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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-19
(45)【発行日】2024-12-27
(54)【発明の名称】強化繊維束の解析方法および解析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/046 20180101AFI20241220BHJP
   G06T 7/00 20170101ALI20241220BHJP
【FI】
G01N23/046
G06T7/00 610Z
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021070203
(22)【出願日】2021-04-19
(65)【公開番号】P2022165031
(43)【公開日】2022-10-31
【審査請求日】2024-02-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000005887
【氏名又は名称】三井化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002952
【氏名又は名称】弁理士法人鷲田国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】五代 浩志
(72)【発明者】
【氏名】中山 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】三田 一樹
(72)【発明者】
【氏名】向田 志保
【審査官】小澤 瞬
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/136791(WO,A1)
【文献】特開2013-96972(JP,A)
【文献】国際公開第2015/029634(WO,A1)
【文献】特開2007-128513(JP,A)
【文献】特開2013-257843(JP,A)
【文献】特開2021-21600(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0247271(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00 - G01N 23/2276
G06T 7/00 - G06T 7/90
G06V 10/00 - G06V 20/90
G06V 30/418
G06V 40/16
G06V 40/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の強化繊維と処理剤とを含む強化繊維束の解析方法であって、
前記強化繊維束の前記強化繊維の長さ方向に平行な断層画像を得る工程と、
前記断層画像について、前記強化繊維の長さ方向の位置に対するグレイバリューの微分値を算出して、算出した微分値とそれに対応する位置から微分画像を得る工程と、
前記微分画像におけるある閾値以上の微分値に対応する位置を起点として、前記強化繊維の長さ方向に拡大した領域を設定して、前記処理剤を含む解析領域を抽出するためのマスク画像を得る工程と、
前記断層画像のうち、前記マスク画像により抽出された解析領域をクラスタリングする工程と
を含む、
強化繊維束の解析方法。
【請求項2】
前記マスク画像は、前記微分値のデータを前記強化繊維の長さ方向にブラー処理して得られる、
請求項1に記載の強化繊維束の解析方法。
【請求項3】
前記ある閾値以上の微分値に対応する位置は、前記処理剤と空隙または前記強化繊維との境界に対応する、
請求項1または2に記載の強化繊維束の解析方法。
【請求項4】
前記クラスタリングは、前記解析領域における前記断層画像を3つ以上の領域に分類して行う、
請求項1~3のいずれか一項に記載の強化繊維束の解析方法。
【請求項5】
前記クラスタリングは、前記解析領域におけるグレイバリューをもとに各領域の分類を行う、
請求項1~4のいずれか一項に記載の強化繊維束の解析方法。
【請求項6】
前記クラスタリングは、混合ガウスモデルを用いた解析により行う、
請求項1~5のいずれか一項に記載の強化繊維束の解析方法。
【請求項7】
前記クラスタリングにより、前記処理剤の領域を特定する、
請求項1~6のいずれか一項に記載の強化繊維束の解析方法。
【請求項8】
前記クラスタリングにより、前記強化繊維の領域および空隙の領域をさらに特定する、
