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特許7604983ワックス融解促進剤およびこれを含有するワックス組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】ワックス融解促進剤およびこれを含有するワックス組成物
(51)【国際特許分類】
   G03G 9/097 20060101AFI20241217BHJP
   C07C 69/716 20060101ALI20241217BHJP
【FI】
G03G9/097 365
C07C69/716 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2021053790
(22)【出願日】2021-03-26
(65)【公開番号】P2022150952
(43)【公開日】2022-10-07
【審査請求日】2023-11-28
(73)【特許権者】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104499
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 達人
(74)【代理人】
【識別番号】100101203
【弁理士】
【氏名又は名称】山下 昭彦
(72)【発明者】
【氏名】森重 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】吉村 健司
【審査官】川口 真隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-182348(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 69/716
G03G 9/097
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で表されるエステル化合物からなる、エステルワックス用のワックス融解促進剤。
【化1】
[式(I)において、
はCH(CHC(O)(CH10-であり、
はCH(CHCH(OH)(CH10-であり、
Aはグリセリン残基であり、
xは前記Rを有するエステル残基の数であって1以上3以下の整数を表す。]
【請求項2】
請求項1に記載のワックス融解促進剤およびエステルワックスを含有し、エステルワックスと前記ワックス融解促進剤の質量比(エステルワックス:ワックス融解促進剤)が99.99:0.01~99:1の範囲であることを特徴とする、ワックス組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワックス融解促進剤およびこれを含有するワックス組成物に関する。詳細には、ワックスに少量添加することにより、ワックスの融点を変化させることなく、ワックスの融解速度を向上させることができるワックス融解促進剤およびこれを含有するワックス組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
ワックスには一般的に、ろう状の固形エステルや、パラフィンワックスなどの材料があり、前者は動植物油脂、高級脂肪酸、高級脂肪酸と高級アルコールからなる合成エステルワックスなどであり、後者は石油から精製して得られる炭素原子数がおよそ20以上のろう状アルカン群である。ワックスは滑性、耐水性、可塑性、光沢性などを示すことから、各種素材の機能性を向上させる目的で添加剤として使用されている。例えば、離型剤としてトナーに添加されたり、粘度を制御する目的で、ホットメルト型のインクに添加されたり、その固体から液体への融解を利用して、感熱弁に用いられることがある。また、ワックスは化粧品分野においても、ゲル化剤やスクラブ剤、閉塞剤として用いられている。このように、ワックスの使用用途は多岐にわたるが、特にワックス特有の熱応答による相変化を利用して、感温性の機能を付与したりする用途に好適に用いられている。
【0003】
近年の各分野における急速な技術の発展に伴い、これらのワックスを添加した素材、さらにはワックス自体の性能向上が必要とされている。特に、ワックスの熱応答による相変化を利用する用途、例えばトナー用の離型剤として用いられる場合には、特定の温度に達した際、高速で融解可能なワックスが求められている。
