(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-24
(45)【発行日】2025-01-08
(54)【発明の名称】抗菌剤の探索方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/18 20060101AFI20241225BHJP
【FI】
C12Q1/18
(21)【出願番号】P 2020175069
(22)【出願日】2020-10-19
【審査請求日】2023-10-05
(31)【優先権主張番号】P 2019192485
(32)【優先日】2019-10-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】501481492
【氏名又は名称】株式会社ゲノム創薬研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】399086263
【氏名又は名称】学校法人帝京大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002136
【氏名又は名称】弁理士法人たかはし国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】関水 和久
(72)【発明者】
【氏名】浜本 洋
(72)【発明者】
【氏名】橋本 佳奈
【審査官】天野 皓己
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-005480(JP,A)
【文献】特開2008-231023(JP,A)
【文献】早川 正幸,“土壌放線菌の選択分離方法および分布に関する研究”,ACTINOMYCETOLOGICA,1990年,Vol. 4, No. 2,p.103-112
【文献】KHATTAB A. et al.,Streptomyces species from red sea habitat: Isolation, characterization and screening for antibacterial compounds,IJPCBS,2016年,Vol. 6, No. 1,P. 62-71
【文献】HAMAKI T. et al.,“Isolation of novel bacteria and actinomycetes using soil-extract agar medium”,Journal of Bioscience and Bioengineering,2005年05月,Vol. 99, No. 5,p.485-492,DOI: 10.1263/jbb.99.485
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00 - 3/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程1、工程2、工程3、工程7及び工程8の全てを有することを特徴とする抗菌剤の探索方法。
工程1:滅菌処理を行った
「『土壌に水を加えて混合して滅菌処理を行ったものの上清である土壌エキス』と寒天を含有する貧栄養の固体培地
」に、土壌の懸濁液の上清を広げて培養することによって該土壌に含有されている菌Aのコロニーを形成させる土壌菌コロニー形成工程
工程2:「抗菌の対象となる菌B用の培地に、『該培地に加えた状態で該抗菌の対象となる菌Bが死なない少なくとも一点の温度』では液体状態であるような寒天を加えて得られた液体寒天培地」に、該抗菌の対象となる菌Bを加えて重層液を調製し、該重層液を、上記工程1で菌Aのコロニーが形成された固体培地の上に流し込み冷却することによって重層固体培地を形成する重層固体培地形成工程
工程3:上記重層固体培地の上で一面に増殖した抗菌の対象となる菌Bの面中に、上記コロニーを中心として形成された阻止円を見出し、該阻止円の略中央に存在する菌Aのコロニーから菌Aを選択採取し、菌Aだけに純化する菌Aの純化工程
工程7:菌Aを液体培地の中で培養し、有機溶媒を加えて撹拌混合し、可溶分を乾固し、水を加えて
菌Aの濃度の異なる複数のサンプルを調製し、
該サンプル毎に、抗菌の対象となる菌Bに対して
の抗菌性を測定し、10倍以上希釈しても抗菌性を示す「菌Aに由来するサンプル」を選択するサンプル選択工程A
工程8:カイコ感染モデルを使用して、上記工程7で選択されたサンプルの中から、抗菌の対象となる菌Bに対して抗菌治療効果があるサンプルを選択するサンプル選択工程B
【請求項2】
上記工程1で形成する上記菌Aのコロニーの大きさが、平均直径0.5mm以上10mm以下である請求項
1に記載の抗菌剤の探索方法。
【請求項3】
更に、上記工程3より後に、以下の工程4を有する請求項1
又は請求項2に記載の抗菌剤の探索方法。
工程4:上記工程3で純化した菌Aのコロニーを、固体培地上で純培養する工程
【請求項4】
更に、上記工程4より後に、以下の工程5及び工程6を有する請求項
3に記載の抗菌剤の探索方法。
工程5:「抗菌の対象となる菌B用の培地に、『該培地に加えた状態で該抗菌の対象となる菌Bが死なない少なくとも一点の温度』では液体状態であるような寒天を加えて得られた液体寒天培地」に、該抗菌の対象となる菌Bを加えて重層液を調製し、該重層液を、上記工程4で菌Aを純培養した固体培地の上に流し込み冷却することによって重層固体培地を形成する工程
工程6:上記純培養した菌A上に形成した重層固体培地の上で一面に増殖した抗菌の対象となる菌Bの面中に、上記純培養した菌Aを中心として阻止円が形成されることを確認する工程
【請求項5】
上記工程7において、及び/又は、上記工程7より後に、以下の工程a及び/又は工程bを行う請求項1ないし請求項
4の何れかの請求項に記載の抗菌剤の探索方法。
工程a:難水溶性若しくは非水溶性有機溶媒に転溶する工程
工程b:カラム分画する工程
【請求項6】
以下の工程a及び/又は工程bを行ってから
工程7を行う請求項1ないし請求項
4の何れかの請求項に記載の抗菌剤の探索方法。
工程a:難水溶性若しくは非水溶性有機溶媒に転溶する工程
工程b:カラム分画する工程
【請求項7】
更に、上記工程8より後に、以下の工程9を有する請求項1ないし請求項
6の何れかの請求項に記載の抗菌剤の探索方法。
工程9:上記工程8で選択されたサンプルの中から、抗菌剤を分離して獲得する抗菌剤獲得工程
【請求項8】
上記工程2又は上記工程5における寒天は、菌Bが黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)である場合には融点30℃以上60℃以下の寒天であり、菌Bが大腸菌(Escherichia coli)又はパン酵母(Saccharomyces cerevisiae)である場合には融点30℃以上45℃以下の寒天である請求項1ないし請求項
7の何れかの請求項に記載の抗菌剤の探索方法。
【請求項9】
上記工程2又は上記工程5における重層固体培地の厚さが、0.5mm以上10mm以下である請求項1ないし請求項
8の何れかの請求項に記載の抗菌剤の探索方法。
【請求項10】
上記菌Bが病原性の細菌又は真菌である請求項1ないし請求項
9の何れかの請求項に記載の抗菌剤の探索方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗菌剤の探索方法に関し、更に詳しくは、土壌菌由来の抗菌剤を効率的に探索する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
抗生物質である抗菌剤は、医療分野において極めて重要である。しかも、新たな感染症が出現する恐れがあり、また既存の抗菌剤が効き難い耐性菌が既に出現しており、また、今後更に新たな耐性菌が出現する可能性が高く、それらが大きな社会問題になっている。
しかしながら、従来の抗菌剤の探索方法は、コスト対効果の点で劣り、また、薬事規制の厳しさの点でも魅力がなくなりつつあり、そのためもあって、近年、製薬会社等による新規の抗菌剤の発見・探索は減速傾向にある。
【0003】
従来の探索法は、抗菌剤を産生する菌を単離し、該菌を液体培地で純粋培養し、産生した物質の抗菌活性を検出し、該物質を精製し構造を決定し、動物(マウス等)を用いた実験で体内動態・治療効果・薬効・副作用等を確認する、と言った手順をとっている。
すなわち、従来法は、抗菌性を有する物質を産生する1つの菌を見つけ、該菌が産生する抗菌活性のある単一物質を見つけ、該物質を精製すると言う技術思想に基づいており、複数の菌を並行して評価したり、複数の産生物質を並行して評価したりできないため、新規の抗菌剤の発見・探索に限界をもたらしていると考えられる。
【0004】
また、従来法では、長期間かけて発見し、その後、精製して得られた抗菌活性を有する単一物質を、多数のマウス等を用いて評価したところ、体内動態が劣る、抗菌活性は高くても治療効果に劣る、又は、副作用が大きい、等が理由となって、後の方の検討・評価の段階で没になる場合が多かった。
【0005】
一方、本発明者は、カイコ感染モデルを確立し(特許文献1、2、非特許文献1~3)、それを用いて新たな骨格の抗菌剤・抗生物質を見出している(特許文献3~7、非特許文献4~6)。
すなわち、具体的には、抗菌剤・抗生物質の治療効果の指標となるED50値が、カイコと哺乳動物でよく一致していることを確かめている(非特許文献2)。これは、カイコでの抗生物質の体内動態が哺乳動物と共通しているからである(非特許文献3)。
【0006】
実際、既に、カイコ感染モデルを用いて新規のターゲットを有する新規の抗菌剤・抗生物質を見出している(非特許文献4)。また、沖縄の土壌由来のライソバクター(Lysobacter)属の細菌から、ライソシンEというMRSAに有効な新規抗菌剤・抗生物質を見出している(特許文献3~6、非特許文献5)。また、ASP2397という新規抗真菌薬も見出している(非特許文献6)。
このように、カイコ感染モデルが、治療効果まで加味した新規抗菌剤・抗生物質の探索に有効であることが分かっている。
【0007】
近年、新規構造の抗菌剤の出現が少ない中、前記のように大きな問題点のある既存の探索方法に代わって、新たな優れた抗菌剤・抗生物質の探索方法を発明することが強く望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2007-327964号公報
【文献】特開2010-133975号公報
【文献】特開2012-006917号公報
【文献】特開2012-005480号公報
【文献】特開2012-005481号公報
【文献】国際公開第2011/148959号
【文献】特開2016-210776号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Kaito C, Akimitsu N, Watanabe H & Sekimizu K (2002) Microb Pathog 32: 183-190.
【文献】Hamamoto H, Kurokawa K, Kaito C, et al. (2004) Antimicrob Agents Chemother 48: 774-779.
【文献】Hamamoto H, Tonoike A, Narushima K, Horie R & Sekimizu K (2009) Comp Biochem Physiol C Toxicol Pharmacol 149: 334-339.
【文献】Paudel A, Hamamoto H, Panthee S, Kaneko K, Matsunaga S, Kanai M, Suzuki Y, Sekimizu K. (2017) Front. Microbiol., 8: 712.
【文献】Hamamoto H, Urai M, Ishii K, Yasukawa J, Paudel A, Murai M, Kaji T, Kuranaga T, Hamase K, Katsu T, Jie Su, Adachi T, Uchida R, Tomoda H, Yamada M, Souma M, Kurihara H, Inoue M, Sekimizu K. (2015) Nature Chemical Biology, 11: 127-133.
