(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-19
(45)【発行日】2024-12-27
(54)【発明の名称】インサートおよび切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20241220BHJP
B23B 27/20 20060101ALI20241220BHJP
C04B 35/583 20060101ALI20241220BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/14 B
B23B27/20
C04B35/583
(21)【出願番号】P 2022572092
(86)(22)【出願日】2021-12-07
(86)【国際出願番号】 JP2021044996
(87)【国際公開番号】W WO2022138146
(87)【国際公開日】2022-06-30
【審査請求日】2023-06-14
(31)【優先権主張番号】P 2020218019
(32)【優先日】2020-12-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006633
【氏名又は名称】京セラ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】磯部 太志
(72)【発明者】
【氏名】森 聡史
(72)【発明者】
【氏名】萩原 亜寿紗
【審査官】中川 康文
(56)【参考文献】
【文献】特許第7142165(JP,B2)
【文献】特開2020-158361(JP,A)
【文献】特開2016-128378(JP,A)
【文献】特開2015-202981(JP,A)
【文献】特開2014-084243(JP,A)
【文献】国際公開第2020/175647(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/009117(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/244894(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/077829(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/141171(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00-29/34
C04B 35/56-35/599
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1面と、第2面と、前記第1面および前記第2面との稜部の少なくとも一部に位置する切刃とを有する窒化硼素焼結体を具備するインサートであって、
前記窒化硼素焼結体は、立方晶窒化硼素と圧縮型
六方晶窒化硼素とを含有し、
前記第1面に垂直な前記窒化硼素焼結体の断面に対する、透過型X線回折において、
前記第1面に垂直な方向における、前記立方晶窒化硼素の111回折のピークの頂点におけるX線強度をIcBN(111)vとし、前記圧縮型
六方晶窒化硼素の002回折のピークの頂点におけるX線強度をIhBN(002)vとし、
前記第1面に平行な方向における、前記立方晶窒化硼素の111回折のピークの頂点におけるX線強度をIcBN(111)hとし、前記圧縮型
六方晶窒化硼素の002回折のピークの頂点におけるX線強度をIhBN(002)hとしたとき、
(IhBN(002)v+IhBN(002)h)/(IcBN(111)v+IcBN(111)h)で示される圧縮型
六方晶窒化硼素含有値は、0.002よりも大きく、0.01よりも小さく、
IcBN(111)v/(IcBN(111)v+IcBN(111)h)で示される立方晶配向値は、0.5よりも大きく、
IhBN(002)v/(IhBN(002)v+IhBN(002)h)で示される圧縮型
六方晶窒化硼素配向値は、前記立方晶配向値よりも大きく、
前記窒化硼素焼結体における表面の少なくとも一部に被覆層を有
し、
前記被覆層の厚みは、0.1μm以上5.0μm以下である、インサート。
【請求項2】
前記立方晶配向値は、0.55以上である、請求項1に記載のインサート。
【請求項3】
前記圧縮型
