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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-19
(45)【発行日】2024-12-27
(54)【発明の名称】バイオフィルム形成を評価する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/00 20060101AFI20241220BHJP
【FI】
G01N33/00 D
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022503601
(86)(22)【出願日】2021-02-22
(86)【国際出願番号】 JP2021006609
(87)【国際公開番号】W WO2021172266
(87)【国際公開日】2021-09-02
【審査請求日】2024-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2020030748
(32)【優先日】2020-02-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「感染症実用化研究事業 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」「侵襲性酵母感染症の病原性解明と疫学・診断法・制御法の研究」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】505082350
【氏名又は名称】学校法人 明治薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100140992
【弁理士】
【氏名又は名称】松浦 憲政
(74)【代理人】
【識別番号】100170069
【弁理士】
【氏名又は名称】大原 一樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128635
【弁理士】
【氏名又は名称】松村 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100083116
【弁理士】
【氏名又は名称】松浦 憲三
(72)【発明者】
【氏名】松本 靖彦
(72)【発明者】
【氏名】杉田 隆
【審査官】白形 優依
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-189655(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0132796(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2019/0282673(US,A1)
【文献】SILVA, R. C. et al.,Alternative method in Galleria mellonella larvae to study biofilm infection and treatment,Microbial Pathogenesis,2019年09月20日,Vol.137, Article 103756,pp.1-5
【文献】YONEMOTO, K. et al.,Redundant and Distinct Roles of Secreted Protein Eap and Cell Wall-Anchored Protein SasG in Biofilm Formation and Pathogenicity of Staphylococcus aureus,Infection and Immunity,2019年03月25日,Vol.87, no.4, Article e00894-18,pp.1-15
【文献】HAMAMOTO, H. et al.,Quantitative Evaluation of the Therapeutic Effects ofAntbiotics UsingSilkworms Infected with Human Pathogenic Microorganisms,ANTIMICROBIAL AGENTS AND CHEMOTHERAPY,Vol.48, No.3,2004年03月,pp.774-779