【0004】
例えば、特許文献1には高速印刷時にもトナーの耐オフセット性を維持できるワックス組成物として、高融点の炭化水素系ワックスに低融点のエステルワックスを配合したものが紹介されている。
【0005】
また、特許文献2には優れた低温定着性をトナーに付与し、瞬間的に高熱がかかっても環境汚染の原因となる昇華物の発生を抑制ことができる手段として、シャープメルトなエステルワックスが提案されている。このようなワックスを用いた場合、ワックスの融解温度を精密にコントロールし、目的温度での感温特性を向上させることが可能である。
【0006】
従来は、このようなトナーに求められるニーズに対して、低融点のワックスを用いたり、シャープメルトなワックスを用いたりすることで、ワックスの融解速度を速める試みがなされてきた。
【0007】
しかしながら、低融点のワックスを用いたり、主となるワックスにそれよりも低融点なワックスを配合したりすると、ワックスが目的の温度よりも低い温度で融解してしまうことがある。また、低融点のワックスを使用する場合、炭化水素ワックスを単独で用いた場合と比較して、印刷物の耐久性が低下する恐れや、高温多湿な環境下ではトナーの保存安定性が悪くなる恐れがあるなど、トナーの他の機能を阻害してしまうことがある。
さらに、シャープメルトなワックスを用いた場合では、ワックスの融解温度を精密にコントロールし、目的温度での感温特性を向上させることが可能であるが、必ずしもワックスの融解速度を速め、高速印刷に寄与するとは言えない。
【0008】
また、特定の温度において、高速で融解するワックスが求められるのは、トナー用離型剤に限らない。
例えば、特許文献3には、サーモエレメントにパラフィンワックスを用いるサーモスタット装置が提案されており、固体から液体への融解および各相における熱膨張・収縮に伴う体積変化を利用して、ピストンロッドの弁体と合わせることにより、流体の流量を調整する感熱弁として機能することが開示されている。このような装置は自動車のエンジン冷却装置に用いられており、スポーツカー等では所定温度にエンジン温度が所定温度に達した際に超高速で冷却のオン・オフが切り替えられる技術が求められている。
さらに、ワックスは化粧品分野においてはスクラブ剤、バーム、口紅などに用いられている。例えば、特許文献4には保存安定性に優れた口紅用組成物として、セレシンワックスやマイクロクリスタリンワックスを用いた口紅用組成物が提案されている。このように、保存安定性を向上させるためにワックスを用いた場合、使用時に迅速に融解せず、使用感を損なうことが懸念される。そのため、ワックスの感温特性を向上させ、使用時には素早く融解させる技術が求められている。
【0009】
こうした背景のもと、ワックスの融点を変化させず、ワックスの融解速度を向上させることができる融解促進剤が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2014-182348号公報
【文献】特開2002-212142号公報
【文献】特開2017-101583号公報
【文献】特開平10-152413号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、ワックスに少量添加することにより、ワックスの融点を変化させず、ワックスの融解速度を向上させることができるワックス融解促進剤およびこれを含有するワックス組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、ワックスに対して下記の式(I)で表されるエステル化合物を少量添加することにより、ワックスの融点を変化させず、ワックスの融解速度を向上させることが可能なことを見出し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0013】
[1]下記式(I)で表されるエステル化合物からなる、ワックス融解促進剤。
【0014】
【化1】
【0015】
[式(I)において、
はCH(CHC(O)(CH10-であり、
はCH(CHCH(OH)(CH10-であり、
Aはグリセリン残基であり、
xは前記Rを有するエステル残基の数であって1以上3以下の整数を表す。]
【0016】
