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特許7606273ALT1及びALT2の測定用マーカーペプチド
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-17
(45)【発行日】2024-12-25
(54)【発明の名称】ALT1及びALT2の測定用マーカーペプチド
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20241218BHJP
   C07K 7/00 20060101ALI20241218BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20241218BHJP
   C12N 15/54 20060101ALN20241218BHJP
【FI】
G01N27/62 V
C07K7/00
G01N33/68
C12N15/54 ZNA
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2024546039
(86)(22)【出願日】2023-10-19
(86)【国際出願番号】 JP2023037820
(87)【国際公開番号】W WO2024085212
(87)【国際公開日】2024-04-25
【審査請求日】2024-08-01
(31)【優先権主張番号】P 2022168155
(32)【優先日】2022-10-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503449018
【氏名又は名称】株式会社フェニックスバイオ
(74)【代理人】
【識別番号】100092783
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 浩
(74)【代理人】
【識別番号】100120134
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 規雄
(72)【発明者】
【氏名】加国 雅和
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-197258(JP,A)
【文献】国際公開第03/038444(WO,A2)
【文献】米国特許出願公開第2019/0033324(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
C07K 7/04
G01N 33/68
C12N 15/54
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下のA群に示す(a2)~(a4)のペプチドから選ばれる少なくとも1つのペプチドを含むヒトALT1測定用ペプチド、以下のB群に示す(b2)~(b3)のペプチドから選ばれる少なくとも1つのペプチドを含むヒトALT2測定用ペプチド、以下のC群に示す(c1)のペプチドを含むマウスALT1測定用ペプチド、若しくは以下のD群に示す(d1)~(d7)のペプチドから選ばれる少なくとも1つのペプチドを含むマウスALT2測定用ペプチド、又はこれらの組み合わせを含む、ヒトALT1及びヒトALT2並びにマウスALT1及びマウスALT2のバイオマーカー。
A群:ヒトALT1測定用ペプチド
(a2)QAVLAELAAK
(a3)AWALDVAELHR
(a4)MTILPPLEK
B群:ヒトALT2測定用ペプチド
(b2)IFIPAK
(b3)AGEIELELQR
C群:マウスALT1測定用ペプチド
(c1)LLVAGEGR
D群:マウスALT2測定用ペプチド
(d1)SHSSAAAEASAALK
(d2)ASGPWGR
(d3)LLVSGGGK
(d4)AAVLVR
(d5)ILIPAK
(d6)EDVAAFITR
(d7)MTILPPVDK
【請求項2】
被検試料を質量分析にかけて請求項1に記載のバイオマーカーを検出することを特徴とする、ヒトALT1、ヒトALT2、マウスALT1及びマウスALT2から選ばれる少なくとも1つのALTの検出方法。
【請求項3】
ヒトALT1、ヒトALT2、マウスALT1及びマウスALT2を同時に検出する、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
生物または生物学的材料に被検化学物質を接触させた後、当該生物学的材料を質量分析にかけて請求項1に記載のバイオマーカーを検出し、当該検出結果を指標として前記被検化学物質の毒性を評価することを特徴とする、毒性評価方法。
