(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】焼き菓子の製造方法
(51)【国際特許分類】
A21D 8/04 20060101AFI20241217BHJP
A21D 13/16 20170101ALI20241217BHJP
A21D 13/80 20170101ALI20241217BHJP
A23G 3/34 20060101ALN20241217BHJP
A23G 3/36 20060101ALN20241217BHJP
【FI】
A21D8/04
A21D13/16
A21D13/80
A23G3/34 102
A23G3/36
(21)【出願番号】P 2019190068
(22)【出願日】2019-10-17
【審査請求日】2022-10-03
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000178594
【氏名又は名称】山崎製パン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000005360
【氏名又は名称】株式会社不二家
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100126985
【氏名又は名称】中村 充利
(72)【発明者】
【氏名】池田 裕一
(72)【発明者】
【氏名】中村 美香子
(72)【発明者】
【氏名】貝沼 謙
(72)【発明者】
【氏名】小倉 雅行
【審査官】関根 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-321097(JP,A)
【文献】特開2004-357631(JP,A)
【文献】特開2011-092119(JP,A)
【文献】藤本章人,製パン用発酵種に関する基礎的研究,博士論文,九州大学,2019年03月20日,pp.1-39
【文献】ホームパイ|不二家,The wayback machine [online],2019年05月27日,インターネット<URL:https://web.archive.org/web/20190527153439/https://www.fujiya-peko.co.jp/homepie/>,[検索日2024.02.12]
【文献】藤本 章人ほか,製菓・製パン用発酵風味料「サワード」シリーズ,食品と科学,第52巻, 第4号,2010年,第80-88頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A21D
A23G
Google
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
小麦粉、水、乳酸菌および酵母菌を少なくとも含む原料を醗酵させて液状醗酵種を調製する工程と、
生地に使用する穀粉の全量に対して、0.5~12質量%の液状醗酵種を添加して生地を作成する工程と、
生地をイースト醗酵させないで焼成して焼き菓子を得る工程と、
を含
み、前記酵母菌がサッカロミセス・シュバリエリを含む、焼き菓子の製造方法。
【請求項2】
前記液状醗酵種に含まれる活性乳酸菌の菌数が、前記液状醗酵種に含まれる活性酵母菌の菌数よりも多い、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記液状醗酵種に含まれる活性乳酸菌の菌数が、前記液状醗酵種に含まれる活性酵母菌の菌数よりも10
8~10
9/g以上多い、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記液状醗酵種に含まれる活性乳酸菌の菌数が10
6~10
10/gであり、前記液状醗酵種に含まれる活性酵母菌の菌数が10
5~10
9/gである、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記液状醗酵種のpHが4以下である、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