[2] 前記[1]に記載のワックス融解促進剤およびワックスを含有し、ワックスと前記ワックス融解促進剤の質量比(ワックス:ワックス融解促進剤)が99.99:0.01~99:1の範囲であることを特徴とする、ワックス組成物。
【発明の効果】
【0017】
本発明のワックス融解促進剤によれば、本ワックス融解促進剤を質量比(ワックス:ワックス融解促進剤)が99.99:0.01~99:1の範囲となるようにワックスに添加することで、ワックスの融点を維持したまま、ワックスの融解を促進することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明のワックス融解促進剤は、ワックスに添加して用いられる。例えば、本発明のワックス融解促進剤をワックスに添加し、融点以上の温度で加熱融解して均一に混合することなどによって、ワックス組成物を製造できる。
以下、本発明の実施形態を説明する。なお、本明細書において記号「~」を用いて規定された数値範囲は「~」の両端(上限および下限)の数値を含むものとする。例えば「2~5」は「2以上かつ5以下」を表す。
【0019】
〔ワックス融解促進剤〕
本発明のワックス融解促進剤は、式(I)で表されるエステル化合物からなる。
【0020】
【化2】
【0021】
[式(I)において、
はCH(CHC(O)(CH10-であり、
はCH(CHCH(OH)(CH10-であり、
Aはグリセリン残基であり、
xは前記Rを有するエステル残基の数であって1以上3以下の整数を表す。]
【0022】
式(I)で表されるエステル化合物の合成方法は特に制限されず、自体公知の方法またはそれに準ずる方法で行い得るが、例えば、グリセリンと、12-ヒドロキシステアリン酸および12-オキソステアリン酸を、保護基を用いてエステル化反応させ、これを脱保護・精製することによって得ることができる。
【0023】
保護基は特に限定されず、例えばアセタール基によって、グリセリンの1、2位のヒドロキシ基を保護することで、位置選択的に脂肪酸を反応させることが可能となる。また、12―ヒドロキシステアリン酸のヒドロキシ基の保護にはアセチル基、p-トルエンスルホニルカーバナート基、トリチル基、t-ブチル基等を用いることができるが、温和な条件下で、グリセリンとのエステル結合を切断することなく、脱保護可能なp-トルエンスルホニルカーバナート基等を用いることが好ましい。
p-トルエンスルホニルカーバナート基は、アルコール性水酸基にイソシアン酸トシル(イソシアン酸p-トルエンスルホニル)を反応させることによって生じるアルコール保護基である。
【0024】
エステル化反応は様々な条件で行い得るが、無触媒にて、または塩酸、硫酸、メタンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、酸性イオン交換樹脂のようなプロトン酸触媒やルイス酸触媒を用いて、一般的なエステル化反応の手順に従って行なうことができる。さらに、適宜アルカリ性水溶液による脱酸工程や、吸着処理などの精製処理が行われてもよい。
【0025】
式(I)で表されるエステル化合物は、酸価が3.0mgKOH/g以下、水酸基価が125.0mgKOH/g以下であることが好ましい。より好ましくは、酸価が1.0mgKOH/g以下、水酸基価が60.0~120.0mgKOH/gである。式(I)で表されるエステル化合物は、酸価が3.0mgKOH/g以下、水酸基価が125.0mgKOH/g以下である場合、本発明の効果が得られやすいことから好ましい。
式(I)で表されるエステル化合物の酸価の下限値は、通常0.01mgKOH/gである。また、式(I)で表されるエステル化合物の水酸基価の下限値は、通常0.1mgKOH/gである。
なお、酸価はJOCS(日本油化学会)2.3.1-96に準拠して、水酸基価はJOCS(日本油化学会)2.3.6.2-96に準拠して、それぞれ測定することができる。
また、式(I)におけるxの値は、式(I)で表されるエステル化合物の水酸基価と、トリ12―ヒドロキシステアリン酸グリセリドの理論分子量から算出した水酸基価179mgKOH/gを用いて、式(II)により算出できる。
x=3-{式(I)の水酸基価÷179×3} ・・・(II)
【0026】
〔ワックス〕
本発明のワックス融解促進剤が用いられるワックスに特に制限はないが、ワックス保管時の安定性と使用時の熱応答性の観点から、好ましくは透明融点50~120℃、より好ましくは60~110℃、さらに好ましくは70~100℃で融解するろう状の化合物であり、例えば、パラフィンワックス、エステルワックス、アミドワックス等が挙げられる。
