IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ JFEスチール株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-高強度鋼板及び自動車車体 図1
  • 特許-高強度鋼板及び自動車車体 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】高強度鋼板及び自動車車体
(51)【国際特許分類】
   C25D 5/26 20060101AFI20241217BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20241217BHJP
   C22C 38/06 20060101ALI20241217BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20241217BHJP
   C23C 30/00 20060101ALI20241217BHJP
   C22C 18/00 20060101ALN20241217BHJP
【FI】
C25D5/26 F
C22C38/00 301T
C22C38/06
C22C38/60
C23C30/00 A
C22C18/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022045021
(22)【出願日】2022-03-22
(65)【公開番号】P2023139466
(43)【公開日】2023-10-04
【審査請求日】2023-10-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100184859
【弁理士】
【氏名又は名称】磯村 哲朗
(74)【代理人】
【識別番号】100123386
【弁理士】
【氏名又は名称】熊坂 晃
(74)【代理人】
【識別番号】100196667
【弁理士】
【氏名又は名称】坂井 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】竹山 隼人
(72)【発明者】
【氏名】秦 謙太郎
(72)【発明者】
【氏名】松田 武士
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2020/079925(WO,A1)
【文献】特開昭60-211096(JP,A)
【文献】特開平05-179481(JP,A)
【文献】特開2016-186097(JP,A)
【文献】特開2020-158874(JP,A)
【文献】特表2021-530621(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/26
C22C 38/00
C22C 38/06
C22C 38/60
C23C 30/00
C22C 18/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張強度が1180MPa以上である下地鋼板と、該下地鋼板表面に被覆されたZn-Co合金層とを有し、前記Zn-Co合金層は、片面当たりの被覆量が20g/m 以上50g/m 以下であり、且つ前記Zn-Co合金層中のCo濃度が10質量%以上30質量%未満であることを特徴とする高強度鋼板。
【請求項2】
前記下地鋼板が、質量%で、C:0.03%以上0.45%以下、Si:0.01%以上3.00%以下、Mn:0.5%以上3.5%以下、P:0.050%以下、S:0.0050%以下、Al:0.001%以上1.500%以下、およびN:0.0100%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有することを特徴とする請求項に記載の高強度鋼板。
【請求項3】
前記下地鋼板が、更に、質量%で、Cu:1.00%以下、B:0.0050%以下、Nb:0.100%以下、Ti:0.200%以下、V:0.500%以下、Mo:1.000%以下、Cr:1.000%以下、Ni:1.00%以下、W:0.200%以下、Zr:0.200%以下、Hf:0.200%以下、Co:0.500%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.0100%以下、Sn:0.200%以下、Sb:0.200%以下、REM:0.005%以下のうちから選ばれる1種又は2種以上を含有することを特徴とする請求項に記載の高強度鋼板。
【請求項4】
請求項1~のいずれかに記載の高強度鋼板を使用した自動車車体用または自動車足回り用部品。
【請求項5】