【請求項5】
ヒトALT1、ヒトALT2、マウスALT1及びマウスALT2からなる群から選ばれる少なくとも2つのALTを同時に検出する、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記検出結果のうちALTの値が、被検化学物質の接触後において接触前と比較して差がないとき、あるいは、前記検出結果のうちALTの値が、対照群と比較して差がないときは、前記被検化学物質の毒性がない、又は毒性が少ないと判定する、請求項4に記載の方法。
【請求項7】
前記検出結果のうちALTの値が、被検化学物質の接触後において接触前と比較して差があるとき、あるいは、前記検出結果のうちALTの値が、対照群と比較して差があるときは、前記被検化学物質は毒性があると判定する、請求項4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マウス及びヒト由来のALT1及びALT2を同時に定量することができるペプチドに関する。
【背景技術】
【0002】
アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)は細胞内に含まれる酵素であり、細胞障害に伴って細胞外に漏出したALTは、障害マーカーとして利用されている。ALTにはいくつかの種類(ALT1、ALT2など)が報告されており、特にALT1は肝毒性、ALT2は骨格筋に特異的と理解されている。
従来のALT検査は酵素活性法によるものが主であったが、近年はALT1及びALT2の認知が進み、抗原抗体反応を利用してALT1及びALT2を特異的に検出するELISA法が利用されている。
【0003】
しかし、ALT酵素活性法ではALT1及びALT2の識別が困難であり、また、ヒト肝細胞キメラマウスにおいてはヒト由来のALTとマウス由来のALTとの識別も困難である。
さらに、ELISAによる測定においては、ヒト由来ALT1、ヒト由来ALT2、マウス由来ALT1、マウス由来ALT2をそれぞれ特異的に測定することは可能であるが、合計4回の測定が必要である。またELISAでは、個体に依存して抗原抗体結合が消失することが知られている。これは、遺伝によるALTタンパク質の立体構造変化または糖鎖の変化などが原因と推定される。
このように、ヒト由来ALT1、ヒト由来ALT2、マウス由来ALT1、マウス由来ALT2を1回の測定により同時に定量できる方法は存在しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第7037789号
【非特許文献】
【0005】
【文献】Bioanalysis. 2022 Mar;14(5):267-278. doi: 10.4155/bio-2021-0250. Epub 2022 Feb 23.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記背景の下、サンプル中に含まれるヒト由来ALT1、ヒト由来ALT2、マウス由来ALT1及びマウス由来ALT2を同一測定系において同時に測定可能な技術の開発が求められていた。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、サンプル中に含まれるヒト由来ALT1、ヒト由来ALT2、マウス由来ALT1、マウス由来ALT2を酵素消化して得られるペプチド配列の中から、それぞれのALTに特異的なペプチド配列を決定し、その後それらのペプチド配列を対象として4種類のALTを同時に定量可能であることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1] 以下のA群に示す(a1)~(a4)のペプチドから選ばれる少なくとも1つのペプチドを含むヒトALT1測定用ペプチド、以下のB群に示す(b1)~(b3)のペプチドから選ばれる少なくとも1つのペプチドを含むヒトALT2測定用ペプチド、以下のC群に示す(c1)~(c2)のペプチドから選ばれる少なくとも1つのペプチドを含むマウスALT1測定用ペプチド、若しくは以下のD群に示す(d1)~(d7)のペプチドから選ばれる少なくとも1つのペプチドを含むマウスALT2測定用ペプチド、又はこれらの組み合わせを含む、ヒトALT1及びヒトALT2並びにマウスALT1及びマウスALT2のバイオマーカー。
A群:ヒトALT1測定用ペプチド
(a1)LLVAGEGHTR
(a2)QAVLAELAAK
(a3)AWALDVAELHR
(a4)MTILPPLEK
B群:ヒトALT2測定用ペプチド
(b1)TPSSWGR
(b2)IFIPAK
