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特許7609436顕性型変異遺伝子に由来する疾患の治療剤
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-23
(45)【発行日】2025-01-07
(54)【発明の名称】顕性型変異遺伝子に由来する疾患の治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 48/00 20060101AFI20241224BHJP
   A61K 31/7088 20060101ALI20241224BHJP
   A61K 31/7105 20060101ALI20241224BHJP
   A61K 31/711 20060101ALI20241224BHJP
   A61K 38/46 20060101ALI20241224BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20241224BHJP
   A61P 27/06 20060101ALI20241224BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20241224BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20241224BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20241224BHJP
   C12N 15/63 20060101ALN20241224BHJP
【FI】
A61K48/00
A61K31/7088
A61K31/7105
A61K31/711
A61K38/46
A61P27/02
A61P27/06
A61P43/00 111
C12N15/09 110
C12N15/12 ZNA
C12N15/63 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021533026
(86)(22)【出願日】2020-07-10
(86)【国際出願番号】 JP2020026956
(87)【国際公開番号】W WO2021010303
(87)【国際公開日】2021-01-21
【審査請求日】2023-06-22
(31)【優先権主張番号】P 2019130199
(32)【優先日】2019-07-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】高橋 政代
(72)【発明者】
【氏名】大西 暁士
(72)【発明者】
【氏名】恒川 雄二
【審査官】菊池 美香
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/013932(WO,A1)
【文献】SUZUKI Keiichiro et al.,In vivo genome editing via CRISPER/Cas9 mediated homology-independent targeted integration,Nature,2016年,Vol. 540,pp.144-149
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 48/00
A61K 31/7088
A61K 31/7105
A61K 31/711
A61K 38/46
A61P 27/02
A61P 27/06
A61P 43/00
C12N 15/09
C12N 15/12
C12N 15/63
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノム内の正常型遺伝子に顕性型変異が生じている顕性型変異遺伝子に由来する疾患の治療剤であって、
上記治療剤は、下記(a)~(c)の配列を有するポリヌクレオチドを含むドナーDNAを含んでいる、治療剤:
(a)上記正常型遺伝子;
(b)上記正常型遺伝子の上流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第1逆方向標的配列;
(c)上記正常型遺伝子の下流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第2逆方向標的配列;
(ここで、
逆方向標的配列とは、上記ゲノム内に存在しており上記デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される標的配列を、逆位にした配列を意味し、
上記正常型遺伝子は、正常な遺伝子産物の全長をコードしており、その末端にはストップコドンが位置しており、
上記標的配列は、上記ゲノム内の、上記顕性型変異遺伝子と当該顕性型変異遺伝子のプロモーター配列との間に位置する)。
【請求項2】
上記ドナーDNAは、下記配列(d)をさらに含んでいる、請求項1に記載の治療剤:
(d)上記正常型遺伝子と上記第2逆方向標的配列との間に位置している、転写制御配列。
【請求項3】
下記(i)および/または(ii)をさらに含んでいる、請求項1または2に記載の治療剤:
(i)gRNA、または当該gRNAの発現ベクター
(ii)上記デザイナー・ヌクレアーゼ、または当該デザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクター。
【請求項4】
非分裂細胞に対して使用される、請求項1~3のいずれか1項に記載の治療剤。
【請求項5】
上記正常型遺伝子は、ロドプシン遺伝子、ペリフェリン遺伝子、BEST1遺伝子およびOPTN遺伝子からなる群から選択される1つ以上である、請求項1~4のいずれか1項に記載の治療剤。
【請求項6】
上記疾患は、網膜色素変性症、黄斑ジストロフィおよび遺伝性の緑内障からなる群より選択される1つ以上である、請求項1~5のいずれか1項に記載の治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顕性型変異遺伝子に由来する疾患の治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子の変異に由来する疾患には、潜性型(Recessive)変異遺伝子に由来する疾患と、顕性型(Dominant)変異遺伝子に由来する疾患とがある。前者の疾患は、変異型遺伝子をホモで有する場合に発症に至るが、後者の疾患は、変異型遺伝子をヘテロで有する場合にも発症に至る。これは、潜性型変異遺伝子に由来するタンパク質は、正常型遺伝子に由来するタンパク質の機能を阻害しないのに対し、顕性型変異遺伝子に由来するタンパク質は、正常型遺伝子に由来するタンパク質の機能を阻害したり、正常なタンパク質以上の活性を獲得して過剰な細胞応答を引き起こしたりするためである。この他にも、顕性型変異には、変異により正常型遺伝子に由来するタンパク質が不足する場合(ハプロ不全)も含まれる。
【0003】
このような違いのため、潜性型変異遺伝子に由来する疾患と、顕性型変異遺伝子に由来する疾患とでは、遺伝子治療の治療戦略が異なる。前者の疾患に関しては、正常型遺伝子を患者に導入する治療法の開発が進んでいる。一方、後者の疾患に関しては、ゲノム内の変異が入った塩基配列を正常な塩基配列に置換する治療法の開発が必要であり、現在、このような治療法の開発が求められている。
【0004】
ところで、基礎研究の分野では、近年、ゲノム編集技術の開発に注目が集まっており、様々なゲノム編集技術の開発が進められている(特許文献1および2参照)。特許文献1には、標的核酸と、Cas9ポリペプチドおよびDNA標的化RNAと、を接触させることにより、当該標的核酸の転写を調節する方法が開示されている。特許文献2には、相同性に依存することなく、非分裂細胞のゲノムに外来性DNA配列を組み込む方法が開示されている。このようなゲノム編集技術を様々な分野に応用しようとする試みもある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2013/176772号パンフレット
【文献】国際公開第2018/013932号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
遺伝子変異が潜性型であるか、それとも顕性型であるかは、家系解析および遺伝子診断により決定される。しかし、これまでの診断知見により、疾患の原因遺伝子に基づいて潜性型または顕性型を区別することができる(例:ロドプシン遺伝子は顕性型、Usherin遺伝子は潜性型)。同じ原因遺伝子に起因する疾患であっても変異部位は患者ごとに異なる場合が多い。それ故に、顕性型変異遺伝子に由来する疾患の治療では、変異が入った塩基を、各患者に応じて正常な塩基に置換する必要がある。しかしながら、このような作業には、膨大な労力、および、コストを要するという問題点が、製剤化への障壁となっている。
【0007】
本発明は、上述の問題点に鑑みなされたものであって、その目的は、顕性型変異遺伝子に由来する疾患の新規な治療剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る治療剤は、
ゲノム内の正常型遺伝子に顕性型変異が生じている顕性型変異遺伝子に由来する疾患の治療剤であって、
上記治療剤は、下記(a)~(c)の配列を有するポリヌクレオチドを含むドナーDNAを含んでいる、治療剤:
(a)上記正常型遺伝子;
(b)上記正常型遺伝子の上流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第1逆方向標的配列;
(c)上記正常型遺伝子の下流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第2逆方向標的配列;
(ここで、逆方向標的配列とは、上記ゲノム内に存在しており上記デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される標的配列を、逆位にした配列を意味する)。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様によれば、顕性型変異遺伝子に由来する疾患の新規な治療剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明の一態様に係る治療剤の機能を表す模式図である。
図2】本発明の一実施形態に係る治療剤を、ロドプシン遺伝子の修復に応用した例を表す模式図である。
図3】従来のゲノム編集技術を、ロドプシン遺伝子の修復に応用する際の短所を表す図である。
図4】ロドプシン遺伝子の修復実験に際して検討した、3種類のgRNAを表す図である。
図5】ロドプシン遺伝子の修復実験に使用した、ドナーDNAの構造を表す模式図である。
図6】ロドプシン遺伝子の修復実験の実験手法の概略を表す模式図である。
図7】ロドプシン遺伝子の修復実験の結果を表す顕微鏡像を示す図である。網膜におけるロドプシンの発現を表している。
図8】ロドプシン遺伝子の修復実験の結果を表す顕微鏡像を示す図である。網膜の切片におけるロドプシンの発現を表している。
図9】ロドプシン遺伝子の修復実験の結果を表すグラフである。gRNAごとのノックイン効率を表している。
図10】ロドプシン遺伝子の修復実験の結果を表す顕微鏡像を示す図である。抗ロドプシン抗体を用いた蛍光染色像を表している。
