(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】匣鉢及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F27D 3/12 20060101AFI20241217BHJP
C04B 41/87 20060101ALI20241217BHJP
【FI】
F27D3/12 S
C04B41/87 P
(21)【出願番号】P 2021554924
(86)(22)【出願日】2020-10-30
(86)【国際出願番号】 JP2020040934
(87)【国際公開番号】W WO2021090778
(87)【国際公開日】2021-05-14
【審査請求日】2023-08-07
(31)【優先権主張番号】P 2019203486
(32)【優先日】2019-11-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000044
【氏名又は名称】AGC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】小川 修平
(72)【発明者】
【氏名】宮川 直通
【審査官】齋藤 健児
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-121601(JP,A)
【文献】特開2014-228239(JP,A)
【文献】特開2010-281471(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F27D 3/12
H01M 4/505
H01M 4/525
C04B 41/87
C04B 35/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
匣鉢本体と、前記匣鉢本体の表面を被覆する保護層と、を備える匣鉢であって、
前記保護層は少なくとも70質量%以上のSnO
2
と、ZrO
2
と、SiO
2
とを含み、
前記保護層におけるSnO
2
、ZrO
2
およびSiO
2
の含有量の合量に対して、ZrO
2
およびSiO
2
の合量の含有割合が2~50モル%である、匣鉢。
【請求項2】
匣鉢本体と、前記匣鉢本体のリチウムイオン正極材と接触する面を被覆する保護層と、を備えるリチウムイオン正極材焼成用匣鉢であって、 前記保護層は少なくとも70質量%以上のSnO
2
と、ZrO
2
と、SiO
2
とを含み、
前記保護層におけるSnO
2
、ZrO
2
およびSiO
2
の含有量の合量に対して、ZrO
2
およびSiO
2
の合量の含有割合が2~50モル%である、匣鉢。
【請求項3】
前記匣鉢本体がジルコン質不定形耐火物からなる請求項1
または2に記載の匣鉢。
【請求項4】
前記匣鉢本体の気孔率が30Vol%以下である、請求項1~
3のいずれか1項に記載の匣鉢。
【請求項5】
前記匣鉢本体のかさ比重が1.8g/cm
3以上5.0g/cm
3以下である、請求項1~
4のいずれか1項に記載の匣鉢。
【請求項6】
前記匣鉢本体の熱膨張係数が0.1×10
-6/℃以上4.8×10
-6/℃以下である、請求項1~
5のいずれか1項に記載の匣鉢。
【請求項7】
前記保護層の熱膨張係数が3.5×10
-6/℃以上5.0×10
-6/℃以下である、請求項1~
6のいずれか1項に記載の匣鉢。
【請求項8】
匣鉢本体を準備し、前記匣鉢本体のリチウムイオン正極材と接触する面に保護層を設けることを含むリチウムイオン正極材焼成用匣鉢の製造方法であって、
前記保護層が少なくとも70質量%以上のSnO
2
と、ZrO
2
と、SiO
2
とを含み、
前記保護層におけるSnO
2
、ZrO
2
およびSiO
2
の含有量の合量に対して、ZrO
2
およびSiO
2
