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特許7606071溶接継手の製造方法及び開先充填用のフラックス入りカットワイヤ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-17
(45)【発行日】2024-12-25
(54)【発明の名称】溶接継手の製造方法及び開先充填用のフラックス入りカットワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/368 20060101AFI20241218BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20241218BHJP
   B23K 9/18 20060101ALI20241218BHJP
【FI】
B23K35/368 A
B23K35/30 320A
B23K35/30 A
B23K9/18 G
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020170016
(22)【出願日】2020-10-07
(65)【公開番号】P2022061826
(43)【公開日】2022-04-19
【審査請求日】2023-06-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100132230
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 一也
(74)【代理人】
【氏名又は名称】成瀬 勝夫
(74)【代理人】
【識別番号】100198269
【弁理士】
【氏名又は名称】久本 秀治
(74)【代理人】
【識別番号】100088203
【弁理士】
【氏名又は名称】佐野 英一
(74)【代理人】
【識別番号】100100192
【弁理士】
【氏名又は名称】原 克己
(72)【発明者】
【氏名】松尾 孟
(72)【発明者】
【氏名】加茂 孝浩
【審査官】山本 佳
(56)【参考文献】
【文献】特公昭49-016023(JP,B1)
【文献】特開2019-025525(JP,A)
【文献】特開2020-116597(JP,A)
【文献】特開平11-267883(JP,A)
【文献】特開2016-022502(JP,A)
【文献】特開2004-098109(JP,A)
【文献】特開2015-033703(JP,A)
【文献】特開2008-264812(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/36 - 35/362
B23K 35/365 - 35/38
C22C 38/00 - 38/60
B23K 9/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材間に設けた開先カットワイヤを充填して溶接する溶接継手の製造方法であって、
鋼製外皮とこの鋼製外皮の内部に充填されたフラックスとを有するフラックス入りカットワイヤを前記開先内の初層若しくは最終層であるか又は、前記開先内若しくは前記開先外の溶接ビード止端部であるか、これらの少なくともいずれかに充填して溶接する方法であり、
前記フラックスが、C、Mn、V、Cr、Ni、Cu、及びMoからなる群から選ばれる1種又は2種以上のMs点低温化元素を金属及び/又は合金として含むと共に、前記Niの含有量が前記フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合で50質量%未満であり、
下記の式1で算出されるマルテンサイト変態温度(Ms点)が450℃以下であることを特徴とする溶接継手の製造方法。
Ms=613-406×[C]-64×[Mn]-32×[V]-18×[Cr]-15×[Ni]-9×[Cu]-5×[Mo]…式1
〔但し、式1中の角括弧で囲まれた元素記号は、前記フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合(質量%)で表される含有量である。〕
【請求項2】
前記フラックス入りカットワイヤは、該フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合で、
前記Ms点低温化元素の合計含有量が0.10%以上であって、Si、Nb、Al、B、及びBiからなる化学成分の含有量がSi:2.00%以下、Nb:0.50%、Al:1.70%以下、B:0.020%以下、及びBi:0.030%以下であって、かつ、Ca、Mg、Ti、Zr、及びREMからなる群から選ばれた強脱酸元素の含有量が合計で5.00%以下であり、また、
P及びSからなる不純物元素の含有量がP:0.030%以下及びS:0.020%以下であることを特徴とする請求項1に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項3】
前記フラックス入りカットワイヤを開先内の初層に充填した後、ソリッドワイヤをカットしたソリッドカットワイヤを充填して溶接することを特徴とする請求項1又は2に記載の溶接継手の製造方法。
【請求項4】
前記溶接がサブマージアーク溶接又はガスシールドアーク溶接であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の溶接継手の製造方法。
【請求項5】
母材間に設けた開先充填して溶接継手を製造する開先充填用のカットワイヤであって、
鋼製外皮とこの鋼製外皮の内部に充填されたフラックスとを有したフラックス入りカットワイヤであり
前記フラックスが、C、Mn、V、Cr、Ni、Cu、及びMoからなる群から選ばれる1種又は2種以上のMs点低温化元素を金属及び/又は合金として含むと共に、前記Niの含有量が前記フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合で50質量%未満であり、
下記の式1で算出されるマルテンサイト変態温度(Ms点)が450℃以下であることを特徴とする開先充填用のフラックス入りカットワイヤ。
