(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】アンギュラ玉軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 19/16 20060101AFI20241217BHJP
F16C 33/32 20060101ALI20241217BHJP
F16C 33/58 20060101ALI20241217BHJP
【FI】
F16C19/16
F16C33/32
F16C33/58
(21)【出願番号】P 2022551924
(86)(22)【出願日】2021-09-15
(86)【国際出願番号】 JP2021034012
(87)【国際公開番号】W WO2022065171
(87)【国際公開日】2022-03-31
【審査請求日】2024-04-18
(31)【優先権主張番号】P 2020162504
(32)【優先日】2020-09-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】曽我 修二
(72)【発明者】
【氏名】勝野 美昭
【審査官】糟谷 瑛
(56)【参考文献】
【文献】実開平05-086026(JP,U)
【文献】特開2005-240881(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/16
F16C 33/58-33/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周面に断面円弧状の内輪軌道溝を有する内輪と、
内周面に断面円弧状の外輪軌道溝を有する外輪と、
前記内輪軌道溝と前記外輪軌道溝との間に転動自在に設けられた複数の玉と、を備えるアンギュラ玉軸受であって、
玉径に対する前記内輪軌道溝の溝曲率半径比(Ri)が54~58%、前記玉径に対する前記外輪軌道溝の溝曲率半径比(Ro)が51~58%、且つ、Ri-Ro≧0ポイントであるとともに、
少なくとも前記内輪軌道溝は、前記玉と前記内輪軌道溝との接触部中央における前記玉及び前記内輪軌道溝の永久変形量の和が、前記玉径の1万分の1となる際の最大面圧が4.7~6.0GPaであることを特徴とするアンギュラ玉軸受。
【請求項2】
Ri-Ro≧1ポイントである、請求項1に記載のアンギュラ玉軸受。
【請求項3】
少なくとも前記内輪軌道溝には、機械加工による表面硬化層が形成される、請求項1又は2に記載のアンギュラ玉軸受。
【請求項4】
前記内輪軌道溝と前記外輪軌道溝のうち、前記内輪軌道溝のみに、機械加工による表面硬化層が形成される、請求項1又は2に記載のアンギュラ玉軸受。
【請求項5】
前記玉の材質がセラミックである、請求項1~4のいずれか1項に記載のアンギュラ玉軸受。
【請求項6】
玉径/断面高さ比が0.39~0.65倍である、請求項1~5のいずれか1項に記載のアンギュラ玉軸受。
【請求項7】
前記玉径/断面高さ比が0.55~0.65倍である、請求項6に記載のアンギュラ玉軸受。
【請求項8】
dmn80万以上の工作機械主軸に用いられ、予圧が付与されるアンギュラ玉軸受である、請求項1~7のいずれか1項に記載のアンギュラ玉軸受。
【請求項9】
前記内輪および前記外輪の少なくとも一方が、C:0.2~1.2質量%、Si:0.7~1.5質量%、Mo:0.5~1.5質量%、Cr:0.5~2.0質量%、残部Feおよび不可避的不純物元素を含有する鋼からなり、かつ、
表面炭素濃度が0.8~1.3質量%、表面窒素濃度が0.2~0.8質量%である、
請求項1~8のいずれか1項に記載のアンギュラ玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アンギュラ玉軸受に関し、特に、各種の工作機械用主軸、モータ用などに用いられる玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、工作機械は加工効率や生産性の向上のために主軸の高速化が進んでおり、これに伴い工作機械用主軸に用いられるアンギュラ玉軸受の回転数も上昇しつつある。一般に、アンギュラ玉軸受が高速回転すると、玉と軌道面との接触点においてスピン運動やジャイロ運動による大きな滑りが生じ、また、内輪や玉に作用する遠心力などの影響により軸受内部すきまが減少して玉と軌道面との接触面圧が増加し、その結果、発熱が高くなる。発熱量が増加すると、油の粘度が低下し玉と軌道輪との間の転がり接触部で油膜切れが起こり、軸受が焼き付いたり、主軸の熱変位が大きくなって加工精度が悪化するなどの問題が生じる。
【0003】
