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  • 特許-パイル布帛、及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-18
(45)【発行日】2024-12-26
(54)【発明の名称】パイル布帛、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D04B 1/02 20060101AFI20241219BHJP
   D03D 27/00 20060101ALI20241219BHJP
   D06C 11/00 20060101ALI20241219BHJP
【FI】
D04B1/02
D03D27/00 B
D06C11/00 Z
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021567155
(86)(22)【出願日】2020-12-04
(86)【国際出願番号】 JP2020045222
(87)【国際公開番号】W WO2021131610
(87)【国際公開日】2021-07-01
【審査請求日】2023-10-20
(31)【優先権主張番号】P 2019233718
(32)【優先日】2019-12-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】平井 悠佑
(72)【発明者】
【氏名】田岡 伸崇
(72)【発明者】
【氏名】新林 寛之
(72)【発明者】
【氏名】徳本 裕幸
【審査官】緒形 友美
(56)【参考文献】
【文献】特開昭56-107044(JP,A)
【文献】特開昭53-045488(JP,A)
【文献】特開平04-136241(JP,A)
【文献】特開平05-140860(JP,A)
【文献】国際公開第2020/012343(WO,A1)
【文献】特開2007-002343(JP,A)
【文献】特開平10-168704(JP,A)
【文献】特表2015-523470(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D04B 1/00-39/00
D03D 27/00
D06C 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
長パイル部の平均パイル長と短パイル部の平均パイル長の差が2mm以上であるパイル布帛であって、
前記長パイル部及び短パイル部は、それぞれ60重量%以上の捲縮を有するポリエステル系繊維を含み、
前記長パイル部に用いるポリエステル系繊維の捲縮除去温度は、前記短パイル部に用いるポリエステル系繊維の捲縮除去温度より低く、
前記短パイル部に用いるポリエステル系繊維は、捲縮除去温度が90℃以上120℃以下であり、
前記捲縮除去温度は以下の数式(1)を満たす最低温度であることを特徴とする、パイル布帛。
(A-B)/A×100<3(%) (1)
但し、前記式(1)において、
はポリエステル系繊維の繊維束に、1dtexあたり4mgの荷重をかけた状態で所定の温度下で60秒乾熱処理を行った後に、1dtexあたり4mgの荷重がかかっている状態の繊維束の長さを示し、
はポリエステル系繊維の繊維束に、1dtexあたり4mgの荷重をかけた状態で所定の温度下で60秒乾熱処理を行った後に、荷重を取り除いたときの繊維束の長さを示す。
【請求項2】
前記長パイル部のポリエステル系繊維の捲縮除去温度が90℃以下であることを特徴とする、請求項1に記載のパイル布帛。
【請求項3】
前記短パイル部の単繊維繊度が1dtex以上10dtex以下であることを特徴とする、請求項1又は2に記載のパイル布帛。
【請求項4】
前記長パイル部の単繊維繊度が10dtex以上40dtex以下であることを特徴とする、請求項1~3のいずれかに記載のパイル布帛。
【請求項5】
前記パイル布帛は、短パイル部をパイル部全体の50重量%以上95重量%以下、及び長パイル部をパイル部全体の5重量%以上50重量%以下含む、請求項1~4のいずれかに記載のパイル布帛。
【請求項6】
前記長パイル部に用いるポリエステル系繊維の捲縮除去温度と前記短パイル部に用いるポリエステル系繊維の捲縮除去温度の差は、10℃以上である、請求項1~5のいずれかに記載のパイル布帛。
【請求項7】
請求項1~のいずれかに記載のパイル布帛の製造方法であって、
90℃以上160℃以下の温度でポリッシングを行うことを特徴とする、パイル布帛の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリエステル系繊維を用いたパイル布帛、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
人工毛皮のパイル布帛(立毛布帛とも称される。)は、従来から天然毛皮と同等の風合いや光沢が求められている。ポリエステル系繊維は、コシ感や低コールドセット性に優れていることから、パイル布帛への適応が検討されている。コールドセットとは、変形状態で保管等した場合に、室温で変形状態のまま形状が固定されてしまうことを言う。パイル布帛の場合、運搬時等に圧縮梱包すると梱包時の形状が固定されてしまい、梱包前の風合いに戻りにくいことがあり、低コールドセット性が求められている。ポリエステル系繊維は優れた低コールドセット性を有しているため、圧縮梱包しても毛並みは激しく乱れにくいため商品性が大きく損なわれにくい。しかし、ポリエステル系繊維を用いたパイル布帛は、ボリューム感や梱包回復性に優れているものの、通常用いられているアクリル系繊維のポリッシング温度では、パイル布帛作製時のポリッシング処理が不十分となり、ポリエステル系繊維の捲縮が十分に除去されず、パイル繊維同士のからまりでゴワゴワな触感となり、さらには毛割れが生じて、触感と外観共に天然毛皮とは乖離がある。
【0003】