【文献】Nakamura I, Kanasaki R, Yoshikawa K, Furukawa S, Fujie A, Hamamoto H, Sekimizu K. (2017) J Antibiot (Tokyo). 70: 41-44.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は上記背景技術に鑑みてなされたものであり、その課題は、優れた抗菌剤・抗生物質の探索方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、カイコ感染モデルを使用して、「病原菌等の菌Bに対して抗菌治療効果がある化合物」を含有するサンプルを選択するにあたり、特定の方法で「抗菌性物質を含有するサンプル」を得れば、複数種の菌、複数種の抗菌剤・抗生物質を並行してスクリーニングでき、しかも漏れなく効率的に抗菌剤を探索できることを見出して本発明に至った。
【0012】
すなわち、本発明は、以下の工程1、工程2、工程3、工程7及び工程8の全てを有することを特徴とする抗菌剤の探索方法を提供するものである。
工程1:滅菌処理を行った貧栄養の固体培地に、土壌の懸濁液の上清を広げて培養することによって該土壌に含有されている菌Aのコロニーを形成させる土壌菌コロニー形成工程
工程2:「抗菌の対象となる菌B用の培地に、『該培地に加えた状態で該抗菌の対象となる菌Bが死なない少なくとも一点の温度』では液体状態であるような寒天を加えて得られた液体寒天培地」に、該抗菌の対象となる菌Bを加えて重層液を調製し、該重層液を、上記工程1で菌Aのコロニーが形成された固体培地の上に流し込み冷却することによって重層固体培地を形成する重層固体培地形成工程
工程3:上記重層固体培地の上で一面に増殖した抗菌の対象となる菌Bの面中に、上記コロニーを中心として形成された阻止円を見出し、該阻止円の略中央に存在する菌Aのコロニーから菌Aを選択採取し、菌Aだけに純化する菌Aの純化工程
工程7:菌Aを液体培地の中で培養し、有機溶媒を加えて撹拌混合し、可溶分を乾固し、水を加えてMIC値を測定するためのサンプルを調製し、抗菌の対象となる菌Bに対してMIC値が1/10以下となる「菌Aに由来するサンプル」を選択するサンプル選択工程A
工程8:カイコ感染モデルを使用して、上記工程7で選択されたサンプルの中から、抗菌の対象となる菌Bに対して抗菌治療効果があるサンプルを選択するサンプル選択工程B
【0013】
また、本発明は、更に、上記工程3より後に、以下の工程4を有する上記の抗菌剤の探索方法を提供するものである。
工程4:上記工程3で純化した菌Aのコロニーを、固体培地上で純培養する工程
【0014】
また、本発明は、更に、上記工程4より後に、以下の工程5及び工程6を有する上記の抗菌剤の探索方法を提供するものである。
工程5:「抗菌の対象となる菌B用の培地に、『該培地に加えた状態で該抗菌の対象となる菌Bが死なない少なくとも一点の温度』では液体状態であるような寒天を加えて得られた液体寒天培地」に、該抗菌の対象となる菌Bを加えて重層液を調製し、該重層液を、上記工程4で菌Aを純培養した固体培地の上に流し込み冷却することによって重層固体培地を形成する工程
工程6:上記純培養した菌A上に形成した重層固体培地の上で一面に増殖した抗菌の対象となる菌Bの面中に、上記純培養した菌Aを中心として阻止円が形成されることを確認する工程
【0015】
また、本発明は、上記工程7において、及び/又は、上記工程7より後に、以下の工程a及び/又は工程bを行う前記の抗菌剤の探索方法を提供するものである。
工程a:難水溶性若しくは非水溶性有機溶媒に転溶する工程
工程b:カラム分画する工程
【0016】
また、本発明は、更に、上記工程8より後に、以下の工程9を有する上記の抗菌剤の探索方法を提供するものである。
工程9:上記工程8で選択されたサンプルの中から、抗菌剤を分離して獲得する抗菌剤獲得工程
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、前記問題点や課題を解決し、初期の探索段階から、ヒトにおける体内動態まで加味した抗菌剤・抗生物質の探索が可能である。すなわち、カイコ感染モデルを使用して、カイコの死亡等を基に抗菌剤を選択すれば、治験等の後の段階で没になるもの(例えば治療効果のないもの等)を「抗菌剤候補」として最初から排除できるので、コストと時間が節約されて探索が効率的になる。
【0018】
更に、カイコ感染モデルを使用すれば、初期の探索段階から抗菌剤候補物質を単一物質に絞る必要がないため、単一物質への精製や構造決定は、治療効果まで含めて良好なものに絞られた後段階で行えばよく、その点からもコストと時間が節約される。
また、マウス等の脊椎動物(哺乳動物)に比べ、道義的に問題が少ないカイコを用いるので、多くのサンプルの評価が可能である。
【0019】
カイコ感染モデルでは、複数種類の抗菌性化合物を有するサンプルや、不純物を含むサンプルのスクリーニング評価(探索)が可能である。この優位点を十分に生かすために、本発明では、該カイコ感染モデルでの評価に供するための特に好適な「サンプルを得る方法」を開発・採用した。
すなわち、本発明における阻止円を利用する方法は、上記の点からカイコ感染モデルに極めて良くマッチングしており、しかも、クルードの状態で多数の抗菌性物質を漏れなく捕捉するために、本発明において「工程1、2、3、7、8を有する方法」は極めて有効である。
【0020】
本発明は、貧栄養の固体培地[土壌培地(Soil medium)]、重層固体培地形成[ソフトアガー重層法(Soft agar screening)]、カイコ感染モデル[カイコ生体内活性評価(Silkworm in vivo evaluation)]が相乗的に組み合わされて顕著な効果を奏するものである。
【0021】
更に、工程4、5及び6を組み合わせれば、上記マッチング性と特長を更に有するようになると共に、カイコ感染モデルによる評価に入る前に、効率よく複数の候補物質を分離できる。また、工程3までで仮に阻止円を形成しない菌Aが混入してしまっていても、それらを除去でき、ノイズを減らすことができる。
【0022】
更に、工程a及び/又は工程bを組み合わせれば、例えば「自然免疫を抑制する物質」が「菌Aの産生物質」に混入していた場合、該物質の除去ができる。すなわち、菌Bに対する抗菌活性と治療活性があるにもかかわらず、そこにカイコの自然免疫を抑制する物質が混入していることによって該カイコの自然免疫活性が下がり、そのため、その後に菌Bによって該カイコが死亡してしまうケースを排除することができる。言い換えれば、カイコによる治療効果の確認において、別要因でカイコを殺してしまうケースを排除することができる。
工程aや工程bは、菌Bが細菌であっても真菌であっても行うことができるが、菌Bが真菌のときに上記ケースが現出することが多い。従って、工程a及び/又は工程bの追加は、菌Bが真菌のときに特に有効である。
【0023】
本発明においては、土壌菌である菌Aのコロニー自体を、病原菌等の菌Bの増殖が阻害されたときに形成される阻止円の中心物質(物体)とするので、その段階では、菌の単離も抗生物質の単離もしていない。
そのために、複数の菌Aや該菌Aの産生物(抗生物質)を同時並行でスクリーニングできると共に、探索の初期段階で菌Aの特定も抗生物質の同定も行わないので、無駄がなくなり、コストと時間が節約できる。
【0024】
従来の抗菌剤・抗生物質の探索法は、産生菌を単離し、該菌を液体培地で大量に純粋培養して、該産生物の抗菌活性を検出し、それからマウス等を用いて、体内動態・治療効果・薬効・副作用等を確認する。しかし、その方法では、複数の菌を並行して評価することも、複数の産生物質を並行して評価することもできず、その上探索の初期段階から精製・単一物質の単離を必要とするので、コストと時間の関係で、新規の抗菌剤の発見・探索に限界をもたらしていた。
現行のスクリーニングにおいて、土壌細菌をランダムに選択して培養し抽出液を調製した場合、後述するMIC値が1/10以下となるサンプルを得るのは容易ではない。本発明は、工程1、2、3と言った初期の工程から、阻止円を形成する抗生物質生産菌を土壌等から集める、と言う技術思想を見出したことによってなされた。
【0025】
本発明の、工程1、2、3、7及び8を有する方法、更には、それらの工程に、「工程4、5及び6」及び/又は「工程9」を組み合わせた方法によれば、上記した従来法の欠点が全て解消され、極めて効率的に優れた抗菌剤を見出すことができる。
【0026】
本発明の、工程1、2、3、(4)、(5)、(6)、7、(a)、(b)、8、及び、(9)を有する方法によれば(ここで、( )内は有すると好ましい態様)、探索初期における抗菌剤・抗生物質の種類が多く量が少なくてすむ(更に、混合物であってもよい)。まずは、優れた抗菌性物質を産生する菌Aと該抗菌性物質の存在自体を確かめることを最優先としている。本発明は、その点に特化して、広範囲に漏れなくそれらを探索・選択することができる。
【0027】
実際にヒト等に使用することを考えると、抗菌剤は水溶性を有することが望ましい。
工程7で、抗菌剤を溶解して抽出する有機溶媒の種類や、その水との混合割合等を調整することで、水溶性を有する物質(抗菌剤)を抽出することができ、そこでも効率的にスクリーニングを行っている。
また、阻止円を形成したと言うことは、該阻止円形成の原因となる抗菌剤・抗生物質が水溶性を有すると言うことを意味する。従って、そこでも(工程3でも)、効率的にスクリーニングを行っている。
【0028】
具体的には、工程1を行うことによって、効率よく、広範囲に多数の評価ができると共に、従来は見落とされていた難培養菌やマイナーな菌も、見出す(選択する)ことが可能である。
また、工程2及び工程3では、「特定された単一の抗菌剤」による阻止円を形成させて(利用して)いるわけではないので、菌Aも抗菌剤も特定することなしに、すなわち精製・特定を後回しにすることで、効率的な探索が可能となる。
【0029】
また、工程7では、MIC値の小ささによる篩い分けが重要であるが、希釈倍率であるMIC値を考慮さえすれば、クルードの状態で「カイコ感染モデルを使用した評価段階」に進めるので、極めて効率的である。
また、工程8におけるカイコ感染モデルは、クルードのサンプルでも試験ができること、及び、道義的問題の少ないカイコを使用すること等に関係して、前記優れた効果を相乗的に発揮する。
【0030】
カイコ感染モデルでは、上述したように、探索初期の段階で「治療効果まである抗菌剤」のスクリーニング(探索)が可能であるため、治験等の検討後期の段階で、体内動態が悪い等が原因で没になる物質が減少する。従って、カイコ感染モデル自体が、抗菌剤・抗生物質の優れた探索方法ではある。
【0031】
本発明では、更に、「カイコ感染モデルによる試験」に供するサンプルの態様、及び、サンプルの取得・選択方法等について、検討し向上させた。前記した通り、本発明におけるサンプルの取得・選択方法(工程1から工程7まで)は、カイコ感染モデル用として、極めて良くマッチングしており、カイコ感染モデルの特長を最大限に生かしたものとなっている。従って、本発明によって、カイコ感染モデルがブラッシュアップされた。
【0032】
