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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-17
(45)【発行日】2024-12-25
(54)【発明の名称】蛍光体粉末、複合体および発光装置
(51)【国際特許分類】
   C09K 11/61 20060101AFI20241218BHJP
   C09K 11/02 20060101ALI20241218BHJP
   C09K 11/66 20060101ALI20241218BHJP
   C09K 11/67 20060101ALI20241218BHJP
   H01L 33/50 20100101ALI20241218BHJP
   H01L 33/56 20100101ALI20241218BHJP
   G02B 5/20 20060101ALI20241218BHJP
【FI】
C09K11/61
C09K11/02 Z
C09K11/66
C09K11/67
H01L33/50
H01L33/56
G02B5/20
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2023509058
(86)(22)【出願日】2022-03-16
(86)【国際出願番号】 JP2022011833
(87)【国際公開番号】W WO2022202518
(87)【国際公開日】2022-09-29
【審査請求日】2023-08-31
(31)【優先権主張番号】P 2021052745
(32)【優先日】2021-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【弁理士】
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】田中 萌子
(72)【発明者】
【氏名】市川 真義
【審査官】井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-178129(JP,A)
【文献】国際公開第2022/044860(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/133110(WO,A1)
【文献】特開2019-167474(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 11/00- 11/89
H01L 33/00- 33/64
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成が以下一般式(1)で表される蛍光体粒子を含む蛍光体粉末であって、
前記蛍光体粒子が、切頂六面体形状、立方八面体形状および切頂八面体形状からなる群より選ばれるいずれかの形状の第一蛍光体粒子を含み、
当該蛍光体粉末中の蛍光体粒子のうち、個数基準で65%以上が、前記第一蛍光体粒子であり、
体積基準の粒子径分布曲線における累積50%値D 50 が、20μm以上40μm以下であり、
体積基準の粒子径分布曲線における累積10%値をD 10 、累積50%値をD 50 、累積90%値をD 90 としたとき、(D 90 -D 10 )/D 50 が0.9以下である、蛍光体粉末。
一般式(1):AMF:Mn
一般式(1)において、
元素AはKを含有する1種以上のアルカリ金属元素であり、
元素MはSi単体、Ge単体、または、SiとGe、Sn、Ti、ZrおよびHfからなる群から選ばれる1種以上の元素との組み合わせである。
【請求項2】
請求項1に記載の蛍光体粉末と、前記蛍光体粉末を封止する封止材と、を備える複合体。
【請求項3】
励起光を発する発光素子と、前記励起光の波長を変換する請求項に記載の複合体と、を備える発光装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍光体粉末、複合体および発光装置に関する。
