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特許7607414高分子電解質膜、及び固体高分子形燃料電池
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  • 特許-高分子電解質膜、及び固体高分子形燃料電池 図1
  • 特許-高分子電解質膜、及び固体高分子形燃料電池 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-19
(45)【発行日】2024-12-27
(54)【発明の名称】高分子電解質膜、及び固体高分子形燃料電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/1048 20160101AFI20241220BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20241220BHJP
   H01M 8/106 20160101ALI20241220BHJP
   H01M 8/1062 20160101ALI20241220BHJP
   H01B 1/06 20060101ALI20241220BHJP
【FI】
H01M8/1048
H01M8/10 101
H01M8/106
H01M8/1062
H01B1/06 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020118658
(22)【出願日】2020-07-09
(65)【公開番号】P2022015656
(43)【公開日】2022-01-21
【審査請求日】2023-04-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 雄太
(72)【発明者】
【氏名】加藤 潤二
(72)【発明者】
【氏名】松本 真治
【審査官】山本 雄一
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-114504(JP,A)
【文献】国際公開第2018/186386(WO,A1)
【文献】特表2013-531867(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00- 8/0297
H01M 8/08- 8/2495
H01B 1/06
C08J 5/20- 5/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高分子電解質と、
粒子状、ファイバーシート状、不織布から選ばれる1種類以上の形態の補強材料と、
硫黄原子を含むイオン性化合物と、
を含有する、高分子電解質膜であって、
前記補強材料が、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、及びポリスルホンから選択される少なくとも1種以上の高分子を含み、
前記硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量が、前記高分子電解質膜1質量部に対する質量部数として、0.10ppm以上7.3ppm以下であり、
前記補強材料の割合が、高分子電解質膜全量に対して1~20質量%である、高分子電解質膜。
【請求項2】
前記硫黄原子を含むイオン性化合物の分子量が、300g/mol以下である、
請求項1に記載の高分子電解質膜。
【請求項3】
前記硫黄原子を含むイオン性化合物が、式(1)で表される、
請求項1又は2に記載の高分子電解質膜。
【化1】
(式中、Rは、炭素数1以上10以下の1価の有機基、水素、又はヒドロキシ基を表す。)
【請求項4】
請求項1~のいずれか一項に記載の高分子電解質膜を備える、固体高分子形燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子電解質膜、及び固体高分子形燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、電池内で燃料(水素源)と酸化剤(酸素)から電気化学的反応により電気エネルギーを得るものである。つまり、燃料の化学エネルギーを電気エネルギーに直接変換している。燃料源としては、純水素をはじめ水素元素を含む石油、天然ガス(メタン等)、メタノール等が使用できる。
燃料電池自体は、機械部分がないために騒音の発生が少なく、外部から燃料と酸化剤を供給し続けることにより、原理的には半永久的に発電させることができる特徴を有する。燃料電池の電解質は、液体電解質や固体電解質に分類され、これらの中で電解質として高分子電解質膜を用いた燃料電池が固体高分子形燃料電池である。特に、固体高分子形燃料電池は、他と比較して低温でも作動することから、自動車等の代替動力源や家庭用コジェネレーションシステム、携帯用発電機としての利用が期待されている。
【0003】
固体高分子形燃料電池は、電極触媒層とガス拡散層とが積層されたガス拡散電極がプロトン交換樹脂膜の両面に接合された膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly;MEA)を備える。ここでいうプロトン交換樹脂膜は、高分子鎖中にスルホン酸基やカルボン酸のような強酸性基を有し、プロトンを選択的に透過する性質を有する材料である。このようなプロトン交換樹脂膜としては、化学的安定性の高いNafion(登録商標、米国デュポン社製)に代表されるパーフルオロ系プロトン交換樹脂膜が好適に用いられる。
【0004】
燃料電池は、アノード側のガス拡散層に燃料(例えば水素)、カソード側のガス拡散層に酸化剤(例えば酸素や空気)をそれぞれ供給し、両電極間を外部回路で接続することで作動する。具体的には、水素を燃料とした場合、アノード触媒上にて水素が酸化されてプロトンが生じ、このプロトンがアノード触媒層のプロトン伝導性ポリマーを通った後、プロトン交換樹脂膜内を移動し、カソード触媒層内のプロトン伝導性ポリマーを通ってカソード触媒層に達する。一方、水素の酸化によりプロトンと同時に生じた電子は、外部回路を通ってカソード側ガス拡散層に到達し、カソード触媒上にて上記プロトンと酸化剤中の酸素と反応して水が生成され、この時、電気エネルギーを取り出すことができる。この際、プロトン交換樹脂膜はガスバリアとしての役割も果たす必要があり、プロトン交換樹脂のガス透過率が高いと、アノード側の水素がカソード側へのリーク及びカソード側の酸素がアノード側へのリーク、すなわちクロスリークが発生してケミカルショート(化学的短絡)の状態となって良好な電圧を得ることができなくなる。
【0005】
このような固体高分子形燃料電池は、高出力特性を得るために80℃付近で運転することが通常である。しかしながら、自動車用途として用いる場合には、夏場の自動車走行を想定して、高温低加湿条件下でも燃料電池を運転できることが望まれている。ところが、従来のパーフルオロ系プロトン交換樹脂を用いて高温低加湿条件下で燃料電池を長時間運転すると、プロトン交換樹脂にピンホールが生じてクロスリークが発生するという課題があり、十分な耐久性を得ることができなかった。
【0006】