六方晶窒化硼素配向値は、0.8以上である、請求項1または2に記載のインサート。
【請求項4】
前記窒化硼素焼結体は、ウルツ型窒化硼素を含有する、請求項1~3のいずれか一つに記載のインサート。
【請求項5】
前記断面における前記立方晶窒化硼素の平均粒径は、200nm以下である、請求項1~4のいずれか一つに記載のインサート。
【請求項6】
前記被覆層は、積層された複数の層を有しており、前記窒化硼素焼結体と接する前記被覆層が、金属で形成されている、請求項1~
5のいずれか一つに記載のインサート。
【請求項7】
前記金属は、Ti、Zr、V、Cr、Ta、Nb、Hf、Alの単体以外の金属からなる、請求項
6に記載のインサート。
【請求項8】
前記金属は、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、Yのうち少なくとも一種以上の元素を含有する、請求項
7に記載のインサート。
【請求項9】
前記被覆層の少なくとも一部は、一層当たりの厚みが10nm以上50nm以下の複数の層が積層されている、請求項1~
8のいずれか一つに記載のインサート。
【請求項10】
第1端から第2端に亘る長さを有し、前記第1端側にポケットを有するホルダと、
前記ポケットに位置する請求項1~
9のいずれか一つに記載のインサートと、を備えた切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、インサートおよび切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化硼素焼結体は、高い硬度を有する。その特性を利用して、窒化硼素焼結体は、粉砕部材や工具のインサートなどに用いられている。
【0003】
特許文献1には、立方晶窒化硼素を含有する窒化硼素焼結体が記載されている。また、特許文献1には、ウルツ型窒化硼素を含有するとともに、立方晶窒化硼素の(111)面のX線回折強度I(111)に対する、立方晶窒化硼素の(220)面のX線回折強度I(220)の比I(220)/I(111)が0.1未満である配向面を備える、立方晶窒化硼素複合多結晶体が記載されている。言い換えると、この立方晶窒化硼素複合多結晶体における配向面においては、I(111)がI(220)の10倍以上である。すなわち、配向面においては、(111)面が強く配向しているといえる。この立方晶窒化硼素複合多結晶体は、原料として配向したpBNを用いて得られるものである。また、比較例として六方晶窒化硼素を含む場合には、立方晶窒化硼素が配向面においては、(111)面が強く配向していても、摩耗量が大きく、切削工具としての性能が劣ることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【0005】
本開示の一態様によるインサートは、第1面と、第2面と、第1面および第2面との稜部の少なくとも一部に位置する切刃とを有する窒化硼素焼結体を具備する。窒化硼素焼結体は、立方晶窒化硼素と圧縮型窒化硼素とを含有する。第1面に垂直な窒化硼素焼結体の断面に対する、透過型X線回折において、第1面に垂直な方向における、立方晶窒化硼素の111回折のピークの頂点におけるX線強度をIcBN(111)vとし、圧縮型窒化硼素の002回折のピークの頂点におけるX線強度をIhBN(002)vとし、第1面に平行な方向における、立方晶窒化硼素の111回折のピークの頂点におけるX線強度をIcBN(111)hとし、圧縮型窒化硼素の002回折のピークの頂点におけるX線強度をIhBN(002)hとする。(IhBN(002)v+IhBN(002)h)/(IcBN(111)v+IcBN(111)h)で示される圧縮型窒化硼素含有値は、0.002よりも大きく、0.01よりも小さい。IcBN(111)v/(IcBN(111)v+IcBN(111)h)で示される立方晶配向値は、0.5よりも大きい。IhBN(002)v/(IhBNv(002)+IhBN(002)h)で示される圧縮型窒化硼素配向値は、立方晶配向値よりも大きい。また、本開示の一態様によるインサートは、窒化硼素焼結体における表面の少なくとも一部に被覆層を有する。
【0006】
