(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-20
(45)【発行日】2025-01-06
(54)【発明の名称】ヒドロキシチロソールの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 7/22 20060101AFI20241223BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20241223BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20241223BHJP
C12N 15/53 20060101ALN20241223BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20241223BHJP
【FI】
C12P7/22 ZNA
C12N1/00 B
C12N1/21
C12N15/53
C12N15/31
(21)【出願番号】P 2020190484
(22)【出願日】2020-11-16
【審査請求日】2023-09-08
(73)【特許権者】
【識別番号】520449563
【氏名又は名称】マイクロバイオファクトリー株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】517132810
【氏名又は名称】地方独立行政法人大阪産業技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】弁理士法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】駒 大輔
(72)【発明者】
【氏名】大本 貴士
(72)【発明者】
【氏名】森芳 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】山中 勇人
(72)【発明者】
【氏名】大橋 博之
(72)【発明者】
【氏名】清水 雅士
【審査官】田中 晴絵
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-058343(JP,A)
【文献】特表2008-510460(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0047887(US,A1)
【文献】国際公開第2007/037300(WO,A1)
【文献】特開2016-032440(JP,A)
【文献】国際公開第2019/237824(WO,A1)
【文献】Daisuke KOMA et al.,“Chromosome Engineering To Generate Plasmid-Free Phenylalanine- and Tyrosine-OverproducingEscherichia coliStrains That Can Be Applied in the Generation of Aromatic-Compound-Producing Bacteria”,Applied and Environmental Microbiology,2020年07月02日,Vol. 86, No. 14, e00525-20,1-24,DOI: 10.1128/AEM.00525-20
【文献】Xianglai LI et al.,“Establishing an Artificial Pathway for Efficient Biosynthesis of Hydroxytyrosol”,ACS Synthetic Biology,2018年01月10日,Vol. 7, No. 2,p.647-654,DOI: 10.1021/acssynbio.7b00385
【文献】Daeun CHUNG et al.,“Production of three phenylethanoids, tyrosol, hydroxytyrosol, and salidroside, using plant genes expressing in Escherichia coli”,Scientific Reports,2017年05月31日,7:2578,1-8,DOI: 10.1038/s41598-017-02042-2
【文献】Metabolic Engineering ,2020年08月11日,62,10-19
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 7/22
C12N 15/00-15/90
C12N 1/00- 1/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チロソールと微生物とを反応させる工程を含み、
