(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-23
(45)【発行日】2025-01-07
(54)【発明の名称】電極部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 4/139 20100101AFI20241224BHJP
H01M 4/62 20060101ALI20241224BHJP
H01M 10/0562 20100101ALI20241224BHJP
【FI】
H01M4/139
H01M4/62 Z
H01M10/0562
(21)【出願番号】P 2022557603
(86)(22)【出願日】2021-10-21
(86)【国際出願番号】 JP2021038914
(87)【国際公開番号】W WO2022085759
(87)【国際公開日】2022-04-28
【審査請求日】2023-04-21
(31)【優先権主張番号】P 2020177685
(32)【優先日】2020-10-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】100117606
【氏名又は名称】安部 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100136423
【氏名又は名称】大井 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100121186
【氏名又は名称】山根 広昭
(72)【発明者】
【氏名】小村 慎吾
(72)【発明者】
【氏名】長澤 善幸
(72)【発明者】
【氏名】佐久間 充康
【審査官】山下 裕久
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-247184(JP,A)
【文献】特開平09-289023(JP,A)
【文献】特開平11-086865(JP,A)
【文献】特開2019-040767(JP,A)
【文献】特開2016-025027(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/13-62
H01M 10/0562
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
全固体電池の電極体を構成する電極部材を製造する方法であって、
少なくとも、バインダと、固体電解質粒子と、低極性非水溶媒とを含む合材スラリーを調製するスラリー調製工程と、
前記合材スラリーを所望の形状に成形する成形工程と、
成形後の前記合材スラリーから前記低極性非水溶媒を除去して成形体を得る乾燥工程と
を備え、
前記バインダは、VDFユニットを有するポリマーであり、
前記バインダの溶融開始温度をT
mとし、前記合材スラリーの最高温度をT
maxとしたとき、少なくとも前記成形工程を開始するまで、下記の式(1)を満たすように前記合材スラリーの温度を制御する、電極部材の製造方法。
T
max≦T
m (1)
【請求項2】
前記バインダは、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)である、請求項1に記載の電極部材の製造方法。
【請求項3】
前記バインダは、フッ化ビニリデン(VDF)とヘキサフルオロプロピレン(HFP)とのコポリマーであるPVdF-HFPである、
請求項1に記載の電極部材の製造方法。
【請求項4】
前記合材スラリーの最高温度T
maxが、前記バインダの溶融開始温度T
mよりも5℃以上低い温度である、請求項1~3のいずれか一項に記載の電極部材の製造方法。
【請求項5】
前記電極部材は、前記固体電解質粒子と電極活物質とを含む合材層が集電箔の表面に形成された正極又は負極であり、
前記成形工程において、前記集電箔の表面に前記合材スラリーを塗布する、請求項1~4のいずれか一項に記載の電極部材の製造方法。
【請求項6】
前記電極部材は、前記固体電解質粒子を含む固体電解質層であり、
前記成形工程において箔状の基材の表面に前記合材スラリーを塗布し、前記乾燥工程後に得た前記成形体から前記箔状の基材を剥がす、請求項1~4のいずれか一項に記載の電極部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極部材の製造方法に関する。詳しくは、全固体電池の電極体を構成する電極部材を製造する方法に関する。なお、本国際出願は2020年10月23日に出願された日本国特許出願2020-177685号に基づく優先権を主張しており、その出願の全内容は本明細書中に参照として組み入れられている。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池等の二次電池は、パソコン、携帯端末等のポータブル電源や、電気自動車(EV)、ハイブリッド自動車(HV)、プラグインハイブリッド自動車(PHV)等の車両の駆動用電源などの分野において広く用いられている。かかる二次電池は、通常、正極と負極と電解質とを備えている。かかる二次電池の一例として、電解質として電解液を使用する液系電池が挙げられる。また、他の例として、電解質として固体電解質を使用する全固体電池が挙げられる。
【0003】
また、二次電池の電極(正極および負極)は、例えば、所定の材料を混練した合材スラリーを集電箔の表面に塗布して乾燥することにより作製される。この合材スラリーには、活物質等の粒状材料同士を結着させるためのバインダが添加されている。このバインダには、合材スラリーの溶媒に溶解または分散可能なポリマーが用いられる。例えば、合材スラリーの溶媒が水系である場合には、スチレンブタジエンゴム(SBR)等がバインダとして用いられる。一方、非水系溶媒の場合には、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)等が使用される。また、これらのバインダの機能は、温度の影響を受けることが知られている。例えば、液系電池においてバインダの機能を適切に発揮させるために、合材スラリーの温度を制御する技術が特許文献1~3に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】日本国特許出願公開平10-284052号公報
