(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-23
(45)【発行日】2025-01-07
(54)【発明の名称】電気接続部材用材料および電気接続部材
(51)【国際特許分類】
C23C 28/00 20060101AFI20241224BHJP
H01R 13/03 20060101ALI20241224BHJP
C25D 5/48 20060101ALI20241224BHJP
C25D 7/00 20060101ALI20241224BHJP
【FI】
C23C28/00 A
H01R13/03 D
C25D5/48
C25D7/00 H
(21)【出願番号】P 2021050404
(22)【出願日】2021-03-24
【審査請求日】2023-07-25
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 普之
(72)【発明者】
【氏名】境 利郎
(72)【発明者】
【氏名】野々川 正輝
【審査官】黒木 花菜子
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-143307(JP,A)
【文献】特開2000-282033(JP,A)
【文献】特開平09-249977(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 28/00
H01R 13/03
C25D 5/48
C25D 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面の硬度が90HV以上であるAg層を表面に有する金属材と、
前記金属材の表面を被覆する被覆層と、を有し、
前記被覆層は、メルカプト基
および芳香環を有する有機化合物を、前記金属材の表面に接触させて形成されるものである、電気接続部材用材料。
【請求項2】
前記芳香環は、C原子に加えて、S原子およびN原子の少なくとも一方を含む複素環である、請求項
1に記載の電気接続部材用材料。
【請求項3】
請求項1
または請求項
2に記載の電気接続部材用材料を含んで構成される、電気接続部材。
【請求項4】
前記電気接続部材は、相手方導電部材と電気的に接触する接点部を有する接続端子として構成され、
少なくとも前記接点部において、前記金属材の表面に、前記被覆層が形成されている、請求項
3に記載の電気接続部材。
【請求項5】
前記接点部に印加される面圧が30MPa以上である、請求項
4に記載の電気接続部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電気接続部材用材料および電気接続部材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車において用いられる大電流用のコネクタ端子等の電気接続部材において、めっき等によって表面にAg層を形成した金属材が用いられる場合がある。Ag層を有する金属材は、耐熱性や耐食性、電気伝導性に優れる一方、Agが軟らかく凝着を起こしやすい性質を有することに起因し、表面の摩耗や剥離を起こしやすい。摩耗や剥離によってAg層の一部が除去され、母材や下地層等、下層の金属が露出することになれば、表面の電気接続特性が変化してしまう。凝着によるAg層の摩耗や剥離は、高温環境において、特に起こりやすい。
【0003】
Ag層の表面における凝着を抑制するために、金属材を構成する材料の検討が行われている。材料の検討の1つの方向として、金属材の表面に、Ag層の代わりに、所定のAg合金層を設けること、あるいはAg層またはAg合金層の下層に、所定の金属よりなる下地層を設けることが検討されている。そのような方向での検討は、例えば特許文献1に開示されている。また、別の方向として、Ag層を最表面に露出させた電気接続部材と接触させる相手方部材の表面に、所定の組成を有する金属層を設けることで、Ag層の凝着を抑制する試みも行われている。そのような方向での検討は、例えば特許文献2に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2020-196911号公報
【文献】特開2017-162598号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
Agを表面層に含む金属材において、Agの凝着を低減する手段として、特許文献1,2等に記載されるように、その表面層、あるいはその表面層と接触する相手方の金属層の組成や構造を工夫することは、有効な手段である。しかし、特殊な組成や構造を有する金属層を用いることなく、一般的なAg層を有する金属材において、Agの凝着に由来する摩耗や剥離、さらに高温環境におけるそれらの現象を抑制することができれば、Ag層を有する金属材を、端子等の電気接続部材としての用途に、さらに使用しやすくなる。そこで、特殊な金属層を用いなくても、Ag層における凝着を抑制することができる電気接続部材用材料および電気接続部材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の電気接続部材用材料は、表面の硬度が90HV以上であるAg層を表面に有する金属材と、前記金属材の表面を被覆する被覆層と、を有し、前記被覆層は、メルカプト基を有する有機化合物を、前記金属材の表面に接触させて形成されるものである。
【0007】
本開示の電気接続部材は、前記電気接続部材用材料を含んで構成される。
【発明の効果】
【0008】
本開示にかかる電気接続部材用材料および電気接続部材は、特殊な金属層を用いなくても、Ag層における凝着を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、本開示の一実施形態にかかる電気接続部材用材料の断面を示す模式図である。