アンギュラ玉軸受の発熱量を低減させるための従来技術としては、例えば、外輪の溝曲率半径比を50.5~53%、内輪の溝曲率半径比を52.5~60%としたもの(特許文献1参照)や、外輪と内輪の溝曲率半径比を共に54~57%としたもの(特許文献2参照)が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2000/37813号
【文献】日本国特開2005-240881号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1及び2では、外輪及び内輪の溝曲率半径比を大きく設定することにより低発熱化を図っているものの、転動体と軌道面の接触部の面圧が高くなる傾向になる。軸受を軸方向側面から見た場合に、転動体と内輪の軌道面との接触部と、転動体と外輪の軌道面との接触部はそれぞれ、転動体円弧の外周部と内輪軌道面円弧の外周部との接触、転動体円弧の外周部と外輪軌道面円弧の内周部との接触となることから、内輪の軌道面の接触面圧が特に高くなる傾向がある。このため、静止時における外部衝撃荷重がアンギュラ玉軸受に負荷された際に、内輪軌道面に圧痕が生じ易くなる。ここでの外部衝撃荷重とは、通常の切削時に負荷される加工荷重ではなく、主軸(刃物までの部品を含む)が加工ワークや冶具、加工室内の工作機械を構成している部品と不意に干渉することによる衝突荷重、刃物を交換する際のアンクランプ荷重、主軸の組立工程時の不意の衝突、軸受単品を運搬する際に軸受が受ける振動や衝撃による荷重のことであり、運転時の加工荷重に比べて一桁以上大きい大荷重である。そのため、外部衝撃荷重によって軌道面に圧痕が生じた状態で運転すると振動が発生して加工ワークの加工面の品質が低下したり、軌道面の圧痕を起点とする剥離が生じるなどの懸念がある。
【0006】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであり、その目的は、発熱量を低減できるとともに、静止時における外部衝撃荷重による損傷を抑制できるアンギュラ玉軸受を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は下記に示すアンギュラ玉軸受を提供する。
(1) 外周面に断面円弧状の内輪軌道溝を有する内輪と、
内周面に断面円弧状の外輪軌道溝を有する外輪と、
前記内輪軌道溝と前記外輪軌道溝との間に転動自在に設けられた複数の玉と、を備えるアンギュラ玉軸受であって、
玉径に対する前記内輪軌道溝の溝曲率半径比(Ri)が54~58%、前記玉径に対する前記外輪軌道溝の溝曲率半径比(Ro)が51~58%、且つ、Ri-Ro≧0ポイントであるとともに、
少なくとも前記内輪軌道溝は、前記玉と前記内輪軌道溝との接触部中央における前記玉及び前記内輪軌道溝の永久変形量の和が、前記玉径の1万分の1となる際の最大面圧が4.7~6.0GPaであることを特徴とするアンギュラ玉軸受。
(2)Ri-Ro≧1ポイントである、(1)に記載のアンギュラ玉軸受。
(3)少なくとも前記内輪軌道溝には、機械加工による表面硬化層が形成される、(1)又は(2)に記載のアンギュラ玉軸受。
(4) 前記内輪軌道溝と前記外輪軌道溝のうち、前記内輪軌道溝のみに、機械加工による表面硬化層が形成される、(1)又は(2)に記載のアンギュラ玉軸受。
(5)前記玉の材質がセラミックである、上記(1)~(4)のいずれかに記載のアンギュラ玉軸受。
(6)玉径/断面高さ比が0.39~0.65倍である、上記(1)~(5)のいずれかに記載のアンギュラ玉軸受。
(7)前記玉径/断面高さ比が0.55~0.65倍である、上記(6)に記載のアンギュラ玉軸受。
(8)dmn80万以上の工作機械主軸に用いられ、予圧が付与されるアンギュラ玉軸受である、上記(1)~(7)のいずれかに記載のアンギュラ玉軸受。
(9)前記内輪および前記外輪の少なくとも一方が、C:0.2~1.2質量%、Si:0.7~1.5質量%、Mo:0.5~1.5質量%、Cr:0.5~2.0質量%、残部Feおよび不可避的不純物元素を含有する鋼からなり、かつ、
表面炭素濃度が0.8~1.3質量%、表面窒素濃度が0.2~0.8質量%である、
上記(1)~(8)のいずれかに記載のアンギュラ玉軸受。
【発明の効果】
【0008】
本発明のアンギュラ玉軸受によれば、発熱量を低減できるとともに、静止時における外部衝撃荷重による損傷を抑制できる。特に、本発明のアンギュラ玉軸受は、dmn80万以上の高速回転で使用される工作機械主軸用のアンギュラ玉軸受として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、本発明の玉軸受の一例であるアンギュラ玉軸受の一部拡大断面図である。
【
図2】
図2は、スピン滑りを説明するための模式図である。
【
図3】
図3は、スピン滑りを説明するための模式図であり、内輪の内輪軌道溝を拡大して示す図である。
【
図4】