請求項7に記載の強化繊維束の解析方法。
【請求項9】
前記断層画像を得る工程では、複数の断層画像を得るとともに、
前記複数の断層画像のそれぞれについて特定した前記処理剤の領域を合成して、前記処理剤の3次元画像を得る工程をさらに含む、
請求項7に記載の強化繊維束の解析方法。
【請求項10】
前記処理剤は、収束剤である、
請求項1~9のいずれか一項に記載の強化繊維束の解析方法。
【請求項11】
前記強化繊維は、炭素繊維である、
請求項1~10のいずれか一項に記載の強化繊維束の解析方法。
【請求項12】
複数の強化繊維と処理剤とを含む強化繊維束の解析装置であって、
前記強化繊維束の前記強化繊維の長さ方向に平行な断層画像を得る画像取得部と、
前記断層画像について、前記強化繊維の長さ方向の位置に対するグレイバリューの微分値を算出して、算出した微分値とそれに対応する位置から微分画像を得る微分処理部と、
前記微分画像のある閾値以上の微分値に対応する位置を起点として、前記強化繊維の長さ方向に拡大した領域を設定して、前記処理剤を含む解析領域を抽出するためのマスク画像を得るマスク画像生成部と、
前記断層画像のうち、前記マスク画像により抽出された解析領域をクラスタリングするクラスタリング部と、
を含む、
強化繊維束の解析装置。
【請求項13】
前記画像取得部は、複数の前記断層画像を得るとともに、
前記解析装置は、前記複数の断層画像のそれぞれについて前記クラスタリングにより特定した前記処理剤の領域を合成して、前記処理剤の3次元画像を得る3次元画像作成部をさらに含む、
請求項12に記載の強化繊維束の解析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強化繊維束の解析方法および解析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、炭素繊維などの強化繊維を含む強化樹脂組成物は、低比重であるにもかかわらず、強度および剛性などの機械特性に優れることから、工業的に重要な材料として注目されている。特に、自動車部品や航空機部品においては、強化樹脂組成物は、金属材料の代替材料として着目されつつある。
【0003】
そのような強化樹脂組成物に用いられる強化繊維は、成形加工時の破損を防止する目的、または、表面を改質して樹脂との相溶性を高める目的などから、複数の強化繊維の束(強化繊維束)に収束剤を含浸させたものが用いられている。
【0004】
ところで、強化繊維束の収束剤の含浸状態は、強化樹脂組成物の成形加工時の開繊性(分散性)に影響を与えるため、強化繊維束の収束剤の含浸状態を解析できる方法が求められている。例えば、強化繊維束の表面をSEMで観察することにより、強化繊維束の表面における収束剤の被覆状態を解析する方法が知られている(例えば特許文献1)。
【0005】
また、強化樹脂組成物の成形体の強度は、成形体における強化繊維の配向方向(蛇行状態)によって変動しやすい。そのため、成形体における強化繊維の蛇行状態を解析する方法も検討されている。例えば、1)炭素繊維とマトリクス樹脂とを含む強化樹脂組成物の成形体のX線CT画像を取得する工程と、2)得られた画像を二値化処理して、炭素繊維の領域とマトリクス樹脂の領域とを切り分ける(分離する)工程と、3)二値化処理して得られた繊維情報から、炭素繊維の蛇行状態を定量化する工程とを有する解析方法が知られている(例えば特許文献2)。そして、当該文献では、2)の二値化処理を行う際、炭素繊維とマトリクス樹脂の境界を鮮明にするために、メジアン処理などのフィルタ処理を行うことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2017-504734号公報
【文献】特開2018-159691号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に示される解析方法では、強化繊維束の表面における収束剤の付着状態しか観察することができず、強化繊維束の内部における収束剤の分布状態や分布量は観察することができなかった。
【0008】
