(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-18
(45)【発行日】2024-12-26
(54)【発明の名称】酵母エキス
(51)【国際特許分類】
A23L 27/10 20160101AFI20241219BHJP
A23L 31/15 20160101ALI20241219BHJP
A23L 27/00 20160101ALI20241219BHJP
A23L 27/50 20160101ALI20241219BHJP
【FI】
A23L27/10 H
A23L31/15
A23L27/00 D
A23L27/50 E
(21)【出願番号】P 2020111839
(22)【出願日】2020-06-29
【審査請求日】2023-06-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000175283
【氏名又は名称】三栄源エフ・エフ・アイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】越前谷 一成
(72)【発明者】
【氏名】島田 正輝
(72)【発明者】
【氏名】山本 孝
【審査官】楠 祐一郎
(56)【参考文献】
【文献】特許第6546365(JP,B1)
【文献】Characterization of Aroma-Active Compounds in Four Yeast Extracts Using Instrumental and Sensory Techniques,Journal of Agricultural and Food Chemistry,2019年12月13日,Vol. 68,pp. 267-278, and SI pp. 1-5
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
CAplus/MEDLINE/AGRICOLA/EMBASE/FSTA/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Google Scholar
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固形分質量に対する、γ-デカラクトン及びフルフリルアルコール含量が各々100ppb以下である、酵母エキス(ただし、グルタチオンを含有する酵母エキスとD-プレゴンとの反応生成物に含まれるp-メンタ-8-S-グルタチオニル-3-オンを有効成分とするものを除く)であり、飲食品におけるγ-デカラクトン及びフルフリルアルコール含量が各々1ppb以下となる量で
、うま味を有する飲食品に用いられる酵母エキス。
【請求項2】
うま味を増強するための、請求項1に記載の酵母エキス。
【請求項3】
醤油又はだしの風味を増強するための、請求項1に記載の酵母エキス。
【請求項4】
うま味を有する飲食品であって、請求項1~3のいずれか一項に記載の酵母エキスを含有し、飲食品におけるγ-デカラクトン及びフルフリルアルコール含量が各々1ppb以下である、飲食品。
【請求項5】
さらに醤油又はだしを含有する、又は醤油風味若しくはだし風味である、請求項4に記載の飲食品。
【請求項6】
酵母菌体抽出物を含有する組成物を、スチレン-ジビニルベンゼン共重合体系の合成吸着剤と接触させることを含む、酵母エキスの製造方法であり、前記酵母エキスの固形分質量に対する、γ-デカラクトン及びフルフリルアルコール含量が各々100ppb以下である、製造方法(ただし、前記酵母エキスは、グルタチオンを含有する酵母エキスとD-プレゴンとの反応生成物に含まれるp-メンタ-8-S-グルタチオニル-3-オンを有効成分とするものを除く)。
【請求項7】
酵母菌体抽出物(ただし、グルタチオンを含有する酵母エキスとD-プレゴンとの反応生成物に含まれるp-メンタ-8-S-グルタチオニル-3-オンを有効成分とするものを除く)を含有する組成物を、スチレン-ジビニルベンゼン共重合体系の合成吸着剤と接触させることを含む、
