(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-24
(45)【発行日】2025-01-08
(54)【発明の名称】腎疾患を治療又は予防するための還元型ニコチンアミドリボシド
(51)【国際特許分類】
A61K 31/706 20060101AFI20241225BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20241225BHJP
A23L 33/13 20160101ALI20241225BHJP
A23L 2/52 20060101ALI20241225BHJP
【FI】
A61K31/706
A61P13/12
A23L33/13
A23L2/00 F
A23L2/52
(21)【出願番号】P 2021568649
(86)(22)【出願日】2020-06-03
(86)【国際出願番号】 EP2020065332
(87)【国際公開番号】W WO2020245187
(87)【国際公開日】2020-12-10
【審査請求日】2023-05-25
(32)【優先日】2019-06-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】590002013
【氏名又は名称】ソシエテ・デ・プロデュイ・ネスレ・エス・アー
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100107456
【氏名又は名称】池田 成人
(74)【代理人】
【識別番号】100162352
【氏名又は名称】酒巻 順一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100140453
【氏名又は名称】戸津 洋介
(72)【発明者】
【氏名】カント アルヴァレス, カルレス
(72)【発明者】
【氏名】クリステン, ステファン
(72)【発明者】
【氏名】ジネール, マリア ピラール
(72)【発明者】
【氏名】ジルー‐ジェルベタン, ジュディス
(72)【発明者】
【氏名】モコ, ソフィア
(72)【発明者】
【氏名】バルトヴァ, シモナ
(72)【発明者】
【氏名】ミガード, マリー
【審査官】春日 淳一
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-516833(JP,A)
【文献】国際公開第2018/236814(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/011788(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K,A61P
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
腎疾患の予防及び/又は治療に使用するための
組成物であって、
前記組成物が、還元型ニコチンアミドリボシド
である1,4-ジヒドロ-1-β-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミドを含み、
前記腎疾患が急性腎障害又は慢性腎疾患である、組成物。
【請求項2】
前記腎疾患が急性腎障害である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
食品又は飲料製品、栄養補助食品、経口栄養補助食品(ONS)、医療食品、及びこれらの組み合わせからなる群から選択される、請求項1
又は2に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腎疾患及び状態の予防及び/又は治療の方法において使用するための還元型ニコチンアミドリボシドを含有する化合物及び組成物を提供する。本発明の一実施形態では、本発明の上記化合物及び組成物は、腎嚢胞の形成の減少、糸球体の膨張の減少、腎細胞のアポトーシスの減少、及び血中尿素窒素の増加の防止により、腎機能を改善する。本発明の別の実施形態では、本発明の化合物及び組成物は、急性腎障害(acute kidney injury、AKI)、慢性腎疾患、糖尿病性腎症、巣状分節状糸球体硬化症、ネフローゼ症候群、腎線維症、及び腎臓がんを予防及び/又は治療するための方法において使用され得る。
【背景技術】
【0002】
急性腎不全とも呼ばれる急性腎障害(AKI)は、一般的に、慢性腎不全(chronic kidney failure、CKD)よりも可逆的である。それにも関わらず、AKIは尚も死亡率が高く、慢性腎疾患(chronic kidney disease、CKD)発症の重要なリスク因子である。急性腎障害は、集中治療室(Intensive Care Unit、ICU)にいる患者において特に好発し、50%超が影響を受け死亡率及び罹患率の増大と関連する。
【0003】
CKDは、高血圧又は糖尿病などの長期にわたる疾患が原因となり時間をかけてよりゆっくりと発症し、腎臓にゆっくりと損傷を与え、その機能を徐々に低下させる。
【0004】
AKIは、依然として主要な健康負荷(health burden)であり、毎年1,300万人超の人々が罹患している。当該技術分野のあらゆる進歩にもかかわらず、AKIの死亡率は依然として極めて高く、成人では23.9%、小児では13.8%と推定されている(Alkhunaizi,2018)。未治療の場合、結果として生じるAKIの進行により、CKD又は末期腎疾患(end stage renal disease、ESRD)に至り得る。
【0005】
現在、AKIの予防は、体液、昇圧剤、及び変力薬を用いた時宜にかなった蘇生術により成し遂げられている。透析及び腎移植以外に、確実に生存期間を改善する、障害を制限する、又はCKDからの回復を亢進する、既知の介入治療は存在しない。
【0006】
したがって、新規化合物、組成物、及びAKI及びCKDを予防及び/又は治療する方法を用いて腎疾患、特にAKIに対処する、緊急の満たされていない必要性が存在する。
【0007】
[発明の概要]
本発明は、腎疾患を予防及び/又は治療する方法において使用するための化合物及び組成物を提供する。
【0008】
一実施形態では、組成物は、食品又は飲料製品、栄養補助食品、経口栄養補助食品(ONS)、医療食品、及びこれらの組み合わせからなる群から選択される。
【0009】
別の実施形態では、本発明は、対象において細胞内ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)を増加させる方法を提供し、本方法は、還元型ニコチンアミドリボシドを、NAD+生合成を増加させるのに有効な量で対象に投与することを含む投与することを含む本発明の化合物又は組成物を投与する工程を含む。
【0010】
更なる実施形態では、還元型ニコチンアミドリボシドは、NAD+生合成の前駆体としてNAD+生合成を増加させ、腎機能に1つ以上の利益を提供することができる。
【0011】
別の実施形態では、本発明は、還元型ニコチンアミドリボシドからなる組成物の単位剤形を提供し、単位剤形は、NAD+生合成を増加させるために有効量の還元型ニコチンアミドリボシドを含有する。
【0012】
