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特許7606716酸素発生反応触媒、それを製造するためのプロセス及び使用、燃料電池用陽極、電気化学セル用陽極、膜電極アセンブリ、水電解セル、並びに燃料電池
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  • 特許-酸素発生反応触媒、それを製造するためのプロセス及び使用、燃料電池用陽極、電気化学セル用陽極、膜電極アセンブリ、水電解セル、並びに燃料電池 図1
  • 特許-酸素発生反応触媒、それを製造するためのプロセス及び使用、燃料電池用陽極、電気化学セル用陽極、膜電極アセンブリ、水電解セル、並びに燃料電池 図2A
  • 特許-酸素発生反応触媒、それを製造するためのプロセス及び使用、燃料電池用陽極、電気化学セル用陽極、膜電極アセンブリ、水電解セル、並びに燃料電池 図2B
  • 特許-酸素発生反応触媒、それを製造するためのプロセス及び使用、燃料電池用陽極、電気化学セル用陽極、膜電極アセンブリ、水電解セル、並びに燃料電池 図2C
  • 特許-酸素発生反応触媒、それを製造するためのプロセス及び使用、燃料電池用陽極、電気化学セル用陽極、膜電極アセンブリ、水電解セル、並びに燃料電池 図2D
  • 特許-酸素発生反応触媒、それを製造するためのプロセス及び使用、燃料電池用陽極、電気化学セル用陽極、膜電極アセンブリ、水電解セル、並びに燃料電池 図3
  • 特許-酸素発生反応触媒、それを製造するためのプロセス及び使用、燃料電池用陽極、電気化学セル用陽極、膜電極アセンブリ、水電解セル、並びに燃料電池 図4
  • 特許-酸素発生反応触媒、それを製造するためのプロセス及び使用、燃料電池用陽極、電気化学セル用陽極、膜電極アセンブリ、水電解セル、並びに燃料電池 図5A
  • 特許-酸素発生反応触媒、それを製造するためのプロセス及び使用、燃料電池用陽極、電気化学セル用陽極、膜電極アセンブリ、水電解セル、並びに燃料電池 図5B
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-18
(45)【発行日】2024-12-26
(54)【発明の名称】酸素発生反応触媒、それを製造するためのプロセス及び使用、燃料電池用陽極、電気化学セル用陽極、膜電極アセンブリ、水電解セル、並びに燃料電池
(51)【国際特許分類】
   B01J 23/46 20060101AFI20241219BHJP
   B01J 37/08 20060101ALI20241219BHJP
   C25B 1/04 20210101ALI20241219BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20241219BHJP
   C25B 11/054 20210101ALI20241219BHJP
   C25B 11/065 20210101ALI20241219BHJP
   C25B 11/081 20210101ALI20241219BHJP
   C25B 11/091 20210101ALI20241219BHJP
   H01M 4/90 20060101ALI20241219BHJP
   H01M 4/92 20060101ALI20241219BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20241219BHJP
【FI】
B01J23/46 M
B01J37/08
C25B1/04
C25B9/00 A
C25B11/054
C25B11/065
C25B11/081
C25B11/091
H01M4/90 X
H01M4/92
H01M8/10 101
【請求項の数】 32
(21)【出願番号】P 2023522561
(86)(22)【出願日】2021-10-07
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-10-26
(86)【国際出願番号】 EP2021077750
(87)【国際公開番号】W WO2022078873
(87)【国際公開日】2022-04-21
【審査請求日】2023-06-08
(31)【優先権主張番号】102020126796.7
(32)【優先日】2020-10-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】516186234
【氏名又は名称】グリナリティ・ゲーエムベーハー
【住所又は居所原語表記】Industriegebiet Sud E11, 63755 Alzenau, Germany
(73)【特許権者】
【識別番号】523081579
【氏名又は名称】テヒニシュ ウニヴェルズィテート ミュンヘン
【氏名又は名称原語表記】Technische Universitat Munchen
【住所又は居所原語表記】Arcisstrase 21 80333 Munich Germany
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ファティ トヴィニ,ムハンマド
(72)【発明者】
【氏名】エルサイエド,ハニー
(72)【発明者】
【氏名】ダミヤノヴィッチ,アナ マリヤ
(72)【発明者】
【氏名】ガスタイガー,フーベルト
(72)【発明者】
【氏名】スペダー,ヨーゼフ
(72)【発明者】
【氏名】ギエルミ,アレッサンドロ
(72)【発明者】
【氏名】ズッフスランド,イェンス-ペーター
【審査官】高木 康晴
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-514520(JP,A)
【文献】特表2017-533084(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101087022(CN,A)
【文献】国際公開第2005/049199(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2014-0135306(KR,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0290020(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 23/46
