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特許7606386ステンレス鋼の製造方法およびステンレス鋼の製造システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-17
(45)【発行日】2024-12-25
(54)【発明の名称】ステンレス鋼の製造方法およびステンレス鋼の製造システム
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20241218BHJP
   B23K 26/352 20140101ALI20241218BHJP
【FI】
C23C26/00 E
B23K26/352
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021058549
(22)【出願日】2021-03-30
(65)【公開番号】P2022155179
(43)【公開日】2022-10-13
【審査請求日】2023-12-01
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】松林 弘泰
【審査官】永田 史泰
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-197879(JP,A)
【文献】特開昭57-63679(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C18/00-30/00
B05D1/00-7/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1種類の特定の物質を含む液体または高粘度物質をステンレス鋼に接触させる接触工程と、
上記液体または上記高粘度物質を接触させた状態で上記ステンレス鋼にレーザ照射を行う照射工程と、を含み、
上記照射工程は、上記ステンレス鋼を引張することにより該ステンレス鋼の表面が平坦になった状態において、上記表面と、上記レーザ照射を行う照射部との間が略一定の距離を保った状態で行われ
上記液体または上記高粘度物質は、上記特定の物質として、カルボン酸またはカルボン酸塩のうち少なくとも1種を含む液体または高粘度物質である、ステンレス鋼の製造方法。
【請求項2】
上記照射工程は、上記ステンレス鋼が搬送される過程において連続的に行われる、請求項1に記載のステンレス鋼の製造方法。
【請求項3】
上記接触工程は、(i)上記液体または上記高粘度物質中に上記ステンレス鋼を浸漬する、(ii)上記液体または上記高粘度物質を上記ステンレス鋼に滴下する、または(iii)上記液体または上記高粘度物質を上記ステンレス鋼に噴霧することで上記ステンレス鋼に上記液体または上記高粘度物質を接触させる、請求項1または2に記載のステンレス鋼の製造方法。
【請求項4】
上記液体は、上記特定の物質を含む水溶液、または金属粒懸濁液である、請求項1からのいずれか1項に記載のステンレス鋼の製造方法。
【請求項5】
上記照射工程によって、上記ステンレス鋼の表面に、上記特定の物質を含む皮膜が形成され、
当該皮膜は、特定の官能基を含む皮膜、または特定の化合物を含む金属化合物皮膜である、請求項1からのいずれか1項に記載のステンレス鋼の製造方法。
【請求項6】
少なくとも1種類の特定の物質を含む液体または高粘度物質をステンレス鋼に接触させるための接触部と、
上記液体または上記高粘度物質が接触した上記ステンレス鋼にレーザ光を照射する照射部と、
少なくとも上記レーザ光が照射されている間、上記ステンレス鋼を引張する引張部と、
を含み、
上記液体または上記高粘度物質は、上記特定の物質として、カルボン酸またはカルボン酸塩のうち少なくとも1種を含む液体または高粘度物質である、ステンレス鋼の製造システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はステンレス鋼の製造方法およびステンレス鋼の製造システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1に記載のように、ステンレス鋼など、金属材を基材とし、当該基材の表面に特定の物質を含む溶液を接触させた状態においてレーザ光を照射することで、当該基材の表面性状を改質する方法が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2011-235570号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、一般的に、基材の表面には微細な凹凸が存在し得る。上述のような従来の方法を用いてこのような基材に対して改質を行った場合、当該基材の表面に存在する凹凸により、基材の表面とレーザ光を出射するレーザヘッドとの間の距離が不安定となる。また、当該凹凸により、基材2の表面における溶液の層の厚さも不安定になる。この場合、基材の表面に照射されるレーザのフルエンスエネルギーが照射位置によって異なる。従って、従来の方法では、基材の表面の改質の程度が不均一となり、製造されるステンレス鋼10の品質が安定しない。