本発明の1つ以上の実施形態の別の利点は、急性腎障害(AKI)、慢性腎疾患、糖尿病性腎症、巣状分節状糸球体硬化症、ネフローゼ症候群、並びに腎線維症及び腎臓がんを予防及び/又は治療するために、還元型ニコチンアミドリボシドを投与することを含む。
【0013】
還元型ニコチンアミドリボシドを投与することを含む、本発明の1つ以上の実施形態の別の利点は、腎嚢胞の形成を減少させることである。
【0014】
還元型ニコチンアミドリボシドを投与することを含む、本発明の1つ以上の実施形態の更に別の利点は、糸球体の膨張を減少させることである。
【0015】
還元型ニコチンアミドリボシドを投与することを含む、本発明の1つ以上の実施形態の更に別の利点は、腎細胞のアポトーシスを減少させることである。
【0016】
還元型ニコチンアミドリボシドを投与することを含む、本発明の1つ以上の実施形態の更に別の利点は、血中尿素窒素の増加を防ぐことである。
【0017】
還元型ニコチンアミドリボシドを投与することを含む、本発明の1つ以上の実施形態の更に別の利点は、AKIからCKDへの進行を減少させることである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
定義
本明細書に記載する全ての百分率は、別途記載のない限り、組成物の総重量によるものである。本明細書で使用するとき、「約」、「およそ」、及び「実質的に」は、数値範囲内、例えば、参照数字の-10%から+10%の範囲内、好ましくは-5%から+5%の範囲内、より好ましくは、参照数字の-1%から+1%の範囲内、最も好ましくは参照数字の-0.1%から+0.1%の範囲内の数を指すものと理解される。
【0019】
本明細書における全ての数値範囲は、その範囲内の全ての整数又は分数を含むと理解されるべきである。更に、これらの数値範囲は、この範囲内の任意の数又は数の部分集合を対象とする請求項をサポートすると解釈されたい。例えば、1~10という開示は、1~8、3~7、1~9、3.6~4.6、3.5~9.9などの範囲をサポートするものと解釈されたい。
【0020】
本発明及び添付の特許請求の範囲において使用されるとき、単数形「1つの」(「a」、「an」及び「the」)には、別段の指示がない限り、複数の参照物も含まれる。したがって、例えば、「1つの構成成分(a component)」又は「その構成成分(the component)」についての言及は、2つ以上の構成成分を含む。
【0021】
用語「含む(comprise)」、「含む(comprises)」、及び「含んでいる(comprising)」は、排他的なものではなく、他を包含し得るものとして解釈されるべきである。同様にして、用語「含む(include)」、「含む(including)」及び「又は(or)」は全て、このような解釈が文脈から明確に妨げられない限りは他を包含し得るものであると解釈される。しかしながら、本明細書に開示されている組成物は、本明細書において具体的に開示されていない要素を含まない場合がある。したがって、「含む/備える(comprising)」という用語を用いた実施形態の開示は、特定されている構成要素「を本質的に含む(consisting essentially of)」実施形態、及び「から構成される/を含む(consisting of)」実施形態の開示を含む。本明細書で開示される任意の実施形態は、本明細書で開示される任意の他の実施形態と組み合わせることができる。
【0022】
本明細書において使用する場合、用語「例」及び「例えば~など(such as)」は、その後に用語の列挙が続くときは特に、単に例示的かつ説明的なものにすぎず、排他的又は網羅的なものとみなされるべきではない。本明細書で使用するとき、別の状態「に関連する/伴う(associated with)」又は「と関連付けられる(linked with)」状態は、これらの状態が同時に起こることを意味し、好ましくは、これらの状態が同じ基礎症状によって引き起こされることを意味し、最も好ましくは、特定されている状態のうちの一方が他方の特定されている状態によって引き起こされることを意味する。
【0023】
用語「食品」、「食品製品」、及び「食品組成物」は、ヒトなどの個体による摂取が意図され、かかる個体に対して少なくとも1種の栄養素を提供する、製品又は組成物を意味する。食品製品は、典型的には、タンパク質、脂質、炭水化物のうちの少なくとも1つを含み、任意に1種以上のビタミン及びミネラルを含む。用語「飲料」又は「飲料製品」は、人間などの個体が経口摂取するものを意図し、個体に少なくとも1種の栄養素を提供する液体製品又は液体組成物を意味する。
【0024】
本明細書に記載されている多くの実施形態を含む本開示の組成物は、本明細書に開示されている要素、並びに本明細書に記載されている又は記載されていなくとも食生活において有用である任意の追加の又は任意選択の成分、構成成分又は要素を含む、それらから構成される(consist of)、又はそれらを本質的に含むことができる。
【0025】
本明細書で使用するとき、用語「単離された」は、単離されていない場合に、例えば自然界においてその化合物と一緒に見られ得る、1種以上の別の化合物又は成分から分けられていることを意味する。好ましくは、例えば「単離された」は、特定されている化合物が、自然界で典型的に一緒に見られる細胞材料の少なくとも一部から分離されていることを意味する。一実施形態では、単離された化合物は、任意の他の化合物を含まない。
【0026】
「予防」は、状態又は障害のリスク、発生率及び/又は重症度の低減を含む。「処置/治療(treatment)」、「処置する/治療する(treat)」及び「緩和すること(to alleviate)」という用語は、(標的とする病態又は障害の発症を予防する及び/又は遅らせる)予防用の(prophylactic)処置又は予防的な(preventive)処置と、診断された病態又は疾患を治癒させる、遅らせる、その症状を減弱する、かつ/又はその進行を止める治療的手段を含む、治癒的、治療的又は疾患修飾処置との両方;並びに疾患にかかるリスクを有する、又は疾患にかかったと推測される患者の処置に加えて、病気である、又は疾患若しくは医学的状態に罹患していると診断された患者の処置を含む。この用語は、必ずしも完治するまで対象が処置/治療されることを意味するものではない。「処置/治療」及び「処置/治療する」という用語はまた、疾患に罹患してはいないが不健康な状態を招きやすい可能性のある個体の健康を維持及び/又は促進することも指す。「処置/治療」、「処置/治療する」及び「緩和すること」という用語はまた、1つ以上の主たる予防的又は治療的手段の相乗作用、又は別の増強作用を含むことも意図している。「処置/治療」、「処置/治療する」及び「緩和すること」という用語は更に、疾患若しくは状態の、食事による管理(dietary management)、又は疾患若しくは状態の予防(prophylaxis若しくはprevention)のための、食事による管理を含むことも意図している。治療は患者に関連するものであってもよく、又は医師に関連するものであってもよい。
【0027】
本明細書で使用するとき、「単位剤形」という用語は、ヒト対象及び動物対象のための投与量単位として好適な物理的に小分けされた単位を指し、各単位は、薬学的に許容可能な希釈剤、担体、又はビヒクルとともに、所望の効果をもたらすのに十分な量の、所定量の本明細書に開示される組成物を含有する。単位剤形の仕様は、使用される具体的な化合物、達成しようとする効果、及びホスト体内の各化合物に関連する薬力学によって決まる。