前記組成物にうま味を増強するための、又は、醤油若しくはだしの風味を増強するための方法
であって、前記組成物がうま味を有する飲食品に用いられるものである、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、γ-デカラクトン及びフルフリルアルコールの合計量が特定量未満の酵母エキスに関する。
【背景技術】
【0002】
酵母エキスは、酵母菌体から自己消化、酵素分解、熱水処理又は酸処理等によって抽出されるエキスである。食経験が豊富であり、化学調味料にはない独特のうま味やコクを付与することができるため、多くの食品に用いられている。そして、飲食品等のうま味を増強するために、酵母エキスのうま味の増強が行われてきた。
【0003】
例えば、特許文献1には、酵母エキスのうま味を増強するために、酵母の培養条件を工夫することで、うま味指標として知られるグルタミン含有量と窒素含有量が増加した酵母エキスの製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、既存の酵母エキスを改質することによって、飲食品等のうま味を増強し、また、醤油又はだしの風味を増強する、新規の酵母エキスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意検討した結果、γ-デカラクトン及びフルフリルアルコールの合計量が特定量未満である酵母エキスが、飲食品等のうま味を増強し、また、醤油又はだし特有の風味を増強することを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
即ち、本発明は、以下の酵母エキスを提供する。
[1]
固形分質量に対して、γ-デカラクトン及びフルフリルアルコールを合計で400ppb未満含有する、酵母エキス。
[2]
固形分質量に対して、γ-デカラクトンを200ppb未満、且つ、フルフリルアルコールを200ppb未満含有する、[1]に記載の酵母エキス。
[3]
うま味を増強するための、[1]又は[2]に記載の酵母エキス。
[4]
醤油又はだしの風味を増強するための、[1]又は[2]に記載の酵母エキス。
【0008】
また、本発明は、以下の飲食品を提供する。
[5]
[1]~[4]のいずれか1に記載の酵母エキスを含有する、飲食品。
[6]
さらに醤油又はだしを含有する、又は醤油風味若しくはだし風味である、[5]に記載の飲食品。
【0009】
さらに、本発明は、以下の酵母エキスの製造方法を提供する。
[7]
酵母菌体抽出物を含有する組成物を、合成吸着剤と接触させることを含む、酵母エキスの製造方法。
【0010】
さらに、本発明は、以下の酵母エキスにうま味を増強するための、又は、風味を増強するための方法を提供する。
[8]
酵母菌体抽出物を含有する組成物を、合成吸着剤と接触させることを含む、
前記組成物にうま味を増強するための、又は、醤油若しくはだしの風味を増強するための方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明のγ-デカラクトン及びフルフリルアルコールの合計量が特定量未満の酵母エキスにより、当該合計量が当該特定量以上の酵母エキスに比べて、飲食品のうま味を増強することができる。また、醤油若しくはだし又はそれらを含有する飲食品に本発明の酵母エキスを含有させることで、当該合計量が当該特定量以上の酵母エキスを含有させた場合に比べて、醤油又はだし特有の風味を増強させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[定義]
本明細書において、酵母エキスとは、酵母菌体から、飲食品の製造に適用可能な方法(例えば、自己消化、酵素分解、熱水処理、アルカリ処理、又は酸処理等)によって抽出されたエキスの総称である。酵母エキスは、酵母菌体からの菌体抽出物、又は、当該菌体抽出物の成分含有量を成分調整処理によって増加又は減少させたものを、少なくとも含有する。
【0013】