【文献】ZUFFEREY, J. et al.,Simple Method for Rapid Diagnosis of Catheter-Associated Infection by Direct Acridine Orange Staining of Catheter Tips,JOURNAL OF CLINICAL MICROBIOLOGY,Vol.26, No.2,1988年02月,pp.175-177
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
A01K 67/00 - 67/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カイコガ科の幼虫である無脊椎動物を用いた、医療器具材料へのバイオフィルム形成を評価する方法であって、
前記医療器具材料を前記無脊椎動物の腹部の胸部から2体節目にある半月紋付近から前記無脊椎動物の腸管に沿って皮下と腸管の間に挿入するステップと、
前記医療器具材料が挿入された前記無脊椎動物に真菌を感染させるステップと、
前記無脊椎動物に抗菌薬を投与するステップと、
前記無脊椎動物から前記医療器具材料を取り出すステップと、
前記医療器具材料の表面のバイオフィルム形成を評価するステップであって、前記抗菌薬の評価を含むステップと、
を有するバイオフィルム形成を評価する方法。
【請求項2】
前記無脊椎動物に前記医療器具材料を挿入した後、所定時間、前記無脊椎動物内に前記医療器具材料を留めておく請求項に記載のバイオフィルム形成を評価する方法。
【請求項3】
前記医療器具材料は、カテーテルである請求項1又は2に記載のバイオフィルム形成を評価する方法。
【請求項4】
前記無脊椎動物は、5齢となったカイコガ科の幼虫である無脊椎動物である請求項1から3のいずれか1項に記載のバイオフィルム形成を評価する方法。
【請求項5】
前記医療器具材料の太さは、前記無脊椎動物の胴体の太さの1/5以下である請求項1から4のいずれか1項に記載のバイオフィルム形成を評価する方法。
【請求項6】
前記バイオフィルム形成を評価するステップは、染色法により行う請求項1からのいずれか1項に記載のバイオフィルム形成を評価する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はバイオフィルム形成を評価する方法、及び、バイオフィルム形成の評価に用いられる無脊椎動物に係り、特に、無脊椎動物を用いた生体内でのバイオフィルム形成を評価する方法、及び、バイオフィルム形成の評価に用いられる無脊椎動物に関する。
【0002】
なお、本発明は、令和2年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、「感染症実用化研究事業 新興・再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業」「侵襲性酵母感染症の病原性解明と疫学・診断法・制御法の研究」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願である。
【背景技術】
【0003】
例えば、真菌のCandida albicans(以下、C. albicansと略す)は、血液感染症を引き起こす病原真菌であり、免疫不全患者に全身性の重篤な真菌症を引き起こす。カテーテルなどの医療器具が挿入されている患者のカテーテル表面にC. albicansがバイオフィルムを形成すると、抗菌薬(抗真菌薬)が効き難くなり、治療が困難になる。よって、真菌によるバイオフィルム形成を抑制する方法の確立は、真菌により引き起こされる血液感染症等の予防や治療に貢献すると考えられている。
【0004】
C. albicansのバイオフィルム形成には、宿主内環境が大きく影響を与えており、グルコース及びアミノ酸等の栄養成分だけでなく、宿主細胞とタンパク質が、C. albicansによるバイオフィルムの重要な構成要素である。網羅的な遺伝子発現解析から、in vitroとin vivoでのバイオフィルム形成時のC. albicansの遺伝子発現パターンは異なることが明らかとなっている。よって、in vivoでC. albicansのバイオフィルム形成を評価する実験モデルは大変重要である。
【0005】
例えば、下記の特許文献1には、カテーテルへのバイオフィルム形成の防止、破壊、及び、処理に使用される溶解素を評価するため、マウスを用いて評価する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2018-87242号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