【0002】
青色発光ダイオードから発せられる青色光を赤色光に変換可能な蛍光体として、KSiF:Mnで表されるフッ化物蛍光体(しばしば「KSF蛍光体」と略記される)が知られている。この蛍光体は青色光で効率良く励起される。また、この蛍光体の発光スペクトルの半値幅は、狭く、シャープである。このため、赤色蛍光体としてこの蛍光体を用いることで、高輝度で演色性や色再現性に優れた白色LEDを実現できる。
【0003】
フッ化物蛍光体の先行技術としては、例えば、特許文献1が挙げられる。特許文献1には、組成が一般式A(1-n):Mn4+ で表され、嵩密度が0.80g/cm以上、かつ、質量メジアン径が30μm以下であるフッ化物蛍光体が記載されている。一般式において、0<n≦0.1、元素AはKを含有する1種以上のアルカリ金属元素、元素MはSi単体、Ge単体、またはSiとGe、Sn、Ti、ZrおよびHfからなる群から選ばれる1種以上の元素との組み合わせである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2019-001897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
白色LEDの普及に伴い、フッ化物蛍光体の発光特性のより一層の向上が求められている。
【0006】
本発明者は、発光特性が良好なフッ化物蛍光体を得ることを課題として、様々な検討を行った。
【課題を解決するための手段】
【0007】
検討を通じ、本発明者らは、以下に提供される発明を完成させた。
【0008】
本発明は、以下である。
【0009】
組成が以下一般式(1)で表される蛍光体粒子を含む蛍光体粉末であって、
前記蛍光体粒子が、切頂六面体形状、立方八面体形状および切頂八面体形状からなる群より選ばれるいずれかの形状の第一蛍光体粒子を含み、
当該蛍光体粉末中の蛍光体粒子のうち、個数基準で65%以上が、前記第一蛍光体粒子である、蛍光体粉末。
一般式(1):AMF:Mn
一般式(1)において、
元素AはKを含有する1種以上のアルカリ金属元素であり、
元素MはSi単体、Ge単体、または、SiとGe、Sn、Ti、ZrおよびHfからなる群から選ばれる1種以上の元素との組み合わせである。
【0010】
また、本発明は以下である。
【0011】
上記の蛍光体粉末と、その蛍光体粉末を封止する封止材と、を備える複合体。
【0012】
また、本発明は以下である。
【0013】
励起光を発する発光素子と、励起光の波長を変換する上記複合体と、を備える発光装置。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、発光特性が良好なフッ化物蛍光体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】切頂六面体形状、立方八面体形状および切頂八面体形状を説明するための図である。
図2】発光装置の一例を説明するための模式的な図である。
図3】実施例で得られた蛍光体粉末の電子顕微鏡画像である。
図4】実施例で得られた蛍光体粉末の電子顕微鏡画像である。
図5】実施例で得られた蛍光体粉末の電子顕微鏡画像である。
図6】実施例で得られた蛍光体粉末の電子顕微鏡画像である。
図7】実施例で得られた蛍光体粉末の電子顕微鏡画像である。
図8】実施例で得られた蛍光体粉末の電子顕微鏡画像である。
図9】実施例で得られた蛍光体粉末の電子顕微鏡画像である。
図10】実施例で得られた蛍光体粉末の電子顕微鏡画像である。
図11】実施例で得られた蛍光体粉末の電子顕微鏡画像である。
図12】比較例で得られた蛍光体粉末の電子顕微鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ、詳細に説明する。
図面はあくまで説明用のものである。図面に示された形状や寸法比などは、必ずしも現実の物品と対応しない。
【0017】
<蛍光体粉末>
