(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-23
(45)【発行日】2025-01-07
(54)【発明の名称】過酸化水素分解用触媒電極およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C02F 1/461 20230101AFI20241224BHJP
B01J 31/22 20060101ALI20241224BHJP
B01J 35/39 20240101ALI20241224BHJP
【FI】
C02F1/461 101
B01J31/22 M
B01J35/39
(21)【出願番号】P 2021090759
(22)【出願日】2021-05-31
【審査請求日】2024-01-10
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 令和3年2月18日の弘前大学大学院理工学研究科物質創成化学コース修士論文発表会にて公開
(73)【特許権者】
【識別番号】504229284
【氏名又は名称】国立大学法人弘前大学
(74)【代理人】
【識別番号】100210778
【氏名又は名称】角田 世治
(72)【発明者】
【氏名】阿部 敏之
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 衛
【審査官】黒木 花菜子
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-200718(JP,A)
【文献】特開2010-119996(JP,A)
【文献】特開2005-353408(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C02F 1/461
B01J 31/22
B01J 35/39
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Scopus
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光照射下及び暗所下において過酸化水素を酸化する過酸化水素分解用触媒電極であって、電極基材の上に
ペリレン誘導体からなるn型有機半導体層が設けられ、前記n型有機半導体層上に酸化鉄(III)を含む助触媒が担持されていることを特徴とする過酸化水素分解用触媒電極。
【請求項2】
光照射下及び暗所下において過酸化水素を酸化する過酸化水素分解用触媒電極であって、電極基材の上に
ペリレン誘導体からなるn型有機半導体層が設けられ、前記n型有機半導体層上に
鉄(II)錯体化合物からなる酸化鉄(III)前駆体が担持されていることを特徴とする過酸化水素分解用触媒電極。
【請求項3】
光照射下及び暗所下において過酸化水素を酸化する過酸化水素分解用触媒電極の製造方法であって、電極基材の上に
ペリレン誘導体からなるn型有機半導体層を設ける第1工程と、前記n型有機半導体層上に酸化鉄(III)を担持する第2工程と、を含むことを特徴とする過酸化水素分解用触媒電極の製造方法。
【請求項4】
前記第2工程は、前記n型有機半導体層上に
鉄(II)錯体化合物からなる酸化鉄(III)前駆体を担持する工程と、前記酸化鉄(III)前駆体から酸化鉄(III)を生成する工程と、を有していることを特徴とする請求項3に記載の過酸化水素分解用触媒電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、過酸化水素分解用触媒電極およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