哺乳動物であるマウス及びラット等を用いた試験では、倫理問題、及び、飼育費用及び飼育スペースの確保などの負荷がかかり、また、投与する薬剤の確保等、多数の動物個体を用いた実験を行うことは困難であった。また、マウス及びラットを用いた試験では、実験時に麻酔を伴う手術が必要であり、作業が煩雑であった。
【0008】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、マウスと比較して倫理問題が小さく、多数の個体を用いた実験を行う上で利点のある無脊椎動物を用いた生体内での医療器具材料へのバイオフィルム形成を評価する方法、及び、バイオフィルム形成の評価に用いられる無脊椎動物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の目的を達成するために、本発明に係るバイオフィルム形成を評価する方法は、無脊椎動物を用いた、医療器具材料へのバイオフィルム形成を評価する方法であって、医療器具材料を無脊椎動物の皮下と腸管の間に挿入するステップと、無脊椎動物から医療器具材料を取り出すステップと、医療器具材料の表面のバイオフィルム形成を評価するステップと、を有する。
【0010】
本発明の一形態は、医療器具材料を取り出すステップの前に、医療器具材料が挿入された無脊椎動物に真菌を感染させるステップを有することが好ましい。
【0011】
本発明の一形態は、無脊椎動物に抗菌薬を投与するステップを有し、評価するステップは、抗菌薬の評価を含むことが好ましい。
【0012】
本発明の一形態は、無脊椎動物に医療器具材料を挿入した後、所定時間、無脊椎動物内に医療器具材料を留めておくことが好ましい。
【0013】
本発明の一形態は、医療器具材料は、カテーテルであることが好ましい。
【0014】
本発明の一形態は、無脊椎動物は、鱗翅目昆虫の幼虫であることが好ましい。
【0015】
本発明の一形態は、無脊椎動物はカイコであることが好ましい。
【0016】
本発明の一形態は、カイコは、5齢となったカイコであることが好ましい。
【0017】
本発明の一形態は、医療器具材料の太さは、カイコの胴体の太さの1/5以下であることが好ましい。
【0018】
本発明の一形態は、挿入するステップは、医療器具材料をカイコの腹部から挿入することが好ましい。
【0019】
本発明の一形態は、挿入するステップは、医療器具材料をカイコの腹部の半月紋付近から挿入することが好ましい。
【0020】
本発明の一形態は、挿入するステップは、医療器具材料をカイコの腸管に沿って挿入することが好ましい。
【0021】
本発明の一形態は、バイオフィルム形成を評価する工程は、染色法により行うことが好ましい。
【0022】
本発明の目的を達成するために、本発明に係る無脊椎動物は、バイオフィルム形成の評価に用いられる無脊椎動物であって、医療器具材料が皮下と腸管の間に挿入され、生体内での医療器具材料の表面のバイオフィルム形成の評価に用いられる。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、倫理問題が小さく、多数の個体を用いた実験を行う上で、利点を有する無脊椎動物を用いた生体内でのバイオフィルム成形の評価を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】バイオフィルム形成を評価する方法を示すフローチャートである。
図2】カイコの図である。
図3】医療器具材料を挿入するステップを説明する図である。
図4】他の実施形態のバイオフィルム形成を評価する方法を示すフローチャートである。
図5】さらに他に実施形態のバイオフィルム形成を評価する方法を示すフローチャートである。
図6】試験例1の結果を示す図である。
図7】試験例1の結果を示す図である。
図8】試験例2の結果を示す図である。
図9】試験例3の結果を示す図である。
図10】試験例3の結果を示す図である。
図11】試験例4の実験フローを示す図である。
図12】試験例4の結果を示す図である。
図13】試験例5の実験フローを示す図である。
図14】試験例5の結果を示す図である。
図15】試験例6の実験フローを示す図である。
図16】試験例6の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、添付図面に従って本発明に係るバイオフィルム形成を評価する方法、及び、無脊椎動物の好ましい実施形態について説明する。
【0026】
≪バイオフィルム形成を評価する方法≫
