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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-19
(45)【発行日】2024-12-27
(54)【発明の名称】試料の製造方法、及び試料の観察方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/28 20060101AFI20241220BHJP
【FI】
G01N1/28 N
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021075310
(22)【出願日】2021-04-27
(65)【公開番号】P2022169336
(43)【公開日】2022-11-09
【審査請求日】2023-11-07
(73)【特許権者】
【識別番号】390000686
【氏名又は名称】株式会社住化分析センター
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 智浩
(72)【発明者】
【氏名】真家 信
【審査官】森口 正治
(56)【参考文献】
【文献】台湾特許公告第001707058(TW,B)
【文献】特開2021-099329(JP,A)
【文献】国際公開第2014/203892(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
材料を電子顕微鏡観察する際に電子線を照射することによる試料の損傷を防止するための試料の製造方法であって、
前記試料の製造方法は、
第1の処理工程の前に、前記材料を切り出して、前記材料の小片を得る、切り出し工程と、
前記材料の小片の表面にガス状の金属化合物を付着させることで前記金属化合物の層を形成する第1の処理工程と、
前記金属化合物をガス状の酸化剤と反応させることにより、前記金属化合物の層から金属酸化物の層又は金属の層を形成する第2の処理工程と、を包含し、
前記材料は、有機化合物を含有する、試料の製造方法。
【請求項2】
材料を電子顕微鏡観察する際に電子線を照射することによる試料の損傷を防止するための試料の製造方法であって、
前記試料の製造方法は、
前記材料の小片の表面にガス状の金属化合物を付着させることで前記金属化合物の層を形成する第1の処理工程と、
前記金属化合物をガス状の酸化剤と反応させることにより、前記金属化合物の層から金属酸化物の層又は金属の層を形成する第2の処理工程と、を包含し、
前記材料は、有機化合物を含有し、
前記材料の小片は、
(1)厚さが1nm以上、1000nm以下である薄膜であるか、又は、
(2)一次粒子の重量平均粒子径が1nm以上、100nm以下である粉体に含まれる粒子である、試料の製造方法。
【請求項3】
前記第1の処理工程の前に、前記材料を切り出して、前記材料の小片を得る、切り出し工程を包含する、請求項2に記載の試料の製造方法。
【請求項4】
前記有機化合物は、高分子材料からなる群から選択される、請求項1~3の何れか一項に記載の試料の製造方法。
【請求項5】
前記金属化合物が含む金属は、ハフニウム、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素、及びチタンからなる群から選択される、請求項1~4の何れか一項に記載の試料の製造方法。
【請求項6】
前記金属化合物は、トリメチルアルミニウムである、請求項5に記載の試料の製造方法。
【請求項7】
前記ガス状の酸化剤は、水蒸気、オゾン、及び酸素プラズマからなる群から選択される、請求項1~6の何れか一項に記載の試料の製造方法。
【請求項8】
前記第2の処理工程において、20℃以上、200℃以下の温度で、前記金属化合物と前記ガス状の酸化剤とを反応させる、請求項1~7の何れか一項に記載の試料の製造方法。
【請求項9】
前記第1の処理工程と前記第2の処理工程とを、一連の工程として複数回繰り返して行う、請求項1~8の何れか一項に記載の試料の製造方法。
【請求項10】
前記一連の工程は、前記第1の処理工程の後、前記第2の処理工程の前の間と、前記第2の処理工程の後、前記第1の処理工程の前の間とのそれぞれにおいて、不活性ガスにより、前記ガス状の金属化合物の未反応物、及び前記ガス状の酸化剤の未反応物をパージするパージ工程をさらに包含する、請求項9に記載の試料の製造方法。
【請求項11】
請求項1~10の何れか一項に記載の試料の製造方法を行うことにより、試料を製造する製造工程と、
前記試料を、電子顕微鏡を用いて観察する観察工程と、を包含する、試料の観察方法。
【請求項12】
前記電子顕微鏡は、透過型電子顕微鏡、又は走査透過型電子顕微鏡である、請求項11に記載の試料の観察方法。
【請求項13】
前記電子顕微鏡によって、30~300kVの範囲内の加速電圧により、前記試料を観察する、請求項11又は12に記載の試料の観察方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の製造方法、及び試料の観察方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ソフトマテリアルの微細構造を観察するために、走査型電子顕微鏡(SEM)又は透過型電子顕微鏡(TEM)等の電子顕微鏡を使用する観察技術が用いられることがある。
【0003】
このような観察技術として、例えば、非特許文献1には、観察対象となるソフトマテリアルに対して、染色法、レプリカ法、及びエッチング法等の前処理を施すことによって、試料を作製する方法が記載されている。
【0004】
また、このような観察技術として、非特許文献2には、電子顕微鏡により照射される電子線による試料の損傷を減じるために、試料を冷却する方法、及び電子線量を調整する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】佐野博成、甲本忠史,「高分子材料のTEM観察法」,電子顕微鏡,公益社団法人日本顕微鏡学会,1997年,Vol.32,No.2,p.71-76
【文献】大塚祐二、外5名,「有機材料・触媒材料に対するTEM技術の活用」,顕微鏡,公益社団法人日本顕微鏡学会,2009年,Vol.44,No.1,p.11-15
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