過酸化水素は強力な酸化能力を持ち、洗浄効果や殺菌効果に優れることから、その水溶液は洗浄剤や殺菌剤などに広く使用されている。例えば、電子機器の製造工場では、様々な工程において過酸化水素水溶液が部品洗浄などに用いられている。使用した過酸化水素水溶液は、製造工場などからの排水に含まれて排出される。しかし、過酸化水素はCOD源になるといった問題があるため、河川などに放出する前に過酸化水素を分解する必要がある。従来、排水中の過酸化水素の分解処理は還元剤や酵素などの添加を必要とし手間のかかるものであった。この問題を解決するため、例えば特許文献1および2のような光触媒による分解方法が提供されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平10-151451号公報
【文献】特開2014-205103号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1および2には、過酸化水素を含む被処理水を、酸化チタンなどの光触媒に紫外線を照射した状態で接触させて過酸化水素を分解する方法が記載されている。これにより、還元剤や酵素などの添加が不要となり、液体中の過酸化水素を、効率的に低コストで分解、除去できる。
【0005】
しかし、光触媒を用い、その光触媒作用によって過酸化水素を分解する方法は、当然のごとく暗所下では用いることができない。そこで、本発明は、光照射下および暗所下のいずれにおいても過酸化水素を分解することができる、過酸化水素分解用触媒電極およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記の課題を解決するため鋭意研究を行った結果、電極基材上にn型有機半導体層を設けn型有機半導体層の表面に鉄化合物を担持した触媒電極は、過酸化水素の酸化に対して光触媒作用および触媒作用を示し、光照射下および暗所下のいずれにおいても過酸化水素を分解できることを見いだした。かかる知見に基づいて更に研究を進め、本発明の完成に至った。即ち上記の課題は、以下に示す構成からなる発明により解決される。
【0007】
[1] 光照射下及び暗所下において過酸化水素を酸化する過酸化水素分解用触媒電極であって、電極基材の上にペリレン誘導体からなるn型有機半導体層が設けられ、前記n型有機半導体層上に酸化鉄(III)を含む助触媒が担持されていることを特徴とする過酸化水素分解用触媒電極。
[2] 光照射下及び暗所下において過酸化水素を酸化する過酸化水素分解用触媒電極であって、電極基材の上にペリレン誘導体からなるn型有機半導体層が設けられ、前記n型有機半導体層上に鉄(II)錯体化合物からなる酸化鉄(III)前駆体が担持されていることを特徴とする過酸化水素分解用触媒電極。
[3] 光照射下及び暗所下において過酸化水素を酸化する過酸化水素分解用触媒電極の製造方法であって、電極基材の上にペリレン誘導体からなるn型有機半導体層を設ける第1工程と、前記n型有機半導体層上に酸化鉄(III)を担持する第2工程と、を含むことを特徴とする過酸化水素分解用触媒電極の製造方法。
[4] 前記第2工程は、前記n型有機半導体層上に鉄(II)錯体化合物からなる酸化鉄(III)前駆体を担持する工程と、前記酸化鉄(III)前駆体から酸化鉄(III)を生成する工程と、を有していることを特徴とする[3]に記載の過酸化水素分解用触媒電極の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、過酸化水素の分解に対して光触媒作用および触媒作用を示し、光照射下および暗所下のいずれにおいても過酸化水素を分解できる過酸化水素分解用触媒電極およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の過酸化水素分解用触媒電極の構成を示す断面図である。
【
図2】本発明の過酸化水素分解用触媒電極を二室型電解槽において用いる場合の構成例を示す模式図である。
【
図3】試験例1の触媒電極のX線回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、過酸化水素の分解に対して光触媒作用および触媒作用を示し、光照射下および暗所下のいずれにおいても過酸化水素を分解できる過酸化水素分解用触媒電極およびその製造方法を提供するものである。なお、本明細書において、光触媒作用および触媒作用を示し、光照射下および暗所下において同一の酸化反応を触媒する作用をデュアルキャタリシスとも称する。