の合量の含有割合が2~50モル%である、リチウムイオン正極材焼成用匣鉢の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、匣鉢及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池は、携帯電話機やノート型パーソナルコンピュータ等のポータブル型電子機器の電源として多く使用されている。リチウムイオン二次電池の正極活物質には、リチウム含有複合酸化物(例えば、リチウムコバルト複合酸化物、リチウムニッケル複合酸化物、リチウムマンガン複合酸化物、リチウムマンガンコバルト複合酸化物、リチウムニッケルコバルト複合酸化物等)が含まれている。
【0003】
一般的に、前記正極活物質の原料(以下、リチウムイオン正極材と称する)は、匣鉢を用いた連続炉であるローラーハースキルン炉によって焼成される。従来、匣鉢の材質として、ムライト及びムライト・コージェライト等の複合材料が主に用いられている。
【0004】
また、リチウムイオン正極材の焼成時に発生するアルカリ蒸気に対する耐食性を向上させるために、塩基性材料を用いたスピネル系やマグネシア系等の材質を含む匣鉢が開発されている(特許文献1及び特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本国特許第3352210号公報
【文献】日本国特開2003-165767号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
リチウムイオン正極材の焼成時に、該リチウムイオン正極材に含まれるリチウムやコバルトが匣鉢に拡散し、匣鉢本体の構成成分と反応して、当該反応物により匣鉢の耐久性が劣化して寿命が短縮されるとともに、該リチウムイオン正極材の回収効率が低下する。
【0007】
一方で、特許文献1及び特許文献2に記載の匣鉢のようにスピネル系やマグネシア系の含有率が高いものであると、匣鉢の耐食性は高まるものの、熱膨張率が高くなる。通常、正極活物質の製造時における焼成後の降温工程では、製造効率を高めるために、匣鉢及び焼成物が強制的に冷却される。そのため、匣鉢の熱膨張率が高くなると、降温工程時にクラックが発生して耐熱衝撃性が低下し、使用上における破損や亀裂につながる。
【0008】
また、匣鉢にはリチウムイオン正極材の焼成後に得られたリチウムイオン正極活物質との剥離性が良好なものが求められる。該剥離性が悪いと、焼成後における匣鉢からのリチウムイオン正極活物質の回収効率が低下して、リチウムやコバルトと匣鉢本体の構成成分との反応物がリチウムイオン正極活物質に混入し、性能を低下させる。
【0009】
したがって、本発明は、リチウムイオン正極材の焼成時のリチウムやコバルトの拡散に対して優れた耐食性を有し、焼成物との剥離性及び耐熱衝撃性に優れた、匣鉢を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、不定形耐火物からなる匣鉢本体のリチウムイオン正極材と接触する面に、少なくとも70質量%以上のSnO2を含有する保護層を設けることにより上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
1.匣鉢本体と、前記匣鉢本体の表面を被覆する保護層と、を備える匣鉢であって、
前記保護層は少なくとも70質量%以上のSnO2を含む、匣鉢。
2.匣鉢本体と、前記匣鉢本体のリチウムイオン正極材と接触する面を被覆する保護層と、を備えるリチウムイオン正極材焼成用匣鉢であって、
前記保護層は少なくとも70質量%以上のSnO2を含む、匣鉢。
3.前記保護層がZrO2を含む、前記1または2に記載の匣鉢。
4.前記保護層がSiO2を含む、前記1~3のいずれか1に記載の匣鉢。
5.前記保護層におけるSnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量に対して、ZrO2およびSiO2の合量の含有割合が2~50モル%である、前記1~4のいずれか1に記載の匣鉢。
6.前記匣鉢本体がジルコン質不定形耐火物からなる前記1~5のいずれか1に記載の匣鉢。
7.前記匣鉢本体の気孔率が30Vol%以下である、前記1~6のいずれか1に記載の匣鉢。
8.前記匣鉢本体のかさ比重が1.8g/cm3以上5.0g/cm3以下である、前記1~7のいずれか1に記載の匣鉢。
9.前記匣鉢本体の熱膨張係数が0.1×10-6/℃以上4.8×10-6/℃以下である、前記1~8のいずれか1に記載の匣鉢。
