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  • 特許-装身具及び装身具の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】装身具及び装身具の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241217BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20241217BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20241217BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20241217BHJP
   C21D 8/06 20060101ALI20241217BHJP
   A44C 27/00 20060101ALI20241217BHJP
   G04B 37/22 20060101ALI20241217BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20241217BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C22C30/00
C21D8/02 D
C21D8/06 B
A44C27/00
G04B37/22 A
G04B37/22 E
C21D9/00 Q
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020185320
(22)【出願日】2020-11-05
(65)【公開番号】P2021105210
(43)【公開日】2021-07-26
【審査請求日】2023-09-06
(31)【優先権主張番号】P 2019237176
(32)【優先日】2019-12-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】502366745
【氏名又は名称】セイコーウオッチ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100165179
【弁理士】
【氏名又は名称】田▲崎▼ 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100126664
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 慎吾
(74)【代理人】
【識別番号】100161207
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 和純
(72)【発明者】
【氏名】恒吉 潤
(72)【発明者】
【氏名】原 康範
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-050649(JP,A)
【文献】特開2004-339569(JP,A)
【文献】特開2002-322545(JP,A)
【文献】特開2004-307977(JP,A)
【文献】特開昭63-125616(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2014-0080346(KR,A)
【文献】韓国公開特許第10-2015-0074668(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C22C 30/00
C21D 8/00 - 8/10
C21D 9/00
A44C 27/00
G04B 37/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学成分が、質量%で、
C:0.10%以下、
Si:1.5%以下、
Mn:1.5%以下、
P:0.050%以下、
S:0.050%以下、
O:0.020%以下、
Ni:15.0~38.0%、
Cr:17.0~27.0%、
Mo:4.0~8.0%、及
N:0.55%以下を含有し、
残部はFe及び不純物からなり
組織が、面積%で、オーステナイトが95%以上であり、
1個の金属間化合物を内部に含むことができる面積が最小な円の直径を、前記金属間化合物のサイズと定義したときに、装身具の露出表面上で、前記サイズが150μm以上である前記金属間化合物の個数が0個であり、かつ、前記サイズが13μm以上150μm未満である前記金属間化合物の個数が3個以下であり、
前記オーステナイトの平均円相当径が150μm以下であり、
下記(1)式で定義されるPREが40以上である
ことを特徴とする装身具。
PRE=[Cr]+3.3[Mo]+16[N]・・・(1)
ただし、(1)式の[Cr]、[Mo]及び[N]は、前記装身具の成分組成における、Cr、Mo及びNの質量%での含有量を意味し、含有しない場合には0を代入する。
【請求項2】
前記装身具が時計外装である
ことを特徴とする請求項に記載の装身具。
【請求項3】
請求項1または2に記載の装身具の製造方法であって、
板材を製造する工程と、
前記板材を熱処理する熱処理工程と、
前記板材を塑性加工する冷間圧延工程と、を有し、
前記熱処理工程で、熱処理温度が1350~1600Kであり、
前記冷間圧延工程で、圧下率が7~50%である
ことを特徴とする装身具の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の装身具の製造方法であって、
棒材を製造する工程と、
前記棒材を熱処理する熱処理工程と、
前記棒材を熱間鍛造する熱間鍛造工程と、
前記熱間鍛造で鍛造された棒材を冷間鍛造する冷間鍛造工程と、を有し
前記熱処理工程で、熱処理温度は1350~1600Kである、
ことを特徴とする装身具の製造方法。
【請求項5】
請求項1または2に記載の装身具の製造方法であって、
板材を製造する工程と、
前記板材を熱処理する熱処理工程と、
前記板材を塑性加工する冷間圧延工程と、を有し、
前記熱処理工程で、熱処理温度が1350~1600Kであり、熱処理時間が下記(2)式を満たし、
前記冷間圧延工程で、圧下率が7~50%である
ことを特徴とする装身具の製造方法。
dif≧(6869/Tdif-4.3326)×λ・・・(2)
ただし、(2)式で、Tdifは前記熱処理温度(K)、tdifは前記熱処理時間(hour)、λは板材の板厚(mm)を表す。
【請求項6】
請求項1または2に記載の装身具の製造方法であって、
材を製造する工程と、
前記板材を熱処理する熱処理工程と、
前記板材を熱間鍛造する熱間鍛造工程と、
前記板材を冷間鍛造する冷間鍛造工程と、を有し
前記熱処理工程で、熱処理温度は1350~1600Kであり、熱処理時間は(2)式を満たす
ことを特徴とする装身具の製造方法。
dif≧(6869/Tdif-4.3326)×λ・・・(2)
ただし、(2)式で、Tdifは前記熱処理温度(K)、tdifは前記熱処理時間(hour)、λは板材の板厚(mm)を表す
