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特許7605429車両用遮熱部品及び遮熱膜,並びに車両用遮熱部品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】車両用遮熱部品及び遮熱膜,並びに車両用遮熱部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   F02F 3/10 20060101AFI20241217BHJP
   F02F 3/12 20060101ALI20241217BHJP
   C25D 11/06 20060101ALI20241217BHJP
   C25D 11/18 20060101ALI20241217BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20241217BHJP
   C23C 28/04 20060101ALI20241217BHJP
   B32B 7/022 20190101ALI20241217BHJP
   B32B 7/027 20190101ALI20241217BHJP
   B32B 9/00 20060101ALI20241217BHJP
【FI】
F02F3/10 B
F02F3/12
C25D11/06 B
C25D11/18 312
C23C26/00 C
C23C26/00 E
C23C28/04
B32B7/022
B32B7/027
B32B9/00 A
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2020206263
(22)【出願日】2020-12-11
(65)【公開番号】P2022093143
(43)【公開日】2022-06-23
【審査請求日】2023-11-28
(73)【特許権者】
【識別番号】390008822
【氏名又は名称】アート金属工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】594143433
【氏名又は名称】アクロス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】株式会社アイシン
(74)【代理人】
【識別番号】110002398
【氏名又は名称】弁理士法人小倉特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山野井 亮子
(72)【発明者】
【氏名】宮本 圭資
(72)【発明者】
【氏名】田口 陽介
【審査官】鶴江 陽介
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-105352(JP,A)
【文献】特開2016-199030(JP,A)
【文献】国際公開第2014/024494(WO,A1)
【文献】特開2014-040816(JP,A)
【文献】特開2015-193915(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 3/10-3/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
遮熱対象部品の表面の少なくとも一部を遮熱膜で覆って成る車両用遮熱部品において,
前記遮熱膜は,アルコキシドから形成された無機化合物中にマイカ,タルク,及びウォラストナイトの群より選択された1又は複数種類の鱗片状の無機粒子が分散されて成る無機化合物層を少なくとも含み,
前記無機化合物層の硬度がビッカース硬度(HV)で50~100であり,
前記遮熱対象部品が,前記遮熱膜を形成する前の外形寸法を維持している車両用遮熱部品。
【請求項2】
前記無機化合物層のヤング率が12~25GPaである請求項1記載の車両用遮熱部品。
【請求項3】
前記遮熱膜は,前記無機化合物層の下層にアルマイト層を備える請求項1又は2記載の車両用遮熱部品。
【請求項4】
前記アルマイト層は硫酸アルマイト層である請求項3記載の車両用遮熱部品。
【請求項5】
前記無機化合物層の厚さは10~200μmである請求項1~4いずれか1項記載の車両用遮熱部品。
【請求項6】
前記遮熱膜の厚さは10~400μmである請求項1~5いずれか1項記載の車両用遮熱部品。
【請求項7】
前記アルコキシドが,4官能基のアルコキシド30~100質量%と,2官能基又は3官能基のアルコキシド0~70質量%の混合物である請求項1~いずれか1項記載の車両用遮熱部品。
【請求項8】
前記遮熱対象部品は,エンジン用ピストンである請求項1~いずれか1項記載の車両用遮熱部品。
【請求項9】
遮熱対象部品の少なくとも表面の一部上に成膜されて,前記遮熱対象部品と共に車両用遮熱部品を構成する遮熱膜において,
アルコキシドから形成された無機化合物中にマイカ,タルク,及びウォラストナイトの群より選択された1又は複数種類の鱗片状の無機粒子が分散されて成り,硬度がビッカース硬度(HV)で50~100である無機化合物層を少なくとも含み,前記成膜を行う前の外形寸法を維持している前記遮熱対象部品の表面に形成されている遮熱膜。
【請求項10】
前記無機化合物層の下層にアルマイト層を備える請求項記載の遮熱膜。
【請求項11】
前記アルマイト層の厚さは10~200μmである請求項10記載の遮熱膜。
【請求項12】
前記無機化合物層の厚さは10~200μmである請求項9~11いずれか1項記載の遮熱膜。
【請求項13】
遮熱対象部品の表面の少なくとも一部を遮熱膜で覆って成る車両用遮熱部品の製造方法において,
前記遮熱膜がマイカ,タルク,及びウォラストナイトの群より選択された1又は複数種類の鱗片状の無機粒子が分散された無機化合物層を少なくとも含み,
前記無機化合物層を,
前記鱗片状の無機粒子を分散させたアルコキシド溶液から成る塗料を製造する塗料製造工程,
前記塗料を,遮熱対象部品の表面に塗布して塗膜を形成する塗膜形成工程,
前記塗膜を,500nm以下の波長の光の照射によって前記遮熱対象部品の温度上昇を抑制しつつビッカース硬度(HV)で50~100の硬度に焼成する焼成工程を介して形成することを特徴とする車両用遮熱部品の製造方法。
【請求項14】
前記アルコキシドを,4官能基のアルコキシド30~100質量%と,2官能基及び/又は3官能基のアルコキシド0~70質量%の混合物とすることを特徴とする請求項13記載の車両用遮熱部品の製造方法。
【請求項15】
前記遮熱膜が,アルマイト層を含み,
前記塗膜形成工程を,アルマイト層が形成されたアルミニウム又はアルミニウム合金製の前記遮熱対象部品の表面に対し行うことを特徴とする請求項13又は14記載の車両用遮熱部品の製造方法。
【請求項16】
前記アルマイト層を,硫酸浴を使用した陽極酸化処理によって形成することを特徴とする請求項15記載の車両用遮熱部品の製造方法。
【請求項17】
