(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-25
(45)【発行日】2025-01-09
(54)【発明の名称】非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みを低減する方法
(51)【国際特許分類】
C12P 21/02 20060101AFI20241226BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20241226BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20241226BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20241226BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20241226BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20241226BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20241226BHJP
【FI】
C12P21/02 E
C12N1/15 ZNA
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12M1/00 D
C12P21/02 Z
C12N15/09 Z
(21)【出願番号】P 2021535567
(86)(22)【出願日】2019-12-10
(86)【国際出願番号】 EP2019084504
(87)【国際公開番号】W WO2020126700
(87)【国際公開日】2020-06-25
【審査請求日】2022-10-21
(32)【優先日】2018-12-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】397056695
【氏名又は名称】サノフィ-アベンティス・ドイチュラント・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング
(73)【特許権者】
【識別番号】509156387
【氏名又は名称】テヒーニィシエ ウニヴェルジテート ベルリン
(74)【代理人】
【識別番号】100127926
【氏名又は名称】結田 純次
(74)【代理人】
【識別番号】100140132
【氏名又は名称】竹林 則幸
(72)【発明者】
【氏名】ペーター・ハウプトマン
(72)【発明者】
【氏名】アンヘル・コルコレス・ガルシア
(72)【発明者】
【氏名】クラウス・トビアス・ラッテマン
(72)【発明者】
【氏名】アルネ・マッツェン
(72)【発明者】
【氏名】ペーター・ノイバウアー
【審査官】松原 寛子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2005/038017(WO,A2)
【文献】国際公開第2007/103521(WO,A2)
【文献】MICROBIOLOGY,米国,2007年12月,VOL:76, NR:6,PAGE(S):712-718
【文献】Appl Microbiol Biotechnol,2010年,Vol.85,p.491-506
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 21/00
C12N 1/00
C12N 5/10
C12M 1/00
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物宿主細胞において目的の組換えポリペプチドを産生する方法であって、
(a)目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される1つの酵素活性が、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、前記微生物宿主細胞において上昇するように改変された微生物宿主細胞に導入する工程、および
(b)前記微生物宿主細胞において、目的の前記ポリペプチドを発現させる工程
を含み、
ここで、前記微生物宿主細胞は大腸菌細胞であり、そして、
前記アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)は、アセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムIIおよび/またはアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムIIIの活性を上昇させることにより上昇する、前記方法。
【請求項2】
産生された目的のポリペプチドは、改変されていない微生物宿主細胞における発現によって産生されたポリペプチドと比較して、非正準分枝鎖アミノ酸の低い誤取り込みを示す、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
方法は、細胞からのポリペプチドの単離、およびポリペプチドの精製をさらに含む、請求項1または2のいずれか1項に記載の方法。
【請求項4】
精製は、非正準分枝鎖アミノ酸を含まないポリペプチドの濃縮を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記酵素活性は、前記酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを前記微生物宿主細胞に導入して発現させることによって上昇する、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記微生物宿主細胞は、前記酵素活性を有する内因性ポリペプチドを発現していない、請求項1~5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
目的のポリペプチドは治療用のペプチドまたはポリペプチドである、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドおよび/または前記酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、誘導性プロモーターに動作可能に連結されている、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
微生物宿主細胞で発現させた目的の組換えポリペプチドへの、少なくとも1つの非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みを低減する方法であって、
(a)ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される1つの酵素活性を微生物宿主細胞において上昇させること、
(b)前記微生物宿主細胞に目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを導入すること、および
(c)前記微生物宿主細胞において目的の前記ポリペプチドを発現させること
を含み、
ここで、前記微生物宿主細胞は大腸菌細胞であり、そして、
前記アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)は、アセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムIIおよび/またはアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムIIIの活性を上昇させることにより上昇する、前記方法。
【請求項10】
少なくとも1つの非正準分枝鎖アミノ酸は、ノルバリン、ノルロイシンおよびβ-メチルノルロイシンから選択される、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される1つの酵素活性を有するポリペプチ
ド、または
、前記ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの、微生物宿主細胞で産生される目的の組換えポリペプチドへの少なくとも1つの非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みを低減するため
の使用であって、
ここで、前記微生物宿主細胞は大腸菌細胞であり、そして、
前記アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性を有するポリペプチドは、アセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムIIポリペプチドまたはアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムIIIポリペプチドである、前記使用。
【請求項12】
目的の組換えポリペプチドを産生するための微生物宿主細胞の使用であって、微生物宿主細胞は、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群
から選択される1つの酵素活性が、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、前記微生物宿主細胞において上昇するように改変された、微生物宿主細胞であって、
ここで、前記微生物宿主細胞は大腸菌細胞であり、そして、
前記アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)は、アセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムIIおよび/またはアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムIIIの活性を上昇させることにより上昇する、前記使用。
【請求項13】
酵素活性は調節されている、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法、または請求項11もしくは12に記載の使用。
【請求項14】
目的のポリペプチドはプロインスリンである、請求項1~10および13のいずれか1項に記載の方法、または請求項11、12もしくは13に記載の使用。
【請求項15】
微生物宿主細胞であって、
(a)目的のポリペプチドをコードする組換えポリヌクレオチド、および
(b)ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される1つの酵素活性を有するポリペプチドをコードする組換えポリヌクレオチド
を含み、
ここで、前記微生物宿主細胞は大腸菌細胞であり、そして、
前記アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性を有するポリペプチドは、アセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムIIポリペプチドまたはアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムIIIポリペプチドである、前記微生物宿主細胞。
【請求項16】
バイオリアクターであって、請求項15に記載の微生物宿主細胞を含む前記バイオリアクター。
【請求項17】
バイオリアクターは少なくとも10Lの体積を有する、請求項16に記載のバイオリアクター。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物宿主細胞において目的の組換えポリペプチドを産生する方法であって、(a)目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性が、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、前記微生物宿主細胞において調節される(上昇するなど)ように改変された微生物宿主細胞に導入すること、および(b)前記微生物宿主細胞において、目的の前記ポリペプチドを発現させること、を含む方法に関する。さらに、本発明は、微生物宿主細胞で発現させた目的の組換えポリペプチドへの、少なくとも1つの非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みを低減する方法に関する。さらに本発明によって、(a)目的のポリペプチドをコードする組換えポリヌクレオチド、および(b)酵素活性を有するポリペプチドをコードする組換えポリヌクレオチドを含む微生物宿主細胞、が想定される。
【背景技術】
【0002】
大腸菌(Escherichia coli(E.coli))などの微生物宿主において組換えタンパク質を発現させることは、インスリンなどの組換え治療用タンパク質を製造するための標準的技術となっている。現在では、大腸菌などの微生物細胞で産生された様々なバイオ医薬品が市販されている。
【0003】
しかし、組換えタンパク質を過剰に発現させると、微生物宿主にストレスを与えることが知られており、その結果、タンパク質のミスフォールディングや、望まないアミノ酸の取り込みがよく生じる。変化したタンパク質は、生物活性の変化、タンパク質分解や免疫原性に対する感受性の増加、などの望ましくない特性を示す場合がある。特に、組換えインスリンなどの医薬品は均質で純粋でなければならないため、組換えタンパク質へのアミノ酸の誤取り込みは問題となる。そのため、誤取り込みされたアミノ酸を含む組換えタンパク質を生産物から取り除く必要がある。
【0004】
分枝鎖アミノ酸(BCAA)は、非直鎖状の分子構造を持つアミノ酸である。BCAAは、分枝した脂肪族側鎖を有し、すなわち中心の炭素原子が3つ以上の炭素原子と結合している。ロイシン、イソロイシン、およびバリンは、いわゆるタンパク質原性または正準BCAAである。正準BCAA以外にも、非正準BCAAまたは非タンパク性原性BCAAが存在する。そのような非正準BCAA(ncBCAA)は、ノルロイシン、ノルバリン、ホモイソロイシン、およびβ-メチルノルロイシンである。
【0005】
ノルロイシンやノルバリンなどの非正準分枝鎖アミノ酸(ncBCAA)は、大腸菌で発現させた組換えタンパク質内で、ロイシンやメチオニンの代わりにそれぞれ誤って取り込まれることが報告されている(非特許文献1;非特許文献2)。ncBCAAの合成と蓄積は、BCAA生合成経路に関与するleuおよびilvオペロンにコードされた酵素のα-ケト酸に対する特異性が低いことに起因する。いくつかの研究により、leuABCDオペロンにコードされているロイシン生合成経路の酵素が、ノルロイシンのような非正準分枝鎖アミノ酸の産生に重要であることが示されている。正準モードでは、ロイシン経路の酵素は、α-ケトイソバレレートをα-ケトイソカプロエートに変換する;つまり、炭素数5のα-ケト酸に炭素1個の付加を引き起こすことを意味する。さらに、ロイシン生合成経路は非常に幅広い基質特異性を持つことも示されており、その酵素は様々なα-ケト酸に作用することができる。例えば、ロイシン経路の酵素は、α-ケトバレレートを、ノルロイシンの前駆体であるα-ケトカプロエートに変換することもできる。
【0006】
アミノアシルtRNAシンテターゼ(aaRS)の混乱状態により、非正準分枝鎖アミノ酸(ncBCAA)の新生組換えタンパク質への誤取り込みが生じる。タンパク質合成の正確さは、aaRSが適切な正準アミノ酸を対応するtRNAに装填する能力にかかっている(例えば、非特許文献3、によって概説されている)。このような正確さは、多くの非正準アミノ酸、特にそれらの正準アミノ酸と構造的に類似したncBCAAによって損なわれる可能性がある(非特許文献4)。例えば、ロイシルtRNAシンテターゼ(leuRS)は、ロイシンと非正準の対応するノルバリンとを区別しなければならず、その違いは1つのメチル基だけである(非特許文献1)。メチオニルtRNAシンテターゼ(metRS)も同様であり、メチオニンとノルロイシンとを識別する必要があり(非特許文献5)、イソロイシルtRNAシンテターゼ(ileRS)は、イソロイシンとβ-メチルノルロイシンを区別する必要がある(非特許文献6)。例えば、ミネラル塩培地で大腸菌を培養し、メチオニンが制限されている場合、ノルロイシンはメチオニルトランスファーRNA上でアシル化され、続いてメチオニンコドンが翻訳されるたびに組換えタンパク質に取り込まれる。
