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特許7609203エレベーターの電力回生装置の制御方法、エレベーター駆動システム、及び、エレベーターの制御装置
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  • 特許-エレベーターの電力回生装置の制御方法、エレベーター駆動システム、及び、エレベーターの制御装置 図1
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  • 特許-エレベーターの電力回生装置の制御方法、エレベーター駆動システム、及び、エレベーターの制御装置 図5
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-23
(45)【発行日】2025-01-07
(54)【発明の名称】エレベーターの電力回生装置の制御方法、エレベーター駆動システム、及び、エレベーターの制御装置
(51)【国際特許分類】
   B66B 1/34 20060101AFI20241224BHJP
【FI】
B66B1/34 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023099121
(22)【出願日】2023-06-16
【審査請求日】2023-06-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000112705
【氏名又は名称】フジテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001438
【氏名又は名称】弁理士法人 丸山国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡田 ▲隆▼夫
(72)【発明者】
【氏名】奥野 康司
(72)【発明者】
【氏名】林 裕
【審査官】加藤 三慶
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-171919(JP,A)
【文献】特開2000-318939(JP,A)
【文献】特開2005-343574(JP,A)
【文献】特開2021-19437(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B66B 1/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流電源から交流電力の供給を受けてかごを走行させる巻上機を制御するエレベーター駆動システムの制御方法であって、
前記エレベーター駆動システムは、
前記交流電源からの交流電力を直流電力に変換するコンバーターと、
前記コンバーターから供給される直流電力を交流電力に変換して前記巻上機に供給するインバーターと、
前記インバーターと前記交流電源との間に接続された電力回生装置と、を含んでおり、
前記制御方法は、
前記巻上機の回転速度を制御するトルク指令信号に基づいて前記巻上機におけるトルク発生方向を判別する第1判別処理と、
前記巻上機の回転速度を表す回転速度信号に基づいて前記巻上機における回転方向を判別する第2判別処理と、
前記第1判別処理にて判別されたトルク発生方向と前記第2判別処理にて判別された回転方向とに基づいて前記巻上機の回生状態を検出し、前記電力回生装置を動作させる回生制御処理と、を含み、
前記回生制御処理では、前記第1判別処理にて判別されたトルク発生方向と前記第2判別処理にて判別された回転方向とが互いに逆方向である場合に、前記巻上機が回生状態であることが検出され、
前記回転速度信号の示す回転速度が第2の所定値以下の低速運転時には、前記巻上機が回生状態であるか否かによらずに、前記電力回生装置を動作させて、前記交流電源から前記コンバーターを介して前記インバーターに供給される電力の一部を、循環電流として前記電力回生装置によって再び前記交流電源に戻し
前記回転速度信号の示す回転速度が第2の所定値より高い運転時には、前記巻上機が回生状態にあるとき、前記巻上機において発生する回生電力を前記交流電源に回生させるように前記電力回生装置を動作させる、