【0005】
本発明の一態様は、表面が改質される程度の均一性が高められたステンレス鋼を生産することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るステンレス鋼の製造方法は、少なくとも1種類の特定の物質を含む液体または高粘度物質を、ステンレス鋼に接触させる接触工程と、上記液体または上記高粘度物質を接触させた状態で上記ステンレス鋼にレーザ照射を行う照射工程と、を含み、上記照射工程は、上記ステンレス鋼を引張することにより該ステンレス鋼の表面が平坦になった状態において、上記レーザ照射を行う照射部との間が略一定の距離を保った状態で行われる。
【0007】
上記の構成によると、ステンレス鋼10の表面が改質される程度の均一性を高めることが可能となる。
【0008】
また、上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係るステンレス鋼の製造システムは、少なくとも1種類の特定の物質を含む液体または高粘度物質を、ステンレス鋼に接触させるための接触部と、上記液体または上記高粘度物質が接触した上記ステンレス鋼にレーザ光を照射する照射部と、少なくとも上記レーザ光が照射されている間、上記ステンレス鋼を引張する引張部と、を含む。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、表面が改質される程度の均一性が高まったステンレス鋼を生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の実施形態1に係るステンレス鋼の概略断面図である。
図2】本発明の一態様に係るステンレス鋼を製造するために用いる製造システムの概要を示す概略図である。
図3】接触工程および照射工程において用いられる部材の別の例を示す概略図である。
図4図3に示す図をブライドルロールの軸方向から見た状態を示す図である。
図5】照射部の一例を示す図である。
図6】照射部の別の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
〔実施形態1〕
以下、本発明の一実施形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をよりよく理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものでは無い。また、本出願において、「A~B」とは、A以上B以下であることを示している。本明細書において、「ステンレス鋼」との用語は、「ステンレス鋼板」および「ステンレス鋼帯」を含む意味で用いる。また、以下に示す成分の割合は、質量%の値を示している。
【0012】
<実施形態1に係るステンレス鋼10の構成>
図1は、本発明の実施形態1に係るステンレス鋼10の概略断面図である。図1に示すように、ステンレス鋼製接点用部材は、ステンレス鋼10によって形成されている。ステンレス鋼製接点用部材とは、電気・電子機器等に組み込まれる銅やアルミニウム電線を接続するハーネス等のコネクター等配線端子として用いられる部材である。また、ステンレス鋼製接点用部材は、押しボタンスイッチ等に組み込まれるメタルドーム等の接点材料としても用いられる。
【0013】
また、図1に示すように、本発明の実施形態1に係るステンレス鋼10では、基材2の表面に皮膜3を有する。また、皮膜3の最表面から2nmの位置(図1において破線4で示す位置)において、皮膜3を構成する成分の割合が酸化Cr:15~45%、金属Cr:3~20%、酸化Fe:8~25%、金属Fe:10~40%、および特定元素:5~56%である。さらに、ステンレス鋼10の表面粗さRaは、0.17μm以上である。皮膜3の最表面から2nmの位置における元素(成分)の組成は、光電子分光分析装置を用いることで測定することができる。より詳細には、例えばArイオンでエッチングし、その後X線を照射して放出される光電子のスペクトルを解析することにより、皮膜3の最表面から2nmの位置における成分濃度を求めることができる。また、ステンレス鋼10の表面粗さRaは、触針式表面粗さ測定器を用いることで測定することができる。