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、装身具及び装身具の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、腕時計やネックレス、ブローチ、イヤリング等のように身につける装身具には、例えば、特許文献1のようにステンレスを用いるものがある。
【0003】
一方、装身具に対する、耐食性の要求がますます高まっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2019-168407号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
装身具の耐食性を向上させる方法としては、Cr及びMoを多く含有する材料で装身具を製造する方法がある。一方、Cr及びMoを多く含有する材料で装身具を製造した場合、Cr及びMoを多く含有する材料の断面中に、高Cr高Moの化合物が残存する。高Cr高Moの化合物は母相とは異なる相であるので、装身具の鏡面性を劣化させるという問題があった。また、高Cr高Moの化合物は母相のCr及びMo含有量を減少するので、装身具の耐食性を劣化させるという問題があった。
【0006】
本発明は上記の課題を解決するためになされたものであり、耐食性及び鏡面性に優れる装身具及び装身具の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(1)化学成分が、質量%で、
C:0.10%以下、
Si:1.5%以下、
Mn:1.5%以下、
P:0.050%以下、
S:0.050%以下、
O:0.020%以下、
Ni:15.0~38.0%、
Cr:17.0~27.0%、
Mo:4.0~8.0%、
Cu:3.0%以下、及び
N:0.55%以下を含有し、
残部はFe及び不純物を含み、
組織が、面積%で、オーステナイトが95%以上であり、
1個の前記金属間化合物を内部に含むことができる面積が最小な円の直径を、前記金属間化合物のサイズと定義したときに、装身具の露出表面上で、前記サイズが150μm以上である前記金属間化合物の個数が0個であり、かつ、前記サイズが13μm以上150μm未満である前記金属間化合物の個数が3個以下であり、
前記オーステナイトの平均円相当径が150μm以下であり、
下記(1)式で定義されるPREが40以上である
ことを特徴とする装身具。
PRE=[Cr]+3.3[Mo]+16[N]・・・(1)
ただし、(1)式の[Cr]、[Mo]及び[N]は、前記装身具の成分組成における、Cr、Mo及びNの質量%での含有量を意味し、含有しない場合には0を代入する。
(2)前記化学成分がさらに、質量%で、
Al:0.001~0.10%、
Co:0.001~3.0%、
W:0.001~8.0%、
Ta:0.001~1.0%、
Sn:0.001~1.0%、
Sb:0.001~1.0%、
Ga:0.001~1.0%、
Ti:0.001~1.0%、
V:0.001~1.0%、
Nb:0.001~1.0%、
Zr:0.001~1.0%、
Te:0.001~1.0%、
Se:0.001~1.0%、
B:0.0001~0.01%、
Ca:0.0001~0.05%、
Mg:0.0001~0.05%、及び
希土類元素:0.001~1.0%
から選ばれる一種又は二種以上を含有する
ことを特徴とする(1)に記載の装身具。
(3)前記装身具が時計外装である
ことを特徴とする(1)又は(2)に記載の装身具。
(4)(1)~(3)のいずれか一項に記載の装身具の製造方法であって、
板材を製造する工程と、
前記板材を熱処理する熱処理工程と、
前記板材を塑性加工する冷間圧延工程と、を有し、
前記熱処理工程で、熱処理温度が1350~1600Kであり、熱処理時間が下記(2)式を満たし、
前記冷間圧延工程で、圧下率が7~50%である
ことを特徴とする装身具の製造方法。
dif≧(6869/Tdif-4.3326)×λ・・・(2)
ただし、(2)式で、Tdifは前記熱処理温度(K)、tdifは前記熱処理時間(hour)、λは板材の板厚(mm)を表す。
(5)(1)~(3)のいずれか一項に記載の装身具の製造方法であって、
棒材を製造する工程と、
前記棒材を熱処理する熱処理工程と、
前記棒材を塑性加工する冷間伸線工程と、を有し、
前記熱処理工程で、熱処理温度が1350~1600Kであり、熱処理時間が下記(3)式を満たし、
前記冷間伸線工程で、減面率が7~50%である
ことを特徴とする装身具の製造方法。
dif≧(6869/Tdif-4.3326)×d・・・(3)
ただし、(3)式で、Tdifは前記熱処理温度(K)、tdifは前記熱処理時間(hour)、dは棒材の円相当直径(mm)を表す。
(6)(1)~(3)のいずれか一項に記載の装身具の製造方法であって、
板材または棒材を製造する工程と、
前記板材または前記棒材を熱処理する熱処理工程と、
前記板材または前記棒材を熱間鍛造する熱間鍛造工程と、
前記板材または前記棒材を冷間鍛造する冷間鍛造工程と、を有し
前記熱処理工程で、熱処理温度は1350~1600Kであり、
前記板材の場合、熱処理時間は(2)式を満たし、かつ
前記棒材の場合、熱処理時間は(3)式を満たす
ことを特徴とする装身具の製造方法。
dif≧(6869/Tdif-4.3326)×λ・・・(2)
dif≧(6869/Tdif-4.3326)×d・・・(3)
ただし、(2)式で、Tdifは前記熱処理温度(K)、tdifは前記熱処理時間(hour)、λは板材の板厚(mm)を表し、(3)式で、Tdifは前記熱処理温度(K)、tdifは前記熱処理時間(hour)、dは棒材の円相当直径(mm)を表す。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、耐食性及び鏡面性に優れる装身具及び装身具の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の実施形態に係る装身具の外観図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明者は、装身具の耐食性及び鏡面性を向上させるために、様々な検討を行った結果、以下の知見を得た。
市販されているPREが40以上の材料の断面には、金属間化合物が多く存在する。ここで、金属間化合物とは、母相のCr及びMo含有量よりも高いCr及びMo含有量を有する金属間化合物である。
金属間化合物を多く含むPREが40以上の材料を研磨すると、金属間化合物が異相として出現し、装身具に適用できる鏡面を得ることができない。また、金属間化合物は母相のCr及びMo含有量を減少するので、金属間化合物の露出面では優れた耐食性を発揮することができない。
【0011】
本発明は以上のような検討の結果なされたものであり、以下、本発明に係る実施形態について、特徴とする技術要件の限定理由や好ましい態様について順次説明する。まず、本発明の一実施形態に係る装身具について説明する。
【0012】
(装身具の成分組成)
本発明の一実施形態に係る装身具(以下、「装身具」と略す場合がある)に含有される化学成分および各成分の含有量の限定理由について説明する。なお、以下の説明において、「%」は特に説明がない限り、「質量%」を意味する。
【0013】
C:0.10%以下