なお、透明融点はJOCS(日本油化学会)2.2.4.1またはJIS K-0064(日本工業規格)(光透過量の測定による融点測定方法)に準拠して測定することができる。
本発明のワックス融解促進剤は、好ましくは、パラフィンワックス、エステルワックス、アミドワックスからなる群より選択される少なくとも一種のワックス用のワックス融解促進剤であり、より好ましくは、エステルワックス用のワックス融解促進剤である。
【0027】
本発明のワックス融解促進剤が好適に用いられ得るワックスの一種として、エステルワックスについて説明する。エステルワックスとしては、脂肪酸とアルコールとの脂肪酸エステルワックスであれば特に制限はなく、例えば、カルナバワックスやカスターワックスのような天然ワックス、あるいは脂肪酸とアルコールを脱水縮合反応させて得る合成ワックスが挙げられる。これらのワックスの構成脂肪酸は、炭素数16~22のものが好ましく、炭素数18~22のものがより好ましい。これらの中でも、ステアリン酸(炭素数18)、12―ヒドロキシステアリン酸(炭素数18)、ベヘニン酸(炭素数22)が特に好ましい。当該脂肪酸とエステル結合するアルコールとしては、1~6価の飽和脂肪族アルコールが好ましい。エステルワックスとして、具体的には、ベヘニルベヘネート、トリ12-ヒドロキシステアリン酸グリセリド、ペンタエリスリトールテトラベヘネート、ジペンタエリスリトールヘキサステアレート等が挙げられる。
【0028】
脂肪酸エステルワックスの製造方法としては、例えば、上記一価の直鎖飽和脂肪酸と、上記のアルコールとからの脱水縮合反応を利用する方法が挙げられる。反応を効率よく進めるために、触媒を利用してもよい。反応温度は180~250℃が好ましく、減圧下で反応を行なってもよい。また、反応の後、脱酸や水洗などにより精製してもよい。脂肪酸エステルワックスは市販品を用いてもよい。
【0029】
エステルワックスは一種を単独で、または二種以上を組み合わせて用いることができる。また、一価の直鎖飽和脂肪酸として、牛脂、ヤシ油、ヒマシ油、パーム油などから得られる混合脂肪酸を用いて合成される脂肪酸エステルワックスを用いることもできる。
【0030】
〔ワックス組成物〕
本発明のワックス組成物は、上記の式(I)で表されるエステル化合物からなるワックス融解促進剤およびワックスを含有する。
【0031】
本発明のワックス組成物における、本発明のワックス融解促進剤(すなわち、式(I)で表されるエステル化合物からなるワックス融解促進剤)とワックスの質量比は、「ワックス:ワックス融解促進剤」で表される質量比として、99.99:0.01~99:1の範囲であり、好ましくは99.9:0.1~99:1である。ワックス融解剤の添加量が、ワックス融解促進剤とワックスの合計100質量部に対して1.0質量部を超過すると、ワックスの融点に及ぼす影響が大きくなる。例えば、本発明のワックス融解促進剤およびワックスから得られたワックス組成物を、トナー用ワックスとして利用する場合、融点が低くなり保存安定性が損なわれたり、ワックスの硬度が低下したり、印刷物の耐久性が劣化することがある。また、ワックス融解剤の添加量が、ワックス融解促進剤とワックスの合計100質量部に対して0.01質量部より少ないと、ワックスの融解速度が十分に向上しないことがある。
【0032】
本発明において、ワックス融解促進剤のワックスへの添加効果(すなわち、ワックスの融解速度を向上させる効果)の評価は、例えば、ワックス融解促進剤をワックス単体に添加したワックス組成物およびワックス単体それぞれの融解速度を測定し、ワックス単体の融解速度からワックス組成物の融解速度への変化率(RM)を算出することによって行い得る。
具体的には、ワックス組成物の融解速度変化率(RM)は、以下の手順で特定することができる。
先ず、示差走査熱量分析(DSC、株式会社日立ハイテクサイエンス社製のDSC-7000X)を用いて、JISK-7121に準拠し、試料(ワックス組成物またはワックス単体)10mgをサンプル皿にとり、フタをする。当該試料を窒素雰囲気下、昇温速度30℃/minで30℃から200℃まで昇温し、DSC測定を行う。