請求項1~のいずれかに記載の高強度鋼板をサイドシル、センターピラー下部、バンパーのいずれか1箇所以上の部位に使用した自動車車体。
【請求項6】
請求項1~のいずれかに記載の高強度鋼板をロアアームの部位に使用した自動車車台。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐遅れ破壊性に優れた高強度鋼板に関するものであり、詳細には、主として自動車、建材用の強度部材に好適な鋼板であって、耐遅れ破壊性と耐食性に優れ、引張強度1180MPa以上を有する高強度鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、自動車用鋼板としては、亜鉛めっき鋼板が多く用いられている。その理由は亜鉛の犠牲防食作用により、鋼板の塗装後耐食性を著しく向上させることができるためである。また、近年、自動車のCO排出量の低減および安全性確保の観点から、自動車用鋼板の高強度化が図られている。
【0003】
しかしながら、鋼材の強度を高めていくと、遅れ破壊という現象が生じやすくなることが知られている。この遅れ破壊は鋼材強度の増大とともに発生しやすくなり、特に引張強度1180MPa以上の高強度鋼材で顕著となる。なお、遅れ破壊とは、高強度鋼材が静的な負荷応力(引張り強さ未満の負荷応力)を受けた状態で、ある時間が経過したとき、外見上はほとんど塑性変形を伴うことなく、突然脆性的な破壊が生じる現象である。
【0004】
この遅れ破壊は、鋼板の場合、プレス加工により所定の形状に成形したときの残留応力と、応力集中部における鋼の水素脆性により生じることが知られている。この水素脆性の原因となる水素は、ほとんどの場合、外部環境から鋼中に侵入し、拡散した水素であると考えられており、代表的には、鋼板の腐食の際に発生した水素が鋼中に侵入し、拡散したものである。一般に、亜鉛めっき鋼板は冷延鋼板より腐食時の水素侵入量が多く、遅れ破壊の発生に対してより厳しい環境に曝される。
【0005】
特に、 自動車構造部材の中で、サイドシル(ロッカー)、センターピラー(Bピラー)下部、バンパー等の自動車車体下部構造部材やロアアーム等の自動車車台(シャシー)構造部材は腐食環境が厳しく、遅れ破壊を防止する対策が特に求められる部位である。
【0006】
高強度鋼板におけるこのような遅れ破壊を防止するために、例えば、特許文献1では、鋼板の組織や成分を調整することにより、遅れ破壊感受性を弱める検討がなされている。また、特許文献2では、遅れ破壊を防止する高強度溶融亜鉛めっき鋼板に関する検討がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2004-231992号公報
【文献】特開平6-145893号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1に開示されている技術では、外部環境から鋼板内部に侵入する水素量は変化しないため、遅れ破壊の発生を遅らせることは可能であっても、遅れ破壊自体を防止することはできない。また、特許文献2に開示されている技術に基づいて、鋼成分組成と微細組織構成を調整しても、十分な耐遅れ破壊性は得られなかった。
【0009】
従って、耐食性と耐遅れ破壊性の双方に優れた高強度鋼板はまだ実用に供されていない。
【0010】
本発明の目的は、以上のような従来技術の課題を解決し、主として自動車の強度部材に好適な耐遅れ破壊性と耐食性に優れた高強度鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、鋼板内部に侵入する水素を抑制することにより遅れ破壊を防止する手段について、鋭意検討および研究を重ねた。その結果、下地鋼板表面を、特定の被覆量と特定のCo濃度を有するZn-Co合金層で被覆することにより、鋼板内部への水素侵入を大幅に抑制して鋼板の遅れ破壊を防止することができ、しかも優れた耐食性も得られることを見出した。
【0012】
本発明はこのような知見に基づきなされたもので、以下を要旨とするものである。
[1]引張強度が1180MPa以上である下地鋼板と、該下地鋼板表面に被覆されたZn-Co合金層とを有し、
前記Zn-Co合金層は、被覆量が0.10g/m以上であり、
且つ前記Zn-Co合金層中のCo濃度が5質量%以上60質量%未満であることを特徴とする高強度鋼板。
[2]前記Zn-Co合金層の被覆量が20g/m以上であることを特徴とする[1]に記載の高強度鋼板。
[3]前記Co濃度が10質量%以上30質量%未満であることを特徴とする[1]又は[2]に記載の高強度鋼板。
[4]前記Zn-Co合金層の被覆量が90g/m未満であることを特徴とする[1]から[3]のいずれかに記載の高強度鋼板。