そこで、特許文献1では、繊維断面、繊度、繊維長、捲縮数、捲縮率及び捲縮堅牢度等を調整することでポリエステル系繊維の捲縮除去性を改善することが提案されている。特許文献2では、製糸工程において、1~7%の制限収縮条件下で160~230℃の熱処理を施した後に捲縮を付与することで、ポリエステル系繊維のポリッシング処理での捲縮除去性を改善することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開昭60-162857号公報
【文献】特開平5-140860号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、ポリエステル系繊維を用いたパイル布帛のポリッシングには、いまだ200℃近い高い温度が必要であり、捲縮除去性の向上には課題が残っている。
また、パイル布帛における長パイル部は、人の肌に触れることから手触りを良くするために捲縮をなるべく除去する必要がある。一方、短パイル部はパイル布帛全体にボリューム感を与える役割を担うため、捲縮除去性を有しつつも、捲縮は適度に残留している必要がある。しかしながら、ボリューム感と梱包回復性を担保しつつ、優れた捲縮除去性を有するパイル布帛は知られていないのが現状であり、改善の余地があった。
【0006】
本発明は、上記従来の課題を解決するため、長パイル部と短パイル部を有し、良好な外観、ボリューム感、及び梱包回復性を備え、さらに優れた捲縮除去性を有するパイル布帛、及びその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、1以上の実施形態において、長パイル部の平均長さと短パイル部の平均長さとの差が2mm以上であるパイル布帛であって、前記長パイル部及び短パイル部は、それぞれ60重量%以上の捲縮を有するポリエステル系繊維を含み、前記長パイル部に用いるポリエステル系繊維の捲縮除去温度は、前記短パイル部に用いるポリエステル系繊維の捲縮除去温度より低く、前記短パイル部に用いるポリエステル系繊維の捲縮除去温度が90℃以上120℃以下であり、前記捲縮除去温度は以下の数式(1)を満たす最低温度であることを特徴とするパイル布帛に関する。
(A-B)/A×100<3(%) 式(1)
ただし、前記式(1)において、
Aは短パイル部に用いるポリエステル系繊維の繊維束に、1dtexあたり4mgの荷重をかけた状態で所定の温度下で60秒乾熱処理を行った後に、1dtexあたり4mgの荷重がかかっている状態の繊維束の長さを示し、
Bは短パイル部に用いるポリエステル系繊維の繊維束に、1dtexあたり4mgの荷重をかけた状態で所定の温度下で60秒乾熱処理を行った後に、荷重を取り除いたときの繊維束の長さを示す。
【0008】
本発明は、また、1以上の実施形態において、前記パイル布帛の製造方法であって、90℃以上160℃以下の温度でポリッシングを行うことを特徴とするパイル布帛の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明及び本発明の製造方法によれば、長パイル部と短パイル部を有し、良好な外観、ボリューム感、及び梱包回復性を備え、さらに優れた捲縮除去性を有するパイル布帛を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、パイル布帛の外観評価基準を説明する説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、長パイル部と短パイル部を含むパイル布帛において、長パイル部と短パイル部のそれぞれを構成する繊維の主成分としてポリエステル系繊維を用い、かつ、該ポリエステル系繊維の捲縮除去性を適度に調整することで、触感、ボリューム感、及び梱包回復性に優れたパイル布帛が得られることを見出した。
【0012】
本発明の1以上の実施形態において、単に「ポリエステル系繊維」と記載した時は、長パイル部、及び短パイル部の両方のポリエステル系繊維を示すものとする。また、「長パイル部のポリエステル系繊維」または「短パイル部のポリエステル系繊維」と記載したときは、長パイル部及び短パイル部それぞれのポリエステル系繊維を示すものとする。
【0013】
<パイル布帛>
パイル布帛における長パイル部及び短パイル部は、それぞれ60重量%以上の捲縮を有するポリエステル系繊維を含む。本発明において、パイル部とは、パイル布帛の基布(地組織とも称される。)部分を除く立毛部分をいう。ボリューム感、及び梱包回復性の観点から、長パイル部及び短パイル部のそれぞれにおいて、ポリエステル系繊維をパイル部全体の60重量%以上含有し、70重量%以上含有することが好ましく、80重量%以上含有することがより好ましい。以下において、パイル部を構成する繊維をパイル繊維とも記す。
【0014】
上記パイル布帛は、パイル長が異なる長パイル部及び短パイル部を含み、長パイル部の平均パイル長と短パイル部の平均パイル長の差が2mm以上である。これにより、天然毛皮に近似した二層構造を実現することができる。上記パイル布帛において、長パイル部の平均パイル長と短パイル部の平均パイル長の差が5mm以上50mm以下であることが好ましい。
【0015】
上記パイル布帛は、上記長パイル部及び短パイル部に加え、さらに中パイル部を含んでも良い。中パイル部を含むことにより、より天然毛皮に近い外観を付与することが可能である。このような実施形態においても、長パイル部と短パイル部の平均パイル長の差は2mm以上であればよいが、より明確な二層構造の外観を得るため、5mm以上50mm以下であることが好ましく、10mm以上50mm以下であることがさらに好ましい。
【0016】
本発明の1以上の実施形態において、中パイル部も、ポリエステル系繊維をパイル部全体の60重量%以上含有することが好ましく、70重量%以上含有することがより好ましく、80重量%以上含有することがさらに好ましい。
【0017】
本発明の1以上の実施形態において、平均パイル長とは、パイル布帛のパイル部を構成している繊維を毛並みが揃うように垂直に立たせ、各パイル部において、パイル部を構成している繊維の根元(パイル布帛表面の根元)からパイルの先端部までの長さの測定を10カ所について行ない、その平均値で表わしたものである。
【0018】
