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特許7605641無線基地局の受信電波強度分布の推定方法および空中線の再設計方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-16
(45)【発行日】2024-12-24
(54)【発明の名称】無線基地局の受信電波強度分布の推定方法および空中線の再設計方法
(51)【国際特許分類】
   H04W 16/18 20090101AFI20241217BHJP
   H04W 4/42 20180101ALI20241217BHJP
   H04B 17/391 20150101ALI20241217BHJP
   H04B 17/309 20150101ALI20241217BHJP
【FI】
H04W16/18 110
H04W4/42
H04B17/391
H04B17/309
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021009964
(22)【出願日】2021-01-26
(65)【公開番号】P2022113935
(43)【公開日】2022-08-05
【審査請求日】2024-01-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000221616
【氏名又は名称】東日本旅客鉄道株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001254
【氏名又は名称】弁理士法人光陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】永冨 郁洋
(72)【発明者】
【氏名】名取 弘登
(72)【発明者】
【氏名】水越 孝
(72)【発明者】
【氏名】岩澤 永照
【審査官】石原 由晴
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-207836(JP,A)
【文献】特開2019-201333(JP,A)
【文献】特開2004-336355(JP,A)
【文献】特開2012-195752(JP,A)
【文献】内田 悠太, 外3名,無線センサネットワーク協調形UAV飛行経路制御手法の検討,電子情報通信学会技術研究報告 Vol.118 No.465,日本,一般社団法人電子情報通信学会,2019年03月,第118巻,319-324頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04B 7/24-7/26
H04W 4/00-99/00
H04B 17/391
H04B 17/309
3GPP TSG RAN WG1-4
SA WG1-4
CT WG1、4
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無線信号を送受信する複数の無線基地局を備えた無線通信システムにおける無線基地局の受信電波強度分布を推定する受信電波強度分布推定方法であって、
対象エリア内を走行する車両に搭載された電波受信機によって測定された受信電波強度に関するデータを取得する第1ステップと、
着目する無線基地局の諸元情報を入力情報として空間伝搬損失を算出するための複数種類のモデル式によって空間伝搬損失をそれぞれ計算し、受信電波強度分布を算出する第2ステップと、
前記第2ステップで算出された複数の受信電波強度分布の中から、前記第1ステップで取得した受信電波強度の分布に最も変化傾向が近い受信電波強度分布を選択する第3ステップと、
前記第3ステップで選択された受信電波強度分布を移動処理して前記第1ステップで取得した受信電波強度の分布に合致させることによって推定受信電波強度分布を決定する第4ステップと、
を含むことを特徴とする無線基地局の受信電波強度分布推定方法。
【請求項2】
請求項1に記載の無線基地局の受信電波強度分布推定方法により推定された受信電波強度分布に基づいて無線基地局の空中線を再設計する空中線再設計方法であって、
既存の第1無線基地局および既存の第2無線基地局と、前記第1無線基地局と前記第2無線基地局との間に位置する既存の第3無線基地局と、が存在するエリアに関して、
