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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】アレン構造を持つカロテノイドの生産方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 23/00 20060101AFI20241217BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20241217BHJP
   C12N 15/61 20060101ALN20241217BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20241217BHJP
   C12N 15/29 20060101ALN20241217BHJP
   C12N 1/21 20060101ALN20241217BHJP
【FI】
C12P23/00 ZNA
C12N15/53
C12N15/61
C12N15/31
C12N15/29
C12N1/21
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020208186
(22)【出願日】2020-12-16
(65)【公開番号】P2022095080
(43)【公開日】2022-06-28
【審査請求日】2023-07-05
(73)【特許権者】
【識別番号】504426218
【氏名又は名称】株式会社サウスプロダクト
(74)【代理人】
【識別番号】110000590
【氏名又は名称】弁理士法人 小野国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小林 美保
(72)【発明者】
【氏名】三沢 典彦
(72)【発明者】
【氏名】伊波 匡彦
【審査官】坂崎 恵美子
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-142992(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0184651(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0307796(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2005/0022269(US,A1)
【文献】三沢典彦,植物におけるカロテノイドの生合成とバイオテクノロジー,生物工学,2015年,Vol.93, No.7,p.403-406
【文献】Archives of Biochemistry and Biophysics,2015年,Vol.573,p.32-39,doi:10.1016/j.abb.2015.03.006
【文献】DATABASE Uniport KB, accession no. B7FYW4, entry version 1 [online],[2024年6月14日検索],2009年02月10日,https://www.uniprot.org/uniprot/B7FYW4/entry,Sequenceの項
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 23/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の遺伝子または遺伝子群(1)、(2)及び(3);
(1)ファルネシル二リン酸からゼアキサンチンまでの生合成経路をコードする遺伝子群
(2)ゼアキサンチンエポキシダーゼをコードする遺伝子
(3)ネオキサンチンシンターゼをコードする遺伝子
が導入されたファルネシル二リン酸生産能を持つ宿主を培養し、培養後の宿主からアレン構造を有するカロテノイドを抽出するアレン構造を有するカロテノイドの生産方法であって、
前記(2)ゼアキサンチンエポキシダーゼをコードする遺伝子が高等植物由来のZEPをコードする遺伝子であり、
前記(3)ネオキサンチンシンターゼをコードする遺伝子が珪藻由来のVDL1をコードする遺伝子であることを特徴とするアレン構造を有するカロテノイドの生産方法。
【請求項2】
アレン構造を有するカロテノイドがネオキサンチンである請求項1記載のアレン構造を有するカロテノイドの生産方法。
【請求項3】
アレン構造を有するカロテノイドがデエポキシネオキサンチンである請求項1記載のアレン構造を有するカロテノイドの生産方法。
【請求項4】
(1)ファルネシル二リン酸からゼアキサンチンまでの生合成経路をコードする遺伝子群が、GGPPシンターゼ(CrtE)をコードする遺伝子、フィトエンシンターゼ(CrtB)をコードする遺伝子、フィトエンデサチュラーゼ(CrtI)をコードする遺伝子、リコペンβ-シクラーゼ(CrtY)をコードする遺伝子及びβ-カロテンハイドロキシラーゼ(CrtZ)をコードする遺伝子を含有するものである請求項1~3のいずれかの項記載のアレン構造を有するカロテノイドの生産方法。
【請求項5】
VDL1をコードする遺伝子が、以下の(a)~(f)のいずれかの遺伝子である請求項1~4のいずれかの項記載のアレン構造を有するカロテノイドの生産方法。
(a)配列番号1に示される塩基配列からなる遺伝子
(b)配列番号1に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつネオキサンチン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(c)配列番号1に示される塩基配列からなる遺伝子と90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、かつネオキサンチン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(d)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(e)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつネオキサンチン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f)配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と0%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつネオキサンチン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項6】
高等植物由来のZEPをコードする遺伝子が、パプリカ、シロイネナズナ及びリンドウよりなる群から選ばれる1種のZEPをコードする遺伝子である請求項1~5のいずれかの項記載のアレン構造を有するカロテノイドの生産方法。
【請求項7】
高等植物由来のZEPをコードする遺伝子が、パプリカ由来のZEPをコードする遺伝子である請求項6記載のアレン構造を有するカロテノイドの生産方法。
【請求項8】
パプリカ由来のZEPをコードする遺伝子が、以下の(g)~(l)のいずれかの遺伝子である請求項7記載のアレン構造を有するカロテノイドの生産方法。
