(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-25
(45)【発行日】2025-01-09
(54)【発明の名称】細胞質雄性不稔を司る新たな遺伝子
(51)【国際特許分類】
C12N 15/29 20060101AFI20241226BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20241226BHJP
C12Q 1/6895 20180101ALI20241226BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20241226BHJP
C07K 14/415 20060101ALI20241226BHJP
C12N 15/82 20060101ALI20241226BHJP
A01H 1/00 20060101ALI20241226BHJP
A01H 6/46 20180101ALI20241226BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20241226BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20241226BHJP
【FI】
C12N15/29 ZNA
C12Q1/68
C12Q1/6895 Z
C12Q1/686 Z
C07K14/415
C12N15/82 Z
A01H1/00 A
A01H6/46
G01N33/53 M
G01N33/53 D
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2021546242
(86)(22)【出願日】2020-02-06
(86)【国際出願番号】 EP2020053036
(87)【国際公開番号】W WO2020161261
(87)【国際公開日】2020-08-13
【審査請求日】2022-11-21
(32)【優先日】2019-02-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】516005245
【氏名又は名称】ヴィルモラン・エ・シエ
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100196243
【氏名又は名称】運 敬太
(72)【発明者】
【氏名】スモール,イアン
(72)【発明者】
【氏名】メロネク,ジョアンナ
【審査官】吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】特表2003-507019(JP,A)
【文献】特開2003-289879(JP,A)
【文献】A0A3B5XW41_WHEAT [オンライン],2018年,[検索日 2023.10.27], インターネット: <URL:https://rest.uniprot.org/unisave/A0A3B5XW41?format=txt&versions=1>
【文献】A. Barkan, et al.,PLOS Genetics,2012年,Vol.8, Issue 8, e1002910,p.1-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12Q 1/00- 3/00
C07K 1/00-19/00
A01H 1/00-17/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号4と少なくとも95%同一のアミノ酸配列のOrf279タンパク質をコードする単離核酸。
【請求項2】
配列が配列番号1に示される、請求項1に記載の単離核酸。
【請求項3】
コムギ植物、種子またはバルクの種子において、請求項1または2で規定されたorf279DNA、orf279RNAまたはOrf279タンパク質を検出するための方法であって、DNAもしくはRNAまたはタンパク質試料を抽出し、orf279DNA、orf279RNAまたはOrf279タンパク質を手段により検出するステップを含む、前記方法。
【請求項4】
a.atp8と配列番号3の間の組換え接合部に、もしくは配列番号3内にマーカーを有する不稔性細胞質を検出するステップ、または、
b.雄性不稔性コムギ植物においてorf279発現の変動を検出するステップ、
を含む、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
a.ORF279組換え接合部、もしくは配列番号3を認識する分子マーカーおよびプライマー、または、