前記巻上機を駆動するインバーターに付加されるエレベーター駆動システムの制御方法。
【請求項2】
前記回生制御処理は、前記巻上機の回生状態を検出して前記電力回生装置の動作を開始させた後、前記トルク発生方向と前記回転方向とが同一となった場合に、前記トルク指令信号の示すトルクの大きさが第1の所定値以下の場合は前記電力回生装置の動作を継続させ、前記トルクの大きさが前記第1の所定値より大きくなった場合に前記電力回生装置を停止させる、
請求項1に記載のエレベーター駆動システムの制御方法。
【請求項3】
交流電源から交流電力の供給を受けてかごを走行させる巻上機のエレベーター駆動システムであって、
前記交流電源からの交流電力を直流電力に変換するコンバーターと、
前記コンバーターから供給される直流電力を交流電力に変換して前記巻上機に供給するインバーターと、
前記インバーターと前記交流電源との間に接続された電力回生装置と、
制御装置と、
を具えるエレベーター駆動システムであって、
前記制御装置は、
前記巻上機の回転速度を制御するトルク指令信号に基づいて前記巻上機におけるトルク発生方向を判別する第1判別部と、
前記巻上機の回転速度を表す回転速度信号に基づいて前記巻上機における回転方向を判別する第2判別部と、
前記第1判別部により判別されたトルク発生方向と前記第2判別部により判別された回転方向とに基づいて前記巻上機の回生状態を検出し、前記電力回生装置を動作させる回生制御部と、を具え、
前記回生制御部は、前記第1判別部により判別されたトルク発生方向と前記第2判別部により判別された回転方向とが互いに逆方向である場合に、前記巻上機が回生状態であることを検出し、
前記回転速度信号の示す回転速度が第2の所定値以下の低速運転時には、前記巻上機が回生状態であるか否かによらずに、前記電力回生装置を動作させて、前記交流電源から前記コンバーターを介して前記インバーターに供給される電力の一部を、循環電流として前記電力回生装置によって再び前記交流電源に戻し
前記回転速度信号の示す回転速度が第2の所定値より高い運転時には、前記巻上機が回生状態にあるとき、前記巻上機において発生する回生電力を前記交流電源に回生させるように前記電力回生装置を動作させる、
エレベーター駆動システム。
【請求項4】
交流電源から交流電力の供給を受けてかごを走行させる巻上機を制御するエレベーター駆動システムの制御装置であって、
前記エレベーター駆動システムは、
前記交流電源からの交流電力を直流電力に変換するコンバーターと、
前記コンバーターから供給される直流電力を交流電力に変換して前記巻上機に供給するインバーターと、
前記インバーターと前記交流電源との間に接続された電力回生装置と、
前記制御装置と、を含んでおり、
前記制御装置は、
前記巻上機の回転速度を制御するトルク指令信号に基づいて前記巻上機におけるトルク発生方向を判別する第1判別部と、
前記巻上機の回転速度を表す回転速度信号に基づいて前記巻上機における回転方向を判別する第2判別部と、
前記第1判別部により判別されたトルク発生方向と前記第2判別部により判別された回転方向とに基づいて前記巻上機の回生状態を検出し、前記電力回生装置を動作させる回生制御部と、を具え、
前記回生制御部は、前記第1判別部により判別されたトルク発生方向と前記第2判別部により判別された回転方向とが互いに逆方向である場合に、前記巻上機が回生状態であることを検出し、
前記回転速度信号の示す回転速度が第2の所定値以下の低速運転時には、前記巻上機が回生状態であるか否かによらずに、前記電力回生装置を動作させて、前記交流電源から前記コンバーターを介して前記インバーターに供給される電力の一部を、循環電流として前記電力回生装置によって再び前記交流電源に戻し
前記回転速度信号の示す回転速度が第2の所定値より高い運転時には、前記巻上機が回生状態にあるとき、前記巻上機において発生する回生電力を前記交流電源に回生させるように前記電力回生装置を動作させる、
エレベーターの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレベーターのかごを走行させる巻上機を駆動するインバーターに付加される電力回生装置の制御方法、エレベーターの駆動システム、及び、エレベーターの制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高速大容量のエレベーターを除く中小容量のエレベーターでは、エレベーターのかごを走行させる巻上機の回生状態が検出されると、巻上機において発生した回生電力は、巻上機を駆動するインバーターのDC段に接続される抵抗によりジュール熱に変換されて吸収される。
