(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-19
(45)【発行日】2024-12-27
(54)【発明の名称】転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/66 20060101AFI20241220BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20241220BHJP
F16C 33/78 20060101ALI20241220BHJP
F16J 15/3232 20160101ALI20241220BHJP
C10M 129/72 20060101ALI20241220BHJP
C10M 129/74 20060101ALI20241220BHJP
C10M 105/18 20060101ALI20241220BHJP
C10M 115/08 20060101ALI20241220BHJP
C10N 50/10 20060101ALN20241220BHJP
C10N 40/02 20060101ALN20241220BHJP
C10N 40/00 20060101ALN20241220BHJP
C10N 30/12 20060101ALN20241220BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20241220BHJP
【FI】
F16C33/66 Z
F16C19/06
F16C33/78 Z
F16J15/3232 201
C10M129/72
C10M129/74
C10M105/18
C10M115/08
C10N50:10
C10N40:02
C10N40:00 D
C10N30:12
C10N30:00 Z
(21)【出願番号】P 2020145105
(22)【出願日】2020-08-28
【審査請求日】2023-03-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100174090
【氏名又は名称】和気 光
(74)【代理人】
【識別番号】100100251
【氏名又は名称】和気 操
(74)【代理人】
【識別番号】100205383
【氏名又は名称】寺本 諭史
(72)【発明者】
【氏名】田中 新樹
(72)【発明者】
【氏名】川村 隆之
【審査官】藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-166191(JP,A)
【文献】国際公開第2016/059855(WO,A1)
【文献】国際公開第2005/097954(WO,A1)
【文献】国際公開第2013/047781(WO,A1)
【文献】特開2009-204126(JP,A)
【文献】特開2004-051912(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56
F16C 33/30-33/66
F16C 33/78
F16J 15/3232
C10M 129/72
C10M 129/74
C10M 105/18
C10M 115/08
C10N 50/10
C10N 40/02
C10N 40/00
C10N 30/12
C10N 30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、外輪と、該内輪および外輪の間に介在する複数の転動体と、前記内輪および外輪の一方の部材に固定され、他方の部材である相手部材に接触し、軸受内空間を密封するシール部材と、前記軸受内空間に封入されるグリース組成物とを有する転がり軸受であって、
前記グリース組成物は、基油と増ちょう剤とエステル系防錆剤とを含み、前記エステル系防錆剤が前記基油と前記増ちょう剤との合計量100質量部に対して0.2質量部~0.6質量部含まれ、
前記基油の40℃における動粘度は、120mm
2
/s以上であり、
前記シール部材は、前記相手部材の摺動面に接触するゴム部を有し、該ゴム部が、トリメリット酸エステル系可塑剤を含むニトリルゴムで形成されることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記エステル系防錆剤は、ソルビタン脂肪酸エステルおよびコハク酸エステルから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする請求項1記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記増ちょう剤は、脂肪族ジウレア化合物および脂環式ジウレア化合物の混合物であり、該増ちょう剤における脂肪族ジウレア化合物の含有量が、脂環式ジウレア化合物の含有量よりも多いことを特徴とする請求項1または請求項2記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記転がり軸受は回転電気機械用軸受であることを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれか1項記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記基油は、合成炭化水素油およびエーテル油から選ばれる少なくとも1種であり、