【
図2】
図2は、本開示の一実施形態にかかる電気接続部材としての接続端子を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施形態を列記して説明する。
【0011】
本開示にかかる電気接続部材用材料は、表面の硬度が90HV以上であるAg層を表面に有する金属材と、前記金属材の表面を被覆する被覆層と、を有し、前記被覆層は、メルカプト基を有する有機化合物を、前記金属材の表面に接触させて形成されるものである。
【0012】
上記電気接続部材用材料が、表面において他の部材と接触する際には、表面の硬度が90HV以上のAg層が、被覆層を介して、他の部材と接触することになる。Ag層が硬度90HV以上の硬質Ag層として構成されていること、さらにその硬質Ag層の表面が、メルカプト基を有する有機化合物を用いて形成される被覆層によって被覆されていることにより、上記電気接続部材用材料が、他の部材との間で接触や摺動を受けた際に、Agの凝着、またそれに伴うAg層の摩耗や剥離が起こりにくくなっている。メルカプト基を有する有機化合物より形成される被覆層は、Ag層の表面を被覆した状態を高温でも安定に維持するものとなり、高温環境においても、Ag層の凝着の抑制に、高い効果を示す。
【0013】
ここで、前記有機化合物は、芳香環を有しているとよい。すると、高温に至るまで、Ag層の表面を被覆層によって被覆した状態が安定に保持され、高温環境において、Ag層の凝着を抑制する効果が、高く得られる。
【0014】
この場合に、前記芳香環は、C原子に加えて、S原子およびN原子の少なくとも一方を含む複素環であるとよい。すると、Ag層の表面を被覆層によって被覆した状態の安定性がさらに高くなり、高温環境を経る場合、また電気接続部材用材料の表面に大きな面圧が印加される場合にも、Ag層の凝着を高度に抑制することができる。
【0015】
本開示にかかる電気接続部材は、前記電気接続部材用材料を含んで構成される。上記のように、本開示にかかる電気接続部材用材料の表面は、硬質Ag層がメルカプト基を有する有機化合物を用いて形成される被覆層によって被覆されたものであることにより、他の部材との間で接触や摺動を受けても、凝着による摩耗や剥離を起こしにくい。また、高温環境においても、Agの凝着に由来するそれらの現象を抑制することができる。このような特性を有する材料を用いて電気接続部材を構成することで、凝着によるAg層の摩耗や剥離を起こしにくく、さらに高温環境を経てもそれらの現象の発生を抑制することができる電気接続部材となる。
【0016】
ここで、前記電気接続部材は、相手方導電部材と電気的に接触する接点部を有する接続端子として構成され、少なくとも前記接点部において、前記金属材の表面に、前記被覆層が形成されているとよい。すると、接続端子の接点部において、相手方導電部材との接触や摺動によるAg層の凝着、およびそれに伴うAg層の摩耗や剥離が起こりにくく、Ag層によって接点部に付与される電気接続特性や耐熱性等の特性を、良好に維持することができる。さらに、通電等に伴う接点部の加熱を経ても、Ag層の表面で凝着が起こりにくく、Ag層によって付与される特性を維持することができる。
【0017】
この場合に、前記接点部に印加される面圧が30MPa以上であるとよい。接続端子において、接点部に印加される面圧が大きいほど、接点部の表面の金属層において、凝着が起こりやすいが、上記電気接続部材においては、接点部の表面に硬質Ag層が形成され、その硬質Ag層の表面が被覆層に被覆されているため、接点部の表面において、Agの凝着、およびそれに起因するAg層の摩耗や剥離が起こりにくい。
【0018】
[本開示の実施形態の詳細]
以下に、本開示の実施形態について、図面を用いて詳細に説明する。
【0019】
<電気接続部材用材料および電気接続部材の概略>
まず、本開示の実施形態にかかる電気接続部材用材料および電気接続部材の構成について、簡単に説明する。
【0020】
(電気接続部材用材料)
本開示の実施形態にかかる電気接続部材用材料は、金属材の表面を被覆層で被覆した構造を有している。本開示の実施形態にかかる電気接続部材用材料は、接続端子等の電気接続部材を構成する材料として、好適に利用することができる。
【0021】
図1に、本開示の第一の実施形態にかかる電気接続部材用材料(以下、接続材料と称する場合がある)1の構成を、断面図にて表示する。接続材料1は、金属材10と、金属材10の表面を被覆する被覆層2とを有している。金属材10は、基材11と、Ag層13を有している。また、基材11とAg層13の間に、任意に下地層12を有している。
【0022】
金属材10の基材11は、金属の板材として構成されている。基材11を構成する具体的な金属種は、特に限定されるものではないが、電気伝導性や機械的特性等に優れることから、接続端子等の電気接続部材の基材として汎用されるCuまたはCu合金を好適に用いることができる。
【0023】
Ag層13は、硬質Agの層として構成されており、金属材10の最表面に露出されている。硬質Agは、表面における硬度が、おおむね90HV以上、好ましくは110HV以上となっている。Ag層13は、Agと不可避的不純物のみを含有する形態の他、Agおよび不可避的不純物に加えて、Ag層13を硬質化するための添加元素を含むものであってもよい。その種の添加元素としては、Se,Sb,C,N,S等を挙げることができる。とりわけ、添加元素としてSe,C,Sを用いることが好ましい。それらの添加元素の添加量としては、Ag原子に対して、0.1原子%以上、また5.0原子%以下の範囲を例示することができる。なお、本明細における硬度の測定は、JIS Z 2244:2009に従い、マイクロビッカース硬さ試験にて、HV0.01(10gf)で測定を行った際に得られた数値を示している。
