑性は、例えば、1秒以上、好ましくは1~1,000秒、より好ましくは2~500秒である。
【0122】
紙基材のステキサイズ度は、例えば1~1,000秒、好ましくは1~500秒、より好ましくは2~200秒である。サイズ度が高すぎると、紙基材が本形態の紙用塗布液(B型粘度(25℃、60rpm)が1,000cps以下)を弾いてしまい、当該塗布液の塗布が不十分になる可能性がある。
【0123】
紙基材の原料としては、例えば、微細繊維の原料と同様のパルプ原料を使用することができる。また、紙基材の原料パルプ及び微細繊維の原料パルプとしては、可及的に同種の原料、特に同じ色目の原料を使用するのが好ましい。つまり、例えば、紙基材が白いとき(例えば、NBKP、LBKP等のBKPが原料)は微細繊維の原料がBKPであるのが好ましく、他方、紙基材が茶色いとき(例えば、NUKP,LUKP等のUKPが原料)は微細繊維の原料がUKP、TMPであるのが好ましい。
【0124】
本形態の紙は、特に表面加工を施し、撥水性や防滑性を付与することが求められる機能性ライナー紙やクラフト紙、印刷用塗工用原紙(プレ塗工が必要な原紙)等として使用する場合に、その効果がいかんなく発揮される。
【実施例】
【0125】
以下、本発明の実施例を説明する。
(試験例1)
撥水剤(リパックスA-750/東邦化学工業株式会社)30質量%濃度に対し、機械的に解繊した2.0%濃度のCNF(平均繊維幅50nm)、バインダー成分として1.0%濃度のポリビニルアルコール「ポバールS-71」、調整水を入れ、塗料濃度が4.9%になるよう調整した。その後、JEK(大王製紙社製、坪量280g/m2)にワイヤーバーで手塗り塗布し、ライナー紙を得た。このライナー紙については、平滑度等の物性を測定した。結果を表1に示した。なお、配合した薬剤、配合量等の詳細も表1中に示した。また、測定方法は、前述したとおりである。
【0126】
なお、表中の防滑剤の成分濃度は25%、撥水剤の成分濃度は30%であり、各成分の使用重量に成分濃度を掛けた重量の総和を「有効成分」として示している。また、表中の塗料濃度は、合計(有り姿換算)に対する有効成分の割合である(以下、同様。)。
【0127】
(試験例2)
試験例1のCNFをMFC(平均繊維幅15μm)に変えた以外は、試験例1と同様とした。
【0128】
(試験例3)
試験例1のCNFに換えて、防滑剤(AT3802:星光PMC社)25質量%濃度を使用し、かつ塗料濃度を5.0%とした以外は、試験例1と同様とした。
【0129】
(試験例4)
1.3%濃度のポリビニルアルコール「ポバールS-71」200gに、CNF2.0%溶液を80g、調整水を入れ、塗料濃度1.3%になるように調整した。その後、軽包装紙(大王製紙社製、坪量50g/m2)、高白再生PPC用紙(大王製紙社製、坪量66g/m2)にワイヤーバーで手塗り塗布した。平滑度等の物性を測定した。
【0130】
(試験例5)
試験4のCNFをMFC(平均繊維幅15μm)に変えた以外は試験例4と同様とした。
【0131】
(試験例6)
1.3%濃度のポリビニルアルコール「ポバールS-71」200gに未変性CNF2.0%溶液を40g、変性CNF1.0%溶液を40g入れ、塗料濃度1.3%になるように調整した以外は試験例4と同様とした。
【0132】
(試験例7)
1.3%濃度のポリビニルアルコール「ポバールS-71」200gにカルボキシメチルセルロースナトリウム(ダイセルファインケム 品番1330)1.5%溶液を80g、を入れ、塗料濃度1.1%になるように調整した以外は試験例4と同様とした。
【0133】
【0134】
なお、本実施例におけるJEKライナー紙、軽包紙、高白再生PPC用紙は、構成するパルプの種類は異なるが、繊維の平均繊維幅は10~25μm、平均繊維長は0.5~3.0mmの範囲で、各紙の要求品質に応じて調整したものである(フィブリル化率等は異なる。)。
【0135】
(考察)
一般的に、高速塗工では、低粘性、かつ低濃度の塗料を使用するため、塗料が紙に浸透してしまい、平滑性が出にくくなる傾向がある。しかしながら、本発明の塗料は、微細繊維が含まれる等するため、塗料の浸透が抑制され、塗料が紙表面に留まる。結果、同じ塗布量でも平滑性が高くなり、高速塗工性に優れるものとなる。
【産業上の利用可能性】
【0136】
本発明は、紙用塗布液及び紙として利用可能である。