この課題に対して、ナノファイバー状の多孔質体と電解質膜を複合化して補強する方法が行われている(例えば、特許文献1~3参照)。これらの方法により、膜の力学強度が向上して物理的にピンホールができにくくなるとされる。また、従来のパーフルオロプロトン交換樹脂膜に比べ、湿潤状態で膨潤し、乾燥状態で収縮するという乾湿寸法変化が低減することによっても、物理的にピンホールが生じにくくなるとされる。
【0007】
また、固体高分子形燃料電池においては、電池反応によって高分子電解質膜と電極界面とに形成された触媒層において過酸化物が生成する。この生成した過酸化物が過酸化物ラジカルとなり、電解質膜を構成する高分子と反応して、電解質膜を劣化させるという課題があった。
【0008】
この課題に対して、Ce(セリウム)あるいはCe化合物等を電解質膜やMEAへ添加することによって化学耐久性を向上させる方法が知られている(例えば、特許文献4~6参照)。固体高分子形燃料電池に用いる電解質膜にCeあるいはCe化合物を添加することにより、電池内での過酸化物ラジカルの生成の抑制、及び生成した過酸化物ラジカルの捕捉といった作用をもたらすと考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特許第4895563号
【文献】特許第5798186号
【文献】特開2016-58152号公報
【文献】特許第4972867号
【文献】特許第4810868号
【文献】特許第5331122号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のとおり、CeあるいはCe化合物等を電解質膜に添加することにより、電解質膜の化学耐久性が向上できるとされている。しかしながら、電解質膜に添加されたCeあるいはCe化合物は、電解質膜中でイオンの状態で存在するため、電池反応により生成した水によって流動する。そのため、当該電解質膜を備える燃料電池を長時間運転させると、Ceイオンが触媒層内のプロトン伝導性ポリマー(アイオノマー)と結合し、プロトン伝導度が低下することにより発電特性が低下することが問題となる。
【0011】
そこで本発明は、発電特性を維持しながら、化学耐久性に優れる高分子電解質膜を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題について鋭意検討した結果、硫黄原子を含むイオン性化合物を所定量含む高分子電解質膜は、発電特性を低下させることなく、化学耐久性に優れる膜となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は以下の態様を包含する。
[1]
硫黄原子を含むイオン性化合物を含有する、高分子電解質膜であって、
前記硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量が、前記高分子電解質膜1質量部に対する質量部数として、0.10ppm以上100ppm以下である、高分子電解質膜。
[2]
前記硫黄原子を含むイオン性化合物の分子量が、300g/mol以下である、
[1]に記載の高分子電解質膜。
[3]
前記硫黄原子を含むイオン性化合物が、式(1)で表される、
[1]又は[2]に記載の高分子電解質膜。
【化1】
(式中、Rは、炭素数1以上10以下の1価の有機基、水素、又はヒドロキシ基を表す。)
[4]
粒子状、ファイバーシート状、不織布から選ばれる1種類以上の形態の補強材料をさらに含む、
[1]~[3]のいずれかに記載の高分子電解質膜。
[5]
前記補強材料が、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンスルフィド、及びポリスルホンから選択される少なくとも1種以上の高分子を含む、
[4]に記載の高分子電解質膜。
[6]
前記補強材料の割合が、高分子電解質膜全量に対して1~20質量%である、
[4]又は[5]に記載の高分子電解質膜。
[7]
[1]~[6]のいずれかに記載の高分子電解質膜を備える、固体高分子形燃料電池。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、発電特性を低下させることなく、化学耐久性に優れる高分子電解質膜を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本実施形態に係るナノファイバーシート及び不織布を用いた複合化の様態を説明するための模式図である。
図2】本実施形態に係る粒子を用いた複合化の様態を説明するための模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細を説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0017】
本実施形態の高分子電解質膜(以下、単に「電解質膜」ともいう)は、硫黄原子を含むイオン性化合物を含有する。本実施形態の高分子電解質膜においては、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量が、前記高分子電解質膜1質量部に対する質量部数として、0.10ppm以上100ppm以下である。
【0018】
本実施形態の高分子電解質膜は、化学耐久性を向上させるための無機化合物等を添加せずとも、過酸化物やラジカルによる電解質膜成分の化学的な劣化に対して高い耐久性を有する。また、電解質膜への無機化合物の添加を抑えることができ、長時間運転時に起こる燃料電池内部での添加物の偏りによる発電特性の低下を防ぐことができる。
なお、硫黄原子を含むイオン性化合物は、電解質膜に内包される電池反応により生成した水中で平衡反応を起こすため、CeあるいはCe化合物とは異なり、反応系において安定した状態で存在する。そのため、当該電解質膜を備える燃料電池を長時間運転させても、Ceイオンのように流動して触媒層内のプロトン伝導性ポリマー(アイオノマー)と結合することなく、プロトン伝導性を低下させず、発電特性を低下させることもない。
【0019】
<高分子電解質>
本実施形態において用い得る高分子電解質としては、化学的安定性の観点から、イオン交換基を有するパーフルオロカーボン高分子化合物が好適である。
【0020】
イオン交換基としては、特に限定されないが、例えば、スルホン酸基、スルホンイミド基、スルホンアミド基、カルボン酸基及びリン酸基が挙げられる。これらの中でもスルホン酸基が好ましい。イオン交換基は1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いられる。
【0021】
パーフルオロカーボン高分子化合物としては、特に限定されないが、より具体的には、下記式[1]で表される重合体が挙げられる。
-[CF2CX12a-[CF2-CF(-O-(CF2-CF(CF23))b-Oc-(CFR1d-(CFR2e-(CF2f-X4)]g- [1]
ここで、式中、X1、X2およびX3は、各々独立して、ハロゲン原子または炭素数1以上3以下のパーフルオロアルキル基またはフルオロクロロアルキル基を示す。X4はCOOZ、SO3Z、PO32またはPO3HZを示す。ここで、Zは水素原子、アルカリ金属原子、アルカリ土類金属原子またはアミン類(NH4、NH33、NH234、NHR345、またはNR3456)を示す。また、R3、R4、R5およびR6は、各々独立してアルキル基またはアレーン基を示す。
