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特許7606075磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-17
(45)【発行日】2024-12-25
(54)【発明の名称】磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241218BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20241218BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20241218BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20241218BHJP
   C23C 22/00 20060101ALI20241218BHJP
   H01F 1/147 20060101ALI20241218BHJP
【FI】
C22C38/00 303U
C22C38/60
C21D8/12 A
C21D9/46 501A
C23C22/00 B
H01F1/147 183
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020184924
(22)【出願日】2020-11-05
(65)【公開番号】P2022074677
(43)【公開日】2022-05-18
【審査請求日】2023-07-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(74)【代理人】
【識別番号】100144417
【弁理士】
【氏名又は名称】堂垣 泰雄
(72)【発明者】
【氏名】片岡 隆史
(72)【発明者】
【氏名】屋鋪 裕義
(72)【発明者】
【氏名】名取 義顕
(72)【発明者】
【氏名】竹田 和年
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-099854(JP,A)
【文献】特開2018-066033(JP,A)
【文献】特開2014-080654(JP,A)
【文献】特開2020-033640(JP,A)
【文献】特開2018-135556(JP,A)
【文献】特開2018-141206(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2020-0066494(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/12, 9/46
H01F 1/12- 1/38, 1/44
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0%超~0.0050%以下、Si:2.5%~5.0%、Mn:0.05%~4.0%、P:0%超~0.030%未満、S:0%超~0.0050%以下、Sol.Al:0%超~0.0040%以下、N:0%超~0.0040%、Cu:0.00%~1.0%以下、Sn:0.000%~0.10%、Sb:0.000%~0.10%、Ca:0.0000%~0.0050%を含有し、残部がFe及び不純物であり、母材鋼板表層部においてSiOと複合析出したMnSiOを0.000001個/μm以上、10.000個/μm以下で含有することを特徴とする無方向性電磁鋼板。
【請求項2】
請求項1に記載の無方向性電磁鋼板を製造する方法であって、
質量%で、C:0%超~0.0050%以下、Si:2.5%~5.0%、Mn:0.05%~4.0%、P:0%超~0.030%未満、S:0%超~0.0050%以下、Sol.Al:0%超~0.0040%以下、N:0%超~0.0040%、Ca:0.0000%~0.0050%を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼片を加熱した後に熱間圧延し、熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、任意付加的に前記熱延板に焼鈍を施す熱延板焼鈍工程と、前記熱延板または前記熱延板焼鈍板に酸洗を施す酸洗工程と、前記酸洗を行った後に、一回の冷間圧延、又は、中間焼鈍をはさむ複数の冷間圧延を施して、冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、前記冷延鋼板に対して仕上焼鈍を施す仕上焼鈍工程と、絶縁被膜を付与する絶縁被膜工程とを有し、前記酸洗溶液において液温は15℃以上100℃以下であり、鋼板が酸洗液に浸漬される時間は5秒以上200秒以下であり、ph-1.5以上7未満とし、かつ、前記酸洗溶液はMnを0.01g/L以上2.00g/L以下で含むことを特徴とする無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記鋼片が、質量%で、REM:0.0001~0.0100%を含むことを特徴とする請求項2に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項4】
前記酸洗溶液が、前記酸洗溶液におけるCuとMnが合計で0.01g/L以上5.00g/L以下であることを特徴とする請求項3に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項5】
前記仕上焼鈍の均熱焼鈍温度を800℃以上で実施し、その昇温工程における500~800℃の昇温速度が100℃/秒~2000℃/秒であることを特徴とする請求項3または4に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項6】
前記仕上焼鈍の均熱焼鈍温度を800℃以上で実施し、その昇温工程における500~800℃の雰囲気露点を-50℃以上10℃以下とすることを特徴とする請求項3~5のいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記仕上焼鈍の均熱焼鈍温度を800℃以上で実施し、前記仕上焼鈍の均熱焼鈍温度における酸素ポテンシャルを0.2以下とすることを特徴とする請求項3~6のいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記鋼片が、前記残部のFeの一部に換えて、更に、質量%で、Sn:0.005%~0.10%、Sb:0.005%~0.10%から選ばれる少なくとも1種を含有する、請求項3~7のいずれか1項に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
