(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】Cu-Ni-Si系銅合金板、めっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板及びこれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 9/06 20060101AFI20241217BHJP
C22F 1/08 20060101ALI20241217BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20241217BHJP
【FI】
C22C9/06
C22F1/08 P
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630F
C22F1/00 630G
C22F1/00 630K
C22F1/00 661A
C22F1/00 613
C22F1/00 660Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
(21)【出願番号】P 2020049473
(22)【出願日】2020-03-19
【審査請求日】2023-02-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100101465
【氏名又は名称】青山 正和
(72)【発明者】
【氏名】坂井 和章
(72)【発明者】
【氏名】宮嶋 直輝
(72)【発明者】
【氏名】牧 一誠
(72)【発明者】
【氏名】船木 真一
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/039875(WO,A1)
【文献】特開2014-019910(JP,A)
【文献】特開2014-208878(JP,A)
【文献】国際公開第2020/196791(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/137726(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/06
C22F 1/08
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
板厚方向の厚さ中心部において、0.4質量%以上5.0質量%以下のNiと、0.05質量%以上1.2質量%以下のSiを含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなる銅合金板であって、板表面における表面Ni濃度が前記厚さ中心部におけるNi濃度の70%以下であり、前記板表面からNi濃度が前記厚さ中心部におけるNi濃度の90%となるまでの深さの表層部において、前記板表面から前記厚さ中心部に向かって5質量%/μm以上100質量%/μm以下の濃度勾配で前記Ni濃度が増加していることを特徴とするCu-Ni-Si系銅合金板。
【請求項2】
前記表層部の厚さは、0.8μm以下であることを特徴とする請求項1に記載のCu-Ni-Si系銅合金板。
【請求項3】
更に、0.1質量%以上1.0質量%以下のCo、0.1質量%以上1.0質量%以下のSn、0.1質量%以上3.0質量%以下のZnのいずれか1種又は2種以上含有することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のCu-Ni-Si系銅合金板。
【請求項4】
更に、0.001質量%以上0.2質量%以下のMgを含有することを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のCu-Ni-Si系銅合金板。
【請求項5】
更に、0.007質量%以上0.25質量%以下のFe、0.001質量%以上0.2質量%以下のP、0.0001質量%以上0.001質量%以下のC、0.001質量%以上0.3質量%以下のCr、0.001質量%以上0.3質量%以下のZrのいずれか1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載のCu-Ni-Si系銅合金板。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載したCu-Ni-Si系銅合金板の前記表層部の上に
、厚さが0μm~1μmのCu層、厚さが0.1μm~1.5μmのSn-Cu合金層、厚さが0.1μm~3.0μmのSn層の順で構成されためっき皮膜が形成されていることを特徴とするめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板。
【請求項7】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載したCu-Ni-Si系銅合金板の前記表層部の上に、錫、銅、亜鉛、金、銀、パラジウムおよびそれらの合金のうちから選ばれる1つ以上の層からなる
めっき皮膜が1μm以下の厚さで形成されていることを特徴とす
るめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板。
【請求項8】
前記めっき皮膜中のNiの平均濃度は前記
厚さ中心部におけるNi濃度の10%以下であることを特徴とする請求項6又は請求項7に記載のめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板。
【請求項9】
請求項1から請求項5のいずれか一項に記載のCu-Ni-Si系銅合金板を製造する方法であって、Cu-Ni―Si系銅合金板の表面に向けて前記Cu-Ni―Si系銅合金板中のNiを拡散させて、板厚方向にNiの前記濃度勾配を生じさせるとともにNiが濃化された表面部を形成するNi濃化処理と、前記Niが濃化された表面部を除去して前記表層部を形成する表面部除去処理とを有することを特徴とするCu-Ni-Si系銅合金板の製造方法。
【請求項10】
請求項6から請求項8のいずれか一項に記載のめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板を製造する方法であって、前記めっき皮膜を電流密度0.1A/dm
2以上60A/dm