また、特許文献2は、強化樹脂組成物の成形体を解析対象としている。強化樹脂組成物の成形体の断層画像では、強化繊維の領域とマトリクス樹脂の領域の境界が比較的明瞭であり、強化繊維の領域を構成する画素の画素値(例えばグレイバリューなど)と、マトリクス樹脂の領域を構成する画素の画素値とは、互いに重なりにくい(異なっている)。そのため、画素値が閾値以上であるかどうかによって、強化繊維の領域と収束剤の領域とを切り分けることができ、二値化処理による領域分けが可能である。しかしながら、強化繊維束の断層画像では、例えば、強化繊維と収束剤の密度が近い場合や、X線CT測定に使用するX線のエネルギーが低く、X線の屈折が生じやすい場合には、強化繊維の領域と収束剤の領域との境界が比較的不明瞭であり、強化繊維の領域を構成する画素の画素値と、収束剤の領域を構成する画素の画素値とが、部分的に互いに重なる(同じである)場合がある。そのような場合は、画素値が閾値以上であるかどうかによっては、強化繊維の領域と収束剤の領域とを切り分けることができないため、特許文献2のような二値化処理による領域分けは不可能である。
【0009】
さらに、SEM画像などにおいて、強化繊維束中の収束剤を解析(または分析)しようとする際、解析対象となる収束剤が存在する領域を選り分ける(抽出する)有効な方法がなかった。すなわち、画像処理ソフトなどによっても、画像中の収束剤の存在する領域を選り分ける有効な方法がなく、手動で抽出する必要があった。そのため、解析作業に時間を要するだけでなく、選別基準も厳格ではないため、精度がよく、再現性のある解析が行えないという問題もあった。
【0010】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、断層画像において、強化繊維の領域と収束剤の領域の境界が不明瞭であっても、強化繊維の領域と収束剤の領域とを精度よく切り分けることができ、強化繊維束の内部における処理剤の分布状態などを、短時間で、再現性よく解析可能な強化繊維束の解析方法および解析装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、以下の強化繊維束の解析方法および解析装置に関する。
【0012】
本発明の強化繊維束の解析方法は、複数の強化繊維と処理剤とを含む強化繊維束の解析方法であって、前記強化繊維束の前記強化繊維の長さ方向に平行な断層画像を得る工程と、前記断層画像について、前記強化繊維の長さ方向の位置に対するグレイバリューの微分値を算出して、算出した微分値とそれに対応する位置から微分画像を得る工程と、前記微分画像におけるある閾値以上の微分値に対応する位置を起点として、前記強化繊維の長さ方向に拡大した領域を設定して、前記処理剤を含む解析領域を抽出するためのマスク画像を得る工程と、前記断層画像のうち、前記マスク画像により抽出された解析領域をクラスタリングする工程とを含む。
【0013】
本発明の強化繊維束の解析装置は、複数の強化繊維と処理剤とを含む強化繊維束の解析装置であって、前記強化繊維束の前記強化繊維の長さ方向に平行な断層画像を得る画像取得部と、前記断層画像について、前記強化繊維の長さ方向の位置に対するグレイバリューの微分値を算出して、算出した微分値とそれに対応する位置から微分画像を得る微分処理部と、前記微分画像のある閾値以上の微分値に対応する位置を起点として、前記強化繊維の長さ方向に拡大した領域を設定して、前記処理剤を含む解析領域を抽出するためのマスク画像を得るマスク画像生成部と、前記断層画像のうち、前記マスク画像により抽出された解析領域をクラスタリングするクラスタリング部とを含む。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、断層画像において、強化繊維の領域と収束剤の領域の境界が不明瞭であっても、強化繊維の領域と収束剤の領域とを精度よく切り分けることができ、強化繊維束の内部における処理剤の分布状態などを、短時間で、再現性よく解析可能な強化繊維束の解析方法および解析装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1Aは、断層画像の部分拡大図であり、図1Bは、図1Aの断層画像の微分画像を示す図である。
図2図2Aは、図1Bの微分画像から得られるマスク画像を示す図であり、図2Bは、微分画像とマスク画像とを重ね合わせた合成画像を示す図である。
図3図3A~Cは、マスク画像により抽出された解析領域をクラスタリングして得られる画像を示す図である。
図4図4Aは、左側の断層画像のB-B線上の各画素のグレイバリューを示すグラフであり、図4Bは、図4Aの断層画像の微分値データに基づく微分画像を示す図であり、図4Cは、断層画像の微分値データの絶対値に基づく微分画像を示す図である。
図5図5Aは、クラスタリングして得られる収束剤の領域を表示した図であり、図5Bは、断層画像上に、図5Aの収束剤の領域を重ねて表示した図である。
