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  • 特許-鋼板及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-17
(45)【発行日】2024-12-25
(54)【発明の名称】鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20241218BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20241218BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20241218BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/00 301T
C22C38/60
C21D9/46 G
C21D9/46 J
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022574012
(86)(22)【出願日】2021-12-24
(86)【国際出願番号】 JP2021048346
(87)【国際公開番号】W WO2022149502
(87)【国際公開日】2022-07-14
【審査請求日】2023-04-17
(31)【優先権主張番号】P 2021001682
(32)【優先日】2021-01-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】塚本 絵里子
(72)【発明者】
【氏名】竹田 健悟
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/116531(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/187060(WO,A1)
【文献】特開2016-130357(JP,A)
【文献】国際公開第2020/130631(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/200579(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/200580(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板であって、
化学組成が、質量%で、
C:0.10~0.40%、
Si:0.10~1.20%、
Al:0.30~1.50%、
Mn:1.0~4.0%、
P:0.0200%以下、
S:0.0200%以下、
N:0.0200%以下、
O:0.0200%以下、
Ni:0~1.00%、
Mo:0~0.50%、
Cr:0~2.00%、
Ti:0~0.100%、
B:0~0.0100%、
Nb:0~0.10%、
V:0~0.50%、
Cu:0~0.50%、
W:0~0.10%、
Ta:0~0.100%、
Co:0~0.50%、
Mg:0~0.050%、
Ca:0~0.0500%、
Y:0~0.050%、
Zr:0~0.050%、
La:0~0.0500%、
Ce:0~0.050%、
Sn:0~0.05%、
Sb:0~0.050%、
As:0~0.050%、を含み、
残部がFeおよび不純物であり、
前記鋼板の圧延方向に平行な板厚断面の表面から板厚方向に、板厚の1/4の深さ位置の金属組織において、
フェライト、ベイナイト、パーライトの体積率が合計で0%以上、50%以下であり、
残留オーステナイトの体積率が3%以上、20%以下であり、
残部がフレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトの1種または2種であり、
アスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトが、面積率で、前記全残留オーステナイトのうちの80%以上を占め、
前記鋼板の前記表面からの厚みが4.0μm以上15.0μm以下である内部酸化層と、前記鋼板の前記表面からの厚みが10μm以上100μm以下である脱炭層とを有し、
前記鋼板中に含まれる拡散性水素量が、質量基準で1.00ppm以下であ
前記内部酸化層の前記厚みは、Mn濃度が鋼板内部の代表濃度の90%となる位置をX1としたときの、前記表面から前記X1までの距離であり、前記脱炭層は、前記鋼板内部の平均硬度に対して、平均硬度が80%以下となる最も深い位置よりも鋼板の表面側の領域であり、
前記拡散性水素量は、昇温速度が100℃/時間で300℃まで、ガスクロマトグラフによる昇温水素分析法で測定した際、室温から200℃までに鋼材から放出された水素量である、
鋼板。
【請求項2】
前記表面に溶融亜鉛めっき層を有する、請求項1に記載の鋼板。
【請求項3】
前記表面に合金化溶融亜鉛めっき層を有する、請求項1に記載の鋼板。
【請求項4】
請求項1に記載の鋼板の製造方法であって、
請求項1に記載の前記化学組成を有するスラブを熱間圧延し、熱延鋼板とする熱間圧延工程と、
前記熱延鋼板を5℃/s以上の冷却速度で冷却し、400℃以下で巻き取る巻取工程と、
前記巻取工程後の前記熱延鋼板を、酸洗した後に、0.5%以上20.0%以下の圧下率で冷間圧延して冷延鋼板とする冷間圧延工程と、
前記冷延鋼板を、1時間以上かつ下記式(1)で表されるt時間以上の間、大気中で放置する水素量低減工程と、
前記水素量低減工程後の前記冷延鋼板を焼鈍する焼鈍工程と、
を有し、
前記焼鈍工程は、
前記冷延鋼板に対して、150~400℃において半径が1500mm以下のロールで鋼板へ曲げ曲げ戻しを付与し、
前記冷延鋼板を、露点が-20℃から20℃の、0.1~30.0体積%の水素を含み残部が窒素および不純物である雰囲気で加熱し、
前記加熱後の前記冷延鋼板を、Ac1~Ac3℃の保持温度で1秒以上1000秒以下保持し、
前記保持後の前記冷延鋼板を、平均冷却速度4℃/s以上で100~340℃まで冷却し、
前記冷却後の前記冷延鋼板を、再加熱し、350℃以上480℃以下で80秒以上保持する、
鋼板の製造方法。
t=-2.4×T+96 (1)
ここで、T:放置時の平均気温(℃)である。
【請求項5】
さらに、前記焼鈍工程後の前記冷延鋼板を、(亜鉛めっき浴温度-40)℃~(亜鉛めっき浴温度+50)℃の温度域に制御した後、溶融亜鉛めっき浴に浸漬することにより、前記冷延鋼板の表面に溶融亜鉛めっきを形成する溶融亜鉛めっき工程を有する、
請求項4に記載の鋼板の製造方法。
【請求項6】
さらに、前記溶融亜鉛めっき鋼板を、300~500℃の温度域に加熱してめっき層を合金化する合金化工程を有する、
請求項5に記載の鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板及びその製造方法に関する。
本願は、2021年01月07日に、日本に出願された特願2021-001682号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
自動車を軽量化して燃費を高め、炭酸ガスの排出量を低減するとともに、搭乗者の安全性を確保するため、自動車用鋼板として高強度鋼板が使用されている。近年、車体および部品の耐食性を十分に確保するため、自動車用鋼板として、高強度溶融亜鉛めっき鋼板に加えて、高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板も使用されている(例えば、特許文献1を参照)。
【0003】
また、自動車用部品に供する高強度鋼板には、強度だけでなく、例えば均一伸びなどの部品成形のために必要な特性(成形性)が、要求される。強度と成形性とはトレードオフの関係にあるが、これらを両立する手段として、残留オーステナイトの変態誘起塑性を利用した高強度鋼板であるTRIP(TRansformation Induced Plasticity)鋼板が知られている。
【0004】
しかしながら、車体および/または部品の組立てのため、亜鉛めっき鋼板(溶融亜鉛めっき鋼板、電気亜鉛めっき鋼板または合金化溶融亜鉛めっき鋼板)同士をスポット溶接したり、冷延鋼板と亜鉛めっき鋼板とをスポット溶接したりすると、スポット溶接部において、溶融金属脆化(Liquid Metal Embrittlement:LME)割れと呼ばれる割れが発生することがある。LME割れは、スポット溶接時に発生する熱で亜鉛めっき層の亜鉛が溶融し、溶接部の鋼板組織の結晶粒界に溶融亜鉛が侵入し、その状態に引張応力が作用することで生じる割れである。LME割れは、一方が、亜鉛めっきを施していない冷延鋼板であっても、他方が亜鉛めっき鋼板であれば、スポット溶接する際に、亜鉛めっき鋼板で溶融した亜鉛が冷延鋼板に接することによりLME割れが発生することがある。
また、LME割れは、特に、高強度TRIP鋼板(変態誘起塑性鋼板)をスポット溶接した際に、顕著に発生する。高強度TRIP鋼板とは、通常の高強度鋼板よりもC、Si、Mn濃度が高く、残留オーステナイトを含むことにより、優れたエネルギー吸収能およびプレス成形性を有する鋼板のことである。
【0005】
また、引張強さが980MPaを超えるような超高強度鋼板の場合、成形性だけではなく、鋼板の水素脆化割れの問題を解決する必要がある。水素脆化割れとは、使用状況下において高い応力が作用している鋼部材が、環境から鋼中に侵入した水素に起因して、突然破壊する現象である。この現象は、破壊の発生形態から、遅れ破壊とも呼ばれる。一般に、鋼板の水素脆化割れは、鋼板の引張強さが上昇するほど発生し易くなることが知られている。これは、鋼板の引張強さが高いほど、部品成形後に鋼板に残留する応力が増大するためであると考えられている。この水素脆化割れ(遅れ破壊)に対する感受性のことを耐水素脆化特性と呼称する。自動車用鋼板の場合、水素脆化割れは、大きな塑性ひずみが与えられる曲げ加工部で特に生じやすい。したがって、高強度鋼板を自動車部材に用いる場合、伸び、曲げ性、穴広げ性などの成形性だけでなく、曲げ加工部の耐水素脆化特性の向上が求められる。車体に用いられる高強度鋼板は、鋼中水素によって脆化しやすく、曲げ変形などの応力が加わった状態で、低応力で割れや破断が発生しやすい。