【0028】
本明細書で使用するとき、「有効量」とは、欠乏を予防する、個体の疾患若しくは医学的状態を治療する、又はより一般的には、症状を軽減させる、疾患の進行を管理する、又は個体に対して栄養学的、生理学的若しくは医学的利益をもたらす、量である。相対用語「改善する」、「向上させる」、「増強する」、「促進する」などは、本明細書に開示される組成物、すなわち、還元型ニコチンアミドリボシドを含む組成物の、ニコチンアミドリボシドを含まないこと以外は同一である組成物と比較した効果を指す。本明細書で使用するとき、「促進すること」とは、本明細書に開示される組成物の投与前の値と比較して増強又は誘導することを指す。
【0029】
本明細書で使用するとき、「還元型ニコチンアミドリボシド」はまた、プロトン化ニコチンアミドリボシド、ジヒドロニコチンアミドリボシド、ジヒドロ-1-β-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミド、又は1-(β-D-リボフラノシル)-ジヒドロニコチンアミドとして既知であり得る。還元型ニコチンアミドリボシドの合成の説明は、実施例1に記載されている。プロトン化部位の位置は、異なる形態の「還元型ニコチンアミドリボシド」を生じさせることができる。例:1,4-ジヒドロ-1-β-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミド;1,2-ジヒドロ-1-β-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミド;及び1,6-ジヒドロ-1-β-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミド(Makarov and Migaud,2019)。
【0030】
「急性腎障害」(AKI)の分類は、尿量及び/又は血清クレアチニン基準に基づく。AKIの最も一般的に使用される分類は、「腎機能のリスク、障害、不全、喪失、及び末期腎疾患」(risk,injury,failure,loss of kidney function,and end-stage kidney disease、RIFLE)、並びに急性腎障害ネットワーク(Acute Kidney Injury Network、AKIN)分類である(Alkhunaizi,2018)。現在、AKIの定義における近年のコンセンサスでは、血清クレアチニン値の0.3mg/dL以上(26.4μmol/L以上)の上昇、血清クレアチニンの上昇率が50%以上である(ベースラインから1.5倍)、若しくは尿量の減少(6時間超にわたり0.5mL/kg/h未満の尿量減少を記録)、又はこれらの因子の組み合わせに基づく腎機能の急激な低下(48h以内)として定義されている(Alkunaizi,2018)。
【0031】
AKIの病態生理の原因となるいくつかの因子としては、腎微小血管系の損傷及び炎症が挙げられる。腎機能の恒常的な制御に必要なミトコンドリアのアデノシン三リン酸(ATP)、一酸化窒素(NO)、及び活性酸素種(ROS)の産生には十分な酸素送達が不可欠であるため、腎微小血管系は重要である。炎症、例えば敗血症に関連した炎症は、虚血に起因するAKIの病態生理において重要な役割を果たす。虚血に起因するAKIはサイトカイン及び炎症経路を活性化させて腎機能の低下を招き、腎障害、細胞死、及び長期の線維症を減少させる。
【0032】
「糖尿病性腎症」(Diabetic Nephropathy、DN)は、末期腎疾患(end-stage renal disease、ESRD)の最も一般的な原因であり、腎代替療法を必要とする患者における慢性腎疾患の主な原因である。糖尿病性腎症の発病には、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADPH)オキシダーゼ(Nox)を介した活性酸素種(ROS)の過剰な産生が関与している(Cao et al,2011)。
【0033】
「巣状分節状糸球体硬化症」(Focal segmental glomerulosclerosis、FSGS)は、特発性のステロイド抵抗性ネフローゼ症候群(steroid-resistant nephrotic syndrome、SRNS)及び末期腎疾患(end-stage kidney disease、ESKD)の主な原因である。FSGSは、HIV及び肥満のような異なる疾患プロセスに続発して起こり得る。
【0034】
「ネフローゼ症候群」は、血液から老廃物や過剰な水分を濾過する腎臓の小血管の損傷により引き起こされることが多い。この損傷により、身体は尿中のタンパク質を過剰に排出する。
【0035】
「腎線維症」は、障害後に腎臓の再生能力が制限されたことの直接的な結果である。腎瘢痕は結果として進行性の腎機能の低下をもたらし、最終的には末期腎不全となり、透析又は腎移植が必要となる。
【0036】
「腎臓がん」は腎細胞がんとしても知られており、最初は腎尿細管に発生して腫瘍形成を引き起こす。腎臓がんは、早期に発見された場合、外科的な治癒が良好になり得る。治療フェーズ中の化学療法における副作用は、NRH投与により改善され得る。
【0037】
「慢性腎疾患」(CKD)は疾患末期であり、早期に治療しなければ時間の経過とともに腎機能が完全に失われる結果となり得る。慢性腎疾患は、糖尿病、糸球体腎炎、又は高血圧などの他の疾患又は状態に続発して、発見されずに進行する場合が多いため、一般に、血清クレアチニン又は尿中タンパク質の増加としてのみ発見される。腎機能が低下するにつれて、尿素が蓄積し、高窒素血症及び最終的には尿毒症につながる。カリウムが血中に蓄積し、場合によっては高カリウム血症につながる。糸球体濾過の低下に続いて、リン酸塩の排出量減少が原因である高リン酸血症が起こる。高リン酸血症は、心血管リスクの増加と関連する。
【0038】
実施形態
本発明は、還元型ニコチンアミドリボシドを含む化合物及び組成物を提供する。本発明の別の態様は、還元型ニコチンアミドリボシドを含む組成物の単位剤形であり、単位剤形は、還元型ニコチンアミドリボシドを、細胞内NAD+の増加を必要とする対象において細胞内NAD+を増加させるのに有効な量で含有する。
【0039】
NAD+生合成の増加は、腎疾患の予防又は治療に関して、例えば、ヒト(例えば、医学的処置を受けているヒト)、ペット若しくはウマ(例えば、医学的治療を受けているペット若しくはウマ)、又はウシ若しくは家禽(例えば、農業で使用されているウシ若しくは家禽)などの個体に1つ以上の利点を提供することができる。
【0040】
げっ歯類などの非ヒト哺乳動物に関するいくつかの実施形態は、非ヒト哺乳動物の体重の1kg当たり1.0mg~1.0gの還元型ニコチンアミドリボシド、好ましくは10mg~500mgの還元型ニコチンアミドリボシド、より好ましくは25mg~400mgの還元型ニコチンアミドリボシド、最も好ましくは50mg~300mgの還元型ニコチンアミドリボシドを提供する量の組成物を投与することを含む。
【0041】