図4は、スピン滑りを説明するための模式図であり、(a)は遠心力が作用する方向を示す図であり、(b)は内輪溝曲率半径比が大きい場合のスピン量を示す図であり、(c)は内輪溝曲率半径比が小さい場合のスピン量を示す図である。
【
図5】
図5は、解析条件1において、内輪溝曲率半径比(Ri)と、内輪側と外輪側との合計スピン発熱量との関係を計算から求めたグラフである。
【
図6】
図6は、解析条件1において、外輪溝曲率半径比(Ro)と、内輪側と外輪側との合計スピン発熱量との関係を計算から求めたグラフである。
【
図7】
図7は、解析条件1において、Ri-Roと、内輪面圧と外輪面圧の比との関係を計算値から求めたグラフである。
【
図8】
図8は、解析条件2において、内輪溝曲率半径比(Ri)と、内輪側と外輪側との合計スピン発熱量との関係を計算から求めたグラフである。
【
図9】
図9は、解析条件2において、外輪溝曲率半径比(Ro)と、内輪側と外輪側との合計スピン発熱量との関係を計算から求めたグラフである。
【
図10】
図10は、解析条件3において、内輪溝曲率半径比(Ri)と、内輪側と外輪側との合計スピン発熱量との関係を計算から求めたグラフである。
【
図11】
図11は、解析条件3において、外輪溝曲率半径比(Ro)と、内輪側と外輪側との合計スピン発熱量との関係を計算から求めたグラフである。
【
図12】
図12は、解析条件4において、内輪溝曲率半径比(Ri)と、内輪側と外輪側との合計スピン発熱量との関係を計算から求めたグラフである。
【
図13】
図13は、解析条件4において、外輪溝曲率半径比(Ro)と、内輪側と外輪側との合計スピン発熱量との関係を計算から求めたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を参照しながら、本発明の一実施形態に係るアンギュラ玉軸受について詳細に説明する。
なお、本願明細書において、数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0011】
図1は、本発明のアンギュラ玉軸受の一例として、工作機械用主軸に用いられるアンギュラ玉軸受を示している。アンギュラ玉軸受1は、外周面に断面円弧状の内輪軌道溝2aを有する内輪2と、内周面に断面円弧状の外輪軌道溝3aを有する外輪3と、内輪軌道溝2aと外輪軌道溝3aとの間に転動自在に設けられた複数の玉4と、複数の玉4をそれぞれ保持する保持器5と、を備える。外輪3の内周面の軸方向一方側には、カウンターボア3bが形成されており、玉4は、接触角αi、αoをもって、内輪軌道溝2aと外輪軌道溝3aとの間に配置される。なお、接触角αi、αoとは、軸受中心軸Xに垂直な平面Pと、玉4が内輪2及び外輪3とそれぞれ接触する各接触点と玉4の中心を結んだ作用線とがなす角度と定義される。
【0012】
玉4には、玉径/断面高さ比、即ち、玉4の直径/{(外輪3の外径-内輪2の内径)/2}が、0.39~0.65倍、好ましくは、0.55~0.65倍のものが使用されている。
【0013】
また、内輪軌道溝2a及び外輪軌道溝3aは、玉径に対する内輪軌道溝2aの溝曲率半径比(Ri=内輪軌道溝の曲率半径/玉径)が54~58%であり、玉径に対する外輪軌道溝3aの溝曲率半径比(Ro=外輪軌道溝の曲率半径/玉径)が51~58%であり、かつ、Ri-Ro≧0ポイント、好ましくは、Ri-Ro≧1ポイントに設定されている。以下、玉径に対する内輪軌道溝2aの溝曲率半径比Riは、内輪溝曲率半径比Riとも称し、玉径に対する外輪軌道溝3aの溝曲率半径比Roは、外輪溝曲率半径比Roとも称する。
【0014】
さらに、本実施形態では、内輪軌道溝2aには、機械加工であるローラバニシング処理によって表面硬化層10が形成され、内輪軌道溝2aは、玉4と内輪軌道溝2aとの接触部中央における玉4及び内輪軌道溝2aの永久変形量の和が、玉径の1万分の1となる際の最大面圧を4.7~6.0GPaとしている。一方、外輪軌道溝3aには、ローラバニシング処理が施されておらず、表面硬化層が形成されていない。
【0015】
なお、ローラバニシング処理は、切削加工により形成した内輪2の内輪軌道溝2aに対して熱処理を施し、仕上げ加工した後に行われる。さらに、必要に応じて、ローラバニシング処理工程後に、精密加工が施されてもよい。
【0016】
以下、上述した各軌道溝2a,3aの溝曲率半径比Ri,Ro、内輪軌道溝2aにおける上記玉4及び内輪軌道溝2aの永久変形量の和が、玉径の1万分の1となる際の最大面圧、及び、玉径の各臨界的意義について説明する。
【0017】
[玉径に対する内輪軌道溝の溝曲率半径比(Ri)が54~58%、玉径に対する外輪軌道溝の溝曲率半径比(Ro)が51~58%]
まず、工作機械主軸に用いられる高速回転用途のアンギュラ玉軸受1では、