昨今、地球環境問題が注目されており、省エネルギーへの取り組みに対する要求は、一段と高まってきており、なかでも電気機器の高効率化は、近年強く要望されている。このため、モータ又は変圧器等の鉄心材料として広く使用されている無方向性電磁鋼板においても、磁気特性の向上に対する要請が更に強まっている。近年、モータの高効率化が進展する電気自動車やハイブリッド自動車用のモータ、及び、コンプレッサ用モータにおいては、その傾向が顕著である。
【0003】
無方向性電磁鋼板の磁気特性を向上させるためには、鋼中に合金元素を添加することで鋼板の電気抵抗を上げ、渦電流損を低減することが有効である。そのため、例えば以下の特許文献1及び特許文献2に開示されているように、Si、Al、Mn又はPといった電気抵抗を上昇させる効果を有する元素を添加して、磁気特性の改善を図ることが行われている。さらに、特許文献3、4では、MnとSiを複合添加することにより、磁気特性の改善に加えて、冷間圧延性も向上させることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2000-129409号公報
【文献】特開2015-131993号公報
【文献】特開2018-66033号公報
【文献】特開2019-99854号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
無方向性電磁鋼板(NO)の磁気特性を改善するには、高合金化(Si濃度アップ、またはAl濃度アップ)が有効である。一方で、Si濃度アップまたはAl濃度アップは冷間脆性を著しく劣化させるため、生産性と磁気特性を両立させることは一般に困難である。これに対して、特許文献3、4に開示されているような様々な取り組みが提案されているが、生産性と磁気特性の両立のさらなる向上や改善が依然として求められている。
【0006】
そこで、本発明の目的とするところは、冷間脆性を改善して生産性を高めつつ、磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板を製造することが可能な、新規かつ改良された無方向性電磁鋼板の製造方法、およびそれによって得られる無方向性電磁鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意検討を行った結果、Alの含有量を所定の値以下とし、かつ、冷間圧延性の低下が少ないMnをSiとともに複合添加し、かつ酸洗条件を制御することで、
冷間圧延性と磁気特性とを共に向上させることが可能であるとの知見を得て、本発明を完成するに至った。
【0008】
上記の知見から得られた本発明により、以下の態様が提供される。
[1]
質量%で、C:0%超~0.0050%以下、Si:2.5%~5.0%、Mn:0.05%~4.0%、P:0%超~0.030%未満、S:0%超~0.0050%以下、Sol.Al:0%超~0.0040%以下、N:0%超~0.0040%、Cu:0.00%~1.0%以下、Sn:0.000%~0.10%、Sb:0.000%~0.10%、Ca:0.0000%~0.0050%を含有し、残部がFe及び不純物であり、母材鋼板表層部においてSiOと複合析出したMnSiOを0.000001個/μm以上、10.000個/μm以下で含有することを特徴とする無方向性電磁鋼板。
[2]
質量%で、C:0%超~0.0050%以下、Si:2.5%~5.0%、Mn:0.05%~4.0%、P:0%超~0.030%未満、S:0%超~0.0050%以下、Sol.Al:0%超~0.0040%以下、N:0%超~0.0040%、Ca:0.0000%~0.0050%を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼片を加熱した後に熱間圧延し、熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、
前記熱延板に焼鈍を施す熱延板焼鈍工程と、
前記熱延板焼鈍板に酸洗を施す酸洗工程と、
前記酸洗を行った後に、一回の冷間圧延、又は、中間焼鈍をはさむ複数の冷間圧延を施して、冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板に対して仕上焼鈍を施す仕上焼鈍工程と、
絶縁被膜を付与する絶縁被膜工程とを有し、
前記酸洗溶液において液温は15℃以上100℃以下であり、鋼板が酸洗液に浸漬される時間は5秒以上200秒以下であり、ph-1.5以上7未満とし、かつ、前記酸洗溶液はMnを0.01g/L以上2.00g/L以下で含むことを特徴とする無方向性電磁鋼板の製造方法。
[3]
前記鋼片が、質量%で、REM:0.0001~0.0100%を含むことを特徴とする[2]に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
[4]
前記酸洗溶液が、前記酸洗溶液におけるCuとMnが0.01g/L以上5.00g/L以下であることを特徴とする[3]に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
[5]
前記仕上焼鈍の均熱焼鈍温度を800℃以上で実施し、その昇温工程における500~800℃の昇温速度が100℃/秒~2000℃/秒であることを特徴とする[3]または[4]に記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
[6]
前記仕上焼鈍の均熱焼鈍温度を800℃以上で実施し、その昇温工程における500~800℃の雰囲気露点を-50℃以上10℃以下とすることを特徴とする[3]~[5]のいずれか一つに記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
[7]
前記仕上焼鈍の均熱焼鈍温度を800℃以上で実施し、前記仕上焼鈍の均熱焼鈍温度における酸素ポテンシャルを0.2以下とすることを特徴とする[3]~[6]のいずれか一つに記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
[8]
