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特許7609984歯科用組成物、歯科用組成物の製造方法および象牙質の培養方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-23
(45)【発行日】2025-01-07
(54)【発明の名称】歯科用組成物、歯科用組成物の製造方法および象牙質の培養方法
(51)【国際特許分類】
   A61L 27/36 20060101AFI20241224BHJP
   A61K 6/00 20200101ALI20241224BHJP
   A61K 6/17 20200101ALI20241224BHJP
   C12N 5/077 20100101ALN20241224BHJP
【FI】
A61L27/36 100
A61L27/36 400
A61K6/00
A61K6/17
C12N5/077
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2023524048
(86)(22)【出願日】2022-03-25
(86)【国際出願番号】 JP2022014543
(87)【国際公開番号】W WO2022249716
(87)【国際公開日】2022-12-01
【審査請求日】2023-10-10
(31)【優先権主張番号】P 2021090610
(32)【優先日】2021-05-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000126115
【氏名又は名称】エア・ウォーター株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100135183
【弁理士】
【氏名又は名称】大窪 克之
(74)【代理人】
【識別番号】100116241
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 一郎
(72)【発明者】
【氏名】岸田 成史
(72)【発明者】
【氏名】中島 美砂子
【審査官】新熊 忠信
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/170996(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/099861(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/135186(WO,A1)
【文献】特開平11-228328(JP,A)
【文献】特開2018-131456(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 27/00-27/60
A61K 6/00- 6/90
C12N 5/00- 5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒトの歯の粉砕物が脱灰処理されたものを含有することを特徴とする、象牙質の再生を促進するために用いられる歯科用組成物。
【請求項2】
前記粉砕物の粒径が500~2000μmである、
請求項1に記載の歯科用組成物。
【請求項3】
ヒトの歯を粉砕して粉砕物とし、前記粉砕物を脱灰処理することを特徴とする、象牙質の再生を促進するために用いられる歯科用組成物の製造方法。
【請求項4】
前記脱灰処理は、強酸を脱灰液として用いる、
請求項3に記載の歯科用組成物の製造方法。
【請求項5】
前記脱灰処理は、1~30重量%のエチレンジアミン誘導体の水溶液を脱灰液として用いる、
請求項3に記載の歯科用組成物の製造方法。
【請求項6】
前記粉砕物を前記脱灰処理する前に、抗菌剤を含有する溶液に浸漬した後、乾燥させる、
請求項3に記載の歯科用組成物の製造方法。
【請求項7】
前記抗菌剤を含有する溶液が銀イオンを含むアルコール溶液である、
請求項6に記載の歯科用組成物の製造方法。
【請求項8】
歯髄細胞とヒトの歯の粉砕物が脱灰処理されたものを含む歯科用組成物とを接触させて象牙芽細胞を誘発することを特徴とする、象牙質の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯のう蝕治療、抜髄・感染根管治療等に用いる、歯科用組成物および象牙質の培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