本明細書において、成分調整処理は、特定の組成物に含まれる、水以外の特定成分(複数種類の成分であってもよい)の、当該組成物の固形分質量に対する割合を増加又は減少させる処理を表す。例えば、抽出物から水のみを減じただけの場合は、成分調整処理に該当しない。
【0014】
本明細書において、ppbは、特に記載がない限り、質量当たりの10億分の1(10-9)を表す。即ち、1ppbは10-9g/gに相当する。
【0015】
[酵母エキス及びその製造方法]
本発明の酵母エキスは、γ-デカラクトン及びフルフリルアルコールの合計量が、特定量未満であることを特徴とする。
【0016】
(γ-デカラクトン、フルフリルアルコール)
γ-デカラクトンとは、CAS番号706-14-9の化合物である。また、フルフリルアルコールとは、CAS番号98-0-0の化合物であり、2-フリルカルビノール、2-(ヒドロキシメチル)フランとも呼ばれる。
【0017】
本発明の酵母エキスのγ-デカラクトン及びフルフリルアルコールの合計量は、当該酵母エキスの固形分質量に対して、400ppb未満であり、本発明の効果を顕著に奏する観点から、好ましくは200ppb以下、より好ましくは100ppb以下、更に好ましくは80ppb以下、更により好ましくは50ppb以下、特に好ましくは20ppb以下である。
本発明の酵母エキスのγ-デカラクトン及びフルフリルアルコールの合計量は、当該酵母エキスの固形分質量に対して、例えば、0.00001ppb以上、0.001ppb以上、0.01ppb以上であってもよい。
【0018】
本発明の酵母エキスは、本発明の効果を顕著に奏する観点から、γ-デカラクトンが例えば、200ppb未満、好ましくは100ppb以下、より好ましくは50ppb以下、更に好ましくは40ppb以下、更により好ましくは25ppb以下、特に好ましくは10ppb以下であり;且つ
フルフリルアルコールが、例えば200ppb未満、好ましくは100ppb以下、より好ましくは50ppb以下、更に好ましくは40ppb以下、更により好ましくは25ppb以下、特に好ましくは10ppb以下である。
【0019】
本発明におけるγ-デカラクトン及びフルフリルアルコールの含有量は、例えば、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)を用いて測定することができる。測定方法にGC/MSを用いる場合は、下記の実施例に記載の<GC/MS分析条件>及び<GC/MSサンプルの調製>に記載された条件及び方法を用いるものとする。
【0020】
本発明の酵母エキス中の全窒素含有量は、特に限定されないが、当該酵母エキスの固形分質量に対して、例えば6質量%~16質量%である。
【0021】
本発明の酵母エキス中の核酸の含有量は、特に限定されないが、当該酵母エキスの固形分質量に対して、例えば5質量%~25質量%である。
【0022】
(賦形剤)
本発明の酵母エキスには、さらに賦形剤を含有させることができる。賦形剤としては、例えば、食塩、澱粉分解物(デキストリン、粉飴等)、糖類(単糖(グルコース、フルクトース等)、二糖(例えば、ショ糖、乳糖、麦芽糖、トレハロース等)、オリゴ糖(セロオリゴ糖、マルトオリゴ糖、フラクトオリゴ糖等)、糖アルコール(キシリトール、ソルビトール、ラクチトール、マルチトール等)、還元糖化物等)、食物繊維(例えば、難消化性デキストリン、ポリデキストロース、グァーガム酵素分解物等)が挙げられる。これらの賦形剤は、1種単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0023】
本発明の酵母エキスに賦形剤が含まれる場合は、賦形剤の総含有量は、特に限定されないが、酵母エキスの全量に対して、例えば、0.1~90質量%が挙げられ、好ましくは3~80質量%、より好ましくは4~75質量%、更に好ましくは5~70質量%である。
【0024】
(乳化剤)