[5]前記下地鋼板が、質量%で、C:0.03%以上0.45%以下、Si:0.01%以上3.00%以下、Mn:0.5%以上3.5%以下、P:0.050%以下、S:0.0050%以下、Al:0.001%以上1.500%以下、およびN:0.0100%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成を有することを特徴とする[1]~[4]のいずれかに記載の高強度鋼板。
[6]前記下地鋼板が、更に、質量%で、Cu:1.000%以下、B:0.0050%以下、Nb:0.100%以下、Ti:0.200%以下、V:0.500%以下、Mo:1.000%以下、Cr:1.000%以下、Ni:1.00%以下、W:0.200%以下、Zr:0.200%以下、Hf:0.200%以下、Co:0.500%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.0100%以下、Sn:0.200%以下、Sb:0.200%以下、REM:0.005%以下のうちから選ばれる1種又は2種以上を含有することを特徴とする[5]に記載の高強度鋼板。
[7][1]~[6]のいずれかに記載の高強度鋼板を使用した自動車車体用または自動車足回り用部品。
[8][1]~[6]のいずれかに記載の高強度鋼板をサイドシル、センターピラー下部、バンパーのいずれか1箇所以上の部位に使用した自動車車体。
[9][1]~[6]のいずれかに記載の高強度鋼板をロアアームの部位に使用した自動車車台。
【発明の効果】
【0013】
本発明の高強度鋼板は、遅れ破壊が効果的に抑制される優れた耐遅れ破壊性を有するとともに、優れた耐食性を有する。本発明の高強度鋼板は、自動車、建材用の強度部材に好適に用いられる。特に、自動車車体の中で、高強度が必要とされ、かつ、腐食環境が厳しいサイドシル、センターピラー下部、バンパー等の自動車車体の下部構造部材やロアアーム等の自動車車台(シャシー)構造部材に好適に用いることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例で用いた遅れ破壊評価用試験片を模式的に示す図面である。
図2】実施例において行った複合サイクル腐食試験の工程を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の高強度鋼板は、引張強度が1180MPa以上である下地鋼板と、該下地鋼板表面に被覆されたZn-Co合金層とを有し、Zn-Co合金層は、被覆量が0.10g/m以上であり、且つZn-Co合金層中のCo濃度が5質量%以上60質量%未満であることを特徴とし、耐遅れ破壊性と耐食性とに優れる。
【0016】
本発明の高強度鋼板の基質となる鋼板(下地鋼板)は、引張強度が1180MPa以上の鋼板であり、1320MPa以上であることが好ましい。
遅れ破壊は、鋼中に侵入した水素が応力集中部に拡散したり、濃化したりして、脆化を引き起こすことで発生するため、鋼の強度に依存する。すなわち、引張強度が低い鋼板では、本質的に遅れ破壊が生じにくい。よって、本発明の効果は、引張強度が低い鋼板でも得られるが、引張強度が1180MPa以上の鋼板で顕著に発現され、引張強度が1320MPa以上の鋼板でより顕著に発現される。
【0017】
サイドシル、センターピラー下部、バンパー等の自動車車体の下部構造部材やロアアーム等の自動車車台(シャシー)構造部材は、高い衝突安全性と軽量な構造が求められるため引張強度が1180MPa以上であることが求められる。また、該下部構造材の腐食環境は 走行に伴い泥や塩水が堆積し、腐食が進行しやすいため、自動車車体上部構造と比較してより優れた耐食性が必要とされる。
【0018】
なお、上記の引張強度は、JIS Z 2241(2011年)に準拠して測定できる。
【0019】
下地鋼板の成分組成および鋼組織は、特に限定されない。また、圧延方法などについても特に限定されず、熱延鋼板、冷延鋼板のいずれを下地鋼板として用いてもよい。これらのうち、鋼板が自動車分野や建材分野などにおいて用いられること、特には、自動車分野において多く用いられることを鑑みると、冷延鋼板を用いることが好ましい。すなわち、本発明の下地鋼板は、引張強度が1180MPa以上である高強度冷延鋼板が好ましく、引張強度が1320MPa以上の高強度冷延鋼板がさらに好ましい。
【0020】