2以下の電解めっき処理で形成することを特徴とするめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板の製造方法。
【請求項11】
錫を含む前記めっき皮膜を形成する前記電解めっき処理後、加熱ピーク温度が230℃
以上330℃以下、前記加熱ピーク温度での加熱時間が0.5秒以上30秒以下でリフロー処理することを特徴とする請求項10に記載のめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Ni及びSiを含有したCu-Ni-Si系銅合金板、その銅合金板にめっきを施してなるめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板及びこれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の携帯端末などの電子機器の小型、薄型化、軽量化の進展により、これらに用いられる端子やコネクタ部品も、より小型で電極間ピッチの狭いものが使用されるようになっている。自動車のエンジン周辺で使用される電子機器では、高温で厳しい条件下での信頼性が要求されている。これらに伴い、その電気的接続の信頼性を保つ必要性から、強度、導電率、ばね限界値、応力緩和特性、曲げ加工性、耐疲労性等の更なる向上が要求され、特許文献1~3に示すNi及びSiを含有したCu-Ni-Si系銅合金板が用いられている。
【0003】
特許文献1には、質量%で、Ni:0.5~3%、 Sn:0.1~0.9%、Si:0.08~0.8%、Zn:0.1~3%、Fe:0.007~0.25%、 P:0.001~0.2%、Mg:0.001~0.2%、を含有し、残りがCuと不可避不純物からなる組成を有する電気電子部品用Cu合金が開示されている。
【0004】
特許文献2には、1.0~4.0質量%のNi、0.2~0.9質量%のSi、0.3~1.5質量%のZn、0.001~0.2質量%のPを含有し、残りがCu及び不可避的不純物より構成される銅合金板を母材とし、表面から前記母材にかけて、厚み:0.2μm以下の表面Sn相、厚み:0.2~0.8μmのSn相、厚み:0.5~1.4μmのSn-Cu合金相、厚み:0~0.8μmのCu相の順で構成されためっき皮膜層を有し、前記表面Sn相のP濃度(C)と前記母材のP濃度(D)との比(C/D)が1.1~2.0であり、前記めっき皮膜層と前記母材との間の厚み:0.8~1.4μmの境界面層におけるZn濃度(A)と前記母材のZn濃度(B)との比(A/B)が0.5~0.8であって、めっき耐熱剥離性と接触電気抵抗性とが高いレベルでバランスすることを特徴とするCu-Ni-Si系銅合金Snめっき板とその製造方法が開示されている。
【0005】
特許文献3には、Ni:1.0~4.0質量%、Si:0.2~0.9質量%及びZn:0.7~2.0質量%を含有し、残部がCu及び不可避的不純物からなり、再結晶を伴う溶体化処理及び時効処理が施されたCu-Ni-Si系銅合金板材において、表面から0.2μmスパッタリングしたときの金属Zn濃度がオージェ電子分光法で0.7質量%以上であることを特徴とする、耐熱信頼性に優れるSnめっき用Cu-Ni-Si系銅合金板材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平6-145847号公報
【文献】特開2014-005481号公報
【文献】特開2010-111926号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のCu-Ni-Si系銅合金板は、強度、曲げ加工性、導電率、耐応力緩和特性などで優れたものが多く発明されているが、自動車の電動化に伴い、センサー類が自動車のエンジン周辺、またはエンジンに直接設置して使用されるようになってきた。自動車のエンジン周辺で使用される端子やコネクタは、これまでより高温の環境で使用されることが増えているが、従来のCu-Ni-Si系銅合金板で高温環境下での接触電気抵抗性について充分に満足した特性を示すものが無かった。
【0008】
また、従来のCu-Ni-Si系銅合金にSnめっきを施して加熱溶融処理(リフロー処理)してなるリフローSnめっき板は、耐熱剥離性、接触電気抵抗性、耐食性、プレス加工性などの何れかの特性に優れたものは多いが、最近要求されている過酷な高温環境での使用条件下において、めっき耐熱剥離性、接触電気抵抗性とはんだ濡れ性が高いレベルでバランスが取れたリフロー処理後のSnめっき板は皆無であった。
【0009】
本発明では、このような事情に鑑みてなされたものであり、NiとSiを含有するCu-Ni-Si系銅合金板において、高温環境下での電気的接続信頼性を高め、Sn等のめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板とした場合でも、高温環境下での電気的接続信頼性、はんだ濡れ性及びめっき皮膜の密着性を高めることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
これらの事情に鑑み、本発明者らは鋭意研究の結果、高温環境下での接触電気抵抗(以下「接触抵抗」ともいう)の上昇は母材表面に存在するNiが酸化することが原因であり、特に、母材にSnめっきを施した後に加熱溶融処理を行った場合、加熱によりNiが拡散してめっき皮膜表面に到達することにより、高温環境下での接触抵抗の上昇及びはんだ濡れ性低下が著しくなることを見出した。この場合、銅合金の母材がSnと合金化することにより、Sn-Cu合金層やSn層にNiが取り込まれ、よりいっそうNiがめっき皮膜表面へ拡散しやすくなる。
【0011】
また、Niは活性元素であるため、めっきする前の銅合金板表面のNiは即座に酸化Niとなる。表面にNiが多い銅合金板にめっきした場合、母材表面にある酸化Niとめっき皮膜中の金属とは金属結合を形成できないため、めっき皮膜の密着性が劣り、高温環境下での剥離が生じ易くなる。
【0012】
このような知見の下、本発明は、銅合金板の表層部のNi濃度を適切に制御することにより、銅合金板の表面の酸化を抑制して高温環境下での接触電気抵抗の上昇を抑制するとともに、めっき皮膜を形成した場合でもめっき皮膜中のNi濃度を低減させ、高温環境下での接触抵抗の上昇を抑制し、はんだ濡れ性の向上及び密着性の向上を図ったものである。