本開示の一態様による切削工具は、第1端から第2端に亘る長さを有し、第1端側にポケットを有するホルダと、ポケットに位置する上述のインサートと、を備える。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、本開示のインサートの一例を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、本開示のインサートの他の例を示す斜視図である。
【
図3】
図3は、本開示の被覆層の構成の一例を示す断面図である。
【
図5】
図5は、本開示の切削工具の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下に、本開示によるインサートおよび切削工具を実施するための形態(以下、「実施形態」と記載する)について図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、この実施形態により本開示が限定されるものではない。また、各実施形態は、処理内容を矛盾させない範囲で適宜組み合わせることが可能である。また、以下の各実施形態において同一の部位には同一の符号を付し、重複する説明は省略される。
【0009】
また、以下に示す実施形態では、「一定」、「直交」、「垂直」あるいは「平行」といった表現が用いられる場合があるが、これらの表現は、厳密に「一定」、「直交」、「垂直」あるいは「平行」であることを要しない。すなわち、上記した各表現は、例えば製造精度、設置精度などのずれを許容するものとする。
【0010】
また、以下で参照する各図は、説明の便宜上、必要な主要部分のみを簡略化して示したものである。
【0011】
窒化硼素焼結体からなるインサートが知られている。この種のインサートには、耐摩耗性を向上させるという点でさらなる改善の余地がある。
【0012】
<インサート>
図1に本開示のインサート1の一例を示す。
図1に示す例において、インサート1は、多角形状の窒化硼素焼結体3である。
図2に本開示のインサート1の他の例を示す。
図2には、窒化硼素焼結体3がたとえば超硬合金からなる基体5に接合される例を示している。基体5は、窒化硼素焼結体3と合わせて多角形状のインサートとなっている。このような構成を有すると、インサート1に占める比較的高価な窒化硼素焼結体3の割合を小さくすることができる。
図2に示す例では、インサート1が有する複数の角部のうち、一つに窒化硼素焼結体3が位置している。これに限らず、インサート1が有する複数の角部のうち、二つ以上に窒化硼素焼結体3が位置していてもよい。
【0013】
窒化硼素焼結体3と基体5との間には、例えば、TiやAgを含有する接合材(図示しない)が位置していてもよい。窒化硼素焼結体3と基体5とは、従来周知の接合法を用いて接合材を介して一体化することができる。
【0014】
窒化硼素焼結体3は、第1面7と第2面9とを有している。
図1および
図2に示す例において、第1面7はインサート1の上面であり、第2面はインサート1の側面である。また、
図1および
図2に示す例において、第1面7はすくい面に相当し、第2面9は逃げ面に相当する。以後、第1面7をすくい面7ということがある。また、第2面9を逃げ面9ということがある。インサート1は、第1面7と第2面9との稜部の少なくとも一部に切刃13を有している。
【0015】
本開示のインサート1における窒化硼素焼結体3は、立方晶窒化硼素と、圧縮型窒化硼素とを含有する。
【0016】
窒化硼素焼結体3における第1面7に垂直な断面に対する、透過型X線回折において、得られたデータのうち、第1面7に垂直な方向における、立方晶窒化硼素の111回折のX線強度をIcBN(111)vとする。また、第1面7に垂直な方向における、圧縮型窒化硼素の002回折のX線強度をIhBN(002)vとする。また、窒化硼素焼結体3における第1面7に垂直な断面に対する、透過型X線回折において、得られたデータのうち、第1面7に平行な方向における、立方晶窒化硼素の111回折のX線強度をIcBN(111)hとする。また、第1面7に平行な方向における、圧縮型窒化硼素の002回折のX線強度をIhBN(002)hとする。
【0017】
なお、上記の各面の特定は、立方晶窒化硼素についてはJCPDSカードNo.01-075-6381を基礎とした。また、圧縮型窒化硼素についてはJCPDSカードNo.18-251を基礎とした。六方晶窒化硼素についてはJCPDSカードNo.00―045―0893を基礎とした。また、後述するウルツ型窒化硼素については、JCPDSカードNo.00-049-1327を基礎とした。
【0018】
