(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-19
(45)【発行日】2024-12-27
(54)【発明の名称】アルデヒド水素化触媒
(51)【国際特許分類】
B01J 27/051 20060101AFI20241220BHJP
C07C 31/12 20060101ALI20241220BHJP
C07C 29/141 20060101ALI20241220BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20241220BHJP
【FI】
B01J27/051 Z
C07C31/12
C07C29/141
C07B61/00 300
(21)【出願番号】P 2024535400
(86)(22)【出願日】2024-03-25
(86)【国際出願番号】 JP2024011640
【審査請求日】2024-08-28
(31)【優先権主張番号】P 2023052589
(32)【優先日】2023-03-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000190024
【氏名又は名称】日揮触媒化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100137589
【氏名又は名称】右田 俊介
(74)【代理人】
【識別番号】100160864
【氏名又は名称】高橋 政治
(72)【発明者】
【氏名】小松丸 裕輝
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 さと子
(72)【発明者】
【氏名】田河 勝吾
【審査官】壷内 信吾
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第102408304(CN,A)
【文献】特開昭49-082609(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0065384(US,A1)
【文献】特開2020-163334(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第116237054(CN,A)
【文献】国際公開第2024/071359(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00-38/74
C07C 1/00-409/44
C07B 31/00-61/00,63/00-63/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルデヒドを水素化してアルコールを合成するための触媒であって、
ニッケル、モリブデン、硫黄を含み、
前記ニッケルの含有率が、NiO換算で、5質量%以上、40質量%以下であり、
前記モリブデンの含有率が、MoO
3換算で、0.05質量%以上、5質量%以下であり、
前記硫黄の含有率が、SO
3換算で、0.01質量%以上、1質量%以下であり、
前記モリブデンのカチオン数が2以下かつ、
前記カチオン数の標準偏差が0.7以下である、
触媒。
【請求項2】
比表面積が50m
2
/g以上、250m
2
/g以下である、請求項1に記載の触媒。
【請求項3】
前記ニッケルの結晶子径が10nm以下である、請求項1に記載の触媒。
【請求項4】
シリカ、アルミナ、シリカアルミナおよび珪藻土から選ばれる少なくとも1種または2種以上である担体を含む、請求項1に記載の触媒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルデヒドを水素化してアルコールを合成するための触媒に関する。
【背景技術】
【0002】
アルデヒド類を水素化してアルコールを合成するための触媒は、古くから知られている。例えば、特許文献1には、ニッケル珪藻土触媒中のニッケルに対して、金属分として3~15%のマグネシウム、カルシウム、バリウム、ストロンチウム、ジルコニウムのうちから選択された1種もしくは2種以上を含む還元ニッケル触媒が開示されている。この文献1には、この還元ニッケル触媒を用い、飽和ないし不飽和アルデヒド類を水素化し、対応するアルコールを製造する方法が開示されている。更に、この文献1には、ニッケル触媒を用いたアルデヒド類の水素化反応において、エーテルおよびアセタールを生成する副反応が大きな問題として記載されている。更に、これらの副反応は触媒中に存在する酸によって促進されることに着目し、塩基性金属塩を触媒中に含ませることで副反応が著しく抑制されたことが記載されている。また、特許文献2には、アルカリ金属成分を表面に固定化したシリカを触媒中に高分散させることによって副反応が抑制され、アルコールの選択率が高くなることが記載されている。