前記鋼片が、前記残部のFeの一部に換えて、更に、質量%で、Sn:0.005%~0.10%、Sb:0.005%~0.10%から選ばれる少なくとも1種を含有する、[3]~[7]のいずれか一つに記載の無方向性電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明による無方向性電磁鋼板の製造方法は、冷間脆性を改善して生産性を高めることができ、且つ、磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板を製造することが可能である、新規かつ改良された無方向性電磁鋼板の製造方法であり、また、前記の製造方法によって得られる無方向性電磁鋼板は磁気特性に優れた無方向性電磁鋼板である。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の製造方法の流れの一例を示した流れ図である。
図2図2は、鋼板母材の表層部について説明するための模式図である。
図3図3は、SiOとMnSiOとの複合析出物について説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
まず、本発明の骨子について説明する。
【0012】
(製造方法について)
無方向性電磁鋼板の磁気特性を向上させるためには、特許文献1及び特許文献2に開示されているように、Si、Al、Mn又はPといった電気抵抗を上昇させる効果を有する元素を添加して、磁気特性の改善を図ることが行われている。
特に、Alは、Siと同様に電気抵抗を増加させる作用を有しており、鉄損の原因の一つである渦電流損失を低減する、しかし一方で、冷間脆性を著しく劣化させる。
そこで、Alの含有量を所定の値以下とし、冷間圧延性の低下が少ないMnをSiとともに複合添加することを本発明者らが検討したところ、Mnによって生じる弊害を認識した。
その弊害とは仕上焼鈍における酸化膜がポーラスになることである。酸化膜がポーラスであると、焼鈍雰囲気のガス(特にN)が鋼板の表層に侵入しやすくなり、鋼板中の成分元素と反応して窒化物(介在物とも称することがあり、一例として(Si,Mn)NまたはMnSiNやAlNが挙げられる)が析出して良好な磁気特性が得られない。なお、(Mnでなく)Alを添加した場合、相対的にタイトな被膜が形成されるので、焼鈍雰囲気のガス(特にN)が鋼板の表層に侵入しにくく、(Si,Mn)NまたはMnSiNやAlN等の析出物(磁性悪化要因)の生成は回避できる。
焼鈍雰囲気のガス(特にN)が鋼板の表層に侵入することを防ぐために、例えば、仕上焼鈍工程における昇温時の雰囲気および均熱時の雰囲気の露点を低くする(ドライ化)する等の対処法があるが、それらだけでは、酸化膜のポーラス化を防ぐには不十分であった。
それに対して、本発明者らは、酸洗溶液のMn濃度を制御することで、タイトな被膜生成が可能になることを着想した。
具体的には酸洗溶液のMn濃度が所定以上の場合、酸洗後の鋼板表面にMn偏析層が形成する。
Mn偏析層はタイトな被膜のため、仕上焼鈍中の析出物の生成回避につながる。つまり、良好な磁気特性を得ることができる。
なお、上記では酸洗溶液にMnを添加したが、Mn以外でも偏析層を形成するものであれば本効果は享受できる。例えば酸洗溶液のCu濃度を所定以上とすることが挙げられる。
さらに、仕上焼鈍の昇温速度や焼鈍雰囲気を制御することにより、磁気特性はより好ましい方向へ向かう。
一方で、本発明の態様では、Alを制限しているので、Alによる冷間脆性の劣化を回避することができる。
【0013】
(製品について)
また、本発明の製造方法によって得られる無方向性電磁鋼板は、次の特徴的な構造を有する。その特徴的な構造は、酸洗溶液に由来する鋼板表層に形成されたMn偏析層の一部が、仕上焼鈍中に鋼中のSiOと結合しMnSiOを形成したものである。具体的には球状SiOの周囲をMnSiOが取り囲んだ構造(Core/Shell構造)である。なお、通常の無方向性電磁鋼板は、仕上焼鈍後、絶縁被膜を付与するため、製品表面には本技術の痕跡は残らない。ただし、絶縁被膜を除去して、鋼板表層部を観察することで、上記の特徴的な構造を確認することはできる。
そのため、Core/Shell型のMnSiO個数を計測することにより、本発明効果の享受有無を判断することが可能であり、すなわち、本発明の態様による無方向性電磁鋼板であることを認定可能である。
【0014】
本発明者らは、以上の知見を考慮することで、本発明を想到するに至った。本発明の一実施形態は、以下の構成を備える無方向性電磁鋼板の製造方法である。
【0015】
質量%で、C:0%超~0.0050%以下、Si:2.5%~5.0%、Mn:0.05%~4.0%、P:0%超~0.030%未満、S:0%超~0.0050%以下、Sol.Al:0%超~0.0040%以下、N:0%超~0.0040%、Ca:0.0000%~0.0050%を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼片を加熱した後に熱間圧延し、熱延鋼板を得る熱間圧延工程と、前記熱延板に焼鈍を施す熱延板焼鈍工程と、前記熱延板焼鈍板に酸洗を施す酸洗工程と、前記酸洗を行った後に、一回の冷間圧延、又は、中間焼鈍をはさむ複数の冷間圧延を施して、冷延鋼板を得る冷間圧延工程と、前記冷延鋼板に対して仕上焼鈍を施す仕上焼鈍工程と、絶縁被膜を付与する絶縁被膜工程とを有し、前記酸洗溶液において液温は15℃以上100℃以下であり、鋼板が酸洗液に浸漬される時間は5秒以上200秒以下であり、ph-1.5以上7未満とし、かつ、前記酸洗溶液はMnを0.01g/L以上2.00g/L以下で含むことを特徴とする無方向性電磁鋼板の製造方法。
【0016】
以下、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の製造方法について具体的に説明する。
【0017】
<鋼片の成分組成>