【0013】
本発明のCu-Ni-Si系銅合金板は、板厚方向の厚さ中心部において、0.4質量%以上5.0質量%以下のNiと、0.05質量%以上1.2質量%以下のSiとを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金板であって、板表面における表面Ni濃度が前記厚さ中心部(以下「バルク」ともいう)におけるNi濃度(以下「バルクNi濃度」という)の70%以下であり、前記板表面からNi濃度が前記バルクNi濃度の90%となるまでの深さの表層部において、前記板表面から前記厚さ中心部に向かって5質量%/μm以上100質量%/μm以下の濃度勾配で前記Ni濃度が増加している。
【0014】
換言すると、本発明のCu-Ni-Si系銅合金板は、板厚方向に板表面からNi濃度の勾配を有する表層部とNi濃度が略均一な厚さ中心部を含む板内部とを有し、前記厚さ中心部における成分が、Ni:0.4質量%以上5.0質量%以下、Si:0.05質量%以上1.2質量%以下、残部:Cuおよび不可避不純物からなる銅合金板であって、前記板表面における表面Ni濃度が前記厚さ中心部におけるバルクNi濃度の0%以上70%以下であり、前記表層部におけるNi濃度が前記板表面から前記厚さ中心部に向かって5質量%/μm以上100質量%/μm以下の濃度勾配で増加し、前記表層部の最深部において最も高く前記バルクNi濃度の90%である。
【0015】
この銅合金板は、表面Ni濃度がバルクNi濃度の70%以下であるので板表面に酸化Niが生じにくく、電気的接続信頼性に優れるため、めっき処理などを行わずこのまま接点として利用できる。
また、後にめっき皮膜を形成して加熱処理した場合でも、めっき皮膜中にNiが拡散することを抑制できる。したがって、高温環境下での接触抵抗の上昇が抑制され、はんだ濡れ性に優れるとともに、めっき皮膜の剥離を防止することができる。
【0016】
板表面の酸化防止及びめっき皮膜へのNi拡散抑制の点からは、表面Ni濃度は、バルクNi濃度の70%以下が好ましい。また、Ni濃度勾配が急激に変化している表層部が薄く、換言するとNi濃度勾配を有する表層部の厚さが適切であることにより、Ni拡散も抑制されつつ、銅合金の優れた機械的特性は維持される。
【0017】
表層部において、板表面からのNiの濃度勾配が5質量%/μm未満であると、めっき皮膜へのNi拡散を抑制する特性は飽和する一方で、Ni濃度の低い表層部が厚く、相当の深さとなるまで所望のNi濃度にならず、Ni含有銅合金板としての特性が損なわれる。一方、Niの濃度勾配が100質量%/μmを超えていると、厚さ中心部に比較してNi濃度の低い表層部が薄くなり過ぎて、Niの拡散を抑制する効果が乏しくなる。
【0018】
本発明に係るCu-Ni-Si系銅合金板の一つの実施態様は、前記表層部の厚さは、0.8μm以下である。表層部の厚さが0.8μmを超えていると、板厚の全体の中でNi含有量の少ない範囲が占める割合が多くなり、Ni含有銅合金としての機械的特性を損なうおそれがある。この特性劣化は板厚が薄い場合に特に顕著になる。
【0019】
本発明のめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板は、前記銅合金板の前記表層部の上に形成されためっき皮膜を備える。
【0020】
このめっき皮膜付銅合金板は、銅合金板の表面Ni濃度が低いことから、酸化Niが少ないのでめっき皮膜の密着性に優れており、また、めっき皮膜中に拡散するNiも低減することができ、高温環境下での接触電気抵抗の上昇が抑制されると共に、はんだ濡れ性及びめっきの耐熱剥離性に優れている。
【0021】
本発明に係るめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板の一つの実施態様は、前記めっき皮膜中のNiの平均濃度が前記バルクNi濃度の10%以下である。
【0022】
このめっき皮膜付銅合金板において、めっき皮膜中のNiの平均濃度がバルクNi濃度の10%を超えると、Niの表面拡散による接触抵抗に及ぼす影響が大きくなる。
【0023】
本発明に係るめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板の他の一つの実施態様は、前記めっき皮膜が、錫、銅、亜鉛、金、銀、パラジウムおよびそれらの合金のうちから選ばれる1つ以上の層からなる。めっき皮膜をこれらの金属又は合金とすることにより、めっき皮膜付銅合金板は電気的接続信頼性に優れ、コネクタ端子として好適に使用できる。
【0024】
本発明のCu-Ni-Si系銅合金板の製造方法は、Ni含有銅合金板の表面に向けてNi含有銅合金板中のNiを拡散させて、板厚方向にNiの濃度勾配を生じさせるとともにNiが濃化されたNi濃化部を形成するNi濃化処理と、Niが濃化した前記Ni濃化部を除去して前記表層部を形成する表面部除去処理とを有する。
【0025】
この製造方法により、Ni濃化部を除去して形成される表層部は厚さ中心部よりもNi濃度が低いので、板表面における酸化膜の発生も少なく、高温環境下での接触電気抵抗の上昇を抑制する。
【0026】
本発明のめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板の製造方法は、前記めっき皮膜を電流密度0.1A/dm2以上60A/dm2以下の電解めっき処理で形成する。電解めっき処理時の電流密度が0.1A/dm2未満であると、成膜速度が遅く経済的でない。電流密度が60A/dm2を超えていると、拡散限界電流密度を超え、欠陥の無い皮膜を形成できない。
【0027】
たとえば電解めっき処理を行い錫めっき皮膜を形成した場合、ウイスカの発生を抑えるために電解めっき処理後にリフロー処理を実施してもよい。すなわち、本発明に係るめっき皮膜付銅合金板の製造方法の一つの実施態様は、錫を含む前記めっき皮膜を形成する前記電解めっき処理後、加熱ピーク温度が230℃以上330℃以下、望ましくは300℃以下、前記加熱ピーク温度での加熱時間が0.5秒以上30秒以下、望ましくは1秒以上20秒以下でリフロー処理する。
【0028】