b.Orf279を認識する抗体、
を含む、請求項1または2で規定されたorf279DNA、orf279RNAまたはOrf279タンパク質の検出のための手段。
【請求項6】
請求項1または2で規定されたorf279RNAに結合可能なタンパク質をコードする機能性Rf遺伝子を同定するための方法であって、
a.PPRコードに従ってコムギ植物ゲノムにおいて同定された各Rf遺伝子によりコードされるタンパク質の標的RNA配列を予想するステップ、
b.予想された各標的RNA配列を配列番号3とともにアラインメントするステップ、
c.配列番号3との少なくとも95%の同一性を示す標的RNA配列に結合可能なタンパク質をコードするRf遺伝子を同定するステップ、または、
a.Rf候補遺伝子を含む発現カセットを用いてコムギ植物を形質転換するステップであって、前記コムギ植物が、orf279を発現する不稔性細胞質を含む、前記ステップ、
b.形質転換植物においてorf279発現のレベルを検出するステップ、
c.orf279発現のレベルが非形質転換植物と比較して低下する植物を選択するステップ、
d.機能性Rf遺伝子を同定するステップ、
を含む、前記方法。
【請求項7】
請求項1または2で規定されたorf279RNAに結合し、その発現を防止することが可能な合成PPRタンパク質の設計および最適化のための方法であって、前記合成PPRにより稔性が回復している、前記方法。
【請求項8】
請求項1または2で規定されたorf279RNAに結合し、その発現を防止することが可能な合成PPRタンパク質であって、RNA結合部位とPPRコードに従って完全には適合しないPPRの各モチーフの5および/または35番目のアミノ酸がこのコードに従って変更され、RNA配列への結合を向上させる、
前記合成PPRタンパク質。
【請求項9】
配列番号22に示される、請求項7に記載の合成PPRタンパク質。
【請求項10】
請求項8または9に記載の合成PPRを発現する植物であって、前記合成PPRが請求項1または2で規定されたorf279RNAに結合する、前記植物。
【請求項11】
請求項1または2で規定されたOrf279をコードする核酸配列を、植物において機能するプロモーターおよびミトコンドリア輸送ペプチドの下流に含む、組換え発現カセット。
【請求項12】
請求項11に記載の組換えカセットを発現する植物。
【請求項13】
コムギである、請求項12に記載の植物。
【請求項14】
請求項1または2で規定されたOrf279をコードする核酸配列を、植物において機能するプロモーターおよびミトコンドリア輸送ペプチドの下流に含む、組換え発現カセットを用いて、植物を形質転換することにより不稔性植物を得るための方法。
【請求項15】
orf279DNA/RNA結合または編集複合体をコードする遺伝子を含む組換え発現カセットを用いてコムギ植物を形質転換することにより稔性コムギ植物を得るための方法であって、前記orf279RNA/DNA結合または編集複合体を、植物において機能するプロモーターおよびミトコンドリア輸送ペプチドの下流にクローニングし、前記orf279が請求項1または2で規定されたものである、前記方法。
【請求項16】
orf279T-CMS細胞質を内包する不稔性植物または正常細胞質を内包する稔性植物を検出するための方法であって、
a)植物からDNAまたはRNA試料を抽出するステップ、
b)orf279T-CMS配列の存在または非存在を、適するプライマー対を用いたPCR増幅により検出するステップであって、前記orf279が請求項1または2で規定されたものである、前記ステップ、
c)前記植物の稔性または不稔性状態を判定するステップ、
を含む、前記方法。
【請求項17】
orf279T-CMS配列を増幅するステップb)が、配列番号52、53および54のプライマーを使用して実施される、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
orf279T-CMS配列を増幅する配列番号52、53および54のプライマーを含む、請求項1または2で規定されたorf279の存在または非存在を判定するための診断マーカー。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