C含有量は0.10%以下とする必要がある。C含有量が0.10%超である場合、Cr炭化物が過剰に形成して、装身具の耐食性が劣化する。C含有量の上限値は、好ましくは0.08%以下であり、より好ましくは0.05%以下である。一方、Cは、オーステナイトを形成する元素であるので、含有させてもよい。C含有量の下限値は、好ましくは0.005%以上であり、より好ましくは0.010%以上である。
【0014】
Si:1.5%以下
Si含有量は1.5%以下とする必要がある。Si含有量が1.5%超である場合、金属間化合物の析出が促進され、装身具の耐食性及び鏡面性が劣化する。Si含有量の上限値は、好ましくは1.0%以下であり、より好ましくは0.6%以下である。一方、Siは脱酸作用を有する元素であるので、含有させてもよい。Si含有量の下限値は、好ましくは0.10%以上であり、より好ましくは0.30%以上である。
【0015】
Mn:1.5%以下
Mn含有量は1.5%以下とする必要がある。Mn含有量が1.5%超である場合、装身具の耐食性が劣化する。Mn含有量の上限値は、好ましくは1.0%以下であり、より好ましくは0.8%以下である。一方、Mnは、オーステナイトを形成する元素及び脱酸作用を有する元素であるので、含有させてもよい。Mn含有量の下限値は、好ましくは0.01%以上であり、より好ましくは0.10%以上である。
【0016】
P:0.050%以下
P含有量は0.050%以下に抑える必要がある。P含有量が0.050%超である場合、装身具の靭性が劣化する。P含有量の上限値は、好ましくは0.045%以下であり、より好ましくは0.035%以下である。
【0017】
S:0.050%以下
S含有量は0.050%以下に抑える必要がある。S含有量が0.050%超である場合、装身具の靭性及び耐食性が劣化する。S含有量の上限値は、好ましくは0.040%以下であり、より好ましくは0.015%以下である。
【0018】
O:0.020%以下
O含有量は0.020%以下に抑える必要がある。O含有量が0.020%超である場合、装身具の靭性が劣化する。O含有量の上限値は、好ましくは0.015%以下であり、より好ましくは0.010%以下である。
【0019】
Ni:15.0~38.0%
Ni含有量は15.0~38.0%とする必要がある。Ni含有量が15.0%未満である場合、フェライトが過剰に形成して、装身具の靭性及び耐食性が劣化する。Ni含有量の下限値は、好ましくは17.0%以上であり、より好ましくは18.0%以上である。一方、Ni含有量が38.0%超である場合、装身具の耐食性を向上させる効果は飽和する。また、Ni含有量が過剰に多くなり、装身具が高価額となる。Ni含有量の上限値は、好ましくは30.0%以下であり、より好ましくは20.0%以下である。
【0020】
Cr:17.0~27.0%
Cr含有量は17.0~27.0%とする必要がある。Cr含有量が17.0%未満である場合、装身具の耐食性が劣化する。Cr含有量の下限値は、好ましくは18.0%以上であり、より好ましくは19.0%以上である。一方、Cr含有量が27.0%超である場合、フェライト及び金属間化合物が過剰に形成して、装身具の靭性及び耐食性が劣化する。Cr含有量の上限値は、好ましくは25.0%以下であり、より好ましくは21.0%以下である。
【0021】
Mo:4.0~8.0%
Mo含有量は4.0~8.0%とする必要がある。Mo含有量が4.0%未満である場合、装身具の耐食性が劣化する。Mo含有量の下限値は、好ましくは5.0%以上であり、より好ましくは6.0%以上である。一方、Mo含有量が8.0%超である場合、フェライト及び金属間化合物が過剰に形成して、装身具の靭性及び耐食性が劣化する。Mo含有量の上限値は、好ましくは7.5%以下であり、より好ましくは7.0%以下である。
【0022】
Cu:3.0%以下
Cu含有量は3.0%以下とする必要がある。Cu含有量が3.0%超である場合、鋳造時に割れが発生しやすくなる。Cu含有量の上限値は、好ましくは1.0%以下であり、より好ましくは0.8%以下である。一方、Cuは、腐食が生じた際の腐食進展を抑制する効果があるので、含有させてもよい。Cu含有量の下限値は、好ましくは0.01%以上であり、より好ましくは0.10%以上である。
【0023】
N:0.55%以下
N含有量は0.55%以下とする必要がある。N含有量が0.55%超である場合、鋳造時に割れが発生しやすくなる。N含有量の上限値は、好ましくは0.50%以下であり、より好ましくは0.35%以下であり、更に好ましくは0.25%以下である。一方、Nは、耐食性を向上させる効果及びオーステナイトを形成する効果があるので、含有させてもよい。N含有量の下限値は、好ましくは0.05%以上であり、より好ましくは0.10%以上であり、更に好ましくは0.15%以上である。
【0024】
PREが40以上
下記(1)式で定義されるPREが40以上である必要がある。PREが40未満である場合、装身具の耐食性が劣化する。
PRE=[Cr]+3.3[Mo]+16[N]・・・(1)
ただし、(1)式の[Cr]、[Mo]及び[N]は、前記装身具の成分組成における、Cr、Mo及びNの質量%での含有量を意味し、含有しない場合には0を代入する。
【0025】
本実施形態に係る装身具は、上述した元素以外にさらに質量%で、Al、Co、W、Ta、Sn、Sb、Ga、Ti、V、Nb、Zr、Te、Se、B、Ca、Mg、及び希土類元素から選ばれる一種又は二種以上を含有してもよい。なお、これらの元素は含有しなくてもよいので、含有量の下限は0である。
【0026】
Al:0.10%以下
本実施形態に係る装身具は0.10%以下のAlを含有してもよい。Alは脱酸作用を有する元素であるので、含有させてもよい。この効果を得るために、Alを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.005%以上である。一方、Al含有量が0.10%超である場合、Al窒化物やAl酸化物が過剰に形成されて、装身具の耐食性及び靭性が劣化する。Al含有量の上限値は、好ましくは0.05%以下であり、より好ましくは0.02%以下である。
【0027】
Co:3.0%以下
本実施形態に係る装身具は3.0%以下のCoを含有してもよい。Coはオーステナイトを形成し、金属間化合物の形成を抑制する効果があるので、含有させてもよい。この効果を得るために、Coを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.1%以上である。一方、Co含有量が3.0%超である場合は、加工性が劣化する。Co含有量の上限値は、好ましくは2.0%以下であり、より好ましくは1.5%以下である。
【0028】
W:8.0%以下
本実施形態に係る装身具は8.0%以下のWを含有してもよい。Wは、耐食性を向上させる効果があるので、含有させてもよい。この効果を得るために、Wを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.1%以上である。一方、W含有量が8.0%超である場合、加工性が劣化する。W含有量の上限値は、好ましくは5.0%以下であり、より好ましくは1.0%以下である。
【0029】
Ta:1.0%以下