本発明の1以上の実施形態において、パイル長が異なるパイル部が複数存在する場合、平均パイル長が最も長いパイル部が長パイル部となり、平均パイル長が最も低いパイル部が短パイル部となる。なお、「パイル長が異なるパイル部」とは、各々のパイル部の平均パイル長の差が2mm以上であることを意味する。
【0019】
パイル部は、上記ポリエステル系繊維に加えて他の繊維、例えば、アクリル系繊維、塩化ビニル系繊維等を含んでもよい。
【0020】
柔軟な風合いが得られる観点から、長パイル部は、アクリロニトリルを35重量%以上95重量%未満含有するアクリル系共重合体で構成されたアクリル系繊維を含むことが好ましい。上記ポリエステル系繊維と、アクリル系繊維を併用することで、良好な風合いを有し、かつへたり回復性・ボリューム感が良好なパイル布帛を提供できる。
【0021】
本発明の1以上の実施形態において、長パイル部は、ポリエステル系繊維を60重量%以上100重量%以下、アクリル系繊維を40重量%以下含んでもよく、ポリエステル系繊維を70重量%以上100重量%以下、アクリル系繊維を30重量%以下含んでもよく、ポリエステル系繊維を80重量%以上100重量%以下、アクリル系繊維を20重量%以下含んでもよい。
【0022】
上記アクリル系共重合体は、アクリロニトリルに加えて、アクリロニトリルと共重合可能なその他のモノマーを5重量%超え65重量%以下含むことが好ましい。その他のモノマーとしては、特に限定されないが、例えば、ハロゲン化ビニル、ハロゲン化ビニリデン及びスルホン酸含有モノマーの金属塩類からなる群から選ばれる一種以上のモノマーを用いることが好ましく、塩化ビニル、塩化ビニリデン及びスチレンスルホン酸ナトリウムからなる群から選ばれる一種以上のモノマーを用いることがより好ましい。
【0023】
本発明の1以上の実施形態において、パイル布帛は、90℃以上160℃以下の温度でポリッシングを行うこと以外は、通常のパイル布帛と同様の製造方法で作製することができる。例えば、パイル繊維で構成されたスライバーをスライバー編機にてパイル布帛(編み上がり生地と称す場合がある。)に編成し、90℃以上160℃以下の温度でプレポリッシングを行い、その後、90℃以上160℃以下の温度でポリッシングを行うことで捲縮を除去する。ポリッシングは、異なる温度で複数回行ってもよい。また、ポリッシング処理の前に、パイル繊維の毛抜け抑制や巾出しのため、パイル布帛の裏面(立毛部の反対面)にバッキング樹脂をコーティングしてもよい。上記バッキング樹脂としては、アクリル酸エステル系接着剤、ポリウレタン系接着剤等を使用することができる。また、必要に応じ、適宜プレシャーリング、シャーリングを行っても良い。
【0024】
<ポリエステル系繊維>
ポリエステル系繊維を構成するポリエステル系樹脂は、特に限定されず、例えば、ポリアルキレンテレフタレート及び/又はポリアルキレンテレフタレートを主体とする共重合ポリエステルを用いることができる。上記ポリアルキレンテレフタレートとしては、特に限定されず、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート等が挙げられる。中でも、熱特性の観点からポリエチレンテレフタレートが好ましい。上記ポリアルキレンテレフタレートを主体とする共重合ポリエステルとしては、特に限定されず、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート等のポリアルキレンテレフタレートを主体とし、他の共重合成分を含有する共重合ポリエステル等が挙げられる。中でも、分解温度(Tg)が比較的高く、取り扱い性に優れるためポリエチレンテレフタレートを主体とした共重合ポリエステルが好ましい。本発明において、「主体」とは、50モル%以上含有される成分のことを意味し、「ポリアルキレンテレフタレートを主体とする共重合ポリエステル」は、ポリアルキレンテレフタレートを50モル%以上含有する共重合ポリエステルをいう。好ましくは、「ポリアルキレンテレフタレートを主体とする共重合ポリエステル」は、ポリアルキレンテレフタレートを60モル%以上、より好ましくは70モル%以上、さらに好ましくは80モル%以上含有する。
【0025】
上記他の共重合成分としては、例えばイソフタル酸、オルトフタル酸、ナフタレンジカルボン酸、パラフェニレンジカルボン酸、トリメリット酸、ピロメリット酸、コハク酸、グルタル酸、アジピン酸、スべリン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカン二酸等の多価カルボン酸及びそれらの誘導体、5-ナトリウムスルホイソフタル酸、5-ナトリウムスルホイソフタル酸ジヒドロキシエチル等のスルホン酸塩を含むジカルボン酸及びそれらの誘導体、1,2-プロパンジオール、1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、ネオペンチルグリコール、1,4-シクロヘキサンジメタノール、ジエチレングリコール、ポリエチレングリコール、トリメチロールプロパン、ペンタエリスリトール、4-ヒドロキシ安息香酸、ε-カプロラクトン、ビスフェノールAのエチレングリコールエーテル等が挙げられる。これらの他の共重合成分は、一種を単独で用いてもよく、二種以上を併用してもよい。
【0026】
上記ポリアルキレンテレフタレートを主体とする共重合ポリエステルの具体例としては、例えば、ポリエチレンテレフタレートを主体とし、ビスフェノールAのエチレングリコールエーテル、1,4-シクロヘキサンジメタノール、イソフタル酸及び5-ナトリウムスルホイソフタル酸ジヒドロキシエチルからなる群から選ばれる一種以上の化合物を共重合したポリエステル等が挙げられる。
【0027】
上記ポリアルキレンテレフタレート及び上記ポリアルキレンテレフタレートを主体とする共重合ポリエステルは、単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。中でも、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、又はポリエチレンテレフタレートを主体とし、ビスフェノールAのエチレングリコールエーテルを共重合したポリエステル、ポリエチレンテレフタレートを主体とし、1,4-シクロヘキサンジメタノールを共重合したポリエステル、ポリエチレンテレフタレートを主体とし、イソフタル酸を共重合したポリエステル、及びポリエチレンテレフタレートを主体とし、5-ナトリウムスルホイソフタル酸ジヒドロキシエチルを共重合したポリエステル等を単独又は2種以上組み合わせて用いることが好ましい。