2050年までには、世界のヒトの人口は、90億を上回ると予期される(国際連合、2017)。同時に、耕作可能地域では、1970年の1人あたり0.38haから2050年の1人あたり0.15haまで縮小すると予想される(FAOSTAT2017)。したがって、将来の食糧需要を満たすために、理想的には、水または肥料の使用を増加させずに、1ヘクタールあたりの収率を増加させる必要がある。総作物生産に11%寄与することにより、コムギは、世界中で栽培される最も重要な小穀物の1つとなっている(FAOSTAT2017、Langridge2017)。1960年の緑の革命による作物の導入後、作物、例えば、イネ、トウモロコシおよびソルガムの雑種変種の作製は、生産性を顕著に向上させ、今日、世界の食糧生産の50%を占めるほど全体的穀物種子生産に非常に寄与した(FAOSTAT2017)。効率的な受粉制御系を欠くため、コムギの雑種作製は、化学交雑剤(CHA)の使用に主に依存し、わずかに適用されるのみである(Whitfordら、2013)。おそらくこの結果として、コムギ収率の増加の割合は、トウモロコシまたはイネの増加と比較して過去10年間で緩徐となっている(FAOSTAT2017、Whitfordら、2013)。
【0002】
雑種作製の主な目標は、雑種強勢を利用して、資源およびエネルギー効率的な植物をさらに高く、さらに安定な収率で生産することである。コムギの雑種強勢と関連する収率の向上は、15%に達し得ることが推定される(Longinら、2012)。雑種作製は、コムギのような自家生殖植物の自家受粉を遮断する方法を必要とし、この場合、雄および雌の生殖器の手動分別は、労働集約的であり、このため産業規模では適用不可能である(Chaseら、2007)。トウモロコシ、イネおよびソルガムを含む、いくつかの作物の雑種の生産に良好に使用されている系は、植物不稔性を生じる遺伝的に調節した形質である細胞質雄性不稔(CMS)に基づく3系統育種系である(ChenおよびLiu2014;Bohraら、2016;YamagishiおよびBhat2014;Saxenaら、2015)。これは、3種の育種系統:CMSを担う遺伝子を保有する細胞質雄性不稔系統(A系統)、不稔性を維持しながらA系統の繁殖に必要とされる維持系統(B系統)、およびF1植物の稔性を回復させることが可能な稔性回復(Rf)遺伝子を保有する回復系統(R系統)を必要とする(ChenおよびLiu2014)。歴史的には、適切なRf遺伝子を欠くことにより補完されたコムギの花のユニークな構造および発達により支配される強力な近親交配の性質は、コムギの雑種種子生産へのCMSの適用を制限する主要な因子である(Whitfordら、2013)。
【0003】
コムギの栽培におけるCMSは、花粉ドナーとしてのパンコムギ(Triticum aestivum)と、野生コムギ、例えば、Triticum timopheeviiまたは近縁種、例えば、AegilopsもしくはHordeumとの間の種間交配、およびパンコムギへの戻し交配に起源を有する(Whitfordら、2013)。コムギにおける雄性不稔の最初の事例は、1951年に報告され、この場合、Aegilops caudata細胞の核を、Triticum aestivum由来の核により置換した(Kihara、1951)。その後、T型CMSコムギ(G型CMSとしても知られる)は、雌性親としてのTriticum timopheeviiと雄性親としてのパンコムギとの間の交配に由来した(WilsonおよびRoss1962)。
【0004】
T-CMSが、T.timopheeviiのミトコンドリアゲノムにおけるorf256と名付けられた単一遺伝子により生じると提唱された(RathburnおよびHedgcoth、1991)。配列解析により、orf256の-228から+33の領域(開始コドンに対して)は、T.aestivumにおけるcox1由来の類似の領域(ミトコンドリア複合体IVのサブユニット1をコードする)と同一であるが、3’隣接領域を含む残りのorf256は、cox1とは関連しないことが明らかとなった(RathburnおよびHedgcoth、1991;SongおよびHedgcoth、1994A)。単一の組換え現象により、T.timopheeviiのミトコンドリアDNA(mtDNA)においてorf256の形成が生じた可能性が最も高い(RathburnおよびHedgcoth、1991;SongおよびHedgcoth、1994A)。T.timopheevii、CMS(T.aestivumの核、T.timopheeviiのミトコンドリア)、および稔性回復系統由来のorf256断片の遺伝子組織は同一であるが、orf256転写物のプロセシングは、核の種々のバックグラウンドにより変化することが考証された(RathburnおよびHedgcoth1991;SongおよびHedgcoth、1994A)。Orf256の名称は、orf256コード配列によりコードされる256アミノ酸に起源を有する(RathburnおよびHedgcoth、1991)。