【0003】
塩基性金属成分を用いない方法も知られており、例えば特許文献3には、触媒活性成分が表面から中心部に向かってなだらかな濃度勾配をもって担持されている触媒を用いることによってアルコール類の選択性が向上することが記載されている。
【0004】
このように、アルデヒド類を水素化してアルコールを合成する反応において、使用する触媒の酸性質や活性金属の担持状態を変化させることによってアルコール類の選択率を高めることが知られていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特公昭44-17127号公報
【文献】特開2020-163334号公報
【文献】特開2005-279587号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、アルデヒドを水素化してアルコールを合成する反応において、従来の触媒では副反応が起こり、アルコールの選択率が低くなるという課題を解決する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ニッケル、モリブデン、硫黄を含む触媒に着目し、モリブデンのカチオン数を一定以下に制御し、このカチオン数のばらつきを少なくすることで、アルデヒドを水素化してアルコールを合成する反応において副反応を抑制しアルコールの選択率が高い触媒が得られることを見出した。
【0008】
より具体的には、ニッケル、モリブデン、硫黄を含み、前記ニッケルの含有率が、NiO換算で、5質量%以上、40質量%以下であり、前記モリブデンの含有率が、MoO3換算で、0.05質量%以上、5質量%以下であり、前記硫黄の含有率が、SO3換算で、0.01質量%以上、1質量%以下であり、前記モリブデンのカチオン数が2以下かつ、前記カチオン数の標準偏差が0.7以下である、触媒を用いてアルデヒドを水素化することで、アルコールの選択率を高めることができる。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、アルデヒドを水素化してアルコールを合成する反応において、アルコールの選択率が高い触媒を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、アルデヒドを水素化してアルコールを合成する反応に用いる触媒に関する発明(以下、「本発明の触媒」ともいう。)を含む。以下、本発明の触媒について詳述する。
【0011】
[本発明の触媒]
本発明の触媒は、ニッケル、モリブデン、硫黄を含む。ニッケルは、アルデヒドを水素化してアルコールを合成する反応の活性成分として作用する。モリブデンおよび硫黄は、アルコールの選択率を高める作用があるものと考えられる。
【0012】
本発明の触媒に含まれるニッケルは、金属、ニッケル酸化物、またはこれらの混合物の何れでもよい。アルデヒド水素化反応に活性を示すのは金属のニッケルであるが、金属のニッケルは空気中で容易に酸化されニッケル酸化物となる。従って、ニッケル触媒に含まれるニッケルは、その一部または全部がニッケル酸化物の状態で存在し、水素化反応前に水素等で金属のニッケルに還元してから使用される。また、金属ニッケルの表面に酸化被膜を形成したり、二酸化炭素等を吸着させたりすることで、空気中でも安定して取り扱うことができる。
【0013】
本発明の触媒のニッケルの含有率は、NiO換算で、5質量%以上、40質量%以下である。本発明におけるニッケルの含有率は、以下の式から算出するものとする。
ニッケルの含有率[質量%]=(NiOに換算したNiの質量/触媒の全質量)×100
このニッケルの含有率は、5質量%以上、30質量%以下であることが好ましく、5質量%以上、20質量%以下であることがより好ましい。ニッケルの含有率が前述の範囲にある本発明の触媒は、アルコールの選択率が高くなりやすい。
【0014】