(b3)AGEIELELQR
C群:マウスALT1測定用ペプチド
(c1)LLVAGEGR
(c2)LTEQVFNEAPGIR
D群:マウスALT2測定用ペプチド
(d1)SHSSAAAEASAALK
(d2)ASGPWGR
(d3)LLVSGGGK
(d4)AAVLVR
(d5)ILIPAK
(d6)EDVAAFITR
(d7)MTILPPVDK
[2] 被検試料を質量分析にかけて[1]に記載のバイオマーカーを検出することを特徴とする、ヒトALT1、ヒトALT2、マウスALT1及びマウスALT2から選ばれる少なくとも1つのALTの検出方法。
[3] ヒトALT1、ヒトALT2、マウスALT1及びマウスALT2を同時に検出する、[2]に記載の方法。
[4] 生物学的材料に被検化学物質を接触させた後、当該生物学的材料を質量分析にかけて[1]に記載のバイオマーカーを検出し、当該検出結果を指標として前記被検化学物質の毒性を評価することを特徴とする、毒性評価方法。
[5] ヒトALT1、ヒトALT2、マウスALT1及びマウスALT2からなる群から選ばれる少なくとも2つのALTを同時に検出する、[4]に記載の方法。
[6] 前記検出結果のうちALTの値が、被検化学物質の接触後において接触前と比較して差がないとき、あるいは、前記検出結果のうちALTの値が、対照群と比較して差がないときは、前記被検化学物質の毒性がない、又は毒性が少ないと判定する、[4]に記載の方法。
[7] 前記検出結果のうちALTの値が、被検化学物質の接触後において接触前と比較して差があるとき、あるいは、前記検出結果のうちALTの値が、対照群と比較して差があるときは、前記被検化学物質は毒性があると判定する、[4]に記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、1回の測定で4種類のALTを同時に測定し、ヒトとマウスの細胞障害を同時に検出することが可能となった。また、本発明により、個体に依存してELISAにおける抗原抗体結合が消失する現象が回避され、上記同時検出の普遍性が担保された。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、ヒトALT1及びALT2並びにマウスALT1及びALT2のバイオマーカーに関する。また本発明は、被検試料中における上記バイオマーカーを測定することにより、ヒトALT1及びヒトALT2並びにマウスALT1及びマウスALT2を検出する方法に関する。
【0011】
本発明者は、ヒトのサンプルからヒトALT1及びALT2の識別が可能なアミノ酸配列、並びにマウスのサンプルからマウスALT1及びALT2の識別が可能なアミノ酸配列を探索した。それぞれのALTのアミノ酸配列をいくつかのペプチド断片に切断して、高分解能質量分析計を用いて当該断片の検出を行った。
その結果、候補となる断片のアミノ酸配列を同定し、実際に候補となったペプチドを標的として実際の被検サンプルを用いて検出作業を行った結果、それぞれのALTを識別することが可能となった。
【0012】
本発明において検出の対象となるバイオマーカーは、以下のA群に示す(a1)~(a4)のペプチドから選ばれる少なくとも1つのペプチドを含むヒトALT1測定用ペプチド、以下のB群に示す(b1)~(b3)のペプチドから選ばれる少なくとも1つのペプチドを含むヒトALT2測定用ペプチド、以下のC群に示す(c1)~(c2)のペプチドから選ばれる少なくとも1つのペプチドを含むマウスALT1測定用ペプチド、若しくは以下のD群に示す(d1)~(d7)のペプチドから選ばれる少なくとも1つのペプチドを含むマウスALT2測定用ペプチドであり、これらのA群からD群に属するそれぞれのペプチドの組み合わせのペプチドを含む。
【0013】
A群:ヒトALT1測定用ペプチド
(a1)LLVAGEGHTR(配列番号1)
(a2)QAVLAELAAK(配列番号2)
(a3)AWALDVAELHR(配列番号3)
(a4)MTILPPLEK(配列番号4)
【0014】
B群:ヒトALT2測定用ペプチド
(b1)TPSSWGR(配列番号5)
(b2)IFIPAK(配列番号6)
(b3)AGEIELELQR(配列番号7)
【0015】
C群:マウスALT1測定用ペプチド
(c1)LLVAGEGR(配列番号8)
(c2)LTEQVFNEAPGIR(配列番号9)
【0016】
D群:マウスALT2測定用ペプチド
(d1)SHSSAAAEASAALK(配列番号10)
(d2)ASGPWGR(配列番号11)
(d3)LLVSGGGK(配列番号12)
(d4)AAVLVR(配列番号13)
(d5)ILIPAK(配列番号14)