得られたDSC曲線から、試料の融解開始点(Pim)および融解終了点(Pem)を特定する。融解開始・終了点(Pim,Pem)は以下のように定義される。
Pim:昇温時に見られた、融解ピークの低温側ベースライン延長線と低温側ピーク最大勾配点での接線との交点
Pem:昇温時に見られた、融解ピークの高温側ベースライン延長線と高温側ピーク最大勾配点での接線との交点
次に、ワックス組成物のPimからPemまでの所要時間をmt、ワックス単体のPimからPemまでの所要時間をmtbとしたとき、ワックス組成物の融解速度変化率(RM)は、以下の計算式(1)で求めることができる。
融解速度変化率(RM)%=(mtb-mt)/mt×100 ・・・(1)
【0033】
本発明のワックス融解促進剤は、これをワックスに添加して得られるワックス組成物の融解速度変化率(RM)が、10%以上のものが好ましく、30%以上ものがより好ましい。
本発明のワックス融解促進剤は、これをワックスに添加して得られるワックス組成物の透明融点を、添加前のワックス単体の透明融点と比べて、1℃以上変化させないものが好ましい。
【0034】
本発明のワックス組成物は、ワックス組成物の用途等を考慮し必要に応じて、本発明の効果を損なわない範囲で、酸化防止剤や分散剤等の他の成分を含有していてもよい。
【0035】
本発明のワックス組成物は公知の方法により製造することができる。例えば、ワックス融解促進剤およびワックスを加熱融解して均一に混合することにより製造することができる。ワックス融解促進剤およびワックスを加熱融解する場合の加熱温度は、通常80~150℃である。
【0036】
本発明のワックス組成物の利用態様は特に制限されないが、例えば、本発明のワックス組成物はトナー中に配合することができる。本発明のワックス組成物をトナーに配合する場合、一般には、バインダー樹脂、着色剤、外添剤、帯電制御剤などとともに配合され、当該トナーは通常の製法によって製造され得る。トナー中における本発明のワックス組成物の配合量は、トナーに配合されるバインダー樹脂100質量部に対して、通常0.1~5.0質量部である。
【実施例
【0037】
以下に本発明のワックス融解促進剤などの製造例を示し、本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の範囲に限定されるものではない。
なお、以下の実施例および比較例において「%」は質量基準を意味する。
【0038】
<合成例1:ワックス融解促進剤の合成>
式(I)で表されるエステル化合物からなるワックス融解促進剤の合成は、以下のように実施した。
【0039】
[12-ヒドロキシステアリン酸のヒドロキシ基の保護]
温度計、窒素導入管、攪拌機および冷却管を取り付けた2Lの4つ口フラスコを用いて、300g(1.00mol)の12-ヒドロキシステアリン酸と300gのイソシアン酸トシル(1.48mol)を300mLのTHF中に50℃、窒素ガス雰囲気下で溶解し、12時間攪拌した。このようにして得られた溶液から、THFを減圧留去した。得られた濃縮物を50℃で150mLのトルエンに溶解し、150mLのイオン交換水を用いて、3回分液処理を行い、トルエン層を回収し、トルエンを減圧留去することで、精製を行った。得られた生成物の水酸基価を確認したところ、0.1mgKOH/g以下であったことから、12-ヒドロキシステアリン酸のヒドロキシ基がp-トルエンスルホニルカーバマート基で保護されていることが確認できた。このようにして得られた、12-p-トルエンスルホニルカーバマートステアリン酸の収量は450g(0.90mol)であり、収率は90%であった。
【0040】
[12-オキソステアリン酸の合成]
温度計、滴下漏斗、攪拌機および冷却管を取り付けた5Lの4つ口フラスコを用いて、90g(0.30mol)の12-ヒドロキシステアリン酸を1800mLの95%酢酸に加え室温で懸濁させた。そこに、滴下漏斗で300mLの8.0%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を氷冷下でゆっくりと滴下した。滴下終了後、10℃で12時間攪拌した後、イオン交換水を1500mL加え、氷冷下で12時間静置した。懸濁液をろ過して得られた残渣を回収し、500mLのイオン交換水で10回洗い、真空乾燥することで、12-オキソステアリン酸を得た。得られた生成物の水酸基価を確認したところ、0.1mgKOH/g以下であったことから、12-ヒドロキシステアリン酸のヒドロキシ基が酸化され12-オキソステアリン酸が得られたことが確認できた。このようにして得られた、12-オキソステアリン酸は75g(0.26mol)であり、収率は86%であった。