10.前記保護層の熱膨張係数が3.5×10-6/℃以上5.0×10-6/℃以下である、前記1~9のいずれか1に記載の匣鉢。
11.匣鉢本体を準備し、前記匣鉢本体のリチウムイオン正極材と接触する面に保護層を設けることを含むリチウムイオン正極材焼成用匣鉢の製造方法であって、
前記保護層が少なくとも70質量%以上のSnO2を含むリチウムイオン正極材焼成用匣鉢の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の匣鉢、特には、リチウムイオン正極材焼成用匣鉢は、少なくとも70質量%以上のSnO2を含有する保護層が匣鉢本体のリチウムイオン正極材と接触する面を被覆するように設けられている。該保護層により、リチウムイオン正極材に含まれるリチウムやコバルトと匣鉢本体の構成成分との反応を抑制し、耐食性及び耐熱衝撃性に優れる。また、本発明のリチウムイオン正極材焼成用匣鉢は、該保護層により、リチウムイオン正極活物質との剥離性も良好であり、リチウムイオン正極材の回収効率を向上でき、製造コストを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】
図1は、本発明の匣鉢の一実施形態を示す断面図である。
【
図2】
図2は、リチウムイオン正極材を1回焼成した例1の匣鉢の表面を示す図である。
【
図3】
図3は、リチウムイオン正極材を1回焼成した例3の匣鉢の表面を示す図である。
【
図4】
図4は、リチウムイオン正極材を1回焼成した例4の匣鉢の表面を示す図である。
【
図5】
図5は、リチウムイオン正極材を1回焼成した例5の匣鉢の表面を示す図である。
【
図6】
図6(a)及び(b)は、リチウムイオン正極材を1回焼成した例10の保護層と同一の組成からなる基板の表面を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明する。なお、本発明は以下の記述に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。
【0015】
<リチウムイオン正極材焼成用匣鉢>
図1は、本発明に係るリチウムイオン正極材焼成用匣鉢1の側面断面図である。
図1に示すように、リチウムイオン正極材焼成用匣鉢1は、匣鉢本体2と該匣鉢本体2のリチウムイオン正極材と接触する面を被覆する保護層3とを備えている。本実施形態では、保護層3は、匣鉢本体2の内側表面21の底部211と壁面212からなる内側表面21の全面を覆っている。
【0016】
耐火物とは高温耐性を有する素材をいい、定形耐火物と不定形耐火物とに大別される。定形耐火物とは予め成形・焼成された耐火物の総称であり、不定形耐火物とは粉粒体または練り土状の耐火物の総称である。
【0017】
<<匣鉢本体>>
匣鉢本体2は、不定形耐火物からなる。匣鉢本体2に用いる不定形耐火物としては特に限定されないが、例えば、ジルコニア質、ジルコン質、ムライト質、コージェライト質、ムライト-コージェライト質、クロミア質、マグネシア質原料とクロム鉄鉱を主骨材とするマグネシア-クロム質、マグネシア(MgO)とスピネル(MgAl2O4)の固溶体からなるマグネシア-スピネル質、マグネシア(MgO)-チタニア(TiO2)-アルミナ(Al2O3)質またはマグネシア-スピネル-アルミナ-チタニア質の耐火物が挙げられる。特に、匣鉢本体2がジルコン質不定形耐火物であると、匣鉢本体2と保護層3との界面においてZrSiO4と保護層3に含まれるSnO2とが反応してシリカ層を生成し、保護層3と匣鉢本体2との密着性を向上できるため好ましい。
【0018】
匣鉢本体2の気孔率は30Vol%以下が好ましく、より好ましくは26Vol%以下であり、さらに好ましくは22Vol%以下であり、特に好ましくは20Vol%以下である。匣鉢の気孔率が30Vol%以下であることにより、匣鉢の物理的強度を向上するとともに、保護層との密着性を高め、匣鉢の寿命を延長できる。匣鉢本体1の気孔率は3Vol%以上が好ましく、より好ましくは8Vol%以上であり、さらに好ましくは13Vol%以上であり、特に好ましくは15Vol%以上である。匣鉢の気孔率が3Vol%以上であることにより、耐熱衝撃性を高めるとともに、匣鉢を軽量化することができる。