ヒトに関するいくつかの実施形態は、ヒトの体重1kg当たり、1.0mg~10.0gの還元型ニコチンアミドリボシド、好ましくは10mg~5.0gの還元型ニコチンアミドリボシド、より好ましくは50mg~2.0gの還元型ニコチンアミドリボシド、最も好ましくは100mg~1.0gの還元型ニコチンアミドリボシドを提供する量の組成物を投与することを含む。
【0042】
いくつかの実施形態では、還元型ニコチンアミドリボシドの少なくとも一部は、天然の植物素材から単離される。追加的に又は代替的に、還元型ニコチンアミドリボシドの少なくとも一部は、化学合成することができる。例えば、以下の実施例1により化学合成することができる。
【0043】
本明細書で使用するとき、「還元型ニコチンアミドリボシドを本質的に含む組成物」は、還元型ニコチンアミドリボシドを含有し、「還元型ニコチンアミドリボシド」以外のNAD+産生に影響を及ぼす任意の追加の化合物を含まない、又は実質的に含まない、又は全く含まない。特定の非限定的な実施形態では、組成物は、還元型ニコチンアミドリボシド、及び1種の添加物、又は1種以上の添加物を含む。
【0044】
いくつかの実施形態では、還元型ニコチンアミドリボシドを本質的に含む組成物は、ニコチンアミドリボシドなどの別のNAD+前駆体を任意に実質的に含まない、又は全く含まない。
【0045】
本明細書で使用するとき、「実質的に含まない」は、組成物中に存在する他の化合物のいずれもが、還元型ニコチンアミドリボシドの量に対して1.0重量%以下、好ましくは還元型ニコチンアミドリボシドの量に対して0.1重量%以下、より好ましくは還元型ニコチンアミドリボシドの量に対して0.01重量%以下、最も好ましくは還元型ニコチンアミドリボシドの量に対して0.001重量%以下であることを意味する。
【0046】
本発明の別の態様は、細胞内NAD+の増加を必要とする哺乳動物において細胞内NAD+を増加させる方法であり、哺乳動物に、NAD+の生合成を向上させるのに有効な量の還元型ニコチンアミドリボシドを本質的に含む又は当該化合物を含む組成物を投与する工程を含む。本方法は、細胞及び組織の生存並びに全体的な細胞及び組織の健康を改善するために、細胞及び組織における、例えば、腎細胞及び組織における、細胞内NAD+値の増加を促進することができる。
【0047】
ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)は、コエンザイムであり、かつ細胞のエネルギーを生成する酸化還元反応における必須補因子であると考えられる。NADHのNAD+への酸化は、ヒドリドの移動を促進し、結果としてミトコンドリア酸化的リン酸化によるATP生成を促進するため、エネルギー代謝において重要な役割を果たす。また、複数の酵素の分解基質としても機能する(Canto,C.et al.2015;Imai,S.et al.2000;Chambon,P.et al.1963;Lee,H.C.et al.1991)。
【0048】
哺乳類生物は、異なる4つの原料からNAD+を合成することができる。第1に、NAD+は、10段階のデノボ経路を介してトリプトファンから得ることができる。第2に、ニコチン酸(NA)はまた、3段階Preiss-Handler経路を介してNAD+に変換することができ、これはデノボ経路に収束する。第3に、ニコチンアミド(NAM)からの細胞内NAD+サルベージ経路は、細胞がNAD+を構築する主要経路を構成し、NAMが最初にNAM-ホスホリボシルトランスフェラーゼ(NAMPT)の触媒活性を介してNAM-モノヌクレオチド(NMN)に変換され、次にNMNアデニリルトランスフェラーゼ(NMNAT)酵素を介してNAD+に変換される2段階反応によって発生する。最後に、ニコチンアミドリボシド(NR)は、NRキナーゼ(NRK)によるNRのNMNへの初期リン酸化を特徴とする、NAD+への第4の経路を構成する(Breganowski,P.et al.;2004)。
【0049】
トリプトファン、ニコチン酸(NA)、ニコチンアミド(NAM)、ニコチン酸リボシド(NaR)、及びニコチンアミドリボシド(NR)という5つの分子がそのまま細胞外NAD+前駆体として働くことが以前から知られている。本発明は、細胞外NAD+前駆体、還元型ニコチンアミドリボシド(NRH)として機能することができる新規分子を開示する。NR分子のNRHへの還元は、細胞内NAD+値を増加させる能力が非常に強力であるだけでなく、その細胞使用に関して選択性が異なってもいる。
【0050】
本発明は、NAD+前駆体として機能することができる新規分子、すなわちNRHに関する。この還元型NRは、NAD+の増加に関し無類の能力を示し、ニコチンアミドリボシド(NR)よりも強力及び即効性であるという利点を有する。NRHは、NRKとは独立して、NRとは異なる経路を利用してNAD+を合成する。本発明は、NRHが血漿中における分解に対して保護されており、経口投与後の循環血液中において検出され得ることを実証する。本発明のこれらの利点は、その治療有効性を裏付ける。
【0051】
本方法は、還元型ニコチンアミドリボシドを本質的に含む、又は還元型ニコチンアミドリボシドを含む有効量の組成物を、個体に投与する工程を含む。
【0052】
本明細書に開示される組成物及び方法のそれぞれにおいて、組成物は、好ましくは、食品添加物、食品成分、機能性食品、ダイエタリーサプリメント、医療食品、栄養食品、経口栄養補助食品(ONS)、又は栄養補助食品を含む食品又は飲料製品である。
【0053】
組成物は、1週間に少なくとも1日、好ましくは1週間に少なくとも2日、より好ましくは1週間に少なくとも3日若しくは4日(例えば、1日おき)、最も好ましくは1週間に少なくとも5日、1週間に6日、又は1週間に7日、投与してよい。投与期間は、少なくとも1週間、好ましくは少なくとも1カ月間、より好ましくは少なくとも2カ月間、最も好ましくは少なくとも3カ月間、例えば、少なくとも4カ月間であり得る。いくつかの実施形態では、投与は、少なくとも毎日であり、例えば、対象は、1日当たり1回以上の投与、一実施形態では1日当たり複数回の投与を受け得る。いくつかの実施形態では、投与は、個体の残りの寿命にわたって継続される。別の実施形態では、投与は、医学的状態について検出可能な症状がなくなるまで行われる。具体的な実施形態において、投与は、少なくとも1つの症状について検出可能な改善が見られるまで行われ、更なる場合においては、寛解を維持するために継続される。
【0054】
本明細書に開示される組成物は、経腸的に、例えば経口的に、又は非経口的に対象に投与されてもよい。非経口投与の非限定的な例としては、静脈内、筋肉内、腹腔内、皮下、関節内、滑液嚢内、眼内、髄腔内、局所、及び吸入によるものが挙げられる。したがって、組成物の形態の非限定的な例としては、自然食品、加工食品、天然果汁、濃縮物及び抽出物、注射液、マイクロカプセル、ナノカプセル、リポソーム、硬膏、吸入形態、点鼻スプレー、点鼻液、点眼液、舌下錠、及び持続放出性製剤が挙げられる。
【0055】