図11】非ウイルス性送達(エレクトロポレーション)によるロドプシン遺伝子の修復実験の結果を表す顕微鏡像を示す図である。網膜におけるロドプシンの発現を表している。
図12】ウイルス性送達(AAVベクター)によるロドプシン遺伝子の修復実験の結果を表す顕微鏡像を示す図である。網膜におけるロドプシンの発現を表している。
図13】ウイルス性送達(AAVベクター)によるロドプシン遺伝子の修復実験の結果を表す顕微鏡像を示す図である。網膜の切片におけるロドプシンの発現を表している。
図14】ロドプシン遺伝子の修復実験の結果を表す顕微鏡像を示す図である。正常型ロドプシン遺伝子のノックインにより、網膜の変性が抑制されていることを表している。
図15】ロドプシン遺伝子の修復実験の結果を表す顕微鏡像を示す図である。ロドプシンの発現を眼底像から確認している。
図16】ロドプシン遺伝子の修復実験の結果を表すグラフである。視機能性眼球反応検査(qOMR)の結果を表している。
図17】ヒトロドプシン遺伝子のエキソン1の上流において選定された、gRNA認識配列の位置を表す図である。
図18】gRNA認識配列の切断効率を検証するSSAアッセイの概略を表す模式図である。
図19】SSAアッセイの結果を表す顕微鏡像を示す図である。EGFPの発現を表している。
図20】正常型ヒトロドプシン遺伝子のドナーDNAの構造を表す模式図である。
図21】ペリフェリン遺伝子の修復実験に際して検討した、3種類のgRNA認識配列の位置を表す図である。
図22】ペリフェリン遺伝子の修復実験に使用した、ドナーDNAの構造を表す模式図である。
図23】ペリフェリン遺伝子の修復実験の結果を表す顕微鏡像を示す図である。ペリフェリンの発現を表している。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の一実施形態について以下に説明するが、本発明は以下に説明する各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能である。異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例も、本発明の技術的範囲に含まれる。
【0012】
本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。
【0013】
本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A~B」は、「A以上、B以下」を意図する。
【0014】
〔1.顕性型変異遺伝子に由来する疾患の治療剤〕
一実施形態において、本発明は、ゲノム内の正常型遺伝子に顕性型変異が生じている顕性型変異遺伝子に由来する疾患の治療剤を提供する。この治療剤は、下記(a)~(c)の配列を有するポリヌクレオチドを含むドナーDNAを含んでいる。(a)正常型遺伝子;(b)正常型遺伝子の上流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第1逆方向標的配列:(c)正常型遺伝子の下流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第2逆方向標的配列。
【0015】
[治療剤の作用機序]
以下、図1に基づいて、本発明の一態様に係る治療剤の作用機序を説明する。図1には、治療前のゲノム10、ドナーDNA20、および治療後のゲノム30が描かれている。本発明の一実施形態に係る治療剤は、ドナーDNA20を含んでいる。ドナーDNA20には、正常型遺伝子1が含まれており、正常型遺伝子1をゲノム内にノックインすることにより、顕性型変異遺伝子7がノックアウトされる。その結果、顕性型変異遺伝子7に由来する疾患が治療される。
【0016】
なお、図1において、治療前のゲノム10、ドナーDNA20、および治療後のゲノム30はいずれも、上流Aから下流Bの方向へ向かって描かれている。治療前のゲノム10および治療後のゲノム30においては、内在性の顕性型変異遺伝子7がコードされているヌクレオチド鎖に関しては、5’側が「上流」であり、3’側が「下流」である。上記ヌクレオチド鎖と相補的なヌクレオチド鎖に関しては、3’側が「上流」であり、5’側が「下流」である。
【0017】
一方、ドナーDNA20においては、正常型遺伝子1がコードされているヌクレオチド鎖に関しては、5’側が「上流」であり、3’側が「下流」である。上記ヌクレオチド鎖と相補的なヌクレオチド鎖に関しては、3’側が「上流」であり、5’側が「下流」である。なお、ドナーDNA20は、相補的なヌクレオチド鎖を有さない一本鎖DNAであってもよい。
【0018】
図1の1段目は、本発明の一実施形態に係る治療剤による治療前のゲノム10を表す模式図である。治療前のゲノム10には、プロモーター配列5および顕性型変異遺伝子7が含まれている。そのため、顕性型変異遺伝子7の翻訳産物が産生され、各種の疾患をもたらす状況になっている。
【0019】
プロモーター配列5と顕性型変異遺伝子7との間には標的配列6が存在し、標的配列6の中には切断部位Cが含まれている。一実施形態において、標的配列6の少なくとも一部はデザイナー・ヌクレアーゼの適切に設計された核酸結合部位によって認識され、切断部位Cは当該デザイナー・ヌクレーゼのヌクレアーゼ部位によって切断される。この実施形態におけるデザイナー・ヌクレーゼには、TALEヌクレアーゼ(TALEN)、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)などが挙げられる。他の実施形態において、標的配列6の少なくとも一部は適切に設計されたgRNAによって認識され、切断部位Cはデザイナー・ヌクレーゼのヌクレアーゼ部位によって切断される。この実施形態におけるデザイナー・ヌクレーゼには、Casヌクレアーゼなどが挙げられる。このとき、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断されるDNAの末端は、平滑末端であることが好ましい。これは、DNAの切断端が平滑末端であれば、切断後のNHEJによるDNA修復による正常遺伝子の挿入が容易であるためである。
【0020】
このような条件を満たすデザイナー・ヌクレアーゼとしては、Casヌクレアーゼ(CRISPR関連ヌクレアーゼ;天然のCasヌクレアーゼ(Cas9など)および人工変異体(dCasなど)を含む)、TALEヌクレアーゼ(TALEN)、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、ペンタトリコペプチドリピート(PPR)タンパク質などが挙げられる。
【0021】
なお、標的配列6の位置は、特に限定されず、切断部位Cの箇所に正常型遺伝子1が挿入されたときに、正常型遺伝子1がプロモーター配列5によって制御され得る位置であればよい。標的配列6の位置は、例えば、(i)プロモーター配列5と顕性型変異遺伝子7との間、(ii)顕性型変異遺伝子7の内部(例えば、エキソン1の内部)、であってもよい。
【0022】
図1の2段目は、本発明の一実施形態に係る治療剤に含まれているドナーDNA20を表す模式図である。ドナーDNA20には、正常型遺伝子1、第1逆方向標的配列2a、および第2逆方向標的配列2bの配列を有するポリヌクレオチドが含まれている。これらの配列の順序は、上流から順に、第1逆方向標的配列2a、正常型遺伝子1、第2逆方向標的配列2bである。
【0023】
正常型遺伝子1とは、実質的に正常に機能するタンパク質をコードしている遺伝子を意味する。ここで、タンパク質が複数の機能を有している場合、少なくとも1つの機能が実質的に正常であれば、「実質的に正常に機能するタンパク質」と見做すことができる。例えば、タンパク質の機能が何らかの活性(遺伝子発現活性など)である場合は、適当なアッセイによって測定される当該活性の強度が、野生型タンパク質の活性の80%以上、90%以上または95%以上でありうる(上限値は、120%以下、110%以下または105%以下でありうる)。一実施形態において、正常型遺伝子1は、野生型遺伝子である。
【0024】
第1逆方向標的配列2aおよび第2逆方向標的配列2bの配列は、標的配列6の配列を逆位にしたものである。すなわち、標的配列6を上流側から読んだときの塩基配列と、第1逆方向標的配列2aおよび第2逆方向標的配列2bを下流側から読んだ時の塩基配列とは、一致している。したがって、第1逆方向標的配列2aおよび第2逆方向標的配列2bにも、切断部位Cが含まれている。
【0025】
図1の3段目は、本発明の一実施形態に係る治療剤による治療後のゲノム30を表す模式図である。デザイナー・ヌクレアーゼ(図示せず)の働きによって、ドナーDNA中の正常型遺伝子1は、非相同末端修復(NHEJ)を利用して、プロモーター配列5と顕性型変異遺伝子7との間に挿入される。プロモーター配列5の下流に顕性型変異遺伝子7が挿入されることにより、プロモーター配列5によって、正常型遺伝子1の産物が産生されるようになる(ノックイン)。一方、正常型遺伝子1の末端には、少なくともストップコドンが位置しているため、正常型遺伝子1の転写に伴う顕性型変異遺伝子7のリーク(発現漏れ)は起きない。
【0026】
なお、上記の機構においては、gRNA(図示せず)が関与していてもよい。例えば、デザイナー・ヌクレアーゼがCasヌクレアーゼである場合には、CasヌクレアーゼとgRNAとが協働してDNA2本鎖を切断する。
【0027】
ここで、治療前のゲノム10には存在していた標的配列6は、治療後には消失している(9a、9b)。そのため、正常型遺伝子1が一度挿入されると、この正常型遺伝子1がデザイナー・ヌクレアーゼの働きで除去されることはない。
【0028】
なお、NHEJにおいては、挿入配列が意図する方向とは逆位で挿入される場合がある(図1の4段目)。逆位で挿入されたゲノム30’には、正常型遺伝子(逆位)1’が含まれている。このような挿入が生じた場合、正常型遺伝子1の正常な産物は産生されない。しかし、逆位で挿入されたゲノム30’には、正常型遺伝子(逆位)1’の上流および下流に、標的配列6が位置するようになる。そのため、デザイナー・ヌクレアーゼの働きによって、正常型遺伝子(逆位)1’は切除され、再びNHEJを利用したゲノムの修復が行われる。
【0029】
このようにして、本発明の一実施形態に係る治療剤は、NHEJを利用しながら、正常型遺伝子1を正しい方向に挿入することができる。
【0030】
[治療剤の種々の態様]
一実施形態において、治療剤は、gRNAおよび/またはデザイナー・ヌクレアーゼを含んでいる。このgRNAおよび/またはデザイナー・ヌクレアーゼは、発現ベクターの形態、RNAの形態、またはタンパク質の形態で治療剤に含まれていてもよい。また、gRNAとデザイナー・ヌクレアーゼとを、互いに融合させて1つの構成としてもよい。
【0031】
上記の態様とすれば、ゲノム編集に必要となる主要な要素が治療剤に含まれていることになる。そのため、上記治療剤のみを用いて、顕性型変異遺伝子に由来する疾患をより効率よく治療し得る。
【0032】
一実施形態において、ドナーDNA20は、正常型遺伝子1と第2逆方向標的配列2bとの間に、転写制御配列を含んでいる。転写制御配列とは、遺伝子からの転写産物(mRNA)の産生を制御(例えば、亢進または抑制)する配列である。一実施形態において、転写制御配列は、転写抑制配列である。一実施形態において、転写制御配列は、遺伝子の3’末端側に位置している非翻訳配列(3’側非翻訳領域)である。転写制御配列の他の具体例としては、ポリA付加配列(SV40pA、ウサギグロビンポリA、bGHポリA)が挙げられる。また、ポリA付加配列とインスレーター配列(境界配列;挿入遺伝子外の配列に起因する影響を防ぐ配列)を組み合わせた配列も、転写制御配列として採用することができる。
