(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】免疫学的分析方法及び免疫学的分析試薬キット
(51)【国際特許分類】
G01N 33/536 20060101AFI20241217BHJP
G01N 21/76 20060101ALI20241217BHJP
【FI】
G01N33/536 E
G01N21/76
(21)【出願番号】P 2022510581
(86)(22)【出願日】2021-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2021012119
(87)【国際公開番号】W WO2021193682
(87)【国際公開日】2021-09-30
【審査請求日】2023-12-01
(31)【優先権主張番号】P 2020054053
(32)【優先日】2020-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】390037327
【氏名又は名称】積水メディカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000774
【氏名又は名称】弁理士法人 もえぎ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高山 茂雄
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-030155(JP,A)
【文献】特表2019-531474(JP,A)
【文献】国際公開第2017/141881(WO,A1)
【文献】国際公開第2015/045961(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検出物質を含有する可能性のある生物学的サンプルと、ポリエチレングリコール修飾抗体及び標識物質のコンジュゲートとを接触させることを含む、被検出物質の免疫学的分析方法
であって、標識物質が電気化学発光物質であり、免疫学的分析方法が電気化学発光法(ECL法) である、前記免疫学的分析方法。
【請求項2】
被検出物質を含有する可能性のある生物学的サンプルが、血液、血漿、及び血清及び尿からなる群から選択される1つ以上である、請求項1に記載の免疫学的分析方法。
【請求項3】
ポリエチレングリコールの重量平均分子量(MW)が、250~15000である、請求項1又は2に記載の免疫学的分析方法。
【請求項4】
ポリエチレングリコール修飾抗体が、ポリエチレングリコール修飾IgM抗体又はポリエチレングリコール修飾IgG抗体である、請求項1~
3のいずれかに記載の免疫学的分析方法。
【請求項5】
抗体1分子における標識物質の結合分子数が、10~200である、請求項1~
4のいずれかに記載の免疫学的分析方法。
【請求項6】
ポリエチレングリコール修飾抗体及び標識物質のコンジュゲートを含む、被検出物質の免疫学的分析用試薬キット
であって、標識物質が電気化学発光物質であり、免疫学的分析が電気化学発光法(ECL法)である、前記免疫学的分析用試薬キット。
【請求項7】
血液、血漿、及び血清からなる群から選択される1つ以上の生物学的サンプルに対して使用するための、請求項
6に記載の免疫学的分析用試薬キット。
【請求項8】
ポリエチレングリコールの重量平均分子量(MW)が、250~15000である、請求項
6又は
7に記載の免疫学的分析用試薬キット。
【請求項9】
ポリエチレングリコール修飾抗体が、ポリエチレングリコール修飾IgM抗体又はポリエチレングリコール修飾IgG抗体である、請求項
6~
8のいずれかに記載の免疫学的 分析用試薬キット。
【請求項10】
抗体1分子における標識物質の結合分子数が、10~200である、請求項
6~
9のいずれかに記載の免疫学的分析用試薬キット。
【請求項11】
被検出物質を含有する可能性のある生物学的サンプルと、ポリエチレングリコール修飾抗体及び標識物質のコンジュゲートとを接触させること、を含む、被検出物質の免疫学的分析における測定誤差低減方法であって、
標識物質が電気化学発光物質であり、免疫学的分析が電気化学発光法(ECL法)である、前記測定誤差低減方法。
【請求項12】
被検出物質を含有する可能性のある生物学的サンプルが、血液、血漿、及び血清からなる群から選択される1つ以上である、請求項
11に記載の測定誤差低減方法。
【請求項13】
ポリエチレングリコールの重量平均分子量(MW)が、250~15000である、請求項
11又は
12に記載の測定誤差低減方法。
【請求項14】
以下の工程(1)~(3)を含む、ポリエチレングリコール修飾抗体及びルテニウム錯体のコンジュゲートの調製方法
(1)抗体とルテニウム錯体とを接触させ、第一複合体を形成させる第一複合体形成工程と、
(2)ポリエチレングリコールと第一複合体とを接触させ、ポリエチレングリコール修飾抗体及びルテニウム錯体のコンジュゲートを形成させるコンジュゲート形成工程と、
(3)抗体と結合していない遊離ルテニウム錯体を除去する、遊離ルテニウム錯体除去工程。
【請求項15】
前記コンジュゲート形成工程(2)が、前記遊離ルテニウム錯体除去工程(3)の後に行われる、請求項
14に記載のポリエチレングリコール修飾抗体及びルテニウム錯体のコンジュゲートの調製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検出物質を検出するための免疫学的分析方法及び免疫学的分析試薬キットに関する。本発明は、被検出物質を検出するための免疫学的分析方法における測定誤差低減方法にも関する。本発明は、ポリエチレングリコール修飾抗体及びルテニウム錯体のコンジュゲートの調製方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
生体試料中の被検出物質の量を分析する際に、被検出物質に対する抗体を用いて分析を行う免疫学的分析法が使用されることがある。免疫学的分析法の中でも、発光や蛍光を検知して試料中の被検出物質を測定する方法は、簡便かつ高感度な分析が可能であり、イムノプレートリーダなどの分析装置を使用して自動化が可能なことから、臨床検査をはじめ多くの分野で利用されている。
【0003】
発光や蛍光を検知する方法では、被検出物質の量の測定値を得る際に、生体試料を添加していないブランクの値を差し引く必要がある。しかしながら、抗体に疎水性の高い標識物質を抱合すると、標識抗体が担体に付着してしまい被検出物質の量を正確に測定できない場合があった。また、標識抗体同士が凝集することにより、被検出物質の量を正確に測定することができない場合も観察された。