前記遮熱対象部品がエンジン用のピストンである請求項13~16いずれか1項記載の車両用遮熱部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,遮熱膜の形成により遮熱性が付与された車両用の部品である車両用遮熱部品,及び前記車両用遮熱部品に形成される遮熱膜,並びに前記車両用遮熱部品の製造方法に関し,遮熱性の付与を必要とする車両用の部品(本明細書において「遮熱対象部品」という。),例えばエンジンのピストン頂面に遮熱膜を形成して成る車両用遮熱部品及び前記遮熱膜,並びに前記車両用遮熱部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃費の向上等を目的として,エンジンの燃焼室内で発生した熱がピストン等を伝って放出されることにより生じる熱損失を低減すべく,ピストンの頂面に遮熱膜を形成して,熱効率を改善することが行われている。
【0003】
このような遮熱膜として,後掲の特許文献1には,ピストンの頂面に中空粒子を埋設した樹脂から成る断熱層と,この断熱層の表面に形成された中空粒子を含むシリカ,ジルコニア,アルミナ,及びセリア等の無機材料から成る無機系被膜層から成る遮熱膜を形成する構成が記載されている。
【0004】
また,上記特許文献1に記載の遮熱膜に設けられた樹脂製の断熱層や,中空粒子を含む無機系被膜層では,エンジンの燃焼室等の高温環境下での耐熱性が不十分であり,無機系被膜層にクラックが生じる等して剥離しやすいことに鑑み,後掲の特許文献2では,更に,ピストンの頂面に形成する断熱層をアルマイト層によって形成すると共に,この断熱層(アルマイト層)上にアルコキシドから形成された無機化合物中に鱗片状の無機粒子が分散されて成る無機化合物層を形成し,前述のアルマイト層と無機化合物層から成る遮熱膜を形成することを提案している(特許文献2の図10図11)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6067712号公報
【文献】特許第6339118号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前掲の特許文献2に記載の遮熱膜では,特許文献1において樹脂と中空粒子によって形成されていた断熱層をアルマイト層に変更すると共に,特許文献1で中空粒子と無機材料によって形成されていた無機系被膜層を,アルコキシドから形成された無機化合物中に鱗片状の無機粒子が分散された無機化合物層としたことで,特許文献1に記載の遮熱膜の弱点であった,耐熱性が低いという欠点を克服している。
【0007】
しかし,前掲の特許文献2に記載の遮熱膜を頂面に形成したピストンをエンジンに搭載して運転を行う,「実機エンジン試験」を行ったところ,遮熱膜の一部の剥離が確認され,エンジンのピストン頂面に形成する遮熱膜として必要な機械的な強度を備えていないことが確認された。
【0008】
特に,鱗片状の無機粒子が分散された前述の無機化合物層を単体で形成して,エンジンを模した環境にて行った単体試験において,無機化合物層の厚みが40μmを超えると剥離等の発生が顕著となることが確認されており,その結果,無機化合物層の厚みを増大させて単層で遮熱膜として機能させることで,その下層に設ける断熱層を省略するといった構成を採用することも不可能となっている。
【0009】
ここで,前述したアルコキシドを出発物質として形成された前述の無機化合物の硬度を高めようとした場合,無機化合物層の焼成温度を高めることが考えられる。
【0010】
しかし,アルミ合金製のピストン等の遮熱対象部品に対する遮熱膜の形成では,高い焼成温度で無機化合物層の焼成を行うと,遮熱対象部品には,焼成時の加熱によって熱膨張による一時的な外形寸法変化の他に,残留応力の開放等に伴う恒久的な外形寸法の変化が生じ得ることから,一例として遮熱対象部品がピストンである場合,ピストンのサイズが設計値通りとならずにシリンダボアとのクリアランスが変化してしまう場合がある。
【0011】
そのため焼成は,可及的に低い温度で行うことが望ましく,焼成温度を上昇させて保護層の硬度を高める構成を採用し得ない。
【0012】
また,特許文献2の実施例では,断熱層であるアルマイト層として,シュウ酸浴を用いた陽極酸化によって形成したシュウ酸アルマイトを形成する構成を採用するが,このシュウ酸アルマイトは気孔率が高いため脆く,アルマイト層のみを形成した単気筒実機試験において被膜の欠損が生じることが確認されており,その結果,無機化合物層が剥離すれば,その下層に形成されているアルマイト層も剥離することとなり,遮熱膜による燃費の向上等の効果が完全に失われる。
【0013】
そこで,本発明は,上記従来技術の欠点を解消するために成されたものであり,エンジンの燃焼室の内部等,過酷な環境に設けた場合であっても剥離等することのない遮熱膜,及び,該遮熱膜の形成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
以下に,課題を解決するための手段を,発明を実施するための形態で使用する符号と共に記載する。この符号は,特許請求の範囲の記載と,発明を実施するための形態の記載との対応を明らかにするためのものであり,言うまでもなく,本発明の技術的範囲の解釈に制限的に用いられるものではない。
【0015】
上記目的を達成するために,本発明の車両用遮熱部品は,
遮熱対象部品2の表面の少なくとも一部を遮熱膜1で覆って成る車両用遮熱部品において,
前記遮熱膜1は,アルコキシドから形成された無機化合物11中にマイカ,タルク,及びウォラストナイトの群より選択された1又は複数種類の鱗片状の無機粒子12が分散されて成る無機化合物層10を少なくとも含み,
前記無機化合物層10の硬度がビッカース硬度(HV)で50~100であり,
前記遮熱対象部品が,前記遮熱膜を形成する前の外形寸法を維持していることを特徴とする(請求項1)。
このように,本発明の車両用遮熱部品は,HV50~100という比較的高い硬度を有するものでありながら,前記遮熱対象部品2が恒久的な熱変形を生じることなく前記遮熱膜1を形成する前の外形寸法を維持したものである点で,無機化合物層を高温の大気炉で焼成して硬度を高めた既知の車両用遮熱部品とは異なる。
【0016】
前記無機化合物層10のヤング率は12~25GPaとすることができる(請求項2)。
【0017】
また,前記遮熱膜1は,前記無機化合物層10の下層に更にアルマイト層20を備えるものとすることができる(請求項3)。
【0018】
この場合,前記アルマイト層20は硫酸アルマイト層であることが望ましい(請求項4)。
【0019】
前記無機化合物層10の厚さは10~200μmとすることができる(請求項5)。
【0020】
また,前記遮熱膜1の厚さは10~400μmとすることができる(請求項6)。
【0022】
前記アルコキシドは,4官能基のアルコキシド30~100質量%と,2官能基又は3官能基のアルコキシド0~70質量%の混合物とすることができる(請求項)。
【0023】
前記遮熱対象部品2は,エンジン用ピストンとすることができる(請求項)。
【0024】
また,本発明の遮熱膜1は,
遮熱対象部品2の少なくとも表面の一部上に成膜されて,前記遮熱対象部品2と共に車両用遮熱部品を構成する遮熱膜1において,