【0024】
Ag層13の厚さは特に限定されるものではないが、例えば、Agが有する特性を十分に発揮させる等の観点から、1μm以上が好ましく、3μm以上がさらに好ましい。一方、過剰量のAgの使用を避ける等の観点から、100μm以下が好ましい。Ag層13は、めっき法、蒸着法等、任意の方法で形成すればよい。めっき法を用いることが、簡便性や硬度の制御等の観点で、特に好ましい。
【0025】
基材11とAg層13の間には、適宜、下地層12として別の金属層を設けてもよい。下地層12は、1層のみとしても、2種以上の金属層を積層してもよい。基材11がCuまたはCu合金よりなる場合に、好適な下地層12の例として、NiまたはNi合金よりなる層を例示することができる。NiまたはNi合金よりなる下地層12は、基材11からAg層13へとCu原子が拡散するのを抑制するとともに、基材11に対するAg層13の密着性を高める役割を果たす。金属材10において、相互に隣接する層の界面には、両側の層を構成する金属原子の一部が、合金を形成していてもよい。
【0026】
本実施形態にかかる接続材料1は、金属材10の表面に露出したAg層13の表面に接触した状態で、Ag層13を被覆して、被覆層2が設けられている。被覆層2は、メルカプト基(-SH基)を有する有機化合物を、金属材10のAg層13の表面に接触させて形成される層である。被覆層2の詳細については、後に詳しく説明するが、被覆層2がAg層13の表面を被覆していることで、Agの凝着、およびそれに伴うAg層13の摩耗や剥離を抑制する効果を示す。また、金属材10が高温に加熱された際にも、凝着によるAg層13の摩耗や剥離が抑制される。
【0027】
(電気接続部材)
次に、本開示の一実施形態にかかる電気接続部材について説明する。本実施形態にかかる電気接続部材は、上記で説明した本開示の一実施形態にかかる電気接続部材用材料1を含んで構成されるものである。
【0028】
電気接続部材の一例として、接続端子を挙げることができる。接続端子は、相手方導電部材と電気的に接触する接点部を有しており、少なくとも接点部において、基材11の表面に、硬質AgよりなるAg層13と、Ag層13の表面を被覆する被覆層2とを有している。接続端子の表面において、少なくとも接点部に、Ag層13および被覆層2が形成されていれば、Ag層13および被覆層2は、接続端子の表面全体を被覆していても、一部の領域のみを被覆していてもよい。
【0029】
接続端子の具体的な種類や形状は、特に限定されるものではない。
図2に、本開示の一実施形態にかかる接続端子の例として、メス型コネクタ端子20を示す。メス型コネクタ端子20は、公知の嵌合型のメス型コネクタ端子と同様の形状を有する。すなわち、前方が開口した筒状に挟圧部23が形成され、挟圧部23の底面の内側に、内側後方へ折り返された形状の弾性接触片21を有する。メス型コネクタ端子20の挟圧部23内に、相手方導電部材として、平板型タブ状のオス型コネクタ端子30が挿入されると、メス型コネクタ端子20の弾性接触片21は、挟圧部23の内側へ膨出したエンボス部21aにおいて、オス型コネクタ端子30と接触し、オス型コネクタ端子30に上向きの力を加える。弾性接触片21と相対する挟圧部23の天井部の表面が内部対向接触面22とされ、オス型コネクタ端子30が弾性接触片21によって内部対向接触面22に押し付けられることにより、オス型コネクタ端子30が、挟圧部23内において挟圧保持される。
【0030】
メス型コネクタ端子20は、全体が、上記で説明した最表面にAg層13を有する金属材10より構成されている。ここで、金属材10のAg層13が形成された面は、挟圧部23の内側に向けられ、弾性接触片21および内部対向接触面22の相互に対向する面を構成するように、配置されている。そして、弾性接触片21のエンボス部21a、および内部対向接触面22を含む部位において、金属材10の表面に、被覆層2が形成されている。
【0031】
オス型コネクタ端子30の表面に接触するエンボス部21aの表面および内部対向接触面22において、Ag層13の表面が被覆層2に覆われていることにより、それらの箇所で、被覆層2によって、Ag層13に対する凝着抑制効果が発揮される。その結果、オス型コネクタ端子30をメス型コネクタ端子20の挟圧部23に挿入する際に、摺動を行っても、凝着によるAg層13の摩耗や剥離が起こりにくい。さらに、オス型コネクタ端子30とメス型コネクタ端子20を嵌合させた状態で長期間放置することがあっても、また、嵌合させた状態のまま、通電等によって高温になることがあっても、Agの凝着によるAg層13の摩耗や剥離が起こりにくい。メス型コネクタ端子20において、接点部の面圧、つまり弾性接触片21の弾性復元力によって、エンボス部21aの頂部からオス型コネクタ端子30の表面に及ぼされる面圧は、30MPa以上、さらには40MPa以上であることが好ましい。面圧が大きいほど、エンボス部21aの頂部において、表面のAg層13がオス型コネクタ端子30の表面に向かって強い力で押し付けられ、Ag層13の凝着が起こりやすくなるが、Ag層13の表面が被覆層2に被覆されていることにより、上記のように大きな面圧が印加される状況でも、Agの凝着を効果的に抑制することができる。ただし、表面のAg層13の硬度の4~5倍程度の面圧が与えられた場合、オス型コネクタ端子30の表面に接触している箇所におけるAg層13の変形が、弾性変形から塑性変形へと形態が変化してしまうため、面圧は、Ag層13の硬度の5倍以下に抑えておくことが好ましい。
【0032】
