(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-18
(45)【発行日】2024-12-26
(54)【発明の名称】天秤切替機構及びミシン
(51)【国際特許分類】
D05B 19/12 20060101AFI20241219BHJP
D05B 49/02 20060101ALI20241219BHJP
【FI】
D05B19/12
D05B49/02
(21)【出願番号】P 2021081899
(22)【出願日】2021-05-13
【審査請求日】2024-04-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000002244
【氏名又は名称】株式会社ジャノメ
(74)【代理人】
【識別番号】100156867
【氏名又は名称】上村 欣浩
(74)【代理人】
【識別番号】100143786
【氏名又は名称】根岸 宏子
(72)【発明者】
【氏名】東 豊大
(72)【発明者】
【氏名】横山 潮
【審査官】▲桑▼原 恭雄
(56)【参考文献】
【文献】独国特許出願公開第19825784(DE,A1)
【文献】特開平11-207072(JP,A)
【文献】特開2009-195449(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第112095242(CN,A)
【文献】特開2007-050041(JP,A)
【文献】特開平08-080392(JP,A)
【文献】米国特許第07111568(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D05B 19/12
D05B 49/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
二重環縫いミシンに設けられ、上軸と連動する天秤の動作を変更可能な天秤切替機構であって、
複数のカム面を備え、前記上軸
の軸線方向にスライド可能に前記上軸の外周に取り付けられる円筒カムと、
前記天秤に設けられ、複数の前記カム面の何れかに接触する接触部と、
前記接触部
に対する前記円筒カムの位置を前記軸線方向に切り替える切替体と、を含んで構成され
、
前記円筒カムの外周面には、カムプロファイルの異なる前記カム面が前記軸線方向に並べて複数設けられ、
前記切替体は、複数の前記カム面の何れか一つが前記接触部に接触する位置から、複数の前記カム面の他の一つが前記接触部に接触する位置に、前記円筒カムをスライドさせる天秤切替機構。
【請求項2】
複数の前記カム面の何れか一つは、前記カム面の他の一つに対して、前記天秤が最上点から下降するタイミングが早くなるように設定される請求項1に記載の天秤切替機構。
【請求項3】
複数の前記カム面の何れか一つは、前記カム面の他の一つに対して、前記天秤の最上点が高くなるように設定される請求項1に記載の天秤切替機構。
【請求項4】
二重環縫いミシンに設けられ、上軸と連動する天秤の動作を変更可能な天秤切替機構であって、
複数のカム面を備え、前記上軸に設けられる円筒カムと、
前記天秤に設けられ、複数の前記カム面の何れかに接触する接触部と、
前記接触部を、複数の前記カム面の何れか一つに接触する位置から他の一つに接触する位置に変更する切替体と、を含んで構成され、
前記天秤は、支点部を中心として揺動して糸保持部を上下動させるものであって、前記支点部が前記糸保持部と前記接触部との間に位置する場合、前記接触部は前記円筒カムの下方に位置し、前記接触部が前記糸保持部と前記支点部との間に位置する場合、前記接触部は前記円筒カムの上方に位置す
る天秤切替機構。
【請求項5】
請求項1~4の何れか一項に記載の天秤切替機構を備えるミシン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二重環縫いミシンに設けられる天秤切替機構、及びこの天秤切替機構を備えるミシンに関する。
【背景技術】
【0002】
従前より、JIS-L0120において表示記号406、407等で規定される二重環縫いを行うことができるミシンが知られている。このようなミシンは、