前記グリース組成物は、分子構造内に硫黄およびリンを含む添加剤を含まないことを特徴とする請求項1から請求項4までのいずれか1項記載の転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリース組成物が封入された転がり軸受に関し、特に、サーボモータおよび回転軸の回転角や回転速度を検出するロータリーエンコーダや、その他周辺環境の汚染を嫌う箇所で回転軸を支持する転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
電動モータに代表される電機機械の回転支持部に使用される軸受は、内部に潤滑グリースを封入し、その潤滑グリースを鉄板もしくは芯金にゴム材を加硫接着したゴムシールなどの密封板を用いて密封する形式が一般的に採用されている。例えば、サーボモータのサーボ機構側に配される軸受や、光学式ロータリーエンコーダの回転軸を支持する軸受は、軸受から発生する発塵によりその機能が損なわれる可能性がある。このように、特に周辺環境の汚染を嫌う使用箇所においては、グリースの低発塵性能の向上や、密封板の密封性能の向上が求められる。
【0003】
発塵は、転がり軸受の回転に伴う発熱と軸受内部の圧力上昇により、グリースの一部が蒸発または飛散し、軸受外部へ放出されることで生じる。よって、軸受からの発塵を抑制するためには、グリースを低ちょう度とし、高粘度で表面張力の大きい基油を用いることが有効と考えられる。
【0004】
従来、低発塵性を目的としたグリース組成物が種々検討されている。例えば、特許文献1では、40℃における動粘度が30mm2/s~180mm2/sであり、かつ、合成炭化水素油およびエーテル油から選ばれる少なくとも1種が配合された基油と、ウレア化合物からなる増ちょう剤とを含み、更に非金属元素のみからなる添加剤をグリース全量の0.1~1重量%配合してなるグリース組成物が提案されている。
【0005】
また、密封板に関しては、シール部材の内径リップと内輪に設けられたシール溝との位置関係によって2種に大別される。具体的には、内径リップがシール溝内部で接触する形式が接触形(
図2参照)、内径リップとシール溝内部とラビリンスすきまを形成し、非接触である形式が非接触形(
図4参照)と呼ばれている。周辺環境の汚染を嫌う箇所には、密封性を考慮して接触形のシール部材を使用することが一般的である。密封性を維持しつつ、接触形のシール部材によるトルク損失を低減する技術として、例えば特許文献2の技術が知られている。特許文献2の転がり軸受では、同一軸受内に接触形のシール部材と非接触形のシール部材を併用し、特に汚染してはいけない側に接触形のシール部材を配置させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平11-166191号公報
【文献】特開2006-316858号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
近年、モータの小型化・高出力化に伴い、その軸受の使用環境は高温になるケースが増えており、発塵には不利な環境での使用が増えている。特許文献1に記載されているグリース組成物は、半導体製造設備などのクリーンルーム内で使用される転動装置用であり、高温下での発塵性については検討されておらず、この点で懸念がある。また、特許文献2に記載されているゴムシールは、高温下ではゴム材が劣化し、摩耗により所定の密封性を確保することが困難になるおそれがある。
【0008】
ここで、グリース組成物の発塵性は、基油の粘度以外にも、基油よりも蒸発しやすい防錆剤や酸化防止剤などの添加剤の選定も重要になると考えられる。特に、防錆剤は基油に作用して表面張力を小さくするため、防錆剤を多量に含むグリースは発塵が増加するおそれがある。発塵を考慮すれば、防錆剤を無添加にすることが好ましいが、グリース自体の防錆性能が著しく低下するおそれがある。
【0009】
一方、グリースの蒸発・飛散分が軸受外部に放出されるのを抑制されるため、シール部材には高い密封性が求められる。密封性を向上させるため、接触形のシール部材が採用されるが、高温環境での使用の場合、ゴム材料に添加される可塑剤が蒸発し、ゴムの硬化やゴム本来の柔軟性が失われ、耐摩耗性が低下し摩耗粉が粉塵するおそれがある。その結果、シール部材と内輪との接触部が摩耗し、所定の密封性が確保できず、軸受内部からの発塵を助長し、可塑剤の蒸発分とシール部材の摩耗粉も発塵として周囲を汚染する一因となるおそれがある。