まず、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の鋼片(スラブ)の成分組成について説明する。なお、以下では特に断りのない限り、「%」との表記は「質量%」を表わすものとする。また、以下で説明する元素以外の残部は、Feおよび不純物である。ここで、不純物とは、原材料に含まれる成分、または製造の過程で混入する成分であって、意図的に鋼板に含有させたものではない成分を指す。また、無方向性電磁鋼板の素材である鋼片の化学組成は基本的には無方向性電磁鋼板の組成に準じたものになる。しかし、一般的な無方向性電磁鋼板の製造においては製造過程で仕上焼鈍工程および絶縁被膜形成工程により含有元素の一部が系外に排出されるため、素材である鋼片と最終製品である無方向性電磁鋼板の化学組成は異なるものとなる。無方向性電磁鋼板の特性を所望のものになるように、製造過程での仕上焼鈍工程および絶縁被膜形成工程の影響等を考慮して、鋼片組成を適宜調整可能である。また、本発明における「電磁鋼板」の表記は、特に断らない限り、電磁鋼板の製造工程における鋼片から最終製品までのいずれかの工程における電磁鋼板を意味するものとする。すなわち、本発明の無方向性電磁鋼板の製造工程における「電磁鋼板」の表記は、特に断らない限り、電磁鋼板の製造工程における鋼片から絶縁被膜塗布工程以前までのいずれかの工程における電磁鋼板を意味するものとする。
【0018】
[C:0%超~0.0050%以下]
C(炭素)は、不可避的に含有される元素であるとともに、鉄損劣化を引き起こす元素である。Cの含有量が0.0050%を超える場合には、無方向性電磁鋼板において磁気時効(時間経過とともに炭化物が析出し、磁気特性が劣化する現象)が生じ、良好な磁気特性を得ることができない。従って、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板では、Cの含有量を、0.0050%以下とする。Cの含有量は、好ましくは、0.0040%以下であり、更に好ましくは、0.0030%以下である。Cの含有量は、少なければ少ないほど良いが、Cの含有量を0.0005%よりも低減させようとすると、いたずらにコストアップを招くのみである。従って、Cの含有量は、好ましくは、0.0005%以上である。
【0019】
[Si:2.5%~5.0%]
Si(ケイ素)は、鋼の電気抵抗を上昇させて渦電流損を低減させ、鉄損を改善する元素である。また、Siは、固溶強化能が大きいため、無方向性電磁鋼板の高強度化にも有効な元素である。高強度化は、モータの高速回転時の変形抑制及び起動停止に伴う変動応力による疲労破壊の抑制いった観点から重要である。かかる効果を十分に発揮させるためには、2.5%以上のSiを含有させることが必要である。一方、Siの含有量が5.0%を超える場合には、加工性が著しく劣化し、冷間圧延を実施することが困難となる(すなわち、冷間圧延性が低下する。)。従って、Siの含有量は、5.0%以下とする。Siの含有量は、好ましくは、3.0%以上4.5%以下であり、更に好ましくは、3.2%以上3.8%以下である。
【0020】
[Mn:0.05%~4.0%]
Mn(マンガン)は、鋼の加工性を劣化させずに電気抵抗を上昇させることで渦電流損を低減し、鉄損を改善するために有効な元素である。また、Mnは、Siよりも固溶強化能は小さいものの、加工性を劣化させることなく、高強度化に寄与できる元素である。かかる効果を十分に発揮させるためには、0.05%以上のMnを含有させることが必要である。一方、Mnの含有量が4.0%を超える場合には、磁束密度の低下が顕著となる。従って、Mnの含有量は、4.0%以下とする。Mnの含有量は、好ましくは、0.07%以上3.0%以下であり、更に好ましくは、0.1%以上2.0%以下である。
【0021】
[P:0%超~0.030%以下]
P(リン)は、不可避的に含有される(すなわち、含有量が0%超となる)元素であるとともに、本実施形態の対象となるSi及びMnの含有量が多い高合金鋼において、著しく加工性を劣化させて冷間圧延を困難にする元素である。かかる加工性の劣化は、Pの含有量が0.030%を超えた場合に顕著となる。従って、Pの含有量は、0.030%以下とする。Pの含有量は、好ましくは、0.001%以上0.020%以下であり、更に好ましくは、0.002%以上0.010%以下である。
【0022】
[S:0%超~0.0050%以下]
S(硫黄)は、不可避的に含有される元素であるとともに、MnSの微細析出物を形成することで鉄損を増加させ、無方向性電磁鋼板の磁気特性を劣化させる元素である。そのため、Sの含有量は、0.0050%以下とする必要がある。Sの含有量は、少なければ少ないほど良いが、Sの含有量を0.0001%よりも低減させようとすると、いたずらにコストアップを招くのみである。従って、Sの含有量は、好ましくは、0.0001%以上である。Sの含有量は、好ましくは、0.0040%以下であり、更に好ましくは、0.0030%以下である。
【0023】
[Sol.Al:0%超~0.0040%以下]
Al(アルミニウム)は、鋼中に固溶されると、無方向性電磁鋼板の電気抵抗を上昇させることで渦電流損を低減し、鉄損を改善する元素である。しかしながら、本実施形態では、Alよりも加工性を劣化させずに電気抵抗を上昇させる元素であるMnを積極的に含有させるため、積極的に含有させることはしない。この場合、Alの含有量が0.0040%を超えると、鋼中に微細な窒化物が析出して熱延板焼鈍や仕上焼鈍での結晶粒成長を阻害し、磁気特性を劣化させる。従って、Alの含有量は、0.0040%以下とする。一方、Alの含有量を0.0001%よりも低減させようとすると、いたずらにコストアップを招くのみである。従って、Alの含有量は、好ましくは、0.0001%以上0.0030%以下であり、更に好ましくは、0.0001%以上0.0020%以下である。Alを上記の範囲内に制限しているので、Alによる冷間脆性の劣化を回避することができる。
【0024】
[N:0%超~0.0040%以下]
N(窒素)は、不可避的に含有される元素であるとともに、磁気時効を引き起こして鉄損を増加させ、無方向性電磁鋼板の磁気特性を劣化させる元素である。そのため、Nの含
有量は、0.0040%以下とする必要がある。Nの含有量は、少なければ少ないほど良いが、Nの含有量を0.0001%よりも低減させようとすると、いたずらにコストアップを招くのみである。従って、Nの含有量は、0.0001%以上とすることが好ましい。Nの含有量は、好ましくは、0.0001%以上0.0030%以下であり、更に好ましくは、0.0001%以上0.0020%以下である。
【0025】
[Cu:0.00%~1.0%]