「カイコ感染モデルによる『治療効果まである抗菌剤』のスクリーニング(探索)」に使用するためのサンプルの選択方法として、本発明の工程1、2、3、(4、5、6)、7、(9)を用いたときと、カイコ感染モデルにはよるが本発明の上記工程を用いないときとの比較を
図1に示す。
図1(a)(b)(c)は、探索に用いた母集団が、順に、「化合物ライブラリー」、「天然物」、「土壌」と言うように異なってはいるが、
図1(c)に示したように、本発明による「治療効果有の抗生物質」の発見確率は、
図1(a)(b)のそれを遥かに上回っており、本発明によって初めて現実性のある探索方法になったと言える。
【0033】
具体的には、実施例でも記載する通り、黄色ブドウ球菌に対して阻止円を形成する791株(工程6まで)から、培養液アセトン抽出液を調製し、カイコにおいて治療効果を有する20サンプル(工程8まで)を得ている(
図1(c))。
これは、化合物ライブラリーから探索した場合(
図1(a))と比較して1000倍、天然物から探索した場合(
図1(b))と比較して10倍の発見確率である。
【0034】
また、実施例で記載する通り、大腸菌W3110に対して阻止円を形成する329株(工程6まで)から、培養液アセトン抽出液を調製し、カイコにおいて抗緑膿菌治療効果を有する18サンプル(工程8まで)を得ている(
図1(c))。これまでは、グラム陰性菌に対して治療効果を有する物質は発見できなかった(
図1(a))。従って、本発明は、抗グラム陰性菌治療効果物質を探索(スクリーニング)できる方法として有効である。
【0035】
本発明では、抗菌性の指針であるMIC値と共に、カイコ感染モデルを使用して治療効果まで加味して探索(スクリーニング)する。そのため、従来、治療効果があったにもかかわらず、例えば、若干MIC値が大きい(分母が小さい)、すなわち若干抗菌性が低いために探索(スクリーング)から漏れてしまっていた菌A(の産生物)(抗菌剤候補)を漏らさずピックアップすることができる。
また、本発明は、新規な抗菌剤が探索できるので、探索された抗菌剤は、既存の抗菌剤に対して耐性を得てしまった菌B(耐性菌B)に対しても抗菌性を示す可能性が高い。従って、本発明によれば、耐性菌用抗菌剤の探索ができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】カイコ感染モデルを使用したときの「カイコに投与するサンプル」の選択(取得)形態の変化による抗菌性物質の発見効率の違いを示す表である。 (a)化合物ライブラリーからスタートしたときの工程1~8を有さない従来法での発見効率 (b)天然物からスタートしたときの工程1~8を有さない従来法での発見効率 (c)土壌からスタートしたときの工程1~8を有する本発明法での発見効率
【
図2】本発明の好ましい態様の一例の工程フローである。
【
図3】工程1で、貧栄養の固体培地上に形成された土壌菌Aのコロニーの一例を示す写真である。
【
図4】工程3で、黄色ブドウ球菌(菌B)に対して、土壌菌Aのコロニーの周りに形成された阻止円の一例を示す写真である。
【
図5】工程3で、大腸菌(菌B)に対して、土壌菌Aのコロニーの周りに形成された阻止円の一例を示す写真である。
【
図6】工程3で、パン酵母(菌B)に対して、土壌菌Aのコロニーの周りに形成された阻止円の一例を示す写真である。
【
図7】工程6で、黄色ブドウ球菌(菌B)に対して、土壌菌Aのコロニーの周りに形成された阻止円の一例を示す写真である。
【
図8】工程6で、大腸菌(菌B)に対して、土壌菌Aのコロニーの周りに形成された阻止円の一例を示す写真である。
【
図9】工程6で、パン酵母(菌B)に対して、土壌菌Aのコロニーの周りに形成された阻止円の一例を示す写真である。
【
図10】本発明の好ましい態様の一例の工程フローであって、
図2のフロー図に対して、更にブタノール転溶(工程a)とカラム分画(工程b)を行うフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下、本発明について説明するが、本発明は、以下の具体的態様に限定されるものではなく、技術的思想の範囲内で任意に変形することができる。
【0038】
本発明の抗菌剤の探索方法は、少なくとも以下の工程を有する。ただし、工程4ないし工程6、及び、工程9は必須ではないが、有することが好ましい。
工程1:滅菌処理を行った貧栄養の固体培地に、土壌の懸濁液の上清を広げて培養することによって該土壌に含有されている菌Aのコロニーを形成させる土壌菌コロニー形成工程
工程2:「抗菌の対象となる菌B用の培地に、『該培地に加えた状態で該抗菌の対象となる菌Bが死なない少なくとも一点の温度』では液体状態であるような寒天を加えて得られた液体寒天培地」に、該抗菌の対象となる菌Bを加えて重層液を調製し、該重層液を、上記工程1で菌Aのコロニーが形成された固体培地の上に流し込み冷却することによって重層固体培地を形成する重層固体培地形成工程
工程3:上記重層固体培地の上で一面に増殖した抗菌の対象となる菌Bの面中に、上記コロニーを中心として形成された阻止円を見出し、該阻止円の略中央に存在する菌Aのコロニーから菌Aを選択採取し、菌Aだけに純化する菌Aの純化工程
工程4:上記工程3で純化した菌Aのコロニーを、固体培地上で純培養する工程
工程5:「抗菌の対象となる菌B用の培地に、『該培地に加えた状態で該抗菌の対象となる菌Bが死なない少なくとも一点の温度』では液体状態であるような寒天を加えて得られた液体寒天培地」に、該抗菌の対象となる菌Bを加えて重層液を調製し、該重層液を、上記工程4で菌Aを純培養した固体培地の上に流し込み冷却することによって重層固体培地を形成する工程
工程6:上記純培養した菌A上に形成した重層固体培地の上で一面に増殖した抗菌の対象となる菌Bの面中に、上記純培養した菌Aを中心として阻止円が形成されることを確認する工程
工程7:菌Aを液体培地の中で培養し、有機溶媒を加えて撹拌混合し、可溶分を乾固し、水を加えてMIC値を測定するためのサンプルを調製し、抗菌の対象となる菌Bに対してMIC値が1/10以下となる「菌Aに由来するサンプル」を選択するサンプル選択工程A
工程8:カイコ感染モデルを使用して、上記工程6で選択されたサンプルの中から、抗菌の対象となる菌Bに対して抗菌治療効果があるサンプルを選択するサンプル選択工程B
工程9:上記工程7で選択されたサンプルの中から、抗菌剤を分離して獲得する抗菌剤獲得工程
【0039】
<工程1>
工程1は、滅菌処理を行った貧栄養の固体培地に、土壌Sの懸濁液の上清を広げて培養することによって該土壌Sに含有されている菌Aのコロニーを形成させる土壌菌コロニー形成工程である。
なお、「菌A」と記載したときの菌の種類は、同時に1種類であっても2種類以上であってもよい。土壌菌である「菌A」を、抗菌の対象となる「菌B」と区別するために、「A」と言う文字を用いただけであり、「菌A」と記載したときの菌は、1種類に限定されず、複数種類でもよく、むしろ複数種類であることが、工程3までは又は工程6の前までは同時に存在することが好ましい。
上記「土壌Sの懸濁液」は、土壌Sに滅菌水を加えて調製した懸濁液が好ましい。
【0040】
上記固体培地としては、特に限定はないが、寒天培地が好ましい。
上記「貧栄養」とは、増殖速度の大きい菌が大きなコロニーを形成してしまって、増殖速度の小さい菌がコロニーを形成できない、と言うことが起らない(他の菌のコロニー形成を阻害しない)ような栄養分の少なさを言い、該固体培地を形成するときに積極的に所謂「栄養分」を加えないことを言う。
【0041】
従来のYME寒天培地等の栄養培地を用いると、菌株による増殖速度の違いが著しく、大きなコロニーが形成されて他の菌株のコロニー形成が阻害される。また、単に栄養分の濃度を下げただけの場合には、現れるコロニーの種類が制限される場合がある。
貧栄養の固体培地を用いることによって、一度に多数の(好ましくは多種類の)コロニーを小さい状態で得ることが可能となった。その結果、工程3における阻止円の略中央に存在する物体(コロニー)として好適な形状となった。
【0042】
工程1で形成する菌Aのコロニーの大きさは、平均直径0.5mm以上10mm以下が好ましく、平均直径1mm以上5mm以下がより好ましく、平均直径2mm以上3mm以下が特に好ましい。
【0043】
菌Aのコロニーが大き過ぎると、1つの容器(シャーレ等)で、少数のコロニー又は菌Aしか評価できない、工程3で阻止円の好適な直径や形状が得られない等の場合がある。
一方、菌Aのコロニーが小さ過ぎると、選択されるべきだった菌Aが十分な量の抗菌剤を産生できず、工程3で阻止円を形成させることができない場合等がある。
【0044】
特に好ましい貧栄養の固体培地としては、土壌Rに水を加えて、よく撹拌混合して、オートクレーブ等を用いて滅菌処理を行い、その上清(以下、「土壌エキス」と記載することがある)に寒天等の固体培地材料を加え、固化させることにより得られたものが挙げられる。
本発明の抗菌剤の探索方法は、上記「貧栄養の固体培地」が、土壌エキスを含有するものであることが好ましい。
【0045】
固体培地作製用の土壌Rとしては、探索対象である抗菌剤を産生する菌Aが含有されている土壌Sとは、同じものでも異なるものでもよい。
特に限定はないが、1つのシャーレに異なる土壌S、S’、S”・・・の混合懸濁液の上清を広げてもよく、その場合は、土壌Rとしては、土壌S、S’、S”・・・の何れかと同一であることが好ましい。
1つのシャーレに1種の土壌Sの懸濁液の上清を広げた場合は、特に限定はないが、土壌Rとしては、土壌Sであることが特に好ましい。すなわち、同一の土壌を用いることが特に好ましい。
【0046】
本発明において、「土壌」とは、天然に存在する全体としては固体状のものを言い、鉱物、岩石、砂等の無機物;生物の産生物、排泄物、死体、腐食物質等の有機物;石油、石油前段階物質、石油抗泉水、鉱泉水・温泉水、河川水、湖沼水、海水等の天然液体;生物(生体);等の混合物を言う。地面に存在するものの他、河川、湖沼、海等の水の底に存在するものも含む。
【0047】
土壌には、その土壌特有の無機物や有機物が含有されているが、探索対象である抗菌剤を産生する菌Aが含有されていた土壌Sと、固定培地の土壌エキスの原料である土壌Rとに含有される無機物や有機物が共通していると、菌Aの培養環境として好適である。特に、ミネラル成分、微量元素成分、金属(イオン)成分、酸アルカリ成分等が同一であると、菌Aの培養環境としてより好適であると考えられる。
それによって、土壌Sに含有される微量の菌Aや、コロニーを作り難い菌A等も、漏らさずにコロニー(すなわち、抗生物質産生物体)として使用し易いようにできる。
【0048】
工程1における滅菌処理は、オートクレーブ処理等、公知の方法で(常法によって)行うことが可能である。
また、土壌Sに水を加えて調製した懸濁液の上清を広げて培養して土壌菌コロニー形成させることも公知の方法で行うことができる。
【0049】
すなわち、該上清は、滅菌生理食塩水、滅菌蒸留水、滅菌脱イオン水等で希釈して、上記培地上に広げることが好ましい。抗生物質生産菌を取得するという目的のためには、滅菌されている必要は必ずしもないが、滅菌されていない場合は、得られた生産菌が得られた経路が不明確となる。
希釈倍率は、土壌Sの懸濁液を作るときに加えた水の量(懸濁液の濃度)に依存するが、土壌Sと同質量の水を加えて懸濁液を作製したときに換算して、希釈倍率は、10倍以上10000倍以下が好ましく、50倍以上5000倍以下がより好ましく、100倍以上2000倍以下が特に好ましい。