【0041】
[12-オキソステアリン酸モノグリセリドの合成]
温度計、窒素導入管、攪拌羽および冷却管を取り付けた500mLの4つ口フラスコに、1,2-イソプロピリデングリコール36g(0.27mol)、12-オキソステアリン酸60g(0.20mol)を加え、窒素気流下、220℃で反応させた。反応終了後の粗エステル化合物の酸価は0.01mgKOH/g以下であった。反応系の温度を50℃まで下げたのち、酢酸100mLとトルエン150mLを加えて、1時間攪拌することで、脱保護した後、150mLのイオン交換水で3回、分液洗浄したのち、トルエンを減圧留去することで、12-オキソステアリン酸モノグリセリドを得た。収量は64g(0.16mol)、収率は85%であった。
【0042】
[ワックス融解促進剤(A1)の合成]
温度計、窒素導入管、攪拌羽および冷却管を取り付けた500mLの4つ口フラスコに、12-オキソステアリン酸モノグリセリド38g(0.10mol)、12-p-トルエンスルホニルカーバマートステアリン酸を110g(0.22mol)加え、窒素気流下、220℃で反応させた。反応終了後の粗エステル化合物の酸価は5mgKOH/gであった。本エステル粗生成物にトルエン30gおよびプロパノール20gを加えた後、エステル粗生成物の残存酸価の2.0倍当量に相当する量の水酸化カリウムを含む10%水酸化カリウム水溶液を加え、70℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置して水層部(下層)を分離・除去した。排水のpHが中性になるまで水洗を4回繰り返した。残ったエステル層の溶剤を180℃、1kPaの減圧条件下で留去し、濾過を行い、本発明におけるワックス融解促進剤(A1)を84g(0.09mol)得た。収率は90%であった。
得られたワックス融解促進剤(A1)は酸価0.03mgKOH/g、水酸基価119.2mgKOH/g、透明融点89℃であった。
ワックス融解促進剤(A1)の水酸基価の値から、分子式(I)において基Rを有するエステル残基の数x、すなわち12-オキソステアリン酸残基の導入量を求めたところ、x=1であった。
【0043】
[ワックス融解促進剤(A2)の合成]
温度計、窒素導入管、攪拌羽および冷却管を取り付けた500mLの4つ口フラスコに、グリセリン31g(0.33mol)、12-オキソステアリン酸を305g(1.02mol)加え、窒素気流下、220℃で反応させた。反応終了後の粗エステル化合物の酸価は5mgKOH/gであった。本エステル粗生成物にトルエン60gおよびプロパノール30gを加えた後、エステル粗生成物の残存酸価の2.0倍当量に相当する量の水酸化カリウムを含む10%水酸化カリウム水溶液を加え、70℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置して水層部(下層)を分離・除去した。排水のpHが中性になるまで水洗を4回繰り返した。残ったエステル層の溶剤を180℃、1kPaの減圧条件下で留去し、濾過を行い、本発明におけるワックス融解促進剤(A2)を330g(0.32mol)得た。収率は97%であった。
得られたワックス融解促進剤(A2)は酸価0.06mgKOH/g、水酸基価0.5mgKOH/g、透明融点94℃であった。
ワックス融解促進剤(A2)の水酸基価の値から、分子式(I)において基Rを有するエステル残基の数x、すなわち12-オキソステアリン酸残基の導入量を求めたところ、x=3であった。
【0044】
[ワックス融解促進剤(A3)の合成]
温度計、窒素導入管、攪拌羽および冷却管を取り付けた500mLの4つ口フラスコに、グリセリン31g(0.33mol)、12-p-トルエンスルホニルカーバマートステアリン酸500g(1.01mol)を加え、窒素気流下、220℃で反応させた。反応終了後の粗エステル化合物の酸価は5mgKOH/gであった。本エステル粗生成物にトルエン100gおよびプロパノール60gを加えた後、エステル粗生成物の残存酸価の2.0倍当量に相当する量の水酸化カリウムを含む10%水酸化カリウム水溶液を加え、70℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置して水層部(下層)を分離・除去した。排水のpHが中性になるまで水洗を4回繰り返した。残ったエステル層の溶剤を180℃、1kPaの減圧条件下で留去し、濾過を行い、本発明におけるワックス融解促進剤(A3)を84g(0.30mol)得た。収率は90%であった。