透過型X線回折は、例えば、株式会社リガク製の湾曲IPX線回折装置RINT RAPID2を用いて行うとよい。
【0019】
上記の各X線強度を元に得られる(IhBN(002)v+IhBN(002)h)/(I(111)v+IcBN(111)h)を圧縮型窒化硼素含有値という。圧縮型窒化硼素含有値は、窒化硼素焼結体3に含まれる圧縮型窒化硼素の量と関連する指標である。この値が大きいほど、窒化硼素焼結体3に含まれる圧縮型窒化硼素の量が多い。圧縮型窒化硼素含有値は、含有量そのものではない。
【0020】
本開示のインサート1における窒化硼素焼結体3は、圧縮型窒化硼素含有値が0.002よりも大きく、0.01よりも小さい。すなわち、本開示のインサート1のおける窒化硼素焼結体3は、この条件を満たす程度に圧縮型窒化硼素を含有している。
【0021】
また、上記の各X線強度を元に得られるIcBN(111)v/(IcBN(111)v+IcBN(111)h)を立方晶配向値という。立方晶配向値が0.5であると、立方晶窒化硼素の111面はランダムな方向を向いており、無配向な状態である。立方晶配向値が大きいほど、窒化硼素焼結体3に含まれる立方晶窒化硼素の111面が第1面7と平行に配向する度合いが大きい。
【0022】
本開示のインサート1における窒化硼素焼結体3は、立方晶配向値が、0.5よりも大きい。言い換えると、垂直方向における立方晶窒化硼素の111回折のピークの頂点におけるX線強度は、平行方向における立方晶窒化硼素の111回折のピークの頂点におけるX線強度よりも大きい。すなわち、立方晶窒化硼素の111面は、第1面7の法線方向に沿って配向しているともいえる。
【0023】
上記の各X線強度を元に得られるIhBN(002)v/(IhBN(002)v+IhBN(002)h)を圧縮型窒化硼素配向値という。圧縮型窒化硼素配向値が0.5であると、圧縮型窒化硼素の002面はランダムな方向を向いており、無配向な状態である。圧縮型窒化硼素配向値が、大きいほど、窒化硼素焼結体3に含まれる圧縮型窒化硼素の002面が、第1面7と平行に配向する度合いが大きい。
【0024】
本開示のインサート1における窒化硼素焼結体3は、圧縮型窒化硼素配向値が、立方晶配向値よりも大きい。すなわち、圧縮型窒化硼素の002面は、立方晶窒化硼素の111面よりも、第1面7と平行に配向する度合いが大きい。
【0025】
本開示のインサート1は、上述の構成を有することにより、優れた耐摩耗性を有する。この効果は、本開示のインサート1が、少量の圧縮型窒化硼素を含有し、さらに、第1面において圧縮型窒化硼素の002面が多く配向していることから、第1面に溶着した被削物が圧縮型窒化硼素とともに剥離されることによるものと推測される。
【0026】
本開示のインサート1における窒化硼素焼結体3は、圧縮型窒化硼素含有値が、0.004以上、0.008以下であってもよい。このような構成を有すると、インサート1の硬度が高い。
【0027】
また、本開示のインサート1における窒化硼素焼結体3は、立方晶配向値が、0.55以上であってもよい。このような構成を有すると、すくい面7における硬度が高い。
【0028】
また、本開示のインサート1における窒化硼素焼結体3は、圧縮型窒化硼素配向値が、0.8以上であってもよい。このような構成を有すると、インサート1の寿命が長い。
【0029】
また、本開示のインサート1は、窒化硼素焼結体3は、ウルツ型窒化硼素を含有していてもよい。このような構成を有する窒化硼素焼結体3は硬度が高い。
【0030】
また、本開示のインサート1は、立方晶窒化硼素の平均粒径が、200nm以下であってもよい。このような構成を有すると、インサート1の強度が高い。なお、立方晶窒化硼素の平均粒径は、100nm以下であってもよい。
【0031】
また、本開示のインサート1は、窒化硼素焼結体3の表面に硬質被覆層(図示しない)を有していてもよい。
【0032】
<被覆層>
本開示のインサート1は、被覆層を有していてもよい。被覆層は、例えば、窒化硼素焼結体3の耐摩耗性、耐熱性等を向上させることを目的として窒化硼素焼結体3に被覆される。なお、
図2に示すインサート1において、被覆層は、窒化硼素焼結体3と基体5とに被覆されてもよい。
【0033】
ここで、インサート1が有する被覆層の構成の一例について
図3を参照して説明する。
図3は、本開示の被覆層の構成の一例を示す断面図である。
【0034】