H01M 4/90
H01M 4/92
B01J 37/08
C25B 11/054
C25B 11/065
C25B 11/081
C25B 11/091
C25B 1/04
C25B 9/00
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化イリジウムから成る酸素発生反応触媒であって、
記酸素発生反応触媒は、アルゴン中において3.3体積%の水素流に80℃の温度で12時間曝露したときに、1重量%未満の重量損失を示し、15m/gを超えるBET比表面積を有する、ことを特徴とする酸素発生反応触媒。
【請求項2】
担持材料に担持された酸化イリジウムから成る酸素発生反応触媒であって、
前記酸素発生反応触媒は、アルゴン中において3.3体積%の水素流に80℃の温度で12時間曝露したときに、1重量%未満の重量損失を示し、15m /gを超えるBET比表面積を有する、ことを特徴とする酸素発生反応触媒。
【請求項3】
前記酸素発生反応触媒は、アルゴン中において3.3体積%の水素流に80℃の温度で12時間曝露したときに、0.5重量%未満の重量損失を示す、ことを特徴とする請求項1または2に記載の酸素発生反応触媒。
【請求項4】
記担持材料が炭素系担持材料である、ことを特徴とする請求項に記載の酸素発生反応触媒。
【請求項5】
前記炭素系担持材料が黒鉛化炭素である、ことを特徴とする請求項4に記載の酸素発生反応触媒。
【請求項6】
燃料電池用陽極であって、
酸素発生反応触媒を含み、
前記酸素発生反応触媒が、酸化イリジウムから成り、かつ、アルゴン中において3.3体積%の水素流に80℃の温度で12時間曝露したときに、1重量%未満の重量損失を示す、ことを特徴とする燃料電池用陽極。
【請求項7】
燃料電池用陽極であって、
酸素発生反応触媒を含み、
前記酸素発生反応触媒が、担持材料に担持された酸化イリジウムから成り、かつ、アルゴン中において3.3体積%の水素流に80℃の温度で12時間曝露したときに、1重量%未満の重量損失を示す、ことを特徴とする燃料電池用陽極。
【請求項8】
請求項1から5のいずれか一項に記載の酸素発生反応触媒を含む電気化学セル用陽極。
【請求項9】
少なくとも1つの水素酸化触媒をさらに含む、請求項6から8のいずれか一項に記載の陽極。
【請求項10】
前記水素酸化触媒は白金系の水素酸化触媒である、ことを特徴とする請求項9に記載の陽極。
【請求項11】
前記水素酸化触媒が、担持材料および/または酸素発生反応触媒に担持されている、ことを特徴とする請求項に記載の陽極。
【請求項12】
前記担持材料が炭素系担持材料である、ことを特徴とする請求項11に記載の陽極。
【請求項13】
前記炭素系担持材料が黒鉛化炭素である、ことを特徴とする請求項12に記載の陽極。
【請求項14】
請求項から13のいずれか一項に記載の陽極を備える膜電極アセンブリ。
【請求項15】
請求項に記載の陽極を備える水電解セル。
【請求項16】
請求項から13のいずれか一項に記載の陽極を備える燃料電池。
【請求項17】
請求項1に記載の酸素発生反応触媒を製造するためのプロセスであって、
a)酸化イリジウム含有化合物を得るべく、少なくとも1つのイリジウム化合物前駆体を、酸素または酸素源の存在下で、少なくとも650℃の温度で熱処理する工程と、
b)前記酸化イリジウム含有化合物を粉砕する工程と、
c)粉砕された前記酸化イリジウム含有化合物を250℃から500℃の範囲の温度で熱処理する工程と
を備えるプロセス。
【請求項18】
工程a)の前記熱処理が、700℃を超える温度で行われる、ことを特徴とする請求項17に記載のプロセス。
【請求項19】
工程a)の前記熱処理が750℃を超える温度で行われる、ことを特徴とする請求項17に記載のプロセス。
【請求項20】
工程a)の前記熱処理が30分を超える時間の間行われる、ことを特徴とする請求項17から19のいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項21】
工程a)の前記熱処理が60分を超える時間の間行われる、ことを特徴とする請求項17から19のいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項22】
工程b)の前記粉砕が15分を超える時間の間行われる、ことを特徴とする請求項17から21のいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項23】
工程b)の前記粉砕が40分を超える時間の間行われる、ことを特徴とする請求項17から21のいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項24】
工程b)の前記粉砕が高エネルギー遊星ミルを用いて行われる、ことを特徴とする請求項17から23のいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項25】
工程c)の前記熱処理が、5から60分の間行われる、ことを特徴とする請求項17から24のいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項26】
工程c)の前記熱処理が15から30分の間行われる、ことを特徴とする請求項17から24のいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項27】
前記イリジウム化合物前駆体が、化学式IrOx(OH)yを有するイリジウムの酸化物および/またはイリジウムの塩化物および/またはイリジウムの水酸化物および/またはイリジウムのオキシ水酸化物を含み、ここでxおよびyは0<2x+y≦6の整数であり、イリジウム化合物前駆体は晶析水を担持する、ことを特徴とする請求項17から26のいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項28】
前記酸素発生反応触媒を担持材料上に担持する工程を含む、請求項17から27のいずれか一項に記載のプロセス。
【請求項29】
前記担持材料が炭素系担持材料である、ことを特徴とする請求項28に記載のプロセス。
【請求項30】
前記炭素系担持材料が黒鉛化炭素である、ことを特徴とする請求項29に記載のプロセス。