本発明の酵母エキスには、さらに乳化剤を含有させることができる。乳化剤としては、特に限定されないが、例えば、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル(例えば、モノグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン縮合リシノール酸エステル、有機酸モノグリセリド等)、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、レシチン、酵素分解レシチン、酵素処理レシチン、ステアロイル乳酸ナトリウム、ステアロイル乳酸カルシウム、キラヤ抽出物、サポニン、ポリソルベート(例えば、ポリソルベート20、ポリソルベート60、ポリソルベート65、ポリソルベート80)等が挙げられる。これらの乳化剤は、1種単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0025】
本発明の酵母エキスに賦形剤が含まれる場合は、乳化剤の総含有量は、特に限定されないが、組成物の全量に対して、好ましくは0.01~2質量%、より好ましくは0.05~1質量%、更に好ましくは0.1~0.5質量%である。
【0026】
(その他成分)
本発明の酵母エキスは、本発明の効果を損なわない限りにおいて、γ-デカラクトン、フルフリルアルコール、賦形剤及び乳化剤以外に、その他の成分をさらに含有してもよい。当該その他の成分としては、例えば、食塩、糖類、アミノ酸系うま味調味料(L-グルタミン酸ナトリウム、L-グルタミン酸アンモニウム、L-グルタミン酸カリウム、L-グルタミン酸カルシウム、L-グルタミン酸マグネシウム等のグルタミン酸塩;L-アスパラギン酸ナトリウム;グルタミルバリルグリシン、グリシン、DL-アラニン等)、核酸系うま味調味料(5′-イノシン酸二ナトリウム、5′-グアニル酸二ナトリウム、5′-ウリジル酸二ナトリウム、5′-シチジル酸二ナトリウム、5′-リボヌクレオチド二ナトリウム、5′-リボヌクレオチドカルシウム等)、有機酸又はその塩(コハク酸二ナトリウム、コハク酸、クエン酸三ナトリウム、グルコン酸カリウム、クエン酸カルシウム、酢酸等)、無機塩類(塩化カリウム、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、塩化カルシウム、硫酸マグネシウム等)、アミノ酸(アルギニン、リジン等)、タンパク質加水分解物、畜肉・魚介由来成分(チキンエキス、ポークエキス、ビーフエキス、かつおぶしエキス、かつおぶし粉末等)、野菜由来成分(野菜粉末、野菜エキス、しいたけエキス等)、海藻由来成分(昆布エキス、昆布粉末等)、アルコール類、等張化剤(ソルビトール等)、緩衝剤(酢酸ナトリウム等)、防腐剤(亜硝酸ナトリウム等)、抗酸化剤(L-アスコルビン酸等)、着色剤(ベニバナ色素等)、pH調整剤(酢酸ナトリウム等)が挙げられる。これらの成分は、1種の成分を用いてもよく、2種以上の成分を組み合わせて用いてもよい。
【0027】
(形態)
本発明の酵母エキスの形態は、特に限定されず、例えば、固体形態(例えば、粉末状、ペースト状、顆粒状及び錠剤状等)、液体形態(例えば、溶解液、分散液等)等が挙げられる。
【0028】
(用途)
本発明の酵母エキスは、そのまま飲食品に添加して飲食品の製造に用いてもよいし、飲食品に添加して用いられる製剤の製造に用いてもよい。当該飲食品の具体的実施形態は、後述の[飲食品]の項に記載した飲食品が挙げられる。
【0029】
本発明の酵母エキスはうま味を増強する効果を奏する。従って、本発明の酵母エキスは、飲食品に適用して、そのうま味を増強するのに用いることができる。
【0030】
また、本発明の酵母エキスは、醤油又はだし特有の風味を増強する効果を奏する。従って、本発明の酵母エキスは、特に限定されないが、例えば、醤油又はだしを含有する飲食品に適用して、醤油又はだし特有の風味を増強するのに用いることができる。
【0031】
[酵母エキスの製造方法]
本発明の酵母エキスは、酵母菌体抽出物を含有する組成物から、成分調整処理によってγ-デカラクトン、フルフリルアルコール又はそれら両方の成分を減じることによって得られる。
【0032】
(酵母菌体抽出物を含有する組成物)