図3に示すように、インサート1は、被覆層20を有する。被覆層20の厚みは、たとえば0.1μm以上5.0μm以下であってもよい。
【0035】
被覆層20は、硬質層21を有する。硬質層21は、後述する金属層22と比較して耐摩耗性に優れた層である。硬質層21は、1層以上の金属窒化物層を有する。硬質層21は1層であってもよい。また、
図3に示すように複数の金属窒化物層が重なっていてもよい。また、硬質層21は、複数の金属窒化物層が積層された積層部23と、積層部23の上に位置する第3金属窒化物層24とを有していてもよい。硬質層21の構成については後述する。
【0036】
また、被覆層20は、金属層22を有する。金属層22は、窒化硼素焼結体3と硬質層21との間に位置する。具体的には、金属層22は、第1の面(ここでは下面)において窒化硼素焼結体3の上面に接し、第1の面の反対側に位置する第2の面(ここでは上面)において硬質層21の下面に接する。
【0037】
金属層22は、窒化硼素焼結体3との密着性が硬質層21と比べて高い。このような特性を有する金属元素としては、たとえば、Zr、V、Cr、W、Al、Si、Yが挙げられる。金属層22は、上記金属元素のうち少なくとも1種以上の金属元素を含有する。
【0038】
なお、Tiの単体、Zrの単体、Vの単体、Crの単体およびAlの単体は、金属層22としては用いられない。これらはいずれも融点が低く、耐酸化性が低いことから、切削工具への使用に適さないためである。また、Hfの単体、Nbの単体、Taの単体、Moの単体は窒化硼素焼結体3との密着性が低い。ただし、Ti、Zr、V、Cr、Ta、Nb、Hf、Alを含む合金については、この限りではない。
【0039】
金属層22は、Al-Cr合金を含有するAl-Cr合金層であってもよい。かかる金属層22は、窒化硼素焼結体3との密着性が特に高いことから、窒化硼素焼結体3と被覆層20との密着性を向上させる効果が高い。
【0040】
金属層22がAl-Cr合金層である場合、金属層22におけるAlの含有量は、金属層22におけるCrの含有量よりも多くてもよい。たとえば、金属層22におけるAlとCrとの組成比(原子%)は、70:30であってもよい。このような組成比率とすることで、窒化硼素焼結体3と金属層22との密着性はより高い。
【0041】
金属層22は、上記金属元素(Zr、V、Cr、W、Al、Si、Y)以外の成分を含有していてもよい。ただし、窒化硼素焼結体3との密着性の観点から、金属層22は、上記金属元素を合量で少なくとも95原子%以上含有していてもよい。より好ましくは、金属層22は、上記金属元素を合量で98原子%以上含有していてもよい。たとえば、金属層22がAl-Cr合金層である場合、金属層22は、少なくとも、AlおよびCrを合量で95原子%以上含有していてもよい。さらに金属層22は、少なくとも、AlおよびCrを合量で98原子%以上含有していてもよい。なお、金属層22における金属成分の割合は、たとえば、EDS(エネルギー分散型X線分光器)を用いた分析により特定可能である。
【0042】
また、Tiは窒化硼素焼結体3との濡れ性が悪いため、窒化硼素焼結体3との密着性向上の観点から、金属層22は、Tiを極力含有していないことが好ましい。具体的には、金属層22におけるTiの含有量は、15原子%以下であってもよい。
【0043】
このように、本開示のインサート1では、窒化硼素焼結体3との濡れ性が硬質層21と比べて高い金属層22を窒化硼素焼結体3と硬質層21との間に設けることにより、窒化硼素焼結体3と被覆層20との密着性を向上させることができる。なお、金属層22は、硬質層21との密着性も高いため、硬質層21が金属層22から剥離するといったことも生じにくい。
【0044】
また、窒化硼素焼結体3は、絶縁体である。絶縁体である窒化硼素焼結体3には、PVD法(物理蒸着)により形成される膜との密着性に改善の余地があった。これに対し、本開示のインサート1は、導電性を有する金属層22が窒化硼素焼結体3の表面に位置するため、PVD法により形成される硬質層21と金属層22との密着性が高い。
【0045】
次に、硬質層21の構成について
図4を参照して説明する。
図4は、
図3に示すH部の模式拡大図である。
【0046】
図4に示すように、硬質層21は、金属層22の上に位置する積層部23と、積層部23の上に位置する第3金属窒化物層24とを有する。
【0047】