図2に示すように、外輪3の外輪軌道溝3aで玉4が純転がりすると仮定すると、内輪2の内輪軌道溝2aと、玉4の表面との接触部分(接触楕円)では、自転による玉4の表面上の周速(同図の符号Aで示され、玉4の自転軸AXから玉4の外周面円弧までの垂直距離に比例している)と、公転による内輪2の内輪軌道溝2a上の周速(同図の符号Bで示され、内輪2の自転軸から内輪軌道溝2aまでの垂直距離に比例している)との相対周速(同図の符号C)がスピン滑りとなって現れる。
図3に符号D1と符号D2とで示すように、接触角αiが大きくなるほど公転による内輪2の内輪軌道溝2a上の周速は大きくなり、また、玉4と内輪軌道溝2aとの接触面が形成する接触楕円の長半径が大きくなる程、接触楕円の両端の周速差(同図のΔd1、Δd2で示され、Δd1>Δd2となっている)が大きくなり、これにより相対周速Cも大きくなる。このため、スピン滑りを抑えるためには玉4と内輪軌道溝2aとの接触部において、公転による内輪2の内輪軌道溝2a上の周速を抑え、且つ、玉4と内輪軌道溝2aとの接触面が形成する接触楕円の長半径を小さくすることが有効である。なお、
図2中、符号AXは、外輪コントロールの玉4の自転軸を表す。
【0018】
図4の(a)に示すように、運転中にアンギュラ玉軸受1では、玉4に作用する遠心力Fと、内輪2または外輪3からの予圧荷重との力の釣合いによって、外輪3の外輪軌道溝3aの接触角αoは小さくなり、内輪2の内輪軌道溝2aとの接触角αiは大きくなる。そして、内輪2では、内輪軌道溝2aと玉4との接触角αiが大きくなると、スピン滑り量が大きくなり発熱量も多くなる。このため、内輪2においてRiを大きくすることで、高速回転中に接触角αiが大きくなり難くなり、かつ、接触楕円長を小さくすることができるため、スピン滑りによる発熱を抑制することができる。即ち、
図4の(b)のように、Riを大きくすると、遠心力による接触角変化が小さくなり、スピン滑り量も小さくなる。これに対して
図4の(c)のように、Riを小さくすると、遠心力Fによる接触角変化が大きくなり、スピン滑り量も大きくなる。そのため、スピン滑り量を抑えるには、Riを大きくすることが好ましいと考えられる。
【0019】
一方で、外輪3では、外輪溝曲率半径比Roが大きくなると、接触楕円の長半径が小さくなり発熱を抑制する効果があるものの、接触角αoが小さくなる方向には作用しないため、スピン滑りによる発熱量を低減する目的においては、内輪溝曲率半径比Riを大きくするよりも効果が得られにくい。
【0020】
ここで、以下の解析条件1のアンギュラ玉軸受を用いて、内輪溝曲率半径比Riと、外輪溝曲率半径比Roとを変えて、内輪側と外輪側との合計スピン発熱量について計算を行った。各Ri,Roに対応する合計スピン発熱量(W)の計算結果を表1に示す。
【0021】
(解析条件1)
軸受内径:70mm
軸受外径:110mm
軸受幅:20mm
初期接触角:18°
玉径/断面高さ比:0.595
回転数:20,000min-1
予圧荷重:1,000N
【0022】
【0023】
図5は、内輪溝曲率半径比Riを横軸として、合計スピン発熱量との関係を示すグラフであり、
図6は、外輪溝曲率半径比Roを横軸として、合計スピン発熱量との関係を示すグラフである。まず、
図5のグラフから、外輪溝曲率半径比Roによらず、内輪溝曲率半径比Riを大きくすることにより発熱量が小さくなり、内輪溝曲率半径比Riが54%未満では発熱量が極端に大きくなることがわかる。但し、内輪溝曲率半径比Riを大きくし過ぎると、荷重負荷時の内輪軌道溝2aと玉4との間の面圧が高くなり、圧痕が生じやすくなる傾向がある。特に、内輪溝曲率半径比Riが58%より大きくなると、表面硬化により耐圧痕性を高めても従来品より耐圧痕性が低下してしまう。また、表面硬化の程度を高くするためには、加工条件をより厳しくする必要があるが、これにより生産性が低下するため、加工条件の制約を受ける。したがって、内輪溝曲率半径比Riは54~58%に設定する。
一方、
図6のグラフから、外輪溝曲率半径比Roが51%未満では発熱量が極端に大きく、52%前後で極小値を取る。外輪溝曲率半径比Roが52%以上では、Roの上昇に伴う発熱量の上昇は比較的緩やかであり、製造上のRoの出来栄えのばらつきを考慮すれば、極小値の52%よりも若干大きい領域を狙えば、製造上のRiの出来栄えのばらつきによる発熱量のばらつきも小さく抑えることができる。外輪溝曲率半径比Roが58%であれば、概ね51%と同等の値を取るため。スピン発熱量の低減効果の観点から、外輪溝曲率半径比Roは発熱量の極小値が含まれる51~58%に設定する。
【0024】
[内輪軌道面において、玉と内輪軌道溝との接触部中央における玉及び内輪軌道溝の永久変形量の和が、玉径の1万分の1となる際の最大面圧が4.7~6.0GPa]