【0007】
組換えタンパク質産生のための様々な発現システムが利用可能であり、組換えタンパク質生産を向上させるための培養条件の採用が報告されているが、オーバーフロー代謝の可能性や、不要なアミノ酸の目的の組換えタンパク質への誤取り込みの問題はまだ解決されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Apostol I.ら、1997、Incorporation of norvaline at leucine positions in recombinant human hemoglobin expressed in Escherichia coli. Journal of Biological Chemistry 272.46:28980~28988
【文献】Tsaiら、(1988)、Control of misincorporation of de novo synthesized norleucine into recombinant interleukin-2 in E. coli. Biochemical and biophysical research communications、156(2):733~739
【文献】Reitzら、2018、Synthesis of non-canonical branched-chain amino acids in Escherichia coli and approaches to avoid their incorporation into recombinant proteins. Curr Opin Biotechnol、10月;53:248~253
【文献】Martinis SA、 Fox GE. Non-standard amino acid recognition by Escherichia coli leucyl-tRNA synthetase. Nucleic Acids Symp Ser.1997;36:125~128
【文献】Kiick,K.L.ら、2001、Identification of an expanded set of translationally active methionine analogues in Escherichia coli. FEBS Letters、502(1~2)、25~30
【文献】Muramatsu,R.ら、2003、Finding of an isoleucine derivative of a recombinant protein for pharmaceutical use. Journal of pharmaceutical and biomedical analysis、31(5)、979~987
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
異種組換えタンパク質への非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みが起こる条件や、そのような誤取り込みを効率的に防ぐ方法は完全には解明されていない。そのため、非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みのない組換えポリペプチドの産生方法が強く望まれている。
【0010】
本発明の根底にある技術的課題は、上述の要望を満たすための手段と方法を提供することであると考えられる。この技術的課題は、特許請求の範囲および本明細書で特徴づけられた実施形態によって解決される。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、微生物宿主細胞において目的の組換えポリペプチドを産生する方法であって、
(a)目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性が、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、前記微生物宿主細胞において調節される(上昇するなど)ように改変された微生物宿主細胞に導入する工程、および
(b)前記微生物宿主細胞において、目的の前記ポリペプチドを発現させる工程
を含む方法に関する。
【0012】
さらに、本発明は、微生物宿主細胞で発現させた目的の組換えポリペプチドへの、少なくとも1つの非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みを低減する方法であって、
(a)ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性を微生物宿主細胞において調節する(上昇させるなど)こと、
(b)前記微生物宿主細胞に目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを導入すること、および
(c)前記微生物宿主細胞において、目的の前記ポリペプチドを発現させること
を含む前記方法に関する。
【0013】
微生物宿主細胞であって、
(a)目的のポリペプチドをコードする組換えポリヌクレオチド、および
(b)ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性を有するポリペプチドをコードする組換えポリヌクレオチド
を含む微生物宿主細胞、が本発明によってさらに想定される。
【0014】
本発明の微生物宿主細胞を含むバイオリアクターが、本発明によってさらに想定される。一部の実施形態では、バイオリアクターは、少なくとも10Lの体積を有する。
【0015】
さらに、本発明は、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性を有するポリペプチドの使用、または微生物宿主細胞で産生される目的の組換えポリペプチドへの少なくとも1つの非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みを低減するための前記ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの使用、に関する。
【0016】
最後に、本発明は、目的の組換えポリペプチドを産生するための微生物宿主細胞の使用であって、微生物宿主細胞は、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性が、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、前記微生物宿主細胞において調節されるように改変された、微生物宿主細胞の使用、に関する。
【0017】
本発明の方法、使用、または微生物宿主細胞の一実施形態では、微生物宿主細胞は、前記酵素活性を有する内因性ポリペプチドを発現していない。したがって、前記酵素活性を有するポリペプチドをコードする内因性の、すなわち天然に存在するポリヌクレオチドは、微生物宿主細胞において欠失している、すなわちノックアウトされている。
【0018】
本発明の方法、使用、または微生物宿主細胞の一実施形態では、目的のポリペプチドは、プロインスリン、インスリンまたはインスリンアナログのような治療用ポリペプチドである。
【0019】
本発明の方法、使用、または微生物宿主細胞の一実施形態では、目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドおよび/または前記酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、誘導性プロモーターに動作可能に連結されている。
【0020】
本発明の方法、使用、または微生物宿主細胞の一実施形態では、微生物宿主細胞は、大腸菌細胞である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】ミニプロインスリンを発現するpSW3_lacI
+のプラスミドマップの図である。プラスミドpSW3_lacI
+は、アンピシリンに対する耐性を付与し、IPTG誘導性プロモーターの制御下で11kDaの組換えタンパク質(ミニプロインスリン)を発現する。プラスミドは、lacI
+プロモーターバリアントの制御下にあるリプレッサーLacIも共発現している。Snapgene(登録商標)で作成した。
【
図2】フラグメント1を含む16ABZ5NP_1934177のプラスミドマップの図である。Snapgene(登録商標)で作成した。
【
図3】pCP20のプラスミドマップの図である。Snapgene(登録商標)で作成した。
【
図4】ori2およびその要素(repE、sopA、sopB、sopC)を含むpETcoco1のプラスミドマップの図である。Snapgene(登録商標)で作成した。
【
図5】アラビノースで調整可能なプラスミドpACG_araBADのプラスミドマップの図である。ori2とその要素(repE、sopA、sopB、sopC)が含まれており、細胞あたり1コピーのプラスミドを保証している。プラスミドはクロラムフェニコールに対する耐性を付与する。外因性遺伝子は、NheIおよびNotI酵素を用いた制限クローニングによってクローニングすることができる。クローン化された遺伝子は、アラビノースプロモーターの制御下にある。AraCはアラビノースプロモーターの活性化に必要であり、プラスミド中にも存在する。複製起点、抗生物質耐性マーカー、プロモーター領域の交換を可能にするために、追加のユニークな制限部位(SmiI、XhoI、XmaJI、MssI)が存在する。Snapgene(登録商標)で作成した。
【
図6】アラビノースで調整可能なプラスミドpACG_araBAD_ilvIHのプラスミドマップの図である。このプラスミドは、元のpACG_araBADプラスミドにilvIH遺伝子をNheIとNotIの酵素で制限クローニングした結果である。このプラスミドは、培地にアラビノースを添加することにより、ilvIH遺伝子の発現を制御することができる。Snapgene(登録商標)で作成した。
【
図7】本研究で野生型大腸菌に行った遺伝子改変の図である。ゲノムDNAは、特定の遺伝子をノックアウトしたもの(遺伝子A)を含む。この遺伝子の発現をL-アラビノースで制御できるのは、この遺伝子を含む調整可能な発現プラスミド(pACG_araBAD_geneA)の存在によるものである。さらに、プラスミドpSW3_lacI
+はミニプロインスリンを発現しており、ncBCAAの誤取り込みをテストすることができる。
【
図8】pKD46のプラスミドマップの図である。Snapgene(登録商標)で作成した。
【
図9】pKD3のプラスミドマップの図である。Snapgene(登録商標)で作成した。
【
図10】pKD4のプラスミドマップの図である。Snapgene(登録商標)で作成した。
【
図11】標準条件(STD)と、ncBCAAの蓄積を誘発する条件、すなわちピルビン酸パルスと酸素制限(PYR-O2)とで、15Lリアクターで異なる大腸菌培養を誘導した後、細胞内可溶性タンパク質画分に存在するノルバリン(A)、ノルロイシン(B)、β-メチルノルロイシン(C)のモル濃度をOD
600nmで規格化して経時的に算出した図である。凡例に示すように、「WT大腸菌」は野生型の大腸菌K-12 BW25113 pSW3_lacI
+株を表し、「ilvGM調整可能大腸菌」は大腸菌K-12 BW25113 pSW3_lacI
+ pACG_araBAD_ilvGM株を示し、「ilvIH調整可能大腸菌」は大腸菌K-12 BW25113 ΔilvIH pSW3_lacI
+ pACG_araBAD_ilvIH株に対応している。矢印は、1g/Lピルビン酸パルスと5分間の酸素制限を組み合わせた時点を示す。
【
図12】標準条件(STD)と、ncBCAAの蓄積を誘発する培養条件、すなわちピルビン酸パルスと酸素制限(PYR-O2)とで、15Lリアクターで異なる大腸菌培養を誘導した後、封入体画分に存在するノルバリン(A)およびノルロイシン(B)のモル濃度をOD
600nmで規格化して経時的に算出した図である。凡例に示すように、「WT大腸菌」は野生型の大腸菌K-12 BW25113 pSW3_lacI
+株を表し、「ilvGM調整可能大腸菌」は大腸菌K-12 BW25113 pSW3_lacI
+ pACG_araBAD_ilvGM株を示し、「ilvIH調整可能大腸菌」は大腸菌K-12 BW25113 ΔilvIH pSW3_lacI
+ pACG_araBAD_ilvIH株に対応している。矢印は、1g/Lピルビン酸パルスと5分間の酸素制限を組み合わせた時点を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
上述したように、本発明は、微生物宿主細胞において目的の組換えポリペプチドを産生する方法に関する。方法は、(a)目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを、本明細書の他の箇所に記載される酵素活性が、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、前記微生物宿主細胞において調節されるように改変された微生物宿主細胞に導入すること、および(b)前記微生物宿主細胞において目的の前記ポリペプチドを発現させることを含む。
【0023】
本発明にしたがって、目的の組換えポリペプチドは、微生物宿主細胞で産生されるものとする。本明細書で使用される「組換えポリペプチド」という用語は、遺伝子操作されたポリペプチドを表す。したがって、産生されるポリペプチドは、微生物宿主細胞に対して異種でなければならず、これは宿主細胞が目的のポリペプチドを天然には発現しないことを意味する。したがって、「異種」という用語は、ポリヌクレオチド/ポリペプチドが微生物宿主細胞に天然には存在しないことを意味する。
【0024】
本発明の好ましい実施形態では、産生される目的の組換えポリペプチドは、治療用ポリペプチドである。
【0025】
特に、目的の組換えポリペプチドが、抗体またはその抗原結合フラグメント、酵素、受容体、分泌タンパク質、融合タンパク質、またはホルモン、特にペプチドホルモン(インスリン、またはその前駆体であるプロインスリンなど)であることが想定される。
【0026】
好ましい実施形態では、目的の組換えポリペプチドは、抗体またはその抗原結合フラグメントである。抗体は、好ましくは、多重特異性抗体、ヒト抗体、ヒト化抗体、キメラ抗体、および一本鎖抗体から選択される。好ましくは、抗体の抗原結合フラグメントは、Fabフラグメント、Fab’フラグメント、F(ab’)2フラグメント、scFvフラグメント、およびFvフラグメントからなる群から選択される。例えば、抗原結合フラグメントはF(ab’)2フラグメントである。
【0027】
別の好ましい実施形態では、目的の組換えポリペプチドは、プロインスリンまたはインスリンである。インスリンは、ランゲルハンス島から天然に分泌されるペプチドホルモンであり、炭水化物および脂肪の代謝の調節、特にグルコースのグリコーゲンへの変換において機能する。インスリンは、天然に存在するインスリン、特にヒトインスリン、または天然に存在するインスリンのアナログ、特にヒトインスリンのアナログである場合がある。したがって、「インスリン」という用語は、天然に存在するインスリンおよびそのアナログを包含する。インスリンアナログは、天然に存在するものとは異なるが、血糖コントロールの観点からヒトインスリンと同じ作用を行うために人体が利用できるインスリンの変化した形態である。好ましくは、インスリンアナログは、インスリンリスプロ、インスリンアスパルト、インスリングルリジン、インスリンデテミル、およびインスリングラルギンから選択される。
【0028】
その他の目的の組換えポリペプチドは、ヒルジン、ソマトトロピン、インターロイキン2などのインターロイキン、またはヘモグロビンである。
【0029】
目的の組換えポリペプチドは、少なくとも1つのイソロイシン残基、少なくとも1つのロイシン残基、および/または少なくとも1つのメチオニン残基を含むものと理解されるべきである。
【0030】
一実施形態では、目的の組換えポリペプチドは、ロイシンリッチポリペプチドである。例えば、ポリペプチドの少なくとも5%、少なくとも10%、または少なくとも15%またはすべてのアミノ酸はロイシン残基である。例えば、目的の組換えポリペプチドは、96アミノ酸の長さを有し、14個のロイシン残基を含む場合がある。あるいは、目的の組換えポリペプチドは、44アミノ酸の長さを有し、8個のロイシン残基を含む場合がある。あるいは、目的の組換えポリペプチドは、52アミノ酸の長さを有し、6個のロイシン残基を含む場合がある。
