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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】H形鋼
(51)【国際特許分類】
   E04C 3/06 20060101AFI20241217BHJP
   E04B 1/24 20060101ALI20241217BHJP
【FI】
E04C3/06
E04B1/24 B
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2022038818
(22)【出願日】2022-03-14
(65)【公開番号】P2023133697
(43)【公開日】2023-09-27
【審査請求日】2023-10-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100127845
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 壽彦
(72)【発明者】
【氏名】森岡 宙光
(72)【発明者】
【氏名】難波 隆行
(72)【発明者】
【氏名】金崎 信太朗
【審査官】土屋 保光
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-121653(JP,A)
【文献】松井千秋,軸力と任意方向水平力を受けるH形鋼柱材の弾塑性性状に関する実験的研究,日本建築学会構造系論文報告書,日本,国内図書,1986年03月
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04C 3/00 - 3/46
E04B 1/00 - 1/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2辺のフランジと1辺のウェブから構成されるH形鋼であって、
前記ウェブを構成する鋼材の降伏点又は降伏耐力の規格値と前記フランジを構成する鋼材の降伏点又は降伏耐力の規格値が等しく、前記ウェブを構成する鋼材の降伏比をYRw、前記フランジを構成する鋼材の降伏比をYRfとしたときに、YRw>YRfであり、
YRf≦80、かつ80<YRw≦90であることを特徴とするH形鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建設分野で使用されるH形鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
建築物の柱や梁材として2辺のフランジと1辺のウェブから構成されるH形鋼が用いられる。
H形鋼を柱や梁の部材として用いる場合、大地震時に部材が曲げ変形し塑性化が生じる場合がある。この時、部材が塑性変形することで地震エネルギーを吸収し、これによって建築物の揺れを軽減し、崩壊を防ぐことが可能となる。
【0003】
ここで、靭性に乏しい材料の使用や、溶接欠陥の存在、形状不連続による応力集中部の存在などにより、十分な地震エネルギーを吸収する前に部材が破壊に至る恐れがある。そのため建築分野においては、材料の規格、溶接欠陥の発生を防止するための溶接条件、形状不連続を防止するための部材の加工方法などが厳しく定められている。
【0004】
図9は、角形鋼管柱7にダイアフラム9を介してウェブ5とフランジ3を有するH形鋼13からなる梁11を接合した架構の一部を示したものであり、梁端における鋼管柱との接合部には、裏当て金17を挿入するための切欠き部であるスカラップ13が設けられている。
図9に示すような構造物においては、スカラップ底13a(スカラップ13とフランジ3の接点)を起点として亀裂が発生することが過去の地震被害から分かっている。そのため、スカラップ底13aの応力集中を防ぐために、スカラップ13の形状を工夫する等の提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1においては、スカラップ底の曲面部がフランジに接するようにスカラップの形状が示されている。
また、特許文献2においては、スカラップを溶接金属で充填することで応力の集中を防ぐ方法が提案されている。
さらに、特許文献3においては、スカラップ部の側面に補強用の鋼板を固設することで、スカラップ底に生じる応力を軽減する方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2020-23785号公報