【0028】
上記ポリエステル系樹脂の固有粘度(IV値)は、特に限定されないが、0.3以上1.2以下であることが好ましく、0.4以上1.0以下であることがより好ましい。固有粘度が0.3以上であると、得られる繊維の機械的強度が低下しない。また、固有粘度が1.2以下であると、分子量が増大しすぎず、溶融粘度が高くなり過ぎることがなく、溶融紡糸が容易となるうえ、繊度も均一になりやすい。
【0029】
上記ポリエステル系繊維を構成するポリエステル系樹脂には、必要に応じて、例えば、艶消し剤、滑剤、抗酸化剤、着色顔料、安定剤、難燃剤、強化剤等の添加剤を添加してもよい。艶消し剤としては、例えば、二酸化チタン等が挙げられる。滑剤としては、例えば、シリカやアルミナ等の微粒子が挙げられる。
【0030】
ポリエステル系繊維の断面形状は、特に限定されず、円形でもよく、異形でもよい。異形としては、Y字形状、扁平形状等が挙げられる。扁平形状としては、例えば、楕円形状、長方形、扁平多葉形状、くびれ扁平形状等が挙げられる。くびれ扁平形状としては、例えば、まゆ型、4連団子形状、5連団子形状等のような円もしくは楕円が直線状に連なった形状等が挙げられる。
【0031】
パイル布帛のボリューム感を高める観点から、上記ポリエステル系繊維は、繊維断面の長辺の長さ(b)が繊維断面の短辺の長さ(a)より大きい扁平形状であることが好ましく、繊維断面の長辺の長さ(b)が繊維断面の短辺の長さ(a)の2倍以上であることがより好ましい。上記ポリエステル系繊維は、特に限定されないが、例えば、パイル布帛のボリューム感を高める観点から、繊維断面の長辺の長さ(b)が繊維断面の短辺の長さ(a)の8倍以下であることが好ましく、6倍以下であることがより好ましい。繊維断面の長辺とは、繊維断面の最大長さ、すなわち、繊維断面の外周の任意の二点を結んだ直線のうち、最大長となる線分である。繊維断面の短辺とは、繊維断面の最大幅、すなわち、繊維断面の長辺に対して垂直になるように繊維断面の外周の任意の二つの点を結んだ際、最大長となる二つの点を結ぶ線分である。なお、円形の場合は、繊維断面の長辺の長さ(b)が繊維断面の短辺の長さ(a)は同じとなる。
【0032】
ポリエステル系繊維は、捲縮(クリンプとも称される)を有する。捲縮は、ギアクリンプ法やスタフィングボックス法等の公知の捲縮付与方法で付与された捲縮を言い、特に限定されるものではない。上記ポリエステル系繊維の捲縮数は特に限定されない。例えば、嵩高性及びカード通過性の観点から、捲縮数は5ヶ/25mm以上18ヶ/25mm以下であることが好ましく、8ヶ/25mm以上14ヶ/25mm以下であることがより好ましい。本発明の1以上の実施形態において、捲縮数は、JIS L-1015に従い測定したものである。
【0033】
捲縮を有するポリエステル系繊維の形態は、特に限定されないが、例えば、フィラメント状態、ステープル状態、及びフィラメントが集合したトウ状態等が挙げられる。
【0034】
<短パイル部>
短パイル部のポリエステル系繊維は、捲縮除去温度が90℃以上120℃以下である。ここで、捲縮除去温度とは、以下の数式(1)を満たす最低温度のことをいう。
(A-B)/A×100<3(%) (1)
ただし、式(1)において、Aは上記ポリエステル系繊維の繊維束に、1dtexあたり4mgの荷重をかけた状態で所定の温度下で60秒乾熱処理を行った後に、1dtexあたり4mgの荷重がかかっている状態の繊維束の長さを示し、Bは同様の操作を行った後に、荷重を取り除いたときの繊維束の長さを示す。
【0035】
捲縮除去温度の具体的な測定方法は以下の通りである。まず、9000dtexの繊維束となるように束ねたポリエステル系繊維を、該繊維束の両端を試料長が約200mmになるように切り揃える。得られた繊維束を対流型熱風乾燥機内に垂直に吊るし、該繊維束の下端に重り36gを吊り下げる(1dtexあたり4mgの荷重をかける)。この状態で、50℃から10℃刻みで所定の温度下で60秒熱処理を行い、各々の熱処理後に、4mg/dtexの荷重がかかっている状態の繊維束の長さA及び荷重を取り除いた後の無荷重状態の繊維束の長さBを測定する。この操作を各温度で5回ずつ行い、A及びBの値の差をAで割った値の平均値が3%未満となる最低温度を捲縮除去温度とする。すなわち、捲縮除去温度は上記数式(1)を満たす最低温度である。
【0036】
上述の通り、短パイル部のポリエステル系繊維の捲縮除去温度は90℃以上120℃以下である。これにより、該短パイル部のポリエステル系繊維は、パイル布帛加工工程の一つであるポリッシング工程において、90℃以上160℃以下という比較的低い温度範囲下で程よく捲縮が除去され、具体的には、パイル布帛の立毛表層部の捲縮のみが除去されやすく、それゆえ、外観が良好であり、ボリューム感に優れたパイル布帛を得ることができる。捲縮除去温度が120℃を超える場合には、90℃以上160℃以下の低温下のポリッシング処理では捲縮除去が不十分でパイル繊維の捲縮がほとんど除去されず外観と触感が劣悪なパイル布帛となる。一方で、短パイル部のポリエステル系繊維の捲縮除去温度が90℃より低い場合には、90℃以上160℃以下の低温下のポリッシング処理でパイル繊維の捲縮がほとんど完全に除去されてしまい、ボリューム感に欠けたパイル布帛となる。
【0037】
また、短パイル部のポリエステル系繊維を耐圧容器内に3kPa以上20kPa以下の圧力をかけながら純水と共に充填し、98℃で60分間熱水処理をした場合において、熱水処理後のポリエステル系繊維の捲縮除去温度が90℃以上120℃以下であることが好ましい。上記ポリエステル系繊維が熱水処理後においても、捲縮除去温度が90℃以上120℃以下であると、熱水条件下での染色等の工程を経ても、90℃以上160℃以下の低温下のポリッシング工程において程よく捲縮が除去され、具体的には、パイル布帛の立毛表層部の捲縮のみが除去されやすく、それゆえ、外観が良好でありボリューム感に優れたパイル布帛を得ることができる。