リフロー処理時のピーク加熱温度が230℃未満若しくは加熱時間が0.5秒未満では、錫が再溶融されずウイスカの発生を抑える効果が得られない。加熱温度が330℃を超える若しくは加熱時間が30秒を超えていると、過剰加熱によりNiのめっき皮膜表面への拡散が進行し、高温環境下での接触抵抗が上昇し、はんだ濡れ性が低下する。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、Cu-Ni-Si系銅合金板の板表面の酸化を抑制するとともに、電気的接続信頼性を向上させ、まためっき皮膜を形成した場合でもめっき皮膜中のNi濃度を低減させ、高温環境下での接触抵抗の上昇を抑制し、めっき皮膜表面のはんだ濡れ性の向上及びめっき皮膜とCu-Ni-Si系銅合金板の密着性の向上を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】本発明のめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板の一実施形態を模式的に示した断面図である。
【
図2】XPSで測定したCu-Ni-Si系銅合金板の深さ方向のNi成分分析図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明の実施形態について説明する。この実施形態のめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板1は、Ni及びSiを含有するCu-Ni-Si系銅合金板(以下、単に銅合金板と称す)10の板表面10a上に、Cu層21、Sn-Cu合金層22及びSn層23が順に積層されてなるめっき皮膜20が形成されている(
図1参照)。
【0032】
[銅合金板]
銅合金板10は、板厚方向の厚さ中心部において、0.4質量%以上5.0質量%以下のNiと、0.05質量%以上1.2質量%以下のSiとを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる。
【0033】
(Ni、Si)
NiおよびSiは、適切な熱処理を行うことにより、Ni2Siを主とする金属間化合物の微細な粒子を形成する。その結果、合金の強度が著しく増加し、同時に電気伝導性も上昇する。
Niは0.4質量%以上5.0質量%の範囲で添加する。Niが0.4質量%未満であると、充分な強度が得られない。Niが5.0質量%を超えると、熱間圧延で割れが発生する。好ましくは、Niが0.8質量%以上4.0質量%以下、さらに好ましくは、Niが1.0質量%以上3.0質量%以下であることが望ましい。
Siは0.05質量%以上1.2質量%以下の範囲で添加する。Siが0.05質量%未満であると強度が低下する。Siが1.2質量%を超えると、強度に寄与しないばかりでなく、過剰なSiによって導電性が低下する。好ましくは、Siが0.1質量%以上1.0質量%以下、さらに好ましくは、Siが0.2質量%以上0.9質量%以下であることが望ましい。
【0034】
銅合金板10におけるNiの含有量について、Ni濃度が安定している厚さ中心部のNi濃度(バルクNi濃度)は前述した0.4質量%以上5.0質量%以下(好ましくは1.0質量%以上3.0質量%以下)であるが、板表面10aのNi濃度(以下、「表面Ni濃度」)がバルクNi濃度の70%以下(0%以上)とされる。
【0035】
銅合金板10は、表面Ni濃度がバルクNi濃度の70%以下であるので、板表面10aに酸化Niが生じにくく、また、後にめっきを施して加熱処理した場合でもめっき皮膜20中にNiが拡散することを抑制できる。したがって、はんだ濡れ性に優れるとともに、めっき皮膜20の剥離を防止することができる。
【0036】
板表面10aの酸化防止及びめっき皮膜20へのNi拡散抑制の点からは、板表面10aがNiを含有していなければよい(表面Ni濃度がバルクNi濃度の0%)が、表面Ni濃度がバルクNi濃度の70%以下であれば、Ni含有銅合金としての特性が板表面10aでもある程度付与されるので好ましい。より好ましい表面Ni濃度は、バルクNi濃度に対して50%以下、より好ましくは30%以下、さらに好ましくは15%以下である。
【0037】
銅合金板10におけるNiの含有量は、板表面10aから板厚の中心に向かって5質量%/μm以上100質量%/μm以下の濃度勾配が生じている。この濃度勾配によりNi濃度がバルクNi濃度の90%となるまでの板表面10aからの範囲を表層部11とする。
【0038】
銅合金板10の板厚方向におけるNiの濃度勾配は、5質量%/μm未満であると相当の深さとなるまで所望のNi濃度にならずNi含有銅合金板としての特性が損なわれる。一方、100質量%/μmを超えているとNiの拡散を抑制する効果が乏しくなる。Niの濃度勾配の範囲は好ましくは5質量%/μm以上100質量%/μm以下、より好ましくは10質量%/μm以上50質量%/μm、更に好ましくは15質量%/μm以上40質量%/μm以下である。
【0039】
表層部11は、厚さが好ましくは0.8μm以下であり、より好ましくは0.5μm以下、さらに好ましくは0.2μm以下である。厚さの下限については特に制限はないが、本発明の作用効果の観点からは0.01μm以上とすることが好ましい。銅合金板10において、表層部11に対して、表層部11より内側の部分を板内部12とする。
【0040】
図2は、銅合金板10のNi成分を深さ方向に分析した結果を示すグラフである。銅合金板10を板厚方向に薄膜化して得た試料を、X線光分子分光測定装置(XPS)にて分析した。
図2において、横軸が板表面10aからの深さ(距離)、縦軸がXPSのスペクトル強度すなわちNi濃度を示している。Ni濃度が安定している厚さ中心部でのNi濃度の最大値と最小値の算術平均を中心部におけるバルクNi濃度とする。板表面10aから厚さ中心部に向かって変化するNi濃度が前記バルクNi濃度の90%に最初に達した位置までの深さを表層部11の厚さとする。
【0041】
(Co、Sn、Zn)
(1)更に、本発明のCu-Ni-Si系銅合金板は、0.1質量%以上1.0質量%以下のCo、0.1質量%以上1.0質量%以下のSn、0.1質量%以上3.0質量%以下のZnのいずれかを1種又は2種以上含有させることができる。
Coは、熱処理によって形成されるNi2Si金属間化合物において、Niに置き換わって金属間化合物を形成することができ、合金の強度と導電率を向上させることができる。Coが1.0質量%を超えると、析出物が粗大化して曲げ加工性を劣化させる。Coが0.1質量%未満では、強度の向上が見られない。好ましくは、Coが0.2質量%以上0.8質量%以下である。