Cu(銅)は、磁束密度を向上させるのに有用な任意添加元素である。従って、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板では、かかる効果を得るために、残部のFeの一部に換えて、Cuを、任意添加元素として地鉄中に含有させてもよい。かかる効果を十分に発揮させるためには、Cuの含有量を、0.05%以上とすることが好ましい。一方、Cuの含有量が1.0%を超える場合には、Cu添加による効果が飽和し、いたずらにコストアップを招くのみである。従って、Cuの含有量は、1.0%以下とすることが好ましい。Cuを地鉄中に含有させる場合に、Cuの含有量は、好ましくは0.05%以上0.25%以下、より好ましくは0.07%以上0.20%以下である。
【0026】
[Sn:0.000%~0.10%]
[Sb:0.000%~0.10%]
Sn(スズ)及びSb(アンチモン)は、表面に偏析し焼鈍中の酸化や窒化を抑制することで、低い鉄損を確保するのに有用な任意添加元素である。本効果に加えて集合組織改善効果(磁気特性改善効果)を有する。従って、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板では、かかる効果を得るために、残部のFeの一部に換えて、Sn又はSbの少なくとも何れか一方を、任意添加元素として地鉄中に含有させてもよい。かかる効果を十分に発揮させるためには、Sn又はSbの含有量を、それぞれ0.005%以上とすることが好ましい。一方、Sn又はSbの含有量がそれぞれ0.10%を超える場合には、地鉄の延性が低下して冷間圧延が困難となる可能性がある。従って、Sn又はSbの含有量は、それぞれ0.10%以下とすることが好ましい。Sn又はSbを地鉄中に含有させる場合に、Sn又はSbの含有量は、より好ましくは、それぞれ0.01%以上0.05%以下である。
【0027】
[Ca:0.0000%~0.0050%]
Ca(カルシウム)は、Sと結合して粗大な化合物を形成することで微細なMnSの析出を抑制し、焼鈍時の結晶粒成長を促進する元素である。更に、La、Ce、Pr、NdのようなREMの1種又は2種以上との複合含有により、連続鋳造時の酸化物起因のノズル閉塞を回避するのに有効な元素である。このような効果を得るために、Ca含有量は、0.0001%以上であることが好ましく、より好ましくは0.0002%以上である。
一方、Ca含有量が0.0050%を超える場合には、上記のような結晶粒成長性の改善効果やノズル閉塞の抑制効果が飽和し、経済的に不利となる。従って、Ca含有量は、0.0050%以下とする。Ca含有量は、好ましくは0.0040%以下であり、より好ましくは0.0030%以下である。
[REM:合計で0.0001%~0.0100%]
REMはRare Earth Metalの略称であり、La、Ce、Pr、Nd等を含む。REMは、Sと結合して粗大な硫化物、硫酸化物又はこれらの両方を形成することで微細なMnSの析出を抑制し、焼鈍時の結晶粒成長を促進する元素である。更に、Caとの複合含有により、連続鋳造時の酸化物起因のノズル閉塞を回避するのに有効な元素である。このような効果を得るために、REMの1種又は2種以上の含有量は、合計で0.0001%以上であることが好ましい。一方、REMの1種又は2種以上の含有量が合計で0.0100%を超える場合には、上記のような微小析出物の粗大化効果が飽和する上、経済的に不利となるので好ましくない。従って、REMの1種又は2種以上の含有量は、合計で0.0100%以下であることが好ましい。REMの1種又は2種以上の含有量は、好ましくは合計で0.0010%以上、0.0090%以下である。
【0028】
なお、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板において、上述した元素以外のNi(ニッケル)、Cr(クロム)等の元素の含有量に関しては、特に規定されるものではない。本実施形態に係る無方向性電磁鋼板では、これらの元素を0.5%以下で含有しても、本発明の効果に特に影響はない。また、Mg(マグネシウム)を0.002%以下の範囲で含有しても、本発明の効果に特に影響はない。
【0029】
また、上記の元素の他に、B(ホウ素)などの元素が0.0001%~0.0050%の範囲で含まれていても、本発明の効果を損なうものではない。
【0030】
以上、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の化学成分について、詳細に説明した。
続いて、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の製造方法では、上記説明したような所定の化学成分を有する鋼片(スラブ)に対して、熱間圧延、熱延板焼鈍、酸洗、冷間圧延、仕上焼鈍、絶縁被膜工程を順に実施する。図1は、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の製造方法の流れの一例を示した流れ図である。以下、図1を参照しながら、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の製造方法で実施される各工程について、詳細に説明する。
【0031】
<熱間圧延工程>
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の製造方法では、まず、上記の化学組成を有する鋼片(スラブ)を加熱し、加熱された鋼片について熱間圧延を行って、熱延板を得る(ステップS101)。ここで、熱間圧延に供する際の鋼片の加熱温度については、特に規定するものではないが、例えば、1050℃~1250℃とすることが好ましい。また、熱間圧延後の熱延板の板厚についても、特に規定するものではないが、地鉄の最終板厚を考慮して、例えば、1.6mm~3.5mm程度とすることが好ましい。なお、かかる熱間圧延工程は、鋼板の温度が700℃~1000℃の範囲にあるうちに終了することが好ましい。なお、鋼片の加熱温度は、より好ましくは、1050℃~1150℃であり、熱間圧延の終了温度は、より好ましくは、750℃~950℃である。
【0032】
<熱延板焼鈍工程>
上記熱間圧延の後には、任意付加的に熱延板焼鈍が実施される(ステップS103)。連続焼鈍の場合には、熱延鋼板に対して、例えば、750℃~1200℃で、10秒~10分の均熱による焼鈍が実施されてもよい。また、箱焼鈍の場合、熱延鋼板に対して、例えば、650℃~950℃で、30分~24時間の均熱による焼鈍が実施されてもよい。なお、熱延板焼鈍工程を実施した場合と比較して磁気特性は劣ることとなるが、コスト削減のために、熱延板自己焼鈍等を施すか、もしくは、かかる熱延板焼鈍工程を省略してもよい。