非特許文献1に記載の観察技術では、観察対象となるソフトマテリアルの熱的性質、力学的性質、及び化学的性質に応じて、前処理条件の最適化という複雑な作業が必要となることがあった。また、非特許文献2に記載の観察技術では、試料の冷却設備を電子顕微鏡に対して増設する必要があることに加えて、電子線量の減少によりコントラスト減少が起こることがあった。
【0007】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様は、電子線を照射することによる試料の損傷を減じることができる試料の製造方法、及びその関連技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る試料の製造方法は、材料を電子顕微鏡観察するための試料の製造方法であって、前記試料の製造方法は、前記材料の小片の表面にガス状の金属化合物を付着させることで前記金属化合物の層を形成する第1の処理工程と、前記金属化合物をガス状の酸化剤と反応させることにより、前記金属化合物の層から金属酸化物の層又は金属の層を形成する第2の処理工程と、を包含し、前記材料は、有機化合物を含有する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、電子線を照射することによる試料の損傷を減じることができる試料の製造方法、及びその関連技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の一態様に係る試料の製造方法を行なうための原子層堆積法(ALD)装置の概要を例示する図である。
図2】本発明の一実施例に係る試料1及び試料C1の走査透過型電子顕微鏡(STEM)写真である。
図3】本発明の一実施例に係る試料1及び試料C1のエネルギー分散X線分光(EDX)マッピング写真である。各写真は、左から順に、対応する領域のHAADF-STEM像(Grey)、C原子マッピング(CK)、及びO原子マッピング(OK)を示す。
図4】本発明の一実施例に係る試料1及び試料C1のエネルギー分散X線分光(EDX)マッピング写真である。各写真は、左から順に、F原子マッピング(FK)、Al原子マッピング(AlK)、及びPt原子マッピング(PtL)を示す。
図5】本発明の一実施例に係る試料1及び試料C1の触媒層におけるエネルギー分散X線分光(EDX)スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本明細書中で使用される場合、用語「試料」は、特に説明が無い限り、材料の小片の表面に、本発明の一態様に係る試料の製造方法によって金属酸化物の層又は金属の層が形成された物体の全体を意味する。また、本明細書中で使用される場合、用語「材料」は、特に説明が無い限り、観察対象となるべき物体の全体を意味する。また、本明細書中で使用される場合、用語「材料の小片」は、特に説明が無い限り、観察対象となるべき物体の全体又は一部と実質的に同一の組成分布及び状態を有し、小片の形状を有する物体の全体を意味する。材料の小片は、試料中に包含される。なお、試料中に包含される材料の小片は、試料に形成された金属酸化物の層又は金属の層を介して、走査型電子顕微鏡(SEM)又は透過型電子顕微鏡(TEM)等の電子顕微鏡を使用する観察方法により、観察され得る。
【0012】
<本発明の一態様に係る試料の製造方法>
従来の方法によって製造された試料を、電子顕微鏡を使用する観察方法に供する場合、電子線を照射することによる試料の損傷が生じることがある。以下、本明細書中において、「電子線を照射することによる試料の損傷」を「試料損傷」と称することがある。試料損傷としては例えば:弾性散乱によるイオン移動;非弾性散乱による熱損傷;等が挙げられる。試料損傷の大きさは、材料の組成及び形状等の材料特性、並びに電子線の加速電圧及び照射領域等の電子線特性に応じて、変化する。一例として、当該試料が、有機化合物を含有する材料を原料として用いて製造された場合、熱損傷に分類される試料損傷が大きくなる傾向があり、凹み、破断及び屈曲等の試料の形態変化が生じることもある。
【0013】
本発明者らは、有機化合物を含有する材料の小片の表面に金属酸化物の層又は金属の層を形成することによって製造された試料は、試料損傷を減じることができることを見出した。すなわち、本発明の一態様に係る試料の製造方法は、材料を電子顕微鏡観察するための試料の製造方法であって、前記材料の小片の表面にガス状の金属化合物を付着させることで前記金属化合物の層を形成する第1の処理工程と、前記金属化合物をガス状の酸化剤と反応させることにより、前記金属化合物の層から金属酸化物の層又は金属の層を形成する第2の処理工程と、を包含し、前記材料は、有機化合物を含有する。このような構成を有する試料の製造方法を用いることによって、試料損傷を減じることができる試料を製造することができる。
【0014】
<原料>
以下、本発明の一態様に係る試料の製造方法において、原料として用いられる材料、及び材料の小片について説明する。
【0015】
〔材料〕
本発明の一実施形態において、材料は、有機化合物を含有する。有機化合物を含有する材料は、幅広い産業において、用いられている。そのため、有機化合物を含有する材料を電子顕微鏡観察するための試料の製造方法は、有用である。
【0016】
本発明の一実施形態において、材料における有機化合物の含有量は、材料全体に対して、好ましくは80質量%以上であり、より好ましくは85質量%以上である。一般的に、材料における有機化合物の含有量が大きいほど、試料損傷が生じやすい傾向がある。しかしながら、本発明の一態様に係る試料の製造方法を用いることによって、有機化合物の含有量が大きい材料を原料として用いる場合であっても、試料損傷を減じることができる試料を製造することができる。本発明の一実施形態において、材料における有機化合物の含有量の上限は、特に制限は無い。材料における有機化合物の含有量は、例えば100質量%以下であり、好ましくは95質量%以下であり、より好ましくは90質量%以下である。
【0017】
本発明の一実施形態において、材料としては例えば、電気電子材料、生体材料、機能性材料、研究材料、高分子材料、及び自動車材料等が挙げられる。電気電子材料としては例えば、燃料電池材料、有機エレクトロルミネッセンス(有機EL)材料、有機半導体薄膜材料、及び有機薄膜太陽電池材料等が挙げられる。生体材料としては例えば、人工皮膚等が挙げられる。機能性材料としては例えば、カーボンファイバー、セルロースナノファイバー、及びカーボンナノチューブ等が挙げられる。研究材料としては例えば、粒子を包埋又は支持するためのエポキシ樹脂、電子写真用トナー、及びカーボンペースト等が挙げられる。高分子材料としては例えば、ポリブタジエン、ポリプロピレン、ポリエチレン、アクリロニトリル-ブタジエン-スチレン共重合体(ABS)樹脂、及びゴム成分等が挙げられる。燃料電池材料としては例えば、膜電極接合体(MEA)等が挙げられる。有機半導体薄膜材料としては例えば、メチルシルセスキオキサン(MSQ)を含有する層間絶縁膜、及びポリ-3-ヘキシルチオフェン(P3HT)等が挙げられる。