【0033】
上記の態様とすれば、治療後のゲノム30において、正常型遺伝子1と顕性型変異遺伝子7との間に、転写制御配列が位置することになる。そのため、例えば、正常型遺伝子1の転写に伴う顕性型変異遺伝子7のリーク(発現漏れ)を、より確実に阻害することができる。顕性型変異遺伝子7が強発現している細胞においては、このような態様が特に有利である。
【0034】
一実施形態において、治療剤は、非分裂細胞に対して使用される。上述した通り、本発明の一実施形態に係る治療剤は、NHEJを利用している。それゆえ、NHEJによるDNA鎖切断の修復効率が高い細胞に対して治療剤を適用することが好ましい。ここで、一般的に、非分裂細胞は、分裂細胞よりも、DNA鎖切断の修復にNHEJが利用される頻度が高い。そのため、治療剤を非分裂細胞に対して使用することが好ましい。非分裂細胞としては、一例として、視細胞(杆体視細胞、錐体視細胞)、網膜色素上皮細胞、視神経細胞などが挙げられる。
【0035】
一実施形態において、正常型遺伝子1は、ロドプシン遺伝子、ペリフェリン遺伝子、BEST1遺伝子およびOPTN遺伝子からなる群から選択される1つ以上である。一実施形態において、正常型遺伝子1は、ロドプシン遺伝子、ペリフェリン遺伝子、BEST1遺伝子、またはOPTN遺伝子である。
【0036】
一実施形態において、顕性型変異遺伝子に由来する疾患は、網膜色素変性症、黄斑ジストロフィおよび遺伝性の緑内障からなる群より選択される1つ以上である。一実施形態において、顕性型変異遺伝子に由来する疾患は、網膜色素変性症、黄斑ジストロフィ、または遺伝性の緑内障である。
【0037】
正常型遺伝子1の構造は、正常な遺伝子産物が得られる限りにおいて、特に限定されない。正常型遺伝子1は、内部に非翻訳領域を有していてもよいし、非翻訳領域を有していなくてもよい。一実施形態において、正常型遺伝子1は、正常な遺伝子産物のcDNAである。一実施形態において、正常型遺伝子1は、野生型の遺伝子産物のcDNAである。
【0038】
正常型遺伝子1が非翻訳領域を有していない場合は、ドナーDNA20のゲノムサイズを小型化することができる。そのため、ドナーDNA20をベクター(プラスミドベクター、ウイルスベクターなど)に組み込む場合に有利である。
【0039】
治療剤に含まれる成分をベクターによって細胞内に導入する場合、使用されるベクターは特に限定されない。ベクターによって導入されうる治療剤の成分としては、ドナーDNA20、gRNAの発現ベクター、デザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクターなどが挙げられる。各種のベクターを利用した細胞内への導入方法は、公知技術を用いればよい。
【0040】
ドナーDNA20、gRNA、および、デザイナー・ヌクレアーゼからなる群から選択される少なくとも2つの構成を、1つのベクターとして構成することも可能である。例えば、(i)gRNA、および、デザイナー・ヌクレアーゼ、(ii)ドナーDNA20、および、gRNA、(iii)ドナーDNA20、および、デザイナー・ヌクレアーゼ、(iv)ドナーDNA20、gRNA、および、デザイナー・ヌクレアーゼを、1つのベクターとして構成することも可能である。
【0041】
ベクターの具体例としては、ファージベクター、プラスミドベクター、ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、染色体ベクター、エピソームベクター、ウイルス由来ベクター(細菌プラスミド、バクテリオファージ、酵母エピソームなど)、酵母染色体エレメント、ウイルス(バキュロウイルス、パポバウイルス、ワクシニアウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、トリポックスウイルス、仮性狂犬病ウイルス、ヘルペスウイルス、レンチウイルス、レトロウイルスなど)、これらの組み合わせに由来するベクター(コスミド、ファージミドなど)などが挙げられる。上述した中でも、汎用性の高さと言う観点からはプラスミドベクターが好ましい。また、臨床応用が進んでいるという観点からは、ウイルスベクターが好ましく、アデノ随伴ウイルスベクター(AAVベクター)がより好ましい。
【0042】
あるいは、治療剤に含まれる成分を、ベクターによらずに細胞内に導入してもよい。たとえば、ドナーDNAはDNA分子のまま、gRNAはRNA分子のまま、デザイナー・ヌクレアーゼはタンパク質のまま、細胞内に導入してもよい。このような導入方法としては、エレクトロポレーション、マイクロインジェクション、ソノポレーション、レーザ照射、カチオン性物質(カチオン性ポリマー、カチオン性脂質、リン酸カルシウムなど)との複合化を利用したトランスフェクションなどが挙げられる。
【0043】
[キット]
本発明の一態様は、ゲノム内の正常型遺伝子に顕性型変異が生じている顕性型変異遺伝子に由来する疾患を治療するためのキットである。このキットは、上述したドナーDNAを備えている。
【0044】
キットにgRNA(またはその発現ベクター)および/またはデザイナー・ヌクレアーゼ(またはその発現ベクター)が備えられている場合、ドナーDNA、gRNAおよびデザイナー・ヌクレアーゼは、単一の試薬として製剤されていてもよいし、2つ以上の試薬に分けて製剤されていてもよい(例えば、ドナーDNAと、gRNAおよびデザイナー・ヌクレアーゼとは、異なる試薬として分けて製剤されていてもよい)。このとき、2つ以上の試薬は、異なる容器に格納され得る。
【0045】
一実施形態において、「キット」とは、任意の用途に用いられる、任意の試薬などの組み合わせを意味する。この用途は、医学用途であってもよいし、実験用途であってもよい。
【0046】
[製剤、剤型、処方]
本発明の一実施形態に係る治療剤は、常法に則り製剤することができる。より具体的には、上述のドナーDNAと、任意構成でgRNAおよび/またはデザイナー・ヌクレアーゼ(あるいは、これらの発現ベクター)と、任意構成で医薬品添加物と、を調合することによって製剤することができる。
【0047】
本明細書において医薬品添加物とは、製剤に含まれる有効成分以外の物質を意図する。医薬品添加物は、製剤化を容易にする、品質の安定化を図る、有用性を高めるなどの目的のために、製剤に含まれている。医薬品添加物の例としては、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、流動化剤(固形防止剤)、着色剤、カプセル被膜、コーティング剤、可塑剤、矯味剤、甘味剤、着香剤、溶剤、溶解補助剤、乳化剤、懸濁化剤(粘着剤)、粘稠剤、pH調整剤(酸性化剤、アルカリ化剤、緩衝剤)、湿潤剤(可溶化剤)、抗菌性保存剤、キレート剤、坐剤基材、軟膏基剤、硬化剤、軟化剤、医療用水、噴射剤、安定剤、保存剤、が挙げられる。これらの医薬品添加物は、意図された剤型および投与経路、ならびに標準的な薬学的慣行に従って、当業者によって容易に選択される。
【0048】
本発明の一実施形態に係る治療剤は、ドナーDNA、gRNAおよびデザイナー・ヌクレアーゼ以外の有効成分を含んでいてもよい。この有効成分は、顕性型変異遺伝子に由来する疾患の治療に関連する効果を有していてもよいし、他の効果を有していてもよい。
【0049】
以上に説明した有効成分および医薬品添加物の具体例は、例えば、米国食品医薬品局(FDA)、欧州医薬品庁(EMA)、日本国厚生労働省などが策定している基準により、知ることができる。
【0050】
本発明の一実施形態に係る治療剤は、任意の剤型を取り得る。剤型の例としては、点眼剤、錠剤、カプセル剤、内用剤、外用剤、坐剤、注射剤、吸入剤が挙げられる。
【0051】
本発明の一実施形態に係る治療剤は、医師または医療従事者の判断により、適宜処方されうる。また、本発明の一実施形態に係る治療剤の投与量および投与計画も、医師または医療従事者の判断により、適宜決定されうる。
【0052】
本発明の一実施形態に係る治療剤の投与経路は、治療剤の剤型、処置しようとする疾患の種類および重篤度などの要素により、適宜選択される。投与経路の例としては、点眼投与、非経口投与、皮内投与、筋肉内投与、腹腔内投与、静脈内投与、皮下投与、鼻腔内投与、硬膜外投与、経口投与、舌下投与、鼻腔内投与、脳内投与、膣内投与、経皮投与、直腸内投与、吸入、局所投与などが挙げられる。
【0053】
本発明の一実施形態に係る治療剤を投与する「被験体」は、ヒトに限定されない。その他に、非ヒト哺乳動物に対しても適用することができる。上記非ヒト哺乳動物としては、偶蹄類(ウシ、イノシシ、ブタ、ヒツジ、ヤギなど)、奇蹄類(ウマなど)、齧歯類(マウス、ラット、ハムスター、リスなど)、ウサギ目(ウサギなど)、食肉類(イヌ、ネコ、フェレットなど)などが挙げられる。上述した非ヒト哺乳動物には、家畜またはコンパニオンアニマル(愛玩動物)に加えて、野生動物も包含される。
【0054】
本発明の一実施形態に係る治療剤はまた、生物体以外にも用いることができる。例えば、生物体に由来する系(摘出された組織、培養細胞など)にも用いることができる。
【0055】
〔2.顕性型変異を生じているロドプシン遺伝子に由来する疾患の治療剤〕
一実施形態において、本発明は、ゲノム内の正常型ロドプシン遺伝子に顕性型変異が生じている顕性型変異ロドプシン遺伝子に由来する疾患の治療剤を提供する。この治療剤は、下記(a)~(c)の配列を有するポリヌクレオチドを含むドナーDNAを含んでいる。(a)正常型ロドプシン遺伝子;(b)正常型ロドプシン遺伝子の上流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第1逆方向標的配列;(c)正常型ロドプシン遺伝子の下流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第2逆方向標的配列。
【0056】
このようなドナーDNAの構成例を、図2の1段目に示す。図中、「Rho cDNA」は、正常型ロドプシンタンパク質のcDNAであり、「正常型ロドプシン遺伝子」に該当する。また、「逆向きgRNA配列」は、第1逆方向標的配列および第2逆方向標的配列に該当する。図2の例では、デザイナー・ヌクレアーゼとしてCas9を利用しているので、第1逆方向標的配列および第2逆方向標的配列は、gRNAによって認識される配列である。AcGFPは、正常型ロドプシン遺伝子の挿入が成功したか否かを判定するマーカータンパク質であり、治療剤に含まれている必要はない。
【0057】
上記治療剤は、内因性のロドプシン遺伝子のプロモーターと、顕性型変異ロドプシン遺伝子のエキソン1の間に、正常型ロドプシン遺伝子をノックインする。その結果、顕性型変異ロドプシン遺伝子はノックアウトされる(図2の中段および下段)。
【0058】
一実施形態において、治療剤は、gRNAおよび/またはデザイナー・ヌクレアーゼを含んでいる。このgRNAおよび/またはデザイナー・ヌクレアーゼは、発現ベクターの形態で治療剤に含まれていてもよい。また、gRNAとデザイナー・ヌクレアーゼとを、互いに融合させて1つの構成としてもよい。一実施形態において、ドナーDNAは、正常型ロドプシン遺伝子と第2逆方向標的配列との間に、転写制御配列を含んでいる(図2においては「3’UTR」がこれに該当する)。これらの点に関しては、〔1〕節に記載した通りであるので、これ以上の説明は省略する。