前記微生物は、4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子が発現可能に染色体に組み込まれる改変が加えられた微生物であり、
前記微生物が、エシェリヒア コリであ
り、
前記反応が、チロソールの流加培養である、
ヒドロキシチロソールの製造方法。
【請求項2】
4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼは、二成分型FAD依存モノオキシゲナーゼである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼは、エシェリヒア コリのhpaBC遺伝子の遺伝子産物又はそのオーソログの遺伝子産物である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子が、エシェリヒア コリのhpaBC遺伝子又はそのオーソログである、請求項1から3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子が、配列表の配列番号9及び10で表される2つの塩基配列を含む遺伝子、又は、配列表の配列番号9及び10で表される塩基配列の1又は複数個が欠失、置換、及び/又は付加された塩基配列であって4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼとして機能可能なタンパク質をコードする2つの塩基配列を含む遺伝子である、請求項1から4のいずれかに記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ヒドロキシチロソールの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロキシチロソールは高価値の化合物であり、高純度のヒドロキシチロソールの安定かつ持続可能な製造に対する需要が高まっている。ヒドロキシチロソールは、抗腫瘍剤、抗アテローム剤、抗炎症剤及び/又は抗血小板凝集剤としての潜在的な生物学的機能を有する最も強力な抗酸化剤のひとつであり、機能性食品、栄養補助食品、化粧品、及び動物飼料などの産業における広範囲の潜在的用途を有する。
【0003】
ヒドロキシチロソールは、オリーブ抽出物から製造されるほか、微生物や酵素を利用したバイオコンバージョンによる製造も提案されている(特許文献1及び2、非特許文献1及び2)。
チロソールを原料としてヒドロキシチロソールを製造する方法として、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)を利用する方法(非特許文献1)や、青枯病菌(Ralstonia solanacreaum)のチロシナーゼ酵素を利用する方法が報告されている(特許文献1)。
L-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン(L-DOPA)を原料としてヒドロキシチロソールを製造する方法として、大腸菌(Escherichia coli)の改変体を用いる方法が報告されている(特許文献2、非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2017-538432号公報
【文献】特表2019-524076号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Z. Bouallagui and S. Sayadi, Bioconversion of of p-Tyrosol into Hydroxytyrosol under Bench-Scale Fermentation, BioMed Research InternationalVolume 2018, Article ID 7390751
【文献】Chaozhi Li et al., Efficient Synthesis of Hydroxytyrosol from l-3,4-Dihydroxyphenylalanine Using Engineered Escherichia coli Whole Cells、J. Agric. Food Chem., 2019, 67, 24, 6867-6873
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
緑膿菌を使う方法(非特許文献1)は、緑膿菌が病原菌であるため、大量培養が好ましくないなどの問題があり、この問題を解消するため、生菌ではなく酵素を利用する方法(特許文献1)が提案された。