【0014】
また、皮膜3全体の厚さ(図1において矢印5で示す長さ)は、20nm以下である。皮膜3の厚さは、光電子分光分析装置を用いることで測定することができる。具体的には、光電子分光分析装置によって測定されたO(酸素)最大ピークの1/2を皮膜3の厚さとする。
【0015】
ステンレス鋼10の基材2として用いられるステンレス鋼は、オーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系、オーステナイト・フェライト(2相系)、または析出硬化系ステンレス鋼等であることが好ましい。具体例としては、SUS301、SUS304、SUS316、SUS410、SUS430、SUS436L、SUS444、SUS410、SUS420J1、SUS420J2、SUS329J1、SUS329J3L、SUS821L1、SUS630またはSUS631等が挙げられる。また、基材2に施される表面仕上げの方法は、光輝焼鈍仕上げ、酸洗仕上げ、酸洗後軽圧延仕上げ、および調質圧延仕上げ、HL仕上げ(研磨目を付与したもの)、ダル仕上げ(調質圧延時に目の粗いロールを使用して基材に転写したもの)、および鏡面仕上げ(バフ研磨にて表面光沢を高めたもの)等が挙げられる。
【0016】
皮膜3に含まれる酸化Crとは、例えば、Cr、またはCr(OH)等である。また、酸化Feとは、例えばFe、Fe等である。また、特定元素は、電気陰性度1.5~2.5の少なくとも1種類の元素である。電気陰性度が2.5を超えると、皮膜3中の元素がイオン結合状態となる。また、電気陰性度が1.5未満の元素は、安定した共有結合状態となる。そのため、電気陰性度が1.5未満、または2.5を超える元素を特定元素として用いた場合、電気伝導度が著しく劣るようになる。特定元素は、Al、Si、Sn、Ti、Ag、およびCuのうち少なくとも1種であることが特に好ましい。
【0017】
ここで、皮膜3に含まれる成分の割合および表面粗さについて説明する。まず、ステンレス鋼10の皮膜3中には、金属Cr、金属Fe、酸化Cr、酸化Fe、および特定元素が存在すると考えられる。また、特定元素の多くは酸化物の状態で存在すると考えられる。また、酸化物(特定元素の酸化物、酸化Crおよび酸化Fe)は、電気伝導性が低く電気を通しにくいため、皮膜3中における割合が増加するとステンレス鋼10の接触抵抗が上昇する。また、金属元素(金属Crおよび金属Fe)は、電気伝導性が高いため、皮膜3中における割合が増加するとステンレス鋼10の接触抵抗が低下する。
【0018】
皮膜3中において、特定元素が56%を超える、酸化Crが45%を超える、あるいは酸化Feが25%を超える場合、皮膜3中において導電性が非常に低い部分の割合が高くなる。また、皮膜3に含まれる金属Crが3%未満である、あるいは金属Feが10%未満である場合、皮膜3中において導電性が高い部分の割合が低くなる。従って、皮膜3に含まれる成分の割合および表面粗さが上述の範囲から外れたステンレス鋼10は、接点用部材として適さない。
【0019】
一方、皮膜3中において、金属Crが20%を超える、あるいは金属Feが10%を超える場合、ステンレス鋼10は、接点用部材としてはより好ましいステンレス鋼となる。しかしながら、下記に示すステンレス鋼10の製造方法では、金属Crおよび金属Feについて設定の範囲を超える皮膜3を形成することは困難である。
【0020】
なお、皮膜3に含まれる酸化Crについて、皮膜3形成時に照射されるレーザのフルエンスエネルギーが低い場合、Cr(OH)よりもCrの割合が高くなる。反対に当該レーザのフルエンスエネルギーが高い場合、CrよりもCr(OH)の割合が高くなる。ここで、皮膜3中のCrの割合が高い場合、皮膜3中の特定元素の割合も高くなる。従って、皮膜3に含まれる酸化Crにおいて、CrよりもCr(OH)の割合が高い方が好ましい。
【0021】
また、ステンレス鋼10の表面粗さは、粗いほど(数値が高いほど)接触抵抗が低下するため好ましい。従って、上述したように、本実施形態におけるステンレス鋼10の表面粗さRaは、0.17μm以上となっている。一方、ステンレス鋼10の表面粗さが0.17未満である場合、皮膜3の構造が均一になっていると考えられる。この場合、ステンレス鋼10の接触抵抗は高くなるため、接点用部材として適さない。
【0022】
以上のように、本発明の実施形態1に係るステンレス鋼10は、一例として、ステンレス鋼製接点用部材として用いられるステンレス鋼である。また、ステンレス鋼10において基材2の表層に特定元素を主体とする皮膜3が形成されている。また、好ましくは、皮膜3にはCrのほかに、特定元素として、Al、Cu、Si、Ti、Sn、Ag、またはNi等のうち、少なくとも1種以上の金属元素が含まれている。