アルコキシドから形成された無機化合物11中にマイカ,タルク,及びウォラストナイトの群より選択された1又は複数種類の鱗片状の無機粒子12が分散されて成り,硬度がビッカース硬度(HV)で50~100である無機化合物層10を少なくとも含み,前記成膜を行う前の外形寸法を維持している前記遮熱対象部品2の表面に形成されていることを特徴とする(請求項)。
【0025】
前記無機化合物層10の下層にはアルマイト層20を備えるものとしても良い(請求項10)。
【0026】
この場合,前記アルマイト層の厚さは10~200μmとすることができる(請求項11)。
【0027】
また,前記無機化合物層10の厚さは10~200μmとすることができる(請求項12)。
【0029】
更に,本発明の車両用遮熱部品の製造方法は,
遮熱対象部品2の表面の少なくとも一部を遮熱膜1で覆って成る車両用遮熱部品の製造方法において,
前記遮熱膜1がマイカ,タルク,及びウォラストナイトの群より選択された1又は複数種類の鱗片状の無機粒子12が分散された無機化合物層10を少なくとも含み,
前記無機化合物層10を,
前記鱗片状の無機粒子12を分散させたアルコキシド溶液から成る塗料を製造する塗料製造工程,
前記塗料を,遮熱対象部品2の表面に塗布して塗膜を形成する塗膜形成工程,
前記塗膜を,500nm以下,好ましくは紫外線域(200~400nm)の波長の光の照射によって前記遮熱対象部品の温度上昇を抑制しつつビッカース硬度(HV)で50~100の硬度に焼成する焼成工程を介して形成することを特徴とする(請求項13)。
【0030】
前記車両用遮熱部品の製造方法において,前記アルコキシドは,4官能基のアルコキシド30~100質量%と,2官能基及び/又は3官能基のアルコキシド0~70質量%の混合物とすることができる(請求項14)。
【0031】
また,前記遮熱膜1は,アルマイト層20を含むものとしても良く,
前記塗膜形成工程を,アルマイト層20が形成されたアルミニウム又はアルミニウム合金製の前記遮熱対象部品2の表面に対し行うものとしても良い(請求項15)。
【0032】
この場合,前記アルマイト層20を,硫酸浴を使用した陽極酸化処理によって形成することが好ましい(請求項16)。
【0033】
更に,前記遮熱対象部品2を,エンジン用のピストンとすることができる(請求項17)。
【発明の効果】
【0034】
以上で説明した本発明の構成により,本発明の車両用遮熱部品及び遮熱膜1では,以下の顕著な効果を得ることができた。
【0035】
無機化合物層10をビッカース硬度(HV)で50~100と比較的高い硬度としたことで,膜厚を増大した場合であっても剥離等が生じ難い無機化合物層10とすることができ,無機化合物層10の膜厚を増大させて遮熱性を高めることで,その下層に,アルマイト層20等の断熱層を形成することなく,無機化合物層10の単層のみで遮熱膜として機能させることも可能となった。
【0036】
もっとも,このことは,本願の遮熱膜1において,無機化合物層10の下層にアルマイト層20や,アルマイト層20に代え,又はアルマイト層20と共に他の断熱層(図示せず)を設ける構成の採用を否定するものではない。
【0037】
また,無機化合物層10のヤング率を12~25GPaとしたことで,無機化合物層10に柔軟性を付与することができた。
【0038】
このように無機化合物層10に柔軟性を付与できたことで,無機化合物層10にクラックが生じ難い性質を付与することができ,より一層,剥離等が生じ難い遮熱膜1を提供することができた。
【0039】
無機化合物層10の下層に,更にアルマイト層20を備えた遮熱膜1では,該アルマイト層20が持つ断熱効果によって,より遮熱効果の高い遮熱膜1を得ることができた。
【0040】
特に,アルマイト層20を,硫酸浴を使用した陽極酸化処理によって形成した硫酸アルマイト層とした構成では,シュウ酸アルマイトでアルマイト層を形成した場合に比較して,高密度かつ高硬度のアルマイト層20を形成することができた。
【0041】
なお,本発明の車両用遮熱部品は,HV50~100という比較的高い硬度を有するものでありながら,前記遮熱対象部品2が恒久的な外形寸法の変化を生じることなく遮熱膜1を形成する前の外形寸法を維持したものとなっていることから,例えばエンジンのピストンを遮熱対象部品2とした場合であっても,エンジンのシリンダボアとのクリアランスを略設計通りに維持することができた。
【0042】
また,本発明の車両用遮熱部品の製造方法では,焼成工程において塗膜の焼成を500nm以下,好ましくは紫外線域(200~400nm)の波長の光を照射して行うことで,遮熱対象部品2の温度を比較的低い温度に維持しつつ,無機化合物層10を構成する無機化合物11を高硬度に焼成することができた。
【0043】
これにより,例えばエンジンに使用するアルミニウム合金製のピストン等,高温に加熱をすると熱膨張によって寸法に狂いが生じる遮熱対象部品2であっても,寸法精度を維持したまま高硬度の無機化合物層10を形成することができた。
【0044】
また,前述したように遮熱対象部品2の温度を低く抑えることができることにより,鍛造や熱処理等によって微結晶構造や残留応力の付与等が行われている遮熱対象部品2に対し遮熱膜1の形成を行った場合であっても,焼成時の熱によって遮熱対象部品2が有する微結晶構造や残留応力等を失わせることなく維持したまま,高硬度の無機化合物層10を形成することができた。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1】本発明の遮熱膜(単層構造)を備えた車両用遮熱部品の説明図。
図2】本発明の遮熱膜(二層構造)を備えた車両用遮熱部品の説明図。
図3】無機化合物層の成膜工程の説明図。
図4】アルコキシド(Siアルコキシド)のpH変化に対する加水分解反応速度の変化を示したグラフ。
図5】照射光の波長の変化に対するアルコキシド塗料の光透過率の変化を示したグラフ。
図6】照射光の波長の変化に対するアルコキシド塗料の反射率の変化を示したグラフ。
図7】照射光の波長の変化に対するアルコキシド塗料の光吸収率の変化を示したグラフ。
図8】実施例1(所定時間の紫外線照射で焼成)の無機化合物のFT―IRスペクトル。
図9】実施例2〔実施例1よりも短い所定時間(短時間)の紫外線照射で焼成〕の無機化合物のFT―IRスペクトル。
図10】比較例1(低温の大気炉で焼成)と,比較例2(高温の大気炉で焼成)の無機化合物のFT―IRスペクトル。
図11】実施例2(短時間の紫外線照射で焼成)と,比較例1(低温の大気炉で焼成)の無機化合物のFT―IRスペクトル。
図12】実施例2(短時間の紫外線照射で焼成)と,比較例1(低温の大気炉で焼成)の無機化合物の硬度(HV)を比較したグラフ。
図13】pH調整を行っていない試料の示差熱量分析(TG―DTA)グラフ。
図14】pH調整後の試料の示差熱量分析(TG―DTA)グラフ。
図15】大気炉焼成した無機化合物のpH調整の有無による硬度変化を示したグラフ。
図16】紫外線照射で焼成した無機化合物のpH調整の有無による硬度変化を示したグラフ。
図17】アミン添加(pH調整)による無機化合物の硬度変化を示すグラフ。