(g)配列番号3に示される塩基配列からなる遺伝子
(h)配列番号3に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつゼオキサンチンエポキシ化活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(i)配列番号3に示される塩基配列からなる遺伝子と90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、かつゼオキサンチンエポキシ化活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(j)配列番号4に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子
(k)配列番号4に示されるアミノ酸配列において、1個又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつゼオキサンチンエポキシ化活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(l)配列番号4に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と0%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつゼオキサンチンエポキシ化活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項9】
宿主が、さらに
(4)イソペンテニル二リン酸イソメラーゼをコードする遺伝子
を導入されたものである請求項1~8のいずれかの項に記載のアレン構造を有するカロテノイドの生産方法。
【請求項10】
宿主が微生物である請求項1~9のいずれかの項に記載のアレン構造を有するカロテノイドの生産方法。
【請求項11】
微生物が大腸菌である請求項10に記載のアレン構造を有するカロテノイドの生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒトの健康への有用性が期待されるアレン(allene)構造を持つカロテノイドを、宿主を用いて生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カロテノイドは、すべての光合成生物(植物、藻類等)、及び一部の細菌、カビ、酵母などが生産する黄~橙~赤色の天然色素である。現在までに、自然界から750種以上のカロテノイドが単離・同定されている。このうち、我々に身近な光合成生物である植物や藻類由来のカロテノイドについても多数報告されている。
【0003】
植物における光合成器官である葉のカロテノイドは通常、植物種によらず同じである(特許文献1、非特許文献1)。この生合成経路を、化学構造とともに図1に示した。これらのカロテノイドのうち、明確な色を持つものは、Lycopene(リコペン;リコピンとも呼ばれる)以降の生合成経路のカロテノイドである。なお、これらの中で商業化されているカロテノイドの比率は高く、Lycopene、β-Carotene(β-カロテン)、α-Carotene(α-カロテン)、Lutein(ルテイン)、Zeaxanthin(ゼアキサンチン)、β-Cryptoxanthin(β-クリプトキサンチン)が相当し、ヒトの健康増進に有用な機能性を有することが報告されている(非特許文献2)。
【0004】
図1のカロテノイドに限らず機能性が期待される多くのカロテノイド(以下、「機能性カロテノイド」という)は、一般に製造コストがかかるため高価である。そこで近年、カロテノイドを微生物、特に、大腸菌(Escherichia coli)や出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)等の宿主を用いて安価に生産するためのバイオテクノロジー研究が盛んに行われてきた。なお、大腸菌や出芽酵母は、元々はカロテノイド生産能を持たないが、カロテノイド前駆体のファルネシル二リン酸(FPP;farnesyl diphosphate)は持っているため、FPPから下流のカロテノイド生合成遺伝子群を導入すれば各種機能性カロテノイドの生産が可能と考えられる。しかしながら、図1の葉由来カロテノイドの中で、微生物宿主で効率的に作れるものは、Lycopene、β-Carotene、Zeaxanthinくらいに限られていた。その大きな理由は、これら3つのカロテノイドは、植物だけでなく、大腸菌と同じ綱(class)に属する土壌細菌Pantoea ananatisをはじめとする一部の微生物でも生産しているため、これらのカロテノイド生合成遺伝子群(crt遺伝子群)を利用することができるからである。なお、これらのcrt遺伝子群がコードするCrt酵素の機能は、図1において括弧で示されている。
【0005】
一方、葉由来の他のカロテノイドの中で商業化されていないものとして、Antheraxanthin(アンテラキサンチン)、Violaxanthin(ビオラキサンチン)、Neoxanthin(ネオキサンチン)が挙げられる。これらのうち、AntheraxanthinとViolaxanthinについては、リンドウ(Gentiana lutea)の花由来のZEP(ゼアキサンチンエポキダーゼ;zeaxanthin epoxidase)遺伝子(GlZEP)、又は赤ピーマン(パプリカ;Capsicum annuum)由来のZEP遺伝子(CaZEP)を、Zeaxanthinを効率生産する組換え大腸菌等に導入して、AntheraxanthinやViolaxanthinの生合成を行うことができることが報告されている(非特許文献2、3)。ただ、種々の植物または藻類由来の多くのZEP遺伝子が大腸菌でさえ機能しない(機能発現しない)ことがわかっている。たとえば、藻類の一種であるケイソウ(珪藻;Phaeodactylum tricornutum)やゼニゴケ(Marchantia polymorpha)由来のZEP遺伝子は大腸菌で機能発現しなかった(非特許文献3、4)。そのため、大腸菌等の微生物でViolaxanthinを効率生産するのは現在でも、必ずしも容易でない。
【0006】
他方、Neoxanthinに関しては、大腸菌や出芽酵母を含む微生物宿主での生産の報告は全く無い。Neoxanthinは分子内にアレン(allene;C=C=C)構造を持つカロテノイドであり(図1参照)、このような構造を持つカロテノイドは、肥満予防など健康に良い機能性を有することがわかっている。このため、Neoxanthinなどのアレン(allene)構造を持つカロテノイドの微生物での生産が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2020-142992号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】三沢典彦, 生物工学 93: 403-406, 2015
【文献】久保亜希子, 佐原健彦, 竹村美保, 三沢典彦, スマートセルインダストリー -微生物細胞を用いた物質生産の展望-, 第3編 産業応用へのアプローチ, 第8章 植物由来カロテノイドの微生物生産, pp.195-205, シーエムシー出版, 2018.