【0033】
<酸洗工程>
上記熱間圧延または熱延板焼鈍の後には、酸洗が実施される(ステップS105)。これにより、熱間圧延または熱延板焼鈍により鋼板の表面に形成された、酸化物を主体とするスケール層が除去される。なお、熱延板焼鈍が箱焼鈍である場合、脱スケール性の観点から、酸洗工程は、熱延板焼鈍前に実施することが好ましい。
【0034】
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の酸洗工程は、次の酸洗条件で行なわれる。すなわち、酸洗溶液において液温は15℃以上100℃以下であり、鋼板が酸洗液に浸漬される時間は5秒以上200秒以下であり、ph-1.5以上7未満とし、かつ、前記酸洗溶液はMnを0.01g/L以上2.00g/L以下で含む。
【0035】
酸洗溶液の液温は、本実施態様において15℃以上100℃以下である。酸洗溶液の液温が15℃未満である場合、酸洗によるスケール除去効果が不十分となり好ましくない。酸洗溶液の液温が100℃超である場合、酸洗溶液の取扱いが困難となるので好ましくない。酸洗溶液の液温が15℃以上100℃以下であることは、酸洗溶液に含まれるMnが鋼板表面にMn偏析層を良好に形成させる点でも有利である。液温は、好ましくは、50℃以上90℃以下、より好ましくは60℃以上90℃以下である。
【0036】
鋼板が酸洗溶液に浸漬される時間は、本実施態様において5秒以上200秒以下である。鋼板が酸洗溶液に浸漬される時間が5秒未満である場合、酸洗によるスケール除去効果が不十分となり好ましくない。鋼板が酸洗溶液に浸漬される時間が200秒超である場合、設備が長大となるので好ましくない。浸漬時間は、好ましくは、10秒以上150秒以下、より好ましくは20秒以上150秒以下である。
【0037】
酸洗溶液のpHは、本実施態様において-1.5以上7.0未満である。7.0以上である場合、スケール除去効果が不十分となり好ましくない。一方、現実に調製できる溶液はpH-1.5以上である。pHは、好ましくは2.0未満、より好ましくは1.0未満である。酸洗溶液が含有する酸成分としては、硫酸、塩酸、硝酸等を例示できる。
【0038】
本実施態様において、酸洗溶液はMnを0.01g/L以上2.00g/L以下で含む。この所定濃度のMnを含む酸洗溶液で鋼板を酸洗することにより、酸洗後の鋼板表面にMn偏析層が形成される。Mn偏析層はタイトな被膜のため、その後の仕上焼鈍において析出物の生成を回避することができる。析出物は磁気特性を悪化させる要因となるので、そのような析出物の生成を回避することで、良好な磁気特性を得ることができる。かかる効果を十分に発揮させるためには、0.01g/L以上のMnを含有させることが必要である。一方、Mnの含有量が2.00g/Lを超える場合には、その効果が飽和していき、磁気特性が低下することがあり、またスケール除去効果も低下することがある。従って、酸洗溶液中のMnの上限値は2.00g/L以下とする。酸洗溶液中のMn含有量は、好ましくは0.05g/L以上、1.00g/L以下、より好ましくは0.1g/L以上、0.50g/L以下である。
【0039】
また、酸洗溶液中にCuが含まれると、Mnと同様に、酸洗後の鋼板表面にCu偏析層が形成される。このCu偏析層もタイトな被膜のため、その後の仕上焼鈍において析出物の生成を回避することができる。つまり、酸洗溶液がCuを含むことで、磁気特性を悪化させる要因となる析出物の生成を回避して、良好な磁気特性を得ることができる。そのため、酸洗溶液に、任意付加的にCuを加えてもよい。かかる効果を十分に発揮させるためには、CuとMnが合計で0.01g/L以上であることが好ましい。一方、Cuの含有量が過剰であると、その効果が飽和し、またスケール除去効果が低下することがある。従って、CuとMnが合計で5.00g/L以下であることが好ましい。酸洗溶液中のMnとCuの含有量の合計は、好ましくは0.02g/L以上、4.00g/L以下、より好ましくは0.03g/L以上、2.00g/L以下である。
【0040】
<冷間圧延工程>
上記酸洗の後(熱延板焼鈍が箱焼鈍で実施される場合は、熱延板焼鈍工程の後となる場合もある。)には、冷間圧延が実施される(ステップS107)。かかる冷間圧延では、地鉄の最終板厚が0.10mm以上0.50mm以下となるような圧下率で、スケールの除去された酸洗板が圧延される。
【0041】
<仕上焼鈍工程>
上記冷間圧延の後には、仕上焼鈍が実施される(ステップS109)。こで、仕上焼鈍条件については、特に規定するものではなく、無方向性電磁鋼板の仕上焼鈍において用いられる公知の条件(例えば、連続焼鈍)を採用できる。なお、磁気特性に有利な再結晶集合組織が形成されるように、均熱温度、昇温速度、雰囲気露点、雰囲気の酸素ポテンシャル等を適宜調整してもよい。
【0042】
具体的には、仕上焼鈍の均熱温度を800℃以上で実施し、その昇温工程における500~800℃の昇温速度が100℃/秒~2000℃/秒とすることが好ましい。昇温速度の下限値は、より好ましくは昇温速度200℃/秒以上であり、さらに好ましくは昇温速度昇温速度400℃/秒以上である。また、昇温速度の上限値は、限定されるものではないが、あまりに昇温速度が高い場合、歪が導入され、磁気特性が劣化する懸念があるため、2000℃/秒とする。
なお、上記の昇温速度は、例えば、ガス燃焼による加熱の場合には直接加熱やラジアントチューブを用いた間接加熱を用いたり、その他に通電加熱又は誘導加熱等といった公知の加熱方法を用いたりすることで、実現することが可能である。
【0043】
また、均熱焼鈍温度を800℃以上で実施し、その昇温工程における500~800℃の雰囲気露点を-50℃以上10℃以下とすることが好ましい。雰囲気露点の下限値は、より好ましくは-40℃以上であり、さらに好ましくは-30℃以上である。また、雰囲気露点の上限値は、より好ましくは5℃以下であり、さらに好ましくは1℃以下である。
【0044】
また、均熱焼鈍温度を800℃以上で実施し、均熱焼鈍温度における酸素ポテンシャルを0.2以下とすることが好ましい。酸素ポテンシャルは、焼鈍雰囲気における水蒸気分圧の水素分圧に対する比(PHO/PH)である。酸素ポテンシャルの上限値は、より好ましくは0.1以下であり、さらに好ましくは0.01以下である。
【0045】
なお、仕上焼鈍工程における、昇温工程では、平均昇温速度を1℃/秒~2000℃/秒としてもよい。