歯の構造は、外側から順にエナメル質、象牙質、歯髄の層構造となっている。その中の象牙質は、歯を構成する硬組織の1つであり、約70%の無機物と約30%の有機物とで構成されている。象牙質には、殆どが無機物で構成されるエナメル質と比べて柔らかいという特徴がある。硬いエナメル質の下に柔らかな象牙質が重なり合っていることで、象牙質がクッションのような役割を担うため、歯は全体として、衝撃を受けても割れにくい丈夫な構造となっている。
【0003】
しかし、虫歯の進行によって象牙質が侵食されていくと、象牙質面下の歯髄が次第に歯の表面近くとなり、象牙細管を通じて口腔内とつながるような露出状態となる。歯髄は神経組織であるため、歯髄が歯の表面近くになると、歯がしみる・痛むといった虫歯の自覚症状を招く。虫歯が進行して歯髄炎等の症状が現れた場合の治療として、炎症を起こした歯髄を取り除く抜髄が行われることが一般的である。
【0004】
歯髄は痛覚によって虫歯を知らせる機能や歯髄組織そのものに緩衝作用があるため、破折を防止でき、血管・神経による代謝作用や抗炎症・感染防御作用等により歯を保護する役割を有する。よって抜髄すると、破折や根尖部歯周組織への感染拡大あるいは炎症増悪などにより歯の喪失リスクを高めてしまう。抜髄した歯にこのような事態が生じた場合の治療法としては、入れ歯やインプラント治療が挙げられる。しかし、これらの治療法には、審美性や咬合性の低下を招くという問題がある。そこで、新たな治療法として、抜髄後に歯髄組織を元通りに回復させる歯髄再生治療が提唱されている。この治療は、智歯等の不用歯から歯髄組織を採取し、その中に存在する歯髄幹細胞の培養を行い、これと薬剤とを抜髄した歯に移植することで歯髄組織を再生する方法である。ただし、この治療法は歯髄組織全体が再生され、根管の象牙質壁へ象牙質が添加されるが、歯冠部には少量しか象牙質再生を誘導できず、セメントやレジン、金属といった被せ物や詰め物により補強しているのが現状である。
【0005】
象牙質組織を再生するアプローチに関して、薬剤を添加して歯髄細胞の分化誘導を促す化学的な方法が提唱されている。例えば、特許文献1には、フォスフォリン等の非コラーゲン性リン酸化タンパク質をコラーゲンに架橋した複合材料を足場として歯髄細胞を象牙芽細胞に分化させる、象牙質の再生方法が記載されている。特許文献2には、HGM-CoA還元酵素阻害剤を有効成分とする象牙質形成促進剤が記載されている。特許文献3には、分離したヒト歯髄細胞を、1,25(ジヒドロキシ)ビタミンD3を添加しながら三次元的に、所定の細胞密度となるように培養することを含む、分化誘導された象牙芽細胞の製造方法が記載されている。しかし、これらの化学的なアプローチのように試験管内で分化誘導された象牙芽細胞は最終分化しているため、生体内に移植しても接着できず、象牙質再生に用いることは困難と考えられる。
【0006】
象牙芽細胞を作製してから移植するスキームである化学的アプローチに対して、抜髄した歯において歯髄細胞を象牙芽細胞へと分化させる、無機系焼成物の人工物を用いた物理的アプローチによる方法が提唱されている。例えば、特許文献4には、セラミックス系多孔質担体を用いた象牙質の再生方法が記載されている。しかし、同文献に記載されているセラミックス系多孔質担体は、直径が100~500μmと極めて小さく、取り扱いや移植の観点から実用的ではないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開WO2005/079728号
【文献】国際公開WO2008/120720号
【文献】特許第4884678号公報
【文献】特開2005-270647号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明はかかる問題に鑑みてなされたものであり、使用する物質の安全性の確保が容易な歯髄再生治療に好適な歯科用組成物および象牙質の培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明にかかる歯科用組成物は、以下の構成を備えている。
[1]ヒトの歯の粉砕物が脱灰処理されたものを含有することを特徴とする、象牙質の再生を促進するために用いられる歯科用組成物。
[2]前記粉砕物の粒径が500~2000μmである、[1]に記載の歯科用組成物。