図1は、バイオフィルム形成を評価する方法を示すフローチャートである。本実施形態のバイオフィルム形成を評価する方法は、無脊椎動物を用いた、医療器具材料へのバイオフィルム形成を評価する方法であって、医療器具材料を無脊椎動物の皮下と腸管の間に挿入するステップ(ステップS10)と、無脊椎動物から医療器具材料を取り出すステップ(ステップS20)と、医療器具材料の表面のバイオフィルム形成を評価するステップ(ステップS30)と、を有する。
【0027】
[医療器具材料を挿入するステップ](ステップS10)
医療器具材料を挿入するステップは、医療器具材料を無脊椎動物の皮下と腸管の間に挿入する工程である。以下では、無脊椎動物としてカイコを例にして説明する。
【0028】
図2はカイコの図である。図3(a)はカイコに医療器具材料を挿入する図であり、図3(b)は医療器具材料を挿入したカイコの体内の図である。
【0029】
図2に示すように、カイコ10は、頭部12と、胸部14と、腹部16と、から構成される。体は13の体節からなり、前端の頭部12に続く次の3体節の部分を胸部14、それ以降の10体節を腹部16という。体の内部の大半を占めるのは消化管である腸管18であり、前腸、中腸及び後腸(不図示)に大別される。
【0030】
医療器具材料30をカイコ10の体内に挿入する際は、医療器具材料30をカイコの腹部16から挿入することが好ましく、より好ましくは、腹部16の胸部14側から2体節目にある半月紋20付近から挿入することが好ましい。また、医療器具材料30をカイコ10に挿入する際は、注射用針等で医療器具材料30を挿入する場所に、穴を開けておくことが好ましい。半月紋20付近から、皮下に沿って挿入することで、腸管18に沿って皮下と腸管18の間に医療器具材料30を挿入することができる。腸管18への医療器具材料30の挿入を防止することで、生体内での医療器具材料30へのバイオフィルム形成を適切に評価することができる。
【0031】
医療器具材料30をカイコに挿入した後は、所定時間、カイコ10内に医療器具材料30を留めておく。これにより、生体内(in vivo)でのバイオフィルム形成の評価を行うことができる。医療器具材料30をカイコ10内に留めておく時間は、実験方法及び評価方法により適宜変更できるが、真菌の接種及び薬剤の投与等の実験の処理により、カイコが死なない時間内であることが好ましい。具体的には、24時間以内であることが好ましい。
【0032】
<無脊椎動物>
本実施形態で用いられる無脊椎動物は、カイコに限定されず、目的に応じて適宜選択することができるが取り扱いの便宜性から、昆虫の幼虫であることが好ましい。チョウ及びガ等の鱗翅目昆虫の幼虫は、いもむし形態をしており、注射等による正確な薬物投与を行える点で、さらに好ましい。
【0033】
さらに、このような幼虫としては、以下の点で、カイコが好ましい。
(1)入手が容易である。
(2)飼育する方法が既に確立されており、さらに飼育に利便性がある。
(3)ヒト等の哺乳類の内臓及び器官と類似する性質が、これまでの研究である程度分かっている。
(4)遺伝系統が確率されており、遺伝的均一性の維持ができている。
(5)比較的大型で、動きが緩慢であり、実質上無毛なので、定量的に注射できる等、薬物の投与が容易である。
(6)マウス、ラット等に比べると安価で、狭いスペースで多数の個体を飼育でき、倫理的な問題も少ない。
(7)被検物質が少量しかない場合でも評価を行うことができる。
(8)齢を揃える等、同じ状態の個体を揃えることが容易である。
(9)逃げ出さず、天然では残存できないため、生物災害(バイオハザード)の心配がない。
【0034】
カイコは、栄養補給に特化した、単純ないもむし形態をしており、何回かの脱皮により明確な区切りのある齢期を有している。そのため、齢期を揃えることで、試験に用いる個体の生育状態を正確に揃えることが可能であり、目的に応じて最も適切な齢期を選択することもできる。また、動きも緩慢であるため育て易く、薬剤等の注射も容易という試験動物としての多くのすぐれた特徴を有する。
【0035】
カイコの大きさ及び齢数は、特に限定はないが、安定した生育状態をしている点、また、薬剤等の注射、医療器具材料の挿入、取り出し等の操作上の観点から3齢以上のカイコが好ましく、より好ましくは5齢のカイコである。
【0036】
<医療器具材料>
本実施形態で用いられる医療器具材料としては、生体内に留置して用いる医療器具に使用する材料を用いることができる。医療器具としては、例えば、カテーテル、人工関節を挙げることができる。カテーテルの材料としてポリウレタンを用いることができる。また、医療器具の材料としては、他に、シリコン、ポリエチレン、ポリプロピレン、及び、ポリスチレン等を用いることができる。
【0037】