Ms=613-406×[C]-64×[Mn]-32×[V]-18×[Cr]-15×[Ni]-9×[Cu]-5×[Mo]…式1
〔但し、式1中の角括弧で囲まれた元素記号は、前記フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合(質量%)で表される含有量である。〕
【請求項6】
前記フラックス入りカットワイヤは、該フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合で、
前記Ms点低温化元素の合計含有量が0.10%以上であって、Si、Nb、Al、B、及びBiからなる化学成分の含有量がSi:2.00%以下、Nb:0.50%、Al:1.70%以下、B:0.020%以下、及びBi:0.030%以下であって、かつ、Ca、Mg、Ti、Zr、及びREMからなる群から選ばれた強脱酸元素の含有量が合計で5.00%以下であり、また、
P及びSからなる不純物元素の含有量がP:0.030%以下及びS:0.020%以下であることを特徴とする請求項5に記載の開先充填用のフラックス入りカットワイヤ。
【請求項7】
母材間に設けた開先内の初層若しくは最終層であるか又は、前記開先内若しくは前記開先外の溶接ビード止端部であるか、これらの少なくともいずれかに充填して用いられることを特徴とする請求項5又は6に記載の開先充填用のフラックス入りカットワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、母材間に設けた開先カットワイヤを充填して溶接する溶接継手の製造方法、及び、これに用いられる開先充填用のフラックス入りカットワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、構造物材料の安全性に対する要求がますます厳しくなっている。その要求には、例えば機械的特性(引張強さ、及び靱性)並びに耐疲労特性がある。耐疲労特性とは、繰り返し応力に対する耐破壊特性のことであり、疲労強度によって評価される。疲労強度とは、材料に繰り返し応力を加えた場合に、応力を無限回数負荷しても破壊しない応力振幅の上限のことであり、疲労試験によって求められる。耐疲労特性が高い材料は、激しい振動に定期的に晒される構造物に適する。
【0003】
一般的に、構造物の溶接部(溶接中に溶融凝固した金属である溶接金属と、溶接熱で組織、治金的性質、及び機械的性質等に変化が生じたが溶融凝固していない母材の部分である熱影響部とを含んだ部分の総称)の耐疲労特性は、母材と比較して低い傾向にあり、従って溶接部は疲労破壊の起点となり易い。溶接部の耐疲労特性を高めるために、特許文献1及び2に開示されるような技術が提案されてきた。
【0004】
特許文献1には、フラックス入りワイヤにNiを添加すると共にフラックスからのN及びCの積極添加を行い、低酸素MAG又はMIG溶接法を採用することにより、溶接金属の相変態温度(Ms点)を低下させ、疲労強度に優れた溶接部を得ることを目的とした高Niフラックス入りワイヤが開示されている(請求項1及び段落0022等参照)。この溶接ワイヤを用いた溶接では、溶接金属を低温域でマルテンサイト変態させ、この変態時の体積膨張を利用して溶接部に圧縮残留応力を発生させ、溶接部の引張残留応力を低減するか、あるいは、溶接部に圧縮残留応力を付与することにより、溶接部の疲労強度を改善している。
【0005】
特許文献2には、高Niフラックス入りワイヤにCaFを添加することにより溶接金属中の酸素を下げ、これにより、溶接部の疲労強度と溶接金属の靭性とを改善するフラックス入りワイヤが開示されている(請求項1及び段落0005等参照)。
【0006】
しかしながら、前記の先行技術の溶接材料を疲労き裂が発生する箇所(例えば、溶接ビード止端部)に限定して使用する際は、溶接ワイヤを切り替える手間が発生し、施工効率が悪くなるという問題がある。
【0007】
以上述べられた理由により、産業界では、高効率に耐疲労特性に優れた溶接継手の製造方法並びに溶接材料の開発が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2007-296535号公報
【文献】特開2014-050882号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本発明者らは、溶接部の疲労強度を効率的に改善することができる方法について鋭意検討した結果、所定の元素を含んだフラックス入りのカットワイヤを開先充填して溶接することで、上記の課題を解決することができることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
従って、本発明の目的は、効率的に溶接部の疲労強度を改善することができる溶接継手の製造方法を提供することにある。
また、本発明の別の目的は、このような溶接継手の製造方法に用いられるフラックス入りカットワイヤを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1) 母材間に設けた開先カットワイヤを充填して溶接する溶接継手の製造方法であって、
鋼製外皮とこの鋼製外皮の内部に充填されたフラックスとを有するフラックス入りカットワイヤを前記開先内の初層若しくは最終層であるか、又は、前記開先内若しくは前記開先外の溶接ビード止端部であるか、これらの少なくともいずれかに充填して溶接する方法であり、
前記フラックスが、C、Mn、V、Cr、Ni、Cu、及びMoからなる群から選ばれる1種又は2種以上のMs点低温化元素を金属及び/又は合金として含むと共に、前記Niの含有量が前記フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合で50質量%未満であり、
下記の式1で算出されるマルテンサイト変態温度(Ms点)が450℃以下であることを特徴とする溶接継手の製造方法。
Ms=613-406×[C]-64×[Mn]-32×[V]-18×[Cr]-15×[Ni]-9×[Cu]-5×[Mo]…式1