前記液状醗酵種の有機酸含有量が4000ppm以上である、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記液状醗酵種の乳酸含有量が3500ppm以上である、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記焼き菓子がパイ菓子である、請求項1~7のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パイ菓子などの焼き菓子の製造方法に関する。特に本発明は、液状醗酵種を用いる焼き菓子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般にパン類の製造に関しては、従来から、製品の風味改善を目的として、乳酸菌等を用いて醗酵種を調製し、調製した醗酵種をパン類生地に添加して醗酵させて焼成することによるパンの製造方法が知られている。例えば、特許文献1~2には、パン類の製造に関して、乳酸菌を用いて醗酵種を調製する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平11-266775号公報
【文献】特開2003-79307号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
パン類とは異なり、パイ菓子などの焼き菓子の製造において、醗酵工程を採用することは一般的ではない。醗酵工程を採用しないことから、焼き菓子は、醗酵によって得られる深みのある風味(醗酵風味)に欠け、食感が硬くなる傾向がある。
【0005】
醗酵工程を採らないで製造する焼き菓子に欠けている醗酵風味などを補うために、単に醗酵種を生地に添加して焼成した焼き菓子は、刺激的な酸臭・酸味が強く、マイルドで爽やかなサワー風味や香ばしさに欠けていた。また、味覚的にも、旨味・甘味(あまみ)・コク(味わい)に欠けるところがあった。
【0006】
そこで、本発明の課題は、醗酵種を用いてパイ菓子等の焼き菓子を製造するにあたり、刺激的な強い酸味・酸臭を抑制しつつ、優れた香味を有する焼き菓子を製造することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、従来の技術に関する上記課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、乳酸菌および酵母菌を使用して調製した醗酵種を添加することにより、極めて好ましい香ばしさを有する焼き菓子を製造できることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、これに限定されるものではないが、本発明は以下の事項に関する。
[1] 小麦粉、水、乳酸菌および酵母菌を少なくとも含む原料を醗酵させて液状醗酵種を調製する工程と、生地に使用する穀粉の全量に対して、0.5~12質量%の液状醗酵種を添加して生地を作成する工程と、生地を焼成して焼き菓子を得る工程と、を含む、焼き菓子の製造方法。
[2] 前記液状醗酵種に含まれる活性乳酸菌の菌数が、前記液状醗酵種に含まれる活性酵母菌の菌数よりも多い、[1]に記載の方法。
[3] 前記液状醗酵種に含まれる活性乳酸菌の菌数が、前記液状醗酵種に含まれる活性酵母菌の菌数よりも108~109/g以上多い、[1]または[2]に記載の方法。
[4] 前記液状醗酵種に含まれる活性乳酸菌の菌数が106~1010/gであり、前記液状醗酵種に含まれる活性酵母菌の菌数が105~109/gである、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 前記液状醗酵種のpHが4以下である、[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6] 前記液状醗酵種の有機酸含有量が4000ppm以上である、[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7] 前記液状醗酵種の乳酸含有量が3500ppm以上である、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8] 前記生地をイースト醗酵させないで焼成する、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9] 