【0003】
図4は、インバーター14のDC段に接続される抵抗20を用いて回生電力を吸収するエレベーター駆動システム1Aの構成例を示す図である。エレベーター駆動システム1Aでは、巻上機3が回生状態になると、巻上機3において発生した回生電力によってインバーター14のDC段の電圧が上昇する。エレベーター駆動システム1Aでは、インバーター14のDC段の電圧(以下、DC段電圧)が交流電源2の整流電圧よりも所定値以上高いか否かに応じて巻上機3が回生状態であるのか、かごを走行させる駆動状態であるのか判別される。
【0004】
交流電源2の整流電圧とは、交流電源2に接続されるコンバーター12Aの出力電圧のことである。コンバーター12Aは交流電力を直流電力に変換する電力変換装置である。コンバーター12Aは、整流器型の電力変換装置であり、具体的にはダイオード整流器である。DC段電圧とは、インバーター14が、巻上機3からの回生電力を受けて直流に変換した電圧のことである。エレベーター駆動システム1Aでは、抵抗20をインバーター14のDC段に接続した後にDC段電圧が既定値まで低下すると、抵抗20の接続が開放される。エレベーター駆動システム1Aでは、インバーター14のDC段への抵抗20の接続と開放とを繰り返すことにより、エレベーター走行時に発生する回生電力が吸収される。
【0005】
近年のSDGsに代表される環境保護への社会的関心を背景に、省エネルギー性能への要求が高まっており、エレベーターにおいても回生電力を交流電源側へ回生し有効再利用を図ることが求められている。エレベーターにおいても回生電力を交流電源側へ回生する技術の一例として特許文献1に開示の技術が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2005-324878号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
回生電力量が大きい高速大容量のエレベーターでは、抵抗による回生電力の吸収では発熱量が過大となることから、従来から、交流電力とインバーターのDC段の直流電力との双方向変換を行なう双方向型のコンバーターを用いることで、回生電力は交流電源側に回生されていた。
【0008】
図5は、双方向型のコンバーター12Bを含むエレベーター駆動システム1Bの構成例を示す図である。エレベーター駆動システム1Bでは、コンバーター12Bは、エレベーターの回生運転時のみならず、エレベーターの駆動時にも電力変換を行ないインバーター14のDC段に電力を供給する。このため、コンバーター12Bのような双方向型の電力変換装置は、大きな電力を扱う必要から交流電源2から出力される交流電流を正弦波に波形整形するためにPWM(Pulse Width Modulation)電流制御を行なう等、大型の交流リアクトル及び高調波フィルタを必要とする高価な装置となっていた。このため、中小容量のエレベーターへ双方向型の電力変換装置を適用することは困難であった。
【0009】
本発明は、上記で説明した課題に鑑みてなされたものであり、小型で低価格な電力回生装置を用いつつ、回生電力の有効利用を可能にする技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために本発明のエレベーターの電力回生装置の制御方法は、
エレベーターのかごを走行させる巻上機において発生する回生電力を交流電源に回生するために、前記巻上機を駆動するインバーターに付加される電力回生装置の制御方法であって、
前記巻上機の回転速度を制御するトルク指令信号に基づいて前記巻上機におけるトルク発生方向を判別する第1判別処理と、
前記巻上機の回転速度を表す回転速度信号に基づいて前記巻上機における回転方向を判別する第2判別処理と、
前記第1判別処理にて判別されたトルク発生方向と前記第2判別処理にて判別された回転方向とに基づいて前記巻上機の回生状態を検出し、前記電力回生装置を動作させる回生制御処理と、を含み、