ここでは、メス型コネクタ端子20の全体が、Ag層13を有する金属材10より構成され、そのAg層13のうち、オス型コネクタ端子30と接触する箇所のみが被覆層2で被覆された形態について説明したが、上記のとおり、少なくとも相手方導電部材と接触する接点部の表面に、Ag層13と被覆層2が形成されていれば、それらの層がそれぞれ形成される範囲は、特に限定されるものではない。また、オス型コネクタ端子30については、その構成材料を特に限定されるものではないが、オス型コネクタ端子30も、少なくとも、接点部、つまりメス型コネクタ端子20と接触するタブ状部の表面が、メス型コネクタ端子20と同様に、基材11の表面に硬質Agの層として形成されたAg層13を有し、さらにそのAg層13の表面が被覆層2によって被覆された、本開示の実施形態にかかる接続材料1より構成されることが好ましい。この場合に、メス型コネクタ端子20とオス型コネクタ端子30の間の電気接続部において、硬質AgよりなるAg層13どうしが、2層の被覆層2を介した状態で接触することになる。すると、メス型コネクタ端子20のみならず、オス型コネクタ端子30の接点部においても、凝着によるAg層13の摩耗や剥離を効果的に抑制することができ、長期間経過時や高温環境を経た際にも、それらの効果が持続される。
【0033】
本開示の実施形態にかかる接続端子は、上記のような嵌合型のメス型コネクタ端子20、あるいはオス型コネクタ端子30の他に、プリント基板に形成されたスルーホールに圧入接続されるプレスフィット端子等、種々の形態とすることができる。本開示の実施形態にかかる各種接続端子は、例えば、絶縁材料よりなるコネクタハウジングに収容して、コネクタの形態で使用することができる。また、電線の端末にそのコネクタを接続して、ワイヤーハーネスの形で使用することができる。
【0034】
<被覆層の構成と凝着抑制効果>
上記のように、本開示の実施形態にかかる接続材料1においては、金属材10の表面に硬質AgよりなるAg層13が形成されており、そのAg層13の表面が、メルカプト基(-SH基)を有する有機化合物より形成された被覆層2に覆われている。Agは凝着を起こしやすい金属であるが、被覆層2に被覆されていることにより、Ag層13において、凝着の発生が抑制される。
【0035】
ここで、Agの層が他の層に被覆されずに接続材料の最表面に露出しているとした場合の状況について簡単に説明する。Agは比較的酸化を受けにくい金属であり、表面において低い接触抵抗を示すうえ、耐熱性や耐食性にも優れ、接続端子等の材料となる接続材料の表面にAgの層を設けることで、高温になる環境でも、良好な電気的特性を維持しやすい。一方で、Agは、非常に凝着しやすい特性を有し、相手方部材との接触部において凝着を起こすと、接触部を摺動させた場合や、相手方部材と接触させた状態で放置した場合に、表面のAgが、摩耗や剥離を起こしてしまう。Agの層を表面に有する接続材料において、凝着に起因するAgの摩耗や剥離が起こると、低接触抵抗や耐熱性等、Agが有する特性を、接続材料において十分に利用できなくなる。さらに、Agの摩耗や剥離により、Agの下層に存在するCuまたはCu合金等の基材、あるいはNiまたはNi合金等の下地層が露出すると、電気接続特性等、接続材料の特性に大きな影響が生じる可能性がある。特に、相手方部材の表面にもAgの層が形成されている場合には、Agどうしが表面で接触することになり、両Ag層において、凝着およびそれに伴う摩耗や剥離が起こりやすくなる。また、表面のAg層が相手方部材と接触した状態で高温の環境に置かれる場合、あるいは、大きな接触荷重(面圧)が印加される場合には、クリープ現象や原子拡散により、凝着がさらに進行しやすくなる。
【0036】
しかし、本開示の実施形態にかかる接続材料1においては、金属材10の表面のAg層13が、被覆層2によって被覆されている。接続材料1が他の部材と接触する際に、Ag層13が相手方部材の表面と直接接触するのではなく、Ag層13と相手方部材の間に被覆層2が介在することになるので、相手方部材との間の接触や摺動によって、Ag層13が凝着を起こしにくくなる。その結果、Agの凝着に起因するAg層13の摩耗や剥離が起こりにくくなり、低接触抵抗や耐熱性等、Ag層13が有する特性を、相手方部材との接触や摺動を経ても、維持しやすくなる。特に、本実施形態においては、被覆層2が、メルカプト基を有する有機化合物をAg層13に接触させて形成されるものであることにより、被覆層2がAg層13の表面を被覆した状態が、安定に維持される。これは、Ag原子とS原子が結合を形成しやすいこと等に起因し、被覆層2がAg層13の表面に対して強固に固着されるためであると考えられる。さらに、被覆層2がAg層13の表面を被覆した状態は、高温でも安定に維持される。よって、接続材料1が高温の環境に置かれることがあっても、Ag層13が相手方部材の表面に直接接触しにくく、Ag層13の凝着、およびそれに起因する摩耗や剥離が起こりにくい。また、相手方部材との接触部に高荷重が印加された際にも、被覆層2の存在によってAg層13の凝着が抑制される。
【0037】
これらのことから、本実施形態にかかる接続材料1は、例えば、周辺環境からの加熱や通電による発熱によって高温化しやすい接続端子の構成材料として、好適に用いることができる。そのような接続端子としては、自動車用の接続端子を例示することができる。また、本実施形態にかかる接続材料1においては、硬質Agの層として構成されたAg層13の表面に、所定の有機化合物を接触させて被覆層2を形成するのみで、高い凝着抑制効果が得られるものであり、凝着抑制のために特殊な金属層を必要とするものではないため、高い汎用性を有する。従来一般の、あるいは既存の硬質Ag層を有する接続材料に対して、被覆層2を形成するのみで、高い凝着抑制効果を付与することができる。
【0038】