前記焼き菓子がパイ菓子である、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明に基づいて、活性乳酸菌および活性酵母菌を含有する液状醗酵種を生地に添加して焼き菓子を焼成することにより、刺激的な強い酸味・酸臭を抑制しつつ、優れた香味を有する焼き菓子を製造することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、実験2で焼成したパイ菓子の外観写真である(左から順に、サンプル1からサンプル7である)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は、少なくとも小麦粉、水、乳酸菌および酵母菌を含む原料を醗酵させて調製する液状醗酵種を使用する。本発明においては、活性乳酸菌および活性酵母菌を含有する液状醗酵種を、焼き菓子の生地に添加するが、生地の作成に使用する穀粉の全量に対し、0.5~10質量%の液状醗酵種を添加して生地を作成する。
【0012】
本発明において、液状醗酵種とは、流動性があり、かつ保形性および可塑性に欠ける性状の醗酵種を意味し、少なくとも小麦粉、水、活性乳酸菌および活性酵母菌から構成されるものである。
【0013】
本発明に係る液状醗酵種を構成する小麦粉としては、例えば、強力粉、中力粉、薄力粉、荒挽粉、全粒粉、デュラム粉などを使用することができ、複数種の小麦粉を併用することもできる。また、小麦粉以外の穀粉として、例えば、ライ麦粉、大麦粉などの穀粉が挙げられ、これらを小麦粉とともに併用することもできる。
【0014】
本発明に係る液状醗酵種を製造する場合、小麦粉を含む穀粉と水の構成割合は特に制限されず、従来使用されてきた割合を用いることができる。具体的には、例えば、小麦粉を含む穀粉に対して50~200質量%の水を使用することが好ましく、100~150質量%の水を使用することがより好ましい。
【0015】
本発明において、液状醗酵種を構成する乳酸菌および酵母菌を添加する形態は特に制限されず、人為的に培養した菌体を添加してもよいし、穀粉などに付着している自然菌を液状醗酵種中に取り込ませてもよい。スターターとして乳酸菌や酵母菌を人為的に添加する場合、例えば、菌体、醗酵液、醗酵物、これらの乾燥粉末、元種などの1種または2種以上を添加することができる。単離培養菌体は、例えば、集菌した菌を寒天培地などで培養して得ることができ、乳酸菌および酵母菌からなるものとしたり、乳酸菌および酵母菌を含むものとしたりすることができる。自然菌を利用する場合、例えば、小麦粉やライ麦粉等の小麦粉以外の穀粉を添加することに伴い、これらの穀粉に付着している自然菌を液状醗酵種中に取り込むことができる。本発明においては、人為的添加の形態と自然菌利用の形態とを併用してもよい。
【0016】
ここで、本明細書において「種起こし」とは、最初の液状醗酵種(当業界において、初種、親種、一番種などと呼ばれることがあり、本明細書においては初種ともいう)の調製を意味する。さらに、本明細書において「種継ぎ」とは、種起こしした初種を用いた醗酵種の調製と、種継ぎした醗酵種を用いた1回又は複数回の醗酵種の調製とのそれぞれを含む意味である。具体的には、例えば、種継ぎを行わないで、醗酵種を調製する場合、初めの種起こしのみを行って醗酵種を調製することになる。また、種起こしおよび種継ぎを合計5回行って醗酵種を調製する場合、初めの種起こしを行った後に、種継ぎを4回行うことになる。さらに、種起こしおよび種継ぎを合計10回行って醗酵種を調製する場合、初めの種起こしを行った後に、種継ぎを9回行うことになる。
【0017】
より具体的には、最初の液状醗酵種を調製する場合(すなわち、種起こしする場合)、乳酸菌および酵母菌を添加する形態としては、乳酸菌および酵母菌からなる、またはこれらを含む単離培養菌体、醗酵液、醗酵物、これらの乾燥粉末、その他のうちの1種または2種以上を添加してもよく、また、このような乳酸菌および酵母菌そのものを添加するとともに、または添加することなく、醗酵種を構成する小麦粉や小麦粉以外の穀粉に付着している自然菌を利用することもできる。
【0018】
また、初種を基礎として(元種として)1回、または初種から出発して(初種の少なくとも一部を最初の元種として)複数回、もしくは繰り返し無数に種継ぎを行う場合、それぞれの種継ぎにおいて、乳酸菌および酵母菌を添加する形態として、元種に含有される乳酸菌および酵母菌や、種継ぎの際に添加する醗酵種を構成する小麦粉や小麦粉以外の穀粉に付着している自然菌を利用することができ、さらに必要に応じて、前記単離培養菌体、醗酵液、醗酵物、これらの乾燥粉末、その他のうちの1種または2種以上を添加することもできる。