積層部23は、複数の第1金属窒化物層23aと複数の第2金属窒化物層23bとを有する。積層部23は、第1金属窒化物層23aと第2金属窒化物層23bとが交互に積層された構成を有している。
【0048】
第1金属窒化物層23aおよび第2金属窒化物層23bの厚みは、それぞれ10nm以上50nm以下としてもよい。このように、第1金属窒化物層23aおよび第2金属窒化物層23bを薄く形成することで、第1金属窒化物層23aおよび第2金属窒化物層23bの残留応力が小さい。これにより、たとえば、第1金属窒化物層23aおよび第2金属窒化物層23bの剥離やクラック等が生じ難くなることから、被覆層20の耐久性が高い。
【0049】
第1金属窒化物層23aは、金属層22に接する層であり、第2金属窒化物層23bは、第1金属窒化物層23a上に形成される。
【0050】
第1金属窒化物層23aおよび第2金属窒化物層23bは、金属層22に含まれる金属を含有していてもよい。
【0051】
たとえば、金属層22に2種類の金属(ここでは、「第1の金属」、「第2の金属」とする)が含まれているとする。この場合、第1金属窒化物層23aは、第1の金属および第3の金属の窒化物を含有する。第3の金属は、金属層22に含まれない金属である。また、第2金属窒化物層23bは、第1の金属および第2の金属の窒化物を含有する。
【0052】
たとえば、実施形態において、金属層22は、AlおよびCrを含有してもよい。この場合、第1金属窒化物層23aは、Alを含有してもよい。具体的には、第1金属窒化物層23aは、AlおよびTiの窒化物であるAlTiNを含有するAlTiN層であってもよい。また、第2金属窒化物層23bは、AlおよびCrの窒化物であるAlCrNを含有するAlCrN層であってもよい。
【0053】
このように、金属層22に含まれる金属を含有する第1金属窒化物層23aを金属層22の上に位置させることで、金属層22と硬質層21との密着性が高い。これにより、硬質層21が金属層22から剥離し難くなるため、被覆層20の耐久性が高い。
【0054】
第1金属窒化物層23aすなわちAlTiN層は、上述した金属層22との密着性の他、たとえば耐摩耗性に優れる。また、第2金属窒化物層23bすなわちAlCrN層は、たとえば耐熱性、耐酸化性に優れる。このように、被覆層20は、互いに異なる組成の第1金属窒化物層23aおよび第2金属窒化物層23bを含むことで、硬質層21の耐摩耗性や耐熱性等の特性を制御することができる。これにより、インサート1の工具寿命を延ばすことができる。たとえば、実施形態に係る硬質層21においては、AlCrNが持つ優れた耐熱性を維持しつつ、金属層22との密着性や耐摩耗性といった機械的性質を向上させることができる。
【0055】
このように、被覆層20の少なくとも一部は、一層当たりの厚みが10nm以上50nm以下の複数の層(第1金属窒化物層23aおよび第2金属窒化物層23b)が積層されていてもよい。
【0056】
なお、積層部23は、たとえばアークイオンプレーティング法(AIP法)により成膜してもよい。AIP法は、真空雰囲気でアーク放電を利用してターゲット金属(ここでは、AlTiターゲットおよびAlCrターゲット)を蒸発させ、N2ガスと結合することによって金属窒化物(ここでは、AlTiNとAlCrN)を成膜する方法である。なお、金属層22もAIP法により成膜してもよい。
【0057】
第3金属窒化物層24は、積層部23の上に位置してもよい。具体的には、第3金属窒化物層24は、積層部23のうち第2金属窒化物層23bと接する。第3金属窒化物層24は、たとえば、第1金属窒化物層23aと同様、TiおよびAlを含有する金属窒化物層(AlTiN層)である。
【0058】
第3金属窒化物層24の厚みは、第1金属窒化物層23aおよび第2金属窒化物層23bの各厚みよりも厚くてもよい。具体的には、上述したように第1金属窒化物層23aおよび第2金属窒化物層23bの厚みは50nm以下とした場合、第3金属窒化物層24の厚みは、1μm以上としてもよい。たとえば、第3金属窒化物層24の厚みは、1.2μmであってもよい。
【0059】
これにより、たとえば、第3金属窒化物層24の摩擦係数が低い場合には、インサート1の耐溶着性を向上させることができる。また、たとえば、第3金属窒化物層24の硬度が高い場合には、インサート1の耐摩耗性を向上させることができる。また、たとえば、第3金属窒化物層24の酸化開始温度が高い場合には、インサート1の耐酸化性を向上させることができる。