【0010】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであり、グリースの防錆性能を維持しつつ発塵を抑え、かつ、シール部材の密封性を長期にわたり維持でき、低発塵性を実現できる転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の転がり軸受は、内輪と、外輪と、該内輪および外輪の間に介在する複数の転動体と、上記内輪および外輪の一方の部材に固定され、他方の部材である相手部材に接触し、軸受内空間を密封するシール部材と、上記軸受内空間に封入されるグリース組成物とを有する転がり軸受であって、上記グリース組成物は、基油と増ちょう剤とエステル系防錆剤とを含み、上記エステル系防錆剤が上記基油と上記増ちょう剤との合計量100質量部に対して0.2質量部~0.6質量部含まれ、上記シール部材は、上記相手部材の摺動面に接触するゴム部を有し、該ゴム部が、トリメリット酸エステル系可塑剤を含むニトリルゴムで形成されることを特徴とする。
【0012】
上記エステル系防錆剤は、ソルビタン脂肪酸エステルおよびコハク酸エステルから選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする。
【0013】
上記基油は、合成炭化水素油およびエーテル油から選ばれる少なくとも1種であることを特徴とする。
【0014】
上記増ちょう剤は、脂肪族ジウレア化合物および脂環式ジウレア化合物の混合物であり、該増ちょう剤における脂肪族ジウレア化合物の含有量が、脂環式ジウレア化合物の含有量よりも多いことを特徴とする。
【0015】
上記グリース組成物は、分子構造内に硫黄およびリンを含む添加剤を含まないことを特徴とする。
【0016】
上記転がり軸受は回転電気機械用軸受であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の転がり軸受は、基油と増ちょう剤とエステル系防錆剤とを含み、エステル系防錆剤が基油と増ちょう剤との合計量100質量部に対して0.2質量部~0.6質量部含まれるので、グリース自体の防錆性能を保ちつつ、発塵量の増大を抑えることができる。また、上記エステル系防錆剤は、シール部材のゴム部に適用されるニトリルゴムと親和性が高いため、該ゴム部の摩耗を抑制できる。さらに、ゴム部の可塑剤として低揮発性のトリメリット酸エステル系可塑剤を用いることで、可塑剤自体の蒸発が抑えられ、軸受としての低発塵性を向上できる。これにより、グリースの防錆性能を維持しつつ発塵を抑え、かつ、シール部材の密封性を長期にわたり維持でき、低発塵性を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の転がり軸受の一例である深溝玉軸受の断面図である。
【
図3】本発明の転がり軸受を適用したサーボモータの概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の転がり軸受に封入されるグリース組成物は、基油と増ちょう剤とエステル系防錆剤とを含む。基油としては、通常、転がり軸受に用いられるものであれば、特に制限なく用いることができる。例えば、パラフィン系鉱油、ナフテン系鉱油などの鉱油、ポリ-α-オレフィン油(PAO油)、アルキルベンゼン油などの合成炭化水素油、エステル油、エーテル油、シリコーン油、フッ素油などが挙げられる。これらの基油は、単独で用いられてもよく、2種以上が併用されてもよい。これらの中でも、基油が合成炭化水素油およびエーテル油から選ばれる少なくとも1種であることが好ましく、合成炭化水素油およびエーテル油の混合油であることがより好ましい。
【0020】
合成炭化水素油としてはPAO油がより好ましい。PAO油は、α-オレフィンまたは異性化されたα-オレフィンのオリゴマーまたはポリマーの混合物である。α-オレフィンの具体例としては、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ドデセン、1-トリデセン、1-テトラデセン、1-ペンタデセン、1-ヘキサデセン、1-ヘプタデセン、1-オクタデセン、1-ノナデセン、1-エイコセン、1-ドコセン、1-テトラドコセンなどが挙げられ、通常はこれらの混合物が使用される。
【0021】