【請求項31】
酸素発生反応触媒の使用であって、前記酸素発生反応触媒が酸化イリジウムから成り、かつ、燃料電池用の陽極で、アルゴン中において3.3体積%の水素流に80℃の温度で12時間曝露したときに1重量%未満の重量損失を示す、酸素発生反応触媒の使用。
【請求項32】
酸素発生反応触媒の使用であって、前記酸素発生反応触媒が、担持材料に担持された酸化イリジウムから成り、かつ、燃料電池用の陽極で、アルゴン中において3.3体積%の水素流に80℃の温度で12時間曝露したときに1重量%未満の重量損失を示す、酸素発生反応触媒の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素発生反応触媒、その製造及び使用、並びにこの酸素発生反応触媒を含む膜電極アセンブリ、燃料電池及び電解セルに関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池の運転中、燃料の量が不足し、同時に一定の電流が要求されると、膜電極アセンブリ(MEA)の陽極に例えば1.4V以上の高電位が発生し、燃料電池の電圧が反転することがある。この現象は、一般に「燃料切れ」または「セル反転」と呼ばれる。このような高電位下では、触媒の担体として陽極に使用される炭素が酸化し(腐食し)、MEAが劣化する。
【0003】
燃料切れの間の炭素酸化反応(COR)は、酸素発生反応触媒(OER触媒)の添加によって陽極で回避できることも知られており、これは、燃料切れの間に水からの酸素発生が炭素酸化よりも有利になることを保証するからである。現在、二酸化イリジウム(IrO)と二酸化ルテニウム(RuO)は、酸性媒体中で最も優れたOER触媒と考えられている。しかし、IrOおよびRuOの欠点は、これらの貴金属酸化物の水素による還元が燃料電池の動作温度で自発的に起こり得るため、燃料電池の陽極の条件下でこれらが容易に金属イリジウムおよび金属ルテニウムに還元されることである。動作温度は、通常、80℃の範囲である。また、金属イリジウムやルテニウムが溶解してカチオン性化合物を形成することもある。したがって、燃料電池におけるCORを回避するためのOER触媒の使用は、OER触媒の溶解、したがって、特に始動/停止(SUSD)動作条件下での膜および陰極触媒層のイオン汚染、ならびに燃料切れにつながり、したがってMEAの出力密度の減少をもたらすことがある。この出力密度の低下は、水素によるIrOおよびRuOの還元に起因している。
【0004】
IrOの安定性を改善するために、先行技術(例えば、Simon Geigerらによる「Activity and Stability of Electrochemically and Thermally Treated Iridium for the Oxygen Evolution Reaction」,Journal of The Electrochemical Society,163(11),F3132-F3138(2016))には熱処理、例えば焼結が開示されている。しかし、高温での焼結はイリジウム粒子の凝集をもたらし、したがって触媒活性表面領域の喪失を被る。触媒の活性は比表面積に比例するため、結果としてOER触媒の触媒活性は低下する。しかし、500℃以下の温度で熱処理されたOER触媒は、十分な還元安定性を示さないため、電位サイクルを繰り返すうちに溶解し、OER活性が失われ、イリジウム化合物が放出されてMEAを汚染し、燃料電池や電解セルの性能低下につながる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この先行技術から出発して、本発明の目的は、高い触媒活性と相まって、水素による還元に対して非常に優れた安定性を特徴とする酸素発生反応触媒を提供することである。本発明のさらなる目的は、この酸素発生反応触媒を含む酸素発生反応触媒、膜電極アセンブリ、燃料電池および電解セルの製造方法および使用を提供することであり、このMEA、燃料電池および電解セルは、燃料切れの場合または始動/停止(スタートアップ/シャットダウン)条件下でも持続的に高い出力密度を特徴とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
目的は、独立請求項の主題によって解決される。従属請求項は、本発明の有利な発展形からなる。
【0007】
この目的は、酸化イリジウムを含む酸素発生反応触媒であって、該酸素発生反応触媒が、アルゴン中において3.3体積%の水素流に80℃の温度で12時間曝露したときに1重量%未満の重量損失を示し、15m/g以上のBET比表面積を有する酸素発生反応触媒により達成される。なお、比表面積は、窒素吸着法(BET法)により求められる。すなわち、本発明によるOER触媒は、酸化イリジウムからなり、含水雰囲気での還元に対する安定性が高く、比表面積(BET比表面積)が大きいため、触媒特性が非常に優れているという特徴を有する。本発明による酸素発生反応触媒のBET比表面積の上限は、特に限定されないが、その製造が簡便であるという理由から、好ましくは150m/g以下とされる。本発明によれば、本発明に従う触媒は、還元性環境におけるその安定性のために、始動/停止(スタートアップ/シャットダウン)事象中に生じるような電位サイクル下でも、例えば燃料電池陽極での使用中にそのOER活性を保持する。この特性により、イリジウム触媒の良好なOER活性は変化せず、燃料電池は望ましくないセル反転時の炭素腐食から効率的に保護される。
【0008】
本発明によれば、本発明に従う触媒の還元安定性は、高温での水素流の影響下でのOER触媒の質量減少/重量損失を測定することによって決定される。この目的のために、熱重量分析(TGA)が還元性雰囲気中で実施される。OER触媒粉末の熱重量分析は、Mettler Toledo社製TGA/DSC1装置を用いて実施される。約10から12mgのOER触媒粉末をコランダムるつぼ(容量:70μL)に入れ、穴の開いたコランダム蓋で密閉し、TGA炉に直接入れる。熱重量分析に使用したガスはすべて純度5.0のもので、Westfalen AG社から入手可能である。セルキャリアガスには、水素の他にアルゴン(20mLmin-1)を使用した。
【0009】
各TGA測定は以下のステップに分かれている。
i)酸化性雰囲気でのイン・サイチュ乾燥ステップと