前記第1ステップ~第4ステップによって前記第1無線基地局の第1受信電波強度分布と前記第2無線基地局の第2受信電波強度分布をそれぞれ推定し、
推定された前記第1受信電波強度分布と前記第2受信電波強度分布とに基づいて、前記第1無線基地局と前記第2無線基地局との間の全ての位置での受信電波強度が所定の許容受信電界強度を下回っていない場合に、前記第3無線基地局を撤去可能と判定することを特徴とする無線基地局の空中線再設計方法。
【請求項3】
請求項1に記載の無線基地局の受信電波強度分布推定方法により推定された受信電波強度分布に基づいて無線基地局の空中線を再設計する空中線再設計方法であって、
既存の第1無線基地局および既存の第2無線基地局と、前記第1無線基地局と前記第2無線基地局との間に位置する既存の第3無線基地局とが存在し、前記第1無線基地局および前記第2無線基地局の空中線が空中アンテナであり、前記第3無線基地局の空中線がLCXケーブルであるエリアに関して、
前記第1ステップ~第4ステップによって前記第1無線基地局の第1受信電波強度分布と前記第2無線基地局の第2受信電波強度分布をそれぞれ推定した後に、
前記第4ステップにおける移動処理による移動量に応じて第1補正値と第2補正値をそれぞれ決定する第5ステップと、
前記第3ステップで選択された第1受信電波強度分布に対応する第1モデル式を用いて、前記第1無線基地局と前記第3無線基地局との間の当該第3無線基地局の空間伝搬損失を算出し、前記第5ステップで決定された前記第1補正値および前記第2補正値を変数とする所定の補正値算出式によって算出した第3補正値で補正された第3受信電波強度分布を算出する第6ステップと、
前記第3ステップで選択された第2受信電波強度分布に対応する第2モデル式を用いて、前記第2無線基地局と前記第3無線基地局との間の当該第3無線基地局の空間伝搬損失を算出し、前記第6ステップで算出した前記第3補正値で補正された第4受信電波強度分布を算出する第7ステップと、を実行し、
前記第6ステップで算出された前記第3受信電波強度分布と前記第7ステップで算出された前記第4受信電波強度分布とに基づいて、前記第1無線基地局と前記第2無線基地局との間の全ての位置での受信電波強度が所定の許容受信電界強度を下回っていない場合に、前記第3無線基地局の空中線を空中アンテナに置き換え可能と判定することを特徴とする無線基地局の空中線再設計方法。
【請求項4】
前記第1無線基地局と前記第2無線基地局と前記第3無線基地局の任意の地点からの距離をそれぞれx,y,z、前記第1補正値をa、前記第2補正値をc、前記第3補正値をbとしたとき、前記第6ステップにおける前記補正値算出式は、
b={(z-y)a/(z-x)}+{(y-x)c/(z-x)}
であることを特徴とする請求項3に記載の無線基地局の空中線再設計方法。
【請求項5】
前記無線通信システムは鉄道路線用の無線通信システムであり、
前記第1無線基地局と前記第3無線基地局と前記第2無線基地局は、鉄道軌道の沿線に沿って順に配設されている無線基地局であることを特徴とする請求項4に記載の無線基地局の空中線再設計方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無線通信システムにおける無線基地局の受信電波強度分布の推定方法および空中線(アンテナ)の再設計方法に関し、例えば列車の乗務員と運転指令所等の指令担当者との間の通信に用いる列車無線と呼ばれる無線通信システムに適用して有効な技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鉄道の列車無線は、アナログ信号で情報を送信するアナログ列車無線が一般的であったが、近年、デジタル信号で情報を送信するデジタル列車無線に置き換える工事が進められている。また、列車無線をアナログ方式からデジタル方式に変更する際には、空中線(アンテナ)はそのまま利用するのが一般的であった。なお、列車無線における空中線(アンテナ)の代表的なものとして、八木アンテナのようなアレイアンテナとLCXケーブル(漏洩同軸ケーブル)がある。
【0003】
一方、デジタル化された際に通信品質が改善されていることから、空中線が過剰になっている箇所が存在する。そのため、アナログ列車無線で使用していた空中線をデジタル化後も利用を継続することはメンテナンス的にもコスト的にも非効率となる場合があり、空中線を見直すことでライフサイクルコストの向上が見込める。特に、LCXケーブルは、線路に沿って敷設された長大なケーブルであるため、電波障害の影響を受けにくい反面、メンテナンス効率が悪いという特徴を有するので、見直しは有意義である。