〔但し、式1中の角括弧で囲まれた元素記号は、前記フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合(質量%)で表される含有量である。〕
(2) 前記フラックス入りカットワイヤは、該フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合で、
前記Ms点低温化元素の合計含有量が0.10%以上であって、Si、Nb、Al、B、及びBiからなる化学成分の含有量がSi:2.00%以下、Nb:0.50%、Al:1.70%以下、B:0.020%以下、及びBi:0.030%以下であって、かつ、Ca、Mg、Ti、Zr、及びREMからなる群から選ばれた強脱酸元素の含有量が合計で5.00%以下であり、また、
P及びSからなる不純物元素の含有量がP:0.030%以下及びS:0.020%以下であることを特徴とする前記(1)に記載の溶接継手の製造方法。
(3) 前記フラックス入りカットワイヤを開先内の初層に充填した後、ソリッドワイヤをカットしたソリッドカットワイヤを充填して溶接することを特徴とする前記(1)又は(2)に記載の溶接継手の製造方法。
(4) 前記溶接がサブマージアーク溶接又はガスシールドアーク溶接であることを特徴とする前記(1)~(3)のいずれかに記載の溶接継手の製造方法。
【0012】
(5) 母材間に設けた開先充填して溶接継手を製造する開先充填用のカットワイヤであって、
鋼製外皮とこの鋼製外皮の内部に充填されたフラックスとを有したフラックス入りカットワイヤであり
前記フラックスが、C、Mn、V、Cr、Ni、Cu、及びMoからなる群から選ばれる1種又は2種以上のMs点低温化元素を金属及び/又は合金として含むと共に、前記Niの含有量が前記フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合で50質量%未満であり、
下記の式1で算出されるマルテンサイト変態温度(Ms点)が450℃以下であることを特徴とする開先充填用のフラックス入りカットワイヤ。
Ms=613-406×[C]-64×[Mn]-32×[V]-18×[Cr]-15×[Ni]-9×[Cu]-5×[Mo]…式1
〔但し、式1中の角括弧で囲まれた元素記号は、前記フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合(質量%)で表される含有量である。〕
(6) 前記フラックス入りカットワイヤは、該フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合で、
前記Ms点低温化元素の合計含有量が0.10%以上であって、Si、Nb、Al、B、及びBiからなる化学成分の含有量がSi:2.00%以下、Nb:0.50%、Al:1.70%以下、B:0.020%以下、及びBi:0.030%以下であって、かつ、Ca、Mg、Ti、Zr、及びREMからなる群から選ばれた強脱酸元素の含有量が合計で5.00%以下であり、また、
P及びSからなる不純物元素の含有量がP:0.030%以下及びS:0.020%以下であることを特徴とする前記(5)に記載の開先充填用のフラックス入りカットワイヤ。
(7) 母材間に設けた開先内の初層若しくは最終層であるか又は、前記開先内若しくは前記開先外の溶接ビード止端部であるか、これらの少なくともいずれかに充填して用いられることを特徴とする前記(5)又は(6)に記載の開先充填用のフラックス入りカットワイヤ。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、効率的に、また、簡便に耐疲労特性に優れた溶接継手を製造することができる。
また、本発明によれば、効率的に溶接部の疲労強度を改善することができる開先充填用のフラックス入りカットワイヤを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1は、本発明におけるフラックス入りカットワイヤ溶接工程の一例(初層にのみ適用の場合)を示す説明図である。
図2図2は、本発明におけるフラックス入りカットワイヤ溶接工程の他の一例(最終層にのみ適用の場合)を示す説明図である。
図3図3は、本発明におけるフラックス入りカットワイヤ溶接工程の更に他の一例(1パスに適用の場合)を示す説明図である。
図4図4は、本発明におけるフラックス入りカットワイヤ溶接工程の更に別の一例(溶接ビード止端部の付加ビードに適用の場合)を示す説明図である。
図5図5は、実施例において、耐疲労性の評価に使用した開先形状とフラックス入りカットワイヤを開先内に充填する様子を示す説明図である。
図6図6は、実施例において、耐疲労性の評価のために作製された試験体を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、鋼製外皮とこの鋼製外皮の内部に充填されるフラックスとを有したフラックス入りカットワイヤを用いるものであり、母材間に設けた開先少なくとも一部にこのフラックス入りカットワイヤを充填して溶接するフラックス入りカットワイヤ溶接工程を備えるようにして、溶接継手を製造する。
以下、本発明に係るフラックス入りカットワイヤについて説明すると共に、これを用いた溶接継手の製造方法について説明する。
【0016】
〔フラックス入りカットワイヤ〕
先ず、フラックス入りカットワイヤについて、フラックスとしては、C、Mn、V、Cr、Ni、Cu、及びMoからなる群から選ばれた1種又は2種以上のMs点低温化元素を金属及び/又は合金として含むものを用いる。これらのMs点低温化元素は、溶接金属のMs点を低温化させて、溶接部の耐疲労特性を顕著に向上させる働きを持つ。これは、溶接金属を低温域でマルテンサイト変態させ、このマルテンサイト変態時の体積膨張を利用して溶接部に圧縮残留応力を発生させ、これによって溶接部の引張残留応力を低減させるか、あるいは、溶接部に圧縮残留応力を付与することにより、溶接部の疲労強度を改善するものである。ここで、Ms点は下記の式1により算出される。