【0031】
別の実施形態では、目的の組換えポリペプチドは、イソロイシンリッチポリペプチドである。例えば、ポリペプチドの少なくとも5%、少なくとも10%、または少なくとも15%またはすべてのアミノ酸はイソロイシン残基である。
【0032】
別の実施形態では、目的の組換えポリペプチドは、メチオニンリッチポリペプチドである。例えば、ポリペプチドの少なくとも5%、少なくとも10%、または少なくとも15%またはすべてのアミノ酸はメチオニン残基である。
【0033】
特に、インスリンのアナログは、インスリングラルギンである。インスリングラルギンは、長時間作用型の基本インスリンアナログである。インスリングラルギンは、非病原性の実験室株である大腸菌(K12)を生産生物として用いた組換えDNA技術によって産生される。A鎖のA21位のアスパラギン残基をグリシンに置換し、B鎖のC末端(B31位および32位)に2つのアルギニン残基を付加したヒトインスリンのアナログである。得られたタンパク質は、pH4で可溶であり、生理的pH7.4で微小沈殿物を形成する。少量のインスリングラルギンは、微小沈殿物からゆっくりと放出されるため、薬物に長い作用時間(最大24時間)を付与し、顕著なピーク濃度を示さない。Lantus(登録商標)の名称で販売されている。インスリングラルギンのCAS登録番号は160337-95-1である。
【0034】
目的の組換えポリペプチドは、好ましくは、形質転換されていない状態の生物で発現されるポリペプチドではない。また、好ましくは、選択マーカーとして発現しているポリペプチドではない(すなわち、抗生物質に対する耐性のような抵抗性を細胞に付与しないポリペプチドである)。さらに、好ましくは、レポーターポリペプチド(蛍光ポリペプチドまたはGUSポリペプチドなど)として発現されるポリペプチドではない。
【0035】
本発明の方法の一実施形態では、目的の組換えポリペプチド、および本明細書で言及される酵素活性を有するポリペプチドが共発現している。このように、目的の組換えポリペプチドは、本発明の方法に関連して本明細書で言及されるような酵素活性を有するポリペプチドではない。好ましくは、目的のポリペプチドをコードする組換えポリヌクレオチド、および本明細書で言及されるような酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、同じプラスミド上に存在しない。したがって、それらは異なるプラスミドから発現されることが想定される。このように、ポリペプチドは異なるDNA分子に含まれる。
【0036】
本発明にしたがって、目的のポリペプチドをコードする組換えポリヌクレオチドを、本明細書で定義した微生物宿主細胞に導入し、前記微生物宿主細胞で前記目的の組換えポリペプチドを発現させることにより、目的の組換えポリペプチドが産生される。
【0037】
好ましくは、目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、発現プラスミド、すなわち、前記ポリヌクレオチドの発現を可能にするプラスミドに含まれる。同じことが、本明細書の別の場所で定義される酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドにも当てはまる。ポリヌクレオチドを発現させるために、前記ポリヌクレオチドはプロモーターに動作可能に連結されている。本明細書で使用される「動作可能に連結された」という用語は、プロモーターが前記ポリヌクレオチドの転写を開始することができるような、プロモーターと発現すべきポリヌクレオチドとの間の機能的連結を表す。好ましいプロモーターは、本明細書の他の箇所に記載されている。
【0038】
発現プラスミドは、さらなる要素を含んでいてもよい。好ましくは、プラスミドは、微生物宿主細胞の選択を可能にする選択可能なマーカー遺伝子をさらに含む。例えば、アンピシリン、クロラムフェニコール、カナマイシン、またはテトラサイクリンのような抗生物質への耐性を付与する遺伝子であることができる。
【0039】
さらに、プラスミドが、微生物宿主細胞内でのプラスミドの複製を可能にするレプリコンを含むことが想定される。好ましい実施形態では、本発明の方法に関連して本明細書に記載された酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを含むプラスミドのコピーが、微生物宿主細胞内に1つだけ存在する。したがって、微生物宿主細胞における前記プラスミドのコピー数は1とする。これは、細胞あたりのプラスミドのコピー数が1であることを保証するori2およびその要素repE、sopA、sopB、およびsopCの存在によって達成される場合がある。対照的に、目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、中コピーまたは高コピーのプラスミド上に存在する場合がある。
【0040】
微生物宿主細胞にポリヌクレオチドを導入する方法は、当技術分野でよく知られている。好ましくは、前記ポリヌクレオチドは、形質転換によって微生物宿主細胞に導入される。形質転換とは、生物が異種ポリヌクレオチドまたは組換えポリヌクレオチドを獲得するプロセスである。一実施形態では、微生物宿主細胞の形質転換は、塩化カルシウムのような二価の陽イオンを使用して宿主細胞の膜の透過性を高め、宿主細胞を化学的にコンピテントにして、それによって組換えポリヌクレオチドの取り込みの可能性を高める。別の実施形態では、ポリヌクレオチドはエレクトロポレーションによって宿主細胞に形質転換される。さらに、ポリヌクレオチドは、宿主細胞に、すなわち宿主細胞の染色体に、安定的に導入される場合がある。
【0041】
微生物宿主細胞は、好ましくは細菌である。より好ましくは、微生物宿主細胞は、大腸菌細胞である。大腸菌は、グラム陰性のガンマプロテオバクテリア綱である。K-12株とB株という2つの分離株の子孫は、分子生物学ではツールとしてもモデル生物としても日常的に使用されている。好ましくは、大腸菌細胞は、K12株の大腸菌細胞である。好ましくは、大腸菌細胞株は、大腸菌K12BW25113である(Grenier、2014、Genome Announc.9月~10月;2(5):e01038~14を参照)。
【0042】
ncBCAAの誤取り込みは、枯草菌(B.subtilis)または霊菌(S.marcescens)のような他の細菌でも発生するので、本発明は大腸菌に限定されるものではない。
【0043】
本発明によれば、目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、微生物宿主細胞に導入されるものとする。前記微生物宿主細胞は、本明細書の他の箇所に記載される酵素活性が、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、前記微生物宿主細胞において調節されている(上昇しているなど)ように改変されているものとする。したがって、本発明の方法は、(工程a)、すなわち導入工程の前に)ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される調節された酵素活性を有する微生物宿主細胞を提供するまたは得る工程をさらに含む場合がある。この特定の方法では、前記酵素活性は、改変されていない微生物宿主細胞と比較して調節されているものとする。あるいは、本発明の例示的な方法は、工程a)の前に、微生物宿主細胞において上記のような酵素活性を調節する工程を含む場合がある。
【0044】
本発明の一実施形態において、「酵素活性を調節する」という用語は、(対照または未改変の酵素活性と比較して)酵素活性を上昇させることを表す。別の実施形態では、この用語は、(対照または未改変の酵素活性と比較して)酵素活性を低下させることを表す。
【0045】
ポリペプチドの酵素活性を上昇させる方法は、当技術分野でよく知られている。例えば、酵素活性を有するポリペプチドを変異させて、その活性を上昇させることができる(例えば、酵素設計または酵素工学によって)。
【0046】
本発明の一実施形態では、本明細書で言及する酵素活性は、目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドが導入された微生物宿主細胞において上昇する。好ましくは、酵素活性は、改変されていない微生物宿主細胞における対応する酵素活性と比較して、少なくとも10%上昇する。より好ましくは、酵素活性は、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、少なくとも20%、さらに好ましくは少なくとも30%、さらに好ましくは少なくとも50%上昇する。一実施形態では、酵素活性は、少なくとも100%、または別の実施形態では、少なくとも150%上昇する。さらに、酵素活性は20%~300%、例えば50%~200%上昇することが想定される。一実施形態では、酵素活性は、前記酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを過剰発現させることによって上昇する。
【0047】
本発明の一実施形態では、本明細書で言及する酵素活性は、目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドが導入された微生物宿主細胞において低下する。好ましくは、酵素活性は、改変されていない微生物宿主細胞における対応する酵素活性と比較して、少なくとも10%低下する。より好ましくは、酵素活性は、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、少なくとも20%、さらに好ましくは少なくとも30%、さらに好ましくは少なくとも50%低下する。一実施形態では、酵素活性は、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、少なくとも80%低下する。しかし、酵素活性は完全にノックアウトされないことが想定される。例えば、宿主細胞は、改変されていない微生物宿主細胞の酵素活性の少なくとも5%、少なくとも10%、または少なくとも20%を保持している可能性がある。このように、酵素活性は20%~80%低下する可能性がある。あるいは、酵素活性は30~70%低下する可能性がある。一実施形態では、前記酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの発現を阻害するアンチセンスRNAによって、酵素活性が低下する。このように、アンチセンスRNAは、標的遺伝子に相補的であるべきである。
【0048】
特定の実施形態では、改変されていない微生物宿主細胞は、野生型の細胞であってもよい。特定の実施形態では、改変されていない微生物宿主細胞は、改変されているものと同じ株である。例えば、改変されていない微生物宿主細胞は、本明細書に記載されているように、その後改変された大腸菌K12株であってもよい。
【0049】
微生物宿主細胞において上昇するように調節された酵素活性は、好ましくは、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される。前述の酵素活性は、当技術分野でよく知られているアッセイによって測定することができる。括弧内の数字は、いわゆる酵素番号(「EC番号」と略す)である。当技術分野で知られているように、すべてのEC番号は、ECの文字の後にピリオドで区切られた4つの数字で構成される。これらの番号は、酵素の段階的な細かい分類を表している。EC番号に基づいて、酵素によって触媒される反応が特定される。
【0050】
本発明の一実施形態では、調節されるべき酵素活性は、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性である。したがって、ケトール酸レダクトイソメラーゼの活性を調節するものとし、好ましくは上昇させるものとする。この酵素の系統名は、(R)-2,3-ジヒドロキシ-3-メチルブタノエート:NADP+オキシドレダクターゼ(異性化)である。この酵素のEC番号はEC1.1.1.86である。ケトール酸レダクトイソメラーゼは、(R)-2,3-ジヒドロキシ-3-メチルブタノエート+NADP+から(S)-2-ヒドロキシ-2-メチル-3-オキソブタノエート、NADPH、H+への化学反応を触媒することができるものとする。したがって、以下の化学反応:
(R)-2,3-ジヒドロキシ-3-メチルブタノエート+NADP+⇔(S)-2-ヒドロキシ-2-メチル-3-オキソブタノエート+NADPH+H+
を触媒することができるものとする。
【0051】
本発明の別の実施形態では、調節されるべき酵素活性は、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性である。したがって、アセトヒドロキシ酸シンターゼの活性を調節する(例えば、上昇または低下させる)ものとする。この酵素は、アセト乳酸シンターゼとしても知られている。この酵素のEC番号はEC2.2.1.6である。アセトヒドロキシ酸シンターゼは、2つのピルビン酸分子をアセト乳酸分子と二酸化炭素に変換する反応を触媒する能力を有するものとする。この反応は、チアミンピロリン酸を使用して2つのピルビン酸分子を連結する。したがって、以下の化学反応:
2ピルビン酸⇔2-アセト乳酸+CO2
を触媒することができるものとする。
【0052】
本発明の別の実施形態では、調節されるべき酵素活性は、L-スレオニンデヒドラターゼ活性である。したがって、スレオニンシンターゼの活性を調節するものとする。この酵素の系統名は、L-スレオニンアンモニア-リアーゼ(2-オキソブタノエート形成)である。この酵素のEC番号はEC4.3.1.19である。
【0053】
本発明の別の実施形態では、調節されるべき酵素活性は、アスパラギン酸キナーゼ活性である。したがって、アスパラギン酸キナーゼの活性を調節するものとする。この酵素の系統名は、ATP:L-アスパラギン酸4-ホスホトランスフェラーゼである。この酵素のEC番号はEC2.7.2.4である。アスパラギン酸キナーゼは、アスパラギン酸とATPからβ-アスパラチルリン酸の変換を触媒する能力を有するものとする。スレオニンは、この酵素のアロステリックレギュレータとして、アスパラギン酸からスレオニンへの生合成経路を制御する役割を果たしている。したがって、以下の化学反応:
ATP+L-アスパラギン酸⇔ADP+4-ホスホ-L-アスパラギン酸
を触媒することができるものとする。
【0054】
本発明の別の実施形態では、調節されるべき酵素活性は、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性である。したがって、ホモセリンデヒドロゲナーゼの活性を調節するものとする。この酵素の系統名は、L-ホモセリン:NAD(P)+オキシドレダクターゼである。この酵素のEC番号はEC1.1.1.3である。ホモセリンデヒドロゲナーゼは、L-ホモセリンとNAD+(またはNADP+)がL-アスパラギン酸4-セミアルデヒド、NADH(またはNADPH)、H+になる化学反応を触媒することができるものとする。したがって、以下の化学反応:
L-ホモセリン+NAD(P)+⇔L-アスパラギン酸4-セミアルデヒド+NAD(P)H+H+
を触媒することができるものとする。
【0055】
アスパラギン酸キナーゼ活性を有する大腸菌由来の酵素は、EC1.1.1.3ホモセリンデヒドロゲナーゼの反応も触媒する。したがって、前記酵素は、アスパラギン酸キナーゼ活性とホモセリンデヒドロゲナーゼ活性の両方を有する二機能性酵素である。したがって、微生物宿主細胞において、アスパラギン酸キナーゼ活性とホモセリンデヒドロゲナーゼ活性の両方の酵素活性が、改変されていない微生物宿主細胞におけるアスパラギン酸キナーゼ活性とホモセリンデヒドロゲナーゼ活性に比べて調節されることが想定される。
【0056】
本明細書で言及する酵素活性は、好ましくは前記酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを微生物宿主細胞に導入して発現させることによって上昇する。例えば、ポリヌクレオチドを過剰発現させるものとする。前記ポリヌクレオチドがコードするポリペプチドは、本明細書で言及する酵素活性を有する酵素であるものとする。前記酵素活性を付与する好ましいポリペプチドは、本明細書の他の箇所に詳細に開示されている。また、本明細書で言及するポリペプチドは、さらなる生物学的活性を示す場合があることも理解されるべきである。