本実施形態にかかる接続材料1において、金属材10の表面に設けられるAg層13は、硬質Agの層として形成されている。Ag層13が硬質Agより構成されることにより、おおむね表面の硬度が60HV以下である軟質Agより構成される場合と比較して、Ag層13を被覆層2で被覆した表面において、Agの凝着を高度に抑制することができる。この凝着抑制効果の高さの要因の1つは、硬質Ag層の硬度の高さ自体である。Agは凝着を起こしやすい金属であるが、少量の添加元素の添加や、結晶成長の制御等によって、表面硬度を高めておくことにより、ある程度までは凝着を抑制することができる。さらに、もう1つの要因として、後の実施例に示すように、Agの表面を、メルカプト基を有する有機化合物より形成した被覆層2で被覆することで、凝着を抑制する効果の大きさ、つまり被覆層2を形成していない場合を基準とした、凝着低減の程度が、軟質Ag層の場合よりも、硬質Ag層の場合の方で、大きくなる。これは、軟質Ag層の場合、塑性変形によりAg層が変形し、被覆層がその変形に追従できないため、生じた被覆層の隙間より凝着が進むのに対し、硬質Ag層においては、塑性変形が起こりにくく、被覆層2にも欠損が生じにくいため、Ag層13が、相手方導電部材の表面に直接接触しにくいことによると推測される。
【0039】
本実施形態において、被覆層2は、メルカプト基を有する有機化合物をAg層13に接触させて形成されるものであるが、その有機化合物は、形成された被覆層2において、当初の状態を保っている必要はない。例えば、メルカプト基(-SH基)のS-H結合が開裂し、H原子が脱離したチオレートの状態で、有機化合物が被覆層2を構成していてもよい。この場合には、被覆層2の形成に用いた有機化合物をR-SHと表現するとして、有機化合物とAg層13の間にS-Ag結合が形成され、R-S-Ag構造の形で、有機化合物が強固にAg層13に結合される可能性がある。この構造が形成されることは、被覆層2の安定性を高める観点で特に好ましい。あるいは、有機化合物を構成するC原子とメルカプト基(-SH基)の間の結合が開裂し、R-Agの形で有機化合物がAg層13に結合する可能性も考えられる。
【0040】
他に、メルカプト基(-SH基)を含む有機化合物が、メルカプト基以外の含硫黄官能基を有する形態に変換されて、被覆層2を構成する形態も考えられる。メルカプト基以外の含硫黄官能基としては、スルフィド結合(-S-)、ジスルフィド結合、(-S-S-)、チオシアネート基(-S-C=N)、イソチオシアネート基(-N=C=S)、スルホ基(-SO3)、スルホニル基(-SO2-)スルフィニル基(-S(=O)-)、チオエステル基(-S-C(=O)-)、チオカルボニル基(>C=S)、チオカルボキシル基(-C(=O)-SH)等を挙げることができる。また、メルカプト基を有する有機化合物のR-SH構造のうち、R部分において、結合の開裂や変換が起こってもよい。R部分が環構造を含む場合に、結合の開裂の一例として、環構造の開環を例示することができる。これらの場合のように、メルカプト基を含む有機化合物が、別の形態に変換されて被覆層2を構成する場合に、その被覆層2は、必ずしも、メルカプト基を含む有機化合物をAg層13に接触させて形成されるものでなくてもよく、例えば、変換後の形態を有する化合物そのものをAg層13の表面に接触させて形成してもよい。いずれの製法による場合でも、Ag層13の表面において被覆層2を形成している有機化合物の形態が同じであれば、それらの被覆層2は、Ag層13に対する凝着抑制について、同等の効果を示す。被覆層2を構成する有機化合物は、実質的に単一の状態にあっても、例えばS-H結合が開裂された状態と開裂されていない状態等、2種以上の状態が混在するものであってもよい。
【0041】
被覆層2の厚さは、特に限定されるものではない。例えば、被覆層2によるAg層13の凝着抑制の効果を高める観点から、1nm以上とすればよい。一方、過剰の有機化合物の流出やべたつきを避ける等の観点から、10μm以下とすればよい。
【0042】
メルカプト基を有する有機化合物をAg層13に接触させて、被覆層2を形成するに際し、接触の具体的な形態は特に限定されず、塗布、浸漬、滴下、流通、噴霧等の接触方法を挙げることができる。Ag層13への接触時の化合物の状態も特に限定されず、液状の有機化合物をそのまま接触させても、適宜、溶剤や水を用いて、有機化合物の溶解、分散、また希釈を行ったうえで、接触させてもよい。有機化合物を含む溶液をAg層13に接触させる際は、有機化合物の安定性を向上させるため、pHを5~7程度に調整してから接触させてもよい。その際のpH調整剤としては、硫酸、硝酸、塩酸、リン酸などを用いることが好ましい。また、接触後に、所望の厚さの被覆層2を形成するのに余剰の有機化合物を、溶剤や水による洗浄等によって適宜除去してもよい。
【0043】
被覆層2を形成する有機化合物は、メルカプト基を有するものであれば、特に具体的な種類を限定されるものではない。有機化合物の分子内に含まれるメルカプト基の数も特に限定されず、1つであっても、2つであっても(ジチオール)、さらに3つ以上であってもよい。また、被覆層2を構成する有機化合物は、1種のみであっても、2種以上が混合されていてもよい。
【0044】