上記のように、内輪溝曲率半径比Riを54~58%、外輪溝曲率半径比Roを51~58%にすることで回転中のスピン発熱量を低減させることができるが、静止時における外部衝撃荷重が負荷された際に接触面圧が大きくなり、圧痕が生じる可能性が高まると考えられる。このため、少なくとも内輪2の内輪軌道溝2aに表面残留応力が付与された表面硬化層10を形成して圧痕が生じるのをより防ぐことができる。
【0025】
表面硬化層10を形成するためには、軌道溝にローラバニシング処理を施す。このローラバニシング処理は、油圧で保持されたセラミックス製ないし超硬製のボール(圧子)を、内輪軌道溝2aに押し付けて転がり接触させながら、内輪軌道溝2aの軸方向断面に沿って移動させる。このローラバニシング処理により表面が硬化されるが、その際に、玉4と内輪軌道溝2aとの接触部中央における玉4及び内輪軌道溝2aの永久変形量の和が、玉径の1万分の1となる際の最大面圧が4.7~6.0GPaとなるようにバニシングツールの圧子径や加圧力等の加工条件を選択する。
なお、軸受の円滑な回転を妨げない限度としては、玉4と軌道との接触部中央における玉4の永久変形量及び軌道の永久変形量の和が、玉径の1万分の1とされている。
【0026】
軌道面の表層に残留圧縮応力を付与していない玉軸受の場合、玉と軌道溝との接触部中央における玉と軌道溝の永久変形量の和が、玉径の1万分の1となる際の最大面圧は4.2GPaであるため(JIS B1519に準拠)、残留圧縮応力の付与により、静止時における外部衝撃荷重に対して圧痕が発生し難くなる効果が得られる。
【0027】
なお、出願人の調査によれば、市場からぶつけ損傷として返却される軸受には、約4GPa以上の面圧が負荷されていることがわかっている。軌道面の表層に残留圧縮応力を付与し、上記玉4及び内輪軌道溝2aの永久変形量の和が、玉径の1万分の1となる際の最大面圧が4.7GPaとなるように構成した場合は、従来約4GPa以上4.7GPa未満の面圧で圧痕が生じて不具合品となっていたものが、不具合として認識されなくなる。これにより、軸受交換の手間が不要となる。
また、内輪軌道溝2aにおいて、玉4及び内輪軌道溝2aの永久変形量の和が、玉径の1万分の1となる際の最大面圧を4.7~6.0GPaとしたのは、生産性が低下しない加工条件を考慮して設定したものである。
また、表面硬化層は、内輪2の内輪軌道溝2aに限定されず、外輪3の外輪軌道溝3aにも施されてもよい。
尚、特許文献1に示される軌道表面に厚さ0.05~8μmの硬質皮膜を形成させる技術は、機械加工後の軌道輪に対して化学処理によって硬化層のコーティングを行い、耐摩耗性の向上や摩擦係数の低減を図ったものである。一方、本実施形態の表面加工層10は、機械加工によって表面を硬化させ、耐圧痕性を向上させるものである。
【0028】
[Ri-Ro≧0ポイント]
内輪溝曲率半径比Ri及び外輪溝曲率半径比Roは、上記した範囲に設定されるが、Riを外輪溝曲率半径比Roと同等、又は外輪溝曲率半径比Roよりも大きくすることにより、荷重が負荷された際の面圧の上昇が内輪2よりも外輪3の方が低く抑えられる。一方、内輪軌道溝2aには表面硬化層10が形成されているので、静止時に外部衝撃荷重を受けた際に、内輪2より先に外輪3に圧痕が生じて軸受が損傷することを防止できれば、内輪軌道溝2aにおいて、上記玉4及び内輪軌道溝2aの永久変形量の和が、玉径の1万分の1となる際の最大面圧を上記した範囲に設定することで、耐圧痕性の向上効果を十分に得られる。
【0029】
図7は、解析条件1の軸受諸元において、Ri-Roと、内輪面圧と外輪面圧の比との関係を計算値から求めたグラフであり、軸受に荷重が負荷された際の、RiとRoとの差における外輪面圧と内輪面圧の大小の関係を示している。即ち、内輪面圧/外輪面圧>1の領域は内輪面圧が高く、内輪面圧/外輪面圧<1の領域は外輪面圧が高く、内輪面圧/外輪面圧=1の場合は内輪面圧と外輪面圧が等しいことを示す。例えば、内輪軌道溝2a及び外輪軌道溝3aに表面硬化処理を施さない一般的な軸受を考えた場合、JIS B1519に定義されている、玉と軌道溝との接触部中央における玉及び軌道溝の永久変形量の和が玉径の1万分の1となる際の最大面圧が、内輪軌道面及び外輪軌道面いずれも4.2GPaであるため、内輪面圧/外輪面圧>1の領域では、内輪軌道面に先に圧痕が生じ、内輪面圧/外輪面圧<1の領域では、外輪軌道面に先に圧痕が生じ、内輪面圧/外輪面圧=1の領域では、内輪軌道面と外輪軌道面に同時に圧痕が生じることを意味する。
【0030】
内輪2の内輪軌道溝2aに表面硬化処理を施して、表面硬化層10が形成され、玉4及び内輪軌道溝2aの永久変形量の和が、玉径の1万分の1となる際の最大面圧を4.7~6.0GPaとし、外輪の外輪軌道溝には表面硬化処理を施さない場合、外輪軌道面よりも内輪軌道面に先に圧痕が生じる内輪面圧と外輪面圧の比は