【0059】
一実施形態において、ドナーDNAは、正常型ロドプシン遺伝子を高発現させる配列をさらに含んでいる。図2においては、「Chimeric intron」がこれに該当する。この配列は、ヒトβグロビン遺伝子および免疫グロブリン遺伝子に由来するキメライントロンであり、培養細胞系におけるタンパク質の発現量を向上させることが知られている(Choi T et al. (1991) "A Generic Intron Increases Gene Expression in Transgenic Mice," Molecular and Cellular Biology, Vol.11(No.6), pp.3070-3074; Sakurai K et al. (2007) "Physiological Properties of Rod Photoreceptor Cells in Green-sensitive Cone Pigment Knock-in Mice," Journal of General Physiology, Vol.130(No.1), pp.21-40.)。
【0060】
一実施形態において、正常型ロドプシン遺伝子の発現カセットは、pLeaklessIIIプラスミドに挿入されている。すなわち、ドナーDNAは、pLeaklessIIIプラスミドに挿入されている。pLeaklessIIIプラスミドは、プラスミドの内因性の原因によるインサートの転写活性への影響が軽減されているベクターである(詳細はTunekawa Y et al. (2016) "Developing a de novo targeted knock-in method based on in utero electroporation into the mammalian brain," Deveopment, Vol.143(Issue 17), pp.3216-3222.を参照)。
【0061】
上記の構成とすることにより、ドナーDNAからゲノムDNAへの正常型ロドプシン遺伝子の挿入確率、および正常型ロドプシン遺伝子の発現効率を高めることができる(詳細は、本願実施例および図11を参照)。
【0062】
一実施形態において、治療剤は、gRNAの発現ベクターおよびデザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクターをさらに含んでおり、これらは非ウイルス性送達により細胞内に送達される。このとき、gRNAの発現カセットは、正常型ロドプシン遺伝子の発現カセットおよび/またはデザイナー・ヌクレアーゼの発現カセットと、異なるベクター上に配置されている。例えば、gRNAの発現カセットと、正常型ロドプシン遺伝子の発現カセットおよび/またはデザイナー・ヌクレアーゼの発現カセットとは、異なるプラスミドに挿入されている。
【0063】
上記の構成とすることにより、正常型ロドプシン遺伝子の発現効率を高めることができる(詳細は、本願実施例および図11を参照)。なお、この効果が発揮されるのは、非ウイルス性送達を採用する場合である(エレクトロポレーションなど)。ウイルス性送達を採用する場合は、好ましい条件は異なる。
【0064】
一実施形態において、治療剤は、gRNAの発現ベクターおよびデザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクターをさらに含んでおり、これらはウイルス性送達により細胞内に送達される。このとき、ドナーDNA、gRNAの発現ベクターおよびデザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクターは、AAVベクターによって構成されていることが好ましい。また、AAVベクターは、AAV2、AAV5、AAV8およびAAV9からなる群より選択される1種類以上であることが好ましい。これらのAAVベクターは、視細胞に対する親和性が高いため、効率よく治療剤の有効成分を視細胞へと送達することができる。
【0065】
AAVベクターを利用する態様においては、ドナーDNA、gRNAの発現ベクターおよびデザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクターを、それぞれ異なるAAVベクターにて構成することが好ましい。
【0066】
上記の構成とすることにより、正常型ロドプシン遺伝子の発現効率を高めることができる(詳細は、本願実施例および図12を参照)。
【0067】
一実施形態において、gRNAにより認識される配列は、配列番号6(gRNA1:TCTGTCTACGAAGAGCCCGTGGG)または配列番号8(gRNA3:CTGAGCTCGCCAAGCAGCCTTGG)である。上記の構成によれば、NHEJによるノックイン効率を高められる。
【0068】
例えば、本発明の一実施形態に係る治療剤を、ヒトにおける眼疾患の治療に応用する場合、治療剤の投与方法は、網膜下投与(Subretinal injection)、硝子体投与(Vitreous injection)および上脈絡膜腔投与(Suprachoroidal injection)が好適に採用される。また、上記治療剤を投与することにより、例えば網膜色素変性症患者においては、以下のような効果がもたらされ得る:(i)視細胞の変性の防止および/または変性した視細胞の回復、(ii)視細胞の機能低下の防止および/または低下した視細胞機能の回復、(iii)視機能の低下防止および/または低下した視機能の回復。
【0069】
[顕性型変異ロドプシン遺伝子の治療に関する利点]
以下、図2、3を参照しながら、本発明の一実施形態に係る治療剤を顕性型変異ロドプシン遺伝子の治療に適用することの利点について説明する。顕性型変異ロドプシン遺伝子に起因する疾患としては、網膜色素変性症が挙げられる。この疾患は、視細胞(杆体視細胞)の細胞死に起因する遺伝性中途失明疾患であり得る。ロドプシン遺伝子の変異を原因とする網膜色素変性症患者は、網膜色素変性症の全患者のうち約6%を占めている。
【0070】
ヒトのロドプシンタンパク質は、約348アミノ酸から構成される、杆体視細胞に特異的な光感受性G蛋白質共役受容体(GPCR)である。このタンパク質は、杆体視細胞外節部分のディスク膜に局在している。ロドプシンタンパク質をコードしているロドプシン遺伝子(Rho)には、5つのエキソンが含まれており、タンパク質として翻訳されるコーディング領域(CDS;10kb)、5’側非翻訳領域(1.5kb)、および3’側非翻訳領域(ポリA付加配列など;2kb前後)から構成されている(図2)。そして、既報によると、ロドプシン遺伝子に変異を有している網膜色素変性患者の遺伝子診断の結果、顕性型変異も含めて110種類の遺伝子変異が報告されている(図3)。
【0071】
通常のゲノム編集技術は、「変異を削除して正しい遺伝子を挿入する」という戦略に基づいているため、これら110種類の遺伝子変異のそれぞれに対して、適切なgRNAおよびドナーDNAを設計する必要がある。また、ゲノム編集技術は、相同組換え修復(HDR)を利用するものが多い。HDRは、分裂細胞では発生の頻度が高いが、非分裂細胞では発生の頻度が低い。これに関して、顕性型変異ロドプシン遺伝子を発現している視細胞は、非分裂細胞である。つまり、通常のゲノム編集技術の主流では、視細胞を効率的に治療することは難しい。
【0072】
これに対して、本発明の一実施形態に係る治療剤は、プロモーター配列と顕性型変異ロドプシン遺伝子との間に正常型ロドプシン遺伝子をノックインすることにより、顕性型変異ロドプシン遺伝子をノックアウトする。つまり、顕性型変異ロドプシン遺伝子に含まれる遺伝子変異がどのようなものであろうとも(そして、未知の変異であろうとも)、同じgRNAおよびドナーDNAを用いることができる。また、この治療剤はNHEJを利用しているので、非分裂細胞である視細胞でも、効率的にゲノム編集を実行することができる。
【0073】
〔その他〕
また、本発明には、以下の態様も含まれる。
【0074】
[1]
ゲノム内の正常型ロドプシン遺伝子に顕性型変異が生じている顕性型変異ロドプシン遺伝子に由来する疾患の治療剤であって、
上記治療剤は、下記(a)~(c)の配列を有するポリヌクレオチドを含むドナーDNAを含んでいる、治療剤:
(a)上記正常型ロドプシン遺伝子;
(b)上記正常型ロドプシン遺伝子の上流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第1逆方向標的配列;
(c)上記正常型ロドプシン遺伝子の下流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第2逆方向標的配列;
(ここで、
上記逆方向標的配列とは、上記ゲノム内に存在しており上記デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される標的配列を、逆位にした配列を意味する)。
【0075】
[2]
上記ドナーDNAは、下記配列(d)をさらに含んでいる、[1]に記載の治療剤:
(d)上記正常型遺伝子と上記第2逆方向標的配列との間に位置している、転写制御配列。
【0076】
[3]
下記(i)および/または(ii)をさらに含んでいる、[1]または[2]に記載の治療剤:
(i)gRNA、または当該gRNAの発現ベクター
(ii)上記デザイナー・ヌクレアーゼ、または当該デザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクター。
【0077】
[4]
上記ドナーDNAは、上記正常型ロドプシン遺伝子を高発現させる配列をさらに含んでいる、[1]~[3]のいずれか1つに記載の治療剤。
【0078】
[5]
上記ドナーDNAは、非ウイルス性送達により細胞内に送達され、
上記正常型ロドプシン遺伝子の発現カセットは、pLeaklessIIIプラスミドに挿入されている、[1]~[4]のいずれか1つに記載の治療剤。
【0079】
[6]
上記治療剤は、上記gRNAの発現ベクターおよび上記デザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクターをさらに含んでおり、
上記ドナーDNA、上記gRNAの発現ベクターおよび上記デザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクターは、非ウイルス性送達により細胞内に送達され、
上記gRNAの発現カセットは、上記正常型ロドプシン遺伝子の発現カセットおよび/または上記デザイナー・ヌクレアーゼの発現カセットとは、異なるベクター上に配置されている、[5]に記載の治療剤。
【0080】
[7]
上記治療剤は、上記gRNAの発現ベクターおよび上記デザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクターをさらに含んでおり、
上記ドナーDNA、上記gRNAの発現ベクターおよび上記デザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクターは、AAVベクターによって構成され、
上記AAVベクターは、AAV2、AAV5、AAV8およびAAV9からなる群より選択される1種類以上である、[1]~[4]のいずれか1つに記載の治療剤。
【0081】
[8]