有機化合物のR-SH構造において、R部分は、主にC原子とH原子から構成されるが、それらの原子に加え、適宜、N,O,S,P,Si等のヘテロ原子を含有していてもよい。またR部分は、鎖状構造のみより構成されていても、少なくとも一部に環状構造を含んでいてもよい。R部分を構成する鎖状構造としては、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基等の炭化水素基、またそれらの炭化水素基を構成するC原子の一部をヘテロ原子に置換したもの等を挙げることができる。鎖状構造は、直鎖構造であっても、分岐を有していてもよい。R部分を構成する環状構造は、非芳香環であっても、芳香環であってもいずれでもよい。非芳香環としては、シクロアルキル環等の脂肪族環、およびそれらのC原子の一部をヘテロ原子に置換したもの等を挙げることができる。芳香環としては、ヘテロ原子を含まないものとして、ベンゼン環が挙げられる。また、ヘテロ原子を含む芳香環、つまり複素環として、イミダゾール環、トリアジン環、イソシアヌル酸骨格、ピリジン環、ピラジン環、ピリミジン環、ピリダジン環、ピラゾール環、トリアゾール環、チアゾール環、チオフェン環、ピロール環等を挙げることができる。芳香環は、2つ以上が縮合されたものであってもよい。この場合に、縮合する複数の芳香環が同種のものであってもよく(例:ナフタレン環)、あるいは異種のものであってもよい(例:ベンゾチアゾール環、ベンズイミダゾール環)。R部分は、鎖状構造と環状構造をともに含むものであってもよく、鎖状構造および/または環状構造は、R部分に複数含まれてもよい。また、鎖状部および/または環状部に適宜置換基が導入されていてもよく、特に、メルカプト基以外に、Ag層13の表面と相互作用または結合形成しうる官能基が導入されていることが好ましい。R部分の分子量は、特に限定されるものではないが、被覆層2がAg層13を被覆した構造の安定性を高める等の観点から、50以上であることが好ましく、100以上であることがより好ましい。一方、Ag層13への接触による被覆層2の形成の簡便性等の観点から、R部分の分子量は、1000以下であることが好ましい。
【0045】
被覆層2を構成するメルカプト基を有する有機化合物は、上記で挙げた各種化合物のうち、芳香環を有するものであることが、特に好ましい。すると、形成される被覆層2がAg層13の表面を被覆した構造の安定性が向上し、Ag層13の凝着を抑制する効果が高くなる。特に、高温環境におけるAg層13の凝着を抑制する効果に優れる。これは、平面構造をとる芳香環の共役π電子系が、Ag層13の表面と相互作用することにより、メルカプト基に由来するS原子とAg原子の間の相互作用と合わせて、被覆層2がAg層13の表面に強固に固着されるためであると考えられる。中でも、有機化合物が、C原子に加えて、ヘテロ原子としてS原子およびN原子の少なくとも一方を含む複素芳香環を含んでいると、形成される被覆層2が、Ag層13の凝着の抑制、および高温での凝着抑制作用の維持に、とりわけ高い効果を示す。これは、環構造に含まれるヘテロ原子とAg層13の表面の間の相互作用が、Ag表面に対する被覆層2の結合性を高めることによると推測される。芳香環に、ヘテロ原子は1つのみ含まれても、複数含まれてもよいが、複数含まれることが好ましい。さらに、少なくともS原子が芳香環に含まれることが好ましい。また、有機化合物が芳香環を有する場合に、メルカプト基は、芳香環に近い位置に結合されていることが特に好ましい。例えば、メルカプト基が芳香環に直接結合しているか、芳香環に直接結合したC原子にメルカプト基が結合している形態が好ましい。
【0046】
被覆層2を構成するのに好適に用いることができる、メルカプト基を有し、かつ複素芳香環を有する有機化合物としては、以下のものを例示することができるが、これらに限定されるものではない。これらの化合物は1種類を単独で使用しても、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
(2-メルカプトエチル)ピラジン、2-メルカプトベンズイミダゾール、2-メルカプト-5-メチルベンズイミダゾール、5-アミノ-2-メルカプトベンズイミダゾール、2-メルカプトベンゾチアゾール、6-アミノ-2-メルカプトベンゾチアゾール、2-メルカプト-5-メトキシベンゾチアゾール、2-メルカプト-6-ニトロベンゾチアゾール、2-メルカプトピリジン、4-メルカプトピリジン、3-ピリジルイソシアネート、3-ニトロピリジン-2-チオール、2-メルカプト-5-ニトロピリジン、チオシアヌル酸、6-(ジブチルアミノ)-1,3,5-トリアジン-2,4-ジチオール、イソシアヌル酸トリス[2-(3-メルカプトプロピオニルオキシ)エチル]、2-(ジブチルアミノ)-1,3,5-トリアジン-4,6-ジチオール、6-ジアリルアミノ-1,3,5-トリアジン-2,4-ジチオール、6-(4-ビニルベンジル-n-プロピル)アミノ-1,3,5-トリアジン-2,4-ジチオール、6-(ジイソプロピルアミノ)-1,3,5-トリアジン-2,4-ジチオール、6-アニリノ-1,3,5-トリアジン-2,4-ジチオール
【0047】
被覆層2を構成するのに好適に用いることができる、メルカプト基を有し、かつ複素芳香環以外の芳香環を有する有機化合物としては、以下のものを例示することができるが、これらに限定されるものではない。これらの化合物は1種類を単独で使用しても、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
2-フェニルエタンチオール、ベンゼンチオール、ベンジルメルカプタン、m-トルエンチオール、o-トルエンチオール、p-トルエンチオール、2-アミノベンゼンチオール、3-アミノベンゼンチオール、4-アミノベンゼンチオール、2-ヒドロキシベンゼンチオール、3-ヒドロキシベンゼンチオール、4-ヒドロキシベンゼンチオール、2-フェニルエタンチオール、3,4-ジメチルベンゼンチオール、3,5-ジメチルベンゼンチオール、4-メチルベンジルメルカプタン、2,4-ジメチルベンゼンチオール、2,5-ジメチルベンゼンチオール、2-メトキシベンゼンチオール、3-メトキシベンゼンチオール、4-メトキシベンゼンチオール、1,3-ベンゼンジチオール、1,4-ベンゼンジチオール、2-イソプロピルベンゼンチオール、4-イソプロピルベンゼンチオール、4-(ジメチルアミノ)ベンゼンチオール、チオサリチル酸、3-メルカプト安息香酸、4-メルカプト安息香酸、4-メトキシ-α-トルエンチオール、3-エトキシベンゼンチオール、4-ニトロベンゼンチオール、4-(メチルチオ)ベンゼンチオール、トルエン-3,4-ジチオール、2-ナフタレンチオール、4-tert-ブチルベンゼンチオール、メルカプト安息香酸メチル、1,3-ベンゼンジメタンチオール、1,4-ベンゼンジメタンチオール