Ms=613-406×[C]-64×[Mn]-32×[V]-18×[Cr]-15×[Ni]-9×[Cu]-5×[Mo]…式1
〔但し、式1中の角括弧で囲まれた元素記号は、前記フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合(質量%)で表される含有量である。〕
【0017】
上述したように、上記のMs点低温化元素(C、Mn、V、Cr、Ni、Cu、及びMo)は、溶接金属中のMs点を低温化させるものであることから、フラックス入りカットワイヤの全質量に対する前記Ms点低温化元素の合計含有量については、これをMs点で規定することができる。そして、本発明のフラックス入りカットワイヤの場合には、その全質量から算出されるMs点が450℃以下であるのがよく、好ましくは400℃以下であるのがよく、より好ましくは300℃以下であるのがよく、更に好ましくは250℃以下であるのがよい。つまり、フラックス中に含まれるMs点低温化元素の質量割合がMs点450℃以下となる限り、各Ms点低温化元素の含有量の下限値は特に制限されるものではない。なお、上記の式1で算出されるMs点に関して、Niは高温割れを助長し、かつ、合金コストが高いため、その上限は50%未満であるのがよく、また、その他のMs点低温化元素のC、Mn、V、Cr、Cu、及びMoの添加量については、Ms点が450℃以下であればよく、その上限は規定されない。
【0018】
また、本発明におけるフラックス入りカットワイヤは、Ms点低温化元素以外に、例えば、溶接金属の化学成分や炭素当量(Ceq)等を制御するための合金成分(以下、これらの化学成分や合金成分を単に「化学成分」という。)、更には強脱酸元素を含むようにしてもよい。ここで、化学成分については、合金成分であって溶接の際に鋼製外皮と同様に溶融するので、例えば、金属粉や合金粉の形態でフラックスに含めるようにしてもよく、鋼製外皮の形態で含まれるようにしてもよく、鋼製外皮の外表面にめっきとして含まれるようにしてもよく、いずれも同様の効果を奏する。なお、Ms点低温化元素以外のこれらの化学成分は、カットワイヤではないフラックス入りワイヤの場合のように、アーク安定性や全姿勢溶接性が求められないことから、酸化物や炭酸塩の状態である必要がなく、上記のような金属粉や合金粉の形態で含有させることができる。また、強脱酸元素については、例えば、Ca、Mg、Ti、Zr、及びREM〔希土類金属(Rare Earth Metals)〕のいずれか1種又は2種以上を酸化物及び/又は合金としてフラックス入りカットワイヤ中に添加するのがよく、好ましくは合金鉄や酸化物として含有させるのがよい。酸化物及び/又は合金として用いることにより、酸化物は球状になっており、また、合金は変形し易いので、フラックス入りカットワイヤの製造時の、特にワイヤを伸線する際に破断し難くなる。ここでREMとは、原子番号57~71の15元素、並びにSc及びYの2元素の合計17元素をさし、そのうちの任意の1種類、あるいは2種類以上の混合物を用いることができる。REMの含有量は前記17元素の合計含有量である。
【0019】
具体的には、本発明のフラックス入りカットワイヤは、フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合で、Ms点低温化元素であるC、Mn、V、Cr、Ni、Cu、及びMoからなる群から選ばれたいずれか1種又は2種以上を金属及び/又は合金として合計で0.10%以上の割合で含むと共に、前記Niの含有量が前記フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合で50%未満であり、また、任意成分としてSi、Nb、Al、B、及びBiからなる群から選ばれた1種又は2種以上の化学成分、及びCa、Mg、Ti、Zr、及びREMからなる群から選ばれた1種又は2種以上の強脱酸元素を含み、かつ、前記各化学成分の含有量がそれぞれSi:2.00%以下、Nb:0.50%以下、Al:1.70%以下、B:0.020%以下、及びBi:0.030%以下であって、前記強脱酸元素の含有量が合計で5.00%以下であり、そして、P及びSからなる不純物元素をそれぞれP:0.030%以下及びS:0.020%以下で含む。
なお、本発明においては、上述したMs点低温化元素を含むことにより、上記の任意成分としての化学成分及び強脱酸元素を含むことなく、疲労特性の改善を図ることができるため、これら任意の化学成分及び強脱酸元素のそれぞれの含有量の下限値は0%である。
【0020】
以下に、上記の任意成分としての化学成分及び強脱酸元素について説明する。
任意成分としての化学成分において、「Si:2.00%以下」について、Siは、脱酸元素であり、溶接金属の酸素量を低減して溶接金属の清浄度を高める働きを有する。フラックス入りカットワイヤにおけるSi含有量が2.00%を超える場合、Siが溶接金属の靱性を劣化させる。溶接金属の靭性を安定して確保するために、このSi含有量の上限は1.90%、1.80%、1.70%、又は1.50%としてもよい。一方、Si含有量の下限は0%であるが、必要に応じて、Si含有量の下限を0.01%、0.02%、0.03%、又は0.04%としてもよい。
【0021】
「Nb:0.50%以下」について、Nbは必須成分ではないので、フラックス入りカットワイヤにおけるNb含有量の下限値は0%である。一方、Nbは、溶接金属において微細炭化物を形成し、この微細炭化物が溶接金属中で析出強化を生じさせるので、Nbは溶接金属の引張強さを向上させる。その効果を十分に得るためには、Nb含有量を0.005%以上とすることが好ましい。しかしながら、このNb含有量が0.50%を超えることは、Nbが溶接金属中で粗大な析出物を形成して溶接金属の靭性を劣化させるので、好ましくない。Nb含有量の上限値は、好ましくは0.40%、0.30%、0.20%、又は0.10%である。
【0022】