上記ドナーDNA、上記gRNAの発現ベクターおよび上記デザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクターは、それぞれ異なるAAVベクターによって構成されている、[7]に記載の治療剤。
【0082】
[9]
上記gRNAが認識する配列は、配列番号6または配列番号8である、[1]~[9]のいずれか1つに記載の治療剤。
【0083】
<1>
治療剤を投与対象(例えば、ヒト、またはヒト以外の哺乳動物(ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、イヌ、ネコ、ウサギ、マウス、ラットなど)等)へ投与する工程を有し、
上記治療剤は、下記(a)~(c)の配列を有するポリヌクレオチドを含むドナーDNAを含んでいるものである、ゲノム内の正常型遺伝子に顕性型変異が生じている顕性型変異遺伝子に由来する疾患の治療方法:
(a)上記正常型遺伝子;
(b)上記正常型遺伝子の上流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第1逆方向標的配列;
(c)上記正常型遺伝子の下流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第2逆方向標的配列;
(ここで、逆方向標的配列とは、上記ゲノム内に存在しており上記デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される標的配列を、逆位にした配列を意味する)。
【0084】
<2>
上記ドナーDNAは、下記配列(d)をさらに含んでいる、<1>に記載の治療方法:
(d)上記正常型遺伝子と上記第2逆方向標的配列との間に位置している、転写制御配列。
【0085】
<3>
上記治療剤は、下記(i)および/または(ii)をさらに含んでいる、<1>または<2>に記載の治療方法:
(i)gRNA、または当該gRNAの発現ベクター、
(ii)上記デザイナー・ヌクレアーゼ、または当該デザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクター。
【0086】
<4>
上記治療剤は、非分裂細胞に対して使用されるものである、<1>~<3>のいずれかに記載の治療方法。
【0087】
<5>
上記正常型遺伝子は、ロドプシン遺伝子、ペリフェリン遺伝子、ペリフェリン遺伝子、BEST1遺伝子およびOPTN遺伝子からなる群から選択される1つ以上である、<1>~<4>のいずれかに記載の治療方法。
【0088】
<6>
上記疾患は、網膜色素変性症、黄斑ジストロフィおよび遺伝性の緑内障からなる群より選択される1つ以上である、<1>~<5>のいずれかに記載の治療方法。
【0089】
(1)
ゲノム内の正常型遺伝子に顕性型変異が生じている顕性型変異遺伝子に由来する疾患の治療剤であって、
上記治療剤は、下記(a)~(c)の配列を有するポリヌクレオチドを含むドナーDNAを含んでいる、治療剤:
(a)上記正常型遺伝子;
(b)上記正常型遺伝子の上流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第1逆方向標的配列;
(c)上記正常型遺伝子の下流に位置しており、デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される、第2逆方向標的配列;
(ここで、逆方向標的配列とは、上記ゲノム内に存在しており上記デザイナー・ヌクレアーゼによって切断される標的配列を、逆位にした配列を意味する)。
【0090】
(2)
上記ドナーDNAは、下記配列(d)をさらに含んでいる、(1)に記載の治療剤:
(d)上記正常型遺伝子と上記第2逆方向標的配列との間に位置している、転写制御配列。
【0091】
(3)
下記(i)および/または(ii)をさらに含んでいる、(1)または(2)に記載の治療剤:
(i)gRNA、または当該gRNAの発現ベクター
(ii)上記デザイナー・ヌクレアーゼ、または当該デザイナー・ヌクレアーゼの発現ベクター。
【0092】
(4)
非分裂細胞に対して使用される、(1)~(3)のいずれかに記載の治療剤。
【0093】
(5)
上記正常型遺伝子は、ロドプシン遺伝子、ペリフェリン遺伝子、BEST1遺伝子およびOPTN遺伝子からなる群から選択される1つ以上である、(1)~(4)のいずれかに記載の治療剤。
【0094】
(6)
上記疾患は、網膜色素変性症、黄斑ジストロフィおよび遺伝性の緑内障からなる群より選択される1つ以上である、(1)~(5)のいずれかに記載の治療剤。
【実施例
【0095】
〔材料〕
[発現カセット]
ベクターに組み込む発現カセットとして、常法に則り以下を作製した。
【0096】
1.ヌクレアーゼの発現カセット
ヌクレアーゼとしては、Streptococcus pyogenes由来のCas9(SpCas9)を使用した(SpCas9をコードする配列:配列番号1、Uniprot Accession No. Q99ZW2)。杆体視細胞に特異的にヌクレアーゼを発現させるために、プロモーターとしては、ウシ由来のロドプシンプロモーター内の300bp(配列番号2、遺伝子位置:chr22:56,231,474-56,231,769)または2.2kbp(配列番号3、遺伝子位置:chr22:56,231,473-56,233,726)の領域を使用した(Gouras P et al. (1994) "Reporter gene expression in cones in transgenic mice carrying bovine rhodopsin promoter/lacZ transgenes," Visual Neuroscience, Vol.11(Issue 6), pp.1227-1231; Matsuda T & Cepko CL (2007) "Controlled expression of transgenes introduced by in vivo electroporation," PNAS, Vol.104(No.3), pp.1027-1032; Onishi A et al. (2010) "The orphan nuclear hormone receptor ERRβ controls rod photoreceptor survival," PNAS, Vol.107(No.25), pp.11579-11584.)。また、ポリA付加配列として、ウサギβグロビンのポリA付加配列(配列番号4、遺伝子位置:chr1:146,236,661-146,237,138)を使用した。ポリA付加配列は、他の汎用的なポリA付加配列に変更してもよい(SV40pA、HGH pAなど)。
【0097】
上流から順に、ウシロドプシンプロモーターの300bp領域、SpCas9をコードする配列、ポリA付加配列を配置した発現カセットを、「Rho300-Cas9」と称する。同様に、上流から順に、ウシロドプシンプロモーターの2.2kbp領域、SpCas9をコードする配列、ポリA付加配列を配置した発現カセットを、「Rho2k-Cas9」と称する。
【0098】
2.gRNAの発現カセット
gRNA配列は、標的核酸の認識配列であるcrRNAと、切断を活性化するtracerRNAとの複合体として構成されている。crRNAによって認識される配列の選択には、SpCas9のPAM配列(NGG)のgRNA検索エンジンを利用した(http:/ /crispr.technology/)。tracerRNAの配列は、5'-GUUUUAGAGCUAGAAAUAGCAAGUUAAAAUAAGGCUAGUCCGUUAUCAACUUGAAAAAGUGGCACCGAGUCGGUGC-3'(配列番号5)であった。検索範囲は、エキソン1の翻訳開始点から上流100bp以内とした。この領域は、ロドプシン遺伝子のエキソン1の上流に位置しており、進化的に保存されていない領域である。検索により提示された特異性の高い候補領域のうち、塩基配列が重複しない3つの領域を選択した。それぞれの配列は、以下の通りである(それぞれのgRNAによる認識配列の位置関係については、図4を参照)。
gRNA1の認識配列:配列番号6(TCTGTCTACGAAGAGCCCGTGGG;スコア:high(800))
gRNA2の認識配列:配列番号7(GGCTCTCGAGGCTGCCCCACGGG;スコア:high(800))
gRNA3の認識配列:配列番号8(CTGAGCTCGCCAAGCAGCCTTGG;スコア:moderate(600))。
【0099】
上流から順に、ヒトU6プロモーター配列(遺伝子位置chr15:67,840,082-67,840,309)、各crRNAの配列、tracerRNA配列を配置した発現カセットを、「U6-gRNA1」、「U6-gRNA2」、「U6-gRNA3」と称する。
【0100】
3.正常型ロドプシン遺伝子
正常型ロドプシン遺伝子としては、正常型マウスロドプシンタンパク質のcDNA(配列番号9、Accession No. NM_145383.2)を使用した。
【0101】
ロドプシンタンパク質は視細胞外節の9割以上を占めているので、ノックインされる正常型ロドプシン遺伝子には高い発現量が要求される。そこで、正常型ロドプシン遺伝子の上流に、ヒトβ-グロビン遺伝子および免疫グロブリン遺伝子に由来するキメライントロン配列(228bp(配列番号10)、Choi op cit.; Sakurai op cit.を参照)を配置した。このキメライントロン配列は、培養細胞のタンパク質発現実験において、発現量を上げるために用いられている。
【0102】
また、正常型ロドプシン遺伝子の下流においては、当該正常型ロドプシン遺伝子のストップコドンを削除した。さらに、Furin配列およびP2A配列(78bp;いずれも自己消化ペプチド配列;配列番号11)、AcGFP遺伝子(720bp;配列番号12)、ならびに、ロドプシン遺伝子の3’非翻訳領域(al-Ubaidi MR et al. (1990) "Mouse Opsin: Gene structure and molecular basis of multiple transcripts," Journal of Biological Chemistry, Vol.265(No.33), pp.20563-20569.)およびその下流の100bpの配列(合計2158bp、配列番号13、遺伝子位置:chr6:115,936,720-115,938,976)、を順に配置した。Furin配列およびP2A配列は、ロドプシンタンパク質の発現とAcGFPタンパク質の発現とを連動させる配列である(これらの配列は、ロドプシンタンパク質のC末端側およびAcGFPタンパク質のN末端側で切断されるので、他のタンパク質に影響を及ぼさない)。また、AcGFP遺伝子は、ドナー遺伝子のノックインおよび発現を可視化するためのレポーターである。
【0103】
さらに、得られた配列の上流および下流に逆方向標的配列を配置した。逆方向標的配列は、上述したgRNAの塩基配列の上流と下流とを逆転させた配列(逆位配列)である。gRNA1に対応する逆方向標的配列を選択した発現カセットを、「mRho-HITI-Donor[gRNA1]」と称する。gRNA2に対応する逆方向標的配列を選択した発現カセットを、「mRho-HITI-Donor[gRNA2]」と称する。gRNA3に対応する逆方向標的配列を選択した発現カセットを、「mRho-HITI-Donor[gRNA3]」と称する。
【0104】