【文献】M. Takemura et al, Applied Microbiology and Biotechnology, 103: 9393-9399, 2019.
【文献】M. Dambek et al, Journal of Experimental Botany, 63: 5607-5612, 2012.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、大腸菌や出芽酵母などの微生物または藻類を宿主として、ネオキサンチンなどのアレン構造を有するカロテノイドの生産方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行ったところ、ファルネシル二リン酸からゼアキサンチンまでの生合成経路をコードする遺伝子群、高等植物由来のゼアキサンチンエポキシダーゼをコードする遺伝子とともに、珪藻由来のVDL1遺伝子を大腸菌などのファルネシル二リン酸生産能を有する宿主に導入することにより、効率よくネオキサンチンが産生されるとともに、植物の葉では観察されないデエポキシネオキサンチンが産生されることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち本発明は、
次の(1)~(3)の遺伝子または遺伝子群;
(1)ファルネシル二リン酸からゼアキサンチンまでの生合成経路をコードする遺伝子群
(2)ゼアキサンチンエポキシダーゼをコードする遺伝子
(3)ネオキサンチンシンターゼをコードする遺伝子
が導入されたファルネシル二リン酸生産能を持つ宿主を培養し、培養後の宿主からアレン構造を有するカロテノイドを抽出するアレン構造を有するカロテノイドの生産方法であって、
(2)ゼアキサンチンエポキシダーゼをコードする遺伝子が高等植物由来のZEPをコードする遺伝子であり、
(3)ネオキサンチンシンターゼをコードする遺伝子がVDL1をコードする遺伝子であることを特徴とするアレン構造を有するカロテノイドの生産方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、肥満予防効果などの機能性を有するネオキサンチンやデエポキシネオキサンチンなどのアレン構造を有するカロテノイドを効率よく低コストで大量生産することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】植物の葉におけるカロテノイドの生合成経路及び各種カロテノイド生合成酵素の機能を示す図である。
図2】遺伝子組換え大腸菌(pACHP-Viol + pUC-PtVDL1)から抽出されたカロテノイドのHPLC分析およびNMR分析結果である。(A)は、遺伝子組換え大腸菌(pAC-Viol + pUC-PtVDL1)から抽出されたカロテノイド(上)、標品のNeoxanthin(中)、標品のDeepoxyneoxanthin(下)のクロマトグラム、(B)は遺伝子組換え大腸菌(pAC-Viol + pUC-PtVDL1)から精製されたNeoxanthinと思われるピーク化合物のNMR解析結果、(C)は遺伝子組換え大腸菌(pACHP-Viol + pUC-PtVDL1)から精製されたDeepoxyneoxanthinと思われるピーク化合物のNMR解析結果である。
図3】大腸菌形質転換用ベクター、pUC18、pACYC184の構造を示す図である。
図4】大腸菌形質転換用プラスミドpACHP-Viol, pUC-PtVDL1の構造を示す図である。
図5】本発明のカロテノイドの生産方法における合成経路を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明では、宿主に(1)ファルネシル二リン酸からゼアキサンチンまでの生合成経路をコードする遺伝子群、(2)ゼアキサンチンエポキシダーゼをコードする遺伝子及び(3)ネオキサンチンシンターゼをコードする遺伝子を導入する。
【0015】
(1)ファルネシル二リン酸からゼアキサンチンまでの生合成経路をコードする遺伝子群
ファルネシル二リン酸からゼアキサンチンまでの生合成経路をコードする遺伝子群には、ファルネシル二リン酸(FPP)からゲラニルゲラニル二リン酸(GGPP)を合成するGGPPシンターゼ (CrtE)をコードする遺伝子(CrtE)、GGPPからフィトエンを合成するフィトエンシンターゼ (CrtB)をコードする遺伝子(CrtB)、フィトエンからリコペンを合成するフィトエンデサチュラーゼ(CrtI)をコードする遺伝子(CrtI)、リコペンからβ-カロテンを合成するリコペンβ-シクラーゼ(CrtY)をコードする遺伝子(CrtY)及びβ-カロテンからゼアキサンチンを合成するβ-カロテンハイドロキシラーゼ (CrtZ)をコードする遺伝子(CrtZ)が含まれる。カロテノイド生合成遺伝子群の由来は特に制限されないが、γ-プロテオバクテリア綱の土壌細菌パントエア・アナナティス(Pantoea ananatis)由来のものが好適に用いられる。
