(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-24
(45)【発行日】2025-01-08
(54)【発明の名称】ペプチド及び該ペプチドを含む会合体又は組成物
(51)【国際特許分類】
C07K 19/00 20060101AFI20241225BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20241225BHJP
A61K 47/64 20170101ALI20241225BHJP
A61K 47/69 20170101ALI20241225BHJP
C07K 14/00 20060101ALI20241225BHJP
【FI】
C07K19/00
A61K45/00
A61K47/64
A61K47/69
C07K14/00 ZNA
(21)【出願番号】P 2023577916
(86)(22)【出願日】2023-06-23
(86)【国際出願番号】 JP2023023371
(87)【国際公開番号】W WO2024004869
(87)【国際公開日】2024-01-04
【審査請求日】2023-12-18
(31)【優先権主張番号】P 2022104662
(32)【優先日】2022-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】517377525
【氏名又は名称】メスキュージェナシス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100122471
【氏名又は名称】籾井 孝文
(74)【代理人】
【識別番号】100150212
【氏名又は名称】上野山 温子
(72)【発明者】
【氏名】原田 充訓
(72)【発明者】
【氏名】吉田 昼也
【審査官】西澤 龍彦
(56)【参考文献】
【文献】特表2021-534828(JP,A)
【文献】特開2020-186184(JP,A)
【文献】国際公開第2015/056727(WO,A1)
【文献】国際公開第2021/069913(WO,A1)
【文献】特表2017-525676(JP,A)
【文献】YU, B et al.,A Hybrid Platform Based on a Bispecific Peptide-Antibody Complex for Targeted Cancer Therapy,Angewandte Chemie International Edition,2019年,Vol. 58,pp. 2005-2010
【文献】WANG, M et al.,In Situ Self-Assembly of Bispecific Peptide for Cancer Immunotherapy,Angewandte Chemie International Edition,2022年01月07日,Vol. 61,e202113649
【文献】ZHOU, J et al.,In Silico Exploration and Biological Evaluation of Bispecific Peptides Derived from Anti-HER2 Antibodies and Peptide-Camptothecin Conjugates for HER2-Positive Breast Cancer,Journal of Medicinal Chamistry,2022年11月09日,Vol. 65,pp. 15123-15139
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K
C12N
A61K
A61P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水性領域と、該疎水性領域の
N末端側に位置し、該疎水性領域よりも疎水性度が低い第1の親水性領域と、該疎水性領域の
C末端側に位置し、該疎水性領域よりも疎水性度が低い第2の親水性領域とを有し、
N末端側の端部に第1の標的に
選択的に結合する第1の標的結合部位を有し、
C末端側の端部に第2の標的に
選択的に結合する第2の標的結合部位を有
する自己会合性ペプチド若しくはその誘導体又はこれらの薬理的に許容され得る塩を含み、該疎水性領域が内部に配置され、該第1の親水性領域及び該第2の親水性領域が外側に配置されたペプチド会合体であって、
該疎水性領域の構成アミノ酸残基数が、
6~12であり、そのうちの
70%以上が、非極性アミノ酸残基及びチロシン残基から選択され、
該疎水性領域は、その両端に非極性アミノ酸残基又はチロシン残基を有し、
該第1の親水性領域及び該第2の親水性領域の構成アミノ酸残基数がそれぞれ独立して、5~15であり、
該第1の親水性領域及び該第2の親水性領域は、該疎水性領域側末端にチロシン残基を除く極性アミノ酸残基を有し、
該第1の親水性領域の構成アミノ酸残基の50%以上が、チロシン残基を除く極性アミノ酸残基から選択され、
該第2の親水性領域の構成アミノ酸残基の50%以上が、チロシン残基を除く極性アミノ酸残基から選択され、
該非極性アミノ酸が、アラニン、ロイシン、メチオニン、フェニルアラニン、イソロイシン、バリン、プロリン、トリプトファン、及びグリシンから選択され、
該極性アミノ酸が、アスパラギン酸、グルタミン酸、アルギニン、リシン、ヒスチジン、2,3-ジアミノプロピオン酸、2,4-ジアミノブタン酸、オルニチン、アスパラギン、グルタミン、セリン、トレオニン、システイン、チロシン、及びイソセリンから選択され、
該誘導体は、
該自己会合性ペプチドのN末端アミノ基、C末端カルボキシル基、
並びに側鎖の
カルボキシル基、アミノ基、グアニジノ基、ヒドロキシル基、及びチオール基から選択される1つ以上の基が、アルキル基、アシル基、水酸基、アミノ基、アルキルアミノ基、ニトロ基、アミド基、
リン酸基、
及びハロゲ
ンから選択される置換基で置換されているものであ
る、ペプチド会合体。
【請求項2】
前記疎水性領域が、ロイシン、グルタミン酸、アラニン、メチオニン、およびリシンから選択される少なくとも1種のアミノ酸残基を含む、請求項1に記載の
ペプチド会合体。
【請求項3】
前記第1の標的と前記第2の標的とが互いに異なる、請求項1に記載の
ペプチド会合体。
【請求項4】
前記自己会合性ペプチドの構成アミノ酸残基数が、15~40である、請求項1に記載の
ペプチド会合体。
【請求項5】
前記第1の標的結合部位及び前記第2の標的結合部位の少なくとも1つが、生理活性を有する、請求項1に記載の
ペプチド会合体。
【請求項6】
さらに薬物を含む、請求項
1に記載のペプチド会合体。
【請求項7】
下記(i)及び(ii)の少なくとも1つを満足する、請求項
1に記載のペプチド会合体;
(i)前記第1の標的に対する前記ペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩当たりの結合親和性が、前記第1の標的に対する前記第1の標的結合部位を含む非自己会合性ペプチドの結合親和性以上である;
(ii)前記第2の標的に対する前記ペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩当たりの結合親和性が、前記第2の標的に対する前記第2の標的結合部位を含む非自己会合性ペプチドの結合親和性以上である。
【請求項8】
水性媒体と、請求項
1に記載のペプチド会合体と、を含み、
該ペプチド会合体が、前記ペプチドの前記疎水性領域間の疎水性相互作用を含む分子間相互作用を介した会合により形成されている、ペプチド組成物。
【請求項9】
前記会合体が、さらに薬物を含む、請求項
8に記載のペプチド組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ペプチド及び該ペプチドを含む会合体又は組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