しかし、酵素を調製するためには、酵素を作る微生物を増やし、そこから酵素を精製する手間がかかる。特に酵素は精製すればコストが大幅に上がる。また、酵素に補酵素が必要な場合は、反応液に補酵素を添加するか、補酵素の再生系を構築する必要があるが、補酵素は一般的に高価である。また、補酵素の再生系を構築するためには、そのために別の酵素が必要となる。
また、L-DOPAを原料とした生菌を用いる方法が提案されているが(特許文献2及び非特許文献2)、原料のL-DOPAは非常に高価である。また、L-DOPAを菌に作らせる工程を採用したとしても、この方法でL-DOPAを大量に生産することは困難が伴う。
【0007】
本開示は、生菌を使用し、生産性が向上するヒドロキシチロソールの製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示は、チロソールと微生物とを反応させる工程を含み、前記微生物は、4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子が発現可能に染色体に組み込まれる改変が加えられた微生物である、ヒドロキシチロソールの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、生菌を使用し、生産性が向上したヒドロキシチロソールの製造方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、hpaBC遺伝子が大腸菌染色体へ導入された株のチロソール流加培養によるヒドロキシチロソールの製造の経過を示すグラフである。
【
図2】
図2は、hpaBC遺伝子をプラスミドで保持する大腸菌:MG1655(DE3)/pET21a-FRT-hpaBC株のチロソール流加培養によるヒドロキシチロソールの製造の経過を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本開示は、チロソールからヒドロキシチロソールを製造する際に使用する微生物において、4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子の導入方法が、プラスミドとして導入する形態に比べ、染色体に組み込む形態の場合に、顕著にヒドロキシチロソールの生産性が向上する、という知見に基づく。
【0012】
[微生物]
本開示において使用される微生物、つまり、4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子が発現可能に染色体に組み込まれる改変が加えられる宿主の微生物としては、特に制限されない。
前記微生物の一又は複数の実施形態として、酵母及びバクテリアが挙げられる。
【0013】
酵母としては、サッカロミセス セレビシエ(Saccharomayces cerevisiae)、ピキア パストリス(Pichia pastoris)、シゾサッカロミセス ポンベ(Schizosaccharomyces pombe)等が挙げられる。
バクテリアとしては、エシェリヒア コリ(大腸菌、Escherichia coli)、シュードモナス(Pseudomonas)、コリネバクテリウム(Corynebacterium)等が挙げられる。
大腸菌としては、大腸菌K12株及びB株、これらに由来する株が挙げられる。大腸菌K12株由来の株としては、MG1655、W3110、W1330、JM109、HST02、HB101、DH5α、及びこれらの染色体にラムダDE3遺伝子が組み込まれたDE3株が挙げられる。B株由来の株としては、BL21、BL21(DE3)等が挙げられる。
大腸菌としては、これら菌株から派生した自然変異株でも人為的な遺伝子改変株であってもよい。
【0014】
[4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼ]
本開示において、4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼは、4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-モノオキシゲナーゼとも呼ばれる酵素をいう。
本開示における4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼは、チロソールがヒドロキシチロソールとなる化学反応を触媒できるものである。
4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼは、上記触媒機能があるものであれば制限されないが、一又は複数の実施形態において、二成分酵素であって、一又は複数の実施形態において、補酵素として還元型のフラビンアデニンヌクレオチド(FAD)、すなわち、FADH2を使用する、二成分型FAD依存モノオキシゲナーゼである。
【0015】