本明細書に開示される組成物には、治療目的での投与のための様々な製剤のいずれかを使用することができる。より詳細には、医薬組成物は、適切な薬学的に許容可能な担体又は希釈剤を含むことができ、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、軟膏剤、液剤、坐剤、注射剤、吸入剤、ゲル剤、マイクロスフェア、及びエアゾール剤などの固体、半固体、液体又は気体形態の製剤として処方され得る。したがって、組成物の投与は、経口、頬側、直腸内、非経口、腹腔内、皮内、経皮、及び気管内投与を含む様々な方法で達成することができる。活性薬剤は、投与後に全身性のものであってもよく、又は局所投与の使用、壁内投与の使用、若しくは埋め込み部位において有効用量を保持するように作用する埋入物(インプラント)の使用によって局在化させてもよい。
【0056】
医薬剤形では、化合物は、薬学的に許容可能な塩として投与されてもよい。これらはまた、別の薬学的に活性な化合物と適切に関連させて使用してもよい。以下の方法及び添加物は、単なる例示であり、決して限定するものではない。
【0057】
経口製剤では、化合物は、単独で使用することができ、又は、錠剤、散剤、顆粒剤若しくはカプセル剤を製造するための適切な添加剤と組み合わせて、例えば、乳糖、マンニトール、トウモロコシデンプン、若しくはバレイショデンプンなどの従来の添加剤と;結晶セルロース、セルロース機能性誘導体、アラビアゴム、トウモロコシデンプン又はゼラチンなどの結合剤と;トウモロコシデンプン、バレイショデンプン、又はカルボキシメチルセルロースナトリウムなどの崩壊剤と;タルク又はステアリン酸マグネシウムなどの滑沢剤と;及び所望であれば、希釈剤、緩衝剤、湿潤剤、保存剤及び香味物質と組み合わせて、使用することができる。
【0058】
化合物は、水性又は非水性溶剤中に、例えば、植物油若しくは他の類似の油、合成脂肪族酸グリセリド、高級脂肪族酸のエステル又はプロピレングリコールなどに、また所望であれば、可溶化剤、等張化剤、懸濁化剤、乳化剤、安定化剤、及び保存剤などの従来の添加剤と一緒に、溶解、懸濁又は乳化することによって、注射用の製剤として処方することができる。
【0059】
化合物は、吸入により投与されるエアゾール製剤において利用することができる。例えば、化合物は、ジクロロジフルオロメタン、プロパン、及び窒素などの加圧された許容可能な噴射剤中に配合することができる。
【0060】
更に、化合物は、乳化基剤又は水溶性基剤などの様々な基剤と混合することによって坐剤として製造することができる。化合物は、坐剤によって直腸内に投与することができる。坐剤は、ココアバター、カーボワックス、及びポリエチレングリコールなどの、体温では融解するが室温では凝固するビヒクルを含むことができる。
【0061】
シロップ剤、エリキシル剤、及び懸濁剤などの経口又は直腸内投与用の単位剤形が提供されてもよく、各投与量単位、例えば、小さじ1杯、大さじ1杯、錠剤又は坐剤は、規定量の組成物を含有する。同様に、注射又は静脈内投与用の単位剤形は、滅菌水、生理食塩水又は別の薬学的に許容可能な担体による溶液としての組成物中に化合物を含んでもよく、各投与量単位、例えばmL又はLは、化合物のうちの1つ以上を含有する組成物を規定量含有する。
【0062】
非ヒト動物を対象とする組成物としては、動物の必要栄養量を補給する食品組成物、動物用トリート(例えば、ビスケット)、及び/又はダイエタリー・サプリメントが挙げられる。組成物は、ドライ組成物(例えば、キブル)、セミモイスト組成物、ウェット組成物、又はそれらの任意の混合物であってよい。一実施形態では、組成物は、グレイビー、飲料水、飲料、ヨーグルト、粉末、顆粒、ペースト、懸濁液、噛むもの(chew)、一口で食べるもの(morsel)、トリート、スナック、ペレット、丸薬、カプセル、錠剤、又は他の適切な送達形態のものなどのダイエタリーサプリメントである。ダイエタリーサプリメントは、高濃度のUFA及びNORCと、ビタミンB類及び抗酸化物質とを含み得る。これにより、かかる栄養補助食品を動物に少量投与することが可能になり、あるいは動物に投与する前に希釈することができる。ダイエタリーサプリメントは、動物に投与する前に、水又は他の希釈剤と混合する必要がある場合があり、又は混合することができる。
【0063】
参照文献
Alkhunaizi,A.2018,Ch.2-Acute Kidney Injury,in「Aspect of Continuous Renal Replacement Therapy」,2018,pgs.1-29,Intech Open。
Bieganowski,P.and C.Brenner,2004.Discoveries of nicotinamide riboside as a nutrient and conserved NRK genes establish a Preiss-Handler independent route to NAD+ in fungi and humans.Cell.117(4):495-502。
Canto,C.,K.J.Menzies,and J.Auwerx,2015.NAD(+) Metabolism and the Control of Energy Homeostasis:A Balancing Act between Mitochondria and the Nucleus.Cell Metab.22(1):31-53。
Cao,Zemin;Cooper,Mark E.2011,Pathogenesis of Diabetic Neuropathy;Journal of Diabetes Investigation,Vol.2,Issue 1,pgs.243-247。
Chambon,P.,J.D.Weill,and P.Mandel,1963.Nicotinamide mononucleotide activation of new DNA-dependent polyadenylic acid synthesizing nuclear enzyme.Biochem Biophys Res Commun.1139-43。
Imai,S.,C.M.Armstrong,M.Kaeberlein,and L.Guarente,2000.Transcriptional silencing and longevity protein Sir2 is an NAD-dependent histone deacetylase.Nature.403(6771):795-800。
Lee,H.C.and R.Aarhus,1991.ADP-ribosyl cyclase:an enzyme that cyclizes NAD+ into a calcium-mobilizing metabolite.Cell Regul.2(3):203-9。
Makarov,M.and M.Migaud,2019.Syntheses and chemical properties of β-nicotinamide riboside and its analogues and derivatives.Beilstein J.Org.Chem.15:401-430。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【