本実施形態の蛍光体粉末は、以下一般式(1)で表される組成の蛍光体粒子を含む。この組成により、本実施形態の蛍光体粉末は、通常、青色LEDから発せられる青色光を赤色光に変換する。
一般式(1):AMF:Mn
【0018】
一般式(1)において、
元素AはKを含有する1種以上のアルカリ金属元素であり、
元素MはSi単体、Ge単体、または、SiとGe、Sn、Ti、ZrおよびHfからなる群から選ばれる1種以上の元素との組み合わせである。
【0019】
また、本実施形態の蛍光体粉末中の蛍光体粒子の少なくとも一部は、切頂六面体形状、立方八面体形状および切頂八面体形状からなる群より選ばれるいずれかの形状の第一蛍光体粒子である。
さらに、本実施形態の蛍光体粉末中の蛍光体粒子のうち、個数基準で、65%以上が第一蛍光体粒子である。
【0020】
第一蛍光体粒子は、立方体形状の蛍光体粒子に比べて球体に近い形状である。このことにより、蛍光体粒子の比表面積が減り、そのため粒子表面での光の反射が減って、結果として発光特性が向上すると考えられる。また、蛍光体粉末中に第一蛍光体粒子が個数基準で65%以上含まれることにより、第一蛍光体粒子が球体に近い形状であることの効果がより得やすくなると考えられる。
【0021】
本実施形態の蛍光体粉末は、適切な原料を用い、適切な製法およびその製造条件を採用することにより製造することができる。詳細は後述するが、例えば、水溶液の飽和度をコントロールして蛍光体粉末を析出させる際に、水を短時間で一気に系中に加えて瞬間的に飽和度を高めることが、ポイントの1つとして挙げられる。また、各原料を系中に入れる「順番」もポイントの1つである。
水を短時間で一気に系中に加えるという操作により、通常の「ゆっくりと」結晶を析出させる場合と異なり、結晶系(立方晶系)から予想される立方体形状とは異なる形状の蛍光体粒子が得られると考えられる。詳細は不明であるが、おそらく、立方体の各面の法線方向の結晶成長の速度と、立方体の対角方向の結晶成長の速度が比較的近いことが、「立方体の角が取れたような形状」の蛍光体粒子が得られることに関係していると推測される。
【0022】
(組成:一般式(1)について)
元素AはKを含有する1種以上のアルカリ金属元素である。具体的にはK単体、または、KとLi、Na、Rb、Csのなかから選ばれる1種以上のアルカリ金属元素との組み合わせであることができる。化学的安定性の観点から、元素A中のKの含有割合は高いこと(例えば元素A中50モル%以上がKであること)が好ましく、元素AはK単体であることがより好ましい。
【0023】
元素MはSi単体、Ge単体、または、SiとGe、Sn、Ti、ZrおよびHfからなる群から選ばれる1種以上の元素との組み合わせである。化学的安定性の観点から、元素M中のSiの含有割合は高いこと(例えば元素M中50モル%以上がSiであること)が好ましく、元素MはSi単体であることがより好ましい。
【0024】
(蛍光体粒子の形状について)
前述の通り、本実施形態の蛍光体粉末は、切頂六面体形状、立方八面体形状および切頂八面体形状からなる群より選ばれるいずれかの形状の第一蛍光体粒子を含む。切頂六面体形、立方八面体および切頂八面体形がそれどれどのような立体図形であるかは、図1に例示した。
【0025】
本実施形態において、第一蛍光体粒子は、「数学的に厳密な」切頂六面体形状、立方八面体形状または切頂八面体形状でなくてもよい。
例えば、数学的には、切頂六面体様の立体図形のうち、各辺の長さが全て同じもののみを切頂六面体と定義することもあるようである。しかし、本実施形態では、各辺の長さが同じではない切頂六面体様の蛍光体粒子も、第一蛍光体粒子に含まれる。
別の言い方として、数学的には本来同じ長さとなるべき2つの辺の長さが同じではない場合であっても、電子顕微鏡写真を一見することで「立方体の角が取れたような形状」と十分に判別可能な、擬切頂六面体形状、擬立方八面体形状または擬切頂八面体形状の蛍光体粒子も、第一蛍光体粒子に含まれる。
【0026】