[3]ヒトの歯を粉砕して粉砕物とし、前記粉砕物を脱灰処理することを特徴とする、象牙質の再生を促進するために用いられる歯科用組成物の製造方法。
[4]前記脱灰処理は、強酸を脱灰液として用いる、[3]に記載の歯科用組成物の製造方法。
[5]前記脱灰処理は、1~30重量%のエチレンジアミン誘導体の水溶液を脱灰液として用いる、[3]に記載の歯科用組成物の製造方法。
[6]前記粉砕物を前記脱灰処理する前に、抗菌剤を含有する溶液に浸漬した後、乾燥させる、[3]に記載の歯科用組成物の製造方法。
[7]前記抗菌剤を含有する溶液が銀イオンを含むアルコール溶液である、[6]に記載の歯科用組成物の製造方法。
【0010】
本発明にかかる象牙質の培養方法は、以下の構成を備えている。
[8]歯髄細胞とヒトの歯の粉砕物が脱灰処理されたものを含む歯科用組成物とを接触させて象牙芽細胞を誘発することを特徴とする、象牙質の培養方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、象牙質の再生を促進する成分として、ヒトの歯の粉砕物を用いている。このため、安全性を容易に確保でき、歯髄再生治療時の再生歯髄組織面上あるいは直接覆髄・生活歯髄切断治療時の歯髄面上に被蓋象牙質を修復・再生する象牙質再生治療に好適に用いられる歯科用組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】抜髄した歯の治療における歯の粉砕物の位置を示す模式図
図2A】実施例1のCBCT画像
図2B図2Aの領域Aを拡大して示すCBCT画像
図3A】実施例1の組織標本写真
図3B図3Aの領域Bを拡大して示す組織標本写真
図4A】移植直後の段階における歯の粉砕物を含む歯科用組成物を用いた歯髄再生治療の模式図
図4B】象牙質再生が進んだ段階における歯の粉砕物を含む歯科用組成物を用いた歯髄再生治療の模式図
図5】歯髄再生治療における、歯髄移植後の経過を説明する模式図
図6】移植後4~6ヶ月および12カ月経過時点の模式図と、実施例1の組織標本写真との対応を示す説明図
図7A】実施例2の顕微鏡写真(脱灰処理、3重量%EDTA)
図7B】実施例2の顕微鏡写真(脱灰処理、3重量%EDTA)
図7C図7Bの領域Cを拡大した顕微鏡写真
図8】実施例2の顕微鏡写真(生理食塩水)
図9A】実施例3の顕微鏡写真(脱灰処理、0.6規定塩酸)
図9B】実施例3の顕微鏡写真(脱灰処理、17重量%EDTA)
図9C】実施例3の顕微鏡写真(脱灰処理、0.6規定塩酸の後、17重量%EDTA)
図10】実施例3の顕微鏡写真(未脱灰)
【発明を実施するための形態】
【0013】
<歯科用組成物>
本発明の歯科用組成物(以下、適宜「組成物」ともいう。)はヒトの歯(天然歯)の粉砕物を含有している。歯の断面には象牙質や象牙細管があり、歯髄幹細胞を含む歯髄細胞の足場として適しているため、歯の粉砕物を用いることにより、象牙質の再生を促進することができる。象牙質の再生に用いられる歯髄幹細胞および歯の粉砕物は、適合性の観点からその由来は患者自身であることが好ましいが、他者から提供されたものであってもよい。患者以外のドナーから提供された歯髄幹細胞および歯の粉砕物を用いることにより、例えば、智歯等の不用歯が無い患者や老化によって歯髄幹細胞の機能が低下した患者等の歯の象牙質の再生を促進することができる。患者以外の者としては、例えば患者の親族等が挙げられるが、患者との適合性が良ければ親族以外であってもよい。患者以外から提供される歯髄幹細胞と歯の粉砕物とは、同じ歯に由来することが好ましいが、異なる歯に由来するものであってもよい。以下では、患者の不用歯から抽出した歯髄幹細胞および当該不用歯の粉砕物を用いて抜髄した歯の象牙質を再生する態様について説明する。
【0014】
歯髄再生治療は患者の不用歯を抜去することから始まる。歯髄幹細胞の培養は歯内の歯髄組織を抽出してから行うが、その際、歯髄組織が抽出された後に残る歯の削片は従来廃棄されていた。歯髄幹細胞を含む歯髄細胞の一部は、足場に接着して生存しており、μmオーダーの微細構造に対して応答して象牙芽細胞に分化する。また、ヒト歯髄細胞を抽出した歯の削片の象牙質や象牙細管は、個々の患者自身の蛋白質から成る。このため、歯髄組織が抽出された後に残る歯の削片は、歯髄幹細胞との適合性が良好でかつ免疫拒絶反応が起こらないと考えられる。
【0015】