数個から数十個のアミノ酸残基で構成されるペプチドは、抗体等のタンパク質と比べて、製造及び品質の管理が容易かつ低コストであり、また、抗原性を示し難い、組織内部まで浸透し易い、等の利点を有する。その一方で、ペプチドは、生物学的不安定性、凝集性等の性質のため、医薬品へ直接応用することが困難であるという側面がある。
【0003】
また、従来、種々のドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発が進められている。例えば、特許文献1には、正に帯電したアミノ酸残基を含む親水性部分と該親水性部分に共有結合した疎水性部分とを含む両親媒性ペプチド分子が自己会合することで形成される球形のナノ微粒子を、疎水性薬物のための担体製剤として用いることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、標的指向性分子(リガンド分子)を導入したアクティブターゲティング型DDSの研究開発が活発に行われており、抗体とは異なる性質を有するペプチドの標的指向性も注目されている。
【0006】
上記に鑑み、本発明は、アクティブターゲティング型DDSに利用可能なペプチドの提供を主たる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の1つの局面によれば、下記[1]~[8]のペプチド、[9]~[11]のペプチド会合体、及び[12]~[13]のペプチド組成物が提供される。
[1]疎水性領域と、該疎水性領域の少なくとも一方の端部側に位置し、該疎水性領域よりも疎水性度が低い親水性領域とを有し、一方の端部に第1の標的に結合可能な第1の標的結合部位を有し、他方の端部に第2の標的に結合可能な第2の標的結合部位を有する、ペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩。
[2]上記第1の標的と上記第2の標的とが互いに異なる、[1]に記載のペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩。
[3]構成アミノ酸残基数が、10~40である、[1]又は[2]に記載のペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩。
[4]上記疎水性領域の両方の端部側に上記親水性領域を有する、[1]から[3]のいずれか1つに記載のペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩。
[5]上記疎水性領域の構成アミノ酸残基数が、2~15であり、そのうちの60%以上が、非極性アミノ酸残基及びチロシン残基から選択される、[4]に記載のペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩。
[6]上記2つの親水性領域の構成アミノ酸残基数がそれぞれ独立して、3~24である、[4]又は[5]に記載のペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩。
[7]上記疎水性領域の一方の端部側のみに上記親水性領域を有する、[1]から[3]のいずれか1つに記載のペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩。
[8]上記第1の標的結合部位及び上記第2の標的結合部位の少なくとも1つが、生理活性を有する、[1]から[7]のいずれか1つに記載のペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩。
[9][1]から[8]のいずれか1つに記載のペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩を含む、ペプチド会合体。
[10]さらに薬物を含む、[9]に記載のペプチド会合体。
[11]下記(i)及び(ii)の少なくとも1つを満足する、[9]又は[10]に記載のペプチド会合体;
(i)上記第1の標的に対する上記ペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩当たりの結合親和性が、上記第1の標的に対する上記第1の標的結合部位を含む非自己会合性ペプチドの結合親和性以上である;
(ii)上記第2の標的に対する上記ペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩当たりの結合親和性が、上記第2の標的に対する上記第2の標的結合部位を含む非自己会合性ペプチドの結合親和性以上である。
[12]水性媒体と、[9]又は[11]に記載のペプチド会合体と、を含み、該ペプチド会合体が、上記ペプチドの上記疎水性領域間の疎水性相互作用を含む分子間相互作用を介した会合により形成されている、ペプチド組成物。
[13]上記会合体が、さらに薬物を含む、[12]に記載のペプチド組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明の実施形態によるペプチドは、相対的に疎水性度が高い疎水性領域と疎水性度が低い親水性領域とを有し、標的に対する親和性を有する標的結合部位が両端部に配置された構成を有する。このような構成を有するペプチドは、水性媒体中で、疎水性領域間の疎水性相互作用によって会合することにより、親水性領域側の端部が外側に配置された会合体を形成することができる。該会合体は、薬物をさらに含むこと、生理活性を有する標的結合部位を用いること等により、アクティブターゲティング型DDSに利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】(a)及び(b)はそれぞれ、本発明の第1の実施形態によるペプチド及び該ペプチドによって形成されるペプチド会合体の構成を説明する概略図である。
【
図2】疎水性領域の一例についてのHelical Wheel解析の結果を示す図である。
【
図3】本発明の第1の実施形態によるペプチドにおける標的結合部位と疎水性領域又は親水性領域との関係を説明する概略図である。
【
図4】(a)及び(b)はそれぞれ、本発明の第2の実施形態によるペプチド及び該ペプチドによって形成されるペプチド会合体の構成を説明する概略図である。
【
図5】ペプチド濃度とピレン由来の蛍光強度との関係を示すグラフである。
【
図6】ペプチド濃度とANS由来の蛍光強度との関係を示すグラフである。
【
図7】ペプチドの血中滞留性評価の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の好ましい実施形態について説明するが、本発明はこれらの実施形態には限定されない。また、文脈上不適切である場合を除き、各実施形態は適宜組み合わせることができる。さらにまた、本明細書中で、数値範囲を表す「~」は、その上限及び下限の数値を含む。
【0011】
本明細書において、天然アミノ酸は、アラニン(A)、ロイシン(L)、アルギニン(R)、リジン(K)、アスパラギン(N)、メチオニン(M)、アスパラギン酸(D)、フェニルアラニン(F)、システイン(C)、プロリン(P)、グルタミン(Q)、セリン(S)、グルタミン酸(E)、トレオニン(T)、グリシン(G)、トリプトファン(W)、ヒスチジン(H)、チロシン(Y)、イソロイシン(I)、及びバリン(V)を含む。また、非天然アミノ酸は、2,3-ジアミノプロピオン酸(DAP)、2,4-ジアミノブタン酸(DAB)、オルニチン(Orn)、イソセリン(Ise)等を含む。これらのうち、A、L、M、F、I、V、P、W、及びGは、非極性(疎水性)アミノ酸に分類され、D、E等の酸性アミノ酸、R、K、H、DAP、DAB、Orn等の塩基性アミノ酸、及びN、Q、S、T、C、Y、Ise等の極性非荷電アミノ酸は、極性(親水性)アミノ酸に分類される。
【0012】
A.ペプチド