【文献】特開2015-224427号公報
【文献】特開2015-67995号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1の方法では、スカラップの形状が複雑になるため、部材の切断加工が難しくなる点が課題となる。
また、特許文献2の方法では、溶接作業が増えることや作業が横向き溶接となり溶接難度が高いことが課題となる。
さらに、特許文献3の方法でも、特許文献2と同様に、溶接作業が増える点が課題となる。
【0008】
本発明はかかる課題を解決するためになされたものであり、加工や溶接作業を難しくしたり、溶接作業が増加したりすることなく、スカラップを設けた場合にも応力集中を防ぐことができるH形鋼を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
(1)本発明に係るH形鋼は、2辺のフランジと1辺のウェブから構成されるものであって、前記ウェブを構成する鋼材の降伏点又は降伏耐力の規格値と前記フランジを構成する鋼材の降伏点又は降伏耐力の規格値が等しく、前記ウェブを構成する鋼材の降伏比をYRw、前記フランジを構成する鋼材の降伏比をYRfとしたときに、YRw>YRfであることを特徴とするものである。
【0010】
(2)また、上記(1)に記載のものにおいて、YRf≦80、かつ80<YRw≦90であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るH形鋼においては、ウェブを構成する鋼材の降伏点又は降伏耐力の規格値とフランジを構成する鋼材の降伏点又は降伏耐力の規格値が等しく、前記ウェブを構成する鋼材の降伏比をYRw、前記フランジを構成する鋼材の降伏比をYRfとしたときに、YRw>YRfであることにより、加工や溶接作業を難しくしたり、溶接作業が増加したりすることなく、スカラップを設けた場合にも応力集中を防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施の形態に係るH形鋼の外観図である。
図2】発明の効果確認に用いたFEM解析モデルの説明図である。
図3】解析条件1の説明図である。
図4】解析条件2の説明図である。
図5】解析結果を示すグラフである(その1)。
図6】解析結果を示すグラフである(その2)。
図7】解析結果のコンター図である(その1)。
図8】解析結果のコンター図である(その2)。
図9】発明が解決しようとする課題を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
まず、本発明に至った経緯を説明する。
H形鋼を柱や梁として用いる場合、地震時に部材が曲げ変形し塑性化が生じる。この時、降伏比(降伏強度/引張強度×100(%))の小さい部材では、塑性化後の耐力上昇が小さく、部材が塑性化する領域も小さくなり、小さい地震エネルギーで破壊に至るおそれがある。そのため、建築分野に使用する鋼材は降伏比の上限値が規定される。具体的には、490N/mm2級鋼であるSN490や590N/mm2級鋼であるSA440では降伏比を80%以下に制限している。
【0014】
ここで、梁の部材としての変形性能を考えると、図9に示すように、梁端には溶接の裏当て金17を取り付けるためにスカラップ13が設けられ、スカラップ13を設けた場合、断面が不連続となるスカラップ底13aに応力集中が起こり、脆性破壊の起点となりうる。
【0015】
近年では、構造物の大型化により、梁のウェブやフランジに板厚の大きい鋼材が使用されるが、板厚の大きい部材ほど、寸法効果により脆性破壊が起こりやすい傾向にある。
一方で、地震時の破壊の起点となるスカラップ底はウェブに設けられるため、ウェブに流れる応力を低減することでスカラップ底からの破壊を防止することができると考えられる。
【0016】
すなわち、ウェブを構成する鋼材の降伏比を、フランジを構成する鋼材の降伏比よりも大きくし、塑性化後の応力上昇を小さくすることで、スカラップ底に生じる応力を低減できると考えられる。
本発明はかかる知見に基づくものであり、具体的な実施の形態を以下に示す。
【0017】
本実施の形態に係るH形鋼1は、図1に示すように、2辺のフランジ3と1辺のウェブ5から構成されるものであって、ウェブ5を構成する鋼材の降伏点又は降伏耐力の規格値とフランジ3を構成する鋼材の降伏点又は降伏耐力の規格値が等しく、ウェブ5を構成する鋼材の降伏比をYRw、フランジ3を構成する鋼材の降伏比をYRfとしたときに、YRw>YRfであることを特徴とするものである。