【0019】
匣鉢本体2のかさ比重は、1.8g/cm3以上5.0g/cm3以下であることが好ましく、より好ましくは2.0g/cm3以上4.8g/cm3以下であり、さらに好ましくは2.2g/cm3以上4.6g/cm3以下である。一般的に、かさ比重が小さいほど熱容量は小さく、耐熱衝撃性も高くなる。匣鉢本体1のかさ比重が1.8g/cm3以上であることにより匣鉢本体として使用に耐えうる機械的特性を実現できる。匣鉢本体1のかさ比重が4.9g/cm3以下であることにより、熱容量を下げて電気エネルギーを低減させ、かつ耐熱衝撃性を向上できる。
【0020】
匣鉢本体2の熱膨張係数は、0.1×10-6/℃以上4.8×10-6/℃以下であることが好ましく、より好ましくは1.5×10-6/℃以上4.6×10-6/℃以下であり、さらに好ましくは3.0×10-6/℃以上4.4×10-6/℃以下であり、特に好ましくは3.8×10-6/℃以上4.3×10-6/℃以下であり、中でも4.1×10-6/℃以上4.25×10-6/℃以下が好ましい。匣鉢本体1の熱膨張係数を前記範囲とすることにより、耐熱衝撃性を向上し、保護層との熱膨張率差に起因する保護層への発生応力を抑制できるため、匣鉢の寿命を延長できる。熱膨張係数はJISR2207-2に準拠して室温~1100℃において測定する。
【0021】
匣鉢本体2の形状及び寸法は特に限定されるものではなく、リチウムイオン正極材を収容し、焼成できるものであれば、適宜好適な形態を選択できる。
【0022】
<<保護層>>
保護層3は少なくとも70質量%以上のSnO2を含む。保護層3により、リチウムイオン正極材に含まれるリチウムやコバルトと匣鉢本体の構成成分との反応を抑制し、耐食性及び耐熱衝撃性を向上できる。保護層3により、リチウムイオン正極活物質との剥離性を高め、リチウムイオン正極材の回収効率を向上できる。
【0023】
保護層3におけるSnO2の含有量は、保護層全体を100質量%として、好ましくは80質量%以上、より好ましくは90質量%以上、特に好ましくは95質量%以上である。保護層3がSnO2を70質量%以上含有することにより、リチウムイオン正極材の焼成時に、該リチウムイオン正極材に含まれるリチウムやコバルトの拡散に対して優れた耐食性を発揮できる。
【0024】
保護層3は、ZrO2を含有することが好ましい。保護層3にZrO2を含有することにより、SnO2の揮散を抑制できる。保護層3は、ZrO2に加えて、SiO2を含有することが好ましい。ZrO2に加えて、SiO2を含有することにより、揮散開始後の初期の段階から優れたSnO2の揮散抑制効果を発揮でき、さらに、匣鉢本体と保護層との密着性を高めることができる。
【0025】
保護層3におけるSnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量は、好ましくは70質量%以上であり、より好ましくは85質量%以上であり、さらに好ましくは95質量%以上であり、特に好ましくは98質量%以上である。また、上限は特に限定されないが、典型的には99.5質量%以下である。SnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量が70質量%以上であることにより、リチウムイオン正極材に含まれるリチウムやコバルトに対する、SnO2の優れた耐食性を発揮できる。
【0026】
SnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量(100モル%)に対して、ZrO2およびSiO2の合量の含有割合が2~50モル%であることが好ましく、より好ましくは4~35モル%であり、さらに好ましくは6~24モル%であり、特に好ましくは8~15モル%である。
【0027】
SnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量(100モル%)に対して、ZrO2およびSiO2の合量の含有割合が2モル%以上であることにより、SnO2の揮散抑制効果が十分に得られる。該含有割合が50モル%以下であることにより、SnO2による耐食性の向上効果が十分に得られる。
