(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-19
(45)【発行日】2024-12-27
(54)【発明の名称】被覆工具および切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20241220BHJP
C23C 14/06 20060101ALI20241220BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B27/14 B
C23C14/06 A
C23C14/06 B
(21)【出願番号】P 2023538387
(86)(22)【出願日】2022-07-07
(86)【国際出願番号】 JP2022026964
(87)【国際公開番号】W WO2023008130
(87)【国際公開日】2023-02-02
【審査請求日】2023-12-20
(31)【優先権主張番号】P 2021126271
(32)【優先日】2021-07-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006633
【氏名又は名称】京セラ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉見 啓
(72)【発明者】
【氏名】森 聡史
【審査官】小川 真
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-142312(JP,A)
【文献】特開2002-331403(JP,A)
【文献】国際公開第2017/094440(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14、51/00
B23C 5/16
B23P 15/28
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
WC粒子を硬質相成分とし、Coを結合相の主成分とするWC基超硬合金からなる基体と、該基体の上に位置する第1被覆層とを有し、
前記第1被覆層は、Al、Cr、Si、第4族元素、第5族元素および第6族元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素と、CおよびNからなる群より選択される少なくとも1種の元素と、からなり、
前記基体の表面に垂直な断面における、前記基体と前記第1被覆層との界面領域において、
前記第1被覆層から前記WC粒子にわたって横断する方向に元素分析して得られたTiの最大値(atm%)をTi(WC)値とし、
前記第1被覆層から前記結合相にわたって横断する方向に元素分析して得られたTiの最大値(atm%)をTi(Co)値とし、
前記Ti(WC)値と前記Ti(Co)値との比率(Ti(Co)値/Ti(WC)値)をTi(Co/WC)比率とした場合、
前記Ti(Co/WC)比率が、0.8以下である、被覆工具。
【請求項2】
前記界面領域において前記WC粒子上のTiを含む領域の厚みが1nm以上15nm以下である、請求項1に記載の被覆工具。
【請求項3】
端部にポケットを有する棒状のホルダと、
前記ポケット内に位置する、請求項1または2に記載の被覆工具と
を有する、切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、被覆工具および切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
旋削加工や転削加工等の切削加工に用いられる工具として、超硬合金、サーメット、セラミックス等の基体の表面を被覆層でコーティングすることによって耐摩耗性等を向上させた被覆工具が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2019/146710号
【文献】特開2017-193004号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示の一態様による被覆工具は、WC粒子を硬質相成分とし、Coを結合相の主成分とするWC基超硬合金からなる基体と、基体の上に位置する第1被覆層とを有する。第1被覆層は、Al、Cr、Si、第4族元素、第5族元素および第6族元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素と、CおよびNからなる群より選択される少なくとも1種の元素と、からなる。基体の表面に垂直な断面における、基体と第1被覆層との界面領域において、第1被覆層からWC粒子にわたって横断する方向に元素分析して得られたTiの最大値(atm%)をTi(WC)値とし、第1被覆層から結合相にわたって横断する方向に元素分析して得られたTiの最大値(atm%)をTi(Co)値とし、Ti(WC)値とTi(Co)値との比率(Ti(Co)値/Ti(WC)値)をTi(Co/WC)比率とした場合、Ti(Co/WC)比率が、0.8以下である。