本発明において好ましく用いられる下地鋼板は、所望の引張強度を有するものであれば、いかなる成分組成および鋼組織を有するものでもよく、機械特性などの諸特性を向上させるために、例えば、C、Nなどの侵入型固溶元素やSi、Mn、P、Crなどの置換型固溶元素の添加による固溶体強化、Ti、Nb、V、Alなどの炭・窒化物による析出強化、W、Zr、Hf、Co、B、Cu、希土類元素などの強化元素の添加といった化学組成的改質、再結晶の起こらない温度で回復焼きなましすることによる強化あるいは完全に再結晶させずに未再結晶領域を残す部分再結晶強化、ベイナイトやマルテンサイト単相化あるいはフェライトとこれら変態組織の複合組織化といった変態組織による強化、フェライト粒径をdとしたときのHall-Petchの式:σ=σ0+kd-1/2(式中σ:応力、σ0:、k:材料定数)で表される細粒化強化、圧延などによる加工強化といった組織的ないし構造的改質を単独でまたは複数を組み合わせて行うことができる。
【0021】
このような下地鋼板の成分組成としては、例えば、質量%で、C:0.03%以上0.45%以下、Si:0.01%以上3.00%以下、Mn:0.5%以上3.5%以下、P:0.050%以下、S:0.0050%以下、Al:0.001%以上1.500%以下、N:0.0100%以下を含有し、更に、Cu:1.000%以下、B:0.0050%以下、Nb:0.100%以下、Ti:0.200%以下、V:0.500%以下、Mo:1.000%以下、Cr:1.000%以下、Ni:1.00%以下、W:0.200%以下、Zr:0.200%以下、Hf:0.200%以下、Co:0.500%以下、Ca:0.0050%以下、Mg:0.0100%以下、Sn:0.200%以下、Sb:0.200%以下、REM:0.005%以下のうちから選ばれる1種又は2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物である成分組成とすることができる。なお、P、S、Nについては生産技術上の制約から0%超の場合があり得る。
【0022】
以下、本発明の鋼板の成分組成について説明する。なお、成分に関する%表示は特に断らない限り質量%を意味するものとする。
【0023】
C:0.03%以上0.45%以下
Cは鋼板の強度を高める効果を有する。その効果を得るためには、0.03%以上のCが好ましい。一方で、C含有量が0.45%を超えると自動車や家電の素材として用いる場合に必要である溶接性が劣化する。したがって、C含有量は0.03%以上0.45%以下としてよい。
【0024】
Si:0.01%以上3.00%以下
Siは鋼を強化し、延性を向上させるのに有効な元素であり、その効果を得るためには0.01%以上のSiが好ましい。一方で、Si含有量が3.00%を超えると、Siが表面に酸化物を形成し、めっき外観が劣化する。したがって、Si含有量はSi:0.01%以上3.00%以下としてよい。より好ましくは0.01%以上2.00%以下である。
【0025】
Mn:0.5%以上3.5%以下
Mnは、焼入れ性を高め鋼板の強度を高めるために有用な元素である。その効果は、Mn含有量が0.5%未満では得られない。一方、Mn含有量が3.5%を超えると、Mnの偏析が生じ、加工性が低下する。したがって、Mn含有量は0.5%以上3.5%以下としてよい。加工性を向上させる観点からMnは3.0%以下とすることが好ましい。
【0026】
P:0.050%以下
Pは不可避的に含有される元素のひとつであり、0.005%未満にする為には、コストの増大が懸念される為、0.005%以上であることが望ましい。一方で、P含有量が0.050%を超えると、鋳造時のオーステナイト粒界へのP偏析に伴う粒界脆化により局部延性の劣化を通じて成形後の鋼板の耐遅れ破壊性を劣化させる。したがって、P含有量は極力低減させることが好ましく、P含有量は0.050%以下としてよい。好ましくは0.020%以下である。
【0027】
S:0.0050%以下
Sは製鋼過程で不可避的に含有される元素である。しかしながら、多量に含有すると溶接性が劣化する。そのため、S含有量は0.0050%以下としてよい。耐遅れ破壊特性向上の観点からは、Sは0.0020%以下とすることが好ましい。Sを0.0001%以下にするためには、コストの増大が懸念されるので、0.0002%以上であることが好ましい。
【0028】
Al:0.001%以上1.500%以下
Alは溶鋼の脱酸を目的に添加されるが、その含有量が0.001%未満の場合、その目的が達成されない。一方で、Al含有量が1.500%を超えると、AlとNが結合して窒化物が形成される。窒化物は鋳造時にオーステナイト粒界上に析出して粒界脆化させることで、遅れ破壊性を劣化させる。したがって、Al含有量は0.001%以上1.500%以下としてよい。
【0029】
N:0.0100%以下
NはAlと結合して窒化物を形成する。窒化物は鋳造時にオーステナイト粒界上に析出して脆化を引き起こすため、耐遅れ破壊特性を劣化させる。したがってN含有量は0.0100%以下とする。上記観点からNは0.0050%以下とすることが好ましい。Nを0.0001%以下にするためには、コストの増大が懸念されるので、0.0005%以上であることが好ましい。