【0004】
ところで、空中線を再設計するには、既存の空中線による受信電界強度の分布を正確に把握する必要がある。一方、現在、空中線を最初に設計する際には、モデル式を用いて算出する手法やシミュレーションによって空間伝搬損失を算出する手法が採用されている。
そこで、空中線を再設計する際にもモデル式やシミュレーションによって空間伝搬損失を算出する手法を利用することが考えられる。しかし、モデル式を用いる手法は簡単であるが実際の値との差異が大きい。また、シミュレーションを用いる手法は、高精度であるが多大な労力と時間を要するためコストが嵩むという課題がある。
一方、従来、受信電界強度分布データを作成する技術に関する発明として、例えば特許文献1に記載されているものがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2002-112303号公報
【文献】特開2017-143487号公報
【文献】特開平07-087557号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1の発明においては、無線移動端末の制御部が、無線基地局からの受信電界強度情報とGPS衛星から送信される位置情報に基づいて、端末の現在位置及びその周辺の受信電界強度分布データを作成するもので、広範囲にわたって無線基地局の能力を把握するための受信電界強度分布を取得することは難しいという課題がある。
また、特許文献1の発明は、作成した受信電界強度分布データを使用して受信電界強度分布地図および端末の位置を表示するのに使用することを開示するもので、無線基地局の空中線の再設計に使用することは開示していない。
【0007】
一方、最適な無線基地局の位置推定を行うことができる配置設計支援装置および方法に関する発明として例えば特許文献2に記載されているものが、また指定された建物内の全体に電波が届くように、屋内コードレス電話の基地局の最適な配置位置を自動的に決定する方法に関する発明として例えば特許文献3に記載されているものがある。
しかし、特許文献2は、着目する特定エリア内に新たに無線基地局を配置する場合に、最適な基地局位置を算出するための技術を開示するもので、無線基地局の空中線を再設計する技術は開示していない。また、特許文献3は、指定された建物内において屋内コードレス電話の基地局の最適な配置位置を決定するための技術を開示するもので、条件が全く異なる屋外の無線通信の受信電波強度分布を推定して無線基地局の最適な配置位置を決定することは開示していない。
【0008】
本発明は上記のような背景のもとになされたもので、無線基地局の情報に基づいてその無線基地局の空中線による空間伝搬損失を算出し、無線基地局の能力を把握するための受信電界強度分布を簡単かつ精度よく推定することができる技術を提供することを目的とする。
本発明の他の目的は、撤去可能な無線基地局を見つけたり、LCXケーブルをアンテナに置き換えることができる無線基地局を見つけたりして、無線基地局の空中線を再設計することができる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明は、
無線信号を送受信する複数の無線基地局を備えた無線通信システムにおける無線基地局の受信電波強度分布を推定する受信電波強度分布推定方法において、
対象エリア内を走行する車両に搭載された電波受信機によって測定された受信電波強度に関するデータを取得する第1ステップと、
着目する無線基地局の諸元情報を入力情報として空間伝搬損失を算出するための複数種類のモデル式によって空間伝搬損失をそれぞれ計算し、受信電波強度分布を算出する第2ステップと、
前記第2ステップで算出された複数の受信電波強度分布の中から、前記第1ステップで取得した受信電波強度の分布に最も変化傾向が近い受信電波強度分布を選択する第3ステップと、
前記第3ステップで選択された受信電波強度分布を移動処理して前記第1ステップで取得した受信電波強度の分布に合致させることによって推定受信電波強度分布を決定する第4ステップと、
を含むようにしたものである。