【0018】
なお、上記に列挙した電気電子材料、生体材料、機能性材料、研究材料、高分子材料、及び自動車材料は、用途又は化学構造の何れかによって分類され得る。したがって、これら分類された材料は、互いに排他的ではなく、互いに重複し得ることに留意されたい。一例として、本発明の一実施形態において、材料は、電気電子材料であり得、且つ、生体材料、機能性材料、研究材料、高分子材料、及び自動車材料のうちの1つ以上であり得る。
【0019】
本発明の一実施形態において、材料が含有する有機化合物は、高分子材料からなる群から選択される。高分子材料は、常温常圧の穏やかな条件下では、安定した固体であり得るが、電子顕微鏡観察の条件下で、減圧及び電子線照射に曝された際には、高分子材料以外の材料と比較して、一般的に試料損傷を生じやすい。また、高分子材料は、薄膜、粒子、繊維、及びブロック等の、表面及び裏面並びに凹凸を有する種々の形状を取り得る。そのため、高分子材料は、その形状に応じて、化学気相蒸着(Chemical Vapor Deposition:CVD)等の表面処理を施すことが困難な場合がある。しかしながら、本発明の一実施形態に係る試料の製造方法は、高分子材料が有する表面及び裏面並びに凹凸に対して、均一な金属酸化物の層又は金属の層を形成することで、試料損傷を減じることができ、さらには高分子材料を詳細に観察することができる試料を製造することができる。そのため、本発明の一実施形態に係る試料の製造方法は、種々の形状の高分子材料に好適に適用することができる。
【0020】
本発明の一実施形態において、材料が含有する高分子材料としては例えば、イオン伝導性高分子材料、導電性高分子材料、生分解性高分子材料、熱可塑性樹脂、及び熱硬化性樹脂等が挙げられる。材料が含有する高分子材料は、1種単独であってもよいし、2種以上の組み合わせであってもよい。
【0021】
本発明の一実施形態において、材料が含有する高分子材料は、好ましくはイオン伝導性高分子材料からなる群から選択される。イオン伝導性高分子材料としては例えば:パーフルオロスルホン酸ポリマー等のスルホン酸基含有フッ素系ポリマー;ポリエチレンオキシド、及びポリプロピレンオキシド等のポリオレフィンオキシド;ポリアクリロニトリル;ポリビニルクロライド;等が挙げられる。
【0022】
本発明の一実施形態において、材料は、有機化合物以外の他の成分を含有してもよい。他の成分としては例えば:鉛(Pb)、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、イリジウム(Ir)、及びタンタル(Ta)等の電解触媒作用を有する貴金属、並びにこれらの貴金属を含む合金;金属酸化物;セラミック;水;等が挙げられる。
【0023】
〔材料の小片〕
本発明の一実施形態において、材料は、小片の形状にて、後述する工程に供される。材料が小片の形状であることにより、バルクの形状と比較して、試料を製造するために使用される材料の量を減じることができる。また、材料が小片の形状であることにより、電子線が透過しやすい形状を試料がとることができるので、電子顕微鏡観察の分解能を向上させることができる。一般的には、小片の形状である材料を原料として用いて製造された試料は、バルクの形状と比較して、破断及び屈曲等の試料損傷を生じやすい。しかしながら、本発明の一態様に係る試料の製造方法によって製造された試料においては、材料の小片の表面に金属酸化物の層又は金属の層が形成されていることにより、試料損傷が減じられる。小片の具体的な例としては、薄膜、粒子、及び繊維が挙げられるが、これらに限定されない。
【0024】
なお、材料の具体例として上述した有機半導体薄膜材料および有機薄膜太陽電池材料などの用語に含まれる「薄膜」と、材料の小片の形状の具体例として上述した「薄膜」とは、互いに区別されることに留意されたい。一例として、有機半導体薄膜および有機薄膜太陽電池は、薄膜である材料の小片の範疇である。また、別の一例として、有機半導体薄膜または有機薄膜太陽電池を任意の方向に切り出して得られる薄膜形状を有する物体もまた、薄膜である材料の小片の範疇である。
【0025】
材料の小片は、典型的には:(1)材料そのもの;(2)材料の一部を小片の形状に切り出すことにより得られる物体;(3)材料を製造するために使用される原料及び製造方法と実質的に同一の原料及び製造方法によって製造された、小片の形状を有する物体;のうち少なくとも1つであるが、これらに限定されない。また、材料の小片の態様は、本発明の効果を損なわない範囲において、適宜に選択することができる。一例として、材料そのものの形状が小片である場合には、材料の小片は、(1)材料そのものであってもよい。一例として、材料の形状が塊等のバルクである場合には、材料の小片は、(2)材料の一部を小片の形状に切り出すことにより得られる物体であってもよい。一例として、材料の形状が粒子又は液体である場合には、材料の小片は、(3)材料を製造するために使用される原料及び製造方法と実質的に同一の原料及び製造方法によって製造された、小片の形状を有する物体であってもよい。
【0026】
本発明の一実施形態において、材料の小片は、均一な組成分布を有してもよいし、不均一な組成分布を有してもよい。材料の小片が不均一な組成分布を有する場合には、材料の小片は、マトリクスを構成する組成物中に、有機化合物を含有する材料を含有し得る。マトリクス中に含有される材料の形状は、粒子、繊維、又はその他の不定形であり得る。
【0027】
本発明の一実施形態において、材料の小片は、好ましくは薄膜である。材料の小片が薄膜であることにより、試料を製造するために使用される材料の量をより減じることができる。また、材料の小片が薄膜であることにより、電子線が透過可能な形状を試料がとることができるので、電子顕微鏡観察の分解能をより向上させることができる。薄膜が有する厚さは、使用される材料の量をより減じる観点及び分解能をより向上させる観点から、好ましくは1000nm以下であり、より好ましくは100nm以下であり、さらに好ましくは70nm以下であり、よりさらに好ましくは50nm以下である。また、薄膜が有する厚さの下限は、使用される材料の量をより減じる観点及び分解能をより向上させる観点からは特に制限されない。薄膜が有する厚さは、使用される材料の量をより減じる観点及び分解能をより向上させる観点から、好ましくは1nm以上であり、より好ましくは2nm以上であり、さらに好ましくは10nm以上であり、よりさらに好ましくは20nm以上である。なお、本発明の一実施形態において、薄膜が有する厚さは、当技術分野で従来公知の測定方法によって、決定することができる。当技術分野で従来公知の測定方法としては例えば、EELS(電子エネルギー損失分光)等が挙げられる。また、薄膜が有する厚さは、薄膜全体の平均厚さとして、決定されることが好ましい。