図4~
図6に示すように、針(図示例では第一針4、第二針5、第三針6の3本で構成される)、ルーパー7、天秤9、送り機構(不図示)を備えている。第一針4、第二針5、第三針6のそれぞれの針孔には、第一針糸T1、第二針糸T2、第三針糸T3が挿入され、ルーパー7は、ルーパー糸T4を補足可能な位置に設けられていて、これらの部材が協働することにより、布等の縫製対象物(不図示)に二重環縫いが行われる。なお図示した二重環縫いは、表示記号407の縫目を示している。
【0003】
ここで図面を参照しながら、二重環縫いの縫目形成方法について説明する。まず
図4(a)では、第一針4等は最下点に位置していて、ルーパー7は最右点に位置しているとする。次いで、
図4(b)に示すように第一針4等が上昇することで、第一針糸T1等にループが発生する。そしてルーパー7が左に移動して、ルーパー7の先端部がループ内に侵入する。
【0004】
その後、
図5(a)に示すように、ルーパー7は全てのループを補足し、第一針4等は更に上昇する。このとき不図示の天秤によって、第一針糸T1等が引き締められる。そして
図5(b)に示すように、第一針4等は最上点まで上昇し、ルーパー7はルーパー糸T4を補足したまま最左点へ移動する。また不図示の送り機構によって、布が後方から前方に向けて移動するため、縫目は全体的に前方へ所定量送られる。
【0005】
しかる後、
図6(a)に示すように、ルーパー7は右に移動する。このとき第一針4等は、ルーパー糸T4を掬いながら降下するため、第一針糸T1等とルーパー糸T4が交差する。その後、
図6(b)に示すようにルーパー7は右に動いた後に前進する。このため、ルーパー7と第一針糸T1との絡みが解除されていく。一方、第一針4等は、ルーパー糸T4を掬いながら降下するため、新たな縫目が形成されていく。その後は、
図4(a)からの手順を繰り返すことによって、二重環縫いが行われる。
【0006】
ところで二重環縫いが行われる際、針の上下動やルーパーの往復運動によって、針糸の糸道(糸の経路)は縫目形成に係る各段階で大きく変化する。そしてこの変化を吸収するべく、針の上下動に合わせて天秤を上下動させている。具体的には、天秤を下降させることで針側に糸を供給し、天秤を上昇させることで針側の糸を回収して引き締めを行う。すなわち、天秤によって、縫目形成の段階に応じて針糸の供給と回収を行うことにより、縫目を安定的に形成することができる。
【0007】
なお、縫製する布の種類や重ね合わせる布の枚数は、目的とする制作物に応じて変わってくる。すなわち、縫製対象物に応じて厚みが変わることから針糸の糸道も厚みに応じて変化する。このため、縫製対象物の厚みに応じて針糸の供給量を最適化できるようにすれば、縫目形成を安定的に且つ好適に行えるようになる。
【0008】
このような点に着目した従来技術としては、例えば特許文献1が知られている。特許文献1では、本縫いミシンにおいて、偏心ピン機構を用いることによって、縫製対象物の厚みに応じて天秤の位相(動作タイミング)や上下動ストロークを変更することが可能な切替機構が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述したように特許文献1では、偏心ピン機構によって天秤を駆動させるリンクの変更を行っている。すなわち、縫製対象物の厚みに応じて調整を行おうとすると、天秤の位相と上下動ストロークの両方が同時に変化することになる。このため、特許文献1に係る本縫いミシンの技術を二重環縫い用ミシンに適用したとしても、特許文献1と同様に、天秤の位相と上下動ストロークの両方が同時に変化する問題を抱えることになり、縫製対象物の厚みに応じた最適な調整を行うことは難しい。また、例えば天秤の動作タイミングを縫目形成におけるある段階においてのみ従来よりも早くするといった、動作プロセスの一部のみの変更も、特許文献1の技術では実現が難しい。
【0011】