【0006】
このような課題に対し、例えば特許文献2には、延性および穴広げ性に優れ、化成処理性、めっき密着性に優れ、疲労特性と曲げ加工部の耐水素脆化特性とが良好な高強度鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2018/043453号
【文献】国際公開第2019/187060号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、自動車では、部品の成形の際、打ち抜き加工が行われる。本発明者らが検討した結果、特許文献2の高強度鋼板は、曲げ加工部の耐水素脆化特性に優れるものの、打ち抜き加工を行った場合には、打ち抜き端面で水素脆化が生じることが懸念され、近年のより高い衝突特性への要求には応えられない場合があることが分かった。
【0009】
上記のように、従来、高強度を有するとともに、成形性、耐衝突特性(特に打ち抜き加工部での耐衝突特性)、及びスポット溶接時の耐LME性に優れた鋼板は開示されていなかった。
以上を鑑み、本発明は、高強度を有するとともに、成形性(特に均一伸び)、耐衝突特性(特に打ち抜き加工部)、及びスポット溶接時の耐LME性に優れた鋼板及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記知見に基づいてなされたもので、その要旨は以下の通りである。
【0011】
[1]本発明の一態様に係る鋼板は、鋼板であって、化学組成が、質量%で、C:0.10~0.40%、Si:0.10~1.20%、Al:0.30~1.50%、Mn:1.0~4.0%、P:0.0200%以下、S:0.0200%以下、N:0.0200%以下、O:0.0200%以下、Ni:0~1.00%、Mo:0~0.50%、Cr:0~2.00%、Ti:0~0.100%、B:0~0.0100%、Nb:0~0.10%、V:0~0.50%、Cu:0~0.50%、W:0~0.10%、Ta:0~0.100%、Co:0~0.50%、Mg:0~0.050%、Ca:0~0.0500%、Y:0~0.050%、Zr:0~0.050%、La:0~0.0500%、Ce:0~0.050%、Sn:0~0.05%、Sb:0~0.050%、As:0~0.050%、を含み、残部がFeおよび不純物であり、前記鋼板の圧延方向に平行な板厚断面の表面から板厚方向に、板厚の1/4の深さ位置の金属組織において、フェライト、ベイナイト、パーライトの体積率が合計で0%以上、50%以下であり、残留オーステナイトの体積率が3%以上、20%以下であり、残部がフレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトの1種または2種であり、アスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトが、面積率で、前記全残留オーステナイトのうちの80%以上を占め、前記鋼板の前記表面からの厚みが4.0μm以上15.0μm以下である内部酸化層と、前記鋼板の前記表面からの厚みが10μm以上100μm以下である脱炭層とを有し、前記鋼板中に含まれる拡散性水素量が、質量基準で1.00ppm以下であ前記内部酸化層の前記厚みは、Mn濃度が鋼板内部の代表濃度の90%となる位置をX1としたときの、前記表面から前記X1までの距離であり、前記脱炭層は、前記鋼板内部の平均硬度に対して、平均硬度が80%以下となる最も深い位置よりも鋼板の表面側の領域であり、前記拡散性水素量は、昇温速度が100℃/時間で300℃まで、ガスクロマトグラフによる昇温水素分析法で測定した際、室温から200℃までに鋼材から放出された水素量である
[2]上記[1]に記載の鋼板では、前記表面に溶融亜鉛めっき層を有してもよい。
[3]上記[1]に記載の鋼板では、前記表面に合金化溶融亜鉛めっき層を有してもよい。
[4]本発明の別の態様に係る鋼板の製造方法は、[1]に記載の鋼板の製造方法であって、[1]に記載の前記化学組成を有するスラブを熱間圧延し、熱延鋼板とする熱間圧延工程と、前記熱延鋼板を5℃/s以上の冷却速度で冷却し、400℃以下で巻き取る巻取工程と、前記巻取工程後の前記熱延鋼板を、酸洗した後に、0.5%以上20.0%以下の圧下率で冷間圧延して冷延鋼板とする冷間圧延工程と、前記冷延鋼板を、1時間以上かつ下記式(1)で表されるt時間以上の間、大気中で放置する水素量低減工程と、前記水素量低減工程後の前記冷延鋼板を焼鈍する焼鈍工程と、を有し、前記焼鈍工程は、前記冷延鋼板に対して、150~400℃において半径が1500mm以下のロールで鋼板へ曲げ曲げ戻しを付与し、前記冷延鋼板を、露点が-20℃から20℃の、0.1~30.0体積%の水素を含み残部が窒素および不純物である雰囲気で加熱し、前記加熱後の前記冷延鋼板を、Ac1~Ac3℃の保持温度で1秒以上1000秒以下保持し、前記保持後の前記冷延鋼板を、平均冷却速度4℃/s以上で100~340℃まで冷却し、前記冷却後の前記冷延鋼板を、再加熱し、350℃以上480℃以下で80秒以上保持する。
t=-2.4×T+96 (1)
ここで、T:放置時の平均気温(℃)である。
[5]上記[4]に記載の鋼板の製造方法では、さらに、前記焼鈍工程後の前記冷延鋼板を、(亜鉛めっき浴温度-40)℃~(亜鉛めっき浴温度+50)℃の温度域に制御した後、溶融亜鉛めっき浴に浸漬することにより、前記冷延鋼板の表面に溶融亜鉛めっきを形成する溶融亜鉛めっき工程を有してもよい。
[6]上記[5]に記載の鋼板の製造方法では、さらに、前記溶融亜鉛めっき鋼板を、300~500℃の温度域に加熱してめっき層を合金化する合金化工程を有してもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の上記態様によれば、高い強度を有するとともに、成形性、耐衝突特性、スポット溶接時の耐LME性に優れた鋼板及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】耐溶融金属脆化割れ性(耐LME性)を評価する試験方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の一実施形態に係る鋼板(本実施形態に係る鋼板)及びその製造方法について説明する。
本実施形態に係る鋼板は、後述する所定の化学組成を有し、
金属組織において、
フェライト、ベイナイト、パーライトの体積率が合計で0%以上、50%以下であり、
残留オーステナイトの体積率が3%以上、20%以下であり、
残部がフレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトの1種または2種であり、
アスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトが、面積率で、前記全残留オーステナイトのうちの80%以上を占め、
前記鋼板の表面からの厚みが4.0μm以上である内部酸化層と、前記鋼板の前記表面からの厚みが10μm以上100μm以下である脱炭層とを有し、
前記鋼板中に含まれる拡散性水素量が、質量基準で1.00ppm以下である。
【0015】
<金属組織>
まず、本実施形態に係る鋼板の金属組織(ミクロ組織)について説明する。以下、組織分率は体積率で表示するので、組織分率の単位「%」は断りがない限り体積%を意味する。画像処理により組織分率を同定するものは、面積率を体積率とみなす。本実施形態に係る鋼板の金属組織は、特に断りが無い限りは板厚1/4部(表面から板厚方向に、板厚の1/4の深さ位置)における金属組織を表す。板厚1/4部の金属組織を規定する理由は、板厚方向において、表面近傍及び板厚中心近傍では、それぞれ、脱炭及びMn偏析により鋼板のミクロ組織(構成要素)がその他の部分と大きく異なる場合があるからであり、板厚1/4部の金属組織が、鋼板の代表的な組織となるからである。
【0016】
[フェライト、ベイナイト及びパーライト:合計で0~50%]
フェライトは、軟質な組織であるので変形し易く、伸びの向上に寄与する組織である。しかしながら、所望の高強度を得るためには、フェライトの体積率を制限する必要がある。
ベイナイトは焼鈍後に350℃以上、450℃以下に一定時間保持することで得られる組織である。ベイナイトは、マルテンサイトに対して軟質であるので、伸びの向上に寄与する組織である。しかしながら、所望の高強度を得るためには、フェライトと同様に体積率を制限する必要がある。
パーライトは、硬質な鉄炭化物を含み、穴広げ時にボイドの発生の起点となる組織である。
上記の理由から、本実施形態に係る鋼板では、フェライト、ベイナイト及びパーライトの体積率は合計で50%以下とする。強度を高めるためには、フェライト、ベイナイト及びパーライトの合計体積率は、合計で40%以下としても良い。本実施形態の効果を得るためには、フェライト、ベイナイト及びパーライトは必須ではないので、その下限は0%である。
【0017】
[残留オーステナイト:3~20%]
残留オーステナイトは、TRIP効果により、伸び(特に均一伸び)の向上に寄与する組織である。この効果を得るため、残留オーステナイトの体積率は3%以上とする。残留オーステナイトの体積率は、好ましくは5%以上、より好ましくは7%以上である。
一方、残留オーステナイトの体積率が過剰になると、残留オーステナイトの粒径が大きくなる。このような粒径の大きな残留オーステナイトは、変形後に粗大かつ硬質なマルテンサイトとなる。この場合、割れの起点となりやすくなり、穴広げ性が劣化するため好ましくない。このため、残留オーステナイトの体積率は20%以下とする。残留オーステナイトの体積率は、好ましくは18%以下、より好ましくは16%以下である。
【0018】