Sn及びZnには、強度及び耐熱性を改善する作用があり、更にSnには耐応力緩和特性の改善作用が、Znにははんだ接合の耐熱性を改善する作用がある。Snは0.1質量%以上1.0質量%以下、好ましくは、0.2質量%以上0.8質量%以下、Znは0.1質量%以上3.0質量%以下、好ましくは、0.2質量%以上0.8質量%以下、の範囲で添加する。この範囲を下回ると所望の効果が得られず、上回ると導電性が低下する。
【0042】
(Mg)
(2)更に、本発明のCu-Ni-Si系銅合金板は、0.001質量%以上0.2質量%以下のMgを含有させることができる。
Mgには応力緩和特性及び熱間加工性を改善する効果があるが、0.001質量%未満では効果がなく、0.2質量%を超えると鋳造性(鋳肌品質の低下)、熱間加工性、めっき耐熱剥離性が低下する。好ましくは、Mgが0.01質量%以上0.15質量%以下である。
【0043】
(Fe、P、C、Cr、Zr)
(3)更に、本発明のCu-Ni-Si系銅合金板は、(1)から(2)のいずれかの成分に加え、0.007質量%以上0.25質量%以下のFe、0.001質量%以上0.2質量%以下のP、0.0001質量%以上0.001質量%以下のC、0.001質量%以上0.3質量%以下のCr、0.001質量%以上0.3質量%以下のZrのいずれかを1種又は2種以上を含有させることができる。
Feには、熱間圧延性を向上させ(表面割れや耳割れの発生を抑制する)、NiとSiの析出化合物を微細化し、めっき皮膜の高温環境下での密着性を向上させる効果があるが、その含有量が0.007質量%未満では、所望の効果が得られず、一方、その含有量が0.25質量%を超えると、熱間圧延性の向上効果が飽和し、導電性にも悪影響を及ぼすようになることから、その含有量を0.007質量%以上0.25質量%以下と定めた。好ましくは、Feが0.01質量%以上0.2質量%以下である。
Pには、曲げ加工によって起こるばね性の低下を抑制する効果があるが、その含有量が0.001質量%未満では所望の効果が得られず、一方、その含有量が0.2質量%を超えると、はんだ耐熱剥離性を損なうようになることから、その含有量を0.001質量%以上0.2質量%以下と定めた。好ましくは、Pが0.005質量%以上0.1質量%以下である。
Cには、プレス打ち抜き加工性を向上させ、更にNiとSiの金属間化合物を微細化させることにより合金の強度を向上させる効果があるが、その含有量が0.0001質量%未満では所望の効果が得られず、一方、0.001質量%を超えると、熱間加工性に悪影響を与えるので好ましくなく、その含有量は0.0001質量%以上0.001質量%以下と定めた。好ましくは、Cが0.0001質量%以上0.0008質量%以下である。
Cr及びZrには、Cとの親和力が強くCu合金中にCを含有させ易くするほか、Ni及びSiの金属間化合物を一層微細化して合金の強度を向上させ、それ自身の析出によって強度を一層向上させる効果を有するが、含有率が0.001質量%未満では、合金の強度向上効果が得られず、0.3質量%を超えると、Cr及び/又はZrの大きな析出物が生成し、めっき密着性が悪くなり、プレス打ち抜き加工性も悪くなり、更に熱間加工性が損なわれるので好ましくなく、これらの含有量はそれぞれ0.001質量%以上0.3質量%以下に定めた。好ましくは、Cr及びZrがそれぞれ0.01質量%以上0.2質量%以下である。
【0044】
[めっき皮膜]
めっき皮膜20は、銅合金板10の板表面10a上に、厚さが0μm~1μmのCu層21、厚さが0.1μm~1.5μmのSn-Cu合金層22、厚さが0.1μm~3.0μmのSn層23の順で構成されている。
【0045】
Cu層21の厚さが1μmを超えると、高温環境下で、めっき皮膜20の内部に発生する熱応力が高くなり、めっき皮膜20の剥離が生じるおそれがある。Cu層21は存在しない場合もある。
【0046】
Sn-Cu合金層22は、硬質であり、厚さが0.1μm未満ではコネクタとしての使用時の挿入力の低減効果が薄れて強度が低下するおそれがあり、厚さが1.5μmを超えると高温環境下でめっき皮膜20に発生する熱応力が高くなり、めっき皮膜20の剥離が生じるおそれがある。
【0047】
Sn層23の厚さが0.1μm未満では、はんだ濡れ性が低下するおそれがあり、厚さが3.0μmを超えると高温環境下でめっき皮膜20の内部に発生する熱応力が高くなるおそれがある。
【0048】
以上の層構成からなるめっき皮膜20中のNi濃度は、銅合金板10のバルクNi濃度の10%以下(0%以上)である。
【0049】
めっき皮膜20中のNiの平均濃度は、銅合金板10のバルクNi濃度の10%を超えるとめっき皮膜中のNiがめっき皮膜表面20aに拡散してはんだ濡れ性を低減させるおそれがある。めっき皮膜20中のNiの平均濃度は銅合金板10の中心部におけるNi濃度の5%以下がより好ましく、3%以下がさらに好ましい。
【0050】
[製造方法]
以上のように構成されるめっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板1を製造する方法について説明する。
【0051】
めっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板1は、0.4~5.0質量%のNiと0.05~1.2質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物である成分組成を有する銅合金母板を製造し(銅合金母板製造工程)、この銅合金母板に表面処理を施して銅合金板を製造した(表面処理工程)後、めっき処理し(めっき処理工程)、リフロー処理する(リフロー処理工程)ことにより、製造される。
【0052】
(銅合金母板製造工程)
銅合金母板は、上記範囲の成分組成に調合した材料を溶解鋳造して銅合金鋳塊を作製し、この銅合金鋳塊を熱間圧延、冷間圧延、溶体化処理、時効焼鈍、仕上げ冷間圧延をこの順序で含む工程を経て製造される。本実施形態では、銅合金母板の板厚を0.2mmとする。
【0053】
(表面処理工程)