【0057】
前記酵素活性を有するポリペプチドをコードする前記ポリヌクレオチドは、目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドではないことが理解されるべきである。したがって、本明細書で言及する微生物宿主細胞は、a)本明細書で言及する酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドと、b)目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドとを含む。したがって、a)およびb)の下のポリヌクレオチドは、微生物宿主細胞において共発現される。さらに、両ポリヌクレオチドは、人為的に宿主細胞に導入された組換えポリヌクレオチドであることが理解されるべきである。
【0058】
本明細書で言及する酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの好ましい配列を以下に示す。
【0059】
本発明の一実施形態では、ポリヌクレオチドは、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+)活性(EC1.1.1.86)を有するポリペプチドをコードする。好ましくは、前記ポリヌクレオチドは、
i)配列番号3に示される核酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有する核酸配列を含む、および/または
ii)配列番号4に示されるアミノ酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドをコードする。
【0060】
本発明の別の実施形態では、ポリヌクレオチドは、L-スレオニンデヒドラターゼ活性を有するポリペプチドをコードする。好ましくは、前記ポリヌクレオチドは、
i)配列番号11に示される核酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有する核酸配列を含む、および/または
ii)配列番号12に示されるアミノ酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドをコードする。
【0061】
一実施形態では、調節すべき酵素活性は、アセトヒドロキシ酸シンターゼ(AHAS)活性、特に、AHASアイソフォームI、もしくはそのバリアント、AHASアイソフォームII、もしくはそのバリアント、またはAHASアイソフォームIII、もしくはそのバリアントの活性である。ncBCAAの誤取り込みを減少させるために、AHASアイソフォームI、またはそのバリアントの活性は低下することが好ましい。ncBCAAの誤取り込みを減少させるために、AHASアイソフォームIIおよびIII、またはそれらのバリアントの活性は上昇することが好ましい。
【0062】
当技術分野で知られているように、機能性アセトヒドロキシ酸シンターゼ(例えば、AHAS I、AHAS IIまたはAHAS III)は、2つの大サブユニットと2つの小サブユニットを含み、これらは4量体を形成する(アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性を有する)。この2つの大サブユニットと同様に、2つの小サブユニットは同一である。したがって、アセトヒドロキシ酸シンターゼの大サブユニットをコードする第1のポリヌクレオチドと、アセトヒドロキシ酸シンターゼの小サブユニットをコードする第2のポリヌクレオチドとを微生物宿主細胞に導入し、ポリヌクレオチドを発現させることにより、微生物宿主細胞においてアセトヒドロキシ酸シンターゼ活性が上昇することが好ましい。微生物細胞では、2つの大サブユニットと2つの小ユニットは、好ましくは4量体を形成している。前記四量体は、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性を有するものと理解される。第1のポリヌクレオチドおよび第2のポリヌクレオチドは、好ましくは、同じコンストラクト中に存在し、好ましくは、単一のプロモーターの制御下においてバイシストロニック様式で発現される。
【0063】
AHAS Iまたはそのバリアント
本発明の一実施形態では、前記第1のポリヌクレオチドは、
i)配列番号23に示される核酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有する核酸配列を含む、および/または
ii)アセトヒドロキシ酸シンターゼの大サブユニットをコードし、前記大サブユニットは、配列番号24に示されるアミノ酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、
ならびに、前記第2のポリヌクレオチドは、
i)配列番号25に示される核酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有する核酸配列を含む、および/または
ii)アセトヒドロキシ酸シンターゼの小サブユニットをコードし、前記小サブユニットは、配列番号26に示されるアミノ酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む。
【0064】
配列番号24は、大腸菌由来のアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソフォームIの大サブユニットのアミノ酸配列であり、一方、配列番号26は、前記アイソフォームの小サブユニットのアミノ酸配列である。
【0065】
AHAS IIまたはそのバリアント
本発明の別の実施形態では、前記第1のポリヌクレオチドは、
i)配列番号5、27、または31に示される核酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有する核酸配列を含む、
ii)アセトヒドロキシ酸シンターゼの大サブユニットをコードし、前記大サブユニットは、配列番号6、28または32に示されるアミノ酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、
ならびに、前記第2のポリヌクレオチドは、
i)配列番号7、29、または33に示される核酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有する核酸配列を含む、および/または
ii)アセトヒドロキシ酸シンターゼの小サブユニットをコードし、前記小サブユニットは、配列番号8、30または34に示されるアミノ酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む。
【0066】
配列番号6は、大腸菌由来のアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソフォームIIの大サブユニットのアミノ酸配列であり、一方、配列番号8は、前記アイソフォームの小サブユニットのアミノ酸配列である。好ましい実施形態では、大腸菌のAHASアイソフォーム(またはそのバリアント)が使用される。
【0067】
配列番号28は、シゲラ・ボイディ(Shigella boydii)由来のアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソフォームIIIの大サブユニットのアミノ酸配列であり、一方、配列番号30は、前記アイソフォームの小サブユニットのアミノ酸配列である。
【0068】
配列番号32は、霊菌由来のアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソフォームIIIの大サブユニットのアミノ酸配列であり、一方、配列番号34は、前記アイソフォームの小サブユニットのアミノ酸配列である。
【0069】
AHAS IIIまたはそのバリアント
本発明の別の実施形態では、前記第1のポリヌクレオチドは、
i)配列番号13、35、39、または43に示される核酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有する核酸配列を含む、および/または
ii)アセトヒドロキシ酸シンターゼの大サブユニットをコードし、前記大サブユニットは、配列番号14、36、40または44に示されるアミノ酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む、
ならびに、前記第2のポリヌクレオチドは、
i)配列番号15、37、41、または45に示される核酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有する核酸配列を含む、および/または
ii)アセトヒドロキシ酸シンターゼの小サブユニットをコードし、前記小サブユニットは、配列番号16、38、42または46に示されるアミノ酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含む。
【0070】
配列番号14は、大腸菌由来のアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソフォームIIIの大サブユニットのアミノ酸配列であり、一方、配列番号16は、前記アイソフォームの小サブユニットのアミノ酸配列である。好ましい実施形態では、大腸菌のAHASアイソフォーム(またはそのバリアント)が使用される。
【0071】
配列番号36は、シゲラ・ボイディ由来のアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソフォームIIIの大サブユニットのアミノ酸配列であり、一方、配列番号38は、前記アイソフォームの小サブユニットのアミノ酸配列である。
【0072】
配列番号40は、霊菌由来のアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソフォームIIIの大サブユニットのアミノ酸配列であり、一方、配列番号42は、前記アイソフォームの小サブユニットのアミノ酸配列である。
【0073】
配列番号44は、枯草菌由来のアセトヒドロキシ酸シンターゼアイソフォームIIIの大サブユニットのアミノ酸配列であり、一方、配列番号46は、前記アイソフォームの小サブユニットのアミノ酸配列である。
【0074】
上述したように、アスパラギン酸キナーゼの活性とホモセリンデヒドロゲナーゼの活性の両方が、微生物宿主細胞において(改変されていない微生物宿主細胞と比較して)調節されることが想定される。好ましい実施形態では、これら2つの活性の上昇は、アスパラギン酸キナーゼ活性およびホモセリンデヒドロゲナーゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを導入して発現させることによるものである。したがって、前記ポリペプチドは、二機能性ポリペプチドである。好ましくは、アスパラギン酸キナーゼ活性とホモセリンデヒドロゲナーゼ活性を有するポリペプチドをコードする前記ポリヌクレオチドは:
i)配列番号17に示される核酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有する核酸配列を含む、および/または
ii)配列番号18に示されるアミノ酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドをコードする。
【0075】
本明細書で使用される「ポリヌクレオチド」という用語は、直鎖状または環状の核酸分子を表す。それは、DNAだけでなく、RNA分子も包含する。本発明のポリヌクレオチドは、好ましくは、単離されたポリヌクレオチド(すなわち、その自然の状態から単離されたもの)として、または遺伝子組換えの形態で提供されるものとする。この用語は、一本鎖および二本鎖のポリヌクレオチドを包含する。さらに、この用語は、グリコシル化ポリヌクレオチドまたはメチル化ポリヌクレオチドなどの天然に存在する改変ポリヌクレオチド、またはビオチン化ポリヌクレオチドなどの人工的な改変ポリヌクレオチドを含む、化学的に改変されたポリヌクレオチドを包含する。本発明のポリヌクレオチドは、上記で言及したようなポリペプチドをコードするものであることを特徴とする。ポリヌクレオチドは、好ましくは、上述したような特定のヌクレオチド配列を有する。さらに、遺伝暗号の縮重により、上記で言及したような特定のアミノ酸配列をコードするポリヌクレオチドが包含される。
【0076】
さらに、本発明にしたがって使用される「ポリヌクレオチド」という用語は、前述の特定のポリヌクレオチドのバリアントをさらに包含する。前記バリアントは、本発明のポリヌクレオチドのオルソログ、パラログまたは他のホモログを表していてもよい。ポリヌクレオチドのバリアントは、好ましくは、少なくとも1つのヌクレオチドの置換、付加および/または欠失によって、前記特定の核酸配列から配列を導出することができることを特徴とする核酸配列を含み、それによって、バリアントの核酸配列は、依然として、上記で規定した活性を有するポリペプチドをコードするものとする。
【0077】
本発明の好ましい実施形態では、本明細書に記載のポリヌクレオチドは、配列番号3、5、7、11、13、15、17、23、25、27、29、31、33、35、37、39、41、43または45に示されるような核酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するものとする。さらに、ポリヌクレオチドは、配列番号4、6、8、12、14、16、18、24、26、28、30、32、34、36、38、40、42、44または46に示されるアミノ酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドをコードすることが想定される。本明細書で使用される「少なくとも40%」という用語は、40%以上を意味する。特に、この用語は、少なくとも50%、少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、少なくとも85%、少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも98%、または少なくとも99%の配列同一性(好ましい順に)を意味する。さらに、この用語は、正確な配列、すなわち、100%の配列同一性を包含する。したがって、ポリヌクレオチドは、配列番号3、5、7、11、13、15、17、23、25、27、29、31、33、35、37、39、41、43、または45に示されるような核酸配列を有するか、または含んでもよく、あるいは配列番号4、6、8、12、14、16、18、24、26、28、30、32、34、36、38、40、42、44、または46に示されるようなアミノ酸配列を含むポリペプチドをコードしていてもよい。
【0078】
本明細書で使用されるアミノ酸配列または核酸配列間の配列同一性は、最も高い並びの適合が得られるように配列が並べられた2つの核酸配列またはアミノ酸配列間の同一のヌクレオチドまたはアミノ酸の数を決定することによって評価することができる。好ましくは、同一性のパーセント値は、アミノ酸または核酸の配列領域全体にわたって計算される。異なる配列を比較するために、様々なアルゴリズムに基づく一連のプログラムが当業者に提供されている。この文脈において、NeedlemanとWunsch、またはSmithとWatermanのアルゴリズムは、特に信頼性の高い結果を与える。例えば、BLASTP、BLASTN、またはFASTAのようなコンピュータプログラムで公開されている技術や体系化された方法を用いて計算することができる(Altschul 1990、J Mol Biol 215、403)。同一性のパーセント値は、好ましくは、比較ウインドウを用いて計算される。比較ウインドウは、好ましくは、並べられる短い配列の全配列の長さ、または前記配列の少なくとも半分の長さである。配列のアラインメントを行うために、プログラムPileUp(Higgins 1989、CABIOS 5、151)またはプログラムGapおよびBestFit(Needleman 1970、J Mol Biol 48:443;Smith 1981、Adv Appl Math 2:482)を使用する場合があり、これらは、GCGソフトウェアパケット(Genetics Computer Group 1991、575 Science Drive、Madison、Wisconsin、USA 53711)の一部である。本発明の別の態様では、プログラムGAPを用いて、以下の設定:ギャップ重み:50、長さ重み:3、平均一致:10.000、平均不一致:0.000、で配列領域全体の、上記の配列同一性をパーセント(%)で決定し、これらの設定は、特に指定しない限り、配列アラインメントの標準設定として常に使用されるものとする。好ましくは、配列同一性の度合いを全長にわたって計算する。