ちなみに、第一蛍光体粒子の結晶系は、立方晶系と考えられる。そして、第一蛍光体粒子においては、(100)面および(111)面が露出していると考えられる。
【0027】
(粒径分布について)
本実施形態の蛍光体粉末の粒径分布が適当であることにより、発光特性がより良化したり、様々な応用用途に蛍光体粉末を適用しやすくなったりすることがある。
【0028】
本実施形態の蛍光体粉末の、体積基準の粒子径分布曲線における累積50%値をD50としたとき、D50は、好ましくは10μm以上40μm以下、より好ましくは20μm以上35μm以下である。D50が適度な値であることにより、十二分な量子効率を得やすかったり、蛍光体粉末を樹脂等と混合して蛍光体を含むフィルムまたはシートを形成する必要があるときに、均一で平滑なフィルムまたはシートを形成しやすかったりする。
【0029】
また、本実施形態の蛍光体粉末の、体積基準の粒子径分布曲線における累積10%値をD10、累積50%値をD50、累積90%値をD90としたとき、(D90-D10)/D50は、好ましくは0.9以下、より好ましくは0.75以下である。この下限は特にないが、例えば0.3以上、具体的には0.5以上である。
(D90-D10)/D50は、粒径分布の「幅」を表す指標と捉えることができる。蛍光体粉末の粒径分布の幅が狭いということは、蛍光体粉末中の蛍光体粒子の粒径が比較的「揃っている」ということである。よって、(D90-D10)/D50が0.9以下であることで、例えば、蛍光体粉末を樹脂等と混合して蛍光体を含むフィルムまたはシートを形成する必要があるときに、均一で平滑なフィルムまたはシートを形成しやすい。
【0030】
体積基準の粒子径分布曲線は、レーザ回折散乱法による測定を通じて得ることができる。測定方法の詳細は後掲の実施例を参照されたい。
【0031】
(蛍光体粉末中の蛍光体粒子の割合)
第一蛍光体粒子による効果を十二分に得る観点で、蛍光体粉末中には、個数基準で65%よりも多くの第一蛍光体粒子が含まれていてもよい。
具体的には、蛍光体粉末中の蛍光体粒子のうち、個数基準で、好ましくは70%以上、より好ましくは80%以上、さらに好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上第一蛍光体粒子である。この値の上限値は100%であってよい。念のため述べておくと、蛍光体粉末中の蛍光体粒子のうち、個数基準で100%が第一蛍光体粒子ではない場合、蛍光体粉末は、第一蛍光体粒子に該当しない第二蛍光体粒子を含む。第二蛍光体粒子は、形状が切頂六面体形状、立方八面体形状および切頂八面体形状のいずれでもないこと以外は、第一蛍光体粒子と同様である(組成など)。
蛍光体粉末中の第一蛍光体粒子の比率(個数基準)は、蛍光体粉末を電子顕微鏡で拡大撮影した画像中、形状を確認可能な少なくとも50個の蛍光体粒子の形状を観察することにより求めることができる。
【0032】
<蛍光体粉末の製造方法>
本実施形態の蛍光体粉末は、適切な素材を用い、適切な製造方法・製造条件を選択することで製造可能である。適切な製造方法・製造条件を選択することにより、第一蛍光体粒子が多く含まれた蛍光体粉末を製造しやすい。
具体的な製造方法の例は後掲の実施例にて記載しているが、以下で「製造方法1」および「製造方法2」として2つの製造方法を説明する。
【0033】
(製造方法1)
製造方法1は、主に、溶解工程と、Mn源投入工程と、析出工程とを含む。以下、これら工程について説明する。これら工程は、室温下で行うことができる。
【0034】
・溶解工程
溶解工程においては、通常、フッ化水素酸(HFの水溶液)に、(i)元素A(Kなど)を含む原料、(ii)元素M(好ましくはSi)を含む原料、(iii)Fを含む原料などを溶解させる。一つの原料が、(i)~(iii)のうち2以上を兼ねてもよい。例えば、実施例で使用のKSiFは、(i)~(iii)の原料全てを兼ねる。
原料を溶解させる前のフッ化水素酸中のフッ化水素の濃度は、好ましくは50~60質量%である。
【0035】