本開示における4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼは、一又は複数の実施形態において、大腸菌のhpaBC遺伝子の遺伝子産物若しくはそのオーソログの遺伝子産物、又はこれらに由来する二成分酵素である。
大腸菌のhpaB遺伝子の産物HpaBタンパク質のアミノ酸配列は、一又は複数の実施形態において、配列番号11で表される。
大腸菌のhpaC遺伝子の産物HpaCタンパク質のアミノ酸配列は、一又は複数の実施形態において、配列番号12で表される。
本開示において「オーソログ」とは、異なる生物に存在する相同な機能を有する類縁遺伝子を意味する。
本開示において「由来する酵素」とは、一又は複数の実施形態において、元の酵素のアミノ酸配列に対して同一性が70%以上、80%以上、90%以上、95%以上、96%以上、97%以上、98%以上、又は99%以上のアミノ酸配列である酵素をいう。
本開示において「由来する酵素」とは、一又は複数の実施形態において、「チロソールがヒドロキシチロソールとなる化学反応を触媒できる」機能を、元の酵素と同程度に有する酵素をいう。同程度とは、一又は複数の実施形態において、活性の差が±25%、±20%、±15%、±10%、又は±5%以内のことをいう。
【0016】
[4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子]
本開示において、宿主微生物に導入される遺伝子は、上述の4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子が使用できる。
4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼが二成分又はそれ以上の複数の成分から構成される酵素である場合、本開示において「4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子」は、一又は複数の実施形態において、成分の数の遺伝子から構成される。その場合、「4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子」は、複数の遺伝子から構成されるとみなすこともできるし、複数の遺伝子から構成される1つの遺伝子とみなすこともできる。
【0017】
該遺伝子としては、一又は複数の実施形態において、大腸菌のhpaBC遺伝子又はそのオーソログが挙げられる。
大腸菌のhpaBC遺伝子は、野生型のものあるいはデータベース(NCBI GENBANKなど)に本願出願時において登録されているものであってよく、野生型と同等の機能を果たす範囲、又は、野生型と同等のタンパク質をコードする範囲で配列が異なっていてもよく、上述のとおりオーソログの配列であってもよい。また、遺伝子は、宿主微生物での発現のため、コドンが最適化されてもよい。
大腸菌のhpaBC遺伝子は、hpaB遺伝子とhpaC遺伝子がオペロンを形成しているものであり、hpaB遺伝子は、一又は複数の実施形態において、配列表の配列番号9で表され、hpaC遺伝子は、一又は複数の実施形態において、配列表の配列番号10で表される。
よって、該遺伝子としては、一又は複数の実施形態において、配列表の配列番号9及び10で表される2つの塩基配列を含む遺伝子、又は、配列表の配列番号9及び10で表される塩基配列の1又は複数個が欠失、置換、及び/又は付加された塩基配列であって4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼとして機能可能なタンパク質をコードする2つの塩基配列を含む遺伝子が挙げられる。
複数個とは、一又は複数の実施形態において、2~100、2~90、2~60、2~50、2~40、2~30、2~20、2~15、2~10、2~7、2~6、2~5、2~4、又は、2~3が挙げられる。
なお、4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子が複数の遺伝子で構成されている場合、それらは、オペロンとして染色体に導入されてもよく、それぞれ独立してあるいは別々に染色体に導入されてもよい。
【0018】
[染色体への組み込み]
4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子の宿主微生物の染色体への組み込みは、発現可能に導入できる方法であれば、特に制限されない。
染色体への組み込みは、一又は複数の実施形態において、部位特異的な組み換えで行われる。
部位特異的な組み換えは、一又は複数の実施形態において、CRIMプラスミドを利用する方法、Cre/LoxPシステムを利用する方法、出芽酵母の組み換え酵素FLPとFRT配列を利用する方法、CRISPR/Cas9システムを利用する方法などが挙げられる。