本発明の触媒に含まれるモリブデンは、金属、モリブデン酸化物、またはこれらの混合物の何れでもよい。モリブデンは、その一部または全部が硫黄と共存した状態で存在することで、アルコールの選択率を高める働きがあるものと考えられる。また、硫黄と共存した状態で存在するモリブデンは、それぞれが単独で存在していてもよく、化合物の状態で存在していてもよい。
【0015】
本発明の触媒のモリブデンの含有率は、MoO3換算で、0.05質量%以上、5質量%以下である。本発明におけるモリブデンの含有率は、以下の式から算出するものとする。
モリブデンの含有率[質量%]=(MoO3に換算したモリブデンの質量/触媒の全質量)×100
このモリブデンの含有率は、0.05質量%以上、4質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以上、3質量%以下であることがより好ましい。モリブデンの含有率が前述の範囲にある本発明の触媒は、アルコールの選択率が高くなりやすい。
【0016】
本発明の触媒に含まれる硫黄は、モリブデンの硫化物、硫黄酸化物またはこれらの混合物の何れでもよい。一般的に、硫黄は、ニッケルを含む触媒の被毒物質として知られている。しかし、本発明の触媒においては、その一部または全部がモリブデンと共存した状態で存在することで、アルコールの選択率を高める働きがあるものと考えられる。
【0017】
本発明の触媒の硫黄の含有率は、SO3換算で、0.01質量%以上、1質量%以下である。本発明における硫黄の含有率は、以下の式から算出するものとする。
硫黄の含有率[質量%]=(SO3に換算した硫黄の質量/触媒の全質量)×100
この硫黄の含有率は、0.01質量%以上、0.5質量%以下であることが好ましく、0.01質量%以上、0.1質量%未満であることがより好ましい。硫黄の含有率が前述の範囲にある本発明の触媒は、アルコールの選択率が高くなりやすい。
【0018】
本発明の触媒は、モリブデンのカチオン数が2以下である。本発明において、モリブデンのカチオン数とはモリブデンの価数を表す指標である。モリブデンのカチオン数は、モリブデンの状態やモリブデンの表面への硫黄の結合状態によって変動する。モリブデンのカチオン数は、エネルギー分散型X線分析(EDS)により測定することができる。本発明におけるモリブデンのカチオン数は、走査型電子顕微鏡 エネルギー分散型X線分析装置(SEM-EDS)を用いて触媒の表面を観察し、モリブデンが検出されるスポットを複数検出し、15ポイントにおけるモリブデンのカチオン数の平均値とする。本発明の触媒は、モリブデンと硫黄とが共存した状態で存在しており、その結果としてカチオン数が2以下になっている。本発明の触媒は、モリブデンのカチオン数が1.75以下であることが好ましく、1.5以下であることがより好ましい。また、モリブデンのカチオン数の下限は特に限定されるものではないが、0以上であってもよく、0.1以上であってもよい。カチオン数が前述の範囲にある本発明の触媒は、モリブデンと硫黄とが共存した状態で多く存在しているので、アルコールの選択率が高くなりやすい。
【0019】
本発明の触媒は、モリブデンのカチオン数の標準偏差が0.7以下である。このモリブデンのカチオン数の標準偏差は、モリブデンのカチオン数のばらつきを示す指標であって、その値が小さいほどばらつきが少ないことを表す。本発明の触媒は、モリブデンのカチオン数のばらつきが少ないので、アルコールの選択率が高くなる。また、本発明の触媒は、モリブデンのカチオン数が0.6以下であることが好ましく、0.5以下であることがより好ましい。
【0020】
本発明の触媒の比表面積は、50m2/g以上、250m2/g以下であることが好ましく、75m2/g以上、225m2/g以下であることがより好ましく、100m2/g以上、200m2/g以下であることが特に好ましい。比表面積が前述の範囲にある本発明の触媒は、モリブデンと硫黄とが共存した状態で存在しやすくなり、アルコールの選択率がより高くなりやすい。
【0021】
本発明の触媒が金属のニッケルを含む場合、ニッケルの結晶子径が10nm以下であることが好ましく、2nm以上、9nm以下であることがより好ましく、3nm以上、8nm以下であることが特に好ましい。ニッケルの結晶子径が前述の範囲にある本発明の触媒は、アルコールの選択率がより高くなりやすく、かつ連続的に使用した場合に触媒活性が低下しにくくなる。
【0022】