エーテル油としては、例えば、ポリフェニルエーテル油、アルキルジフェニルエーテル油、アルキルトリフェニルエーテル油、アルキルテトラフェニルエーテル油などが挙げられる。これらの中でも、高温での耐久性の点から、アルキルジフェニルエーテル油が好ましい。アルキルジフェニルエーテル油としては、モノアルキルジフェニルエーテル油、ジアルキルジフェニルエーテル油、ポリアルキルジフェニルエーテル油などが挙げられる。
【0022】
基油の動粘度(混合油の場合は、混合油の動粘度)としては、40℃において120mm2/s以上が好ましい。より好ましくは120mm2/s~160mm2/sであり、さらに好ましくは125mm2/s~140mm2/sである。
【0023】
本発明のグリースに用いる増ちょう剤は、特に限定されず、通常グリースの分野で使用される一般的なものを使用できる。例えば、金属石けん、複合金属石けんなどの石けん系増ちょう剤、ベントン、シリカゲル、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物などの非石けん系増ちょう剤を使用できる。金属石けんとしては、ナトリウム石けん、カルシウム石けん、リチウム石けんなどが挙げられ、複合金属石けんとしては、複合リチウム石けんなどが挙げられる。これらの中でも、増ちょう剤として、ジウレア化合物を用いることが好ましい。
【0024】
ジウレア化合物は、ジイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応して得られる。ジイソシアネート成分としては、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネー卜などが挙げられる。ジウレア化合物としては、脂肪族ジウレア化合物、脂環式ジウレア化合物、芳香族ジウレア化合物が用いられ、これらは使用するモノアミン成分の置換基の種類によって分けられる。脂肪族ジウレア化合物の場合、モノアミン成分として脂肪族モノアミン(ヘキシルアミン、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミンなど)が用いられる。脂環式ジウレア化合物の場合、モノアミン成分として脂環式モノアミン(シクロヘキシルアミンなど)が用いられる。芳香族ジウレア化合物の場合、モノアミン成分として芳香族モノアミン(p-トルイジンなど)が用いられる。
【0025】
増ちょう剤としては、脂肪族ジウレア化合物および脂環式ジウレア化合物の混合物を用いることが好ましい。特に、発塵量の観点から、該増ちょう剤における脂肪族ジウレア化合物の含有量が、脂環式ジウレア化合物の含有量よりも多いことがより好ましく、脂環式ジウレア化合物の含有量に対する脂肪族ジウレア化合物の含有量が、質量比で1.5倍~2倍であることがさらに好ましい。
【0026】
基油に増ちょう剤としてジウレア化合物を配合してベースグリースが得られる。ジウレア化合物を増ちょう剤とするベースグリースは、基油中でジイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応させて作製する。増ちょう剤は、基油と増ちょう剤との合計量100質量部に対して、12質量部~15質量部含まれることが好ましい。
【0027】
上記グリース組成物には、エステル系防錆剤が、基油と増ちょう剤との合計量100質量部に対して0.2質量部~0.6質量部含まれる。エステル系防錆剤としては、ソルビタン、ソルビトール、ペンタエリスリトール、ショ糖、グリセリンなどの多価アルコールと、オレイン酸、ラウリル酸などのカルボン酸との部分エステルや、コハク酸ハーフエステルなどが挙げられる。これらのエステル系防錆剤は、単独で用いられてもよく、2種以上が併用されてもよい。
【0028】
エステル系防錆剤は、後述するシール部材のゴム部に用いるニトリルゴムと親和性が高いため、ゴム部の摩耗を抑制することができる。具体的には、ニトリルゴムが、揮発したエステル系防錆剤を吸収し、可塑剤として機能することでゴム部の耐摩耗性を維持できると考えられる。
【0029】
上記エステル系防錆剤の中でも、ソルビタン脂肪酸エステルおよびコハク酸ハーフエステルから選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましい。ソルビタン脂肪酸エステルとしては、ソルビタンモノラウレート、ソルビタンモノステアレート、ソルビタンモノオレート、ソルビタントリオレートなどが挙げられる。また、コハク酸ハーフエステルとしては、アルキルコハク酸ハーフエステル、アルケニルコハク酸ハーフエステルなどが挙げられる。
【0030】
上記グリース組成物は、更に酸化防止剤を含むことができる。酸化防止剤としては、アミン系酸化防止剤、フェノール系酸化防止剤、イオウ系酸化防止剤などを用いることができ、これらの中でもアミン系酸化防止剤を用いることが好ましく、例えば、フェニル-1-ナフチルアミン、ジフェニル-p-フェニレンジアミン、ジピリジルアミン、フェノチアジン、N,N’-ジイソプロピル-p-フェニレンジアミン、N-フェニル-N’-イソプロピル-p-フェニレンジアミン、ジアルキルジフェニルアミン(DDPA)などが挙げられる。