遺伝子を発現可能に導入する方法としては、遺伝子の発現亢進が誘導可能なプロモーター等の発現調節配列とともに導入する方法が挙げられる。
宿主微生物が大腸菌の場合、遺伝子の発現亢進が誘導可能なプロモーターとしては、一又は複数の実施形態において、T7プロモーターが挙げられる。発現誘導にT7プロモーターを用いる場合、宿主微生物は、T7RNAポリメラーゼ遺伝子を有する株であることが好ましい。宿主微生物としては、一又は複数の実施形態において、λDE3ファージを溶原化したDE3株が挙げられる。
遺伝子の発現亢進が誘導可能なプロモーターとしては、その他の一又は複数の実施形態において、λファージのPLプロモーター(熱で発現誘導されるプロモーター)、アラビノースオペロンのアラビノースプロモーター(アラビノースで発現誘導されるプロモーター)、tetプロモーター(テトラサイクリンで発現誘導されるプロモーター)、tyrRなどの構成タンパク質のプロモーター、及び、構成性の人工プロモーターなどが挙げられる。
本開示において、遺伝子を発現誘導可能なプロモーターとともに染色体に導入する方法は、特に限定されないが、一又は複数の実施形態において、実施例に記載の方法(Koma et al. 2012. Appl. Microbiol. Biotechnol. 93:815-829に記載の方法)が挙げられる。
【0019】
[チロソールと微生物との反応工程]
4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子が発現可能に染色体に組み込まれた微生物(以下、本開示の微生物ともいう)をチロソールと接触させて反応させることにより、ヒドロキシチロソールが生成する。本開示におけるこの「反応」は、「発酵」ということもできる。
チロソールと本開示の微生物との反応は、一又は複数の実施形態において、所定量まで培養した本開示の微生物に対して4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼの発現誘導を行い、その後、チロソールを添加することで行うことができる。
本開示の微生物の培養は、通常の培養方法の条件で行うことができ、反応工程も、従来の発酵又は反応の条件で行うことができる。培養・反応の培地は、炭素源、窒素源、リン源、硫黄源、ミネラル、ビタミンなどのその他の成分を含むもので、本開示の微生物が生育できるものなら特に限定されない。
本開示の微生物の培養及び反応は、ヒドロキシチロソールの生産量を向上する点から、ジャーファメンターやバイオリアクター等の大量培養可能な装置で行うことが好ましい。
本開示の微生物の培養及び反応は、ヒドロキシチロソールの生産量を向上する点から、原料であるチロソールを反応中に添加する流加培養が好ましい。
【0020】
チロソールの流加培養によるヒドロキシチロソールの製造方法は、例えば、実施例の方法を参照できる。簡単には、前培養を行い、1%の濃度で最小培地に植菌して培養し、OD660が0.5~20に達したら発現誘導(T7プロモーターであれば、例えば1mMイソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)を添加)して2~5時間培養した後、原料であるチロソール溶液を所定の供給スピードで流加して20~35時間反応し、反応液及び/又は菌内にヒドロキシチロソールを得る。
【0021】
[培養温度]
微生物が生育できる温度が挙げられる。生育速度の観点から、その生物の至適な培養温度が好ましい。大腸菌であれば、一又は複数の実施形態において、25℃~40℃、又は、30℃~37℃が挙げられる。
[培養培地]
微生物が生育できる培地であれば制限されない。LB培地などの天然培地、M9や実施例のHCF培地などの合成培地が挙げられる。化合物の精製を考えた場合には合成培地の方が好ましい。
[培養pH]
培養pHは、一又は複数の実施形態において、6.0~7.5の範囲が挙げられる。大腸菌の場合は、一又は複数の実施形態において、7.0付近、又は、6.2~7.2が挙げられる。
【0022】
[反応温度]
上記培養温度と同様とすることができる。
[反応培地]
上記培養培地と同様とすることができる。
[反応培地へのチロソール添加量(流加速度)]
チロソール添加量は、菌の種類、菌体量、反応条件に依存して調節する。一又は複数の実施形態において、添加したチロソールが速やかにヒドロキシチロソールに変換されるような速度で、チロソールを流加するのがよい。大腸菌の場合、OD660が40程度であれば、5~100mg/L/分、又は、10~80mg/L/分の速度で添加することが挙げられる。
添加するチロソール総量は、菌の種類によって異なるが、添加したチロソールのほぼすべてがヒドロキシチロソールに変換される量が好ましい。大腸菌の場合には、一又は複数の実施形態において、10-25g/L程度が挙げられる。
[反応pH]