図5に、上記で作製した正常型ロドプシン遺伝子の発現カセット(約4.4kb)を含んでいるドナー遺伝子の構造を模式的に示す。逆方向標的配列の存在により、正常型ロドプシン遺伝子が逆方向に挿入された場合は、挿入された配列がCas9により再度切断される。そして、正常型ロドプシン遺伝子が順方向に挿入されるまで、切断および挿入が繰り返される。
【0105】
4.mCherry
遺伝子が導入されているか否かのレポーターとして、赤色蛍光タンパク質であるmCherryを使用した(mCherryをコードする配列:配列番号14)。プロモーターとしては、CAGプロモーター(配列番号15)またはウシ由来ロドプシンプロモーターの300bp領域(配列番号16)を使用した。ポリA付加配列としては、ウサギβグロビンのポリA付加配列を使用した。なお、レポーターは、他の赤色蛍光タンパク質に変更してもよい(mRFP、DsRed2、tdTomatoなど)。また、ポリA付加配列も、他の汎用的なポリA付加配列に変更してもよい(SV40pA、HGH pAなど)。
【0106】
上流から順に、CAGプロモーター、mCherryをコードしている配列、ポリA付加配列を配置した発現カセットを、「CAG-mCherry」と称する。同様に、上流から順に、ウシロドプシンプロモーターの300bp領域、mCherryをコードしている配列、ポリA付加配列を配置した発現カセットを、「Rho300-mCherry」と称する。
【0107】
なお、mCherryの発現カセットは、ゲノム編集に基づく治療には不要であるため、本発明の一実施形態に係る治療剤には含まれている必要はない。
【0108】
[プラスミドベクター]
常法に則り、上述の発現カセットを有しているプラスミドベクターを作製した。プラスミドベクターの具体的な構成は、以下の通りである。
【0109】
1.Cas9の発現ベクター
プラスミドpCAGIG(Addgene #11159)のうち、CAGプロモーターからpolyA配列までの領域を、Rho300-Cas9またはRho2k-Cas9と置換した。これによって、発現ベクター「pRho300-Cas9」および「pRho2k-Cas9」を作製した。
【0110】
2.gRNAの発現ベクター
プラスミドpBluescriptIIのマルチクローニングサイト(MCS)に、U6-gRNA1、U6-gRNA2またはU6-gRNA3を挿入した。これによって、発現ベクター「pU6-gRNA1」、「pU6-gRNA2」および「pU6-gRNA3」を作製した。
【0111】
3.正常型ロドプシン遺伝子の発現ベクター
プラスミドpLeaklessIII(Tunekawa Y et al. (2016) "Developing a de novo targeted knock-in method based on in utero electroporation into the mammalian brain," Deveopment, Vol.143(Issue 17), pp.3216-3222.)のMCSに、mRho-HITI-Donor[gRNA1]、mRho-HITI-Donor[gRNA2]、またはmRho-HITI-Donor[gRNA3]を挿入した。これによって、発現ベクター「pLeaklessIII-mRho-HITI-Donor[gRNA1]」、「pLeaklessIII-mRho-HITI-Donor[gRNA2]」、および「pLeaklessIII-mRho-HITI-Donor[gRNA3]」を作製した。
【0112】
ここで、pLeaklessIIIは、プラスミドの内因性転写活性のインサートへの影響を軽減するプラスミドである。このプラスミドは、MCSの上流にCMVプロモーターおよび3個のSV40-polyAが配置されている。そのため、プラスミド由来の内因性転写活性は、インサートを挿入するMCS配列より前において停止されている。
【0113】
4.mCherryの発現ベクター
プラスミドpCAGIGのCAGプロモーターからGFPの配列を制限酵素処理で除去した後に、CAG-mCherryまたはRho300-mCherryを挿入した。これによって、発現ベクター「pCAG-mCherry」および「pRho300-mCherry」を作製した。
【0114】
〔実施例1:使用するgRNAによるノックイン効率の検討〕
上述のgRNA1、gRNA2およびgRNA3のそれぞれについて、正常型ロドプシン遺伝子のノックイン効率を検討した。
【0115】
上述の発現ベクターを含む溶液を表1に示す比率で混合して、3種類のノックイン用溶液を調製した。
【0116】
【表1】
出生後0日(P0)のマウス(6匹)の網膜下に、HITI-gRNA1、HITI-gRNA2、HITI-gRNA3を、0.3~0.4μL注入した。網膜側が陽極となるようにマウスの頭部をピンセット電極(ネッパジーン株式会社製CUY650-7)で挟み、エレクトロポレーター(ネッパジーン株式会社製NEPA21)で電気パルスを与えて、発現ベクターを細胞内に導入した(詳細は、既報(Matsuda op cit.; Onishi op cit.; de Melo J & Blackshaw S (2011) "In vivo Electroporation of Developing Mouse Retina," Journal of Visualized Experiments, (57), e2847.)を参照)。図6に、上述の方法の概要を模式的に示す。
【0117】
Rho2k-Cas9に組み込まれているロドプシンプロモーターは、杆体視細胞に分化した後の、P7~10において活性化が始まる。つまり、非分裂細胞である杆体視細胞において、Cas9が発現し始めことになる。
【0118】
P21において、6個分の眼球を回収した(この時点においては、網膜の細胞分化が概ね完了している)。この眼球を、眼球の外側にある強膜を剥離させた状態(eyecup)にして、4%パラホルムアルデヒド溶液(ナカライテスク株式会社製)中で、室温にて1時間固定した。その後、蛍光実体顕微鏡を用いて、GFPおよびmCherryの蛍光像を撮影した。結果を図7に示す。
【0119】
図7の上段の重ね合わせ画像(Overlay)を示す図において、破線の円は、1個の眼球を示している。また、図7の中段は、AcGFPの蛍光像を示す図であり、正常型ロドプシン遺伝子がノックインされた細胞を示している。下段は、mCherryの蛍光像を示す図であり、発現ベクターが導入された細胞を示している。
【0120】
図7に示されている通り、gRNA1およびgRNA3を用いた場合に緑色光が認められた。この結果から、gRNAとしてgRNA1またはgRNA3を選択することが、正常型ロドプシン遺伝子のノックイン効率を向上させる観点から好ましいことが示唆される。
【0121】
次に、上記と同じアイカップから網膜切片を作製し、AcGFPおよびmCherryの蛍光像を観察した。結果を図8に示す。
【0122】
図8の網膜切片の蛍光像に示されている通り、AcGFPを発現している細胞は、杆体視細胞が局在する網膜外顆粒層(ONL)のみに認められた。一方、mCherryを発現している細胞は、水平細胞、双極細胞およびアマクリン細胞が分布している、網膜内顆粒層(INL)にも認められた。この結果は、正常型ロドプシン遺伝子のノックインが、杆体視細胞に特異的に発生したことを示している。
【0123】
次に、上記で得られた網膜切片の蛍光像から、網膜外顆粒層(ONL)における、「AcGFPを発現している細胞/mCherryを発現している細胞」の比率を算出した。結果を図9に示す。
【0124】
図9に示されている通り、gRNA1またはgRNA3を使用した場合は、約8~9割の高い確率でノックインが起きたことが分かる。
【0125】
次に、gRNA1を使用して正常型ロドプシン遺伝子をノックインしたマウスの網膜切片を、抗ロドプシン抗体で染色した。結果を図10に示す。
【0126】
図10に示されている通り、AcGFPを発現している細胞において、抗ロドプシン抗体の結合が確認された。つまり、正常型ロドプシン遺伝子がノックインされた細胞における、ロドプシンタンパク質の発現が認められた。
【0127】
〔実施例2:発現ベクターの構成によるノックイン効率の検討〕
発現ベクターの構成が、ノックイン効率に及ぼす影響を検討した。具体的には、発現カセットを組み込むプラスミドの種類、および1つのプラスミドに組み込む発現カセットの組み合わせを変更して、これらがノックイン効率に及ぼす影響を検討した。そのために、上述の発現ベクターに加えて、以下の発現ベクターを作製した。
【0128】
なお、これらの発現ベクターは、ITR配列を両端に持つプラスミド状のアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター(pAAV)を用いて作製した。pAAVには5kb程度のパッケージング上限があるため、発現カセットはその上限以内に収まるように設計した。
【0129】
1.pAAV-U6-gRNA1:Rho300-mCherry
U6-gRNA1(gRNA1の発現カセット)およびRho300-mCherry(mCherryの発現カセット)を、pAAVに挿入した。これによって、タンデム発現ベクター「pAAV-U6-gRNA1:Rho300-mCherry」を作製した。
【0130】
2.pAAV-U6-gRNA1:mRho-HITI-Donor[gRNA1]
U6-gRNA1(gRNA1の発現カセット)およびmRho-HITI-Donor[gRNA1](正常型ロドプシン遺伝子の発現カセット)を、pAAVに挿入した。これによって、タンデム発現ベクター「pAAV-U6-gRNA1:mRho-HITI-Donor[gRNA1]」を作製した。
【0131】
3.pAAV-mRho-HITI-Donor[gRNA1]
mRho-HITI-Donor[gRNA1](正常型ロドプシン遺伝子の発現カセット)を、pAAVに挿入した。これによって、発現ベクター「pAAV-mRho-HITI-Donor[gRNA1]」を作製した。
【0132】
4.pAAV-Rho2k-Cas9
Rho2k-Cas9(Cas9の発現カセット)を、pAAVに挿入した。これによって、発現ベクター「pAAV-Rho2k-Cas9」を作製した。
【0133】
5.pAAV-Rho300-Cas9
Rho300-Cas9を、pAAVに挿入した。これによって、発現ベクター「pAAV-Rho300-Cas9」を作製した。
【0134】
上述の発現ベクターを含む溶液を、表2に示す比率で混合して、(1)~(8)のノックイン用溶液を調製した。なお、各溶液の特徴は、以下の通りである。
【0135】
(1)コントロール
(2)Rhoプロモーターを2kbから300bpに短縮
(3)gRNAの発現カセットとmCherryの発現カセットとをタンデム
(4)正常型ロドプシン遺伝子の発現カセットをpAAVに挿入
(5)(3)および(4)の条件の組合せ
(6)(2)~(4)の条件の組合せ
(7)gRNAの発現カセットと正常型ロドプシン遺伝子の発現カセットとをタンデム
(8)(2)および(7)の条件の組合せ
【0136】
【表2】
上記のノックイン用溶液を用いて、実施例1と同様にして、エレクトロポレーション法により発現ベクターを細胞内に導入した。
【0137】
P21において、眼球を回収した。この眼球をアイカップに解剖した後に、蛍光実体顕微鏡を用いて、AcGFPおよびmCherryの蛍光像を撮影した。結果を図11に示す。
【0138】