また、本実施形態に係る鋼板では、後述のように、残留オーステナイトの体積率だけでなく、残留オーステナイトのアスペクト比を制御することで、残留オーステナイトの安定性を高めている。残留オーステナイトの安定性が高いことで、硬質相であるフレッシュマルテンサイト相への加工誘起変態を抑制できるため、均一伸びが向上する。
【0019】
[残部:フレッシュマルテンサイト及び/または焼き戻しマルテンサイト]
上述したフェライト、ベイナイト、パーライト、残留オーステナイト以外の残部は、フレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトの1種または2種である。
フレッシュマルテンサイトは、転位密度が高く硬質な組織であるので、引張強さの向上に寄与する組織である。
焼き戻しマルテンサイトは、フレッシュマルテンサイトと同様に、ラス状の結晶粒の集合であり、引張強さの向上に寄与する組織である。一方で、焼き戻しマルテンサイトは、フレッシュマルテンサイトとは異なり、焼き戻しにより内部に微細な鉄系炭化物を含む硬質な組織である。
焼き戻しマルテンサイトは、焼鈍後の冷却等により生成したフレッシュマルテンサイトを熱処理等により焼き戻すことで得られる。
フェライト、ベイナイト、パーライト、残留オーステナイトの体積率を考慮すると、フレッシュマルテンサイトと焼き戻しマルテンサイトとの合計体積率は、30~97%となる。
【0020】
金属組織における、フェライト、ベイナイト、パーライト、残留オーステナイト、フレッシュマルテンサイトおよび焼き戻しマルテンサイトの同定と体積率の算出とについて説明する。
【0021】
残留オーステナイトの体積率は、X線を用いて回折強度を測定して算出することができる。
X線を用いる測定では、鋼板から切り出した試料の表面から板厚の1/4深さ位置までを機械研磨及び化学研磨により除去し、研磨面(1/4深さ位置)において、MoKα線を用いて、X線回折を行い、bcc相の(200)、(211)、及び、fcc相の(200)、(220)、(311)の回折ピークの積分強度比から、残留オーステナイトの組織分率を算出する。一般的な算出方法として5ピーク法が利用される。
【0022】
フレッシュマルテンサイトの体積率は、以下の手順で求める。
鋼板の圧延方向に平行な板厚断面が観察面となるように試料を採取する。試料の観察面をレペラ液でエッチングし、表面から板厚の1/4深さ位置を中心とする表面から板厚の1/8~3/8の範囲内の100μm×100μmの領域について、電界放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて3000倍の倍率で観察し、得られた二次電子像から決定する。レペラ腐食では、フレッシュマルテンサイトおよび残留オーステナイトは腐食されないため、腐食されていない領域の面積率は、フレッシュマルテンサイト及び残留オーステナイトの合計面積率である。この腐食されていない領域の面積率をフレッシュマルテンサイト及び残留オーステナイトの合計面積率であるとみなし、この合計面積率から、上述したX線で測定した残留オーステナイトの体積率を引算することで、フレッシュマルテンサイトの体積率を算出する。
【0023】
フェライト、ベイナイト、パーライト、焼き戻しマルテンサイトの体積率は、FE-SEMにより観察し、得られた二次電子像から決定することができる。観察面は、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面とする。観察面に対して研磨及びナイタールエッチングを行い、観察面における、表面から板厚の1/4深さの位置を中心とする表面から板厚の1/8~3/8の範囲内の100μm×100μmの領域を、3000倍の倍率で観察する。前述のレペラ腐食で観察した領域の周囲に圧痕を複数個残すことで、レペラ腐食で観察した領域と同じ領域を確認することができる。
観察において、フェライトは、粒界の内側が均一なコントラストで写る。ベイナイトは、ラス状の結晶粒の集合であり、内部に長径20nm以上の鉄系炭化物を含まないもの、または、内部に長径20nm以上の鉄系炭化物を含み、その炭化物が、単一のバリアント、すなわち、同一方向に伸長した鉄系炭化物群に属する。ここで、同一方向に伸長した鉄系炭化物群とは、鉄系炭化物群の伸長方向の差異が5°以内であるものをいう。焼き戻しマルテンサイトは、ラス状の結晶粒の集合であり、内部に長径20nm以上の鉄系炭化物を含むが、組織内のセメンタイトが複数のバリアントを有する。また、セメンタイトがラメラ状に析出している領域がパーライトである。これらの違いに基づいて、各組織を同定し、画像処理によって面積率を算出する。そして、本実施形態では、前述のように、画像処理により面積率を算出した値を体積率とみなす。
【0024】
[アスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトの割合:全残留オーステナイトのうちの80面積%以上]
残留オーステナイトは、針状化させることにより、歪を受けたときの安定性が向上する。具体的には、残留オーステナイトは、粒界から段階的にマルテンサイトに変態し、この変態に伴い歪が生じる。変態が進行すると、粒界近傍で生じた転位は、粒内を通って反対側の粒界へ移動し、転位が蓄積される。残留オーステナイトが針状の場合、転位が生じる粒界近傍から転位が蓄積される粒界までの距離が近い。そのため、蓄積した転位と新たに生じる転位との間に斥力が生じ、マルテンサイト変態により生じる歪が許容されない。以上の機構でマルテンサイト変態が阻害されるため、残留オーステナイトの安定性が向上する。
本実施形態に係る鋼板では、後述する方法で残留オーステナイトを針状としているが、形状の制御がなされずに生成する残留オーステナイトは、針状組織にならず、それぞれの残留オーステナイトにおいて安定性にばらつきがあるため、均一伸びが悪化する。
さらに、オーステナイト内部には水素が残存しやすいが、針状化したオーステナイトは、塊状オーステナイトに比べ表面積が大きいため、後述の保持過程において、オーステナイト内部の水素拡散が促進される。これによって、鋼板中の拡散性水素量を低減することができる。
本実施形態では「アスペクト比が3.0以上である残留オーステナイト」を「針状化した残留オーステナイト」と定義する。アスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトが、全残留オーステナイトのうちの80%以上であることにより、均一伸びが向上するとともに、耐水素脆化特性が向上する。アスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトは、好ましくは全残留オーステナイトのうちの83%以上であり、より好ましくは85%以上である。全残留オーステナイトに占めるアスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトの割合の上限は特に定められず、理想的には100%である。ここで言う「割合」は、後述するように面積率である。
面積率を規定する残留オーステナイトのアスペクト比の上限は限定されないが、アスペクト比が高い場合は残留γが変態した際にボイドの発生起点となり、均一伸びが低下する可能性がある。そのため好ましくは、アスペクト比が3.0~8.0の残留オーステナイトの割合が80%以上である。
【0025】
全残留オーステナイトに占めるアスペクト比が3.0以上の残留オーステナイトの面積割合は、FE-SEMを用いたEBSD解析法によって行う。
具体的には、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面とする試料を採取し、試料の観察面を研磨した後、電解研磨によってひずみ影響層を除去し、表面から板厚の1/4深さ位置を中心とする表面から板厚の1/8~3/8の範囲内の100μm×100μmの領域を、測定ステップを0.05μmとして、EBSD解析を行う。測定の倍率は1000~9000倍のうち任意の倍率を選択し、例えば前述のSEM-反射電子像の観察と同じ3000倍としてもよい。測定後のデータから残留オーステナイトマップを作成し、アスペクト比が3.0以上の残留オーステナイトを抽出して面積率(アスペクト比が3.0以上の残留オーステナイトの面積/全残留オーステナイトの面積)を求める。
【0026】
[内部酸化層厚み:表面から4.0μm以上]
本実施形態に係る鋼板は、表面からの厚みが4.0μm以上である内部酸化層を有する(表面から少なくとも4.0μmの深さまで、内部酸化層が形成されている)。内部酸化層とは、結晶粒界の少なくとも一部がSi、Mn等の易酸化性元素の酸化物によって被覆された層のことである。結晶粒界が酸化物によって被覆されることで、溶接時に溶融金属の結晶粒界への侵入を抑制するとともに、溶接中のLME割れを抑制することが可能になる。内部酸化層の厚みが4.0μm未満であると、上記効果が十分に得られない。そのため、内部酸化層の厚みを4.0μm以上とする。
一方、内部酸化層の厚みが厚すぎると、均一伸びが低下する。よって、内部酸化層の上限は15.0μm以下とすることが好ましい。
ただし、めっき鋼板の場合、表面とは、母材鋼板の表面(めっき層と母材鋼板との界面)を指す。
【0027】
内部酸化層の厚みは、以下の方法で求める。
鋼板の板厚(めっき鋼板の場合には母材鋼板の板厚)をtとしたとき、表面から板厚方向にt/2の位置を板厚中心Cとする。鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を測定面として、鋼板の表面を原点として表面から板厚中心Cへ向かって120μmの距離にわたって、Mnの濃度分布を高周波グロー放電発光分析装置(GDS)によって連続的に測定する。内部酸化層の形成によって、酸化物周辺の固溶Mnが欠乏して、Mn濃度が低下するので、Mn濃度は、内部酸化層では低く、内部酸化層から板厚内部に向かって増加していき、あるところから一定の濃度となる。そのため、この一定となった位置の濃度を鋼板内部の代表濃度とする。内部酸化層から板厚内部に向かってMn濃度が増加していくとき、Mn濃度が鋼板内部の代表濃度の90%となる位置をX1とし、表面からX1までの距離を内部酸化層の厚みと定義する。