【0030】
Cu:1.000%以下
Cuは腐食環境中において鋼板の溶解を抑制し、鋼中に侵入する水素量を低減させる効果がある。一方、Cu含有量が1.000%超えではコストアップを招く。したがって、Cu含有量は1.000%以下としてよい。上記効果を得るために、Cu含有量は0.005%以上とすることが好ましい。
【0031】
B:0.0050%以下
Bの添加により焼き入れ促進効果が得られる。一方、B含有量が0.0050%超えでは介在物が増加して耐遅れ破壊特性が劣化する。したがって、B含有量は0.0050%以下としてよい。
【0032】
Nb:0.100%以下
Nbは0.005%以上で強度向上の効果が得られる。一方、Nb含有量が0.100%超えでは介在物が増加して耐遅れ破壊特性を劣化させるとともにコストアップを招く。よって、含有する場合、Nb含有量は100%以下としてよく、0.005%以上とするのが好ましい。介在物を低減する観点からはNbは0.050%以下とすることがさらに好ましい。
【0033】
Ti:0.200%以下
Tiは0.005%以上で強度向上の効果が得られる。一方、Ti含有量が0.200%超えでは介在物が増加して耐遅れ破壊特性を劣化させる。よって、含有する場合、Ti含有量は0.200以下としてよく、0.005%以上とするのが好ましい。介在物を低減する観点からはTiは0.080%以下とすることがさらに好ましい。
【0034】
V:0.500%以下
VとCとが結合して形成される微細炭化物は、鋼板の析出強化および水素のトラップサイトとして作用するため耐遅れ破壊性向上に有効であるため、必要に応じて含有してもよい。V含有量が0.500%を超えると、炭化物が過剰に析出して強度-延性バランスが劣化するおそれがある。このため、V含有量は0.500%以下が好ましい。より好ましくは0.100%以下であり、さらに好ましくは0.050%以下である。本発明では上記効果を得るためには0.005%以上のVの含有が好ましい。
【0035】
Mo:1.000%以下
Moは0.005%以上で強度向上の効果が得られる。一方、Mo含有量が1.000%超えではコストアップを招く。よって、含有する場合、Mo含有量は1.000%以下としてよく、0.005%以上とすることが好ましい。
【0036】
Cr:1.000%以下
Crは0.005%以上で焼き入れ性効果が得られる。一方、Cr含有量が1.000%超えではCrが表面濃化するため、溶接性が劣化する。よって、含有する場合、Cr含有量は1.000%以下としてよく、0.005%以上とすることが好ましい。
【0037】
Ni:1.00%以下
Niは0.005%以上で残留γ相形成促進効果が得られる。一方、Ni含有量が1.00%超えではコストアップを招く。よって、含有する場合、Ni含有量は1.00%以下としてよく、0.005%以上とすることが好ましい。
【0038】
W:0.200%以下
Wは0.005%以上で強度向上の効果が得られる。一方、W含有量が0.200%超えでは介在物が増加して耐遅れ破壊特性を劣化させるとともにコストアップを招く。よって、含有する場合、W含有量は0.200%以下としてよく、0.005%以上とするのが好ましい。介在物を低減する観点からはWは0.030%以下とすることがさらに好ましい。
【0039】
Zr:0.200%以下
Zrは0.005%以上で強度向上の効果が得られる。一方、Zr含有量が0.200%超えでは介在物が増加して耐遅れ破壊特性を劣化させるとともにコストアップを招く。よって、含有する場合、Zr含有量は0.200%以下としてよく、0.005%以上とするのが好ましい。介在物を低減する観点からはZrは0.030%以下とすることがさらに好ましい。
【0040】
Hf:0.200%以下
Hfは0.005%以上で強度向上の効果が得られる。一方、Hf含有量が0.200%超えでは介在物が増加して耐遅れ破壊特性を劣化させるとともにコストアップを招く。よって、含有する場合、Hf含有量は0.200%以下としてよく、0.005%以上とするのが好ましい。介在物を低減する観点からはHfは0.030%以下とすることがさらに好ましい。
【0041】
Co:0.500%以下
Coは0.005%以上で延性向上の効果が得られる。一方、Co含有量が0.500%超えでは著しいコストアップを招く。よって、含有する場合、Co含有量は0.500%以下としてよく、0.005%以上とするのが好ましい。
【0042】
Ca:0.0050%以下