orf256のコードされたアミノ酸配列の一部に対応するペプチドに対する抗体により、T-CMSコムギ由来のミトコンドリアタンパク質のウエスタンブロットにおいて7kDaのタンパク質が検出されるが、稔性回復のための核遺伝子の導入により稔性の回復したT.aestivum、T.timopheevii、またはT-CMS植物由来のミトコンドリアタンパク質のブロットでは、検出されなかった(SongおよびHedgcoth1994B)。その上、Orf256が、ミトコンドリアの内膜において固定されることがわかっている(SongおよびHedgcoth1994B)。Hedgcothらにより実施されたT-CMSについての最初の分子的研究以来、フォローアップ研究は、向こう25年間は開始されなかった。
【0005】
稔性回復(Rf)タンパク質が核においてコードされ、翻訳後にミトコンドリアを標的とし、この場合、これらが、CMS特異的ORFをコードするRNAの蓄積を防ぐことが今日わかっている(Kazamaら、2008;Bentoliaら、2002)。今日までに同定された高等植物のRf遺伝子の大多数が、ペンタトリコペプチドリピート(PPR)タンパク質をコードする(Kotchoniら、2010;ChenおよびLiu2013)。PPRファミリーは、陸生植物において高度に拡大しており、CMSに関与し、稔性回復様遺伝子(Rfl)と呼ばれるこのファミリーメンバーは、遺伝子クラスターとして2~3つのゲノム位置に存在する傾向を有する(Schmitz-LinneweberおよびSmall、2008;Fujiiら、2011;Melonekら、2016)。例えば、いくつかのRf遺伝子は、CMS-Chinsurash BoroIIのRf1aおよびRf1bならびにCMS野生不全型のRf4を含む、イネの10番染色体上の遺伝子クラスターに位置する(Akagiら、2004;Wangら、2004;Zhangら、2002)。コムギRefSeq v1.0ゲノムにおけるPPRファミリーの最近の世界的解析では、その大多数が1、2および6番染色体上のクラスターにおいて組織化される207種のRfl遺伝子の存在が明らかとなった(The International Wheat Genome Sequencing Consortium、2018)。
【0006】
T-CMS系において稔性を制御する、Triticum aestivumのいくつかの回復遺伝子、すなわち、Rf1(chr1A)(Duら1991)、Rf2(chr7D)(BahlおよびMaan1972;Maanら1984)、Rf3(chr1B)(TahirおよびTsunewak.K1969)、Rf4(chr6B)(Maanら1984)、Rf5(chr6D)(BahlおよびMaan1972)、Rf6(chr5D)(BahlおよびMaan1972)、Rf7(chr7B)(BahlおよびMaan1972)およびRf8(chr2D)(Sinhaら2013)が報告されている。Rf1座位は、T.timopheevii遺伝子移入系統R3において最初に記載され(Livers1964;BahlおよびMaan1973)、1A染色体上に位置することが後に見出された(RobertsonおよびCurtis1967)。また、この染色体上の回復遺伝子座位は、他の3つのT.timopheevii遺伝子移入系統である、春コムギ系統R113およびこの子孫においても見出された(BahlおよびMaan1973;Maanら1984;Maan1985;Duら1991)。最近、Rf1座位は、1A染色体上の8.17Mbpの領域に遺伝的にマッピングされた(Greyerら、2017)。加えて、Rf1の修飾遺伝子座位は、1B染色体上に同定された(Greyerら、2017)。Rf3は、最も有効な回復遺伝子座位のうちの1つとして報告された(MaおよびSorrells、1995;Kojimaら、1997;Ahmedら2001;Geyerら2016)。2つのSNPマーカーは、1B染色体上の2cMの断片においてRf3座位の位置設定を可能とした(Geyerら、2017)。Rf1およびRf3の両方のゲノム位置は、1Aおよび1Bのコムギ染色体上に存在すると記載されるRFLクラスターの位置と重複する(International Wheat Genome Sequencing Consortium、2018)。
【0007】
雑種育種プログラムにおけるCMSおよびRf遺伝子の有効な使用のためには、植物ミトコンドリアにこれらを関連付ける分子機構を理解することが極めて重要である。本発明では、T-CMSコムギにおける雄性不稔を担う新たな遺伝子orf279の同定について、Rf1およびRf3関連回復機構の分子特性決定により論じる。本発明では、orf279遺伝子配列情報から開発した新たな分子および育種ツールについて論じる。