本実施形態に係る装身具は1.0%以下のTaを含有してもよい。Taは、結晶粒を微細化させる効果及び、耐食性を向上させる効果があるので、含有させてもよい。これらの効果を得るために、Taを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.005%以上である。一方、Ta含有量が1.0%超である場合、加工性が劣化する。Ta含有量の上限値は、好ましくは0.5%以下であり、より好ましくは0.1%以下である。
【0030】
Sn:1.0%以下
本実施形態に係る装身具は1.0%以下のSnを含有してもよい。Snは、耐食性を向上させる効果があるので、含有させてもよい。この効果を得るために、Snを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.005%以上である。一方、Sn含有量が1.0%超である場合、加工性が劣化する。Sn含有量の上限値は、好ましくは0.5%以下であり、より好ましくは0.3%以下である。
【0031】
Sb:1.0%以下
本実施形態に係る装身具は1.0%以下のSbを含有してもよい。Sbは、耐食性を向上させる効果があるので、含有させてもよい。この効果を得るために、Sbを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.005%以上である。一方、Sb含有量が1.0%超である場合、加工性が劣化する。Sb含有量の上限値は、好ましくは0.5%以下であり、より好ましくは0.3%以下である。
【0032】
Ga:1.0%以下
本実施形態に係る装身具は1.0%以下のGaを含有してもよい。Gaは、耐食性を向上させる効果及び加工性を向上させる効果があるので、含有させてもよい。この効果を得るために、Gaを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.015%以上である。一方、Ga含有量が1.0%超である場合、耐食性を向上させる効果及び加工性を向上させる効果が飽和する。Ga含有量の上限値は、好ましくは0.5%以下であり、より好ましくは0.3%以下である。
【0033】
Ti:1.0%以下
本実施形態に係る装身具は1.0%以下のTiを含有してもよい。Tiは、C、Nを炭窒化物として固定して耐食性を向上させる効果及び結晶粒を微細化する効果があるので、含有させてもよい。この効果を得るために、Tiを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.01%以上である。一方、Ti含有量が1.0%超である場合、過剰な量の酸化物及び窒化物が形成して、加工性が劣化する。Ti含有量の上限値は、好ましくは0.5%以下であり、より好ましくは0.3%以下である。
【0034】
V:1.0%以下
本実施形態に係る装身具は1.0%以下のVを含有してもよい。Vは、C、Nを炭窒化物として固定して耐食性を向上させる効果及び結晶粒を微細化する効果があるので、含有させてもよい。これらの効果を得るために、Vを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.02%以上である。一方、V含有量が1.0%超である場合、過剰な量の酸化物及び窒化物が形成して、加工性が劣化する。V含有量の上限値は、好ましくは0.9%以下であり、より好ましくは0.5%以下である。
【0035】
Nb:1.0%以下
本実施形態に係る装身具は1.0%以下のNbを含有してもよい。Nbは、C、Nを炭窒化物として固定して耐食性を向上させる効果及び結晶粒を微細化する効果があるので、含有させてもよい。これらの効果を得るために、Nbを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.02%以上である。一方、Nb含有量が1.0%超である場合、過剰な量の酸化物及び窒化物が形成して、加工性が劣化する。Nb含有量の上限値は、好ましくは0.5%以下であり、より好ましくは0.2%以下である。
【0036】
Zr:1.0%以下
本実施形態に係る装身具は1.0%以下のZrを含有してもよい。Zrは、強度を向上させる効果及び結晶粒を微細化する効果があるので、含有させてもよい。これらの効果を得るために、Zrを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.02%以上である。一方、Zr含有量が1.0%超である場合、加工性が劣化する。Zr含有量の上限値は、好ましくは0.5%以下であり、より好ましくは0.2%以下である。
【0037】
Te:1.0%以下
本実施形態に係る装身具は1.0%以下のTeを含有してもよい。Teは、被削性を向上させる効果があるので、含有させてもよい。この効果を得るために、Teを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.01%以上である。一方、Te含有量が1.0%超である場合、耐食性が劣化する。Te含有量の上限値は、好ましくは0.05%以下であり、より好ましくは0.02%以下である。
【0038】
Se:1.0%以下
本実施形態に係る装身具は1.0%以下のSeを含有してもよい。Seは、被削性を向上させる効果があるので、含有させてもよい。この効果を得るために、Seを含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.01%以上である。一方、Se含有量が1.0%超である場合、耐食性が劣化する。Se含有量の上限値は、好ましくは0.2%以下であり、より好ましくは0.1%以下である。
【0039】
B:0.01%以下
本実施形態に係る装身具は0.01%以下のBを含有してもよい。Bは、熱間加工性を向上させる効果があるので、含有させてもよい。この効果を得るために、Bを含有させる場合の含有量は0.0001%以上であり、より好ましくは0.0005%以上である。一方、B含有量が0.01%超である場合、耐食性が劣化する。B含有量の上限値は、好ましくは0.005%以下であり、より好ましくは0.003%以下である。
【0040】
Ca:0.05%以下
本実施形態に係る装身具は0.05%以下のCaを含有してもよい。Caは、熱間加工性を向上させる効果があるので、含有させてもよい。この効果を得るために、Caを含有させる場合の含有量は0.0001%以上であり、より好ましくは0.0005%以上である。一方、Ca含有量が0.05%超である場合、かえって熱間加工性が劣化する。Ca含有量の上限値は、好ましくは0.005%以下であり、より好ましくは0.003%以下である。
【0041】
Mg:0.05%以下
本実施形態に係る装身具は0.05%以下のMgを含有してもよい。Mgは、熱間加工性を向上させる効果があるので、含有させてもよい。この効果を得るために、Mgを含有させる場合の含有量は0.0001%以上であり、より好ましくは0.0005%以上である。一方、Mg含有量が0.05%超である場合、かえって熱間加工性が劣化する。Mg含有量の上限値は、好ましくは0.005%以下であり、より好ましくは0.003%以下である。
【0042】
希土類元素:1.0%以下