【0028】
本発明の別の一実施形態において、材料の小片は、好ましくは粉体に含まれる粒子である。本明細書中で使用される場合、粒子は、粒状の物体1つを意味し、粉体は、粒子の群を意味する。すなわち、本発明の別の一実施形態において、材料は、粒子の群である粉体の状態にて、後述する工程に供され得る。材料の小片が粉体に含まれる粒子であることにより、試料を製造するために使用される材料の量をより減じることができる。また、材料の小片が粉体に含まれる粒子であることにより、粉体の粒径分布、及び粒子1つの内部における組成分布を電子顕微鏡観察することができる形状を試料がとることができる。粉体が有する一次粒子の重量平均粒子径は、STEM観察の観点から、好ましくは100nm以下であり、より好ましくは70nm以下であり、さらに好ましくは50nm以下である。また、粉体が有する一次粒子の重量平均粒子径は、STEM観察の観点から、好ましくは1nm以上であり、より好ましくは5nm以上であり、さらに好ましくは10nm以上である。なお、本発明の一実施形態において、粉体が有する一次粒子の重量平均粒子径は、当技術分野で従来公知の測定方法によって、決定することができる。当技術分野で従来公知の測定方法としては例えば、EELS(電子エネルギー損失分光)等が挙げられる。
【0029】
<試料の製造方法>
以下、本発明の一態様に係る試料の製造方法において、原料として用いられる材料、及び材料の小片が供される各工程について、説明する。
【0030】
〔切り出し工程〕
本発明の一実施形態において、試料の製造方法は、第1の処理工程の前に、材料を切り出して、材料の小片を得る、切り出し工程を包含してもよい。試料の製造方法が切り出し工程を包含するか否かは、材料の形状に応じて、適宜に決定することができる。一例として、材料の形状が塊等のバルクである場合には、本発明の一実施形態に係る試料の製造方法は、切り出し工程を包含することが好ましい。本発明の一実施形態に係る試料の製造方法は、切り出し工程を包含することにより、様々な形状を有する材料から、試料損傷が減じられる試料を製造することができる。
【0031】
材料を切り出す方法は、本発明の効果を損なわない範囲において、材料の成分及び形状に応じて、当技術分野で従来公知の方法を適宜に選択することができる。材料を切り出す方法としては例えば、集束イオンビーム法(Focused Ion Beam:FIB)、ミクロトーム法、電解研磨法、化学研磨法、Arイオンミリング法、及び粉砕等が挙げられるが、これらに限定されない。材料を切り出す方法は、材料が含有する有機化合物に対する化学的干渉及び熱的干渉を減じる観点から、好ましくはミクロトーム法である。
【0032】
切り出し工程において切り出される材料の小片の寸法は、適宜に選択され得る。例えば、材料の小片が、30μm以下、好ましくは15μm以下、より好ましくは10μm以下の長幅を有し、15μm以下、好ましくは10μm以下、より好ましくは5μm以下の短幅を有するように、材料を切り出してもよい。
【0033】
〔前処理工程〕
本発明の一実施形態において、試料の製造方法は、第1の処理工程の前に、材料又は材料の小片を前処理する、前処理工程を包含してもよい。材料又は材料の小片を前処理する方法は、本発明の効果を損なわない範囲において、当技術分野で従来公知の方法を適宜に選択することができる。材料又は材料の小片を前処理する方法としては例えば、染色法、及びエッチング法等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0034】
なお、切り出し工程及び前処理工程の両方を行う場合、これらを行う順番は、材料の成分及び形状に応じて、適宜に決定することができる。
【0035】
〔ALD装置〕
本発明の一態様に係る試料の製造方法は、原子層堆積法(Atomic Layer Deposition:ALD)を用いて試料を製造する方法である。
【0036】
図1を参照して、ALDを好適に行うための装置について、説明する。図1は、本発明の一態様に係る試料の製造方法を行なうためのALD装置10の概要を例示する図である。図1に示すように、ALD装置10は、反応室11、減圧部12、前駆体ガス供給部13、酸化剤ガス供給部14、及びパージガス供給部15を備える。加えて、ALD装置10は、任意に制御部(図示せず)を備えてもよい。
【0037】
反応室11は、第1の処理工程及び第2の処理工程が主に行われる空間である。反応室11は、減圧部12、前駆体ガス供給部13、酸化剤ガス供給部14、及びパージガス供給部15のそれぞれと別個に連通している。また、反応室11は、例えば赤外線ヒータ等の加熱部(図示せず)を備える。反応室11は、加熱部が発熱することにより、反応室11内部の温度を調整することができる。
【0038】
減圧部12は、例えばターボ分子ポンプ又はロータリーポンプ等のポンプ(図示せず)を備える。減圧部12は、ポンプが作動することにより、反応室11内部の気圧を調整することに加え、反応室11内部に残留するガス状の金属化合物の未反応物、ガス状の酸化剤の未反応物、及びパージガス等のガスを反応室11外部に排出することができる。
【0039】
前駆体ガス供給部13は、ガス状の金属化合物、すなわち前駆体ガスを反応室11内部に供給する。前駆体ガス供給部13は、マスフローコントローラ(MFC)(図示せず)を備える。前駆体ガス供給部13は、MFCが作動することにより、前駆体ガスの流量及び温度を制御することができ、これにより反応室11内部に供給される前駆体ガスの流量を制御することができる。
【0040】
酸化剤ガス供給部14は、ガス状の酸化剤、すなわち酸化剤ガスを反応室11内部に供給する。酸化剤ガス供給部14は、マスフローコントローラ(MFC)(図示せず)を備える。酸化剤ガス供給部14は、MFCが作動することにより、酸化剤ガスの流量及び温度を制御することができ、これにより反応室11内部に供給される酸化剤ガスの流量を制御することができる。
【0041】