図7に示した1.120≦内輪面圧/外輪面圧≦1.429の領域となる。尚、外輪軌道面よりも内輪軌道面に先に圧痕が生じる内輪面圧と外輪面圧の比の下限値1.120及び上限値1.429は、表面硬化処理を施した内輪軌道面と表面硬化処理を施していない外輪軌道面との面圧の比率であるため、それぞれ4.7÷4.2=1.120、6.0÷4.2=1.429として求められる。
【0031】
この
図7の結果から、内輪の軌道溝に表面硬化処理を施した軸受において、Ri-Ro≧0ポイントであるときに、内輪面圧/外輪面圧≧1.120となることから、外輪に先に圧痕が生じることがなく、内輪への表面硬化の効果を十分に得ることが出来る。また、外輪3の外輪軌道溝3aには表面硬化処理を施さなくても、内輪軌道溝2aに表面硬化処理を施した内輪2と同等以上の耐圧痕性を得られることがわかる。したがって、本実施形態では、外輪軌道溝3aへの表面硬化処理が不要となり、製造上のメリットが得られる。
尚、
図7の結果から、Riが54~58%、Roが51~58%の範囲において、Ri-Ro=0ポイントでの内輪面圧/外輪面圧の範囲は、1.120≦内輪面圧/外輪面圧≦1.124となり、Ri-Ro=1ポイントでは、1.151≦内輪面圧/外輪面圧≦1.191となる。即ち、Ri-Ro=0ポイントよりもRi-Ro=1ポイントの時の内輪面圧/外輪面圧は値が大きく且つレンジが広いため、内輪面圧の方が外輪面圧より高い傾向となり、内輪に先に圧痕が生成され易く、外輪に先に圧痕が生成され難い条件となることから、より表面強化処理の効果を得やすくなる。従って、Ri-Ro≧1ポイントとするのが望ましい。
【0032】
[玉径/断面高さ比との関係]
上記解析条件1では、玉径が比較的大きい(大玉)を使用して、玉径/断面高さ比が0.595の場合について、内輪溝曲率半径比Riを54~58%、外輪溝曲率半径比Roを51~58%とすることで、合計スピン発熱量を低減できることを確認した。下記では、解析条件2において、玉径が上記よりも小さい(小玉)を使用して、玉径/断面高さ比が0.437の場合についても、上記Ri,Roの規定により、合計スピン発熱量を低減できるかについて確認を行った。各Ri,Roに対応する合計スピン発熱量(W)の計算結果を表2に示す。
【0033】
(解析条件2)
軸受内径:70mm
軸受外径:110mm
軸受幅:20mm
接触角:18°
玉径/断面高さ比:0.437
回転数:20,000min-1
予圧荷重:1,000N
【0034】
【0035】
図8は、内輪溝曲率半径比Riを横軸として、合計スピン発熱量との関係を示すグラフであり、
図9は、外輪溝曲率半径比Roを横軸として、内輪側及び外輪側の合計スピン発熱量との関係を示すグラフである。この場合も、解析条件1と同様に、内輪溝曲率半径比Riが54~58%、外輪溝曲率半径比Roが51~58%の範囲で内輪側及び外輪側の合計スピン発熱量の低減に効果が認められる。
【0036】
次いで、解析条件1とは、軸受サイズが異なる一方、解析条件1と同じく、玉径が比較的大きい(大玉)を使用した、玉径/断面高さ比が0.572の解析条件3、及び玉径/断面高さ比が0.635の解析条件4についても、上記Ri,Roの規定により、合計スピン発熱量を低減できるかについて確認を行った。解析条件3において、各Ri,Roに対応する合計スピン発熱量(W)の計算結果を表3に、解析条件4において、各Ri,Roに対応する合計スピン発熱量(W)の計算結果を表4に示す。
【0037】
(解析条件3)
軸受内径:30mm
軸受外径:55mm
軸受幅:13mm
接触角:18°
玉径/断面高さ比:0.572
回転数:43,000min-1
予圧荷重:440N
【0038】
【0039】
(解析条件4)
軸受内径:110mm
軸受外径:170mm
軸受幅:28mm
接触角:18°
玉径/断面高さ比:0.635
回転数:13,000min-1
予圧荷重:2,200N
【0040】
【0041】
図10は、解析条件3において、内輪溝曲率半径比Riを横軸として、合計スピン発熱量との関係を示すグラフであり、
図11は、解析条件3において、外輪溝曲率半径比Roを横軸として、合計スピン発熱量との関係を示すグラフである。
また、
図12は、解析条件4において、内輪溝曲率半径比Riを横軸として、合計スピン発熱量との関係を示すグラフであり、
図13は、解析条件4において、外輪溝曲率半径比Roを横軸として、合計スピン発熱量との関係を示すグラフである。
解析条件3,4の場合も、内輪溝曲率半径比Riが54~58%、外輪溝曲率半径比Roが51~58%の範囲で内輪側及び外輪側の合計スピン発熱量の低減に効果が認められる。
【0042】