【0038】
短パイル部のポリエステル系繊維は、特に限定されないが、例えば、単繊維繊度が12dtex以下であることが好ましく、より好ましくは10dtex以下、さらに好ましくは7dtex以下、特に好ましくは5dtex以下である。単繊維繊度が12dtexを超える場合は、ポリッシング処理において熱の伝わりが不十分となり、捲縮を程よく除去するにはポリッシングの回数を増加させることが求められる場合がある。また、ポリッシングの回数が増えることでソフトな風合いが損なわれる恐れがある。また、短パイル部のポリエステル系繊維は、特に限定されないが、毛さばき性の観点から、単繊維繊度が1dtex以上であることが好ましい。短パイル部がポリエステル系繊維に加えてその他の繊維を含む場合は、その他の繊維も、風合い及び捲縮除去性の観点から、単繊維繊度が12dtex以下であることが好ましく、より好ましくは10dtex以下、さらに好ましくは7dtex以下、特に好ましくは5dtex以下である。また、その他の繊維も、毛さばき性の観点から、単繊維繊度が1dtex以上であることが好ましい。
【0039】
上記短パイル部のポリエステル系繊維は、捲縮付与工程の前、捲縮付与工程の後、又は、捲縮付与工程の前後において、延伸糸に対して熱処理を行うことがないか;捲縮付与工程の前、捲縮付与工程の後、又は、捲縮付与工程の前後において、延伸糸に対して25℃以上120℃以下の温度で熱処理を行うか;或いは、捲縮付与工程の前に、延伸糸に対して100℃以上200℃以下の温度で熱処理を行い、かつ、捲縮付与工程の後に、延伸糸に対して25℃以上140℃以下の温度で熱処理を行うこと以外は、通常のポリエステル系繊維と同様の製造方法で作製することができる。
【0040】
「捲縮付与工程の前」とは、ポリエステル系繊維の延伸工程の終了から捲縮を付与する工程の開始までの期間を指し、「捲縮付与工程の後」とは捲縮を付与する工程の終了から最終的に捲縮を有するポリエステル系繊維を得るまでの期間を指す。例えば、「捲縮付与工程の後に、延伸糸に対して100℃で熱処理を行う」とあれば、100℃の熱処理は、捲縮を付与する工程の終了から最終的に捲縮を有するポリエステル系繊維を得るまでの間に行われる。捲縮付与工程の前後には熱処理工程以外の工程、例えば、油剤塗布工程や定長カット工程、巻返し工程等を含んでもよい。
【0041】
捲縮付与工程の前、捲縮付与工程の後、又は、捲縮付与工程の前後に、延伸糸に対して熱処理を行うことがないか、或いは、捲縮付与工程の前、捲縮付与工程の後、又は、捲縮付与工程の前後に、延伸糸に対して25℃以上120℃以下の温度で熱処理を行うことにより、捲縮付与工程の前や後にポリエステル系繊維の結晶化が促進されず、それゆえ、捲縮除去温度が90℃以上120℃以下のポリエステル系繊維を得ることができ、上述したとおり、該ポリエステル系繊維をパイル布帛の短パイル部に用いることで、該ポリエステル系繊維はパイル布帛加工工程の90℃以上160℃以下の低温下のポリッシング工程において程よく捲縮が除去され、具体的には、パイル布帛の立毛表層部の捲縮のみが除去されやすく、それゆえ、外観が良好であり、ボリューム感に優れたパイル布帛を得ることができる。
【0042】
ポリエステル系繊維の収縮率を低減する観点から、捲縮付与工程の前には熱処理を行わない場合、捲縮付与工程の後において、延伸糸に対して25℃以上120℃以下の温度で熱処理を行うことが好ましく、60℃以上110℃以下の温度で熱処理することがより好ましく、80℃以上110℃以下の温度で熱処理することがさらに好ましい。熱処理の時間は、特に限定されないが、例えば、10分以上50分以下であってもよい。具体的には、捲縮付与工程の後の熱処理は、60℃以上110℃以下の温度で10分以上50分以下行うことが好ましく、より好ましくは80℃以上110℃以下で20分以上40分以下行う。捲縮付与工程の後においてのみ延伸糸を熱処理する場合、熱処理の温度が120℃を超えると、ポリエステル系繊維に付与された捲縮が強固に固定されてしまい、ポリエステル系繊維の捲縮除去温度が120℃を超えることがある。熱処理の時間が50分以下であると、生産性や生産工程性が良好になる。
【0043】
一方、捲縮付与工程の前後において、延伸糸を熱処理する場合は、捲縮付与工程の前において、延伸糸に対して100℃以上200℃以下の温度で熱処理を行い、かつ、捲縮付与工程の後において、延伸糸に対して25℃以上140℃以下の温度で熱処理を行ってもよい。この場合、捲縮付与工程の前において、延伸糸に対して好ましくは100℃以上170℃以下、より好ましくは100℃以上150℃以下の温度で熱処理を行う。また、捲縮付与工程の後においては、25℃以上130℃以下で熱処理することが好ましく、25℃以上120℃以下で熱処理することがより好ましい。熱処理の時間は、特に限定されないが、捲縮付与工程の前は、例えば、10秒以上5分以下であってもよく、20秒以上4分以下であってもよく、捲縮付与工程の後は、例えば、5分以上40分以下であってもよく、10分以上30分以下であってもよい。捲縮付与工程の前後において、延伸糸を上述した条件で熱処理することで、得られるポリエステル系繊維の捲縮除去温度が低下する。特に、捲縮付与工程の前後において、上述した条件で延伸糸を熱処理した場合、得られたポリエステル系繊維は、熱水処理後においても、捲縮除去温度が90℃以上120℃以下になりやすく、熱水条件下での染色等の工程を経ても、90℃以上160℃以下の低温下のポリッシング工程において程よく捲縮が除去され、具体的には、パイル布帛の立毛表層部の捲縮のみが除去されやすく、それゆえ、外観が良好であり、ボリューム感に優れたパイル布帛を得ることができる。
【0044】
捲縮付与工程の前及び/又は捲縮付与工程の後において行う。熱処理は、乾熱処理であってもよく、湿熱処理であってもよい。工程が簡便であることから、乾熱処理であることが好ましい。例えば、均熱風乾燥機やサクション式の乾燥機等を用いて乾熱処理を行うことができる。上記熱処理は、緩和状態で行ってもよく、緩和率は特に限定されないが、例えば20%以下にしてもよい。