特許文献1は、解離基又は極性基を持ち、かつ抗体のアミノ基と反応し得る置換基を有する親水性化合物と抗体との結合物を、水溶性高分子化合物及び化学発光物質と結合させてなることを特徴とする化学ルミネッセント免疫定量用試薬を教示する。特許文献1では、中性pH条件下で溶解性の低い標識物質を用いる場合に、抗体に低等電点のリンカーを付加することで標識抗体の等電点を下げ、中性pH条件下の溶解性を上昇させている。しかしながら、感度を向上させるために、より多くの標識物質で標識された抗体を用いることによりさらに感度を向上させ、被検出物質の量を正確に測定する技術が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、免疫学的分析方法において感度を向上させ、被検出物質の量及び/又は存在を正確に分析する技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、被検出物質の免疫学的分析方法において、被検出物質を含有する可能性のある生物学的サンプル、捕捉抗体を固定化した担体、及びポリエチレングリコール修飾抗体に標識物質をコンジュゲートした標識抗体を接触させる際に、標識抗体の凝集、標識抗体の担体への非特異的な吸着等を防止して、被検出物質を正確に分析することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
本発明は具体的には、以下の通りである。
<1> 被検出物質を含有する可能性のある生物学的サンプルと、ポリエチレングリコール修飾抗体及び標識物質のコンジュゲートとを接触させること
を含む、被検出物質の免疫学的分析方法。
<2> 被検出物質を含有する可能性のある生物学的サンプルが、血液、血漿、及び血清及び尿からなる群から選択される1つ以上である、<1>に記載の免疫学的分析方法。
<3> ポリエチレングリコールの重量平均分子量(MW)が、250~15000である、<1>又は<2>に記載の免疫学的分析方法。
<4> 標識物質が電気化学発光物質であり、免疫学的分析方法が電気化学発光法(ECL法)である、<1>~<3>のいずれかに記載の免疫学的分析方法。
<5> ポリエチレングリコール修飾抗体が、ポリエチレングリコール修飾IgM抗体又はポリエチレングリコール修飾IgG抗体である、<1>~<4>のいずれかに記載の免疫学的分析方法。
<6> 抗体1分子における標識物質の結合分子数が、10~200である、<1>~<5>のいずれかに記載の免疫学的分析方法。
<7> ポリエチレングリコール修飾抗体及び標識物質のコンジュゲート
を含む、被検出物質の免疫学的分析用試薬キット。
<8> 血液、血漿、及び血清からなる群から選択される1つ以上の生物学的サンプルに対して使用するための、<7>に記載の免疫学的分析用試薬キット。
<9> ポリエチレングリコールの重量平均分子量(MW)が、250~15000である、<7>又は<8>に記載の免疫学的分析用試薬キット。
<10> 標識物質が電気化学発光物質であり、免疫学的分析が電気化学発光法(ECL法)である、<7>~<9>のいずれかに記載の免疫学的分析用試薬キット。
<11> ポリエチレングリコール修飾抗体が、ポリエチレングリコール修飾IgM抗体又はポリエチレングリコール修飾IgG抗体である、<7>~<10>のいずれかに記載の免疫学的分析用試薬キット。
<12> 抗体1分子における標識物質の結合分子数が、10~200である、<7>~<11>のいずれかに記載の免疫学的分析用試薬キット。
<13> 被検出物質を含有する可能性のある生物学的サンプルと、ポリエチレングリコール修飾抗体及び標識物質のコンジュゲートとを接触させること、
を含む、被検出物質の免疫学的分析における測定誤差低減方法。
<14> 被検出物質を含有する可能性のある生物学的サンプルが、血液、血漿、及び血清からなる群から選択される1つ以上である、<13>に記載の測定誤差低減方法。
<15> ポリエチレングリコールの重量平均分子量(MW)が、250~15000である、<13>又は<14>に記載の測定誤差低減方法。
<16> 以下の工程(1)~(3)を含む、ポリエチレングリコール修飾抗体及びルテニウム錯体のコンジュゲートの調製方法
(1)抗体とルテニウム錯体とを接触させ、第一複合体を形成させる第一複合体形成工程と、
(2)ポリエチレングリコールと第一複合体とを接触させ、ポリエチレングリコール修飾抗体及びルテニウム錯体のコンジュゲートを形成させるコンジュゲート形成工程と、
(3)抗体と結合していない遊離ルテニウム錯体を除去する、遊離ルテニウム錯体除去工程。
<17> 前記コンジュゲート形成工程(2)が、前記遊離ルテニウム錯体除去工程(3)の後に行われる、<16>に記載のポリエチレングリコール修飾抗体及びルテニウム錯体のコンジュゲートの調製方法。
本発明は、以下の実施形態も包含する。
(a)抗体が、モノクローナル抗体である、<1>~<6>のいずれかに記載の免疫学的分析方法。
(b)抗体が、モノクローナル抗体である、<7>~<12>のいずれかに記載の免疫学的分析用試薬キット。
(c)抗体が、モノクローナル抗体である、<13>~<15>のいずれかに記載の測定誤差低減方法。
(d)抗体が、モノクローナル抗体である、<16>又は<17>に記載のポリエチレングリコール修飾抗体及びルテニウム錯体のコンジュゲートの調製方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ブランク値のばらつきを低減することができる。さらに詳細には、本発明によれば、抗体1分子当たりの標識物質の結合分子数を増加させても、ブランク値のばらつき、標識抗体の担体への非特異的吸着によるブランク値の上昇、及び標識物質を介した標識抗体同士の凝集を防止することができる。したがって、本発明によれば、感度よく正確に被検出物質の量を測定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】本発明の免疫学的分析方法において使用されるポリエチレングリコール修飾抗体及び標識物質のコンジュゲートの一例を示す模式図である。
【
図2】本発明の免疫学的分析方法の一実施形態である、ECL法の手順及び原理を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
(被検出物質)
本発明の免疫学的分析方法における被検出物質は、抗原抗体反応を利用して測定し得る、抗原となり得る物質である。本発明の免疫学的分析方法における被検出物質は、例えば以下の物質が挙げられる。