図1】酸化(NR)型及び還元(NRH)型のニコチンアミドリボシドの化学構造 1:1-b-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミド塩 2:1,4-ジヒドロ-1-b-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミド 3:1,2-ジヒドロ-1-b-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミド 4:1,6-ジヒドロ-1-b-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミド X
-:アニオン(例えば、トリフレート)
【
図2】用量反応実験により、NRHは、NRよりも有意にNAD+を増加させ得ることが明らかになった。 10μMの濃度から開始し、NRHは、50倍高濃度のNRで達したものと同様の細胞内NAD+値の増加を達成した。NRHは、およそミリモルの範囲でNAD+合成に対する最大効果を達成し、細胞内NAD+値を10倍超増加させるよう作用した。
【
図3】NHRは、処理から5分後に速やかに作用する。NRHでの処理後5分以内にNAD+値の有意な増加が観察されたことから、NRHの作用も非常に速かった。NAD+の最高値は、処理後45分~1時間で達成された。
【
図4】NRHは、アデノシンキナーゼ依存経路を介してNAD+生合成をもたらす。AML12細胞をアデノシンキナーゼ阻害剤(5-IT;10mM)で1時間処理した後、記載の用量でNRH処理した。次に、1時間後に酸抽出物を得てNAD
+値を測定した。図中の全ての値は、3回の独立した実験の平均+/-SEMとして表す。
*は、それぞれのビヒクル処理群に対するp<0.05での統計的差異を示す。
【
図5】NRHは、肝臓、筋肉、及び腎臓における経口活性NAD+前駆体である。8週齢のC57BL/6NTacマウスに、生理食塩水(ビヒクルとして)、NR(500mg/kg)、又はNRH(500mg/kg)のいずれかを経口投与した。1時間後、肝臓、骨格筋、腎臓のNAD
+値を評価した。全ての結果は、グループ当たりn=5マウスの平均+/-SEMとして表す。
*は、生理食塩水で処理したマウスに対するp<0.05での統計的差異を示す。#は、NR処理マウスに対するp<0.05での統計的差異を示す。
【
図6】NRHは、シスプラチン誘導性の腎臓のNAD
+枯渇を防ぐ。8週齢のC57BL/6NTacマウスに、生理食塩水(対照)又はシスプラチン(Cisp、20mg/kg)のいずれかを腹腔内注射した。同時に、マウスにPBS(ビヒクルとして)又はNRH(250mg/kg)を腹腔内注射した。実験開始から24時間後、48時間後、及び72時間後にPBS又はNRHを注射した。最後の注射から4時間後にマウスの腎臓を摘出し、質量分析法により腎臓におけるNAD+値を分析した。全ての結果は、グループ当たりn=5マウスの平均+/-SEMとして表す。
*は、対応する生理食塩水処理マウスに対するp<0.05での統計的差異を示す。
【
図7】NRHは、シスプラチン誘導性の急性腎障害における血中尿素窒素値を減少させる。8週齢のC57BL/6NTacマウスに、生理食塩水(対照)又はシスプラチン(Cisp、20mg/kg)のいずれかを腹腔内注射した。同時に、実験開始から24時間後、48時間後、及び72時間後に、マウスにPBS(ビヒクルとして)又はNRH(250mg/kg)を腹腔内注射した、又は注射しなかった。最後の注射から4時間後にマウスを屠殺し、血漿を回収して、血中尿素窒素値を測定した。全ての結果は、グループ当たりn=5マウスの平均+/-SEMとして表す。
*は、対応する生理食塩水処理マウスに対するp<0.05での統計的差異を示す。
【
図8】NRHは、急性腎障害のモデルにおける尿中の尿素値を回復させる。8週齢のC57BL/6NTacマウスに、生理食塩水(対照)又はシスプラチン(Cisp、20mg/kg)のいずれかを腹腔内注射した。同時に、マウスにPBS(ビヒクルとして)又はNRH(250mg/kg)を腹腔内注射した、又は注射しなかった。24時間後に尿を回収し、NMRによって尿素値を評価した。全ての結果は、グループ当たりn=5マウスの平均+/-SEMとして表す。
*は、対応する生理食塩水処理マウスに対するp<0.05での統計的差異を示す。
【
図9】NRHは、シスプラチン誘導性の腎細胞アポトーシスを防ぐ。8週齢のC57BL/6NTacマウスに、生理食塩水(対照)又はシスプラチン(Cisp、20mg/kg)のいずれかを腹腔内注射した。同時に、マウスにPBS(ビヒクルとして)又はNRH(250mg/kg)を腹腔内注射した、又は注射しなかった。その後、実験開始から24時間後、48時間後、及び72時間後にPBS又はNRHを注射した。最後の注射から4時間後にマウスを屠殺し、腎臓をOCTで固定して、切断型カスパーゼ3に対する免疫組織化学的検査に使用した。次いで、マウス1匹当たり10枚の画像、1グループ5匹のマウスを使用して、総エリアに対して切断型カスパーゼ3の染色を定量した。全ての結果は、平均+/-SEMとして表す。
*は、対応する生理食塩水処理マウスに対するp<0.05での統計的差異を示す。
【
図10】NRHは、シスプラチン誘導性のERストレス及びアポトーシスを防ぐ。8週齢のC57BL/6NTacマウスに、生理食塩水(対照)又はシスプラチン(Cisp、20mg/kg)のいずれかを腹腔内注射した。同時に、マウスにPBS(ビヒクルとして)又はNRH(250mg/kg)を腹腔内注射した、又は注射しなかった。その後、実験開始から24時間後、48時間後、及び72時間後にPBS又はNRHを注射した。最後の注射から4時間後、腎臓を入手してmRNAを分離し、腎機能障害(TGF-b1)、糸球体機能障害(フィブロネクチン)、アポトーシス(BAX)、及びERストレス(BIP)のマーカーをqPCRで分析した。全ての値は、グループ当たりn=4マウスの平均+/-SEMとして表す。
*は、対応するビヒクル注射マウスに対するp<0.05での統計的差異を示す。#は、対応する対照群のマウスに対するp<0.05での統計的差異を示す。
【
図11】NRHは、投与後のマウス組織においてインタクトであることが判明している。8週齢のC57BL/6NTacマウスに、生理食塩水(ビヒクルとして)、及びNRH(250mg/kg)のいずれかを経口投与した。2時間後、肝臓、骨格筋、腎臓のNRH値を評価した。全ての結果は、LC-MS分析によるシグナル下の領域として、組織の総タンパク質量で補正された、グループ当たりn=4マウスの平均+/-SEMとして表される。
【実施例】
【0065】
実施例1:還元型ニコチンアミドリボシド(NRH)の合成
還元型ニコチンアミドリボシド(NRH)は、以下に示すように、ピリジニウム塩(例えば、トリフレート)をジヒドロピリジン(1,2-、1,4-、及び1,6-ジヒドロピリジン)に還元することにより、NR(1)から得た。
【0066】
【化1】
1:1-b-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミド塩
2:1,4-ジヒドロ-1-β-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミド
3:1,2-ジヒドロ-1-β-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミド
4:1,6-ジヒドロ-1-β-D-リボフラノシル-3-ピリジンカルボキサミド
X
-:アニオン(例えば、トリフレート)
【0067】