【図面の簡単な説明】
【0005】
【
図1】
図1は、実施形態に係る被覆工具の一例を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、実施形態に係る被覆工具の一例を示す側断面図である。
【
図3】
図3は、実施形態に係る被覆層の一例を示す断面図である。
【
図5】
図5は、基体と第1被覆層との界面領域の模式的な拡大図である。
【
図6】
図6は、実施形態に係る切削工具の一例を示す正面図である。
【
図7】
図7は、試料No.1~No.20が有する中間層の製造条件をまとめた表である。
【
図8】
図8は、試料No.1~No.20が有する第1被覆層の平均組成、中間層のTi含有の有無、Ti(Co/WC)比率、WC粒子上のTi含有層の平均層厚をまとめた表である。
【
図9】
図9は、試料No.1~No.20に対する酸化試験、摩耗試験および剥離試験の結果をまとめた表である。
【
図10】
図10は、実施例に係る被覆工具の走査透過電子顕微鏡像である。
【
図11】
図11は、実施例に係る被覆工具のWCマッピング像である。
【
図12】
図12は、実施例に係る被覆工具のCoマッピング像である。
【
図13】
図13は、実施例に係る被覆工具のTiマッピング像である。
【
図14】
図14は、WC上抽出範囲およびCo上抽出範囲を示す図である。
【
図15】
図15は、WC上抽出範囲およびCo上抽出範囲におけるTi量の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0006】
以下に、本開示による被覆工具および切削工具を実施するための形態(以下、「実施形態」と記載する)について図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、この実施形態により本開示による被覆工具および切削工具が限定されるものではない。また、各実施形態は、処理内容を矛盾させない範囲で適宜組み合わせることが可能である。また、以下の各実施形態において同一の部位には同一の符号を付し、重複する説明は省略される。
【0007】
また、以下に示す実施形態では、「一定」、「直交」、「垂直」あるいは「平行」といった表現が用いられる場合があるが、これらの表現は、厳密に「一定」、「直交」、「垂直」あるいは「平行」であることを要しない。すなわち、上記した各表現は、例えば製造精度、設置精度などのずれを許容するものとする。
【0008】
上述した従来技術には、被覆層と基体との密着性を向上させるという点で更なる改善の余地がある。
【0009】
<被覆工具>
図1は、実施形態に係る被覆工具の一例を示す斜視図である。また、
図2は、実施形態に係る被覆工具1の一例を示す側断面図である。
図1に示すように、実施形態に係る被覆工具1は、チップ本体2を有する。
【0010】
(チップ本体2)
チップ本体2は、たとえば、上面および下面(
図1に示すZ軸と交わる面)の形状が平行四辺形である六面体形状を有する。
【0011】
チップ本体2の1つのコーナー部は、切刃部として機能する。切刃部は、第1面(たとえば上面)と、第1面に連接する第2面(たとえば側面)とを有する。実施形態において、第1面は切削により生じた切屑をすくい取る「すくい面」として機能し、第2面は「逃げ面」として機能する。第1面と第2面とが交わる稜線の少なくとも一部には、切刃が位置しており、被覆工具1は、かかる切刃を被削材に当てることによって被削材を切削する。
【0012】
チップ本体2の中央部には、チップ本体2を上下に貫通する貫通孔5が位置する。貫通孔5には、後述するホルダ70に被覆工具1を取り付けるためのネジ75が挿入される(
図6参照)。
【0013】
図2に示すように、チップ本体2は、基体10と、被覆層20とを有する。
【0014】
(基体10)
基体10は、たとえば超硬合金で形成される。超硬合金は、W(タングステン)、具体的には、WC(炭化タングステン)を含有する。また、超硬合金は、Ni(ニッケル)やCo(コバルト)を含有していてもよい。具体的には、基体10は、WC粒子を硬質相成分とし、Coを結合相の主成分とするWC基超硬合金からなる。
【0015】
(被覆層20)
被覆層20は、例えば、基体10の耐摩耗性、耐熱性等を向上させることを目的として基体10に被覆される。
図2の例では、被覆層20が基体10を全体的に被覆している。被覆層20は、少なくとも基体10の上に位置していればよい。被覆層20が基体10の第1面(ここでは、上面)に位置する場合、第1面の耐摩耗性、耐熱性が高い。被覆層20が基体10の第2面(ここでは、側面)に位置する場合、第2面の耐摩耗性、耐熱性が高い。