(d6)EDVAAFITR(配列番号15)
(d7)MTILPPVDK(配列番号16)
【0017】
本発明の別の態様においては、被検試料を質量分析(MS)にかけて前記バイオマーカーを検出することを特徴とする、ヒトALT1、ヒトALT2、マウスALT1及びマウスALT2から選ばれる少なくとも1つのALTの検出方法を提供する。
本発明においては、これらのバイオマーカーを用いることにより、ヒトALT1、ヒトALT2、マウスALT1及びマウスALT2を同時に検出することが可能となる。
【0018】
ここで「同時に検出する」とは、同一試験系において前記A群、B群、C群及びD群に属するそれぞれのペプチドを検出することができる限り、同一時刻にすべての群に属するペプチドを測定してもよいが、必ずしも同一時刻にすべての群に属するペプチドを測定しなければならないというものではない。例えば、一つの被検サンプルについて、上記ヒトALT1、ヒトALT2、マウスALT1及びマウスALT2を同時に検出してもよく、一つの被検サンプルを4つに分割して、それぞれのサンプルについてヒトALT1、ヒトALT2、マウスALT1及びマウスALT2を検出してもよい。あるいは、一つの被検サンプルについて、ヒトALT1、ヒトALT2、マウスALT1及びマウスALT2を順番に検出することもできる(この場合の順番は任意である)。
【0019】
被検試料は、対象から単離された生物学的材料であり、例えば、血液、血漿、血清、尿や、対象から採取した肝臓組織の培養上清等が挙げられる。
被検試料を測定する方法は、前記の通り質量分析である。
その方法は、1つ以上の分析物のそれぞれから質量分析によって検出可能な1つ以上のイオンを生成するのに適した条件下で、イオン化源に試料を供する。試料から分析物を抽出し、質量分析による検出に先立ってクロマトグラフィーにより分析物を分離することも可能である。
【0020】
質量分析は、標的分子をイオン化、又はイオン化及び断片化し、それらの質量/電荷比に基づいてイオンを分析して、質量スペクトルを生成するという分析法である。物体の質量/電荷比は、電磁エネルギーがその物体によって吸収される波長を決定する手段によって決定される。イオンの質量対電荷比を決定するために一般的に使用される方法はいくつかあり、イオン軌道と電磁波との相互作用を測定する方法、イオンが所与の距離を移動するのに要する時間を測定する方法、あるいはその両者の組合せもある。
【0021】
質量分析計自体は、試料導入部、イオン化部(イオン源)、質量分離部(アナライザー)、検出部(検出器)、真空排気部(真空ポンプ)、装置制御部・データ処理部(データシステム)等から構成され、アナライザーには種々の型式がある。その一つが四重極形であり、四重極形アナライザーを持つ質量分析計が四重極形質量分析計である。
本発明においては、タンデム型四重極形質量分析計を用いることが好ましい。
【0022】
なお、内部標準を校正標準及び/又は試験試料に加えることができる。試料中の測定された分析物のさらに正確な値を得るために、内部標準を使用して、試料処理中の分析物の損失を把握してもよい。校正標準のレベルにおける分析物のピーク面積と内部標準のピーク面積との比を使用して、校正曲線を生成し、試料を定量することも可能である。
【0023】
さらに本発明の別の態様においては、生物学的材料に被検化学物質を接触させた後、当該生物学的材料を質量分析にかけて前記バイオマーカーを検出し、当該検出結果を指標として前記被検化学物質の毒性を評価することを特徴とする、毒性評価方法を提供する。
この場合、ヒトALT1、ヒトALT2、マウスALT1及びマウスALT2からなる群から選ばれる少なくとも2つのALTを同時に検出することが好ましい。少なくとも2つのALTであれば、毒性発現器官の特定(ALT1は肝毒性でありALT2は骨格筋に特異的である背景を利用)や毒性発現動物種の特定(ヒトALTとマウスALTの測定結果を比較)を同一試料を用いて実施することができる。
【0024】
「接触」とは、生物または生物学的材料と評価の対象となる候補物質(被検化学物質)とを同一の環境、反応系又は培養系に存在させることを意味し、例えば、生物に被検化学物質を投与すること、細胞培養容器や血液サンプル用容器に被検化学物質を添加すること、生物学的材料と被検化学物質とを混合すること、細胞を被検化学物質の存在下で培養すること、細胞培養液に被検化学物質を添加することなどが含まれる。
「生物」には、動物、植物、菌類、原生生物、古細菌、細菌などが含まれるが、本発明においては、ALTが検出される限り生物の種類に限定されるものではなく、動物であることが好ましい。動物としては、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ウシ、ヒツジ、ウマ、イヌ、ネコ、サル等が挙げられる。