Caは0.0002%以上で介在物を球状化して耐遅れ破壊特性を改善する効果が得られる。一方、Ca含有量が0.0050%超えでは介在物が増加して耐遅れ破壊特性を劣化させるとともにコストアップを招く。よって、含有する場合、Ca含有量は0.0050%以下としてよく、0.0002%以上とするのが好ましい。
【0043】
Mg:0.0100%以下
Mgは0.0002%以上で介在物を球状化して耐遅れ破壊特性を改善する効果が得られる。一方、Mg含有量が0.0100%超えでは介在物が増加して耐遅れ破壊特性を劣化させるとともにコストアップを招く。よって、含有する場合、Mg含有量は0.0100%以下としてよく、0.0002%以上とするのが好ましい。
【0044】
Sn:0.200%以下
Snは0.002%以上で表層の脱炭を抑制して耐疲労特性を改善する効果がある。一方、Sn含有量が0.200%超えでは粒界を脆化させて耐遅れ破壊特性を劣化させるとともにコストアップを招く。よって、含有する場合、Sn含有量は0.200%以下としてよく、0.002%以上とするのが好ましい。
【0045】
Sb:0.200%以下
Sbは0.002%以上で表層の脱炭を抑制して耐疲労特性を改善する効果がある。一方、Sb含有量が0.200%超えでは粒界を脆化させて耐遅れ破壊特性を劣化させるとともにコストアップを招く。よって、含有する場合、Sb含有量は0.200%以下としてよく、0.002%以上とするのが好ましい。
【0046】
REM:0.005%以下
REM(Rare-Earth-Metal)は0.0002%以上で介在物を球状化して耐遅れ破壊特性を改善する効果が得られる。一方、REM含有量が0.005%超えでは介在物が増加して耐遅れ破壊特性を劣化させるとともにコストアップを招く。よって、含有する場合、REM含有量は0.005%以下としてよく、0.0002%以上とするのが好ましい。
【0047】
残部はFeおよび不可避的不純物である。
【0048】
なお、上記成分の好ましい範囲として説明したB、Cu、Nb、Ti、Mo、Cr、Ni、W、Zr、Hf、Co、Ca、Mg、Sn、Sb、REMの含有量が下限値未満の場合、その成分は不可避的不純物として含まれるものとする。
【0049】
本発明において基質となる下地鋼板の厚みは、特に限定されるものではないが、0.8~6.0mmが好ましく、1.2~4.0mmがより好ましい。
【0050】
本発明の高強度鋼板は、上記したような鋼板(下地鋼板)の表面が特定のZn-Co合金層、すなわち、被覆量が0.10g/m以上であり、且つCo濃度が5質量%以上60質量%未満であるZn-Co合金層で被覆されたものである。
【0051】
本発明者らの研究および検討結果によれば、腐食過程における亜鉛めっきが被覆された鋼板内部への水素侵入については、湿潤下における腐食過程において、Znめっきの犠牲防食作用により、地鉄上で多くの水素が発生することが鋼板の遅れ破壊に大きく関与していると考えた。また、鋼板内部への水素侵入を抑制するためには、特に、腐食過程における鋼板中への水素侵入を抑制することが重要であることを発見した。そして、Zn-Coめっきにおいては、Coによって腐食過程で腐食抑制効果の高い腐食生成物が形成されることにより、鋼板中への水素侵入を抑制できると考えた。
【0052】
以上の推定メカニズムから、水素侵入を抑制するために有効な腐食生成物を形成するためには、鋼板表面上のZn-Co合金層の被覆量が0.10g/m以上であり、Zn-Co合金層のCo濃度が5質量%以上60質量%未満であることが必要であることを知見した。また、特に腐食に厳しい部材に適用する場合には、Zn-Co合金層の被覆量を20g/m以上とすることが好ましい。
【0053】
Zn-Co合金層の被覆量が0.10g/m未満では、十分な水素侵入抑制効果と耐食性向上の効果の両立が実現できない。例えば、Zn-Co合金層の被覆量が0.10g/mに対して非常に少ない場合では、水素侵入量を減らすことはできるものの、所望の耐食性を得られなくなる。また、Zn-Co合金層の被覆量を90g/m未満とすれば、製造コストの大幅な増加を防止できるので好ましい。よって、Zn-Co合金層の被覆量は0.10g/m以上であり、好ましくは、20g/m以上である。更に、より好ましくは40g/m以上60g/m以下である。40g/m以上60g/m以下であれば良好な耐遅れ破壊特性と耐食性が安定して得られる。
【0054】
本発明の高強度鋼板は、上述したZn-Co合金層を下地鋼板片面に被覆したものでもよいし、下地鋼板両面に被覆したものでもよい。
【0055】
なお、Zn-Co合金層の被覆量は、下地鋼板上のZn-Co合金層を溶解させ、溶解前後の鋼板の質量差から算出することができる。下地鋼板片面のみにZn-Co合金層が被覆された場合は、上記質量差(g)を下地鋼板片面の面積で割ること(上記質量差(g)/下地鋼板片面の面積(m))により、Zn-Co合金層の被覆量を測定することができる。