【0031】
また、上記グリース組成物には、必要に応じて、その他の添加剤を添加することができる。例えば、有機酸金属塩を添加することができる。有機酸金属塩は、有機カルボン酸、アルキルベンゼンスルホン酸などの有機スルホン酸、アルキル硫酸などの有機硫酸、アルキルホスホン酸などの有機ホスホン酸、アルキルホスフィン酸などの有機ホスフィン酸などの置換基を有する脂肪族化合物または芳香族化合物と、金属イオンとの塩である。有機酸金属塩は、融点が20℃をこえることが好ましく、100℃以上であることが好ましい。有機酸金属塩を添加することにより、基油の表面張力に影響せず、かつ、基油の供給が不足し、摩耗が懸念される場合に、有機酸金属塩が融解し、極圧剤として鋼表面を保護することが期待される。
【0032】
有機酸金属塩として、具体的には、酢酸、プロピオン酸、酪酸、ヘキサン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、12-ヒロドキシステアリン酸、オレイン酸、リノール酸などの炭素数2~18の有機カルボン酸のナトリウム塩やカルシウム塩などが挙げられる。より具体的には、酢酸ナトリウム(融点324℃)、酢酸カルシウム(融点160℃)、ステアリン酸ナトリウム(融点220℃)、ステアリン酸カルシウム(融点179℃)などを用いることが特に好ましい。有機酸金属塩の配合量は、基油と増ちょう剤との合計量100質量部に対して、0.5質量部~5質量部が好ましく、0.5質量部~3質量部がより好ましく、1質量部~3質量部がさらに好ましい。
【0033】
また、本発明に用いるグリース組成物は、分子構造内にリン原子やイオウ原子を含む添加剤を含まないことが好ましい。後述の実施例で示すように、これらの添加剤を含むことで、基油の表面張力が低下する結果が得られ、その結果、発塵量が増大するおそれがある。このような添加剤として、例えば、トリクレジルホスフェートなどのリン酸エステルや、トリクレジルホスファイトなどの亜リン酸エステル、チオホスフェート、チオホスファイト、アルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)、アルキルジチオリン酸モリブデン(MoDTP)、ジチオカルバミン酸亜鉛(ZnDTC)などの極圧剤が挙げられる。
【0034】
発塵を考慮した場合、グリース組成物の混和ちょう度(JIS K 2220)はできるだけ低くすることが有効である。すなわち、増ちょう剤を増やして、基油を減らすことが有効であるが、増ちょう剤を増やし過ぎると軸受の回転トルクや潤滑性能に影響するため、適正量が必要である。このような観点から、グリースの混和ちょう度は200~240の範囲にあることが好ましい。
【0035】
上述したグリース組成物を封入してなる転がり軸受について
図1に基づいて説明する。
図1は深溝玉軸受の断面図である。転がり軸受1は、外周面に内輪軌道面2aを有する内輪2と内周面に外輪軌道面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪軌道面2aと外輪軌道面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。この転動体4は、保持器5により保持される。また、内・外輪の軸方向両端開口部8a、8bがシール部材6によりシールされ、少なくとも転動体4の周囲に上述のグリース組成物7が封入される。内輪2、外輪3および転動体4は鉄系金属材料からなり、グリース組成物7が転動体4との軌道面に介在して潤滑される。
【0036】
転がり軸受1において、内輪2、外輪3、転動体4、保持器5などの軸受部材を構成する鉄系金属材料は、軸受材料として一般的に用いられる任意の材料であり、例えば、高炭素クロム軸受鋼(SUJ1、SUJ2、SUJ3、SUJ4、SUJ5など;JIS G 4805)、浸炭鋼(SCr420、SCM420など;JIS G 4053)、ステンレス鋼(SUS440Cなど;JIS G 4303)、高速度鋼(M50など)、冷間圧延鋼などが挙げられる。
【0037】
図2を用いて、
図1の転がり軸受のシール部材について説明する。
図2に示すように、シール部材6は、冷間圧延鋼鈑(JIS規格のSPCC系など)をプレス加工にて形成された円板状の芯金10と、この芯金10に一体に加硫接着されたゴム部9とで構成される。ゴム部9は、内輪2側の端部において、先端が二股状に分岐して形成されたメインリップ部9aと、そのメインリップ部9aよりも軸受外部側に位置するダストリップ部9bとを有する。シール部材6は、ゴム部9を介して外輪3の端部内周のシール溝に嵌着され、このゴム部9を、内輪2の端部外周に形成された断面略U字形をなすシール溝に直接摺接させている。このように、シール部材6は接触形のシール部材である。なお、転がり軸受において、シール部材は、内輪の端部外周のシール溝に嵌着され、ゴム部を、外輪の端部内周に形成されたシール溝に直接摺接させる形態でもよい。