パージガス供給部15は、反応室11内部にパージガスを供給することに加えて、当該パージガスの流量を制御することができる。
【0042】
制御部は、反応室11、減圧部12、前駆体ガス供給部13、酸化剤ガス供給部14、及びパージガス供給部15のそれぞれを制御する。例えば、第1の処理工程と第2の処理工程とを一連の工程として複数回繰り返して行う場合には、制御部が反応室11、減圧部12、前駆体ガス供給部13、酸化剤ガス供給部14、及びパージガス供給部15のそれぞれを連動して制御することが好ましい。
【0043】
以下に、材料の小片をALDに供するための処理工程である第1の処理工程及び第2の処理工程について、説明する。なお、図1に示すように、材料の小片Sは、支持体20に支持された状態にて、第1の処理工程及び第2の処理工程に供されてもよい。支持体20としては、材料の小片Sを支持することができれば、特に制限は無い。支持体20としては例えば、ガラス製、金属製又は樹脂製のプレート、シャーレ、又はメッシュ等が挙げられる。支持体20は、メッシュであることが好ましい。支持体20は、一般的に電子顕微鏡観察において用いられるメッシュであることが好ましく、金、銅、ニッケル、モリブデン又はステンレス(SUS)等の金属製メッシュであることがより好ましい。また、支持体20は、その表面上に被膜が形成されていてもよい。
【0044】
〔第1の処理工程〕
本発明の一実施形態において、試料の製造方法は、材料の小片の表面にガス状の金属化合物を付着させることで金属化合物の層を形成する第1の処理工程を包含する。第1の処理工程は、材料の小片Sの表面に金属化合物を堆積させる工程である。これにより、材料の小片Sの表面に金属化合物の層が形成される。第1の処理工程は、材料の小片Sが載置された反応室11内部に、前駆体ガス供給部13がガス状の金属化合物、すなわち前駆体ガスを供給することによって、行われる。
【0045】
1回目の第1の処理工程を行なう前には、反応室11内部に材料の小片Sを載置した後、反応室11内部にパージガスを供給することにより、反応室11内部の空気をパージしておいてもよい。また、第1の処理工程において、ガス状の金属化合物は、例えば窒素等の不活性ガスと共に、反応室11内部に供給されてもよい。
【0046】
第1の処理工程において用いられる金属化合物は、第2の処理工程において材料の小片Sの表面に形成される金属酸化物の層又は金属の層を構成する金属酸化物又は金属の前駆体である。金属化合物は、ガス状態にて、前駆体ガス供給部13から反応室11内部に供給される。金属化合物は、加熱環境下、又は加熱減圧環境下でガス化可能であり、酸化剤と反応することで金属酸化物又は金属を生成することができる金属化合物であればよい。
【0047】
第1の処理工程において用いられる金属化合物としては例えば:(1)ハフニウム(Hf)、ジルコニウム(Zr)、アルミニウム(Al)、ケイ素(Si)、及びチタン(Ti)からなる群から選択される金属と;(2)炭素数1~5のアルキル基、炭素数1~11のアルコキシ基、並びに、塩素、及び臭素等のハロゲン、及び水素からなる群から選択される官能基と;を含む金属化合物が挙げられる。これらの金属化合物を用いることにより、試料損傷がより減じられる試料を製造することができる。このような金属化合物の具体例としては例えば:(1)テトラキスハフニウム等のハフニウム化合物;(2)ジエチルアルミニウムエトキシド、トリス(エチルメチルアミド)アルミニウム、アルミニウムsec-ブトキシド、アルミニウムトリブロミド、アルミニウムトリクロライド、トリエチルアルミニウム、トリイソブチルアルミニウム、トリメチルアルミニウム(TMA)、及びトリス(ジエチルアミド)アルミニウム等のアルミニウム化合物;(3)テトラメトキシシラン、及びモノシラン(SiH)等のシリコン化合物、並びに;(4)テトラエトキシチタン等のチタン化合物が挙げられる。中でも、トリメチルアルミニウムは、反応室11内部において、好適にガス化でき、かつ速やかに酸化剤と反応させることができる。そのため、金属化合物は、好ましくはトリメチルアルミニウムである。
【0048】
第1の処理工程において用いられる金属化合物は、その種類、及びALD条件に応じて、続く第2の処理工程において酸化剤と反応することで、金属酸化物でなく、金属、又は金属酸化物と金属との複合体を形成し得る。よって、以下に説明される「金属酸化物」又は「金属酸化物の層」はそれぞれ、「金属」又は「金属の層」に置き換えて解釈することができる。しかしながら、本明細書においては、便宜上、特に説明がない限り、用語「金属酸化物」又は「金属酸化物の層」のみを用いて本発明を説明する。
【0049】
第1の処理工程において、前駆体ガスが反応室11内部に供給されると、材料の小片Sの表面に存在するOH基が金属化合物と反応する。当該反応により、OH基の水素原子と、金属化合物の官能基1つとが結合した副生成物を生じつつ、OH基の酸素原子と金属化合物の金属原子とが結合する。このとき、金属化合物の官能基は、金属化合物から完全には取り除かれていない状態であり、金属化合物が部分的に酸化された状態で材料の小片Sの表面に化学的に結合する。副生成物の種類は、金属化合物の種類に応じて異なる。副生成物は例えば、メタン及びエタン等のアルカン、エタノール等のアルコール、ハロゲン、並びに水素ガス等であり得る。
【0050】
1回の第1の処理工程において、前駆体ガスの供給量は、処理工程に供する材料の小片Sの種類、及び量に応じて適宜調整すればよい。前駆体ガスの供給量は、好ましくは0.5~1SCCMの範囲内の流量である。これにより、材料の小片Sの表面に存在するOH基が十分に反応できる量の金属化合物を反応室11内部に供給できる。また、1回の第1の処理工程は、1~5秒間行うことが好ましい。これにより、材料の小片Sの表面に金属化合物を十分に供給できる。
【0051】
〔第2の処理工程〕
本発明の一実施形態において、試料の製造方法は、金属化合物をガス状の酸化剤と反応させることにより、金属化合物の層から金属酸化物の層又は金属の層を形成する第2の処理工程を包含する。第2の処理工程は、材料の小片Sの表面に結合した金属化合物を酸化させる工程である。これにより、材料の小片Sの表面に金属酸化物の層が形成される。第2の処理工程は、材料の小片Sが載置された反応室11内部に、酸化剤ガス供給部14がガス状の酸化剤、すなわち酸化剤ガスを供給することによって、行われる。
【0052】
第2の処理工程において用いられる酸化剤ガスとしては例えば、水蒸気、オゾン、及び酸素プラズマからなる群から選択されるガス状の酸化剤が挙げられる。これにより、金属化合物と酸化剤ガスとを好適に反応させることができる。第2の処理工程において、酸化剤ガスは、例えば窒素等の不活性ガスと共に、反応室11内部に供給されてもよい。