また、医療器具として、カテーテルを想定した実験を行う場合、マウス又はラット等では、マウス又はラット等の血管にカテーテルを挿入する必要があるため、マウス又はラット等の血管に挿入できるサイズの中空筒状のカテーテルが必要だった。本実施形態によれば、無脊椎動物を用いることで、医療器具材料を無脊椎動物の体液中に挿入すればよく、また、血液を通すために中空筒状にする必要もないため、医療器具材料の準備を簡略化することができる。また、後述するバイオフィルム形成の評価において、医療器具材料の表面に形成されたバイオフィルムを薬品で溶出させることで評価を行うことができる。中空筒状のカテーテルの場合、中空筒状の内部の液は毛細管現象により取り出すことが難しいため、中空筒状の内部に形成されたバイオフィルムの分析が困難な場合がある。無脊椎動物を用いることで、医療器具材料の表面に形成されたバイオフィルムを定量的に評価することができる。
【0038】
医療器具材料の太さは、カイコの胴体の太さの1/5以下であることが好ましい。医療器具材料の太さをこの範囲とすることで、カイコの体内の所定の位置に、医療器具材料を設置することができる。
【0039】
[医療器具材料を取り出すステップ](ステップS20)
所定時間経過後、カイコ10から医療器具材料30を取り出す。医療器具材料30を取り出す方法は、特に限定されず、カイコ10から医療器具材料30を抜き取ることで行うことができる。
【0040】
[バイオフィルム形成を評価するステップ](ステップS30)
バイオフィルム形成を評価するステップは、カイコ10から取り出した医療器具材料30の表面に形成されたバイオフィルムを分析し、バイオフィルム形成の評価を行う工程である。バイオフィルム形成の評価は、染色法によりバイオフィルムを染色し、顕微鏡による観察により行うことができる。また、染色されたバイオフィルムを溶出し、吸光度を測定することで定量することができる。
【0041】
上述したように、カイコ10への医療器具材料30の挿入は、ラット又はマウス等と異なり、血液中ではなく、皮下と腸管の間に挿入することができる。したがって、医療器具材料30を中空筒状に形成する必要がなく、医療器具材料30の表面に形成されたバイオフィルムを分析すればよいため、形成されたバイオフィルムの定量を、吸光度を測定することで、精度良く行うことができる。染色法に用いられる染色液としては、クリスタルバイオレットを用いることができ、このクリスタルバイオレットで染色したバイオフィルムを酢酸水溶液で溶出した溶液の、吸光度で測定する。吸光度を測定する波長としては、590nmの波長を用いることができる。
【0042】
≪他の実施形態≫
図4は他の実施形態のバイオフィルム形成を評価する方法を示すフローチャートである。図4に示す実施形態のバイオフィルム形成を評価する方法は、真菌を感染させるステップ(ステップS12)を有する点が図1に示すバイオフィルム形成を評価する方法と異なっている。
【0043】
[真菌を感染させるステップ](ステップS12)
真菌を感染させるステップは、医療器具材料30を挿入するステップ(ステップS10)の後、カイコ10に真菌を接種し、カイコ10に真菌を感染させる工程である。医療器具材料30を挿入した後、カイコ10に真菌を接種することで、医療器具材料30のバイオフィルム形成を促進させることができる。また、接種した真菌がバイオフィルムを形成するかを評価することができる。
【0044】
真菌としては、例えば、C. albicans、黄色ブドウ球菌、Candida glabrata等を接種することができる。また、バイオフィルムを形成するか評価する真菌を接種することができる。
【0045】
真菌を接種する方法は特に限定されないが、真菌を生理食塩水に懸濁した液を、シリンジを用いて、カイコ10の体液内に投与すること行うことができる。真菌を接種する濃度については、実験の目的及び方法により適宜変更が可能であるが、実験の途中でカイコが死なない濃度であることが好ましい。
【0046】
真菌を感染させるステップ(ステップS12)を行った後、図1に示すバイオフィルム形成を評価する方法と同様に、医療器具材料を取り出すステップ(ステップS20)及びバイオフィルム形成を評価するステップ(ステップS30)を行い、バイオフィルム形成の評価を行う。
【0047】
図5は、さらに他に実施形態のバイオフィルム形成を評価する方法を示すフローチャートである。図5に示す実施形態のバイオフィルム形成を評価する方法は、抗菌薬を投与するステップ(ステップS14)を有する点が、図4に示すバイオフィルム形成を評価する方法と異なっている。
【0048】
[抗菌薬を投与するステップ](ステップS14)