【0016】
ここで、被覆層20の具体的な構成について
図3および
図4を参照して説明する。
図3は、実施形態に係る被覆層20の一例を示す断面図である。また、
図4は、
図3に示すH部の模式拡大図である。
【0017】
図3に示すように、被覆層20は、中間層22の上に位置する第1被覆層23と、第1被覆層23の上に位置する第2被覆層24とを有する。
【0018】
第1被覆層23は、Al、Cr、Si、第4族元素、第5族元素および第6族元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素と、CおよびNからなる群より選択される少なくとも1種の元素と、からなる。
【0019】
具体的には、第1被覆層23は、Al、Cr、SiおよびNを有していてもよい。すなわち、第1被覆層23は、Al、CrおよびSiの窒化物であるAlCrSiNを含有するAlCrSiN層であってもよい。なお、「AlCrSiN」との表記は、AlとCrとSiとNとが任意の割合で存在することを意味しており、必ずしもAlとCrとSiとNとが1対1対1対1で存在することを意味するものではない。
【0020】
中間層22に含まれる金属(たとえば、Ti)を含有する第1被覆層23を中間層22の上に位置させた場合、中間層22と被覆層20との密着性が高い。これにより、被覆層20が中間層22から剥離し難くなるため、被覆層20の耐久性が高い。
【0021】
図4に示すように、第1被覆層23は、複数の第1層23aと複数の第2層23bとを有する。第1被覆層23は、第1層23aと第2層23bとが厚み方向に交互に積層された縞状構成を有している。第2層23bは、第1層23a上に形成される。
【0022】
第1層23aおよび第2層23bの厚みは、それぞれ50nm以下としてもよい。薄く形成された第1層23aおよび第2層23bは、残留応力が小さく、剥離やクラック等が生じ難いため、被覆層20の耐久性が高くなる。
【0023】
第2被覆層24は、Ti、SiおよびNを有していてもよい。すなわち、第2被覆層24は、TiおよびSiを含有する窒化物層(TiSiN層)であってもよい。なお、「TiSiN層」との表記は、TiとSiとNとが任意の割合で存在することを意味しており、必ずしもTiとSiとNとが1対1対1で存在することを意味するものではない。
【0024】
これにより、たとえば、第2被覆層24の摩擦係数が低い場合には、被覆工具1の耐溶着性を向上させることができる。また、たとえば、第2被覆層24の硬度が高い場合には、被覆工具1の耐摩耗性を向上させることができる。また、たとえば、第2被覆層24の酸化開始温度が高い場合には、被覆工具1の耐酸化性を向上させることができる。
【0025】
第2被覆層24は、少なくとも2つの層が厚み方向に位置する縞状構造を有していてもよい。第2被覆層24の縞状構造が有する各層は、たとえば、Tiと、Siと、Nとを含有していてもよい。この場合、第2被覆層24は、Tiの含有量(以下、「Ti含有量」と記載する)、Siの含有量(以下、「Si含有量」と記載する)およびNの含有量(以下、「N含有量」と記載する)が、第2被覆層24の厚み方向に沿ってそれぞれ増減を繰り返していてもよい。第2被覆層24に含まれる金属元素のうち、TiおよびSiの合計は、98原子%以上であってもよい。また、第2被覆層24は、厚み方向に交互に位置する第3層および第4層を有していてもよい。
【0026】
(被覆層の製造方法)
被覆層20は、たとえば物理蒸着法により形成されてもよい。物理蒸着法としては、例えば、イオンプレーティング法及びスパッタリング法などが挙げられる。一例として、イオンプレーティング法で被覆層を作製する場合には、下記の方法によって被覆層を作製することができる。
【0027】
まず、第1被覆層23をイオンプレーティング法で作製する方法の一例を示す。まず、一例としてCr、SiおよびAlの各金属ターゲット、または複合化した合金ターゲット、または焼結体ターゲットを準備する。
【0028】
次に、金属源である上記のターゲットをアーク放電またはグロー放電などによって蒸発させてイオン化する。イオン化した金属を、窒素源の窒素(N2)ガス、などと反応させるとともに、基体の表面に蒸着させる。以上の手順によってAlCrSiN層を形成することが可能である。
【0029】
上記の手順において、基体の温度を500~550℃とし、窒素ガス圧力を1.0~6.0Paとし、基体に-50~-200Vの直流バイアス電圧を印可して、アーク放電電流を100~200Aとしてもよい。
【0030】