したがって、内輪溝曲率半径比Riと外輪溝曲率半径比Roを規定することで、軸受サイズが変わっても、合計スピン発熱量を低減できるとともに、耐圧痕性を低減できる効果が変化しないことがわかる。
【0043】
また、玉径/断面高さ比は、小さいほど発熱低減に有利であるが、小さすぎると、高速回転で運転した際に、内輪の遠心膨張と熱膨張の影響で、有効ラジアルすきまが過小となり、焼付きの原因となる。このため、玉径/断面高さ比は、0.39以上である必要がある。また、玉径/断面高さ比は、大きいほど耐圧痕性に対して有利であるが、この値が0.65より大きくなると軌道輪の肉厚が薄くなり過ぎてしまい、熱処理変形や加工変形が大きくなるなどの製造上のデメリットが生じるため好ましくない。このため、玉径/断面高さ比は、0.39~0.65倍であることが好ましく、耐圧痕性を重視した場合は、玉径/断面高さ比が0.55~0.65倍である大玉を使用することがより好ましい。
【0044】
また、内輪2及び外輪3は、通常、SUJ2(高炭素クロム軸受鋼)などの軸受鋼から構成される。このSUJ2などの軸受鋼は、比較的低温に用いられるが、これは高温になると硬さ低下が著しく、寿命が短くなるためである。よって、より高速な回転が要求される場合には、玉4と、内輪2及び外輪3とが互いに接触する接触面での接触圧力や玉4の滑りが増大して発熱し、局部的に高温となる。このため、内輪2及び外輪3は耐熱性及び耐摩耗性に優れた材料から構成されるのが望ましい。
【0045】
そのため、2次硬化析出型の共晶炭化物を形成させた材料、例えば高速度鋼、セミハイス、マルテンサイト系ステンレスが好適であり、例示すればSKD、SKH、M50、SUS440C等がある。また、一般的な軸受鋼(SUJ2)の焼き戻し温度を240℃~330℃に高くしたものを用い、これに硬質被膜処理を施してもよい。その場合、母材そのものの硬さは低下するが、軌道輪表面の硬さは硬質被膜により硬くすることが可能であるから、上述の金属材料を用いた場合と同等の性能が得られる。
【0046】
また、構成元素成分によって焼き戻し抵抗性を向上させ、寸法を安定化させた材料(高炭素クロム鋼に準ずる材料)が好適であり、例示として、SHX材が挙げられる。この場合は、内輪2、外輪3の少なくとも一方を、Cを0.2~1.2質量%、Siを0.7~1.5質量%、Moを0.5~1.5質量%、Crを0.5~2.0質量%、残部Feおよび不可避的不純物元素を含有する鋼材で構成し、かつ浸炭窒化処理した後に焼き入れ焼き戻し処理することにより、表面炭素濃度を0.8~1.3質量%とし、かつ表面窒素濃度を0.2~0.8質量%とする。ここで、上記の各成分元素の有効範囲の臨界的意義について説明する。
【0047】
(1)Si;0.7~1.5質量%
Siは焼戻し軟化抵抗性に効果のある元素であり、高温強度を向上させると共に、高温環境下において圧痕起点型剥離の防止に有効な残留オーステナイトの分解を遅滞させる効果がある。Si含有量が0.7質量%を下回ると高温強度が不足すると共に、圧痕起点型剥離を生じるようになるので、その下限値を0.7質量%とした。一方、Si含有量が1.5質量%を超えると機械的強度が低下すると共に、浸炭を阻害するようになるので、その上限値を1.5質量%とした。
【0048】
(2)Mo;0.5~1.5質量%
MoはSiと同様に焼戻し軟化抵抗性に効果のある元素であり、高温強度を向上させる効果がある。また、Moは浸炭窒化された表面に微少な炭化物を形成する炭化物形成元素として作用する。Mo含有量が0.5質量%を下回ると高温強度が不足すると共に、表面に析出する炭化物が不足するようになるので、その下限値を0.5質量%とした。一方、Mo含有量が1.5質量%を超えると素材の段階で巨大炭化物が形成され、炭化物の脱落を招来して軸受の転がり疲労寿命を低下させるので、その上限値を1.5質量%とした。
【0049】
(3)Cr;0.5~2.0質量%
CrはMoと同様の作用効果を奏する添加元素である。Cr含有量が0.5質量%を下回ると高温強度が不足すると共に、表面に析出する炭化物の量が不足するようになるので、その下限値を0.5質量%とした。一方、Cr含有量が2.0質量%を超えると素材の段階で巨大炭化物が形成され、炭化物の脱落を招来して軸受の転がり疲労寿命を低下させるので、その上限値を2.0質量%とした。
【0050】
(4)C;0.2~1.2質量%
上述のように残留オーステナイト量が多くなりすぎると残留オーステナイトが分解して形状の経時変化が発生し、軸受の寸法安定性が損なわれる。一方、軌道輪表面における残留オーステナイトの存在は圧痕起点型剥離の防止に効果的である。したがって、表面に残留オーステナイトを存在させた上で、軸受全体に占める残留オーステナイトの量を制限するのが好ましく、そのためには軸受芯部の残留オーステナイトの量を抑制する必要がある。このような観点から表面および芯部を含めて平均残留オーステナイトの鋼中に占める量を5体積%以下とするのが好ましく、そのためには残留オーステナイトが依存する炭素濃度を1.2質量%以下にする必要があるので、その上限値を1.2質量%とした。一方、炭素濃度が0.2質量%を下回ると浸炭窒化処理で所望の浸炭深さを得るのに長時間を要し、全体的なコスト上昇を招来するようになるので、その下限値を0.2質量%とした。