【0079】
一実施形態では、NeedlemanとWunsch(上記参照)のアルゴリズムを配列の比較に使用する。このアルゴリズムは、配列アライメントソフトウェアパッケージであるGAP Version10およびwNEEDLEに組み込まれている。例えば、wNEEDLEは、整列対象の2つの配列を読み込み、その全長にわたって最適なアラインメントを見つける。アミノ酸配列を比較する場合は、デフォルトのGapオープンペナルティ10、Gapエクステンドペナルティ0.5、EBLOSUM62比較マトリックスを使用する。wNEEDLEを使ってDNA配列を比較する場合は、Gapオープンペナルティ10、Gapエクステンドペナルティ0.5、比較マトリックスEDNAFULLが使用される。
【0080】
また、バリアントは、好ましくは、ストリンジェントなハイブリダイゼーション条件で、前述の特定の核酸配列とハイブリダイズすることができる核酸配列を含むポリヌクレオチドを包含する。このストリンジェントな条件は、当業者に知られており、Current Protocols in Molecular Biology、John Wiley & Sons、N.Y.(1989)、6.3.1~6.3.6に見出すことができる。したがって、上記のポリヌクレオチドは、配列番号3、5、7、11、13、15、17、23、25、27、29、31、33、35、37、39、41、43または45に示される配列を有するポリヌクレオチドとハイブリダイズすることができるものとし、特に、配列番号3、5、7、11、13、15、17、23、25、27、29、31、33、35、37、39、41、43または45に示される配列を有するポリヌクレオチドの相補体であるものとすることが想定される。
【0081】
「ハイブリダイゼーション」という用語は、当技術分野でよく知られており、実質的に相同な相補的ヌクレオチド配列が互いにアニーリングするプロセスのことを表す。ハイブリダイゼーションプロセスは、完全に溶液中で起こることができ、すなわち、両方の相補的な核酸が溶液中にある。また、ハイブリダイゼーションは、相補的な核酸の一方をセファロースビーズなどのマトリックスに固定化して行うこともできる。ハイブリダイゼーションを可能にするために、核酸分子を熱的または化学的に変性させて、二本鎖を2本の一本鎖に融解したり、一本鎖の核酸からヘアピンまたは他の二次構造を除去したりする。
【0082】
本発明にしたがって、ポリヌクレオチドは、配列番号3、5、7、11、13、15、17、23、25、27、29、31、33、35、37、39、41、43、または45に示される配列を有するポリヌクレオチドに、ストリンジェントな条件、特に高ストリンジェンシーなハイブリダイゼーション条件でハイブリダイズすることができるものとする。「ストリンジェンシー」という用語は、ハイブリダイゼーションが行われる条件を表す。ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーは、温度、塩濃度、イオン強度、ハイブリダイゼーションバッファーの組成などの条件に影響される。好ましい実施形態では、高ストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件は、1×SSC中65℃でのハイブリダイゼーション、または1×SSCおよび50%ホルムアミド中42℃でのハイブリダイゼーション、続いて0.3×SSC中65℃での洗浄を包含する。さらに、ハイブリダイゼーションの後に、0.1×SSC中65℃で洗浄することが想定される。1×SSCは、0.15M NaClおよび15mMクエン酸ナトリウムである;ハイブリダイゼーション溶液および洗浄溶液は、さらに、5×デンハルト試薬、0.5~1.0%SDS、100μg/mlの変性し断片化したサケ精子DNA、および0.5%ピロリン酸ナトリウムを含んでいてもよい。
【0083】
本発明の方法の工程(b)では、目的のポリペプチドを前記微生物宿主細胞で発現させる。好ましくは、前記工程は、前記ポリペプチドの発現を可能にする条件で実行される。適切な培養条件は、当業者がさらに苦労することなく決定することができる。好ましくは、工程は、標準的な条件で実行される。このように、宿主細胞は、標準的な条件で、例えば、実施例9に記載された標準的な条件で培養される。
【0084】
一実施形態では、発現はバイオリアクター内の大規模な条件で行われる。本明細書で使用される「バイオリアクター」という用語は、条件が厳密に制御されるシステムを表す。一実施形態では、前記バイオリアクターは、撹拌槽型バイオリアクターである。好ましくは、バイオリアクターは、ステンレス鋼などの非腐食性材料で作られる。バイオリアクターは、任意のサイズであることができる。一部の実施形態では、バイオリアクターは、少なくとも10、少なくとも100、500、少なくとも1000、少なくとも2500、または少なくとも5000リットルの体積、または任意の中間的な体積を有する。
【0085】
本発明にしたがって、目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、プロモーターに動作可能に連結されている。同じことが、本明細書で言及する酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドにも当てはまる。しかし、前記のポリヌクレオチドが異なるプロモーターに連結されていることが好ましい。
【0086】
プロモーターは、ポリヌクレオチドの発現を可能にするものとする。好ましくは、プロモーターは、それによって制御される配列に関して異種である。このように、プロモーターは、酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドと、目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドとの、それぞれに異種であるものとする。好ましくは、プロモーターは構成的プロモーターまたは誘導性プロモーターである。微生物宿主細胞での発現を可能にする構成的プロモーターおよび誘導性プロモーターは、当技術分野でよく知られている。
【0087】
「構成的プロモーター」とは、必ずしもすべての成長段階ではなく、ほとんどの環境条件下で転写活性を示すプロモーターを表す。
【0088】
「誘導性プロモーター」とは、刺激に反応して転写開始が増加するプロモーターを表す。
【0089】
本発明にしたがって、プロモーターが誘導性プロモーターであることが特に企図されている。このように、目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドおよび/または前記酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、誘導性プロモーターに動作可能に連結されているものとする。この場合、酵素活性は一時的にしか上昇しない(すなわち、プロモーターの誘導後)。
【0090】
一実施形態では、誘導性プロモーターは、アラビノース誘導性araBADプロモーターである。このプロモーターは当技術分野でよく知られている。アラビノース濃度の広い範囲で発現を調整できることから、アラビノース誘導性araBADプロモーター(PBAD)は、その制御タンパク質であるAraCとともに、高レベルの組換えタンパク質生産のための発現系として、また、代謝工学を目的とした発現系として記載されている。(Guzmanら、1995、Tight regulation, modulation, and high-level expression by vectors containing the arabinose PBAD promoter. Journal of bacteriology、177(14)、4121~4130)。AraC-PBADプロモーター系は、異化抑制によっても制御されていることが示されている(Schleif, R. 2000、Regulation of the L-arabinose operon of Escherichia coli.Trends in Genetics、16(12)、559~565;Megerleら、2008、Timing and dynamics of single cell gene expression in the arabinose utilization system. Biophysical journal、95(4)、2103~2115)。さらに、AraC-PBAD発現系の適用性は、大腸菌の株に依存することが報告されている。クローニングベクターには、通常、ネイティブなaraBAD制御システム由来のaraBADプロモーターとaraC遺伝子のネイティブな配列が含まれている。
【0091】
araBADプロモーターの配列は、配列番号19に示されている。したがって、好ましくは、araBADプロモーターは、配列番号19に示される核酸配列を含み、またはそれと少なくとも70%、少なくとも80%、または少なくとも90%の同一性を有する。
【0092】
ポリヌクレオチドaraCの核酸配列を配列番号20に示す。この遺伝子は、AraCポリペプチドをコードする。araBADプロモーターを使用する場合は、AraCポリペプチドを発現するポリヌクレオチドを微生物宿主細胞に導入してプロモーターを活性化する必要がある。
【0093】
さらに、誘導性プロモーターは、rhaBADプロモーター、lacプロモーターのバリアント(lacUV5、Ptac、Ptrc、およびT7lacプロモーターなど)、XylSPmプロモーター、およびtetプロモーターである。
【0094】
本明細書で言及される酵素活性を有するポリペプチドおよび/または目的のポリペプチドは、追加の配列を含んでいてもよい。例えば、ポリペプチドは、精製タグをさらに含んでいてもよい。このタグは、ポリペプチドに動作可能に連結されているものとする。
【0095】
タグは、ポリペプチドの精製を可能にするものとする。そのようなタグは、当技術分野でよく知られている。本明細書で使用される「精製タグ」という用語は、好ましくは、ポリペプチドの精製を可能にする追加のアミノ酸配列(ポリペプチドのペプチド)を表す。一実施形態では、精製タグは、本明細書で言及されるポリペプチドに自然に連結されていないペプチドまたはポリペプチドである。このように、精製タグは、ポリペプチドに関して異種のものとする。
【0096】
好ましくは、精製タグは、ポリヒスチジンタグ、ポリアルギニンタグ、グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)、マルトース結合タンパク質(MBP)、インフルエンザウイルスHAタグ、チオレドキシン、スタフィロコッカルプロテインAタグ、FLAG(商標)エピトープ、およびc-mycエピトープからなる群から選択される。好ましい実施形態では、精製タグは、ポリヒスチジンタグである。好ましくは、前記ポリヒスチジンタグは、少なくとも6個の連続したヒスチジン残基を含む。
【0097】
本発明の方法の好ましい実施形態では、方法は、細胞からの目的のポリペプチドの単離、および前記ポリペプチドの精製をさらに含む。ポリペプチドの単離は、適切な精製タグの使用など、よく知られた手段によって達成することができる。
【0098】
一実施形態では、精製は、非正準分枝鎖アミノ酸を含まないポリペプチドの濃縮を含む。これは、例えば、Min,C. K.ら、2012、Insulin related compounds and identification. Journal of Chromatography B、908、105~112;Harris,R.P.ら、2014、Amino acid misincorporation in recombinant biopharmaceutical products. Current opinion in biotechnology、30、45~50;Cvetesic,N.ら、2016、Proteome-wide measurement of non-canonical bacterial mistranslation by quantitative mass spectrometry of protein modifications. Scientific reports、6、2863、に記載のよく知られている方法で達成できる。例えば、濃縮はクロマトグラフィーによって行われる。
【0099】
微生物宿主細胞は、上で定義されている。上述したように、微生物宿主細胞は、好ましくは大腸菌細胞である。当業者に知られているように、大腸菌細胞は、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+)活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、またはL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)を有するポリペプチドを自然に発現する。
・ilvC遺伝子は、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+)活性(EC1.1.1.86))を有するポリペプチドをコードする。
・ilvIHオペロンは、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(アセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムIII)を有するポリペプチドをコードする、
・ilvBNオペロンは、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(アセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムI)を有するポリペプチドをコードする、
・ilvGMオペロンは、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(アセトヒドロキシ酸シンターゼアイソザイムII)を有するポリペプチドをコードする、
・thrA遺伝子は、アスパラギン酸キナーゼ活性とホモセリンデヒドロゲナーゼ活性とを有する二機能性ポリペプチドをコードする、および
・ilvA遺伝子は、L-スレオニンデヒドラターゼ活性を有するポリペプチドをコードする。
【0100】
したがって、改変された微生物宿主細胞は、内因性の酵素活性、すなわち微生物宿主細胞内に自然に存在する活性を有していてもよい。しかし、微生物宿主が、本明細書で言及する酵素活性を有するポリペプチドをコードする内因性ポリヌクレオチドを発現していないことが特に想定されている。このように、内因性酵素活性がノックアウトされている場合がある。したがって、内因性ポリヌクレオチド(したがって内因性酵素活性)がノックアウトされていることが想定される。このように、ilvC遺伝子、ilvIHオペロン、ilvBNオペロン、thrA遺伝子、ilvGMオペロン、またはilvA遺伝子がノックアウトされている場合がある。これは、当技術分野でよく知られた方法によって達成することができ、実施例の項に記載されている。さらに、このようなノックアウトは既に知られており、例えば、エール大学の大腸菌遺伝子保存センター(E.coli Genetic Stock Center、CGSC)から評価することができる。例えば、大腸菌K12BW25113は、ilvG遺伝子配列の塩基対1250と1253との間に2塩基の挿入事象があり、フレームシフト変異が生じている。その結果、終止コドンが形成され、ilvG遺伝子の発現が早期に終了する(ilvG-)。次いで機能性AHASIIは発現されず、ilvEDAオペロンの遠位の遺伝子発現が損なわれる。(Lawtherら、1981、Molecular basis of valine resistance in Escherichia coli K-12、PNAS 78(2)922~925;Parekh, B.S.およびHatfield, G.W. 1997.Growth rate-related regulation of the ilvGMEDA operon of Escherichia coli K-12 is a consequence of the polar frameshift mutation in the ilvG gene of this strain.Journal of bacteriology、179(6)2086~2088)。本明細書で開示された特定の実施形態では、エール大学の大腸菌遺伝子保存センター(E.coli Genetic Stock Center、CGSC)から、ΔthrA、ΔilvA、およびΔilvCのノックアウト株を入手した(実施例の項を参照)。