【0053】
第2の処理工程において、酸化剤ガスが反応室11内部に供給されると、材料の小片Sの表面に堆積した金属化合物と酸化剤ガスと反応する。これにより、金属化合物の官能基がOH基によって置換され、金属酸化物の層が形成される。このとき、第1の処理工程を行なったときと同様の副生成物が生成される。
【0054】
1回の第2の処理工程において、酸化剤ガスの供給量は、処理工程に供する材料の小片Sの種類、及び材料の量に応じて適宜調整すればよい。酸化剤ガスの供給量は、好ましくは0.5~1SCCMの範囲内の流量である。これにより、金属化合物の官能基が十分に反応できる量の酸化剤ガスを反応室11内部に供給できる。また、1回の第2の処理工程は、1~5秒間行うことが好ましい。これにより、材料の小片Sの表面に酸化剤ガスを十分に供給できる。
【0055】
第2の処理工程において、20℃以上、200℃以下の温度で、金属化合物とガス状の酸化剤とを反応させることが好ましい。これにより、金属化合物と酸化剤ガスとを好適に反応させることができる。反応温度は、例えば反応室11内部の温度を前記温度に維持することによって、調整することができる。また、第2の処理工程において、200mPa以上、300mPa以下の圧力で、金属化合物とガス状の酸化剤とを反応させることが好ましい。これにより、金属化合物と酸化剤ガスとを好適に反応させることができる。反応圧力は、例えば酸化剤ガスの供給量に調整すること又は減圧部が備えるポンプを作動させることによって、調整することができる。
【0056】
〔一連の工程〕
本発明の一実施形態に係る試料の製造方法においては、第1の処理工程と第2の処理工程とを、一連の工程として複数回繰り返して行うことが好ましい。すなわち、試料の製造方法は、それぞれが第1の処理工程と第2の処理工程とを包含する一連の工程を、好ましくは複数包含する。この構成によれば、第1の処理工程と第2の処理工程とが交互に、それぞれ複数回行われる。これにより、材料の小片Sの表面に形成される金属酸化物の層の厚さを好適に調整することができる。
【0057】
本発明の一実施形態において、一連の工程は、第1の処理工程の後、第2の処理工程の前の間と、第2の処理工程の後、第1の処理工程の前の間とのそれぞれにおいて、不活性ガスにより、ガス状の金属化合物の未反応物、及びガス状の酸化剤の未反応物をパージするパージ工程をさらに包含することが好ましい。これにより、材料の小片Sの表面に未反応物が堆積することを減じる又は防止することができ、より均質な金属酸化物の層を材料の小片Sの表面に形成することができる。
【0058】
すなわち、本発明の一実施形態において、試料の製造方法は、好ましくは、一連の工程を複数包含し、当該一連の工程は、それぞれが:(1)第1の処理工程と;(2)第1の処理工程の後、第2の処理工程の前の間において、不活性ガスにより、ガス状の金属化合物の未反応物をパージする第1のパージ工程と;(3)第2の処理工程と;(4)第2の処理工程の後、第1の処理工程の前の間において、不活性ガスにより、ガス状の酸化剤の未反応物をパージする第2のパージ工程と;を包含する。これにより、材料の小片Sの表面に形成される金属酸化物の層の厚さを好適に調整できると共に、金属酸化物の層をより均質にすることができる。
【0059】
一連の工程を反応室11内部にて行なう場合、反応室11内部の温度は、金属化合物を酸化剤と好適に反応させるため、20℃以上、200℃以下に維持されていることが好ましい。また、一連の工程を反応室11内部にて行なう場合、反応室11内部の圧力は、200mPa以上、300mPa以下に維持されていることが好ましい。
【0060】
また、一連の工程は、十分な厚さの金属酸化物の層を形成するために、10~30回繰り返して行うことが好ましい。
【0061】
〔第1のパージ工程〕
本発明の一実施形態において、試料の製造方法は、第1の処理工程の後、第2の処理工程の前の間において、不活性ガスにより、ガス状の金属化合物の未反応物をパージする第1のパージ工程を包含することが好ましい。第1のパージ工程は、パージガス供給部15から反応室11内部にパージガスを供給し、減圧部12からパージガスをパージすることで行われ得る。これにより、第1の処理工程において反応室11内部に供給されたガス状の金属化合物の未反応物、及び反応により生じた副生成物を反応室11外部にパージすることができる。これにより、続く第2の処理工程において供給される酸化剤ガスが、反応室11内部に残るガス状の金属化合物の未反応物と反応し、材料の小片Sの表面に堆積することを好適に防止できる。
【0062】
本発明の一実施形態において、パージガスとしては、不活性ガスが好適に用いられる。不活性ガスとしては例えば、窒素、並びにアルゴン及びヘリウム等の希ガス類が挙げられる。
【0063】
1回の第1のパージ工程におけるパージガスの供給量は、90~100SCCMの範囲内の流量であることが好ましい。また、1回の第1のパージ工程は、5~50秒間行うことが好ましい。
【0064】
〔第2のパージ工程〕
本発明の一実施形態において、試料の製造方法は、第2の処理工程の後、第1の処理工程の前の間において、不活性ガスにより、ガス状の酸化剤の未反応物をパージする第2のパージ工程を包含することが好ましい。第2のパージ工程は、第1のパージ工程と同様に行われ得る。これにより、第2の処理工程において反応室11内部に供給されたガス状の酸化剤の未反応物、及び反応により生じた副生成物を反応室11外部にパージすることができる。また、続く第1の処理工程において供給される前駆体ガスが、反応室11内部に残るガス状の酸化剤の未反応物と反応し、材料の小片Sの表面に堆積することを好適に防止できる。
【0065】
第2のパージ工程における反応室11内部へのパージガスの供給条件は、第1のパージ工程におけるパージガスの供給条件に準じているため、説明を省略する。
【0066】
本発明の一実施形態において、一連の工程は、第2のパージ工程を最後の工程として行い、終了することが好ましい。
【0067】
<試料>
以下、本発明の一態様に係る試料の製造方法により製造される試料について説明する。
【0068】
本発明の一態様に係る製造方法により製造される試料は、材料の小片の表面に金属酸化物の層又は金属の層が形成されてなる試料である。
【0069】
金属酸化物の層が含む金属酸化物は、典型的にはHfO、Al、SiO、ZrO及びTiOからなる群から選択される。また、金属の層が含む金属は、典型的にはTi及びSiからなる群から選択され得る。