「Al:1.70%以下」について、Alは脱酸元素であり、Siと同様に、溶接金属中の酸素量を低減させ、溶接金属の清浄度向上効果を有する。フラックス入りカットワイヤにおけるAl含有量が1.70%を超える場合、Alが窒化物及び酸化物等を形成して、溶接金属の靱性を減少させる。そのため、フラックス入りカットワイヤにおけるAl含有量の上限を1.70%とする。この上限値は、好ましくは1.60%、1.50%、1.40%、又は1.30%である。Al含有量の下限値は、好ましくは0.005%、0.010%、0.050%、0.100%、0.150%又は0.200%である。
【0023】
「B:0.020%以下」について、Bは必須成分ではないので、フラックス入りカットワイヤにおけるB含有量の下限値は0%である。一方、Bは、溶接金属において固溶Nと結びついてBNを形成するので、固溶Nが溶接金属の靭性に及ぼす悪影響を減じる効果を有する。また、Bは溶接金属の焼入性を高めるので溶接金属の強度を向上させる効果も有する。そのため、フラックス入りカットワイヤが0.0005%以上のBを含有してもよい。しかしながら、このB含有量が0.020%超になると、溶接金属中のBが過剰となり、粗大なBN及びFe23(C、B)等のB化合物を形成して溶接金属の靭性を劣化させるので、好ましくない。B含有量の上限値は、好ましくは0.015%、0.010%、0.005%、0.003%、又は0.001%である。
【0024】
「Bi:0.020%以下」について、Biは必須成分ではないので、フラックス入りカットワイヤにおけるBi含有量の下限値は0%である。一方、Biは、スラグの剥離性を改善する元素である。その効果を十分に得るために、Bi含有量を0.005%以上、0.010%以上又は0.012%以上とすることが好ましい。一方で、Bi含有量が0.020%を超える場合、溶接金属に凝固割れが発生しやすくなるので、Bi含有量の上限値は0.020%である。このBi含有量の上限値は、好ましくは0.015%、0.010%、又は0.005%である。
【0025】
また、上記の任意成分である強脱酸元素として含まれるCa、Mg、Ti、Zr、及びREMについては、合計での含有量が5.00%以下であり、各強脱酸元素のそれぞれの含有量はいずれも2.00%以下であることが好ましい。これらの強脱酸元素(Ca、Mg、Ti、Zr、及びREM)は必須成分ではないので、フラックス入りカットワイヤにおけるこれらの元素の含有量の下限値は0%である。一方、これらの強脱酸元素は、耐高温割れ性を改善する元素である。その効果を十分に得るために、これら強脱酸元素の合計含有量を0.005%以上、0.010%以上又は0.012%以上とすることが好ましい。一方で、これら強脱酸元素の合計含有量が5.00%を超えると、溶接金属中の酸化物が凝集し、靭性劣化し易くなるので、その上限値は4.90%である。この上限値は、好ましくは4.80%、より好ましくは4.70%であり、更には4.6%、4.5%、4.0%である。
【0026】
また、前記不純物元素として存在する「P:0.030%以下」におけるPは、溶接金属の靱性を低下させるので、フラックス入りカットワイヤ中のP含有量は極力低減させる必要がある。そのため、P含有量の下限値は0%である。また、このP含有量が0.030%以下であれば、Pの靱性への悪影響が許容できる範囲内となる。溶接金属の凝固割れを防止するために、より好適には、このP含有量は0.020%以下、0.015%以下、又は0.010%以下である。
【0027】
前記不純物元素として存在する「S:0.020%以下」におけるSは、溶接金属中に過大に存在すると、溶接金属の靱性と延性を共に劣化させるので、フラックス入りカットワイヤにおけるS含有量は極力低減させるのが望ましい。そのため、このS含有量の下限値は0%である。また、S含有量が0.020%以下であれば、溶接金属の靱性及び延性にSが及ぼす悪影響が許容できる範囲内となる。より好適には、0.010%以下、0.008%以下、0.006%以下、又は0.005%以下である。
【0028】
本発明におけるフラックス入りカットワイヤは、上述したような化学成分及び強脱酸元素を含んでもよく、また、含まなくてもよいが、これらの化学成分及び強脱酸元素とMs点低温化元素及び不純物元素のほかは、Fe及び不純物である。このうち、Feとしては、鋼製外皮に加えて、鉄粉を含むようにしてもよい。すなわち、フラックス入りカットワイヤにおけるフラックスの充填率の調整のために、或いは、溶着効率の向上のために、必要に応じてフラックス中に鉄粉を含有させるようにしてもよい。この鉄粉の含有量は特に制限されないが、鉄粉の表層に付着した酸素が溶接金属の酸素量を増加させて、靭性を低下させることも考えられることから、最大でも、フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合で90.0%未満、望ましくは80.0%未満にするのがよい。鉄粉の含有量の上限値については8.0%、6.0%、4.0%、2.0%、又は1.0%に制限してもよい。勿論、本発明に係るフラックス入りカットワイヤにおいて鉄粉は必須ではないので、鉄粉の含有量の下限値は0%である。
【0029】
また、不純物については、フラックス入りカットワイヤを工業的に製造する際に、原料に由来して、又は、製造工程の種々の要因によって混入する成分である。これらは、本発明に係るフラックス入りカットワイヤに悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0030】
本発明におけるフラックス入りカットワイヤにおいては、上述されたMs点低温化元素、化学成分、強脱酸元素、及び不純物元素以外の他の金属元素の弗化物、酸化物、炭酸塩等も、その特性を損なわない範囲で含有してもよい。この場合、前記他の金属元素の弗化物、酸化物、及び炭酸塩は、上記のMs点低温化元素、化学成分、強脱酸元素、及び不純物元素、並びにFe及び不純物の含有量には含まれないものとする。但し、これら他の金属元素の弗化物、酸化物、炭酸塩については、それを含有する場合を排除するものではないことを表すものである。すなわち、本発明におけるフラックス入りカットワイヤは、前述のMs点低温化元素を所定の割合で含むと共に、前述の化学成分、強脱酸元素、及び不純物元素の含有量がそれぞれ所定の範囲であり、残部がFe及び不純物、又は、Fe、不純物、及びこれら他の金属元素の弗化物、酸化物、炭酸塩からなる化学組成を有するものである。好ましくは、前述のMs点低温化元素を所定の割合で含むと共に、前述の化学成分、強脱酸元素、及び不純物元素の含有量がそれぞれ所定の範囲であり、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する。