【文献】日本国特許出願公開2017-188397号公報
【文献】日本国特許出願公開2004-247180号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、近年では、安全性向上や小型化等の観点から、全固体電池の実用化への要求が高まっている。かかる全固体電池は、液系電池と異なり、固体電解質粒子を含む固体電解質層が正極と負極との間に配置される。この固体電解質層は、液系電池における電解液としての役割だけでなく、セパレータとしての役割も有している。また、全固体電池の他の特徴として、固体電解質層に限らず、正極や負極にも固体電解質粒子が添加される。そして、全固体電池の固体電解質層は、正極や負極と同様に、固体電解質粒子とバインダとを含む合材スラリーを所望の形状に成形した後に乾燥することによって作製される。
【0006】
しかしながら、全固体電池の製造では、液系電池の製造と異なり、正極、負極および固体電解質層(以下、「電極部材」と総称する)を作製している際に、合材スラリーがゲル化することがあった。当該ゲル化した合材スラリーは、粘度が急激に上昇するため、所望の形状に成形することが困難になる。また、ゲル化したスラリー内では、活物質や固体電解質粒子等の粒状材料が偏在するため、当該スラリーを使用して電極部材を作製すると、電池抵抗が大きく上昇する可能性がある。
【0007】
本発明は、かかる問題に鑑みてなされたものであり、全固体電池の電極部材の製造において、少なくとも成形工程を開始するまで合材スラリーのゲル化を防止することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上述の課題を解決するために実験と検討を重ねた結果、全固体電池の電極部材の製造において合材スラリーがゲル化する原因を見出した。具体的には、全固体電池では、液系電池と異なり、電極部材(正極、負極および固体電解質層)に固体電解質粒子が含まれている。このため、合材スラリーの調製において、固体電解質粒子との反応性が低い低極性非水溶媒を使用する必要がある。しかし、この低極性非水溶媒は、バインダの溶解性が低いため、一度溶解したバインダの結晶成分が再結晶化しやすいという特性を有している。そして、再結晶化したバインダは、急激に粘度が上昇するため、合材スラリーをゲル化させるおそれがある。かかる知見に基づいて、本発明者らは、全固体電池の電極部材の製造工程において、溶媒に溶解したバインダの結晶成分が再結晶化することを防止できれば、合材スラリーのゲル化を防止できると考えた。ここに開示される電極部材の製造方法(以下、単に「製造方法」ともいう)は、かかる知見に基づいてなされたものである。
【0009】
ここに開示される製造方法は、少なくとも、バインダと、固体電解質粒子と、低極性非水溶媒とを含む合材スラリーを調製するスラリー調製工程と、合材スラリーを所望の形状に成形する成形工程と、成形後の合材スラリーから低極性非水溶媒を除去して成形体を得る乾燥工程とを備えている。そして、ここに開示される製造方法は、少なくとも成形工程を開始するまで、低極性非水溶媒に溶解したバインダの再結晶化が生じないように合材スラリーの温度を制御することを特徴とする。
【0010】
かかる構成の製造方法では、溶媒に溶解したバインダの結晶成分が再結晶化しないように合材スラリーの温度が制御されているため、合材スラリーのゲル化を防止できる。そして、この製造方法では、少なくとも成形工程を開始するまで合材スラリーのゲル化が防止されているため、粘度の急激な上昇による製造効率の低下や、粒状材料の偏在に伴う電池抵抗の上昇などを好適に防止することができる。
【0011】
ここに開示される製造方法の好適な一態様では、バインダは、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)である。PVdFは、耐電圧性が高く、固体電解質粒子との反応性が低いため、全固体電池の電極部材に使用するバインダとして好適であるというメリットがある一方で、低極性非水溶媒に対する溶解性が特に低いため、再結晶化による合材スラリーのゲル化を生じさせやすいというデメリットも有している。これに対して、ここに開示される製造方法によると、バインダの再結晶化による合材スラリーのゲル化を防止できるため、PVdFをバインダとして用いることによるデメリットを解消し、メリットのみを享受できる。
【0012】
また、バインダとしてPVdFを使用する態様において、PVdFは、フッ化ビニリデン(VDF)とヘキサフルオロプロピレン(HFP)とのコポリマーであるPVdF-HFPであることが好ましい。PVdF-HFPは、低極性非水溶媒に対する溶解性が比較的に高いため、溶解したバインダの再結晶化をより好適に防止できる。
【0013】
ここに開示される製造方法の好適な一態様では、バインダの溶融開始温度をTmとし、合材スラリーの最高温度をTmaxとしたとき、少なくとも成形工程を開始するまで、下記の式(1)を満たすように合材スラリーの温度を制御する。
Tmax≦Tm (1)
本態様では、少なくとも成形工程を開始するまで、合材スラリーの最高温度Tmaxがバインダの溶融開始温度Tm以下(Tmax≦Tm)になるように合材スラリーの温度を制御する。これによって、バインダの結晶成分の溶解自体が防止されるため、一度溶解したバインダの再結晶化による合材スラリーのゲル化を好適に防止することができる。
【0014】
また、上記式(1)を満たすように合材スラリーの温度を制御する態様においては、合材スラリーの最高温度Tmaxが、バインダの溶融開始温度Tmよりも5℃以上低い温度であることが好ましい。これによって、バインダの結晶成分の溶解を確実に防止できる。
【0015】
ここに開示される製造方法の好適な一態様では、バインダの溶融開始温度をTmとし、バインダの再結晶化温度をTcとし、低極性非水溶媒の沸点をTbとし、合材スラリーの最高温度をTmaxとし、合材スラリーの最低温度をTminとしたとき、少なくとも成形工程を開始するまで、下記の式(2)および式(3)を満たすように合材スラリーの温度を制御する。