本実施形態に係る装身具は1.0%以下の希土類元素を含有してもよい。希土類元素は、熱間加工性を向上させる効果があるので、含有させてもよい。この効果を得るために、希土類元素を含有させる場合の含有量は0.001%以上であり、より好ましくは0.005%以上である。一方、希土類元素含有量が1.0%超である場合、かえって熱間加工性が劣化する。希土類元素含有量の上限値は、好ましくは0.1%以下であり、より好ましくは0.03%以下である。
【0043】
残部はFe及び不純物を含む
上述してきた元素以外の残部は、Fe及び不純物を含む。また、以上説明した各元素の他にも、本実施形態の効果を損なわない範囲で含有させることができる。上述してきた元素以外の残部は、Fe及び不純物からなることが好ましい。
【0044】
装身具の成分組成の測定方法は以下の通りとする。OおよびN以外の元素は、まず、板材は、板厚1/4厚から、試料を採取する。棒材は、表面と中心とを結ぶ線分の1/2長さから、試料を採取する。その後、2013年、JIS G 1256(鉄及び鋼蛍光X線分析方法)に準じて、成分組成を測定する。
また、Oは、上記試料に対して、2014年、JIS G 1239(不活性ガス溶融-赤外線吸収法)を用いて測定する。Nは、上記試料に対して、2006年、JIS G 1228(鉄及び鋼-窒素定量方法)を用いて測定する。
板材の形状は、2012年、JIS G 4304(熱間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯)又は、2012年、JIS G 4305(冷間圧延ステンレス鋼板及び鋼帯)の規定に準じる。
また、棒材の形状は、2012年、JIS G 4303(ステンレス鋼棒)に規定の規定に準じる。
【0045】
(装身具の組織)
本発明の一実施形態に係る装身具の組織の限定理由について説明する。なお、以下の説明において、「%」は特に説明がない限り、「面積%」を意味する。
【0046】
オーステナイトが95%以上
オーステナイトが95%以上である必要がある。オーステナイトが95%未満であると、金属間化合物の量が過剰に大きくなり。装身具の鏡面性及び耐食性が劣化する。オーステナイトが97%以上であることが好ましく、98%以上であることがより好ましく、99%以上であることがさらに好ましい。
本発明の熱処理を実施した場合、通常の焼鈍(アニール)で観察される結晶欠陥の回復や焼鈍双晶の生成以外に特徴的な組織が生じる。例えば、双晶を含む旧オーステナイト結晶粒を侵食する一次再結晶のオーステナイト結晶粒が観察される。また、熱処理条件によっては、二次再結晶した粗大オーステナイト結晶粒が観察される場合もある。このような組織は電子顕微鏡に付属する後方散乱電子回折(EBSD)装置を用いることで、確認することができる。
【0047】
オーステナイトの面積%の測定方法は以下の通りとする。まず、走査型電子顕微鏡の反射電子像(SEM-BSE)で行う。測定倍率は、JIS G0555 鋼の非金属介在物の顕微鏡試験方法(2003)に記載の標準図と同じ、一辺が約710μmの正方形が観察視野に含まれる倍率で測定する。
測定場所は、板材の場合は板厚中心部が、正方形視野の一辺(約710μm)と平行かつ、正方形の中心を通る位置で観察する。棒材の場合は長手方向に垂直な断面の中心が正方形視野の中心になる位置で観察する。板材及び棒材は、上述した観察場所で高Cr高Moの金属間化合物が最も多く存在する。装身具の露出表面上では、上述した観察場所よりも、オーステナイトの面積分率が高く、金属間化合物の面積分率は低くなる。
反射電子像では、オーステナイトである母相のコントラストに対して、高Cr高Moである金属間化合物があれば明るく(白く)映り、非金属介在物があれば暗く(黒く)映る。撮影された画像表示が存在する場合は、オーステナイト以外の化合物の密集部分が上記正方形の中心になる様調整する。
次に、撮影した反射電子像写真を画像解析して、金属間化合物(高輝度ピクセル)、オーステナイト(中間輝度ピクセル)及び非金属間化合物(低輝度ピクセル)の三段階の輝度ピクセルに分類する。全ピクセル数に対するオーステナイトのピクセル数の百分率をオーステナイトの面積%とする。
【0048】
装身具の露出表面上で、サイズが150μm以上である金属間化合物の個数が0個であり、かつ、サイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物の個数が3個以下である。
本実施形態に係る装身具では、装身具の露出表面上で、サイズが150μm以上である金属間化合物の個数が0個である必要がある。サイズが150μm以上である金属間化合物の個数が0個超であると、装身具の鏡面性及び耐食性が劣化する。金属間化合物のサイズとは、1個の金属間化合物を内部に含むことができる面積が最小な円の直径である。装身具の露出表面上とは、外観観察可能な装身具表面である。
また、本実施形態に係る装身具では、装身具の露出表面上で、サイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物の個数が3個以下である必要がある。サイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物の個数が3個超であると、装身具の鏡面性及び耐食性が劣化する。
【0049】
金属間化合物は母相であるオーステナイトとは異なる相であるので、金属間化合物と母相との外観が異なる。そのため、金属間化合物の個数が過剰である場合、装身具に適用できる十分な鏡面性を得ることができない。
また、金属間化合物と母相であるオーステナイトとの界面の、母相側に、Cr及びMo含有量が過剰に少ない領域が形成される。そのため、金属間化合物の個数が過剰である場合、装身具の耐食性が劣化する。
【0050】
サイズが150μm以上である金属間化合物及びサイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物の個数の測定方法は以下の通りとする。まず、光学顕微鏡を用いて、倍率10倍で装身具の露出表面の組織の写真を撮影する。撮影した写真で、金属間化合物のサイズを計測する。金属間化合物のサイズとは、1個の金属間化合物を内部に含むことができる面積が最小な円の直径である。そして、サイズが150μm以上である金属間化合物及びサイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物の個数を数える。
【0051】
オーステナイトの平均円相当径が150μm以下
オーステナイトの平均円相当径は150μm以下である必要がある。オーステナイトの平均円相当径は150μm超であると、装身具の鏡面性が劣化する。オーステナイトの平均円相当径は70μm以下であることが好ましい。
【0052】
オーステナイトの平均円相当径の測定方法は以下の通りとする。電界放射型のSEMに付属した後方散乱電子回折装置(EBSD装置)により個々の結晶粒の方位を決定する。隣接するピクセルの方位差が5°以上の場所を結晶粒界と定義する。さらに、結晶粒の実際の面積を測定し、円の面積を求める公式からオーステナイトの平均円相当径を計算する。なお、結晶粒内の存在する焼鈍双晶は粒界と判定しない処理を行う。
【0053】
金属間化合物及びオーステナイト以外の残部
金属間化合物及びオーステナイト以外の残部は、介在物、酸化物、窒化物及び炭化物などの非金属相を含んでもよい。
【0054】