第1被覆層23の組成は、アルミニウム金属ターゲット、クロム金属ターゲット、アルミニウム-シリコン複合化合金ターゲット、および、クロム-シリコン複合化合金ターゲットにかかるアーク放電・グロー放電時の電圧・電流値をそれぞれのターゲット毎に独立に制御することによって調整することができる。また、被覆層の組成は、被覆時間や雰囲気ガス圧の制御によっても調整することができる。実施形態の一例においてはアーク放電・グロー放電時の電圧・電流値を変化させることにより、ターゲット金属のイオン化量を変化させることができる。また、ターゲット毎にアーク放電・グロー放電時の電流値を周期的に変えることにより、ターゲット金属のイオン化量を周期的に変化させることができる。ターゲットのアーク放電・グロー放電時の電流値は、0.01~0.5minの間隔で周期的に変えることにより、ターゲット金属のイオン化量を周期的に変化させることができる。これにより被覆層の厚み方向において、各金属元素の含有割合がそれぞれの周期で変化する構成とすることができる。
【0031】
上記の手順を行う際に、Al、Siの量が少なくなるように、また、Crの量が多くなるよう、Al、Si、Crの組成を変化させ、その後、Al、Siの量が多くなるように、また、Crの量が少なくなるよう、Al、Si、Crの組成を変化させることによって、第1層23aおよび第2層23bを有する第1被覆層23を作製することが可能である。
【0032】
次に、TiSiN層である第2被覆層24の製造方法の一例について説明する。
【0033】
第1被覆層23と同様に、第2被覆層24も物理蒸着法により形成されてもよい。一例として、まず、Ti金属ターゲット及びTi-Si複合化合金ターゲットを準備する。そして、用意した各ターゲットにかかるアーク放電・グロー放電時の電圧・電流値をターゲット毎に独立に制御することによって縞状構造を有する第2被覆層24を作製することができる。
【0034】
上記の手順において、基体の温度を500~600℃とし、窒素ガス圧力を1.0~6.0Paとし、基体に-50~-200Vの直流バイアス電圧を印可して、アーク放電電流を100~200A、アーク電流の変化周期を0.01~0.5minとしてもよい。
【0035】
(中間層22)
基体10と被覆層20との間には、中間層22が位置していてもよい。具体的には、中間層22は、一方の面(ここでは下面)において基体10の上面に接し、且つ、他方の面(ここでは上面)において被覆層20(第1被覆層23)の下面に接する。
【0036】
中間層22は、基体10との密着性が被覆層20と比べて高い。このような特性を有する金属元素としては、たとえば、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、Y、Tiが挙げられる。中間層22は、上記金属元素のうち少なくとも1種以上の金属元素を含有する。たとえば、中間層22は、Tiを含有していても良い。なお、Siは、半金属元素であるが、本明細書においては、半金属元素も金属元素に含まれるものとする。
【0037】
中間層22がTiを含有する場合、中間層22におけるTiの含有量は、1.5原子%以上であってもよい。たとえば、中間層22におけるTiの含有量は、2.0原子%以上であってもよい。
【0038】
中間層22は、上記金属元素(Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、Y、Ti)以外の金属元素成分を含有していてもよい。ただし、基体10との密着性の観点から、中間層22は、上記金属元素を合量で少なくとも95原子%以上含有していてもよい。より好ましくは、中間層22は、上記金属元素を合量で98原子%以上含有してもよい。なお、中間層22における金属成分の割合は、たとえば、STEM(走査透過電子顕微鏡)に付属しているEDS(エネルギー分散型X線分光器)を用いた分析により特定可能である。
【0039】
このように、実施形態に係る被覆工具1では、基体10との濡れ性が被覆層20と比べて高い中間層22を基体10と被覆層20との間に設けることにより、基体10と被覆層20との密着性を向上させることができる。なお、中間層22は、被覆層20との密着性も高いため、被覆層20が中間層22から剥離するといったことも生じにくい。
【0040】
なお、中間層22の厚みは、たとえば0.1nm以上、20.0nm未満であってもよい。
【0041】
図5は、基体10と第1被覆層23との界面領域の模式的な拡大図である。
図5には、基体10の表面に垂直な断面における、基体10と第1被覆層23との界面領域を示している。
【0042】
図5に示すように、基体10と第1被覆層23との界面領域に位置する中間層22は、基体10に含まれるWC粒子10aおよび結合相10bのうち、WC粒子10aの上に多く位置している。
【0043】