得られた銅合金母板に表面処理を施す。この表面処理は、銅合金母板中のNiを銅合金母板の表面に向けて拡散させて、板厚方向にNiの濃度勾配を生じさせるとともに銅合金母板の表面部におけるNiを濃化してNi濃化部を形成するNi濃化処理と、Ni濃化部を除去する表面部除去処理とを有する。
【0054】
Ni濃化処理としては、銅合金母板を酸素やオゾン等の酸化性雰囲気下で所定温度に所定時間加熱する。この場合、加熱温度は100℃以上、加熱時間は再結晶が生じない時間内で加熱処理を実施すればよく、設備制約や経済性等を勘案した任意の温度で実施すればよい。例えば、350℃で1分、300℃で2時間、あるいは250℃で5時間など、低温であれば長時間、高温であれば短時間であればよい。
【0055】
酸化性雰囲気の酸化性物質濃度は、たとえばオゾンであれば5~4000ppmであればよく、望ましくは10~2000ppm、さらに望ましくは20~1000ppmであればよい。オゾンを使用せず酸素を使用する場合は、オゾンのみを使用した場合に対し2倍以上の雰囲気濃度が望ましい。オゾン等の酸化性物質と酸素を混合して使用してもよい。なお、Ni濃化処理の前に、機械研磨などによるひずみや空孔の導入など、Niの拡散を促進させるための処理を実施してもよい。
【0056】
表面部除去処理としては、Ni濃化処理を施した銅合金母板に対して、化学研磨、電解研磨、機械研磨などを単独もしくは複数組み合わせて行うことができる。
【0057】
化学研磨は選択的エッチングなどが使用できる。選択的エッチングは、たとえばノニオン性界面活性剤、カルボニル基またはカルボキシル基を有する複素環式化合物、イミダゾール化合物、トリアゾール化合物、テトラゾール化合物などの銅腐食を抑制できる成分を含んだ酸性もしくはアルカリ性の液を用いたエッチングなどが使用できる。
【0058】
電解研磨は、たとえば、酸やアルカリ性の液を電解液として使用し、銅の結晶粒界に偏析しやすい成分に対しての電解による、結晶粒界の優先的なエッチングなどが使用できる。
【0059】
機械研磨は、ブラスト処理、ラッピング処理、ポリッシング処理、バフ研磨、グラインダー研磨、サンドペーパー研磨などの一般的に使用される種々の方法が使用できる。
【0060】
このようにして、銅合金母板にNi濃化処理及び表面部除去処理がなされることにより、銅合金板10が形成される。すなわち銅合金板10においては、前述したように、表層部11のNi濃度が厚さ中心部におけるNi濃度に比べて低く、また、板表面10aから板厚方向の中心に向かって所定の濃度勾配でNi濃度が増加した状態となっている。なお、銅合金板10におけるバルクNi濃度は、銅合金母板の厚さ中心部におけるNi濃度(バルクNi濃度)とほぼ同等である。
【0061】
(めっき処理工程)
次に、この銅合金板10の板表面10aにめっき皮膜20を形成するためにめっき処理を行う。銅合金板10の板表面10aに脱脂、酸洗等の処理をすることによって、汚れおよび自然酸化膜を除去した後、その上に、Cuめっき処理を施してCuめっき層を形成し、次に、Cuめっき層の表面にSnめっき処理を施してSnめっき層を形成する。
【0062】
上記Cuめっき層及びSnめっき層は、それぞれ純銅及び純錫のめっき層とすることが望ましいが、本発明の作用効果を損なわない範囲であれば、それぞれ他の元素を含んだCu合金めっき層及びSn合金めっき層としても良い。
【0063】
各めっき層は、電流密度0.1A/dm2以上60A/dm2以下の電解めっきで形成する。電解めっき時の電流密度が0.1A/dm2未満であると成膜速度が遅く経済的でない。電流密度が60A/dm2を超えていると拡散限界電流密度を超え、欠陥の無い皮膜を形成できない。
【0064】
Cu又はCu合金めっき条件の一例を表1に、Sn又はSn合金めっき条件の一例を表2に示す。
【0065】
【0066】
【0067】
(リフロー処理工程)
次に、これらのめっき層を形成した銅合金板10に対し、加熱ピーク温度230℃以上330℃以下で、その加熱ピーク温度に0.5秒以上30秒以下保持した後、60℃以下の温度となるまで冷却するリフロー処理を施す。
【0068】
リフロー処理を施すことにより、銅合金板10の板表面10a上に、厚さが0μm~1μmのCu層21、厚さが0.1μm~1.5μmのSn-Cu合金層22、厚さが0.1μm~3.0μmのSn層23の順で構成されためっき皮膜20が形成される。なお、このリフロー処理において、Cuめっき層のCuの全部がSnめっき層のSnと合金化してCu層21は形成されない場合もある。
【0069】
このリフロー処理により、銅合金板10の板表面10aの一部のCuがめっき皮膜20へ拡散してめっき皮膜20を構成するSnと合金化してSn-Cu合金層22を形成するだけでなく、板表面10aのNiもめっき皮膜20へ拡散してSn-Cu合金層22やSn層23に取り込まれる可能性もある。しかしながら、銅合金板10の板表面10aのNi濃度を低く形成しておいたので、めっき皮膜20中に取り込まれるNiも微小で済み、Niのめっき皮膜表面20aへの拡散を効果的に抑制することができる。
【0070】
また、銅合金板10の板表面10aはNiが極めて少ないため、表面酸化物も少なく、わずかに酸化物が存在していたとしてもめっき処理前の通常の洗浄等により容易に除去できる。したがって、このめっき皮膜付銅合金板1は、めっき皮膜20と銅合金板10との密着性も優れている。そして、めっき皮膜表面20aに酸化Niが生じにくいので、めっき皮膜付銅合金板1は、はんだ濡れ性にも優れる。
【0071】
なお、上記実施形態では、銅合金板10に、Cu層21、Sn-Cu合金層22、Sn層23の順で構成されためっき皮膜20を形成したが、めっき皮膜は、これに限ることはなく、錫、銅、亜鉛、金、銀、パラジウムおよびそれらの合金のうちから選ばれる1つ以上の層から構成されるものであればよい。
【実施例】
【0072】
[実施例1]
表3に示す成分となる銅合金の鋳塊を用意し、常法により熱間圧延、中間圧延、溶体化処理、時効焼鈍、冷間圧延等を経て、銅合金母板を作製した。
【0073】
次に、各銅合金母板に対して、酸化性雰囲気下で加熱温度300~600℃、加熱時間1分~5時間の範囲内で種々条件を変えて加熱することによりNi濃化処理を施した後、表面部除去処理を行うことにより、表層部に種々のNi濃度勾配を有する各銅合金板を作製した。
【0074】
各銅合金板に対して表面部除去処理として、以下の研磨処理のいずれかを行った。