そこで、歯の粉砕物の上記性質を利用して、従来、廃棄されていた歯を、歯髄幹細胞から象牙芽細胞への分化誘導並びに象牙質再生・修復の促進に用いることに想到した。また、上記の誘導、促進機能を奏するためには、割り出した歯を適切な大きさとして、適切な位置にとどめることが有効であることを見出した。また、ヒト歯髄細胞を採取した後に残る歯は従来廃棄されていたため、ヒト歯髄細胞を採取した歯を象牙質の再生を促進する成分として用いれば、歯科用組成物を安価に製造することができる。
【0016】
ヒト歯髄細胞を採取した歯は、当該歯内の歯髄組織として抽出された歯髄幹細胞との適合性が良好である。また、象牙質や象牙細管の蛋白質は個々の患者に特有のものである。このため、象牙質再生に用いられるヒト歯髄細胞を採取した歯を用いることにより、免疫拒絶反応を回避させてヒト歯髄細胞から象牙芽細胞への分化誘導並びに象牙質再生を効率良く行うことができる。
【0017】
本発明は、ヒト歯髄細胞を採取した後に不用となる、従来、廃棄されていた歯(不用歯)を象牙質再生の誘導促進に用いている。ここで不用となる歯としては、例えば矯正歯科治療時に抜歯した歯や智歯(親知らず)などが挙げられる。本発明の組成物は、従来、廃棄されていた歯を使用したものであるため、環境への影響が小さく、非常に安価でエコな製造方法により製造することができる。また、歯の欠片すなわち粉砕物は、歯を割って歯髄組織の摘出を行う押圧プレス機を用いて歯髄組織と同時に製作できるため、製造効率が良好である。
【0018】
図1は抜髄した歯の治療における組成物4中の粉砕物3の位置を示す模式図である。同図に示すように、抜髄した歯の治療においては、歯髄幹細胞と薬剤との混合物1が抜髄後の歯に移植され、組成物4が含有する歯の粉砕物3は、混合物1の上に静置される。象牙質代替物5で覆われた後、歯冠部における治療の際に象牙質やエナメル質が取り除かれた部分がレジン2の被せ物によって補強される。
【0019】
生体外で作製された象牙芽細胞は最終分化した細胞であるため、これを移植しても根管側壁には接着しない。混合物1における歯髄幹細胞は、最終分化した細胞ではなく、象牙質基質として機能する。このため、歯髄幹細胞は、生体内へ移植した場合に、細胞根管側壁に接着することができる。
【0020】
象牙質代替物5としては、例えば、バイオデンチン(登録商標、セプトドン製)などのバイオセラミックス材、MTA(Mineal Trioxide Aggregate)セメント等が用いられる。
【0021】
組成物4は、粉砕物3が混合物1の下側すなわちレジン2から遠い側へ移動することを抑制する観点から、混合物1の上に静置される粉砕物3の粒径を所定の大きさとしている。これによって、粉砕物3の位置を混合物1の上側の歯冠部に保持することができる。抜髄後の歯内における粉砕物3の位置を混合物1とレジン2と境界の近くに維持することにより、象牙質の再生を促進する効果を高めることができる。
【0022】
粉砕物3を適切な位置にとどめて象牙芽細胞への分化誘導並びに象牙質再生を行う観点から、粉砕物3の粒径は、根管径よりも大きいことが好ましい。ただし、根管径は歯の部位や、患者の年齢などによって異なる。年齢が高くなるにつれて、象牙質が占める割合が多くなり、歯髄組織が満たされている歯髄腔や根管径は狭窄するため、根管径は小さくなる。そこで、象牙質の再生誘導に用いる粉砕物3の粒径は、適応患者の歯の部位や年齢によって定める必要がある。
【0023】
上述したように、根管径rの大きさは、歯の部位や患者の年齢により異なるが、通常、0.5~1.0mm(500~1000μm)程度である。このため、粉砕物3が根管内に落ち込むことを防ぐ観点から、粉砕物3の粒径は、500μm以上のものを用いればよく、600μm以上が好ましく、700μm以上がより好ましい。
【0024】
粉砕物3の粒径は、歯髄幹細胞と薬剤との混合物1を注入する部分の幅(断面距離)Rよりも小さければよく、例えば、2000μm以下とすればよい。また、粒径を小さくすることで粉砕物3の表面積が増える点において、象牙質の再生に有利になるといえる。このため、粉砕物3の粒径は1500μm以下が好ましく、1000μm以下がより好ましい。
【0025】
以上のように、通常の場合、粉砕物3の粒径を500~2000μm、好ましくは500~1000μmとすることで、象牙質の再生促進に効果的な位置に粉砕物3を維持することができる。ただし、根管径の大きさは個人および部位によって異なるため、適切な粒径は移植する対象根管によって決まる。象牙質の再生促進の観点から、粉砕物3の粒子径は、移植対象とする根管の根管径rと同等以上であることが好ましい。粉砕物3は、一つの歯に対して、例えば、5~15粒程度を用いればよい。本発明において、数値範囲A~BはA以上B以下を意義する。