高周波グロー放電分析法で分析する場合には、公知の高周波GDS分析法を用いることができる。具体的には、鋼板の表面をAr雰囲気にし、電圧をかけてグロープラズマを発生させた状態で、鋼板表面をスパッタリングさせながら深さ方向に分析する方法を用いる。そして、グロープラズマ中で原子が励起されて発せられる元素特有の発光スペクトル波長から、材料(鋼板)に含まれる元素を同定し、同定した元素の発光強度から材料に含まれる元素の量を見積もる。深さ方向のデータは、スパッタ時間から見積もることができる。具体的には、予め標準サンプルを用いてスパッタ時間とスパッタ深さとの関係を求めておくことで、スパッタ時間をスパッタ深さに変換できる。したがって、スパッタ時間から変換したスパッタ深さを、材料の表面からの深さと定義できる。高周波GDS分析では、市販の分析装置を用いることができる。
【0028】
[脱炭層厚み:表面から10μm以上100μm以下]
加工後の曲げ性を改善するためには、鋼板の表層を軟質化することが重要な要件の一つである。鋼板の表層を軟質化する手段として、鋼板の表層に脱炭層を設けることが考えられる。
また、鋼板の表層に脱炭層が存在することにより、曲げ後の耐水素脆化特性に優れる。脱炭層が存在することよって曲げ後の耐水素脆化特性が優れる詳細な機構は明らかでないが、脱炭により表層の組織における残留オーステナイト量が低減することで、曲げ加工時に加工誘起変態して生成するフレッシュマルテンサイト量が低減し、耐水素脆化特性が向上することが考えられる。
本実施形態に係る鋼板では、上記効果を得るため、鋼板の表面からの厚みが10μm以上である脱炭層を有する(表面から少なくとも10μmの深さまで、脱炭層が形成されている)。脱炭層の厚みが、10μm未満では、上記効果が十分に得られない。一方、脱炭層の厚みが、100μm超であると、強度が不足する。そのため、脱炭層の厚みは100μm以下とする。
【0029】
脱炭層の厚みは、以下の方法で求める。
本実施形態に係る鋼板では、鋼板内部の平均硬度に対して平均硬度が80%以下である最も深い位置よりも鋼板の表面側の領域(めっき層は除く)を脱炭層と定義する。本実施形態において、鋼板内部の平均硬度および鋼板の厚さ方向の各位置における平均硬度は、以下のようにして求める。
鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面として試料を採取し、観察面を研磨して鏡面に仕上げ、さらに表層の加工層を除去するためにコロイダルシリカを用いて化学研磨を行う。得られた試料の観察面について、微小硬度計を用いて、表面(めっき鋼板の場合には母材鋼板とめっき層との界面)から5μmの深さを起点として、表面から板厚の1/8厚さの位置まで、鋼板の厚さ方向に10μmピッチで、頂角136°の四角錐形状のビッカース圧子を押し込む。このとき、押し込み荷重は互いのビッカース圧痕が干渉しないように設定する。たとえば、押し込み荷重20gfである。その後、光学顕微鏡または走査型電子顕微鏡等を用いて、圧痕の対角線長さを測定し、ビッカース硬さ(Hv)に変換する。
次に、測定位置を圧延方向に10μm以上移動し、起点を表面から10μmの深さ位置として板厚1/8厚さの位置まで同様の測定を行う。次に、また測定位置を圧延方向に10μm以上移動し表面から5μmの深さの位置を起点として、表面から板厚の1/8厚さの位置まで、同様の測定を行う。次に、測定位置を圧延方向に10μm以上移動し、起点を最表層から10μm深さ位置として板厚1/8厚さの位置まで同様の測定を行う。これを繰り返すことによって、各深さ位置につき各5点ずつのビッカース硬さを測定する。こうすることにより、事実上、深さ方向に5μmピッチの硬度測定データが得られる。測定間隔を単純に5μmピッチとしないのは、圧痕同士の干渉を避けるためである。同じ深さ位置の5点の平均値を、その厚さ位置での硬さとする。各データ間は直線で補間することにより、深さ方向の硬さプロファイルを得る。
また、同観察面の1/4厚さ位置を中心とする1/8厚~3/8厚の範囲について、少なくとも5点の硬度を、上記と同じ要領で微小硬度測定装置を用いて測定し、値を平均することにより得られた値を、鋼板内部の平均硬度とする。
上記のように求めた鋼板内部の平均硬度に対して、平均硬度が80%以下となる最も深い位置よりも鋼板の表面側の領域を脱炭層とする。
【0030】
本実施形態に係る鋼板では、表面から板厚方向に厚さ10~100μmの領域において、上記のように定義される脱炭層が存在する。言い換えれば、鋼板の表層部に、硬度が鋼板内部の平均硬度の80%以下である脱炭層が存在し、その脱炭層の厚さが10~100μmである。
【0031】
[鋼板中に含まれる拡散性水素量:1.00ppm以下]
鋼板中の拡散性水素量が少ないほど、耐衝突特性に優れる。本実施形態に係る鋼板では、高強度であっても、耐衝突特性に優れるよう、鋼板中の拡散性水素量を、質量基準で1.00ppm以下とする。拡散性水素量が1.00ppm超では耐衝突特性が低下する。拡散性水素量は、好ましくは0.80ppm以下である。
耐水素脆化特性とは、限界拡散性水素量で評価されることもあるが、本実施形態に係る鋼板では、製造時の水素量を減少させる観点で、鋼板中の拡散性水素量を制御している。
【0032】
鋼板中の拡散性水素量は、ガスクロマトグラフによる昇温水素分析法(昇温速度:100℃/時間、300℃まで測定)で測定し、室温から200℃までに鋼材から放出された水素量を拡散性水素量とする。
【0033】
次に、本実施形態に係る鋼板の化学組成の限定理由について説明する。以下、成分組成に係る%は質量%を意味する。
【0034】
<化学組成>
C:0.10~0.40%
Cは、所定量のマルテンサイト(フレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイト)を確保し、鋼板の強度を向上させる元素である。C含有量が0.10%以上であると、所定量のマルテンサイトを得ることができ、所望の引張強さを確保することができる。C含有量は好ましくは0.12%以上である。
一方、C含有が0.40%を超えると、溶接性や耐LME性が劣化するとともに穴広げ性が劣化する。また耐水素脆性も劣化する。そのため、C含有量は0.40%以下とする。C含有量は好ましくは0.35%以下である。
【0035】
Si:0.10%~1.20%
Siは固溶強化により鋼板の強度を向上させるのに有用な元素である。また、Siはセメンタイトの生成を抑制するので、オーステナイト中へのCの濃化を促進させて、焼鈍後に残留オーステナイトを生成させるのに有効な元素である。また、Siは、後述する焼鈍工程においてγ粒界上に炭素(C)を偏析させる効果を有する。Si含有量が0.10%未満では上記作用による効果を得ることが困難となり、十分な均一伸びが得られない上に耐水素脆性が劣化するため好ましくない。したがって、Si含有量は0.10%以上とする。Si含有量は、好ましくは0.50%以上、より好ましくは0.60%以上である。
一方、Si含有量が1.20%超であると、溶接時にLME割れが生じ易くなる上、化成処理性およびめっき性が著しく劣化する。したがって、Si含有量は1.20%以下とする。Si含有量は、好ましくは1.10%以下、より好ましくは1.00%以下である。
【0036】
Al:0.30%以上、1.50%以下
Alは、溶鋼を脱酸する作用を有する元素である。またAlは、Siと同様にセメンタイトの生成を抑制するので、オーステナイト中へのCの濃化を促進させて、焼鈍後に残留オーステナイトを生成させるのに有効な元素である。本実施形態に係る鋼板では、耐LME性の向上のため、Si含有量を上述の範囲とした上で、残留γの体積率を上げるため、Al含有量を比較的高い範囲とする。具体的には、Al含有量が0.30%未満の場合にはこれらの効果が十分に得られないので、Al含有量は0.30%以上とする。Al含有量は、好ましくは0.40%以上、より好ましくは0.50%以上である。
一方、Al含有量が高すぎると、粗大なAl酸化物が生成されて鋼板の加工性が低下する。また、Al含有量が高いと鋳造性が悪化する。したがって、Al含有量は1.50%以下とする。Al含有量は、好ましくは1.40%以下、より好ましくは1.30%以下である。
【0037】
Mn:1.0~4.0%
Mnは、鋼の焼入れ性を向上させる作用を有し、本実施形態の金属組織を得るのに有効な元素である。Mn含有量を1.0%以上とすることで、所望の金属組織を得ることできる。Mn含有量は、好ましくは1.3%以上である。
一方、Mn含有量が過剰になると、Mnの偏析により焼入れ性向上の効果が低下する上、素材コストが上昇する。そのため、Mn含有量は4.0%以下とする。Mn含有量は、好ましくは3.5%以下である。
【0038】
P:0.0200%以下
Pは、不純物元素であり、鋼板の板厚中央部に偏析して靭性を低下させ、また、溶接部を脆化させる元素である。P含有量が0.0200%を超えると、溶接部強度や穴広げ性が著しく低下する。そのため、P含有量は0.0200%以下とする。P含有量は、好ましくは0.0100%以下である。
P含有量は、少ないほど好ましく、0%でもよいが、実用鋼板でP含有量を0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇し、経済的に不利になる。そのため、P含有量を0.0001%以上としてもよい。
【0039】
S:0.0200%以下
Sは、不純物元素であり、溶接性を低下させ、また、鋳造時と熱延時の製造性を低下させる元素である。また、Sは、粗大なMnSを形成して、穴広げ性の低下の原因となる元素でもある。S含有量が0.0200%を超えると、溶接性の低下、製造性の低下、及び、穴広げ性の低下が顕著になる。そのため、S含有量は0.0200%以下とする。