【0060】
また、第3金属窒化物層24の厚みは、積層部23の厚みよりも厚くてもよい。具体的には、実施形態において、積層部23の厚みは0.5μm以下とした場合、第3金属窒化物層24の厚みは、1μm以上であってもよい。たとえば、積層部23の厚みが0.3μmである場合、第3金属窒化物層24の厚みは1.2μmであってもよい。このように、第3金属窒化物層24を積層部23よりも厚くすることで、上述した耐溶着性、耐摩耗性等を向上させる効果がさらに高い。
【0061】
なお、金属層22の厚みは、たとえば0.1μm以上、0.6μm未満であってもよい。すなわち、金属層22は、第1金属窒化物層23aおよび第2金属窒化物層23bの各々よりも厚く、且つ、積層部23よりも薄くてもよい。
【0062】
<切削工具>
次に、本開示の切削工具について
図5を参照して説明する。
図5は、本開示の切削工具の一例を示す図である。
【0063】
本開示の切削工具101は、
図5に示すように、例えば、第1端(
図5における上端)から第2端(
図5における下端)に向かって延びる棒状体である。
【0064】
切削工具101は、
図5に示すように、第1端(先端)から第2端に亘る長さを有し、第1端側に位置するポケット103を有するホルダ105と、ポケット103に位置する上記のインサート1とを備えている。切削工具101は、インサート1を備えているため、長期に渡り安定した切削加工を行うことができる。
【0065】
ポケット103は、インサート1が装着される部分であり、ホルダ105の下面に対して平行な着座面と、着座面に対して垂直であるか、または、傾斜する拘束側面とを有している。また、ポケット103は、ホルダ105の第1端側において開口している。
【0066】
ポケット103にはインサート1が位置している。このとき、インサート1の下面がポケット103に直接に接していてもよく、また、インサート1とポケット103との間にシート(図示しない)が挟まれていてもよい。
【0067】
インサート1は、すくい面7及び逃げ面9が交わる稜部における切刃13として用いられる部分の少なくとも一部がホルダ105から外方に突出するようにホルダ105に装着される。本実施形態において、インサート1は、固定ネジ107によって、ホルダ105に装着されている。すなわち、インサート1の貫通孔55に固定ネジ107を挿入し、この固定ネジ107の先端をポケット103に形成されたネジ孔(図示しない)に挿入してネジ部同士を螺合させることによって、インサート1がホルダ105に装着されている。
【0068】
ホルダ105の材質としては、鋼、鋳鉄などを用いることができる。これらの部材の中で靱性の高い鋼を用いてもよい。
【0069】
本実施形態においては、いわゆる旋削加工に用いられる切削工具を例示している。旋削加工としては、例えば、内径加工、外径加工及び溝入れ加工などが挙げられる。なお、切削工具としては旋削加工に用いられるものに限定されない。例えば、転削加工に用いられる切削工具に上記の実施形態のインサート1を用いてもよい。
【0070】
<製造方法>
以下に、本開示のインサートにおける窒化硼素焼結体の製造方法について説明する。まず、原料粉末である扁平形状の六方晶窒化硼素粉末を準備する。平均粒径は0.7μm以上で、市販の原料のうち酸素不純物量が0.5質量%未満のものを使用する。六方晶窒化硼素粉末の平均粒径とは、電子顕微鏡で測定した窒化硼素粉末の長軸方向の長さの平均値を意味する。六方晶窒化硼素粉末は、平均粒径が、0.2μm以上、30μm以下であってもよい。六方晶窒化硼素粉末は、99%以上の純度を有する高純度のものであってもよい。また、立方晶の窒化硼素粉末を製造する際に用いる触媒成分を含有するものであってもよい。また、99%未満の純度の原料粉末を用いてもよい。
【0071】
原料粉末の成形は一軸プレスにて行い、成形時の圧力を制御することで、焼成後の立方晶配向値および圧縮型窒化硼素配向値を制御することができる。一軸プレスで成形するときに扁平な六方晶窒化硼素粉末が配向し、六方晶窒化硼素粉末の002面がプレスの加圧軸方向と垂直になるように配向する。一軸プレスの際に、同一の成形体に繰り返し、圧力を加えるように行うと成形体における六方晶窒化硼素粉末の配向性が高い。
【0072】