【発明の概要】
【0008】
本発明の第1の態様は、配列番号4と少なくとも95%同一のアミノ酸配列のOrf279タンパク質をコードする単離核酸である。
【0009】
第2の態様では、本出願は、試料中のorf279DNA、orf279RNAまたはOrf279タンパク質を検出する方法に関する。
【0010】
第3の態様では、本発明は、orf279RNAに結合可能なタンパク質をコードする機能性Rf遺伝子を同定するための方法に関する。
【0011】
第4の態様では、本発明は、orf279RNAに結合し、その発現を防止することが可能な合成PPRタンパク質の設計および最適化のための方法に関する。
【0012】
第5の態様では、本発明は、不稔性植物を得るための方法に関する。
【0013】
第6の態様では、本発明は、稔性コムギ植物を得るための方法に関する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
定義
「植物(1つまたは複数)」への参照がなされるときは常に、植物部位(細胞、組織または器官、種子の鞘、種子、切断部位、例えば、根、葉、花、花粉等)、親の際立った特性(特に、請求するRf核酸と関連する雄性稔性)を保持する植物の後代、例えば、自家受粉または交配により得られる種子、例えば、雑種種子(2つの同系交配親植物を交配することにより得られる)、雑種植物およびこれらに由来する植物部位を、他に指示しない限り、本明細書において包含することが理解される。
【0015】
本明細書において使用する場合、「コムギ植物」は、例えば、T.aestivum、T.aethiopicum、T.araraticum、T.boeoticum、T.carthlicum、T.compactum、T.dicoccoides、T.dicoccon、T.durum、T.ispahanicum、T.karamyschevii、T.macha、T.militinae、T.monococcum、T.polonicum、T.spelta、T.sphaerococcum、Triticum timopheevii、T.turanicum、T.turgidum、T.urartu、T.vavilovii、T.zhukovskyi FaegiのようなTriticum属の種を指す。また、コムギ植物は、AegilopsおよびTriticale属の種を指す。
【0016】
本明細書において使用する場合、「T.timopheeviiCMS細胞質の稔性の回復」の用語は、T.timopheeviiCMS細胞質を含むコムギ植物における発現が、花粉生成の回復に寄与するタンパク質を指す。
【0017】
CMSを司る新たな遺伝子
発明者らは、orf279遺伝子が、T.timopheevii細胞質を含むコムギ植物においてCMSを司ることを発見した。明確には、この細胞質は、本明細書においてT-CMSと呼ぶ。これは、orf279を発現する任意の細胞質を指し、代表的細胞質は、T.timopheeviiの細胞質である。例えば、T-CMSは、T.timopheeviiに由来するコムギ植物に存在し得る。また、T-CMSは、T.timopheeviiが由来するコムギ植物、例えば、T.timopheeviiの栽培品種であるT.araraticumであり得る。
【0018】
本発明は、配列番号4と少なくとも95%同一のアミノ酸配列のOrf279タンパク質をコードする単離核酸に関する。
【0019】
特定の実施形態では、本発明は、配列が配列番号1に示される単離核酸に関する。
【0020】
実施例において実証されるように、orf279は、ゲノムにおける組換え現象から生じる。配列番号2に示す5’部分は、ATP合成酵素サブユニット8をコードする遺伝子(atp8遺伝子)の5’部分に対応する。反対に、配列番号3に示すorf279の3’部分は、この遺伝子に特異的であり、本出願において「orf279ユニーク領域」と呼ぶ。
【0021】
また、本発明は、コムギ植物、種子またはバルクの種子においてorf279DNAを検出するための方法であって、DNA試料をコムギ植物から抽出および単離するステップと、orf279DNAを特定の手段により検出するステップとを含む、方法に関する。
【0022】
特定の実施形態では、orf279DNAを検出するための方法は、種々の系統または種々の変種において、より詳細には、種々のコムギ系統または変種において、種々の植物または変種間、特に、CMSを有する植物間のorf279の存在/非存在を識別するために実施する。
【0023】