【0023】
<実施形態1に係るステンレス鋼10の製造方法>
図2は、本発明の一態様に係るステンレス鋼10を製造するために用いる製造システム100の概要を示す概略図である。以下、図2を用いて、本発明の一態様におけるステンレス鋼10の製造方法(以下、単に「本製造方法」と称することがある)について、以下に説明する。本製造方法は、図2に示すような製造システム100を用いて行われる。製造システム100は、ペイオフリール101、溶液槽(接触部)102、ブライドルロール(引張部)103、照射部104、水洗槽105、ドライヤ106、およびテンションリール107を備える。
【0024】
本製造方法は、一般的な製造工程(後述の説明を参照)によって製造されたステンレス鋼に、張力をかけ平坦化した状態で、レーザ誘起湿式改質法(後述の浸漬工程および照射工程)を施すことを特徴とする。上記方法により、ステンレス鋼の表層に形成された酸化被膜(不働態皮膜)が改質され、皮膜3となる。
【0025】
まず、一般的なステンレス鋼の製造方法について説明する。一般的なステンレス鋼の製造方法では、溶解工程、鋳造工程、およびスラブ表面研削工程を行った後、1100℃~1300℃に加熱されたスラブを熱間圧延することで熱延鋼帯とする熱間圧延工程、焼鈍・酸洗工程、冷間圧延工程、および仕上げ工程を行う。なお、熱間圧延工程の後、焼鈍・酸洗工程および冷間圧延工程を繰り返し、最終板厚とした焼鈍材を基材2として用いてもよい。他には、光輝焼鈍仕上げ材、あるいは調質圧延仕上げ材を基材2として用いてもよい。
【0026】
上述のようにして製造された基材2は製造システム100において搬送され、その過程で基材2に対して浸漬工程(接触工程)および照射工程が施される。これにより、基材2において、表面を改質し、皮膜3を形成する濃化処理が行われる。以下、本製造方法の詳細な内容について説明する。まず、ペイオフリール101に、基材2を巻いたコイルが設置され、払い出される。なお、図2に示す矢印は、基材2の搬送方向を示す。
【0027】
次に、浸漬工程および照射工程について説明する。浸漬工程では、仕上げ工程を行った後の基材2を、特定元素を含有する物質中に浸漬する。なお、ここでは、基材2と接触させる物質として特定元素を含有する溶液を例に挙げて説明する。しかし、本発明において、基材2と接触させる物質は、溶液に限らず、当該物質を基材2に接触させた状態でレーザ照射を行うことで、皮膜3を形成させる所望の反応を生じさせることが可能な液体、あるいは高粘度物質であればよい。例えば、ステンレス鋼10を製造するときに用いる物質は、特定の金属を金属粒として含む金属粒懸濁液であってもよい。高粘度物質とは、特定元素を含有し、基材2の表面に塗布可能な、例えばケイ酸ナトリウム(水ガラス)などの高い粘性を有する物質である。また、高粘度物質は、特定元素を含有するゲル状の物質であってもよい。また、金属粒懸濁液とは、特定元素として、Al、Cu、Si、Ti、Sn、Ag、またはNi等のうち、少なくとも1種以上の金属元素を含む懸濁液であってよい。
【0028】
溶液を保持する形態の一例として、溶液は、図2に示すような溶液槽102内に保持されている。ここで、特定元素とは、基材2の表層に形成される皮膜3に含有されることによって、表面接触抵抗を改善することが可能な元素である。接触抵抗を改善するとは、接触抵抗を低くすることであり、ステンレス鋼製接点用部材表面の電気伝導度を向上させることを意味する。
【0029】
特定元素を含む溶液は、室温(約25℃)であり、また濃度が40質量%以下であることが好ましい。具体的には、特定元素を含む溶液として、硝酸アルミニウム水溶液、ケイ酸ナトリウム水溶液、硫酸スズ水溶液、硫酸チタン水溶液、硝酸銀水溶液、または硝酸銅水溶液等を用いることができる。
【0030】
溶液槽102の深さは特に限定されない。但し、溶液槽102中で搬送される基材2の表面における溶液の厚さは、後述する照射工程において、レーザのフルエンスエネルギーが当該溶液によって減衰したとしても基材2の表面に十分なエネルギーを与えられる程度であるように調節されることが好ましい。なお、溶液の厚さとは、基材2の表面上に存在する溶液における、基材2の表面に対して垂直な方向の長さを意味する。例えば、本実施形態における溶液の厚さは、基材2の表面から溶液槽102の水面までの距離を示す。
【0031】