元素Aを含む原料としては、例えば、元素Aの酸化物、水酸化物、フッ化物、炭酸塩を使用することができる。
Fを含む原料は、他の元素(A、M、Mn)の原料としてのフッ化物であることができる。また、溶媒に用いられるフッ化水素酸中のフッ化水素からも、Fは供給される。
【0036】
溶解工程で用いられる特に好ましい原料(フッ化水素酸中のフッ化水素酸以外)としては、KSiFが挙げられる。
【0037】
・Mn源投入工程
Mn源投入工程においては、溶解工程で得られた溶液に、Mnを含む原料を投入して、後述の析出工程で水を系中に投入するまでの間、例えば0.5秒から10分程度攪拌する。ちなみに、例えばMnを含む原料としてKMnFを用いる場合、投入から4秒程度までは溶解が終了していないため、溶液中の溶質濃度の変化が生じうる。
【0038】
Mnを含む原料としては、ヘキサフルオロマンガン酸塩、過マンガン酸塩、酸化物(過マンガン酸塩を除く)、フッ化物(ヘキサフルオロマンガン酸塩を除く)、塩化物、硫酸塩、硝酸塩が挙げられる。なかでも、フッ化物蛍光体中のSiサイトにMnを効率よく置換させることができ、良好な発光特性が得られることからフッ化物が好ましく、フッ化物の中でもヘキサフルオロマンガン酸塩が好ましい。ヘキサフルオロマンガン酸塩として、NaMnF、KMnF、RbMnFなどが挙げられる。特にKMnFは、Mn以外にもフッ化物蛍光体を構成するFやK(元素Aに該当)を同時に含むため好ましい。
【0039】
・析出工程
析出工程においては、適量の水を、可能な限り素早く系中に投入する。これにより、系が急激に過飽和な状態となり、一般式(1)で表される組成の蛍光体粒子が析出する。ここでの「可能な限り素早く」とは、系のスケールにもよるが、例えば溶解工程において1Lのフッ化水素酸を用いた場合、水については、好ましくは1.5L程度を3秒程度で系中に投入することを言う。
このような、系を急激に過飽和な状態とする操作により、通常の「ゆっくりと」結晶を析出させる場合と異なり、結晶格子の構造から予想される立方体形状とは異なる形状の蛍光体粒子が得られると考えられる。詳細は不明であるが、おそらく、立方体の各面の法線方向の結晶成長の速度と、立方体の対角方向の結晶成長の速度が比較的近いことが、「立方体の角が取れたような形状」の蛍光体粒子が得られることに関係していると推測される。
【0040】
析出工程で得られた蛍光体粉末は、ろ過などにより固液分離して回収し、メタノール、エタノール、アセトンなどの有機溶剤で洗浄する。フッ化物系の蛍光体粉末を水で洗浄してしまうと、その一部が加水分解して茶色のマンガン化合物が生成し、蛍光体の特性を低下させることがある。このため、洗浄工程では有機溶剤を用いることが好ましい。
また、有機溶剤での洗浄前に、フッ化水素酸水溶液で数回洗浄を行うと、微量生成していた不純物を溶解除去することができる。洗浄に用いるフッ化水素酸水溶液におけるフッ化水素酸の濃度は、フッ化物蛍光体の分解抑制の観点から、5質量%以上が好ましく、蛍光体粉末の溶解性の観点から60質量%以下が好ましい。洗浄工程後には、蛍光体粉末を乾燥させて洗浄液を十分に蒸発させることが好ましい。
また、所定の目開きの篩を用いて分級したり、粗大粒子を取り除いたりしてもよい。
【0041】
(製造方法2)
製造方法2は、製造方法1とは異なるものの、系を急激に過飽和な状態とすることにより一般式(1)で表される組成の蛍光体粒子を析出させる点では製造方法1と類似している。製造方法2は、主に、溶解工程と、Mn源投入工程と、核粒子投入工程と、析出工程とを含む。以下、これら工程について説明する。これら工程は、室温下で行うことができる。
【0042】
・溶解工程
製造方法2における溶解工程は、基本的には製造方法1と同様とすることができる。
【0043】
・Mn源投入工程
製造方法2におけるMn源投入工程は、基本的には製造方法1と同様とすることができる。ただし、攪拌時間(Mnを含む原料の投入から、後述の核粒子の投入開始までの時間)は、好ましくは1秒から60秒、より好ましくは10秒から50秒、さらに好ましくは20秒から40秒である。