ii)還元雰囲気での金属酸化物還元ステップ
【0010】
イン・サイチュ乾燥ステップは、OER触媒粉末の表面に吸着したすべての水分子と有機分子を脱着させ、ステップii)の重量損失が酸化イリジウムの還元のみによるものであることを確認するために使用される。
【0011】
イン・サイチュ乾燥ステップは以下のように行われる。最初はTGA炉を25℃の温度において5分間アルゴンでパージし(100mLmin-1)、続いて温度をO(100mLmin-1)中で25℃から200℃まで(10Kmin-1)上昇させる。200℃の温度は、O(100mLmin-1)中で10分間保持される。その後、O(100mLmin-1)中で200℃から25℃(-10Kmin-1)まで冷却し、最後にTGA炉をアルゴン(100mLmin-1)でパージし、25℃で5分間保持する。
【0012】
金属酸化物還元ステップは、2つの異なるモード:a)温度ランプモード、およびb)等温モードに従って実行される。
【0013】
温度ランプモードでステップを実行する場合、炉の温度は、3.3体積%H/Ar(40mLmin-1)中、5Kmin-1の加熱速度で25℃から500℃まで上昇し、続いてアルゴン(100mLmin-1)中で500℃から25℃まで炉を冷却(冷却速度:-20Kmin-1)する。
【0014】
等温モードでステップを実行する場合、炉は、アルゴン(100mLmin-1)中、5Kmin-1の加熱速度で25℃から80℃まで加熱され、その後、3.3体積%H/Ar(40mLmin-1)へのガス切り替えが行われ、80℃に12時間保持する。その後、炉をAr(100mLmin-1)中で80℃から25℃まで冷却する(冷却速度:-20Km-1)。
【0015】
本発明によるOER触媒の還元安定性を決定するために、b)に従った金属酸化物還元ステップ、すなわち等温モードが実行される。等温モードに従って得られた結果を確認するために、同じ結果を与える温度ランプモード(temperature ramp experiment)を使用することができる。
【0016】
本発明によれば、「OER触媒のBET比表面積」は、OER触媒の材料のBET比表面積を意味すると理解される。いかなる担持材料も、ここでは考慮されない。言い換えれば、BET比表面積は、OER触媒に存在する酸化イリジウムを意味し、m 酸化イリジウム/g酸化イリジウムで表される。BET比表面積は、Quantachrome社のAutosorb iQという装置を用いて測定される。サンプルは120℃で一晩脱気し、77KでN吸着を測定する。比表面積(BET比表面積)は、ソフトウェアAsiQwinの「micropore BET assistant」を用いてBrunauer-Emmett-Teller(BET)理論に従って決定する。
【0017】
上述の方法によれば、1重量%以下の重量損失により極めて高い還元安定性が得られ、15m/g以上の高いBET比表面積を同時に有するため、良好な触媒活性が得られる。
【0018】
OER触媒の還元安定性が非常に高いため、OER触媒のイリジウムは、始動/停止サイクルやセルの反転条件下で金属イリジウムに還元されず、したがって汚染イリジウム化合物への溶解や変換を示さない。この安定性は2つの結果をもたらす。一方では、電気化学セルの動作中にOER活性が保持されるため、MEAの全寿命にわたってセル反転耐性が維持され、他方では、還元安定性により金属イリジウムの形成とその結果としてMEAを汚染し得るイリジウムイオンの形成が妨げられ、したがって永続的に優れた電力密度が維持される。
【0019】
同時に、本発明によるOER触媒の非常に高いBET比表面積は、触媒の十分に高いOER活性を保証し、OER活性は、燃料切れ中のセル反転の場合に生じる高電位による炭素腐食を防止する。
【0020】
本発明の有利な展開として、酸素発生反応触媒が、可能な限り高い触媒活性を得るために、BET比表面積を安定化するべく担持材料に担持されていることが提供される。OER触媒を担持することにより、その凝集を防止することができる。好適な担持材料としては、特に黒鉛化炭素またはアセチレン系炭素を含む特に炭素系担持材料のような導電性担持材料が挙げられる。
【0021】
また、本発明によれば、酸化イリジウムを含む酸素発生反応触媒を含む燃料電池用の第1陽極であって、酸素発生反応触媒は、アルゴン中において3.3体積%の水素流に80℃の温度で12時間曝露することにより、1重量%未満の重量損失を示す。
【0022】
また、OER触媒を含む第2の陽極であって、OER触媒が酸化イリジウムを含み、酸素発生反応触媒が、アルゴン中において3.3体積%の水素流に80℃の温度で12時間曝露した際に1重量%未満の重量損失を示し、15m/g以上のBET比表面積を有する、第2の陽極が記載される。
【0023】
それぞれのOER触媒の使用により、第1および第2の陽極は、燃料切れの場合のセル反転に対する非常に優れた安定性と非常に優れた耐性、および始動/停止条件下での高い劣化安定性も特徴とする。
【0024】
有利な展開において、特に本発明による陽極が燃料電池の陽極として使用される場合、陽極は有利に少なくとも1つの水素酸化触媒を含んでいる。水素酸化触媒は、好ましくは、その貴金属の特性のために非常に良好な耐腐食性を示す白金系の水素酸化触媒である。
【0025】
OER触媒は、原則として、担持または非担持の形態で本発明による陽極中に存在することができる。これは、水素酸化触媒にも当てはまる。さらに有利な展開では、水素酸化触媒は、担持材料上および/または酸素発生反応触媒上に担持される。第一の場合、これは、水素酸化触媒と酸素発生反応触媒の両方が、特に炭素系担持材料、特に黒鉛化炭素などの担持材料上に配置されることを意味する。それぞれの担持材料は、同じであっても異なっていてもよい。OER触媒と水素酸化触媒は、好ましくは、同じ担持材料に担持される。この目的のために、本発明によるOER触媒は、例えば、担持材料に担持され、その後、水素酸化触媒とブレンドされ得る。これにより、水素酸化触媒は、担持体材料上に既に堆積されたOER触媒上に優先的に堆積されることに得られる。さらに、OER触媒と水素酸化触媒を互いにブレンドし、その後、担持材料に担持させることもできる。これにより、OER触媒と水素酸化触媒の両方が担持体材料に担持されてもよい。しかしながら、2つの触媒は、同じまたは異なる担持材料上に互いに独立して担持された形態で存在することも可能である。また、一方の触媒がそれぞれの他方の触媒の上に存在することも可能である。最終的な構造は、採用した触媒の混合比と量比に依存する。