前記回生制御処理は、前記第1判別処理にて判別されたトルク発生方向と前記第2判別処理にて判別された回転方向とが互いに逆方向である場合に、前記巻上機が回生状態であることが検出される。
【0011】
前記回生制御処理は、前記巻上機の回生状態を検出して前記電力回生装置の動作を開始させた後、前記トルク発生方向と前記回転方向とが同一となった場合に、前記トルク指令信号の示すトルクの大きさが第1の所定値以下の場合は前記電力回生装置の動作を継続させ、前記トルクの大きさが前記第1の所定値より大きくなった場合に前記電力回生装置を停止させることができる。
【0012】
前記回生制御処理は、前記回転速度信号の示す回転速度が第2の所定値以下の場合、前記電力回生装置を動作させることができる。
【0013】
また、本発明のエレベーター駆動システムは、
エレベーターのかごを走行させる巻上機を駆動するインバーターと、
前記巻上機において発生する回生電力を交流電源に回生するために、前記インバーターに付加される電力回生装置と、
制御装置と、
を具えるエレベーターの駆動システムであって、
前記制御装置は、
前記巻上機の回転速度を制御するトルク指令信号に基づいて前記巻上機におけるトルク発生方向を判別する第1判別部と、
前記巻上機の回転速度を表す回転速度信号に基づいて前記巻上機における回転方向を判別する第2判別部と、
前記第1判別部により判別されたトルク発生方向と前記第2判別部により判別された回転方向とに基づいて前記巻上機の回生状態を検出し、前記電力回生装置を動作させる回生制御部と、を具え、
前記回生制御部は、前記第1判別部により判別されたトルク発生方向と前記第2判別部により判別された回転方向とが互いに逆方向である場合に、前記巻上機が回生状態であることを検出する。
【0014】
本発明のエレベーターの制御装置は、
エレベーターのかごを走行させる巻上機において発生する回生電力を交流電源に回生するために、前記巻上機を駆動するインバーターに付加される電力回生装置を制御する制御装置であって、
前記巻上機の回転速度を制御するトルク指令信号に基づいて前記巻上機におけるトルク発生方向を判別する第1判別部と、
前記巻上機の回転速度を表す回転速度信号に基づいて前記巻上機における回転方向を判別する第2判別部と、
前記第1判別部により判別されたトルク発生方向と前記第2判別部により判別された回転方向とに基づいて前記巻上機の回生状態を検出し、前記電力回生装置を動作させる回生制御部と、を具え、
前記回生制御部は、前記第1判別部により判別されたトルク発生方向と前記第2判別部により判別された回転方向とが互いに逆方向である場合に、前記巻上機が回生状態であることを検出する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本発明の一実施形態による電力回生装置を含むエレベーター駆動システムの構成例を示す図である。
図2図2は、電力変換装置における実測波形の一例を示す図である。
図3図3は、電力回生装置の制御方法における処理の流れを示すフローチャートである。
図4図4は、抵抗を用いて回生電力を吸収するエレベーター駆動システムの構成例を示す図である。
図5図5は、双方向電力変換装置を用いたエレベーター駆動システムの構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に述べる実施形態には技術的に好ましい種々の限定を付している。しかしながら、本発明の実施形態は、以下に述べる形態に限られるものではない。
【0017】
図1は、本発明の一実施形態によるエレベーター駆動システム1の構成例を示す図である。図1では、図4におけるものと同一の構成要素には同一の符号が付されている。エレベーター駆動システム1の構成は、抵抗20に代えて電力回生装置10を設けた点において、エレベーター駆動システム1Aの構成と異なる。なお、図1には、エレベーター駆動システム1の構成要素として、電力回生装置10、コンバーター12A、及び、インバーター14の他に、エンコーダー16、速度制御装置18が図示されているが、エレベーター駆動システム1Aも同様にエンコーダー、速度制御装置を有する。図4ではエンコーダー、速度制御装置の図示は省略されているに過ぎない。エレベーター駆動システム1Bも同様にエンコーダーと速度制御装置を有する。