本実施形態に係る装身具は、特に限定されないが、例えば、時計外装、ネックレス、眼鏡などが挙げられる。ここで、時計外装は、特に限定されないが、例えば、時計のケース及びベルト、時計機能があるウェアラブルな機器のケース及びベルトなどが挙げられる。
【0055】
続いて、本発明の一実施形態に係る装身具の製造方法について説明する。なお、板材を使用する場合と棒材を使用する場合とで製造方法が異なるので、板材を使用する場合と棒材を使用する場合とを別々に説明する。
【0056】
本発明の一実施形態に係る装身具の製造方法は、上述の化学成分を有する板材を製造する工程と、板材を熱処理する熱処理工程と、板材を塑性加工する冷間圧延工程と、を有する。
【0057】
(板材を製造する工程)
板材を製造する工程は公知の方法を使用することができる。板材を製造する工程は、特に限定されないが、例えば、以下のような方法を採用することができる。加圧可能な電気炉、加圧可能な高周波誘導炉などの溶解炉にて、上述した化学組成の合金を溶解し、鋼塊に鋳造する。次いで、得られた鋼塊を、熱間加工して所望形状の板材とする。次いで、熱間加工の後、固溶化熱処理を行う。
【0058】
(熱処理工程)
熱処理工程において、熱処理温度は1350~1600Kである必要がある。熱処理温度が1350K未満である場合、装身具の耐食性及び鏡面性が劣化する。熱処理温度は1473K以上であることが好ましい。一方、熱処理温度が1600K超である場合、材料の自重による高温変形や部分的な溶融が発生する。熱処理温度は1548K以下であることが好ましい。
【0059】
熱処理工程において、熱処理時間は下記(2)式を満たす必要がある。
dif≧(6869/Tdif-4.3326)×λ・・・(2)。ただし、(2)式で、Tdifは熱処理温度(K)、tdifは熱処理時間(hour)、λは板材の板厚(mm)を表す。熱処理時間が(2)式を満さない場合、金属間化合物の量が過剰に多くなり、装身具の耐食性及び鏡面性が劣化する。
【0060】
熱処理方法は、不活性ガスのパーシャル加熱であってもよい。不活性ガスのパーシャル加熱を行うことにより、熱処理の時にCrが昇華することが抑制されて、装身具の耐食性がさらに向上する。
熱処理工程の後に、60℃/min以上で冷却を行ってもよい。60℃/min以上で冷却を行うことにより、金属間化合物の再析出や含有量が増加することが一層抑制されて、装身具の耐食性及び鏡面性がさらに向上する。
【0061】
(冷間圧延工程)
冷間圧延工程において、圧下率は7~50%である必要がある。圧下率が7%未満である場合、オーステナイトの平均円相当径が過剰に大きくなり、装身具の鏡面性が劣化する。圧下率は13%以上であることが好ましい。一方、圧下率が50%超である場合、材料の硬さが過剰に大きくなる。その結果、材料の被削性やプレス性が劣化する。
【0062】
(熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程)
本発明の一実施形態に係る装身具の製造方法は、上述の冷間圧延工程を省略して、板材をオーステナイト安定領域の温度に加熱して熱間で塑性変形を行う熱間鍛造工程と冷間で塑性変形を行う冷間鍛造工程とを有していてもよい。熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程における塑性変形の量は、装身具の露出表面のオーステナイトの平均円相当径が150μm以下となれば特に限定されない。熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程における塑性変形の量は、装身具の露出表面のオーステナイトの平均円相当径が70μm以下となるように選ぶことが好ましい。熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程は、冷間圧延工程よりも材料の歩留まりが高くなる傾向がある。そのため、冷間圧延工程を省略して熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程を行うことが好ましい。
【0063】
続いて、本発明の他の実施形態に係る装身具の製造方法について説明する。
【0064】
本発明の他の実施形態に係る装身具の製造方法は、上述の実施形態に記載の化学組成を有する棒材を製造する工程と、棒材を熱処理する熱処理工程と、棒材を塑性加工する冷間伸線工程と、を有する。
【0065】
(棒材を製造する工程)
棒材を製造する工程は公知の方法を使用することができる。
【0066】
(熱処理工程)
熱処理工程において、熱処理温度は1350~1600Kである必要がある。熱処理温度が1350K未満である場合、金属間化合物の量が過剰に多くなり、装身具の耐食性及び鏡面性が劣化する。熱処理温度は1473K以上であることが好ましい。一方、熱処理温度が1600K超である場合、材料の自重による高温変形や部分的な溶融が発生する。熱処理温度は1548K以下であることが好ましい。
【0067】
熱処理工程において、熱処理時間は下記(3)式を満たす必要がある。
dif≧(6869/Tdif-4.3326)×d・・・(3)。ただし、(3)式で、Tdifは熱処理温度(K)、tdifは熱処理時間(hour)、dは棒材の円相当直径(mm)を表す。熱処理時間が(3)式を満さない場合、金属間化合物の量が過剰に多くなり、装身具の耐食性及び鏡面性が劣化する。
【0068】
高Cr高Mo金属間化合物の熱処理時のCrやMoの濃度拡散は、板材では厚み方向の中心面から圧延両面方向へ1次元的に進行し、棒材では伸線方向の中心軸から円周側面方向へ2次元的に進行する。
板材の熱処理時間に関する(2)式において、高Cr高Mo金属間化合物からの周辺オーステナイトへの拡散量が板材と棒材とで等価になる時間を仮定する。そして、装身具に使用される棒材において、板厚λを直径dに置き換えることで(3)式が導かれる。
【0069】
熱処理温度及び熱処理時間以外の条件については、前の実施形態に係る装身具の製造方法に記載した条件を採用することができる。
【0070】
(冷間伸線工程)
冷間伸線工程において、減面率は7~50%である必要がある。減面率が7%未満である場合、オーステナイトの平均円相当径が過剰に大きくなり、装身具の鏡面性が劣化する。減面率は13%以上であることが好ましい。一方、減面率が50%超である場合、材料の硬さが過剰に大きくなる。その結果、材料の被削性やプレス性が劣化する。
【0071】
減面率以外の条件については、前の実施形態に係る装身具の製造方法に記載した条件を採用することができる。
【0072】
(熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程)
本発明の他の実施形態に係る装身具の製造方法は、上述の冷間伸線工程を省略して、棒材をオーステナイト安定領域の温度に加熱して熱間で塑性変形を行う熱間鍛造工程及び冷間で塑性変形を行う冷間鍛造工程を有していてもよい。熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程における塑性変形の量は、装身具の露出表面のオーステナイトの平均円相当径が150μm以下となれば特に限定されない。熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程における塑性変形の量は、装身具の露出表面のオーステナイトの平均円相当径が70μm以下となるように選ぶことが好ましい。熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程は、冷間伸線工程よりも材料の歩留まりが高くなる。そのため、冷間伸線工程を省略して熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程を行うことが好ましい。