(1)と(2)との結果を比較すると、ロドプシンプロモーターとして、Rho2kを使用しても、Rho300を使用しても、AcGFPの発現強度は変化しなかった。このことから、ロドプシンプロモーターは、300bpまで短縮しても、ノックイン効率に影響しないことが示唆される。
【0139】
(1)、(3)および(7)の結果を比較すると、gRNAの発現カセットと他のカセットとを複合化した発現ベクターは、複合化していない発現ベクターと比べて、AcGFPの発現強度が低下した。このことから、gRNAの発現カセットと他のカセットとを複合化させない方が、ノックイン効率が高まることが示唆される。
【0140】
(1)と(4)とを比較すると、正常型ロドプシン遺伝子の発現カセットをpAAVに挿入した発現ベクターは、pLeaklessIIIに挿入した発現ベクターと比べて、AcGFPの発現強度が低下した。このことから、正常型ロドプシン遺伝子の発現カセットを、pLeaklessIIIに挿入すると、ノックイン効率が高まることが示唆される。
【0141】
〔実施例3:ウイルス性送達におけるノックイン効率の検討〕
ウイルス性送達におけるノックイン効率を検討した。具体的には、成体の杆体視細胞への感染が確認されているAAVの8型を利用して、AAV8ベクターを作製し、これらのノックイン効率を検討した。そのために、以下の組換えAAV8ウイルスを作製した。
【0142】
1.AAV8-Rho300-Cas9
Rho300-Cas9(Cas9の発現カセット)を、pAAVに挿入した。その後、AAVヘルパーフリー発現システムにより、組換えAAV8ウイルス「AAV8-Rho300-Cas9」を作製した。
【0143】
2.scAAV8-U6-gRNA1-WPRE-U6-gRNA1
gRNAの発現効率を高めるために、WPRE(woodchuck hepatitis virus posttranscriptional regulatory element)を挟んだタンデムリピート発現カセット「U6-gRNA1-WPRE-U6-gRNA1」を作製した。また、発現効率を高めるために、この発現カセットを自己相補型(self-complementary)のpscAAVに挿入した。その後、AAVヘルパーフリー発現システムにより、組換えscAAV8ウイルス「scAAV8-U6-gRNA1-WPRE-U6-gRNA1」を作製した。なお、WPREは、核から細胞質へ送られたmRNAの安定性を高め成熟を促進する配列であり、ウイルスへのパッケージング、ウイルス力価および導入遺伝子の発現を向上させる。
【0144】
3.AAV8-mRho-HITI-Donor[gRNA1]
mRho-HITI-Donor[gRNA1](正常型ロドプシン遺伝子の発現カセット)を、pAAVに挿入した。その後、AAVヘルパーフリー発現システムにより、組換えAAV8ウイルス「AAV8-mRho-HITI-Donor[gRNA1]」を作製した。
【0145】
4.AAV8-CAG-mCherry-WPRE
CAG-mCherry(mCherryの発現カセット)およびWPREを、pAAVに挿入した。その後、AAVヘルパーフリー発現システムにより、組換えAAV8ウイルス「AAV8-CAG-mCherry-WPRE」を作製した。
【0146】
これらの組換えAAV8ウイルスを使用して、マウスに正常型ロドプシン遺伝子を導入した。導入に用いた発現ベクターおよび遺伝子コピー数を、表3に示す。
【0147】
【表3】
試験例1および試験例2の組換えAAV8ウイルスを、3ヶ月齢のマウスの網膜下に注入し、感染させた。感染から1ヶ月後および2ヶ月後の網膜を回収して、flat-mount標本を作製した。その後、実施例2と同様に、AcGFPおよびmCherryの蛍光像を撮影した。結果を図12に示す。
【0148】
図12の左列は、試験例1の組換えAAV8ウイルスに感染させたマウスの網膜の蛍光像を示す図である(上段:感染から1ヶ月後、下段:感染から2ヶ月後)。また、図12の右列は、試験例2の組換えAAV8ウイルスに感染させたマウスの網膜の蛍光像を示す図である(上段:感染から1ヶ月後、下段:感染から2ヶ月後)。図中の矢頭は、組換えAAV8ウイルスを網膜下注射した箇所を示している。
【0149】
左列下段の点線の領域は、微量のAcGFP発現が認められる領域を示している。試験例1は、gRNAの発現ベクターを導入しないネガティブ・コントロールであるが、AAVのITRの転写活性に由来するAcGFPが観察されたものと考えられる。つまり、試験例1では、正常型ロドプシン遺伝子のノックインは、実際には発生していないと考えられる。
【0150】
図12に示されている通り、AcGFPを発現している範囲は、感染から1ヶ月後には網膜の1/4であり、感染から2ヶ月後には約2/3にまで広がっていた。このことは、AAVウイルスが感染し、核内に移行して、導入遺伝子を発現させるまでの所要時間と関係している。
【0151】
次に、感染から2ヶ月後の網膜の切片を作製し、AcGFPおよびmCherryの蛍光像を観察した。結果を図13に示す。図13の左列は、試験例1の組換えAAV8ウイルスに感染させたマウスの網膜の蛍光像を示す図である。右列は、試験例2の組換えAAV8ウイルスに感染させたマウスの網膜の蛍光像を示す図である。
【0152】
図13に示されている通り、試験例2の組換えAAV8ウイルスに感染して2ヶ月後の網膜切片では、実施例2(図8)と同程度のAcGFPを発現している細胞が認められた。なお、試験例1の組換えAAV8ウイルスに感染して2ヶ月後の網膜切片でも、AcGFPを発現している細胞が認められたが、これは、AAVのITRの転写活性に由来すると考えられる。
【0153】
〔実施例4:RhoP23H網膜色素変性症モデルマウスの遺伝子治療〕
網膜色素変性症モデルマウスとして、ヒトRho変異で最も多いRhoP23Hノックインマウスを使用した(Sakami S et al. (2011) "Probing Mechanisms of Photoreceptor Degeneration in a New Mouse Model of the Common Form of Autosomal Dominant Retinitis Pigmentosa due to P23H Opsin Mutations," Journal of Biological Chemistry, Vol.286(No.12), pp10551-10567.を参照)。当該ノックインマウスでは、Rho遺伝子のエキソン1の23番目のプロリン残基が、ヒスチジン残基に置換されている。当該ノックインマウスでは、ロドプシンタンパク質が正しい構造に折り畳まれないことによる小胞体ストレスのために、網膜変性が生じる(Chiang WC et al. (2015) "Robust Endoplasmic Reticulum-Associated Degradation of Rhodopsin Precedes Retinal Degeneration," Molecular Neurobiology, Vol.52(Issue 1), pp.679-695.を参照)。
【0154】
この変異をホモで有するマウス(RhoP23H/P23H)は、P10~P20において、ほとんどの杆体視細胞が変性して細胞死に至る。その後1ヶ月齢になると、視細胞が存在する神経細胞層(外顆粒層:ONL)が薄層化する。このため、当該マウスは、治療により生存した杆体視細胞の検出に有用である。
【0155】
一方、この変異をヘテロで有するマウス(Rho+/P23H)は、P30までにONLの厚さが半分程度になるが、それ以降の網膜の変性は緩やかになる。このとき、視細胞の微細形態(視細胞外節の長さなど)や網膜電図の応答は、正常なマウスの半分程度となる。このため、当該マウスは、治療により生存した杆体視細胞の機能評価に有用である。
【0156】
[4-1.RhoP23H/P23Hマウスの遺伝子治療]
P0のRhoP23H/P23Hマウスの一方の眼に対して、実施例2で使用したノックイン用溶液(1)を用いて、発現ベクターを導入した。発現ベクターの導入方法は、実施例4と同様に、エレクトロポレーション法によった。他方の眼には、エレクトロポレーションを行わず、コントロールとした。
【0157】
P14、P21およびP50の時点で網膜の切片を作製した。この切片を、抗ロドプシン抗体およびDAPIを用いて組織染色を行った。結果を図14に示す。
【0158】
図14に示されている通り、P14においては、正常型ロドプシン遺伝子をノックインした網膜のONLの厚さは、コントロールの網膜のONLの厚さと同等であった。しかしながら、P21およびP50においては、正常型ロドプシン遺伝子をノックインした網膜では、AcGFPを発現している細胞が存在し、ONLの薄層化が抑制され、ロドプシンの発現が外節部分に認められた。これに対し、コントロールの網膜のONLは薄層化していた。つまり、正常型ロドプシン遺伝子のノックインにより、RhoP23H/P23Hマウスにおける杆体視細胞の変性が抑制された。このことは、正常型ロドプシン遺伝子のノックインと、P23Hロドプシンのノックアウトとが発生し、正常型ロドプシンが発現することによって、視細胞の死が回避されたことを示唆している。
【0159】
[4-2.Rho+/P23Hマウスの遺伝子治療]
1ヶ月齢のRho+/P23Hマウスを2匹用意し、それぞれの左眼に、実施例3の試験例2で使用した組換えAAV8ウイルスを注入した。AAV8ウイルスの注入は、実施例3と同様の手法で行った。右眼にはAAV8ウイルスを注入せず、コントロールとした。
【0160】
感染から1ヶ月後、蛍光眼底造影検査によって、AcGFP蛍光を確認した。結果を図15に示す。図15の上段は右眼の蛍光像を示す図であり、下段は左眼の蛍光像を示す図である。また、左列は、野生型マウスに対してAAV8ウイルスを注入し、感染から1ヵ月後に蛍光眼底造影検査を実施した際の蛍光像を示す図である。
【0161】
図15に示されている通り、Rho+/P23Hマウス2匹の間に個体差があるものの、いずれのマウスもAcGFPを発現している細胞を有していた。つまり、これらの視細胞では、正常型ロドプシン遺伝子のノックインによって、P23H変異ロドプシンに代わり正常型ロドプシンが発現している事が示唆される。
【0162】
次に、感染から3ヶ月後に、qOMR視覚運動反応定量システム(Phenosys社製)を用いて視機性眼球反応検査を行い、右眼および左眼の視機性眼球反応を定量した。この検査では、四方をモニタで囲まれた検査箱にマウスを収容する。モニタには、太さの異なる縞模様が表示され、一定時間で左右に動く。検査箱内のマウスが、縞模様を認識できる場合は、縞模様の動きに合わせて頭を動かす(視機性眼球反応)。上から見て時計回り回転の場合は左眼由来の視機性眼球反応を示しており、反時計回りの場合は右眼由来の視機性眼球反応を示していることになる。マウス頭上のカメラによって頭の位置をトラッキングし、視機性眼球反応を定量化した。結果を図16に示す。
【0163】
図16の左図は、AAV8ウイルスを注入していない未処置のRho+/P23Hマウスの試験結果を示すグラフである。中央図および右図は、左眼に対してAAV8ウイルスを注入した2匹のRho+/P23Hマウスの試験結果を示すグラフである。
【0164】