以下に本発明の実施の形態について図面を参照しながら説明する。
【0011】
<過酸化水素分解用触媒電極>
本発明の過酸化水素分解用触媒電極の構成を
図1に示す。本発明の過酸化水素分解用触媒電極10は、電極基材12の上にn型有機半導体層14が設けられ、n型有機半導体層14上に酸化鉄(III)を含む助触媒16が担持されているものである。
【0012】
(電極基材)
電極基材12には導電性を有する材料を用いる。例えば、導電性透明ガラス基材、金属基材、炭素系基材等が挙げられる。具体的には、例えば、インジウム-スズ酸化物(ITO)、フッ素ドープスズ酸化物(FTO)等で被覆された導電性透明ガラス基材、グラファイト、ダイヤモンド、ガラス状炭素等の炭素系基材等が挙げられる。電極基材12の抵抗値は、例えば、5~100Ω/cm2、好ましくは8~20Ω/cm2のものが用いられる。また、電極基材12の形状は種々の形状を採用することができるが、光照射の効率を上げるために電極表面積が大きい板状のものが好ましい。
【0013】
(n型有機半導体層)
電極基材12の表面上には、n型有機半導体層14が設けられている。n型有機半導体層14はn型有機半導体材料を含んで構成される。n型有機半導体層の厚さは50~800nm程度、好ましくは100~650nm程度である。
【0014】
n型有機半導体材料は、特に限定されるものではないが、ペリレン誘導体、ナフタレン誘導体、フラーレン類、カーボンナノチューブ類およびグラフェン類などを用いることができる。ここで、ペリレン誘導体、ナフタレン誘導体、フラーレンまたはフラーレン類、グラフェンまたはグラフェン類とは、それぞれペリレン、ナフタレン、フラーレン、グラフェンの基本骨格を有する化合物を意味する。
特に好適なn型有機半導体材料は、ヘキサペリヘキサベンゾコロネン、3,4,9,10-ペリレンテトラカルボキシル-ビスベンズイミダゾール又はフラーレン類(C60等)、カーボンナノチューブ類が挙げられる。
【0015】
(助触媒)
n型有機半導体層14上には、助触媒16が担持されている。助触媒16は、酸化鉄(III)(Fe2O3)を含んで構成される。助触媒16の形状は、層状や粒子状など種々の形状のものを用いることができる。表面積を増す観点から、粒子状や多孔質状であることが好ましい。また、助触媒16は、n型有機半導体層16の表面を完全に被覆している必要はなく、部分的に覆うように担持されていればよい。
【0016】
<過酸化水素の分解>
上記のように構成された本発明の過酸化水素分解用触媒電極は、光触媒作用および触媒作用のいずれによっても、同一の酸化反応によって過酸化水素を分解することができる。即ち、本発明の過酸化水素分解用触媒電極は、単一の触媒電極でありながら、過酸化水素の分解に対してデュアルキャタリシスを示すものである。また、光照射下では暗所下よりも過酸化水素の分解能力が高い。このように、本発明の過酸化水素分解用触媒電極は、光照射下及び暗所下のいずれにおいても作用し、光触媒作用のみを有する従来の触媒電極と比較して効果的に過酸化水素を分解できるものである。
【0017】
次に、本発明の過酸化水素分解用触媒電極の使用例を説明する。本発明の過酸化水素分解用触媒電極は、例えば、作用極と対極を設置した二極式の電解槽において、電解槽内に分解したい過酸化水素水溶液を入れ、本発明の過酸化水素分解用触媒電極を作用極として使用する。電解槽は一室型や二室型など種々の形態のものを選択することができ、さらに参照極を設置して三極式としてもよい。電解方法に制限はなく、定電流電解または定電圧電解などの方法を選択できる。
【0018】