【0101】
一実施形態では、前記酵素活性を有するポリペプチドをコードする内因性ポリヌクレオチドが欠失されている。あるいは、それが変異しており、それによって内因性酵素活性が不活性化されている場合がある。内因性ポリヌクレオチドは、本明細書で言及する酵素活性を有するポリペプチドをコードする天然に存在するポリヌクレオチドである。
【0102】
例えば、L-スレオニンデヒドラターゼ活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチド(すなわち、組換えポリヌクレオチド)を導入して発現させることにより、微生物宿主細胞において、L-スレオニンデヒドラターゼ活性を上昇させることができる。一実施形態では、前記微生物宿主細胞は、L-スレオニンデヒドラターゼ活性を有するポリペプチドをコードする内因性ポリヌクレオチドを発現する(すなわち、組換えポリヌクレオチドに加えて)。別の、より好ましい実施形態では、L-スレオニンデヒドラターゼ活性を有するポリペプチドをコードする内因性ポリヌクレオチド(したがって、ilvA遺伝子)は、前記微生物細胞においてノックアウトされている。したがって、前記微生物細胞は、L-スレオニンデヒドラターゼ活性を有する内因性ポリペプチドを発現していない。前記活性を有する組換えポリペプチドのみが発現する。
【0103】
内因性遺伝子(すなわち内因性酵素活性)のノックアウトと、上述のような誘導性プロモーターの使用とを組み合わせることで、微生物宿主細胞における酵素活性の制御を改善することができる。
【0104】
好ましい実施形態では、産生された目的のポリペプチドは、改変されていない微生物宿主細胞における発現によって産生されたポリペプチドと比較して、非正準分枝鎖アミノ酸(ncBCAA)の低い誤取り込みを示す。したがって、ncBCAAの誤取り込みが減少する。
【0105】
好ましくは、非正準分枝鎖アミノ酸は、ノルバリン、ノルロイシンおよびβ-メチルノルロイシンから選択される。したがって、目的のポリペプチドは、改変されていない微生物宿主細胞における発現によって産生されたポリペプチドと比較して、ノルバリン、ノルロイシンおよびβ-メチルノルロイシンの誤取り込みが低いことが好ましい。
【0106】
一部の実施形態では、細胞内可溶性タンパク質画分において、非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みが減少する。一部の実施形態では、封入体画分において、非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みが減少する。
【0107】
ノルバリンは、CH3(CH2)2CH(NH2)CO2Hという式で表されるアミノ酸である。この化合物は、より一般的なアミノ酸であるバリンの異性体である。IUPAC名は2-アミノペンタン酸である。ノルバリンはロイシン残基の代わりに組換えタンパク質に誤って取り込まれる可能性がある。したがって、「ノルバリンの誤取り込み」という用語は、目的のポリペプチドをコードする対応する核酸によってロイシン残基がコードされている目的のポリペプチドに、ノルバリン残基が取り込まれることを表す。
【0108】
ノルロイシンは、CH3(CH2)3CH(NH2)CO2Hという式で表されるアミノ酸である。ノルロイシンは、より一般的なアミノ酸であるロイシンの異性体である。IUPAC名は2-アミノヘキサン酸である。ノルロイシンはメチオニン残基の代わりに組換えタンパク質に誤って取り込まれる可能性がある。したがって、「ノルロイシンの誤取り込み」という用語は、目的のポリペプチドをコードする対応する核酸によってメチオニン残基がコードされている目的のポリペプチドに、ノルロイシン残基が取り込まれることを表す。
【0109】
β-メチルノルロイシンは、アミノ酸である。このアミノ酸の同義語は、β-メチルノルロイシン;(2S,3S)-2-アミノ-3-メチルヘキサン酸、および[2S,3S,(+)]-2-アミノ-3-メチルヘキサン酸である。β-メチルノルロイシンはイソロイシン残基の代わりに組換えタンパク質に誤って取り込まれる可能性がある。したがって、「β-メチルノルロイシンの誤取り込み」という用語は、目的のポリペプチドをコードする対応する核酸によってイソロイシン残基がコードされている目的のポリペプチドに、β-メチルノルロイシン残基が取り込まれることを表す。
【0110】
このように、目的のポリペプチドが少なくとも1つのロイシン残基、少なくとも1つのメチオニン残基、および/または少なくとも1つのイソロイシン残基を含む場合、上記で言及したncBCAAの誤取り込みが生じる場合がある。したがって、目的のポリペプチドが、少なくとも1つのロイシン残基、少なくとも1つのメチオニン残基、および/または、少なくとも1つのイソロイシン残基を含むことが想定される。
【0111】
本発明の一実施形態では、ノルバリンの誤取り込みが低減される。
本発明の一実施形態では、ノルロイシンの誤取り込みが低減される。
本発明の一実施形態では、β-メチルノルロイシンの誤取り込みが低減される。
本発明の一実施形態では、ノルバリンおよびノルロイシンの誤取り込みが低減される。
本発明の一実施形態では、ノルロイシンおよびβ-メチルノルロイシンの誤取り込みが低減される。
本発明の一実施形態では、ノルバリンおよびβ-メチルノルロイシンの誤取り込みが低減される。
本発明の一実施形態では、ノルバリン、ノルロイシンおよびβ-メチルノルロイシンの誤取り込みが低減される。
【0112】
本発明にしたがって、ncBCAA含有量、特にノルバリン、ノルロイシンおよび/またはβ-メチルノルロイシン含有量の低減率は、(改変されていない微生物宿主細胞、すなわち対照細胞における発現によって産生されたポリペプチド中の含有量と比較して)好ましくは少なくとも5%、より好ましくは少なくとも10%、さらに好ましくは少なくとも15%、さらに好ましくは少なくとも20%である。このように、ncBCAAの誤取り込みは、好ましくは少なくとも5%、少なくとも10%、少なくとも15%、または少なくとも20%低減される。ncBCAAsの含有量またはノルバリン、ノルロイシンおよび/またはβ-メチルノルロイシンの含有量の減少率は、好ましくは、ncBCAAsまたはノルバリン、ノルロイシンおよび/またはβ-メチルノルロイシンを含む目的のポリペプチドの割合の減少として計算される。
【0113】
本明細書で上述した定義と説明は、本発明の以下の実施形態に準用される。
【0114】
さらに、本発明は、微生物宿主細胞で発現させた目的の組換えポリペプチドへの、少なくとも1つの非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みを低減する方法であって、
(a)ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性を微生物宿主細胞において調節すること、
(b)前記微生物宿主細胞に目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを導入すること、および
(c)前記微生物宿主細胞において、目的の前記ポリペプチドを発現させること
を含む前記方法に関する。
【0115】
あるいは、工程(a)は、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性の調節された活性を有する微生物宿主細胞を得ることを含んでもよい。
【0116】
一実施形態では、上記の酵素活性は、改変されていない微生物宿主細胞と比較して、微生物宿主細胞において調節(上昇または低下)されるものとする。酵素活性を調節する方法は上述の通りである。好ましくは、前記酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを前記微生物宿主細胞に導入して発現させることにより、前記酵素活性は調節される(例えば、上昇する)。ポリヌクレオチド/ポリペプチドの好ましい配列は上述の通りである。
【0117】
微生物宿主細胞であって、
(a)目的のポリペプチドをコードする組換えポリヌクレオチド、および
(b)ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性を有するポリペプチドをコードする組換えポリヌクレオチド
を含む微生物宿主細胞、が本発明によってさらに想定される。
【0118】
さらに、本発明は、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、L-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性を有するポリペプチドの使用、または微生物宿主細胞で産生される目的の組換えポリペプチドへの少なくとも1つの非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みを低減するための前記ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの使用、に関する。
【0119】
最後に、本発明は、目的の組換えポリペプチドを産生するための微生物宿主細胞の使用であって、微生物宿主細胞は、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性が、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、前記微生物宿主細胞において調節されるように改変された、微生物宿主細胞の使用、に関する。
【0120】
以下では、本発明の実施形態を要約する。上述した定義と説明は、実施形態に準用される。
【0121】
実施形態の一覧
1.微生物宿主細胞において目的の組換えポリペプチドを産生する方法であって、
(a)目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性が、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、前記微生物宿主細胞において調節されるように改変された微生物宿主細胞に導入する工程、および
(b)前記微生物宿主細胞において、目的の前記ポリペプチドを発現させる工程
を含む方法。
【0122】
2.産生された目的のポリペプチドは、改変されていない微生物宿主細胞における発現によって産生されたポリペプチドと比較して、非正準分枝鎖アミノ酸の低い誤取り込みを示す、実施形態1に記載の方法。
【0123】
3.産生されたポリペプチドの量が、改変されていない微生物宿主細胞で産生された前記ポリペプチドの量と比較して増加している、実施形態1または2に記載の方法。
【0124】
4.方法は、細胞からのポリペプチドの単離、およびポリペプチドの精製をさらに含む、実施形態1~3のいずれか1項に記載の方法。
【0125】
5.精製は、非正準分枝鎖アミノ酸を含まないポリペプチドの濃縮を含む、実施形態4に記載の方法。
【0126】
6.前記酵素活性は、前記酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを前記微生物宿主細胞に導入して発現させることによって上昇する、実施形態1または5に記載の方法。
【0127】
7.(a)ポリヌクレオチドは、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+)活性(EC1.1.1.86))を有するポリペプチドをコードし、
i)ポリヌクレオチドは配列番号3に示される核酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有する核酸配列を含む、および/または
ii)ポリヌクレオチドは配列番号4に示されるアミノ酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドをコードする、
または
(b)ポリヌクレオチドは、L-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)を有するポリペプチドをコードし、
i)ポリヌクレオチドは配列番号11に示される核酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有する核酸配列を含む、および/または
ii)ポリヌクレオチドは配列番号12に示されるアミノ酸配列と少なくとも40%の配列同一性を有するアミノ酸配列を含むポリペプチドをコードする、
実施形態6に記載の方法。
【0128】
8.前記微生物宿主細胞は、前記酵素活性を有する内因性ポリペプチドを発現していない、実施形態6または7のいずれか1項に記載の方法。
【0129】
9.目的のポリペプチドは治療用のペプチドまたはポリペプチドである、実施形態1~8のいずれか1項に記載の方法。
【0130】
10.目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドおよび/または前記酵素活性を有するポリペプチドをコードするポリヌクレオチドは、誘導性プロモーターに動作可能に連結されている、実施形態1~9のいずれか1項に記載の方法。
【0131】
11.前記微生物宿主細胞は大腸菌細胞である、実施形態1~10のいずれか1項に記載の方法。
【0132】
12.微生物宿主細胞で発現させた目的の組換えポリペプチドへの、少なくとも1つの非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みを低減する方法であって、
(a)ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性を微生物宿主細胞において調節すること、
(b)前記微生物宿主細胞に目的のポリペプチドをコードするポリヌクレオチドを導入すること、および
(c)前記微生物宿主細胞において、目的の前記ポリペプチドを発現させること
を含む前記方法。
【0133】
13.少なくとも1つの非正準分枝鎖アミノ酸は、ノルバリン、ノルロイシンおよびβ-メチルノルロイシンから選択される、実施形態12に記載の方法。
【0134】
14.微生物宿主細胞であって、
(a)目的のポリペプチドをコードする組換えポリヌクレオチド、
(b)ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性を有するポリペプチドをコードする組換えポリヌクレオチド
を含む微生物宿主細胞。
【0135】
15.ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性を有するポリペプチドの使用、または微生物宿主細胞で産生される目的の組換えポリペプチドへの少なくとも1つの非正準分枝鎖アミノ酸の誤取り込みを低減するための前記ポリペプチドをコードするポリヌクレオチドの使用。
【0136】
16.目的の組換えポリペプチドを産生するための微生物宿主細胞の使用であって、微生物宿主細胞は、ケトール酸レダクトイソメラーゼ(NADP(+))活性(EC1.1.1.86)、アセトヒドロキシ酸シンターゼ活性(EC2.2.1.6)、アスパラギン酸キナーゼ活性(EC2.7.2.4)、ホモセリンデヒドロゲナーゼ活性(EC1.1.1.3)、およびL-スレオニンデヒドラターゼ活性(EC4.3.1.19)からなる群から選択される酵素活性が、改変されていない微生物宿主細胞における酵素活性と比較して、前記微生物宿主細胞において調節されるように改変された、微生物宿主細胞の使用。
【0137】
17.酵素活性は調節されている、実施形態1~13のいずれか1項に記載の方法、実施形態14に記載の微生物細胞、または実施形態15もしくは16に記載の使用。
【0138】
18.目的のポリペプチドはプロインスリンである、実施形態1~13または17のいずれか1項に記載の方法、実施形態14もしくは17に記載の微生物細胞、または実施形態15、16もしくは17に記載の使用。