【0044】
・核粒子投入工程
核粒子投入工程では、例えば、組成式KSiF:Mnで表される、結晶成長の核となりうる「核粒子」を、系に投入する。
核粒子としては、例えば、上記(製造方法1)のようにして得られた蛍光体粒子を用いることができる。ただし、核粒子は、第一蛍光体粒子を含んでいなくてもよいし、含んでいてもよい。
なお、製造方法1のようにして核粒子を得る場合、Mn源投入工程と析出工程の間は短い(1秒程度である)ことが好ましい。あくまで推測ではあるが、このようにして核粒子を得ることで、核粒子中に、切頂六面体形状、立方八面体形状または切頂八面体形状の蛍光体粒子を得るのに好ましい化学構造が形成されやすくなると推測される。
【0045】
・析出工程
製造方法2における析出工程は、基本的には製造方法1と同様とすることができる。
【0046】
製造方法2における析出工程で得られた蛍光体粉末の後処理(分離回収、洗浄など)のやり方は、基本的には製造方法1と同様とすることができる。
【0047】
<複合体および発光装置>
本実施形態の複合体は、上述の蛍光体粉末と、その蛍光体粉末を封止する封止材と、を備える。
また、本実施形態の発光装置は、励起光を発する発光素子と、その励起光の波長を変換する上記複合体と、を備える。
本実施形態の発光装置は、例えば、ディスプレイのバックライトとして好ましく用いられる。
【0048】
以下、図2を参照しつつ、複合体および発光装置の一例を説明する。
【0049】
図2は、発光装置1の模式図である。
発光装置1は、複合体10と、発光素子20とを備える。複合体10は、発光素子20の上部に接して設けられている。
発光素子20は、典型的には青色LEDである。発光素子20の下部には端子が存在する。端子が電源と接続されることで、発光素子20は発光することができる。
発光素子20から発せられた励起光は、複合体10により波長変換される。励起光が青色光である場合、青色光は、蛍光体粉末を含む複合体10により、赤色光に波長変換される。
【0050】
複合体10は、上述の蛍光体粉末と、その蛍光体粉末を封止する封止材とにより構成することができる。
封止材としては、例えば、各種の硬化性樹脂材料(熱および/または光により硬化する材料)を用いることができる。十分に透明であり、ディスプレイや照明装置に必要な光学特性を得られるものである限り、任意の硬化性樹脂材料を用いることができる。
封止材としては、例えばシリコーン樹脂材料を挙げることができる。シリコーン樹脂材料については、東レ・ダウコーニング社や信越化学社などから、硬化性のものが供給されている、シリコーン樹脂材料は、透明性が高いことに加え、耐熱性に優れることなどの観点でも好ましい。また、封止材としては、エポキシ樹脂材料やウレタン樹脂材料なども挙げることができる。
複合体10中における蛍光体粉末の粒子の量は、例えば10~70質量%、好ましくは25~55質量%である。
【0051】
発光素子20の大きさや形は特に限定されない。発光装置1の用途により、発光素子20は、任意の大きさや形であることができる。
【0052】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することができる。また、本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれる。
【実施例
【0053】
本発明の実施態様を、実施例および比較例に基づき詳細に説明する。念のため述べておくと、本発明は実施例のみに限定されない。
【0054】
<原料>
原料としては以下を用いた。
HF:ステラケミファ株式会社製の濃度55質量%の水溶液
SiF:森田化学株式会社製のもの
MnF:特開2019-1897号公報の段落0042に記載の方法で準備したもの
KHF:富士フィルム和光純薬株式会社製の特級試薬
SiO:デンカ株式会社製のFB-50R
KSF核粒子:以下のようにして製造したもの
【0055】
(KSF核粒子の製造方法)