【0025】
「生物学的材料」は、前記ALTの検出方法に使用する被検試料と同義であり、例えば、血液、血漿、血清、尿、対象から採取した肝臓組織の培養上清等が挙げられる。
【0026】
「被検化学物質」は、毒性を評価するための対象となる候補物質であり、候補物質としては、例えば、ペプチド、タンパク質、非ペプチド性化合物、高分子化合物又は低分子化合物(有機化合物でも無機化合物でもよく、化学合成品及び天然品の両者を含む)などが挙げられ、これら化学物質は新規物質であっても公知物質であってもよい。被検化学物質が高分子化合物又は低分子化合物の場合は塩を形成していてもよく、その塩としては、生理学的に許容される酸(例えば、無機酸や有機酸など)や塩基(例えば、金属酸など)などとの塩が例示される。
【0027】
前記検出結果のうちALTの値が、被検化学物質の接触後において接触前と比較して差がないとき、あるいは、前記検出結果のうちALTの値が、対照群と比較して差がないときは、前記被検化学物質の毒性がない、又は毒性が少ないと判定することができる。
例えば、(i)前記検出結果のうちALTが被検化学物質の接触後において接触前と2群間比較し統計学的に有意差を認めないとき、(ii)被検化学物質の接触後の数値が接触前から200%未満であるとき、あるいは(iii)対照群と被検化学物質接触群との2群間または対照群と被検化学物質接触複数群との多群間比較において統計学的に有意差を認めないときは、前記被検化学物質の毒性がない、又は毒性が少ないと判定することができる。
【0028】
また、前記検出結果のうちALTの値が、被検化学物質の接触後において接触前と比較して差があるとき、あるいは、前記検出結果のうちALTの値が、対照群と比較して差があるときは、前記被検化学物質は毒性があると判定することができる。
例えば、(i)前記検出結果のうちALTが被検化学物質の接触後において接触前と2群間比較し統計学的に有意差を認めるとき、(ii)被検化学物質の接触後の数値が接触前から200%以上であるとき、あるいは(iii)対照群と被検化学物質接触群との2群間または対照群と被検化学物質接触複数群との多群間比較において統計学的に有意差を認めるときは、前記被検化学物質は毒性があると判定することができる
【0029】
但し、上記判定基準は、これに限定されるものではなく、閾値は被検化学物質の種類や性質に応じて適宜設定することができる。
上記判定の結果、毒性がない、又は毒性が少ないと判定された化学物質は、非毒性物質として選択され、各種目的(例えば試薬品、農薬品、医薬品としての開発継続の判断根拠)のために使用される。
【0030】
他方、上記判定の結果、毒性があると判定された化学物質も、有毒物質として選択され、各種目的(例えば用途や用法を限定して試薬品、農薬品、医薬品としての開発継続の判断根拠や開発中止の判断根拠)のために使用される。
【実施例
【0031】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
[実施例1] マーカーとなる候補ペプチド配列の同定
【0032】
1.1.標準物質
標準物質として、以下のリコンビナントタンパク質を使用した。
(1) Recombinant mouse ALT1/GPT1 protein(mouse ALT1,以下m-ALT1と記載)
メーカー: NKMAX Co., Ltd.
製品番号: ATGP3530
アミノ酸領域: 1-496aa
UniProt No.: Q8QZR5
保管条件: -20℃以下
【0033】
(2) Recombinant mouse ALT2/GPT2 protein(mouse ALT2,以下m-ALT2と記載)
メーカー: NKMAX Co., Ltd.
製品番号: ATGP3881
アミノ酸領域: 1-522aa
UniProt No.: Q8BGT5
保管条件: -20°C以下
【0034】
(3) Recombinant human ALT1/GPT1 protein(human ALT1,以下h-ALT1と記載)
メーカー: NKMAX Co., Ltd.
製品番号: ATGP1283
アミノ酸領域: 1-496aa
UniProt No.: P24298
保管条件: -20°C以下
【0035】
(4) Recombinant human ALT2/GPT2 protein(human ALT2,以下h-ALT2と記載)
メーカー: NKMAX Co., Ltd.