物理研磨:バフ研磨
化学研磨:硫酸と過酸化水素混合水溶液にポリオキシエチレンドデシルエーテルを添加した研磨液に浸漬
電解研磨:リン酸水溶液に対極としてSUS304を使用して通電
【0075】
なお、比較例として、Ni濃化処理及び表面部除去処理を施さなかった銅合金母板の試料も作製した。
【0076】
そして、銅合金母板および各銅合金板の板表面及び板厚方向の各部における各Ni濃度を測定した。各銅合金板の板厚方向のNi濃度変化については、X線光電子分光法(XPS)における深さ方向の濃度プロファイルより測定した。XPSの測定条件は下記の通りである。
【0077】
(測定条件)
前処理:アセトン溶剤中に浸漬し、超音波洗浄機を用いて38kHz 5分間 前処理を行う。
装置:ULVAC PHI X線光電子分光分析装置
PHI5000 VersaProbe
スパッタリングレート:100Å/min
スパッタリング時間:100分
【0078】
上記のXPSにおける深さはSiO2換算深さであるため、別途断面方向からのTEM-EDX(エネルギー分散型X線分光法 Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)により測定したデータと比較することで、XPS深さ方向濃度プロファイルにおけるSiO2換算深さを実深さに換算した。
【0079】
各銅合金母板のバルクNi濃度は、Ni濃度の安定している厚さ中心部をサンプルとして採取し、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)にて最大値と最小値を測定し、その算術平均として得た。なおここでは、各銅合金板のバルクNi濃度は各銅合金母板のバルクNi濃度と同じとみなす。
【0080】
次に、めっき皮膜付銅合金板の作製手順を説明する。まず上記の手順で作製された各銅合金板に脱脂、酸洗等の処理を行い、汚れおよび自然酸化膜を除去した後、表1に示すCuめっき条件でCuめっき層を形成した。次に、このCuめっきを施した試料、及びCuめっきを施していない銅合金母板に、表2に示すSnめっき条件でSnめっき層をそれぞれ形成し、これらのめっき層(Cuめっき層/Snめっき層の二層のめっき層、又はSnめっき層)が形成された銅合金板をリフロー処理して、めっき皮膜付銅合金板を作製した。
【0081】
リフロー処理は、めっき層を230℃以上330℃以下の範囲内の温度に加熱後、60℃以下の温度となるまで冷却した。
【0082】
そして、各めっき皮膜付銅合金板から試料を切り出し、めっき皮膜中のNi濃度を測定した。めっき皮膜に対するNi濃度の測定は、上記の銅合金板の場合と同様、XPSによるめっき皮膜表面からの深さ方向の濃度プロファイルから求めた。
【0083】
また、銅合金板の裸材(めっき皮膜を有しない銅合金板)の各試料については表面の接触電気抵抗を測定し、めっき皮膜付銅合金板の各試料については表面の接触電気抵抗、めっき皮膜の密着性及びめっき皮膜表面のはんだ濡れ性を測定した。
【0084】
接触電気抵抗測定は180℃、24時間加熱した試料に対し、JIS-C-5402に準拠し、4端子接触抵抗試験機(山崎精機研究所製:CRS-113-AU)により、摺動式(距離:1mm)で0から50gまでの荷重変化-接触電気抵抗を測定し、荷重を50gとしたときの接触電気抵抗値で評価した。接触電気抵抗値が5mΩ未満であったものをA、5mΩ以上10mΩ未満であったものをB、10mΩ以上であったものをCとした。
【0085】
はんだ濡れ性は、JIS-C60068-2-69のはんだ付け試験方法(平衡法)に準じ、株式会社レスカ社5200TNソルダーチェッカーを用い、下記のフラックス塗布、はんだ付け条件にて、各試料と鉛フリーはんだとの濡れ性を評価した。
【0086】
(フラックス塗布)
フラックス:25%ロジン-エタノール
フラックス温度:室温(25℃)
フラックス深さ:8mm
フラックス浸漬時間:5秒
たれ切り方法:ろ紙にエッジを5秒当ててフラックスを除去し、装置に固定して30秒保持
【0087】
(はんだ付け)
はんだ組成:千住金属工業株式会社製Sn-3.0%Ag-0.5%Cu
はんだ温度:240℃
はんだ浸漬速さ:10±2.5mm/秒
はんだ浸漬深さ:2mm
はんだ浸漬時間:10秒
【0088】
得られた荷重/時間曲線より、浸漬開始から表面張力による浮力がゼロ(即ちはんだと試料の接触角が90°)になるまでの時間をゼロクロス時間(秒)とした。はんだ濡れ性は、ゼロクロス時間が2秒未満であったものをA(良)、2秒以上4秒未満であったものをB(可)、4秒以上であったものをC(不可)とした。
【0089】
めっき皮膜の密着性は、180℃、24時間加熱した試料に対し、クロスカット試験にて評価した。カッターナイフで試料に切込みを入れ、1mm四方の碁盤目を100個作製したのち、セロハンテープ(ニチバン株式会社製#405)を指圧にて碁盤目に押し付け、当該セロハンテープを引き剥がした後にめっき皮膜の剥がれが発生しなかった場合はA、剥離した碁盤目が3個以下の場合をB、碁盤目が4個以上剥離した場合はCとした。
【0090】
表4~5に各裸材(銅合金板)の試料における評価結果を、表6~7に各めっき皮膜付銅合金板の試料における評価結果を示す。
【0091】
いずれの表においても、バルクNi濃度は厚さ中心部におけるNi濃度(質量%)、表面Ni濃度は表面部除去処理を行った段階での銅合金板の板表面のNi濃度で単位は質量%、対バルク濃度比は表面Ni濃度のバルクNi濃度に対する比率で単位は%、表層部厚さは銅合金板の板表面からNi濃度がバルクNi濃度の90%に初めて達するまでの厚さで単位はμm、濃度勾配は表層部におけるNi濃度の勾配で単位は質量%/μmである。
【0092】
表層部厚さ及び濃度勾配は、XPSによるNi成分の深さ方向濃度プロファイルから算出される。
図2はそのプロファイルの一例であり、表4の実施例1のバルクNi濃度が2.0質量%、濃度勾配が19質量%/μmのサンプルに関するものである。濃度勾配は、プロファイルにおいて表面Ni濃度の点とバルクNi濃度の90%に初めて達する点とを結んだ直線の勾配を意味する。
【0093】
すなわち、深さ方向濃度プロファイルにおいて、板表面からバルクNi濃度の90%に初めて達する点までのNi濃度変化が、局所的な変動はあっても概ね一定勾配の直線とみなせる場合、そのプロファイルの勾配を濃度勾配とする。