具体的には、第1被覆層23からWC粒子10aにわたって横断する方向に元素分析して得られたTiの最大値(atm%)をTi(WC)値とし、第1被覆層23からWCから結合相10bにわたって横断する方向に元素分析して得られたTiの最大値(atm%)をTi(Co)値とする。また、Ti(WC)値とTi(Co)値との比率(Ti(Co)値/Ti(WC)値)をTi(Co/WC)比率とする。この場合、実施形態に係る被覆工具1は、Ti(Co/WC)比率が、0.8以下である。
【0044】
従来、Al、Cr、Si、第4族元素、第5族元素および第6族元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素と、C、Nからなる群より選択される少なくとも1種の元素とからなる第1被覆層は、WC粒子との密着性に改善の余地があった。一方、Tiは、第1被覆層およびWC粒子の双方と良好な密着性を有する。このため、実施形態に係る被覆工具1のように、第1被覆層23とWC粒子10aとの間にTiを含む中間層22を導入することにより、基体10と第1被覆層23との密着力を向上させることができる。
【0045】
上記構成を有する中間層22は、たとえば以下の製造方法により得ることができる。
【0046】
8×10-3~1×10-4Paの減圧環境下において基体を加熱して表面温度を500~600℃にする。次に、雰囲気ガスとしてアルゴンガスを導入し、圧力を3.0Paに保持する。次に、バイアス電圧を-400Vとして、アルゴンボンバード処理を11分間行う(アルゴンボンバード前処理)。次に、圧力を0.1Paに減圧させ、Ti金属蒸発源に100~200Aのアーク電流を印可し、0.3分間処理し、基体の表面に対して中間層としてのTi含有層を形成する(Ti含有層成膜処理)。その後、雰囲気ガスとしてアルゴンガスを導入し、圧力を3.0Paに保持し、バイアス電圧を-200Vとして、アルゴンボンバード処理を1分間行う(アルゴンボンバード後処理)。
【0047】
<アルゴンボンバード前処理条件>
(1)バイアス電圧:-400V
(2)圧力:3Pa
(3)処理時間:11分
【0048】
<Ti含有層の成膜条件1>
(1)アーク電流:100~200A
(2)バイアス電圧:-380~-430V
(3)圧力:0.1Pa
(4)処理時間:0.3分
【0049】
<アルゴンボンバード後処理条件1>
(1)バイアス電圧:-200V
(2)圧力:3Pa
(3)処理時間:1分
【0050】
なお、Ti含有層は、例えば、拡散による他の金属元素を含有していても良い。Ti含有層は、Ti以外の金属元素を50~98原子%含有していてもよい。
【0051】
Coを含有する結合相とTiとの密着性は悪い。このため、Coを含む結合相の上に位置するTiの量はできるだけ少ないほうが基体と被覆層との全体的な密着力が向上する。そこで、実施形態に係る被覆工具1のように、基体10に含まれるWC粒子10aおよび結合相10bのうち、WC粒子10aの上により多くのTiが位置する構成とすることで、基体10と第1被覆層23との密着力を向上させることができ、これにより、被覆工具1の耐摩耗性、耐欠損性を向上させることができる。
【0052】
また、基体10の表面に垂直な断面において、結合相10bの少なくとも一部は、第1被覆層23と接していてもよい。
【0053】
Al、Cr、Si、第4族元素、第5族元素および第6族元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素とからなる第1被覆層と、Coを含む結合相との密着性は、Coを含有する結合相とTiとの密着性と比較して良好である。このため、結合相10bの少なくとも一部が第1被覆層23と接する構成とした場合、基体10と第1被覆層23との密着力をさらに向上させることができ、被覆工具1の耐摩耗性、耐欠損性をさらに向上させることができる。
【0054】
結合相10bの少なくとも一部が第1被覆層23と接する構成は、たとえば以下の条件により製造することができる。
【0055】
<アルゴンボンバード前処理条件>
(1)バイアス電圧:-400V
(2)圧力:3Pa以下
(3)処理時間:11分
【0056】
<Ti含有層の成膜条件2>
(1)アーク電流:130A以上180A以下
(2)バイアス電圧:-390V以上-410V以下
(3)圧力:0.1Pa
(4)処理時間:0.3分
【0057】
<アルゴンボンバード後処理条件2>
(1)バイアス電圧:-200V
(2)圧力:3Pa
(3)処理時間:1分
Ti含有層の成膜条件2とアルゴンボンバード処理条件2を交互に1回以上繰り返す。
【0058】
また、界面領域においてWC粒子10a上のTiを含む領域、すなわち、WC粒子10a上の中間層22の厚みは、1nm以上15nm以下であってもよい。
【0059】