本発明の触媒は、担体を含むことが好ましい。担体に、ニッケル、モリブデン、硫黄が分散して担持された本発明の触媒は、アルコールの選択率がより高くなりやすい。本発明の触媒に含まれる担体は、シリカ、アルミナ、シリカアルミナおよび珪藻土から選ばれる少なくとも1種または2種以上であることが好ましい。
【0023】
本発明の触媒は、成形体であることが好ましい。本発明の触媒は、アルデヒドを水素化してアルコールを製造する方法において粉末でも使用できるが、成形体の方が反応後に分離回収がしやすいので好ましい。成形体の形状は、従来公知の形状であればよい。例えば、球状、柱状又はこれらに類する形状であってもよい。本発明の触媒の形状は、柱状又はそれに類する形状であることが好ましい。この柱状には、円柱状、三つ葉状、四つ葉状といった形状も含まれる。本発明のニッケル触媒の形状は、柱状であって、その径は0.5mm以上かつ7mm以下の範囲にあり、その長さが1mm以上かつ10mm以下の範囲にあることが好ましい。
【0024】
[本発明の触媒の製造方法]
本発明の触媒は、例えば以下(1)~(4)の工程を備えた製造方法を用いて製造することができる。
(1)ニッケルおよび硫黄が水に溶解した母液を調製する母液調製工程
(2)前記母液に沈殿剤を添加してニッケルおよび硫黄を含む沈殿物を形成する沈殿工程
(3)前記沈殿物とモリブデンが溶解したモリブデン含浸液とを混合してニッケル、モリブデンおよび硫黄を含む触媒前駆体を調製するモリブデン担持工程
(4)前記触媒前駆体を焼成して触媒を得る触媒化工程
この製造方法を例として、本発明の触媒の製造方法を詳述する。しかし、本発明の触媒の製造方法は、この製造方法に限定されない。
【0025】
[母液調製工程]
この工程は、ニッケルおよび硫黄が水に溶解した母液を調製する工程である。例えば、硫酸ニッケルを水に溶解する方法、硫酸にニッケルを溶解する方法等の従来公知の方法で調整することができる。この母液のニッケル含有率は、母液の全質量に対してNiO換算で、1質量%以上、20質量%以下であることが好ましく、3質量%以上、15質量%以下であることがより好ましく、5質量%以上、10質量%以下であることが特に好ましい。また、この母液の硫黄含有率は、母液の全質量に対してSO3換算で、1質量%以上、20質量%以下であることが好ましく、3質量%以上、15質量%以下であることがより好ましく、5質量%以上、10質量%以下であることが特に好ましい。
【0026】
この工程で得られる母液は、ニッケルおよび硫黄に加え、更に担体を含んでいることが好ましい。母液に担体が含まれることで、後述の沈殿工程でニッケルおよび硫黄が担体の表面に分散して担持されるので、好ましい。この工程で用いることができる担体は、シリカ、アルミナ、シリカアルミナおよび珪藻土から選ばれる少なくとも1種または2種以上であることが好ましい。この母液の担体含有量は、母液の全質量に対して母液に添加する際の担体の質量換算で、1質量%以上、20質量%以下であることが好ましく、1質量%以上、10質量%以下であることがより好ましく、1質量%以上、5質量%以下であることが特に好ましい。担体含有量を前述の範囲に調整することで、母液のハンドリング性を保つことができ、生産性の観点から好ましい。
【0027】
この工程で得られる母液は、酸性であることが好ましい。そのpHは、6以下であることが好ましい。母液を酸性にすることで、ニッケルおよび硫黄が母液に溶解した状態で安定に存在することができる。
【0028】
[沈殿工程]
この工程は、前述の工程で得られた母液に沈殿剤を添加してニッケルおよび硫黄を含む沈殿物を形成する工程である。この工程では、母液に沈殿剤を添加することで、母液中にニッケルおよび硫黄を含む沈殿物が形成される。この沈殿物が形成された母液を、沈殿スラリーともいう。
【0029】
この工程で母液に添加する沈殿剤は、母液のpHによって、一般的な沈殿剤の中から適宜選択することができる。母液が酸性である場合は、炭酸ナトリウム、水酸化ナトリウム、炭酸カリウム、水酸化ナトリウム、アンモニア等の塩基性の化合物またはこれらの化合物が溶解した水溶液を沈殿剤として用いることができる。この工程では、母液に沈殿剤を添加して得られる沈殿スラリーのpHが、8.0以上、10.5以下となるまで母液に沈殿剤を添加することが好ましく、8.5以上、10.0以下となるまで母液に沈殿剤を添加することがより好ましい。
【0030】