【0022】
これらの中でも、下記式[2]または[3]で表されるパーフルオロカーボンスルホン酸樹脂もしくはその金属塩が好ましい。
-[CF2CF2a-[CF2-CF(-O-(CF2-CF(CF3))b-O-(CF2c-SO3X)]d- [2]
ここで、式中、aおよびdは、0≦a<1、0<d≦1、a+d=1を満たす。bは1以上8以下の整数である。cは0以上10以下の整数である。Xは水素原子またはアルカリ金属原子を示す。
―[CF2CF2e-[CF2-CF(-O-(CF2f-SO3Y)]g- [3]
ここで、式中、eおよびgは、0≦e<1、0<g≦1、e+g=1を満たす。fは0以上10以下の整数である。Yは水素原子またはアルカリ金属原子を示す。
【0023】
本実施形態において用いられ得るイオン交換基を有するパーフルオロカーボン高分子化合物は、特に限定されないが、例えば、下記式[4]で表される前駆体ポリマーを重合した後、アルカリ加水分解、酸処理などを行って製造することができる。
-[CF2CX12a-[CF2-CF(-O-(CF2-CF(CF23))b-Oc-(CFR1d-(CFR2e-(CF2f-X5)]g- [4]
ここで、式中X1、X2およびX3は、各々独立して、ハロゲン原子または炭素数1以上3以下のパーフルオロアルキル基を示す。aおよびgは0≦a<1、0<g≦1、a+g=1を満たす。bは0以上8以下の整数である。cは0または1である。dおよびeは互いに独立して0以上6以下の整数である。fは0以上10以下の整数である。ただし、d+e+fは0に等しくない。R1およびR2は互いに独立して、ハロゲン原子、炭素数1以上10以下のパーフルオロアルキル基またはフルオロクロロアルキル基を示す。X5はCOOR7、COR8またはSO28を示す。ここで、R7は炭素数1から3のアルキル基を示す。R8はハロゲン原子を示す。
【0024】
上記前駆体ポリマーは、特に限定されないが、例えば、フッ化オレフィン化合物とフッ化ビニル化合物とを共重合させることにより製造することができる。
【0025】
ここで、フッ化オレフィン化合物としては、特に限定されないが、例えば、下記式[5]で表される化合物が挙げられる。
CF2=CFZ [5]
ここで、式中Zは、水素原子、塩素原子、フッ素原子、炭素数1から3のパーフルオロアルキル基または酸素を含んでいてもよい環状パーフルオロアルキル基を示す。
【0026】
また、フッ化ビニル化合物としては、特に限定されないが、例えば、下記に示す化合物が挙げられる。
CF2=CFO(CF22-SO2F,
CF2=CFOCF2CF(CF3)O(CF22-SO2F,
CF2=CF(CF22-SO2F,
CF2=CF(OCF2CF(CF3))z-(CF2z-SO2F,
CF2=CFO(CF2z-CO2R,
CF2=CFOCF2CF(CF3)O(CF2z-CO2R,
CF2=CF(CF2z-CO2R,
CF2=CF(OCF2CF(CF3))z-(CF22-CO2
ここで、式中Zは1から8の整数であり、Rは炭素数1から3のアルキル基を示す。
【0027】
そして、上記のような前駆体ポリマーは、公知の手段により合成することができる。このような合成方法としては、特に限定されるものではないが、以下のような方法を挙げることができる。
(i)含フッ素炭化水素等の重合溶媒を使用し、この重合溶媒に充填溶解した状態でフッ化ビニル化合物とフッ化オレフィンのガスとを反応させて重合が行われる方法(溶液重合)。上記含フッ素炭化水素としては、例えば、トリクロロトリフルオロエタン、1、1、1、2、3、4、4、5、5、5-デカフロロペンタン等、「フロン」と総称される化合物群を好適に使用することができる。
(ii)含フッ素炭化水素等の溶媒を使用せず、フッ化ビニル化合物そのものを重合溶剤として用いてフッ化ビニル化合物の重合が行われる方法(塊状重合)。
(iii)界面活性剤の水溶液を重合溶媒として用い、この重合溶媒に充填溶解した状態でフッ化ビニル化合物とフッ化オレフィンのガスとを反応させて重合が行われる方法(乳化重合)。
(iv)界面活性剤及びアルコール等の助乳化剤の水溶液を用い、この水溶液に充填乳化した状態でフッ化ビニル化合物とフッ化オレフィンのガスとを反応させて重合が行われる方法(ミニエマルジョン重合、マイクロエマルジョン重合)。
(v)懸濁安定剤の水溶液を用い、この水溶液に充填懸濁した状態でフッ化ビニル化合物とフッ化オレフィンのガスとを反応させて重合が行われる方法(懸濁重合)。
【0028】
本実施形態の高分子電解質膜は、さらに補強材料を含むことが好ましい。本実施形態における補強材料としては、例えば、ポリオレフィン系樹脂(例えばポリエチレン、ポリプロピレン及びポリメチルペンテン)、スチレン系樹脂(例えばポリスチレン)、ポリエステル系樹脂(例えばポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート、ポリカーボネート、ポリアリレート及び全芳香族ポリエステル樹脂)アクリル系樹脂(例えばポリアクリロニトリル、ポリメタクリル酸、ポリアクリル酸及びポリメタクリル酸メチル)、ポリアミド系樹脂(例えば6ナイロン、66ナイロン及び芳香族ポリアミド系樹脂)、ポリエーテル系樹脂(例えばポリエーテルケトン、ポリアセタール、ポリフェニレンエーテル、変性ポリフェニレンエーテル及び芳香族ポリエーテルケトン)、ウレタン系樹脂、塩素系樹脂(例えばポリ塩化ビニル及びポリ塩化ビニリデン)、フッ素系樹脂(例えばポリテトラフルオロエチレン及びポリビニリデンフルオライド(PVDF))、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリアミドイミド系樹脂、ポリイミド系樹脂(PI)ポリエーテルイミド系樹脂、芳香族ポリエーテルアミド系樹脂、ポリスルホン系樹脂(例えばポリスルホン(PSU)及びポリエーテルスルホン(PES))、ポリアゾール系樹脂(例えばポリベンゾイミダゾール(PBI)、ポリベンゾオキサゾール、ポリベンゾチアゾール及びポリピロール)、セルロース系樹脂、並びにポリビニルアルコール系樹脂等が挙げられる。これらは1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。硫黄原子を含み、ラジカル補足材として働くと考えられる硫黄化合物を生じるという観点から、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリスルホン系樹脂(例えばポリスルホン(PSU)及びポリエーテルスルホン(PES))、ポリベンゾチアゾールであることが好ましく、成形加工性の観点から、式[I]から[III]で表される、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリスルホン(PSU)、及びポリエーテルスルホン(PES)からなる群より選ばれる1種類以上の高分子を主成分として含むことがより好ましい。ここで「主成分である」とは、補強材料全量に対し、ポリフェニレンスルフィド(PPS)、ポリスルホン(PSU)、及びポリエーテルスルホン(PES)からなる群より選ばれる1種類以上が、通常80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上であることを指す。補強材料全量に対して80%以上であることで、確実に効果を発揮させることができ、90%以上とすることで、効果を発揮させるための熱処理(後述するアニール処理)の時間を短縮することができ、95%以上とすることで、他の成分による影響を抑えることができ、98%以上とすることで、熱処理(アニール処理)によって生じる硫黄化合物の含有量のブレ幅を5ppmの範囲に抑えることができる。