【0026】
また、本発明に従って、膜電極配置、水電解セルおよび燃料電池が記載される。これらは、上述の第1および/または第2の陽極を含み、陽極に存在するOER触媒のために、同様に、特に良好で永続的に高い出力密度を特徴とし、少なくとも腐食の傾向が低減されていることを理由とするものではない。始動/停止サイクルの条件下でも水素還元に対する耐性があり、燃料切れの条件下でもセルの反転に対する耐性が非常に高い。
【0027】
また、本発明に従って、酸素発生反応触媒を製造するためのプロセスが説明される。このプロセスは、最初に、少なくとも1つのイリジウム化合物前駆体を、酸素または酸素源の存在下、少なくとも650℃の温度で熱処理して酸化イリジウム含有化合物を得るステップa)を含んでいる。本発明によれば、イリジウム化合物前駆体は、所定の処理条件下で、すなわち酸素含有雰囲気中で少なくとも650℃の温度で、形態がリアルな一酸化物、すなわち特にIrOである化合物を意味すると理解される。特に空気中で行われる上記の熱処理は、イリジウム化合物前駆体を、水素に対する非常に高い還元安定性と溶解安定性を示す高結晶性酸化イリジウム(特にIrO)に変換する。
【0028】
このプロセスのステップで使用される温度の上限は、約1100℃までとすることができる。しかしながら、1100℃を著しく超える温度では、外側のイリジウムが分解する傾向がある。採用される温度が高いほど、プロセスにおけるエネルギー消費は高くなり、したがって、750℃までの温度は、可能な限り低いエネルギーコストで得られる酸化イリジウムの非常に優れた安定性に関して、特に有利である。
【0029】
上記の熱処理は、形成された酸化イリジウムの著しい凝集を引き起こすので、OER触媒の触媒活性は、触媒表面積の減少のために著しく低下する。本発明によるプロセスは、それに応じて、酸化イリジウム含有化合物を粉砕するさらなるプロセスステップb)を提供する。粉砕は、酸化イリジウムのBET比表面積を増加させ、したがって、固溶体の触媒活性を顕著に増加させる。粉砕を行うのに適した装置としては、特に100nm以下の粒径を生成するもの、例えば粉砕メディアミルが挙げられる。これらには、例えばボールミル、攪拌メディアミル、スターラーミル、アトライター及び特定のローラーミルが含まれる。
【0030】
こうして粉砕することにより、第1の熱処理中に部分的に失われたBET比表面積を回復させることができる。驚くべきことに、そして予想外に、粉砕操作は、触媒の能力を低下させるような結晶構造を破壊せず、代わりに、触媒の安定性は実質的に変化しないままである。
【0031】
続くステップc)の熱処理により、水素に対する還元安定性をさらに向上させることが可能となる。これは、第2の熱処理ステップで二酸化イリジウムが非常に高度に粉砕されたためであると考えられる。この二酸化イリジウム含有化合物の再熱処理は、250℃から500℃の範囲の温度で行われる。粉砕後の凝集やケーキングはもはや起こらないため、この第3の処理工程における比較的適度な温度は、触媒の表面積を犠牲にすることなく、水素に対する還元安定性を再び顕著に向上させることができる。
【0032】
ステップa)の熱処理は、少なくとも650℃、特に700℃以上、特に750℃以上の温度で行われる。これにより、非常に良好な触媒性能と相俟って、さらに高い水素還元安定性を有するOER触媒が得られる。得られた酸素発生反応触媒は、アルゴン中において3.3体積%の水素流に80℃の温度で12時間曝露したときに1重量%未満の重量損失を示し、特に15m/g以上のBET比表面積を有する。工程a)における最高使用温度は、酸化イリジウムの分解温度の直下であり、したがって約1100℃である。
【0033】
酸化イリジウムの非常に良好な結晶性を得るために、ステップa)の熱処理は、好ましくは30分以上、特に60分以上の時間にわたって行われる。
【0034】
可能な限り高い粉砕度、したがって25m/g以上、特に30m/g以上の特に高いBET比表面積を達成するために、ステップb)の粉砕は、有利には15分以上、特に40分以上の時間にわたって行われる。粉砕の程度、したがって本発明による酸素発生反応触媒のBET比表面積の上限は特に限定されないが、そのような表面積の製造を簡略化する理由から、好ましくは150m/g以下とする。
【0035】
高エネルギー遊星ミルを用いて、ステップb)においてa)を粉砕することにより、最小の粉砕時間で非常に高度な粉砕が得られる。
【0036】
さらなる有利な実施形態では、ステップc)の熱処理は、水素還元安定性を最適化するために350℃から450℃の温度で実施される。
【0037】
この点で、ステップc)の熱処理を5から60分、特に15から30分の時間行うことがさらに有利である。
【0038】
イリジウム化合物前駆体が、式IrOx(OH)yを有するイリジウムの酸化物および/またはイリジウムの塩化物および/またはイリジウムの水酸化物および/またはイリジウムのオキシヒドリドからなり、ここで0<2x+y≦6であると、さらに有利である。イリジウム化合物前駆体は、晶析水を担持していてもよい。好適なイリジウム化合物前駆体の例としては、例えばIrOx(これは例えばIrおよびIrOの固定酸化物または他のイリジウム酸化物であり得る)、IrOx(OH)ynHO、IrCl、IrClnHO、Ir(OH)およびHIrClが挙げられる。上記の化合物は、ステップa)で規定されるような熱処理を介して、非常に容易に酸化イリジウム(特にIrO)に変換される。
【0039】
プロセスは、さらに有利には、酸素発生作用触媒を担持材料上に担持するステップを含み、ここで、担持材料は、特に炭素系の担持材料、特に黒鉛化炭素またはアセチレン系の炭素である。担持するステップは、特に工程ステップb)の実行中または実行後に実行される。
【0040】
また、本発明によれば、酸素発生反応触媒の使用であって、酸素発生反応触媒が酸化イリジウムからなり、アルゴン中において3.3体積%の水素流に80℃の温度で12時間曝露したときに1重量%未満の重量損失を示す使用である。本発明による使用は、燃料電池用の陽極におけるOER触媒の使用を提供する。
【0041】