抗菌薬を投与するステップは、真菌を感染させるステップ(ステップS12)の後、カイコ10に抗菌薬を投与する工程である。抗菌薬を投与することで、抗菌薬の効果を確認することができる。
【0049】
抗菌薬を投与する方法は、特に限定されないが、所定の濃度に調製した抗菌薬を体液内に投与することで、行うことができる。濃度、及び、投与量は、実験の目的及び方法により適宜変更が可能である。
【0050】
また、抗菌薬の投与時期についても、実験の目的及び方法により適宜変更が可能である。例えば、抗菌薬の投与を、真菌を投与した直後に行うことで、医療器具材料にバイオフィルムを形成する前の抗菌薬の効果を確認することができる。また、真菌を接種後、所定時間経過後(バイオフィルム形成後)に、抗菌薬を投与することで、バイオフィルムが形成された後における抗菌薬の効果を確認することができる。これにより、従来の抗菌薬とは異なり、バイオフィルムが形成された後にバイオフィルムを破壊する作用機序の異なる抗バイオフィルム化合物を同定することができる。例えば、真菌の接種後、18時間経過後に抗菌薬を投与することで、バイオフィルム形成後の抗菌薬の効果を確認することができる。
【0051】
抗真菌薬としては、アムホテリシンB、フルコナゾール、ミカファンギンを挙げることができる。
【0052】
抗菌薬を投与するステップ(ステップS14)を行った後、図1に示すバイオフィルム形成を評価する方法と同様に、医療器具材料を取り出すステップ(ステップS20)及びバイオフィルム形成を評価するステップ(ステップS30)を行い、バイオフィルム形成の評価を行う。
【0053】
以上説明したとおり、本実施形態によれば、無脊椎動物を用いて、生体内での医療器具材料へのバイオフィルム形成の評価を行うことができる。また、生体内での医療器具材料へのバイオフィルム形成の評価に無脊椎動物を用いることができる。
【実施例1】
【0054】
以下に、本発明の実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。なお、以下の実施例に示される材料、使用量、割合、処理内容、処理手順などは、本発明の趣旨を逸脱しない限り適宜変更することができる。したがって、本発明の範囲は以下に示す具体例により限定的に解釈されるべきものではない。
【0055】
(C. albicansの培養)
C. albicans(SC5314株)をYPD寒天培地(Peptone 20g/L, Bacto Yeast Extract 10g/L, Glucose 20g/L, Agar 15g/L)に塗布して37℃で培養してコロニーを生育させた。
【0056】
(カイコの飼育)
カイコの飼育方法については、Kaito C, et al., Silkworm larvae as an animal model of bacterial infection pathogenic to humans. Microb Pathog 2002; 32: 183-190に記載の方法に従って行った。カイコの卵は、愛媛蚕種株式会社から購入した。カイコの卵を25℃で孵化させ、愛媛蚕種株式会社から購入した人工餌であるSilkmate 2Sを与えた。5齢となったカイコを試験に使用した。
【0057】
[試験例1](in vitroでのポリウレタン繊維表面のバイオフィルム形成)
まず、カテーテルの材料であるポリウレタン繊維の表面にバイオフィルムが形成されるか確認するため、in vitroでポリウレタン繊維表面のバイオフィルム形成を行った。バイオフィルム形成試験は、Kurakado S, et al. Association of the hypha-related protein Pra1 and zinc transporter Zrt1 with biofilm formation by the pathogenic yeast Candida albicans. Microbiol Immunol 2018; 62: 405-410に記載の方法を改変して行った。
【0058】
ポリウレタン繊維(太さ0.5mm、ゴムテグスF046、No. H3)を長さ2cmとなるように切断した後、70%EtOH(エタノール)で15分間処理し、30分間UV照射条件下で乾燥させた。YPD寒天培地上に生育したC. albicans(SC5314株)を白金耳でかきとり、7×10cells/mlとなるようにRPMII640 buffered with l65mM MOPSに植菌した。そのC. albicansの入った培地にポリウレタン繊維を加えて2日間、37℃で静置培養した。RPMI培地にポリウレタン繊維を入れたものをコントロールとした。試験はそれぞれ6個のサンプルを用いて行った。