図2は、本発明の過酸化水素分解用触媒電極10を二室型電解槽20において用いた構成例を示す模式図である。二室型電解槽20は、陽極室22と陰極室24とが塩橋26で隔てられてなる。陽極室22は、作用極30が過酸化水素溶水液38に浸漬されてなる。作用極30として本発明の過酸化水素分解用触媒電極10を用いる。陰極室24は、対極34が電解質水溶液32に浸漬されてなる。作用極30の電極基材12及び対極34は導線42により電源装置40に接続されている。三極式の場合は、例えば、参照極(図示せず)を陰極室24の電解質水溶液32に浸漬し、導線42により電源装置40に接続して構成する。
【0019】
過酸化水素水溶液38は分解したい過酸化水素を含有する排水などであり、過酸化水素の濃度に特に制限なく用いることができる。対極34は、白金電極、金電極等の貴金属電極等を用いる。電解質水溶液32は、例えばリン酸や硫酸などの酸を含む酸性水溶液が好ましい。電解質水溶液32のpHは5以下が好ましく、より好ましいpHは2以下である。
電源装置40は、ポテンショスタット、関数発生器、クーロンメーターなどで構成される。
作用極30に光を照射する光源(図示せず)は特に制限はないが、本発明の触媒電極は波長が近赤外線以下の光を吸収して光触媒作用を示すので、波長約1200nm以下の光を含む光源を用いることが好ましい。光源としては、例えば、太陽光、ハロゲンランプ、キセノンランプ、水銀ランプ、蛍光灯、LEDなどを好適に用いることができる。
このような構成において、本発明の過酸化水素分解用触媒電極10は、光照射の有無にかかわらず、過酸化水素水溶液38中の過酸化水素を酸化分解することができる。本発明の過酸化水素分解用触媒電極10(作用極30)に電位印加することなく過酸化水素を分解することができるが、分解速度をより高めること等を目的として、適宜、電源装置40により電位印加してもよい。電位印加に際しては、二極式の場合は過酸化水素分解用触媒電極10と対極34との間に、三極式の場合は過酸化水素分解用触媒電極10と参照極との間に電位を印加する。
【0020】
本発明の過酸化水素分解用触媒電極が、過酸化水素の酸化に対してデュアルキャタリシスを示すメカニズムは、次のように推定される。
(光触媒作用による酸化)本発明の触媒電極に光を照射すると、n型有機物半導体層の光吸収によって励起電子と正孔が発生する。正孔は、助触媒である酸化鉄(III)に移動し、酸化鉄(III)の表面で過酸化水素の酸化を誘起する。励起電子は、導線を経由して対極へ輸送される。
(触媒作用による酸化)暗所下では、酸化鉄(III)が通常の触媒(熱触媒)として作用し、過酸化水素の酸化を誘起する。過酸化水素の酸化に伴って過酸化水素から放出された電子は、例えば
図2に示す構成の電解槽においては、酸化鉄(III)、n型有機半導体層および導線を経由して対極に輸送される。
本発明の過酸化水素分解用触媒電極は、以上のようなメカニズムにより、光照射下及び暗所下のいずれにおいても過酸化水素を分解でき、過酸化水素の酸化により放出された電子は陰極室の条件に応じた様々な還元反応を誘起する。
【0021】
<過酸化水素分解用触媒電極の製造方法>
本発明の過酸化水素分解用触媒電極の製造方法は、電極基材の上にn型有機半導体層を設ける第1工程と、前記n型有機半導体層上に酸化鉄(III)を担持する第2工程とを含むものである。以下に詳細について説明する。
【0022】
(第1工程)
第1工程では、電極基材の上に、n型有機半導体材料からなるn型有機半導体層を設ける。電極基材は前述のとおり、導電性透明ガラス基材などの導電性を有する材料を用いる。n型有機半導体材料についても、前述のように、ペリレン誘導体、ナフタレン誘導体、フラーレン類、カーボンナノチューブ類およびグラフェン類などを用いる。n型有機半導体層を電極基材の上に設ける方法としては、例えば、真空蒸着法、スパッタリング法、電気化学的被覆(電析)、塗布等が挙げられる。この中でも、均一に被覆するためには、真空蒸着法を好ましく用いることができる。
【0023】
(第2工程)
続く第2工程では、n型有機半導体層上に酸化鉄(III)を担持する。酸化鉄(III)を担持するには次の2種類の方法を採ることができる。
【0024】