【0026】
上記範囲の粒径の粉砕物3は、例えば、ストレーナー(ふるい)を用いて、粉砕後の歯から取り出したものを用いることができる。組成物4に含まれる粉砕物3の粒径の平均(メジアン径、D50)は、600~1500μmが好ましく、700~900μmがより好ましい。
【0027】
粉砕物3は、エナメル質部と象牙質部とを含んでいるが、歯髄再生を促進する効果を有するのは主に象牙質部である。そこで、象牙質の再生促進の観点から、粉砕物3は脱灰処理されたものが好ましい。脱灰処理により粉砕物3のエナメル質部からカルシウム塩の結晶を溶出させることで、象牙質部による象牙質を再生する効果が向上する。本発明において、脱灰処理とは、歯のエナメル質の主成分であるリン酸カルシウムを溶かすことをいう。
【0028】
粉砕物3の脱灰処理に用いる脱灰液としては、基質を溶解させた酸性~弱アルカリ性の水溶液を用いることができる。
酸による脱灰は、リン酸カルシウムを溶出させる作用を利用した、相対的に程度が強い処理である。酸による脱灰に用いられる基質としては、塩酸、ギ酸、硝酸、トリクロロ酢酸、硫酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、プランク・リュクロ液(塩酸、ギ酸、塩化アルミニウムの混合物)、モールス液(ギ酸、クエン酸ナトリウムの混合物)などが挙げられる。リン酸カルシウムを十分に溶出させる観点から、塩酸、硝酸などの強酸を基質として含む脱灰液が好ましい。
【0029】
キレート剤による脱灰は、リン酸カルシウムを軟化させる作用を利用した、相対的に程度が弱い処理である。キレート剤による脱灰に用いられる基材としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)のナトリウム塩等のエチレンジアミン誘導体が挙げられる。エチレンジアミン誘導体は、例えば、1~30重量%程度の水溶液として用いられる。
【0030】
歯の粉砕物のエナメル質を十分に溶かして象牙質を顕出させ、抜髄後の歯において、歯髄幹細胞の細管象牙質や骨様象牙質等への分化を促進する観点から、酸による脱灰を行う脱灰液が好ましく、塩酸のような強酸がより好ましい。強酸の水溶液の濃度は、0.1~2.0規定が好ましく、0.3~1.0規定がより好ましい。
【0031】
脱灰液によって粉砕物を処理する時間は、粉砕物のエナメル質を溶かすのに十分な時間とすればよい。例えば、粒径(D50)が700~900μm程度の粉砕物3を0.3~1.0規定の塩酸の水溶液を用いて脱灰処理する場合、処理時間は、10~40時間が好ましく、15~30時間がより好ましい。
【0032】
粉砕物3は、抗菌剤を含有する溶液に浸漬した後、乾燥させたものが好ましい。抗菌剤を含有する溶液としては、銀イオンを含むアルコール溶液、銀イオンを含む純水、シリカ水などが挙げられる。
【0033】
本実施形態の組成物は、例えば、以下のようにして製造することができる。
(1)歯を上部が開口した筒に入れ、その上から胴体を挿し込んで、押圧を印加し歯をランダムに破砕する。歯を割り出す部材は、硬く、万が一歯の欠片に付着したとしても問題がない生体適合性がある金属を選定する。このような金属としては、例えば、ステンレス・SUSやチタン合金などが挙げられる。
(2)ストレーナー(ふるい)で所定径(500~2000μm)の歯の粉砕物(欠片)を取り出す。
(3)所定径の歯の粉砕物をチューブ等に移し、消毒用エタノールに浸透させて殺菌する。
(4)純水等を加え、培養試験にて無菌性を確認する。再度、消毒用エタノールに浸透させる。
(5)無菌空間で消毒用エタノールを乾燥させる。
【0034】
<象牙質の培養方法>
本発明の象牙質の培養方法は、ヒトの歯の粉砕物を含む歯科用組成物と歯髄細胞とを接触させることにより、象牙芽細胞を誘発するものである。象牙芽細胞を誘発する薬剤を用いないため、培養した象牙質が適用される患者に薬剤への不安を抱かせるおそれがなく、安全性の確保が容易である。また、象牙芽細胞の誘発に用いる歯の粉砕物は歯髄摘出と同時に製作できるため、象牙質の培養を安価に実施することができる。
【実施例
【0035】
[実施例1]