上記培養pHと同様とすることができる。
[反応時間]
反応時間は、一又は複数の実施形態において、流加したチロソールがなくなるまで反応させるのが好ましい。
但し、培養・反応条件は、これらに限定されない。
【0023】
本開示はさらに以下の限定されない一又は複数の実施形態に関する。
〔1〕 チロソールと微生物とを反応させる工程を含み、
前記微生物は、4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子が発現可能に染色体に組み込まれる改変が加えられた微生物である、
ヒドロキシチロソールの製造方法。
〔2〕 4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼは、二成分型FAD依存モノオキシゲナーゼである、〔1〕に記載の製造方法。
〔3〕 4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼは、大腸菌のhpaBC遺伝子の遺伝子産物又はそのオーソログの遺伝子産物である、〔1〕又は〔2〕に記載の製造方法。
〔4〕 4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子が、大腸菌のhpaBC遺伝子又はそのオーソログある、〔1〕から〔3〕のいずれかに記載の製造方法。
〔5〕 4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼをコードする遺伝子が、配列表の配列番号9及び10で表される2つの塩基配列を含む遺伝子、又は、配列表の配列番号9及び10で表される塩基配列の1又は複数個が欠失、置換、及び/又は付加された塩基配列であって4-ヒドロキシフェニルアセテート-3-ヒドロキシラーゼとして機能可能なタンパク質をコードする2つの塩基配列を含む遺伝子である、〔1〕から〔4〕のいずれかに記載の製造方法。
〔6〕 前記微生物が、大腸菌である、〔1〕から〔5〕のいずれかに記載の製造方法。
〔7〕 前記反応が、チロソールの流加培養である、〔1〕から〔6〕のいずれかに記載の製造方法。
【実施例】
【0024】
以下、実施例により本開示をさらに詳細に説明するが、これらは例示的なものであって、本開示はこれら実施例に制限されるものではない。
【0025】
1.プラスミドpET21a-FRT-hpaBCの作製
大腸菌BL21株の染色体DNAを鋳型として、hpaBC-F(GTTTAACTTTAAGAAGGAGATATACATATGAAACCAGAAGATTTCCGC:配列番号1)とhpaBC-R(GTGGTGGTGGTGCTCGAGTTAAATCGCAGCTTCCATTTC:配列番号2)のプライマーセットを用いて、hpaBCオペロンをPCRで増幅した。PCR酵素にはPhusion Hot Start 2 DNA Polymerase(Thermo Fisher Scientific社製)を用い、添付の説明書に従って反応を行った。PCRでの増幅産物をQIAquick PCR Purification Kit(Qiagen社製)を用いて精製した後、制限酵素NdeIとXhoIで消化したpET21a-FRTベクター(Koma et al. 2012. Appl. Microbiol. Biotechnol. 93:815-829)とGibson Assembly Master Mix(New England Biolabs社製)を用いて反応させた。反応液を大腸菌DH5αコンピテントセル(GMbiolab社製)と混ぜて氷上で40分間静置した後、42℃で45秒間ヒートショックを行い、再び氷上で2分間静置した後にLB液体培地(10g/L ハイポリペプトン、5g/L粉末酵母エキスD3-H、10g/L塩化ナトリウム、pH7.0)を900μL加えて37℃で30分間恒温した。適量の菌液を50μg/mLのカナマイシンを含むLB寒天培地(LB液体培地に寒天を2%となるように添加したもの)に塗布し、37℃で一晩培養した。
培養後のコロニーから目的とするプラスミドを有するものをコロニーダイレクトPCRで選別した。EmeraldAmp PCR Master Mix(タカラバイオ社製)に添付の説明書に従って、反応液にT7プロモータープライマー(TAATACGACTCACTATAGGG:配列番号3)とT7ターミネータープライマー(ATGCTAGTTATTGCTCAGCGG:配列番号4)を規定量添加し、コロニーを鋳型DNAとして加えてPCRを行った。反応後に1%のアガロースゲルを用いて電気泳動を行い、hpaBCのインサートが確認されたものを候補菌株とした。
候補菌株を50μg/mLのカナマイシンを含むLB液体培地を用いて37℃で一晩培養し、NucleoSpin Plasmid QuickPure(マッハライ・ナーゲル社製)を用いてプラスミド抽出を行い、pET21a-FRT-hpaBCを得た。