【0045】
<長パイル部>
長パイル部のポリエステル系繊維は、短パイル部のポリエステル系繊維に比べて捲縮除去温度が低い。長パイル部はパイル布帛の外層(表層)に位置し、人の肌に直接触れるため、より触感に影響を与える。このため、長パイル部の捲縮が残留していると、ゴワゴワとした触感となる。一方で、パイル布帛のボリューム感に与える影響は短パイル部に比べると小さい傾向にある。このような理由から、長パイル部のポリエステル系繊維の捲縮除去性は短パイル部のポリエステル系繊維よりも高い必要がある。言い換えると、長パイル部のポリエステル系繊維の捲縮除去温度は短パイル部のポリエステル系繊維より低い必要がある。長パイル部のポリエステル系繊維は、捲縮除去温度が110℃以下であることが好ましく、90℃以下であることがより好ましい。長パイル部のポリエステル系繊維の捲縮除去温度と短パイル部のポリエステル系繊維の捲縮除去温度の差は、例えば、10℃以上であることが好ましい。
【0046】
長パイル部のポリエステル系繊維を耐圧容器内に3kPa以上20kPa以下の圧力をかけながら純水と共に充填し、98℃で60分間熱水処理をした場合において、上記熱水処理後のポリエステル系繊維の捲縮除去温度は120℃未満であることが好ましく、110℃以下であることがより好ましく、90℃以下であることがさらに好ましい。
【0047】
長パイル部のポリエステル系繊維の捲縮除去温度が120℃未満であることにより、該長パイル部のポリエステル系繊維は、ポリッシング工程において、90℃以上160℃以下という比較的低い温度範囲下でよく捲縮が除去され、外観及び触感が良好なパイル布帛を得ることができる。捲縮除去温度が120℃以上である場合には、90℃以上160℃以下の低温下のポリッシング処理では捲縮除去が不十分でパイル繊維の捲縮がほとんど除去されず外観と触感が劣悪なパイル布帛となる。
【0048】
長パイル部において、ポリエステル系繊維は、特に限定されないが、例えば、天然毛皮に近似した二層構造の外観を発現しやすい観点から、単繊維繊度が10dtex以上50dtex以下であることが好ましく、より好ましくは15dtex以上40dtex以下である。長パイル部がポリエステル系繊維に加えてその他の繊維を含む場合は、他の繊維も、天然毛皮に近似した二層構造の外観を発現しやすい観点から、単繊維繊度が10dtex以上50dtex以下であることが好ましく、より好ましくは15dtex以上40dtex以下である。
【0049】
<中パイル部>
本発明の1以上の実施形態において、パイル布帛が中パイル部を含む場合、中パイル部に捲縮除去温度が120℃以下のポリエステル系繊維を用いることができる。
【0050】
ポリエステル系繊は、上述した工程以外は、特に限定されず通常のポリエステル系繊維と同様の製造方法で作製することができる。例えば、ポリエステル系樹脂、又はポリエステル系樹脂及び添加剤をドライブレンドしたポリエステル系樹脂組成物を種々の一般的な混練機を用いて溶融混練してペレット化した後、溶融紡糸することにより作製することができる。溶融紡糸は、押出機、ギアポンプ、口金などの温度(紡糸温度)を250℃以上300℃以下とし、溶融紡糸し、紡出糸条を加熱筒に通過させた後、ポリエステル系樹脂のガラス転移点以下に冷却し、50m/分以上4500m/分以下の速度で引き取ることにより紡出糸条(未延伸糸)が得られる。紡出糸条(未延伸糸)の延伸は、熱延伸で行うことができる。熱延伸における加熱手段としては、加熱ローラ、ヒートプレート、スチームジェット装置、温水槽などを使用することができ、これらを適宜併用することもできる。
【0051】
捲縮付与は、ギアクリンパーやスタフィングボックス式のクリンパー等の公知の捲縮付与装置で行うことができる。通常の捲縮付与時と同様に、予めポリエステル系繊維を軟化温度以上に加熱した状態で捲縮を付与することができる。予熱は、通常の捲縮付与時と同様に、湿熱、例えば85℃以上110℃以下のスチームで行うことができる。
【0052】
本発明の1以上の実施形態において、ポリエステル系繊維のヤング率は4.0GPa以上であることが好ましく、5.0GPa以上であることがより好ましい。ヤング率が高い程繊維の剛性が高くなり、パイル布帛のボリューム感が良好になるからである。
【0053】
本発明の1以上の実施形態において、パイル布帛は、外観、ボリューム感及び梱包回復性をより向上する観点から、短パイル部をパイル部全体の50重量%以上95重量%以下、及び長パイル部をパイル部全体の5重量%以上50重量%以下含むことが好ましく、短パイル部をパイル部全体の60重量%以上80重量%以下、及び長パイル部をパイル部全体の20重量%以上40重量%以下含むことがより好ましい。
【0054】
本発明の1以上の実施形態において、パイル布帛は、外観、ボリューム感及び梱包回復性をより向上する観点から、短パイル部をパイル部全体の50重量%以上95重量%以下、中パイル部をパイル全体の30重量%以下、及び長パイル部をパイル部全体の5重量%以上50重量%以下含んでもよく、短パイル部をパイル部全体の60重量%以上80重量%以下、中パイル部をパイル全体の30重量%以下、及び長パイル部をパイル部全体の20重量%以上40重量%以下含んでもよい。
【実施例
【0055】
以下、本発明の1以上の実施形態を、実施例及び比較例に基づいて具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0056】
まず、実施例及び比較例で用いた測定方法及び評価方法を説明する。
【0057】
(捲縮除去温度)
9000dtexの繊維束となるように束ねたポリエステル系繊維を、該繊維束の両端を試料長が約200mmになるように切り揃えた。得られた繊維束を対流型熱風乾燥機内に垂直に吊るし、該繊維束の下端に重り36gを吊り下げた(1dtexあたり4mgの荷重をかけた)。この状態で、50℃から10℃刻みで所定の温度下で60秒熱処理を行い、各々の熱処理後に、4mg/dtexの荷重がかかっている状態の繊維束の長さA及び荷重を取り除いた後の無荷重状態の繊維束の長さBを測定した。この操作を各温度で5回ずつ行い、A及びBの値の差をAで割った値の平均値が3%未満となる最低温度を捲縮除去温度とした。すなわち、捲縮除去温度は以下の数式(1)を満たす最低温度である。