2匹のイヌの歯(計8根管)にイヌ由来の歯の粉砕物を、歯髄の一部を残した根管内に移植した。移植後の経過を観察するために、移植後4カ月経過時点において歯科用CT(コーンビームCT、CBCT)で撮影し、移植後6カ月経過時点において組織標本を作製し、写真を撮影した。
【0036】
<実験条件>
歯の粉砕物:移植対象としたイヌから抜歯した歯をプレス機で粉砕し、ストレーナーを用いて、粒径500~1000μmの粉砕物(未脱灰)を取り出した。
移植対象歯:生活歯髄がある(歯髄が残っている)歯を移植対象とした。
移植箇所:歯の粉砕物以外の足場材を用いることなく、そのまま5~10個の粉砕物を移植対象歯の根管の入り口付近に静置した。
【0037】
<結果>
図2Aは、移植後4カ月経過時点におけるCBCT画像であり、図2Bは、図2Aの矩形で囲った領域Aを拡大して示したCBCT画像である。これらの図に示すように、移植後4カ月経過時点において、粉砕物を移植した歯に白い不透過性の象牙質様硬組織が形成されていた。また、粉砕物を移植した歯のすべてに、移植後4カ月経過時点において、図2Aおよび図2Bに示した歯と同様に、象牙質様硬組織が形成されていた。
【0038】
図3Aは、移植6か月後の組織標本写真であり、図3B図3Aの矩形で囲った領域Bを拡大して示す組織標本写真である。図3Aに示すように、移植6か月後において、骨様象牙質様硬組織の層が再生歯髄面上の広い範囲に形成されていた。また、図3Bに示すように、根管壁面の間において、骨様象牙質の再生が進んでいることが分かった。これらの結果から、根管の入り口付近に位置させた歯の粉砕物3により、象牙質の再生を促進できることが示されている。
【0039】
図4Aは、粉砕物を移植した時点における歯を模式的に示す断面図であり、図4Bは、移植後、再生に十分な時間が経過した時点における歯を模式的に示す断面図である。図4Aに示すように、粒径500~1000μmの粉砕物を用いることにより、根管の入り口付近において再生象牙質6を形成することができる。再生象牙質6の形成が進行して再生象牙質6が粉砕物と残存する歯冠部象牙質の隙間を埋めて天然歯と再生象牙質が癒合することにより、レジン2の下に天然のコア(つっかえ部)ができる。したがって、治療後における歯の強度が向上し、口腔内からの細菌が再感染(微小漏洩)して再度虫歯になること(二次う蝕)が防止できる。
【0040】
また、再生象牙質6の形成を促進する粉砕物3は歯を粉砕したものである。粉砕物3は変性・融解して徐々に再生象牙質に置換されるため、再生象牙質6が形成された後において、再生象牙質6と同様の機械的・化学的性質を示すようになる。例えば、環境温度の変化に伴って生じる熱膨張変化も同じである。このため、熱いものや冷たいものを食べた際に、粉砕物3と再生象牙質6および天然象牙質の間に隙間が生じることがない。対して、人工物を用いた場合、熱いもの、冷たいものを食べた際に、熱膨張の違いによって隙間が生じるおそれがある。自家の蛋白質では免疫拒絶反応を生じないため、治療対象者と同一人の歯を用いて粉砕物3を形成することがより好ましい。
【0041】
図5は、移植後の経過を説明する根管モデルの模式図である。同図に示すように、抜髄した根管に、歯髄幹細胞と薬剤との混合物1を移植し、その上に粉砕物3を静置した後、レジン2で被覆する。同図は、粉砕物3とレジン2との間に象牙質代替物5を配置している。
【0042】
移植4~6ヶ月後において、粉砕物3を静置した領域に再生象牙質(再生骨様象牙質)6が形成され、混合物1を移植した領域に再生歯髄7が形成される。歯髄幹細胞だけではなく、血管や神経などの歯髄組織を再生させて、象牙質を再生する部分に歯髄組織を呼び込むことにより、根管側面への細胞付着が生じる象牙質再生を実現できる。
【0043】
移植12カ月後において、再生象牙質6の下部(再生歯髄7の上部)に細管象牙質8が形成される("Dentin induction by implants of autolyzed antigen-extracted allogenic dentin on amputated pulps of dogs, Misako Nakashima, 1989参照)。
【0044】
図6は、移植後4~6ヶ月および12カ月経過時点の根管モデルと、実施例1(移植6ヶ月経過時点)の組織標本写真との対応関係を示す説明図である。同図に示すように、移植6ヶ月経過時点の組織標本写真から再生歯髄7が形成されていることが分かる。また、同写真には、再生象牙質6の下部に、細管象牙質8の形成が始まっていることも示されている。