このような問題点に鑑み、本発明は、縫目形成に係る動作プロセスの一部のみの変更も可能であって、これにより縫製対象物の厚みに応じた最適な調整を行うことができる天秤切替機構、及びこの天秤切替機構を備えるミシンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、二重環縫いミシンに設けられ、上軸と連動する天秤の動作を変更可能な天秤切替機構であって、複数のカム面を備え、前記上軸の軸線方向にスライド可能に前記上軸の外周に取り付けられる円筒カムと、前記天秤に設けられ、複数の前記カム面の何れかに接触する接触部と、前記接触部に対する前記円筒カムの位置を前記軸線方向に切り替える切替体と、を含んで構成され、前記円筒カムの外周面には、カムプロファイルの異なる前記カム面が前記軸線方向に並べて複数設けられ、前記切替体は、複数の前記カム面の何れか一つが前記接触部に接触する位置から、複数の前記カム面の他の一つが前記接触部に接触する位置に、前記円筒カムをスライドさせることを特徴とする。
【0013】
このような天秤切替機構において、複数の前記カム面の何れか一つは、前記カム面の他の一つに対して、前記天秤が最上点から下降するタイミングが早くなるように設定されることが好ましい。
【0014】
またこのような天秤切替機構において、複数の前記カム面の何れか一つは、前記カム面の他の一つに対して、前記天秤の最上点が高くなるように設定されることが好ましい。
【0015】
また本発明は、二重環縫いミシンに設けられ、上軸と連動する天秤の動作を変更可能な天秤切替機構であって、複数のカム面を備え、前記上軸に設けられる円筒カムと、前記天秤に設けられ、複数の前記カム面の何れかに接触する接触部と、前記接触部を、複数の前記カム面の何れか一つに接触する位置から他の一つに接触する位置に変更する切替体と、を含んで構成され、前記天秤は、支点部を中心として揺動して糸保持部を上下動させるものであって、前記支点部が前記糸保持部と前記接触部との間に位置する場合、前記接触部は前記円筒カムの下方に位置し、前記接触部が前記糸保持部と前記支点部との間に位置する場合、前記接触部は前記円筒カムの上方に位置することを特徴とする。
【0016】
また本発明は、上記何れかの天秤切替機構を備えるミシンでもある。
【発明の効果】
【0017】
本発明の天秤切替機構において、上軸には複数のカム面を有する円筒カムが設けられ、また天秤にはこのカム面の何れかに接触する接触部が設けられている。そして切替体によって、この接触部を、複数のカム面の何れか一つに接触する位置から他の一つに接触する位置に変更することができる。すなわち、切替体を操作することによって、天秤を駆動させる複数のカム面のうち縫製対象物の厚みに応じた最適なものを選択することができる。またカム面の形状を変えることによって、縫目形成に係る動作プロセスの一部のみの変更も可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明に係るミシンの一実施形態を示した斜視図である。
【
図2】
図1に示した天秤切替機構に関する説明図である。
【
図3】
図1に示したミシンにおける天秤、ルーパー、及び針に関する動作線図である。
【
図4】
図1に示したミシンで行われる二重環縫いに関する説明図である。
【
図5】
図4に示した工程の後に行われる工程に関する説明図である。
【
図6】
図5に示した工程の後に行われる工程に関する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照しながら、本発明に係るミシンの一実施形態について説明する。以下の説明においては、便宜上、図面に示した右、左、前、後、上、下、及びX、Y、Zの向きで説明することとする。
【0020】
図1は、本発明に係るミシンを具現化したミシン1を示している。ミシン1には、後述する切替体12を含む天秤切替機構2(
図2参照)が搭載されている。そしてミシン1のアーム部1aには、不図示のミシンモータによって回転する上軸3が設けられ、ベッド部1bには、ミシンモータによって回転する不図示の下軸が設けられている。上軸3には、針(本実施形態では第一針4、第二針5、第三針6の3本で構成される)と天秤9が連結され、下軸には、ルーパー7と送り機構(不図示)が連結される。またミシン1には、糸コマに巻かれた第一針糸T1、第二針糸T2、第三針糸T3、ルーパー糸T4が取り付けられる。そして第一針糸T1、第二針糸T2、第三針糸T3は、糸調子器8、天秤9等を経由し、それぞれ第一針4、第二針5、第三針6の針孔に挿通される。またルーパー糸T4は、糸調子器8を経由した後、ルーパー7によって補足可能な位置で保持される。そしてミシンモータが回転して上軸3と下軸に連結する各要素が協働することにより、