製品番号: ATGP1914
アミノ酸領域: 1-523aa
UniProt No.: Q8TD30
保管条件: -20°C以下
【0036】
1.2.ブランクマトリックス
ブランクマトリックスとは、被測定対象タンパク質を含まない又は少量含む生体試料であり、標準物質の希釈を目的として使用した。
(1) マウス個体別血漿
系統: Crl:CD1(ICR)
抗凝固剤: Heparin Li
(2) マウスプール血漿
系統: Crl:CD1(ICR)
抗凝固剤: Heparin Na
(3) ラットプール血漿
系統: Crl:CD(SD)
抗凝固剤: Heparin Na
【0037】
1.3.使用試薬(表1)
【表1】
【0038】
1.4.固相プレート
(1) SOLAμ HRP 2 mg/1 mL 96 well plate
型番: 60209-001
メーカー: サーモフィッシャーサイエンティフィック
(2) Oasis MCX 96-well μElution Plate, 30 μm
型番: 186001830BA
メーカー: ウォーターズ
【0039】
1.5.消化酵素
商品名: SMART Digest Trypsin Kit, Bulk Resin option
型番: 60109-101-B
メーカー: サーモフィッシャーサイエンティフィック
【0040】
1.6.主な機器(表2)
【表2】
【0041】
1.7.処理法
1. 各種マトリックスおよび標準物質のトリプシン消化及び試料処理
h-ALT1(500μg/mL)40.0 μL、m-ALT1 (500μg/mL) 40.0 μL及びh-ALT2 (500μg/mL) 40.0 μLにそれぞれSmart buffer 160.0 μLを添加し、またm-ALT2(1000μg/mL) 20.0 μLにSmart buffer 180.0 μLを添加して、それぞれ200μLのサンプルを調製した。
また、ヒト血漿20.0 μL、マウス血漿20.0 μL にSmart buffer 180.0 μLを添加して、200μLのサンプルを調製した。
【0042】
上記各サンプルにトリプシン15μLを添加して加温後、1400rpm,70℃で30分、60分又は120分遠心した。
遠心後、SOLAμ HRPに全量添加し(メタノール,水 200μLでコンディショニング)、1% ギ酸 300μLで洗浄した。次に1%ギ酸80%メタノール 30μL 2回で溶出し、水440 μLを添加して、質量分析用試料とした。
【0043】
2. 高分解能質量分析計(HRMS)による消化断片の検出
消化断片は、Orbitrap QExactive plusを使用して分析を行った。
液体クロマトグラフィ(LC)は、VanquishTMHorizon UHPLC system(Thermo ScientificTM)を用いて行った。
【0044】
カラムはYMC-Triart C18、細孔径12 nM、粒子径1.9 μm、内径2.0 mm、長さ100 mm(型番:TA12SP9-1002PT)とし、カラム温度を60℃とした。
移動相Aは水/アセトニトリル/ギ酸(980:20:1 v/v/v)、移動相Bはアセトニトリルとし、分析時間は70分、注入量は25μLで行った。
【0045】
3. タンパク質解析ソフトによるペプチド断片の同定および解析
HRMS分析により得られたデータについて、タンパク質解析ソフトウエア(BioPharmaFinder)にて解析して、m_ALT由来のペプチド断片の探索を行った。
【0046】
4. タンデム四重極型質量分析計(MS/MS)測定のためのメソッド作成(トランジションの作成)
各ALTに対する候補ペプチド及びそのトランジション(Q1のm/zとQ3のm/zの組み合わせ)を、BioPharmaFinderにより1次候補としてそれぞれ作成した。これらのトランジションに対して前記項目1で調製した各消化ペプチドの溶液を用いてDP(質量計への引き込み電圧)及びCE(コリジョンエナジー)の最適化を行った。最適化実施のLC条件を以下に示す。MSはSCIEX製のTripleQuad6500+を使用した。
【0047】
<LC 条件>
使用LC:NANOSPACE NASCA2
カラム:YMC Triart C18,細孔径12 nM,粒子径1.9μm,内径2.0mm,長さ100mm(型番TA12SP9 1002PT)