図18】3官能基含有量の変化に対する無機化合物のヤング率の変化を示すグラフ。
図19】アミン含有量の変化(pH調整)に対する,3官能基含有量0質量%,17質量%,33質量%,50質量%の各無機化合物の硬さ(HV)の変化を示すグラフ。
図20】ハイドロパルス試験に使用した試験装置の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0046】
次に,本発明の実施形態につき添付図面を参照しながら以下説明する。
【0047】
〔車両用遮熱部品及び遮熱膜の全体構造〕
本発明の車両用遮熱部品は,図1及び図2に示すように,エンジンのピストンなどの金属製の車両部品である遮熱対象部品2と,この遮熱対象部品2の表面の少なくとも一部,例えば前述のピストンにあってはその頂面に遮熱膜1を形成して遮熱性を付与した構成を備えている。
【0048】
この遮熱膜1は,図1及び図2に示すように,遮熱対象部品2に対する熱伝導を遮断するために,遮熱対象部品2の表面に形成される膜であり,アルコキシドから形成された無機化合物11中に,鱗片状の無機粒子12が分散され成る無機化合物層10を少なくとも含む。
【0049】
図1の遮熱膜1は,前述した無機化合物層10単層で形成された遮熱膜1,図2は,無機化合物層10と,この無機化合物層10の下層に形成されたアルマイト層20の2層で形成された遮熱膜1である。
【0050】
図1に示すように,無機化合物層10単層で遮熱膜1を形成する場合,遮熱膜の厚さは,一例として10~200μmである。
【0051】
また,図2に示すように,無機化合物層10とアルマイト層20の2層構造とする場合,遮熱対象部品2をアルミニウムやアルミニウム合金製とし,この遮熱対象部品2に対し予め陽極酸化処理を行ってアルマイト層20を形成しておくと共に,このアルマイト層20上に前述の無機化合物層10を形成する。
【0052】
このように,遮熱膜1を無機化合物層10とアルマイト層20の二層構造とする場合,一例として遮熱膜1の総厚みは20~400μmで,このうち,無機化合物層の厚さは10~200μm,アルマイト層の厚さは10~200μmである。
【0053】
なお,本発明の遮熱膜1は,図1及び図2に示す構成に限定されず,図2に示す構成の遮熱膜1において,アルマイト層20に代えて,例えば中空粒子を分散させた無機材料から成る断熱層等の既知の断熱層を設ける構成や,図2におけるアルマイト層20と無機化合物層10の間に,前述した中空粒子を分散させた無機材料から成る断熱層等の既知の断熱層を設ける構成を採用するものとしても良く,少なくとも前述した無機化合物層10を備える構成であれば,各種構成が採用可能である。
【0054】
〔無機化合物層〕
本発明の遮熱膜1を構成する層のうち,前述の無機化合物層10は,前述したように,アルコキシドから形成された無機化合物11中に,鱗片状の無機粒子12が分散された構造を有すると共に,ビッカース硬度(HV)で50~100という比較的高い硬度を有するものであり,図1及び図2に示すように,長手方向を遮熱対象部品の表面と平行に配置された鱗片状の無機粒子12が,アルコキシドより形成された無機化合物11をバインダとして結合された構造を備えている。
【0055】
無機化合物層10中に分散される前述の鱗片状の無機粒子12としては,マイカ,タルク,及びウォラストナイトを挙げることができ,これらは単独で使用しても良く,または,複数種類を混ぜ合わせて使用するものとしても良い。
【0056】
ここで鱗片状とは,長さに対し厚みが十分に小さい形状を言い,板状や片状のものの他,長さに対し厚みが十分に小さな形状であれば,繊維状,針状のものも,ここでいう鱗片状に含まれる。
【0057】
無機化合物層10に分散させる鱗片状の無機粒子12のサイズは,平均長において好ましくは1~500μm程度であり,より好ましくは1~50μm程度である。
【0058】
このような鱗片状の無機粒子12を,無機化合物層10中に,質量比で20~70%となるように分散させる。
【0059】
前述した無機化合物層10を構成する他方の材料である無機化合物11は,アルコキシドを出発物質として,ゾル-ゲル法によって形成された金属の酸化物である。
【0060】
出発物質とするアルコキシドとは,アルコール類の水酸基(-OH)の水素(H)を金属で置換した化合物であり,前述のゾル-ゲル法とは,このアルコキシドを出発物質として,加水分解反応と重縮合反応によってゾルおよびゲル状態を経て,最終的に金属の酸化物を合成するプロセスである。
【0061】
このアルコキシドの金属としては,前述したゾル-ゲル法によって金属酸化物を生成可能な金属であれば各種の金属を使用することができ,一例として,ケイ素(Si),ジルコニウム(Zr),チタニウム(Ti),アルミニウム(Al),セリウム(Ce),B(ホウ素)等の金属のアルコキシドが使用可能であり,このうち,ケイ素(Si)及びジルコニウム(Zr)は,高硬度であると共に比較的安価に入手できる点で特に望ましい。
【0062】
これらのアルコキシドは,単独で使用しても良く,複数種類のアルコキシドを混合して使用しても良い。
【0063】
高硬度の無機化合物層10を得るためには,テトラメトキシシラン,テトラエトキシシラン,テトラプロポキシシラン等の4官能基のアルコキシドを出発物質とすることが好ましく,4官能基のアルコキシドを単独で使用することも可能である。
【0064】
もっとも,4官能基のアルコキシドを単独で使用する場合,高硬度でヤング率の高い無機化合物層10となるが,ヤング率の高さは無機化合物層10を変形し難くするために,用途や,遮熱対象部品2の材質等によっては使用中にクラックが発生し易くなる。
【0065】
そこで,無機化合物層10に硬さを付与しつつ,ヤング率を下げて柔軟性を与える目的で,4官能基のアルコキシドをベースとし,これに,一部,3官能基及び/または2官能基のアルコキシドを添加してなるアルコキシドを使用することが好ましい。
【0066】
3官能基のアルコキシドとしてRM(OR,2官能基のアルコキシドとしてR M(ORで表される各種のアルコキシドを使用可能であり、ここで「M」はSi,Ti,Zr,Al,Bなどの金属,「R」は1価の有機基であり,具体的にはアルキル基,アルケニル基,アルキニル基,アリール基など,「R」は炭素数1~4のアルキル基であり,具体的にはメトキシ基,エトキシ基,プロポキシ基などが挙げられる。
【0067】
このような3官能基のアルコキシドの一例として,メチルトリプロポキシシラン,メチルトリメトキシシラン,エチルトリメトキシシラン,プロピルトリメトキシシラン,イソプロピルトリメトキシシラン,メチルトリエトキシシラン,エチルトリエトキシシラン,プロピルトリエトキシシラン,イソプロピルトリエトキシシラン,ブチルトリエトキシシラン,イソブチルトリエトキシシラン,エチルトリプロポキシシラン,メチルトリイソプロポキシシラン,エチルトリイソプロポキシシラン等を挙げることができる。
【0068】
2官能基のアルコキシドの一例として、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、ジメチルジプロポキシシラン、ジエチルジメトキシシラン、ジエチルジエトキシシラン、ジエチルジプロポキシシラン、ジプロピルジメトキシシラン、ジプロピルジエトキシシラン、ジプロピルジプロポキシシランを挙げることができる。