【0019】
種起こしにおいても、種継ぎにおいても、前記単離培養菌体、醗酵液、醗酵物、これらの乾燥粉末、その他の乳酸菌および酵母菌そのものを添加しない場合には、通常、菌の増殖を図るため、比較的長時間の醗酵が必要とされる。
【0020】
例えば、単離培養菌体などの乳酸菌および酵母菌そのものを添加しなければ、必要時間醗酵させたとしても、必要な、または十分な菌の増殖を図ることができないことがある。この場合、単離培養菌体などの乳酸菌および酵母菌そのものを添加することにより、増殖菌数の不足分を補足することができる。この場合、通常、著しく長時間の醗酵を必要としない。
【0021】
本発明において、種起こしおよび/または種継ぎで前記単離培養菌体その他の乳酸菌および酵母菌そのものを添加するとしても、液状醗酵種中の菌数、醗酵条件、菌の増殖の早さ、求める最終醗酵状態等の事情に応じて、種起こし時だけに添加してもよいし(種継ぎには添加しない)、また、種起こし時には添加せずに、種継ぎだけに添加するようにしてもよい。さらに本発明においては、種起こしおよび種継ぎの両者で添加するようにしてもよい。さらにまた、種継ぎで添加する際も、それぞれの種継ぎごとに毎回添加するようにしてもよいし、種継ぎの1回おき、2回おき、3回おき、というように間隔をあけて定期的に添加してもよく、もしくは、任意に不規則的に時々添加してもよい。
【0022】
同じく乳酸菌の菌種としては、本発明の目的・効果を妨げるものでなければ、特に制限はなく、いずれのものも使用できる。好適には、グルコース等の糖類から多量の乳酸を生成する菌で、ラクトバチルス属、ロイコノストック属、ストレプトコッカス属、ペディオコッカス属等に属するものである。具体的には、例えば、ラクトバチルス・プランタラム、ラクトバチルス・アシドフィラス、ラクトバチルス・ヘルベティカス、ラクトバチルス・ブレビス、ラクトバチルス・ブルガリカス、ラクトバチルス・サンフランシスコ、ラクトバチルス・イタリカス、ラクトバチルス・ヒルガルディ、ラクトバチルス・カゼイ、ラクトバチルス・ファーメンタム、ラクトバチルス・デルブルッキー、ラクトバチルス・ライヒマニ、ラクトバチルス・パストリアヌス、ラクトバチルス・ブヒネリ、ラクトバチルス・フルクティボランス、ラクトバチルス・ルテリ、ラクトバチルス・パラアリメンタリウス、ロイコノストック・オイアノス、ロイコノストック・デキストラニクム、ロイコノストック・クレモリス、ストレプトコッカス・サーモフィラス、ストレプトコッカス・クレモリス、ストレプトコッカス・ラクティス、ストレプトコッカス・ジアセチラクチス、ストレプトコッカス・サリバリウス、ストレプトコッカス・フェカリス、ペディオコッカス・ペントサシウス、ペディオコッカス・ハロフイラス、ペディオコッカス・アシディラクティシ、ペディオコッカス・サセウス、ペディオコッカス・セレビジェ、ペディオコッカス・ダノムサス、ペディオコッカス・デキストリニカス、ペディオコッカス・ホマリ、ペディオコッカス・イノピナタス、ペディオコッカス・パルバラス、エンテロコッカス・フェカリス、テトラゲノコッカス・ハロフィラス、ラクトコッカス・ラクティス等が挙げられる。これらの乳酸菌を単独で、または複数種を組み合わせて使用することができる。
【0023】
同じく酵母菌の菌種としては、本発明の目的・効果を妨げるものでなければ、特に制限はなく、いずれのものも使用できる。具体的には、例えば、サッカロミセス・セレビシエ、サッカロミセス・ロゼイ、サッカロミセス・クルバータス、サッカロミセス・シュバリエリ、サッカロミセス・フロレンティナス、サッカロミセス・エグジグアス、サッカロミセス・バイリイ、クルイベロマイセス・ラクティス、トルラスポラ・デルブルッキー、キャンディダ・ユティリス、キャンディダ・ケフィア等があげられる。これらのイーストを単独で、または複数種を組み合わせて使用することができる。
【0024】
本発明では、これらの酵母菌と上述の乳酸菌を併用する。本発明に係る液状醗酵種を調製するにあたり、醗酵・培養開始前における当初の該液状醗酵種中の乳酸菌および酵母菌のそれぞれは、例えば、液状醗酵種1グラム中に105~106CFU(colony forming unit)の菌が存在するように添加することができる。