【0018】
エンコーダー16は、例えばロータリエンコーダーであり、巻上機3の回転速度を検出する。エンコーダー16は、検出した回転速度を表す回転速度信号(速度帰還信号)を速度制御装置18へ出力する。速度制御装置18には、回転速度信号の他に、巻上機3の回転速度を指定する速度指令が与えられる。速度制御装置18は、回転速度信号が表す回転速度が速度指令が表す回転速度に追従するように、巻上機3の出力トルクを指定するトルク指令信号を生成し、インバーター14へ与える。エレベーター駆動システム1では、交流電源2から供給される交流電力は、コンバーター12Aによる整流により直流電力に変換され、インバーター14のDC段に供給される。インバーター14は、コンバーター12Aから供給される直流電力をトルク指令信号に応じて交流電力に変換して巻上機3に供給することにより、巻上機3の回転方向、回転速度、及び、出力トルクを制御する。
【0019】
電力回生装置10は、コンバーター12Aと同様に、交流電源2とインバーター14のDC段とに接続される。エレベーター駆動システム1において、巻上機3からインバーター14のDC段に流入する回生電力は、インバーター14のDC段に接続された電力回生装置10により交流電源2に回生される。このように、電力回生装置10は、ダイオード整流器(コンバーター12A)によりDC段電圧を得るインバーター14に付加され、回生電力を交流電源側に回生する装置である。詳細については後述するが、本実施形態によれば、低価格で高効率の電力回生を実現することができる。
【0020】
電力回生装置10では、双方向型の電力変換装置であるコンバーター12Bとは異なり、PWM制御を用いた電流制御は採用されておらず、交流電源2の線間電圧が最も大きい相にインバーター14のDC段からの回生電流を流し出すように、交流電源2の電気角60deg毎に半導体素子を切り替えて電力回生を行なう。交流電源2の電気角60deg毎に半導体素子を切り替えて電源回生を行なう態様では、PWM制御を行なわないことから半導体素子のスイッチング損失が軽微であり、半導体素子の熱損失を大幅に低減できるため、電力回生装置10の小型化が実現できる。
【0021】
図1では、詳細な図示を省略したが、交流電源2と電力回生装置10との間には、回生電流の波高値を抑制するための交流リアクトルが設けられる。電力回生時に交流リアクトルに印加される電圧は、インバーター14のDC段電圧と交流電源2の線間電圧波高値付近の電圧との差電圧であり、比較的小さな印加電圧にとどまる。このため、交流リアクトルのインダクタンス値は小さくてもよく、交流リアクトル本体の小型化も実現される。
【0022】
以上のことから、電力回生装置10は、従来の双方向型の電力変換装置と比べて、小型であり、また、価格も安価になる。
【0023】
従来の双方向型の電力変換装置は、先に述べた抵抗20による回生電力の吸収と同様に、インバーター14のDC段電圧が交流電源2の整流電圧よりも所定値以上高くなることで回生状態を検出し、回生動作を開始していた。しかしながら、インバーター14のDC段電圧と交流電源2の整流電圧とに基づく回生状態の検出方法では、回生動作開始時の電源電圧とDC段電圧との電圧差が大きく、電力回生装置の動作開始時に突入電流が発生する。図2は、電力回生装置の動作開始時の突入電流の発生の様子を示す実測波形図である。電力回生装置に用いる半導体素子にはこの突入電流に対する耐量が必要となることから、半導体素子に余裕を持った選定が求められ、装置の小型化、及び、低価格化の障害となる。
【0024】
上記所定値を小さく設定すると突入電流は小さくなるが、電源電圧の一過性の低下や電圧波形ひずみの影響で回生状態の誤検出が発生し、その場合、後述するようにエレベーターの運転終了まで電力回生装置の運転を継続することになる。このような誤検出を回避するため、上記所定値を十分に小さな値に設定することは困難である。回生動作開始時の電源電圧とDC段電圧との電圧差が大きい状況で突入電流を抑制するには、交流電源2と電力回生装置10との間に設置する交流リアクトルのインダクタンス値を大きくすればよいが、リアクトルの大型化を招く。
【0025】