【0028】
高温場におけるSnO2の揮散を早期の段階から抑制し、リチウムやコバルトに対するSnO2の優れた耐食性を発揮する点から、保護層3における、SnO2、SiO2およびZrO2の含有量の合量を100モル%としたとき、SnO2を50~98モル%、SiO2を1~35モル%、ZrO2を1~35モル%含有することが好ましい。
【0029】
また、SnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量に対して、ZrO2の含有割合を1モル%以上とすることにより、ZrO2およびZrSiO4による揮散抑制効果が十分に得られる。また、SiO2の含有割合を1モル%以上とすることにより、ZrO2およびZrSiO4による揮散抑制効果が十分に得られる。
【0030】
さらに、SnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量に対して、SiO2の含有割合を35モル%以下とすることにより、SnO2による耐食性の向上効果が十分に得られる。
【0031】
また、SnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量に対して、ZrO2の含有割合を35モル%以下とすることにより、SnO2による耐食性の向上効果が十分に得られる。
【0032】
ここで、保護層3は、SnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量に対して、ZrO2の含有割合が1~12モル%の範囲が好ましい。また、SnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量に対して、SiO2の含有割合も1~12モル%の範囲が好ましい。したがって、SnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量に対して、SnO2の含有割合は、76~98モル%の範囲が好ましい。
【0033】
SnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量に対するZrO2の含有割合を1~12モル%とすることにより、ZrO2を酸化スズ結晶中に実質的に全て固溶させることが可能となり、SnO2による耐食性の向上効果が十分に得られる。
【0034】
SnO2、ZrO2およびSiO2の含有量の合量に対するSiO2の含有割合を1~12モル%とすることにより、ZrO2およびZrSiO4による揮散抑制効果およびSnO2による耐食性の向上効果が十分に得られる。さらに、匣鉢本体と保護層との密着性を高めることができる。
【0035】
なお、焼結処理の条件は、一般に、1200~1600℃、3~5時間の加熱処理で行われるため、実際に処理する焼結条件によって、耐火組成物中のSnO2、ZrO2とSiO2の配合量を調整すればよい。
【0036】
なお、上記の他の成分としては、本発明の耐火物としての特性を損なわないものであれば特に限定されず、酸化スズ質耐火物に使用される公知の成分が挙げられる。
【0037】
他の成分としては、例えば、Al2O3、SiO2、CaO、MgO、Li2O、CuO、Cu2O、ZnO、HfO2、Y2O3、ZnO、Mn2O3、CoO、TiO2、Ta2O5、CeO2、Sb2O3、Nb2O5、Bi2O3、UO2、HfO2などの酸化物が挙げられる。
【0038】
保護層3は、リチウムやコバルトに対する耐食性の点から、Feを含有しないことが好ましい。保護層3におけるFeの含有量は0.5質量%以下であることが好ましく、より好ましくは0.3質量%以下、さらに好ましくは0.05質量%以下である。
【0039】
保護層3の熱膨張係数は3.5×10-6/℃以上5.0×10-6/℃以下であることが好ましく、より好ましくは3.7×10-6/℃以上4.7×10-6/℃以下であり、さらに好ましくは3.95×10-6/℃以上4.5×10-6/℃以下であり、特に好ましくは4.1×10-6/℃以上4.3×10-6/℃以下である。保護層3の熱膨張係数を前記範囲とすることにより、耐熱衝撃性を向上するとともに匣鉢本体との密着性を向上できる。