【0069】
このような官能基数の異なるアルコキシドを混合したアルコキシドとして,一例として,4官能基のアルコキシド30~90質量%と,2官能基及び/又は3官能基のアルコキシド10~70質量%を混合したものを使用することができる。
【0070】
アルコキシドを出発物質とした,ゾル-ゲル法による無機化合物層10の成膜方法の一例を,図3に示す。
【0071】
このゾル-ゲル法による無機化合物層10の成膜は,まず,アルコキシドと溶媒を混合して成る原料液を作成し,この原料液中に前述の鱗片状無機粒子12を分散させた塗料(以下,「アルコキシド塗料」という。)を製造する(塗料製造工程)。
【0072】
アルコキシ基は疎水性であることから,前述の溶媒としては親水性と疎水性の特徴を持つ低級アルコール,例えば,メタノール,エタノール,n-プロピルアルコール,イソプロピルアルコール,n-ブタノール,イソブチルアルコールを使用する。
【0073】
図3に示す例では,鱗片状の無機粒子12を,アルコキシドと溶媒を混合する際に同時に添加するものとしているが,この構成に代えて,アルコキシドと溶媒を混合して原料液(ゾル)を得ておき,この原料液に鱗片状の無機粒子12を投入して攪拌,分散させてアルコキシド塗料を製造するものとしても良く,あるいは,鱗片状の無機粒子12を予め,アルコキシドや溶媒のいずれかに混ぜておき,これらを混合するものとしても良い。
【0074】
次いで,前記工程で製造した塗料を,スピンコートやディップコート,スプレーコート等の既知の方法で遮熱対象部品2の表面に塗布して,塗膜を形成する(塗膜形成工程)。
【0075】
遮熱対象部品2の表面に形成された塗膜を,必要に応じて大気炉等で予備焼成を行う(予備焼成工程)。
【0076】
その後,前記塗膜を,光(電磁波)の照射によって焼成し(焼成工程),酸化金属からなる無機化合物中に,鱗片状無機粒子が分散された,無機化合物層10が形成される。
【0077】
前述の塗膜は,後述する実験結果より,500nm以下の波長の光,より好ましくは,紫外線域(200~400nm)の光を最も吸収しやすいことを確認しており,前述の焼成工程を,メタルハライドランプ等を光源とした紫外線照射によって行う。
【0078】
光源としてメタルハライドランプを使用する場合の照射条件は,一例として,光源熱量2~4kW,ピーク照度700~1800mW/cm2である。
【0079】
前述の塗料には,pH調整剤を添加して,pHを調整前のpHよりも高アルカリ,好ましくは調整前のpHよりも高アルカリかつpH9.5以上に調整するか,又はpH4以下に調整することが好ましく,pH4以下(酸性)に調整する場合,このようなpH調整剤の一例として,無機酸(塩酸,リン酸),有機酸(酢酸,クエン酸,シュウ酸),カルボン酸無水物(無水フタル酸,無水マレイン酸)を使用することができ,また,調整前のpHよりも高アルカリに調整する場合,pH調整剤の一例として,アミン類(m-キシリレンジアミン,トリエチルアミン),及びアンモニアを使用することができる。
【0080】
アルコキシドと溶媒を混合して得た原料液(ゾル)の,pHの変化に対する加水分解反応速度の変化を図4に示す。
【0081】
図4に示すように,pH調整剤を添加することにより塗料(原料液)のpHを酸性側又はアルカリ性側にシフトさせることで,塗料の加水分解反応速度を大幅に向上させることができ,これによって予備焼成及び焼成時の反応性を向上させて,予備焼成時間や焼成時間の短縮を図ることができると共に,得られる無機化合物層10の硬度を高めることができる。
【0082】
〔アルマイト層〕
本発明の遮熱膜1は,図1に示したように,前述した無機化合物層10単層で構成するものとしても良いが,遮熱対象部品2が,アルミニウムやアルミニウム合金製のものである場合,図2を参照して説明したように,無機化合物層10の下層に,更にアルマイト層20を備える二層構造の遮熱膜1を形成するものとしても良い。
【0083】
このアルマイト層20は,前述した無機化合物層10を形成する前に,アルミニウム又はアルミニウム合金製の遮熱対象部品2の表面に予め陽極酸化処理によって形成しておく。
【0084】
このようなアルマイト層20は,シュウ酸浴を使用した陽極酸化によって形成されたシュウ酸アルマイト層,硫酸浴を使用した陽極酸化によって形成された硫酸アルマイト層のいずれも使用できる。
【0085】
但し,シュウ酸浴によって形成したアルマイト層10の硬度(HV70~90)に比較して,硫酸浴によって形成したアルマイト層10の硬度(HV150以上)の方が高いことから,好ましくは,硫酸浴によって形成した硫酸アルマイト層の採用が好ましい。
【0086】
〔遮熱対象部品〕
以上で説明した本発明の遮熱膜1は,前述したようにエンジンのピストンなどの車両用の金属製部品である遮熱対象部品2に対し形成する。
【0087】
前述した遮熱膜の形成方法によれば,遮熱対象部品2の温度上昇を抑制しつつ,表面に高硬度の遮熱膜1(無機化合物層10)を形成することができることから,焼成時に遮熱対象部品2が高温に加熱されることにより生じ得る,残留応力の開放などに伴い生じる恒久的な寸法変化の発生等を防止することができ,特に加熱によって比較的大きな寸法の狂いが生じ得るアルミやアルミニウム合金製の製品や,鍛造や熱処理によって微結晶構造とされた製品等に形成する場合であっても,遮熱膜1を形成する前の寸法精度を維持しつつ,HV50~100という比較的高い硬度の無機化合物層10を得ることができると共に,結晶粒の成長等に伴う遮熱対象部品2の内部構造の変化を抑制することができ,たとえばエンジン用のアルミニウム合金製のピストン等を遮熱対象部品2として行う遮熱膜の形成に適している。
【実施例
【0088】
次に,本発明の遮熱膜を成膜する際の,最適条件を求めるために行った各試験結果と,本発明の方法で形成した遮熱膜の疲労試験及び耐久試験結果を以下に説明する。
【0089】
〔焼成工程で用いる照射光の最適波長の確認〕
(1)実験の目的及び着眼点
本実験は,アルコキシド塗料の塗膜において吸収率の高い光の波長域を求めることを目的とする。
【0090】
大気炉で塗膜を焼成する従来の方法では,塗膜が形成された遮熱対象部品2を大気炉内に投入して焼成を行うため,焼成温度(炉内温度)の上昇は,塗膜だけでなく遮熱対象部品2の温度も上昇させてしまい遮熱対象部品2の寸法に恒久的な変化を生じさせ得ることから,焼成温度を高めることができず,従って,得られる無機化合物層10の硬度も低いものとなっていた。
【0091】
上記問題を解消して,無機化合物層10の形成前後における遮熱対象部品2の寸法精度を維持しつつ,HV50~100という比較的高い硬度の無機化合物層10を得るためには,遮熱対象部品2の温度上昇を抑制しつつ,塗膜のみをピンポイントで加熱する新たな焼成方法が必要となる。
【0092】