酵母菌体抽出物を含有する組成物には、例えば、酵母菌体から自己消化、酵素分解、熱水処理、アルカリ処理、又は酸処理等によって抽出された抽出物のほか、酵母エキスのような酵母菌体抽出物の加工物が包含される。
【0033】
酵母菌体抽出物又はその加工物の由来となる酵母菌体としては、特に限定されず、例えば、Saccharomyces属、Cyberlindnera属、Debaryomyces属、Candida属、Yarrowia属、Schizosaccharomyces属、Zygosaccharomyces属、Pichia属、Kluyveromyces属、Williopsis属、Galactomyces属、Torulaspora属、Rhodotorula属からなる群より選ばれる1種又は2種以上の単細胞生物が挙げられる。中でも、本発明に用いられる酵母としては、Saccharomyces属、Cyberlindnera属、Candida属及びYarrowia属から選ばれる1種又は2種以上が好ましく、ビール酵母、パン酵母等のサッカロミセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)、サッカロミセス・パストリアヌス(Saccharomyces pastorianus)、トルラ酵母(Cyberlindnera jadinii;Candida utilisとも呼ばれる)、キャンディダ・サケ(Candida sake)、ヤロウィア・リポリティカ(Yarrowia lipolytica;Candida lipolyticaとも呼ばれる)、及びキャンディダ・トロピカリス(Candida tropicalis)からなる群より選ばれる1種又は2種以上がより好ましく、サッカロミセス・セレビジエ、トルラ酵母又はそれらの組み合わせが更に好ましい。
【0034】
上記酵母の培養形式としては、回分培養、流加培養、連続培養等を用いることができ、特に制限されない。
【0035】
上記酵母の抽出処理についても特に限定されず、自己消化、酵素分化、熱水処理、アルカリ処理、又は酸処理等の飲食品の製造に適用可能な抽出方法を、いずれか1種単独、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0036】
上記の抽出処理によって得られた酵母菌体抽出物は、そのまま成分調整処理を行ってもよいし、また、いったん乾燥物等に加工してから、任意で保存等を経て、成分調整処理を行ってもよい。
【0037】
酵母菌体抽出物を含有する組成物の形状は、液状、ペースト状、粉末状、固体状などが挙げられるが、成分調整処理を行うためには、液状であることが望ましい。合成吸着剤と接触させる液は、水に溶解して希釈して使用することができる。希釈の程度に関しては、特に限定されないが、当該組成物の固形分含有量が、組成物の全量に対して、0.01~40重量%、好ましくは1~20重量%に調整されることが好ましい。
【0038】
(成分調整処理)
本発明の酵母エキスを製造する場合、上記の酵母菌体抽出物を含有する組成物又はその乾燥物に、成分調整処理を行う。当該処理により、酵母菌体抽出物を、γ-デカラクトン及びフルフリルアルコールの合計量が特定量未満の酵母エキスの組成に調整する。
【0039】
本発明の製造方法に用いられる成分調整処理としては、例えば、合成吸着剤、イオン交換樹脂等による精製処理;活性炭、シリカゲル、ゼオライト、活性白土、珪藻土、酸性白土、合成吸着剤等を用いた吸着濾過処理;限外濾過、精密ろ過等のろ過処理;真空や不活性ガスの充てん等によって液体中の気体成分を除去する脱ガス処理からなる群より選ばれる、1種単独の処理又は2種以上の処理の組み合わせが挙げられる。中でも、本発明の酵母エキスの製造においては、少なくとも合成吸着剤による精製処理を含むことが好ましい。
【0040】
酵母菌体抽出物を含有する組成物が、不溶性固形分が混在している状態である場合、精製処理の前に、予め吸着濾過処理を経ることが好ましい。
【0041】