S含有量は、少ないほど好ましく、0%でもよいが、実用鋼板でSを0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇し、経済的に不利になる。そのため、S含有量を0.0001%以上としてもよい。
【0040】
N:0.0200%以下
Nは、粗大な窒化物を形成し、曲げ性や穴広げ性を低下させ、また、溶接時のブローホールの発生原因となる元素である。N含有量が0.0200%を超えると、穴広げ性の低下や、ブローホールの発生が顕著となる。そのため、N含有量は0.0200%以下とする。
N含有量は、少ないほど好ましく、0%でもよいが、実用鋼板でN含有量を0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇し、経済的に不利になる。そのため、N含有量を0.0001%以上としてもよい。
【0041】
O:0.0200%以下
Oは、粗大な酸化物を形成し、曲げ性や穴広げ性を低下させ、また、溶接時のブローホールの発生原因となる元素である。O含有量が0.0200%を超えると、穴広げ性の低下や、ブローホールの発生が顕著となる。そのため、O含有量は0.0200%以下とする。
O含有量は、少ないほど好ましく、0%でもよいが、実用鋼板でOを0.0005%未満に低減すると、製造コストが大幅に上昇し、経済的に不利になる。そのため、O含有量を0.0005%以上としてもよい。
【0042】
本実施形態に係る鋼板の化学組成において、上記元素を除く残部は、Fe及び不純物であることを基本とする。不純物とは、鋼原料から及び/又は製鋼過程で混入し、本実施形態に係る鋼板の特性を明確に劣化させない範囲で、存在が許容される元素である。
一方で、本実施形態に係る鋼板の化学組成は、各種特性の向上を目的として、Feの一部に代えて、Ni:1.00%以下、Mo:0.50%以下、Cr:2.00%以下、Ti:0.100%以下、B:0.0100%以下、Nb:0.10%以下、V:0.50%以下、Cu:0.50%以下、W:0.10%以下、Ta:0.100%以下、Co:0.50%以下、Mg:0.050%以下、Ca:0.0500%以下、Y:0.050%以下、Zr:0.050%以下、La:0.0500%以下、Ce:0.050%以下、Sn:0.05%以下、Sb:0.050%以下、As:0.050%以下からなる群から選択される1種または2種以上を含有してもよい。これらの元素は含有しなくてもよいので下限は0%である。また、上記の範囲であれば、これらの元素が不純物として含有されていても本実施形態に係る鋼板の効果を阻害しない。
【0043】
Ni:0~1.00%
Niは、鋼板の強度の向上に有効な元素である。Ni含有量は0%でも良いが、上記効果を得るためには、Ni含有量が0.001%以上であることが好ましい。Ni含有量は、より好ましくは0.01%以上である。
一方、Ni含有量が多すぎると、鋼板の伸びが低下して成形性が低下する虞がある。このため、Ni含有量は1.00%以下とする。
【0044】
Mo:0~0.50%
Moは、Crと同様に鋼板の高強度化に寄与する元素である。この効果は微量であっても得ることができる。Mo含有量は0%でも良いが、上記効果を得るためには、Mo含有量は、0.01%以上であることが好ましい。
一方、Mo含有量が0.50%を超えると、粗大なMo炭化物が形成され、鋼板の冷間成形性が低下する虞がある。このため、Mo含有量は0.50%以下とする。
【0045】
Cr:0~2.00%
Crは、鋼の焼入れ性を向上させ、高強度化に寄与する元素であり、上記の金属組織を得るのに有効な元素である。したがって、Crを含有させてもよい。Cr含有量は0%でもよいが、上記の効果を十分に得るためには、Cr含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
一方、Crを過剰に含有させても上記作用による効果が飽和する上、不経済となる。したがって、Cr含有量は2.00%以下とする。
【0046】
Ti:0~0.100%
Tiは、析出強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒強化、および/または再結晶の抑制を通じた転位強化によって、鋼板の強度上昇に寄与する元素である。Ti含有量は0%でもよいが、上記効果を十分に得るためには、Ti含有量は0.001%以上であることが好ましい。鋼板のより一層の高強度化のためには、Ti含有量は0.010%以上であることがより好ましい。
一方、Ti含有量が0.100%を超えると、炭窒化物の析出が多くなって成形性が劣化する。このため、Ti含有量は0.100%以下とする。
【0047】
B:0~0.0100%
Bは、オーステナイト温度域からの冷却過程において、金属組織におけるフェライト及びパーライトの生成を抑え、ベイナイト又はマルテンサイト等の低温変態組織の生成を促す元素である。また、Bは、鋼の高強度化に有益な元素である。この効果は微量であっても得ることができる。B含有量は0%でも良いが、上記効果を得るためには、B含有量を0.0001%以上とすることが好ましい。
一方、B含有量が多すぎると、粗大なB酸化物が生成され、当該B酸化物がプレス成形時にボイドの発生起点となり、鋼板の成形性が低下する虞がある。このため、B含有量は0.0100%以下とする。
【0048】
Nb:0~0.10%
Nbは、析出強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒強化、および/または再結晶の抑制を通じた転位強化により、鋼板の強度上昇に寄与する元素である。Nb含有量は0%でもよいが、上記効果を十分に得るには、Nb含有量は0.01%以上であることが好ましい。鋼板のより一層の高強度化のためには、Nb含有量は0.05%以上であることがより好ましい。
一方、Nb含有量が0.10%を超えると、炭窒化物の析出が多くなって成形性が劣化する。このため、Nb含有量は0.10%以下とする。成形性の観点から、Nb含有量は0.06%以下であることが好ましい。
【0049】
V:0~0.50%
Vは、析出強化、フェライト結晶粒の成長抑制による細粒強化、および/または再結晶の抑制を通じた転位強化により、鋼板の強度上昇に寄与する元素である。V含有量は0%でもよいが、上記効果を十分に得るためには、V含有量は0.01%以上であることが好ましく、0.02%以上であることがより好ましい。
一方、V含有量が0.50%を超えると、炭窒化物が過度に析出して成形性が劣化する。このため、V含有量は0.50%以下とする。V含有量は、0.40%以下であることが好ましい。
【0050】
Cu:0~0.50%
Cuは、鋼板の強度の向上に寄与する元素である。この効果は微量であっても得ることができる。Cu含有量は0%でも良いが、上記効果を得るためには、Cu含有量が0.01%以上であることが好ましい。
一方、Cu含有量が多すぎると、赤熱脆性によって熱間圧延での生産性が低下する虞がある。このため、Cu含有量は0.50%以下とする。
【0051】
W:0~0.10%
Wは、鋼板の強度の向上に有効な元素である。W含有量は0%でも良いが、上記効果を得るためには、W含有量が0.01%以上であることが好ましい。
一方、W含有量が多すぎると、微細なW炭化物が多数析出して鋼板の過剰な強度上昇による伸びが低下し、鋼板の冷間加工性が低下する虞がある。このため、W含有量は0.10%以下とする。
【0052】
Ta:0~0.100%
Taも、Wと同様に、鋼板の強度の向上に有効な元素である。Ta含有量は0%でも良いが、上記効果を得るためには、Ta含有量が0.001%以上であることが好ましい。
一方、Ta含有量が多すぎると、微細なTa炭化物が多数析出して鋼板の過剰な強度上昇によって伸びが低下し、鋼板の冷間加工性が低下する虞がある。このため、Ta含有量は0.100%以下とする。Ta含有量は、0.020%以下であることが好ましく、0.010%以下であることがより好ましい。
【0053】
Co:0~0.50%
Coは、鋼板の強度の向上に有効な元素である。Co含有量は0%でも良いが、上記効果を得るためには、Co含有量が0.01%以上であることが好ましい。
一方、Co含有量が多すぎると、鋼板の伸びが低下して成形性が低下する虞がある。このため、Co含有量は0.50%以下とする。
【0054】
Mg:0~0.050%
Mgは、硫化物や酸化物の形態を制御し、鋼板の曲げ成形性の向上に寄与する元素である。この効果は微量であっても得ることができるので、Mg含有量は0%でも良いが、上記効果を得るためには、Mg含有量が0.0001%以上であることが好ましい。
一方、Mg含有量が多すぎると、粗大な介在物の形成によって冷間成形性が低下する虞がある。このため、Mg含有量は、0.050%以下とする。Mg含有量は、好ましくは0.040%以下である。
【0055】
Ca:0~0.0500%
Caは、Mgと同様に、微量で硫化物の形態を制御できる元素である。Ca含有量は0%でも良いが、上記効果を得るためには、Ca含有量は0.0010%以上であることが好ましい。
一方、Ca含有量が多すぎると、粗大なCa酸化物が生成され、この粗大なCa酸化物が冷間成形時に割れ発生の起点となり得る。このため、Ca含有量は、0.0500%以下とする。Ca含有量は、好ましくは0.0400%以下であり、より好ましくは0.0300%以下である。
【0056】
Y:0~0.050%
Yは、Mg、Caと同様に、微量で硫化物の形態を制御できる元素である。Y含有量は0%でも良いが、上記効果を得るためには、Y含有量は0.001%以上であることが好ましい。
一方、Y含有量が多すぎると、粗大なY酸化物が生成され、冷間成形性が低下する虞がある。このため、Y含有量は、0.050%以下とする。Y含有量は、好ましくは0.040%以下である。
【0057】
Zr:0~0.050%