【0040】
<リチウムイオン正極材焼成用匣鉢の製造方法>
本発明のリチウムイオン正極材焼成用匣鉢の製造方法は、匣鉢本体2を準備する工程、及び匣鉢本体2の正極材と接触する面に保護層3を設ける工程を含む。
【0041】
<<匣鉢本体を準備する工程>>
匣鉢本体2を準備する手段としては、前記耐火物の原料に対して適量のバインダー材質、水分を加えて混錬後、成形(例えば、フリクションプレス等による加圧成形)、及び乾燥(例えば、自然乾燥)させた後、焼成する。焼成温度及び時間は、適宜設定できる。
【0042】
<<保護層を設ける工程>>
保護層3を匣鉢本体2に設ける手段としては、特に限定されず、例えば、コーティング、焼結又は貼り付けが挙げられる。
【0043】
(コーティング)
コーティングにより匣鉢本体2に保護層3を設ける手段としては特に限定されないが、例えば、塗布、スプレーコーティング、溶射による方法が挙げられる。具体的には例えば、少なくとも70質量%以上のSnO2を含む材料を純水又はイオン交換水等の溶媒に分散させてスラリーとした後、匣鉢本体2における正極材と接触する面である内面にスプレーコーティングして保護層3を形成させる。その後1200℃で5時間焼成する。
【0044】
コーティングにより形成する保護層3の厚みは、匣鉢本体2との熱膨張率差による割れを抑制するため、1mm以下であることが好ましく、より好ましくは800μm以下、より好ましくは500μm以下である。また、耐久性を向上する点から、1μm以上であることが好ましく、より好ましくは10μm以上、さらに好ましくは50μm以上、特に好ましくは100μm以上である。
【0045】
(焼結)
焼結により匣鉢本体2に保護層3を設ける手段としては、匣鉢本体2を作製するための焼結時に、保護層3の材料を同時に焼結する方法が挙げられる。具体的には、例えば、匣鉢本体2の材料を匣鉢本体用金型に流しこんだ後、その焼成前に少なくとも70質量%以上のSnO2を含む保護層3の材料を流しこみ、匣鉢本体2と保護層3とを同時に焼結する。匣鉢本体2と保護層3とを同時に焼結することで、匣鉢本体2と保護層3とをより強固に固着でき、耐久性を向上できる。
【0046】
コーティングや焼結により保護層3を形成する場合、保護層3の材料は、SnO2に加えてZrSiO4を含有することが好ましい。SnO2に加えてZrSiO4を含有する材料を焼結することにより、SiO2が発生するとともにSnO2中にZrO2中が固溶した状態となる。このことにより保護層を形成する粒子同士がSiO2でボンディングされるとともに、匣鉢本体と保護層の密着性がより強固となる。固溶限界を超えるZrSiO4を含有させた場合には未反応分としてZrSiO4が残る。このことにより、保護層を形成する粒子同士がSiO2およびZrSiO4でボンディングされるとともに、匣鉢本体と保護層の密着性がより強固となる。またSiO2および/またはZrSiO4がSnO2の粒界に存在することにより、SnO2の揮散が効果的に抑制できる。
【0047】
焼結により形成する保護層3の厚みは、10mm以下であることが好ましく、より好ましくは5mm以下である。コスト及び質量を抑える点から、3mm以下であることが特に好ましい。
【0048】
保護層3の材料に含まれるSnO2は、粒子として適用されるのが好ましく、その粒子の粒子径は、例えば最大粒子径を1~3mmとし、粗粒、中粒、細粒、微粒と粒径の異なる粒子を組み合わせて適宜調整するのが好ましい。また、保護層3の耐久性の付与を目的として、前記の粗粒、中粒、細粒、微粒に加え、例えば粒径3~50μmのSnO2を組み合わせてもよい。
【0049】
ここで、例えば、粗粒は1700μm未満840μm以上、中粒は840μm未満250μm以上、細粒は250μm未満75μm以上、微粒は75μm未満15μm以上、とした場合、これら4種の粒子を含む材をそれぞれ調整して配合する。これら4種の骨材についてのみ説明すれば、これらを100質量%としたとき、粗粒を21~33質量%、中粒を15~28質量%、細粒を30~45質量%、微粒を5~18質量%、の範囲となる含有割合が坏土の充填の点で好ましい。また、例えば、SnO2を50μm以下の粒子で構成してもよく、保護層3の厚みを1mm以下に設定できる。