【0070】
本発明の一実施形態において、試料に形成される金属酸化物の層又は金属の層の厚さは、好ましくは0.5nm以上であり、より好ましくは1.0nm以上である。これにより、試料損傷をより減じることができる。また、本発明の一実施形態において、試料に形成される金属酸化物の層又は金属の層の厚さは、好ましくは5.0nm以下であり、より好ましくは3.0nm以下である。これにより、試料を製造するために必要な金属化合物の量を減じることができる。
【0071】
上述のような製造方法により製造される試料は、例えば電子顕微鏡観察するための試料として、好適に用いることができる。
【0072】
<試料の観察方法>
本発明の一態様に係る試料の観察方法は、本発明の一態様に係る試料の製造方法を行うことにより、試料を製造する製造工程と、試料を、電子顕微鏡を用いて観察する観察工程と、を包含する。本発明の一態様に係る製造方法により製造される試料は、試料損傷を減じることができるので、電子顕微鏡を用いて詳細に観察することが可能である。
【0073】
本発明の一実施形態において、観察工程において用いられる電子顕微鏡としては例えば、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)、及び走査透過型電子顕微鏡(STEM)等が挙げられる。電子顕微鏡は、好ましくはTEM、又はSTEMであり、より好ましくはSTEMである。これにより、試料を詳細に観察することができる。電子顕微鏡は、高角度散乱暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)であってもよい。電子顕微鏡がHAADF-STEMであることにより、電子線のスペクトルに基づき、試料の組成分布を測定することができる。
【0074】
TEMは、試料に電子線を平行照射し、試料を透過した電子線を、磁界レンズを用いて蛍光板上に結像する。映像のコントラストとしては:試料を構成する物質の密度や結晶方位により電子線の散乱角度が異なることを利用した回折コントラスト又は吸収コントラスト;並びに、試料中の内部ポテンシャルによって位相が変化した電子線を干渉させることによって得られる位相コントラスト;等が挙げられる。
【0075】
本発明の一実施形態において、観察工程における電子顕微鏡による試料の観察では、加速電圧は、適宜に選択することができる。一般的に、従来の方法によって製造された試料に対して、高い加速電圧を用いて電子線を照射すると、試料損傷が生じやすく、その場合、試料中に包含される材料の元々の組成及び形状を観察できないことがある。しかしながら、本発明の一実施形態に係る試料の観察方法においては、試料の表面に金属酸化物の層又は金属の層が形成されているため、高い加速電圧を用いた場合であっても、試料損傷が減じられる。本発明の一実施形態において、加速電圧は、例えば30~300kVの範囲内であることが好ましい。これにより、試料損傷をより減じることができると共に、良好なコントラストにて試料を電子顕微鏡観察することができる。
【0076】
本発明の一実施形態において、観察工程では、電子顕微鏡観察に他の観察方法を組み合わせて、試料を観察してもよい。他の観察方法は、電子顕微鏡観察に組み合わせ可能な従来公知の方法を適宜に選択することができる。他の観察方法としては例えば、エネルギー分散型X線光法(EDX)又は電子エネルギー損失分光法(EELS)を用いる元素分析が挙げられる。
【0077】
<まとめ>
本発明の一態様に係る試料の製造方法は、材料を電子顕微鏡観察するための試料の製造方法であって、前記試料の製造方法は、前記材料の小片の表面にガス状の金属化合物を付着させることで前記金属化合物の層を形成する第1の処理工程と、前記金属化合物をガス状の酸化剤と反応させることにより、前記金属化合物の層から金属酸化物の層又は金属の層を形成する第2の処理工程と、を包含し、前記材料は、有機化合物を含有する。これにより、電子線を照射することによる試料の損傷を減じることができる試料を製造することができる。
【0078】
本発明の一態様に係る試料の製造方法において、前記材料の小片は、(1)厚さが1nm以上、1000nm以下である薄膜であるか、又は、(2)一次粒子の重量平均粒子径が1nm以上、100nm以下である粉体に含まれる粒子であることが好ましい。これにより、試料を製造するために使用される材料の量をより減じることができる。
【0079】
本発明の一態様に係る試料の製造方法において、前記有機化合物は、高分子材料からなる群から選択されることが好ましい。これにより、高分子材料を詳細に観察することができる。
【0080】
本発明の一態様に係る試料の製造方法は、前記第1の処理工程の前に、前記材料を切り出して、前記材料の小片を得る、切り出し工程を包含することが好ましい。これにより、様々な形状を有する材料から、試料損傷が減じられる試料を製造することができる。
【0081】
本発明の一態様に係る試料の製造方法において、前記金属化合物が含む金属は、ハフニウム、ジルコニウム、アルミニウム、ケイ素、及びチタンからなる群から選択されることが好ましい。これにより、試料損傷がより減じられる試料を製造することができる。
【0082】
本発明の一態様に係る試料の製造方法において、前記金属化合物は、トリメチルアルミニウムであることが好ましい。トリメチルアルミニウムは、好適にガス化でき、かつ速やかに酸化剤と反応させることができるため、好ましい。
【0083】
本発明の一態様に係る試料の製造方法において、前記ガス状の酸化剤は、水蒸気、オゾン、及び酸素プラズマからなる群から選択されることが好ましい。これにより、金属化合物と酸化剤ガスとを好適に反応させることができる。
【0084】
本発明の一態様に係る試料の製造方法は、前記第2の処理工程において、20℃以上、200℃以下の温度で、前記金属化合物と前記ガス状の酸化剤とを反応させることが好ましい。これにより、金属化合物と酸化剤ガスとを好適に反応させることができる。
【0085】
本発明の一態様に係る試料の製造方法は、前記第1の処理工程と前記第2の処理工程とを、一連の工程として複数回繰り返して行うことが好ましい。これにより、材料の小片の表面に形成される金属酸化物の層の厚さを好適に調整することができる。
【0086】
本発明の一態様に係る試料の製造方法において、前記一連の工程は、前記第1の処理工程の後、前記第2の処理工程の前の間と、前記第2の処理工程の後、前記第1の処理工程の前の間とのそれぞれにおいて、不活性ガスにより、前記ガス状の金属化合物の未反応物、及び前記ガス状の酸化剤の未反応物をパージするパージ工程をさらに包含することが好ましい。これにより、材料の小片の表面に未反応物が堆積することを減じる又は防止することができ、より均質な金属酸化物の層を材料の小片の表面に形成することができる。