【0025】
本発明に係る液状醗酵種には糖類を含むことが望ましく、糖類としては、添加する乳酸菌および酵母菌が資化できる糖であればよく、例えば、ブドウ糖、果糖、ショ糖、麦芽糖、乳糖、はちみつ、その他のものを用いることができる。そして、これらの糖類を1種または複数種組み合わせて用いることもできる。糖類の含有量は、該液状醗酵種を構成する小麦粉などの穀粉に対して1~10質量%が望ましい。
【0026】
本発明に係る液状醗酵種を構成するその他の原料としては、従来醗酵種に使用されてきたものを用いることができる。具体的には、例えば、乳製品、油脂、塩、モルト、増粘剤等、本発明の目的・効果を妨げないものであれば、いずれのものも用いることができる。
【0027】
本発明では、液状醗酵種として、種起しにより最初に調製して醗酵させた醗酵種(初種)を使用することができるし、または該初種から出発し、この初種の少なくとも一部を最初の元種にして種継ぎを1回または複数回もしくは無数に行って作成する醗酵種(以下継ぎ種という)を使用することができる。
【0028】
本発明に係る液状醗酵種は、初種および種継ぎともに、従来の方法によって調製することができる。具体的には、例えば、初種は原料を10~30分間攪拌した後、27~33℃で15~24時間培養することができる。そして、培養中には、定期的に間欠攪拌することが好ましい。以下の種継ぎをしないときには、攪拌後の元種を長時間、好ましくは17~21時間培養したものを使用することが望ましい。
【0029】
種継ぎの方法としても、従来の方法を用いることができる。具体的には、例えば、前記液状醗酵種と同様の原料及び使用割合、即ち、小麦粉100質量%、水50~150質量%、前記元種10~50質量%、必要に応じて乳酸菌および酵母菌(適宜量)、糖類1~10質量%とを混合・攪拌し、27~33℃で6~12時間培養するようにする。
【0030】
本発明の液状醗酵種は、初種でも、または初種から出発して種継ぎをした継ぎ種でも、醗酵種として直ちにパイ菓子の製造に使用することができる程度まで培養して醗酵させておくことが望ましい。このためには、焼き菓子生地に該液状醗酵種を添加する工程において、該液状醗酵種の活性乳酸菌および活性酵母菌の菌数が、それぞれ106~1010/g、105~109/gであるように調整しておくことが望ましい。また、該液状醗酵種は、活性乳酸菌の菌数が活性酵母菌の菌数よりも多く含有していることが望ましく、具体的には、例えば、該液状醗酵種が、含有する活性乳酸菌の菌数が活性酵母菌の菌数よりも108~109/g以上多くなるように調整しておくことが望ましい。これにより、酵母臭や酵母風味のない、マイルドで爽やかなサワー風味と、香ばしい香と、旨味・甘味・コク味が一層豊かな該焼き菓子を製造することが可能になる。
【0031】
また、初種および継ぎ種ともに、パイ菓子生地の混捏工程で添加する液状醗酵種のpHを4.0以下となるまで、具体的には、例えば、3.0~4.0となるまで醗酵させておくことが望ましく、3.2~3.8となるまで醗酵させることがより望ましく、3.3~3.7となるまで醗酵させることがより一層望ましい。これにより、醗酵終了後の液状醗酵種中の活性乳酸菌および活性酵母菌の数量が著しく増大することにより、該液状醗酵種を含有する焼き菓子生地を使用して製造した焼成後の焼き菓子は、より一層良好な豊かな風味を有する。
【0032】
そして、本発明では、焼き菓子生地に該液状醗酵種を添加する工程において、該液状醗酵種の有機酸含有量が4000ppm以上であることが望ましい。これにより、生地の伸展性と風味の向上が図られる。特に、該液状醗酵種の乳酸含有量が3500ppm以上であることが望ましく、4000ppm以上であることがより望ましい。これにより、生地の伸展性と風味の大幅な向上が図られる。
【0033】
本発明の焼き菓子としてはパイ菓子が最も好適である。パイ菓子には、小麦粉などの穀粉を主体とする部分と油脂を主体とする部分があり、例えば、小麦粉及び食用油脂を原料とし、必要により澱粉、糖類、乳製品、卵製品、イースト、膨脹剤、食品添加物等の原材料を配合し、又は添加したものを混合機、成型機及びビスケットオーブンを使用して製造することができる。本発明は、小麦粉を主体とする部分と油脂とが交互に層状になった折パイに適用することもでき、油脂がまんべんなく分散した練パイに適用することもできる。