【0016】
(2)ゼアキサンチンエポキシダーゼをコードする遺伝子
ゼオキサンチンエポキシダーゼをコードする遺伝子として、パプリカ(赤ピーマン;Capsicum annuum)由来のZEP(zeaxanthin epoxidase)をコードする遺伝子(CaZEP)、リンドウ(Gentiana lutea)の花由来のZEP遺伝子(GlZEP)、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)由来のZEP遺伝子(AtZEP)等の高等植物由来のZEPを用いることができるが、このうち生産効率に優れることからパプリカ由来のZEP遺伝子が好適に用いられる。パプリカ由来のZEPをコードする遺伝子としては、配列番号4に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、配列番号4に示されるアミノ酸配列において、1個又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつゼアキサンチンをエポキシ化しビオラキサンチンを合成するゼオキサンチンエポキシ化活性を有するタンパク質をコードする遺伝子、配列番号4に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつゼアキサンチンをエポキシ化しビオラキサンチンを合成するゼオキサンチンエポキシ化活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が好ましい。
このような遺伝子として、配列番号3に示される塩基配列からなる遺伝子が好ましい。また配列番号3に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつゼオキサンチンエポキシ化活性を有するタンパク質をコードする遺伝子、配列番号3に示される塩基配列からなる遺伝子と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつゼアキサンチンをエポキシ化しビオラキサンチンを合成するゼオキサンチンエポキシ化活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が好ましい。
【0017】
(3)ネオキサンチンシンターゼをコードする遺伝子
ネオキサンチンシンターゼをコードする遺伝子として、珪藻(Phaeodactylum tricornutum)由来のVDL1 (violaxanthin de-epoxidase-like protein 1)遺伝子を用いる。VDL1遺伝子としては、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子、配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1個又は複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつビオラキサンチンからネオキサンチンを合成するネオキサンチン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子、配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは98%以上の相同性を有するアミノ酸配列からなり、かつビオラキサンチンからネオキサンチンを合成するネオキサンチン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が好ましい。
このような遺伝子として、配列番号1に示される塩基配列からなる遺伝子が好ましい。また配列番号1に示される塩基配列からなる遺伝子と相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつビオラキサンチンからネオキサンチンを合成するネオキサンチン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子、配列番号1に示される塩基配列からなる遺伝子と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上の相同性を有する塩基配列からなり、かつビオラキサンチンからネオキサンチンを合成するネオキサンチン合成活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が好ましい。ネオキサンチンシンターゼによってビオラキサンチンからネオキサンチンが合成される。またゼアキサンチンはゼアキサンチンエポキシダーゼによりアンテラキサンチンとなり、さらにビオラキサンチンが合成されるが、ネオキサンチンシンターゼによって、アンテラキサンチンからデエポキシネオキサンチンが合成される。