CK-MB、HFABP、トロポニン(トロポニンI、トロポニンT)、ミオグロビン等の心筋マーカー:フィブリン分解産物(例えばDダイマー)、可溶性フィブリン、TAT(トロンビン-アンチトロンビン複合体)、PIC(プラスミン-プラスミンインヒビター複合体)などの凝固・線溶マーカー:酸化LDL、BNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)などの循環関連マーカー:アディポネクチンなどの代謝関連マーカー:CEA(癌胎児性抗原)、AFP(α-フェトプロテイン)、PSA(前立腺特異抗原)、ムチン型糖タンパク質などの腫瘍マーカー:CRP(C反応性蛋白)、LRG(ロイシンリッチαグリコプロテイン)などの炎症関係マーカー:インフルエンザ、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)、HBV(B型肝炎ウイルス)、HCV(C型肝炎ウイルス)、トキソプラズマ、クラミジア、梅毒、黄色ブドウ球菌、大腸菌、プロカルシトニンなどの感染症関連マーカー。
【0010】
(生物学的サンプル)
本発明において、被検出物質を含有する可能性のある生物学的サンプルとしては、主に生体(生物)由来の物質やそれらから被検出物質を抽出した抽出液等が挙げられる。生体(生物)由来の物質としては、具体的には、血液(全血)、血清、血漿、リンパ液、尿、糞便、腹水、胸水、脳脊髄液などが挙げられる。本発明では、生物学的サンプルとして体液、特に血液(全血)、血清、血漿、及び尿からなる群から選択される1つ以上を使用することが好ましい。被検出物質を含有する可能性のある生物学的サンプルには、前記全血などから、遠心分離、ろ過、精製などの手段により分離・分画された成分、有機溶媒などにより抽出された成分、界面活性剤などにより可溶化された成分、緩衝液などにより希釈された成分、又は化学反応などにより修飾若しくは改変された成分などが含まれる。
【0011】
(免疫学的分析方法)
本発明の免疫学的分析方法としては、電気化学発光免疫測定法(ECL法)、酵素免疫測定法(ELISA法)、ラテックス凝集免疫測定法(LTIA法)、化学発光免疫測定法、蛍光抗体法等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。本発明の免疫学的分析方法は、好ましくは電気化学発光免疫測定法(ECL法)である。
また、本明細書中、「分析」は、被検出物質の存在の証明及び/又は定量を含むものである。また、ポリエチレングリコール修飾抗体及び標識物質のコンジュゲートをPEG修飾標識抗体と称することがある。
【0012】
電気化学発光免疫測定法(ECL法)とは、通電により標識物質を発光させ、その発光量を検出することで被検出物質の量を測定する方法を意味する。電気化学発光免疫測定法(ECL法)では、標識物質として、ルテニウム錯体を用いることができる。固相(マイクロプレート等)に電極を設置してこの電極上でラジカルを発生させることによりルテニウム錯体を励起状態にして発光させる。そして、このルテニウム錯体の発光量を検出することができる。
第一抗体を固相抗体として用い、第一抗体とは別のエピトープを認識する第二抗体を検出抗体(標識抗体)として用いて、電気化学発光免疫測定法(ECL法)を行うことができる。標識抗体として、標識物質を結合させたポリエチレングリコール修飾抗体(PEG修飾標識抗体)を使用する。被検出物質上に同一のエピトープが複数存在する場合は固相抗体及びPEG修飾標識抗体として同一の抗体を使用することができる。不溶性担体粒子として磁性粒子、PEG修飾標識物質としてルテニウム錯体を用いた際の測定原理は、以下のとおりである。下記は本発明の一実施形態における測定原理を示すものであり、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
1.抗体を固相化した磁性粒子と生物学的サンプルとを接触させると、生物学的サンプル中の被検出物質が固相抗体と結合する。
2.その後、PEG修飾標識抗体を接触させると、磁性粒子に結合した被検出物質にPEG修飾標識抗体が結合する。
3.未結合のPEG修飾標識抗体を除去した後、通電すると被検出物質に結合したPEG修飾標識抗体量に応じて発光する。この発光量を計測することにより、検体中の被検出物質の量を正確に測定する。
【0013】
免疫学的分析方法の中で、酵素標識を用いる酵素免疫測定法(ELISA法)も、簡便且つ迅速に標的を測定することができて好ましい。サンドイッチELISAの場合、被検出物質を認識する第一抗体(固相抗体)を固定化した不溶性担体と、標識物質で標識された第二抗体(標識抗体)とを使用する。標識抗体として、標識物質を結合させたポリエチレングリコール修飾抗体(PEG修飾標識抗体)を使用する。使用する第一抗体が被検出物質上の複数のエピトープを認識する場合は、第一抗体を固相抗体及び標識抗体として使用することができる。不溶性担体はプレート(イムノプレート)が好ましい。
不溶性担体に固定化された固相抗体は、生物学的サンプル中の被検出物質を捕捉し、不溶性担体上で抗体-被検出物質複合体を形成する。PEG修飾標識抗体は、前記捕捉された被検出物質に結合して前述の抗体-被検出物質複合体とサンドイッチを形成する。標識物質に応じた方法により標識物質の量を測定することにより、試料中の被検出物質を測定することができる。抗体の不溶性担体への固定化の方法、抗体と標識物質との結合方法等、具体的な方法は、当業者に周知の方法を特に制限なく使用することができる。
【0014】
免疫学的測定方法においては抗体が結合した磁性粒子(または抗体が結合した担体)への標識抗体の非特異的な吸着により、抗原無存在下においてもシグナルが検出されてしまう場合がある。例えば、ECL法の場合は、磁性粒子に結合した抗体と電気化学発光物質標識抗体の複合体が、抗原無存在下においても一定の割合で生じてしまい、抗原無存在下においても一定の発光が検出されてしまう場合がある。特に、標識物質が、疎水度が高いルテニウム錯体等の場合は、標識抗体の磁性粒子又は担体への非特異的な吸着による偽検出が生じやすくなる。また一般的に免疫測定系で使用されることが多いIgG抗体と比較して、IgM抗体に関しては、IgM抗体自体の疎水度の高さから抗体が結合した磁性粒子(または抗体が結合した担体)への非特異的な吸着により、抗原無存在下においてもシグナルが検出されてしまう可能性が高くなる。これを回避するために、ポリエチレングリコール修飾により標識抗体の親水性を上昇させる。これにより、標識抗体の磁性粒子又は担体への非特異的な吸着を抑え、ブランクの値を抑制すること、及び同一の抗原濃度を有する溶液を測定したときの測定値再現性の改善が実現できる。
また抗体1分子当たりに結合する標識物質の量を増やすことで、検出感度を上昇させることが可能である。しかしながら、疎水度の高い標識物質を抗体に標識する際に、抗体1分子当たりに結合する標識物質の量が増加するにしたがい、標識抗体の疎水度も高くなる。すなわち、抗体1分子当たりに結合する標識物質の量が増えると、検出感度は上昇するが、ブランクの値の上昇及び再現性悪化といったデメリットが生じ得る。標識抗体をポリエチレングリコールにより修飾することで、抗体1分子当たりに結合する、疎水性の高い標識物質(例えば、ルテニウム錯体等)の量を増加させても、ブランクの値の上昇及び再現性悪化を抑制することができ、したがって、感度の向上と、ブランクの値の上昇及び再現性悪化の抑制とを実現できる。