【0059】
(バイオフィルムの定量)
培養後のポリウレタン繊維の表面に形成されたバイオフィルムをクリスタルバイオレットにより染色し、バイオフィルムの定量を行った。バイオフィルムの染色は、ポリウレタン繊維を、1.5ml tubeに移し、蒸留水1mlで2回洗浄した。0.1%クリスタルバイオレット水溶液を500μl加え、室温で20-60分置いた。染色液を捨て、蒸留水1mlで3回洗浄した。エタノール1mlで2回洗浄した後、風乾した。ポリウレタン繊維を顕微鏡(×10、CH30、OLYMPUS)で観察、写真を撮った。33%酢酸溶液を500μl加えて室温で2時間以上放置した。蒸留水を500μl加えて合計容量を1mlとしたサンプルの吸光度(OD590)を測定した。
【0060】
in vitroでポリウレタン表面にバイオフィルムを形成した結果を図6図7に示す。図6(a)は、ポリウレタン繊維の染色後の写真であり、図6(b)は顕微鏡による拡大写真である。図7は、各サンプルの吸光度である。サンプルの吸光度の値において、t-test(t検定)を行い、P値が0.05以下である時に統計的に有意な差であると判断した。
【0061】
図6(a)に示すように、C. albicansを添加しなかったコントロールに比べてC. albicansを添加した方が、ポリウレタン繊維が青く染色された。また、図6(b)に示すように、C. albicansを添加した方は、ポリウレタン繊維表面に菌糸を形成している像が観察された。また、図7に示す吸光度の結果から、C. albicansの添加により、有意にポリウレタン繊維上の色素の付着量が多かった。
【0062】
以上の結果より、ポリウレタン繊維表面にC. albicansがバイオフィルムを形成することが確認され、ポリウレタン繊維をバイオフィルム形成のin vivoの動物試験に使用できることが確認できた。
【0063】
[試験例2](ポリウレタン繊維を挿入したカイコの感染実験)
次に、ポリウレタン繊維をカイコの体内に挿入し、C. albicansによる感染実験が行えるか検討した。カイコの背面部の半月紋付近に、27gaugeの注射針で穴を開け、その穴から2cmのポリウレタン繊維を挿入した。ポリウレタン繊維は、試験例1と同様の方法により、処理及び乾燥を行ったポリウレタン繊維を用いた。ポリウレタン繊維を挿入したカイコに対して、生理食塩水(Saline)を投与、及び、C. albicans SC5314株の懸濁液(2×10cells/ml)を50μl接種したカイコをそれぞれ用意し、C. albicansの接種の影響を確認した。また、ポリウレタン繊維を挿入せず、生理食塩水を投与、及び、C. albicansを接種したカイコをそれぞれ用意し、ポリウレタン繊維の挿入の影響を確認した。試験はそれぞれ6個のサンプルを用いて行った。
【0064】
結果を図8に示す。生理食塩水を投与したカイコは、ポリウレタン繊維を挿入しても48時間経過しても死亡しなかった。また、C. albicansを接種したカイコは、ポリウレタン繊維の挿入の有無に係わらず、48時間以内に全数死亡した。以上の結果より、ポリウレタン繊維を挿入してもカイコは48時間以上生存すること、並びに、この条件でC. albicansによる感染実験を行えることが確認できた。
【0065】
[試験例3](in vivoでのカイコ感染実験)
次に、カイコの体内のポリウレタン繊維の表面にC. albicansによるバイオフィルムが形成されるか検討した。ポリウレタン繊維を挿入したカイコに生理食塩水(Saline)又はC. albicans SC5314株の懸濁液(7×10cells/ml)を50μl接種し、27℃で24時間飼育した。24時間後、カイコの体内からポリウレタン繊維を摘出した。ポリウレタン繊維の挿入は、試験例2と同様の方法により行った。C. albicansの接種は、YPD寒天培地上に生育したC. albicans(SC5315株)を白金耳でかきとり、生理食塩水(0.9%NaCl)で懸濁した。このC. albicansの懸濁液を1mlツベルクリンシリンジ(Terumo Medical Corporation, Tokyo, Japan)に充填し、カイコの体腔内に50μl投与した。そのカイコを27℃で飼育した。24時間後、カイコを氷上に15分置いて麻酔したカイコの体内からポリウレタン繊維を摘出した。試験はそれぞれ5個のサンプルを用いて行った。
【0066】