溶液の厚さが厚い場合、換言すると基材2が溶液槽102の深い位置において搬送される場合、レーザのエネルギーが溶液によって減衰され、基材2の改質が不十分となる可能性がある。一例として、基材2の表面における溶液の厚さは、0.5mm~10mm程度であり、好ましくは1mm~3mmである。後述する照射工程において、基材2の表面のうち、レーザが照射される領域中の溶液の厚さは、可能な限り均一であることが好ましい。
【0032】
ブライドルロール103は、基材2を板厚方向において挟み込む2対のロールである。製造システム100において、ブライドルロール103は、少なくとも後述の照射工程において基材2に対してレーザが照射される領域よりも上流に1対のロールが設けられ、当該領域よりも下流にもう1対のロールが設けられる。基材2は、上流側の1対のロールによって搬送方向に対して反対方向に向けて引張され、下流側の1対のロールによって搬送方向に向けて引張される。なお、当該引張は相対的なものであってよく、例えば上流側のロールと下流側のロールとの間における搬送速度の差によって実現されてよい。
【0033】
基材2を溶液中に浸漬している間、当該基材2は、上述のようなブライドルロール103によってテンションを掛けられ、搬送方向に対して平行な方向において引張される。これにより、基材2の表面の凹凸が引き伸ばされ、基材2の表面が平坦化する。なお、製造システム100において、基材2にテンションをかける部材はブライドルロール103に限られず、他の装置が用いられてもよい。
【0034】
続いて、基材2を溶液中に浸漬し、ブライドルロール103で基材2に対してテンションを掛けている状態において、基材2表面にレーザ照射処理を行う(照射工程)。照射工程では、波長1080~1090nmのパルス波、または連続波のレーザを照射可能な照射部104を用いる。また、照射するレーザのフルエンスエネルギーは0.2~6.6J・cm-2、好ましくは0.2~5.0J・cm-2とする。照射するレーザのフルエンスエネルギーが0.2J・cm-2を下回る場合、基材2の表面に含有される特定元素の量が不足するため、所望の組成を有する皮膜3を得ることができない。一方、照射するレーザのフルエンスエネルギーが6.6J・cm-2を上回る場合、当該レーザを照射された薄ゲージの基材2は著しく変形する、あるいは外観が著しく悪化するため、接点用部材として使用不可となる。また、照射するレーザのフルエンスエネルギーの上限を5.0J・cm-2とすることにより、熱の影響等により基材2が変形すること防止することができるので好ましい。なお、照射部104のレーザヘッドと基材2の表面との間の距離(照射距離)は、略一定に維持されることが好ましい。
【0035】
続いて、照射工程を施されたステンレス鋼10は、水で満たされた水洗槽105へ搬送され、水洗工程が行われる。具体的には、ステンレス鋼10は、水洗槽105内で搬送されることで水洗され、表面に付着していた溶液が洗い流される。水洗工程の後、ステンレス鋼10は、ドライヤ106によって乾燥させられる。乾燥したステンレス鋼10は、さらに搬送され、テンションリール107によって巻き取られる。以上により、本製造方法が完了する。
【0036】
<実施形態1に係るステンレス鋼10の製造方法の効果>
本発明の実施形態1に係る製造方法は、特定の物質を含む液体または高粘度物質中にステンレス鋼を浸漬する浸漬工程と、上記液体または上記高粘度物質中で上記ステンレス鋼にレーザ照射を行う照射工程と、を含み、上記照射工程では、ステンレス鋼を引張することにより該ステンレス鋼の表面が平坦になった状態において、波長が1080~1090nmであり、0.2J・cm-2以上6.0J・cm-2以下のエネルギーを有するレーザを照射する。なお、上述の例では、浸漬工程中に基材2の引張および照射工程が行われたが、基材2に対して浸漬工程を施した後、基材2が溶液槽102から出た後に照射工程が行われてもよい。この場合、基材2は、少なくとも照射工程において引張されていればよい。
【0037】
基材2を引張せずに照射工程を行った場合、基材2の表面の凹凸により、照射部104と基材2の表面との間の距離が不安定になる。また、当該凹凸により、基材2の表面における溶液の厚さも不安定になる。この場合、基材2の表面に照射されるレーザのフルエンスエネルギーが照射位置によって異なり、基材2の表面の改質の程度が安定せず、製造されるステンレス鋼10の品質が安定しない。
【0038】
これに対して、本製造方法では、ブライドルロール103を用いて基材2にテンションをかけて基材2を平坦化しているため、照射部104と基材2の表面との間の距離が略一定に維持され、かつ、基材2表面における溶液の厚さが略一定になる。これにより、基材2の表面に照射されるレーザ光のフルエンスエネルギーが、レーザが照射される領域全体において略均一になる。従って、本製造方法によると、ステンレス鋼10の表面が改質される程度の均一性を高めることが可能となり、安定した品質のステンレス鋼10を製造することができる。