【0139】
上記で言及したすべての文献は、その開示内容全体、および上記の説明で明示的に言及されている特定の開示内容に関して、参照によって本明細書に組み入れる。
【0140】
以下の実施例は、単に本発明を説明するものである。これらはいかなる方法でも保護の範囲を限定するものと解釈されるべきではない。
【実施例1】
【0141】
K12 BW25113 ΔthrA、ΔilvA、ΔilvC、ΔilvIH、ΔilvBN変異体のプラスミドpSW3_lacI
+による形質転換
ΔthrA、ΔilvA、ΔilvCのノックアウト
大腸菌K12BW25113、ならびにシングルノックアウト変異体である大腸菌K12 BW25113 ΔthrA、ΔilvA、およびΔilvCは、エール大学の大腸菌遺伝子保存センター(E.coli Genetic Stock Center、CGSC)から入手した。これらの変異株は、KEIOコレクションと呼ばれるものに属する(Baba,T.,Ara,T.,Hasegawa,M.,Takai,Y.,Okumura,Y.,Baba,M.& Mori,H.(2006). Construction of Escherichia coli K-12 in-frame,single-gene knockout mutants:the Keio collection.Molecular systems biology、2(1))。これらの菌株にはプラスミドpKD46(
図8)と標的遺伝子に代わるカナマイシン耐性マーカーが含まれている。入手した各菌株のCGSC識別情報は以下の通りである。
【0142】
【0143】
入手した大腸菌K12 BW25113シングルノックアウト変異体からプラスミドpKD46を精選し、それぞれのエレクトロコンピテントセルを、フリッパーゼをコードする温度感受性プラスミドpCP20(
図3)で形質転換した。プラスミドpCP20を精選し、変異体からの抗生物質耐性マーカーの除去を塩基配列決定により検証した。最終的に得られたそれぞれのエレクトロコンピテント大腸菌K12 BW25113変異体を、ミニプロインスリンをコードする高コピープラスミドであるpSW3_lacI
+(
図1)で形質転換した。
【0144】
ΔilvIHおよびΔilvBNのノックアウト
ノックアウト株である大腸菌K12BW25113ΔilvIHとΔilvBNは入手せずに手動で作製した。「Datsenko,K.A.& Wanner,B.L.(2000)、One-step inactivation of chromosomal genes in Escherichia coli K-12 using PCR products. Proceedings of the National Academy of Sciences、97(12)、6640~6645」に記載の大腸菌ノックアウト変異体の作製手順を参考にした。大腸菌K12 BW25113細胞を温度感受性組換えヘルパープラスミドであるpKD46で形質転換した。次いで、pKD46を含むエレクトロコンピテント大腸菌K12 BW25113細胞を、あらかじめpKD3(
図9)またはpKD4(
図10)からPCRで得たそれぞれの欠失カセットで形質転換することにより、オペロンilvIHおよびilvBNのノックアウト変異体を作製した。欠失カセットのゲノムへの適切な組込みを調べるために、PCRによる検証を行った。プラスミドpKD46を精選し、それぞれのエレクトロコンピテント大腸菌K12 BW25113変異体を、フリッパーゼをコードする温度感受性プラスミドpCP20(
図3)で形質転換した。プラスミドpCP20を精選し、変異体からの抗生物質耐性マーカーの除去を塩基配列決定により検証した。最終的に得られたそれぞれのエレクトロコンピテント大腸菌K12 BW25113変異体を、ミニプロインスリンをコードする高コピープラスミドであるpSW3_lacI
+(
図1)で形質転換した。
【実施例2】
【0145】
araC-PBAD調節可能発現ベクター(pACG_araBAD)の設計および作製
これまでノックアウトされていた研究対象遺伝子の制御を可能にするアラビノースベースの調整可能発現プラスミドは、3つの異なるDNAセグメントの接合によって得られた。フラグメント1は、araC-PBADプロモーター領域(Guzmanら、1995、Tight regulation, modulation, and high-level expression by vectors containing the arabinose PBAD promoter. Journal of bacteriology、177(14)、4121~4130)、UTR、T7ターミネーター、稀少制限酵素NheIとNotIによる遺伝子クローニングを可能にするクローニング部位、融合タンパク質の発現を可能にするC末端6×his-タグ配列を含む。フラグメント2にはクロラムフェニコール耐性カセットが、フラグメント3にはori2複製開始点とsopA、sopB、sopC、repEの遺伝子が含まれている。
【0146】
フラグメント1を化学合成し、続いてプラスミド16ABZ5NP_1934177にクローニングした(
図2)。次いでフラグメント1を、プラスミド16ABZ5NP_1934177からPCRで増幅した。フラグメント2および3を、それぞれプラスミドpCP20(
図3)およびpETcoco1(
図4)からPCRによって直接増幅した。これらの3つのDNAセグメントをIn-Fusion戦略(Takara Bio USA;Ref.:639649)にしたがって結合し、プラスミドpACG_araBADを作製した(
図5)。
【実施例3】
【0147】
調整可能発現ベクターへの標的遺伝子のクローニング
研究用遺伝子(ilvA、ilvC、ilvIH、ilvBN、およびthrA)を、大腸菌K12 BW25113のゲノムDNAからPCRで増幅し、制限酵素NheIとNotIを用いて、先に作製した調整可能発現プラスミドにクローニングした(
図5)。ilvGMを、ilvGが変異していない大腸菌株から増幅した。例として、得られたアラビノースで調整可能なプラスミドpACG_araBAD_ilvIHのプラスミドマップを
図6に示す。
【実施例4】
【0148】
クローニングされた遺伝子を持つ調整可能発現ベクターのpSW3_lacI+を含むそれぞれの変異体への形質転換
pSW3_lacI+を含む最終的なそれぞれのエレクトロコンピテント大腸菌K12 BW25113変異体を、対応する研究用遺伝子を発現する調整可能発現プラスミドで形質転換した。
【0149】
すべての遺伝子を改変した後、作製した大腸菌の変異株は、
図7に示すようになる。次いで、合計6つの大腸菌変異株:
・pSW3_lacI
+およびpACG_araBAD_ilvCを発現する大腸菌K12 BW25113 ΔilvC
・pSW3_lacI
+およびpACG_araBAD_ilvIHを発現する大腸菌K12 BW25113 ΔilvIH
・pSW3_lacI
+およびpACG_araBAD_ilvBNを発現する大腸菌K12 BW25113 ΔilvBN
・pSW3_lacI
+およびpACG_araBAD_thrAを発現する大腸菌K12 BW25113 ΔthrA
・pSW3_lacI
+およびpACG_araBAD_ilvAを発現する大腸菌K12 BW25113 ΔilvA
・pSW3_lacI
+およびpACG_araBAD_ilvGMを発現する大腸菌K12 BW25113
を作製した。
【実施例5】
【0150】
変異大腸菌株の細胞増殖に対するL-アラビノース誘導効果の評価。
本実験の目的は、異なる濃度のL-アラビノースを添加することで、araBADプロモーターの制御下にある遺伝子の発現に及ぼす影響を評価し、その結果、作製された変異大腸菌株の細胞増殖に及ぼす影響を調べることである。
【0151】
大腸菌細胞を、規定のミネラル塩培地:(1Lあたり)Na2SO4 0.67g、(NH4)2SO4 0.82g、NH4Cl 0.17g、K2HPO4 4.87g、NaH2PO4×2H2O 1.2g、(NH4)2-H-クエン酸塩 0.33g、を含む、で培養した。この培地に0.67ml/Lの微量元素溶液と0.67ml/LのMgSO4溶液(1.0M)を添加した。微量元素溶液は、CaCl2×2H2O 0.5g、ZnSO4×7H2O 0.18g、MnSO4×H2O 0.1g、FeCl3×6H2O 16.7g、CuSO4×5H2O 0.16g、CoCl2×6H2O 0.18gを含んでいた(1Lあたり)。さらに、0.1M リン酸ナトリウムバッファーを用いて、培地のさらなる緩衝を行った。
【0152】
培養を作製するために、対応する大腸菌株を含むクリオストック50μLを使用して、5g/Lグルコース、100μg/mLアンピシリン、25μg/mLクロラムフェニコール(変異大腸菌株の場合のみ)および所与の濃度のL-アラビノースを含む規定のミネラル塩添加培地5mLに接種した。培養は、オービタルシェーカーを用いて、37℃、220rpmで15時間インキュベートした。培養の最後に、各培養物のOD600nmを測定した。以下の表は、得られた結果をまとめたものである。
【0153】
【実施例6】
【0154】
ミニバイオリアクターレベルでの変異大腸菌株のncBCAA産生に対するL-アラビノース誘導効果を評価するための培養条件。
培養培地
大腸菌を、規定のミネラル塩培地:(1Lあたり)Na2SO4 0.67g、(NH4)2SO4 0.82g、NH4Cl 0.17g、K2HPO4 4.87g、NaH2PO4×2H2O 1.2g、(NH4)2-H-クエン酸塩 0.33gを含む、で培養した。この培地に0.67ml/Lの微量元素溶液と0.67ml/LのMgSO4溶液(1.0M)を添加した。微量元素溶液は、CaCl2×2H2O 0.5g、ZnSO4×7H2O 0.18g、MnSO4×H2O 0.1g、FeCl3×6H2O 16.7g、CuSO4×5H2O 0.16g、CoCl2×6H2O 0.18gを含んでいた(1Lあたり)。さらに、0.1M リン酸ナトリウムバッファーを用いて、培地のさらなる緩衝を行った。
【0155】
前培養
対応する大腸菌株を含むクライオストック30μLを、5g/Lグルコース、100μg/mLアンピシリンおよび25μg/mLクロラムフェニコール(変異大腸菌株の場合のみ)を含む規定ミネラル塩添加培地30mLに接種して、前培養を作製した。各変異大腸菌株について、培地には、実施例5で事前に試験した非遺伝子操作菌株の細胞増殖を回復させるのに必要な最小L-アラビノース濃度も含まれていた。前培養液は、オービタルシェーカーを用いて37℃、220rpmで一晩インキュベートした。
【0156】
本培養
前培養終了時のOD600nmを測定し、初期のOD600nmが0.4となるように、所与の容量を5mLの開始量のPall Micro24ミニバイオリアクター(Microreactor Technologies Inc.)に接種した。ミニリアクターの培地は、4g/Lグルコース、100μg/mLアンピシリン、25μg/mLクロラムフェニコール(変異大腸菌株のみ)、1μL/mLデスモフェン消泡剤を含む規定のミネラル塩添加培地からなっていた。培地には、異なる濃度のL-アラビノースも添加した。培養は37℃で行い、NH4OHとCO2による自動制御でpHを7に維持した。撹拌速度は800rpm、DOの設定値は25%に設定し、ミニリアクター内の酸素流量を自動的に増加させることで最後の状態を維持した。バッチ段階は約4時間継続した。バッチ段階が終了した後、400g/L EnPump 200溶液 1mLと3000U/Lアミラーゼ溶液 50μLを手動でミニリアクターに添加し、フェドバッチ段階を開始した。EnPump 200はグルコースポリマーであり、アミラーゼが存在すると、常にポリマーを加水分解するため、時間の経過とともに遊離のグルコース分子が生成され、グルコース制限のある発酵が保証される。フェドバッチ段階の開始から30分後、最終濃度0.5mMになるようにIPTGパルスを手動で添加し、組換えタンパク質の発現を誘導した。フェドバッチ段階は3.5時間有効であった。
【実施例7】
【0157】
アミノ酸分析
細胞抽出液から「BugBuster Protein Extraction Reagent」キット(Merck、カタログ番号70584-4)のプロトコールにしたがって、細胞内可溶性タンパク質画分と封入体画分を単離した。単離した細胞内可溶性タンパク質画分 250μLを5M塩酸 750μLと混合した。単離した封入体ペレットをdH2O 200μLで再懸濁し、得られた封入体懸濁液100μLを5M塩酸 900μLと混合した。得られた溶液をスクリューキャップ付きのクリスタルバイアルに導入し、バイアルを密閉して80℃で24時間インキュベートして酸加水分解を行った。その後、バイアルを開けたまま、液体がすべて蒸発するまで回転させながら、65℃で16~24時間加熱ブロックに放置した。乾燥した加水分解試料からのアミノ酸の単離は、「GC-FIDによる遊離(生理的)アミノ酸分析用EZ:faast(商標)」キット(Phenomenex、カタログ番号KG0-7165)のプロトコールにしたがって行った。単離工程後、得られた上層の約120μLをGCバイアルに導入し、次いで2μLをGC分析装置に注入した。GCは、次のオーブン条件:平衡化時間0.5分、110℃で1分、30℃/分で320℃まで昇温し、次いで320℃で1分、にしたがって運転した。キャリアガスには窒素を用い、1.5mL/分の一定流量にした。注入は、250℃で1:15のスプリット比で行った。
【実施例8】
【0158】
ミニバイオリアクターレベルでの変異大腸菌株のncBCAA産生に対するL-アラビノース誘導効果を評価するための培養条件。
以下の表は、異なる濃度のL-アラビノースにおける、各試験したタンパク質画分、ncBCAAおよび変異株の実験結果をまとめたものである。表中の太字のデータは、大腸菌BW25113 pSW3_lacI+対照株の所与のncBCAAの濃度に相当する。表中のパーセント表示のデータは、所与のL-アラビノース濃度下において変異株で得られたncBCAA濃度の、大腸菌BW25113 pSW3_lacI+対照株で得られたncBCAA濃度に対する変動率に相当する。
【0159】
封入体画分
A)ノルバリン
【0160】
【0161】
【0162】
【0163】
大腸菌BW25113 ΔilvC pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvC株および大腸菌BW25113 ΔilvIH pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvIH株では、L-アラビノースの濃度を上げて培地に添加すると、ノルバリン濃度が有意に減少した。大腸菌BW25113 ΔilvBN pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvBN株では、その逆の挙動が見られた。大腸菌BW25113 ΔthrA pSW3_lacI+ pACG_araBAD_thrA株および大腸菌BW25113 pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvGM株では、ノルバリン濃度が有意に減少したが、L-アラビノース濃度の増加によるノルバリン濃度の変動には明確な傾向が見られなかった。大腸菌BW25113 ΔilvA pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvA株では、ノルバリン濃度の有意な減少は報告されず、L-アラビノース濃度の増加によるノルバリン濃度の変動に明確な傾向は見られなかった。
【0164】
B)ノルロイシン
【0165】
【0166】
【0167】
【0168】
大腸菌BW25113 ΔilvC pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvC株および大腸菌BW25113 ΔilvIH pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvIH株では、L-アラビノースの濃度を上げて培地に添加すると、ノルロイシン濃度が有意に減少した。大腸菌BW25113 ΔilvBN pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvBN株では、その逆の挙動が見られた。大腸菌BW25113 ΔthrA pSW3_lacI+ pACG_araBAD_thrA株および大腸菌BW25113 pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvGM株では、ノルロイシン濃度が有意に減少したが、L-アラビノース濃度の増加によるノルロイシン濃度の変動には明確な傾向が見られないようであった。大腸菌BW25113 ΔilvA pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvA株では、ノルロイシン濃度の有意な減少は報告されず、L-アラビノース濃度の増加がノルロイシン濃度の変動に明確な影響を与えていないようである。