中間層22の厚みが1nm以上であると第1被覆層23とWC粒子10aとの密着効果がより発揮され、中間層22の厚みが15nm以下であると中間層22から亀裂が発生・進展することが抑制される。したがって、WC粒子10a上の中間層22の厚みを1nm以上15nm以下とすることで、基体10と第1被覆層23との密着力をさらに向上させることができ、被覆工具1の耐摩耗性、耐欠損性をさらに向上させることができる。
【0060】
WC粒子10a上の中間層22の厚みが1nm以上15nm以下である中間層22は、たとえば以下の条件により製造することができる。
【0061】
<アルゴンボンバード前処理条件>
(1)バイアス電圧:-400V
(2)圧力:3Pa以下
(3)処理時間:11分
【0062】
<Ti含有層の成膜条件3>
(1)アーク電流:100A180A以下
(2)バイアス電圧:-400V
(3)圧力:0.1Pa
(4)処理時間:0.3分
【0063】
<アルゴンボンバード後処理条件3>
(1)バイアス電圧:-200V
(2)圧力:3Pa
(3)処理時間:1分
Ti含有層の成膜条件3とアルゴンボンバード処理条件3を交互に1回以上20回以下繰り返す。
【0064】
<切削工具>
次に、上述した被覆工具1を備えた切削工具の構成について
図6を参照して説明する。
図6は、実施形態に係る切削工具の一例を示す正面図である。
【0065】
図6に示すように、実施形態に係る切削工具100は、被覆工具1と、被覆工具1を固定するためのホルダ70とを有する。
【0066】
ホルダ70は、第1端(
図6における上端)から第2端(
図6における下端)に向かって伸びる棒状の部材である。ホルダ70は、たとえば、鋼、鋳鉄製である。特に、これらの部材の中で靱性の高い鋼が用いられることが好ましい。
【0067】
ホルダ70は、第1端側の端部にポケット73を有する。ポケット73は、被覆工具1が装着される部分であり、被削材の回転方向と交わる着座面と、着座面に対して傾斜する拘束側面とを有する。着座面には、後述するネジ75を螺合させるネジ孔が設けられている。
【0068】
被覆工具1は、ホルダ70のポケット73に位置し、ネジ75によってホルダ70に装着される。すなわち、被覆工具1の貫通孔5にネジ75を挿入し、このネジ75の先端をポケット73の着座面に形成されたネジ孔に挿入してネジ部同士を螺合させる。これにより、被覆工具1は、切刃部分がホルダ70から外方に突出するようにホルダ70に装着される。
【0069】
実施形態においては、いわゆる旋削加工に用いられる切削工具を例示している。旋削加工としては、例えば、内径加工、外径加工及び溝入れ加工が挙げられる。なお、切削工具としては旋削加工に用いられるものに限定されない。例えば、転削加工に用いられる切削工具に被覆工具1を用いてもよい。転削加工に用いられる切削工具としては、たとえば、平フライス、正面フライス、側フライス、溝切りフライスなどフライス、1枚刃エンドミル、複数刃エンドミル、テーパ刃エンドミル、ボールエンドミルなどのエンドミルなどが挙げられる。
【実施例】
【0070】
以下、本開示の実施例を具体的に説明する。なお、本開示は以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0071】
WC基超硬合金からなる基体の上に被覆層を有する試料No.1~No.20を作製した。試料No.1~No.20が有する中間層の作製条件は、
図7に示す通りである。なお、試料No.1~No.20のうち、試料No.1~No.4、No.6~No.9、No.11、No.14、No.17が本開示の実施例に相当し、試料No.5、No.10、No.12、No.13、No.15、No.16、No.18~No.20が比較例に相当する。また、
図7に示す「繰り返し数」は、中間層形成処理およびArボンバード後処理を1セットとした場合における上記1セットの繰り返し数のことである。
【0072】
図8は、試料No.1~No.20が有する第1被覆層の平均組成、中間層のTi含有の有無、Ti(Co/WC)比率、WC粒子上のTi含有層の平均層厚をまとめた表である。
【0073】
図8に示すように、試料No.1~No.10が有する第1被覆層は、AlCrSiN層である。具体的には、試料No.1~No.10が有する第1被覆層の平均組成は、(Al
50Cr
39Si
11)Nであった。試料No.11~No.13が有する第1被覆層は、AlCrN層である。具体的には、試料No.11~No.13が有する第1被覆層の平均組成は、(Al
50Cr
50)Nであった。試料No.14~No.16、No.20が有する第1被覆層は、TiAlN層である。具体的には、試料No.14~No.16、No.20が有する第1被覆層の平均組成は、(Ti
50Al