【0039】
また、本製造方法では、製造システム100において基材2を搬送し、基材2を平坦化しつつ浸漬工程および照射工程を行うことで基材2に対して連続的に改質処理を施してステンレス鋼10を製造する。これにより、従来よりも高い効率でステンレス鋼10を製造することができるため、ステンレス鋼10の生産性が向上する。また、連続的に処理を行うことで、部分的な改質処理を複数回に分けて行うよりもステンレス鋼10の製造コストを低減することができる。
【0040】
〔変形例〕
上述の実施形態1では、基材2に浸漬工程および照射工程を施すことによってステンレス鋼10を製造した。しかし、浸漬工程に代えて滴下工程を基材2に施してもよい。滴下工程とは、特定元素を含有する溶液を、基材2に滴下する工程である。なお、溶液は、基材2の表面全体が濡れる程度に滴下されればよい。その後、溶液が滴下された基材2に照射工程を施すことによって実施形態1に係るステンレス鋼10が製造される。
【0041】
図3は、接触工程および照射工程において用いられる部材の別の例を示す概略図である。図4は、図3に示す図をブライドルロール103の軸方向から見た状態を示す図である。上述の実施形態1では、浸漬工程として、溶液槽102内に基材2を搬送することで基材2の表面に溶液を接触させていた。しかし、基材2の表面に溶液を接触させる方法は、浸漬に限られない。一例として、ステンレス鋼10の製造方法では、接触工程として、基材2の表面に溶液を滴下する滴下工程を行ってもよい。
【0042】
接触工程として滴下工程が行われる場合、図3および図4に示すように、製造システム100には、溶液滴下ヘッド108が、基材2の搬送方向において照射部104よりも上流に設けられる。溶液滴下ヘッド108からは、基材2に対して溶液が滴下される。
【0043】
ここで、滴下工程を行う場合、図3および図4に示すように基材2を斜め方向に送ってもよい。具体的には、基材2は、基材2に滴下された溶液が搬送方向の上流から下流に向けて流れるように傾いた状態で搬送されてもよい。滴下された溶液が基材2の表面を流れることにより、照射部104によってレーザが照射される領域において、基材2の表面上の溶液の厚さが均一になりやすくなる。
【0044】
なお、照射部104のレーザヘッドの位置は基材2の表面に対して垂直な方向(図4において矢印で示す方向)において可変であってもよい。照射部104のレーザヘッドの位置は、基材2の板厚さにあわせて適宜調節されてもよい。
【0045】
また、接触工程は、浸漬工程および滴下工程以外の方法であってもよい。例えば、接触工程として、霧状の溶液を基材2の表面に噴霧する噴霧工程が行われてもよい。
【0046】
また、上述の実施形態1では、コイル状に巻かれた鋼帯が基材2として用いられたが、基材2の形態はこれに限られず、例えば切り板状であってもよい。
【0047】
また、上述の実施形態1では、浸漬工程において特定元素としてCr、Al、Cu、Si、Ti、Sn、Ag、またはNi等の金属元素を含む溶液を用いることで、表面の接触抵抗が低減されたステンレス鋼10を製造した。しかしながら、浸漬工程において用いられる溶液は上述のものに限られず、得られるステンレス鋼10も上述のものに限られない。例えば、ステンレス鋼10の製造方法において、上述の金属元素を含む溶液に代えて、カルボン酸またはカルボン酸塩を含む溶液を用いてもよい。当該溶液としては、例えばシュウ酸またはギ酸を含む溶液、あるいはこれらが混合された溶液等が挙げられる。またはカルボン酸を含む溶液は、リン酸、クエン酸水素二アンモニウム等を含む混合溶液であってもよい。
【0048】
このような溶液を用いてステンレス鋼に浸漬工程および照射工程を施した場合、表面にカルボン酸が含まれる(表面にカルボン酸が濃化した)皮膜3が形成されたステンレス鋼10が製造される。
【0049】
皮膜3にカルボン酸が含まれるステンレス鋼10は、表面に官能基、具体的にはヒドロキシル基が形成され、濡れ性が向上する。換言すると、皮膜3は、ヒドロキシル基を含む。このようなステンレス鋼10は、樹脂に対する親和性が向上する。樹脂とは、所謂エンジニアリング・プラスチック系の樹脂であり、例えばポリアミド、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリエチレン・テレフタラート、またはポリメチル・メタクリレート等が挙げられる。例えば、上述のように表面を改質した2枚のステンレス鋼10の間に樹脂を介在させることで、ステンレス鋼10同士を従来よりも強固に接合することができる。なお、皮膜3に含まれ得る特定の官能基は、ヒドロキシル基に限られない。また、皮膜3には、特定の官能基を有する有機化合物が含まれていてもよい。