(A-B)/A×100<3(%) (1)
【0058】
(捲縮除去性)
パイル布帛におけるパイル部の捲縮除去性を下記の5段階の基準で官能評価した。捲縮除去性の基準が3の場合、パイル布帛の立毛表層部のみの捲縮が除去されることになる。短パイル部はボリューム感と外観・触感を両立させる観点から適度な捲縮が残留していることが好ましく、捲縮除去性は3であることが好ましい。長パイル部は外観・触感の観点から捲縮がすっきりと除去されていることが好ましく、捲縮除去性は5であることが好ましい。中パイル部は3乃至4であることが好ましい。
5:パイル繊維の方向性が整っており、パイル繊維の根元から先端まですっきりと捲縮が除去されている。
4:パイル繊維の方向性が整っており、パイル繊維の中腹部まですっきりと捲縮が除去されている。
3:パイル繊維の方向性が整っており、パイル繊維の先端のみすっきりと捲縮が除去されている。
2:パイル繊維の方向性は整っているが、捲縮は全く除去されていない。
1:パイル繊維の方向性は整っておらず、捲縮は全く除去されていない。
【0059】
(ボリューム感)
パイル布帛のボリューム感を下記の基準で評価した。図1に、それぞれの基準の参考写真を示した。具体的には、図1において、(a)はボリューム感が良好の場合の参考写真であり、(b)はボリューム感が不良の場合の参考写真である。
良好:二枚のパイル布帛の立毛部分を重ね合わせ、300Paの圧力をかけたときのパイル布帛の厚みが圧力をかける前のパイル布帛の厚みの約60%以上であり、ボリューム感が十分である。
不良:二枚のパイル布帛の立毛部分を重ね合わせ、300Paの圧力をかけたときのパイル布帛の厚みが圧力をかける前のパイル布帛の厚みの約60%未満であり、ボリューム感が不十分である。
【0060】
(外観)
パイル布帛を立毛部(パイル部)の表面から観察し、下記の基準で官能評価した。
良好:パイル布帛の表面が滑らかに見える。
不良:パイル布帛が割れて見える。
【0061】
(梱包回復性)
パイル布帛を重さ53g、正方形の形状に切り取った。得られた布帛片を0.28Lの円柱形状の容器に詰め込み常温で静置した。24時間後、その布帛片を容器から取り出し、梱包回復性を下記の基準で評価した。
良好:詰め込み前の布帛片と比べ、外観上違いがない。
不良:布帛片に下記のいずれかの状態が確認される。
(1)立毛部分が折れ曲がっている。
(2)立毛部分が倒れており、立毛していない。
(3)立毛部分が割れて見える。
【0062】
<ポリエステル系繊維(PET繊維)の作製>
(パイル布帛用原綿1A)
固有粘度(IV値)が0.75のポリエチレンテレフタレート(PET;ベルポリエステル社製、EFG-70)を用い、通常の紡糸機により、5連櫛型断面、穴数150個の紡糸口金を用いて、紡糸温度285℃、180m/分の速度で紡糸を行い、単繊維繊度50dtexの未延伸糸を得た。この際、PET100重量部に艶消し剤として酸化チタン2重量部とメラミン変性シリカ0.5重量部が添加されていた。次いで90℃に設定した均熱風型延伸機中で500%延伸し、そのまま150℃に設定した均熱風型熱処理機中で1分間、3%の制限収縮を加えつつ熱処理し、熱処理糸を得た。この熱処理糸を適当な繊度に合糸した後、スタフィングボックス式のクリンパーにて98℃の予熱を経て捲縮を付与し、100℃に設定された均熱風乾燥機中で緩和率が15%以下の緩和状態で30分間熱処理して5連団子型断面を有する単繊維繊度が10dtexの捲縮糸を得た。最後に、この捲縮糸を51mmにカットし、パイル布帛用原綿1Aを得た。原綿1Aの捲縮除去温度は100℃であった。
【0063】
(パイル布帛用原綿1B)
パイル布帛用原綿1Aと同様の方法でパイル布帛用原綿1Bを得た。ただし、紡糸においては穴数200個のY字型断面を有する紡糸口金を用い、220m/分の巻取り速度にして単繊維繊度が31dtexの未延伸糸を得た。また、延伸倍率は420%に、捲縮付与後の熱処理温度は80℃に設定し、最終的にY字断面を有する単繊維繊度が7dtexのパイル用原綿1B(カット長51mm)を得た。原綿1Bの捲縮除去温度は90℃であった。
【0064】
(パイル布帛用原綿1C)
パイル布帛用原綿1Aと同様の方法でパイル布帛用原綿1Cを得た。ただし、穴数80個のまゆ型断面を有する紡糸口金を用い、150m/分の巻取り速度で紡糸した。また、PETには酸化チタン2部、変性シリカ0.5部に加え、茶色系の顔料コンパウンド4部が含まれていた。さらに、延伸倍率は415%に、延伸後捲縮付与前の熱処理温度は180℃に設定し、捲縮付与後の熱処理は行わなかった。最終的にまゆ型断面を有する、単繊維繊度が35dtexの捲縮糸を得、これを102mmにカットしてパイル布帛用原綿1Cを得た。原綿1Cの捲縮除去温度は80℃であった。
【0065】
(パイル布帛用原綿1D)
均熱風型延伸機中で延伸後、捲縮付与前に熱処理を行わず、捲縮付与後に、150℃に設定された均熱風乾燥機中で30分間熱処理した点以外は、実施例1と同様にして、5連団子型断面を有する単繊維繊度が10dtexの捲縮糸を得た。原綿1Dの捲縮除去温度は150℃であった。
【0066】
(パイル布帛用原綿1E)
パイル布帛用原綿1Aと同様の方法でパイル布帛用原綿1Eを得た。ただし、紡糸においては穴数150個の4連櫛形型断面を有する紡糸口金を用い、400m/分の巻取り速度にして単繊維繊度が18dtexの未延伸糸を得た。また、延伸倍率は400%に、捲縮付与後の熱処理を15分間行い、最終的に4連団子断面を有する単繊維繊度が4.5dtexのパイル用原綿1Eを得た。原綿1Eの捲縮除去温度は100℃であった。
【0067】
(パイル布帛用原綿1F)