カラム温度:60℃
移動相A:水/アセトニトリル/ギ酸(980:20:1 v/v/v)
移動相B:アセトニトリル
分析時間:10分
注入量:5μL
【0048】
5. 候補ペプチドの選定及び感度確認
タンデム四重極型質量分析計(MS/MS)による測定の結果、マウスALT1について8消化ペプチド断片及び73トランジション、ヒトALT1について10消化ペプチド断片及び130トランジション、マウスALT2について10消化ペプチド断片及び112トランジション、並びにヒトALT2について12消化ペプチド断片及び109トランジションを選択した。
【0049】
この中から、2次候補として4物質合わせて144トランジションを選択した。
選択したこれらのトランジションに対して、タンデム質量分析計のイオン源のパラメーターを以下の通り設定した。
IS(イオンスプレー電圧(V)):5000
CUR(カーテンガス(psi)):32
TEM(ヒーター温度(℃)):500
CAD(コリジョンガス(psi)):10
GS1(ネブライザーガス(psi)):65
GS2(ヒーターガス(psi)):60
【0050】
続いて、h-ALT1(500,000ng/mL)、m-ALT1(500,000ng/mL)、h-ALT2(500,000ng/mL)、及びm-ALT2(1,000,000ng/mL)を含む、調製濃度10,000ng/mLの溶液を1,000、500、200、100、50、20、10、5、2、及び1 ng/mLまで段階的に希釈した。
各サンプル10μL、Buffer 190 L(Smart Digest Buffer)及び酵素15μL(SMART Digest Trypsin)を含む溶液を70℃、1400rpmで60分遠心し、1%ぎ酸300μLに溶解し、固相にロードした(500×g 10sec)(メタノール500μL、水 500μL でコンディショニング)。1%ぎ酸 500μLでの洗浄(1000×g 10sec)、1%ぎ酸 50% メタノールでの溶出(25μL 2 回、2000×g 10sec)を行った後、1%ぎ酸 50μLに溶解し、LC-MS/MSに注入した。
【0051】
LC条件は以下の通りである。なお、実験は再現性確認のため少なくとも2回実施した。
使用LC:NANOSPACE NASCA2
カラム:YMC Triart C18、細孔径12nM、粒子径1.9μm、内径2.0mm、長さ100mm(型番TA12SP9 1002PT)
カラム温度:60℃
移動相A:水 アセトニトリル ギ酸(980:20:1 v/v/v)
移動相B:アセトニトリル
分析時間:12~15分
注入量:20~25μL
【0052】
結果:
選択した断片ペプチド、並びにそのトランジション及び検量線データを以下に示す(表3)。
【表3】
【0053】
表中、「Analyte Peak Name」は試験したペプチド断片のID、「Peptide Sequence」はペプチド断片のアミノ酸配列、「Q1/Q3」はプリカーサーイオン/プロダクトイオン、「Slope」は検量線の傾き、「Y-intercept」はY-切片、及び「r」は相関係数を表す。検量線の重みづけはすべて1/x2で実施した。
表3において、ペプチド配列のC末端側の「+2」、「+3」などの数字は、測定したイオンの正の価数(ペプチドが帯びる電荷)を表す。また、末尾のアルファベットと数字は、フラグメントのタイプを表す。
【0054】
[実施例2] 検体測定
ヒト肝細胞キメラマウス(PXBマウス、フェニックスバイオ社)の血清及びPXBマウスの肝臓を灌流して得たヒト肝細胞の培養上清を検体として用い、実施例1で得られた候補ペプチド配列のうち、以下のペプチド断片をマーカーとして、各ALTの測定を行った。
h-ALT1:AWALDVAELHR(配列番号3)
h-ALT2:IFIPAK(配列番号6)
m-ALT1:LLVAGEGR(配列番号8)
m-ALT2:ILIPAK(配列番号14)
【0055】
測定の際、より正確な検量線を作成するために測定対象のタンパク質を含まないラット血漿をブランクマトリックスとして使用した。また、ラット血漿とマウス血清による感度差や測定時の誤差を補正するために、各ペプチドの安定同位体標識を内標準物質(IS)として採用した。
【0056】
(1)調製試薬
以下の試薬を所定の比率で混和して調製した。