Tm<Tmax<Tb (2)
Tmin≧Tc (3)
本態様では、合材スラリーの最高温度Tmaxがバインダの溶融開始温度Tmを超えている(Tm<Tmax)ため、バインダの結晶成分が低極性非水溶媒に溶解する。しかし、本態様では、合材スラリーの最低温度Tminがバインダの再結晶化温度Tc以上(Tmin≧Tc)になるように合材スラリーの温度が制御されているため、バインダの結晶成分が溶媒中に溶解した状態を維持できる。これによって、バインダの再結晶化による合材スラリーのゲル化を好適に防止できる。なお、合材スラリーの最高温度Tmaxが高くなりすぎて低極性非水溶媒の沸点Tbを超えると、低極性非水溶媒が蒸発して合材スラリーの粘度が急激に上昇する可能性がある。このため、本態様では、合材スラリーの最高温度Tmaxが低極性非水溶媒の沸点Tb未満に制御されている(Tmax<Tb)。
【0016】
また、上記式(2)および式(3)を満たすように合材スラリーの温度を制御する態様においては、合材スラリーの最低温度Tminが、バインダの再結晶化温度Tcよりも5℃以上高い温度である。これによって、バインダの結晶成分が溶媒中に溶解した状態を確実に維持できる。
【0017】
ここに開示される製造方法の一態様では、固体電解質粒子と電極活物質とを含む合材層が集電箔の表面に形成された正極又は負極であり、成形工程において、集電箔の表面に合材スラリーを塗布する。ここに開示される製造方法によると、全固体電池の正極や負極を製造できる。これらの電極を製造する場合には、集電箔の表面に合材スラリーを塗布するという成形工程を採用することによって、製造効率を向上させることができる。
【0018】
また、ここに開示される製造方法の一態様において、電極部材は、固体電解質粒子を含む固体電解質層であり、成形工程において箔状の基材の表面に合材スラリーを塗布し、乾燥工程後に得た成形体から箔状の基材を剥がす。ここに開示される製造方法によると、全固体電池の固体電解質層を製造することもできる。かかる固体電解質層を製造する場合には、箔状の基材の表面に合材スラリーを塗布し、乾燥させた合材スラリーから基材を剥がすことが好ましい。これによって、固体電解質層を効率よく、容易に製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、全固体電池の一例を模式的に示す平面図である。
【
図3】
図3は、ここに開示される全固体電池の製造方法を示すフロー図である。
【
図4】
図4は、サンプル1~18の粘度増加率の測定結果を示すグラフである。
【
図5】
図5は、サンプル1~18の電池抵抗の測定結果を示すグラフである。
【
図6】
図6は、サンプル19~36の粘度増加率の測定結果を示すグラフである。
【
図7】
図7は、サンプル19~36の電池抵抗の測定結果を示すグラフである。
【
図8】
図8は、サンプル37~48の粘度増加率の測定結果を示すグラフである。
【
図9】
図9は、サンプル37~48の電池抵抗の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、ここで開示される技術の実施形態について説明する。なお、以下で説明する実施形態は、ここに開示される技術を限定することを意図したものではない。また、本明細書において特に言及している事項以外の事柄であって、ここに開示される技術の実施に必要な事柄(例えば、電極部材の製造に使用する装置(アプリケータ等)の詳細な構成等)は、当該分野における従来技術に基づく当業者の設計事項として把握され得る。ここで開示される技術は、本明細書に開示されている内容と当該分野における技術常識とに基づいて実施できる。また、本明細書において数値範囲をA~B(ここでA,Bは任意の数値)と記載している場合は、A以上B以下を意味するものとする。
【0021】
1.全固体電池の構成
本明細書では、説明の便宜上、全固体電池の構造を最初に説明する。なお、以下で説明する全固体電池の構造は、ここに開示される電極部材の製造方法を限定することを意図したものではない。
【0022】
(1)全体構造
図1は、全固体電池の一例を模式的に示す平面図である。また、
図2は、
図1中のII-II矢視断面図である。なお、図中の符号Xは「(全固体電池の)幅方向」を示し、符号Yは「(全固体電池の)奥行方向」を示し、符号Zは「(全固体電池の)高さ方向」を示す。但し、これらの方向は、説明の便宜上定めたものであり、全固体電池を使用する際の設置態様を限定することを意図したものではない。
【0023】
図1に示すように、この全固体電池1は、電極体10と、当該電極体10を収容する外装体20とを備えている。具体的には、電極体10を挟んで一対のラミネートフィルムを対向させ、当該ラミネートフィルムの外周縁部を溶着させる。これによって、外周縁部に溶着部22が形成された外装体20が形成され、その内部に電極体10が収容される。
【0024】
この全固体電池1の幅方向Xの一方(
図1中の左側)の側縁部には、正極端子30が設けられている。正極端子30の一端は外装体20内部の電極体10と接続され、他端は外装体20の外部に露出している。正極端子30は、アルミニウムなどによって構成される。また、全固体電池1の幅方向Xの他方(
図1中の右側)の側縁部には、負極端子40が設けられている。正極端子30と同様に、負極端子40の一端は電極体10と接続され、他端は外装体20の外部に露出している。なお、負極端子40は、銅などによって構成される。
【0025】
図2に示すように、電極体10は、正極50と負極60と固体電解質層70とからなる複数のシート材を順次積層させることによって構成される。本明細書では、かかる電極体10を構成するシート材をまとめて「電極部材」と称する。すなわち、本明細書における「電極部材」は、電極体の構成材料の総称であり、正極と負極と固体電解質層を包含する。以下、各々の電極部材について説明する。
【0026】
(1)正極