【0045】
[比較例1]
歯の粉砕物として、粒径500~1000μmの粉砕物の代わりに、粒径150~500μmの粉砕物を用いた以外は、実施例1と同様にして、イヌ由来の歯の粉砕物を歯髄の一部を残した根管内に移植して、経過を観察した。しかし、粒径150~500μmの粉砕物を用いた場合、被蓋象牙質形成が認められなかった。これは、粉砕物が根管の入り口付近にとどまらず、歯の根尖部側に落ちたためと考えられる。
【0046】
粒径を小さくすることで粉砕物の表面積が大きくなる点は、象牙質の再生促進に有利といえる。しかし、歯冠部に被蓋象牙質形成が認められなかったことから、象牙質の再生を促進するには、粉砕物を留まらせる位置が重要であり、歯冠部の根管の入り口より上に粉砕物を留まらせる必要があるといえる。
【0047】
実施例1では、粒径500~1000μmの粉砕物3を用いたことにより、粉砕物3が根管の入り口付近にとどまった結果、被蓋象牙質形成を促進したといえる。また、粒径500~1000μmの粉砕物は、粒径150~500μmのものよりも扱いやすく、移植における作業性においても優れていた。
【0048】
[実施例2、3]
歯の粉砕物を構成するエナメル質部と象牙質部のうち、象牙質の再生促進には主に象牙質部が寄与していると考えられる。そこで、溶液を用いて粉砕物の表面を処理することの影響を以下の方法により評価した。すなわち、異なる脱灰処理を行った歯粉砕物に歯髄幹細胞を接触させて、分化能すなわち象牙質形成能を促進する効果を評価した。
【0049】
[実施例2]
<歯の粉砕物>
イヌ由来の歯をプレス機により粉砕し、ストレーナーを用いて、粒径500~1000μmの歯の粉砕物を取り出した。
【0050】
<溶液および処理時間>
以下の溶液に以下の時間浸漬した後、水で洗浄、乾燥した粉砕物を用いた。(A)の処理は脱灰処理であり、粉砕物表面からエナメル質が除去される。(B)の処理は、対照(コントロール)である。
(A)3重量%EDTA水溶液(スメアクリーン;商品名、日本歯科薬品製、脱灰液)、30分間
(B)生理食塩水、30分間
【0051】
<培養>
歯髄幹細胞(1.25×106セル)と乾燥させた歯削片とをそれぞれペレット状(チューブの底に細胞と粉砕物が重なった状態)にし、遠心チューブ内で以下の培地と混合して、遠心を行い、ペレット状態のまま、蓋は完全密閉しない遠沈管の中で培養した。
培地:10%ウシ胎児血清(FBS)/ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM、Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium)2ml
培地交換頻度:3-4日間(ペレットへのダメージを避けるため、液量の2/3ずつ交換)
培養環境:37℃ CO2インキュベータ内
培養期間:22日
【0052】
<測定>
約3週間(22日)の培養を行った後、ペレット状の歯髄幹細胞および粉砕物をホルマリン固定後に切片を作製し、歯削片に対する歯髄幹細胞付着の程度を顕微鏡写真により確認した。
【0053】
[実施例3]
<歯の粉砕物>
不用歯をプレス機により粉砕し、ストレーナーを用いて、粒径750~1000μmの歯の粉砕物を取り出した。
【0054】
<溶液および処理時間>
以下の溶液に以下の時間浸漬した後、水で洗浄、乾燥した粉砕物を用いた。(C)~(E)の処理は脱灰処理であり、粉砕物表面からエナメル質が除去される。(F)の処理は、対照(コントロール)である。
(C)0.6規定塩酸水溶液、24時間
(D)17重量%EDTA水溶液(スメアクリーン;商品名、日本歯科薬品製、脱灰液)、5分間
(E)処理(C)の後、処理(D)
(F)未脱灰
【0055】
<培養>
歯髄幹細胞(4.7×105セル)と乾燥させた歯削片とをそれぞれペレット状にして培養にし、遠心チューブ内で以下の培地と混合して、遠心を行い、ペレット状態のまま、蓋は完全密閉しない遠沈管の中で培養した。
培地:ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)2ml中にDMEMに対して20重量%分のPorcine血清と濃度0.5mg/mlのL-アスコルビン酸(=ビタミンC、分化促進剤)を含有
培地交換頻度:3-4日間(ペレットへのダメージを避けるため、液量の2/3ずつ交換)