【0073】
上述してきた、本発明の実施形態に係る装身具の製造方法は、装身具を所定の形状および外観とするための製造工程を有してもよい。装身具を所定の形状および外観とするための製造工程は、公知の製造方法を用いることができる。
【0074】
特に限定されないが、一例として、時計外装の製造方法を示す。まず、時計外装の内、時計ケースの製造方法について記載する。
【0075】
(時計ケースの製造方法)
上述した熱処理工程及び、冷間圧延工程又は冷間伸線工程を施した板材又は棒材(以下「材料」と称す場合がある。)から、クランクプレス機と抜き金型を用いてブランクを打ち抜く。打ち抜いた抜きブランクを、複数の成形金型を用いて、ニアネット形状に成型する。途中、材料が加工硬化した場合は、光輝焼鈍炉で溶体化温度以上に加熱して急冷する、焼鈍(アニール)工程を適宜実施する。
【0076】
上述とは別に熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程を採用したブランクの製造方法を説明する。まず、上述した熱処理工程を施した板材または棒材を、高周波誘導加熱や加熱炉で加熱して、プレス機と耐熱金型を複数用いて上述の抜きブランクに近い形状に熱間鍛造で成形する。表面の酸化膜を酸洗やサンドブラストで除去した後、冷間でプレス機と成形金型を用いてニアネットシェイプのブランクを作製する。熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程の途中、適宜中間焼鈍を実施してもよい。
熱間鍛造工程での金型数を減らして、冷間鍛造工程での金型数を増やすことが好ましい。これにより、オーステナイトの平均円相当径をさらに小さくすることができる。
【0077】
プレスアップしたブランクは、数値制御(NC)旋盤で加工の基準となる内径挽き、プレス面の表面切削、バンドを取り付けるカン穴や巻真穴開け、裏蓋取り付けのネジ加工等、複数の切削・穿孔工程を経て、未研磨の時計ケースとなる。
【0078】
未研磨の時計ケースは、#360、♯800、♯1200及び♯2000の耐水研磨紙を取り付けたザラツ研磨機で、粗研磨を施す。引き続き、耐水研磨紙を研磨布に貼り替えて、3μm、1μm、0.3μm及び0.05μm粒度のアルミナ研磨剤を使って仕上げ研磨を行う。
【0079】
仕上げ研磨後に、艶出しのパフ研磨を行う。時計外装のデザインによっては、マスクを施して回転ワイヤーブラシによる筋目付けや、ホーニング(サンドプラスト)加工等の加飾を行ってもよい。竜頭を取り付ける巻真パイプのロウ付けや接着を行い、ケースが完成する。同様のプロセスで裏蓋やガラス縁も作成する。
【0080】
続いて、時計外装の内、金属バンドの製造方法について説明する。
(金属バンドの製造方法)
上述した熱処理工程及び、冷間圧延工程又は冷間伸線工程を施した材料から、時計ケースと同様にプレスで駒を打ち抜き、成形プレスで駒を完成体に近い形状まで成形する。さらに、表面の切削や、駒を連結するピン穴を穿孔し、研磨を行う。最後に、所定の並びに駒をCリングピン等で連結し、脱着に使用する中留を取り付ける。
【0081】
なお、時計外装の製造方法は、上記に記載されている方法に限定されることはなく、公知の時計外装の製造で実施されている製造方法の何れでも構わない。
【実施例
【0082】
次に、本発明の実施例について説明する。実施例で示した条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一例である。従って、本発明は、この一例に限定されるものではない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的が達成される限りにおいて、種々の条件を採用することができる。
【0083】
(熱処理条件)
表1に示す成分組成を有する鋼種A~Dを用意した。板厚が6mmから22mmである鋼種Aを、表2に示す条件で熱処理を施して、熱処理後に材料を急冷した。熱処理後の材料に対して、金属間化合物のサイズが150μm以上及びサイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物の個数を測定した。
【0084】
材料の成分組成の測定方法は以下の通りとした。N以外の元素は、まず、板材の板厚1/4厚部から、試料を採取した。その後、2013年、JIS G 1256(鉄及び鋼蛍光X線分析方法)に準じて、成分組成を測定した。
Nは、上記試料に対して、2006年、JIS G 1228(鉄及び鋼-窒素定量方法)を用いて測定した。
【0085】
サイズが150μm以上である金属間化合物及びサイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物の個数の測定方法は以下の通りとした。まず、光学顕微鏡を用いて、倍率10倍で板厚中心部の組織の写真を撮影した。撮影した写真で、金属間化合物のサイズを計測した。金属間化合物のサイズとは、1個の金属間化合物を内部に含むことができる面積が最小な円の直径である。そして、サイズが150μm以上である金属間化合物及びサイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物の個数を数えた。板材において、板厚中心部の高Cr高Moの金属間化合物が最も多く存在する。そのため、上記の方法によって測定された金属間化合物の個数を、サイズが150μm以上及びサイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物の個数と仮定した。また、冷間圧延工程は室温で実施されるため、材料の金属間化合物の個数は実質的に変化しない。
サイズが150μm以上である金属間化合物について、個数が1個になったときに測定を終了した。サイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物について、個数が4個になったときに測定を終了した。サイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物の個数の測定結果は表2に示した。なお、表2において、サイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物の個数が0であった全ての材料は、サイズが150μm以上である金属間化合物の個数も0であった。
【0086】
オーステナイトの面積%の測定方法は以下の通りとした。まず、走査型電子顕微鏡の反射電子像(SEM-BSE)で行った。測定倍率は、JIS G0555 鋼の非金属介在物の顕微鏡試験方法(2003)に記載の標準図と同じ、一辺が約710μmの正方形が観察視野に含まれる倍率で測定した。
測定場所は、板厚中心部が、正方形視野の一辺(約710μm)と平行かつ、正方形の中心を通る位置であった。