Zrは、Mg、Ca、Yと同様に、微量で硫化物の形態を制御できる元素である。Zr含有量は0%でも良いが、上記効果を得るためには、Zr含有量は0.001%以上であることが好ましい。
一方、Zr含有量が多すぎると、粗大なZr酸化物が生成され、冷間成形性が低下する虞がある。このため、Zr含有量は、0.050%以下とする。Zr含有量は、好ましくは0.040%以下である。
【0058】
La:0~0.0500%
Laは、微量で硫化物の形態制御に有効な元素である。La含有量は0%でも良いが、上記効果を得るためには、La含有量は0.0010%以上であることが好ましい。
一方、La含有量が多すぎると、La酸化物が生成され、冷間成形性が低下する虞がある。このため、La含有量は、0.0500%以下とする。La含有量は、好ましくは0.0400%以下である。
【0059】
Ce:0~0.050%
Ceは、微量で硫化物の形態を制御できる元素であり、耐LME性の向上にも寄与する元素である。上記の効果を十分に得るためには、Ce含有量は0.001%以上とすることが好ましい。Ce含有量は、0.002%以上、0.003%以上又は0.005%以上であってもよい。
一方、Ce含有量が過多であると、鋼板が脆化し、鋼板の伸びが低下する場合がある。したがって、Ce含有量は0.050%以下とする。Ce含有量は、0.040%以下、0.020%以下又は0.010%以下であってもよい。
【0060】
Sn:0~0.05%
Snは、鋼板の原料としてスクラップを用いた場合などに、鋼板に含有され得る元素である。Snは、耐食性向上効果を有するので、含有させてもよいが、フェライトの脆化による鋼板の冷間成形性の低下を引き起こす虞がある元素である。Sn含有量が0.05%超であると悪影響が顕著になるので、Sn含有量は、0.05%以下とする。Sn含有量は、好ましくは0.04%以下であり、0%であってもよい。しかしながら、Sn含有量を0.001%未満へ低減することは精錬コストの過度な増加を招くので、Sn含有量を0.001%以上としてもよい。
【0061】
Sb:0~0.050%
Sbは、Snと同様に、鋼板の原料としてスクラップを用いた場合などに、鋼板に含有され得る元素である。Sbは、耐食性向上効果を有するので、含有させてもよいが、粒界に強く偏析して粒界の脆化及び伸びの低下や、冷間成形性の低下の原因となる虞がある元素である。Sb含有量が0.050%超であると悪影響が顕著になるので、Sb含有量は、0.050%以下とする。Sb含有量は、好ましくは0.040%以下であり、0%であってもよい。しかしながら、Sb含有量を0.001%未満へ低減することは精錬コストの過度な増加を招くため、Sb含有量を0.001%以上としてもよい。
【0062】
As:0~0.050%
Asは、Sn、Sbと同様に、鋼板の原料としてスクラップを用いた場合などに、鋼板に含有され得る元素である。Asは、鋼の焼入性を向上させる元素であり、含有させてもよいが、粒界に強く偏析する元素であり、冷間成形性の低下の原因となる虞がある元素である。As含有量が0.050%超であると悪影響が顕著になるので、As含有量は、0.050%以下とする。As含有量は、好ましくは0.040%以下であり、0%であってもよい。しかしながら、As含有量を0.001%未満へ低減することは精錬コストの過度な増加を招くため、As含有量を0.001%以上としてもよい。
【0063】
本実施形態に係る鋼板の化学組成は、以下の方法で求めることができる。
上述した鋼板の化学組成は、一般的な化学組成によって測定すればよい。例えば、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。鋼板が表面にめっき層を備える場合は、機械研削によりめっき層を除去してから化学組成の分析を行えばよい。
【0064】
本実施形態に係る鋼板の表面(両面もしくは片面)には、亜鉛めっき層(溶融亜鉛めっき層または電気亜鉛めっき層)が形成されていてもよい。溶融亜鉛めっき層は、合金化した合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。本実施形態に係る鋼板の溶融亜鉛めっき層の化学組成は特に限定されず、公知のめっき層であってもよい。また、本実施形態に係る鋼板が別のめっき(例えばアルミめっき等)を有することも妨げられない。
【0065】
溶融亜鉛めっき層が合金化していない場合、溶融亜鉛めっき層中のFe含有量は7.0質量%未満であることが好ましい。
溶融亜鉛めっき層が合金化した合金化溶融亜鉛めっき層である場合、Fe含有量が6.0質量%以上であることが好ましい。より好ましくは7.0質量%以上である。合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、溶融亜鉛めっき鋼板よりも優れた溶接性を有する。
【0066】
本実施形態に係る鋼板では、亜鉛めっき層と、亜鉛めっき層上に、塗装性、溶接性などを改善する目的で、さらに上層めっき層が設けられていてもよい。また、亜鉛めっきされた鋼板に、各種の処理、例えば、クロメート処理、りん酸塩処理、潤滑性向上処理、溶接性向上処理等を施してもよい。
【0067】
<特性>
[引張強さ]
本実施形態に係る鋼板では、自動車の燃費向上への寄与を考慮し、引張強さ(TS)は、980MPa以上であることを目標とする。引張強さの上限は特に限定されないが、成形性の点で、1310MPa以下であってもよい。
【0068】
[均一伸び]
本実施形態に係る鋼板では、成形性の観点から均一伸び(u-El)は7.0%以上であることを目標とする。均一伸びの上限は特に限定されない。
【0069】
引張強さ、及び均一伸びは、鋼板から圧延方向に対し垂直方向にJIS Z 2241:2011に記載のJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に沿って引張試験を行うことで測定する。
【0070】
[耐衝突特性]
本実施形態に係る鋼板は、打ち抜き端面での耐水素脆化特性に優れているので、耐衝突特性に優れる。
例えば、JIS5号引張試験片の両端中心部に直径10mmの半円状の打ち抜き穴を入れてJISZ 2241:2011に沿って引っ張ったときの引張強さをTS1、JIS5号引張試験片の両端中心部に直径10mmの半円状のリーマ加工穴を機械加工にて入れてJISZ 2241:2011に沿って引っ張ったときの引張強さをTS2とし、R=TS1/TS2としたとき、Rの値が0.93以上であることが好ましい。
【0071】
[耐LME性]
本実施形態に係る鋼板は、例えば、少なくとも一方を亜鉛めっき鋼板とした2枚の鋼板を、サーボモータ加圧式単相交流スポット溶接機(電源周波数50Hz)を用いて、圧力450kgf(4413kg・m/s)にて加圧しながら、電流値を6.5kA、電極の傾斜角を3°として、アップスロープなし、通電時間0.4秒、通電終了後の保持時間を0.1秒とし、めっき鋼板をスポット溶接したときに、ナゲット中心部の領域において、100μm以上の長さの割れが生じないことが好ましい。
【0072】
次に、本実施形態に係る鋼板の製造方法について説明する。
【0073】
本実施形態に係る鋼板は、以下の工程を含む製造方法によって製造できる。
(I)上述した化学組成を有するスラブを熱間圧延し、熱延鋼板とする熱間圧延工程と、
(II)前記熱延鋼板を5℃/s以上の冷却速度で冷却し、400℃以下で巻き取る巻取工程と、
(III)前記巻取工程後の前記熱延鋼板を、酸洗した後に、0.5%以上20.0%以下の圧下率で冷間圧延して冷延鋼板とする冷間圧延工程と、
(IV)前記冷延鋼板を、1時間以上かつ下記式(1)で表されるt時間以上の間、大気中で放置する水素量低減工程と、
(V)前記水素量低減工程後の前記冷延鋼板を焼鈍する焼鈍工程。
t=-2.4×T+96 (1)
ここで、T:放置時の平均気温(℃)である。
以下、各工程について、好ましい条件を説明する。記載しない条件については、公知の条件を適用することができる。
【0074】
[熱間圧延工程]
熱間圧延工程では、上述した化学組成(本実施形態に係る鋼板が有する化学組成と同様の化学組成)を有するスラブを熱間圧延し、熱延鋼板とする。熱間圧延に供するスラブは、上述した化学組成を有するものであれば特に限定されず、常法で製造されたものであればよい。当該スラブは、例えば、連続鋳造スラブ、薄スラブキャスターなどの一般的な方法で製造したスラブであればよい。
熱間圧延では、粗圧延および仕上げ圧延が行われる。仕上げ圧延では、複数の仕上げ圧延機により、粗圧延後のスラブが圧延される。熱間圧延前のスラブの加熱温度および保持時間は特に限定されない。
熱間圧延によって得られる熱延鋼板の板厚は特に規定しないが、板厚が1.0mm未満だと焼鈍工程において通板中に板破断を招くことがある。板厚が6.0mmよりも厚いと鋼板が重く、通板時に張力をかけてもピンっと張らず、蛇行する可能性がある。そのため、1.0~6.0mmであることが好ましい。
【0075】
[巻取工程]
上記のように熱間圧延された鋼板(熱延鋼板)を、熱間圧延工程終了温度から巻き取り温度までの冷却速度が常に5℃/s以上となるように、400℃以下の温度(巻取温度)まで冷却し、その温度で巻き取る。
冷却速度(最小冷却速度)を5℃/s以上とし、巻取温度を400℃以下とすることにより、フェライト変態やパーライト変態を抑制して針状組織の元となる硬質組織(低温変態組織)が得られる。冷却速度は、好ましくは10℃/s以上、より好ましくは20℃/s以上である。冷却速度の上限は特に限定されないが、製造性の観点から100℃/s以下としても良い。400℃より低い温度では、冷却速度は限定されない。
【0076】
[冷間圧延工程]
冷間圧延工程では、巻取工程後の熱延鋼板を酸洗し、その後、0.5~20.0%の圧下率で冷間圧延して冷延鋼板とする。
酸洗は、熱延鋼板の表面の酸化物を除去するための工程であり、公知の条件で行えばよい。酸洗回数は1回でも複数回でもよい。