【0031】
更に、上述した事項が満たされる限り、本発明に係るフラックス入りカットワイヤの鋼製外皮については、特に制限されないが、例えば、鋼製外皮が軟鋼外皮からなる場合、その外皮の化学組成は、例えば、質量割合で、C:0.1%以下、Si:0.10%以下、Mn:3.00%以下、P:0.030%以下、S:0.020%以下、Al:0.1%以下、及びN:0.030%以下であり、残部が鉄及び不純物であるものを挙げることができる。
【0032】
本発明におけるフラックス入りカットワイヤは、鋼製外皮の内部にフラックスが充填されたワイヤ形状の状態で、所定の長さに細かく裁断することで得ることができる。カットされたフラックス入りカットワイヤの形状について特に制限はなく、細径鋼素線を所定の長さに細かく裁断して、断面が円形をなした一般的なカットワイヤと同程度にすることができるが、フラックスが充填されることなどを考慮すると、その直径としてはφ1.0~φ3.0mmであるのがよい。ちなみに、従来のカットワイヤの直径はφ1.0~φ2.0mm程度である。一方で、フラックス入りカットワイヤの長さは0.5~3.5mmであるのがよい。一般的なカットワイヤでは、その長さはワイヤ径の0.5~2.0倍相当である。
【0033】
また、フラックスの充填率については、上述した条件が満たされる限り、特に制限されない。例えば、フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合で、フラックスの充填率の下限値を10%、又は12%としてもよい。また、フラックスの充填率の上限値を80%、又は90%としてもよい。
【0034】
ここで、溶接金属の拡散性水素量を低減するために、好ましくは、フラックス入りカットワイヤに含まれる水素量が、フラックス入りカットワイヤの全質量に対して12ppm以下であるのがよい。この水素量は、フラックス入りカットワイヤの製造時に侵入するほか、フラックス入りカットワイヤの保管の間に水分が侵入することにより増大するおそれがあることから、カットワイヤ製造後から使用までの期間が長い場合には、水分の浸入を防止しながら保管することが望ましい。
【0035】
本発明におけるフラックス入りカットワイヤを製造するにあたり、その手順等は特に制限されないが、裁断する前のフラックスが充填されたワイヤを製造する方法として、以下のような例を示すことができる。
先ず、鋼製外皮の継目が溶接されてスリット状の隙間がないシームレス形状のフラックス入りカットワイヤの製造方法としては、弗化物や化学成分等が所定の範囲内になるようにフラックスを調製する工程のほか、鋼帯を長手方向に送りながら、成形ロールを用いて成形してU字型のオープン管を得る工程と、オープン管の開口部を通じてオープン管内にフラックスを供給する工程と、オープン管の開口部の相対するエッジ部を突合せ溶接してシームレス管を得る工程と、シームレス管を伸線して所定の線径を有するフラックス入りのワイヤを得る工程と、伸線する工程の途中、又は完了後にフラックス入りのワイヤを焼鈍する工程とを備える。その後、ワイヤを所定の長さに裁断することで、フラックス入りカットワイヤを得ることができる。
【0036】
ここで、突合せ溶接は、電縫溶接、レーザ溶接、又はTIG溶接等により行われる。また、伸線工程の途中又は伸線工程の完了後に、ワイヤ中の水分を除去するために焼鈍を行う。好ましくは、ワイヤに含まれるH含有量を12ppm以下とするために、焼鈍温度は650℃以上とし、焼鈍時間は4時間以上とするのがよい。但し、フラックスの変質を防ぐために、焼鈍温度は900℃以下とする。なお、突合せ溶接のかわりに、鋼製外皮の隙間をろう付けしても、スリット状の隙間がないワイヤを得ることができる。
【0037】
また、鋼製外皮の継目を溶接せずに、スリット状の隙間を有したままのフラックス入りカットワイヤを得るようにしてもよい。その場合には、オープン管の端部を突き合わせ溶接してシームレス管を得る工程のかわりに、オープン管を成形して、オープン管の端部を突き合わせてスリット状の隙間有りの管を得る工程を有する点以外は、シームレス形状を有するワイヤの製造方法と同様である。スリット状の隙間を有するワイヤの製造方法は、突き合わせられたオープン管の端部をかしめる工程を更に備えてもよい。スリット状の隙間を有するワイヤの製造方法では、スリット状の隙間を有した状態で管を伸線する。
【0038】
本発明に係るフラックス入りカットワイヤは、上述したように、鋼製外皮の継目が溶接されてスリット状の隙間がないシームレス形状のワイヤを裁断したものであってもよく、鋼製外皮の継目が溶接されずに、スリット状の隙間を有したワイヤを裁断したものであってもよいが、好ましくは、鋼製外皮にスリット状の隙間がないワイヤをカットしたフラックス入りカットワイヤであるのがよい。溶接時に溶接部に侵入するH(水素)は、溶接金属及び被溶接材中に拡散し、応力集中部に集積して低温割れの発生原因となる。Hの供給源は様々であるが、溶接部の清浄度や溶接条件が厳密に管理された状態であれば、フラックス入りカットワイヤ中に含まれる水分(H2O)がHの供給源となり得て、この水分の量が溶接継手の拡散性水素量に影響する場合がある。そのため、スリット状の隙間がないシームレス形状のワイヤを裁断したものが望ましいが、スリット状の隙間を有したワイヤを裁断したものである場合には、例えば、真空包装して保管したり、乾燥した状態を保持できる容器内でフラックス入りカットワイヤを保管するようにすればよい。
【0039】