このような焼成方法として,本発明の発明者らは,前記塗膜に対し,該塗膜における吸収率が高い波長の光を照射することで,遮熱対象部品2の温度上昇を抑えつつ,塗膜のみを選択的に加熱することができるのではないかとの仮定の下,この方法による焼成の実現可能性を探るべく,その第1歩として,アルコキシド塗料の塗膜において吸収率の高い光の波長を求める,本実験を行った。
【0093】
(2)実験方法
ホウケイ酸ガラス基板に,鱗片状の無機粒子としてマイカを含むアルコキシド塗料を11μm,21μm,40μm,60μmの厚みでそれぞれ塗布したサンプルを形成し,各サンプルに対し260~2200nmの波長の光を照射して,波長の変化に対する光の透過率,反射率,および吸収率の変化を測定した。
【0094】
(3)実験結果
上記試験のうち,波長260~2200nmの光の照射に対する各サンプルの透過率の変化を図5に,反射率の変化を図6に示す。
【0095】
このうち,厚さ40μmの塗膜を形成したサンプルの吸収率を図7にそれぞれ示す。
【0096】
(4)考察
図5及び図6に示すように,いずれの膜厚で塗膜を形成したサンプル共に,500nm以下の波長では,透過率及び反射率共に急激な低下がみられ,波長が短くなる程,透過率及び反射率共に,低下することが確認された。
【0097】
ここで,全照射光から,透過光と反射光を除いたものが,塗膜によって吸収された光であるから,上記結果は,いずれのサンプルにおいても,波長500nm以下の範囲では,波長が短くなる程,光の吸収率が上昇することを示しており,遮熱対象部品2の温度上昇を抑えて,塗膜をピンポイントで加熱するためには,500nm以下の波長の光の照射が有効であることが確認された。
【0098】
なお,膜厚40μmの塗膜を形成したサンプルについての吸収率を示した図7より,吸収率は波長285nmで70%を超えたあたりで頭打ちとなり,このような現象は,膜厚が40μmの試料のみならず,他の膜厚の試料においても同様の結果となった。
【0099】
従って,紫外線域(200~400nm)の光の照射,より好ましくは,285nm以下の波長の光の照射によって,遮熱対象部品の温度上昇を最小限に抑えつつ,塗膜の温度を最大限に上昇させることが可能となることが確認された。
【0100】
なお,500nmを越える波長の光の照射では,透過率及び反射率は高く塗膜に吸収されないため,加熱効果は低いと考えられる。
【0101】
〔紫外線照射による焼成の効果確認〕
(1)試験の目的
前述した最適波長の確認試験で,塗膜の吸収率が高いことが確認された波長500nm以下の光の照射によって塗膜を焼成することにより,得られた無機化合物の反応が促進されること(水酸基の残留が確認されないこと),及び硬度が上昇することを確認する。
【0102】
(2)試験方法
実施例として,4官能基のケイ素アルコキシドと溶媒の混合物である原料液(鱗片状の無機粒子及びpH調整剤は添加していない)を,メタルハライド光源(波長200~400nm;出力80W/cm)を使用して照射距離440mmで所定の時間紫外線を照射して焼成して得た無機化合物(ケイ酸化合物)(実施例1)と,同様の原料液,メタルハライド光源を使用して照射距離245mmで実施例1よりも短い時間(短時間)紫外線を照射して焼成して得た無機化合物(実施例2)をそれぞれ用意した。
【0103】
比較例として,同様の原料液を,低温(遮熱対象部品が恒久的な外形寸法の変化を生じさせない温度)の大気炉で焼成して得た無機化合物(比較例1)と,高温(遮熱対象部品に恒久的な外形寸法の変化を生じさせる温度)の大気炉で焼成して得た無機化合物(比較例2)を用意した。
【0104】
これらの実施例1,2と比較例1,2の無機化合物に対し,フーリエ変換赤外分光法(FT-IR法)を用いて,反応の進行状態を確認した。
【0105】
反応の進行状態は,スペクトル形状から,Si-O伸縮振動が確認され,かつ,Si-OH伸縮振動が確認されなかったものを,「反応完了」と評価し,それ以外のものを「反応未完」と評価した。
【0106】
また,焼成後の各試料の硬度(HV)を測定した。
【0107】
(3)試験結果
紫外線照射による焼成を行った実施例1及び実施例2の無機化合物のFT-IRスペクトルを図8及び図9にそれぞれ示す。
【0108】
また,大気炉で焼成した比較例1の無機化合物(低温焼成)と,比較例2の無機化合物(高温焼成)のFT-IRスペクトルを並べて表示したものを図10に,短時間の紫外線照射で焼成した実施例2の無機化合物と,低温の大気炉加熱で焼成した比較例1の無機化合物のFT-IRスペクトルを並べて表示したものを図11にそれぞれ示す。
【0109】
更に,FT-IRスペクトルに基づき,実施例1,2及び比較例1,2の無機化合物に関し,反応が完了しているか否かを評価した結果を表1に示す。
【0110】
加えて,短時間の紫外線照射で焼成を行った実施例2の無機化合物の硬度と,低温の大気炉により焼成を行った比較例1の無機化合物の硬度の比較結果を図12に示す。
【0111】
【表1】
【0112】
(4)考察
ケイ素アルコキシドを出発物質としたゾル-ゲル法による無機化合物(ケイ酸化合物)の生成は,ケイ素アルコキシドの加水分解反応によって生じたSi-OHの水酸基種が,重縮合反応によって脱水縮合してSi-O-Si結合を生じることにより完了する。
【0113】
従って,焼成後の試料において,無機化合物がSi-O結合であることが確認できることで,ケイ酸化合物の生成が確認できたとしても,Si―OH(水酸基)が残存しているものは,反応がいまだ完了していない状態にあるということになる。
【0114】
FT-IRスペクトルにおいて,Si-O伸縮振動のピークは,波長1000cm-1付近に表れ,実施例1,2及び比較例1,2の無機化合物のいずれのスペクトル形状共に,この部分にピークが表れており,いずれの焼成方法によって得られた無機化合物ともに,Si-O結合,すなわち,ケイ酸化合物であることは確認されている。
【0115】
しかし,低温の大気炉で焼成した比較例1の無機化合物では,スペクトル形状中にSi-OH伸縮振動が表れており,Si―OH(水酸基)が依然として残存していること,従って,反応が未完であることが確認された(図11参照)。
【0116】
一方,紫外線照射により焼成を行った実施例1,2の無機化合物では,いずれの試料共にFT―IRスペクトル形状にSi-OH伸縮振動を示す特徴は表れておらず(図8,9,及び図11参照),Si―OH(水酸基)の残存がFT-IR法による検出下限値以下となっていること,従って,反応が略完了していることが確認できた。
【0117】
大気炉による焼成でこのような反応の完了を得ようとすれば,比較例2のように,遮熱対象物に寸法変化を生じさせ得る高い温度で,かつ,比較的長時間の焼成を行う必要がある。
【0118】
これに対し,本発明のように紫外線領域の波長の光の照射によって焼成を行う場合,このような高温での焼成を行うことなく,しかも,比較的短い時間の紫外線照射による焼成を行った場合であっても,遮熱対象物に寸法変化を生じさせ得る高い温度で,かつ,比較的長時間の焼成を行った比較例2に匹敵する状態まで重縮合反応を進行(完了)させることができるものとなっている。
【0119】