第1の方法は、公知の方法で得られた酸化鉄(III)をn型有機半導体層12上に直接担持するものである。酸化鉄(III)としては、粉末状や塊状のものを用いることができる。酸化鉄(III)を担持する方法としては、スパッタリング法や塗布等を用いることができる。例えば、塗布による場合は、粉末状の酸化鉄(III)を水やアルコールなどに分散させ、その分散液をn型有機半導体層上に塗布して乾燥させて担持する。これにより、本発明の過酸化水素分解用触媒電極が得られる。
【0025】
第2の方法は、n型有機半導体層上に酸化鉄(III)前駆体を担持する工程と、酸化鉄(III)前駆体から酸化鉄(III)を生成する工程と、を有するものである。
【0026】
酸化鉄(III)前駆体としては、水酸化鉄(II)、水酸化鉄(III)、オキシ水酸化鉄などの鉄化合物のほか、シュウ酸鉄(III)、硝酸鉄(III)、塩化鉄などの鉄塩、鉄(II)フタロシアニン、鉄(II)ポルフィリンなどの鉄錯体化合物に代表される鉄有機化合物を用いることができる。これらは公知の方法で得たものを用いることができ、単独で用いても混合物として用いてもよい。
【0027】
n型有機半導体層上に酸化鉄(III)前駆体を担持する方法は、用いる酸化鉄(III)に応じ、真空蒸着法、スパッタリング法、電気化学的被覆(電析)、塗布等を適宜選択する。例えば、水酸化鉄(II)、水酸化鉄(III)、オキシ水酸化鉄などを用いる場合は、その粉末(または微粒子)を水やアルコールに分散した分散液をn型有機半導体層上に塗布して乾燥することで担持する。鉄塩など水溶性の酸化鉄(III)前駆体は、その水溶液をn型有機半導体層上に塗布して乾燥させて担持する。ここで、塗布後もしくは乾燥後に触媒電極をアルカリ性の溶液に浸漬するなどして、鉄塩を水酸化鉄やオキシ水酸化鉄などの不溶性の鉄化合物に変化させて担持してもよい。鉄(II)フタロシアニン、鉄(II)ポルフィリンなどの鉄有機化合物は、上記方法のほか、例えば、真空蒸着法、スパッタリング法、電気化学的被覆(電析)等によりn型有機半導体層上に担持することができる。
なお、ここで得られたn型有機半導体層上に酸化鉄(III)前駆体を担持した触媒電極については、本発明の触媒電極の他の態様のところでも詳述する。
【0028】
次に、担持された酸化鉄(III)前駆体から酸化鉄(III)を生成する。酸化鉄(III)を生成する方法は、加熱分解、酸化剤による酸化、またはこれらの併用など、担持した酸化鉄(III)前駆体によって適宜選べばよい。
【0029】
例えば、水酸化鉄(III)やオキシ水酸化鉄などの鉄化合物や鉄塩など、加熱することで酸化鉄(III)を生成する前駆体を担持した場合は、加熱分解による方法を好ましく用いることができる。酸化鉄(III)前駆体を担持した触媒電極を加熱することにより、酸化鉄(III)前駆体が分解して酸化鉄(III)が生成し、酸化鉄(III)がn型有機半導体層上に担持された本発明の過酸化水素分解用触媒電極が得られる。加熱温度は、例えばオキシ水酸化鉄を用いた場合は約190℃以上に加熱するなど、前駆体に応じて適宜選択する。酸素などの酸化剤存在下で同処理を施すことで、水酸化鉄(II)のような鉄(II)化合物からも酸化鉄(III)が得られる。
【0030】
また、鉄(II)フタロシアニン、鉄(II)ポルフィリンなどの鉄(II)錯体化合物を酸化鉄(III)前駆体として担持した場合は、鉄(II)錯体化合物に酸化剤を接触させて酸化鉄(III)を生成することができる。酸化剤としては、例えば、オゾン、過酸化水素、過酸化カルシウム、過酸化ナトリウム、過マンガン酸塩などの無機過酸化物や、過酢酸、t-ブチルハイドロパーオキシド等の有機過酸化物が挙げられる。
酸化剤との接触は、鉄(II)錯体化合物を担持した触媒電極を、酸化剤を含む水溶液に浸漬するなどして行う。これにより鉄(II)錯体化合物の鉄(II)が酸化剤により酸化されて酸化鉄(III)が生成し、酸化鉄(III)がn型有機半導体層上に担持され、本発明の過酸化水素分解用触媒電極が得られる。ここで酸化剤として過酸化水素を用いると、フェントン反応により鉄(II)の酸化と共にラジカル種(・OH)が生成し、このラジカル種が環状有機物を分解し、酸化鉄(III)が生成しやすくなり好ましい。