H形鋼1は、圧延されたもの(図1(a)参照)でもよいし、溶接組立されたもの(図1(b)参照)でもよい。
【0018】
ウェブ5を構成する鋼材の降伏点又は降伏耐力の規格値とフランジ3を構成する鋼材の降伏点又は降伏耐力の規格値を等しくしている理由は以下の通りである。
ウェブ5とフランジ3の強度差が大きくなると、一方に応力集中が起こるため、前記強度差を無くして応力集中が生じないようにするためである。
【0019】
なお、本発明のH形鋼1の降伏強度もしくは耐力の規格値として235~440N/mm2を想定しているが、これに限定されるものではない。ただし、建築物が大型化する場合には強度の高く板厚の大きい梁11を使用するため、スカラップ底13aからの破壊が起こりやすい。そのため、H形鋼1の降伏強度もしくは耐力の規格値が355N/mm2以上の梁11に本発明を適用するとより効果が出ると考えられる。
【0020】
本実施の形態のH形鋼1であれば、構造物を構成する梁11に用いてスカラップを形成した場合であっても、ウェブ5の塑性化後の応力上昇を小さくすることができ、スカラップ底13aに生じる応力を低減できる。
【0021】
なお、H形鋼1を構成するフランジ3の鋼材の降伏比YRfと、ウェブ5の鋼材の降伏比YRwを以下のように設定するのが好ましい。
YRf≦80%、かつ80%<YRw≦90%
YRf≦80%としたのは、構造物の健全性を担保するためである。また、80%<YRwとしたのは、降伏点、引張強さは製造過程において温度制御されることがあるが、80超えを許容できることで製造条件を緩和できるためである。さらに、YRw≦90%としたのは、後述する実施例の解析においてYRw=90%が実証されていることから、健全性を担保できる上限値としてYRw=90%を上限値とした。
【実施例
【0022】
本発明の効果を確認するためのFEM解析を実施したので、以下説明する。
解析モデルは、図2に示すように、角形鋼管柱7にダイアフラム9を介してH形鋼1からなる梁11を接合したト字形架構とし、梁端における角形鋼管柱7との接合部にはスカラップ13を設けている。
角形鋼管柱7は□800×40(BCP325)、梁11はH-1000×400×19×40(降伏強度もしくは耐力の規格値が355N/mm2の鋼材)、通しダイアフラム9は板厚50mm(降伏強度もしくは耐力の規格値が355N/mm2の鋼材)とし、梁11の長さは5,600mm(スパン12,000mmの梁11を対称性から半分にしている)とする。梁11の幅厚比ランクはフランジ3、ウェブ5ともにFAとする。
【0023】
解析パラメータは、梁11の材料特性である降伏比について、フランジ3の降伏比(YRf)を70%とし、ウェブ5の降伏比(YRw)を70~80%の範囲で変化させた場合(解析条件1:図3参照)と、フランジ3の降伏比(YRf)を80%とし、ウェブ5の降伏比(YRw)を80~90%の範囲で変化させた場合(解析条件2:図4参照)とを行った。
解析は、解析条件1、2について、層間変形角R=1/20rad.の大変形時にスカラップ底13aに生じる塑性ひずみを確認するというものである。
【0024】
解析1の結果を図5に、解析2の結果を図6にそれぞれ示す。
図5図6における縦軸はスカラップ底13aの相当塑性ひずみの低下率であり、横軸はウェブ5のYRw(%)である。
また、解析条件2におけるウェブ5のYRw(%)を80%、90%にした場合の相当塑性ひずみの大きさを示すコンター図を図7図8に示す。
【0025】
図7図8に示されるように、ウェブ5のYRwに関わらず、相当塑性ひずみの最大はスカラップ底13aに生じていることが分かる。
また、図5図6に示されるように、フランジ3のYRfに関わらず、ウェブ5のYRwが大きいほどスカラップ底13aの塑性ひずみが小さくなっていることが分かる。
以上から、H形鋼1のウェブ5を構成する鋼材の降伏比YRw、フランジ3を構成する鋼材の降伏比YRfとしたときに、YRw>YRfとすることで、スカラップ13を設けた場合にも応力集中を防ぐことができることが実証された。
【符号の説明】
【0026】
1 H形鋼
3 フランジ
5 ウェブ
7 角形鋼管柱
9 ダイアフラム
11 梁
13 スカラップ
13a スカラップ底
15 H形鋼(従来例)
17 裏当て金
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9