冷間圧延により歪みを付与し、炭化物の析出サイトを増加させることで、後述する焼鈍工程の加熱過程における鉄系炭化物の析出を促進する。この鉄系炭化物は、加熱過程のフェライト界面移動を抑制することで、均熱過程において針状のオーステナイトを得ることができる。この効果を得るために、冷間圧延の圧下率を0.5%以上とする。圧下率は、好ましくは5.0%以上である。
一方、冷間圧延の圧下率が20.0%超の場合には、焼鈍工程の加熱過程においてフェライト界面移動が促進され、針状オーステナイトが得られなくなる。この理由から、冷間圧延の圧下率を20.0%以下とする。冷間圧延の圧下率は、好ましくは18.0%以下である。
【0077】
[水素量低減工程]
水素量低減工程では、冷間圧延工程後、後述する焼鈍工程までの間、t(単位:時間)=[-2.4×T+96]以上の間、大気中で放置する(Tは放置時の平均気温(℃))。この工程によって、上記熱間圧延前の加熱や酸洗工程で鋼板中に侵入した水素量を低減することができる。
t(放置時間)が-2.4×T+96(時間)未満であると、水素量を十分に低減できない。
ただし、Tが40℃以上の場合は、放置時間は1時間以上とする。すなわち、放置時間は、1時間以上かつ、t時間以上となる。
【0078】
[焼鈍工程]
焼鈍工程では、水素量低減工程後の冷延鋼板に対して、150~400℃において鋼板へ曲げ曲げ戻しを付与した後、0.1~30.0体積%の水素及びHOを含み、残部が窒素および不純物である、露点が-20~20℃の雰囲気で、加熱し(加熱過程)、Ac1~Ac3℃の焼鈍保持温度T℃で1秒以上1000秒以下保持し(均熱過程)、平均冷却速度が4℃/s以上で350℃以上480℃以下の温度域に冷却し(冷却過程)、その温度域(350℃以上480℃以下)で80秒以上保持(保持過程)する。
【0079】
(加熱過程)
焼鈍工程の加熱過程では、鋼板の温度が150~400℃の状態で鋼板へ半径1500mm以下のロールで曲げ曲げ戻しを付与し、露点が-20~20℃の、0.1~30.0体積%の水素を含み残部が窒素および不純物である雰囲気で加熱する。
150~400℃で鋼板へ曲げ曲げ戻しを付与することによる効果は二つある。一つは、十分な量の鉄系炭化物を析出させることができる。この場合、後述する均熱過程においてオーステナイトの形状が針状となる。二つ目は、圧縮変形と引張変形を繰り返し鋼板に付与することで、鋼板内部の格子間隔を繰り返し変化させることができ、表層の水素を鋼板外へ放出することができる。また、鋼板内部に存在する水素も表層側へ拡散される。
曲げ曲げ戻しを行う場合の、温度が150℃未満であると、水素の拡散が十分に起こらないので、最終的に得られる鋼板中の拡散性水素濃度が過剰になる。また、400℃超であると、曲げ曲げ戻しによって付与された転位が回復する速度が速いので、十分な量の鉄系炭化物が得られず、針状のオーステナイトが十分に得られない。ロールの半径が1500mmを超えると、曲げ-曲げ戻し変形で、鋼板組織中に、効率的に転位を導入することが難しいので、ロールの半径は1500mm以下とする。
また、0.1~30.0体積%の水素を含み、残部が窒素および不純物である、露点が-20~20℃の雰囲気で加熱することにより、易酸化性元素の鋼板表面への拡散を防止し、内部酸化を促進することができる。
水素量が、0.1体積%未満であると、鋼板表面に存在する酸化膜を十分に還元することができず、鋼板の上に酸化膜が形成される。そのため、熱処理後に得られる鋼板の化成処理性及びめっき密着性が低下する。また、水素量が30.0体積%超であると、操業上水素爆発の危険性が増す。このため、雰囲気中の水素量(H含有量)を0.1%以上30.0体積%以下とする。
また、雰囲気の露点が-20℃未満であると、鋼板表層におけるSi、Mnの外部酸化が起こり、内部酸化や脱炭反応が不十分となる。この場合、耐LME性、耐衝突特性が低下する。また、露点が20℃超であると、鋼板の上に酸化膜が形成されて化成処理性やめっき密着性が低下する上、脱炭反応が過剰に進行するので、焼鈍後に得られる鋼板の強度が不足する。
焼鈍炉は、予熱帯、加熱帯および均熱帯の3つの領域に大別される。本実施形態では、加熱帯における雰囲気を上記の条件とする。予熱帯および均熱帯においても雰囲気制御は可能である。
【0080】
(均熱過程)
均熱過程では、加熱過程の後の冷延鋼板をAc1点~Ac3点の温度域で1秒~1000秒の間均熱する。このような条件で均熱することにより、焼き戻しマルテンサイトのラスに沿って針状のオーステナイトが生成する。
具体的な均熱温度は、以下の式で表されるAc1点(℃)およびAc3点(℃)に基づき、所望の金属組織の割合を勘案して、適宜調整可能である。
Ac1=723-10.7×Mn-16.9×Ni+29.1×Si+16.9×Cr+290×As+6.38×W・・(2)
Ac3=910-203√C+44.7×Si-30×Mn+700×P-20×Cu-15.2×Ni-11×Cr+31.5×Mo+400×Ti+104×V+120×Al・・(3)
ここで、C、Si、Mn、P、Cu、Ni、Cr、Mo、Ti、VおよびAlは各元素の含有量[質量%]である。
均熱温度がAc1点未満である、または、均熱時間が1秒未満であると、均熱保持中にオーステナイトが生成しない。そのため、フェライトの単相組織となるため狙いの金属組織が得られない。また、均熱温度がAc3点超であると、均熱保持中の組織がオーステナイト単相組織となり、針状組織の元となる硬質組織(低温変態組織)の形態が失われる。そのため、針状のオーステナイトが得られない。また、均熱時間が1000秒超であると、生産性が低下する。均熱過程の均熱時間は、均熱中のフェライトおよびオーステナイトの粗大化を抑制する観点から300秒以内と定めてもよい。
均熱工程における鋼板の温度は一定である必要はない。所望の組織割合を得ることができれば、均熱工程における鋼板の温度は、Ac1点~Ac3点の温度域内で変化してもよい。
【0081】
(冷却過程)
均熱過程後の冷却過程では、続く保持過程のため、均熱工程後の冷延鋼板を平均冷却速度が4℃/s以上となるように、100~340℃の温度域まで冷却する。このような条件で冷却することにより、冷却中のフェライト変態を抑制でき、また最終組織において所望量のマルテンサイトと残留オーステナイトを得ることができる。平均冷却速度が4℃/s未満では、フェライト変態を抑制できない。
冷却停止温度が100℃未満では、マルテンサイト分率が高くなる。一方、冷却停止温度が340℃超では、フェライト、ベイナイト、パーライト分率が高くなり、所望の組織を得ることが困難となる。
【0082】
(保持過程)
保持過程では、オーステナイトの安定度を高めながら、鋼板中の水素量を低減するため、冷却過程後の冷延鋼板を、350~480℃の温度域に再加熱し、その温度域で80秒以上保持する。
保持時間が80秒を下回ると、未変態オーステナイト中に炭素が十分濃化せず、また、水素を鋼板外部に放出することができない。上記温度域の保持時間を80秒以上とすることで、オーステナイト中の炭素濃度を高め、最終冷却後に所望量の残留オーステナイトを確保することができる。上記効果を安定して得るため、保持時間は100秒以上とすることが好ましい。保持時間の上限を限定する必要はないが、過度に保持時間が長いと生産性が低下するため、保持時間は、1000秒以下としてもよい。
保持温度が350℃未満の場合、所望量の残留オーステナイトが得られず、さらに、水素の十分な拡散が起こらない。そのため、保持温度は350℃以上とする。好ましくは380℃以上である。一方、保持温度が480℃超の場合、残留オーステナイトがフェライトおよびセメンタイトに分解するため好ましくない。そのため、保持温度は480℃以下とする。好ましくは450℃以下である。
【0083】
保持過程後の冷延鋼板を室温まで冷却する場合の条件は限定されないが、安定して所望の金属組織を得るために、保持過程後の冷延鋼板を、Ms点以下までの平均冷却速度が2℃/s以上となるように冷却してもよい。
【0084】
鋼板中の水素量を低減する場合、上述したように、水素量低減工程、焼鈍工程での曲げ-曲げ戻し、及び保持過程の各段階での制御が重要であり、いずれかの段階だけでは十分な効果が得られない。
【0085】
(めっき工程)
本実施形態にかかる鋼板の製造方法では、焼鈍後の冷却過程の途中、保持過程の途中、または保持過程の後に、冷延鋼板の表面にめっきを形成する溶融亜鉛めっき工程を、さらに有してもよい。また、溶融亜鉛めっき工程の後に、めっき層を合金化する合金化工程をさらに有してもよい。
溶融亜鉛めっきの方法や合金化の方法は特に限定されず、常法を用いることができる。溶融亜鉛めっきの方法としては、例えば、冷却過程の途中において(亜鉛めっき浴温度-40)℃~(亜鉛めっき浴温度+50)℃の温度域で冷却を止め、この温度域に制御して、溶融亜鉛めっき浴に浸漬することにより溶融亜鉛めっきを形成する方法が挙げられる。また、合金化の方法としては、例えば、溶融亜鉛めっきを、300~500℃の温度域で合金化する方法が挙げられる。
【実施例
【0086】
本発明を、実施例を参照しながらより具体的に説明する。
【0087】
表1に示される化学組成を有するスラブを鋳造した。鋳造後のスラブを表2に示す温度に加熱した後、1.0~6.0mmの厚さまで熱間圧延した。熱間圧延後、熱延鋼板に対して表2に記載の条件で冷却して巻き取り、その後、表2に記載の条件で冷間圧延を行って冷延鋼板を得た。
これらの冷延鋼板に対し、表3の条件で、大気中で放置して水素量を低減させた。その後、表3、表4に記載の条件で焼鈍を行った。曲げ-曲げ戻しを行った例は、ロール径の半径が1100mmのロールで150~400℃の温度域で行った。また、保持過程の後は、Ms点以下までの平均冷却速度が2℃/s以上となるように冷却した。
また、その後、一部の例については(亜鉛めっき浴温度-40)℃~(亜鉛めっき浴温度+50)℃の温度域に制御した後、溶融亜鉛めっき浴に浸漬することによりめっきを行った。さらにめっきを行った例の一部の例については、鋼板を、300~500℃の温度域に加熱してめっき層を合金化した。