本発明の更なる詳細、利点、及び特徴は、図面を参照した例示的な実施形態の以下の説明から明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0042】
図1図1は、イリジウム系OER触媒の製造プロセスを示す。
図2A図2Aは、TGAランプ実験結果を示す。
図2B図2Bは、TGAランプ実験結果を示す。
図2C図2Cは、TGAランプ実験結果を示す。
図2D図2Dは、TGAランプ実験結果を示す。
図3図3は、プロセスの工程b)の粉砕の効果を明らかにした試験結果を示す。
図4図4は、工程c)の熱処理の効果を明らかにした試験結果を示す。
図5A図5Aは、a)温度ランプモードに従う金属酸化物の還元試験結果を示す。
図5B図5Bは、b)等温モードに従う金属酸化物の還元試験結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0043】
図1は、IrO系のOER触媒を製造するための2つの異なる工程を詳細に示す。ルートAは、典型的にはイリジウム前駆体1(IrOxまたはIrOx(OH)y)を酸素雰囲気中で350℃から500℃の範囲の温度に加熱する従来のプロセスを示す。非常に低い温度は、高いBET比表面積を維持しようとするために使用される。しかしながら、ルートAに従って得られたOER触媒2は、決して、水素に対する十分に高い還元安定性を特徴としない。
【0044】
ルートBは、本発明の一実施形態による工程を表す。プロセスステップa)において、イリジウム化合物前駆体1(例えばIrOxまたはIrOx(OH)y)を、酸素含有雰囲気、例えば空気中で少なくとも650℃から1100℃の範囲の温度に加熱する。これにより、安定なIrO結晶体3が得られる。この後、IrOの高いBET比表面を生成するために、粉砕するステップb)が続く。高い(15m/g以上)BET比表面積4を有する粉砕されたIrO粒子は、その後、工程c)において、250℃から500℃の範囲の温度で再熱処理を受ける。これにより、非常に良好な還元安定性と非常に高い触媒活性を特徴とするOER触媒5が形成される。工程c)は、任意に、適切な、通常は炭素系の担持材料に担持する工程b2)を先行させることもできる。これにより、担持材料6に担持されたIrO粒子が得られ、工程c)に従って、同様に非常に優れた還元安定性と非常に高い触媒活性を特徴とする担持OER触媒7が形成される。
【0045】
実施例
本発明によるOER触媒の特性を解明するために、以下のOER触媒を製造し、以下に規定するように特性化した、ここで特性化において、添付の図およびその説明を参照されたい。
【0046】
実施例1:水素による還元に対する高い安定性と高いBET比表面積を有するOER触媒の製造
高いBET比表面積を有する本発明によるOER触媒は、以下のステップによって得られた。
i)最初に、式IrOx・nHO(0<2x+y≦6;この場合y=0)の水和酸化イリジウムの形態のイリジウム化合物前駆体を提供した(IrとIrOの混合酸化物または他のイリジウム酸化物が関係していてもよい)。
ii)イリジウム化合物前駆体を高温処理にかけた。
iii)得られた化合物を、ボールミル(直径1mmのZrO粉砕ボールを粉砕体として用いたボールミル)を用いて粉砕した。
iv)最後にさらに温度処理を行い、最終的なOER触媒を得た。
【0047】
ステップii)の高温処理は、空気中650℃から1000℃の範囲の温度で、2時間から10時間の異なる持続時間にわたって行った。
【0048】
結晶構造の再構築と高温でのIrO結晶ドメインの成長(ステップii))は、ステップii)の温度に比例して、熱処理されたIrOの安定性を増加させた(図2も参照されたい)。しかし、以下の表1から明らかなように(熱処理(ステップii))を行ったがボールミルを用いて粉砕しなかった試料S3からS5を参照)、熱処理したIrO試料のBET比表面積は、熱処理試料に比べて激減していた。したがって、OER触媒のBET比表面積を増加させることを可能にするステップiii)は、本発明に従って実施された。
【0049】
ステップiii)では、ステップii)で得られた熱処理されたIrO材料を、遊星ボールミルのZrO製の粉砕容器で、IrO粉末にZrOボールと水を加えた粘性ペーストを粉砕し、m IrO2/gIrO2基準において約22から30m/gのBET比表面積とする。このときの粉砕の効果を図3に示す。
【0050】
得られた粉砕試料は、その後、ステップiv)において、350℃から450℃の温度で5から30分間、再熱処理を行い、究極の高いBET比表面積と還元安定性のあるIrO結晶を得た。還元性雰囲気におけるボールミル粉砕IrOの安定性に対するステップiv)(プロセスクレームからのプロセスステップc)に相当する)の影響を図4に示す。
【0051】
ステップii)からiv)の合成パラメータを変えて、異なるIrO試料を製造した。表1は、これらのサンプルの対応するパラメータをまとめたものである。
【0052】
比較例1:粉砕を行わないOER触媒の製造(ステップiii))
IrOx・nHOの熱処理(ステップii))により、さらにIrO触媒を得て、実施例1のOER触媒に対する性能を試験した。
【0053】
サンプルS1:IrOx・nHO(0<2x+y≦6;この場合y=0)を、空気中で500℃、2時間熱処理した。粉砕前のこのサンプルは、実施例1のOER触媒よりも高いBET比表面積を有していた。したがって、高いOER触媒活性も期待された。しかし、還元性雰囲気に対する還元安定性は、PEMFC陽極として使用するには十分でなかった。図5から明らかなように、温度ランプ実験と等温実験のいずれにおいても、サンプルS1では、実施例1によるOER触媒よりも劣る結果が得られた。これは、すべてのサンプルがほぼ同等のBET比表面積を有していたにもかかわらず、実施例1では比較例1よりも大きなIrO結晶ドメインが得られたことに起因していると考えられている。
【0054】
サンプルS2:IrOx・nHO(0<2x+y≦6;この場合y=0)を、空気中で550℃、2時間熱処理した。粉砕前、このサンプルは、実施例1のOER触媒よりも高いBET比表面積を有していた。したがって、高いOER触媒活性も期待された。しかし、還元性雰囲気に対する還元安定性は、PEMFC陽極として使用するには十分でなかった。
【0055】