得られたワックス融解促進剤(A3)は酸価0.04mgKOH/g、水酸基価178.0mgKOH/g、透明融点92℃であった。
ワックス融解促進剤(A3)の水酸基価の値から、分子式(I)において基Rを有するエステル残基の数x、すなわち12-オキソステアリン酸残基の導入量を求めたところ、x=0であった。
【0045】
得られたワックス融解促進剤(A1)~(A3)の酸価、水酸基価および透明融点を表1に示す。
なお、ワックス融解促進剤(A1)~(A3)の酸価、水酸基価、透明融点は下記〔測定方法〕に記載の方法にて測定した。
【0046】
【表1】
【0047】
[ワックスW1(ペンタエリスリトールテトラベヘネート)の合成]
温度計、窒素導入管、攪拌羽および冷却管を取り付けた2Lの4つ口フラスコに、ペンタエリスリトールを260g(1.90mol)、ベヘニン酸を2732g(8.04mol)加え、窒素気流下、220℃で反応させた。得られたエステル粗生成物は2759gであり、酸価が9.4mgKOH/gであった。本エステル粗生成物にトルエン570gおよび2-プロパノール89gを加えた後、エステル粗生成物の残存酸価の2.0倍当量に相当する量の水酸化カリウムを含む10%水酸化カリウム水溶液を加え、70℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置して水層部(下層)を分離・除去した。排水のpHが中性になるまで水洗を4回繰り返した。残ったエステル層の溶剤を180℃、1kPaの減圧条件下で留去し、濾過を行い、エステルワックス(以下において「ワックスW1」と称する)を2580g(1.71mol)得た。ワックスW1の、脱酸に供したエステル粗生成物に対する収率は90%であった。
【0048】
[ワックスW2(ベヘニルベヘネート)の準備]
温度計、窒素導入管、攪拌羽および冷却管を取り付けた2Lの4つ口フラスコに、ベヘニルアルコールを324g(1.00mol)、ベヘニン酸を357g(1.05mol)加え、窒素気流下、220℃で反応させた。得られたエステル粗生成物は645gであり、酸価が9.4mgKOH/gであった。本エステル粗生成物にトルエン200gおよび2-プロパノール100gを加えた後、エステル粗生成物の残存酸価の2.0倍当量に相当する量の水酸化カリウムを含む10%水酸化カリウム水溶液を加え、70℃で30分間攪拌した。その後、30分間静置して水層部(下層)を分離・除去した。排水のpHが中性になるまで水洗を4回繰り返した。残ったエステル層の溶剤を180℃、1kPaの減圧条件下で留去し、濾過を行い、エステルワックス(以下において「ワックスW2」と称する)を620g(0.96mol)得た。ワックスW2の、脱酸に供したエステル粗生成物に対する収率は96%であった。
【0049】
ワックスW1、W2の酸価、水酸基価および透明融点を表2に示す。
なお、酸価、水酸基価、透明融点および溶融粘度は、下記〔測定方法〕に記載の方法にて測定した。
【0050】
【表2】
【0051】
〔測定方法〕
本発明において、ワックス融解促進剤、ワックス、ワックス組成物などの酸価、水酸基価、透明融点、針入度は、それぞれ以下の方法で測定した。
(1)酸価:JOCS(日本油化学会)2.3.1-96に準拠した。
(2)水酸基価:JOCS(日本油化学会)2.3.6.2-96に準拠した。
(3)透明融点:
JIS K-0064に準拠した。
測定した透明融点を元に、ワックス組成物の透明融点とワックス単体の透明融点の差が、0.5℃未満の場合を◎、0.5℃以上1℃未満の場合を〇、1℃以上の場合を×と評価した。
【0052】
(4)ワックス組成物の融解速度変化率(RM):
ワックス組成物およびワックス単体それぞれについて、示差走査熱量分析(DSC、株式会社日立ハイテクサイエンス社製のDSC-7000X)を用いて、JIS K-7121に準拠し、以下の条件でDSC測定を行った。試料(ワックス組成物またはワックス単体)10mgをサンプル皿にとり、フタをする。当該試料を窒素雰囲気下、昇温速度30℃/minで30℃から200℃まで昇温し、DSC測定を行った。