この工程では、母液の温度を、50℃以上、90℃以下の範囲に調整することが好ましく、60℃以上、85℃以下の範囲に調整することがより好ましい。母液の温度を前述の範囲に調整して沈殿剤を添加すると、ニッケルおよび硫黄がより分散した沈殿物を形成することができる。
【0031】
この工程では、沈殿スラリーを熟成することが好ましい。具体的には、母液に沈殿剤を全量添加した直後のpHを基準として、-0.20以下となるまで熟成することが好ましく、-0.20以下、-0.50以上の範囲となるまで熟成することがより好ましく、-0.20以下、-0.40以上の範囲となるまで熟成することが特に好ましい。この熟成によって、未反応のニッケルおよび硫黄を少なくすることができる。また、沈殿スラリーの温度を50℃以上、90℃以下の範囲に調整することが好ましく、60℃℃以上、85℃以下の範囲に調整することがより好ましい。沈殿スラリーの温度を前述の範囲に調整して熟成すると、最終的に得らえる触媒の細孔容積および比表面積が増加しやすくなる。
【0032】
この工程では、沈殿スラリーに含まれる溶媒を除去して沈殿物を分離することが好ましい。沈殿スラリーから沈殿物を分離する際には、硫黄を除去しすぎないよう、分離の条件を調整する。例えば、蒸発乾固や噴霧乾燥により溶媒を除去して沈殿物を分離したり、ろ過により沈殿物を分離する場合は、硫黄を除去しすぎないよう洗浄条件を調整したりする。硫黄は、ニッケルを含む触媒にとって被毒物質として知られている。したがって、一般的にニッケルを含む触媒の製造方法においては、硫黄を除去するために入念な洗浄を行う。しかし、この製造方法においては、硫黄を沈殿物中に残留させる。分離または洗浄によって硫黄が除去されてしまう場合は、硫酸、硫酸アンモニウム等の硫酸塩を含む水溶液を用いて沈殿物に硫黄を担持することが好ましい。
【0033】
[モリブデン担持工程]
この工程は、前述の沈殿工程で得られた沈殿物とモリブデンが溶解したモリブデン含浸液とを混合してニッケル、モリブデンおよび硫黄を含む触媒前駆体を調製する工程である。
【0034】
この工程では、モリブデン化合物を水に溶解してモリブデン含浸液を調整することが好ましい。例えば、モリブデン酸アンモニウム、モリブデン酸ナトリウム等の溶解性のモリブデン化合物を水に溶解する方法、酸化モリブデン等の難溶性のモリブデン化合物を酸で溶解する方法等により、モリブデン含浸液を調製することができる。モリブデン含浸液のモリブデン含有率は、モリブデン含浸液の全量に対してMoO3質量換算で、0.1質量%以上、15.0質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以上、10.0質量%以下であることがより好ましく、1.0質量%以上、5.0質量%以下であることが特に好ましい。
【0035】
この工程では、モリブデン含浸液と併せて、成形助剤を混合することが好ましい。この工程では、従来公知の成形助剤を用いることができる。例えば、珪藻土、粉末状のシリカ、アルミナ等の無機化合物バインダーおよびこれらが分散したゾルを用いることができる。また、ポリビニルアルコール、セルロース、アクリル等の有機バインダーを用いることもできる。バインダーの種類や添加量は、各種成形方法に適した条件に適宜調整される。その後、従来公知の成形方法で成形することができる。例えば、押出成形法、圧縮成形法等の方法を用いて触媒として最適な形状に成形することが好ましい。
【0036】
[触媒化工程]
この工程は、前述の工程で得られた触媒前駆体を焼成して触媒を得る工程である。この工程では、触媒前駆体に含まれるニッケル化合物が焼成により分解され、酸化ニッケルが生成する。ニッケル化合物が分解されるために必要な焼成温度は、ニッケル化合物の種類によって変わる。しかし、300℃以上かつ450℃以下の温度で焼成すれば、概ね酸化ニッケルが得られる。ただし、あまり高温で焼成すると酸化ニッケルが凝集して成長する。このように酸化ニッケルが凝集した触媒は、アルデヒドを水素化してアルコールを合成する反応において触媒活性が低下する。この工程では、350℃以上かつ400℃以下の範囲で触媒前駆体を焼成することが好ましい。また、焼成時間は、概ね1時間以上かつ24時間以下の範囲にあることが好ましい。
【0037】