orf279DNAの存在は、系統または植物が、T-CMSを誘導することが可能な細胞質を内包していることを意味する。このような細胞質を内包する系統または植物は、不稔性表現型または稔性表現型を有し得る。後者の場合では、このような稔性植物は、機能性稔性回復遺伝子「Rf」を保有する可能性を有する。
【0024】
反対に、orf279DNAの非存在は、系統または植物が、T-CMSを提示することができないことを意味する。
【0025】
この特定の実施形態は、コムギ細胞質の多様性のスクリーニングについての研究において、および雑種コムギ系における不稔性雌性遺伝子型の質のスクリーニングのための種子作製においての使用が特に興味深い。orf279DNAの検出は、親系統の作製および繁殖、ならびにA系統の維持および雑種作製のための種子作製における興味の対象となり得る。
【0026】
別の実施形態では、このような方法は、組換えミトコンドリアDNAにおけるorf279DNAの同定について興味の対象となる。組換えミトコンドリアDNAは、ある植物から別の植物へのミトコンドリアの移行後に得られ、このような植物は、同一種または異なる種に属する。このような移行は、2つの親植物由来のミトコンドリアの混合を生じる任意の方法(すなわち、原形質融合、移植または2親性遺伝が達成可能な場合の有性的交配)により達成することができる。本発明では、移行は、T-CMS細胞質により特徴づけられる植物から、T-CMS細胞質を有しない別の植物にまで生じる。
【0027】
「不稔性雌性表現型」の用語は、この表現型を有する植物が、雄性不稔性細胞質を内包することが確かであることを意味する。
【0028】
また、本発明は、コムギ植物、種子またはバルクの種子においてorf279RNAを検出するための方法であって、RNA試料をコムギ植物から抽出および単離するステップと、orf279RNAを特定の手段により検出するステップとを含む、方法に関する。
【0029】
特に、orf279DNA、RNAの検出のための一手段は、atp8と「orf279ユニーク領域」の間の組換え接合部を認識するマーカーである。
【0030】
別の実施形態では、検出のための手段は、orf279DNA、RNAの増幅が可能となるプライマーである。特に、プライマーの少なくとも1つは、orf279に特異的な配列である配列番号3に示すorf279の3’部分にハイブリダイズする。
【0031】
特に、orf279DNA、RNAを増幅するフォワードプライマーおよびリバースプライマーは、
- フォワードプライマー:配列番号12、配列番号6、配列番号10、および
- リバースプライマー:配列番号7、配列番号11、配列番号9
の中から選択されるか、またはフォワードプライマー配列番号8およびリバースプライマー配列番号9で構成される。
【0032】
本発明では、DNAの用語は、cDNAを含み得る。
【0033】
特定の実施形態では、コムギ系統または植物におけるorf279RNAの発現レベルまたはパターンは、定量し、参照植物材料のorf279RNAの発現レベルおよびパターンと比較することができる。参照は、orf279を含む細胞質を有する不稔性コムギ系統もしくは不稔性コムギ系統の群、または稔性系統もしくは稔性植物の群であり得る。稔性系統は、維持系統(orf279を含む細胞質を有しないため陰性対照とみなす)、またはorf279を含む細胞質、および稔性回復遺伝子Rfを含む核遺伝子型を有する回復系統のいずれかであり得る。
【0034】
不稔性コムギ系統と比較した試験植物におけるorf279RNAの類似のレベルおよびパターンは、植物がCMS表現型を呈する可能性を有することを示す。稔性コムギ参照と比較した試験植物におけるorf279RNAの類似のレベルおよびパターンは、植物が稔性表現型を呈する可能性を有することを示す。したがって、例えば、国際公開第2019/086510号に記載するように、遺伝子のスタックにおいて、新たなRf遺伝子をスクリーニングもしくは同定するか、または種々のRf遺伝子の組合せの稔性回復レベルを評価することが可能である。
【0035】
限定されないが、典型的には、orf279RNAのレベルは、qRT-PCRまたはRNA-seqにより定量することができる。
【0036】
また、本発明は、コムギ植物、種子またはバルクの種子においてOrf279タンパク質を検出するための方法であって、タンパク質を抽出および単離するステップと、Orf279タンパク質を特定の手段により検出するステップとを含む、方法に関する。
【0037】