摘出したポリウレタン繊維をクリスタルバイオレットで染色を行った。結果を図9、10に示す。図9(a)に示すように、カイコに生理食塩水を接種した場合と比較してC. albicansを接種した場合の方が、ポリウレタン繊維が青く染色された。また、図9(b)に示すように、顕微鏡観察から、ポリウレタン繊維表面にC. albicansが付着している像が確認された。カイコに生理食塩水を接種した場合ではこの様な像は観察できなかった。図10は、ポリウレタン繊維上の色素を33%の酢酸水溶液で溶出して590nmの吸光度を測定したグラフ図である。C. albicansの接種により、カイコに生理食塩水を接種した場合と比較して有意にポリウレタン繊維上の色素の付着量が増加している。
【0067】
以上より、カイコの体内でポリウレタン繊維表面にC. albicansがバイオフィルムを形成することが確認できた。
【0068】
[試験例4](バイオフィルム形成に対する抗真菌薬の抑制効果)
次に、抗真菌薬の効果について確認した。図11は、感染実験のフローである。ポリウレタン繊維を挿入したカイコに、生理食塩水(Saline)又はC. albicans SC5314株の懸濁液(3×10cells/ml)を50μl接種した。C. albicansを接種した直後に、抗真菌薬として、アムホテリシンB(AMPH-B)50μg/ml、フルコナゾール(FLCZ)1.6mg/ml、ミカファンギン(MCFG)1mg/mlをカイコの体液内に50μl接種した。24時間後、試験例3と同様に、カイコの体内からポリウレタン繊維を摘出し、クリスタルバイオレットで染色を行い評価に用いた。試験はそれぞれ7個のサンプルを用いて行った。
【0069】
測定した吸光度の結果を図12に示す。C. albicansを接種したカイコに抗真菌薬の投与すると、いずれの抗真菌薬においても、C. albicansを接種したカイコに生理食塩水を接種した場合と比較して有意にカイコの体内でのポリウレタン繊維上のバイオフィルム形成が抑制された。
【0070】
[試験例5](バイオフィルム形成に対する抗真菌薬の抑制効果)
図13は、試験例5の感染実験のフローである。試験例5は、まず、試験例4と同様に、生理食塩水又はC. albicansを接種した。C. albicansを接種した後、12時間後に、抗真菌薬として、アムホテリシンB(AMPH-B)、フルコナゾール(FLCZ)、ミカファンギン(MCFG)を投与した。ポリウレタン繊維の摘出は、C. albicansを接種した後、24時間後に行った。摘出したポリウレタン繊維をクリスタルバイオレットで染色し、評価に用いた。試験はそれぞれ6個のサンプルを用いて行った。
【0071】
測定した吸光度の結果を図14に示す。カイコにC. albicansを接種した12時間後に抗真菌薬を投与した場合は、カイコにC. albicansを接種した12時間後に生理食塩水を接種した場合と比較してアムホテリシンBを投与した群で有意にカイコの体内でのポリウレタン繊維上のバイオフィルム形成が抑制された。
【0072】
[試験例6](バイオフィルム形成に対する抗真菌薬の抑制効果)
図15は、試験例6の感染実験フローである。試験例6についても、まず、試験例4と同様に、生理食塩水又はC. albicansを接種した。C. albicansを接種した後、18時間後に、抗真菌薬として、アムホテリシンB(AMPH-B)、フルコナゾール(FLCZ)、ミカファンギン(MCFG)を投与した。ポリウレタン繊維の摘出は、C. albicansを接種した後、24時間後に行った。摘出したポリウレタン繊維をクリスタルバイオレットで染色し、評価に用いた。試験はそれぞれ7個のサンプルを用いて行った。
【0073】
測定した吸光度の結果を図16に示す。カイコにC. albicansを接種した18時間後に抗真菌約を投与した場合は、カイコにC. albicansを接種した18時間後に生理食塩水を接種した場合と比較してカイコの体内でのポリウレタン繊維上のバイオフィルムの形成は抑制されなかった。
【0074】
試験例4から6の結果より、ポリウレタン繊維での表面でのC. albicansによるバイオフィルム形成の初期では、抗真菌薬の抑制効果は見られるが、後期では、抗真菌薬の抑制効果は見られないことが示唆された。
【符号の説明】
【0075】
10 カイコ
12 頭部
14 胸部
16 腹部
18 腸管
20 半月紋
30 医療器具材料
図1
図2
図3
図4
図5
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図11
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図16