本発明の実施形態によるペプチドは、疎水性領域と、該疎水性領域の少なくとも一方の端部側に位置し、該疎水性領域よりも疎水性度が低い親水性領域とを有し、一方の端部に第1の標的に結合可能な第1の標的結合部位を有し、他方の端部に第2の標的に結合可能な第2の標的結合部位を有する。このような構成を有するペプチド(以下、「自己会合性ペプチド」と称する場合がある)は、水性媒体中で、疎水性領域間の疎水性相互作用により会合して会合体を形成することができる。必要に応じて、ペプチドには薬物が結合していてもよい。薬物は、例えばペプチドの側鎖にグラフトされ得る。
【0013】
自己会合性ペプチドを構成するアミノ酸残基数は、例えば10~40、好ましくは12~38、より好ましくは15~31、さらに好ましくは18~24である。なお、自己会合性ペプチドを構成するアミノ酸残基数は、自己会合性ペプチドの主鎖を構成するアミノ酸残基数を意味し、後述する各領域又は部位を構成するアミノ酸残基数も同様の意味である。
【0014】
自己会合性ペプチドは、天然アミノ酸残基のみで構成されてもよく、非天然アミノ酸残基のみで構成されてもよく、天然アミノ酸残基と非天然アミノ酸残基との両方を含んでもよい。
【0015】
自己会合性ペプチドは、本発明の効果が得られる限りにおいて、誘導体又は塩の形態であってもよい。本明細書において、文脈上不適切である場合を除き、ペプチドは、当該ペプチドの誘導体、あるいは当該ペプチド又はその誘導体の塩であり得る。
【0016】
ペプチドの誘導体としては、ペプチドのN末端アミノ基、C末端カルボキシル基、側鎖のカルボキシル基、アミノ基、グアニジノ基、ヒドロキシル基、チオール基等の官能基が各種置換基により置換されたものが挙げられる。置換基としては、特に限定されず、例えば、アルキル基、アシル基、水酸基、アミノ基、アルキルアミノ基、ニトロ基、アミド基、スルホニル基、リン酸基、ハロゲン、及び各種保護基が挙げられる。これらの置換基は、フッ素等のハロゲンでさらに置換されていてもよい。また、置換は、蛍光標識、ビオチン標識等の標識の導入であってもよい。
【0017】
ペプチドの塩は、好ましくは薬理的に許容され得る塩である。薬理的に許容され得る塩としては、酸付加塩及び塩基付加塩が挙げられる。酸付加塩としては、例えば、無機酸塩、有機酸塩等が挙げられる。無機酸塩としては、例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、ヨウ化水素酸塩、硝酸塩、リン酸塩等が挙げられる。有機酸塩としては、クエン酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩、ギ酸塩、プロピオン酸塩、安息香酸塩、トリフルオロ酢酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、パラトルエンスルホン酸塩等が挙げられる。塩基付加塩としては、無機塩基塩、有機塩基塩等が挙げられる。無機塩基塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、アンモニウム塩等が挙げられる。有機塩基塩としては、例えば、トリエチルアンモニウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、ピリジニウム塩、ジイソプロピルアンモニウム塩等の有機塩基塩等が挙げられる。
【0018】
A-1.第1の実施形態
図1(a)は、本発明の第1の実施形態による自己会合性ペプチドの構成を説明する概略図である。自己会合性ペプチド10aは、疎水性領域12と、疎水性領域12の一方の端部側に位置する第1の親水性領域14と、他方の端部側に位置する第2の親水性領域16とを有する。
図1(b)に示すように、自己会合性ペプチド10aは、水性媒体中で、疎水性領域12相互の疎水性相互作用により会合して、ペプチド会合体100aを形成することができる。自己会合性ペプチド10aにおいて、第1の親水性領域14側末端及び第2の親水性領域16側末端のいずれがN末端であってもよい。
【0019】
疎水性領域12は、代表的には、その両端に非極性アミノ酸残基又はチロシン残基を有し、例えば2~15、好ましくは3~13、より好ましくは4~12、さらに好ましくは6~10のアミノ酸残基によって構成される。
【0020】
1つの実施形態において、疎水性領域を構成するアミノ酸残基の例えば60%以上、好ましくは60%~100%、より好ましくは70%~90%が非極性アミノ酸残基及びチロシン残基から選択される。チロシンは極性アミノ酸に分類されるが、溶解度が非常に小さいことから、疎水性領域に含まれることにより、ペプチドの自己会合性に寄与し得る。
【0021】
1つの実施形態において、疎水性領域に含まれる非極性アミノ酸残基及びチロシン残基の総数は、例えば2以上、好ましくは3~13、より好ましくは4~10である。
【0022】
疎水性領域に含まれる非極性アミノ酸残基は、例えばL、A、W、F、V、I、及びGから選択され、好ましくはL、A、W、F、及びGから選択され、より好ましくはL、A、W、及びFから選択される。これらの非極性アミノ酸残基は、ペプチドの自己会合の点で有利であり得る。疎水性領域に含まれる非極性アミノ酸残基は、1種のみであってもよく、2種以上であってもよい。
【0023】
疎水性領域は、極性アミノ酸残基を含んでもよい。ペプチド合成の観点からは、疎水性領域が非極性アミノ酸残基を1種のみ含むとき、極性アミノ酸残基を点在させることが好ましい。疎水性領域に含まれ得る極性アミノ酸残基の数は、例えば1~6、また例えば2~4であり得る。疎水性領域を構成する全アミノ酸残基数に対する極性アミノ酸残基数の割合は、例えば、7%~40%、また例えば13%~30%であり得る。疎水性領域に含まれる極性アミノ酸残基は、1種のみであってもよく、2種以上であってもよい。
【0024】
疎水性領域の構成アミノ酸残基として極性アミノ酸残基を用いることにより、疎水性領域の疎水性度を広い範囲で柔軟に調整することができる。
【0025】
1つの実施形態において、疎水性領域は、荷電性アミノ酸残基、好ましくは酸性アミノ酸残基を含む。疎水性領域における荷電性アミノ酸残基の数は、例えば1~6、また例えば2~4である。2以上の荷電性アミノ酸残基は、連続して配置されていてもよく、非連続的に配置されてもよい。例えば、荷電性アミノ酸残基は、疎水性領域中、等間隔で配置されていてもよい。1つの実施形態において、荷電性アミノ酸残基は、Helical Wheel Projectionにおいてαヘリックスの中心軸を通る直線に対して片側に集まるように、好ましくは
図2に例示されるように、Helical Wheel Projectionにおいて隣接するように、非極性アミノ酸残基を介して配置され得る。このように荷電性アミノ酸残基を配置することにより、ペプチドの凝集をコントロールできる。例えば、荷電性アミノ酸残基等の極性アミノ酸残基がαヘリックス構造の片側に集まるように配置されたペプチドは、いわゆる両親媒性ヘリックス構造を取ることができ、当該構造に起因する静電的な反発を利用することにより、凝集の程度をコントロールできる。Helical Wheel Projectionは、Gene Inspector
(R)等のアミノ酸配列解析ソフトを用いて得ることができる。
【0026】
疎水性領域のHydropathy Indexは、例えば-1.6以上であり、好ましくは-0.9~4.5、より好ましくは0.4~2.8であってよい。本明細書中、「疎水性領域のHydropathy Index」は、疎水性領域を構成する全アミノ酸のHydropathy Indexの平均値を意味する。天然アミノ酸のHydropathy Indexとしては、下記に示す値が採用される。
【表1】
【0027】