【0050】
本明細書において、粒度は、JIS R2552(1977年)に準じて測定された値をいう。SnO2は、耐火物使用後品、耐火物廃材等を粉砕し、粒径を調整したものを使用してもよい。
【0051】
(貼り付け)
貼り付けにより匣鉢本体2に保護層3を設ける手段としては、例えば、匣鉢本体2の保護層3の形成面に接着材層を形成した後、保護層3を前記接着材層に押し付けて一体化する。接着材としては、例えば、ガラス、アルミナ系接着剤、ジルコニア系接着剤、シリコンなどの金属が挙げられる。具体的には例えば、接着材がガラスである場合は、匣鉢本体2の保護層3の形成面にガラスの微粒子を含む接着材層を形成した後、該ガラスを焼き付けて溶融させることにより保護層3と匣鉢本体2とを一体化する。接着材層の厚みは、通常5~500μmであることが好ましく、より好ましくは10~200μmである。
【0052】
貼り付けにより保護層3を形成する場合、保護層3の厚みは、10mm以下であることが好ましく、より好ましくは5mm以下である。コスト及び質量を抑える点から、3mm以下であることが特に好ましく、1mm以下であることが中でも好ましい。
【0053】
上記のようにして製造されたリチウムイオン正極材焼成用匣鉢は、少なくとも70質量%以上のSnO2を含有する保護層3により匣鉢本体2の正極材と接触する面が被覆されている。該保護層3により、リチウムイオン正極材に含まれるリチウムやコバルトと匣鉢本体2の構成成分との反応が抑制され、耐食性及び耐熱衝撃性に優れたリチウムイオン正極材焼成用匣鉢となる。
【実施例】
【0054】
以下、本発明を実施例及び比較例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの記載によって何ら限定して解釈されるものではない。
【0055】
(匣鉢本体基板の作製:例1~20、25~27)
表1に示す組成となるように匣鉢本体の原料を混合し、匣鉢用金型に充填し、フリクションプレスを用いて成型圧44MPaにて加圧成形して、焼成後の寸法及び外形が匣鉢本体の寸法及び外形が150mm×150mm×10mm(高さ)の板状となるように成形した。次に、自然乾燥工程、端面仕上げ工程を経て、成型物を焼成炉で焼成し、匣鉢本体基板を得た。例1~5は匣鉢本体基板に保護層を形成しなかった比較例である。
【0056】
得られた匣鉢本体基板について気孔率、密度、熱膨張係数を測定した。気孔率はJISR2205(1992年)に準拠して測定した。熱膨張係数はJISR2207-2(2007)に準拠して室温~1100℃において測定した。かさ密度および気孔率はJISR2205(1992年)により測定した。
【0057】
(スプレーコーティングによる保護層の形成:例6~8、12~20、26及び27)
上記のようにして得られた匣鉢本体基板に、表1に示す組成となるように調整した保護層の材料をアネスト岩田コーティングソリューションズ社製WA-200-251ZPを用いて吹付空気圧力0.34MPaでスプレーコーティングし、保護層を形成した。
【0058】
例6~8、15~20、26及び27における保護層におけるSnO2としては、粒径及び比率が、0.05mmが45質量%、0.01mmが20質量%、0.003mmが13質量%、0.00087mmが22質量%であるものを用いた。例12~14における保護層におけるSnO2としては、粒径が0.003mmであるものを用いた。
【0059】
(貼り付けによる保護層の形成:例9~11及び25)
上記のようにして得られた匣鉢本体基板に、SiO2を67質量%、Al2O3を12質量%、B2O3を7質量%、MgOを5質量%、CaOを4.5質量%、SrOを4.5質量%含有する接着材層を形成し、1150℃にて該接着材層を焼き付けた後、表1に示す組成の保護層を該接着材層に0.3MPaの圧力にて1分間押し付けて一体化した。
【0060】
(焼結による保護層の形成:例21~24)