【0048】
芳香環を有するもの以外に、被覆層2を構成するのに好適に用いることができる、メルカプト基を有する有機化合物としては、以下のものを例示することができるが、これらに限定されるものではない。これらの化合物は1種類を単独で使用しても、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
1-プロパンチオール、イソブチルメルカプタン、1-ブタンチオール、2-ブタンチオール、3-メルカプト-1-プロパノール、シクロペンタンチオール、3-メルカプト-2-ブタノール、2-メチル-1-ブタンチオール、1-ペンタンチオール、イソアミルメルカプタン、3-メチル-2-ブタンチオール、3-メルカプト-2-ブタノール、α-チオグリセロール、1,3-プロパンジチオール、1,2-プロパンジチオール、シクロヘキサンチオール、2-メチルテトラヒドロフラン-3-チオール、3-メルカプト-2-ペンタノン、ヘキシルメルカプタン、3-メルカプトイソ酪酸、3-メルカプトプロピオン酸メチル、3-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール、L-システイン、1,2-ブタンジチオール、1,4-ブタンジチオール、2,3-ブタンジチオール、2,3-ジメルカプト-1-プロパノール、4-メルカプト-4-メチル-2-ペンタノン、1-ヘプタンチオール、1,5-ペンタンジチオール、1-(メルカプトメチル)シクロプロパン酢酸、1-オクタンチオール、2-エチル-1-ヘキサンチオール、3-メルカプトプロピオン酸イソプロピル、D-ペニシラミン、チオりんご酸、1,6-ヘキサンジチオール、ジチオエリスリトール
【実施例】
【0049】
以下、実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。ここでは、Ag層の表面に被覆層を形成することによるAgの凝着抑制効果を確認するとともに、Ag層の硬度、および被覆層を構成する有機化合物の種類による効果の差について検証した。以下、特記しないかぎり、試料の調製および評価は、大気中、室温にて行っている。
【0050】
<試料の作製>
まず、金属材を準備した。具体的には、清浄なCu合金基材の表面に、電気めっき法により、厚さ1μmのNi層を形成した。さらに、Ni層の表面に、電気めっき法により、厚さ5μmのAg層を形成した。ここで、Ag層としては、硬質Ag層と軟質Ag層の2種類を作製した。硬質Ag層は、Agに対してSeを0.01原子%含むことにより、硬質化したものであり、表面の硬度は、130HVであった。軟質Ag層は、硬質化のための添加元素を含有せず、表面の硬度は60HVであった。
【0051】
次に、上記で作製した硬質Ag層を有する金属材、および軟質Ag層を有する金属材を、平板状試験片とエンボス状試験片(R=3mmまたはR=20mm)に加工したうえで、各試験片のAg層の表面に、被覆層を形成した。具体的には、表1,2に示す各有機化合物を、水に溶解して濃度150ppmとし、リン酸を添加してpHを5に調整することで、原料溶液を準備した。その原料溶液に、上記で作製した各試験片を30秒間浸漬した。その後、水洗工程にて試料表面を清浄化し、表面を乾燥させて、試験試料を得た。別途、被覆層を形成していない金属材についても、同じ形状の試験片を準備しておいた。
【0052】
<評価方法>
上記で得られた各試験試料に対して、耐凝着性を評価した。評価に際しては、平板状試験片の表面に、エンボス状試験片を接触させ、エンボス頂部にて、平板状試験片のAg層とエンボス状試験片のAg層とが、それぞれの表面を被覆する被覆層を介して接触する状態とした。この状態で、エンボス状試験片から、平板状試験片に向かって、面圧を印加した。この際、試験片をそれぞれ交換して、大面圧と小面圧の2とおりの面圧を印加した。大面圧としては、R=3mmのエンボスを用い、220MPaの面圧を印加し、小面圧としては、R=20mmのエンボスを用い、60MPaの面圧を印加した。
【0053】
各試験片の組を、上記のように面圧を印加した状態で、室温にて2000時間放置した。その後、走査電子顕微鏡を用いたエネルギー分散型X線分析(SEM/EDX)によって、試験片の間の接触部の凝着の状態を評価した。凝着痕が殆ど認められなかった場合を、耐凝着性が非常に高い「A+」と評価し、凝着痕が認められ、Agの一部剥離が認められるが、下地のNi層の露出が認められない場合を、耐凝着性が高い「A」と評価した。一方、下地のNi層の露出が認められた場合を、耐凝着性が低い「B」と評価した。なお、耐凝着性が低い(B)と評価される試料は、実用に適していないとみなした。
【0054】
さらに、新しく準備した試験片の組に、上記と同様に面圧を印加した状態で、140℃の高温にて500時間放置した。その後、上記と同様の評価方法および評価基準にて、試験片の間の接触部の凝着の状態を評価することで、耐高温凝着性の評価とした。加えて、一部の有機化合物を用いて被覆層を形成した試料、および被覆層を形成していない試料については、大面圧印加時に、凝着が発生し、下地のNi層が露出するまでの時間を計測し、記録しておいた。
【0055】
<評価結果>
下の表1,2に、それぞれ硬質Ag層および軟質Ag層の表面に、各種有機化合物を用いて被覆層を形成した試料A1~A16および試料B1~B16、また被覆層を形成していない硬質Ag層を有する試料B17について、大面圧および小面圧を印加した際の室温における耐凝着性、および耐高温凝着性の評価結果を示す。