第1の親水性領域14及び第2の親水性領域16はそれぞれ、代表的には、疎水性領域12側末端に極性アミノ酸残基(ただし、チロシン残基を除く)を有し、疎水性領域12よりも低い疎水性度を有する。疎水性領域と第1の親水性領域又は第2の親水性領域との疎水性度の差は、自己会合性ペプチドが、水性媒体中で、疎水性領域間の疎水性相互作用により会合して、会合体を形成できる限りにおいて制限されない。当該会合体においては、好ましくは、自己会合性ペプチドの疎水性領域が内部に配置され、第1の親水性領域及び第2の親水性領域が外側に配置される。疎水性領域のHydropathy Indexと第1の親水性領域又は第2の親水性領域のHydropathy Indexとの差(疎水性領域のHydropathy Index-親水性領域のHydropathy Index)はそれぞれ独立して、例えば0以上であり、好ましくは0.4~6.4、より好ましくは1~6であってよい。なお、本明細書中、「親水性領域のHydropathy Index」は、当該親水性領域を構成する全アミノ酸のHydropathy Indexの平均値を意味する。
【0028】
第1の親水性領域又は第2の親水性領域を構成するアミノ酸残基の数はそれぞれ独立して、例えば3~24、好ましくは3~18、より好ましくは3~15、さらに好ましくは5~15である。
【0029】
疎水性領域を構成するアミノ酸残基数に対する第1の親水性領域を構成するアミノ酸残基数の割合は、本発明の効果が得られる限りにおいて制限されず、例えば20%~400%、好ましくは30%~300%である。また、疎水性領域を構成するアミノ酸残基数に対する第2の親水性領域を構成するアミノ酸残基の数の割合は、本発明の効果が得られる限りにおいて制限されず、例えば20%~400%、好ましくは30%~300%である。
【0030】
1つの実施形態において、第1の親水性領域又は第2の親水性領域を構成するアミノ酸残基の例えば20%以上、30%以上、又は40%以上、好ましくは50%~100%がチロシン残基を除く極性アミノ酸残基である。また、親水性領域を構成するアミノ酸残基数に対するチロシン残基を除く極性アミノ酸残基数の割合と疎水性領域を構成するアミノ酸残基数に対するチロシン残基を除く極性アミノ酸残基数の割合との差は、例えば10%以上、好ましくは20%以上であり、例えば30%以上、40%以上、又は50%以上であり得る。
【0031】
親水性領域に荷電性アミノ酸残基、すなわち、酸性アミノ酸残基及び/又は塩基性アミノ酸残基、を含む自己会合性ペプチドは、水性媒体のpH調整を介して粒子径が変化し得る会合体を形成し得る。特に、親水性領域にヒスチジン残基を1以上、例えば2以上又は3以上含む自己会合性ペプチドは、中性から弱酸性付近で粒子径が変化し得る会合体を形成し得る。
【0032】
自己会合性ペプチドは、一方の端部に第1の標的に結合可能な第1の標的結合部位を有し、他方の端部に第2の標的に結合可能な第2の標的結合部位を有する。このような構成を有する自己会合性ペプチドによれば、第1の標的結合部位及び第2の標的結合部位が外側に露出した会合体を形成することができ、各標的結合部位の標的と結合可能な会合体が得られ得る。
【0033】
第1の標的結合部位及び第2の標的結合部位はそれぞれ、第1の標的及び第2の標的に選択的に結合して当該標的と生物学的な結合対を形成し得るアミノ酸配列で構成される。このようなアミノ酸配列としては、公知のアミノ酸配列を用いてもよく、目的とする標的に対して選択的に結合可能なアミノ酸配列をmRNA display法、cDNA display法、Phage Display等を用いてスクリーニングすることによって取得してもよい。
【0034】
第1の標的及び第2の標的は、目的に応じて適切に選択され得る。第1の標的及び第2の標的は、代表的には、生体、ウイルス等に由来する物質であり、例えば、がん細胞等の生体細胞、細菌、真菌、及びウイルスに特異的に存在する物質又はこれらから産生された物質が例示できる。
【0035】
第1の標的及び第2の標的は、互いに異なっていてもよく、同じであってもよい。第1の標的と第2の標的とが異なる物質である場合、2つの標的に対して指向性を有するペプチドが得られ、結果として、2つの標的に対して指向性を有するDDSを実現できる。第1の標的と第2の標的とが同じ物質である場合及び異なる物質である場合のいずれであっても、ペプチドが自己会合体を形成する場合、ペプチド当たりの標的に対する親和性(Avidity)を第1の標的又は第2の標的と結合する単独のペプチドより向上することができる。第1の標的と第2の標的とが同じ物質である場合、第1の標的結合部位及び第2の標的結合部位は、当該物質の同じ部位又は異なる部位と結合し得る。第1の標的と第2の標的とが同じ物質である場合、第1の標的結合部位及び第2の標的結合部位のアミノ酸配列は、互いに同じであってもよく、異なっていてもよい。
【0036】
1つの実施形態において、第1の標的結合部位及び第2の標的結合部位の少なくとも1つが、生理活性を有する。このような実施形態によれば、生理活性を有する端部領域に起因してペプチド自身が生理活性を有し、薬効を発揮し得るので、ペプチド又はペプチド会合体に薬物を担持させることが必ずしも必要ではない。標的結合部位が有する生理活性は、ペプチドの用途等に応じて適宜選択され得る。生理活性は、例えば、ホルモン作用、神経伝達作用、抗腫瘍作用、抗菌作用、酵素活性の調節作用等であり得る。
【0037】
第1の標的結合部位及び第2の標的結合部位はそれぞれ、自己会合性ペプチドの両端部に位置し、第1の標的及び第2の標的に結合し得る限りにおいて、その構成アミノ酸残基の数は特に限定されず、例えば3~24、また例えば5~15であり得る。また、
図1(a)に例示される自己会合性ペプチドでは、第1の親水性領域14が第1の標的結合部位と一致しており、第2の親水性領域16が第2の標的結合部位と一致しているが、親水性領域と標的結合部位とが一致している必要はない。
【0038】
例えば、
図3に例示される自己会合性ペプチドは、N末端側からC末端側に向かって、p個のアミノ酸残基で構成される第1の親水性領域と、q個のアミノ酸残基で構成される疎水性領域と、r個のアミノ酸残基で構成される第2の親水性領域と、をこの順に有し、N末端のアミノ酸残基(A
1)から疎水性領域のN末端側から2つ目のアミノ酸残基(B
2)までの領域が第1の標的結合部位であり、第2の親水性領域のN末端側から2つ目のアミノ酸残基(C
2)からC末端のアミノ酸残基(C
r)までの領域が第2の標的結合部位である。
【0039】
図示例とは異なり、第2の標的結合部位は、第2の親水性領域を超えて疎水性領域の一部を含んでもよく、あるいは、第1の標的結合部位は、第1の親水性領域の一部であってもよい。
【0040】
両方の標的結合部位が外側に配置された構成の会合体の形成の観点からは、第1の標的結合部位のC末端アミノ酸残基と第2の標的結合部位のN末端アミノ酸残基との間には、例えば3~15、好ましくは6~10のアミノ酸残基が介在していることが好ましい。
【0041】
A-2.第2の実施形態
図4(a)は、本発明の第2の実施形態による自己会合性ペプチドの構成を説明する概略図である。自己会合性ペプチド10bは、疎水性領域12と、疎水性領域12の一方の端部側に位置する第1の親水性領域14とを有する。
図4(b)に示すように、自己会合性ペプチド10bは、水性媒体中で、疎水性領域12相互の疎水性相互作用により会合して、ペプチド会合体100bを形成することができる。自己会合性ペプチド10bにおいて、疎水性領域12側末端及び第1の親水性領域14側末端のいずれがN末端であってもよい。
【0042】
疎水性領域12は、代表的には、第1の親水性領域14側末端に非極性アミノ酸残基又はチロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基から選択される極性アミノ酸残基を有する。疎水性領域は、好ましくはプロリン残基、トリプトファン残基、グリシン残基、チロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基から選択される少なくとも1種を含み、より好ましくはトリプトファン残基、グリシン残基、又はチロシン残基から選択される少なくとも1種を含む。ペプチド会合体の粒子構造が過度に安定であると、疎水性領域12側末端に位置する第2の標的結合部位が十分に機能しない恐れがあるが、上記アミノ酸残基はHydropathy Indexが負の値を示し、疎水性度が比較的低いことから、疎水性領域がこれらのアミノ酸残基を含むことにより、このような問題が回避され得る。疎水性領域12は、例えば3~37、好ましくは4~15、より好ましくは5~13、さらに好ましくは6~12のアミノ酸残基によって構成される。