図4~
図6に示した二重環縫いを行うことができる。
【0021】
本実施形態のミシン1及び天秤切替機構2に関する詳細な説明を行う前に、本発明者による二重環縫いの検討結果について説明する。
図4~
図6に示した二重環縫いに関して本発明者が検討を重ねたところ、薄手の布を縫製する場合、天秤9における針糸供給の位相を従来の二重環縫いでの動作よりも早める(天秤9が最上点から降下するタイミングを従来の動作よりも早める)と、縫い縮みの少ないふっくらとした縫目が得られるとの知見が得られた。二重環縫いにおける縫いのメカニズムは非常に複雑であって厳密な作用を把握するには至っていないが、
図6(b)に示した第一針4、第二針5、第三針6が降下して次の縫目が形成されるタイミング(ルーパー7が捉えた第一針糸T1、第二針糸T2、第三針糸T3がルーパー7から抜けるタイミング)において、天秤9が第一針4等の側へ第一針糸T1等を早く供給することで、初期に形成された縫目における針糸の量が増え、その増加した糸量は引き締め後も一部が残留するためにふっくらとした縫目が得られると予想される。なお
図6(b)は、第一針4等が最下点に位置している状態(
図4(a)に示す状態)での上軸3の角度を0°とした場合、上軸3が角度300°まで回転した状態である。一方、天秤9が上昇すると、供給した第一針糸T1等の一部が回収されて縫目が引き締めされるが、このタイミングまで早くなると、第一針糸T1等に過度の張力が働いて第一針糸T1等が切れる原因になる。このため、天秤9が上昇するタイミングは、縫製対象物の厚みによらず変更しない方がよいといえる。
【0022】
また二重環縫いが行われる際、ルーパー7は、縫製対象物である布に対して前後左右方向に移動するものの上下方向には移動しない。すなわち、縫製する布の厚みが変わっても、ルーパー糸T4の消費量は基本的には変化しない。一方、第一針4、第二針5、第三針6は、縫製する布に対し、それぞれの針孔に第一針糸T1、第二針糸T2、第三針糸T3を通した状態で上下方向に往来するため、縫製する布の厚みに応じて第一針糸T1等の消費量は変化する。従って、厚手の布を縫製する場合は、天秤9で供給する糸量を増やす、換言すると天秤9のストローク量を増やすことが有用であるといえる。
【0023】
図2に示した天秤切替機構2は、これらの知見に基づいて構成している。本実施形態の天秤切替機構2は、天秤9と、円筒カム10と、圧縮バネ11と、切替体12で構成されている。ただし、後述するように圧縮バネ11は必須ではない。
【0024】
天秤9は、板状になる本体部9aを備えている。本体部9aの一端部(左側端部)には、前方から後方に向けて突出するV字状の糸保持部9bが設けられている。糸保持部9bは、
図1に示すように第一針糸T1、第二針糸T2、第三針糸T3が掛けられてこれらを下方から保持する。また本体部9aの一端部には、円柱状をなし、後方から前方に向けて突出する接触部9cが設けられている。接触部9cは、円筒カム10における後述する左側カム面10b又は右側カム面10cに接触する。そして本体部9aの中間部(糸保持部9bと接触部9cとの間の部位)には、円柱状をなし、前方から後方に向けて突出する支点部9dが設けられている。支点部9dは、不図示のミシンフレームに回転可能に支持されていて、これにより本体部9aは、支点部9dを中心として糸保持部9bが上下動するように揺動する。なお図示は省略するが、天秤9は、不図示のバネによって図示した矢印の向き(後方から前方に向かう視点で反時計回り)に付勢されている。
【0025】