本明細書において、合成吸着剤とは、不溶性の三次元架橋構造ポリマーであってイオン交換基を実質的に有しないものを表す。このような合成吸着剤としては、例えば、ポリスチレン系、スチレン-ジビニルベンゼン共重合体系等の芳香族系樹脂;芳香族系樹脂にさらに臭素等で修飾をして得られる芳香族系修飾型樹脂;アクリル酸エステル系樹脂;メタクリル酸エステル系樹脂;メタクリル系樹脂などが挙げられる。中でも、本発明に用いられる合成吸着剤としては、芳香族系樹脂が好ましく、スチレン-ジビニルベンゼン共重合体系がより好ましい。
【0042】
上記の芳香族系樹脂としては、ポリスチレン系として、例えばアンバーライトXAD-16(ローム・アンド・ハース社製);スチレン‐ジビニルベンゼン共重合体系として、例えばダイヤイオンHP-20、セパビーズSP700、同SP70(以上、三菱化学(株)製);アクリル酸エステル系として、例えばアンバーライトXAD-7HP(ローム・アンド・ハース社製);芳香族系修飾型として、セパビーズSP207(三菱化学(株)製);メタクリル酸エステル系として、ダイヤイオンHP2MGL(三菱化学(株)製)などの中から1種又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【0043】
酵母エキスを合成吸着剤に通液させる方法としては、カラム方式を採用するのが好ましく、上記合成吸着剤を充填したカラムもしくは樹脂塔に、使用する合成吸着剤の1~200倍量、好ましくは5~50倍量の酵母エキスを用いることができる。
【0044】
以上のようにして得られた酵母エキスは、そのまま或いは濃縮して液状もしくはペースト状製剤とする他、デキストリン、乳糖やアラビアガムなどの既知の賦形剤を適時添加して、乾燥工程を経て粉末化してもよい。
【0045】
(その他処理)
本発明の製造方法には、さらにろ過又は遠心分離によって夾雑物を除去する工程を含んでいてもよい。
【0046】
本発明の製造方法には、さらに殺菌工程を含むことが好ましい。
【0047】
本発明の製造方法には、使用の態様によって、一部濃縮するための、又は、乾燥物を調製するための、乾燥工程を含んでもよい。このような水分の除去の方法は、特に限定されず、減圧乾燥法、凍結乾燥法、噴霧乾燥(スプレードライ)法、ドラムドライ法等を用いることができる。
【0048】
上記の乾燥工程を行う場合、酵母エキスには当該工程の前に賦形剤を含有させておくことが好ましい。賦形剤の具体例及び使用量は、上記の[酵母エキス]の項に記載の賦形剤と同じである。
【0049】
[飲食品]
本発明の飲食品は、例えば、上記の[酵母エキス]の項に記載した本発明の酵母エキスを含有する飲食品が挙げられる。
【0050】
本発明の飲食品としては、特に限定されないが、例えば、即席めん、即席スープ等の即席食品;レトルト食品;うどん、ラーメン、そば、パスタ、唐揚げ、カレー、おでん等の調理食品;焼豚、焼き鳥、ローストビーフ、ハム、ソーセージ、ベーコン、ドライソーセージ、ビーフジャーキー等の畜肉類加工品;蒲焼、みりん干し、魚肉ハム、魚肉ソーセージ、蒲鉾、チクワ、ハンペン等の魚介類加工品;漬物等の野菜加工品、果物加工品、海産物加工品、穀物加工品等の加工食品;固形ブイヨン、粉末だし、みそ、粉末みそ、醤油、粉末醤油、もろみ、魚醤、めんつゆ、ソース、ケチャップ、マヨネーズ、ソース、ドレッシング、焼き肉のタレ、食用油、スパイス、ラーメンスープ等の調味料;ポテトチップス、スナック菓子、焼菓子、タブレット、カプセル菓子、フィルム菓子、キャンディー、チューインガム、チョコレート等の菓子類;おかき、せんべい、おこし、まんじゅう、飴、団子、カステラ等の和菓子類;清涼飲料(フレーバーウォーター、炭酸飲料、果汁飲料、乳性飲料、茶系飲料等のアルコール度数1度未満の飲料);アルコール飲料(酎ハイ、カクテル等のアルコール度数1度以上の飲料);クッキー、ビスケット、クラッカー、パイ、スポンジケーキ、カステラ、ドーナッツ、ワッフル、プリン、バタークリーム、カスタードクリーム、シュークリーム、ゼリー、ホットケーキ、パン等のパティスリー;アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス、氷菓等の冷菓;ヨーグルト、チーズ等の乳製品;シロップ、ジャム等が挙げられる。中でも、本発明の飲食品は、醤油又はだしを含有する、又は醤油風味若しくはだし風味の飲食品であることが好ましく、醤油又はめんつゆがより好ましく、めんつゆが更に好ましい。