【0050】
菌Aのコロニーを形成させるための培養条件は、特に限定はないが、4℃以上40℃以下が好ましく、27℃以上32℃以下が特に好ましい。また、培養の時間は、特に限定はないが、24時間以上120時間以下が好ましく、48時間以上96時間以下が特に好ましい。
【0051】
<工程2>
工程2は、「抗菌の対象となる菌B用の培地に、『該培地に加えた状態で該抗菌の対象となる菌Bが死なない少なくとも一点の温度』では液体状態であるような寒天を加えて得られた液体寒天培地」に、該抗菌の対象となる菌Bを加えて重層液を調製し、該重層液を、上記工程1で菌Aのコロニーが形成された固体培地の上に流し込み冷却することによって重層固体培地を形成する重層固体培地形成工程である。
【0052】
抗菌の対象となる菌Bは、病原性であることが好ましく、工程1~3における菌Aとは異なり、通常は単一種類である。
本発明の「抗菌剤の探索方法」における菌Bは、病原性の微生物であることが好ましく、病原性の細菌又は真菌であることが特に好ましい。また、菌Bとしては、既存の抗菌剤に対して耐性を獲得していない菌は勿論のこと、耐性又は低・中程度の耐性を獲得した菌も、本発明における特に好ましい菌として挙げられる。
【0053】
工程2における菌Bと、以下に示す工程8における菌Bとは、抗菌機構が類似していると考えられる場合には異なっていてもよい。有効な抗菌剤が共通していると考えられ、スクリーニング結果が類似若しくは同一と考えられるからである。
【0054】
上記工程1で菌Aのコロニーを形成した固体培地の上に、重層固体培地を形成するための「菌Bを含有する重層液」を流し込むためには、重層液中に存在する菌Bが死なない温度で該重層液が液体である必要がある。そのため、ここで使用する寒天は、菌Bが死なない少なくとも一点の温度では、菌B用の培地に加えた状態で液体であるような寒天であることが必須である。
【0055】
実際に流し込む際の重層液の温度は、「(寒天の融点若しくは)重層液の融点」以上であり、かつ、「菌Bが死なない最高温度」以下である。
ここで、「融点」とは、重層液をシャーレ等の容器に流し込めるだけの流動性を有する温度範囲のうちの最低温度のことを言う。
また、単に「寒天」と記載したときは、(寒天を精製等した)アガロースをも意味し、アガロースに他の物質が混合して所謂「寒天」となっている状態も含む。
【0056】
工程2及び/又は工程5における寒天は、菌Bが黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)のように56℃で生存できる菌である場合には、融点30℃以上60℃以下の寒天であることが好ましく、融点30℃以上56℃以下の寒天であることがより好ましく、融点30℃以上53℃以下の寒天であることが特に好ましい。
菌Bが上記黄色ブドウ球菌以外の菌、例えば、大腸菌(Escherichia coli)、パン酵母(Saccharomyces cerevisiae)等のように45℃で生存できるが55℃では生存できない菌である場合には、融点28℃以上50℃以下の寒天であることが好ましく、融点30℃以上45℃以下の寒天であることが特に好ましい。
上記融点の範囲内の寒天であれば、菌Bを含有する重層液が、上記菌Bの不死亡条件と重層液の液体条件の両方を満足する。
【0057】
例えば、菌Bが黄色ブドウ球菌の場合には、黄色ブドウ球菌は58℃でも生きているので、融点が56℃の寒天でも使用可能であるが、菌Bが大腸菌やパン酵母等場合には、大腸菌やパン酵母は、45℃では死なないが58℃では死ぬので、例えば、「融点が56℃の寒天を用いて重層液の温度を58℃にして」シャーレ等に流し込むと菌が死んでしまい、下記の工程で阻止円を形成させることはできない。
【0058】
上記条件を満足すれば、使用する寒天若しくはアガロースは、特に限定はないが、低融点アガロース、ソフトアガー等と言われているものが好適に用いられる。
以下、これらの寒天等を使用する工程2、工程5を、「ソフトアガー重層」と略記することがある。
【0059】
菌B用の培地に寒天を加えて得られた(そのときの温度では)液体状態である寒天培地は、オートクレーブ等で滅菌してから、菌Bを加えて重層液を調製することが、「抗菌の対象となる菌B」以外の菌を排除する点から好ましい。
【0060】
上記のようにして得られた重層液を、工程1で菌Aのコロニーが形成された固体培地の上に流し込み冷却することによって重層固体培地を形成する。
流し込んだ後、冷却して重層固体培地を形成させるが、その後のインキュベーション温度(菌Bの増殖温度)で、固体状態若しくは流動性のない状態を保つように、重層液(や重層固体培地)の物性・濃度・組成を調整する。
【0061】
重層液によって得られた重層固体培地のみの厚さは、0.5mm以上10mm以下が好ましく、1mm以上5mm以下がより好ましく、2mm以上3mm以下が特に好ましい。
重層固体培地の厚さが薄過ぎると、菌Bの量が不足して、シャーレ等の容器の中で一面に菌Bが増殖し難い場合があり、その場合には阻止円が観察できない場合がある。
一方、重層固体培地の厚さが厚過ぎると、生産菌から分泌された抗生物質が拡散により希釈され阻止円が観察できない場合がある。
【0062】
<工程3>
工程3は、上記重層固体培地の上で一面に増殖した抗菌の対象となる菌Bの面中に、上記コロニーを中心として形成された阻止円を見出し、該阻止円の略中央に存在する菌Aのコロニーから菌Aを選択採取し、菌Aだけに純化する菌Aの純化工程である。なお、「菌A」と記載したとき、該菌Aは1種類でも複数種類でもよい。
【0063】
工程3に先立って、菌Bを増殖させるためにインキュベーションを行う。その温度は、菌Bの種類にもよるが、4℃以上40℃以下が好ましく、30℃以上37℃以下が特に好ましい。
該温度が低過ぎると、菌Bを一面に増殖させられず、阻止円ができない場合等がある。一方、該温度が高過ぎると、融点の低い寒天を用いた重層固体培地が流動性になってしまう場合、菌Bが増殖できず阻止円を観察できない場合等がある。
【0064】
また、該インキュベーションの時間は、菌Bの種類にもよるが、6時間以上48時間以下が好ましく、12時間以上24時間以下が特に好ましい。
該時間が短過ぎると、菌の増殖が不十分で阻止円が観察できない場合等があり、一方、該時間が長過ぎると、形成された阻止円が菌の増殖で観察できなくなる場合等がある。
【0065】
阻止円を見出したら、該阻止円の略中央に存在する「菌Aのコロニー」から、菌Aを選択採取する。採取した菌Aに、少量の重層固体培地や、抗生物質非生産菌が存在してもよい。それらは以下の純化の工程で除去される。
【0066】
菌Aの純化で用いる固体培地は、特に限定されず、YME寒天培地等の汎用のものが使用可能である。増殖条件も特に限定はなく、常法によって行うことができる。
【0067】
<工程4>
工程4は、上記工程3で純化した菌Aのコロニーを、固体培地上で純培養する工程である。
工程4は、必須ではないが、抗菌性のない菌(阻止円を形成し得ない菌)が混入している場合等があるので、行うことが好ましい。なお、「工程4」又は「工程4~6」は繰り返すこともできる。
【0068】
工程4で用いる固体培地は、特に限定されず、YME寒天培地等の汎用のものが使用可能である。増殖条件も特に限定はなく、常法によって行うことができる。
【0069】
<工程5>
工程5は、「抗菌の対象となる菌B用の培地に、『該培地に加えた状態で該抗菌の対象となる菌Bが死なない少なくとも一点の温度』では液体状態であるような寒天を加えて得られた液体寒天培地」に、該抗菌の対象となる菌Bを加えて重層液を調製し、該重層液を、上記工程4で菌Aを純培養した固体培地の上に流し込み冷却することによって重層固体培地を形成する工程である。
【0070】
前記した通り、工程3で選択採取した「菌A」は、複数の菌種が混在している場合が多く、該複数種類の「菌A」の中には、阻止円を形成しないものもある。なお、工程1で形成させた菌Aのコロニーの中に、阻止円を形成し得ない菌Aと阻止円を形成する菌Aが混在していて、阻止円ができる場合もあると考えられる。
工程3の段階で、「阻止円を形成した菌A」に混入していた「阻止円を形成し得ない菌A」を排除するため等に工程5を行う。なお、「工程5、6」は繰り返すこともできる。
【0071】
工程5における、寒天の種類、重層液の調製条件、菌Bの種類、菌Bの濃度、温度条件、重層固体培地の厚さ、重層固体培地のインキュベーション条件等は、工程2と全く同一にする必要はないが、好ましい範囲等については、前記した工程2と同様である。
【0072】
<工程6>
工程6は、上記純培養した菌A上に形成した重層固体培地の上で一面に増殖した抗菌の対象となる菌Bの面中に、上記純培養した菌Aを中心として阻止円が形成されることを確認する工程である。
【0073】
工程6に先立って、菌Bを増殖させるためにインキュベーションを行うが、その条件は、工程3の前に行うインキュベーションの条件と同じでも異なっていてもよいが、その条件範囲については、前記した工程3の前に行うインキュベーションの条件範囲と同様である。
【0074】
本発明において、「菌A」と記載したときの菌は、1種類に限定されず、複数種類の混合でもよいが、工程6によって、「菌Bに対して阻止円を形成しない菌A」を排除し、菌Bに対して阻止円を形成する菌Aのみを分離精製選択する。すなわち、工程3において選択採取されてしまった「抗菌剤を産生しない菌A」を排除する。
【0075】
<工程7>
工程7は、菌Aを液体培地の中で培養し、有機溶媒を加えて撹拌混合し、可溶分を乾固し、水を加えてMIC値を測定するためのサンプルを調製し、抗菌の対象となる菌Bに対してMIC値が1/10以下となる「菌Aに由来するサンプル」を選択するサンプル選択工程Aである。工程7は、抗菌活性を評価し抗菌活性を指標にサンプルを選択する工程である。
工程7で用いる菌Aは、工程3で阻止円を形成し(純化し)た菌Aである。
【0076】
工程7で用いる液体培地は、特に限定されず、公知のものが用いられる。また、工程1のように「貧栄養」ではなく、「栄養」であることが好ましい。好ましい液体培地としては、例えば、YME液体培地等が挙げられる。
【0077】
上記有機溶媒は、上記液体培地内に存在する取得目的成分である抗菌剤・抗生物質を溶解させるようなものならば特に限定はないが、(液体培地に含まれる)水に使用割合において相溶するもの、又は、水にある程度相溶するものが好ましい。
具体的には、アセトン、メチルエチルケトン(MEK)等のケトン;メタノール、エタノール、プロパノール等のアルコール;酢酸エチル等のエステル;クロロホルム等の塩素系溶媒;ヘキサン等の炭化水素;等が挙げられる。特に好ましくは、アセトン、メタノール、エタノール等である。
【0078】
ここでの「MIC値」は、以下のように定義する。
工程7の前段階の工程で得られた菌Aのコロニーを、YME液体培地20mL中で、30℃で4日間培養し、そこに同体積のアセトンを加え、遠心分離して上清を得る。該上清をエバポレーションによって固体成分を得て、そこに1mLの純水を加えて溶解させ、得られた溶液を「MIC値を測定するためのサンプル」とする。