図6図6は、本実施の形態に係る強化繊維束の解析装置の制御系統のブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。本実施の形態では、処理剤として収束剤を含む強化繊維束において、収束剤の分布状態を解析する例で説明する。
【0017】
本発明者らは、これまでの検討において、断層画像を、グレイバリューの勾配を示す微分画像に変換し、当該微分画像における(グレイバリューの)微分値の極大値または極小値に基づいて境界を特定することで、強化繊維の領域と収束剤の領域とを切り分ける手法を見出した。一方で、当該境界に基づいて収束剤の領域を特定する際に、当該領域の起点(解析対象となる収束剤のありかを抽出するための起点)を手動で設定しなければならず、解析に時間を要していた。
【0018】
これに対して本発明では、強化繊維の長さ方向に平行な断層画像の微分画像に基づいてマスク画像を生成し、当該マスク画像と断層画像とを重ね合わせることによって、解析対象となる領域(収束剤を含む領域)を自動で抽出することができる。そのため、強化繊維の領域と収束剤の領域とを精度よく切り分けつつ、短時間で再現性のよい解析が可能となる。以下、本発明について説明する。
【0019】
1.強化繊維束の解析方法
図1~3は、本実施の形態に係る強化繊維束の解析方法の流れを示す図である。このうち、図1Aは、強化繊維束の断層画像の部分拡大図であり、図1Bは、図1Aの断層画像の微分画像を示す図であり、図2Aは、図1Bの微分画像から得られるマスク画像を示す図であり、図2Bは、微分画像とマスク画像とを重ね合わせた合成画像を示す図である。図3は、マスク画像により抽出された解析領域をクラスタリングして得られる画像であり、図3Aは、収束剤の領域(分布)を示す図であり、図3Bは、強化繊維の領域(分布)を示す図であり、図3Cは、背景を示す図である。なお、図1A~3Aでは、左側の画像の一部の領域(図1Aの領域Aに対応する領域)の部分拡大図を、右側に併せて示す。
【0020】
すなわち、本実施の形態に係る強化繊維束の解析方法は、1)強化繊維束の断層画像を得る工程と(図1A参照)、2)断層画像の微分画像を得る工程と(図1B参照)、3)微分画像に基づいて、解析領域を抽出するためのマスク画像を得る工程と(図2A参照)、4)断層画像のうち、マスク画像により抽出された解析領域をクラスタリングする工程と(図2Bおよび3A~C参照)を含む。
【0021】
1)断層画像を得る工程について
まず、強化繊維束の断層画像を得る(図1A参照)。具体的には、強化繊維(または強化繊維束)の長さ方向に沿った方向の断層画像、好ましくは強化繊維の長さ方向と平行な断層画像を得る。強化繊維の長さ方向は、図1AにおけるY方向をいう(図1A参照)。
【0022】
断層画像は、画素値(濃淡、明るさ)で表示される。断層画像は、通常、グレースケール画像であることから、真黒(0)から真白(255)の8ビット256階調のグレイバリュー(画素値)で表示される。
【0023】
このような強化繊維束の断層画像では、強化繊維の種類にもよるが、例えば炭素繊維である場合、強化繊維の領域を構成する画素のグレイバリュー(白色領域)>収束剤の領域を構成する画素のグレイバリュー(灰色領域)>空隙(空気ボイド)の領域および背景を構成する画素のグレイバリュー(濃い灰色領域~黒色領域)の関係が成り立つ。なお、収束剤の領域を構成する画素のグレイバリューと、強化繊維の領域を構成する画素のグレイバリューとは、一部で互いに重なることがある。
【0024】
断層画像は、任意の方法で得ることができ、例えば3D-TEM観察、FIB-SEM観察(Focused Ion Beam:集束イオンビーム)、X線CT観察などにより得ることができる。本実施の形態では、比較的簡単に、強化繊維束の内部の状態を把握できる観点、特に3D-TEMなどと比べると、サンプルを非破壊で観察でき、広い視野(TEMなどのμmオーダーと比べてmmオーダー)で観察できる観点から、X線CT観察により得ることが好ましい。X線CT観察は、例えば3DマイクロX線CT撮像装置を用いて行うことができる。
【0025】
具体的には、X線CT観察は、以下の手順で行うことができる。強化繊維束の種類にもよるが、例えば前処理として、以下の手順でサンプルを準備することができる。
1)強化繊維束を、約2cmの長さにカットする。
2)得られた試料を、両面テープで添木に固定する。
3)固定治具(切り欠き治具)に、上記2)をセットする。
【0026】