正極50は、正極集電箔52と、当該正極集電箔52の表面(両面)に形成された正極合材層54とを備えている。正極集電箔52は、例えば、アルミニウムやアルミニウム合金等の導電材料から構成されていると好ましい。また、正極集電箔52は、上述した正極端子30(
図1参照)と電気的に接続される。一方、正極合材層54には、正極活物質と、固体電解質粒子と、バインダとが含まれている。
【0027】
正極活物質は、電荷担体(例えばリチウムイオン)を可逆的に吸蔵および放出可能な材料である。正極活物質には、この種の二次電池に使用され得る材料を特に制限なく使用できる。かかる正極活物質の一例として、リチウムニッケル含有複合酸化物、リチウムコバルト含有複合酸化物、リチウムニッケルコバルト含有複合酸化物、リチウムマンガン含有複合酸化物、リチウムニッケルコバルトマンガン含有複合酸化物等のリチウム遷移金属複合酸化物などが挙げられる。
【0028】
固体電解質粒子は、粒状の固体電解質である。なお、正極合材層54に含まれる固体電解質粒子は、後述する固体電解質層70に使用されるものと同種の材料を使用できるため、ここでは詳細な説明を省略する。
【0029】
バインダは、正極合材層54中の粒状材料(正極活物質、固体電解質粒子など)同士を結着させ、正極合材層54の成形性を向上させる。全固体電池1のバインダには、耐電圧性が高く、かつ、固体電解質粒子との反応性が低いポリマーを選択することが好ましい。かかる観点から、ポリマーとしては、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、ポリ塩化ビニリデン(PVdC)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、パーフルオロアルコキシアルカン(PFA)、エチレンテトラフルオロエチレンポリマー(ETFE)、エチレンクロロトリフルオロエチレンコポリマー(ECTFE)等が挙げられる。また、詳しくは後述するが、全固体電池1の製造では、固体電解質粒子との反応防止の観点から、合材スラリーの溶媒に低極性非水溶媒が使用される。かかる低極性非水溶媒に対するバインダの親和性(溶解性・分散性)が低くなりすぎると、後述する合材スラリーの温度制御が困難になる可能性がある。かかる観点から、バインダは、低極性非水溶媒に対して優れた親和性を有するものが好ましい。このようなバインダの一例として、フッ化ビニリデン(VDF)とヘキサフルオロプロピレン(HFP)とのコポリマー(PVdF-HFP)などが挙げられる。
【0030】
なお、正極合材層54は、上述した材料以外の添加物を含んでいてもよい。当該他の添加物については、ここに開示される技術の効果を阻害しない限りにおいて、二次電池の正極合材層に添加し得る従来公知の材料を使用できる。当該添加物の一例として、導電材等などが挙げられる。導電材としては、アセチレンブラック、気相法炭素繊維(VGCF:Vapor Grown Carbon Fiber)などが挙げられる。
【0031】
(2)負極
負極60は、負極集電箔62と、当該負極集電箔62の表面(両面)に付与された負極合材層64とを備えている。負極集電箔62は、例えば、銅や銅合金等の導電材料から構成されていると好ましい。また、負極集電箔62は、負極端子40(
図1参照)と電気的に接続される。一方、負極合材層64には、負極活物質と、固体電解質粒子と、バインダとが含まれている。負極活物質は、電荷担体(例えばリチウムイオン)を可逆的に吸蔵および放出可能な材料である。負極活物質には、この種の二次電池に使用され得る材料を特に制限なく使用できる。かかる負極活物質の一例として、ハードカーボン、グラファイト、ホウ素添加炭素等の炭素材料が挙げられる。また、バインダおよび固体電解質粒子については、正極合材層54と同種の材料を使用できるため重複した説明を省略する。なお、負極合材層64は、負極活物質、バインダ、固体電解質粒子以外の材料(例えば、導電材、増粘剤等)を含んでいてもよい。当該添加剤については、ここに開示される技術の効果を阻害しない限りにおいて、二次電池の負極合材層に添加し得る従来公知の材料を使用できる。
【0032】
(3)固体電解質層
固体電解質層70は、正極50と負極60との間に配置される。固体電解質層70は、正極50と負極60との間で電荷担体(例えばLiイオン)を伝導させる電解質としての機能と、正極50と負極60とを絶縁するセパレータとしての機能とを備えている。かかる固体電解質層70には、固体電解質粒子とバインダとが含まれている。なお、バインダについては、正極合材層54および負極合材層54と同種の材料を使用できるため重複した説明を省略する。
【0033】
一方、固体電解質粒子には、硫化物固体電解質、酸化物固体電解質、窒化物固体電解質、ハロゲン化物固体電解質などが用いられる。これらの固体電解質の中では、イオン伝導性に優れているという観点で、硫化物固体電解質が好ましい。かかる硫化物固体電解質の一例として、Li2S-SiS2系材料、Li2S-P2S3系材料、Li2S-P2S5系材料、Li2S-GeS2系材料、Li2S-B2S3系材料、Li3PO4-P2S5系材料、Li4SiO4-Li2S-SiS2系材料などが挙げられる。また、より高いイオン伝導性を実現するという観点から、硫化物固体電解質は、Li2Sとハロゲン化リチウム(例えばLiCl、LiBr、LiI)とから構成されるLi2Sベースの固溶体を使用することもできる。このような硫化物固体電解質の好適例として、LiBr-Li2S-P2S5、LiI-Li2S-P2S5、LiBr-LiI-Li2S-P2S5等が挙げられる。
【0034】
以上に記載の通り、全固体電池1の電極体10を構成する電極材料(正極50、負極60および固体電解質層70)は、固体電解質粒子とバインダを含む層を備えている点において共通する。ここに開示される製造方法によると、このようなバインダと固体電解質粒子とを含む電極部材を製造できる。換言すると、ここに開示される製造方法は、正極、負極および固体電解質層の何れの製造にも適用できる。
【0035】
2.電極部材の製造方法
次に、ここに開示される電極部材の製造方法について説明する。
図3は、ここに開示される電極部材の製造方法を示すフローチャートである。