円筒カム10は、上軸3に対して周方向に回転不能且つ軸線方向にスライド可能に取り付けられている。このような機構として本実施形態では、上軸3にキー3aを設け、円筒カム10には、上軸3を挿通させる円形状の部位とキー3aを挿通させる矩形状の部位とを持つ開口部10aが設けられている。また円筒カム10の外周面には、2つのカム面(左側カム面10bと右側カム面10c)が設けられている。なお、左側カム面10bと右側カム面10cのカムプロファイルは、一部は同一である一方、一部は異なっている。ここで、カムプロファイルが同一であって、左側カム面10bと右側カム面10cとの外周面が完全に一致していて軸線方向に段差がない部位を無段差部10dと称し、カムプロファイルが異なっていて、左側カム面10bと右側カム面10cとの外周面がずれていて軸線方向に段差がある部位を段差部10eと称する。本実施形態では、左側カム面10bの方が右側カム面10cよりもカムリフト量が大きいため、段差部10eは、左側カム面10bの方が右側カム面10cよりも径方向外側に突出する向きで設けられている。
【0026】
圧縮バネ11は、本実施形態では円筒カム10の左側に位置するように上軸3に挿通され、円筒カム10を左から右に向かって付勢する。
【0027】
切替体12は、左右方向に延在し、左側端部と右側端部が下方に向けて延在するスライドプレート12aを備えている。スライドプレート12aの左側端部と右側端部は、図示したように逆U字状に形成されている。スライドプレート12aの上部には、
図1に示すようにミシン1のハウジングから露出する切替レバー12bが設けられている。切替体12は、
図2に示すように、上軸3に取り付けられた円筒カム10と圧縮バネ11を左側端部と右側端部で挟み込むようにして取り付けられる。
【0028】
このような天秤切替機構2は、
図1に示すように第一針糸T1、第二針糸T2、第三針糸T3が天秤9の糸保持部9bに掛けられて第一針糸T1等の張力が加わると、天秤9には、
図2に示す矢印の向き(後方から前方に向かう視点で反時計回り)にこれを回転させる力が作用する。ここで本実施形態の接触部9cは、円筒カム10の下方に位置していて、円筒カム10に対して下方から接触する。すなわち、円筒カム10は剛性の高い上軸3に設けられているため、第一針糸T1等の張力を、余裕を持って受け止めることができる。
【0029】
また本実施形態の天秤切替機構2において、接触部9cは、切替体12を左側に動かした状態で右側カム面10cに接触する。すなわちこの状態において糸保持部9bは、右側カム面10cに接触する接触部9cによって、右側カム面10cのカムプロファイルに対応して動作する。そして切替体12を右側に動かすと、円筒カム10は圧縮バネ11の付勢力によって右側に移動するため、接触部9cは、左側カム面10bに接触する。すなわちこの状態において糸保持部9bは、左側カム面10bのカムプロファイルに対応して動作する。従って、例えば右側カム面10cは薄手の布を縫製する場合に好適なプロファイルを採用し、左側カム面10bは厚手の布を縫製する場合に好適なカムプロファイルを採用しておけば、切替体12を動かすことによって、縫製対象物の厚みに応じた最適な条件で縫製を行うことができる。
【0030】
なお接触部9cが、右側カム面10cに接触している場合、切替体12を右側に動かすと、接触部9cが段差部10eに衝突することになる。しかし円筒カム10は、上軸3に対して軸線方向にスライド可能に取り付けられていて、また圧縮バネ11で付勢されているため、この状態で切替体12を右側に動かしても、圧縮バネ11が縮んで段差部10eが接触部9cに衝突する際の衝撃を吸収することができる。また上軸3の回転とともに円筒カム10も回転し、これにより段差部10eに接触していた接触部9cが無段差部10dに差し掛かるため、円筒カム10は圧縮バネ11の付勢力によって自動的に右側に移動する。すなわち、円筒カム10に複数のカムプロファイルを持たせる場合、カムリフト量によって段差部10eが設けられることがあるが、本実施形態のように構成することによって、切替時の不具合を防止することができる。
【0031】
ここで、本実施形態における左側カム面10bと右側カム面10cに関し、接触部9cが左側カム面10bに接触した状態での糸保持部9bの動作と、接触部9cが右側カム面10cに接触した状態での糸保持部9bの動作について、