表1に示す組成となるように匣鉢本体の原料を混合し、匣鉢用金型に充填した後、表1に示す組成の保護層の原料を匣鉢本体の内側に充填した。フリクションプレスを用いて成型圧44MPaにて加圧成形して、焼成後の匣鉢本体の寸法及び外形が150mm×150mm×10mm(高さ)の板状となるように成形した。次に、自然乾燥工程、端面仕上げ工程を経て、成型物を焼成炉で焼成し、匣鉢本体基板に保護層を形成した。
【0061】
例21~24の保護層におけるSnO2としては、粒径及び比率が、1.7mmが27質量%、0.68mmが22質量、0.24mmが35質量%、0.003mmが16質量%であるものを用いた。
【0062】
上記のようにして形成した保護層の厚みを測定した。気孔率、かさ密度、熱膨張係数は、保護層厚みが5mmとなるサンプルを作製し、保護層から切り出し加工した測定用サンプルを用いて測定した。気孔率はJISR2205(1992年)に準拠して測定した。熱膨張係数はJISR2207-2(2007)に準拠して室温~1100℃において測定した。
【0063】
<リチウムイオン正極材の焼成>
上記のようにして作製した基板にリチウムイオン正極材15g(炭酸リチウム10g、酸化コバルト5g)を直径50mmの面積となるようにタッピングした。1050℃まで4時間かけて昇温後、10時間保持し、6時間かけて常温に降温させた。
【0064】
(付着量の測定)
付着量の測定は、リチウムイオン正極材焼成後に基板を裏返し、5秒静止させた後のリチウムイオン正極材の付着量を測定した。
【0065】
(最高使用回数の測定)
150×150×10mmの板を用い、リチウムイオン正極材の焼成について繰り返し反応試験を実施した。なお、固着したリチウムイオン正極材はヘラで剥がし取った。1050℃まで4時間かけて昇温後、10時間保持し、1050℃から大気中で一気に冷却した。匣鉢本体基板にクラックが生じるか、保護層が剥がれて匣鉢本体基板にリチウムイオン正極材が混入した時点を最高使用回数とし、50回に到達した時点で終了した。
【0066】
結果を表1~3に示す。また、例1、3、4及び5について、リチウムイオン正極材の焼成後における匣鉢の表面を示す図を、それぞれ
図2~5に示す。また、
図6(a)及び(b)は、例10と同様の保護層の組成からなる基板(厚み20mm)にリチウムイオン正極材を焼結した結果を示す。例1~5、7及び8は比較例、
例9及び13は参考例、例6、
10~12及び14~27は実施例である。
【0067】
【0068】
【0069】
【0070】
表1~3に示すように、実施例は匣鉢本体の正極材と接触する面を被覆する少なくとも70質量%以上のSnO2を含む保護層を設けたことにより、比較例に対して、正極活物質との剥離性が良好であり、耐食性及び耐熱衝撃性に優れていた。また、コーティングにより保護層を形成した例6及び例12の結果から、コーティングにより保護層を形成する場合は、保護層の厚みは、匣鉢本体との熱膨張率差による割れを抑制するため、1mm以下であることが好ましいことがわかった。
【0071】
また、
図6(a)及び(b)に示すように、少なくとも70質量%以上のSnO
2を含む基板上でリチウムイオン正極材を焼結した結果、該基板におけるリチウムイオン正極材との接触面にリチウムイオン正極材は全く接着しておらず、傾斜させたところ自重で滑り落ち、反応層の形成もほぼ観察されなかった。これに対し、少なくとも70質量%以上のSnO
2を含む保護層を形成しない基板上でリチウムイオン正極材を焼結した結果が
図2~5である。
図2においては、該基板におけるリチウムイオン正極材との接触面全体が茶褐色に変色し、基板から浮き出してきた褐色生成物層が観察された。また、
図3~5では、リチウムイオン正極材焼成後の該接触面にはLCO層が形成され、該基板に強固に固着していた。
【0072】
本発明を特定の態様を参照して詳細に説明したが、本発明の精神と範囲を離れることなく様々な変更および修正が可能であることは、当業者にとって明らかである。なお、本出願は、2019年11月8日付けで出願された日本特許出願(特願2019-203486)に基づいており、その全体が引用により援用される。また、ここに引用されるすべての参照は全体として取り込まれる。
【符号の説明】
【0073】
1 リチウムイオン正極材焼成用匣鉢
2 匣鉢本体
211 底部
212 壁面
21 内側表面
3 保護層