得られたDSC曲線から、試料の融解開始点(Pim)および融解終了点(Pem)を特定した。融解開始・終了点(Pim,Pem)は以下のように定義される。
Pim:昇温時に見られた、融解ピークの低温側ベースライン延長線と低温側ピーク最大勾配点での接線との交点
Pem:昇温時に見られた、融解ピークの高温側ベースライン延長線と高温側ピーク最大勾配点での接線との交点
次に、以下の計算式(1)に、ワックス組成物のPimからPemまでの所要時間mt、および、ワックス単体のPimからPemまでの所要時間mtbを代入し、ワックス組成物の融解速度変化率(RM)を算出した。
融解速度変化率(RM)%=(mtb-mt)/mt×100 ・・・(1)
【0053】
算出された融解速度変化率(RM)を以下の基準に照らして、ワックス融解促進剤によるワックスの融解速度を向上させる効果を評価した。
RM≦0%のもの:×
0%<RM≦10%のもの:△
10%<RM≦20%のもの:〇
20%<RMのもの:◎
【0054】
<ワックス組成物の調製および評価>
(実施例1)
攪拌羽、窒素導入管を取り付けた0.3L容器のセパラブルフラスコに、ワックス融解促進剤A1を0.03g、ワックス(W1)を99.97g加え、窒素気流下、150℃で1時間攪拌した。その後、冷却、固化、粉砕を経て、ワックス組成物を得た(以下において「実施例1のワックス組成物」と称する)。得られた実施例1のワックス組成物について、透明融点および融解速度変化率を上記〔測定方法〕に記載の方法にて測定した。
【0055】
(実施例2~4、比較例1~2)
ワックス融解促進剤およびワックスW1を表3に示す組み合わせで用い、実施例1と同様にしてワックス組成物をそれぞれ得た(以下において、それぞれ「実施例2のワックス組成物」などと称する)。得られた実施例2~4、比較例1~2の各ワックス組成物について、透明融点および融解速度変化率を上記〔測定方法〕に記載の方法にて測定した。
【0056】
(実施例5~6、比較例3)
ワックス融解促進剤およびワックスW2を表4に示す組み合わせで用い、実施例1と同様にしてワックス組成物をそれぞれ得た(以下において、それぞれ「実施例5のワックス組成物」などと称する)。得られた実施例5~6、比較例3の各ワックス組成物について、透明融点および融解速度変化率を上記〔測定方法〕に記載の方法にて測定した。
【0057】
結果を表3および表4に示す。
【0058】
【表3】
【0059】
【表4】
【0060】
表3および表4の結果より、実施例1~6のワックス組成物は、ワックス融解促進剤(A1)または(A2)を所定量含有することによって、融解速度変化率(RM)で評価される融解速度が向上し、かつ、ワックスの融点がほとんど変化しないことが分かった。これにより、例えば、ワックス組成物をトナー用ワックスとして用い、従来よりも高速で画像形成を行った場合でも、画質が劣化したり、印刷ミスが起こったりすることなく、安定して高画質な画像を提供可能となる。
融解促進剤を含有しないブランクのワックスでは、実施例と比較して融解速度が遅い。比較例1と比較例3のワックス組成物はワックス融解促進剤の添加量が所定より多すぎるため、融点変化が著しく大きくなった。また、融解促進剤固有の融解特性が強く表れたことで、実施例と比較して融解速度が向上しなかった。比較例2のワックス組成物は、ワックス融解促進剤として分子式(I)において基Rを有するエステル残基の導入量x=0であるエステル化合物、すなわち、12-オキソステアリン酸残基を有しておらず、12-ヒドロキシステアリン酸残基のみ有するエステル化合物を用いた。このようなエステル化合物をワックスに添加した場合では、ワックス組成物の融点変化が大きくなり、融解速度も向上しなかった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明のワックス融解促進剤によれば、本ワックス融解促進剤をワックスとの質量比(ワックス:ワックス融解促進剤)が99.99:0.01~99:1の範囲となるようにワックスに添加することで、ワックスの融点を変化させず、融解速度と流動性を向上させることができる。これにより、ワックスの熱応答により発現する機能の向上が見込まれる。