【0018】
(4)イソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子(IDI遺伝子)
イソペンテニル二リン酸イソメラーゼは、大腸菌や出芽酵母のFPP産生過程において、イソペンテニル二リン酸(イソペンテニルピロリン:IPP)をジメチルアリル二リン酸(DMAPP)に変換する。IDI遺伝子は、crt遺伝子群と共に発現させることによりカロテノイドを効率的に製造することが可能である。IDI遺伝子の由来は特に制限されないが、例えば緑藻Haematococcus pluvialus由来のIDI (IPP isomerase)が好適に用いられる。
イソペンテニル二リン酸イソメラーゼによりIPPとジメチルアリル二リン酸(DMAPP)の量比が調整される(特許文献1)。イソペンテニル二リン酸イソメラーゼには互いに構造が異なる、1型(type 1)と2型(type 2)のものが存在している。2型のIDI遺伝子は、α-プロテオバクテリア綱又はγ-プロテオバクテリア綱に属するカロテノイド産生細菌が有するカロテノイド生合成遺伝子群(carotenoid biosynthesis gene cluster)の中に時々一緒に存在している(三沢典彦, オレオサイエンス 9 (9): 385-391, 2009)。1型、2型にかかわらず、IDI遺伝子をカロテノイドやセスキテルペンといったテルペンの生合成遺伝子と共に大腸菌に導入して発現させると、IDI遺伝子を導入しない場合と比べて、テルペンの生産量が上昇することがわかっている(S. Kajiwara,P.D. Fraser, K. Kondo and N. Misawa, Biochem J., 324, 421-426. 1997)。ファルネシル二リン酸からゼアキサンチンまでの生合成経路をコードする遺伝子群、CaZEP遺伝子及びIDI遺伝子を導入し、共発現させることにより、ビオラキサンチンが効率よく生産され、ビオラキサンチンを基質としてネオキサンチンが高収量で生産される。
【0019】
(形質転換)
上記ファルネシル二リン酸からゼアキサンチンまでの生合成経路をコードする遺伝子群、パプリカ由来のZEPをコードする遺伝子及びVDL1をコードする遺伝子は、公知の方法により、大腸菌、出芽酵母、藻類などのファルネシル二リン酸生産能を有する宿主に導入することができる。以下、例として大腸菌を宿主とする場合の形質転換法について説明する。
【0020】
大腸菌を宿主とする場合、その外来性遺伝子の導入方法は特に限定されず、導入したい外来性遺伝子を、公知の方法により適当なプロモータとターミネータの利用により発現する形にして大腸菌の形質転換用ベクターに挿入してプラスミドを作製し、該プラスミドを大腸菌の細胞に導入すればよい。複数の遺伝子を導入する場合、それらの遺伝子は、1つの形質転換用ベクターにより導入されてもよく、それぞれ異なる形質転換用ベクターにより導入されてもよい。
【0021】
大腸菌の形質転換用ベクターは、導入遺伝子の数や種類等により適宜選択すればよいが、大腸菌のタンパク質発現用ベクター等が好ましく、例えば、pUC18、pACYC184、RSFDuet-1等が挙げられる。また、プロモータは、大腸菌中で発現できるものであればいずれを用いてもよい。例えば、T7プロモータ、lacZプロモータ、tacプロモータ等が挙げられる。中でも、導入した遺伝子が大腸菌において高発現することが好ましいことから、tacプロモータがより好ましい。また、導入した遺伝子が大腸菌において一過的に発現することが好ましい場合は、誘導プロモータを用いることが好ましく、IPTG等による誘導型T7プロモータ等がより好ましい。ターミネータとしては、導入する遺伝子等により適宜選択することができるが、例えば、T7ターミネータ、rrnBターミネータ等が挙げられる。
【0022】
大腸菌形質転換ベクターにより目的とする外来性遺伝子が導入された大腸菌細胞を効率よく選抜するために、各種選抜マーカー遺伝子を用いてもよい。選抜マーカー遺伝子は、特に限定されず、公知のものを用いることができる。例えば、薬剤耐性を付与する遺伝子を選抜マーカーとして用い、この選抜マーカー遺伝子と外来性遺伝子とを含むプラスミド等を大腸菌形質転換ベクターとして大腸菌細胞に導入することが好ましい。これによって選抜マーカー遺伝子の発現から効率良く外来性遺伝子が導入された大腸菌細胞を選抜することができる。このような選抜マーカー遺伝子として、例えば、各種の薬剤耐性遺伝子等が挙げられる。より具体的には、例えば、アンピシリン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子等が挙げられる。また、該選抜マーカー遺伝子の上流及び下流には、該遺伝子を発現するためのプロモータ及びターミネータを有することが好ましい。