【0015】
本発明の免疫学的分析方法において使用される抗体は、モノクローナル抗体およびポリクローナル抗体のいずれも公知の方法に従って作製することができるが、モノクローナル抗体が好ましい。モノクローナル抗体は、例えば、被検出物質又はそのフラグメントで免疫した非ヒト哺乳動物から抗体産生細胞である脾臓細胞あるいはリンパ節細胞を単離し、これを高い増殖能を有する骨髄腫由来の細胞株等と融合させてハイブリドーマを作製し、このハイブリドーマが産生した抗体を精製することによって得ることができる。また、ポリクローナル抗体は、被検出物質又はそのフラグメントで免疫した動物の血清から得ることができる。フラグメントは被検出物質の部分的な断片であり、フラグメントに結合する抗体は、被検出物質を認識する。
【0016】
抗体としては、抗体分子全体のほかに抗原抗体反応活性を有する抗体のフラグメントを使用することも可能であり、前記のように動物への免疫工程を経て得られたもののほか、遺伝子組み換え技術を使用して得られるものやキメラ抗体を用いることも可能である。抗体の断片としては機能性の断片であることが好ましく、例えば、F(ab’)2、Fab’、scFvなどが挙げられ、これらのフラグメントは前記のようにして得られる抗体をタンパク質分解酵素(例えば、ペプシンやパパインなど)で処理すること、あるいは該抗体のDNAをクローニングして大腸菌や酵母を用いた培養系で発現させることにより製造できる。
【0017】
本発明の免疫学的分析方法において使用される抗体は、被検出物質に特異的に反応する抗体であることが好ましい。「被検出物質に特異的に反応する」とは、被検出物質とは反応するが、他の物質とは実質的に反応しないことを意味する。「実質的に反応しない」の意味は後述する。
【0018】
本明細書において、被検出物質と「反応する」、被検出物質を「認識する」、被検出物質と「結合する」は、同義で用いられるが、これらの例示に限定されることはなく、最も広義に解釈する必要がある。抗体が抗原(化合物)と「反応する」か否かの確認は、抗原固相化ELISA法、競合ELISA法、サンドイッチELISA法などにより行うことができるほか、表面プラズモン共鳴(surface plasmon resonance)の原理を利用した方法(SPR法)などにより行うことができる。SPR法は、Biacore(登録商標)の名称で市販されている、装置、センサー、試薬類を使用して行うことができる。
【0019】
使用される抗体と、ある化合物が「反応しない」とは、本発明に使用される抗体がある化合物と実質的に反応しないことをいい、「実質的に反応しない」とは、例えば、上記SPR法に基づき、Biacore(登録商標)T100やT200を使用し、本発明に使用される抗体を固定化して測定を行った場合に、本発明に使用される抗体の反応性の増強が認められないことをいう。詳細には、抗体と化合物との反応性が、コントロール(化合物非添加)の反応性と比べて有意な差がないことをいう。上記SPR法以外の当業者に周知の方法又は手段によっても「実質的に反応しない」ことを確認できるのはいうまでもない。
【0020】
本明細書において、「担体」とは、被検出物質に対して、被検出物質を特異的に認識する抗体等を固定している物質をいう。例えば、イムノプレート、メンブレン、ラテックス粒子、磁性粒子等の不溶性のものが挙げられるが、これらに限定されない。
【0021】
(ポリエチレングリコール)
本発明の免疫学的分析方法において用いられるポリエチレングリコール(ポリエチレングリコールを、単にPEGと称することがある)は、本発明の効果が得られる限りにおいて特に限定されることはないが、重合度が2~300のものが好ましく、より好ましくは2~200、さらに好ましくは2~150、さらに好ましくは2~100、さらに好ましくは2~50、さらに好ましくは2~20、さらに好ましくは2~10、最も好ましくは4~10である。なお、重合度とは、PEGの構造式「HO―(CH2―CH2―O)n―H」中の「n」を意味する。分岐鎖PEGの場合には、重合度とは(CH2―CH2―O)の全ての繰り返し単位数を示す。すなわち、分岐鎖PEGの各分岐鎖に、「(CH2―CH2―O)l」、「(CH2―CH2―O)m」、及び「(CH2―CH2―O)n」が含まれる場合には、重合度はl+m+nの合計値を意味する。
本発明の免疫学的分析方法において用いられるPEGは、重量平均分子量(MW)に換算すると、好ましくは250~15000、より好ましくは250~10000、さらに好ましくは250~5000、さらに好ましくは250~2000、さらに好ましくは250~1000である。なお、本明細書において、「2~200」と記載する場合、その両端の値を含むものとし、この場合は2及び200を範囲内に含むものとする。分岐型及び直鎖型のいずれのPEGであってもよく、両方を含んでもよい。重量平均分子量(MW)は、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC:Size Exclusion Chromatography)を用いて測定することができる。
【0022】
(ポリエチレングリコール修飾抗体)
本明細書において「ポリエチレングリコール修飾抗体」とは、PEGと接触させることにより、PEGと化学反応を起こして結合した抗体を意味する。本発明の効果が得られる限りにおいて、抗体の任意の位置で結合が生じればよく、例えば、アミノ基とPEGが反応を起こして結合が生じてもよい。片側末端にNHS基を有するPEGを用いて、抗体のアミノ基と反応させて結合させることが好ましい。
本発明の免疫学的分析方法において用いられる抗体は、ポリエチレングリコール修飾抗体であり、好ましくはポリエチレングリコール修飾IgM抗体又はポリエチレングリコール修飾IgG抗体であり、さらに好ましくは、ポリエチレングリコール修飾IgM抗体である。IgM抗体は、IgG抗体と比較すると、疎水性が強く、疎水性が強い標識物質により標識することでさらに疎水性が強くなる。ポリエチレングリコールを用いてIgM抗体を修飾することにより、疎水性が強いことによるIgM抗体同士の凝集等を効果的に防止することができる。ポリエチレングリコールによる抗体の修飾は、被検出物質を分析する直前に行ってもよく、予め作製していた抗体を用いてもよい。ポリエチレングリコール修飾抗体を用いることで、抗体と標識物質との複合体が担体等に吸着すること、又は当該複合体が凝集することを防止することができる。