【0051】
(5)表面炭素濃度;0.8~1.3質量%
浸炭窒化処理により表面に炭素を付加するとマトリックスとなるマルテンサイト組織を固溶強化することができると共に、極表層部において圧痕起点型剥離の防止に有効な多量の残留オーステナイトを形成することができる。表面炭素濃度が0.8質量%を下回ると表面硬さが不足して転がり疲労寿命や耐摩耗性が低下するので、その下限値を0.8質量%とした。一方、表面炭素濃度が1.3質量%を超えると浸炭窒化処理時に巨大炭化物が析出し、転がり疲労寿命を低下させることとなるので、その上限値を1.3質量%とした。
【0052】
(6)表面N濃度;0.2~0.8質量%
浸炭窒化処理により表面に窒素を付加すると焼戻し抵抗が向上して高温強度が増大し、耐摩耗性が向上すると共に、極表層部において圧痕起点型剥離の防止に有効な多量の残留オーステナイトを存在させることができる。表面窒素濃度が0.2質量%を下回ると高温強度が低下して耐摩耗性が低下するので、その下限値を0.2質量%とした。一方、表面窒素濃度が0.8質量%を超えると軸受製造時における研削仕上げが困難になり、難研削のために軸受の生産性が低下するので、その上限値を0.8質量%とした。
【0053】
(7)その他の成分元素
残部はFeおよび不可避的不純物であるが、その他の成分元素として微量のTiを添加することが好ましい。Tiを添加すると微細なチタン炭化物(TiC)や炭化窒化物(Ti(C+N))がマトリックス中に析出分散し、耐摩耗性および耐焼付き性を向上させるからである。この場合にTi含有量は0.1~0.3質量%とすることが望ましい。Ti含有量が0.1質量%を下回ると炭化物の析出効果が得られなくなるので、その下限値を0.1質量%とする。一方、Ti含有量が0.3質量%を超えると巨大な析出物が形成されやすくなり、これが欠陥となって転がり疲労寿命が逆に低下することがあるので、その上限値を0.3質量%とする。ちなみにチタン析出物(TiC,Ti(C+N))の大きさが0.1μm以下であると、耐摩耗性や耐焼付き性の向上に寄与する。
【0054】
尚、S,P,H,O等の不可避的不純物元素は可能な限り含まないようにするほうが望ましい。特に酸素(O)の含有量が12ppmを超えると酸化物系介在物が形成されやすくなり、これが欠陥となって転がり疲労寿命を低下させることがあるので、酸素含有量は12ppm未満とすることが望ましい。
【0055】
さらに、玉4は、耐熱性および耐摩耗性に優れた鋼製であってもよいが、Si3N4(窒化珪素)、SiC(炭化珪素)またはAl2O3(酸化アルミニウム)等のセラミックスから構成されてもよい。特に、セラミックス製の玉4は、鋼球に比べてヤング率が高いため、軌道溝との面圧が高く圧痕が生じやすいことから、本実施形態のように、耐圧痕性が高められたアンギュラ玉軸受はより効果的に作用する。
【0056】
以上説明したように、本実施形態のアンギュラ玉軸受は、玉径に対する内輪軌道溝2aの溝曲率半径比(Ri)が54~58%、玉径に対する外輪軌道溝3aの溝曲率半径比(Ro)が51~58%、且つ、Ri-Ro≧0ポイントであるとともに、少なくとも内輪軌道溝2aは、玉4と内輪軌道溝2aとの接触部中央における玉4及び内輪軌道溝2aの永久変形量の和が、玉径の1万分の1となる際の最大面圧が4.7~6.0GPaであるように構成される。これにより、発熱が抑えられ、耐圧痕性に優れるため、高速回転で使用され、静止中に過大な荷重が負荷されるような用途での使用に好適であり、特にdmn80万以上の工作機械主軸に用いられ、予圧が付与されるアンギュラ玉軸受として有用である。
また、上記構成は、内輪軌道溝2aと外輪軌道溝3aのうち、内輪軌道溝2aのみ機械加工による表面硬化層を形成すればよく、製造上のメリットも享受できる。
【0057】
なお、本発明は上述した実施形態に限定されるものでなく、適宜変形、改良などが可能である。
例えば、本発明のアンギュラ玉軸受の潤滑方式は、オイルエア潤滑であってもよいし、グリース潤滑であってもよい。
【0058】
なお、本出願は、2020年9月28日出願の日本特許出願(特願2020-162504)に基づくものであり、その内容は本出願の中に参照として援用される。
【符号の説明】
【0059】
1 アンギュラ玉軸受
2 内輪
2a 内輪軌道溝
3 外輪
3a 外輪軌道溝
4 玉
5 保持器
10 表面硬化層