(1) 水/アセトニトリル(1:1,v/v)
(2) 水/メタノール(1:1,v/v)
(3) 水/ぎ酸(100:2,v/v)
(4) 水/メタノール/10%アンモニア水(22:75:3,v/v/v)
(5) 移動相A:水/ぎ酸(1000:1,v/v)
(6) 移動相B:アセトニトリル/2-プロパノール(1:1,v/v)
(7) 洗浄液:水/メタノール(1:1,v/v)
【0057】
(2)IS溶液の調製
各ISを水/アセトニトリル(1:1,v/v)に溶解して5 mg/mLのIS原液を調製した。各IS原液を混合及び希釈してIS溶液を調製した(表4)。
【表4】
【0058】
(3)高濃度試料の調製
プールされたマウス血漿を分取後、各標準物質を添加した(表5)。
【表5】

【0059】
(4)検量線用試料の調製
プールされたラット血漿を用いて高濃度試料を順次希釈した(表6)。
【表6】
【0060】
(5)QC試料の調製法
プールされたマウス血漿を用いて高濃度試料を順次希釈した(表7)。
【表7】
【0061】
試料(10 μL)にSMART Digest Buffer 190 μL(消化酵素キット付属の緩衝液)及び Bulk Non-magnetic SMART Digest Resin 15 μL(消化酵素キット付属の酵素液)を添加し、サーモミキサーCで撹拌した(70℃,1400 rpm,60 min)。これにIS溶液10μL及び 水/ぎ酸(100:2,v/v)200 μLを加え、ボルテックスミキサーで撹拌した。
Oasis MCX 96-well μElution Plateに攪拌後の溶液の全量をロードし、遠心分離を行った(4℃,200×g,6 min)。次いで、水/ぎ酸(100:2,v/v)400 μLを添加し、遠心分離した(4℃,200×g,1 min)。
【0062】
次に、以下の条件で洗浄を3回行った。
・水/ぎ酸(100:2,v/v)400 μLを添加し,遠心分離(4℃,200×g,4 min)
・水/メタノール(1:1,v/v)400 μLを添加し,遠心分離(4℃,200×g,4 min)
・メタノール400 μLを添加し,遠心分離(4℃,200×g,4 min)
【0063】
上記洗浄後、下記条件で溶出を2回実施した。
・水/メタノール/10%アンモニア水(22:75:3,v/v/v)25 μLを添加し,遠心分離(4℃,200×g,4 min)
回収用プレートにあらかじめ水/ぎ酸(100:2,v/v)100 μLを添加し、25 μLをLC-MS/MSシステムに注入した。
【0064】
(6)LC条件
分析カラム: CAPCELL PAK ADME-HR, particle size:2 μm, 2.1 mm × 150 mm(大阪ソーダ)
移動相:
A: 水/ぎ酸(1000:1,v/v)
B: アセトニトリル/2-プロパノール(1:1,v/v)
グラジエント(表8):
【表8】
【0065】
洗浄溶媒:
水/メタノール(1:1,v/v)
カラム温度:65℃
周囲温度:10℃
注入量:25 μL
分析時間:19 min
【0066】
(7)MS/MS条件
イオン化モード:Electrospray ionization
極性:Positive ion mode
スキャンタイプ:MRM
カーテンガス:45 psi
コリージョンガス:7
イオンスプレー電圧:2000 V
ヒーターガス温度:500℃
ネブライザーガス(GS1):80 psi
ターボガス (GS2):85 psi
Q1解像度:High
Q3解像度:High
バルブ位置(表9):
【表9】
【0067】
モニタリングイオン及びコリージョンエネルギー(表10):
【表10】
【0068】
結果
得られた定量値を表11に示す.また,実試料の濃度測定時の検量線の測定結果を表12に示す。検量線は判断基準を満たした。
【表11】


【表12】
【0069】
上記表11、12より、いずれのペプチド配列の検量線においても最低濃度20 ng/mL以上において真度は85%以上であることが分かる。
そして、実試料の濃度測定において、各ALTについては多くの検討用実試料について検量線の中間濃度付近で定量ができた。従って、定量感度は良好であると考えられた。
【配列表】
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