また、一旦、電力回生装置が回生動作を始めると、DC段電圧は交流電源の整流電圧付近に固定化されるため、DC段電圧に基づいて回生状態の終了を検出することはできない。この結果、エレベーターの運転開始後、どこかの時点で回生状態を検出し電力回生装置が動作を開始すると、それ以降に駆動状態に戻ってもエレベーターの運転終了まで電力回生装置の動作を継続することになる。
【0026】
電力回生装置の動作開始後にエレベーターが回生状態を継続しているか、駆動状態に戻っているかを判別する方法として、一定時間経過する毎に電力回生装置の動作を一旦停止して状態確認を行なうことが考えられる。しかしながら、一定時間経過する毎に電力回生装置の動作を一旦停止すると、回生状態継続時には装置が動作を再開するたびに突入電流が発生することになり、小型化を図ろうとする半導体素子の劣化が懸念される。
【0027】
以上のことから、双方向型の電力変換装置と比べて小型の電力回生装置をエレベーターに適用する場合、エレベーターの運転時には駆動回生の別なく、常時、電力回生装置を動作させる構成を採ることが一般的となっていた。しかしながら、この運用方法では、本来、電力回生装置を停止させることが可能なエレベーターの駆動運転時にも電力回生装置を動作させる結果、コンバーター12Aを介して交流電源2からインバーター14のDC段に給電された電力の一部が電力回生装置10によって再び交流電源に戻される状態となる。これは電力回生装置10とインバーター14との間の循環電流の増加を招き、装置内の半導体変換部分に無駄な電力消費が発生して電力回生装置の小型化の障害となっていた。
【0028】
上記課題を解決するため、本実施形態では、トルク指令信号と回転速度信号とに基づいて巻上機3の回生状態を検出し、駆動運転時には電力回生装置10を停止させる一方、回生運転時にも突入電流の発生を防止しつつ電力回生装置10の動作を開始させる制御を、速度制御装置18に実行させる構成が採用されている。つまり、速度制御装置18は、電力回生装置10の動作を制御する制御装置の役割を兼ねている。エレベーター駆動システム1の構成要素のうち、電力回生装置10、コンバーター12A、インバーター14、及び、エンコーダー16については従来のエレベーター駆動システムにおけるものと特段に変わるところはないため詳細な説明を省略し、以下、速度制御装置18を中心に説明する。
【0029】
速度制御装置18は、例えばPLC(Programmable Logic Controller)である。速度制御装置18は、予めインストールされた制御プログラムPR1に従って作動することにより、速度制御部18a、第1判別部18b、第2判別部18c、及び、回生制御部18dとして機能する。つまり、図1に示される速度制御部18a、第1判別部18b、第2判別部18c、及び、回生制御部18dの各々は、PLC等のコンピュータを制御プログラムPR1に従って作動させることにより実現されるソフトウェアモジュールである。速度制御部18a、第1判別部18b、第2判別部18c、及び、回生制御部18dの各々の機能は次の通りである。
【0030】
速度制御部18aは、速度帰還を速度指令に追従させるようトルク指令信号を発生させる。第1判別部18bは、速度制御部18aが発生されたトルク指令信号に基づいて巻上機3におけるトルク発生方向を判別する。第2判別部18cは、エンコーダー16から与えられる回転速度信号に基づいて巻上機3における回転方向を判別する。回生制御部18dは、第1判別部18bにより判別されたトルク発生方向と第2判別部18cにより判別された回転方向とに基づいて巻上機3の回生状態を検出し、電力回生装置10を動作させる。本実施形態では、回生制御部18dは、第1判別部18bにより判別されたトルク発生方向と第2判別部18cにより判別された回転方向とが互いに逆方向である場合に、巻上機3が回生状態であることを検出する。
【0031】
また、制御プログラムPR1に従って作動している速度制御装置18は、速度帰還を速度指令に追従させるようトルク指令信号を発生させるとともに、図3に示すフローチャートにより処理の流れが示される回生制御方法を例えば数msecの周期で繰り返し実行する。図3に示されるように、この回生制御方法には、第1判別処理SA110、第2判別処理SA120、及び、回生制御処理SA130が含まれる。
【0032】