【0010】
上記のような手順の方法によれば、モデル式により無線基地局の空中線による空間伝搬損失を算出するため、無線基地局の諸元情報に基づいて空間伝搬損失を算出することができる。また、そのようにして複数のモデル式による空間伝搬損失から求めた複数の受信電界強度分布の中から当該無線基地局の受信電界強度分布を選択して決定するため、受信電界強度分布を簡単かつ精度よく推定することができる。
【0011】
本出願に係る無線基地局の空中線の再設計方法の発明は、
上記受信電波強度分布推定方法により推定された受信電波強度分布に基づいて無線基地局の空中線を再設計する空中線再設計方法であって、
既存の第1無線基地局および既存の第2無線基地局と、前記第1無線基地局と前記第2無線基地局との間に位置する既存の第3無線基地局と、が存在するエリアに関して、
前記第1ステップ~第4ステップによって前記第1無線基地局の第1受信電波強度分布と前記第2無線基地局の第2受信電波強度分布をそれぞれ推定し、
推定された前記第1受信電波強度分布と前記第2受信電波強度分布とに基づいて、前記第1無線基地局と前記第2無線基地局との間の全ての位置での受信電波強度が所定の許容受信電界強度を下回っていない場合に、前記第3無線基地局を撤去可能と判定するようにしたものである。
かかる方法によれば、2つの無線基地局間に配置されている第3の無線基地局を撤去することができるか否かを比較的簡単に検討することができる。
【0012】
また、本出願に係る他の空中線再設計方法の発明は、
上記受信電波強度分布推定方法により推定された受信電波強度分布に基づいて無線基地局の空中線を再設計する空中線再設計方法であって、
既存の第1無線基地局および既存の第2無線基地局と、前記第1無線基地局と前記第2無線基地局との間に位置する既存の第3無線基地局とが存在し、前記第1無線基地局および前記第2無線基地局の空中線が空中アンテナであり、前記第3無線基地局の空中線がLCXケーブルであるエリアに関して、
前記第1ステップ~第4ステップによって前記第1無線基地局の第1受信電波強度分布と前記第2無線基地局の第2受信電波強度分布をそれぞれ推定した後に、
前記第4ステップにおける移動処理による移動量に応じて第1補正値と第2補正値をそれぞれ決定する第5ステップと、
前記第3ステップで選択された第1受信電波強度分布に対応する第1モデル式を用いて、前記第1無線基地局と前記第3無線基地局との間の当該第3無線基地局の空間伝搬損失を算出し、前記第5ステップで決定された前記第1補正値および前記第2補正値を変数とする所定の補正値算出式によって算出した第3補正値で補正された第3受信電波強度分布を算出する第6ステップと、
前記第3ステップで選択された第2受信電波強度分布に対応する第2モデル式を用いて、前記第2無線基地局と前記第3無線基地局との間の当該第3無線基地局の空間伝搬損失を算出し、前記第6ステップで算出した前記第3補正値で補正された第4受信電波強度分布を算出する第7ステップと、を実行し、
前記第6ステップで算出された前記第3受信電波強度分布と前記第7ステップで算出された前記第4受信電波強度分布とに基づいて、前記第1無線基地局と前記第2無線基地局との間の全ての位置での受信電波強度が所定の許容受信電界強度を下回っていない場合に、前記第3無線基地局の空中線を空中アンテナに置き換え可能と判定するようにしたものである。
かかる方法によれば、2つの無線基地局間に配置されている第3の無線基地局の空中線をLCXケーブルから空中アンテナに置き換えることができるか否かを比較的簡単に検討することができる。
【0013】
ここで、前記第1無線基地局と前記第2無線基地局と前記第3無線基地局の任意の地点からの距離をそれぞれx,y,z、前記第1補正値をa、前記第2補正値をc、前記第3補正値をbとしたとき、前記第6ステップにおける前記補正値算出式には、
b={(z-y)a/(z-x)}+{(y-x)c/(z-x)}
を用いるようにする。
かかる補正値算出式を使用した方法によれば、簡単かつ精度よく無線基地局の空中線を再設計することができる。
また、上記空中線再設計方法は、前記無線通信システムは鉄道路線用の無線通信システムであり、前記第1無線基地局と前記第3無線基地局と前記第2無線基地局は、鉄道軌道の沿線に沿って順に配設されている無線基地局である場合に適用すると有効である。
【発明の効果】