【0043】
1つの実施形態において、疎水性領域を構成するアミノ酸残基の例えば50%以上が非極性アミノ酸残基又はチロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基から選択される極性アミノ酸残基であり、好ましくは50%以上(例えば、50%~80%)がプロリン残基、トリプトファン残基、グリシン残基、チロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基から選択され、より好ましくはトリプトファン残基、グリシン残基、及びチロシン残基から選択される。
【0044】
1つの実施形態において、疎水性領域に含まれる非極性アミノ酸残基及びチロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基から選択される極性アミノ酸残基の総数は、例えば3以上、好ましくは4~12、より好ましくは6~10である。
【0045】
疎水性領域に含まれる非極性アミノ酸残基は、標的結合部位のアミノ酸配列によって変化し得るが、上記に加え、第1の実施形態において記載したものと同様の非極性アミノ酸残基を含むことが好ましい。
【0046】
疎水性領域は、チロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基以外の極性アミノ酸残基をさらに含んでもよい。疎水性領域に含まれ得る極性アミノ酸残基(ただし、チロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基を除く)の数は、例えば1~6、また例えば2~4であり得る。疎水性領域を構成する全アミノ酸残基数に対する極性アミノ酸残基(ただし、チロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基を除く)数の割合は、例えば、7%~50%、また例えば13%~30%であり得る。疎水性領域に含まれる極性アミノ酸残基(ただし、チロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基を除く)は、1種のみであってもよく、2種以上であってもよい。疎水性領域における荷電性アミノ酸残基の数は、例えば0~6、また例えば2~4である。
【0047】
第1の親水性領域14は、代表的には、疎水性領域12側末端に極性アミノ酸残基(ただし、チロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基を除く)を有し、疎水性領域12よりも低い疎水性度を有する。疎水性領域と第1の親水性領域との疎水性度の差は、自己会合性ペプチドが、水性媒体中で、疎水性領域間の疎水性相互作用により会合して、会合体を形成できる限りにおいて制限されない。当該会合体においては、代表的には、自己会合性ペプチドの疎水性領域が内部に配置され、第1の親水性領域が外側に配置される。水溶液中で分子間水素結合(架橋)を形成できるとき、ペプチド水溶液はゲル様の性状を示し得る。疎水性領域のHydropathy Indexは第1の実施形態に関して記載したとおりである。疎水性領域のHydropathy Indexと第1の親水性領域のHydropathy Indexとの差(疎水性領域のHydropathy Index-親水性領域のHydropathy Index)は、例えば-0.3以上であり、好ましくは0~6、より好ましくは0.4~5であってよい。
【0048】
第1の親水性領域を構成するアミノ酸残基の数は、例えば3~24、好ましくは5~15である。
【0049】
疎水性領域を構成するアミノ酸残基数に対する第1の親水性領域を構成するアミノ酸残基数の割合は、本発明の効果が得られる限りにおいて制限されず、例えば25%~400%、好ましくは50%~200%である。
【0050】
1つの実施形態において、第1の親水性領域を構成するアミノ酸残基の例えば20%以上、30%以上、又は40%以上、好ましくは50%~100%が極性アミノ酸残基である。例えば、第1の親水性領域を構成するアミノ酸残基の20%以上、30%以上、40%以上、又は50%以上が、チロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基を除く極性アミノ酸残基であってよい。また、第1の親水性領域を構成するアミノ酸残基数に対するチロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基を除く極性アミノ酸残基数の割合と疎水性領域を構成するアミノ酸残基数に対するチロシン残基、セリン残基、及びトレオニン残基を除く極性アミノ酸残基数の割合との差は、例えば10%以上、好ましくは20%以上であり、例えば30%以上、40%以上、又は50%以上であり得る。
【0051】
図示例の自己会合性ペプチド10bは、第1の親水性領域14側端部に第1の標的に結合可能な第1の標的結合部位を有し、疎水性領域12側端部に第2の標的に結合可能な第2の標的結合部位を有する。このような構成を有する自己会合性ペプチドは、第1の標的結合部位が外側に露出した会合体を形成することができ、会合体の状態で第1の標的と結合可能であり、会合体構造が崩れることにより、会合体内部から第2の標的結合部位が外側に現れて、第2の標的と結合することができる。第1の標的結合部位及び第2の標的結合部位についてはそれぞれ、第1の実施形態に関して記載したとおりである。
【0052】
A-3.自己会合性ペプチドの製造方法
自己会合性ペプチドの製造方法としては、固相合成法、段階的伸長法、液相合成法等の化学合成法、発酵法、酵素法等が挙げられる。なかでも、固相合成法が好ましい。固相合成法としては、例えば、Fmoc合成法、Boc合成法等が挙げられる。
【0053】
B.ペプチド会合体
本発明の別の局面によれば、A項に記載のペプチド若しくはその誘導体又はこれらの塩を含む、ペプチド会合体が提供される。ペプチド会合体は、分子間相互作用により2分子以上の自己会合性ペプチドが会合することによって形成され得る。会合体を形成するための分子間相互作用は、代表的には、ペプチドの疎水性領域間の疎水性相互作用を含み、ペプチド分子間の水素結合、静電的相互作用、ファン・デル・ワールス相互作用等の他の分子間相互作用をさらに含んでいてもよい。
【0054】
ペプチド会合体は、好ましくは、
図1(b)及び
図4(b)に示されるようにコア-シェル型会合体である。コア-シェル型のペプチド会合体においては、疎水性領域が内部(コア)に配置され、親水性領域が外側(シェル)に配置されるように自己会合性ペプチドが会合している。また、自己会合したペプチド同士が会合し、さらに大きな会合体(例えば、二次会合体)が形成され得る。
【0055】
ペプチド会合体の平均粒子径は、目的に応じて任意の適切な値であり得る。静脈内投与する場合のペプチド会合体の平均粒子径は、例えば300nm未満、好ましくは100nm以下、より好ましくは5nm~50nmである。他の投与経路で用いる場合のペプチド会合体の平均粒子径は、例えば3000nm以下であり、好ましくは1000nm以下であり得る。ペプチド会合体の粒子径は、例えば、疎水性領域及び/又は親水性領域の疎水性度、水性媒体のpH等によって調整することができる。具体的には、疎水性領域及び/又は親水性領域の疎水性度が高いと、ペプチド会合体の粒子径が小さくなる傾向がある。また、荷電性アミノ酸残基側鎖の電離平衡を解離状態から非解離状態に傾けることにより、疎水性領域及び/又は親水性領域の疎水性度が高くなる結果、ペプチド会合体の粒子径が小さくなる傾向がある。特にヒスチジン含量が高いときは生理的条件となる中性から弱酸性近辺においてペプチド会合体の粒子径を調整することができる。
【0056】