【0038】
本発明において、シール部材6のゴム部9は、トリメリット酸エステル系可塑剤を含むニトリルゴムで形成される。トリメリット酸エステル系可塑剤は、下記式(1)で表される。
【化1】
式(1)において、R
1、R
2、R
3は同一であっても異なってもよい。好ましくは同一である。また、R
1、R
2、R
3は炭素数が7~9の脂肪族1価アルコール残基であることが好ましい。この脂肪族1価アルコール残基は、直鎖状アルキル基であっても分岐状アルキル基であってもよい。具体的には、トリメリット酸トリ-n-オクチル、トリメリット酸トリ-2-エチルヘキシルなどが挙げられる。トリメリット酸エステル系可塑剤としては、レオルーブLTM、レオルーブTM10(FMC製)などを用いることができる。ゴム部9には、可塑剤としてトリメリット酸エステル系可塑剤以外にも、他の公知の可塑剤が含まれてもよいが、トリメリット酸エステル系可塑剤が主成分(50質量%以上)であることが好ましく、トリメリット酸エステル系可塑剤のみであることがより好ましい。
【0039】
ゴム部9には、上記の可塑剤に加えて、必要に応じて、難燃剤、滑剤、安定剤、充填剤、発泡剤、酸化防止剤、加工助剤、中和剤、紫外線吸収剤、顔料、帯電防止剤、分散剤、増粘剤、金属劣化防止剤、防カビ剤、流動調整剤などの公知の各種添加剤を配合することもできる。
【0040】
図1および
図2では軸受として玉軸受について例示したが、本発明の転がり軸受は、円筒ころ軸受、円すいころ軸受、自動調心ころ軸受、針状ころ軸受、スラスト円筒ころ軸受、スラスト円すいころ軸受、スラスト針状ころ軸受、スラスト自動調心ころ軸受などとしても使用できる。また、シール部材は、
図1および
図2に示すような金属板とゴム成形体の複合体に限らず、ゴム成形体単独や、ゴム成形体とプラスチック板またはセラミック板との複合体であってもよい。
【0041】
本発明の転がり軸受を、サーボモータに適用した構成を
図3により説明する。
図3に示すようにサーボモータ11は、ロータ12と、ステータ13と、シャフト14と、シャフト14の反負荷側にロータ12の角度を読み取るエンコーダ15とを有する。シャフト14は、負荷側に配置された転がり軸受16と、反負荷側に配置された本発明の転がり軸受1によって支持されている。本発明の転がり軸受1は、エンコーダ15の近傍に配置されるものの、軸受からの発塵量が抑えられるため、エンコーダ15による検出精度の低下を防ぐことができる。
【0042】
本発明の転がり軸受は、サーボモータに限らず、低発塵性が要求される、他の回転電気機械にも使用される。例えば、発電機や、スピンドルモータ、ステッピングモータ、ファンモータなどのサーボモータ以外の電動機が挙げられる。
【実施例】
【0043】
表1および表2に示す組成のグリース組成物をそれぞれ調整した。表1および表2中、基油と増ちょう剤と添加剤の含有量は、ベースグリース(基油+増ちょう剤)に対する含有率(質量%)を示している。なお、表1の実施例1~6のグリース組成物は、添加剤として、エステル系防錆剤のみが配合されている。また、表1下記の1)~6)およびa)~e)は、表2においても同じである。
【0044】
<発塵試験>
各グリース組成物をそれぞれ、接触形のシール部材を備える深溝玉軸受6900(内径10mm×外径22mm×幅6mm)に封入して、試験用軸受を作製した。実施例1~6および比較例5~11のシール部材のゴム部には、トリメリット酸エステル系可塑剤(レオルーブLTM、FMC製、40℃における動粘度53mm2/s)を含むNBRを使用し、比較例1~4のシール部材のゴム部には、フタル酸エステル系可塑剤(フタル酸ジ-2-エチルヘキシル)を含むNBRを使用した。得られた試験用軸受を、雰囲気温度120℃、6000min-1、200時間で内輪回転させた。試験用軸受の軸方向両端にガラス板を配置し、軸受から飛散したグリース組成物を付着させた。発塵量は、試験後のガラス板の重量から試験前のガラス板の重量を差し引くことで求めた。発塵量の評価について、0.6mg以下を◎印、0.6mgより大きく1mg以下を○印、1mgより大きく2mg以下を△印、2mgより大きいのを×印として表1および表2に併記する。
【0045】
<錆試験>