【0026】
2.プラスミド菌MG1655(DE3)/pET21a-FRT-hpaBC株の作製
5mLのLB液体培地を用いて大腸菌MG1655(DE3)株を37℃で培養し、OD660の値が0.5程度に達したら氷中で冷却した。1mLの菌液を10,000rpmで3分間遠心分離し、上清を捨てて菌体を回収した。菌体を90μLのTSS溶液(LB液体培地にPEG4000を100g/L、DMSOを5%、MgCl2を20mMとなるように添加)に懸濁した。10μLのKCM溶液(1M KCl、0.3M CaCl2、0.5M MgCl2)と1μLのプラスミド溶液を加え、氷上で40分間静置した。42℃で90秒間ヒートショックを行った後、再び氷上で2分間静置し、LB液体培地900μLを加えて37℃で30分間恒温した。適量の菌液を50μg/mLのカナマイシンを含むLB寒天培地に塗布し、37℃で一晩培養した。出現したコロニーを再度50μg/mLのカナマイシンを含むLB寒天培地に塗布し、37℃で一晩培養し、出現したコロニーをMG1655(DE3)/pET21a-FRT-hpaBCとして用いた。
【0027】
3.染色体導入菌株(A株)の作製
hpaBC遺伝子の大腸菌染色体への導入は既報(Koma et al. 2012. Appl. Microbiol. Biotechnol. 93:815-829)により行った。はじめに染色体へ導入するためのDNA断片を含む溶液の調製をおこなった。pET21a-FRT-hpaBCを鋳型DNAとして、delta-pflBA-F(CGAAGTACGCAGTAAATAAAAAATCCACTTAAGAAGGTAGGTGTTACATGATTCCGGGGATCCGTCGACC:配列番号5)とdelta-pflBA-FRT-R(CTCAATAAAGTTGCCGCTTTACGGGGAAATTAGAACATTACCTTATGACCATTCGCCAATCCGGATATAG:配列番号6)のプライマーセットを用いて、2つのフリパーゼ認識配列(FRT)とカナマイシン耐性遺伝子配列(Km)を含むhpaBC遺伝子(FRT-Km-FRT-PT7-hpaBC-TT7)をPCRで増幅した。PCR酵素にはPrimeStar GXL(タカラバイオ社製)を用い、添付の説明書に従って反応を行った。PCRでの増幅産物をQIAquick PCR Purification Kit(Qiagen社製)を用いて精製した後、制限酵素DpnIで一晩消化し、再度、QIAquick PCR Purification Kit(Qiagen社製)で精製したものを染色体導入用のDNA溶液とした。つぎに、大腸菌のエレクトロポレーションセルの調製を行った。大腸菌MG1655(DE3)/pKD46株を10mMのL-アラビノースと100μg/mLのカルベニシリンを含むLB液体培地にて、OD660が0.5程度に達するまで30℃で培養した。次に、2mLの菌液を5,000rpm、4℃で5分間遠心分離して上清を捨て、菌体を回収した。菌体を氷冷しておいた滅菌蒸留水1mLに懸濁し、5,000rpm、4℃で5分間遠心分離して上清を捨て、菌体を回収した。再度、菌体を氷冷しておいた滅菌蒸留水1mLに懸濁し、5,000rpm、4℃で5分間遠心分離して上清を捨て、菌体を回収した。菌体を氷冷しておいた滅菌蒸留水50μLに懸濁してエレクトロポレーションセルとした。つぎに、エレクトロポレーションセルにDNA断片を100-200ng(1μL程度)添加し、溶液をエレクトロポレーションキュベットに移し、MicroPulserエレクトロポレーター(Bio-Rad社製)を用いてエレクトロポレーションを行った。エレクトロポレーションキュベットに1mLのLB液体培地を加えた後、菌懸濁液を1.5mLチューブに移し、37℃で2時間程度振とうした。50μg/mLのカナマイシンを含むLB寒天培地に菌液を塗布し、37℃で一晩培養した。出現したコロニーから、pflBA座位にhpaBC遺伝子を持つ大腸菌をコロニーダイレクトPCRで選別した。EmeraldAmp PCR Master Mix(タカラバイオ社製)に添付の説明書に従って、反応液にK2(CGGTGCCCTGAATGAACTGC:配列番号7)とDown-pflBA(CGTTATTCTCCAGAGGTTCATCAGC:配列番号8)のプライマーセットを添加し、コロニーを鋳型DNAとして加えてPCRを行った。反応後に1%のアガロースゲルを用いて電気泳動を行い、pflBA座位にhpaBC遺伝子が挿入された菌株(A株)を確認した。
【0028】
4.チロソール流加培養
LB液体培地にMG1655(DE3)/pET21a-FRT-hpaBC又はA株を植菌し、30℃で一晩培養した。培養液を1.5LのHCF培地を含む3L容のジャーファメンターに1%植菌して培養を開始した。なお、MG1655(DE3)/pET21a-FRT-hpaBC株を培養する場合には、LB液体培地およびHCF培地に50μg/mLとなるようにカナマイシンを添加した。