また、均熱温度の下限値は、好ましくは700℃以上、より好ましくは800℃以上、更に好ましくは900℃以上であり、均熱温度の上限値は、好ましくは1200℃以下、より好ましくは1100℃以下、さらに好ましくは1050℃以下である。
さらに、均熱過程の後の冷却過程では、平均冷却速度を1℃/秒~100℃/秒で200℃以下まで冷却してもよい。平均冷却速度は、より好ましくは、5℃/秒~50℃/秒、さらに好ましくは5℃/秒~30℃/秒である。
【0046】
<絶縁被膜形成工程>
上記仕上焼鈍の後には、絶縁被膜の形成工程が実施される(ステップS111)。本実施形態に係る絶縁被膜は、無方向性電磁鋼板の絶縁被膜として用いられるものであれば、特に限定されるものではなく、公知の絶縁被膜を用いることが可能である。また、絶縁被膜の形成工程については、特に限定されるものではなく、公知の絶縁被膜処理液を用いて、公知の方法により処理液の塗布及び乾燥を行えばよい。
【0047】
なお、絶縁被膜として、例えば、無機物を主体とし、更に有機物を含んだ複合絶縁被膜を挙げることができる。ここで、複合絶縁被膜とは、例えば、クロム酸金属塩、リン酸金属塩又はコロイダルシリカ、Zr化合物、Ti化合物等の無機物の少なくとも何れかを主体とし、微細な有機樹脂の粒子が分散している絶縁被膜である。特に、近年ニーズの高まっている製造時の環境負荷低減の観点からは、リン酸金属塩やZrあるいはTiのカップリング剤、又は、これらの炭酸塩やアンモニウム塩を出発物質として用いた絶縁被膜が好ましく用いられる。
【0048】
ここで、上記のような絶縁被膜の付着量は、特に限定するものではないが、例えば、片面あたり0.1g/m以上2.0g/m以下程度とすることが好ましく、片面あたり0.3g/m以上1.5g/m以下とすることが更に好ましい。かかる付着量となるように絶縁被膜を形成することで、優れた均一性を保持することが可能となる。なお、かかる絶縁被膜の付着量を、事後的に測定する場合には、公知の各種測定法を利用することが可能である。なお、絶縁被膜の付着量は、例えば、絶縁被膜を形成した無方向性電磁鋼板を熱アルカリ溶液に浸漬することで絶縁被膜のみを除去し、絶縁被膜の除去前後の質量差から算出することが可能である。
【0049】
また、絶縁被膜が形成される地鉄の表面は、処理液を塗布する前に、アルカリなどによる脱脂処理や、塩酸、硫酸、リン酸などによる酸洗処理など、任意の前処理を施してもよいし、これら前処理を施さずに仕上焼鈍後のままの表面であってもよい。
【0050】
上記のような各工程を経ることで、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板を製造することができる。
【0051】
本発明の一実施形態は、以下の構成を備える無方向性電磁鋼板である。
【0052】
質量%で、C:0%超~0.0050%以下、Si:2.5%~5.0%、Mn:0.05%~4.0%、P:0%超~0.030%未満、S:0%超~0.0050%以下、Sol.Al:0%超~0.0040%以下、N:0%超~0.0040%、Cu:0.00%~1.0%以下、Sn:0.000%~0.10%、Sb:0.000%~0.10%、Ca:0.0000%~0.0050%を含有し、残部がFe及び不純物であり、母材鋼板表層部においてSiOと複合析出したMnSiOを0.000001個/μm以上、10.000個/μm以下で含有することを特徴とする無方向性電磁鋼板。
【0053】
以下、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板について具体的に説明する。
【0054】
<鋼板の成分組成>
本実施形態に関わる無方向性電磁鋼板は、前述の製造方法によって製造することができ、その成分組成は製造方法において用いられる無方向性電磁鋼板の鋼片(スラブ)の成分組成に準じたものになる。
【0055】
<SiOとMnSiOとの複合析出物>
本実施形態に関わる無方向性電磁鋼板は、母材鋼板表層部においてSiOと複合析出したMnSiOを0.000001個/μm以上、10.000個/μm以下で含有する。
【0056】
SiOは鋼板の成分組成のSiが内部酸化することなどにより析出したものである。MnSiOは、酸洗溶液中のMnに由来する鋼板表層に形成されたMn偏析層の一部が、仕上焼鈍中に鋼中のSiOと結合して形成されたものである。そのため、このSiOと複合析出したMnSiOは、図2の模式図に示すように、鋼板母材の表層部に形成される。なお、鋼板の表層部とは、鋼板母材(地金)と絶縁被膜との界面から、鋼板内部方向へ1μmの深さの領域を指す。そして、この複合析出物は、図3の模式図に示すような、球状SiOの周囲をMnSiOが取り囲んだ構造(Core/Shell構造)である。
【0057】
上記の複合析出物の由来をたどると、製品の無方向性電磁鋼板の表層部で確認される当該複合析出物は、酸洗後の鋼板表面にMn偏析層が存在していたことの証左といえる。そして、酸洗後のMn偏析層は、上述のとおり、タイトな被膜であり、仕上焼鈍中に磁気特性を悪化させる要因となる析出物の生成を回避し、良好な磁気特性をもたらすものである。したがって、SiOと複合析出したMnSiOを観測し、その個数密度を計測することにより、前記の効果の有無を判断することが可能である。かかる効果を享受するには、SiOと複合析出したMnSiOを0.000001個/μm以上が必要である。一方、複合析出物が10.000個/μmを越えて存在すると、その効果が飽和していき、磁気特性が劣化することがある。したがって、複合析出物の個数密度の上限は10.000個/μm以下とする。複合析出物の個数密度は、好ましくは、0.000005個/μm以上、1.000個/μm以下、より好ましくは、0.000010個/μm以上、0.100個/μm以下である。
【0058】
ここで、SiOとMnSiOとの複合析出物の個数密度は、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板を製造する際の鋼片の成分組成、及び、酸洗条件を適切に調整することで、制御可能である。
【0059】
なお、鋼板表層に存在する析出物の検証は、以下の測定法を利用して実施することができる。
すなわち、Focused Ion Beam(FIB)加工を施した製品板(仕上焼鈍板)の圧延方向に平行な断面(L断面)において、公知の方法に則して、透過型電子顕微鏡(TEM)により形態観察と寸法測定を行い、TEMに付帯したエネルギー分散型X線分析装置(EDS)にて組成分析または電子線回折による結晶構造解析をすることで、母材鋼板表層部に存在する析出物を評価することができる。