なお、触媒電極を浸漬する過酸化水素水溶液として、分解したい過酸化水素を含む排水などを用いてもよい。こうすることによって、過酸化水素水溶液を別途用意することなく、その場反応によって本発明の過酸化水素分解用触媒電極が得られ、引き続き過酸化水素の分解処理を行うことができる。
【0031】
<過酸化水素分解用触媒電極の他の態様>
本発明の過酸化水素分解用触媒電極の他の態様は、電極基材の上にn型有機半導体層を設け、前記n型有機半導体層上に酸化鉄(III)前駆体が担持されたものである。酸化鉄(III)前駆体は、過酸化水素により酸化されて酸化鉄(III)を生成しうる、鉄(II)フタロシアニン、鉄(II)ポルフィリンといった鉄(II)錯体化合物を好ましく用いることができる。このように構成された触媒電極を、分解したい過酸化水素を含む水溶液に浸漬すると、前述のとおりその場反応によって鉄(II)錯体化合物などの酸化鉄(III)前駆体から酸化鉄(III)が生成し、過酸化水素の酸化に対しデュアルキャタリシスを示す。したがって、過酸化水素分解用触媒電極の製造工程を一部省きながら、過酸化水素分解用に好ましく用いることができる触媒電極といえる。
【実施例】
【0032】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、本発明はかかる実施例に限定されるものではない。
【0033】
<過酸化水素分解用触媒電極の作成>
(実施例1)
電極基材にインジウム-スズ酸化物(ITO)で被覆された導電性透明ガラス基板(ITO基板)(旭硝子社製、抵抗8Ω/cm2)を用いた。ITO基板を1.5cm×1cmに切り出し、0.5cm×1cmの部分に銀含有エポキシ系接着剤(藤倉化成社製、D-500)を用いて、導線を取り付けた。さらに、銀部位(硬化した接着剤の表面)は、電解質水溶液との接触を防ぐためにエポキシ系接着剤を被覆し絶縁した。
【0034】
次に、導線を取り付けたITO基板に、真空蒸着法によりn型有機半導体層を設けた。n型有機半導体材料には、ペリレン誘導体である3,4,9,10-ペリレンテトラカルボキシル-ビスベンズイミダゾール(PTCBI)を用いた。導線を取り付けたITO基板を真空蒸着装置(アルバック機工社製、VPC-260)に取り付け、真空度約1.0×10-3Pa、蒸着速度0.03nm/秒の条件下で、ITO基板のITO被覆側にPTCBIを厚さ約230nmで積層した。さらに、PTCBI層上に鉄(II)フタロシアニン(FePc)を真空蒸着法によって厚さ約45nmで積層担持した。得られた触媒電極(ITO/PTCBI/FePc)を実施例1とした。
【0035】
(比較例1)
実施例1と同様の方法によってITO基板上にPTCBI層のみを設けた触媒電極(ITO/PTCBI)を作成し、比較例1とした。
【0036】
<過酸化水素分解能力の評価>
(実験装置・実験方法)
過酸化水素の分解実験は、
図2に例示した構成の塩橋で隔てられた二室型電解槽(二極式)を用いて行った。二室型電解槽は次のように構成した。
まず、塩橋は次の方法で作成した。寒天1.3gと硝酸カリウム4.74gを約10mLの蒸留水に加え、それらを温浴中で溶解させて二室セルの架橋部位に流し込み、冷却して固化させた。
次に、陽極室に作用極として実施例1又は比較例1の触媒電極を、陰極室には対極の白金線を設置した。電解質水溶液として、陽極室(作用極側)には100mmol/L過酸化水素水溶液(pH=12)を、陰極室(対極側)には1mmol/Lメチレンブルー水溶液(pH=2)をそれぞれ入れた。対極、参照極、作用極は、ポテンショスタット(北斗電工社製、HA-301)に接続した。さらに、ポテンショスタットには、関数発生器(北斗電工社製、HB-104)及びクーロンメーター(北斗電工社製、HF-201)を接続した。実験に先立って、陽極室及び陰極室にアルゴンガスを30分間通気し、電解質水溶液中の溶存酸素を取り除いた。