これらの高分子を含む補強材料は、耐薬品性及び耐熱性にさらに優れ、フッ素系高分子電解質膜と複合化する際に一層安定である。
【0029】
【化2】
【0030】
【化3】
【0031】
【化4】
【0032】
本実施形態の高分子電解質膜に含まれる補強材料の形態として、具体的には、粒子状、ファイバーシート状、不織布が挙げられ、耐久性向上の観点から、これらの中から選ばれる1種類以上の形態の補強材料を含むことが好ましい。
【0033】
粒子状の補強材料の形態に関して、特に限定されないが、分散性を向上させることで補強効果を電解質膜全体に実現させる観点から、平均粒子径が0.1~20μmであることが好ましい。粒子径を0.1μm以上とすることで、化学耐久性向上効果を発現でき、20μm以下とすることで、高分子電解質膜内での分散性を確保できる。
【0034】
ファイバーシート状、不織布の補強材料の形態に関して、特に限定されないが、複合化させることによる抵抗の増加を防ぐという観点から、ファイバー径が200~600nmであることが好ましい。さらに好ましくは300~500nmである。ファイバー径を200nm以上とすることで、補強材料としての効果を発揮することができ、300nm以上とすることで、化学耐久性向上効果を発現でき、600nm以下とすることで、高分子電解質と複合化が容易になり、500nm以下とすることで、複合化させた際に高分子電解質膜の抵抗の増加を抑えることができる。
【0035】
ファイバーシート状補強材料の製造法として、特に限定されないが、例えば、エレクトロスピニング法が挙げられる。
不織布の補強材料の製造法として、特に限定されないが、例えば、メルトブロー法が挙げられる。
【0036】
上記のように構成された補強材料と高分子電解質とが複合化されて構成される高分子電解質膜は、後述する製膜時の熱処理(アニール処理)工程において、過酸化物や過酸化物ラジカルを捕捉する硫黄原子を含むイオン性化合物を発生させる。この硫黄原子を含むイオン性化合物は、過酸化物や過酸化物ラジカルを捕捉し、過酸化物や過酸化物ラジカルによる電解質膜成分の化学的な劣化を抑制し、電解質膜の化学耐久性を向上させると考えられる。
【0037】
補強材料の割合は、高分子電解質膜全量に対して1~20質量%であることが好ましく、5~20質量%であることがより好ましく、より好ましくは7~20質量%であることがさらに好ましい。補強材料の割合を1~20質量%とすることにより、高分子電解質との複合化が容易になり、5~20質量%とすることで、補強材料としての効果を発揮することができ、7~20質量%とすることで、高分子電解質膜における硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を0.10ppm以上100ppm以下と調整できる。
【0038】
<熱処理(アニール処理)>
アニール処理工程は、高分子電解質膜の製造方法にて後述するように、製造した電解質膜そのものの機械的強度を増強し安定化するために行われる。
アニール処理は、機械的強度を高めるために、高分子電解質のガラス転移温度以上(例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂の場合、170℃以上)にて行われることがある。一方、補強材料として用いるPPS、PSU、及びPES等は、170℃以上でアニール処理を行うと分解して、硫黄原子を含むイオン性化合物を生じうる。この生じた硫黄原子を含むイオン性化合物が触媒を被毒することにより、高分子電解質膜の発電特性を低下させると思われていた。
しかしながら、高分子電解質膜を検討した結果、170℃以上でアニール処理を行った高分子電解質膜は、高い化学耐久性を有していることを新たに見出した。これは、アニール処理時に補強材料の分解により生じた硫黄化合物が、触媒を被毒する一方で、作動中の電池内で生成する過酸化物や過酸化物ラジカルを捕捉しているためであると考えられる。その結果、電解質膜に対して反応する過酸化物や過酸化物ラジカルが減少し、化学的な耐久性が向上していると考えられる。本実施形態の高分子電解質膜は、硫黄原子を含むイオン性化合物を所定量含むことにより、発電特性を維持しながら、化学耐久性を向上させることができる。
【0039】
熱処理は、例えば、高分子電解質膜の製膜工程において行われる。熱処理方法としては、特に限定されないが、例えば、熱風、赤外線、マイクロ波による間接的な加熱方法が挙げられる。
ここで言う間接的な加熱とは、高分子電解質膜そのものが発熱するのではなく、外部から熱源を与えて加熱する方法のことを示す。例えば、熱風による加熱は、熱した空気を高分子電解質膜に対して吹き付けることで、高分子電解質膜全体を加熱してアニール処理を施す方法である。赤外線やマイクロ波による加熱は、特定の波長の電磁波を照射することで分子を振動させ、振動熱を発生させる方法である。特に、高分子電解質膜内では、イオン交換基がクラスターを形成しており、そのクラスター内部に水が束縛されている。その束縛水が振動する波長の電磁波を照射することで、振動熱を発生させ、アニール処理を施す。これにより、塗膜表面の温度を上げることなく、170℃以上相当の熱量を発生させることが可能となるため、補強材の熱分解を最小限に抑えることができる。すなわち、生じる硫黄化合物の量を100ppm以下に抑えることができ、発電特性を低下させずに、化学耐久性のみを向上させることができる。このように、アニール処理時の電解質膜の温度を制御することで、補強材料の熱分解量が制御され、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量も制御することができる。
【0040】
本実施形態の高分子電解質膜における硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量は、高分子電解質膜1質量部に対する質量部数として、0.10ppm以上100ppm以下であり、好ましくは1ppm以上50ppm以下であり、より好ましくは5ppm以上30ppm以下である。硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を0.10ppm以上とすることで、化学耐久性向上効果を発現させることができ、1ppm以上とすることで、高分子電解質膜の平面方向に対して均一に分散させることができ、5ppm以上とすることで、化学耐久性向上効果を高分子電解質膜に対して均一に発現させることができ、100ppm以下とすることで、触媒被毒による発電毒性の低下を抑えることができ、50ppm以下とすることで、触媒被毒による発電特性の低下を少量に抑えることができ、30ppm以下とすることで、触媒被毒が起きていないものと同程度の発電特性を発現することができる。