この工程では、焼成した後で更に還元安定化処理を行ってもよい。この還元安定化処理とは、触媒に含まれる酸化ニッケルを金属ニッケルに還元した後、その表面を酸化被膜で覆う方法を指す。このような方法を用いることで、金属ニッケルを含む触媒であっても、空気中で安全に取り扱うことができる。また、アルデヒドを水素化してアルコールを合成する反応の前に行う前処理が容易になる。酸化ニッケルを金属ニッケルに還元する方法は、例えば、還元性のガスを流通した状態で酸化ニッケルが還元されるまで加熱する方法がある。しかし、加熱し過ぎると金属ニッケル同士が凝集して成長し、金属ニッケルの結晶子径が大きくなる。そこで、このような還元処理は、350℃以上かつ500℃以下の温度範囲で実施されることが好ましく、380℃以上かつ450℃以下の温度範囲で実施されることがより好ましい。還元処理に要する時間は、触媒の仕込量によって変化する。還元処理の終了を見極めるには、反応後のガスについて水の含有量を分析すればよい。還元処理が終了に近づくと、還元によって生成する水が減少する。
【0038】
還元処理後の触媒には金属ニッケルが含まれるため、これをそのまま空気中に取り出すと急激に酸化する。場合によっては、酸化熱によって発火することもある。そこで、還元処理後の触媒は、不活性ガス中において、ごく少量の酸素でゆっくりと表面を酸化することが好ましい。このような処理は、安定化処理とも呼ばれる。この処理を施すことで、空気中でも金属ニッケルを含む触媒を安全に取り扱うことができる。
【実施例】
【0039】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[測定方法ないし評価方法]
各種測定ないし評価は以下のように行った。
【0040】
[pH測定]
pHは、pHメーター(山形東亜DKK社製、「MM43-X」)およびpH電極(山形東亜DKK社製、「GST-5841C」)を用いて、液温40℃にて測定した。
【0041】
[組成分析](Ni、MoおよびS)
試料を酸に溶解し、水で適切な濃度に希釈した後、ICP発光分光分析装置(アジレントテクノロジー株式会社製、730ICP-OES、誘導結合プラズマ発光分光分析法)を用いてNiおよびMoの含有量を測定した。Sは燃焼法により測定した。なお、各含有率は、触媒の全量を基準とし、NiはNiO換算、MoはMoO3換算、SはSO3換算で算出した。
【0042】
[結晶子径測定]
試料について、リガク社製のX線回折装置(リガクMultiFlex)を用いてX線回折測定を行った。まず、測定する試料を粉砕し、試料板に詰め、管電圧40kV、管電流20mA、走査範囲10~70°、発散スリット1.0mm、散乱スリット1.0mm、受光スリット0.3mm、スキャンスピード4°/minの条件でX線回折(線源Cu-Kα線)測定を行った。Niの結晶子径は、X線回折測定により2θ=44°付近にピークトップを有する回折ピークを検出し、解析ソフト(JADEVersion5.0)を用いてScherrerの式により算出した。
【0043】
[比表面積測定]
比表面積は窒素吸着法(BET法)により算出した。具体的には、比表面積測定装置(mountech製、Macsorb1220)を用いて、試料を約0.1g測定セルに入れ、窒素ガス気流中、250℃で40分間脱ガス処理を行った後、試料を窒素30容積%とヘリウム70容積%の混合ガス気流中で液体窒素温度に保ち、窒素を試料に平衡吸着させる。そして、上記混合ガスを流しながら試料の温度を徐々に室温まで上昇させ、その間に脱離した窒素量を測定し、測定後の試料重量で割ることで試料の比表面積を算出した。
【0044】
<モリブデンのカチオン数測定>
SEM測定にはJEOLのJSM6010LAを用い、WをX線源として使用した。実施例にて得られた触媒を粉末状に粉砕し、これらが重ならない様にカーボンテープ上に付着させ、触媒表面を測定した。加速電圧を20kV-15kVに調整し、SSを4nmとした。その後、2500~10000倍に拡大し、分析位置をプローブトラッキングして測定位置をトレース出来る様にEDS分析を行った後、ZAF法による組成変換を行った。そこで得られたピークからMoの粒子径を算出した。この粒子径にビーム径を調整した後、500~10000倍に拡大し、分析位置をプローブトラッキングして、測定位置をトレース出来る様に調整し、S、Moの点分析を30ポイント測定した。
<算出方法>
得られたデータから、Moが検出される箇所15点をランダムに抽出し、それぞれMoのカチオン数を算出した。この値を用いて、平均値および標準偏差を算出した。ここで、カチオン数は、完全酸化状態(Moの場合はMoO3)の酸素数を24として算出しており、完全酸化状態の場合は0となる。