【0051】
本発明の飲食品の酵母エキスの含有量(固形分換算量)は、特に限定されず、食品の種類や使用目的等に応じて適宜調節し得るが、飲食品の全量に対して、例えば、0.01~20質量%、0.1~15質量%、又は1~10質量%である。
【0052】
本発明の飲食品の酵母エキスの含有量は、特に限定されず、食品の種類や使用目的等に応じて適宜調節し得るが、本発明の効果を顕著に奏する観点から、γ-デカラクトン及びフルフリルアルコールを合計で、飲食品の全量に対して、4ppb未満、好ましくは2ppb以下、より好ましくは1ppb以下、更に好ましくは0.8ppb以下、更により好ましくは0.5ppb以下、特に好ましくは0.2ppb以下含有するように調整される。
【0053】
本発明の飲食品のγ-デカラクトン及びフルフリルアルコールの合計量は、飲食品の全量に対して、例えば、0.0000001ppb以上、0.00001ppb以上、0.0001ppb以上であってもよい。
【0054】
本発明の飲食品の酵母エキスの含有量は、特に限定されず、食品の種類や使用目的等に応じて適宜調節し得るが、本発明の効果を顕著に奏する観点から、γ-デカラクトンを、飲食品の全量に対して、例えば2ppb未満、好ましくは1ppb以下、より好ましくは0.5ppb以下、更に好ましくは0.4ppb以下、更により好ましくは0.25ppb以下、特に好ましくは0.1ppb以下含有するように調整される。
【0055】
本発明の飲食品の酵母エキスの含有量は、特に限定されず、食品の種類や使用目的等に応じて適宜調節し得るが、本発明の効果を顕著に奏する観点から、フルフリルアルコールを、飲食品の全量に対して、例えば2ppb未満、好ましくは1ppb以下、より好ましくは0.5ppb以下、更に好ましくは0.4ppb以下、更により好ましくは0.25ppb以下、特に好ましくは0.1ppb以下含有するように調整される。
【0056】
[組成物のうま味を増強するための、又は、醤油若しくはだしの風味を増強するための方法]
本発明の方法は、酵母菌体抽出物を含有する組成物を、合成吸着剤と接触させることを含み、前記組成物のうま味を増強するための、又は、醤油若しくはだしの風味を増強するためのものであることを特徴とする。
【0057】
酵母菌体抽出物を含有する組成物は[酵母エキス]に記載したものが挙げられる。その他の実施形態の詳細については、当業者は上記の記載から理解することができる。
【実施例】
【0058】
以下、本発明を実験例及び実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら制限されるものではない。なお、実施例中の「部」「%」は、特に記載がない限り、それぞれ「質量部」「質量%」を意味する。また、文中「*」印は、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社製であることを示し、文中「※」印は、三栄源エフ・エフ・アイ株式会社の登録商標であることを示す。
【0059】
[試験例1.酵母エキス試料の調製]
(γ-デカラクトン及びフルフリルアルコールが低減された酵母エキスの調製)
市販の酵母エキス(バーテックス1G20P、富士食品工業(株)製)150gにイオン交換水850gを混合し、40℃で30分撹拌溶解した。溶解液に活性炭(タケコール50WG-T、大阪ガスケミカル(株)製)3.0gを投入して、室温下にて30分撹拌混合した。活性炭を濾過にて除去し、酵母エキス濾過液を911.2g得た。
【0060】
前工程で得られた酵母エキス濾過液は、合成吸着剤SP700(三菱化学(株)製)50mLを充填した樹脂塔にSV=6.0の条件で通液し、通過液として911.2g、Brix値14.7°の酵母エキス(実施例1)を得た。