サンプルS4およびS5:IrOx・nHOを空気中で650℃(S3)、750℃(S4)、および1000℃(S5)で2時間熱処理した。サンプルS4およびS5は、実施例1の触媒と比較して、還元性雰囲気において同等の還元安定性を示した(図5A参照)。しかし、試料S3からS5は、BET比表面積が低いため、触媒用途には適さないことがわかった。
【0056】
比較例2(75重量%のIrからなるIrO/TiO、ドイツ国Umicore社製 Elyst Ir75 0480)
実施例1のOER触媒と比較するための比較触媒として、TiOに担持された従来の市販のIrO系のOER触媒(75重量%IrからなるIrO/TiO、ドイツ国Umicore社製 Elyst Ir75 0480)を使用した。この触媒は、実施例1のOER触媒と同程度のBET比表面積を有していた。したがって、高い触媒活性が期待された。しかし、この触媒についても、還元性雰囲気での還元安定性が低すぎて、PEMFC陽極に使用することはできなかった。図5Aおよび図5Bから明らかなように、温度ランプ実験および等温実行実験の両方が、比較例2(IrO/TiO(Umicore社製))については、実施例1によるOER触媒よりも悪い結果を導くことがわかる。
【0057】
【表1】
【0058】
本発明によれば、本発明触媒の還元安定性は、高温での水素流を使用して、以下に示すモード(温度ランプ実験および等温モード)によるOER触媒の質量損失/重量損失の測定により決定した。この目的のために、熱重量分析(TGA)は、還元性雰囲気中で行われた。OER触媒粉末の熱重量分析は、Mettler Toledo社製TGA/DSC1装置を用いて実施した。約10から12mgのOER触媒粉末をコランダムるつぼ(容量:70μL)に入れ、穴あきコランダム蓋で密封し、TGA炉に直接入れた。熱重量分析に使用したガスはすべて純度5.0のもので、Westfalen AG社から入手可能であった。セルキャリアガスとしては、水素の他にアルゴン(20mLmin-1)を使用した。
【0059】
各TGA測定は、以下のステップに分けられる。
i)酸化性雰囲気でのイン・サイチュ乾燥ステップと
ii)還元性雰囲気での金属酸化物還元ステップ
【0060】
イン・サイチュ乾燥ステップは、ステップii)の重量損失が酸化イリジウムの還元のみに起因することを確実にするために、OER触媒粉末の表面に吸着したすべての水分子と有機分子を脱着するために使用された。
【0061】
イン・サイチュ乾燥ステップは以下のように行った。最初にTGA炉を25℃の温度において5分間アルゴンでパージし(100mLmin-1)、続いて温度を25℃から200℃までO(100mLmin-1)中で(10Kmin-1)上昇させた。200℃の温度は、O(100mLmin-1)中で10分間保持された。その後、O(100mLmin-1)中で200℃から25℃(-10Kmin-1)に冷却し、最後にTGA炉をアルゴン(100mLmin-1)でパージし、25℃で5分間保持した。
【0062】
金属酸化物還元ステップは、2つの異なるモード:a)温度ランプモードおよびb)等温モードに従って実行された。
【0063】
温度ランプモードでのステップの実行中、炉の温度は、3.3体積%H/Ar(40mLmin-1)中、5Kmin-1の加熱速度で25℃から500℃まで上昇し、続いてアルゴン(100mLmin-1)中で炉を500℃から25℃(冷却速度:-20K-1)に冷却した。
【0064】
等温モードでのステップの実行中、炉は、アルゴン(100mLmin-1)中において、5Kmin-1の加熱速度で25℃から80℃まで加熱され、その後、3.3体積%H/Ar(40mLmin-1)へのガス切り替えが行われ、80℃に12時間保持した。その後、Ar(100mLmin-1)中で80℃から25℃まで冷却した(冷却速度:-20Km-1)。
【0065】
BET表面積は、Quantachrome社製 Autosorb iQ装置を用いて測定した。試料を120℃で一晩脱気し、77KでN吸着を測定し、比表面積(BET比表面積)は、ソフトウェアAsiQwinの「mircopore BET assistant」を用いてBrunauer-Emmett-Teller(BET)理論に従って決定した。
【0066】
TGA実験中の重量損失は、以下の反応に従って、HによってIrOが金属Irに還元されることに起因していた。
IrO(s)+2H(g)→Ir(s)+2HO(g)
【0067】
本発明によるプロセスのステップa)における熱処理が、得られたOER触媒の水素による還元に対する安定性を顕著に増大させることが実証された。
【0068】
CCMの製造
陽極触媒層は、20重量%のPt/C触媒と酸化イリジウム系のOER触媒を、パーフルオロスルホン酸(PFSA)アイオノマーバインダーと共に水/溶媒媒体中で混合して分散液を得ることにより製造した。PtとIrの比率は、すべてのサンプルで1:1(重量%系)に調整した。触媒分散液を、直径1mmのZrO粉砕ボールを粉砕体として有するボールミルを用いて120分間注意深く粉砕した。
【0069】
ナイフコーティング機を用いて陽極電極層を形成し、フッ素系基材フィルム上に乾燥させた。コーティングナイフの高さは、0.05mgPt/cmおよび0.05mgIr/cmの装填が与えられるように調整した。
【0070】
イリジウムを含まない陽極も製造し、実施したSUSD試験の参考例として使用した(表2の参考例参照)。Ptの装填は、同様に0.05mgPt/cmであった。
【0071】
次に、デカールプロセス(標準デカール転写プロセス)を用いて触媒被覆膜(CCM)を製造し、ここで、15μm厚のPFSAアイオノマー膜を陽極層と陽極層と反対側の陰極層との間に配置した。陰極電極層は、50重量%のPt/Cの触媒を構成し、0.30mgPt/cmのPt担持量を有していた。両触媒層の活性面積は71mm×62mmで、膜サイズは110mm×110mmであった。表2は、CCMの組成をまとめたものである。
【0072】
燃料電池試験