【0056】
【0057】
【0058】
表1,2によると、まず、Ag層の表面に被覆層を形成していない試料B17においては、大面圧を印加した際に、室温の状態から、Ni下地層の露出が認められた(耐凝着性:B)。つまり、Ag層が硬質Agより構成されている場合でも、大面圧が印加され、直接Ag層どうしが接触すると、Agの凝着が生じてしまう。軟質Ag層の表面に被覆層を形成した試料B1~B16においては、室温では、少なくとも、小面圧を印加した場合には、高い耐凝着性(A)が得られている。しかし、いずれの化合物を用いて被覆層を形成した場合についても、耐高温凝着性は低くなっている(B)。つまり、メルカプト基を有する有機化合物より構成した被覆層をAg層の表面に設けることで、Ag層が比較的凝着を起こしやすい軟質Agより構成されている場合でも、室温の環境であれば、Agの凝着を抑制することができるものの、高温になる環境では、十分にAgの凝着を抑制することはできない。
【0059】
一方で、硬質Ag層の表面に被覆層を形成した試料A1~A16においては、いずれの試料でも、また面圧によらず、室温において、非常に高い耐凝着性が得られている(A+)。つまり、硬質Ag層の表面に、メルカプト基を有する有機化合物より構成した被覆層を設けることで、軟質Ag層の表面に同様の被覆層を設ける場合よりも、Agの凝着が起こりにくい。さらに、耐高温凝着性も、試料A1~A16の全てにおいて、高くなっている(AまたはA+)。軟質Ag層の表面に被覆層を設けた試料B1~B16で、いずれも耐高温凝着性が低くなっていたのと比較して(B)、耐高温凝着性が顕著に向上している。つまり、硬質Ag層の表面に被覆層を設けることで、軟質Ag層の表面に被覆層を設けた場合と比較して、Agの凝着が生じにくく、また、高温環境におけるAgの凝着が、とりわけ効果的に抑制される。
【0060】
被覆層を構成している化合物種が異なる試料A1~A16の耐高温凝着性を相互に比較すると、芳香環を有さない化合物を用いた試料A1~A5では、いずれの面圧でも高い(A)との評価結果であるのに対し、複素芳香環でない芳香環を有する化合物を用いた試料A6~A9では、小面圧で、非常に高い(A+)との評価結果が得られ、さらに複素芳香環を有する化合物を用いた試料A10~A16では、大面圧でも非常に高い(A+)との評価結果が得られている。このことから、試料A1~A5のように、芳香環を有さない有機化合物よりも、試料A6~A16のように、芳香環を有する有機化合物を用いて被覆層を形成することで、高温でのAg層の凝着を抑制する効果が高くなることが分かる。中でも、試料A10~A16のように、ヘテロ原子を含んだ複素芳香環を有する有機化合物を用いた場合には、高温でAg層の凝着を抑制する効果が、特に高くなる。
【0061】
次に、下の表3に、硬質Ag層および軟質Ag層の表面に、被覆層を形成しない場合、および一部の有機化合物より形成される被覆層を設けた場合について、大面圧条件における高温環境下でNi下地層の露出が発生するまでの時間を示す。試料B18を除いて、表3に挙げた各試料は、表1,2に掲載した同番号の試料と対応している。
【0062】
【0063】
表3によると、Ag層が硬質Agである場合にも、軟質Agである場合にも、またいずれの有機化合物を用いた場合にも、被覆層を設けることで、被覆層を設けない場合よりも、Ni下地層の露出までの時間が長くなっている。つまり、被覆層の形成により、Agの凝着が進行しにくくなっている。同じ有機分子を用いて被覆層を形成した場合について、硬質Ag層に被覆層を設けた試料と、軟質Ag層に被覆層を設けた試料を比較すると、硬質Ag層に被覆層を設けた場合の方がNi下地層の露出までの時間が顕著に長くなっており、Agの凝着が進行しにくくなっている。これは、上の表1,2に示された耐凝着性の評価結果とも対応している。なお、硬質Ag層の表面に被覆層を設けた場合の1000時間以上というNi下地層の露出までの時間は、接続端子において求められる凝着抑制効果に鑑みて、十分に長いものである。
【0064】
さらに、被覆層を設けることで、Ni下地層の露出までの時間がどれだけ延びているかを、硬質Ag層の場合と軟質Ag層の場合で比較する。軟質Ag層の場合は、被覆層の形成により、Ni下地層の露出までの時間が、たかだか10倍になっているのみであるのに対し、硬質Ag層の場合は、被覆層の形成によって、Ni下地層の露出までの時間が、40倍以上にも長くなっている。つまり、Ag層が軟質Agより構成される場合でも、硬質Agより構成される場合でも、被覆層を表面に設けることにより、Agの凝着を抑制する効果は得られるが、被覆層の形成による凝着抑制効果が、硬質Ag層の場合の方が、相対的に大きいことが分かる。このことから、表1,2で、試料A1~A16と試料B1~B16との対比で見られたように、被覆層を設けた試料における耐凝着性および耐高温凝着性が、Ag層が軟質Agである場合よりも硬質Agである場合に高くなるという現象には、Ag層の硬度の差自体の寄与に加え、被覆層の形成が凝着性の向上に与える効果の大きさの差も寄与していると言える。つまり、被覆層に被覆されるAg層を硬質Ag層とすることで、Ag層自体の硬度の高さに加え、被覆層の形成によってもたらされる効果の大きさにより、Agの凝着抑制において、非常に高い効果が得られる。
【0065】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0066】
1 電気接続部材用材料(接続材料)
10 金属材
11 基材
12 下地層
13 Ag層
2 被覆層
20 メス型コネクタ端子
21 弾性接触片
21a エンボス部
22 内部対向接触面
23 挟圧部
30 オス型コネクタ端子