【0014】
本発明の受信電界強度分布推定方法によれば、既存の無線基地局の情報に基づいてその無線基地局の空中線による空間伝搬損失を算出し、無線基地局の能力を把握するための受信電界強度分布を簡単かつ精度よく推定することができる。また、本発明の無線基地局の空中線再設計方法によれば、撤去可能な基地局を見つけたり、LCXケーブルをアンテナに置き換えることができる無線基地局を見つけたりして、無線基地局の空中線を再設計することができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明に係る受信電界強度分布推定方法および無線基地局の空中線再設計方法システムを適用して有効な列車無線システムの構成例を示す概略構成図である。
図2】(A)は列車無線システムにおける無線基地局の位置と受信電波強度の実測値との関係を示すグラフ、(B)は実施形態の受信電界強度分布推定方法により決定した2つの無線基地局の空中線の受信電界強度分布と受信電波強度の実測値を表わしたグラフである。
図3】実施形態の受信電界強度分布推定方法により複数のモデル式により算出した受信電界強度分布の中から最も実測値に合致したものを選択する過程を順番に示したグラフである。
図4】本発明に係る無線基地局の空中線再設計方法を適用するエリアの無線基地局の配置を示す説明図である。
図5】(A)は列車無線システムにおける2つの無線基地局の位置と受信電波強度の実測値と実施形態の受信電界強度分布推定方法により決定した2つの無線基地局の空中線の受信電界強度分布との関係を示すグラフ、(B)は(A)のグラフに中間の無線基地局の空中線の推定受信電界強度分布を追加したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しつつ、本発明に係る受信電界強度分布推定方法および無線基地局の空中線再設計方法の実施形態について説明する。
図1は、本発明方法を適用して有効な無線通信システムとしての列車無線システムの概略構成を示す図である。
【0017】
図1に示すように、列車無線システムは、鉄道の軌道100の沿線に沿って適切な距離をおいて配設された複数の無線基地局10A,10B,10C……(以下、個々を区別しないときは無線基地局10と記す)と、線路上を走行する車両20に搭載された車上無線通信装置21と、所定の路線における列車の運行もしくは所定地域内の複数の路線における列車の運行状況を監視し各列車に指令を与えると運転指令所30等の指令担当が使用する地上側通信装置31などにより構成される。車上無線通信装置21と地上側通信装置31は、無線基地局10を介した無線通信により、列車の乗務員と指令担当とが通話をしたりデータを送受信したりする機能を備える。
【0018】
上記無線基地局10A,10B,10C……には、それぞれ電波を送受信する空中線(アンテナ)11A,11B,11C……(以下、個々を区別しないときは空中線11と記す)と無線送受信機12A,12B,12C……が設けられている。
なお、現行の列車無線システムにおける空中線11は、一般には八木アンテナのようなアレイアンテナであるが、軌道に沿って敷設されるLCXケーブル(漏洩同軸ケーブル)が使用されている区間が混在する場合もある。
【0019】
次に、図1に示す列車無線システムにおいて、無線基地局10を再設計するための2つの手法について具体的に説明する。
第1の手法は、当該路線を走行する電気検測車によって測定した受信電波強度に関するデータを利用して、空中アンテナ(LCXケーブル以外)11を使用している既存の無線基地局10から送信される無線信号の受信電界強度分布(距離対受信電界強度)を推定し、無線基地局10の能力を精度よく把握することによって、撤去可能な無線基地局を見つけるのに利用できるようにするものである。
【0020】
なお、主要な鉄道路線においては、定期的に電気検測車が走行して、軌道設備に関する様々なデータ(列車無線の受信電波強度を含む)を計測して記憶装置に記録しているので、そのような路線については記憶されているデータの中から所望区間の受信電波強度に関するデータを抽出して使用することができる。列車無線の受信電波強度は、路線を走行する営業列車に、専用の電波受信機を搭載して収集するようにしても良い。
【0021】