【0034】
本発明では、前記焼き菓子の生地をイースト醗酵させないようにすることが望ましい。
【実施例】
【0035】
以下、本発明の実施例を説明しながら本発明について詳述するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。なお、本明細書において、特に記載しない限り、数値範囲はその端点を含むものして記載されて、濃度などは重量基準である。
【0036】
実験1.液状醗酵種の調製と評価
1-1.液状醗酵種の調製
小麦粉(強力粉)100質量%および水150質量%の混合物に、下表に示す元種を、小麦粉に対し0.5質量%添加し、30℃にて18時間間歇攪拌下で培養させて液状醗酵種を調製し、培養後の液状醗酵種を温度10℃以下で最長24時間まで静置条件下下で保存した。このようにして調製された醗酵種は、とろみがあり、乳酸醗酵特有の香りを有していた(pH:約3.5)。
【0037】
本実験で用いた元種は、凍結乾燥された粉末であり、酵母としてサッカロミセス・シュバリエリを99質量%(酵母菌1.109cfu/g)、乳酸菌としてラクトバチラス・カゼイ(ホモ型)およびラクトバチラス ・ブレビス(ヘテロ型)をそれぞれ0.5質量%ずつ含有する。このような凍結乾燥粉末は、例えば、ルサッフル社(フランス、商品名:サフルヴァン)などから入手可能である。
【0038】
【0039】
1-2.液状醗酵種の評価
上記のようにして得られた液状醗酵種について、醗酵種に含まれる有機酸の分析を行った。結果を下表に示すが、液状醗酵種中における有機酸の合計含有量は4319ppmであった。特に、焼成した焼き菓子の香り、風味等の官能特性に寄与する乳酸の含有量は4010ppmであり、全体的な有機酸の合計含有量の約93質量%を占めるほど高含有量であった。これに対し、焼き菓子の香り、風味等の官能特性に悪影響を与えるクエン酸、リンゴ酸、コハク酸及び酢酸の液状醗酵種中における合計含有量は、僅かに309ppmであり、全体的な有機酸の合計含有量の約7.2質量%程度であった。
【0040】
有機酸、特に乳酸を多く含むことにより、本発明の醗酵種を添加することによって製品の油臭さなどがマスキングされ、切れの良い風味となる。また、有機酸の増加により、生地が適度に緩むことが、生地伸展性の向上とそれに伴う機械耐性の向上につながるものと考えられる。
【0041】
【0042】
実験2.液状醗酵種を使用したパイ菓子の製造と評価
2-1.パイ菓子の製造
実験1で調製した醗酵種を使用してパイ菓子を製造した。小麦粉100質量%(強力粉:70質量%、薄力粉:30質量%)に対して、練込用油脂(チップ状またはストロー状油脂)60質量%、水50質量%、塩2.5質量%、液状醗酵種0~13質量%を添加し、常温下でミキシングしてパイ生地を作成した。
【0043】
このパイ生地を温度2℃で24時間リタード(低温保存)した。次いで、リタードした生地を12層に折り畳んで積層生地を作成した後、4mmの厚さに圧延してから、外径の直径が80mmになるようにリングドーナツ形状に切断した。
【0044】
続いて、リングドーナツ形状に切断した積層生地を温度200℃で20分間焼成した後、130℃で30分間焼成し、パイ菓子を製造した。
【0045】
【0046】
2-2.パイ菓子の評価
それぞれのサンプルについて、製菓性(パイ生地加工適性)、焼色、形状(ボリュームや腰持ち)、内相、食感および風味を4段階で評価した(◎:大変良好、○:良好、△:やや劣る、×劣る)。食感および風味については、8名のパネラーが試食した上で合議により評価した。また、パイ菓子の高さについても測定した。
【0047】
評価結果を下表に示すが、本発明に基づいて製造したパイ菓子はすべて、製造工程におけるパイ生地の伸展性、弾性等の状態が良好であり、製菓性(パイ生地の加工適性)に優れていた。また、本発明のパイ菓子は、形状や焼色が良好であり、優れた外観を有していた。さらに、本発明のパイ菓子は、内相も膜伸びがあって良好であった。さらにまた、本発明のパイ菓子は、食感が軽く、また風味もこくがあって、酸味がなくて良好であった。特に液状醗酵種を1~10質量%添加したときにはこれらの特徴がよく現れており、液状醗酵種を3~7質量%添加したときにはこれらの特徴が著しく現れていた