また、本発明におけるフラックス入りカットワイヤは、その表面に油(潤滑剤)が塗布されたものであってもよい。充填材表面に塗布された潤滑剤は、保管時の錆発生を抑える効果がある。このような潤滑剤としては、様々な種類のもの(例えばパーム油等の植物油)を使用できるが、溶接金属の低温割れを抑制するためには、H(水素)を含有しないパーフルオロポリエーテル油(PFPE油)を使用するのが好ましい。なお、フラックス入りカットワイヤが、その表面にめっきを備えたものである場合には、潤滑剤はめっきの表面に塗布される。
【0040】
〔溶接継手の製造方法〕
次に、上述したフラックス入りカットワイヤを用いて溶接継手を製造するにあたり、本発明では、母材間に設けた開先少なくとも一部にフラックス入りカットワイヤを充填して溶接するフラックス入りカットワイヤ溶接工程を備えるようにする。つまり、溶接継手を製造するにあたり、1パスから最終パスのいずれか1つ以上において、本発明に係るフラックス入りカットワイヤを母材の開先充填して溶接する。溶接が1パスのみである場合、その1パスにおいて本発明のフラックス入りカットワイヤを用いるようにする。
【0041】
なかでも、このフラックス入りカットワイヤ溶接工程については、開先内の初層、最終層、及び溶接ビード止端部の少なくともいずれかに本発明に係るフラックス入りカットワイヤを充填して、溶接を行うのが好ましい。溶接ビード止端部に適用する場合は付加ビードしてもよい。すなわち、疲労き裂の発生確率が高い溶接ビードと母材の境界の溶接部にフラックス入りカットワイヤを充填することで、溶接部の耐疲労特性を改善することができる。
【0042】
図1及び図2には、それぞれ本発明におけるフラックス入りカットワイヤ溶接工程の一例が示されている。
このうち、図1は、母材1と母材2との間に設けられた開先3内の一部にフラックス入りカットワイヤ4を充填して溶接を行う例であり、図1の(a)~(c)においては初層のみに本発明のフラックス入りカットワイヤ4を用いる場合が示されており、また、図1の(a)~(c)においては初層のみに本発明のフラックス入りカットワイヤ4を用いる場合が示されている。
【0043】
先ず、図1(a)に示されるように、母材1、2の裏面に裏当材5を取り付けた上で、開先3内の初層に本発明に係るフラックス入りカットワイヤ4を充填する。次いで、図1(b)に示したように、充填したフラックス入りカットワイヤ4の略中心部上に溶接用ワイヤ6を配置し、アークを発生させて溶接を行って溶接金属7とする。その後、図1(c)及び(d)に示したように、初層に形成された溶接金属7の上に、フラックス入りカットワイヤ4を充填することなく、溶接用ワイヤ6を配置して溶接を行って溶接金属8を形成し、引き続き最終層までこの操作を順次繰り返して溶接を終了する。
【0044】
次に、図2(a)~図2(c)は本発明のフラックス入りカットワイヤ4を最終層にのみ充填して溶接する多層盛りの溶接からなる場合であって、図2(a)に示すように、母材1、2の裏面に裏当材5を取り付けた後に、溶接用ワイヤ6を配置して溶接を行って、フラックス入りカットワイヤ4を充填することなく溶接金属8を形成し、次いで図2(b)に示すように、引き続き同じ操作を必要な回数だけ繰り返して溶接金属8を形成した後に、図2(c)に示すように、開先3内の最終層に本発明に係るフラックス入りカットワイヤ4を充填し、この充填したフラックス入りカットワイヤ4の略中心部上に溶接用ワイヤ6を配置し、アークを発生させて溶接を行い、最終層としての溶接金属7を形成する。
【0045】
また、図3に示したように、本発明に係るフラックス入りカットワイヤ溶接工程は、開先内にフラックス入りカットワイヤを充填して1パスで溶接するフラックス入りカットワイヤ充填1パス溶接からなるようにしてもよい。
すなわち、図3(a)に示したように、母材1、2の裏面に裏当材5を取り付けた上で、この図3の例では、開先3内のほぼ全て、例えば、開先内高さの80%程度を充填するように、本発明に係るフラックス入りカットワイヤ4を散布する。次いで、図3(b)のように、充填したフラックス入りカットワイヤ4の略中心部上に溶接用ワイヤ6を配置し、アークを発生させて溶接することで、図3(c)に示したように、フラックス入りカットワイヤ4を含んだ溶接金属7によって溶接継手を製造する。
この図3に示したフラックス入りカットワイヤ溶接工程の例では、開先内のほぼ全てに本発明に係るフラックス入りカットワイヤが用いられる。
【0046】
更に、図4に示したように、本発明に係るフラックス入りカットワイヤ溶接工程は、本溶接を終了した後に、溶接ビードの止端部に付加ビードを行う際の溶接に適用してもよい。
すなわち、図4(a)に示すように、本溶接を終了して形成された溶接金属7の溶接ビード止端部に本発明に係るフラックス入りカットワイヤ4を散布し、次いで図4(b) に示すように、散布したフラックス入りカットワイヤ4の略中心部上に溶接用ワイヤ6を配置し、アークを発生させて溶接することで、図4(c)に示したように、溶接金属7の溶接ビード止端部に付加溶接金属9を設け、溶接継手を製造する。
【0047】
これらの図1図4では、母材間の開先がいわゆるV型開先の突き合わせ溶接での例を示したが、本発明においてはこの開先形状や継手形状に制限はなく、V型以外にも、例えばI型、レ型、K型、J型、X型、U型、H形等の開先形状や、これら以外の任意の形状の開先であってもよい。継手形状は、突き合わせ継手以外にも、T形継手、角回し継手等の、これら以外の任意の継手形状であってもよい。また、本発明においては、片面溶接の場合であってもよく、両面溶接の場合であっても適用可能である。更には、図1の例のように多層盛りの溶接の場合、各層を2パス以上に分けて溶接するようにしてもよい。
【0048】
本発明において用いられる溶接方法(溶接手段)については特に制限されないが、開先充填したフラックス入りカットワイヤを確実に溶かすために、好ましくは、サブマージアーク溶接(Submerged Arc Welding; SAW)であるか、又はガスシールドアーク溶接であるのがよい。ただし、立向溶接や上向溶接では、フラックス入りカットワイヤを開先充填することが困難な場合があるため、溶接姿勢は下向又は横向きであるのが望ましい。