50)Nであった。試料No.17~No.19が有する第1被覆層は、TiAlSiN層である。具体的には、試料No.17~No.19が有する第1被覆層の平均組成は、(Ti
50Al
40Si
10)Nであった。
【0074】
試料No.1~No.20のうち、試料No.1~No.9、No.11、No.12、No.14、No.15、No.17、No.18は、Tiを含有する中間層を有している。これに対し、試料No.10、No.13、No.16、No.19は、中間層を有していない。また、試料No.20は、Tiを含有する中間層は有していないが、Crを含有する中間層を有している。
【0075】
Tiを含有する中間層を有する試料No.1~No.9、No.11、No.12、No.14、No.15、No.17、No.18について、Ti(Co/WC)比率は、試料No.1が0.1、試料No.2が0.5、試料No.3が0.6、試料No.4が0.8、試料No.5が1、試料No.6が0.7、試料No.8が0.6、試料No.9が0.8、試料No.11が0.5、No.12が1、No.14が0.5、No.15が1、No.17が0.5、No.18が1であった。また、WC粒子上のTi含有層の平均層厚は、試料No.1が11nm、試料No.2が8nm、試料No.3が7nm、試料No.4が6nm、試料No.5が10nm、試料No.6が9nm、試料No.8が15nm、試料No.9が18nm、試料No.11が8nm、No.12が6nm、No.14が8nm、No.15が6nm、No.17が8nm、No.18が6nmであった。
【0076】
図9は、試料No.1~No.20に対する酸化試験、摩耗試験および剥離試験の結果をまとめた表である。酸化試験、摩耗試験および剥離試験の各試験条件は、以下の通りである。
【0077】
<酸化試験>
試料No.1~No.13のAlCr系の被覆膜については、白金線に所定の中間層形成処理を行い、その後、被覆膜が3μmの厚みとなるように製膜し、得られた被覆白金ワイヤーを大気中、1000℃で、1時間保持する酸化試験を行った。試料No.14~No.20のTi系の被覆膜は、白金線に所定の中間層形成処理を行い、その後、被覆膜を3μmの厚みになるように製膜し、得られた被覆白金ワイヤーを大気中、800℃で、1時間保持する酸化試験を行った。
【0078】
試験後の白金ワイヤーに断面加工を行い、断面から膜状態を観察することで酸化膜の厚みを観察した。なお、酸化膜厚みが小さいほど耐酸化性が良いことを示す指標となる。
【0079】
<摩耗試験>
摩耗試験は、2枚刃超硬ボールエンドミル(型番:2KMBL0200-0800-S4)を用いて、以下の条件にて行った。
(1)切削方法:ポケット加工
(2)被削材 :SKD11H
(3)送りfz:1320mm/min
(4)切り込み:ap 0.08mm×ae 0.20mm
(5)評価方法:20m切削後の横逃げ面摩耗を顕微鏡にて測定した。
【0080】
<剥離試験>
剥離試験は、スクラッチ試験機にて行った。荷重範囲20~150Nとして、剥離が生じたときの荷重にて評価を行った。
【0081】
図9に示すように、Tiを含有する中間層を有し、かつ、Ti(Co/WC)比率が0.8以下となる試料No.1~No.4、No.6~No.9、No.11、No.14、No.17については、Ti(Co/WC)比率が0.8より大きくなる試料と比較して、被膜の密着力が高く、高い耐摩耗性を示した。特に、WC粒子上のTi含有層の平均層厚が15nm以下であり、第1被覆層の平均組成が(Al
50Cr
40Si
10)Nである試料No.1~No.4、No.6~No.9については、耐酸化性、耐摩耗性、被膜との密着力に優れていた。
【0082】
<EDX面分析>
試料No.2について、EDX分析(エネルギー分散型X線分析)による面分析を行った。分析条件は、以下の通りである。
(1)試料前処理:FIB法(μ-サンプリング法)による薄片化
(2)元素分析(面分析)
(3)走査透過電子顕微鏡:日本電子製 JEM-ARM200F
(4)加速電圧:200kV
(5)ビーム径:約0.2nmφ
(6)元素分析装置:JED-2300T
(7)X線検出器:Siドリフト検出器
(8)エネルギー分解能:約140eV
(9)X線取出角:21.9°
(10)立体角:0.98sr
(11)取込画素数:256×256
【0083】
図10は、実施例に係る被覆工具の走査透過電子顕微鏡像である。具体的には、
図10には、基体の表面に垂直な断面における、基体と第1被覆層との界面領域の走査透過電子顕微鏡像(HAADF-STEM像)を示している。
【0084】
また、
図11~
図13には、
図10に示す走査透過電子顕微鏡像と同領域における元素マッピング像を示している。具体的には、
図11は、実施例に係る被覆工具のWCマッピング像であり、