次いで、該サンプル液を、希釈率10倍を挟んで段階的に純水で希釈して、希釈率の異なる複数の試験液を調製し、抗菌の対象となる菌Bに対して、濁度の減少や生菌数の減少等を好適な方法により測定して、該試験液の抗菌性を測定する。
上記方法で得られた抗菌性を示す最大の希釈率の逆数、すなわち、「抗菌性を示す希釈率の逆数」の内の最小の値を、「MIC値」と定義する。
【0079】
工程7では、上記のように定義された「MIC値」が1/10以下となるものを、「菌Aに由来するサンプル」として選択する。すなわち、上記した「MIC値を測定するためのサンプル」を10倍以上希釈しても抗菌性を示すサンプルだけを選択する。
【0080】
なお、上記したサンプル液の調製方法や上記した抗菌性の測定方法は、本発明の「MIC値」を定義する際の調製方法・測定方法であって、実際に本発明を実施する際のサンプルの調製方法や測定方法は、上記した「MIC値の定義に用いた方法」に限定されないことは言うまでもない。すなわち、実際に実施した調製方法や測定方法の如何によらず、得られたものが「上記で定義されたMIC値」の範囲に入っていれば、本発明の技術的範囲に包含される。
【0081】
選択基準となるMIC値は、1/10以下となる「菌Aに由来するサンプル」を選択することが必須である。それは、サンプル50μLを血液量が500μLであるカイコ(使用する体重2gの5令カイコ)に注射した際に10倍希釈される、という原理に基づいている。1/10以下となるサンプルを全て選択する必要はないが、全て選択することが最も好ましい。
この段階から選択基準を厳しくしてもよく、その場合には、選択基準となるMIC値の閾値については、「1/1000以上1/10以下の値」以下のサンプルを選択することが好ましく、「1/500以上1/10以下の値」以下であることがより好ましく、「1/100以上1/10以下の値」であることが特に好ましい。
【0082】
上記値が小さ過ぎると、実際には優れた抗菌剤を工程7の段階でふるい落としてしまう場合、スクリーニングが厳し過ぎて工程8のカイコ感染モデルでの評価にまで至るまでにサンプル数が少なくなり過ぎる場合、等がある。一方、上記値が大き過ぎると、実用可能な抗菌性を有していないものまでも選択してしまう場合、スクリーニングが甘過ぎて工程8に供するサンプルにノイズが多くなってしまう場合、等がある。
【0083】
カイコに注射するサンプル液は、カイコの体液や体重を勘案して、約50μLが好ましい。感染治療実験に使用する5令1日目のカイコの血液(体液)は、1頭当たり約500μLである。従って、カイコの血液(体液)中で、該サンプル液は1/10に希釈される。そのため、感染治療実験に用いるサンプルの抗菌活性は、MIC値で1/10以下である必要がある。それよりもMIC値が高いサンプルでは、治療効果を期待することができない。抗菌活性が体液由来の物質により促進される場合には、MIC値が1/10より大きくても治療効果が得られる場合があるが、そのような場合は特殊である。
【0084】
<工程aと工程bに共通>
工程aは、難水溶性若しくは非水溶性有機溶媒に転溶する工程である。
工程bは、カラム分画する工程である。
工程a及び/又は工程bは、「上記工程7において、すなわち、上記工程7の中で」及び/又は「上記工程7より後に」行う。ここで、「上記工程7より後に行う」とは、上記工程7に続いて行うことの他に、下記する工程8の後に行うことも含まれる。
以下、「工程a及び/又は工程b」を、工程aと工程bの順番を問わず(逆にしてもよく)「工程ab」と略記する場合がある。
【0085】
工程abは、工程7において、菌Aを液体培地の中で培養し、アセトン等の有機溶媒を加えて撹拌混合し、可溶分を乾固し、水を加えて調製したサンプルで行ってもよく(以下、アセトンに限らずこの操作を単に「アセトン抽出」と略記する場合がある);「有機溶媒を加えて撹拌混合し可溶分を乾固し水を加えて溶解させたサンプル」でMIC値を測定してから行ってもよい。
【0086】
工程a又は工程bを行うごとにMIC値を測定してもよいし、工程abを行う前に、又は、工程abを行った後に、MIC値を測定してもよい。工程7において、工程abを行ってからMIC値を測定することが好ましい。
また、工程a又は工程bを行うごとに工程8の治療効果を測定してもよいし、工程abを行う前に、又は、工程abを行った後に、工程8の治療効果を測定してもよい。
工程7のMIC値の測定、工程8の治療効果の測定は、工程7中や工程ab中で頻繁に行えば、抗菌剤探索の精度が上がると共に、治療効果を期待できないサンプルを早い段階で見出すことで、後の工程を行うサンプル数が減り、時間の短縮につながる。
【0087】
限定はされないが、好ましくは、以下が挙げられる。なお、以下、工程aと工程bは一方しか書いてない場合は互いに置き換えることができるし、両方記載してある場合はその順番を逆にすることもできる。
アセトン抽出⇒工程a⇒工程b⇒MIC値測定⇒工程8
アセトン抽出⇒工程a⇒MIC値測定⇒工程b⇒MIC値測定⇒工程8
アセトン抽出⇒工程a⇒MIC値測定⇒工程8
アセトン抽出⇒MIC値測定⇒工程a⇒工程b⇒MIC値測定⇒工程8
アセトン抽出⇒MIC値測定⇒工程a⇒MIC値測定⇒工程b⇒MIC値測定⇒工程8
アセトン抽出⇒MIC値測定⇒工程8⇒工程a⇒MIC値測定⇒工程8
アセトン抽出⇒MIC値測定⇒工程8⇒工程a⇒MIC値測定⇒工程8⇒工程b⇒MIC値測定⇒工程8
アセトン抽出⇒MIC値測定⇒工程8⇒工程a⇒工程b⇒MIC値測定⇒工程8
【0088】
限定はされないが、特に好ましくは、アセトン抽出⇒MIC値測定⇒工程a⇒MIC値測定⇒工程b⇒MIC値測定⇒工程8である。
【0089】
本発明において、工程aや工程bは、必須ではないが、行うことによって、工程8において、治療効果のあるサンプルを漏れなく常に拾えるようになる。すなわち、「感度」が上がる。
【0090】
「工程3又は工程6で得られたサンプル」の中や、「工程7において、有機溶媒を加えて撹拌混合し、可溶分を乾固し、水を加えてMIC値を測定するために調製したサンプル」の中には、カイコに対して「自然免疫を抑制する物質」、「毒性を有する物質」等が混入している可能性・場合があり、そのようなサンプルの場合には、該物質を除去するために、工程a及び/又は工程bを行うことが好ましい。
【0091】
そのようなサンプルの場合、続けて工程8で、カイコを用いて治療効果を確認しようとしても、菌Bのためではなく、上記物質のためにカイコが死亡してしまう場合がある。すなわち、菌Bに対して実際は治療活性があるにもかかわらず、そこに例えばカイコの自然免疫を下げる物質が混入していることによって、注射された菌Bによって該カイコが死亡してしまう場合が考えられる。工程a及び/又は工程bを行って、「自然免疫を抑制する物質」や「毒性を有する物質」を取り除けば、そのような場合を排除することができる。言い換えれば、カイコによる治療効果の確認において、別要因でカイコを殺してしまうケースを排除することができる。
【0092】
工程aや工程bは、菌Bが細菌であっても真菌であっても行うことが可能であるが(実施例1参照)、特に菌Bが真菌のときには行うことが好ましい(実施例2参照)。
【0093】
<工程a>
工程aは、難水溶性若しくは非水溶性有機溶媒に転溶する工程である。
(アセトン等の)有機溶媒を加えて撹拌混合し、可溶分を乾固して得られた物に水を加えて調製したサンプルに対して、「難水溶性若しくは非水溶性有機溶媒」を加えて、例えば撹拌して、「水」より「難水溶性若しくは非水溶性有機溶媒」に溶解し易い物質を「難水溶性若しくは非水溶性有機溶媒」に溶解させる。例えば、分液ロートや遠心分離で分液して、「難水溶性若しくは非水溶性有機溶媒」層を分取する。
【0094】
ここで、「難水溶性若しくは非水溶性有機溶媒」としては、特に限定はないが、n-ブタノール、sec-ブタノール、tert-ブタノール、ペンタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール等のアルコール;メチルエチルケトン(MEK)、tert-ブチルメチルケトン等のケトン;酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル;クロロホルム、ジクロロメタン等の塩素系溶媒;ヘキサン、ヘプタン等の脂肪族炭化水素;トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素が挙げられる。
より好ましくは、n-ブタノール、酢酸エチル、クロロホルム、トルエン等であり、特に好ましくは、n-ブタノール等である。
【0095】
抗菌剤は一般に油溶性が高く、(自然)免疫抑制剤は一般に水溶性が高いために、工程aによって、水相に溶解している(自然)免疫抑制剤が除去され、「難水溶性若しくは非水溶性有機溶媒」に溶解している抗菌剤だけが得られるとも考えられる。
【0096】
<工程b>
工程bは、カラム分画する工程である。
使用するカラムとしては、特に限定はないが、ODSのC8、C18等が挙げられる。
溶出は、特に限定はされないが、アルコール系溶媒が好ましい。
【0097】
<工程8>
工程8は、カイコ感染モデルを使用して、上記工程7で選択したサンプルの中から、抗菌の対象となる菌Bに対して抗菌治療効果があるサンプルを選択するサンプル選択工程Bである。
【0098】
カイコ感染モデルは、カイコに、抗菌剤の候補となる物質を含有するサンプルと、該抗菌の対象となる菌とを投与し、カイコの死、カイコの変色、カイコの衰弱等を基準にして該抗菌剤の候補の中から抗菌剤(含有サンプル)をスクリーニングする方法である。
カイコ感染モデルは、例えば、特許文献1、2、及び、非特許文献1~3等に記載されており、明確に定義され、有効であることが分かっているものである。また、カイコ感染モデルによれば、LD50、ED50等が、マウス等の哺乳動物と類似することが確かめられている。
【0099】
カイコ感染モデルを使用して選択(スクリーニング)されたサンプルには、抗菌の対象となる菌Bに対して抗菌治療効果がある抗菌剤が含まれている。抗菌効果のみならず、工程8では、治療効果をも加味して選択(スクリーニング)がなされている。
【0100】
工程8の後に、前記した工程a及び/又は工程bを行うことも好ましい。また、工程a及び/又は工程bを行った後に(行うごとに)工程8を差し挟むことによって、治療効果の有無や自然免疫を阻害してカイコを殺していたか否か等を、その都度確認することもできる。「工程7より後に工程a及び/又は工程bを行う」と言う表現には、「工程8より後に工程a及び/又は工程bを行う」ことが含まれる。
【0101】
<工程9>
工程9は、上記工程8で選択されたサンプルの中から、抗菌剤を分離して獲得する「抗菌剤獲得工程」である。
工程9で分離獲得された抗菌剤は、工程8までに抗菌性でスクリーニングされているので、菌Bに対して抗菌治療効果がある抗菌剤である。
前記工程8で選択したサンプルの中には、抗菌剤以外にも菌Bに由来する物質が含有されており、工程8では、かかる「菌Bに由来する不要物質」等を除去する。該不要物質としては、例えば、生産菌の細胞内に存在していた様々な物質、培地由来の成分等が挙げられ、工程7において、水/有機溶媒に溶解してしまった物質等が挙げられる。
【0102】