【0087】
また、本発明の一態様に係る試料の観察方法は、本発明の一態様に係る試料の製造方法を行うことにより、試料を製造する製造工程と、前記試料を、電子顕微鏡を用いて観察する観察工程と、を包含する。本発明の一態様に係る製造方法により製造される試料は、試料損傷を減じることができるので、電子顕微鏡を用いて詳細に観察することが可能である。
【0088】
本発明の一態様に係る試料の観察方法において、前記電子顕微鏡は、透過型電子顕微鏡、又は走査透過型電子顕微鏡であることが好ましい。これにより、試料を詳細に観察することができる。
【0089】
本発明の一態様に係る試料の観察方法は、前記電子顕微鏡によって、30~300kVの範囲内の加速電圧により、前記試料を観察することが好ましい。これにより、試料損傷をより減じることができると共に、良好なコントラストにて試料を電子顕微鏡観察することができる。
【0090】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例
【0091】
本発明の一実施例について以下に説明する。
【0092】
本実施例においては、膜電極接合体(MEA)を包埋した樹脂からなる材料を原料として用いて、試料を製造した。次いで、試料を、走査透過型電子顕微鏡(STEM)を用いて観察した。
【0093】
<試料の製造>
〔実施例1〕
(材料の準備)
電解質膜及び触媒層を有するMEA(燃料電池専門店ドットJPより購入、商品名「3 Layer NR-211 25cm2 Catalyst Coated Membrane」)を包埋用エポキシ樹脂(Buehler社製、商品名「Epoxi Cure 2」)で包埋した。次いで、包埋したMEAを常温下で24時間静置し、包埋用エポキシ樹脂を硬化させ、材料1を得た。
【0094】
(切り出し工程)
ウルトラミクロトーム(Leica社製、商品名「ULTRACUT S」)を用いて、常温下で材料1を切り出し、厚さ100nmを有する薄膜である材料の小片1を得た。なお、切り出しは、MEAが有する電解質膜及び触媒層の積層方向に沿う方向に、材料1を切断することにより行った。これにより、材料の小片1の表面に、MEAの断面を露出させた。
【0095】
(ALD処理)
ALD装置AT-400(Anric Technologies社製)の反応室内部に、材料の小片1を載置したマイクログリッド(日新EM株式会社製、マイクログリッド膜貼付メッシュ、メッシュサイズ:200メッシュ)を固定し、ALD処理を行った。ALD処理は:(1)前駆体ガスを供給する第1の処理工程;(2)第1のパージガス供給を行い、前駆体ガスをパージする第1のパージ工程;(3)酸化剤ガスを供給する第2の処理工程、及び;(4)第2のパージガス供給を行い、酸化剤ガスをパージする第2のパージ工程;を連続して行う一連の工程を1サイクルとして、20サイクル行うことによって、行った。処理時間は合計30分であった。
【0096】
なお、ALD処理の条件は以下の通りである。
前駆体ガス:トリメチルアルミニウム(TMA)
酸化剤ガス:水蒸気(HO)
パージガス:窒素(N
反応室内部温度:150℃
反応室内部気圧:225Pa
前駆体ガス供給:0.5秒、流量0.75SCCM
第1のパージガス供給:8秒、流量96SCCM
酸化剤ガス供給:0.5秒、0.75SCCM
第2のパージガス供給:10秒、流量96SCCM
【0097】
ALD処理により、材料の小片1の表面に厚さ2.0nmの金属の層が形成された試料1を得た。
【0098】
〔比較例1〕
ALD処理を行わず、実施例1に記載の方法と同様にして得た材料の小片1そのものを試料C1として得た。
【0099】
<試料の観察>
(STEM観察)
走査透過型電子顕微鏡JEM-ARM200F(日本電子株式会社製)を用いて、試料1、及び試料C1を観察した。STEM観察において、加速電圧は200kVに設定した。200,000倍の観察倍率にて、各試料を撮影した。ALD処理した試料1、及びALD処理していない試料C1を撮影した明視野STEM写真、及びHAADF-STEM写真を図2に示す。
【0100】
(EDXマッピング)
STEM観察と併行して、試料1及び試料C1のエネルギー分散X線分光(EDX)マッピングを行った。ALD処理した試料1、及びALD処理していない試料C1を撮影したEDXマッピング写真を図3及び図4に示す。図3において、各写真は、左から順に、対応する領域のHAADF-STEM像(Grey)、C原子マッピング(CK)、及びO原子マッピング(OK)を示す。また、図4において、各写真は、左から順に、F原子マッピング(FK)、Al原子マッピング(AlK)、及びPt原子マッピング(PtL)を示す。なお、試料C1は、Al原子スペクトルが微弱であったため、Al原子マッピングを作成できなかった。また、ALD処理した試料1、及びALD処理していない試料C1の触媒を撮影したEDXスペクトルを図5に示す。
【0101】
<結果>
図2に示すように、STEM観察するために、ALD処理していない試料C1に電子線を照射すると、試料C1が包含する材料の小片1が有する電解質膜と触媒層との界面が容易に剥離した。また、試料C1に電子線を照射すると、試料C1に破断が生じたため、試料C1が包含する材料の小片1を十分に観察することができなかった。対して、ALD処理した試料1は、STEM観察しても破断及び剥離等の試料損傷が生じなかった。
【0102】
また、図3及び図4に示すように、ALD処理した試料1の触媒層が示すF原子スペクトルの強度は、ALD処理していない試料C1のそれと比較して、著しく増強されていた。さらに、図5に示すように、触媒層におけるF原子スペクトルとC原子スペクトルとの間の積算強度比(F原子/C原子)の値を、試料1と試料C1との間で比較すると、約5:1であった。すなわち、ALD処理した試料1は、ALD処理していない試料C1と比較して、F原子スペクトルのコントラストが強調される傾向にあった。このことから、材料の小片1をALD処理することにより、触媒層における、F原子を有するアイオノマーの分布状態を鮮明に可視化することができたと言える。
【符号の説明】
【0103】
10 ALD装置
11 反応室
12 減圧部
13 前駆体ガス供給部
14 酸化剤ガス供給部
15 パージガス供給部
20 支持体
S 材料の小片
図1
図2
図3
図4
図5