水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)及び亜ジチオン酸ナトリウム(Na2S2O4)を、N-置換ピリジニウム誘導体の還元剤として使用した。還元剤の位置選択性は異なり、1つのジヒドロピリジンのみ、又は3つの異性体全ての異なる割合(2,3,4)での混合物のいずれかになる。
【0068】
3位及び5位に電子求引性置換基を有するピリジニウム塩のジチオネート還元により、ほぼ独占的に1,4-ジヒドロピリジン生成物が得られた。酸性媒体中での還元生成物の不安定性のために、還元は温和な条件(例えば、重炭酸ナトリウム水溶液又はリン酸水素二カリウム水溶液の媒体中で)で行われた。還元を行うために、リボフラノース部分中のヒドロキシル基をベンジル置換基又はアセチル置換基のいずれかで保護した。還元後に、ボールミル条件下で、水酸化ナトリウムのメタノール溶液によって脱保護した。
【0069】
実施例2:生体サンプル中のNRH及び他のNAD+関連代謝産物の測定
メタノール:水:クロロホルムが5:3:5(v/v)である混合物を使用した冷温液-液抽出(cold liquid-liquid extraction)を用いることで、生体サンプル中のNRH及び他のNAD関連代謝産物の値を取得し、そこから、親水性相互作用超高速液体クロマトグラフィー質量分析(ultra-high performance liquid chromatography mass spectrometry、UHPLC-MS)の分析用に極性相を回収した。UHPLCは、バイナリポンプ、冷却オートサンプラ、及びカラムオーブン(DIONEX Ultimate 3000 UHPLC + Focused、Thermo Scientific)で構成し、加熱エレクトロスプレーイオン化(H-ESI)ソースを備えたトリプル四重極分光計(TSQ Vantage、Thermo Scientific)に接続した。各サンプルのうち2μLを、35℃で操作するプレカラム(2.1mm×20mm、200Å HILICON iHILIC(登録商標)Fusion(P)Guard Kit)によって保護した分析カラム(2.1mm×150mm、5μm孔径、200Å HILICON iHILIC(登録商標)-Fusion(P))に注入した。移動相(pH9の10mM酢酸アンモニウム、A、及びアセトニトリル、B)を、有機溶媒を減少させる直線勾配(0.5~16分、90~25%B)で0.25mL/分の流速で送液し、その後、合計実行時間30分の再平衡化を行った。MSは、多重反応モニタリング(multiple reaction monitoring、MRM)を用いて3500Vのポジティブモードで作動させた。ソフトウェアXcalibur v4.1.31.9(Thermo Scientific)を、機器の制御、データの取得、及び処理に使用した。保持時間及び質量の検出は、標準物質(authentic standards)によって確認した。
【0070】
生体試験に使用したNRHの構造の確認は核磁気共鳴(NMR)によって行った。
【0071】
実施例3:NRHは強力なNAD+前駆体である
AML12肝細胞をNRHで処理したところ、細胞内NAD+を増加させるNRHの能力はNRの能力よりも優れていることが観察された。
【0072】
用量反応実験により、NRHは、10μMの濃度でNAD+値を有意に増加させ得ることが明らかになった(
図2)。このような比較的低用量でさえ、NRHは、50倍高濃度のNRで達したものと同様の細胞内NAD+値の増加を達成した。NRHは、およそミリモルの範囲でNAD+合成に対する最大効果を達成し、細胞内NAD+値を10倍超増加させるよう作用したた。
【0073】
NRHでの処理後5分以内にNAD+値の有意な増加が観察されたことから、NRHの作用も非常に速かった(
図3)。NAD+の最高値は、NRと同様、処理後45分~1時間で達成された。
【0074】
NRHがNAD+を強力に増加させる能力を、他の細胞型モデルにおいても同様に試験した。NRH処理は、C2C12筋管、INS1細胞、及び3T3線維芽細胞のNAD+値を大幅に上昇させ、NRH代謝が様々なタイプの細胞間で広く保存されているという考えを裏付けた。
【0075】
実施例4:NRH誘導NAD+合成の経路
この経路では、NRHがNMNHに変換され、次にNADHに変換され、最終的にNAD+に酸化される。したがって、NRH及びNMNHは、NRH処理の5分後以降に細胞内で検出され得るが、NR処理では検出されない。興味深いことに、NRH処理により、細胞内NR及びNMNの、NRそのものによって生じるものよりも大きい増加が得られた。このことからNRHは酸化を受けてNRになり、正規のNRK/NMNAT経路を使用することによりNAD+を合成できる可能性がある。
【0076】
NRHがNAD+を合成する正確な経路を理解するために、最初に、NRHが平衡型ヌクレオシドトランスポーター(ENT)によって細胞内に輸送され得るかを評価した。この可能性を確認したところ、NRHは、S-(4-ニトロベンジル)-6-チオイノシン(NBTI)などのENT介在性輸送を遮断する試剤の存在下で、細胞外NAD+前駆体としての能力が大幅に低下した。それにもかかわらず、ENTの遮断後もNRHの実質的な作用が残っていたことから、NRHが他のトランスポーターを介して細胞内に移動できる可能性があることが示唆された。
【0077】
NRHの作用は、NAMPT阻害剤であるFK866を使用した実験ではNAMPTに依存しなかった。NRHがNMNHの形成を介してNAD+合成を生じさせた場合、この仮定経路ではNRHのNMNHへのリン酸化が必要になる。NRリン酸化におけるNRK1の本質的で律速的な役割から、本発明者らは、NAD+値を高めるNRHの能力はNRK1に依存するものであるのかという疑問を持った。この疑問を解消するために、本発明者らは、対照マウス又はNRK1ノックアウト(NRK1KO)マウスのいずれかに由来する初代肝細胞においてNRHの作用を評価した。1時間の処理後、NRはNRK1KO由来の初代肝細胞のNAD+値を増加させることはできず、NRHの作用はNRK1の欠乏による影響を受けなかった。これらの結果は、NRHの作用がNRK1に依存しないことを示している。更に、NRHにより誘導されたNAD+輸送がNRHのNRへの酸化によって駆動される可能性を除外する。
【0078】
NRHの分子構造を考慮して、本発明者らは、代替となるヌクレオシドキナーゼがNRHのリン酸化に関与している可能性があると考えた。この予想を確認したところ、アデノシンキナーゼ(AK)阻害剤5-ヨードツベルシジン(5-IT)は、NRHの作用を完全に取り除いた。NRH介在性NAD+合成におけるAKの役割は、2種類目の構造的に異なるAK阻害剤としてBT-702を使用して確認した。AKが阻害されると、NRHが効果的に細胞内に移動したとしてもNMNH、NADH、及びNAD+の生成が完全に鈍化することが、メタボロミクス分析により更に確認された。興味深いことに、5-IT処理は、NRH処理後のNR及びNMNの生成も防止した。
【0079】
この防止は、NRH処理後のNRの生成は、NRHのNRへの細胞内酸化に単純に起因するものではないことを示す。全体として、これらの実験は、NRHのNMNHへの変換を触媒することによりNAD+への変換を開始する酵素活性から、アデノシンキナーゼを説明する。