黒鉛化した蛇行流板を取り付けた38cmのPEM単セルを用いて電気化学的な試験を実施した。単セルは熱制御されており、加熱には耐熱性のヒーティングプレートが、空冷にはベンチレーターが使用された。ガスはバブラーで加湿した。単セルは、向流で運転した。CCMには、膜電極ユニット(MEA)の両面に炭素系ガス拡散層が設けられていた。すべてのMEAサンプルには、非圧縮性のガラス繊維強化PTFEシールが取り付けられ、その結果、GDLの圧縮率が10体積%になった。MEAサンプルの性能試験を行う前に、単セルを水素/空気中で1A/cm、1.5barabsの圧力で8時間コンディショニングした。単セルの温度Tcellは80℃、加湿器の温度は80℃(陽極)および80℃(陰極)であった。
【0073】
水素/空気IV偏光測定は、寿命開始時(BOL)、始動/停止サイクル試験中、および試験終了時(EOT)、具体的には以下の条件下で実施した:Tcell=80℃、加湿器温度=80℃(両側)、圧力=1.5barabs、陽極化学量論=1.5、陰極化学量論=2。
【0074】
始動/停止サイクル試験(SUSD)
SUSDサイクルは、水素/空気フロントの滞留時間を定義したガス交換実験においてシミュレーションされた。単電池の陽極側には、乾燥空気と加湿水素の切り替えを可能にする三方弁が装備されていた。起動をシミュレートするために、陽極の流れ場は最初乾燥空気で満たされ、その後加湿された水素で置換され、H/空気フロントを形成した。一方、停止時には、加湿された水素で満たされた陽極流れ場が乾燥空気でパージされ、空気/Hフロントが形成された。
【0075】
SUSD実験中、両方のコンパートメントで運転条件を一定に保った(1.01barabs、アウトレット、100%相対湿度RH)。単セル内のH/空気フロントの滞留時間は、SUSD条件(35℃、1.01barabs、アウトレット)での加湿ガスの体積流量で割った流れ場体積(cm)と定義し、0.3秒に設定した。また、起動から停止までの時間は55秒とした。MEAのコンディショニング直後、および10、40、50、100、300回のSUSDサイクルの各セット後に分極曲線を記録し、基準条件である80℃での電圧損失を観察した。
【0076】
SUSD試験中、陽極は水素と空気の電位の間で振動し、その結果、還元と酸化の条件に交互にさらされた。OER触媒が不安定な条件下では、酸化イリジウムは還元され、溶解し、陰極側に移動する傾向があった。このことは、MEAの性能が徐々に低下していることと一致しており、イリジウム系OER触媒を含まない参考例の性能低下はより小さいことが確認された。
【0077】
【表2】
【0078】
燃料電池試験
上記で製造したCCM(表2参照)に対して、分極性能試験およびSUSD試験を行った。これらの試験の結果は、以下の表3に要約される。表3から明らかなように、不安定なOER触媒(試料S1およびUmicore社製Elyst Ir75 0480)を有するCCMの試験は、本発明によるOER触媒を含むもの(試料S11およびS12)に比べて大きな損失を示した。OER触媒を含まないCCM(参考例)は、最も低い損失を示したが、CRT容量はゼロであった。表3において、負の値は性能向上を示す。
【0079】
【表3】
【0080】
図2は、異なるサンプルの熱処理の効果を解明するために、3.3体積%H/Ar中でTGA温度ランプ実験を行った結果を示しており、異なる温度と時間が使用された。
【0081】
図2Aにおいて、サンプルはそれぞれ異なる温度で2時間の期間保持された。図2B、2C及び2Dにおいて、サンプルはそれぞれの温度、図2B:750℃、2C:875℃、2D:1000℃で異なる持続時間保持された。
【0082】
図4は、本発明によるOER触媒の製造における第2の熱処理ステップc)の効果を解明するために、図2について上記で設定した3.3体積%H/Ar中でのTGA温度ランプ実験の結果を示している。本発明によれば、熱処理ステップc)は、イリジウム含有化合物の粉砕の後に行われる。図4から明らかなように、熱処理ステップc)に供されなかった試料S6は、熱処理ステップc)に供された試料S7よりも、水素に対する還元安定性が低いことがわかる。さらに、試料S6の重量損失は100℃未満の温度で既に発生しているのに対し、試料S7の重量損失は150℃以上で初めて発生しており、これは、例えば電解セルや燃料電池におけるOER触媒の使用温度にとって重要であることがわかる。図4の結果は、粉砕後の第2の熱処理工程c)が、所望の水素還元安定性に特に有利であることを示している。
【0083】
図5Aおよび図5Bは、異なるサンプルのIrO還元温度(重量損失)を解明するために、3.3体積%H/Ar中でのTGA温度ランプ実験を示す。図5Aから、実施例1に従って製造されたサンプルは、同様のBET比表面積を示すサンプルS1およびIrO/TiO(Umicore社製)の触媒よりも還元安定性が高く(それらはより高い還元温度を示した)、その安定性はBET比表面積が低い熱処理サンプルS4およびS5と同等であることが明らかである。
【0084】
図5Bは、PEMFC陽極における条件をシミュレートするために、3.3体積%H/Ar中80℃での等温TGA実験からの結果を示す。OER触媒が金属Irに還元されたので、高いBET比表面積を有するサンプルS1およびIrO/TiO(Umicore社製)は、模擬PEMFCの化学環境において本発明による例よりも悪い結果を示すことが明らかである。実施例1に従って製造された本発明によるOER触媒は、模擬PEMFC陽極条件下で著しく還元安定性が高く、等温TGA実験中に重量損失を本質的に示さなかった。
【0085】
本発明の上記の書面による説明に加えて、その補足的な開示のために、図1から図5の本発明の図を明示的に参照する。
【符号の説明】
【0086】
1 イリジウム化合物前駆体
2 OER触媒
3 IrO結晶体
4 粉砕されたIrO粒子
5 OER触媒
6 担持体上に担持されたIrO粒子
7 OER触媒
a)、b)、b2)、c)プロセスステップ
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0087】
【文献】Simon Geigerらによる「Activity and Stability of Electrochemically and Thermally Treated Iridium for the Oxygen Evolution Reaction」,Journal of The Electrochemical Society,163(11),F3132-F3138(2016)
図1
図2A
図2B
図2C
図2D
図3
図4
図5A
図5B