【0023】
(ポリエチレングリコール修飾抗体及び標識物質のコンジュゲート)
本発明の免疫学的分析方法において用いることができるポリエチレングリコール修飾抗体及び標識物質のコンジュゲート、すなわちPEG修飾標識抗体は本発明の効果が得られる限りにおいて限定されることはないが、ポリエチレングリコール修飾抗体及びルテニウム錯体のコンジュゲートであることが好ましい。本発明の免疫学的分析方法において用いることができる、ポリエチレングリコール修飾抗体及びルテニウム錯体のコンジュゲートは、本発明の効果が得られる限りにおいて限定されないが、例えば、以下のような手順(1)~(3)を含む方法で調製することが可能である。
(1)抗体とルテニウム錯体とを接触させ、第一複合体を形成させる第一複合体形成工程と、
(2)ポリエチレングリコールと第一複合体とを接触させ、ポリエチレングリコール修飾抗体及びルテニウム錯体のコンジュゲートを形成させるコンジュゲート形成工程と、
(3)抗体と結合していない遊離ルテニウム錯体を除去する、遊離ルテニウム錯体除去工程。
前記調製方法において、ブランク値を低減させるために、前記コンジュゲート形成工程(2)が、前記遊離ルテニウム錯体除去工程(3)の後に行われることが好ましい。他の標識物質を用いた場合でも、コンジュゲートを同様の方法で調製可能である。
【0024】
前記(1)第一複合体形成工程において、ルテニウム錯体と抗体との混合比は、ルテニウム錯体と抗体の分子数を基準として、抗体とルテニウム錯体の比率が1:1~1:200が好ましく、1:5~1:200がより好ましく、1:10~1:200がさらに好ましく、1:20~1:200がさらに好ましく、1:50~1:150がさらに好ましい。
前記(2)コンジュゲート形成工程において、第一複合体とポリエチレングリコールとの混合比は、第一複合体とポリエチレングリコールの分子数を基準として、第一複合体とポリエチレングリコールの比率が1:1~1:1000、1:1~1:500、1:5~1:500、1:10~1:500、又は1:30~1:300であることができる。
【0025】
抗体1分子当たりに結合したルテニウム錯体の数が多い方が、検出感度が高くなる。一方で、この場合、標識物質が疎水性を示す場合には、抗体と標識物質との複合体が担体等に吸着すること、又は当該複合体が凝集することにより、被検出物質の量を正確に測定することができないこともある。しかしながら、そのような場合でも、ポリエチレングリコール修飾抗体を用いることにより、感度よく且つ正確に被検出物質を分析することが可能となる。
【0026】
本発明のポリエチレングリコール修飾抗体及び標識物質のコンジュゲートにおいて、抗体1分子当たりに結合する標識物質、好ましくはルテニウム錯体の分子数は、1~200が好ましく、10~200がより好ましく、15~200がさらに好ましく、20~100がさらに好ましい。抗体への標識物質の結合は、直接結合してもよく、リンカー等を介してもよい。
【0027】
(標識物質)
本明細書において「標識物質」とは、被検出物質と直接的又は間接的に結合し、そして被検出物質を検出するためのシグナルを発生させる物質を意味する。標識物質に由来するシグナルの測定は、公知の方法に従って行えばよく、例えば、吸光度あるいは反射光の強度を測定することができる。シグナルは、目視で確認してもよく、特定の測定器を用いて確認してもよい。
標識抗体を調製するための標識物質としては、例えば酵素、蛍光物質、電気化学発光物質、ビオチン、アビジン、放射性同位体、金コロイド粒子、又は着色ラテックスなどが挙げられる。当業者であれば、使用される抗体と標識物質に応じて、免疫学的分析方法を適宜選択することができる。電気化学発光物質とは、電気エネルギーによって励起され発光する物質であり、ルテニウム錯体及びオスミウム錯体が挙げられる。ルテニウム錯体としては、ルテニウムピリジン錯体が挙げられる。
免疫学的分析方法として電気化学発光免疫測定法(ECL法)を用い、標識物質として、電気化学発光物質、特にルテニウム錯体を用いることが好ましい。電気化学発光物質、特にルテニウム錯体は疎水性が強い。したがって、ECL法において、本発明の免疫学的分析方法の効果を多大に享受できる。
本発明の免疫学的分析方法は、標識物質に由来するシグナルを測定する工程を含むことができる。該工程は、ブランク値を差し引くことを含むことができる。
【0028】
(測定誤差低減)
免疫学的測定方法においては、上記のようなブランクの値の上昇又は標識抗体の担体への付着などにより、測定値の正又は負の測定誤差が生じることが知られている。本明細書において、「測定誤差低減」とは、上記測定値の正又は負の測定誤差を、本来の測定値(真値)に近づけることをいう。
【0029】
(免疫学的分析用試薬キット)
本発明の被検出物質の免疫学的分析用試薬キットは、ポリエチレングリコール修飾抗体及び標識物質のコンジュゲート(PEG修飾標識抗体)を含む試薬を含むものであればいずれでもよい。PEG修飾標識抗体を含む試薬(以下、標識試薬と称することがある)における、PEG修飾標識抗体は、標識試薬において、0.01~1000μg/mL、0.05~200μg/mL、0.1~200μg/mL、0.1~100μg/mL、又は0.1~20μg/mLの濃度であることができる。標識試薬において、PEG修飾標識抗体は、測定系に添加すべき全ての試薬と試料の混合状態において0.1~100μg/mL、特に0.1~20μg/mLに調整しうるような形態で含まれていることが好ましい。
【0030】
本発明の被検出物質の免疫学的分析用試薬キットは、好ましくは、標識物質で標識されていない被検出物質に対する抗体(以下、「捕捉抗体」と称することがある)が結合した担体を含む試薬(以下、捕捉試薬と称することがある)をさらに含む。捕捉抗体が結合した担体は、捕捉試薬において、0.01~1000mg/mL、0.05~200mg/mL、0.1~200mg/mL、0.1~100mg/mL、又は0.1~2mg/mLの濃度であることができる。捕捉試薬において、捕捉抗体が結合した担体は、測定系に添加すべき全ての試薬と試料の混合状態において、0.1~10mg/mL、特に0.1~2mg/mLに調整しうるような形態で含まれていることが好ましい。
【0031】
本発明の被検出物質の免疫学的分析用試薬キットには、ほかに、標準抗原物質、精度管理用抗原試料といった、他の検査試薬、検体希釈液、及び/又は使用説明書などを含むこともできる。
【0032】
本発明の被検出物質の免疫学的分析用試薬キットにおいて、PEG修飾標識抗体と捕捉抗体とは異なるエピトープを認識してもよく、PEG修飾標識抗体が抗原上の複数のエピトープを認識する場合は、PEG修飾標識抗体と捕捉抗体として同一の(すなわち同じエピトープを認識する)抗体を用いてもよい。