【0169】
細胞内可溶性タンパク質画分
A)ノルバリン
【0170】
【0171】
【0172】
【0173】
大腸菌BW25113 ΔilvC pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvC株および大腸菌BW25113 ΔilvIH pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvIH株では、L-アラビノースの濃度を上げて培地に添加すると、ノルバリン濃度が減少した。大腸菌BW25113 ΔilvBN pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvBN株では、その逆の挙動が見られた。大腸菌BW25113 ΔthrA pSW3_lacI+ pACG_araBAD_thrA株、大腸菌BW25113 ΔilvA pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvA株および大腸菌BW25113 pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvGM株では、ノルバリン濃度が有意に減少したが、L-アラビノース濃度の増加によるノルバリン濃度の変動には明確な傾向が見られないようであった。
【0174】
B)ノルロイシン
【0175】
【0176】
【0177】
【0178】
大腸菌BW25113 ΔilvC pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvC株および大腸菌BW25113 ΔilvIH pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvIH株では、L-アラビノースの濃度を上げて培地に添加すると、ノルロイシン濃度が減少した。大腸菌BW25113 ΔilvBN pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvBN株では、その逆の挙動が見られた。大腸菌BW25113 ΔthrA pSW3_lacI+ pACG_araBAD_thrA株、大腸菌BW25113 ΔilvA pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvA株および大腸菌BW25113 pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvGM株では、ノルロイシン濃度が有意に減少したが、L-アラビノース濃度はノルロイシン濃度に明確な影響を与えていないようである。
【0179】
C)β-メチルノルロイシン
【0180】
【0181】
【0182】
【0183】
ほとんど全ての試験菌株とL-アラビノース濃度において、細胞内可溶性タンパク質画分中のβ-メチルノルロイシン濃度がわずかに減少したことが報告されている。しかし、この減少は、ノルバリンやノルロイシンと比較すると、それほど大きなものではなく、ただし、0.05%のL-アラビノースで誘導した大腸菌BW25113 ΔilvBN pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvBN株では、減少は約42%に達した。さらに、L-アラビノース濃度の増加によるβ-メチルノルロイシン濃度の変動には、明確な傾向は見られなかった。
【実施例9】
【0184】
ncBCAA生成を誘発する条件における15Lのリアクターを用いた、可能性のあるilvGM調整可能およびilvIH調整可能な大腸菌株のスクリーニング
大規模リアクターでの発酵中、非効率な混合により基質、溶存酸素、pHなどのパラメータの勾配ゾーンが形成され、大腸菌細胞は、代謝を調節することによって、これらの環境変化に応答する(Schweder(1999)、Monitoring of genes that respond to process-related stress in large-scale bioprocesses. Biotechnology and bioengineering、65(2)、151~159)。例えば、大腸菌はグルコース過剰と酸素制限に応答して、酸化的呼吸から混酸発酵へと代謝を変化させ、オーバーフロー代謝を行う(Enforsら、(2001)、Physiological responses to mixing in large scale bioreactors. Journal of biotechnology、85(2)、175~185)。このような条件下では、混酸発酵産物だけでなく、ピルビン酸も蓄積される(Soini, J.ら、(2008)、Norvaline is accumulated after a down-shift of oxygen in Escherichia coli W3110.Microb. Cell Fact.7:1~14)。細胞内に存在するピルビン酸が過剰になると、leuオペロンにコードされた酵素の働きにより、ピルビン酸からα-ケトカプロン酸、α-ケト酪酸、α-ケト吉草酸へと順次ケト酸鎖が伸長し、ncBCAAの生合成にかかる代謝フラックスが増加する(Apostol,I.ら、(1997)、Incorporation of norvaline at leucine positions in recombinant human hemoglobin expressed in Escherichia coli. Journal of Biological Chemistry, 272(46)、28980~28988)。この仮説は、Soiniら(2011、Accumulation of amino acids deriving from pyruvate in Escherichia coli W3110 during fed-batch cultivation in a two-compartment scale-down bioreactor. Advances in Bioscience and Biotechnology、2(05)、336)が報告した観察結果からも支持されている:2区画のSTR-PFRスケールダウンバイオリアクターにおいて、酸素制限と一定のグルコース供給を組み合わせることで、組換え大腸菌培養のピルビン酸蓄積によるノルバリン生合成の促進に大きな影響を与えたことが報告されている。さらに、Soiniら(2008)は、グルコース過剰の状態で、撹拌機のダウンシフトにより酸素制限をかけた標準的なSTRフェドバッチ大腸菌培養において、ncBCAAであるノルロイシン、ノルバリン、ならびに、アラニン、バリンなどのピルビン酸ベースのアミノ酸が蓄積することを報告している。
【0185】
大規模な工業規模のバイオリアクターで発生する混合不足による濃度勾配は、実験室の小型バイオリアクターでもシミュレートすることができる。本研究では、ピルビン酸パルスと酸素制限を組み合わせることで、15Lのリアクターでスケールアップ効果を再現している。この新しい培養戦略は、大規模なバイオリアクターで行われる細菌培養の生理的挙動をより正確に表すことができる可能性がある。
【0186】
対照の非遺伝子組換え大腸菌株と比較して、組換えミニプロインスリンへのncBCAAの誤取り込みが最も顕著に減少したことが報告されているので、ミニバイオリアクタースクリーニング(実施例8)では、0.8%のL-アラビノースで誘導した大腸菌K-12 BW25113 pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvGM株(ilvGM調整可能大腸菌)および大腸菌K-12 BW25113 ΔilvIH pSW3_lacI+ pACG_araBAD_ilvIH株(ilvIH調整可能大腸菌)は、10mLのミニバイオリアクターにおいて、スクリーニングしたすべての変異体の中で最も優れた性能を示した。本実験の目的は、15Lのリアクターを用いて、前述の調整可能な大腸菌株の性能を、ncBCAA生成を誘発する培養条件、すなわちピルビン酸パルスと酸素制限、で検証し、生産物の品質を保証する菌株としての優位性を確認することである。また、比較のために、対照となる非遺伝子組換え大腸菌宿主(大腸菌K-12 BW25113 pSW3_lacI+)も培養した。
【0187】
大腸菌K-12 BW25113 pSW3_lacI
+(対照株)の標準的な条件下における培養
大腸菌K-12 BW25113 pSW3_lacI
+を含むクライオストック100μLを、5g/Lグルコースと100μg/mLアンピシリンとを含むミネラル塩添加培地500mLに接種して、前培養を作製した。ミネラル塩培地の組成は以下の通りである:2g/L Na
2SO
4、2.468g/L (NH
4)
2SO
4、0.5g/L NH
4Cl、14.6g/L K
2HPO
4、3.6g/L NaH
2PO
4.2H
2Oおよび1g/L (NH4)
2-H-クエン酸塩。次いでこのミネラル塩培地に、2mL/L MgSO
4溶液(1.0M)と2mL/Lの微量元素溶液を添加した。微量元素溶液は、CaCl
2×2H
2O 0.5g、ZnSO
4×7H
2O 0.18g、MnSO
4×H
2O 0.1g、FeCl
3×6H
2O 16.7g、CuSO
4×5H
2O 0.16g、CoCl
2×6H
2O 0.18gを含んでいた(1Lあたり)。前培養は、初期のコールドスタート法を用いて、オービタルシェーカーで37℃、220rpmで12時間インキュベートした。前培養終了時のOD
600nmを測定し、初期のOD
600nmが0.4となるように、所与の容量を7Lの開始量のリアクターに接種した。リアクターの培地は、5g/Lグルコース、2mL消泡剤(Antifoam 2014、Sigma)および100μg/mLのアンピシリンを含むミネラル塩添加培地からなっていた。培養は37℃で行い、25%NH
4OHによる自動制御でpHを7に維持した。気流は7vvm、DOの設定値は20%に設定し、カスケード制御で撹拌速度を変更して最後の状態を維持した(撹拌の初期速度は800rpmに設定した)。バッチ段階は、15℃で13時間のコールド段階を挟んで、4時間効果的に継続した。バッチ段階の終わりに、以下の式:
【数1】
式中、F(t)は経時的な供給流量(Lh
-1)、q
sは特異的な基質取り込み速度の設定値(0.514gSgX
-1h
-1)、Sは供給溶液中のグルコース濃度(442g/L)、Xは経時的なバイオマス濃度(g/L)、Vは経時的なリアクターの体積(L)、μ
setは特異的な細胞増殖速度の設定値(0.3h
-1)、およびtはフェドバッチ段階中の時間を表す、にしたがって指数関数的な供給が開始された。供給溶液は、4mL/L 微量元素溶液,2mL/L MgSO
4溶液(1.0M)、100μg/mL アンピシリン、442g/L グルコースを添加したTUBミネラル塩培地からなっていた。
【0188】
指数関数的フェドバッチ段階を3時間行い、その後、IPTGを最終濃度0.5mMになるように自動添加して、組換えミニプロインスリンの発現を誘導した。誘導時間は30分であった。誘導段階では、リアクターに供給しなかった。誘導後、一定の流量が指数関数的供給段階で達成された最後の流量と等しくなるように、一定の供給段階を開始した。一定の供給フェドバッチ段階は5~6時間有効であった。
【0189】
大腸菌K-12 BW25113 pSW3_lacI+(対照株)のncBCAA生成を誘発する条件下における培養
培養は、前節の標準的な培養方法と同様に行った。しかし、指数関数的なフェドバッチ段階の後、1g/L ピルビン酸パルスをリアクターに自動的に加えた。ピルビン酸溶液を、5分間、常にポンプで送った。その間、供給は追加されず、空気流量は一時的に0に設定され、DOカスケード制御は切断された。最初のピルビン酸パルスの後、最終濃度0.5mMになるようにIPTGを自動添加し、組換えミニプロインスリンの発現を誘導した。誘導時間は30分であった。誘導段階では、リアクターには供給せず、空気流量とDOカスケード制御を再確立した。誘導後、上記のように30分ごとに1g/L ピルビン酸パルスを連続して行い、合計4回のパルスを行った。パルスとパルスの間には、一定の流量が指数関数的供給段階で達成された最後の流量と等しくなるように、一定の供給段階を始動し、空気流量とDOカスケード制御を再確立した。一定の供給フェドバッチ段階は5~6時間有効であった。
【0190】
ncBCAA生成を誘発する条件下におけるilvGM調整可能な大腸菌の培養
培養操作は前節と同様であるが、ilvGM調整可能な大腸菌に適合させるために、若干の変更を行った。前培養培地とリアクター培地に、25μg/mL クロラムフェニコールを追加した。リアクター培地には、プラスミドpACG_araBAD_ilvGMに組み込まれた遺伝子ilvGMの発現を誘導するために必要な0.8% L-アラビノースが追加で含まれていた。また、供給溶液には25μg/mL クロラムフェニコールと0.8% L-アラビノースを追加で添加した。
【0191】
ncBCAA生成を誘発する条件下におけるilvIH調整可能な大腸菌の培養
培養操作は、前節と同様に行った。
【実施例10】
【0192】
ncBCAAの分析
実施例9の各試験菌株の培養時間経過に伴う細胞内可溶性タンパク質画分および封入体画分に存在するncBCAAの濃度をそれぞれ
図11および
図12に示す。
【0193】
ピルビン酸パルスと酸素制限を組み合わせた対照の大腸菌株(WT大腸菌、PYR-O2)を培養したところ、誘導後、時間経過とともに、細胞内の可溶性タンパク質画分にノルロイシンとβ-メチルノルロイシンが徐々に蓄積され、ノルロイシンの蓄積が顕著であった。さらに、ノルバリン濃度も前述の培養条件で徐々に上昇したが、誘導後3時間までであった。その時点からノルバリン濃度は徐々に低下し、誘導後5時間で初期値に達した。これは、最後のピルビン酸パルスとO
2制限との組み合わせから2時間後には、ノルバリン蓄積を誘発する関連効果がもはや有効ではないことを示唆している可能性がある(
図11)。予想通り、前述の菌株は、標準的な条件で培養した対照の大腸菌株(「WT大腸菌、STD」)よりも、ノルバリンおよびノルロイシンのレベルが高かった。β-メチルノルロイシンについては、このような濃度差は見られなかった。
【0194】
試験した培養中の有望な変異株「ilvGM調整可能な大腸菌、PYR-O2」および「ilvIH調整可能な大腸菌、PYR-O2」の両者では、細胞内可溶性タンパク質画分中のノルバリンおよびノルロイシンの濃度が劇的に減少し、「ilvGM調整可能な大腸菌、PYR-O2」では、ノルロイシンがこのように大幅に減少した。しかし、β-メチルノルロイシン濃度は対照培養と比較して有意に変化しなかった。注目すべきは、ほとんどの試料において、ノルバリンの濃度がGC-FID装置の検出限界以下であったため、ノルバリンを適切に検出できなかったことである(
図11)。
【0195】
ピルビン酸パルスと酸素制限を組み合わせた対照の大腸菌株(WT大腸菌、PYR-O2)を培養したところ、誘導後、時間経過とともに、封入体画分にノルバリンとノルロイシンが徐々に蓄積された。予想通り、前述の菌株は、標準的な条件で培養した対照の大腸菌株(「WT大腸菌、STD」)よりも、ノルバリンおよびノルロイシンのレベルが高かった。やはり、細胞内可溶性画分での報告と同様に、試験した培養中の有望な変異株「ilvGM調整可能な大腸菌、PYR-O2」および「ilvIH調整可能な大腸菌、PYR-O2」の両者では、封入体画分中のノルバリンおよびノルロイシンの濃度が劇的に減少し、「ilvGM調整可能な大腸菌、PYR-O2」では、ノルロイシンがさらに減少した。試験したいずれの変異体においてもノルバリンは検出されなかった。また、β-メチルノルロイシンは試験したどのサンプルからも検出されなかった(
図12)。
【配列表】