1つの実施形態において、ペプチド会合体を形成している自己会合性ペプチドは、ペプチド会合体全体として、第1の標的に対して、第1の標的結合部位を含む非自己会合性ペプチドと同じ又はそれ以上の結合親和性を示し、好ましくはより高い結合親和性を示す。具体的には、ペプチド会合体のペプチド当たりの第1の標的に対する解離定数(KD)は、第1の標的結合部位を含む非自己会合性ペプチドの第1の標的に対する解離定数(KD)以下であり得、好ましくはそれよりも小さい。第1の標的結合部位を含む非自己会合性ペプチドの第1の標的に対する解離定数(KD)は、例えば10-6M以下であり、好ましくは10-7M以下であり得る。
【0057】
1つの実施形態において、ペプチド会合体を形成している自己会合性ペプチドは、ペプチド会合体全体として、第2の標的に対して、第2の標的結合部位を含む非自己会合性ペプチドと同じ又はそれ以上の結合親和性を示し、好ましくはより高い結合親和性を示す。具体的には、ペプチド会合体のペプチド当たりの第2の標的に対する解離定数(KD)は、第2の標的結合部位を含む非自己会合性ペプチドの第2の標的に対する解離定数(KD)以下であり得、好ましくはそれよりも小さい。なお、第2の標的結合部位を含む非自己会合性ペプチドの第2の標的に対する解離定数(KD)は、例えば10-6M以下、好ましくは10-7M以下であり得る。なお、ペプチド会合体のペプチド当たりの第1の標的又は第2の標的に対する解離定数(KD)は、ペプチド会合体のペプチド換算での第1の標的又は第2の標的に対する結合親和性を意味し、ペプチド会合体のモル濃度の代わりに当該会合体形成に用いたペプチドのモル濃度を用いて解離定数を算出することによって得られ得る。
【0058】
ペプチド会合体は、薬物をさらに含んでもよい。ペプチド会合体は、標的結合部位に起因して標的指向性を発揮し得ることから、薬物を含むペプチド会合体は薬物を目的の標的に送達し得る。薬物は、担持(例えば、内包)されることによってペプチド会合体に含まれてもよく、自己会合性ペプチドに結合(例えば、ペプチド側鎖に必要によりリンカーを介して結合)されることによってペプチド会合体に含まれてもよい。
【0059】
薬物としては、目的に応じて任意の適切な薬物が用いられ得る。例えば、抗腫瘍剤、シグナル伝達阻害剤、代謝拮抗剤、鎮痛剤、抗炎症剤、抗菌剤、造影剤等が挙げられる。なかでも、疎水性の薬物が好ましい。疎水性の薬物は、ペプチド会合体の内部に好適に担持され得る。疎水性の抗腫瘍剤としては、例えば、パクリタキセル、トポテカン、カンプトテシン、シスプラチン、塩酸ダウノルビシン、メトトレキサート、マイトマイシンC、ドセタキセル、硫酸ビンクレスチン、及びこれらの誘導体等が挙げられる。
【0060】
ペプチド会合体は、例えば、自己会合性ペプチドを有機溶媒に溶解し、必要に応じて、得られた溶液を風乾、例えば窒素気流雰囲気下でフィルム状に乾固し、さらに必要であれば減圧下で乾固することで有機溶媒を除去し、次いで水性媒体を添加及び混合して、自己会合性ペプチドを自己会合させることによって得られ得る。
【0061】
自己会合性ペプチドを溶解する有機溶媒としては、ジクロロメタン、クロロホルム、ジエチルエーテル、ジブチルエーテル、酢酸エチル、酢酸ブチル等の非水混和性有機溶媒、メタノール、エタノール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、アセトニトリル、アセトン、テトラヒドロフラン等の水混和性有機溶媒、及びこれらの混合溶媒等が挙げられる。
【0062】
水性媒体としては、水及び緩衝液が例示できる。緩衝液としては、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水、クエン酸緩衝液、Tris緩衝液、TAPS緩衝液、MES緩衝液、HEPES緩衝液等が挙げられる。水性媒体のpHは、例えば3~8、好ましくは5~7.4である。
【0063】
代替的に、ペプチド会合体は、自己会合性ペプチド及び必要により薬物を含む混合液を攪拌することにより製造してもよい。混合液の撹拌は、超音波等のエネルギーをかけて行うことが好ましい。
【0064】
C.ペプチド組成物
本発明の別の局面によれば、水性媒体と、B項に記載のペプチド会合体と、を含むペプチド組成物が提供される。B項に記載のとおり、ペプチド会合体は、分子間相互作用(代表的には、自己会合性ペプチドの疎水性領域間の疎水性相互作用)を介した会合により形成されている。ペプチド組成物は、さらに薬物を含むことができる。当該薬物は、ペプチド会合体に担持(例えば、内包)されていてもよく、自己会合性ペプチドに結合(例えば、ペプチド側鎖に必要によりリンカーを介して結合)されていてもよい。ペプチド会合体、薬物及び水性媒体については、B項で記載したとおりである。
【0065】
1つの実施形態において、ペプチド組成物は、生理活性を有する自己会合性ペプチド及び/又は薬物を有効成分とする医薬組成物であり、当該医薬組成物において、ペプチド会合体は、有効成分を標的に効率よく送達するためのDDSとして機能し得る。このような実施形態において、ペプチド組成物は、投与形態に応じて任意の適切な剤形に調製される。例えば、ペプチド組成物は、皮下注射剤、静脈内注射剤、筋肉内注射剤、腹腔内注射剤、点滴剤等の注射剤、点眼剤、点鼻剤、外用剤(例えば、眼軟膏、口内軟膏等)等の非経口剤であり得る。あるいは腸溶性コーティング等の胃酸での分解を防止する形態での経口剤であり得る。
【0066】
ペプチド組成物は、用途等に応じて、任意の適切な添加剤をさらに含むことができる。添加剤としては、例えば、等張化剤、緩衝剤、保存剤、増粘剤、安定化剤、pH調整剤等が挙げられる。
【実施例】
【0067】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0068】
[実験例1:ペプチドの合成]
ペプチドの合成は、東レリサーチセンター社のペプチド合成サービスを利用して行った。得られたペプチドのアミノ酸配列を表2に示す。
【0069】
表2中、実施例のペプチドは、2つのハイフンによって3つの領域に分けられている。実施例1-1~1-5のペプチドのN末端側領域及びC末端側領域はそれぞれ、ハイドロキシアパタイト(HA)に結合可能なHA結合部位及びArg-ジンジパイン(Rgp)に結合可能なRgp結合部位である。実施例2-1及び2-2のペプチドのN末端側領域及びC末端側領域はそれぞれ、CD73に結合可能なCD73結合ペプチドに由来するアミノ酸配列及び胎児性Fc受容体(FcRn)に結合可能なFcRn結合ペプチドに由来するアミノ酸配列である。また、下線部は疎水性領域を示す。一方、参考例のペプチドは、両親媒性ペプチドであり、1つのハイフンによって分けられたN末端側の領域が親水性領域であり(Rgp結合部位でもある)、C末端側が疎水性領域である。なお、各標的結合部位を構成するアミノ酸配列は、既報の論文(例えば、P.Steinbauer,et al. Single-Molecule Force Spectroscopy Reveals Adhesion-by-Demand in Statherin at the Protein-Hydroxyapatite Interface Langmuir 2020,36,13292-13300.)に記載されている配列又はcDNA display法で決定された配列である。
【表2】
【0070】
[実験例2:ペプチド会合体の形成]
実施例1-1~1-5及び参考例1-1~1-8のペプチド5mgをジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解し、ストック溶液(40mM)とした。ストック溶液4μLを、マイクロミキサー(タイテック社、E―36)で撹拌中の10mM HEPES、150mM NaCl緩衝液(pH7)に滴下することで100倍希釈した。希釈液をボルテックスした後、室温で一晩静置した。次いで、希釈液200μLを測定サンプルとして、25℃にてLitesizer500(アントンパール社)を用いて動的光散乱法により粒子径分布を測定した。散乱強度のメインピークを会合体の平均粒子径として求めた結果を表3に示す。ただし、多分散指数が20%を超えるときは、体積ベースの粒子径分布も参考にしながら、メインピークを判断した。