図3に示すように、ここに開示される製造方法は、スラリー調製工程S10と、成形工程S20と、乾燥工程S30とを備えている。以下、各工程について説明する。
【0036】
(1)スラリー調製工程S10
本工程では、少なくとも、バインダと、固体電解質粒子と、低極性非水溶媒とを含む合材スラリーを調製する。なお、合材スラリーの成分は、製造対象の電極部材の種類に応じて適宜調節できる。例えば、製造対象が正極である場合には、バインダと、固体電解質粒子と、低極性非水溶媒の他に、正極活物質を添加する。また、負極を製造する場合には、バインダと、固体電解質粒子と、低極性非水溶媒の他に、負極活物質を添加する。そして、固体電解質層を製造する場合には、電極活物質を添加せずに、バインダと、固体電解質粒子と、低極性非水溶媒とを混合する。なお、各材料(バインダ、固体電解質粒子、正極活物質、負極活物質等)は、既に説明したため、重複した説明を省略する。
【0037】
そして、ここに開示される製造方法では、合材スラリーの溶媒として、低極性非水溶媒を使用する。通常の二次電池では、バインダとの親和性の観点から、N-メチルピロリドン(NMP)等の高極性の非水溶媒が合材スラリーの溶媒に使用される。しかし、高極性非水溶媒は、固体電解質粒子と反応し、イオン伝導性を大きく低下させるおそれがある。このため、全固体電池では、固体電解質粒子との反応性が低い低極性非水溶媒を使用する必要がある。但し、この低極性非水溶媒は、バインダとの親和性が低く、一度溶解したバインダの再結晶化しやすいため、合材スラリーがゲル化する原因にもなり得る。詳しくは後述するが、ここに開示される製造方法では、かかる低極性非水溶媒を使用した場合でも合材スラリーのゲル化が生じないように、合材スラリーの温度を制御する。なお、低極性非水溶媒の一例として、酪酸ブチル、ヘプタン、メチルイソシアネート、フタル酸ベンジルブチル、ε-カプロラクタム、メチルイソブチルケトン、ジイソブチルケトン、ρ-キシレン、アニソール等が挙げられる。
【0038】
また、本工程では、従来公知の攪拌・混合装置を使用した混練処理が実施される。かかる攪拌・混合装置の一例として、ボールミル、ロールミル、ミキサー、ディスパー、ニーダ、超音波ホモジナイザー等が挙げられる。また、混練時間は、各成分を均等に分散させるという観点で適宜調節することが好ましい。添加する成分や使用する装置によっても異なり得るが、一例として、混練時間は、2分以上が好ましく、3分以上がより好ましく、4分以上がさらに好ましく、5分以上が特に好ましい。一方、好適な生産効率を維持するという観点から、混練時間は、45分以下が好ましく、35分以下がより好ましく、25分以下がさらに好ましく、20分以下が特に好ましい。
【0039】
(2)成形工程S20
成形工程S20では、合材スラリーを所望の形状に成形する。例えば、製造対象(電極部材)が正極50や負極60である場合には、本工程において、集電箔の表面に合材スラリーを塗布することが好ましい。これによって、合材スラリーを層状に成形すると共に、集電箔へ合材スラリーを付与できるため、効率よく電極を製造できる。なお、合材スラリーの塗布には、アプリケータやダイコーター等を使用すると好ましい。
【0040】
一方、固体電解質層70は、正極50や負極60と異なり、集電箔が付着した部材ではない。このような固体電解質層70を製造する場合には、成形工程S20において、箔状の基材の表面に合材スラリーを塗布し、後述する乾燥工程S30の後に成形体(乾燥後の合材スラリー)から基材を剥がすと好ましい。これによって、所望の形状の固体電解質層70を容易に製造できる。また、固体電解質層70を製造する場合には、上述したような箔状の基材を使用しなくてもよい。例えば、押出成形機などを用いることによって合材スラリーを層状に成形できるため、基材を使用しなくても固体電解質層70を製造できる。
【0041】
(3)乾燥工程S30
本工程では、成形工程後の合材スラリーから低極性非水溶媒を除去する。典型的には、本工程では、低極性非水溶媒の沸点Tbを上回る温度で合材スラリーを加熱する。これによって、合材スラリーから低極性非水溶媒が除去され、バインダと固体電解質粒子とを含む電極部材(成形体)が製造される。なお、本工程における乾燥温度は、乾燥時間を短縮して生産効率を向上させるという観点から、90℃以上が好ましく、120℃以上がより好ましく、140℃以上がさらに好ましく、160℃以上が特に好ましい。一方、乾燥温度が高温になり過ぎると、低極性非水溶媒が急激に沸騰して粒状材料の偏在による抵抗上昇が生じる可能性がある。かかる観点から、乾燥温度は、250℃以下が好ましく、220℃以下がより好ましく、200℃以下がさらに好ましく、170℃以下が特に好ましい。また、乾燥時間は、0.1分~10分が好ましい。
【0042】
(4)合材スラリーの温度制御
そして、ここに開示される製造方法では、少なくとも成形工程S20を開始するまで、溶媒に一度溶解したバインダが再結晶化しないように合材スラリーの温度を制御する。これによって、合材スラリーのゲル化を防止し、粘度を低い状態に維持できる。この結果、合材スラリーの成形を容易にし、電極部材の製造効率の低下を防止できる。また、粒状材料の偏在も防止できるため、電池抵抗の上昇を抑制できる。
【0043】
なお、ここに開示される技術における合材スラリーの具体的な温度制御は、成形工程S20の開始までバインダの再結晶化を防止できれば特に限定されない。以下、合材スラリーの具体的な温度制御について、2つの実施形態を例に挙げて説明する。
【0044】
(a)第1の実施形態
第1の実施形態では、少なくとも成形工程S20を開始するまで、下記の式(1)を満たすように合材スラリーの温度を制御する。
Tmax≦Tm (1)
【0045】