【0060】
また、母材鋼板表層部に存在するSiOとMnSiOとの複合析出物の所定面積あたりの個数は、以下のようにして測定することができる。すなわち、上記TEM観察の際に、上記のL断面における合計で1mm以上の広さを有する任意の視野について、当該複合析出物の個数をカウントし、1mmあたりの複合析出物の個数とすればよい。
【0061】
当該析出物のEDS分析においてSiO部分とMnSiO部分とで、EDS解析で得られる元素含有量が異なる。具体的には、SiO部分はEDSのSi Kα線のピーク高さおよびMn Kαのピーク高さが、O Kα線のピーク高さに対し、それぞれ1.0倍以上、0.5倍以下の析出物であればよい。なおSiO部分はアモルファスであるため、電子線回折パターンは得られないので、EDSと電子線回折パターンを組み合わせることでより正確な解析が可能である。MnSiO部分は結晶構造を有する。電子線回折パターンをJCPDSカードと照合することで、MnSiOかどうかの判断が可能である。例えば、JCPDS No.35-048が挙げられる。MnSiOに対してEDS分析を行った場合、Si Kα線のピーク高さおよびMn Kαのピーク高さが、O Kα線のピーク高さに対し、それぞれ0.5倍以上、1.0倍以上のEDSスペクトルが得られる。
【0062】
<絶縁被膜について>
続いて、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板は有していることが好ましい絶縁被膜について、簡単に説明する。
【0063】
ここで、本実施形態に係る絶縁被膜は、上述した無方向性電磁鋼板の製造方法の絶縁被膜形成工程によって得ることができる。
無方向性電磁鋼板の磁気特性を向上させるためには、鉄損を低減することが重要であるが、かかる鉄損は、渦電流損とヒステリシス損とから構成されている。鋼板母材の表面に絶縁被膜を設けることで、鉄心として積層された電磁鋼板間の導通を抑制して鉄心の渦電流損を低減することが可能となり、無方向性電磁鋼板の実用的な磁気特性を更に向上させることが可能となる。
【0064】
<無方向性電磁鋼板の磁気特性の測定方法について>
本実施形態に係る無方向性電磁鋼板は、上記のような構造を有することで、優れた磁気特性を示すものとなる。ここで、本実施形態に係る無方向性電磁鋼板の示す各種の磁気特性は、JIS C2550に規定されたエプスタイン法にて測定することが可能である。
【実施例
【0065】
以下では、実施例及び比較例を示しながら、本発明に係る無方向性電磁鋼板について、具体的に説明する。なお、以下に示す実施例は、あくまでも本発明に係る無方向性電磁鋼板の一例であって、本発明に係る無方向性電磁鋼板が下記の例に限定されるものではない。
【0066】
(実施例1)
表1に示す組成を含有し、残部がFe及び不純物からなる鋼スラブを、1150℃に加熱した後、熱間圧延にて2.0mm厚に圧延した。続いて、試験番号1~14および27~34の熱延板を1000℃で40秒の連続焼鈍式の熱延板焼鈍を実施した。試験番号15~26の熱延板については熱延板焼鈍を実施しなかった。次いで、前記熱延板および前記熱延板焼鈍板をMnを0.25±0.05g/L含有する80℃の酸洗液(pH<1)に30秒浸漬させた。その後、冷間圧延で0.25mm厚として、1000℃で15秒の仕上焼鈍を行った。その後、更に、リン酸金属塩を主体とし、アクリル樹脂のエマルジョンを含む溶液を鋼板の両面に塗布及び焼き付けし、複合絶縁被膜を形成することで、無方向性電磁鋼板を製造した。
ここで上記の仕上焼鈍の昇温工程における500~800℃の昇温速度は400℃/sとし、雰囲気露点は-30℃とした。均熱焼鈍温度における酸素ポテンシャルを0.01とした。
なお、以下の表1において、「Tr」とは、該当する元素を意図して添加していないことを表している。
その後、製造したそれぞれの無方向性電磁鋼板について、JIS C2550に規定されたエプスタイン法により、磁束密度B50及び鉄損W10/400を評価した。得られた結果を、以下の表1にあわせて示した。
また、得られた無方向性電磁鋼板の地鉄について、断面を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察し、倍率10000で10視野測定し、MnSiOとSiOの複合析出物の平均個数密度をカウントした。得られた結果を、表1にあわせて示した。
なお、評価の欄で、鉄損が11.5以下のものをVG:Very Good(非常に良好)、11.5超12.5以下をG:Good(良好)、12.5超13.0以下をF:Fine(効果あり)、13.0超あるいは破断等によって評価不可だったものをNG:Not Good(不良)としている。
【0067】
【表1】
【0068】
(実施例2)
表1記載の、残部がFe及び不純物からなる鋼スラブを、1160℃に加熱した後、熱間圧延にて2.0mm厚に圧延した。続いて、試験番号A1~15およびa1~2の熱延板を1000℃で40秒の連続焼鈍式の熱延板焼鈍した。試験番号A16~A20の熱延板は熱延板焼鈍を実施しなかった。次いで、前記熱延板および前記熱延板焼鈍板に対し、表2記載の条件で酸洗を行なった。その後、冷間圧延で0.25mm厚として、表2記載の条件で15秒の仕上焼鈍を行った。その後、更に、リン酸金属塩を主体とし、アクリル樹脂のエマルジョンを含む溶液を鋼板の両面に塗布及び焼き付けし、複合絶縁被膜を形成することで、無方向性電磁鋼板を製造した。その後、製造したそれぞれの無方向性電磁鋼板について、JIS C2550に規定されたエプスタイン法により、磁束密度B50及び鉄損W10/400を評価した。得られた結果を、以下の表2にあわせて示した。
また、得られた無方向性電磁鋼板の地鉄について、断面を透過型電子顕微鏡(TEM)により観察し、倍率10000で10視野測定し、MnSiOとSiOの複合析出物の平均個数密度をカウントした。得られた結果を、以下の表2にあわせて示した。
なお、評価の欄で、表1と同様に、鉄損が11.5以下のものをVG:Very Good(非常に良好)、11.5超12.5以下をG:Good(良好)、12.5超13.0以下をF:Fine(効果あり)、13.0超あるいは破断等によって評価不可だったものをNG:Not Good(不良)としている。
【0069】
【表2】
図1
図2
図3