以下手順でKSF核粒子を製造した。
(1)室温下で、テフロン(登録商標)製ビーカーに入れた濃度55質量%のHF水溶液1000mLに、KSiF 55gを投入し、10分間攪拌した。これにより均一な溶液を得た。
(2)攪拌を継続しながら、ビーカーに、KMnF 5.9gを投入した。
(3)上記のKMnFの投入から1秒後、ビーカーに、イオン交換水1500mLを、500mL/sの速さで投入した。これにより黄色の固形分の析出が開始した。その後、5分間攪拌を継続した。
(4)攪拌終了後、溶液を静置して黄色の固形分を沈殿させた。沈殿確認後、上澄み液を除去し、黄色の固形分を、濃度約24質量%のフッ化水素酸で洗浄し、その後、メタノールを用いて洗浄した。洗浄した固形分を濾過して固形分を分離回収し、更に乾燥処理により、残存メタノールを蒸発除去した。乾燥処理後、目開き75μmのナイロン製篩を用い、この篩を通過した黄色粉末だけを分級して回収した。
【0056】
<蛍光体粉末の製造>
(実施例1-1)
以下手順で蛍光体粉末を製造した。
(1)室温下で、テフロン(登録商標)製ビーカーに入れた濃度55質量%のHF水溶液1000mLに、KSiF 50gを投入し、10分間攪拌した。これにより均一な溶液を得た。
(2)攪拌を継続しながら、ビーカーに、KMnF 6gを投入し、1秒攪拌した。
(3)続けて、ビーカーに、イオン交換水1500mLを、500mL/sの速さで投入した。これにより黄色の固形分の析出が開始した。その後、5分間攪拌を継続した。
【0057】
攪拌終了後、溶液を静置して黄色の固形分を沈殿させた。沈殿確認後、上澄み液を除去し、黄色の固形分を、濃度約24質量%のフッ化水素酸で洗浄し、その後、メタノールを用いて洗浄した。洗浄した固形分を濾過して固形分を分離回収し、更に乾燥処理により、残存メタノールを蒸発除去した。乾燥処理後、目開き75μmのナイロン製篩を用い、この篩を通過した黄色粉末だけを分級して回収した。
以上により、蛍光体粉末を得た。
【0058】
(実施例1-2~1-7)
MnFの投入と、イオン交換水1500mLの投入開始と、の間の攪拌時間を、1秒ではなく以下の時間に変更した以外は、実施例1-1と同様にして蛍光体粉末を得た。
実施例1-2:2秒
実施例1-3:3秒
実施例1-4:5秒
実施例1-5:30秒
実施例1-6:60秒
実施例1-7:300秒
【0059】
(実施例2-1)
以下手順で蛍光体粉末を製造した。
(1)室温下で、テフロン(登録商標)製ビーカーに入れた濃度55質量%のHF水溶液1000mLに、KSiF 50gを投入し、10分間攪拌した。これにより均一な溶液を得た。
(2)攪拌を継続しながら、ビーカーに、KMnF 6gを投入し、10秒攪拌した。
(3)続けて、ビーカーに、KSF核粒子8gを投入し、2分攪拌した。
(4)さらに続けて、ビーカーに、イオン交換水1500mLを、500mL/sの速さで投入した。これにより黄色の固形分の析出が開始した。その後、5分間攪拌を継続した。
【0060】
攪拌終了後、実施例1-1と同様にして、沈殿処理、固形分の洗浄処理、分離回収、乾燥処理、ふるい分けなどを行った。
以上により、蛍光体粉末を得た。
【0061】
(実施例2-2~2-9)
上記(3)におけるKSF核粒子の投入量を、8gではなく以下に記載の量とした以外は、実施例2-1と同様にして蛍光体粉末を得た。
実施例2-2:8.5g
実施例2-3:9g
実施例2-4:9.5g
実施例2-5:10g
実施例2-6:10.5g
実施例2-7:11g
実施例2-8:11.5g
実施例2-9:12g
【0062】
(比較例)
以下手順で蛍光体粉末を製造した。
(1)室温下で、テフロン(登録商標)製ビーカーに入れた濃度55質量%のHF水溶液1000mLに、SiO 87.9gを投入し、15分間攪拌した。これにより均一な溶液を得た。
(2)攪拌を継続しながら、ビーカーに、KMnF 19.6gを投入し、30秒攪拌した。