触媒電極のITO基板の非被覆面側から光量100mW/cm
2で光照射し、電位を印加せずに触媒反応を3時間実施した。暗所下(光照射をしない条件)においても同様にして触媒反応を行った。本実験系においては、過酸化水素が酸化分解されると、過酸化水素の酸化により生じた電子が対極に輸送されてメチレンブルーが還元され、無色のロイコ型メチレンブルーが生じる。
反応後、分光光度計(パーキンエルマー製、Lambda-25)を用いてメチレンブルー濃度を664nmの吸光度から測定して分解されたメチレンブルーの量を算出し、これを基に過酸化水素分解速度を算出した。
【0037】
(評価結果)
実施例1および比較例1の触媒電極について、光照射下または暗所下における過酸化水素分解速度を評価した結果を表1に示す。
【表1】
【0038】
実施例1の触媒電極を用いた場合、光照射下及び暗所下のいずれにおいても過酸化水素の酸化分解を伴うメチレンブルーの還元的分解が確認された。過酸化水素分解速度は、暗所下より光照射下の方が大きかった(表1)。この結果から、実施例1の触媒電極は過酸化水素の酸化分解に対しデュアルキャタリシスを示すことが確認された。
比較例1の触媒電極を用いた場合は、光照射下において過酸化水素の酸化を伴うメチレンブルーの還元的分解が確認された。しかし、暗所下では過酸化水素の分解量はごくわずかであった。この結果から、比較例1の触媒電極は、過酸化水素の分解に対して光触媒作用を示すが、暗所下においては触媒作用をほとんど示さないことが確認された。
また、光照射下および暗所下のいずれにおいても、実施例1は比較例1より高い過酸化水素分解速度を示した。このように、本発明の過酸化水素分解用触媒電極は、光照射下及び暗所下のいずれにおいても作用し、比較例1のような光触媒作用のみを有する従来の触媒電極と比較して効果的に過酸化水素を分解できるといえる。
【0039】
(試験例1)
次に、実施例1の触媒電極の構造を検証するため、実施例1と同様の方法によってITO基板にFePcのみを積層した触媒電極(ITO/FePc)を得て試験例1とした。
【0040】
試験例1の触媒電極を、予めアルゴンガスを30分間通気して溶存酸素を除いた100mmol/L過酸化水素水溶液(pH=12)に光照射しながら3時間浸漬した。浸漬の前後においてX線回折装置(リガク社製、SmartLab9kW、線源:CuKα)によって評価した。その結果、過酸化水素に浸漬前の触媒電極ではFePcに由来する7°付近のピークが観察されたが(
図3(a))、浸漬後ではそのピークは消失し、Fe
2O
3、Fe(OH)
3、FeO、Feに帰属されるピークが観察された(
図3(b))。なお、33°付近のFe
2O
3のピークは、α型酸化鉄(III)(α-Fe
2O
3)またはε型酸化鉄(III)(ε-Fe
2O
3)に帰属される。以上のX線回折の結果から、FePcを過酸化水素に接触させると、フタロシアニンが分解され、酸化鉄(III)(Fe
2O
3)などの鉄化学種が生成することがわかった。
【0041】
この結果を考慮すると、実施例1においても過酸化水素に浸漬された際にFePcが分解され、酸化鉄(III)などの鉄化学種が生成すると考えられる。また、鉄のpH-電位図を考慮すると、観察された鉄化学種のうち、本実施例の条件においては酸化鉄(III)のみが安定に存在しうる。したがって、実施例1の触媒電極は、過酸化水素分解時においてPTCBI上に酸化鉄(III)が担持された構造をとっており、酸化鉄(III)が助触媒として働くことでデュアルキャタリシスが発現すると考えられる。
また、上記の結果から、n型有機半導体(PTCBI)層上に鉄(II)錯体化合物(FePc)を担持した触媒電極は、その場反応を通してデュアルキャタリシスを発現する過酸化水素分解用触媒電極であるといえる。
【符号の説明】
【0042】
10 過酸化水素分解用触媒電極
12 電極基材
14 n型有機半導体層
16 助触媒