【0023】
このようにして調製された形質転換ベクターを大腸菌に導入する方法は特に制限されず、熱ショック法等公知の方法を用いて導入すればよい。外来性遺伝子が遺伝子組換え大腸菌において発現していることは、例えば、ノザンブロッティング、RT-PCR、ウェスタンブロッティング等の方法により確認することができる。また、大腸菌においてネオキサンチン、デエポキシネオキサンチン等が産生されていることは、例えば、HPLC分析等の方法により確認することができる。
【0024】
遺伝子組換え大腸菌の培養方法は、特に限定されず公知の培養方法を用いることができる。培養後の遺伝子組換え大腸菌には、ネオキサンチン、デエポキシネオキサンチンなどのアレン構造を有するカロテノイドが含まれるため、公知の抽出方法により、これらのカロテノイドを得ることができる。
【実施例
【0025】
以下に実施例等を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの例に限定されない。
【0026】
<実施例1>
(ネオキサンチン生産用プラスミドの作製)
珪藻Phaeodactylum tricornutumVDL1 (violaxanthin de-epoxidase-like protein 1)遺伝子(PtVDL1遺伝子)のDNA断片は、大腸菌のコドン使用頻度に適した塩基配列に改変した設計図を用いて化学合成した。その塩基配列を配列番号1に示す。パプリカCapsicum annuumZEP (zeaxanthin epoxidase) 遺伝子(CaZEP遺伝子)のDNA断片は、大腸菌のコドン使用頻度に適した塩基配列に改変した設計図を用いて化学合成した。その塩基配列を配列番号3に示す。PtVDL1及びCaZEPのアミノ酸配列(配列番号2、4)はそれぞれ、DDBJ アクセッション番号 B7G087_PHATC及びアクセッション番号 XP_016561102.1から入手することができる。また、CaZEPの人工遺伝子断片には、5’末端にSpeIと3’末端にHindIIIサイトを付加し、PtVDL1の人工遺伝子断片には、5’末端にEcoRIと3’末端にSalIサイトを付加した。
【0027】
大腸菌形質転換用ベクターとして、pACYC184とpUC18を用いた(図3)。SpeIおよびHindIIIで切断したCaZEP断片を切り出し、公知の方法に従って調製されたゼアキサンチン生産用プラスミドpACHP-Zea(M. Takemura et al, Tetrahedron Letters, 56: 6063-6065, 2015.)のSpeI-HindII部位に挿入し、プラスミドpACHP-Violを作製した(図4A)。EcoRIおよびSalIで切断した珪藻のPtVDL1遺伝子断片を切り出し、ベクターpUC18のEcoRI-SalI部位に挿入し、プラスミドpUC-PtVDL1を作製した(図4B)。
【0028】
トマト (Solanum lycopersicum)のNSY遺伝子(SlNSY遺伝子; F. Bouvier et al, European Journal of Biochemistry, 267: 6346-6352, 2000.)及びNXD1遺伝子(SlNXD1遺伝子;H. Neuman et al, The Plant Journal, 78: 80-93, 2014.)のDNA断片は、大腸菌のコドン使用頻度に適した塩基配列に改変した設計図を用いて化学合成した。珪藻のPtVDL1遺伝子断片の場合と同様に、各々の遺伝子断片をベクターpUC18のEcoRI-SalI部位に挿入し、プラスミドpUC-SlNSY及びpUC-SlNXD1を作製した。
【0029】
<実施例2>
(大腸菌の形質転換)
実施例1で作製したプラスミドpACHP-ViolならびにpUC-PtVDL1(またはpUC-SlNSYまたはpUC-SlNXD1)を用いて、大腸菌を公知の方法により形質転換した。具体的には次のように行った。
大腸菌(JM101(DE3))、SOB培地(2%バクトトリプトン、0.5%イーストエクストラクト、10 mM NaCl、2.5 mM KCl、10 mM MgCl2、10 mM MgSO4)で培養した後、TBバッファー(10 mM PIPES (pH6.7), 15 mM CaCl2, 250 mM KCl, 55 mM MnCl2・4H2O)で処理した。そして、実施例1で作製したプラスミドpACHP-Violを、処理した大腸菌と混合し、氷上で静置した。42℃の熱ショックをかけた後、SOC培地で培養し、薬剤含有培地に撒いた。一晩培養後、出てきた薬剤耐性コロニーを、形質転換大腸菌(遺伝子組換え大腸菌)として得た。薬剤(抗生物質)としては、クロラムフェニコール(30mg/L)を培地に加えた。