抗菌剤を分離する方法は、特に限定はなく、例えば、有機溶媒による二層分配、有機溶媒沈殿、塩析、イオン交換クロマトグラフィー、活性炭クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、HPLC、UPLC、再結晶等を用いる。分離の確認も公知の方法が使用できる。
【0103】
本発明では、工程9までに、抗菌剤・抗生物質を単離する必要がないので、スクリーニングが極めて効率的である。また、工程9でも、例えばマウス等に投与するだけの抗菌剤・抗生物質の量を確保する必要がないので、スクリーニングが極めて効率的である。
すなわち、従来法に比べて、本発明は、最も重要な点である、「抗菌剤が存在すること自体」のスクリーニングが極めて効率的である。
【実施例】
【0104】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限りこれらの実施例に限定されるものではない。
「実施例1」では、工程1~9の全てを行った実施例のみを記載し、また、使用する菌種は代表的なものだけであるが、本発明は、その要旨を超えない限りこの実施例1に限定されるものではない。
「実施例2」では、表9に示した工程を行った実施例のみを記載したが、本発明は、その要旨を超えない限りこの実施例2に限定されるものではない。
また、「%」は、それが物質の量に関するものであるときは、特に断りがない限り「質量%」を意味する。
【0105】
実施例1
<工程1>
<土壌エキスを含有する固体培地の作製、及び、菌Aの培養(土壌菌コロニーの形成)>
土壌Rの2Lに、水(RO水)2.5Lを加え、オートクレーブ処理(121℃、20分)を行った。その後、遠心(8000rpm、5分)をして上清を得て、「土壌エキス」とした。
そこに、寒天(終濃度1.5質量%)を加え、オートクレーブ処理後、直径10cmのプラスチックシャーレに注ぎ込み、室温にて固化させた。こうして貧栄養の固体培地を調製した。
【0106】
土壌Sに等量の水(RO水)を加え、撹拌後5分放置し、上清を生理食塩水で1000倍に希釈し、そこから100μLを、コンラージ棒で、上記固体培地(土壌Rの土壌エキス含有寒天培地)に広げ、30℃にて4日間培養して、菌Aの土壌菌コロニーを形成させた。
【0107】
土壌Rと土壌Sは、同一場所から採取したものを分割して使用したので、実質的に同一と考えられた。
【0108】
コロニーの大きさは、平均直径2mm以下となるように(上記のように)培養条件を調節・設定した結果、平均直径で、0.5mm~3mmであった。
直径10cmのシャーレ中のコロニーの個数は、50個~500個であった。
【0109】
<工程2>
<重層固体培地の形成(菌Aを含むソフトアガーの重層)>
菌Bとして、黄色ブドウ球菌に対しては、LB75培地(NaClを75g/L含む)、大腸菌に対しては、LB10培地(NaClを10g/L含む)、パン酵母に対しては、YPD培地に、それぞれ寒天(大腸菌及びパン酵母では低融点アガロース)8g/Lを加えてオートクレーブ処理(121℃、20分)をし、下記の流し込み時の温度で液体の重層液(ソフトアガー)を得た。
黄色ブドウ球菌に用いた寒天の融点は、55℃であり、大腸菌とパン酵母に用いた寒天の融点は、35℃であった。
【0110】
上記した3種の菌Bの順番で、それぞれ、58℃、45℃、及び、45℃に冷却し、菌のフルグロースを、それぞれ、1/100、1/40、1/80の体積で加えて撹拌して、それぞれの菌Bを含有する重層液を得た。
該重層液のそれぞれ10mLを、土壌菌のコロニーが形成された直径10cmのシャーレに流し込んだ。室温にて30分以上静置して重層固体培地を得た。
その後、30℃にて1日インキュベーションをした。
【0111】
<工程3>
<阻止円の観察と阻止円を形成させた菌Aの純化>
上記インキュベーション後、阻止円の形成を観察した。阻止円の中央に存在する、抗菌剤・抗生物質の生産菌と考えられる菌Aのコロニーから菌Aを採取した。ここで、菌Aとしては、1種類の菌であるとは限らない。
【0112】
上記で採取した菌Aには、少量の重層固体培地や抗生物質非生産菌が存在している可能性があるので、それらは以下の純化の工程で除去した。
菌Aの純化で用いる固体培地としてYME寒天培地を使用し、純化は常法に従って行った。
【0113】
<工程4>
<工程3で得られた菌Aの純培養>
工程3で得られたコロニー中の菌Aを、YME寒天培地上で純培養した。
【0114】
<工程5>
<純培養された菌Aの上に菌Bを含むソフトアガーを重層した固体培地の形成>
工程2で、「土壌菌のコロニーが形成された」に代えて、「菌Aを純培養した」とした以外は、工程2と同様にして、純培養された菌Aの上に菌Bを含むソフトアガーを重層した固体培地を形成した。
【0115】
<工程6>
<阻止円の観察>
菌Aの純培養のうち、一面に増殖した菌B中に阻止円を形成しないものが存在する場合があったので、そのようなものは排除し、阻止円を形成した菌Aだけを選択した。
【0116】
<工程7>
<MIC値が小さいサンプルの選択(有機溶媒による抽出と得られたサンプル液のMIC値測定)>
工程3で純化した抗菌剤・抗生物質の産生候補株を、YME液体培地20mL中で30℃にて、4日間振盪培養した。
得られた培養液に、アセトン20mL(YME液体培地と等量)を加えて撹拌し、遠心(8000rmp、5分)して上清を得た。該上清を高速エバポレーター(Labconco社製)にて乾固(脱液、乾燥)させ、そこに水1mL(ミリQ水(登録商標)1mL)を加えてボルテックスにより溶解させた。
pHを5から8の間になるように、10NのNaOHにより調整し、MIC値測定用のサンプル(液)とした。
【0117】
グラム陽性細菌である黄色ブドウ球菌関しては、工程7でも同じ菌株を使用したが、グラム陰性菌については、大腸菌で評価した。また、真菌であるパン酵母に関しては、工程7では、病原性真菌であるカンジダ菌(Candida albicans, ATCC10231)に変更した。
【0118】
上記サンプル(液)を、生理食塩水で2倍希釈系列により、1/2から1/256の8段階に希釈し、その50μLを、ミューラーヒントン培地(MH培地)で1/1000に希釈した黄色ブドウ球菌、大腸菌、50μLと混合して、37℃にて24時間インキュベーションし、濁度の有無を目視で判定し、MIC値を求めた。
【0119】
カンジダ菌については、530nmでの吸光度が0.5となる菌の懸濁液を、1/1000にRPMI培地で希釈し、サンプル100μLと混合して、37℃にて48時間インキュベーションして濁度の有無を判定した。
【0120】
得られたMIC値が、1/10以下の値を示したサンプル(液)を、次の工程である、カイコを用いた治療試験に選択した。すなわち、10倍以上に希釈しても抗菌活性を示したサンプル液を選択した。そのような抗菌活性が一定以上であるサンプルを選択する理由は、用いる5令幼虫(体重2グラム)の体液が500μLであり、注射試験に用いるサンプル量が50μLであるため、注射直後にサンプルが10倍に希釈され、MIC値が1/10以下でなければ治療効果が期待できないためである。この事情は、体液内物質により抗菌活性が促進されるような抗生物質に対してはあてはまらないが、そのような事例は例外的である。
【0121】
<工程8>
<カイコ感染モデルでの治療試験(菌Bに対して抗菌治療効果があるサンプルの選択)>
MIC値が1/10以下を示すサンプルについて、原液及び各種希釈液を調製し、治療試験(カイコ感染モデルによるスクリーニング(探索))に供した。上に述べた理由に基づき、希釈したサンプルのMIC値が1/10より大きくならないようにした。
【0122】
工程2~6では、グラム陽性細菌については、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus, MSSA1株)を、グラム陰性細菌については大腸菌(Escherichia coli, W3110株)を、真菌についてはパン酵母(Saccharomyces cerevisiae, BY4741株)を用いたが、工程8の治療試験(カイコ感染モデルによるスクリーニング(探索))においては、それぞれ、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus, MSSA1株)、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa, PAO1株)、及び、カンジダ菌(Candida albicans, ATCC10231)を用いた。
【0123】
5令カイコに、1匹あたり1gの人工餌を1日間与えた。使用したカイコの体重は平均2.0gであった。
【0124】
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus, MSSA1株)、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa, PAO1株)、及び、カンジダ菌(Candida albicans, ATCC10231)を、それぞれ液体培地中でフルグロースとなるまで培養し、生理食塩水で、それぞれ上記順番で、1/10、1/1000、及び、1/1に希釈して、50μLをカイコの血液内に注射した。
注射後、直ちに水(滅菌ミリQ水)(「Milli-Q」は登録商標)で希釈した上記サンプル液を、50μLずつ、カイコの血液内に注射した。1群当りのカイコの総数は4匹とした。
【0125】
黄色ブドウ球菌、緑膿菌、カンジダ菌、それぞれについて、注射後、24~48時間後にカイコの生死を判定し、生存曲線からED50を算出した。
治療効果のネガティブコントロールには、0.9質量%NaClを、ポジティブコントロールには、黄色ブドウ球菌、緑膿菌、及び、カンジダ菌のそれぞれについて、その順番で、100μg/mLバンコマイシン、2mg/mLゲンタマイシン、及び、1mg/mLアムホテリシンBを用いた。
【0126】
それぞれの菌B(黄色ブドウ球菌(表1)、緑膿菌(表4)、カンジダ菌)に対して抗菌治療効果があるサンプルを選択した。
【0127】
菌Bが黄色ブドウ球菌の場合、カイコ感染モデルで治療効果が見られたサンプルについては、更に、複数の株のMRSA(メシチリン耐性黄色ブドウ球菌)に対するMIC値も求めた(表2)。
MRSAは、臨床で用いられている抗生物質に対して耐性を示すことが知られている。MRSAが耐性を示す候補化合物は、既に臨床で使われている抗生物質と同様であるとみなすことができる。従って、MRSAの中に耐性を示す株があるサンプルについては、この段階で新規抗生物質ではないと判定した。
【0128】
工程7まで使用した菌Bが黄色ブドウ球菌の場合、カイコ感染モデルで治療効果が見られたサンプルについては、更に、肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)に対するMIC値も求めた(表3)。
【0129】
<工程9>
<抗菌剤の分離・獲得>
<<治療活性画分のLC-MS分析>>
アセトン抽出画分に治療効果が見られたt4-11について、ブタノール転溶し、C18-ODSカラムのHPLCによる分取を行なった。
カイコの感染モデルで治療効果を示した画分(18~19分に溶出)について、更に、LC-MS(Waters社製、Xevo G2-XS Q-TOF)による分析を行なった。LCでの各ピークの精密質量を求め、既知の抗生物質との比較をDictionary of Natural Productsにより行なった。