ASTM D 1743に規定される錆試験法に準じて、試験条件を錆発生に対してより過酷な条件で行なった。あらかじめ有機溶剤により脱脂し、乾燥させた円すいころ軸受30204の軌道面に各グリース組成物を約2.0g封入した後、アキシャル荷重を約98N加えて毎分1800回転で1分間慣らし運転した。次に、1重量%食塩水に浸漬した後、この軸受を40℃で飽和水蒸気圧に達した密封高湿容器に入れ、40℃で48時間放置した後、発錆状況を調べた。発錆状況は外輪レースを周方向に32等分して錆のあった区間を数え、錆発生確率(百分率%)を算出した。錆発生確率の評価について、30%以下を◎印、30%より大きく60%以下を○印、60%より大きく90%以下を△印、90%より大きいのを×印として表1および表2に併記する。
【0046】
<シール部材の摩耗評価>
上記発塵試験後のシール部材のゴム部(シールリップ)の外観を肉眼で観察した。摩耗評価について、摩耗なしを○印、軽微な摩耗ありを△印、摩耗が大きい場合を×印として表1および表2に併記する。
【0047】
【0048】
【0049】
なお、表1および表2中の発塵量の評価について、実施例2~4および比較例10は発塵量が0.2mg以下であり、他の◎印の試験例(実施例1、5)よりも、発塵性の面でより優れる結果になった。
【0050】
表1および表2に示すように、エステル系防錆剤を所定量含むグリース組成物と、トリメリット酸エステル系可塑剤を含むニトリルゴムで形成したゴム部を有するシール部材を組み合わせた実施例1~6は、いずれの試験でも良好な結果を示した。
【0051】
各実施例と比較例3および比較例6とを比べると、エステル系防錆剤に対して、Baスルホネートなどのスルホン酸塩は防錆性能が低下することが分かった。また、エステル系防錆剤の添加量は、グリースの防錆性能を維持するため、基油と増ちょう剤との合計量100質量部に対して0.2質量部以上必要である一方(比較例1、5、10~11)、0.7質量部以上になると発塵量が増加する結果になった(比較例4、7~9)。
【0052】
また、ゴム部の可塑剤にトリメリット酸エステル系可塑剤を使用した場合、フタル酸エステル系可塑剤を使用した場合(比較例1~4)に比べて、ゴム部の摩耗が大幅に改善され、また、発塵量が減少する傾向が見られた。フタル酸エステル系可塑剤に比べて、トリメリット酸エステル系可塑剤の方が低揮発性(高沸点)であり、その結果、可塑剤自体の蒸発が抑えられ、ゴム部の劣化が抑えられるとともに発塵量が減少したと考えられる。また、トリメリット酸エステル系可塑剤を使用した上で、グリース組成物にエステル系防錆剤を0.2質量部以上添加することで、ゴム部の摩耗が一層改善された(比較例5、10~11)。これより、エステル系防錆剤は、防錆性能を付与するだけでなく、ゴム部の耐摩耗性の向上にも寄与することが分かった。
【0053】
また、グリース組成物の増ちょう剤に関して言えば、増ちょう剤が脂肪族ジウレア化合物と脂環式ジウレア化合物の混合物である場合、脂肪族ジウレア化合物の含有量が、脂環式ジウレア化合物の含有量よりも多いほど、発塵性が向上する傾向が見られた(比較例10~11)。更に脂肪族ジウレア化合物については、脂肪族アミンがオクチルアミンよりも、ステアリルアミンの方が発塵性が向上する傾向が見られた(実施例1~6)。
【0054】
なお、別途、JIS K2241に準拠した表面張力試験を行ったところ、40℃における動粘度が47mm2/sのPAO油単体の表面張力が29.8mN/mであったのに対して、該PAO油に対してZnDTPを2質量%添加した試験油の表面張力は26mN/mであった。そのため、低発塵性を考慮した場合、グリース組成物に、分子構造内にリン原子やイオウ原子を含む添加剤を含まないことが好ましいといえる。
【0055】
以上より、実施例1~6に係る転がり軸受は、グリースの低発塵性に有効である、低ちょう度、高粘度で表面張力の大きい基油の適用に加えて、ソルビタン脂肪酸エステルなどの特定のエステル系防錆剤を適量配合したグリース組成物と、トリメリット酸エステル系可塑剤を配合したシール部材と組み合わせることにより、防錆性能を維持しつつ、軸受の低発塵性能を強化できる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明のグリース組成物は、グリースの防錆性能を維持しつつ発塵を抑え、かつ、シール部材の密封性を長期にわたり維持でき、低発塵性を実現できるので、特に、サーボモータのサーボ機構側に配される軸受や、光学式ロータリーエンコーダの回転軸を支持する軸受など、特に周辺環境の汚染を嫌う使用箇所において使用される転がり軸受に好適に利用できる。
【符号の説明】
【0057】
1 転がり軸受
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材
7 グリース
8a、8b 開口部
9 ゴム部
10 芯金
11 サーボモータ
12 ロータ
13 ステータ
14 シャフト
15 エンコーダ
16 転がり軸受