【0049】
また、本発明における溶接継手の製造方法では、母材の種類や形状等は特に制限されないが、耐疲労特性を確保することが重要となる継手形状での適用が最も効果的である。すなわち、代表的には、荷重非伝達型の十字継手の溶接である。なお、開先を形成する母材の組み合わせは任意であり、同じ種類同士の母材であってもよく、互いに異なる母材であっても構わない。
【0050】
更に、一般に、溶接継手の製造方法では、母材鋼板(母材)と、溶接金属及び溶接熱影響部から構成される溶接部とを備えた溶接継手が得られるところ、本発明では、所定のMs点低温化元素を含んだフラックス入りカットワイヤを開先充填材として用いることから、所定の化学成分を更に含んだフラックス入りカットワイヤを用いることで、耐疲労特性に優れた溶接継手が得られるようになる。
【0051】
(実施例)
次に、実施例等に基づき本発明をより具体的に説明する。但し、下記の実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に徹して設計変更することはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0052】
本発明例及び比較例のフラックス入りカットワイヤ(ワイヤ番号1~44の試料)は、次の方法により製造した。
先ず、鋼帯を長手方向に送りながら、成形ロールを用いて成形してU型のオープン管を得た。このオープン管の開口部を通じてオープン管内にフラックスを供給し、オープン管の開口部の相対するエッジ部を突合わせ溶接してシームレス管を得た。このシームレス管を伸線して、スリット状の隙間がないフラックス入りのワイヤを得た。但し、その際に、一部の試料は、シーム溶接をしないスリット状の隙間有りの管とし、それを伸線してワイヤとした。このようにして、最終の充填材径がφ2.0mmのフラックス入りのワイヤを試作した。
なお、これらワイヤの伸線作業の途中で、フラックス入りのワイヤを650~950℃の温度範囲内で4時間以上焼鈍した。試作後、一部のワイヤ表面には潤滑剤を塗布した。そして、製造したフラックス入りのワイヤを長さが2.0mmになるように裁断して、フラックス入りカットワイヤの各試料を準備した。
そして、上記フラックスの調製に際しては、表1に示すMs点低温化元素について、C、Mn、V、Cr、Ni、Cu、及びMoの各元素についてはそれぞれその金属(合金)粉として使用し、更に、表2に示す化学成分について、Si、Nb、Al、B、Biの各元素についてはそれぞれその金属粉として使用し、また、表2に示す強脱酸元素について、Ca、Mg、Tiについては金属(合金)粉として使用し、また、REM元素であるCe及びLaの各元素についてはそれぞれその酸化物として使用した。また、表1及び表2中にはそれぞれ各元素の質量割合に換算して示した。
これらフラックス入りカットワイヤの構成を表1及び表2に示す。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
表1~2に開示されたMs点低温化元素(C、Mn、V、Cr、Ni、Cu、及びMo)や、任意成分としての化学成分(Si、Nb、Al、B、及びBi)、強脱酸元素(Ca、Mg、Ti、Zr、Ce、及びLa)、及び鉄粉(Fe粉)や、不純物元素(P及びS)として含まれる各元素の含有量の単位は、フラックス入りカットワイヤの全質量に対する質量割合(質量%)である。また、表1に開示されたフラックス入りカットワイヤのMs点は、上述した式1によって求められた値である。
【0056】
また、本発明のフラックス入りカットワイヤの化学組成における残部(すなわち、表1及び表2に記載された各元素以外の成分)は、鉄(意図的に添加されたFe粉を含む)及び不純物である。また、各フラックス入りカットワイヤのワイヤ構造は表1に示したとおりであり、更に、備考欄で特に断りが無い限り、油は塗布していない。一方で、表2に開示されたフラックス入りカットワイヤに含まれる各元素は、鋼製外皮中に合金の形態で、又は金属粉や酸化物の形態で含まれるものである。なお、表1及び表2において、Ms点低温化元素、化学成分、強脱酸元素、及びFe粉の含有量に係る表中の空欄は、そのMs点低温化元素、化学成分、強脱酸元素、及びFe粉が意図的に添加されていないことを意味する。なお、Ms点低温化元素、化学成分、及び強脱酸元素については、不可避的に混入されることもある。
【0057】
発明例及び比較例のフラックス入りカットワイヤ(ワイヤ番号1~44)は、以下に説明する方法により評価した。
板厚が20mmであるSM490Aに対して、表3の溶接条件下に1パスで、SAW溶接した。その際、開先形状は、図5に示すV型とした。開先3内で初層と最終層にフラックス入りカットワイヤ4を散布した。散布厚さは18mmとした。更には、溶接フラックスとして日鐵住金溶接工業(株)製NF-60を使用し、溶接ワイヤには日鐵住金溶接工業(株)製Y-DS(ワイヤ径φ4.8mm)を使用した。溶接ワイヤは鋼板に対して垂直に設置した。
【0058】
【表3】
【0059】
疲労試験は、以上のようにして作製された図6に示す余盛付の試験体に対して、応力比0.1、応力範囲200MPa、周波数:10Hzの条件にて実施し、繰返し寿命回数Nを測定して評価し、Nが5×10以上で破断しない場合を合格とした。なお、疲労試験時には、溶接線方向と垂直方向に疲労荷重を負荷した。
【0060】
上述の方法により評価した各試験結果は表4に示されている。発明例のフラックス入りカットワイヤを用いて溶接を行った場合、疲労試験はいずれも合格であった。つまり、発明例のフラックス入りカットワイヤを持ちることで、極めて高い耐疲労性を有していることが確認された。
【0061】
【表4】
【0062】
以上のとおり、本発明によれば、低コストかつ簡易に耐疲労特性に優れた溶接継手を製造することができるようになる。
【符号の説明】
【0063】
1、2…母材(鋼材)、3…開先、4…フラックス入りカットワイヤ、5…裏当材、6…溶接用ワイヤ、7,8…溶接金属、9…付加溶接金属。
図1
図2
図3
図4
図5
図6