ところで、検測車によって取得される受信電界強度の実測値は、地形や建造物、植生など軌道沿線に存在する様々な障害物によって、図2(A)に示すように、無線基地局からの距離に応じて激しく変化するため、無線基地局の通信能力を精度よく把握することができない。一方、前述したように、空中線を最初に設計する際にモデル式を用いて空間伝搬損失を算出する手法が知られており、通信環境に応じて様々なモデル式が提案されている。
【0022】
そこで、本実施形態においては、着目する無線基地局から送信される無線信号について複数のモデル式を用いて空間伝搬損失(理論値)を計算し、算出された空間伝搬損失から受信電界強度分布を求め、検測車等に搭載された電波受信機によって測定した電波強度のデータに基づく距離対受信電界強度と比較して最も変化傾向(傾きおよび曲率)が近いもの選択し、選択された受信電界強度分布をグラフ上で移動して、検測車等による実測値と合致させるためのシフト量を求めるようにしたものである。なお、モデル式により算出されるのは空間伝搬損失であるが、空間伝搬損失が分かれば簡単な引き算を行うことによって受信電界強度を算出することができる。
【0023】
一例として、図3(A)に、既存のあるデジタル無線基地局に関して、検測車により測定した実測値(波線A)と、よく知られた自由空間における空間伝搬のモデル式によって算出した空間伝搬損失の曲線B、Egliモデルと呼ばれる空間伝搬のモデル式によって算出した空間伝搬損失の曲線C、奥村・秦モデルと呼ばれる空間伝搬のモデル式によって算出した空間伝搬損失の曲線Dが示されている。
【0024】
なお、上記モデル式による空間伝搬損失は、複数のモデル式の中から1つを選択して、無線局免許状に記載されている、使用周波数やアンテナ高さ、送信電力、送信アンテナ利得などの基地局の諸元情報と、距離、移動局アンテナ高さ、受信アンテナ高さ、受信アンテナ利得などの移動局の諸元情報を入力すると、空間伝搬損失を計算結果として出力する伝搬損失計算ツール(ソフトウェア)があるので、そのようなツールを用いて簡単に計算することができる。
【0025】
図3(A)を検討すると、図3(B)に示すEgliモデルによって算出した空間伝搬損失の曲線Cの変化傾向が最も実測値Aに近いことが分かる。そこで、図3(C)に示すように、曲線Cを移動させて実測値Aに合致させる処理を行い、その曲線を当該無線基地局から送信される無線信号の推定受信電界強度分布とする。
なお、空間伝搬のモデルには、上記3つのモデル以外に、例えば坂上モデル、Walfisch・池上モデル、加地モデル、市坪モデルなどが知られており、それぞれ空間伝搬損失を算出するモデル式があるので、それらのモデル式を使用して算出された空間伝搬損失に基づく受信電界強度分布の曲線の中から変化傾向が最も実測値に近いものを、推定受信電界強度分布として選択するようにしても良い。
【0026】
既存の無線基地局X,Y,Zについて、中間の無線基地局Yを撤去可能か検討したい場合には、無線基地局XとZについて、上記手法によって距離対受信電界強度曲線を算出する。図2(B)に、算出した距離対受信電界強度曲線Ex,Eyの例を示す。
図2(B)において、無線基地局X-Z間のすべての位置にて、無線基地局XまたはZから送信された無線信号の受信電界強度が、許容受信電界強度(最小受信電界強度)EStを超えているか否か判定する。そして、すべての位置にて許容受信電界強度EStを超えていれば無線基地局Yを撤去可能と、またいずれかの位置にて許容受信電界強度EStを下回っていれば無線基地局Yを撤去不能と判断することができる。なお、この手法は、無線基地局Yの空中線が空中アンテナまたはLCXケーブルのいずれの場合にも適用することができる。
【0027】
次に、第2の手法を用いて、図4に示すように、任意の地点からの距離(鉄道路線の場合にはキロ程)x,y,zに設置されている既存の無線基地局X,Y,Zについて、中間の無線基地局Yの空中線がLCXケーブルである場合に、LCXケーブルを空中アンテナ(八木アンテナ)へ置き換えることが可能か判断する場合の手順について説明する。なお、図4においては、軌道100がまっすぐで、無線基地局X,Y,Zが直線上に並んで配置されているように示されているが、軌道100が曲がっていて、無線基地局X,Y,Zが曲線上に並んで配置されている場合であっても良い。
【0028】