タンパク質抽出物中のタンパク質を検出するための手段は、当業者により周知である。特に、Orf279タンパク質は、配列番号5に示すOrf279タンパク質のユニークな部分に位置するエピトープに対する抗体による免疫学的検出を使用して検出および定量することができる。特に、Orf279タンパク質の検出は、ウエスタンブロット、ELISAまたはイムノストリップアッセイにより行う。
【0038】
特定の実施形態では、コムギ系統におけるOrf279タンパク質の発現のレベルまたはパターンは、定量し、参照植物材料のOrf279タンパク質のレベルおよびパターンと比較する。参照は、orf279を含む細胞質を有する不稔性コムギ系統もしくは不稔性コムギ系統の群、または稔性系統もしくは稔性植物の群であり得る。稔性系統は、維持系統(orf279を含む細胞質を有しないため陰性対照とみなす)、またはorf279を含む細胞質、および稔性回復遺伝子Rfを含む核遺伝子型を有する回復系統のいずれかであり得る。
【0039】
不稔性コムギ系統と比較した試験植物におけるOrf279タンパク質の類似のレベルおよびパターンは、植物がCMS表現型を呈する可能性を有することを示す。稔性コムギ参照と比較した試験植物におけるOrf279タンパク質の類似のレベルおよびパターンは、植物が稔性表現型を呈する可能性を有することを示す。
【0040】
したがって、本発明はまた、コムギ植物、種子またはバルクの種子においてorf279DNA、orf279RNAまたはOrf279タンパク質を検出するための方法であって、DNAもしくはRNAまたはタンパク質試料を抽出し、orf279DNA、orf279RNAまたはOrf279タンパク質を手段により検出するステップとを含む、方法に関する。
【0041】
特定の実施形態では、前記方法は、
- atp8および配列番号3の間の組換え接合部に、もしくは配列番号3内にマーカーを有する不稔性細胞質を検出するステップ、または
- 雄性不稔性コムギ植物においてorf279発現の変動を検出するステップ
を含む。
【0042】
また、本発明は、
a.atp8と配列番号3の間のorf279組換え接合部を認識する分子マーカーおよびプライマー、例えば、上記のプライマー、もしくは配列番号3を認識するマーカーおよびプライマー、または
b.Orf279を認識する抗体、特に、配列番号5に位置するエピトープに対する抗体
を含む、Orf279DNA、RNAまたはタンパク質の検出のための手段に関する。
【0043】
また、本発明は、
- RNAおよびタンパク質を抽出するステップ、
- orf279RNAまたはOrf279タンパク質を検出および定量するステップ、
- orf279RNAレベル(もしくはパターン)またはOrf279タンパク質レベル(もしくはパターン)を、orf279を含む不稔性コムギ系統および稔性コムギ系統において定量したレベルと比較するステップ
を含む、コムギ植物、種子またはバルクの種子の不稔性または稔性表現型を検出するための方法に関する。
【0044】
orf279RNAおよびOrf279タンパク質を検出および定量するための手段は、これまでに記載した手段である。
【0045】
orf279を含む細胞質を有する不稔性コムギ系統と比較したコムギ植物におけるorf279RNAまたはOrf279タンパク質の類似のレベルは、植物がCMS表現型を呈することを示す。
【0046】
この方法により、多様なコムギ細胞質のスクリーニング、または雑種コムギ系での種子生産において使用する不稔性雌性遺伝子型の質をスクリーニングすることが可能となる。
【0047】
また、本発明は、orf279RNAに結合可能なタンパク質をコードする機能性Rf遺伝子を同定するための方法であって、
a.PPRコードに従ってコムギ植物ゲノムにおいて同定された各Rf遺伝子によりコードされるタンパク質の標的RNA配列を予想するステップ、
b.予想された各標的RNA配列を配列番号3とともにアラインメントするステップ、
c.配列番号3との少なくとも95%の同一性を示す標的RNA配列に結合可能なタンパク質をコードするRf遺伝子を同定するステップ、
d.任意選択で、選択されたPPRモチーフの5および35番目のアミノ酸を変更して、配列番号3とのPPRコードによる適合を向上させることにより、選択されたRfタンパク質の配列を最適化するステップ
を含む、方法に関する。
【0048】
ステップaでは、あらゆる可能なリボヌクレオチドは、5および35番目のアミノ酸の各組合せについて、PPR RNA結合コードに従って判定する。RNAの対応するPPRへの結合について最も高得点の標的RNA配列が選択される。標的RNA配列は、5~50塩基の長さであり、優先的には、10~20塩基の長さである。
【0049】