上記含有量を0.10ppm以上100ppm以下の範囲に制御する方法としては、特に制限されず、例えば、高分子電解質膜にPPS、PSU、及びPES等の補強材料を配合し、高分子電解質膜の製造時に熱処理する方法等が挙げられる。
【0041】
<硫黄原子を含むイオン性化合物>
本実施形態における硫黄原子を含むイオン性化合物とは、硫酸イオン、硫酸水素イオン、又は、亜硫酸イオンを生成する化合物である。
本実施形態における硫黄原子を含むイオン性化合物の分子量は、好ましくは300g/mol以下である。300g/mol以下であれば、高分子電解質膜中で、均一に分散させることができる。上記分子量の下限は特に制限されないが、通常30g/mol以上であればよい。
【0042】
本実施形態における硫黄原子を含むイオン性化合物は、特に限定されないが、式(1)により表される化合物であることが好ましい。式(1)のような構造の化合物であれば、容易にイオン化し、高分子電解質膜中で、安定に存在させることができる。
【0043】
【化5】
【0044】
式中、Rは、炭素数1以上10以下の1価の有機基、水素、又はヒドロキシ基を表す。
【0045】
硫黄原子を含むイオン性化合物は、特に限定されないが、例えば、硫酸イオンや硫酸水素イオンを生成する硫酸、亜硫酸イオンを生成する亜硫酸が挙げられる。
【0046】
これらの同定は、IC-MSを用いて行うことができる。高分子電解質膜をエタノール中に浸漬させて分解したイオン系の化合物を抽出し、IC-MSを用いて硫黄原子を含むイオン性化合物の構造を決定する。
【0047】
高分子電解質膜内に含まれる硫黄原子を含むイオン性化合物の定量の精度を上げる観点から、高分子電解質膜中の硫黄原子を含むイオン性化合物に相当する化合物(熱処理によって分解して同時に生じる化合物)、例えば、式[IV]、[V]及び[VI]で表される化合物を定量することにより、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を決定することが好ましい。具体的には、例えば、高分子電解質膜をエタノール中に浸漬させて、分解時に同時に生じる式[IV]、[V]及び[VI]により表される化合物を抽出し、GC/MSで定量することにより、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を決定することが好ましい。
【0048】
【化6】
【0049】
【化7】
【0050】
【化8】
【0051】
<高分子電解質膜の製造方法>
本実施形態の高分子電解質膜の製造方法について説明する。本実施形態の高分子電解質膜は、例えば、粒子状、ファイバーシート状、及び不織布から選ばれる1種以上の形態の補強材料と、フッ素系高分子電解質膜とを複合化することにより、複合電解質膜として製造することが好ましい。例えば、ナノファイバーシートの空隙にフッ素系高分子電解質膜を充填することにより高分子電解質膜を得ることができる。
【0052】
本実施形態に係る電解質膜を製造する際に用いることができるフッ素系高分子電解質溶液は、上記フッ素系高分子電解質溶液と、必要に応じてその他の添加剤とを含むものである。このフッ素系電解質溶液は、そのまま、またはろ過もしくは濃縮などの工程を経た後、ナノファイバーシートとの複合化に用いられる。あるいは、この溶液を単独または他の電解質溶液と混合して用いることもできる。
【0053】
次いで、フッ素系高分子電解質溶液の製造方法について、より詳細に説明する。このフッ素系高分子電解質溶液の製造方法は特に限定されず、例えば、フッ素系高分子電解質を溶媒に溶解または分散させた溶液を得た後、必要に応じてその液に添加剤を分散させる。あるいは、まず、フッ素系高分子電解質を溶融押し出し、延伸などの工程を経ることによりフッ素系高分子電解質と添加剤とを混合し、その混合物を溶媒に溶解または分散させる。このようにしてフッ素系高分子電解質溶液が得られる。
【0054】
より具体的には、まず、フッ素系高分子電解質の前駆体ポリマーからなる成型物を塩基性反応液体中に浸漬し、加水分解させる。この加水分解処理により、フッ素系高分子電解質の前駆体ポリマーはフッ素系高分子電解質へと変換される。次に、加水分解された上記成形物を温水などで十分に水洗し、その後、成形物に酸処理を施す。酸処理に用いられる酸は、特に限定されないが、塩酸、硫酸および硝酸などの鉱酸類やシュウ酸、酢酸、ギ酸およびトリフルオロ酢酸などの有機酸類が好ましい。この酸処理によって、フッ素系高分子電解質の前駆体ポリマーはプロトン化され、フッ素系高分子電解質、例えば、パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂が得られる。
【0055】
上述のように酸処理された上記成形物(フッ素系高分子電解質を含む成形物)は、上記フッ素系高分子電解質を溶解または懸濁させ得る溶媒(ポリマーとの親和性が良好な溶媒)に溶解または懸濁される。このような溶媒として、例えば、水やエタノール、メタノール、n-プロパノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、グリセリンなどのプロトン性有機溶媒やN,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチルピロリドンなどの非プロトン性有機溶媒が挙げられる。これらは1種を単独でまたは2種以上を組み合わせて用いられる。特に、1種の溶媒を用いる場合、溶媒が水であると好ましい。水を溶媒として用いることで、プロトンの伝導が容易になる。また、2種以上を組み合わせて用いる場合、水とプロトン性有機溶媒との混合溶媒が好ましい。水とプロトン性有機溶媒の混合溶媒であれば、高分子電解質を溶解または懸濁させることが容易になる。
【0056】
フッ素機構分子電解質を溶媒に溶解または分散(懸濁)させる方法としては、特に限定されない。例えば、上記溶媒中にそのままフッ素系高分子電解質を溶解または分散させてもよい。ただし、大気圧下またはオートクレーブなどで密閉加工した条件のもとで、0~250℃の温度範囲でフッ素系高分子電解質を溶媒に溶解または分散するのが好ましい。特に、溶媒として水およびプロトン性有機溶媒を用いる場合、水とプロトン性有機溶媒との混合比は、溶解方法、溶解条件、フッ素系高分子電解質の種類、総固形分濃度、溶解温度、攪拌速度などに応じて適宜選択できる。ただし、水に対するプロトン性有機溶媒の質量の比は、水1に対してプロトン性有機溶媒0.1~10であると好ましく、より好ましくは水1に対してプロトン性有機溶媒0.1~5である。水1に対してプロトン性有機溶媒0.1~10であれば、高分子電解質の溶解または分散が容易になり、水1に対してプロトン性有機溶媒0.1~5であれば、製造過程において溶媒を取り除くのが容易になる。
【0057】