次いで、得られたサンプルについて、例えば3DマイクロX線CT撮像装置を用いて、最高分解能(270~325nm/ピクセル)でX線CT観察を行う。観察条件は、以下の通りとしうる。
<観察条件>
使用機器:株式会社リガク製、nano3DX
測定条件:ターゲット Cu 使用レンズ0270 ビニング1
走査角度:1000点
各角度での積算時間:45秒
FOV:0.9mmφ×0.6mm
画素サイズ:0.26μm/voxel
なお、試料のカット端部は、ダメージを受けているため、CT観察時の視野(FOV)からは外すものとし、端部から1cm付近の部分がCT観察時の視野(FOV)に入るようにする。
【0027】
断層画像は、X線CT観察などにより得られる原画像であってもよいし、得られる原画像に基づいて3次元像を構築した後、強化繊維の長さ方向の断面を再構成して得られる画像であってもよい。
【0028】
再構成を行う場合、3次元像のスライド(分割)は、3次元像を得る際に用いた観察装置の統合メッシュ機能を用いて行うことができる。それにより、複数の断層画像を得ることができる。分割数は、特に制限されないが、収束剤が観察可能な高分解能でのCT測定においては、解析の精度を高める観点では、分割数が少ないほうが好ましい。
【0029】
また、上記X線CT観察以外の方法で得られる断層画像として、強化繊維束の試料を固めて機械研磨、イオンミリング(CP)、ミクロトームなどの方法で当該試料の(強化繊維の長さ方向に沿った)断面を作成し、その断面をFIB-SEM観察などで観察した得られる観察画像を用いてもよい。
【0030】
また、断層画像は、精度の高い微分画像を得やすくする観点などから、必要に応じてノイズ除去処理(後述の6)の工程)や正規化を行ったものであってもよい。
【0031】
2)微分画像を得る工程について
得られた断層画像について微分処理を行い、微分画像を得る(図1B参照)。
【0032】
微分処理は、注目画素近傍におけるグレイバリュー(画素値)の勾配(傾き)を求める操作である。本発明では、強化繊維の長さ方向の位置に対するグレイバリューの微分値を算出して、算出した微分値とそれに対応する位置から、微分画像を得る。
【0033】
図4Aは、左側に示される断層画像における、強化繊維の長さ方向のB-B線上の各画素のグレイバリューを示すグラフである。図4Aにおいて、左側の縦軸および横軸は、いずれもB-B線上の位置を示し、右側の縦軸は、グレイバリューを示す。図4Bは、図4Aの断層画像の微分値データに基づく微分画像(絶対値をとる前の微分画像)であり、図4Cは、断層画像の微分値データの絶対値に基づく微分画像(絶対値をとった後の微分画像)を示す図である。
【0034】
すなわち、図4Aに示されるように、断層画像において、収束剤と空隙との間(収束剤と空隙の間の境界部分)には、大きなグレイバリュー差(強化繊維の長さ方向の位置に対するグレイバリューの変化が大きい位置)がある。すなわち、グレイバリューの変化が大きい領域を特定することで、(解析対象である)収束剤と空隙または強化繊維との境界部分、ひいては、後述する3)の工程における、収束剤の領域の起点(ある閾値以上の微分値に対応する位置)を特定できる。そのため、本工程では、強化繊維の長さ方向の位置に対するグレイバリューの変化、すなわち、微分値を算出する。
【0035】
微分処理は、強化繊維の長さ方向の微分フィルタを用いて行うことができる。そのような微分フィルタの種類は、特に制限されないが、例えばSobel Filterを用いることができる。
【0036】
微分画像は、算出された微分値そのものに基づく微分画像であってもよいし(図4Bおよび前述の図1B参照)、算出された微分値の絶対値に基づく微分画像であってもよい(図4C参照)。算出された微分値そのものに基づく微分画像では、微分値の絶対値が同じであっても、微分値が正である場合と負である場合とで異なるコントラストで表示されるため(例えば、図4Bでは、ある閾値以上の負の微分値に対応する領域のみが白く表示されている)、収束剤と空隙との境界部分に対応する領域が少なく抽出される。
【0037】
これに対し、算出された微分値の絶対値に基づく画像では、絶対値が同じであれば、同じコントラストで表示されるため(例えば、図4Cでは、ある閾値以上の負の微分値に対応する領域と、ある閾値以上の正の微分値に対応する領域の両方が白く表示されている)、収束剤と空隙との境界部分に対応する領域を多く抽出できる。そのため、精度の高いマスク画像が得られやすい。
【0038】
3)マスク画像を得る工程について
得られた微分画像に基づいて、マスク画像を得る(図2A参照)。