【0033】
ECL法を使用する場合、本発明の被検出物質の免疫学的分析用試薬キットは、以下(A)及び(B)を含むことができる。
(A)ポリエチレングリコール修飾抗体と電気化学発光物質(例えば、ルテニウム錯体等)とのコンジュゲートを含む標識試薬、及び
(B)被検出物質に結合する捕捉抗体を固定化した固相。
例えば、固相として磁性粒子を用いたキットでは、被検出物質に結合する捕捉抗体を固定化した磁性粒子に、生物学的サンプルを添加して反応させた後、試料を除去して洗浄する。続いて、ポリエチレングリコール修飾抗体と電気化学発光物質(例えば、ルテニウム錯体等)とのコンジュゲートを添加して反応させる。磁性粒子を洗浄後、電気エネルギーを加えて発光させ標識物質の発光量を測定することにより、被検出物質を分析することができる。
【0034】
サンドイッチELISA法を使用する場合、本発明の被検出物質の免疫学的分析用試薬キットは、以下(A)及び(B)を含むことができる。
(A)PEG修飾標識抗体を含む標識試薬
(B)捕捉抗体を固定化した不溶性担体。
このようなキットでは、まず、被検出物質に結合する捕捉抗体を固定化した不溶性担体に生物学的サンプルを添加した後インキュベートし、試料を除去して洗浄する。次に、標識試薬を添加した後インキュベートし、基質を加えて発色させる。プレートリーダー等を用いて発色を測定することにより、被検出物質を分析することができる。
【0035】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。なお、特に説明のない限り、%は質量%を意味する。また、表中の「Ru-Ab混合比」は、抗体分子数を1とした場合の、ルテニウム錯体の分子数の比率を表している。
【実施例】
【0036】
〔調製例1〕使用した抗体の調製
抗体として抗Dupan-2抗体、及び抗プロカルシトニン抗体を使用した。抗Dupan-2抗体は、IgM抗体であり、抗プロカルシトニン抗体はIgG抗体である。また、これらは全てモノクローナル抗体である。
抗Dupan-2抗体に関して、クローンNo.S19201Rを細胞培養して得られた抗Dupan-2抗体を含む培養上清を陰イオン交換及びゲルろ過クロマトグラフィーで精製し、150mMリン酸カリウム/150mM NaCL(pH7.8)で透析後に使用した。使用時まで冷蔵保存した。
抗プロカルシトニン抗体は、クローンNo.S02211およびS02203R細胞をそれぞれBALB/cマウスに移植し腹水化を行った。それぞれの得られた抗体を含む腹水について、S02211クローンから得られた腹水は陰イオン交換クロマトグラフィーにて精製した。S02203Rクローンから得られた腹水はプロテインGクロマトグラフィーにて精製した。精製したそれぞれの抗体は150mMリン酸カリウム/150mM NaCL(pH7.8)で透析し、使用時まで冷蔵保存した。
【0037】
〔調製例2-1〕抗Dupan-2抗体へのルテニウム錯体の結合
精製抗体1.73mg/mL(抗Dupan-2抗体、150mMリン酸カリウム/150mM NaCL(pH7.8)に溶解)を2.0mL容エッペンドルフチューブに投入した。該エッペンドルフチューブに、抗体分子数とルテニウム錯体分子数との比がそれぞれ1:5、1:20、1:50、又は1:100となるように、ルテニウム錯体10mg/mL(DMSOに溶解)を投入した。その後室温で30分間攪拌混合した。ルテニウム錯体としては、Ruthenium(II)Tris(bipyridyl)-NHS Esterを用いた。
遊離ルテニウム錯体のNHS基(N-ヒドロキシコハク酸イミド基)を過剰量のグリシンのアミノ基でブロッキングする目的で、反応後の液に、グリシンの終濃度が100mMになるように、2Mグリシン(蒸留水に溶解)を添加した。その後室温で20分間混合攪拌した。
反応後の液を10mMリン酸カリウム/150mM NaCL(pH6.0)で平衡化したSephadexG25カラム(ゲルのvolumeは20mL)にアプライし、遊離ルテニウム錯体を除去した。
溶出液のA280nmの吸光度を測定し、タンパク質の吸収波長である吸光度A280nmの吸収が見られる画分を分取した。分取した画分はMicro BCA Protein Assay Kit(Thermo Fisher社)にてタンパク質濃度を定量し、定量値より抗体分子数を算出した。またルテニウム錯体の吸収をもつA455nmの吸光度を測定し、A455nm吸光度から分取画分のルテニウム錯体分子数を算出した。算出した抗体分子数とルテニウム錯体分子数より、分取画分中のルテニウム標識抗体に対して、抗体1分子に標識されたルテニウム錯体分子数を算出した(表1)。調製したルテニウム標識抗体は、使用時まで冷蔵にて保存した。
【0038】
【0039】
〔調製例2-2〕抗プロカルシトニン抗体へのルテニウム錯体の結合
S02211クローンを用いた腹水より精製した抗体を標識抗体として用い、抗体分子数とルテニウム錯体分子数との比が、混合比1:20となるように投入した以外は、抗Dupan-2抗体と同様に行った。抗体1分子当たりの結合ルテニウム錯体分子数は10個である。
【0040】
〔調製例3-1〕ルテニウム標識抗体へのPEGの修飾
片側末端がNHS化されたPEGとして、重合度が4のMS(PEG)4 Methyl-PEG-NHS-Ester Regent(Thermo Fisher社製 MW:約330)、重合度が24のMS(PEG)24 Methyl-PEG-NHS-Ester Regent(Thermo Fisher社製 MW:約1210)、および重合度が約170のAcrylate-PEG7500-NHS(メルク社製 average Mn:約7500)を用いた。使用直前に蒸留水で0.1mMになるようにそれぞれのPEGを溶解した。調製例2-1~調製例2-2で調製した各ルテニウム標識抗体について、溶液pHを弱アルカリとするため150mMリン酸カリウム/150mM NaCL(pH7.8)で2倍希釈した上で、2倍希釈したルテニウム標識抗体分子と各種PEG分子について任意の比率で混合し、室温で16時間攪拌した。遊離ルテニウム錯体のNHS基(N-ヒドロキシコハク酸イミド基)を過剰量のグリシンのアミノ基でブロッキングする目的で、攪拌後の溶液に2Mグリシン(蒸留水に溶解)を、グリシンの終濃度が100mMになる量を添加し、室温で20分間混合攪拌した。調製したPEG修飾ルテニウム標識抗体は、使用時まで冷蔵にて保存した。
調製したPEG修飾ルテニウム標識抗体の詳細は、以下の表2の通りである。
【0041】
【0042】
〔調製例3-2〕抗体へのルテニウム錯体の結合、及びルテニウム標識抗体へのPEG修飾
抗体へのPEG修飾を行った後に遊離ルテニウム錯体の除去を行った場合の影響を検証するために、以下の手順でPEG修飾ルテニウム標識抗体を調製した。