図12は、実施例に係る被覆工具のCoマッピング像であり、
図13は、実施例に係る被覆工具のTiマッピング像である。
【0085】
図11~
図13に示すように、実施例に係る被覆工具において、基体と第1被覆層との界面領域に位置するTiは、基体に含まれるWCおよびCoのうちWCの上に多く位置している。
【0086】
また、
図12に示すように、実施例に係る被覆工具において、Coを含有する結合相の少なくとも一部は、第1被覆層と接している。
【0087】
<EDX分析データのライン抽出>
また、上記の製造方法により製造した試料について、EDX分析データ(面分析データ)から、第1被覆層からWC粒子にわたって横断するライン上の範囲(以下、「WC上抽出範囲」と記載する)および第1被覆層から結合相にわたって横断するライン上の範囲(以下、「Co上抽出範囲」と記載する)をそれぞれ抽出し、各抽出範囲についてTi量の測定を行った。抽出を行ったEDX分析データの分析条件は、上述した面分析の分析条件と同様である。
【0088】
図14は、WC上抽出範囲およびCo上抽出範囲を示す図である。
図14に示すように、第1被覆層からWC粒子にわたって横断する方向に沿った長さ50.0nmの領域をWC抽出範囲とした。WC上抽出範囲の起点(0.0nm)は、第1被覆層に位置し、終点(50.0nm)は、WC粒子に位置している。
【0089】
また、第1被覆層からCoを含む結合相にわたって横断する方向に沿った長さ50.0nmの範囲をCo上抽出範囲とした。Co上抽出範囲の起点(0.0nm)は、第1被覆層に位置し、終点(50.0nm)は、結合相に位置している。
【0090】
図15は、WC上抽出範囲およびCo上抽出範囲におけるTi量の測定結果を示すグラフである。
図15では、WC上抽出範囲において測定されたTi量を白抜きの丸印で示しており、Co上抽出範囲において測定されたTi量を黒丸印で示している。
【0091】
ここで、WC上抽出範囲を元素分析して得られたTi量(atm%)の最大値をTi(WC)値とし、Co上抽出範囲を元素分析して得られたTi量(atm%)の最大値をTi(Co)値とする。
図15に示すように、Ti(WC)値は、約2.55atm%であり、Ti(Co)値は、1.35atm%であった。また、Ti(WC)値とTi(Co)値との比率(Ti(Co)値/Ti(WC)値)は、約0.53であった。
【0092】
このように、実施例に係る被覆工具において、Ti(WC)値とTi(Co)値との比率(Ti(Co/WC)比率)は、0.8以下となる。
【0093】
上述してきたように、実施形態に係る被覆工具(一例として、被覆工具1)は、WC粒子(一例として、WC粒子10a)を硬質相成分とし、Coを結合相(一例として、結合相10b)の主成分とするWC基超硬合金からなる基体(一例として、基体10)と、基体の上に位置する第1被覆層(一例として、第1被覆層23)とを有する。第1被覆層は、Al、Cr、Si、第4族元素、第5族元素および第6族元素からなる群より選択される少なくとも1種の元素と、C、Nからなる群より選択される少なくとも1種の元素と、からなる。基体の表面に垂直な断面における、基体と第1被覆層との界面領域において、第1被覆層からWC粒子にわたって横断する方向に元素分析して得られたTiの最大値(atm%)をTi(WC)値とし、第1被覆層から結合相にわたって横断する方向に元素分析して得られたTiの最大値(atm%)をTi(Co)値とし、Ti(WC)値とTi(Co)値との比率(Ti(Co)値/Ti(WC)値)をTi(Co/WC)比率とした場合、Ti(Co/WC)比率が、0.8以下となる。
【0094】
したがって、実施形態に係る被覆工具によれば、被覆層と基体との密着性を向上させることができる。
【0095】
なお、
図1に示した被覆工具1の形状はあくまで一例であって、本開示による被覆工具の形状を限定するものではない。本開示による被覆工具は、たとえば、回転軸を有し、第1端から第2端にかけて延びる棒形状の本体と、本体の第1端に位置する切刃と、切刃から本体の第2端の側に向かって螺旋状に延びた溝とを有していてもよい。
【0096】
さらなる効果や変形例は、当業者によって容易に導き出すことができる。このため、本発明のより広範な態様は、以上のように表しかつ記述した特定の詳細および代表的な実施形態に限定されるものではない。したがって、添付の請求の範囲およびその均等物によって定義される総括的な発明の概念の精神または範囲から逸脱することなく、様々な変更が可能である。
【符号の説明】
【0097】
1 被覆工具
2 チップ本体
5 貫通孔
10 基体
10a WC粒子
10b 結合相
20 被覆層
22 中間層
23 第1被覆層
24 第2被覆層
70 ホルダ
73 ポケット
75 ネジ
100 切削工具