製菓性(パイ生地加工適性)は、1~10質量%の液状醗酵種を添加すると製造工程におけるパイ生地の伸展性、弾性等の性状が良好であり、特に3~7質量%の液状醗酵種を添加した場合、製菓性が著しく良好であった。これに対し、醗酵種を添加しないと生地の伸展性は劣り、また醗酵種を13質量%添加すると、生地荒れがひどく、不良であった。
【0048】
外観・形状は、1~10質量%の液状醗酵種を添加すると焼色、ボリューム(容積)および高さが良好であり、特に3~7質量%の液状醗酵種を添加した場合、ボリューム(容積)および高さが著しく良好であった。これに対し、醗酵種を添加しないとコシもちが無く、また醗酵種を13質量%添加すると焼色が薄く、腰持ちが悪くてボリューム(容積)がなく、高さも醗酵種を添加しない場合よりもむしろ著しく低くなった。特に高さについては、醗酵種を添加しないと28.4mmであったのに対し、サンプル3(高さ:33.1mm)やサンプル4(高さ:33.2mm)は著しく高く、スチューデントのt検定では99%の信頼率で有意に高く、また、サンプル2(高さ:30.5mm)およびサンプル5(高さ:32.4mm)も著しく高く、スチューデントのt検定では95%の信頼率で有意に高かった。
【0049】
内相は、1~10質量%の液状醗酵種を添加すると膜伸びがあって良好であり、特に5~7質量%の液状醗酵種を添加した場合、著しく良好であった。これに対し、醗酵種を添加しないと内相の浮きが弱く、また醗酵種を13質量%添加すると、膜伸びがなく内相の目(気泡膜)が詰んでいて不良であった。
【0050】
食感は、1~10質量%の液状醗酵種を添加すると軽くて良好であり、特に3~7質量%の液状醗酵種を添加した場合、著しく軽くて良好であった。これに対し、醗酵種を添加しないと重く、また醗酵種を13質量%添加すると、硬くて不良であった。
【0051】
風味は、1~10質量%の液状醗酵種を添加するとコクがあり、酸味がなくて良好であり、特に3~7質量%の液状醗酵種を添加した場合、著しくコク味があり良好であった。これに対し、醗酵種を添加しないと風味が弱く、また醗酵種を13質量%添加すると、酸味が強くてコクが感じられずに不良であった。
【0052】
【0053】
2-3.パイ菓子の機械的特性の評価
上記のようにして製造したパイ菓子について、その機械的特性を評価した。具体的には、パイ菓子に応力をかけ、パイ菓子を破断したときの破断荷重および面積を機械的に測定した。
【0054】
測定条件は以下のとおりであった。
(測定装置) テクスチャーアナライザー
(プローブ) ブレードセットHDP/BS
(進入速度) 10mm/秒
(破断位置) 製品全体を破断
下表に評価結果を示すが、醗酵種を添加しない場合と比較して、醗酵種を1~10質量%添加すると、いずれも最大荷重値および面積値ともにかなり小さく、食感の軽さが著しいことが判った。特に醗酵種を7質量%添加した場合、最大荷重値および面積値は、醗酵種を添加しない場合に対し、スチューデントのt検定で99%の信頼率で有意に小さいことが判った。なお、醗酵種を13質量%添加したパイ菓子製品は生地荒れのため十分な量の検体が得られず、物性測定を行えなかった。
【0055】
【0056】
2-4.パイ菓子の嗜好性評価
醗酵種を5質量%添加したパイ菓子(実施品)と醗酵種を添加しないパイ菓子(対照品)について、嗜好性を詳細に評価した。訓練を受けた経験豊富な21人のパネラーにより官能評価を実施し、下記の基準に基づいて、7段階で評価した。数値が大きいほど、良好である。
・サックリ感(最初に噛んだ際に感じる食感の軽さ)
1点(まったくサックリしていない)←4点(どちらともいえない)→7点(非常にサックリしている)
・食感の軽さ(咀嚼全体で感じる軽さ)
1点(非常に重い)←4点(どちらともいえない)→7点(非常に軽い)
・口溶けの良さ
1点(まったく感じない)←4点(普通)→7点(非常に口溶けが良い)
パネラーの評点の平均値を下表に示すが、本発明の実施品は、サックリ感、食感の軽さおよび口溶けの各評価項目において優れた結果だった。すなわち、いずれの評価項目においても、本発明の実施品は、液状醗酵種を添加していないサンプルと比較して点数が高く、特にサックリ感、食感の軽さおよび口溶けの各評価項目においてはスチューデントのt検定で95%の信頼率で有意に点数が高かった。
【0057】