なお,図12に示すように,低温の大気炉を使用して焼成を行った比較例1の無機化合物の硬度がHVで約30であったのに対し,短時間の紫外線照射で焼成を行った実施例2の無機化合物の硬度は,HVで約65と2倍以上の硬度となっていた。
【0120】
以上の結果から,無機化合物層10の焼成を,500nm以下,好ましくは紫外線域の波長(200~400nm)の光の照射によって行うことで,重縮合反応が完了した無機化合物,従って,より高硬度の無機化合物を生成することができると共に,大気炉を使用した既知の焼成に比較して,より短時間での焼成を行うことができ,遮熱対象部品に対する熱の影響が生じること(寸法変化等)を防止しつつ,より短時間,より高硬度の無機化合物を生成することができることが確認された。
【0121】
〔pH調整の効果確認試験〕
(1)試験の目的
アルコキシド塗料のpH調整が,焼成後の無機化合物の硬度上昇に有効であることを確認する。
【0122】
(2)試験方法
ケイ素アルコキシドを出発物質としたアルコキシド塗料(鱗片状の無機粒子としてマイカを含有)を準備し,未調整塗料(pH9)と,この塗料にpH調整剤としてアミンを添加した調整済塗料(pH10)を準備した。
【0123】
なお,本試験例ではアミンとしてm-キシレンジアミンを使用した。
【0124】
未調整塗料と調整済塗料を塗布して得た塗膜をそれぞれ予備焼成して鉛筆硬度3Hに硬化させた後,試料を一定速度で加熱しながらその重量変化を連続的に測定する熱重量測定(TG)と,基準物質とともに試料を加熱したときの両者の温度差の変化を測定する示差熱分析(DTA)を同時に行う,示差熱重量分析(TG―DTA)を行い,それぞれの試料の熱的変化を測定した。
【0125】
また,示差熱重量分析(TG―DTA)に用いたと同様の試料に対し,それぞれ低温の大気炉を使用した焼成(前掲の比較例1と同一条件じ)と,紫外線照射による焼成(前掲の実施例2と同一条件)を行い,得られた無機化合物の硬度を測定した。
【0126】
更に,アミンの添加量を0質量%,1質量%,2質量%,3質量%,5質量%として,pH9,pH9.5,pH9.8,pH10に調整した原料液を使用し,前述したと同様の方法で予備乾燥させた試料をそれぞれ得,これを紫外線照射により焼成(前掲の実施例2と同一条件)して得られた無機化合物の硬度を測定した。
【0127】
(3)試験結果
pH調整を行っていない未処理原料液(pH9)を使用して得た試料のTG-DTAの結果を図13に,アミン添加によってpH調整を行った処理済原料液(pH10)を使用して得た試料のTG-DTAの結果を図14にそれぞれ示す。
【0128】
また,大気炉による焼成を行った場合の,pH調整の有無による硬度変化を図15に,紫外線照射による焼成を行った場合の,pH調整の有無による硬度変化を図16にそれぞれ示す。
【0129】
更に,pHの変化(アミン添加量の変化)に対する無機化合物の硬度の変化を図17に示す。
【0130】
(4)考察
(4-1) 加水分解反応との関係
示差熱重量分析(TG―DTA)の結果,未調整塗料(pH9)より作成した試料では,図13に示すように,加水分解されずに残留していた未反応のケイ素アルコキシドが熱分解されることにより生じた発熱によるものと思われる発熱のピークが観察されているのに対し,調整済塗料(pH10)を使用して作成した試料では,図14に示すように,基準物質との温度差は略横這いであり,発熱のピークは観察されなかった。
【0131】
このことから,原料液のpHを9から10に調整したことで,原料液の加水分解が促進されたものと考えられる。
【0132】
なお,図4に示すように,pHの変化に対するアルコキシドの加水分解反応速度は,中性(pH7)において最も低く,アルカリ性又は酸性の度合いが増すに従って増大する。
【0133】
従って,元のpHが9であったケイ素アルコキシドでは,pH9よりもアルカリ側,例えばpH9.5以上に調整することで,加水分解反応速度を上昇させることができ,これにより予備焼成時間や,本焼成の時間の短縮が可能となる。
【0134】
また,図4に示すように,アルコキシドの加水分解反応速度は,アルカリ側にシフトさせた場合だけでなく,酸性側にシフトさせた場合においても向上することから,例えば無水フタル酸等の酸をpH調整剤として添加して,一例としてpH4以下の酸性側にシフトさせることによっても加水分解反応速度を向上させることができ,これにより予備焼成時間や焼成時間の短縮を行うこともできるものと合理的に推察される。
【0135】
(4-2) 無機化合物の硬度との関係
図15に示すように,大気炉により焼成を行った場合,塗料のpHをpH9からpH10に調整しても,硬度上昇が得られないだけでなく,むしろ硬度が低下することが確認された。
【0136】
一方,紫外線照射によって焼成を行った例では,図16に示すように,pH調整を行うことにより焼成後の無機化合物層の硬度の大幅な上昇が確認された。
【0137】
このことから,無機化合物層の硬度上昇を図る上で,紫外線照射による焼成と,原料液のpH調整との組み合わせの有効性が確認できた。
【0138】
更に,図17に示すように,このような硬度の上昇は,アミンを僅か1質量%添加しただけで得ることができており,pHを調整前のpHに対し僅かにアルカリ側にシフト(pH9.5に調整)するだけで大幅な硬度上昇が得られることが確認できた。
【0139】
〔4官能基及び3官能基のアルコキシドの混合使用試験〕
(1)試験の目的
アルコキシドの官能基数の調整により,クラックの発生防止に寄与し得る,ヤング率の低下が得られることを確認する。
【0140】
また,pH調整剤の添加量と官能基数の調整との組み合わせにより,pH調整による硬度上昇の効果を維持しつつ,ヤング率を低下させるという,相反する要求に対応し得る条件の組合せを求める。
【0141】
(2)実験方法
4官能基のアルコキシドに3官能基のアルコキシドを添加して,3官能基のアルコキシドの含有量を17質量%,33質量%,50質量%としたものを出発物質として製造したアルコキシド塗料(鱗片状の無機粒子としてマイカを含有)を使用して生成した無機化合物層のヤング率を測定した。
【0142】
また,3官能基のアルコキシドの添加量を,0質量%,17質量%,33質量%,50質量%としたものを出発物質とし,pH調整剤であるアミンの添加量を0~5質量%の間で変化させた場合に得られる無機化合物の硬さ(HV)の変化をそれぞれ測定した。
【0143】
(3)試験結果
3官能基のアルコキシドの添加量の変化に対するヤング率の変化を測定した結果を図18に示す。
【0144】
また,3官能基の添加量0質量%,17質量%,33質量%,50質量%の各アルコキシドを出発物質としたアルコキシド塗料を使用して形成した各無機化合物層について,アミンの添加量の変化に対する硬さ(HV)の変化を測定した結果を図19に示す。
【0145】
なお,紫外線の照射によって焼成を行った無機化合物層において獲得された特徴と,該特徴を示した材料の組成〔アミン添加量(pH調整)と3官能基の添加量の組合せ〕の一例を示せば,下記の表2のとおりである。
【0146】
【表2】
【0147】
(4)考察