【0056】
また、下地鋼板両面にZn-Co合金層が被覆された場合は、上記質量差(g)を下地鋼板片面の面積の2倍の値で割ること(上記質量差(g)/(下地鋼板片面の面積(m)×2))により、Zn-Co合金層の被覆量を測定することができる。
【0057】
また、Zn-Co合金層中のCo濃度が5質量%未満では、腐食過程において十分な保護性を有する腐食生成物が形成されず、鋼板中への水素侵入を抑制できない。また60質量%以上では、逆に耐遅れ破壊特性が劣化する。この理由は定かではないが、めっき構造の変化が影響して、Zn-Co合金の耐食性が劣化しているためと考えられる。よって、Zn-Co合金層中のCo濃度は5質量%以上60質量%未満であり、好ましくは、耐遅れ破壊特性が特に良好となる10質量%以上30質量%未満である。
【0058】
なお、Co濃度は、Zn-Co合金層を溶解させて得られる溶液を用い、ICP発光分光分析法により測定することができる。Zn-Co合金層の被覆量が少なく、溶解前後の鋼板の質量差から算出した場合の誤差が大きくなる場合には、Zn-Co合金層中のZn、Co共にICP発光分光分析法により測定することでより正確な被覆量とCo濃度が得られる。
【0059】
下地鋼板表面をZn-Co合金層で被覆する方法については、特別な制限はなく、公知の方法を適用することが可能であるが、例えば、電気めっき法(Zn-Co合金電気めっき法)、蒸着法等を用いることができる。
【0060】
電気めっき法(Zn-Co合金電気めっき法)の場合には、めっき浴に含まれるZn、Coの濃度を調整することでZn-Co合金層のCo濃度を変えることができ、また、電解時間を調整することでZn-Co合金層の被覆量を変えることができる。また、蒸着法の場合には、ターゲットとしてZn及びCoを用いてCo濃度を調整することができ、また、蒸着時間を調整することでZn-Co合金層の被覆量を変えることができる。
【0061】
前述したように、本発明の高強度鋼板は、上述したZn-Co合金層を下地鋼板片面に被覆したものでもよいし、下地鋼板両面に被覆したものでもよい。
【0062】
なお、Zn-Co合金層は、基本的にZnとCoからなるものであるが、Al,Fe,Ni,Mo,V,Wのうちから選ばれる1種以上を少量(合計5質量%以下)含有してもよい。
【0063】
X線回折によれば、Zn-Co合金層中のCoは酸化しておらず合金状態にあると推定される。酸化状態にはないことで、腐食時に反応し緻密な腐食生成物が形成されると推定される。
【0064】
基質として使用される下地鋼板の製造方法は特に限定されない。本発明の理解を容易にするために、冷延鋼板の表面をZn-Co合金層で被覆する場合における、製鋼からの一連のプロセスについて、一例を挙げて簡単に説明する。
【0065】
所定の成分組成の鋼を溶製し、常法に従い連続鋳造でスラブとする。次いで、得られたスラブを加熱炉中で1100~1300℃の温度で加熱し、750~950℃の仕上げ温度で熱間圧延を行い、500~650℃にて巻き取る。これに続いて酸洗後、圧下率30~70%の冷間圧延を行う。その後、必要に応じて、常法に従い、アルカリまたはアルカリと界面活性剤およびキレート剤との混合溶液による洗浄、電解洗浄、温水洗浄、乾燥を行う清浄化処理を行った後、750~900℃にて加熱処理し、急速冷却を行い、鋼板の引張強度の調整を行う。さらに必要に応じて、常法に従い伸長率0.01~0.5%程度の調質圧延を行うことで所望の引張強度を有する冷延鋼板を得る。このようにして得られた冷延鋼板表面に、電気めっき法、蒸着法等の方法にて、Zn-Co合金層を被覆量が0.10g/m以上で、Zn-Co合金層中のCo濃度が5質量%以上60質量%未満となるように被覆する。これにより、本発明の高強度鋼板の一例としての高強度冷延鋼板を得ることができる。
【0066】
なお、冷延鋼板表面をZn-Co合金層で被覆するのにめっき法、特に電気めっき法を用いた場合において、めっき処理時に鋼板およびZn-Co合金層中に水素が侵入する恐れがあるときは、必要に応じて、めっき処理後に100~300℃程度の温度で24時間程度保持し、鋼板およびZn-Co合金層中に侵入した水素を除去する処理を施してもよい。
【0067】
本発明の高強度鋼板は優れた耐遅れ破壊特性と優れた耐食性を有するため自動車車体用または自動車足回り用部品に好適に用いることが出来る。
【0068】
本発明の高強度鋼板は特に、優れた耐遅れ破壊特性と優れた耐食性が要求されるサイドシル、センターピラー下部、バンパーの部位に好適に使用可能である。
【0069】
また、本発明の高強度鋼板は優れた耐遅れ破壊特性と優れた耐食性を有するため、自動車車台のロアアームの部位に使用することが有用である。