なお、フッ素系高分子電解質溶液には、乳濁液、懸濁液、コロイド状液体およびミセル状液体のうち1種または2種以上が含まれていてもよい。ここで、乳濁液は、液体中に液体粒子がコロイド粒子またはそれよりも粗大な粒子として分散して乳状をなすものである。また、懸濁液は、液体中に固体粒子がコロイド粒子または顕微鏡で見える程度の粒子として分散したものである。さらに、コロイド状液体は、巨大分子が分散した状態のものであり、ミセル状液体は、多数の小分子が分子間力で会合してできた親液コロイド分散系である。
【0058】
また、電解質膜の成形方法や用途に応じて、フッ素系高分子電解質溶液を、濃縮したり、ろ過したりすることも可能である。濃縮の方法としては特に限定されないが、例えば、フッ素系高分子電解質溶液を加熱し、溶媒を蒸発させる方法や減圧濃縮する方法が挙げられる。フッ素系高分子電解質溶液を塗工用溶液として用いる場合、フッ素系高分子電解質溶液の固形分率は、粘度の上昇を抑制して取り扱い性を高める観点および生産性を向上させる観点から、0.5質量%以上50質量%以下であると好ましい。0.5質量%以上とすることで、塗工に必要な粘度を確保でき、50質量%以下とすることで、塗工可能な粘度とすることができる。
【0059】
フッ素系高分子電解質溶液をろ過する方法としては、特に限定されないが、例えば、フィルターを用いて、加圧ろ過する方法が代表的に挙げられる。上記フィルターには、90%捕集粒子径がフッ素系高分子電解質溶液に含まれる固体粒子の平均粒子径の10倍から100倍のろ材を用いることが好ましい。このろ材の材質としては、例えば、紙および金属が挙げられる。特に、ろ材が紙の場合、90%捕集粒子径が上記固体粒子の平均粒子径の10倍~50倍であることが好ましい。金属製のフィルターを用いる場合、90%捕集粒子径が上記固体粒子の平均粒子径の50倍~100倍であることが好ましい。当該90%捕集粒子径を平均粒子径の10倍以上に設定することは、送液するときに必要な圧力が高くなりすぎることを抑制したり、フィルターが短期間で閉塞してしまうことを抑制したりするのに効果がある。一方、90%捕集粒子径を平均粒子径の100倍以下に設定することは、フィルムで異物の原因となるような粒子の凝集物や樹脂の未溶解物を良好に除去できる観点から好ましい。
【0060】
粒子状の補強材料とフッ素系高分子電解質膜とを複合化させる方法としては、特に限定されないが、例えば、フッ素系高分子電解質溶液にあらかじめ添加しておき、塗工する方法が挙げられる。より具体的には、例えば、移動しているまたは静置されている細長いキャスティング基材(シート)上に添加剤を加えたフッ素系高分子電解質溶液の被膜を形成する。これを熱風循環槽中等で乾燥させることで、複合電解質膜を作製することができる。
【0061】
ナノファイバーシートとフッ素系高分子電解質とを複合化する方法としては、特に限定されないが、例えば、フッ素系高分子電解質膜をナノファイバーシートに塗工し、あるいは、フッ素系高分子電解質溶液にナノファイバーシートを含浸させた後、乾燥する方法が挙げられる。より具体的には、例えば、移動しているまたは静置されている細長いキャスティング基材(シート)上にフッ素系高分子電解質溶液の被膜を形成し、その溶液にナノファイバーシートを接触させ、未完成な複合構造体を作製する。この未完成な複合構造体を熱風循環槽中などで乾燥させる。次に乾燥させた未完成な複合構造体の上にフッ素系高分子電解質溶液の被膜をさらに形成させることで、複合電解質膜を作製することができる。フッ素系高分子電解質溶液とナノファイバーシートとの接触は、乾燥状態で行われても、未乾燥状態または湿潤状態で行われてもよい。
【0062】
不織布の形態を有する補強材とフッ素系高分子電解質膜とを複合化させる方法は、ナノファイバーシートの時と同様の方法で行うことができる。
【0063】
本実施形態の高分子電解質膜は、上述のように製造された後、さらに熱処理(アニール処理ともいう)を施されることが好ましい。この熱処理によりフッ素系高分子電解質のパーフルオロアルキル骨格の結晶化が進み、その結果、電解質膜の機械的強度がさらに安定化され得る。この熱処理の温度は、好ましくは100℃以上230℃以下、より好ましくは120℃以上220℃以下、さらに好ましくは140℃以上210℃以下である。100℃以上とすることで、結晶化が進み、膜としての自立性を担保でき、120℃以上とすることで、基材からの剥離が容易な強度を持たせることができ、140℃以上とすることで、電解質膜の機械的強度が向上する。また、230℃以下とすることで、高分子電解質の分解を抑えることができ、220℃以下とすることで、溶媒の揮発による気泡の発生を抑えることができ、210℃以下とすることで、電解質膜の含水率を適切に保持することができる。熱処理の時間は、熱処理の温度にもよるが、より高い耐久性を有する電解質膜を得る観点から、好ましくは1分間から3時間、より好ましくは5分間から3時間、さらに好ましくは10分間から2時間である。1分以上とすることでアニール処理の効果を十分に確保でき、5分以上とすることで高分子電解質の結晶化を進めることができ、10分以上とすることで、機械的強度の優れた高分子電解質膜を得られる。また、3時間以下とすることで、加熱による高分子電解質膜の劣化を防ぐことができ、2時間以下とすることで、電解質膜の含水率を保持することができる。例えば、熱処理の温度が140℃以上210℃以下である場合、1分間から30分間とすることがとりわけ好ましい。1分以上とすることでアニール処理の効果を十分に確保でき、30分以下とすることで補強材料の分解を抑えることができる。
【0064】
本実施形態の高分子電解質膜は、特に固体高分子形燃料電池における電解質膜として好適に用いられる。本実施形態の高分子電解質膜は、無機化合物を添加することなく、過酸化物やラジカルによる電解質膜成分の化学的な劣化に対して高い耐久性を有し、かつ、無機化合物を添加してないため、長時間運転時に起こる燃料電池内部での添加物の偏りによる発電特性の低下がみられない、多孔質体で補強された燃料電池用電解質膜を提供できる。
【実施例
【0065】
以下、本実施形態を実施例により具体的に説明するが、本発明は実施例に制限されるものではない。本実施形態に用いられる評価法及び測定法は以下のとおりである。
【0066】
[実施例1]
パーフルオロカーボンスルホン酸樹脂が15質量%の水:エタノール=40:60(質量比)の溶液を調製した。これを溶液1とする。
静置されている基材フィルム(東レ・デュポン株式会社、製品名「カプトン300H」。以下同様。)にブレードコータで溶液1を塗工した。次いで、補強材料であるPESファイバーシート(以下、「PES-NF」とする。)を基材フィルムに塗工した溶液1に接触させ、含浸させた後、乾燥機(株式会社エスペック社製、型式「SPH-201M」)にて、60℃で20分間、120℃で20分間乾燥させた。乾燥後の膜の上に溶液1を塗工し、再び乾燥機にて60℃で20分間、120℃で20分間乾燥させた。
こうして得られた電解質膜に対して170℃の熱風で5分間アニールを施し、厚さ15μmの複合体電解質膜として高分子電解質膜を得た。得られた高分子電解質膜をエタノール中に浸漬させて分解物を抽出し、IC-MSで硫黄原子を含むイオン性化合物の構造の同定、及びGC/MSで同時に生成する化合物[IV]、[V]、[VI]の定量分析を行い、高分子電解質膜1質量部に対する質量部数として、高分子電解質膜中に含まれる分解物の含有量を求めた。当該分解物の含有量を、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量とした。