精製抗体1.73mg/mL(抗Dupan-2精製IgM抗体、150mMリン酸カリウム/150mMNaCL(pH7.8)に溶解)についてそれぞれ1.84mg分、0.92mg分、1.5mg分ずつ2.0mL容エッペンドルフチューブ(計3本)に投入した。そこにルテニウム錯体10mg/mL(M.W1057、DMSOに溶解)を抗体分子数:ルテニウム錯体分子数=1:20、1:50、1:100の比率になるようにそれぞれ4.8μL(抗体1.84mgに対して)、6.0μL(抗体0.92mgに対して)、19.6μL(抗体1.5mgに対して)投入し、室温で30分間攪拌混合した。
次に片側末端がNHS化されたPEGが4分子連なったMS(PEG)4 Methyl-PEG-NHS-Ester Regent(Thermo Fisher社製)を使用直前に150mMリン酸カリウム/150mM NaCL(pH7.8)で1mMになるように溶解し、ルテニウム標識抗体分子数とPEG分子数の比率が1:30となるよう混合し、室温で1時間攪拌した。遊離ルテニウム錯体及び遊離PEGのNHS基を過剰量グリシンのアミノ基でブロッキングする目的で、反応後の液に2Mグリシン(蒸留水に溶解)を、グリシン終濃度100mMになる量添加し、室温で20分間混合攪拌した。
反応後の液を10mMリン酸カリウム/150mM NaCL(pH6.0)で平衡化したSephadexG25カラム(ゲルのvolumeは20mL)にアプライし、遊離ルテニウム錯体および遊離のPEGを除去した。
溶出液のA280nmの吸光度を測定し、タンパク質の吸収波長である吸光度A280nmの吸収が見られる画分を分取した。分取した画分はMicro BCA Protein Assay Kit(Thermo Fisher社)にてタンパク質の濃度を定量し、定量値より抗体分子数を算出した。またルテニウム錯体の吸収をもつA455nmの吸光度を測定し、A455nm吸光度から分取画分のルテニウム分子数を算出した。算出した抗体分子数とルテニウム錯体分子数より、分取画分中のルテニウム標識抗体に対して、抗体1分子に標識されたルテニウム錯体分子数を算出した(表3)。調製したルテニウム標識抗体は、使用時まで冷蔵にて保存した。
【0043】
【0044】
調製したPEG修飾ルテニウム標識抗体の詳細は、以下の表4の通りである。
【0045】
【0046】
〔調製例4〕抗体結合磁性粒子の作製
表面にEpoxy基を有する3μm径の30mg/mL磁性粒子1mLを分取し、磁石を用いて磁性粒子を集磁して溶媒を除去した。磁性粒子を洗浄する目的で1mLの150mMリン酸カリウム/150mM NaCL(pH7.8)を磁性粒子と混合攪拌した後、再び磁石を用いて集磁して溶媒を除去した。溶媒を除去した磁性粒子に1mLの0.6mg/mLの各精製抗体(抗Dupan-2抗体、抗プロカルシトニン抗体を150mMリン酸カリウム/150mMNaCL(pH7.8)に溶解)を投入し、25℃で17時間転倒攪拌器にて攪拌して抗体を磁性粒子へ結合させた。抗体結合磁性粒子を洗浄し使用時まで冷蔵にて保存した。
【0047】
〔実施例1-1〕抗Dupan-2抗体によるDupan-2の分析
(1-1)ルテニウム標識抗体液の調製
PEG未修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体及び調製例3-1で調製した抗体No.2~11の各々を、5μg/mLになるように希釈して測定に使用した。
【0048】
(1-2)抗体結合磁性粒子液の調製
調製例4において調製した抗体結合磁性粒子を2mg/mLになるように希釈して測定に使用した。
【0049】
(1-3)測定装置
電気化学発光免疫測定装置であるピコルミIII(積水メディカル社製)にて測定を実施した。
【0050】
(1-4)測定
測定装置の所定の場所に、装置指定の容器に入れた磁性粒子液と、ルテニウム標識抗体液またはPEG修飾ルテニウム標識抗体をセットした。測定装置指定の反応用容器に、反応用溶液を60μL分注し、次に測定試料を30μL投入した。測定試料が入った反応用容器を測定装置の所定の場所にセットし、測定準備を完了させた。装置測定をスタートすると、測定試料が入った反応用容器に磁性粒子液25μLが投入され、28℃で約5分間抗原抗体反応が行われた(第一反応)。その後、装置指定のBF分離液でBF分離が行われた。次にルテニウム標識抗体またはPEG修飾ルテニウム標識抗体が100μL投入された、28℃で約3分間抗原抗体反応が行われた(第二反応)。その後、装置指定のBF分離液でBF分離が行われ、未反応のルテニウム標識抗体又はPEG修飾ルテニウム標識抗体が除去された。反応によって生成された抗原抗体サンドイッチ複合体を、装置の所定の場所にて装置指定の発光基質(トリプロピルアミン)溶液中で電気を加え、化学発光(ECL発光)させた。
【0051】
反応によって生成された抗原抗体サンドイッチ複合体(磁性粒子結合抗体―試料中の抗原物質―ルテニウム標識抗体(又はPEG修飾ルテニウム標識抗体))の数によってECL発光の強度は異なり、測定試料中の抗原濃度に応じたECL発光強度の差より抗原濃度を定量することが出来る。結果を以下の表5に示す。
【0052】
【0053】
その結果、PEG未修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体を用いた測定系では抗体へのルテニウム結合数が増えるにしたがってブランクの同時再現性(ばらつき:CV)の顕著な悪化とブランク値の上昇が認められた。CVが10%以下であったのはルテニウムを抗体1分子に対して5分子標識したルテニウム標識抗体のみであった。一方、各種PEG修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体を用いた測定系では同時再現性が大きく改善していた。ルテニウムを抗体1分子に対して67分子標識したルテニウム標識抗体(抗体Nos. 8-10)においてもCVは10%以下に抑えられていた。またブランクのECL発光強度もPEG未修飾標識抗体に対して抑えられる結果が得られた。なお結合させるPEGの重合度の違いによって、ブランクの同時再現性やECL発光強度に明確な差は見られなかった。
【0054】
〔実施例1-2〕PEG結合方法の違いによる効果程度の確認試験結果
PEG結合方法の違いにより、PEG修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体の性能に違いが見られるかについて確認した。調製例3-1又は調製例3-2の方法で調製したPEG修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体を用い、ブランクをN=10で測定し同時再現性の確認をおこなった。なお、いずれのPEG結合方法においてもルテニウム標識抗体分子とPEG分子の混合比を1:30として抗体へのPEG結合を実施した。結果を表6に示す。