式(1)中のTmは、「バインダの溶融開始温度」である。かかるバインダの溶融開始温度Tmは、次の手順に従って測定できる。まず、合材スラリーに使用する予定の溶媒に、測定対象のバインダを分散させた試験用分散液を調製する。そして、示差走査熱量測定装置(ティー・エイ・インスツルメント・ジャパン株式会社製、DSC250)を使用し、試験用分散液を徐々に加熱しながら示差走査熱量分析(DSC:Differential scanning calorimetry)を実施することによって、DSCチャートを取得する。そして、得られたDSCチャートにおいて吸熱反応が確認された温度(吸熱反応開始温度)を「バインダの溶融開始温度Tm」とみなす。なお、ここに開示される技術を限定することを意図したものではないが、全固体電池に使用される一般的なバインダの溶融開始温度Tmは、40℃~60℃(例えば、45℃~55℃)程度である。
【0046】
一方、式(1)中のTmaxは、「合材スラリーの最高温度」である。本明細書における「合材スラリーの最高温度Tmax」とは、スラリー調製工程S10を開始してから成形工程S20を開始するまでの合材スラリーの最高温度を指すものである。
【0047】
ここで、合材スラリーの温度は、特段の加熱処理を行わなくても、混練処理時の剪断熱によって上昇する傾向がある。このため、合材スラリーの温度制御を行わずにスラリー調製工程S10を実施すると、合材スラリーの最高温度Tmaxがバインダの溶融開始温度Tmを超え(Tmax>Tmとなり)、バインダの結晶成分が低極性非水溶媒に溶解する。そして、混練処理が終了すると合材スラリーの温度が低下するため、一度溶解したバインダが再結晶化する。従来の技術では、このようなメカニズムで合材スラリーがゲル化すると推測される。これに対して、本実施形態に係る製造方法では、スラリー調製工程S10を開始してから成形工程S20を開始するまでの合材スラリーを冷却し、上記Tmax≦Tmの状態を維持する。これによって、バインダの結晶成分が低極性非水溶媒に溶解すること自体を防止できるため、バインダの再結晶化が生じず、合材スラリーのゲル化を防止できる。
【0048】
なお、合材スラリーの温度を制御する手段は、特に限定されず、従来公知の温度調整手段を特に制限なく採用できる。例えば、合材スラリーを収容する容器にジャケットを装着し、スラリー調製工程S10を実施している間に当該ジャケットへ冷却材(冷水など)を供給し続けるという手段が挙げられる。これによって、混練時の剪断熱による合材スラリーの昇温を抑制し、合材スラリーの最高温度Tmaxがバインダの溶融開始温度Tmを超えることを防止できる。また、合材スラリーの温度を制御する際には、合材スラリーの温度を測定し続け、当該測定結果に応じて冷却材の温度や供給量などを制御することが好ましい。これによって、合材スラリーのゲル化を安定的に防止できる。また、合材スラリーの温度を制御する手段は、上述の手段に限定されない。例えば、混練処理における回転数を低下させて剪断熱を低減するという手段で合材スラリーの温度を制御することもできる。
【0049】
また、本実施形態における合材スラリーの最高温度Tmaxは、バインダの溶融開始温度Tmよりも5℃以上低い温度であることが好ましい。これによって、バインダの結晶成分の溶解を確実に防止し、合材スラリーのゲル化をより好適に防止できる。また、バインダの溶解をさらに確実に防止するという観点から、合材スラリーの最高温度Tmaxは、バインダの溶融開始温度Tmよりも10℃以上低い温度であるとより好ましい。
【0050】
なお、合材スラリーのゲル化を防止するという観点では、合材スラリーの最高温度Tmaxの下限値は特に限定されない。例えば、本実施形態における合材スラリーの最高温度Tmaxは、低極性非水溶媒の凝固点TFを上回っていれば特に限定されない。一例として、合材スラリーの最高温度Tmaxは、-10℃以上であってもよく、-5℃以上であってもよく、0℃以上であってもよい。但し、合材スラリーの最高温度Tmaxが一定の温度を超えると、バインダの分子がほどけてスラリー内にバインダを分散させやすくなる。これによって、バインダの結晶成分を溶媒に溶解させない本実施形態でも、合材スラリーの成形性を十分に向上させることができる。当該バインダの分散性の観点から、合材スラリーの最高温度Tmaxの下限値は、5℃以上が好ましく、10℃以上がより好ましく、15℃以上が特に好ましい。
【0051】
なお、本実施形態によって製造された電極部材は、示差走査熱量分析を用いて取得したDSCチャートにおける吸熱反応開始温度が、従来の電極部材よりも低温になる傾向がある。具体的には、一度溶解して再結晶化したバインダは、再結晶化前よりも吸熱反応開始温度が高くなる。すなわち、電極部材のDSCチャートを取得し、その吸熱反応開始温度を調べることによって、製造工程においてバインダの再結晶化によるゲル化が抑制されていたか否かを調べることができる。
【0052】
(b)第2の実施形態
本実施形態では、少なくとも成形工程S20を開始するまで、下記の式(2)および式(3)を満たすように合材スラリーの温度を制御する。
Tm<Tmax<Tb (2)
Tmin≧Tc (3)
【0053】
なお、上述した第1の実施形態と同様に、本実施形態の式(2)におけるTmは「バインダの溶融開始温度」であり、Tmaxは「合材スラリーの最高温度」である。また、Tbは、「低極性非水溶媒の沸点」である。すなわち、第2の実施形態における式(2)は、低極性非水溶媒が蒸発しない程度に合材スラリーの最高温度Tmaxを上昇させ、低極性非水溶媒にバインダを溶解させることを意味している。そして、本実施形態では、上記式(3)に示すように、合材スラリーの最低温度Tminがバインダの再結晶化温度Tc以上(Tmin≧Tc)になるように合材スラリーの温度を制御する。換言すると、本実施形態では、スラリー調製工程において溶媒にバインダを溶解させるが、その後の工程でバインダが再結晶化しないように、合材スラリーの温度を高い状態のまま維持する。このような温度制御を行った場合でも、バインダの再結晶化による合材スラリーのゲル化を防止できる。
【0054】