図3の動作線図を参照しながら説明する。上述したようにミシンモータが回転すると、それに伴って上軸3と下軸が回転するため、上軸3に連結する第一針4、第二針5、第三針6、及び天秤9と、下軸に連結するルーパー7と送り機構は、
図3の動作線図に示したように、所定のタイミングで且つ所定のストロークで移動する。なお
図3に示した天秤上下位置の動作線図において、破線は、従来の二重環縫いでの糸保持部9bの上下位置を示している。また一点鎖線は、接触部9cが左側カム面10bに接触した状態での糸保持部9bの上下位置を示していて、実線は、接触部9cが右側カム面10cに接触した状態での糸保持部9bの上下位置を示している。
【0032】
上述したように本発明者による検討によって、二重環縫いを行う際に縫製対象物が薄い場合には、糸保持部9bにおける針糸供給の位相を早めることが好適であることが認められている。また糸保持部9bが上昇するタイミングは、縫製対象物の厚みによらず変更しない方が好適である。そこで本実施形態においては、右側カム面10cに薄手の布を縫製する場合に好適なプロファイルを採用し、切替体12を右側に動かすことによって、糸保持部9bが
図3の天秤上下位置における実線に沿って動作するようにしている。すなわちこの場合は、
図3において破線で示した従来の二重環縫いに対して糸保持部9bが下降するタイミングのみが早まるため、薄手の縫製対象物を好適に縫製することができる。
【0033】
一方、二重環縫いにおいて縫製対象物が厚い場合には、上述したように、糸保持部9bのストローク量は従来のストローク量よりも増やす一方、糸保持部9bが上昇するタイミングは変更しない方が好適である。本実施形態の左側カム面10bは、厚手の布を縫製する場合に好適なプロファイルを採用し、切替体12を左側に動かすことによって、糸保持部9bが
図3の天秤上下位置における一点鎖線に沿って動作するようにしている。すなわちこの場合は、
図3において破線で示した従来の二重環縫いにおけるストローク量S対して糸保持部9bのストローク量S1のみが増えるため、厚手の縫製対象物を好適に縫製することができる。
【0034】
以上、本発明を具現化した実施形態について例示したが、本発明は係る特定の実施形態に限定されるものではなく、上記の説明で特に限定しない限り、特許請求の範囲に記載された本発明の趣旨の範囲内において、種々の変形・変更が可能である。また、上記の実施形態における効果は、本発明から生じる効果を例示したに過ぎず、本発明による効果が上記の効果に限定されることを意味するものではない。
【0035】
例えば本実施形態の天秤切替機構2は、切替時の接触部9cと段差部10eとの衝突を防止するため圧縮バネ11を設けていた。しかし例えば、段差部10eを緩やかに形成する、つまり段差部10eを傾斜させるなどの他の衝突防止の手段を用いることで、圧縮バネ11を不要とすることが可能である。
【0036】
例えば本実施形態の天秤9の支点部9dは、本体部9aの中間部(糸保持部9bと接触部9cとの間の部位)に設けられていたが、本体部9aにおける糸保持部9bを設けた側とは逆側の端部に設けて本体部9aの中間部に接触部9cを設ける(糸保持部9bと支点部9dとの間に接触部9cを設ける)ように構成してもよい。なおこの場合、糸保持部9bに作用する第一針糸T1等の張力を考慮して、接触部9cは、円筒カム10の上方に位置するように構成することが好ましい。
【0037】
また本実施形態の円筒カム10は、左側カム面10b及び右側カム面10cの2つのカム面を有していたが、カム面は3つ以上でもよい。また本実施形態においては、左側カム面10bの方が右側カム面10cよりもカムリフト量が大きくなるように構成したが、右側カム面10cの方が大きくなるように構成してもよい。なお、右側カム面10cのカムリフト量の方が大きい場合、段差部10eを考慮して、圧縮バネ11は円筒カム10の右側に位置するように構成することが好ましい。
【符号の説明】
【0038】
1:ミシン
2:天秤切替機構
3:上軸
9:天秤
9b:糸保持部
9c:接触部
9d:支点部
10:円筒カム
10b:左側カム面
10c:右側カム面
12:切替体