ジャーファメンターには、丸菱バイオエンジニアリング社製のBioneerシリーズMDL-8Cを用いた。
HCF培地の組成は、1268mLの蒸留水に、150mLの10×リン酸/クエン酸緩衝液、3.6mLの50%硫酸マグネシウム7水和物水溶液、15mLの100×微量金属溶液、63.4mLの70%グルコース溶液、340μLの2%チアミン塩酸塩溶液を加えたものである。
蒸留水と10×リン酸/クエン酸緩衝液をジャーファメンターのベッセルに入れてオートクレーブ滅菌しておき、滅菌後の溶液が室温に戻った後に、別でオートクレーブ滅菌しておいた硫酸マグネシウム溶液とグルコース溶液、そしてろ過除菌しておいたチアミン塩酸塩溶液と微量金属溶液を加えた。
10×リン酸/クエン酸緩衝液の組成は、133g/Lリン酸2水素カリウム、40g/Lリン酸水素2アンモニウム、17g/Lクエン酸であり、5MのNaOHを用いてpHを6.3に調整した。100×微量金属溶液の組成は、10g/Lクエン酸鉄(III)、0.25g/L塩化コバルト6水和物、1.5g/L塩化マンガン4水和物、0.15g/L塩化銅2水和物、0.3g/Lホウ酸、0.25g/Lモリブデン酸ナトリウム2水和物、1.3g/L酢酸亜鉛2水和物、0.84g/Lエチレンジアミン四酢酸二ナトリウム塩二水和物である。
培養は30℃で行い、通気量は3L/分とし、溶存酸素量の値が30%となるように回転数を自動調整した。pHは最初6.8で制御し、チロソールの流加培養開始後は6.5で制御した。pHの制御には28%のアンモニア水を用いた。
培養開始後、菌株のOD660の値が15~20に達した時にイソプロピル-β-D-チオガラクトピラノシド(IPTG)を1mMとなるように添加し、さらに3~4時間培養を続けた後にチロソール溶液(100g/L)を0.4mL/分の速度で300mL流加した。途中グルコースが枯渇した場合、又は枯渇しそうな場合には、グルコース濃度が10g/L程度になるようにフィード溶液を適時添加した。
フィード溶液は、186mLの蒸留水に280gのグルコースを加えてオートクレーブ滅菌し、溶液が室温程度に冷えた後に別滅菌しておいた50%硫酸マグネシウム7水和物水溶液を16mL、ろ過除菌しておいた100×微量金属溶液を4mL、ろ過除菌しておいた2%チアミン塩酸塩溶液を900μL加えることで調製した。
反応液は適時サンプリングし、分光光度計によるOD660の値の測定、HPLCによるチロソール及びヒドロキシチロソールの定量を行った。
HPLCによる定量は既報(Koma et al. 2012. Appl. Microbiol. Biotechnol. 93:815-829)にある芳香族化合物の定量方法を用い、検量線の作製にはヒドロキシチロソール及びチロソールの標品(東京化成工業株式会社製)を用いた。
【0029】
5.結果
hpaBC遺伝子が大腸菌染色体へ導入されたA株のチロソール流加培養によるヒドロキシチロソールの製造の結果を
図1に示す。
hpaBC遺伝子をプラスミドで保持する大腸菌:MG1655(DE3)/pET21a-FRT-hpaBC株のチロソール流加培養によるヒドロキシチロソールの製造の結果を
図2に示す。
図1及び2の横軸は、ジャーファメンターで培養を開始してからの時間(h)である。縦軸左は、吸光度(OD
660)であり、縦軸右は、チロソール(Tyrosol)及びヒドロキシチロソール(HTY)の濃度(g/L)である。
hpaBC遺伝子が大腸菌染色体へ導入されたA株とhpaBC遺伝子をプラスミドで保持する大腸菌は、共に、同じプロモーター(T7プロモーター)から発現誘導されるにもかかわらず、ヒドロキシチロソールの生産に関し顕著な差があった(
図1及び
図2)。
hpaBC遺伝子が大腸菌染色体へ導入されたA株は、添加したチロソールが残存しないほど効率よくチロソールをヒドロキシチロソールに変換した(
図1)。一方、hpaBC遺伝子をプラスミドで保持する大腸菌は、チロソールが残存した(
図2)。
そして、hpaBC遺伝子が大腸菌染色体へ導入されたA株は、hpaBC遺伝子をプラスミドで保持する大腸菌よりも、2倍のヒドロキシチロソールの生産量を示した(
図1及び2)。
生菌を用いたヒドロキシチロソールの製造方法では、病原菌である緑膿菌を用いて、チロソールから5.8g/Lの濃度で生産されたのがこれまでの最高値であった(非特許文献1)。また、非病原菌(大腸菌)では、非常に高価な原料であるL-DOPAを利用しても5.6g/Lのヒドロキシチロソールしかできていなかった(非特許文献2)。
これらに対し、本実施例では、
図1に示すように、16g/Lという格別顕著な生産性を示すことができた。
【配列表】