【0039】
マスク画像は、解析領域を抽出するためのフィルタである。本実施の形態では、解析対象の一つが収束剤であるため、収束剤を含む解析領域を抽出する。具体的には、上記2)の工程で得られた微分画像において、微分値がある閾値以上となる位置(図4BおよびCにおいて白く表示された領域)を起点として、強化繊維の長さ方向に拡大して、非マスク領域(解析領域)とする。拡大する方向は、強化繊維の長さ方向の両方向であることが好ましい。図2Aでは、黒色塗りつぶし部分がマスク領域(非解析領域)となり、塗りつぶされていない部分が非マスク領域(解析領域)となる。
【0040】
微分値がある閾値以上であるとは、具体的には、微分値の絶対値を0~255の値に換算したときに、微分値の絶対値が、好ましくは16以上、より好ましくは30以上、さらに好ましくは32以上であることをいう。また、ある閾値以上である微分値は、微分値の極大値または極小値(すなわち、微分値の絶対値の極大値)であってもよい。ある閾値以上の微分値に対応する位置は、収束剤と空隙との境界、または、収束剤と強化繊維との境界に対応しうる。
【0041】
マスク画像は、任意の方法で得ることができる。例えば、マスク画像は、微分値の絶対値がある閾値以上となる地点を起点として、微分画像の微分値データ(微分値のデータ)を、強化繊維の長さ方向にブラー処理して得ることができる。
【0042】
4)クラスタリングする工程について
そして、断層画像のうち、マスク画像により抽出された解析領域をクラスタリングする(図2Bおよび3A~C参照)。
【0043】
解析領域は、上記3)で得られたマスク画像と、上記1)で得られた断層画像とを重ね合わせたときに、マスク画像で覆われていない領域(非マスク領域)として抽出されうる(図2B参照)。
【0044】
そして、抽出した解析領域において、断層画像をクラスタリングする。具体的には、抽出した解析領域における断層画像を、グレイバリューに基づいて、2つ以上の領域、好ましくは3つ以上の領域に分類する。2つ以上の領域は、(解析対象である)収束剤の領域を含む(図3A参照)。すなわち、本実施の形態では、背景の領域(図3C参照)、収束剤の領域(図3A参照)およびそれ以外の領域(図3B参照)に分類することができる。あるいは、収束剤の領域、空隙の領域、および強化繊維の領域を含む3つ以上の領域に分類してもよい。
【0045】
クラスタリングは、任意の方法で行うことができ、例えば、解析領域における(断層画像の)グレイバリューや観測点間の距離(ペアワイズ距離)などをもとに、各領域の分類を行う方法で行うことができる。そのようなクラスタリング方法の例には、混合ガウスモデル、階層クラスタリング、k-meansクラスタリング、k-medoidsクラスタリング、DBSCAN(Density-Based Spatial Clustering of Applications with Noise)、最近傍、スペクトルクラスタリング(スペクトルクラスタリングを利用したデータの分割)などが含まれる。
【0046】
中でも、解析領域における(断層画像の)グレイバリューをもとに、各領域の分類を行う方法が好ましく、混合ガウスモデルやk-meansやスペクトルクラスタリングがより好ましく、混合ガウスモデルがさらに好ましい。混合ガウスモデルは、元の集合の分布を「ガウス分布の集まり」とみなして切り分けるアルゴリズムを利用した解析手法であり、断層画像(SEM画像など)のグレイバリューの分布のように、その値自体をガウス分布(またはそれに近い分布)とみなせるものをクラスタリングする場合に特に好適だからである。
【0047】
図5Aは、クラスタリングして得られる収束剤の領域を表示した図であり、図5Bは、断層画像上に、図5Aの収束剤の領域を重ねて表示した図である。
【0048】
クラスタリングして得られた収束剤の領域を、単独で表示してもよいし(図5A参照)、元の断層画像と重ね合わせて表示してもよい(図5B参照)。元の断層画像に重ね合わせることで、収束剤の分布状況をより詳細に把握することができる。
【0049】
本実施の形態に係る強化繊維束の解析方法は、必要に応じて他の工程をさらに含んでもよい。例えば、上記1)の工程において、複数の(強化繊維の長さ方向に沿った)断層画像を得ておき、上記4)の工程の後、5)収束剤の3次元画像を得る工程をさらに行ってもよい。
【0050】
5)3次元画像を得る工程について
複数の断層画像のそれぞれについて特定した収束剤の領域を合成して、収束剤の3次元画像を得てもよい。
【0051】