図18に示すように,4官能基100質量%(3官能基0質量%)のアルコキシドを出発物質とした無機化合物では,ヤング率が約25GPaであったのに対し,3官能基を添加したものは,いずれも目標値である20GPaを大きく下回るヤング率に低下していることが確認された。
【0148】
このことから,クラックの発生防止効果が期待されるヤング率の低下に,3官能基のアルコキシドの添加が有効であることが確認された。
【0149】
また,図19及び上記の表2に示すように,3官能基のアルコキシドを添加したもののうち,3官能基を33質量%添加したものが最も高い硬度を示しており,特に,硬度がピークとなるアミンの添加量が2質量%では,4官能基のアルコキシド100質量%のものには僅かに及ばないものの,これに近い硬度となっており,4官能基のアルコキシド100質量%のものに比較して,ヤング率の大幅な低下を得られるものでありながら,硬度は高いまま維持されるという,相反する要求を満たす予想を超えた効果が得られることが確認された。
【0150】
〔疲労試験及び耐久試験〕
(1)実験の目的
以上の試験結果を反映させて成膜した,無機化合物層を含む本発明の遮熱膜を,エンジンのピストン頂面に設けた場合の耐久性を確認する。
【0151】
(2)試験方法
(2-1) 対象
実施例
エンジン用のアルミ合金製のピストンの頂面に,硫酸浴による陽極酸化によって密度2.5g/cm3の酸化被膜から成るアルマイト層を40μmの厚さに形成した。
【0152】
このアルマイト層上に,鱗片状無機粒子としてマイカを40質量%含む無機化合物層を25μmの厚さで形成して,アルマイト層と無機化合物層の2層構造から成る遮熱膜を形成した。
【0153】
無機化合物層の形成は,テトラプロポキシシランを出発物質としたゾル-ゲル法により行い,テトラプロポキシシランと水を,溶媒を介して混合して得た原料液に,前述のマイカから成る鱗片状無機粒子を分散して塗料を作成し,この塗料を,ピストン頂面に形成したアルマイト層上に塗布して塗膜を形成した後,塗膜が形成されたピストンを予備焼成及び焼成して形成した。
【0154】
焼成は,紫外線(光源熱量2~4kw,ピーク照度700~1800mW/cm2)を照射して行った。
【0155】
使用した塗料の組成は,先の試験例で硬度が最大値を示した組成のもの(アミン2重量%,3官能基0質量%),硬さとヤング率のトータルバランスが良かったもの(アミン2重量%,3官能基33質量%),柔軟性が最大(ヤング率最低)であったもの(アミン5質量%,3官能基50質量%)をそれぞれ使用した。
【0156】
比較例
比較例として,4官能のアルコキシドを出発物質とした塗料(アミン及び3官能基の添加なし)に対し,上記実施例における紫外線照射による焼成に代えて,低温の大気炉で焼成したものを用意した。
【0157】
(2-2) 単体疲労試験(ハイドロパルス試験)
実施例及び比較例のピストンに対し,図20に示すハイドロパルス試験装置を使用して,単体疲労試験を行った。
【0158】
試験は,コンロッド治具を取り付けたピストンを,シリンダ治具内に収容した状態でケーシング内に収容し,コンロッド治具側よりピストンの慣性力に相当する圧力をかけた状態で,燃焼室に対応する部分に充填したシリコンオイルに,最大燃焼圧(Pmax)に相当する圧力を周期的に加えることにより行った。
【0159】
試験条件は,最大燃焼圧(Pmax)相当の圧力として,8MPaの圧力を30Hz周期で加えた。試験温度は250℃,繰り返し数は1×107である。
【0160】
(2-3) 耐久試験(実機エンジン試験)
実施例及び比較例のピストンをそれぞれエンジンに実装して耐久試験を行った。
【0161】
エンジンとして,排気量2.5リットル,直列4気筒の量産型自然吸気エンジンを使用し,6000min-1の全負荷運転を60時間行った。燃焼室内の最大燃焼圧は7MPaである。
【0162】
(3)試験結果及び考察
(3-1) 単体疲労試験(ハイドロパルス試験)結果
単体疲労試験(ハイドロパルス試験)の結果,比較例のピストンでは,無機化合物層に,塗装面と平行に亀裂が発生するとともに,延伸によって無機化合物層に層内剥離が生じた。
【0163】
また,比較例のピストンでは,アルマイト層と無機化合物層の界面付近での破壊の発生も確認された。
【0164】
このような無機化合物層とアルマイト層の界面付近での破壊は,アルマイト層に生じている「ポア」と呼ばれる微細な孔内の気体が試験環境温度によって膨張し,このポアの上部にある,脆くなった無機化合物を破壊したものと推察される。
【0165】
これに対し,本発明の方法で遮熱膜を形成した実施例のピストンでは,いずれの組成の塗料から形成したものも比較例に比較して,無機化合物層の剥離,損傷は50%以上低減されており,また,アルマイト層と無機化合物層の界面で大きな破裂痕は見られなかった。
【0166】
このような結果は,本発明の方法で形成した無機化合物層の硬さが,比較例のものに比較して増強されているために,前述したポア内の気体の膨張に伴うアルマイト層と無機化合物層界面での破壊を抑制できたためであると考えられる。
【0167】
このように,実施例のピストンに設けた遮熱膜は,比較例のピストンに設けた遮熱膜に対し大幅に疲労強度が向上していることを確認することができ,無機化合物層の焼成を,紫外線照射によって行うことの有効性を確認することができた。
【0168】
(3-2) 耐久試験(実機エンジン試験)結果
実施例及び比較例のピストンをエンジンに実装して行った前述の耐久試験の結果,比較例のピストンでは,無機化合物層内で剥離が生じ,また,層内における亀裂の発生や伝播,伝播した亀裂同士の結合による層内での断裂や欠損が生じた。
【0169】
その結果,比較例のピストンに形成した遮熱膜では,試験前の膜厚(100%)に対し,試験後の膜厚は20~30%にまで減少した。
【0170】
これに対し,本発明の方法で形成した遮熱膜を備えた実施例のピストンでは,いずれの組成の塗料を使用して無機化合物層を形成したものについても,無機化合物層内における亀裂発生割合が,比較例のものに比較して50~70%低減することが確認された。
【0171】
また,実施例のピストンでは,いずれも試験の前後において遮熱膜の膜厚は変化しておらず,試験前の膜厚が,試験後においても維持されていた。
【0172】
このような膜厚の維持は,本発明の方法で形成したことにより無機化合物層の硬度を上昇させることができたことにより得られた効果であると考えられる。
【0173】
すなわち,実施例のピストンにおいても無機化合物層に亀裂は発生したものの,無機化合物層の硬度が上昇していることで,このような亀裂の伝播や,伝播に伴う亀裂同士の結合を防止して層内での断裂や欠損の発生が防止できたものと推察される。
【0174】
従って,耐久試験(実装試験)の結果からも,紫外線の照射によって無機化合物層の焼成を行う本発明の有効性が確認された。
【符号の説明】
【0175】
1 遮熱膜
2 遮熱対象部品(ピストン)
10 無機化合物層
11 無機化合物
12 鱗片状の無機粒子
20 アルマイト層

図1
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図20