培養環境:37℃ CO2インキュベータ内
培養期間:14日
【0056】
<脱灰処理の評価>
粉砕物を35mmディッシュに同数程度振り分けて、デンタルレントゲン装置KDEX-SII(株式会社近畿レントゲン工業社)を用いて、脱灰の有無によるX線の透過程度の違いを目視により確認した。その結果、(F)の粉砕物がレントゲン写真に写ること、(C)および(E)の粉砕物がレントゲン写真に写らないこと、(D)の粉砕物が僅かにレントゲン写真に写ることを、確認した。これらのことから、(C)および(E)の粉砕物は脱灰処理によりエナメル質が十分に溶解して象牙質が主成分となったこと、(D)の粉砕物は脱灰処理後においてもエナメル質が少し残っていること、を確認した。
【0057】
<測定>
約2週間(14日)の培養を行った後、ペレット状の歯髄幹細胞および粉砕物をホルマリン固定後に切片を作製し、歯削片に対して歯髄幹細胞が付着する程度を顕微鏡写真により確認した。
【0058】
図7A図7Cおよび図8は、実施例2における、(A)3重量%EDTA水溶液および対照としての(B)生理食塩水溶液を用いて表面を処理した粉砕物と歯髄幹細胞とをペレット状にして培養した後の顕微鏡写真である。
図7A図7Cに示すように、3重量%EDTA水溶液で処理した粉砕物は、対照の生理食塩水溶液で処理した粉砕物よりも粉砕物のペレット表面への歯髄幹細胞の接着状態が良好であった。なお、図7Aに示した両側矢印の方向は、象牙細管すなわち象牙質の細管構造(穴径1~2μm)の伸長方向の向きを示している。図7C図7Bにおける領域Cを拡大したものである。
【0059】
図7A図7Cの写真から、粉砕物を脱灰処理することにより、粉砕物と歯髄幹細胞の接着性が向上することが分かった。
【0060】
図9A図9Bおよび図9Cは、実施例3における、処理(C)、(D)および(E)をした粉砕物と歯髄幹細胞とをペレット状にして培養した後の顕微鏡写真である。図10は、対照としての未処理の粉砕物と歯髄幹細胞とをペレット状にして培養した後の顕微鏡写真である。
【0061】
歯髄幹細胞は、接着細胞であり、単一の細胞である場合には星のような形状をして増殖する。一方、歯髄幹細胞が密になると細胞形状が伸長して、組織の形成を進める。この組織細胞の伸長は歯髄幹細胞の特徴である。ペレット状で培養した場合、培養環境は密であり、粉砕物面が適切な接着足場であると、歯髄幹細胞はその形状が伸長し、ある方向に方向性をもち、分化して組織になろうとする。
【0062】
図9Aおよび図9Cの顕微鏡写真では、細胞が伸長して方向性を持ち、且つ細胞同士が並んでいることが確認できる。対して、図9Bの顕微鏡写真では、細胞の伸長による方向性および細胞同士が並んでいることが明確に確認できない。この結果から、抜髄後の歯において、歯髄幹細胞の細管象牙質や骨様象牙質等への分化を促進するには、脱灰処理によって粉砕物のエナメル質を十分に溶解し、粉砕物の表面に象牙質を顕出させることが有効といえる。
【0063】
なお、塩酸水溶液(0.6規定)で60分間処理した粉砕物を用いたものは、粉砕物のペレット表面から歯髄幹細胞の剥がれが認められ、接着状態が3重量%EDTA水溶液で処理した粉砕物よりもやや劣っていた。このことから、0.6規定の塩酸水溶液を用いる場合、歯の粉砕物表面のエナメル質を十分に溶解する観点から、脱灰処理は、60分間よりも長い時間、例えば、10時間以上、15時間以上、20時間以上の処理時間で行うことが好ましいといえる。
【0064】
図8に示すように、実施例2の対照としての溶液(B)の生理食塩水処理を用いた場合、溶液(A)により粉砕物を脱灰処理したときのように、歯髄幹細胞の接着状態を向上させる効果は認められなかった。
また、図10に示すように、実施例3の対照としての未脱灰(F)の粉砕物では、細胞の伸長による方向性および細胞同士の並びは認められなかった。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明の歯科用組成物および象牙質の培養方法は、う蝕治療、抜髄・感染根管治療に利用することができる。
【符号の説明】
【0066】
1 :混合物
2 :レジン
3 :粉砕物
4 :組成物
5 :象牙質代替物
6 :再生象牙質
7 :再生歯髄
8 :細管象牙質
A~C :領域
r :根管径
R :断面距離
図1
図2A
図2B
図3A
図3B
図4A
図4B
図5
図6
図7A
図7B
図7C
図8
図9A
図9B
図9C
図10