なお、本明細書における「バインダの再結晶化温度Tc」は、次の手順に従って測定できる。まず、合材スラリーに使用する予定の溶媒に測定対象のバインダを添加した後に、バインダの溶融開始温度Tmを超える温度まで加熱してバインダを溶解させることで試験用溶液を調製する。そして、試験用溶液を徐々に冷却しながら、示差走査熱量分析を実施し、DSCチャートを取得する。そして、取得したDSCチャートにおいて発熱反応が確認された温度(発熱反応開始温度)を「バインダの再結晶化温度Tc」とみなす。なお、ここに開示される技術を限定するものではないが、全固体電池に使用される一般的なバインダの再結晶化温度Tcは、25℃~45℃(例えば、30℃~45℃)程度である。また、本明細書における「合材スラリーの最低温度Tmin」とは、スラリー調製工程S10が終了してから少なくとも成形工程S20を開始するまでの合材スラリーの最低温度を指すものである。粒状粒子の偏在を確実に防止するという観点からは、、スラリー調製工程S10が終了してから乾燥工程S30を開始するまでの合材スラリーの最低温度を指すものであることが好ましい。
【0055】
なお、本実施形態における合材スラリーの温度を制御する手段も特に限定されず、従来公知の手段を特に制限なく採用できる。例えば、第1の実施形態と同様に、合材スラリーを収容する容器にジャケットを装着し、成形工程S20を開始するまで当該ジャケットへ加熱材(温水など)を供給するとよい。これによって、上記式(2)、(3)を満たすように合材スラリーの温度を制御し、合材スラリーのゲル化を防止できる。また、第1の実施形態と同様に、合材スラリーの温度を測定し続け、測定結果に応じて加熱材の温度や供給量などを制御することが好ましい。これによって、合材スラリーのゲル化を安定的に防止できる。
【0056】
なお、本実施形態における合材スラリーの最低温度Tminは、バインダの再結晶化温度Tcよりも5℃以上高い温度であることが好ましい。これによって、溶解したバインダが再結晶化することを確実に防止し、合材スラリーのゲル化をより好適に防止できる。また、バインダの再結晶化をさらに確実に防止するという観点から、合材スラリーの最低温度Tminは、バインダの再結晶化温度Tcよりも10℃以上高い温度であるとより好ましい。
【0057】
(c)温度制御のまとめ
以上のように、上述した第1、2の実施形態の何れの手段を採用した場合でも、一度溶解したバインダの結晶成分が再結晶化することを防止できる。これによって、合材スラリーのゲル化を防止し、粘度を低い状態に維持できるため、電極部材の製造効率の低下を防止できる。また、ゲル化に伴う粒状材料の偏在も防止できるため、電池抵抗が低い全固体電池の安定的に製造することもできる。
【0058】
なお、上述した第1の実施形態と第2の実施形態の何れにおいても、バインダの再結晶化を防止する温度制御は、少なくとも成形工程S20を開始するまで実施することが求められる。具体的には、全固体電池の電極部材の製造では、スラリー調製工程S10が完了した後、合材スラリーを数時間(例えば8時間以上)保持してから成形工程S20を実施することがある。このような保持中に合材スラリーのゲル化が生じることを防止するために、少なくとも成形工程S20を開始するまでは温度制御を継続して実施する必要がある。また、温度制御が比較的に困難ではあるが、粒状材料の偏在を確実に防止するという観点からは、乾燥工程S30を実施する前まで合材スラリーの温度制御を継続すると好ましい。このような成形工程S20後の温度制御は、例えば、製造環境(室温)の調節によって実施できる。なお、溶媒が除去されれば、スラリーのゲル化が生じなくなるため、ここに開示される技術における温度制御は、乾燥工程S30以降は実施する必要がない。
【0059】
[試験例]
以下、ここに開示される技術に関する試験例を説明する。なお、以下の試験例は、ここに開示される技術を試験例に示すものに限定することを意図したものではない。
【0060】
≪第1の試験≫
本試験では、バインダの溶融開始温度Tmと、合材スラリーの最高温度Tmaxを異ならせた18種類の正極を製造した。そして、各々の正極を使用して全固体電池(サンプル1~18)を構築した。
【0061】
1.サンプルの準備
正極活物質(LiNi0.33Mn0.33Co0.33O2)と、固体電解質粒子(硫化物系固体電解質)と、導電材(VGCF)と、バインダ(PVdF-HFP)と、低極性非水溶媒(酪酸ブチル:沸点Tb=170℃)とを混合した正極用の合材スラリーを調製した。各材料の混合比(重量比)は、正極活物質:固体電解質粒子:導電材:バインダ=0.60:0.30:0.05:0.05に設定した。また、合材スラリーの調製では、超音波ホモジナイザーを使用して0.2~3分間混練処理を実施した。そして、調製した合材スラリーを6時間保持した後に、アプリケータを用いて正極集電箔(アルミニウム製)の表面に合材スラリーを塗布した。その後、塗布した合材スラリーを乾燥することによって正極を作製した。
【0062】
負極活物質(天然黒鉛)と、固体電解質粒子(硫化物系固体電解質)と、導電材(VGCF)と、バインダ(PVdF-HFP)と、低極性非水溶媒(酪酸ブチル)とを混合した負極用の合材スラリーを調製した。各材料の混合比(重量比)は、負極活物質:固体電解質粒子:導電材:バインダ=0.63:0.26:0.05:0.06に設定した。また、合材スラリーの混練には、超音波ホモジナイザーを使用して0.2~3分間混練処理を実施した。そして、アプリケータを用いて負極集電箔(ニッケル製)の表面に合材スラリーを塗布した後に、乾燥処理を行って負極を作製した。
【0063】
固体電解質粒子(硫化物系固体電解質)と、バインダ(PVdF-HFP)と、低極性非水溶媒(酪酸ブチル)とを混合した固体電解質層用の合材スラリーを調製した。各材料の混合比(重量比)は、固体電解質粒子:バインダ=0.96:0.04に設定した。また、合材スラリーの混練には、超音波ホモジナイザーを使用し、0.2~3分間混練処理を実施した。そして、アプリケータを用いて基材(アルミニウム箔)の表面に合材スラリーを塗布して乾燥処理を行った後に、基材を剥がして固体電解質層を作製した。
【0064】
次に、正極と、固体電解質層と、負極とを積層することによって電極体を形成した。また、正極集電箔に正極端子(アルミニウム板)を接続すると共に、負極集電箔に負極端子(銅板)を接続した。そして、電極体を挟んで、1対のラミネートフィルムを対向させた後、ラミネートフィルムの外周縁部を溶着することによって全固体電池を構築した。