【0045】
[活性評価:アルデヒドの水素化反応]
<前処理>
ガラス管に試料12.0gを仕込んだ後に、これを水素流通下、150℃で60分保持した。その後、ガラス管内を窒素で置換し、室温まで冷却した。その後、窒素雰囲気にてオートクレーブに試料を仕込んだ。
<水素添加試験>
n-ブチルアルデヒド50gとn-ブチルアルコール50gとを前述のオートクレーブへ注入した。注入後、400rpmで撹拌しながら100℃まで昇温した。昇温後、オートクレーブ内の圧力が5MPaになるまで水素を注入し、圧力を5MPaに維持した状態で保持した。保持中に5分毎に水素吸収量を確認し、5分間水素吸収が確認されなかった時点を反応時間として反応を終了した。保持後、これを室温まで冷却し、反応液を得た。
<分析>
得られた反応液をガスクロマトグラフ(島津製作所製、GC-14B)で分析し、n-ブチルアルデヒド(NBD)、n-ブタノール(NBA)含有量を測定した。そして、以下の式からNBA選択率を算出した。
[NBA選択率]
NBA選択率(%)=(反応後のNBAモル数-反応前のNBAモル数)/(反応後のNBDモル数-反応前のNBDモル数)×100
【0046】
[実施例1]
<母液調製工程>
硫酸ニッケル水和物(NiSO4・6H2O、富士フイルム和光純薬工業社)900gを水道水3,200gに溶解した。次に、珪藻土110gを分散させ、母液を調製した。この母液の温度を72.5℃に調整した。この母液のニッケル含有率は6.1質量%であり、硫黄含有率は、6.5質量%であり、珪藻土含有率は2.6質量%であった。また、母液のpHは5.3であった。
【0047】
<沈殿工程>
炭酸ナトリウム(Na2CO3、関東化学社)717gを水道水2,780gに溶解し、沈殿剤を調製した。この沈殿剤の温度を72.5℃に調整した。前述の工程で得られた母液にこの沈殿剤を一定の速度で80分かけて添加して、沈殿スラリーを得た。この時、沈殿スラリーのpHは、9.5であった。その後、この沈殿スラリーの温度を72.5℃に保持しつつ、120分間攪拌して熟成した。この時、沈殿スラリーのpHは、9.2であった。熟成後の沈殿スラリーを、ヌッチェを用いて減圧濾過し、ケーキ状の沈殿物を得た。得られたケーキ状の沈殿物の全量を40℃に調整した7Lの温水へ投入し、スラリー化して、懸濁洗浄及び濾過を行った。同工程を繰り返し行い、沈殿物の硫黄含有率を、120℃で乾燥した後の沈殿物の質量を基準として、SO3換算で0.10質量%に調整した。その後、箱型乾燥機を用いて、沈殿物を120℃で12時間乾燥した。乾燥した後で、ハンマークラッシャーミルを用いて沈殿物を粉砕した。
【0048】
<モリブデン担持工程>
モリブデン酸アンモニウム四水和物(富士フイルム和光純薬工業社製)22.5gをイオン交換水800mlに溶解し、モリブデン含浸液を得た。前述の工程で得られた沈殿物341gと、モリブデン含浸液の全量と、成形助剤として、シリカゾル(一次粒子径5nm、pH10、SiO2含有率20.5%、水酸化ナトリウム安定化)1,500gと、粉末状のシリカ1,020gとを混合し、双腕ニーダーを用いて混練した。その後、成形助剤としてカルボキシメチルセルロース10gを添加し、更に混練した。2軸オーガ押出機を用いて、混練して得られた粘土を5.0mmφの円柱状に成形した。これを120℃で乾燥したものを触媒前駆体とした。
【0049】
<触媒化工程>
前述の工程で得られた触媒前駆体500gを、マッフル炉を用いて380℃で4.5時
間焼成して触媒を得た。この触媒250g触媒を、水素雰囲気下430℃で10時間還元し、80℃で安定化処理を行う事で触媒を得た。これを試料として、前述の測定ないし評価を行った。その結果を表1に示す。
【0050】
[実施例2]
モリブデン担持工程においてモリブデン酸アンモニウム四水和物(富士フイルム和光純薬工業社製)の量を11.2gとしたこと、以外は実施例1と同様の方法で触媒を得た。得られた触媒について、前述の測定ないし評価を行った。結果を表1に示す。
【0051】
[実施例3]
モリブデン担持工程において、モリブデン酸アンモニウム四水和物(富士フイルム和光純薬工業社製)の量を45.1gとしたこと、以外は実施例1と同様の方法で触媒を得た。得られた触媒について、前述の測定ないし評価を行った。結果を表1に示す。
【0052】
[実施例4]