野生型マウスでは、両眼共に0.2cyc/degの縞模様で最も高い応答を示し、正答率(Mean optomotor response)は2.0前後となった(不図示)。これに対し、図16に示されている通り、未処置のRho+/P23Hマウス(左図)では、野生型と同様に両眼共に0.2cyc/degの縞模様で一番高い応答を示したが、正答率は、野生型よりも低く、1.5前後であった。一方、左眼にAAV8ウイルスを注入した2匹のRho+/P23Hマウス(中央図および右図)では、左眼の正答率が右眼よりも有意に高かった。これらの結果から、正常型ロドプシン遺伝子のノックインによって、Rho+/P23Hマウスの杆体視細胞の機能低下が抑制されたことが明らかになった。これは、正常型ロドプシン遺伝子のノックインと、P23Hロドプシンのノックアウトとが発生し、正常型ロドプシンが発現することによって、視機能が回復した、または、視機能低下が抑制されたためと考えられる。
【0165】
〔実施例5:ヒトロドプシン遺伝子に対する遺伝子治療の検証〕
[5-1.gRNA]
ヒトロドプシン遺伝子に対する遺伝子治療の可能性を検証するために、ヒト細胞において有効なgRNAの認識配列を検討した。
【0166】
SpCas9用のgRNA検索エンジン(http://crispr.technology/)を利用して、ヒトロドプシン遺伝子のエキソン1の翻訳開始点から上流100bp以内の領域内において、gRNA認識配列を検索した。その結果、gRNA(hs086172148)によって認識される配列がヒットした(配列番号17:TCAGGCCTTCGCAGCATTCTTGG;スコア:high (800))。gRNA(hs086172148)による認識配列の位置を、図17に示す。図17において、矢印はCas9切断箇所を示している。
【0167】
[5-2.SSAアッセイ]
gRNA(hs086172148)による認識配列の切断効率を、シングルストランドアニーリング(SSA)アッセイにより検証した。図18に、SSAアッセイの概要を模式的に示す。
【0168】
図18に示されている通り、SSAアッセイ用の強化緑色蛍光タンパク質(EGFP)遺伝子発現プラスミドのEGFP遺伝子配列内に、gRNA(hs086172148)認識配列を挿入し、改変EGFP遺伝子発現プラスミドを作製した。このプラスミドに含まれているEGFPをコードする塩基配列は、gRNA(hs086172148)認識配列と隣接する位置において、一部重複している。すなわち、gRNA(hs086172148)認識配列の上流および下流に、一部重複した塩基配列を有している。
【0169】
そのため、gRNA(hs086172148)認識配列がCas9により切断されると、切断箇所の上流および下流に位置する重複配列が、相同組換えまたはシングルストランドアニーリングを起こす。これにより、全長のEGFPをコードする塩基配列が完成し、EGFPが発現するようになる。
【0170】
作製した改変EGFP遺伝子発現プラスミド、gRNA(hs086172148)の発現ベクター、および、Cas9の発現ベクター混合し、トランスフェクション用混合液を調製した。このトランスフェクション用混合液を用いて、HEK293細胞をトランスフェクションした。トランスフェクションしたHEK293細胞を、37℃、5%COの条件にて72時間培養した後、EGFPの発現を検出した。対照として、gRNA(hs086172148)発現ベクターを含まない系でも、同様の実験を行った。結果を図19に示す。
【0171】
図19に示されている通り、改変EGFP遺伝子発現プラスミドと、gRNA(hs086172148)の発現ベクターとを両方トランスフェクションした細胞では、EGFPシグナルが検出された。このことから、gRNA(hs086172148)認識配列は、gRNA(hs086172148)およびCas9の作用により、実際に切断されたことが示される。
【0172】
[5-3.正常型ヒトロドプシン遺伝子を含むドナーDNAの作製]
gRNA(hs086172148)認識配列を用いて、正常型ヒトロドプシン遺伝子のドナーDNAを作製した。図20に、作製したドナーDNAの発現カセット(約4.1kb)の構造を模式的に示す。
【0173】
正常型ロドプシン遺伝子としては、正常型ヒトロドプシン遺伝子のcDNA(1044bp、Accession NO. NM_000539.3)から、ストップコドンを削除した配列を使用した。図20に示されている通り、正常型ロドプシン遺伝子上流に、キメライントロン配列(228bp、配列番号10)を配置した。正常型ヒトロドプシン遺伝子の下流には、Furin配列およびP2A配列(78bp;配列番号11)、AcGFP遺伝子(720bp;配列番号12)、ならびに、ヒトロドプシン遺伝子の3’非翻訳領域およびその下流の100bpの配列(合計1725bp、配列番号18)、を順に配置した。さらに、得られた配列の上流および下流に、gRNA(hs086172148)に対応する逆方向標的配列を配置して、正常型ヒトロドプシン遺伝子のドナーDNAの発現カセットを作製した。
【0174】
上記で作製した発現カセットを、ウイルス型または非ウイルス型のプラスミドに挿入することによって、正常型ヒトロドプシン遺伝子の発現ベクターが作製できる。作製した正常型ヒトロドプシン遺伝子の発現ベクターを、器官培養ヒト網膜、ヒト網膜オルガノイド等に導入することにより、ヒト視細胞におけるドナーDNAの遺伝子導入効率を詳細に評価することができる。
【0175】
〔実施例6:ロドプシン遺伝子以外の顕性型変異を生じる遺伝子に対する遺伝子治療の検証〕
ロドプシン遺伝子以外の顕性型変異を生じる遺伝子に対する遺伝子治療の可能性を検証した。具体的には、マウスにおいて、正常型ペリフェリン(Peripherin、Prph2)遺伝子のノックイン効率を検討した。顕性型変異ペリフェリン遺伝子は、網膜色素変性症および黄斑ジストロフィの原因遺伝子であり、これまでに90種類以上の異なる疾患変異が報告されている。
【0176】
[6-1.gRNA]
SpCas9用のgRNA検索エンジン(http://crispr.technology/)を利用して、マウスペリフェリン遺伝子のエキソン1の翻訳開始点から上流100bp以内の進化的に保存されていない領域内において、gRNA認識配列を検索した。その結果、3つのgRNA認識配列がヒットした。それぞれの配列は、以下の通りである(それぞれのgRNAに対するgRNA認識配列の位置関係については、図21を参照)。
gRNA4の認識配列:配列番号19(TGCTCTTCCCTAGACCCTAGCGG;スコア:high(800))
gRNA5の認識配列:配列番号20(GGGCTGGACCGCTAGGGTCTAGG;スコア:high(900))
gRNA6の認識配列:配列番号21(GAGCTCACTCGGATTAGGAGTGG;スコア:high (800))。
【0177】
gRNA4~6のそれぞれについて、上流から順に、ヒトU6プロモーター配列、各認識配列に対するcrRNAの配列、およびtracerRNA配列、を配置した発現カセットを作製した。この発現カセットを、プラスミドpBluescriptIIのMCSに挿入することによって、gRNA4~6の発現ベクター(pU6-gRNA4、pU6-gRNA5、およびpU6-gRNA6)を作製した。
【0178】
[6-2.正常型ペリフェリン遺伝子]
正常型マウスロドプシン遺伝子のドナーDNAと同様にして、正常型ペリフェリン遺伝子のドナーDNAを作製した。図22に、作製したドナーDNAの発現カセット(約3.6kb)の構造を模式的に示す。
【0179】
正常型ペリフェリン遺伝子としては、正常型マウスペリフェリンタンパク質のcDNA(Accession No. NM_008938.2)をから、ストップコドンを削除した配列を使用した。正常型ペリフェリン遺伝子の上流に、キメライントロン配列(228bp、配列番号10)を配置した。正常型ペリフェリン遺伝子の下流には、Furin配列およびP2A配列(78bp;配列番号11)、AcGFP遺伝子(720bp;配列番号12)、ならびに、ペリフェリン遺伝子の3’非翻訳領域およびその下流の100bpの配列(合計1486bp、配列番号22、遺伝子位置:chr17:46,923,548-46,925,033)、を順に配置した。さらに、得られた配列の上流および下流に、gRNA4~6のそれぞれに対応する逆方向標的配列を配置して、正常型ペリフェリン遺伝子のドナーDNAの発現カセットを作製した。
【0180】
上記で作製した発現カセットを、プラスミドpLeaklessIIIのMCSに挿入することによって、gRNA4~6のそれぞれに対応する正常型ペリフェリン遺伝子の発現ベクター(pLeaklessIII-mPrph2-HITI-Donor[gRNA4]、pLeaklessIII-mPrph2-HITI-Donor[gRNA5]、およびpLeaklessIII-mPrph2-HITI-Donor[gRNA6])を作製した。
【0181】
[6-3.ノックイン効率の検討]
マウスロドプシン遺伝子について行った実施例1と同様にして、正常型ペリフェリン遺伝子のノックイン効率を検討した。
【0182】
gRNA4~6の発現ベクター(pU6-gRNA4、pU6-gRNA5、またはpU6-gRNA6)、正常型ペリフェリン遺伝子の発現ベクター(pLeaklessIII-mPrph2-HITI-Donor[gRNA4]、pLeaklessIII-mPrph2-HITI-Donor[gRNA5]、またはpLeaklessIII-mPrph2-HITI-Donor[gRNA6])、Cas9の発現ベクター(pRho2k-Cas9)、およびmCherryの発現ベクター(pCAG-mCherry)を、実施例1と同様の比率で混合して、3種類のノックイン用溶液を調製した。
【0183】
出生後0日(P0)のマウス(4匹)の網膜下に、ノックイン溶液0.3~0.4μLを注入し、エレクトロポレーション法によって発現ベクターを細胞内に導入した。P21において、4個分の眼球を回収し、眼球の外側にある強膜を剥離させた状態(eyecup)にして、4%パラホルムアルデヒド溶液(ナカライテスク株式会社製)中で室温にて1時間固定した。その後、蛍光実体顕微鏡を用いて、GFPおよびmCherryの蛍光像を撮影した。また、上記と同じアイカップから網膜切片を作製し、AcGFPおよびmCherryの蛍光像を観察した。結果を図23に示す(上段:アイカップ、下段:網膜切片)。
【0184】
図23に示される通り、gRNA4およびgRNA6を用いた場合に緑色光が認められた。この結果から、gRNA4またはgRNA6を使用すれば、正常型ペリフェリン遺伝子をノックインできることが示唆される。また、図23の下段に示される通り、AcGFPを発現している細胞は、杆体視細胞が局在する網膜外顆粒層(ONL)のみに認められた。一方、mCherryを発現している細胞は、水平細胞、双極細胞およびアマクリン細胞が分布している、網膜内顆粒層(INL)にも認められた。この結果は、正常型ペリフェリン遺伝子のノックインが、杆体視細胞に特異的に発生したことを示している。
【産業上の利用可能性】
【0185】
本発明は、例えば、顕性型変異遺伝子に由来する疾患の治療に利用することができる。
【符号の説明】
【0186】
1 :正常型遺伝子
2a:第1逆方向標的配列
2b:第2逆方向標的配列
6 :標的配列
7 :顕性型変異遺伝子
20 :ドナーDNA
A :上流
B :下流
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【配列表】
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