【0130】
[実施例1の結果]
実施例1の操作フローの概略を
図2に示す。
図2には、工程4~6(
図2では「2nd screening」)を加えた「工程1ないし工程8の全体フロー」が示してあり、工程1~8の全てを行うと、全部で4回のスクリーニングを行ったことになる。
【0131】
<工程1>
土壌Rに水を加えてオートクレーブし、その上清に寒天を加えることにより、貧栄養の土壌寒天培地を作製したが、この培地を使うことによって、一度に多数のコロニーを小さい状態で得ることが可能となった(
図3)。
前記した通り、形成された菌Aのコロニーの大きさは、土壌エキスを含有する貧栄養の固体培地を用いたため、阻止円形成の中心物体(抗生物質源)として十分に小さくでき、工程3において、大きさや個数等において好適に阻止円が観察でき、阻止円の中心から菌Aを採取できた(
図4~6)。
一方、従来のYME寒天培地等の栄養培地を用いたところ、菌株による増殖速度の違いが著しく、大きなコロニーが形成されてしまい、他の菌株のコロニー形成が阻害された(図示せず)。また、単に栄養濃度を下げただけの場合には、現れるコロニーの種類が制限された。
【0132】
<工程2、工程3>
カイコ感染モデルで、カイコの血液内に注射した試験サンプル液の治療効果を知るためには、十分に高い「抗菌活性を有するサンプル液」を用意する必要がある。なぜなら、体重2gのカイコには500μLの血液があり、通常用いている注射量50μLの条件では、注射後直ちに10倍に希釈されてしまうからである。
従って、抗菌活性が治療の原因である場合には、MIC値が1/10以下である必要がある。さもなければ、注射直後の血液による10倍の希釈により抗菌活性が見られなくなってしまうからである。
【0133】
実際のスクリーニングにおいて、MIC値が1/10以下のサンプルを多数得るのは容易ではない。土壌細菌をランダムに選択して培養し、アセトン抽出液を調製した場合、MIC値が1/10以下となるサンプルを得るのは困難であるため、阻止円を形成する抗生物質生産菌を土壌から集める、という本発明に至ったのである。
【0134】
黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus, MSSA1株)、大腸菌(Escherichia coli, W3110株)、及び、パン酵母(Saccharomyces cerevisiae, BY4741株)を含むソフトアガーを、「土壌R寒天固体培地上の土壌菌Aのコロニー」の上に重層し、インキュベーションすると、何れの菌でも、阻止円が見出された(
図4~
図6)。
該阻止円の中心からは、好適に「阻止円を形成する菌A」が採取できた(菌Aは混合物の場合がある)。
【0135】
<工程4、5、6>
実施例1の工程6で観察された(得られた)阻止円を形成した菌Aは、黄色ブドウ球菌では791株であり、大腸菌では329株であり、パン酵母では433株であった。
【0136】
<工程7>
グラム陽性菌である黄色ブドウ球菌では、阻止円を形成した791株の29%に当たる229株(サンプル)が、MIC値1/10以下を示した。
グラム陰性菌である大腸菌では、阻止円を形成した329株の8.2%に当たる27株(サンプル)がMIC値1/8以下を示した。
真菌では、パン酵母で阻止円を形成した433株の34%に当たる147株(サンプル)が、病原性真菌であるカンジダ菌(Candida albicans, ATCC10231)に対して、MIC値1/10以下を示した。
【0137】
<工程8>
<<黄色ブドウ球菌>>
カイコ感染モデルにおいて治療効果を示す20サンプルが得られた(表1)。
更に、それらについて、「8種のMRSA」に対してMIC値を求め、黄色ブドウ球菌(MSSA1)と比較した。
その結果、11サンプルについては、耐性を示すMRSA株がないことが判明した(表1、表2)。
【0138】
【0139】
【0140】
この結果は、これらの11サンプルについては、新規抗生物質であるか、既に抗MRSA感染治療薬として臨床で使われているか、又は、開発中の抗生物質であることを示唆している。これらの11サンプルについては、本発明において、少なくとも独立に得られた新規抗菌剤(新規抗生物質)の候補である。
以上より、本発明は、耐性菌を含め、抗生物質の探索方法として優れていることが分かった。
【0141】
カイコ感染モデル(MSSA1感染モデル)で治療効果を示した20サンプルのうち、4サンプル(sample NO.6-39、6-40、10-27、14-7)は、肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)に対して高い抗菌活性を示した(表1、表3)。
以上より、本発明は、グラム陽性菌全体に対して、抗菌剤・抗生物質の探索方法として優れていることが分かった。
【0142】
【0143】
黄色ブドウ球菌に対して阻止円を形成する791株から、MIC値1/10以下の226サンプルが得られ、カイコにおいて治療効果を有する20サンプルを得た(表1、表6、
図1(c))。
この結果は、化合物ライブラリーから従来法で探索した場合と比較して1000倍、天然物から従来法で探索した場合と比較して10倍の発見効率である(
図1(a)(b)(c))。本発明で、阻止円形成法を取り入れたことにより、抗菌活性が高い多くのサンプルの取得が容易になったことが主な原因として挙げられる。
【0144】
<<緑膿菌>>
緑膿菌PAO1に対して治療効果を示したサンプルの抗菌活性、菌種、工程8で選択された治療活性物質のブタノール転溶性について表4に示す。
カイコ感染モデル(工程8)において、緑膿菌に対して治療効果を示す18サンプルが得られた(表4)。
表4に示した18サンプルは、緑膿菌接種の1日前にカイコに投与することで、全て顕著な治療効果を示した(表4内には示さず)。この結果は、これらのサンプルの治療活性がカイコの免疫活性化効果によることを意味している。
【0145】
【0146】
表5に、カイコ感染モデル(工程8)において、緑膿菌に対して治療効果を示した10サンプルについて、アセトン抽出画分、ブタノール転溶画分、活性の収率を示した。
【0147】
【0148】
大腸菌W3110に対して阻止円を形成する329株から、MIC値1/8以下の27サンプルが得られ、カイコにおいて抗緑膿菌治療効果を有する18サンプルが得られた(表4、
図1(c))。
これまで、従来法ではグラム陰性菌に対する治療効果物質を発見できなかった(
図1(a))。本発明の阻止円形成法は、抗グラム陰性菌治療効果物質を発見できる方法として有効であることが示された。
【0149】
<<真菌>>
真菌であるカンジダ菌について、MIC値が1/10以下となるサンプルとして147サンプルであったが、その後増えて232サンプルが得られている。それらの中から、カイコ感染モデルを用いて治療効果を示すサンプルを探索(スクリーニング)することができる。
真菌の評価については、実施例2として後述する。
【0150】
<工程9>
<<黄色ブドウ球菌>>
MRSA株が耐性を示さないと判定した11サンプルのうちの10サンプルについて、ブタノール転溶画分の治療効果を試験した結果、6サンプル(sample NO.14-7、t4-11、t5-2、t5-3、t5-18、t5-32)について、治療効果物質がブタノールに転溶することが分かった(表1、項目「ブタノール転溶」)。
【0151】
ブタノール転溶する物質は、HPLC等の有機溶媒中での精製操作が可能であり、精製が容易であると考えられる。更に、これら6サンプルについて、HPLCによる分析を実施した。
【0152】
sample NO.t5-32は、HPLCの溶出時間及びUV吸収パターンから、既知の治療薬であるライソシンE(特許文献3~7、非特許文献4~6)が含まれていることが判明した。既知の優れた抗生物質を探索できたことにより、本願発明が抗菌剤・抗生物質の探索に有力であることを示している。
【0153】
sample NO.t5-2、t5-3、t5-18は、HPLC分析における吸収パターンが一致していること、生産菌の種が同一(Streptomyces capoamus)であることから、同じ生産菌由来の物質であることが示唆された。これらは、何れも新規抗菌剤・抗生物質である可能性がある。
【0154】
sample NO.t4-11については、アセトン抽出画分をブタノール転溶し、C18カラムによるHPLCで、溶出時間1分間隔で分画し、それぞれの画分のカイコ感染モデルでの治療活性を検討した。
その結果、18から19分に溶出する画分に治療活性が見出された。更に、この画分をLC-MSで分析し、出現した各ピークの精密質量を求めた結果、既に治療効果を示す抗生物質として報告のある、WAP-8294 A1、及び、WAP-8294 A2と一致した質量であることが判明した。既知の優れた抗生物質を探索できたことにより、本願発明が抗菌剤・抗生物質の探索に有力であることが示された。
【0155】
<<緑膿菌>>
治療効果を示した18サンプルについて、ブタノール転溶画分の治療効果を試験し、12サンプル(sample NO.w2-19、w2-25、w2-26、w3-9、w6-13、w7-16、w7-29、w8-11、w16-2, w16-10, w17-7, w17-10)に治療効果が示唆された(表1、項目「ブタノール転溶」)。
【0156】
実施例2
<真菌で工程a及び工程bを行った実施例>
実施例1で結果を示した通り、菌Bが細菌である黄色ブドウ球菌の場合は、以下の表6のような結果が得られた。なお、阻止円を形成した菌は、前記した通り、工程4、5、6を行い、阻止円が形成されることを確認したものを(工程6の後に)数えた。
【0157】
【0158】
それに対し、菌Bを、真菌であるカンジダ属の菌(Candida albicans, ATCC10231)に代えた以外は実施例1と同様に評価探索した結果、すなわち、工程aも工程bも行わずに評価探索した結果、以下の表7のような結果が得られた。なお、「阻止円を形成した菌」は、工程4、5、6を行い、阻止円が形成されることを確認したものを(すなわち、工程6の後に)数えた。
【0159】
【0160】
表7の結果から、カンジダ(菌B)に対する治療薬のスクリーニング(結果:0サンプル)では、(MIC値が1/10以下であり、かつ)抗菌治療効果がある物質が工程7までのサンプル中に存在していたとしても、該サンプル中に、同時に免疫抑制物質や毒性物質等が含有されていて、それによってカイコが死亡するため、カイコ感染モデルでの真の抗菌治療効果が見えていない場合もあると考えられた。
【0161】
実際に、カンジダ菌を用いた場合、以下の表8の結果が得られた。
実施例1の工程8の項に記載した通り、液体培地中でフルグロースとなるまで培養し、生理食塩水で希釈して、50μLをカイコの血液内に注射した。注射後、直ちに、滅菌ミリQ水で希釈したサンプル液を、50μLずつ、カイコの血液内に注射した。
【0162】
すなわち、実施例1で菌Bがカンジダ菌の場合には、表8に示す結果が得られた。
なお、表8中「+」は工程8でカイコに注射したことを示し、「-」はカイコに注射しなかったことを示す。「○」は全数(例えば3)生存、「×」は半数以上死亡したことを示す。