【0094】
なお、表6~7においてCuめっき層の厚さの単位はμmであり、Cuめっき層の厚さが「0」とあるのは、Cuめっき処理は施さないで、Snめっき処理のみ行った例である。Snめっき層の厚さは、表6~7に示す全ての試料において1.0μmとした。
【0095】
【0096】
【0097】
【0098】
【0099】
【0100】
表4~5に示す銅合金板の裸材について、表4の実施例では表面Ni濃度(対バルク濃度比)が比較的高いもの(実施例5、7、10、14)は接触抵抗がBとなり、他の実施例(接触抵抗A)より接触抵抗が大きい結果となった。また、表5の比較例では、対バルク濃度比が70%を超えている比較例1~5はいずれも接触抵抗Cという結果であった。なお比較例6は、対バルク濃度比は70%より小さかったが、Ni濃度勾配が100質量%/μmを超えていたため、加熱後の接続電気抵抗が大きくなり、Cになったものと考えられる。
【0101】
また、表6~7に示すめっき皮膜付銅合金板について、表6の実施例ではNi濃度勾配の大きいもの(実施例6、11、13)、および表面Ni濃度の対バルク濃度比の大きいもの(実施例5、7、10、14)において、いずれかの評価結果がBとなった。特にめっき層の形成時にCuめっきをせず(0μm)Snめっきのみを行うようにした試料において、この傾向は顕著であった。表7の比較例については、Ni濃化処理及び表面部除去処理を施していない(「濃度勾配」が「∞(未処理)」の)比較例1及び5、ならびにバルクNi濃度が高く且つ対バルク濃度比も70%を大きく超えている比較例3及び4は、接触抵抗、めっき密着性、はんだ濡れ性のいずれも悪かった。比較例2と6については、Cuめっき1.0μmのもので接触抵抗とはんだ濡れ性が他に比べ良い結果であったが、比較例2は対バルク濃度比が、比較例6はNi濃度勾配が、それぞれ本発明の範囲を超えるものであったため、めっき皮膜を形成しても密着性が悪かった。
【0102】
[実施例2]
バルクNi濃度2.0質量%、Si濃度0.4質量%の銅合金母板から実施例1と同様の方法で種々のNi濃度勾配を有する各銅合金板を作製したのち、実施例1と同様の方法で各銅合金板に対してめっき処理して各めっき皮膜付銅合金板を作製し、各めっき皮膜付銅合金板におけるSnめっき層中のNi濃度を実施例1と同様の条件でXPSにて測定した。そして、各めっき皮膜付銅合金板のSnめっき層中のNi濃度のバルクNi濃度に対する比率(対バルク濃度比)およびはんだ濡れ性を確認した。この結果を表8に示す。
【0103】
【0104】
表8に示すように、Ni濃度勾配が100質量%/μmを超えた試料(比較例7)では、Snめっき層中のNi濃度が対バルク濃度比で10%を超えるとともに、はんだ濡れ性が悪化した。
【0105】
[実施例3]
実施例1と同様の方法で、バルクNi濃度2.0質量%、Si濃度0.4質量%の銅合金母板から実施例1と同様の方法で、Ni濃度勾配25質量%/μmの試料を作製した。作製の際には、前記表面部除去処理における表面部除去量を変量させることで、濃度勾配は同じであるが、表面Ni濃度の異なる銅合金板とした。作製した銅合金板に実施例1と同様の方法でめっき処理を行ってめっき皮膜付銅合金板を作製し、めっき皮膜付銅合金板のめっき密着性およびはんだ濡れ性を測定した。結果を表9に示す。表9における「対バルク濃度比」は、実施例1と同様、銅合金板における表面Ni濃度のバルクNi濃度に対する比率である。
【0106】
【0107】
表9に示すように、対バルク濃度比が70%を超えた試料(比較例8)では、加熱後の接触電気抵抗、めっき密着性及びはんだ濡れ性が悪化した。
【0108】
[実施例4]
実施例1と同様の方法で、銅合金板のバルクNi濃度2.0質量%、Si濃度0.4質量%で表層部に各種Ni濃度勾配をもち、表面Ni濃度が0質量%に調整された銅合金板(裸材)を作製したのち、各種金属めっき層を1層のみ形成した。本実施例はめっきのみを実施し、リフローは行わなかった。めっき層の金属種はSn、Cu、Zn、Au、Ag、Pdとした。めっき電流密度はすべて3A/dm2でめっき皮膜の厚さは1μmとした。なお、各種めっき浴は一般的に使用される酸性、中性、アルカリ性浴のいずれを使用してもよい。本実施例ではSn、Cu、Zn、Pdは酸性浴を、Au、Agはアルカリ性浴を使用した。
【0109】
上記手順で作製した試料の加熱後の接触抵抗、はんだ濡れ性及びめっき皮膜の密着性を評価した。評価方法および判定方法は実施例1と同様である。その評価結果を表10,11に示す。
【0110】
【0111】
【0112】
この表10,11に示すように、はんだ濡れ性は表10に示す実施例、表11に示す比較例共に良好であったが、表11の比較例にあるようにNi濃度勾配が100質量%/μmを超える試料では加熱後にめっき皮膜の剥離が発生した。
【0113】
なお、上記各実施例では1層のめっき層(Snめっき層)のみからなるめっき皮膜も含んでいるが、多層のめっき層からなるめっき皮膜構造としてもよく、さらに、コスト低減や特性のさらなる向上等を目的として、加熱等の処理により各種金属を合金化してもよい。
【0114】
例えば、Cuめっき層と純Snめっき層の組合せにおいて、何らかの特性上の都合によりリフロー処理を実施できない場合、純錫めっき層と下地の銅(銅合金板又はCuめっき層)との間で経時的に意図せざる合金層を形成することがある。その合金層に起因するめっき内部応力等の要因によりウイスカが発生する恐れがあるので、ウイスカ抑制のためにSnめっき層をSnとCuやAgなどとの合金めっき層にすることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0115】
Cu-Ni-Si系銅合金板において、板表面の酸化を抑制するとともに電気的接続信頼性を向上させ、まためっき皮膜が設けられた場合にはめっき皮膜表面の電気的接続信頼性、めっき皮膜と銅合金板との密着性およびめっき皮膜表面のはんだ濡れ性を向上させることができる。
【符号の説明】
【0116】
1 めっき皮膜付Cu-Ni-Si系銅合金板
10 銅合金板(Cu-Ni-Si系銅合金板)
10a 板表面
11 表層部
12 板内部
20 めっき皮膜
20a めっき皮膜表面
21 Cu層
22 Sn-Cu合金層
23 Sn層