複数の断層画像を合成するとは、具体的には、複数の断層画像のそれぞれについて、上記2~4)の工程を行い、強化繊維、収束剤および空隙の領域をそれぞれ特定し、それらを足し合わせる(すなわち、スライス方向に積み重ねる)ことによって行うことができる。
【0052】
また、他の工程として、1)と2)の工程の間に、6)断層画像からノイズを除去する工程をさらに行ってもよいし、5)の工程で得られた3次元画像などのデータに基づいて、8)収束剤の粒子体積の存在分布を得る工程をさらに行ってもよい。
【0053】
6)の工程(ノイズを除去する工程)について
ノイズの除去(デフォルト設定)は、具体的には、断層画像での強化繊維と収束剤との境界のグレイバリューのギャップを増幅させる処理をいう。ノイズの除去は、例えば非局所平均(Non-Local Means)フィルタにより行うことができる。
【0054】
2.強化繊維束の解析装置
図6は、本実施の形態に係る強化繊維束の解析装置100の制御系統のブロック図である。
【0055】
図6に示されるように、解析装置100は、撮像部110と、処理部120と、表示部130とを有する。
【0056】
撮像部110は、特に制限されず、X線CT観察装置などの撮像部でありうる。
【0057】
処理部120は、撮像部110で撮像された画像情報(断層画像)を取得し、処理および解析する。具体的には、処理部120は、画像取得部121と、微分処理部122と、マスク画像生成部123と、クラスタリング部124とを有する。
【0058】
画像取得部121は、撮像部110によって撮像された画像情報(3次元画像を構成する複数の断層画像)、具体的には強化繊維の長さ方向に平行な断層画像を取得する。画像取得部121は、必要に応じて、得られた画像情報から3次元像を構築した後、強化繊維の長さ方向にスライド(分割)して、任意の方向の断面を再構成して断層画像を得てもよい。
【0059】
微分処理部122は、画像取得部121で得られた複数の断層画像の少なくとも一部(またはそれぞれ)について、断層画像を、強化繊維の長さ方向に微分処理して、微分画像を得る。具体的には、断層画像について、強化繊維の長さ方向の位置に対するグレイバリューの微分値を算出して、算出した微分値とそれに対応する位置から微分画像を得る。
【0060】
マスク画像生成部123は、微分処理部122で得られた微分画像に基づいて、マスク画像を生成する。具体的には、微分画像におけるある閾値以上の微分値に対応する位置を起点として、強化繊維の長さ方向に拡大した領域を設定して、処理剤を含む解析領域を抽出するためのマスク画像を得る。
【0061】
クラスタリング部124は、マスク画像により抽出された解析領域について、断層画像をクラスタリングする。具体的には、断層画像と、マスク画像とを重ね合わせて、マスク画像によって抽出された解析領域をクラスタリングする。クラスタリングは、混合ガウスモデルにより行うことが好ましい。
【0062】
処理部120は、必要に応じて3次元画像作成部(不図示)や、3次元画像作成部で得られた3次元画像データに基づいて、収束剤の粒子一つ一つの体積を解析し、強化繊維束に含まれる収束剤の粒子体積のヒストグラムを作成するヒストグラム作成部(不図示)などをさらに含んでもよい。
【0063】
3次元画像作成部は、クラスタリング部124で得られた情報を、例えば複数の断層画像について合成して(スライス方向に積み重ねて)、強化繊維の領域、収束剤の領域、および空隙の領域の少なくとも一つを3次化する。それにより、強化繊維の領域、収束剤の領域、および空隙の領域の少なくとも一つの3次元画像を得ることができる。
【0064】
なお、処理部120は、例えばCPU(Central Processing Unit)などの処理装置を用いてソフトウェアにより実現してもよいし、IC(Integrated Circuit)などのハードウェアにより実現してもよいし、ソフトウェアおよびハードウェアを併用して実現してもよい。
【0065】
表示部130は、例えばパソコンなどの画像表示装置の表示画面であり、クラスタリング部124で得られた2次元画像(データ)や3次元画像作成部(不図示)で得られた3次元画像(データ)などを表示する。
【0066】
(変形例)
なお、上記実施の形態では、3)の工程(マスク画像を得る工程)において、微分値の絶対値に基づく微分画像に基づいてマスク画像を生成する例を示したが、これに限定されず、微分値に基づく微分画像に基づいてマスク画像を生成してもよい。
【0067】