【0050】
以上のように、浸漬工程において、上述のような溶液を用いることで、表面が改質されたステンレス鋼10を、高効率で製造することができる。
【0051】
また、皮膜3は、特定の物質を含む金属化合物皮膜であってもよい。金属化合物皮膜とは、例えば水酸化物、水和酸化物、アンモニウム塩、カルボン酸塩、リン酸塩、炭酸塩、硫酸塩、ケイ酸塩およびフッ化物の少なくとも1つを含む皮膜である。このような金属化合物皮膜である皮膜3を含むステンレス鋼10も、樹脂に対する親和性が向上する。
【0052】
上述のような金属化合物皮膜を形成するために用いられる溶液として、例えば、I族元素の水酸化物、I族元素の塩、II族元素の水酸化物、II族元素の塩リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウムまたはセシウムのようなI族元素(周期律表でI族の元素)の水酸化物;I族元素の塩;ベリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウムまたはバリウムのようなII族元素(周期律表でII族の元素)の水酸化物およびII族元素の塩の水溶液を用いることができる。
【0053】
I族元素の水酸化物とは、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウムである。また、I族元素の塩は、例えば、オルソケイ酸ナトリウム、メタケイ酸ナトリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸水素カリウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、ラウリン酸ナトリウム、ラウリン酸カリウム、パルミチン酸ナトリウム、パルミチン酸カリウム、ステアリン酸ナトリウム、およびステアリン酸カリウムである。また、II族元素の水酸化物は、例えば水酸化カルシウム、および水酸化バリウムである。
【0054】
また、上述の溶液として、例えばアンモニア、ヒドラジン、ヒドラジン誘導体または水溶性アミン化合物等を用いてもよい。また、当該溶液として、例えば(i)リン酸水素亜鉛、リン酸水素マンガン、リン酸水素カルシウムのようなリン酸水素金属塩、(ii)リン酸二水素カルシウムのようなリン酸二水素金属塩、(iii)リン酸亜鉛、リン酸マンガン、リン酸カルシウム、リン酸カルシウムナトリウム、リン酸ジルコニウムのようなリン酸金属塩等の-HPO、-HPOまたは-POを含有するリン酸、およびリン酸塩の溶液を用いてもよい。
【0055】
また、上述の溶液として、フッ化水素酸、フッ化ナトリウム、フッ化カリウム、フッ化アンモニウム、フッ化水素アンモニウム、ケイフッ化水素酸、ケイフッ化アンモニウム、ホウフッ化水素酸、ホウフッ化アンモニウムのようなフッ化物水溶液を用いてもよい。
【0056】
また、上述の溶液として、硫酸、または硫酸ナトリウム、硫酸マンガン、硫酸カルシウム、硫酸チタニル、硫酸ジルコニウム、硫酸カリウム、硫酸ナトリウムのような硫酸の金属塩水溶液を用いてもよい。
【0057】
また、従来のステンレス鋼板の製造システムにステンレス鋼10を製造するための各部を追加することで製造システム100を構成してもよい。具体的には、従来のステンレス鋼板の製造システムにおける仕上げ工程を行う部材の下流に溶液槽102、ブライドルロール103、および照射部104等を追加することで製造システム100を実現してもよい。
【0058】
図5は、照射部104の一例を示す図である。また、図6は、照射部104の別の例を示す図である。図5に示すように、上述した製造システム100において、照射部104は、連続的にレーザ光を出射するCW(Continuous Wave)レーザであってもよい。または、図6に示すように、照射部104は、レーザヘッド104Aからパルス状に出射されたレーザをガルバノスキャナ104Bによって反射し、基材2の任意の位置に照射させる構成であってもよい。
【0059】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0060】
2 基材
3 皮膜
10 ステンレス鋼
100 製造システム
102 溶液槽(接触部)
103 ブライドルロール(引張部)
105 照射部
図1
図2
図3
図4
図5
図6