【0065】
そして、本試験では、正極の作製において、バインダの溶融開始温度Tmと、合材スラリーの最高温度Tmaxとをサンプル1~18の各々で異ならせた。各サンプルのバインダの溶融開始温度Tmと合材スラリーの最高温度Tmaxを表1に示す。なお、本試験では、合材スラリーを収容する容器に温度計を取り付け、当該合材スラリーの温度を測定し続け、正極集電箔に塗布するまでに測定された最高温度を「合材スラリーの最高温度Tmax」とみなした。また、上述した手順でDSCチャートを取得し、吸熱反応開始温度を「バインダの溶融開始温度Tm」とみなした。
【0066】
2.評価試験
(1)スラリーの粘度増加率の測定
ここでは、室温(25℃)の環境下、E型粘度計を用い、せん断速度を40/sに設定し、調製直後の合材スラリーの粘度(η
0)を測定した。次に、調製から6時間後の合材スラリーの粘度(η
6h)を同じ条件で測定した。そして、これらの測定結果に基づいて、合材スラリーの粘度増加率(Δη=η
6h/η
0×100)を算出した。算出結果を表1および
図4に示す。
【0067】
(2)電池抵抗の測定
各サンプルの全固体電池に対して初回充放電を行った後、室温(25℃)の環境下、SOC50%から3C、10秒の定電流放電を実施した。そして、放電前の電圧(V
0)と、放電後の電圧(V
10sec)を測定し、当該電圧の変化量(ΔV=V
0-V
10sec)に基づいて電池抵抗を算出した。算出結果を表1および
図5に示す。
【0068】
【0069】
表1および
図4に示すように、サンプル1~3、7~10、13~17では、合材スラリーのゲル化が生じておらず、6時間後の粘度増加率が140%以下に抑制されていた。また、表1および
図5に示すように、これらのゲル化が防止されたサンプルでは、電池抵抗が9Ω以下に抑制されていた。以上の結果より、正極の製造において、合材スラリーの最高温度T
maxがバインダの溶融開始温度T
m以下(T
max≦T
m)になるように、合材スラリーの温度を制御すれば、合材スラリーのゲル化を防止し、低抵抗の全固体電池を構築できることが分かった。
【0070】
≪第2の試験≫
本試験では、温度制御を行う対象を負極に変更した。すなわち、バインダの溶融開始温度Tmと、合材スラリーの最高温度Tmaxを異ならせた18種類の負極を製造し、各々の負極を使用して全固体電池(サンプル19~36)を構築した。
【0071】
1.サンプルの準備
本試験では、第1の試験のサンプル1と同じ手順で正極と、固体電解質層とを作製した。そして、本試験では、負極の作製において、バインダの溶融開始温度Tmと、合材スラリーの最高温度Tmaxとをサンプル19~36で異ならせた。各サンプルのバインダの溶融開始温度バインダTmと、合材スラリーの最高温度Tmaxを表2に示す。
【0072】
2.評価試験
第1の試験と同じ手順に従って、スラリーの粘度増加率と電池抵抗を測定した。スラリーの粘度増加率の測定結果を表2と
図6に示す。また、電池抵抗の測定結果を表2と
図7に示す。
【0073】
【0074】
表2および
図6に示すように、サンプル19~21、25~28、31~35では、合材スラリーのゲル化が生じておらず、6時間後の粘度増加率が140%以下に抑制されていた。そして、表2および
図7に示すように、これらのサンプルでは、電池抵抗が9Ω以下に抑制されていた。以上の結果より、負極の作製においても、T
max≦T
mを満たすように合材スラリーの温度を制御することによって、合材スラリーのゲル化を防止できることが分かった。
【0075】
≪第3の試験≫
本試験では、溶媒にバインダが溶解した後の合材スラリーにおいて、当該合材スラリーのゲル化を防止できるような温度制御について調べた。具体的には、バインダの再結晶化温度Tcと、合材スラリーの最低温度Tminを異ならせた9種類の正極を製造し、各々の正極を使用して全固体電池(サンプル37~48)を構築した。
【0076】
1.サンプルの準備
本試験では、上述の第1の試験のサンプル1と同じ手順で固体電解質層と負極を作製した。そして、正極の作製において、合材スラリーの最高温度Tmaxがバインダの溶融開始温度Tmを超えるように、混練中の合材スラリーの温度を制御し、溶媒にバインダが溶解した合材スラリーを調製した。そして、調製後の合材スラリーを所定の温度に維持しながら6時間保持し、アプリケータを用いて正極集電箔の表面に合材スラリーを塗布した。このとき、本試験では、保持中の合材スラリーの温度を各サンプルで異ならせ、その最低温度Tminを測定した。また、本試験では、DSCチャートにおける発熱温度(結晶化温度Tc)が異なるバインダを各サンプルで使用した。合材スラリーの最低温度Tminと結晶化温度Tcを表3に示す。
【0077】
2.評価試験
第1の試験と同じ手順に従って、スラリーの粘度増加率と電池抵抗を測定した。スラリーの粘度増加率の測定結果を表3と
図8に示す。また、電池抵抗の測定結果を表3と
図9に示す。
【0078】
【0079】
表3および
図8に示すように、サンプル38~42、46~48では、合材スラリーのゲル化が生じておらず、6時間後の粘度の増加率が140%以下に抑制されていた。そして、表3および
図9に示すように、これらのサンプルでは、電池抵抗が9Ω以下に抑制されていた。これらの実験結果より、合材スラリーの最高温度T
maxがバインダの溶融開始温度T
mを超えてバインダが溶媒に溶解した場合は、合材スラリーの最低温度T
minがバインダの結晶化温度T
cを下回らないように合材スラリーの温度を制御すれば、合材スラリーのゲル化を防止できることが分かった。
【0080】
以上、本発明を詳細に説明したが、上記実施形態および実施例は例示にすぎず、ここに開示される発明には上述の具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
【符号の説明】
【0081】
1 全固体電池
10 電極体
20 外装体
30 正極端子
40 負極端子
50 正極
52 正極集電箔
54 正極合材層
60 負極
62 負極集電箔
64 負極合材層
70 固体電解質層