第1判別処理SA110では、速度制御装置18は、第1判別部18bとして機能する。第1判別処理SA110では、速度制御装置18は、速度制御部18aが発生されたトルク指令信号に基づいて巻上機3におけるトルク発生方向を判別する。第2判別処理SA120では、速度制御装置18は、第2判別部18cとして機能する。第2判別処理SA120では、速度制御装置18は、エンコーダー16から与えられる回転速度信号に基づいて巻上機3における回転方向を判別する。本実施形態では、第1判別処理SA110に後続して第2判別処理SA120が実行されるが、第1判別処理SA110に先立って第2判別処理SA120が実行されてもよい。
【0033】
回生制御処理SA130では、速度制御装置18は、回生制御部18dとして機能する。回生制御処理SA130では、速度制御装置18は、第1判別処理SA110にて判別されたトルク発生方向と第2判別処理SA120にて判別された回転方向とに基づいて巻上機3の回生状態を検出し、電力回生装置10を動作させる。より詳細には、回生制御処理SA130では、速度制御装置18は、第1判別処理SA110にて判別されたトルク発生方向と第2判別処理SA120にて判別された回転方向とが互いに逆方向である場合に、巻上機3が回生状態であることを検出する。
【0034】
本実施形態において、トルク指令信号と回転速度信号とに基づいて巻上機3の回生状態を検出する理由は次の通りである。インバーター14は、トルク指令信号に応じて巻上機3の発生トルクを制御する。このトルク制御にはいわゆるベクトル制御が適用されており、トルク制御の精度は十分高い。具体的には、制御応答遅れは、数msec以下と非常に小さい。従って、巻上機3の実発生トルクの大きさと方向を、トルク指令信号に基づいて判断しても、特段の問題は発生しない。また、巻上機3の回転速度についても、エンコーダー16から出力される回転速度信号を速度制御装置18内で処理することで、数msec以下の時間遅れで精度の高い回転速度が得られる。
【0035】
本実施形態によれば、巻上機3が回生電力の発生を始める時点において巻上機3が回生状態であることを検出できるため、インバーター14のDC段電圧が上昇を始める以前に電力回生装置10を動作させることができる。この動作開始時点のDC段電圧は、交流電源2の整流電圧とほぼ同じレベルにあるため、突入電流の発生は未然に防止される。また、エレベーター運転中に巻上機3が回生状態を終了し駆動状態に移行した場合にも、トルク指令信号から判別される巻上機3のトルク方向が反転するため、遅滞なく電力回生装置10を停止させることができる。よって、本実施形態によれば、インバーター14と電力回生装置10との間の循環電流の増加を回避することができる。
【0036】
なお、速度制御装置18において、トルク指令信号には速度制御に起因する“ゆらぎ”が含まれており、トルク指令信号がゼロ付近の走行が継続する場合、この“ゆらぎ”の影響を受けて電力回生装置10が頻繁に動作の開始と停止を繰り返すことは交流電源2の電流波形を乱すことになる。よって、回生制御部18dは、電力回生装置10が動作を開始した後、トルク指令信号から判別される巻上機3の発生トルクの方向が巻上機3の回転方向と一致した場合にも、トルク指令信号のレベルが巻上機3の回転方向と同一方向の第1の所定値を超えるまでは電力回生装置10の運転を継続してもよい。これにより、トルク指令信号がゼロ付近の走行が継続する場合、軽負荷の駆動走行時のみ電力回生装置10の動作が継続され、交流電源2側への悪影響が回避される。この場合、軽負荷時ゆえインバーター14と電力回生装置10との間に流れる循環電流の発生は軽微に抑えられる。
【0037】
エレベーターの起動時又は着床時には、巻上機3の回転方向に短時間の反転が生じることがある。巻上機3の回転方向に短時間の反転が生じる現象は、起動補償トルクのズレ又は速度制御の過渡応答に起因するものである。先に述べたように、巻上機3の回転方向に短時間の反転が生じる現象により、電力回生装置10を短時間で起動停止させることは交流電源2の電流波形を乱すおそれがある。そこで、回生制御部18dは、巻上機3の回転速度が第2の所定値以下である低速運転時には、巻上機3が駆動状態であるか、それとも回生状態であるかによらず、電力回生装置10の動作を継続してもよい。これにより、交流電源2の電流波形の乱れが抑えられ、交流電流の安定化が図られる。なお、低速時にはエレベーターの駆動電力又は回生電力は共に小さなものであり、循環電流の発生は軽微である。