なお、GC/MSによる定量分析は以下の方法により行った。
分解物であるジフェニルエーテル(DPE)をエタノール中に抽出し、下記<GC/MS測定条件>により、トータルイオンクロマトグラム(TIC)を求めた。TICのピーク面積値より溶液濃度を求め、計算により対試料濃度を算出した。ピーク面積値より溶液濃度を算出するための検量線は、標準試料(DPE)のTICの結果を用いて作成した。
【0067】
<GC/MS測定条件>
装置:Agilent 7890/MSD5975C
カラム:DB-1(0.25mmi.d.×30m) 液相厚 0.25μm
カラム温度:5分40℃の後、20℃/minで昇温し、12分300℃保持した
カラム流量:1.0mL/min
注入口温度:300℃
注入法:スプリット法(スプリット比:1/10)
イオン源温度:230℃
インターフェイス温度:300℃
イオン化法:電子イオン化(EI)法
試料量:1μL注入
【0068】
[実施例2]
実施例1と同様の方法により120℃で20分間再度乾燥させる工程まで行った。アニール方法を赤外線加熱する方法とした。具体的には、赤外線加熱により電解質膜の表面温度が170℃になるように加熱して1分間アニールを施し、厚さ15μmの複合体電解質膜を得た。実施例1と同じ方法により、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を求めた。
【0069】
[実施例3]
表1の実施例3に記載の条件としたこと、すなわち、アニール時間を1分間に変更したこと以外は、実施例1と同様の方法により厚さ15μmの複合体電解質膜を得た。実施例1と同じ方法により、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を求めた。
【0070】
[実施例4]
表1の実施例4に記載の条件としたこと、すなわち、アニール時間を15分間に変更したこと以外は、実施例1と同様の方法により厚さ15μmの複合体電解質膜を得た。実施例1と同じ方法により、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を求めた。
【0071】
[実施例5]
表1の実施例5に記載の条件としたこと、すなわち、アニール時間を25分間に変更したこと以外は、実施例1と同様の方法により厚さ15μmの複合体電解質膜を得た。実施例1と同じ方法により、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を求めた。
【0072】
[実施例6]
表1の実施例6に記載の条件としたこと、すなわち、補強材料にPSUを用い、アニール温度を150℃とし、アニール時間を10分間に変更したこと以外は、実施例1と同様の方法により厚さ15μmの複合体電解質膜を得た。実施例1と同じ方法により、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を求めた。
【0073】
[実施例7]
表1の実施例7に記載の条件としたこと、すなわち、補強材料にPPS粒子を用い、アニール時間を20分に変更したこと以外は、実施例1と同様の方法により厚さ15μmの複合体電解質膜を得た。定量する分解物をベンゼンに変更した以外は、実施例1と同じ方法により、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を求めた。
【0074】
[実施例8]
表1の実施例8に記載の条件としたこと、すなわち、補強材料にPES不織布を用い、アニール時間を10分に変更したこと以外は、実施例1と同様の方法により厚さ20μmの複合体電解質膜を得た。実施例1と同じ方法により、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を求めた。
【0075】
[比較例1]
表1の比較例1に記載の条件としたこと、すなわち、アニール時間を0.5分間に変更したこと以外は、実施例1と同様の方法により厚さ15μmの複合体電解質膜を得た。実施例1と同じ方法により、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を求めた。
【0076】
[比較例2]
表1の比較例2に記載の条件としたこと、すなわち、アニール温度を160℃とし、アニール時間を60分間に変更したこと以外は、実施例1と同様の方法により厚さ15μmの複合体電解質膜を得た。実施例1と同じ方法により、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を求めた。
【0077】
[比較例3]
表1の比較例3に記載の条件としたこと、すなわち、アニール時間を30分間に変更したこと以外は、実施例1と同様の方法により厚さ15μmの複合体電解質膜を得た。実施例1と同じ方法により、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量を求めた。
【0078】
[比較例4]
溶液1におけるフェノチアジン(富士フイルム和光純薬(株)製)の含有量が110.0ppmとなるように調製した溶液を溶液2とし、これを静置されている基材フィルムにブレードコータで塗工した。乾燥機にて、60℃で20分間、120℃で20分間乾燥させた。こうして得られた電解質膜に対して170℃の熱風で5分間アニールを施し、厚さ15μmの高分子電解質膜を得た。
【0079】
[比較例5]
表2の比較例5に記載の条件としたこと、すなわち、フェノチアジンの含有量が192ppmとなるように変更したこと以外は、比較例4と同様の方法により厚さ15μmの高分子電解質膜を得た。
【0080】
<燃料電池評価>
下記に作製する膜/電極接合体の初期における電池特性(以下、初期特性と称する)を調べるため、次のような燃料電池評価を実施した。
Pt担持カーボン(日本国田中貴金属(株)社製TEC10E40E、Pt36.4質量%)1.00gに対し、高分子電解質溶液を7.33g添加した後、ホモジナイザーでよく混合して電極触媒組成物を得た。この電極触媒組成物をスクリーン印刷法にてポリテトラフルオロエチレン(PTFE)シート上に塗布した。塗布後、室温下で1時間、空気中で160℃にて1時間、乾燥した。このようにして、3.5cm角で厚み10μmの電極触媒層を得た。これらの電極触媒層のうち、Pt担持量が0.15mg/cm2のものをアノード触媒層とし、Pt担持量が0.30mg/cm2のものをカソード触媒層とした。
アノード触媒層、カソード触媒層及び下記に作製する高分子電解質膜を中心部に備えて向かい合わせ、その間に挟み込み、180℃、面圧0.1MPaでホットプレスすることにより、アノード触媒層とカソード触媒層とを高分子電解質に転写、接合してMEAを作製した。
【0081】
<I-V試験>