【0055】
【0056】
その結果、いずれの結合方法で調製したPEG修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体に関しても、PEG未修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体と比較して、ブランクの同時再現性(ばらつき:CV)の改善が認められた。しかしながら、調製方法3-1で調製したPEG修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体の方が、調製方法3-2と比較して、同時再現性(ばらつき:CV)がより改善されていた。
【0057】
〔実施例2-1〕ルテニウム標識抗Dupan-2抗体へのPEG混合比の違いによる効果の確認試験
抗体へのPEGの混合比の違いにより、PEG修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体の性能に違いが見られるかについて確認した。PEGの混合比としては、ルテニウム標識抗体とPEG分子数との比が1:30又は1:300となるように調整した。検討には調製例3-1において調製した抗体No.2及び3を用いた。それぞれの抗体を用いて、ブランク(N=10)とDupan-2糖鎖配列を模した合成糖鎖を用いて作製したDupan-2抗原(表7中のSTD:0.05、0.1、0.5、1、2μg/mL)を測定し、各測定系での同時再現性と検出感度について確認を行った。結果を表7に示す。
【0058】
【0059】
その結果、いずれのPEG修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体を用いた測定系においてもブランクのN=10同時再現性に関して、PEG未修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体を用いた測定系(CV19.1%)に対して改善(CV3.7%および7.7%)が見られた。一方、STDのECL発光強度を比較したところ、ルテニウム標識抗体とPEGの混合比を1:30として調製したPEG修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体の方が、混合比1:300のものに対して強いECL発光強度が得られた。
【0060】
〔実施例2-2〕PEG修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体を用いたDupan-2測定系の感度試験結果
各種PEG修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体を用いたDupan-2測定系、およびPEG未修飾ルテニウム標識抗Dupan-2抗体を用いたDupan-2測定系について、4例の膵癌患者血清検体およびDupan-2糖鎖配列を模した合成糖鎖を用いて作製したDupan-2抗原(表8及び9中のSTD:0.025、0.05、0.1μg/mL)について測定を実施し、各測定系の検出感度について確認を行った。結果を表8及び9に示す。
【0061】
【0062】
【0063】
その結果、ブランク同時再現性がCV10%以下であったルテニウム標識抗体(ルテニウム5分子/抗体)を用いた測定系の発光強度に対して、同時再現性のCVを10%以下に抑えつつ抗体に対してルテニウムをより多く標識することが出来たPEG修飾ルテニウム標識抗体(ルテニウム12、22、67分子/抗体)を用いた測定系では、より強い発光強度を得ることが出来た。また抗体に対するルテニウム標識分子数の増加に従って、ECL発光強度も増加していく結果が得られた。結合させるPEG種の違いとECL発光強度の関係においては、標識するPEGの重合度が少ないもの(短いPEG)程、サンプルのECL発光強度が高くなる傾向が見られた。本試験において最も強い発光強度が得られたPEG4修飾ルテニウム標識抗体を用いた測定系では、PEG未修飾ルテニウム標識抗体を用いた測定系に対し膵癌患者血清検体で平均13倍、合成糖鎖で29倍の発光強度が得られた。
【0064】
〔実施例3〕プロカルシトニンの分析
(3-1)ルテニウム標識抗体液の調製
調製例1、2-2、及び3-1において作製したルテニウム標識抗プロカルシトニン抗体及びPEG修飾ルテニウム標識抗プロカルシトニン抗体を、20μg/mLになるように希釈して測定に使用した。
【0065】
(3-2)抗体結合磁性粒子液の調製
調製例4において作製した抗体結合磁性粒子を1mg/mLになるように希釈して測定に使用した。
【0066】
(3-3)測定装置
電気化学発光免疫測定装置であるピコルミIII(積水メディカル社製)にて測定を実施した。
【0067】
(3-4)測定
測定装置の所定の場所に、装置指定の容器に入れた磁性粒子液と、ルテニウム標識抗体液またPEG修飾ルテニウム標識抗体をセットした。測定装置指定の反応用容器に、反応用溶液を分注し、次に測定サンプル(ブランクとしての生理食塩水)を20μL投入した。測定試料が入った反応用容器を測定装置の所定の場所にセットし、測定準備を完了させた。装置測定をスタートすると、測定試料が入った反応用容器に磁性粒子液50μLが投入され、28℃で約5分間抗原抗体反応が行われた(第一反応)。次にルテニウム標識抗体液またはPEG修飾ルテニウム標識抗体が50μL投入され、28℃で約3分間抗原抗体反応が行われた(第二反応)。その後、装置指定のBF分離液でBF分離が行われ、未反応のルテニウム標識抗体液またPEG修飾ルテニウム標識抗体が除去された。反応によって生成された抗原抗体サンドイッチ複合体を、装置の所定の場所にて装置指定の発光基質(トリプロピルアミン)溶液中で電気を加え、化学発光(ECL発光)させた。結果を表10に示す。
【0068】
【0069】
PEG未修飾ルテニウム標識抗プロカルシトニン抗体では、一定の割合でルテニウム標識抗体の抗体結合磁性粒子への非特異的な結合によると思われるECL発光の異常高値(飛び値)が生じたが、PEG修飾ルテニウム標識抗プロカルシトニン抗体を用いるとこれが抑えられた(各々のデータは記載なし)。その結果、PEG修飾ルテニウム標識抗プロカルシトニン抗体では、PEG未修飾ルテニウム標識抗プロカルシトニン抗体と比較して、同時再現性(ばらつき:CV)が改善された(14%)。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明の目的は、免疫学的分析方法において感度を向上させ、且つ被検出物質を正確に分析する技術を提供することである。