【0038】
以上説明したように、本実施形態によれば、エレベーターの駆動制御を行なうエレベーター駆動システム1に含まれるインバーター14に付加される電力回生装置10のエレベーター駆動時の無駄な動作が排除されるとともに、電力回生装置10の動作開始時の突入電流の発生が回避される。このため、電力回生装置10内の半導体素子の温度上昇抑制と電流負担軽減とが可能となり、電力回生装置10の小型及び低価格化が可能になる。従って、電力回生装置10を含むエレベーター駆動システム1全体の小型化及び低価格化が可能になる。
【0039】
上記説明は、本発明を説明するためのものであって、特許請求の範囲に記載の発明を限定し、或いは範囲を限縮するように解すべきではない。また、本発明の各部構成は、上記実施形態に限らず、特許請求の範囲に記載の技術的範囲内で種々の変形が可能であることは勿論である。
【0040】
上述した実施形態は以下のように変形されてもよい。
【0041】
たとえば、上記実施形態では、制御プログラムPR1が、速度制御装置18に予めインストールされていたが、制御プログラムPR1が単体で製造や販売されてもよい。制御プログラムPR1が単体で製造や販売される場合における制御プログラムPR1の具体的な提供態様としては、フラッシュROM(Read Only Memory)等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体に制御プログラムPR1を書き込んで配布する態様、又は、インターネット等の電気通信回線経由のダウンロードにより制御プログラムPR1を配布する態様が挙げられる。これらの態様により配布される制御プログラムPR1で、既存のエレベーター駆動システムにおける速度制御装置の制御プログラムを書き換えることで、既存のエレベーター駆動システムを本発明のエレベーター駆動システムとして動作させることが可能になる。
【0042】
また、上記実施形態における速度制御部18a、第1判別部18b、第2判別部18c、及び、回生制御部18dは何れもソフトウェアモジュールである。しかしながら、速度制御部18a、第1判別部18b、第2判別部18c、及び、回生制御部18dのうちの任意の1つ以上、或いは、全部がASIC等のハードウェアモジュールであってもよい。速度制御部18a、第1判別部18b、第2判別部18c、及び、回生制御部18dのうちの任意の1つ以上、或いは、全部がハードウェアモジュールであっても、上記実施形態と同一の効果が奏される。
【0043】
上記実施形態では、速度制御装置18が、電力回生装置10の動作を制御する制御装置の役割を兼ねている。しかしながら、巻上機3の回転速度を制御する速度制御装置とは別個に、電力回生装置10の動作を制御する制御装置が設けられてもよい。この場合、制御装置は、第1判別部18b、第2判別部18c、及び、回生制御部18dを具え、図3に示される制御方法を実行すればよい。また、この制御装置が単体で製造や販売されてもよい。
【符号の説明】
【0044】
1 エレベーター駆動システム
2 交流電源
3 巻上機
10 電力回生装置
12A コンバーター
14 インバーター
16 エンコーダー
18 速度制御装置
18a 速度制御部
18b 第1判別部
18c 第2判別部
18d 回生制御部
PR1 制御プログラム
【要約】
【課題】小型で低価格な電力回生装置を用いつつ、回生電力の有効利用を可能にする。
【解決手段】エレベーターのかごを走行させる巻上機3を駆動するインバーター14と巻上機3において発生する回生電力を交流電源2に回生するために、インバーター14に付加される電力回生装置10とを含むエレベーター駆動システム1は、第1判別部18b、第2判別部18c、及び、回生制御部18dを具える。第1判別部18bは、トルク指令信号に基づいて巻上機3におけるトルク発生方向を判別する。第2判別部18cは、回転速度信号に基づいて巻上機3における回転方向を判別する。回生制御部18dは、巻上機3のトルク発生方向と回転方向とが互いに逆方向である場合に、巻上機3が回生状態であることを検出して電力回生装置10を作動させる。
【選択図】図4
図1
図2
図3
図4
図5