【0071】
【0072】
表3に示されるとおり、実施例1-1~1-5のペプチドはいずれも、HEPES緩衝液中で、平均粒子径500nm以下の会合体を形成した。また、参考例1-1~1-8の両親媒性ペプチドについても、会合体を形成すること、及び、疎水性領域のアミノ酸配列によって粒子径が変化し得ることが確認された。なお、実施例1-5及び参考例1-5に関して、5nmの平均粒子径が測定されたが、当該粒子径はペプチド1分子のサイズよりも大きいことから2分子以上のペプチドを含む会合体が形成されたと考えられる。
【0073】
[実験例3:ペプチド会合体の粒子径のpH依存性評価]
実施例2-1~2-2のペプチド5mgをDMSOに溶解し、ストック溶液(50mg/mL)とした。ストック溶液4μLを、マイクロミキサー(タイテック社、E-36)で撹拌中の10mM MES、150mM NaCl緩衝液(pH6.0)に滴下することで100倍希釈して希釈液Aを得た。希釈液Aをボルテックスした後、室温で一晩静置した。その100μLを用いて、同MES緩衝液又は10mM HEPES、150mM NaCl緩衝液(pH7.4)300μLで希釈し、1時間攪拌して希釈液Bを得た。一晩静置後の希釈液A及び希釈液Bの各200μLを測定サンプルとして、25℃にてLitesizer500(アントンパール社)を用いて粒子径分布を測定した。実験例2に倣って求めた平均粒子径の結果を表4に示す。
【0074】
【0075】
表4に示されるとおり、実施例2-1又は2-2のペプチドの会合体の平均粒子径は、pH7の緩衝液中において、pH6の緩衝液中よりも小さくなっており、このことから、これらのペプチド会合体の平均粒子径には、pH依存性があることがわかる。当該平均粒子径のpH依存性は、水性媒体のpHに依って荷電性アミノ酸残基、特にヒスチジンの側鎖の電離状態が変化し、結果として、親水性領域の疎水性度が変化すること等に起因すると推測される。
【0076】
[実験例4:第2の標的(Rgp)に対する結合親和性評価]
実施例1-2のペプチド及び該ペプチドのRgp結合部位を構成するRgp結合ペプチドA(RRKRR:配列番号16)に関して、Rgpに対する結合親和性を「Biacore-T100」(GEヘルスケア社)を用いたSPR法によって測定した。測定は、常法に従って行った。具体的には、実施例1-2のペプチドの測定に関しては、ストレプトアビジン(Extravidin SIGMA E2511)をアミンカップリングによりチップ(CM5センサーチップ)に結合し、その後、20倍モル比のNHS-ビオチン化試薬(サーモフィッシャーサイエンティフィック社、EZ-Link(R) Sulfo-NHS-SS-Biotin)でビオチン化したRgpを固定化した。一方、Rgp結合ペプチドAの測定に関しては、測定感度の観点から、CM5センサーチップにRgpを直接アミンカップリングで固定化した。
次に、ペプチドストック液(DMSO)をランニングバッファー(10mM HEPES(pH7.4),150mM NaCl,0.05%Tween,0.2%DMSO)で希釈し、最終ペプチド濃度が25、100、400、1600nMになるよう調製した。これら4種の濃度のペプチド溶液を用い、チップに固定したRgpとペプチドとの結合による質量変化を示すセンサグラムを得た。得られたセンサグラムを理論式にカーブフィッティング(GEヘルスケア社ソフトウェア「BIAevaluation」)することにより、解離定数KDを算出した。結果を表5に示す。
【0077】
【0078】
表5に示されるとおり、実施例1-2の自己会合性ペプチドは、Rgp(第2の標的)に対して、Rgp結合ペプチドA(第2の標的結合部位を含む非自己会合性ペプチド)よりも高い結合親和性を示した。これは、実施例1-2のペプチドはペプチド溶液中で会合体を形成しており、これにより、多点で標的に結合できる結果、Avidity効果が生じたためと考えられる。
【0079】
[実験例5:第1の標的(HA)に対する結合親和性評価]
実施例1-2及び1-5のペプチド、及び当該ペプチドのHA結合部位を構成するHA結合ペプチドA(DSpSEEKW:配列番号17)に関して、ハイドロキシアパタイトビーズ(1μm BcMag(R) Hydroxyapatite Magnetic Particles(Bioclone社、型番FO-101))に対するペプチドの結合親和性を評価した。具体的には、上記ビーズを秤量し、30mg/mLになるよう、100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.4)/20%エタノールに懸濁した。超音波照射し、均一に分散させたビーズ懸濁液の267μLを1.5mLチューブに取った。そのビーズを磁気スタンド(タカラバイオ社、Magnetic Stand (6tubes)、製品コード5328)で固定し、上清を除去した後、ペプチド溶液100μLを添加した。ペプチド溶液は100mMのストック溶液(DMSO)から、10mM HEPES(pH7.4)/1%DMSOで40μMまで希釈し、さらに順に4倍から5倍希釈して調製した。4℃で4時間攪拌した後、チューブを磁気スタンドに立てビーズを固定し、上清を回収した。上清中のペプチド濃度は、上清50μLを用い、配列中に含まれるトリプトファン由来の蛍光強度を基にプレートリーダー(サーモフィッシャーサイエンティフィック社、VARIO-SCAN)で測定した(励起波長:280nm、発光波長:355nm)。上清中のペプチド濃度を総ペプチド濃度から減算することで、ビーズに結合したペプチド量を求め、得られた吸着等温線を理論式にカーブフィッティングする(マイクロソフト社エクセル)ことで、ペプチドのハイドロキシアパタイトビーズに対する解離定数KDを求めた。結果を表6に示す。
【0080】
【0081】
表6に示されるとおり、実施例1-2の自己会合性ペプチドは、HA(第1の標的)に対して、HA結合ペプチドA(第1の標的結合部位を含む非自己会合性ペプチド)とほぼ同等の結合親和性を示した。実験例4及び5の結果から、実施例1-2の自己会合性ペプチドは、第1の標的にも第2の標的にも標的結合ペプチド単独とほぼ同等あるいはそれ以上の親和性で標的に結合可能であることが分かった。一方、実施例1-5の自己会合性ペプチドは、HAに対して、HA結合ペプチドAよりも高い結合親和性を示した。これらは、第2の親水性領域(これらのペプチドにおいては、第2の標的結合部位に対応する)が自己会合性ペプチド全体としての2次構造、会合体形成様式や粒子径に影響を及ぼす結果、第1の標的結合部位の第1の標的に対する親和性に対しても影響を及ぼし得ることを示している。実施例1-2と1-5の結果の違いは、多点で標的に結合できるAvidity効果の生じやすさの違いと考えられる。
【0082】
[実験例6:ピレン内包会合体の形成]
蛍光プローブ法は、界面活性剤溶液の臨界ミセル濃度(CMC)を測定するための手法として従来から広く用いられてきた。界面活性剤水溶液に疎水的な蛍光分子を添加して励起すると、界面活性剤の濃度が薄い状態では溶液中に分散した蛍光分子から弱い蛍光が発せられる。一方、界面活性剤濃度がCMCを越えると、疎水性の蛍光分子は、界面活性剤の疎水基で囲まれたミセル内部(疎水性環境)に取り込まれ、強い蛍光を発する。本実験例では、蛍光プローブとしてピレンを用い、界面活性剤の代わりにペプチドを用い、ペプチド濃度の変化に伴う蛍光特性の変化を調べた。
1)ピレン(富士フイルム和光純薬社)を秤量し、80%エタノールを加えてボルテックスミキサーで溶解し、5mMのストック溶液を調製した。該ストック溶液を80%エタノールで500倍希釈して、10μMに調整した。一方、ペプチドはDMSOストック液をPBS(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社、BupH
(R) Phosphate Buffered Saline Packs)で希釈し、終濃度の10倍濃度の2倍希釈系列(2、1、0.5、0.25、0.125、0.0625mM)を調製した。