第2の手法の場合、先ず、上述した第1の手法により、位置存在する既存の無線基地局XとZについて、複数のモデルを用いて空間伝搬損失を計算して受信電界強度を算出し、実測値に最も近いものを選択して、図5(A)においてEx、Ezで示されているような距離対受信電界強度曲線を決定する。そして、この際のシフト量を補正値a,cとして決定する。なお、補正値a,cは、グラフの曲線を下方へ移動した場合は負の符号を有し、上方へ移動した場合は正の符号を有するものとする。
【0029】
なお、図5(A)のグラフにおける実測値Aの中間部分に、無線基地局YのLCXケーブルから送信された電波の受信電界強度が含まれている場合には、実測値Aのうち無線基地局XとZに近い部位の波形を比較対象としてEx、Ezを決定するのが良い。また、LCXケーブルから送信された電波の受信電界強度は、アンテナと車両との間に障害物がないため、計算あるいは実測によって精度の高い値を取得できるので、実測値AからLCXケーブルの受信電界強度を差し引いたものを無線基地局XとZの正味の受信電界強度として用いるようにしても良い。
【0030】
次に、図5(B)に示すように、無線基地局YのLCXケーブルを空中アンテナに置き換えた場合の備えた距離対受信電界強度曲線Ey1、Ey2を推定するのであるが、このとき、Exを得たモデル式とEzを得たモデル式が異なるのであれば、Ey1には無線基地局Xの距離対受信電界強度曲線Exを決定した際に用いたシフト前のモデル式と同一のモデル式を用い、Ey2には無線基地局Zの距離対受信電界強度曲線Ezを決定した際に用いたシフト前のモデル式と同一のモデル式を用いる。因みに、多くの場合は、Exのモデル式とEzのモデル式と同一となる。
【0031】
続いて、各モデル式の補正値bを、上記補正値a,cを変数とする次式
b={(z-y)a/(z-x)}+{(y-x)c/(z-x)} ……(1)
を用いて算出し、この補正値bによって補正して、無線基地局Yの距離対受信電界強度曲線Ey1、Ey2を求める。具体的には、補正前のEy1、Ey2の曲線の式が、f(y1),f(y2)で表わされる場合、補正後のEy1、Ey2は、f(y1)+b,f(y2)+bとなる。
なお、上述の説明において、上記補正値算出式(1)は、無線基地局X-Z間の距離z-xと無線基地局Y-Z間の距離z-yとの比でaを按分した値(第1項)と、無線基地局X-Z間距離z-xと無線基地局Y-X間距離y-xとの比でcを按分した値(第2項)との和をとることで、補正値bを得ることを意味している。
【0032】
上記のようにして無線基地局Yの距離対受信電界強度曲線Ey1、Ey2が得られたなら、無線基地局X-Z間のすべての位置で、受信電界強度が所定の許容受信電界強度EStを下回っていないか判定し、下回っていなければ無線基地局YのLCXケーブルを空中アンテナに置き換えることができると判断し、下回っていれば無線基地局YのLCXケーブルを空中アンテナに置き換えることができないと判断する。
【0033】
上述したように、第2の手法によれば、既存の無線基地局X,Y,Zについて、中間の無線基地局Yの空中線がLCXケーブルである場合に、LCXケーブルを空中アンテナへ置き換えることが可能か判断することができる。また、無線基地局Yの空中線を撤去することはできないが、LCXケーブルを空中アンテナへ置き換えることは可能であると判断することもできる。
【0034】
以上本発明者によってなされた発明を実施形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施形態に限定されるものではない。例えば、前記実施形態においては、デジタル列車無線における無線基地局の空中線の検討を想定して説明したが、本発明は、列車無線に限定されるものでなく、例えば軌道回路で検知した列車の接近情報を地上作業員が持つ受信機に伝送し鳴動させる列車接近警報用の無線通信システムにおける基地局の高出力化の検討にも適用することができる。
【0035】
さらに、前記実施形態では、本発明を鉄道路線用の無線通信システムに適用したものを説明したが、本発明は鉄道路線の無線通信システムに限定されず、高速道路や専用バス路線など特に無線基地局が線に沿って配置されている無線通信システムに適用することができる。
【符号の説明】
【0036】
10 無線基地局
20 車両
21 車上無線通信装置
30 運転指令所
31 地上側通信装置
図1
図2
図3
図4
図5