モリブデン担持工程において、シリカゾルの添加量を1,190g、沈殿物の添加量を682g、粉末状のシリカの添加量を801g、モリブデン酸アンモニウム四水和物(富士フイルム和光純薬工業社製)の量を45.1gとしたこと以外は実施例1と同様の方法で触媒を得た。得られた触媒について、前述の測定ないし評価を行った。結果を表1に示す。
【0053】
[比較例1:モリブデンなし]
モリブデン担持工程において、モリブデン含浸液を添加しなかったこと以外は実施例1と同様の方法で触媒を得た。得られた触媒について、前述の測定ないし評価を行った。結果を表1に示す。
【0054】
[比較例2:ニッケル含有率 高、モリブデン含有率 高]
モリブデン担持工程において、シリカゾルの添加量を540g、沈殿物の添加量を1,370g、粉末状のシリカの添加量を364g、モリブデン酸アンモニウム四水和物(富士フイルム和光純薬工業社製)の量を180.7gとしたこと以外は実施例1と同様の方法で触媒を得た。得られた触媒について、前述の測定ないし評価を行った。結果を表1に示す。
【0055】
[比較例3:モリブデン含浸液不使用]
モリブデン担持工程において、モリブデン含浸液を添加せず、粉末の三酸化モリブデンを18.4g添加したこと以外は実施例1と同様の方法で触媒を得た。得られた触媒について、前述の測定ないし評価を行った。結果を表1に示す。
【0056】
[比較例4:モリブデン含有率 高]
モリブデン担持工程において、モリブデン酸アンモニウム四水和物(富士フイルム和光純薬工業社製)の量を135.2gとしたこと、以外は実施例1と同様の方法で触媒を得た。得られた触媒について、前述の測定ないし評価を行った。結果を表1に示す。
【0057】
[比較例5:硫黄なし]
母液調製工程において、硫酸ニッケル水和物(NiSO4・6H2O、富士フイルム和光純薬工業社)の代わりに硝酸ニッケル水和物(Ni(NO3)2・6H2O、富士フイルム和光純薬工業社)1,000gを添加したこと以外は実施例1と同様の方法で触媒を得た。得られた触媒について、前述の測定ないし評価を行った。結果を表1に示す。
【0058】
[比較例6:ニッケル含有率 中、モリブデンなし]
モリブデン担持工程において、モリブデン酸アンモニウムの添加量を0gとしたこと以外は、実施例4と同様の方法で以外は触媒を得た。得られた触媒について、前述の測定ないし評価を行った。結果を表1に示す。
【0059】
【0060】
モリブデンを含まない比較例1の触媒と実施例1の触媒とを比較すると、モリブデンを含むことでNBA選択率が高まることが確認された。また、実施例1の触媒は、比較例1の触媒と比べて反応時間が短く、その活性も高くなっていることが確認された。また、実施例1の触媒に対してニッケル含有率が高い実施例4の触媒と、これと同程度のニッケル含有率の比較例6の触媒とを比較しても、同じ傾向を示すことが確認された。
硫黄を含まない比較例5の触媒と実施例1の触媒とを比較すると、硫黄を含むことでNBA選択率が高まることが確認された。また、実施例1の触媒は、比較例5の触媒と比べて反応時間が短く、その活性も高くなっていることが確認された。
モリブデンのカチオンの標準偏差が0.7以上の比較例3の触媒と実施例1の触媒とを比較すると、この標準偏差を小さくすることでNBA選択率が高まることが確認された。また、実施例1の触媒は、比較例3の触媒と比べて反応時間が短く、その活性も高くなっていることが確認された。
モリブデンの含有率が5質量%超である比較例4の触媒と実施例1の触媒とを比較すると、モリブデンの含有率を下げることでモリブデンのカチオン数および標準偏差が小さくなり、NBA選択率が高くなることが確認された。
【0061】
この出願は、2023年3月29日に出願された日本出願特願2023-52589を基礎とする優先権を主張し、その開示のすべてをここに取り込む。
【要約】
アルデヒドを水素化してアルコールを合成する反応において、アルコールの選択率が高い触媒を提供する。ニッケル、モリブデン、硫黄を含み、前記ニッケルの含有率が、NiO換算で、5質量%以上、40質量%以下であり、前記モリブデンの含有率が、MoO3換算で、0.05質量%以上、5質量%以下であり、前記硫黄の含有率が、SO3換算で、0.01質量%以上、1質量%以下であり、前記モリブデンのカチオン数が2以下かつ、前記カチオン数の標準偏差が0.7以下である、触媒を用いてアルデヒドを水素化する。