2)1.5mLチューブにPBS142.4μL、ペプチド溶液16μL(終濃度:0.2、0.1、0.05、0.025、0.0125、0.00625mM)、10μMピレン溶液1.6μL(終濃度0.1μM)を加え、ボルテックスミキサーで混和した。コントロールとしてPBS158.4μL、10μMピレン溶液1.6μLを加え、ボルテックスミキサーで混和した。その後、遮光し室温で24時間静置した。
3)反応溶液を150μLずつプレート(Non-Treated Black Polystyrene 96ウェルプレート(Corning 3694))の各ウェルに移した。コントロールとしてPBS150μLをウェルに添加した。プレートリーダー(TECAN社、SPARK
(R)マルチ検出モードマイクロプレートリーダー)で蛍光スペクトルをスキャンした(励起波長333nm、発光波長360-420nm)。ペプチド濃度(対数値)に対して、蛍光強度のピーク値(384nm)をプロットした。結果を
図5に示す。
【0083】
実施例1-1のペプチドにおいてペプチド濃度の増大に伴って蛍光強度が明らかに増大した。当該蛍光強度の増大はピレンを内包できる疎水的環境を提供するペプチド会合体が形成されたことを意味する。また、
図5のプロット図において、得られる2つの直線の交点(変曲点)の濃度を臨界凝集濃度(CAC)としたところ、実施例1-1のペプチドのCAC値は50μMであった。実施例1-2及び1-5のペプチドにおいて、0.1mMまではほぼ同等の蛍光強度であった。0.2mMにおいていずれのペプチドも蛍光強度の増加傾向が認められたものの、CAC値の決定は困難と判断した。
【0084】
[実験例7:ANS内包会合体の形成]
1)ANS(8-アニリノ-1-ナフタレンスルホン酸)(東京化成工業社)を秤量し、80%エタノールを加えて溶解し、5mMのストック溶液を調製した。該ストック溶液を80%エタノールで500倍希釈し、10μMに調整した。一方、ペプチドは実験例6と同様に2倍希釈系列の溶液(2、1、0.5、0.25、0.125、0.0625mM)を調製した。
2)1.5mLチューブにPBS142.4μL、ペプチド溶液16μL(終濃度:0.2、0.1、0.05、0.025、0.0125、0.00625mM)、10μM ANS溶液1.6μL(終濃度0.1μM)を加え、ボルテックスミキサーで混和した。コントロールとしてPBS158.4μL、10μM ANS溶液1.6μLを加えて混和した。その後、遮光し室温で1時間静置した。
3)反応溶液を150μLずつプレート(Non-Treated Black Polystyrene 96ウェルプレート(Corning 3694))の各ウェルに移した。コントロールとしてPBS150μLをウェルに添加した。プレートリーダー(TECAN社、SPARK
(R)マルチ検出モードマイクロプレートリーダー)で蛍光スペクトルをスキャンした(励起波長370nm、発光波長450-600nm)。ペプチド濃度(対数値)に対して、490nmにおける蛍光強度をプロットした。結果を
図6に示す。
【0085】
図6に示されるとおり、いずれのペプチドにおいてもペプチド濃度の増大に伴って蛍光強度が増大した。ANSは疎水環境下におかれると純水下に比べてその蛍光強度が著しく増大することから、ピレン同様プローブ分子として広く利用されている。当該蛍光強度の増大はANSを内包可能な疎水的環境を提供するペプチド会合体が形成されたことを意味する。ただし、
図5に示されるピレンの結果及びANSよりピレンの方がより疎水的であることを考慮すると、実施例1-2及び1-5のペプチド会合体が例えば0.1mMにおいて提示可能な疎水的環境は、ANSを内包できるものの、ピレンを内包できるほど疎水性が高い環境ではないと考察できる。また、
図6のプロット図において、得られる2つの直線の交点(変曲点)の濃度をCACとしたところ、いずれのペプチドについても、CAC値は50μMであった。
【0086】
実験例6及び7を通じ、動的光散乱法による粒子径測定だけではなく、蛍光プローブ法によっても、ペプチド会合体の形成が確認できた。また、会合体の形成能や提示可能な疎水的環境は、ペプチド配列に依存して変化し得ることがわかった。
【0087】
[実験例8:血中動態の評価]
表7に示す3種のフルオレセイン(FAM)標識ペプチドをユーロフィンジェノミクス株式会社から購入した。各ペプチド1mgをPBS4mLにそれぞれ溶解し、投与溶液とした(0.25mg/mL)。
なお、各ペプチドに関して、「GYSEWRKWEL」はIL-6Rに親和性を有することが確認されているペプチド配列であり、「HWRGWV」はイムノグロブリンのFc領域との親和性が報告されているペプチド配列であり(Journal of Chromatography A,1218,(2011),8344-8352等)、それぞれ標的結合部位として機能し得る。実施例3-1のペプチドは、表7において下線で示される疎水性領域(LLLLLLLGG)と、そのN末端側及びC末端側に位置し、いずれも当該疎水性領域よりも低い疎水性度を有する第1の親水性領域(GYSEWRKWE)及び第2の親水性領域(HWRGWV)を有する。実施例3-1および比較例2のペプチドは、水中で会合体を形成することが確認されている。
【0088】
【0089】
入荷検収後7日間以上の馴化期間を設けた後、Crl:CD1(ICR)マウス(雄性)(ジャクソン・ラボラトリー・ジャパン株式会社)18匹を3匹ずつ表8に記載の6群に分けて実験に供した。非絶食下のマウスに注射針を装着したシリンジを用いて投与溶液を尾静脈内に投与した(1mg/4mL/kg)。各個体の投与容量は投与当日に測定した体重から算出した。
投与終了後、表8に示す所定の採取時点において注射針を装着したヘパリン処理済シリンジを用いて、無麻酔下で頸静脈から約0.1mLの血液を採取した。なお、最終採取時点は、イソフルラン麻酔下で後大静脈から血液を全量採取した。採取した血液は、速やかにポリプロピレン製チューブに移して氷冷した。採取した血液全量を遠心分離(約10000×g,3分間,4℃)して、速やかに血漿サンプルを試料保存容器に分取し遮光した。血漿サンプルは測定まで凍結保存した(管理温度:約-80°C)。
【0090】
【0091】
凍結融解後の血漿サンプル(10μL)をPBS(90μL)で10倍希釈して、プレートリーダー(TECAN社、SPARK
(R)マルチ検出モードマイクロプレートリーダー)を用いて、その蛍光強度を測定した(励起波長495nm、発光波長520nm)。比較例1、比較例2、及び実施例3-1のそれぞれで作成した検量線から、ペプチドの血漿中濃度を算出した。得られた血漿中濃度を投与後時間に対して対数プロットし、最終採血時点を含む4時点を指数関数近似し(マイクロソフト社、エクセル)、その直線の傾きから消失半減期を計算した。結果を
図7及び表9に示す。
図7中、シンボルは平均値を表し、バーは標準偏差を表し、無い時はシンボル内である(n=3)。
【0092】
【0093】
図7及び表9から明らかなように、実施例3-1のペプチドは比較例1及び比較例2のペプチドに比べて静脈内投与後の半減期が顕著に延長されている。また、比較例1と比較例2とを比べると、比較例2の方が長い半減期を示した。このような血中滞留性の向上効果は会合体を形成するためにペプチドの見かけの分子量が増大したことによると考えられる。実施例3-1ではさらに、HWRGWVのペプチド配列が機能して血中に存在するイムノグロブリンのFc領域と相互作用したこと等の影響で比較例2より顕著に長い半減期を示すと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明の実施形態によるペプチド、ペプチド会合体、又はペプチド組成物は、例えば、DDSシステム、医薬組成物等において好適に用いられ得る。
【符号の説明】
【0095】
10 自己会合性ペプチド
12 疎水性領域
14 第1の親水性領域
16 第2の親水性領域
100 ペプチド会合体
【配列表】