次に、上記方法で作製した成形体を、1800~2200度の温度、8~10GPaの圧力で焼成することで、本開示の窒化硼素焼結体を得ることができる。窒化硼素焼結体に含まれる圧縮型窒化硼素の割合は、焼成時の温度と圧力により、制御することができる。更に上記の製造方法により、窒化硼素質焼結体上に被覆層を形成することができる。
【0073】
以上、本開示の窒化硼素焼結体、インサートおよび切削工具について説明したが、上述の実施形態に限定されず、本開示の要旨を逸脱しない範囲において、各種の改良および変更を行なってもよい。
【実施例】
【0074】
平均粒径が、0.3μm、6μm、16μmで、酸素不純物量が0.3質量%の扁平形状の六方晶窒化硼素粉末を一軸プレスで成形し、成形体を得た。また、同じ六方晶窒化硼素粉末を等圧加圧して成形体を作製した。これらの成形体を表1に示す条件で焼成した。
【0075】
次に、得られた焼結体を、焼結体の第1面に垂直な方向に切断し、第1面に対して直角に交わる面を有する厚さ約0.5mmの試験片を作製した。この試験片の第1面に垂直な断面を基準として、株式会社リガク製の湾曲IPX線回折装置RINT RAPID2を用いて圧縮型窒化硼素含有値、立方晶配向値、圧縮型窒化硼素配向値を求めた。得られた各値を表1に示す。さらに、得られた焼結体の一部を切り出し、インサートを作製した。また、インサートの表面に被覆層を設けた試料も作製した。この被覆層の構成を表2に示す。なお、下記の試験では、被覆層のないインサートと、2種類の被覆層を設けたインサートとを評価した。
【表1】
【表2】
【0076】
これらのインサートの第1面をすくい面として切削試験を行った。以下に切削試験の条件を示す。
【0077】
<切削試験の条件>
被削材:Ti合金(Ti-6Al-4V)
切削条件:Vc=100m/min、f=0.1mm/rev、ap=0.4mm、Wet
使用工具:CNGA120408
【0078】
等圧成形した成形体から得られた試料である試料No.1~3、7、11、15は、いずれも、本開示のインサートにおける窒化硼素焼結体の構成を有していない。また、1軸加圧した成形体を用いた場合であっても、焼成温度が2100℃であり、焼成圧力が11GPaの試料No.8~10では、圧縮型窒化硼素が含まれていなかった。1軸加圧した成形体を用いて、焼成温度が2300℃であり、焼成圧力が7.7GPaの試料No.16では、圧縮型窒化硼素を含有していたが、圧縮型窒化硼素配向値が立方晶配向値よりも小さかった。
【0079】
一方、一軸プレスで成形した試料のうち、試料No.4~6、12~14は、圧縮型窒化硼素含有値が0.005よりも小さく、立方晶配向値が0.5よりも大きく、圧縮型窒化硼素配向値が立方晶配向値よりも大きく、長寿命であった。なお、試料No.4~6、12~14の立方晶窒化硼素の平均粒径は、いずれも200nm以下であった。特に、平均粒径が小さい原料粉末を用いた試料No.4および試料No.12の平均粒径は、100nm以下であった。
【0080】
立方晶配向値が0.55以上である試料No.5、6、12、13、14は、立方晶配向値が0.55未満である試料No.4よりも長寿命であった。圧縮型窒化硼素配向値が0.8以上である、試料No.13、14は、圧縮型窒化硼素配向値が0.8未満の試料No.12よりも長寿命であった。
【0081】
本開示のインサートにおける窒化硼素焼結体の構成要件を満たさない試料は、本開示のインサートである試料No.4~6、12~14よりも寿命が短かった。いずれの試料においても、被覆層を有するインサートは被覆層を有さないインサートよりも寿命が長かった。特に、金属層を有するインサートは寿命が長かった。
【0082】
今回開示された実施形態は全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。実に、上記した実施形態は多様な形態で具現され得る。また、上記の実施形態は、添付の請求の範囲およびその趣旨を逸脱することなく、様々な形態で省略、置換、変更されてもよい。
【符号の説明】
【0083】
1・・・インサート
3・・・窒化硼素焼結体
5・・・基体
7・・・すくい面
9・・・逃げ面
13・・・切刃
20・・・被覆層
21・・・硬質層
22・・・金属層
23・・・積層部
23a・・第1金属窒化物層
23b・・第2金属窒化物層
24・・・第3金属窒化物層
101・・切削工具
103・・ポケット
105・・ホルダ