上記で作製した、pACHP-Violを有しビオラキサンチンを生産する大腸菌(JM101(DE3))を、SOB培地(2%バクトトリプトン、0.5%イーストエクストラクト、10 mM NaCl、2.5 mM KCl、10 mM MgCl2、10 mM MgSO4)で培養した後、TBバッファー(10 mM PIPES (pH6.7), 15 mM CaCl2, 250 mM KCl, 55 mM MnCl2・4H2O)で処理した。そして、実施例1で作製したプラスミドpUC-PtVDL1(またはpUC-SlNSYまたはpUC-SlNXD1)を、処理した大腸菌と混合し、氷上で静置した。42℃の熱ショックをかけた後、SOC培地で培養し、薬剤含有培地に撒いた。一晩培養後、出てきた薬剤耐性コロニーを、形質転換大腸菌(遺伝子組換え大腸菌)として得た。薬剤(抗生物質)としては、クロラムフェニコール(30mg/L)とアンピシリン(40 mg/L)を培地に加えた。
【0030】
<実施例3>
上記の遺伝子組換え大腸菌を37℃、2YT(2 x YT)培地(1.6%バクトトリプトン、1%イーストエクストラクト、0.5% NaCl)で培養した。その際に、培地は2リットル(L)の三角フラスコに400 mL入れたものを2本用い、抗生物質クロラムフェニコール(30 mg/L)とアンピシリン(40 mg/L)を培地に加えた。OD600が0.4-0.6になるまで培養した後、0.05 mMのIPTGを加え、20℃で2晩培養した。培養した菌液を遠心分離し、菌体を得た。菌体にメタノールを加え、よく懸濁した後、1 M Tris (pH7.5)と1 M NaCl溶液を加えた。さらにクロロホルムを加え、よく懸濁した後、遠心分離を行った。カロテノイド抽出液(クロロホルム層)を回収した。
【0031】
上記の抽出溶液をエバポレーターで濃縮乾固した後、酢酸エチルに溶解し、それぞれのカロテノイド成分をHPLCにより分離し、精製した。
HPLCの条件:
HPLCカラム Acquity 1.7 μm BEH UPLC C18 (2.1 id X 100 mm)
移動層0-15分 溶媒CH3CN:H2O (85:15)、 流速 0.2 ml/min、検出450 nm
NMRはVarian INOVA 500MHz CDCL3溶媒で測定した。
【0032】
大腸菌に、2つのプラスミドpACHP-ViolとpUC-PtVDL1を導入した遺伝子組換え大腸菌により生産されたカロテノイドのHPLC分析ならびにNMR分析を行った。その結果、組換え大腸菌の生産するカロテノイドは、Zeaxanthin、Violaxanthin、Neoxanthin、Deepoxyneoxanthin等であった。このHPLC分析の結果を図2(A)に示した。標品との比較から、NeoxanthinおよびDeepoxyneoxanthinと保持時間が同じであるピークを見出した。そして、これらピーク化合物のNMR解析の結果、図2(B)(C)に示すように、既報のNeoxanthinおよびDeepoxyneoxanthinと一致した。以上のことから、pACHP-ViolとpUC-PtVDL1を導入した組換え大腸菌において、NeoxanthinとDeepoxyneoxanthinが生産されていることが見出された。
一方、プラスミドpACHP-ViolとpUC-SlNSYを導入した組換え大腸菌、及びプラスミドpACHP-ViolとpUC-SlNXD1を導入した組換え大腸菌においては、Violaxanthinに対するどんな変換産物も認められなかった。
【0033】
珪藻Phaeodactylum tricornutum由来のZEP遺伝子は大腸菌で機能しないことが知られていたにもかかわらず(非特許文献3、4)、珪藻由来のVDL1遺伝子が大腸菌内で効率的に機能発現し、Neoxanthin及びDeepoxyneoxanthinを産生できることは思いもよらないことであり、これによって、大腸菌や出芽酵母を含む微生物での生産の報告は全く無かったNeoxanthin及びDeepoxyneoxanthinの生産が実現できた。本発明の生産方法によるアレン構造を有するカロテノイドの合成経路を図5に示す。
この方法により、植物の葉では観察されないDeepoxyneoxanthinが生産されるとともに、ビオラキサンチンからの合成に加え、デエポキシネオキサンチンからもネオキサンチンが合成されることから、効率よくネオキサンチンを生産することが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明は、通常の培養装置を用いて容易に機能性カロテノイドを安価に生産し、安定的に供給できる方法として有用である。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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