【0080】
フォローアップ工程として、NMNAT酵素はNMNHからNADHへの変換を触媒する可能性がある。したがって、NMNAT阻害剤としてガロタンニンを使用すると、NRH処理後のNAD+合成が大きく損なわれた。更に、NRHを最大用量で使用した場合、NRHの作用の一部は、ガロタンニン処理後に残存した。しかしながら、NRHの作用は、最大用量以下のガロタンニンによって完全に遮断され、0.5mMで残存している効果は、ガロタンニンによるNMNAT活性の阻害が不完全であることに起因する可能性があることを示唆している。同様に、これらの結果は、アデノシンキナーゼ及びNMNATが、NRHがNADHを介してNAD+合成をもたらす経路を脊椎動物化(vertebrate)することを示す。
【0081】
実施例5:IP注射後の循環血液中にNRHが検出可能である
NAMへのNRの分解は、当該分子の薬理学的有効性の制限になるものと考えられてきた。NRHもNAMへの分解を受けやすいかを評価するために、単離したマウス血漿にNRH又はNRを添加した。2時間のインキュベート後、NAM値の増加と並行して、血漿中のNR値が低下した。対照的に、値が2時間のテスト中に一定を保ったことから、NAMはNRHからは生成されなかった。また、他のマトリックスでNRHの安定性を試験した。培養細胞での以前の実験を踏まえて、本発明者らは、NRの場合に生じるように、NRHがFBS添加培地でNAMに分解されないことを確認した。最後に、本発明者らは、水中(pH=7、室温)で48時間のNRH安定性も証明した。
【0082】
上記の結果は、NRHがin vivoで効果的なNAD+前駆体として作用できるかどうかを試験することを促した。このために、本発明者らは、最初にNR又はNRH(500mg/kg)のいずれかをマウスに腹腔内(IP)注射した。1時間後、両方の化合物が肝臓(
図5)、筋肉、腎臓のNAD+値を増加させた。予想通り、NAM値はNR投与時の循環血液中に高度に増加したが、NRHでは非常に穏やかな増加しか観察されなかった。重要なことに、NRHはIP注射後の循環血液中に検出された。
【0083】
驚いたことに、NRは、NRH処理後に、NR注射そのものの後に検出された値よりもはるかに高い値で循環血液中に検出された。単離血漿におけるNRHインキュベートがNR生成を生じさせなかったことを考えると、NRの出現は、細胞内産生と循環血液への放出の結果によるものである可能性がある。同様に、単離血漿においてNRHをインキュベートしたときにはNAMレベルが有意に変化しなかったことから、NRH処理後に残存NAMが出現するのは、放出されたNRの分解によって、又はNAD+の分解産物としての細胞内NAMの放出によって説明される可能性がある。
【0084】
実施例6:NRHは生物学的に利用可能なNAD+前駆体の経口投与後に検出可能であり血漿中での直接分解を克服する
NRHの経口投与は、IP投与後に観察された結果と非常に類似した結果をもたらした。まず、NRHは肝臓のNAD+値に対してNRよりも強力な効果を有した。NRHは、経口投与の1時間後に血漿中に検出された。対照的に、NR値は、NR投与後1時間では検出できなかった。予想通り、NR処理は循環血液中のNAMの大幅な増加をもたらし、この増加はNRH処理後に観察されたものよりも約4倍高かった。定量的測定によると、強制経口投与後、血漿中のNRH濃度は11.16±1.74マイクロモルに達し、NAD+合成を効果的に促進するのに十分であることが明らかになった。これらの結果は、NRHが、血漿中でのNAMへの直接分解を克服する、強力であり経口で生物学的に利用可能なNAD+前駆体であることを示す。
【0085】
実施例7:NRHは、シスプラチン誘導性の急性腎障害を防ぐ
急性腎障害(AKI)のモデルにおけるNRHの潜在的な治療的作用を評価するため、8週齢のマウスにビヒクル又はシスプラチン(20mg/kg)のいずれかを注射した。次いで、シスプラチン注射の0時間後、24時間後、48時間後、及び72時間後に、ビヒクル又はNRH(250mg/kg)のいずれかをマウスに繰り返し注射した。最後のNRH注射の4時間後に腎臓を摘出した。
【0086】
シスプラチン処理により、腎臓のNAM及びメチル-NAM値の増加と並行して、NAD
+(
図6)及びNADH値が減少した。これはまた、尿中のメチル化-酸化NAM代謝産物である、N-メチル-2-ピリドン-5-カルボキサミド(Me2PY)又はN-メチル-4-ピリドン-5-カルボキサミド(Me4PY)の値にも反映されていた。これらの結果は、おそらくPARP酵素の活性化により、シスプラチンがNAD
+のNAMへの分解速度を増加させることを示唆している。NRHを補給すると、シスプラチンにより誘導される腎臓のNAD
+及びNADH値低下が防がれた。本発明者らは、NRHを補給した4時間後、腎臓中のNAD
+値がより高くなるという観察結果は得なかった。より短い時間枠でNAD
+の増加が確認されたことから、この結果は、シスプラチン誘導性のDNA損傷によりNAD
+が持続的に消費されると、腎臓におけるNAD
+の代謝回転がいくぶん高くなることに起因し得る。興味深いことに、NRHにより、腎臓におけるメチル-NAM値並びに尿中のMe2PY及びMe4PY値が更に増加した。この増加は、NRHはNAD
+産生を維持でき、更にNAD
+消費酵素を活性化できることを示している。PARP活性は、NRHで処理したシスプラチンマウスにおいてより高かった。全体として、これらのデータは、シスプラチンの遺伝毒性作用が、NAD
+値の低下によりPARP活性が制限され得るポイントまでPARPの活性化及びNAD
+の枯渇をもたらすということを示している。NRHを補給すると、NAD
+値を保つことで、NAD
+消費酵素の活性を維持することができる。
【0087】
NRH注射はまた、シスプラチンに関連する腎損傷により引き起こされる血液尿素窒素(blood urea nitrogen、BUN)の増加を緩和した(
図7)。同時に、NRH処理時には尿中の尿素値が高くなった。これは、腎機能が良くなったことを更に示唆するものである(
図8)。組織学値では、NRH処理をしても、腎臓の超微細構造において大きな変化は全く起こらなかった。シスプラチン処理により、尿細管壊死の増加、糸球体の膨張、炎症、及び円柱形成を始めとする、腎臓構造の著しい変化が引き起こされた。これらの特徴は、NRH処理により、腎臓円柱の存在の大幅な減少を含む大部分が防止された(
図9)。これに一致して、NRHはまた、糸球体機能障害(フィブロネクチン)、アポトーシス(BAX)、及びERストレス(BIP)のメーカーにおけるシスプラチン誘導性の増加も防止した(
図10)。これは、シスプラチンにより誘導されるTGF-β1の発現量増加を防止するNRHの能力によるものであり得る。TGF-β1は腎臓においてアポトーシス及び線維化を誘発する重要な原因物質であり、どちらも腎疾患発症の決定的な因子である。
【0088】
実施例8:NRHは、経口投与後、肝臓、腎臓、及び筋肉においてインタクトで見られる。
NRHは循環血液中に見られるだけでなく、強制投与の2時間後にマウスの肝臓、腎臓、筋肉にもインタクトで高値で見られた(
図11)。これは、NRHの経口投与により標的組織における効率的な生体内分布が可能となることを示す。