【0163】
【0164】
カンジダ菌を注射しなければ、1日目も2日目も生存していた(No.A、C)。
一方、カンジダ菌を注射した場合、2日目は、サンプル注射の如何に依らず死亡したが(No.B、D)、1日目は、むしろ、サンプル注射なしでは生存していたが(No.B)、サンプル注射ありでは死亡した(No.D)。
これは、サンプルの中に、抗菌治療効果がある物質が存在していたとしても、そこに同時に含有されていた自然免疫抑制物質や毒性物質等が働き、それによってカイコが死亡した可能性を示唆している。すなわち、サンプル中の自然免疫抑制物質がカイコの自然免疫を抑制し、そのため、該カイコは、カンジダ菌によって死亡した可能性があると考えられた。
【0165】
もしそうであれば、抗真菌活性物質と毒性物質の分離工程を加えることで、特に真菌に対する抗菌治療効果を有する物質の発見効率を上げることができるはずである。そこで、以下の検討を行った。
【0166】
具体的には、実施例1では、アセトン抽出画分(アセトン可溶分)を、工程7で抗真菌活性(MIC値)測定に用いており、工程8で抗菌治療効果の試験に用いていたが、実施例2では、該「アセトン抽出画分(アセトン可溶分)」に対し、更に、工程aとして「ブタノール転溶」、及び、工程bとして「ODSカートリッジカラムによる分画」の2段階の精製工程を追加した(表9参照)。
【0167】
下記表9では、上の行から下の行に向けて、その順で操作(試験)を行った。表9に記載していない操作(内容)は、前記した実施例1とほぼ同様に試験を行った。菌Bとしては、カンジダ属の菌(Candida albicans, ATCC10231)を用いた。
【0168】
【0169】
<<菌B(カンジダ菌)に対する菌Aの選択>>
前記した通り、菌Bが真菌であるカンジダ菌の場合には、工程7の後に232サンプルだったところ、工程8の後に0サンプルとなった。そこで、工程7の後に残った上記232サンプルの中から、以下2つの条件を満たす菌を10個選択した。これら10個の菌を、それぞれ、「#1」ないし「#10」とする(表10参照)
【0170】
<<<条件1>>>
工程7において、アセトン抽出サンプルの抗カンジダ活性が高い(MIC値が小さい(MIC値の分母が大きい))。
<<<条件2>>>
工程8において、カイコにおける治療効果試験にて、コントロールのカンジダだけを注射した群が全数生存しているとき、サンプルとカンジダの両方を注射した群が半数以上死亡する。
【0171】
<<工程7:アセトン抽出画分の調製>>
YME寒天培地に上記2つの条件で選択した菌のグリセロールストックを塗布し、30℃2日間培養した。
YME寒天培地上に増殖した菌を、YME液体培地を20mLずつ分注した100mLナスフラスコ4本に植菌し、30℃、200rpmの条件で4日間振盪培養を行った。
液体培養後、同量のアセトンを加え、8000rpm、5分間遠心し、遠心上清を乾固後、液体培地の1/20量の前記したミリQ水に溶解した。その後、pHを7に調整した。
【0172】
<<工程a:ブタノール転溶画分の調製>>
アセトン抽出画分と同量のブタノールを加え、8000rpm、5分間遠心し、遠心上清を得た。この工程に必要な時間は、1サンプルあたり10分間以内であった。
得られた遠心上清を、遠心エバポレーターにて12時間乾固後、ブタノール添加前と同量の生理食塩水に溶解した。
【0173】
<<工程7:MICの測定>>
サブロー液体培地でカンジダを2日間培養した。培養液を遠心分離し、菌体を回収後、生理食塩水にて菌濃度がOD530=0.5になるよう調整した。
得られたOD530=0.5の菌液を、RPMI1640-MOPSにて1/1000に希釈し、丸底96穴プレートに100μLずつ分注した。丸底96穴プレートの1列目にサンプルを100μL加え、段階希釈を行った。
その後、37℃で2日間培養し、菌の増殖が抑制された最小濃度をMIC値とした。
【0174】
<<工程b:ODSカートリッジカラムによる分画>>
ODS Sep-Pakカートリッジカラムを使用した。アセトン、メタノール、水にてカラムの洗浄を行い、サンプルをカラムにアプライ後、水、10%MeOH、20%MeOH、30%MeOH、40%MeOH、50%MeOH、60%MeOH、70%MeOH、80%MeOH、90%MeOH、100%MeOH、アセトンにて溶出した。
この工程に必要な時間は、1サンプルあたり10分以内であった。
分取したサンプルを、遠心エバポレーターにて、12時間乾固後、ブタノール転溶サンプルに対し4倍濃縮になるように生理食塩水に溶解した。
【0175】
<<工程8:カイコを用いた治療効果の測定>>
サブロー液体培地でカンジダを2日間培養した。
培養液を遠心分離し、菌体を回収した。培養液に対して10倍の生理食塩水で懸濁し、50μLを、1日エサを食べた5令カイコ幼虫に血液内注射した。その後、直ちに生理食塩水で希釈したサンプルを50μLずつ血液内注射した。
注射後、1日後及び2日後にカイコの生死を判定した。
【0176】
カイコを用いた治療効果評価(試験)で、治療効果を期待する上で、サンプルのMIC値が1/10以下であることが必要である。なぜなら、カイコ(体重2g)に50μLのサンプルを血液内注射すると、直ちに1/10に希釈されてしまうからである。本研究ではMICが1/10以下であるサンプルについて、カイコでの抗菌治療効果を見た。
【0177】
[実施例2の結果]
<工程7:抗菌活性試験>
10個の菌から調製した、アセトン抽出画分、ブタノール転溶画分、及び、ODSカラムフラクションの、カンジダに対するMIC値(希釈倍率)を表10に示す。
なお、表10には記載していないが、10%MeOH、20%MeOH、30%MeOH、40%MeOH、50%MeOH、アセトンにて溶出したサンプルのMIC値は、何れも「>1/2」又は「1/2」と大きかった(抗菌活性が低かった)。
【0178】
【0179】
表10から分かる通り、#1から#10の10サンプルのうち、ブタノール転溶画分のMIC値が1/10以下であるものは6サンプル(No.1、6~10)であった。
この6サンプルについて、ODSカートリッジカラムにて分画し、抗菌活性試験を実施した結果、6サンプルとも、高濃度のMeOH溶出画分に、「MIC値<1/10」の抗菌活性が見られた(表10参照)。
【0180】
<工程8:治療効果評価(試験)>
上記工程で、「MIC値<1/10」のODSフラクションについて、カイコにおける治療効果試験を実施した。結果を表11に示す。
【0181】
【0182】
表11から分かる通り、1/10希釈したカンジダを注射したコントロール(表11中のNo.102とNo.137は、1日目は全数生存(3/3)したが、2日目は半数以上死亡した。すなわち、前記した表8のNo.Bと同様の結果である。
【0183】
アセトン抽出画分(1/1(無希釈)、1/10希釈)は、注射1日後において、半数以上のカイコが死亡した。すなわち、前記した通り、工程aも工程bも行わなかったサンプルを注射し、カンジダを注射した場合は、表8のNo.Dに記載と同様に、1日目で半数以上が死亡した。
それに対し、「工程a:ブタノール転溶、及び/又は、工程b:カラム分画を行ったサンプル」を注射し、カンジダを注射したサンプルは、表11から分かる通り、1日後でも半数以上が生存していたもの(生存率「2/3」又は「3/3」のもの)があった。このことは、自然免疫抑制物質又は毒性物質等が、工程a又は工程bを行うことで除去されたことを示唆している。
【0184】
更に、サンプルとカンジダを注射したサンプルの中には、1日後に半数以上が生存していた群があっただけでなく、2日目も半数以上が生存していた群があった。
注射2日目にカイコが半数以上生存していたサンプル注射群は、以下の3群であった。すなわち、「サンプル#1」の80%MeOH(1/1)(表11中のNo.105)、「サンプル#1」の90%MeOH(1/1)(表11中のNo.106)、0.5mg/mL AmpB(コントロール)、であった。
なお、工程aも工程bも行っていない前記表8のNo.Dは、1日目で半数以上が死亡しているので、2日目も当然に半数以上が死亡していた(表8参照)。
表11中、「AmpB」は、ポジティブコントロールとして使用した、真菌感染症に対して広く一般に使用されている抗真菌薬である「アムホテリシンB」を示す。
【0185】
菌Bがカンジダ菌の場合、工程aと工程bを行わないと、工程8で治療効果が確認されたサンプル数が232サンプル中0サンプルだったが(表7参照)、10サンプル選択したうち、工程aと工程bを行うことによって、工程8で治療効果が確認されたサンプル数が1サンプル(#1)となった(表12参照)。
【0186】
【0187】
この「サンプル#1」は、工程aと工程bを行わない場合は治療効果なしと判定されたが、工程aと工程bの実施により治療効果が見出された。すなわち、工程aと工程bを行うことで、本発明の「抗菌剤の探索方法」の感度が上がった。
【0188】
工程a及び/又は工程bを加えたとしても、工程1から、ここまでの全工程が短時間に実施可能であった。しかも、多くの菌Aや菌Aからのサンプルの同時進行での探索が可能であった。
【0189】
また、表7に記載の通り、工程7の後、抗菌活性あり(MIC値が1/10以下)は、232サンプルであった。前記した通り、その中から10サンプル抜き出して1サンプル(#1)に治療効果が認められた(約1/10の割合)(表12参照)。このことは、実施例2で未検証の222サンプルに、治療効果が認められるサンプルが、その約1/10の約22個存在する可能性をも示唆している。
【0190】
<工程9:抗菌剤を分離して獲得>
工程8で治療効果が認められたサンプル#1について、HPLCを用いた精製を行い、新規性の判定をすることができる。サンプル#1のHPLC分画サンプル中の主な成分について、それが既知の抗真菌剤か否かを確かめることができる。
【0191】
「工程a(ブタノール転溶等)で得られる物質、及び/又は、工程b(ODSカラム等に吸着・溶出)される物質」は、工程9における更なる精製が容易になり、及び、物質の抗菌剤としての新規性の判定が容易になる。すなわち、このような物質は、C18カラム等を用いたHPLCによる精製や、LC/MSによる分子量の決定に基づく新規性の判定が更に容易となる。
【産業上の利用可能性】
【0192】
本発明の探索方法を使用すれば、多くの「治療活性があり、しかも耐性菌に対しても効果を示す候補化合物」を探索・選択できる。また、抗生物質の治療効果は、カイコとマウスで一致していることが分かっているので、本発明でカイコに対する治療効果を示した抗生物質は、マウスにおいても(従ってヒトにおいても)治療効果があると考えられる。
また、本発明の探索方法を使用して得られたものに「耐性菌に対して治療効果があると期待されるもの」があったが、そのことは、そのものが臨床上まだ使用されたことのない新規抗生物質である可能性を示唆している。
【0193】
本発明で見出された、耐性菌に有効でかつ治療効果のある抗生物質の粗画分を精製し、構造を決定すれば、このような新規抗生物質は、耐性菌による感染症の治療薬として臨床上有効であると期待される。
【0194】
従って、本発明の「抗菌剤の探索方法」は、抗菌剤・抗生物質等の探索・開発・製造を行っている分野に広く利用されるものである。