パイル布帛用原綿1Aと同様の方法でパイル布帛用原綿1Fを得た。ただし、穴数35個の5連櫛形断面を有する紡糸口金を用い、170m/分の巻取り速度で紡糸した。また、PETには酸化チタン2部、変性シリカ0.5部に加えた。さらに、延伸倍率は510%に、延伸後捲縮付与前の熱処理温度は210℃に設定し、捲縮付与後の熱処理は行わなかった。最終的に5連団子型断面を有する、単繊維繊度が35dtexの捲縮糸を得、これを102mmにカットしてパイル布帛用原綿1Fを得た。原綿1Fの捲縮除去温度は80℃であった。
【0068】
<アクリル系繊維>
(アクリル系繊維1)
商品名「カネカロン(登録商標)RCL」(株式会社カネカ製、アクリル系繊維、軟化点180~190℃、繊度12dtex、カット長76mm)を使用した(以下において、単にRCLと記す)。
(アクリル系繊維2)
商品名「カネカロン(登録商標)ELP」(株式会社カネカ製、アクリル系繊維、軟化点180~190℃、繊度27dtex、カット長102mm)を使用した(以下において、単にELPと記す)。
(アクリル系繊維3)
商品名「カネカロン(登録商標)AH」(株式会社カネカ製、アクリル系繊維、軟化点180~190℃、繊度3.3dtex、カット長51mm)を使用した(以下において、単にAHと記す)。
【0069】
<パイル布帛の作製>
(実施例1)
上記で得られたパイル布帛用原綿1A、1B、及び1Cを、50:20:30の重量比で使用してスライバーを作製し、スライバー編み機にてパイル布帛を作製した。短パイル部として原綿1A及び1B、長パイル部として原綿1Cを用いた。次いで、120℃でプレポリッシング処理を行い、布帛裏面にアクリル酸エステル系接着剤でバックコーティングして巾出し処理を行った。次いで、160℃で3回、130℃で3回、及び100℃で3回ポリッシング処理を行い目付約1600g/m2のパイル布帛を得た。
【0070】
(実施例2)
パイル布帛用原綿として、パイル布帛用原綿1E、及び1Fを70:30の重量比で用いた以外は、実施例1と同様にして目付約2000g/m2のパイル布帛を作製した。短パイル部として原綿1E、長パイル部として原綿1Fを用いた。
【0071】
(比較例1)
パイル布帛用原綿として、パイル布帛用原綿1A、1B、RCL、及びELPを35:15:20:30の重量比で用い、中パイル部としてRCL、長パイル部としてELPを用いたた以外は、実施例1と同様にして目付約1730g/m2のパイル布帛を作製した。
【0072】
(比較例2)
パイル布帛用原綿として、パイル布帛用原綿1D、及びELPを70:30の重量比で用い、短パイル部として原綿1D及び長パイル部としてELPを用いた以外は、実施例1と同様にして目付約1540g/m2のパイル布帛を作製した。
【0073】
(比較例3)
パイル布帛用原綿として、パイル布帛用原綿AH、RCL、及びELPを50:20:30の重量比で用い、短パイル部としてAH、中パイル部としてRCL、長パイル部としてELPを用いた以外は、実施例1と同様にして目付約1540g/m2のパイル布帛を作製した。
【0074】
実施例及び比較例において、得られたパイル布帛の捲縮除去性、外観、梱包回復性、及びボリューム感を上述したとおりに評価した。これらの結果を下記表1に示す。
【0075】
【表1】
【0076】
上記表1から分かるように、長パイル部及び短パイル部共に、所定の捲縮除去温度を有するPET繊維を使用した実施例1及び2のパイル布帛は、捲縮除去性、外観、ボリューム感、及び梱包回復性のすべてが良好であった。
【0077】
短パイル部に所定の捲縮除去温度を有するPET繊維を使用したが、長パイル部にアクリル系繊維であるRCL、及びELPのみを用いた比較例1の布帛は、捲縮除去性、外観、及びボリューム感は良好であったが、梱包回復性が不良となった。短パイル部に捲縮除去温度が150℃のPET繊維を用いた比較例2のパイル布帛では、短パイル部の捲縮除去性は1となり、パイル布帛内において捲縮が除去できていなかった。この結果、外観、及び梱包回復性が不良となった。長パイル部及び短パイル部ともにアクリル系繊維を用いた比較例3では、捲縮除去性、及び外観は良好であったが、ボリューム感、及び梱包回復性が不良となった。
【0078】
本発明は、1以上の実施形態において、以下のように構成されてもよい。
[1] 長パイル部の平均パイル長と短パイル部の平均パイル長の差が2mm以上であるパイル布帛であって、
前記長パイル部及び短パイル部は、それぞれ60重量%以上の捲縮を有するポリエステル系繊維を含み、
前記長パイル部に用いるポリエステル系繊維の捲縮除去温度は、前記短パイル部に用いるポリエステル系繊維の捲縮除去温度より低く、
前記短パイル部に用いるポリエステル系繊維は、捲縮除去温度が90℃以上120℃以下であり、
前記捲縮除去温度は以下の数式(1)を満たす最低温度であることを特徴とする、パイル布帛。
(A-B)/A×100<3(%) (1)
但し、前記式(1)において、
Aは短パイル部に用いるポリエステル系繊維の繊維束に、1dtexあたり4mgの荷重をかけた状態で所定の温度下で60秒乾熱処理を行った後に、1dtexあたり4mgの荷重がかかっている状態の繊維束の長さを示し、
Bは短パイル部に用いるポリエステル系繊維の繊維束に、1dtexあたり4mgの荷重をかけた状態で所定の温度下で60秒乾熱処理を行った後に、荷重を取り除いたときの繊維束の長さを示す。
[2] 前記長パイル部のポリエステル系繊維の捲縮除去温度が90℃以下であることを特徴とする、[1]に記載のパイル布帛。
[3] 前記短パイル部の単繊維繊度が1dtex以上10dtex以下であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載のパイル布帛。
[4] 前記長パイル部の単繊維繊度が10dtex以上40dtex以下であることを特徴とする、[1]~[3]のいずれかに記載のパイル布帛。
[5] 前記パイル布帛は、短パイル部をパイル部全体の50重量%以上95重量%以下、及び長パイル部をパイル部全体の5重量%以上50重量%以下含む、[1]~[4]のいずれかに記載のパイル布帛。

[6] [1]~[5]のいずれかに記載のパイル布帛の製造方法であって、90℃以上160℃以下の温度でポリッシングを行うことを特徴とする、パイル布帛の製造方法。
図1