また、上記実施の形態では、強化繊維束が、処理剤として収束剤を含む例を示したが、これに限定されない。例えば、処理剤としてシリコーン系などの風合い改良剤や、各種撥水剤、繊維用油剤、吸水加工剤、抗菌剤などを含む場合にも、本発明を適用することができる。
【0068】
また、上記実施の形態では、元画像として断層画像を用いる例を示したが、これに限定されず、表面画像(強化繊維の長さ方向に沿った、SEM画像などの観察画像や二次元画像)を用いてもよい。すなわち、本発明の解析方法は、強化繊維束の内部観察だけでなく、表面観察にも適用することができる。
【0069】
3.強化繊維束
本実施の形態に係る強化繊維束の解析方法は、例えば繊維成分と樹脂成分とを含み、かつ繊維成分に対して樹脂成分の含有割合が少ない対象物(例えば強化繊維束やプリプレグなど)、好ましくは任意の強化繊維束の解析に適用されうる。強化繊維束は、通常、複数の強化繊維と、処理剤として収束剤とを含む。
【0070】
(強化繊維)
強化繊維の例には、ガラス繊維、炭素繊維、黒鉛繊維、アラミド繊維、ボロン繊維、アルミナ繊維および炭化ケイ素繊維が含まれる。中でも、軽量で、耐久性の高い成形体が得られやすいことから、炭素繊維や黒鉛繊維が好ましい。
【0071】
炭素繊維は、耐衝撃性の観点では、引張弾性率が400GPa以上であることが好ましく、剛性および機械的強度の観点では、引張強度が4.4~6.5GPaであることが好ましい。また、炭素繊維の引張伸度は、1.7~2.3%であることが好ましい。したがって、引張弾性率が少なくとも230GPaであり、引張強度が少なくとも4.4GPaであり、引張伸度が少なくとも1.7%である炭素繊維が最も好ましい。
【0072】
炭素繊維の市販品の例には、トレカ(登録商標)T800G-24K、トレカ(登録商標)T800S-24K、トレカ(登録商標)T700G-24K、トレカ(登録商標)T300-3K、およびトレカ(登録商標)T700S-12K(以上東レ(株)製)などが挙げられる。
【0073】
強化繊維の平均繊維径(繊維断面の直径)は、成形性および機械的強度の観点から、例えば1~20μm、好ましくは4~15μmでありうる。
【0074】
強化繊維の平均繊維径および平均繊維長は、任意に選んだ10本の強化繊維の繊維径および繊維長を電子顕微鏡にて測定し、その平均値として求めることができる。なお、強化繊維の繊維径は、単繊維の断面の最大フェレ径とする。
【0075】
(収束剤)
収束剤の種類は、特に制限されず、例えば強化繊維が炭素繊維である場合、それとの親和性が良く、成形体の機械的強度を高めやすいなどの観点から、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリアミド系樹脂、オレフィン系樹脂、アクリル系樹脂、ブタジエン系樹脂などの水分散性樹脂であることが好ましい。中でも、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂が好ましく、機械的強度をより向上させる観点から、エポキシ系樹脂であることがより好ましい。
【0076】
これらの樹脂の含有量は、収束剤全体に対して1~20質量%でありうる。
【0077】
収束剤は、必要に応じて上記以外の添加剤をさらに含みうる。添加剤の例には、界面活性剤、平滑剤、乳化剤などが含まれる。
【0078】
収束剤の付着量は、強化繊維100質量部に対して、例えば0.1~10質量部であり、好ましくは0.2~3質量部である。このように、収束剤の付着量は、強化繊維束を構成する強化繊維全体に対してごくわずかであり、強化繊維間に空隙が含まれやすい。そのような解析対象に対して、本発明が特に有効である。
【0079】
強化繊維束は、複数の強化繊維に、収束剤液を含浸させてものでありうる。収束剤液は、上記水分散性樹脂を含むエマルジョンでありうる。収束剤液は、主成分となる水分散性樹脂以外に、上記添加剤をさらに含みうる。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明によれば、断層画像において、強化繊維の領域と収束剤の領域とを精度よく切り分けることができ、強化繊維束の内部における処理剤の分布状態などを、短時間で、再現性よく解析可能な強化繊維束の解析方法および解析装置を提供することができる。
【符号の説明】
【0081】
100 解析装置
110 撮像部
120 処理部
121 画像取得部
122 微分処理部
123 マスク画像生成部
124 クラスタリング部
130 表示部
図1
図2
図3
図4
図5
図6