次に、撮影した反射電子像写真を画像解析して、金属間化合物(高輝度ピクセル)、オーステナイト(中間輝度ピクセル)及び非金属間化合物(低輝度ピクセル)の三段階の輝度ピクセルに分類する。全ピクセル数に対するオーステナイトのピクセル数の百分率をオーステナイトの面積%とした。また、冷間圧延工程は室温で実施されるため、材料のオーステナイトの面積%は実質的に変化しない。そのため、熱処理工程後の材料のオーステナイトの面積%を装身具のオーステナイトの面積%と仮定した。オーステナイトの面積%の測定結果を表3に示した。
【0087】
【表1】
【0088】
【表2】
【0089】
【表3】
【0090】
表2及び表3に示したように、熱処理工程における熱処理条件が下記の(2)式を満たす場合、オーステナイトの面積%及び、サイズが150μm以上である金属間化合物及びサイズが13μm以上150μm未満である金属間化合物の個数が本発明の範囲内となった。オーステナイトの面積%すべての条件で95%以上であった。また、組織の残部は非金属相であった。
dif≧(6869/Tdif-4.3326)×λ・・・(2)。ただし、(2)式で、Tdifは前記熱処理温度(K)、tdifは前記熱処理時間(hour)、λは板材の板厚(mm)を表す。
【0091】
(冷間圧延条件)
鋼種Aの厚み6mmの板材に1473Kで12時間熱処理を実施した。熱処理後に、2段階圧延機で所定の厚みまで冷間圧延を実施した。1パスの圧下量は0.10mmとし、所定の厚みになったところで圧延終了とした。冷間圧延の圧下率を表4に示した。
【0092】
圧延された材料を、圧延方向と垂直な面で切り出した。切り出した材料に対して、クランクプレス機と抜き金型とを用いてブランクを打ち抜いた。打ち抜いた抜きブランクを、複数の成形金型を用いて、ニアネット形状に成型した。
プレスアップしたブランクは、数値制御(NC)旋盤で加工の基準となる内径挽き、プレス面の表面切削、バンドを取り付ける鋭穴やカン穴開け、裏蓋取り付けのネジ加工、複数の切削・穿孔工程を施し、未研磨の時計ケースを得た。
【0093】
未研磨の時計ケースは、#360、♯800、♯1200及び♯2000の耐水研磨紙を取り付けたザラツ研磨機で、粗研磨を施した。引き続き、耐水研磨紙を研磨布に貼り替えて、3μm、1μm、0.3μm及び0.05μm粒度のアルミナ研磨剤を使って仕上げ研磨を行った。仕上げ研磨後に、艶出しのパフ研磨を行った。
【0094】
その結果、実施例1~6及び比較例1~4の時計ケースを得た。冷間圧延直後の材料の硬度を測定した。硬度の測定には、ビッカース硬度計を用いた。硬度測定時の荷重は0.3kgfとし、保持時間は15秒とした。ビッカース硬度計の測定結果を表4に示した。
【0095】
オーステナイト結晶粒の平均円相当径を以下のように求めた。電界放射型のSEMに付属した後方散乱電子回折装置(EBSD装置)により個々の結晶粒の方位を決定した。隣接するピクセルの方位差が5度以上の場所を結晶粒界と定義した。さらに、結晶粒の実際の面積を測定し、円の面積を求める公式からオーステナイトの平均円相当径を計算した。なお、結晶粒内の存在する焼鈍双晶は粒界と判定しない処理を行った。オーステナイトの平均円相当径の測定結果を表4に示した。
【0096】
時計ケースに対して、外観判定を行うことで鏡面性を測定した。鏡面性は、劣る、普通及び良好の三段階で評価した。鏡面性の測定結果を表4に示す。
【0097】
【表4】
【0098】
実施例1~6は、熱処理工程の熱処理条件及び冷間圧延の圧下率が本発明の範囲内であったので、材料が過剰に硬くならなかった。そのため、冷間圧延工程後でも材料が十分な加工性を有していた。また、オーステナイトの平均円相当径が過剰に大きくならなかったので、時計ケースの鏡面性が十分であった。
【0099】
一方、比較例1~3は、冷間圧延の圧下率が不十分であったので、時計ケースの鏡面性が不十分であった。また、比較例4は、冷間圧延の圧下率が過剰であったでの、冷間圧延工程後の材料の加工性が不十分であった。
【0100】
(耐食性)
実施例7は以下のように耐食性試験用の試験片を作成した。鋼種Bの厚さ2mmの板材を、1473Kで1.5h熱処理を行った。熱処理後に板材を急冷した。その後、板材を25%の圧下率で冷間圧延した。冷間圧延後の板材の厚みは1.5mmであった。冷間圧延後の板材を高さ20mm×幅40mmの矩形に切り出した。コーナーを面取り後、圧延面(2面)及び切断側面(4面)を実施例1の時計ケースの製造方法と同じ研磨工程を施し、鏡面に仕上げた。
比較例5~7は熱処理及び冷間圧延を施さなかった。その他は実施例7と同じ方法で耐食性試験用の試験片を作成した。
【0101】
耐食性試験は以下の通りとした。鏡面仕上げされた矩形の試験片10枚について60℃の飽和食塩水での半浸漬試験を行った。具体的には、固体の食塩と共存状態の飽和食塩水を容器に入れ、鉛直方向から30度の傾きに立て掛けられるポリテトラフルオロエチレン製のラックに試験片をセットし容器に沈めた。その後、試験片の高さ10mmまでが食塩水に浸かる状態になる様液量を調整した。容器は60℃の恒温槽に静置した。定期的に試験片を取り出し、洗浄後に実体顕微鏡で孔食や粒界腐食が発生状況を確認した。半浸漬試験は最長で1000時間実施した。試験片10枚の腐食発生までの平均時間を腐食時間とした。なお、1000時間で腐食しなかった試験片の腐食時間は1000時間とした。耐食性の試験結果は表5に示す。
【0102】
【表5】
【0103】
実施例7は、熱処理条件及びPREが本発明の範囲内であったので、良好な耐食性を示した。
比較例5は、熱処理条件が本発明の範囲外であったので、耐食性が実施例7より劣った。比較例6及び比較例7は、熱処理条件及びPREが本発明の範囲外であったので、耐食性が不十分であった。
【0104】
(冷間鍛造工程及び熱間鍛造工程を施す場合)
冷間圧延工程及び冷間伸線工程を省略して、熱間鍛造工程及び冷間鍛造工程を施すこと場合についても試験を行った。
【0105】
実施例8では、鋼種Aの平均円直径25mmの丸棒を使用した。丸棒をアルゴン雰囲気の中で1523K、8時間熱処理した。熱処理後に丸棒を加圧窒素ガスで急冷した。熱処理された丸棒を約40mmの長さに切断しビレットとした。高周波誘導加熱法を使用してビレットを1473Kに加熱し、耐熱性の鍛造金型を複数型用いてビレットを抜きブランクに近い形状に熱間鍛造をした。熱間鍛造後に表面の酸化膜をサンドブラストや酸洗浄により除去した後、冷間鍛造をした。その後、実施例1~7と同様の工程により時計ケースを得た。
【0106】
実施例9では、鋼種Aの板厚14mm幅40mmの板材を使用した。実施例9の熱処理条件は1523K、36時間の熱処理とした。熱処理された板材を約35mmの長さに切断した。その後、実施例8と同様の条件で時計ケースを得た。
【0107】
実施例1~7と同じ方法で、実施例8及び9のオーステナイトの平均円相当径及び鏡面性を測定した。その結果、実施例8及び9のオーステナイトの平均円相当径は共に150μm以下であり、鏡面性も十分であった。
【産業上の利用可能性】
【0108】
以上のことから、本発明によれば、耐食性及び鏡面性に優れた装身具及びその製造方法を提供することができ、産業上の利用価値が高い。
図1