表中、GIとあるのは、溶融亜鉛めっきを行った例であり、GAとあるのは合金化溶融亜鉛めっきを行った例である。
これにより、例番号1~37の鋼板を得た。
【0088】
【表1】
【0089】
【表2】
【0090】
【表3】
【0091】
【表4】
【0092】
<金属組織の測定>
得られた鋼板(焼鈍後の鋼板または焼鈍後にめっきを行った鋼板)から、SEM観察用試験片を採取し、圧延方向に平行な縦断面を研磨した後、上述した要領で、板厚の1/4位置における金属組織を観察し、画像処理により、各組織(フェライト、ベイナイト、パーライト、残部(フレッシュマルテンサイト及び/または焼き戻しマルテンサイト))の面積率を測定し、これを体積率とした。また、上述した要領で、X線回折を行い、残留オーステナイトの体積率を求めた。各組織の体積率を表5に示す。
【0093】
また、得られた鋼板から、上述した要領で、FE-SEMを用いたEBSD解析法によって、全残留オーステナイトに占めるアスペクト比が3.0以上の残留オーステナイトの面積割合を求めた。結果を表5に示す。
【0094】
また、得られた鋼板から、上述した要領で、脱炭層の厚さ、内部酸化層の厚さを測定した。また、上述した要領で鋼中に含まれる拡散性水素量を測定した。結果を表5に示す。
【0095】
【表5】
【0096】
<特性の測定>
また、得られた鋼板の引張強さ(TS)、成形性の指標としての均一伸び(u-El)、打ち抜き加工を想定した耐衝突特性、スポット溶接部の耐LME特性を以下の方法で評価した。
【0097】
(引張強さ)
(均一伸び)
得られた鋼板から圧延方向に対し垂直方向にJIS Z 2241:2011に記載のJIS5号引張試験片を採取し、JIS Z 2241:2011に沿って引張試験を行うことで、引張強さ、均一伸びを測定した。
引張強さが980MPa以上の場合を合格とした。
また、均一伸び(%)が7.0%以上の場合に成形性に優れると判断した。
引張強さの測定結果を表6に示す。
【0098】
(耐衝突特性)
耐衝突特性は、下記式に示すRの値の範囲によって評価した。
JIS5号引張試験片の両端中心部に直径10mmの半円状の打ち抜き穴をポンチ径10mm、打ち抜きクリアランスが12±2%の条件で作成しJISZ 2241:2011に沿って引っ張ったときの引張強さをTS1、JIS5号引張試験片の両端中心部に直径10mmの半円状のリーマ加工穴を機械加工にて入れJISZ 2241:2011に沿って引っ張ったときの引張強さをTS2とし、R=TS1/TS2とした。
R(=TS1/TS2)に応じて以下のように評価し、AまたはBであれば、耐衝突特性に優れると判断した。
A:R=0.96~1.00
B:R=0.93~0.96未満
C:R=0.93未満
【0099】
(耐LME性)
得られた鋼板から、50mm×80mmの試験片を採取した。
また、表1におけるAの化学組成を有するスラブを鋳造し、例番号1の製造条件を適用した後、溶融亜鉛めっき浴に浸漬して、溶融亜鉛めっき鋼板(相手材)を製造した。製造した鋼板(相手材)から、50mm×80mmの試験片を採取した。
例番号1~37の鋼板のそれぞれから採取した試験片に、相手材である鋼板を重ね合わせて、図1に示すように2枚の鋼板をスポット溶接した。具体的には、相手材である溶融亜鉛めっき鋼板を図1の鋼板1dに用い、評価対象の鋼板(例番号1~37)を鋼板1eとして2枚を重ねて、一対の電極4a、4bでスポット溶接した。溶接条件として、サーボモータ加圧式単相交流スポット溶接機(電源周波数50Hz)を用いて、圧力450kgf(4413kg・m/s)にて加圧しながら、電流値を6.5kA、電極の傾斜角θを3°として、アップスロープなし、通電時間0.4秒、通電終了後の保持時間を0.1秒とした。
スポット溶接後、鋼板の接合部のナゲット中心部の組織を、光学顕微鏡を用いて、倍率200倍から1000倍の間で観察した。観察の結果、割れが発生しない場合を“A”、100μm未満の長さの割れが認められる場合を“B”、100μm以上の長さの割れが認められる場合を“C”と評価し、A評価またはB評価の場合に、耐LME性に優れると判断した。
【0100】
【表6】
【0101】
表1~表6に示すように、本発明に係る実施例(例番号1~16)では、引張強さが980MPaよりも大きい値であり、均一伸びが7.0%よりも大きい値であり、耐衝突特性の指標Rの評価がAまたはBであり、耐LME性(スポット溶接後の割れの長さ)の評価がAまたはBであった。
【0102】
また、上記鋼板に対して、溶融亜鉛めっき処理、または溶融亜鉛めっき処理と合金化処理を行っためっき鋼板においても、引張強さが980MPaよりも大きい値であり、均一伸びが7.0%よりも大きい値であり、耐衝突特性の指標Rの評価がAまたはBであり、スポット溶接後の割れの長さの評価がAまたはBであった。
【0103】
一方、比較例である、例番号17~37は、化学組成、組織のいずれかが本発明範囲を外れており、引張強さ、均一伸び、耐衝突特性、耐LME性のいずれかが劣っていた。
【0104】
例番号17は、熱間圧延工程終了温度から巻き取り温度までの最小の冷却速度が5℃/s未満であった。そのため、焼鈍後の組織でアスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトの割合が小さく、鋼中に含まれる拡散性水素量が多かった。その結果、均一伸び及び耐衝突特性が低かった。
例番号18は、巻き取り温度が400℃より高かった。そのため、アスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトの割合が小さく、鋼中に含まれる拡散性水素量が多かった。その結果、均一伸び、耐衝突特性が低かった。
例番号19は、冷間圧延工程で冷間圧延率が0.5%未満であったため、焼鈍後の組織でアスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトの割合が小さく、鋼中に含まれる拡散性水素量が多かった。その結果、均一伸び、耐衝突特性が低かった。
例番号20は、冷間圧延工程で冷間圧延率が20.0%超であったため、焼鈍後の組織でアスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトの割合が小さく、鋼中に含まれる拡散性水素量が多かった。その結果、均一伸び、耐衝突特性が低かった。
例番号21は、水素量低減工程において大気中で放置する時間が-2.4×T+96(時間:hour)未満であったため、拡散性水素量を十分に低減できなかった。その結果、耐衝突特性が低かった。
例番号22は、焼鈍工程の加熱過程において、曲げ曲げ戻しを付与しなかったために、焼鈍後の組織でアスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトの割合が小さく、鋼中に含まれる拡散性水素量が多かった。その結果、均一伸び、耐衝突特性が低かった。
例番号23は、焼鈍工程の加熱過程において、露点が-20℃未満であったために、内部酸化層の厚みおよび脱炭層の厚みが十分に得られなかった。その結果、耐LME性が低かった。
例番号24は、焼鈍工程の加熱過程において、露点が20℃超であったために、脱炭層の厚みが過度になった。その結果、引張強さが低かった。
例番号25は、焼鈍工程の均熱過程において、保持温度がAc1点未満であったために、フェライト、ベイナイト、パーライトの合計面積率が50%を超え、残留オーステナイトの体積率が0%であった。その結果、引張強さが低かった。
例番号26は、焼鈍工程の均熱過程において、保持温度がAc3点超であったために、残留オーステナイトの体積率が小さくなり、またアスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトの割合が小さくなった。その結果、耐衝突特性及び均一伸びが低かった。
例番号27は、焼鈍工程の冷却過程において、平均冷却速度が4℃/s未満であったために、フェライト、ベイナイト、パーライトの合計面積率が50%を超えた。その結果、引張強さが低かった。
例番号28は、焼鈍工程の保持過程において、保持温度が350℃未満であったために、残留オーステナイトが安定化せず、残留オーステナイトの体積率が小さくなった。その結果、均一伸びが低かった。
例番号29は、焼鈍工程の保持過程において、保持温度が480℃超であったために、フェライト、ベイナイト、パーライトの合計面積率が50%を超えた。その結果、引張強さが低かった。
例番号30は、焼鈍工程の保持過程において、保持時間が80秒未満であったために、残留オーステナイトが安定化せず、残留オーステナイトの体積率が小さくなった。その結果、均一伸びが低かった。
【0105】
例番号31は、C含有量が0.10%未満であったため、引張強さが低かった。また、残留オーステナイトの体積率が不足した。その結果、均一伸びが低かった。
例番号32は、C含有量が0.40%超であったことで、耐LME性が低下した。
例番号33は、Si含有量が0.10%未満であったため、残留オーステナイトの体積率が不足した。その結果、均一伸びが低かった。
例番号34は、Si含有量が1.20%超であったことで、耐LME性が低下した。
例番号35は、Al含有量が0.30%未満であったため、残留オーステナイトの体積率が不足した。その結果、均一伸びが低かった。
例番号36は、Mn含有量が1.0%未満であったことで、フェライト、ベイナイト、パーライトの合計面積率が50%を超えた。その結果、引張強さが低かった。
例番号37は、冷間圧延工程での冷間圧延率が0.5%未満であり、また、水素量低減工程も行わなかったため、焼鈍後の組織でアスペクト比が3.0以上である残留オーステナイトの割合が小さく、鋼中に含まれる拡散性水素量が多かった。その結果、均一伸び、耐衝突特性が低かった。
【符号の説明】
【0106】
1d、1e 鋼板
4a、4b 電極
図1