【0061】
(比較例の酵母エキスの調製)
上記と同じ市販の酵母エキス(バーテックス1G20P、富士食品工業(株)製)150gにイオン交換水850gを混合し、40℃で30分撹拌溶解し、溶解混合液1000gを得た(比較例1)。
【0062】
実施例1及び比較例1の酵母エキスを試料として、ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)にて香気成分を測定した。測定条件は以下のとおりである。
<GC/MS分析条件>
GC: アジレントテクノロジー 7890A GC
MS: アジレントテクノロジー 5975C Inert XL MSD
キャピラリーカラム: アジレントテクノロジー DB-WAX 長さ60m、内径0.25mm、膜厚0.25μm
温度プログラム: 50℃、2分間保持→3℃/分→220℃
キャリアガス: ヘリウム
注入口圧: 25psi、定圧モード
<GC/MSサンプルの調製>
(1)試料9gに対し、内部標準として3-ヘプタノールを50μg添加し、ジエチルエーテル300mLを加えて攪拌する。
(2)ジエチルエーテル層を分液し、およそ50~1000倍に濃縮したものをGC/MS用サンプルとする。なお、濃縮倍率はサンプル中の測定すべき成分の量に応じて適宜調整しうる。
【0063】
GC/MS法によって求められた実施例1及び比較例1の酵母エキスのγ-デカラクトン及びフルフリルアルコールの固形分質量当たりの含有量は、表1の通りであった。
【0064】
【0065】
[試験例2.酵母エキスの風味への効果の検証]
(めんつゆの調製)
以下の製法で、本試験例で使用するめんつゆA(3倍濃縮品)を製造した。
(1)表2の原料1~11を加えて加熱溶解する。
(2)80℃達温で、容器にホットパック充填する。
【0066】
【0067】
(試験サンプルの調製)
まず、上記のめんつゆA99質量%に、上記の実施例1の酵母エキスを固形分換算量で1.0質量%を添加して、めんつゆ(実施例2-B)を調製した。
続いて、実施例2-Bに、めんつゆ全量に対して20ppbとなるようにγ-デカラクトン又はフルフリルアルコールを添加しためんつゆ(表3、4のGD7、表5、6のFA7)を調製した。得られためんつゆを、実施例2-Bのめんつゆを用いて種々の濃度に希釈した希釈系列(成分添加量0.1~20ppb)であるGD1~6及びFA1~6を調製した。以上のめんつゆを、官能試験サンプルとした。
【0068】
(官能評価用コントロールサンプル)
官能評価に用いるコントロールサンプルとして、サンプルS1(5′-リボヌクレオタイドナトリウム0.2質量%、めんつゆA99.8質量%)及びサンプルS2(比較例1の酵母エキスが固形分として1.0質量%、残部はめんつゆA)を調製した。
【0069】
(官能評価)
得られた試験サンプルを、以下の方法で官能評価した。食品の研究開発に従事する10名を官能評価パネラーとした。パネラーはサンプルを完全に飲むことによって、味覚及び口腔から咽頭を通じて鼻腔に抜けて感じる嗅覚(レトロネーザルフレーバー)を評価した。
(1)まず、パネラーにサンプルS1とサンプルS2を一口ずつ飲んでもらった。
(2)サンプルS1のほうが比較例1の酵母エキスを含有するサンプルS2よりうま味、並びに醤油及びだし特有の風味が強いことを、パネラー間で確認した。そして、うま味並びに醤油及びだし特有の風味の強度について、サンプルS1の強度を2点、サンプルS2の強度を0点、サンプルS1とS2の中間の強度を1点として、試験サンプルの風味を評価した。
【0070】
(結果)
結果を表3~6に示した。めんつゆ中のγ-デカラクトン及びフルフリルアルコールが、それぞれ少ないほど、めんつゆにおいて、うま味が増強され、また醤油及びだし特有の風味が増強された。よって、めんつゆに対して添加される酵母エキスは、γ-デカラクトン及びフルフリルアルコールがそれぞれ少ないほど、うま味を増強し、また醤油及びだし特有の風味を増強することが示された。
【0071】
【0072】
【0073】
【0074】