【0070】
本発明において、耐遅れ破壊性については、図1に示した試験片を用いて、図2に示したSAE J2334で規定される腐食試験で評価した。試験片と腐食試験の詳細は実施例で説明する。
【実施例
【0071】
下地鋼板として、表1のA~Gの各成分組成を有する板厚1.2mmの冷延鋼板(引張強度1480MPa)を試験片として用いた。これらの冷延鋼板をトルエンに浸漬して5分間超音波洗浄を行い、防錆油を除去した後、Zn-Co合金電気めっきを施し、鋼板両面の表面にZn-Co合金層(めっき層)を形成した。
【0072】
上記の引張強度はJIS Z 2241(2011年)に準拠して測定した。
【0073】
【表1】
【0074】
電気めっき液としては、二価のコバルトイオン濃度:30g/L、二価の亜鉛イオン濃度:30g/Lを硫酸塩として添加し、酢酸ナトリウムを15g/L添加したものを用いた。電流密度を10~80A/dmの範囲で調整することでZn-Co合金層のCo濃度を変化させ、また、電解時間を調整することでZn-Co合金層の被覆量を変化させ、No.1~23、25~48の鋼板を作製した。
【0075】
なお、以上のめっき処理を行わない鋼板(No.24)を比較例の1つとした。
【0076】
Zn-Co合金層の被覆量は、鋼板を塩酸に浸漬してZn-Co合金層を溶解させ、溶解前後の鋼板の質量差から求めた。なお、Zn-Co合金層の溶解の終点については、塩酸に鉄の溶解を防止するインヒビターを入れることにより判断した。塩酸にインヒビターを入れることにより、Zn-Co合金層が溶けている最中は気体が発生するのに対し、Zn-Co合金層の溶解が終了することで気体発生が終了する。この気体発生の終了を目視することにより、Zn-Co合金層の溶解が終了したことを判断した。
【0077】
Zn-Co合金層のCo濃度は、塩酸で合金層を溶解させて得られた溶液から、ICP発光分光分析法によりCo濃度を測定した。
【0078】
以上のようにして得られた試験片について、以下の評価を行った。得られた結果を、Zn-Co合金層の構成とともに表2に示す。
【0079】
(1)耐遅れ破壊性の評価
研削加工を施して作製した試験片(30mm×99.5mm)を曲率半径4mmRで180°曲げ加工し、図1に示すように、この曲げ試験片1を内側間隔が8mmとなるようにボルト2とナット3で拘束して試験片形状を固定し、遅れ破壊評価用試験片を得た。このようにして作製した遅れ破壊評価用試験片に対し、図2に示した米国自動車技術会で定めたSAE J2334に規定された、「工程1:塩水浸漬(0.5質量%のNaCl、0.1質量%のCaCl、及び0.075質量%のNaHCOを有する25℃の溶液中で15分)」、「工程2:乾燥(60℃、RH50%環境下で17時間45分)」、「工程3:湿潤(50℃、RH100%環境下で6時間)」を順に行って1サイクル(24時間)とする複合サイクル腐食試験を、最大80サイクルまで実施した。なお、平日(月曜日~金曜日)は上記の1サイクルを実施した。平日以外(土曜日と日曜日)は乾燥(60℃、RH50%環境下で24時間)のみ行い、実施サイクル数には含めなかった。各サイクルの最初の工程となる塩水浸漬の工程前に目視により割れの発生の有無を調査し、割れ発生サイクル数を測定した。また、本試験は、各鋼板3検体ずつ実施し、その平均値をもって評価を行った。評価はサイクル数から、以下の基準により評価した。割れ発生サイクル数が30サイクル以上である場合を合格(○又は◎)とした。
◎:40サイクル以上
○:30サイクル以上、40サイクル未満
△:10サイクル以上、30サイクル未満
×:10サイクル未満
【0080】
(2)耐食性の評価
上記耐遅れ破壊性評価を行ったサンプルについて、各サイクルの塩水浸漬工程前に目視により赤錆発生の有無を調査し、赤錆発生サイクル数を測定した。評価はサイクル数から、以下の基準により評価した。5サイクル経過時点で赤錆発生が無い場合を合格(○)とした。
○:5サイクル経過時点で赤錆発生なし
×:5サイクル未満で赤錆発生あり
【0081】
【表2】
【0082】
表2によれば、本発明例の鋼板は、いずれも優れた耐遅れ破壊性と耐食性が得られている。中でも、Zn-Co合金層の被覆量が20g/m以上90g/m未満であり、Zn-Co合金層中のCo濃度が10質量%以上30質量%未満である鋼板No.10、12、17、18、25~48は、優れた耐食性を得られると共に、非常に優れた耐遅れ破壊性が得られることが分かった。
【0083】
これに対して比較例の鋼板は、耐遅れ破壊性、耐食性のいずれか又は両方が劣っている。
【符号の説明】
【0084】
1 試験片
2 ボルト
3 ナット
図1
図2