次に、アノード側ガス拡散層とカソード側ガス拡散層を向かい合わせて、MEAを挟み込み、評価用セルに組み込んだ。ガス拡散層としては、カーボンクロス(米国DE NORA NORTH AMERICA社製ELAT(登録商標)B-1)をセットして評価用セルに組み込んだ。この評価用セルを評価装置(日本国(株)チノー社製)にセットして80℃に昇温した後、アノード側に水素ガスを300cc/min、カソード側に空気ガス800cc/minを流し、アノード及びカソード共に0.15MPa(絶対圧力)で加圧した。ガス加湿には水バブリング方式を用い、水素ガスは85℃、空気ガスは75℃で加湿してセルへ供給した状態にして、電流電圧曲線を測定して初期特性を調べた。
【0082】
<OCV加速試験>
高温低加湿条件下における高分子電解質膜の耐酸化性を加速的に評価するため、以下のようなOCV加速試験を実施した。ここでいう「OCV」とは、開回路電圧(Open Circuit Voltage)を意味する。このOCV加速試験は、OCV状態に保持することで高分子電解質膜の化学的劣化を促進させることを意図した加速試験である。OCV加速試験は、平成14年度日本国新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究「固体高分子形燃料電池の研究開発(膜加速評価技術の確立等に関するもの)」日本国旭化成(株)成果報告書p.53~57に詳細に記載された方法を参照できる。
具体的には、まず、アノード側ガス拡散電極とカソード側ガス拡散電極を向かい合わせて、その間に高分子電解質膜を挟み込み、評価用セルに組み込んだ。ガス拡散電極としては、米国DENORA NORTH AMERICA社製ガス拡散電極ELAT(登録商標)(Pt担持量0.4mg/cm2、以下同じ)に5質量%のパーフルオロスルホン酸ポリマー溶液(Aciplex-SS(旭化成(株)製、当量質量(EW):910、溶媒組成(質量比):エタノール/水=50/50)を塗布した後、大気雰囲気化中、140℃で乾燥及び固定化したものを使用した。ポリマー担持量は0.8mg/cm2であった。この評価用セルを評価装置(日本国(株)チノー社製)にセットして昇温した後、アノード側に水素ガス、カソード側に空気ガスを200cc/minで流してOCV状態に保持した。ガス加湿には水バブリング方式を用い、水素ガス、空気ガスともに加湿してセルへ供給した。試験条件としては、セル温度100℃、ガス加湿温度50℃、また、アノード側とカソード側の両方を無加圧(大気圧)とした。
上記試験の開始から10時間ごとに、高分子電解質膜にピンホールを生じたか否かを調べるために、日本国GTRテック(株)製フロー式ガス透過率測定装置GTR-100FAを用いて水素ガス透過率を測定した。評価セルのアノード側を水素ガスで0.15MPaに保持した状態で、カソード側にキャリアガスとしてアルゴンガスを10cc/minで流し、評価セル中をクロスリークによりアノード側からカソード側に透過してきた水素ガスとともにガスクロマトグラフG2800に導入し、水素ガスの透過量を定量化した。水素ガス透過量をX(cc)、補正係数をB(=1.100)、高分子電解質膜の膜厚T(cm)、水素分圧をP(Pa)、高分子電解質膜の水素透過面積をA(cm2)、測定時間をD(sec)とした時の水素ガス透過率L(cc×cm/cm2/sec/Pa)は、下記式から計算した。
L=(X×B×T)/(P×A×D)
水素ガス透過率が、OCV試験前の値の10倍に達した時点でクロスリークと判定し、試験終了とした。
【0083】
【表1】
【0084】
OCV加速試験(化学耐久性)の評価は、実施例1におけるOCV値が720mVを下回るまでの時間を1として、相対値で評価した。実施例1におけるOCV値が720mVを下回るまでの時間の1.5倍以上であった場合を◎とし、1~1.5倍未満であった場合を〇、1倍未満であった場合を×とした。
I-V(発電特性)の評価は、電流密度1.0A/cm2におけるセル電圧が、触媒被毒が起きていない電池に比べて、10mV未満の低下であった場合を〇、10mV以上20mV未満の低下であった場合を△、20mV以上低下した場合を×とした。
【0085】
【表2】
【0086】
表1より、硫黄原子を含むイオン性化合物の量とOCV化学耐久性向上効果について比較する。実施例1~8より、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量が0.5~93ppmである高分子電解質膜は、OCV化学耐久性に優れることがわかる。一方、比較例1より、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量が0.10ppm未満であるとOCV化学耐久性向上の効果が発現していないことが考えられる。
【0087】
表1より、硫黄原子を含むイオン性化合物の量とI-V発電特性の低下について比較する。実施例1~3、5~8及び比較例1より、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量が0.06~20ppmである高分子電解質膜は、I-V発電特性がほとんど低下していないことがわかる。一方、実施例4、5より、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量が42~93ppmである高分子電解質膜は、わずかにI-V発電特性が低下していることがわかる。さらに、比較例2、3より、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量が100ppmを超えると、I-V発電特性が大きく低下することが考えられる。
【0088】
これらの結果をまとめると、硫黄原子を含むイオン性化合物の含有量が0.10~100ppmである高分子電解質膜は、I-V発電特性をほとんど低下させることなく、OCV化学耐久性に優れていると言える。
【0089】
表2より、硫黄原子を含む化合物について、イオン性化合物であるか複素環式化合物であるかを比較する。実施例2の結果より、硫黄原子を含む化合物の量が5ppmであると、OCV化学耐久性に優れ、I-V発電特性の低下がほとんどないことがわかる。一方で、比較例4、5より、硫黄原子を含む化合物が複素環式化合物であると、硫黄成分を110ppm以上加えなければ、イオン性化合物と同じOCV化学耐久性を発現できておらず、硫黄成分の添加量が多くなるため、I-V発電特性は低下してしまうことがわかる。
【0090】
このことから、高分子電解質膜中に含まれる硫黄原子を含む化合物は、イオン性を有しているものの方が、少量でOCV化学耐久性向上効果を発現できることがわかる。そして、硫黄原子を含む化合物が少ないために、I-V発電特性も低下させないことがわかる。これは、燃料電池内部で発電により生成する水の内部でイオン性を有する化合物の方が、安定的に分散して存在することができるので、少量の添加でも効果を発現できるためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0091】
本発明の高分子電解質膜は、発電特性を維持しながら、化学耐久性に優れる。
【符号の説明】
【0092】
1・・・補強材複合化層、
2、4・・・電解質ポリマー層、
3・・・粒子状補強材料
図1
図2