(3)上記(2)のビーカーとは別のテフロン(登録商標)製ビーカーに準備しておいた溶液(濃度55質量%のHF水溶液1500mLにKHF 311gを投入して15分攪拌することで調製)を、上記(2)のビーカーに500mL/sの速さで投入した。これにより黄色の固形分の析出が開始した。その後、5分間攪拌を継続した。
【0063】
攪拌終了後、実施例1-1と同様にして、沈殿処理、固形分の洗浄処理、分離回収、乾燥処理、ふるい分けなどを行った。以上により、蛍光体粉末を得た。
【0064】
<同定:結晶相測定、組成測定など>
各実施例で得られた蛍光体粉末(黄色粉末)について、X線回折装置を用いて、X線回折パターンを得た。得られたX線回折パターンは、KSiF結晶と同一パターンであった。このことから、KSiF:Mnが単相で得られたことを確認した。
【0065】
<レーザ回折散乱法による粒径分布測定>
50mLのビーカーにエタノール30mLを計量し、その中に蛍光体粉末0.03gを投入した。次に、その容器を事前に出力を「Altitude:100%」に調整したホモジナイザー(日本精機製作所社製、商品名US-150E)にセットし、3分間前処理を実施した。
このようにして準備した溶液を対象にして、レーザ回折散乱式粒度分布測定装置(マイクロトラックベル社製、商品名MT3300EXII)を用いて、体積基準の粒子径分布曲線を得た。そして、得られた曲線から、D10、D50およびD90を求め、さらに(D90-D10)/D50を求めた。
【0066】
<第一蛍光体粒子の比率のカウント>
各実施例で得られた蛍光体粉末を、電子顕微鏡で撮影した。撮影された画像中、形状を確認可能な粒子をランダムに50個選択し、各粒子が、(i)切頂六面体形状、立方八面体形状および切頂八面体形状からなる群より選ばれるいずれかの形状であるか、または、(ii)これら以外の形状であるか、を判別した。そして、蛍光体粉末中の第一蛍光体粒子の比率(個数基準)を算出した。
【0067】
<発光特性評価(量子効率など)>
積分球(φ60mm)の側面開口部(φ10mm)に、反射率が99%の標準反射板(Labsphere社製、商品名スペクトラロン)をセットした。この積分球に、発光光源(Xeランプ)から455nmの波長に分光した単色光を光ファイバーにより導入し、反射光のスペクトルを分光光度計(大塚電子社製、商品名MCPD-7000)により測定した。この際、450~465nmの波長範囲のスペクトルから励起光フォトン数(Qex)を算出した。
次に、凹型のセルに表面が平滑になるように、各実施例で得られた蛍光体粉末を充填したものを積分球の開口部にセットし、波長455nmの単色光を照射し、励起の反射光および蛍光のスペクトルを分光光度計により測定した。得られたスペクトルデータから励起反射光フォトン数(Qref)および蛍光フォトン数(Qem)を算出した。励起反射光フォトン数は、励起光フォトン数と同じ波長範囲で、蛍光フォトン数は、465~800nmの範囲で算出した。得られた三種類のフォトン数から、吸収率(=(Qex-Qref)/Qex×100)、内部量子効率(=Qem/(Qex-Qref)×100)および外部量子効率(=Qem/Qex×100)を求めた。
【0068】
上記の結果をまとめて表1および2に示す。
また、各蛍光体粉末のSEM画像を図3~12に示す。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
上表に示されるとおり、切頂六面体形状、立方八面体形状および切頂八面体形状からなる群より選ばれるいずれかの形状の第一蛍光体粒子を、個数基準で65%以上含む蛍光体粒子は、良好な発光特性を示した。
【0072】
この出願は、2021年3月26日に出願された日本出願特願2021-052745号を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
【符号の説明】
【0073】
1 発光装置
10 複合体
20 発光素子
図1
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図12