ステップbでは、予想した標的RNA配列は、配列番号3に示すorf279ユニーク領域に対してアラインメントする。アラインメントは、配列番号3の完全長または断片の全体に対して行われ得る。このような断片は、5~50塩基の長さであり、優先的には、10~20塩基の長さであり得る。
【0050】
ステップcでは、標的RNA配列は、配列番号3との少なくとも95、96、97、98、99または100%の同一性を、アラインメントした領域全体に対して有する。
【0051】
特定の実施形態では、方法は、orf279RNAへの結合の検証に対応するステップeを含み、この場合、T-CMS細胞質を有する植物は、Rfタンパク質候補を発現するベクターにより形質転換され、表現型決定および/またはorf279発現の解析により、稔性回復を解析する。
【0052】
orf279RNAに結合可能なPPRタンパク質をコードする機能性Rf遺伝子についてスクリーニングするための代替方法は、
a.候補Rf遺伝子を含む発現カセットを用いてコムギ植物を形質転換するステップであって、このコムギ植物が、Orf279タンパク質を発現する不稔性細胞質を有する、ステップ、
b.形質転換植物においてorf279発現のレベルおよびパターンを検出するステップ、
c.orf279発現のレベルまたはパターンが非形質転換植物と比較して変化する植物を選択するステップ
d.機能性Rf遺伝子を同定するステップ
を含む。
【0053】
コムギ植物の形質転換方法は、当業者により周知である。例えば、これは、Agrobacterium tumefaciens媒介方法または微粒子銃による方法を使用して行うことができる。
【0054】
この方法では、Rf候補遺伝子は、orf279RNAまたはOrf279タンパク質のレベルまたはパターンを、orf279を発現する不稔性細胞質を有するコムギ系統と比較して変化させる能力についてスクリーニングする。変化は、1つまたは複数の植物組織におけるRNAまたはタンパク質レベルの低下であり得る。
【0055】
稔性を回復することが可能なRf候補遺伝子を選択する。
【0056】
本発明の別の態様は、orf279RNAに結合し、その発現を防止することが可能な合成PPRタンパク質の設計および最適化のための方法であって、前記合成PPRタンパク質により稔性が回復する、方法に関する。
【0057】
本発明によれば、「orf279RNAの発現の防止」の表現は、RNA切断、RNA分解、または翻訳の阻害の誘導を意味する。
【0058】
特定の実施形態では、方法は、
a.配列番号3における目的の標的RNA配列を同定するステップであって、この標的RNA配列が、5~50塩基の長さであり、優先的には、10~20塩基の長さである、ステップ、
b.アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)およびウラシル(U)を含む群から選択された各標的RNA塩基に1対のアミノ酸をPPR RNA結合コードに従って割り当てるステップ、
c.標的RNA配列に結合可能なPPR RNA結合モチーフを含む合成PPR配列(ステップbにおいて定義するアミノ酸対をそれぞれ含む)を設計するステップ
を含む。
【0059】
別の特定の実施形態では、この方法は、細胞質稔性を回復させることが可能な、より詳細には、これまでに記載のように、または実施例Cに記載のように同定された、候補Rfタンパク質の最適化を含む。この最適化は、Rfタンパク質のorf279RNAへの結合を向上させることを目標とする。
【0060】
特定の実施形態では、最適化は、
図5に記載のように行う。PPRの各モチーフの5および35番目のアミノ酸を列挙して、モチーフの数を示し、下にRNA配列を示す。RNA結合部位とPPRコードに従って完全には適合しない5および/または35番目のアミノ酸は、このコードに従って変更して、RNA配列への結合を向上させる。
【0061】
PPRコードは、国際出願の国際公開第2013/155555号A1に記載されている。
【0062】
また、本発明は、orf279RNAに結合することが可能な、上記の方法により得られる合成PPRタンパク質に関する。
【0063】
特定の実施形態では、orf279RNAに結合することが可能なPPRタンパク質は、配列番号22に示される。
【0064】
特に、合成PPRタンパク質は、orf279RNAに結合し、orf279の発現を防止し、これにより稔性を回復させることが可能である。
【0065】
稔性の回復は、合成PPRを発現するベクターをT-CMS細胞質を有するコムギ植物に導入し、次いで、実施例のパートBに記載のように稔性回復表現型決定アッセイまで進めることにより容易に確認することができる。
【0066】
別の態様では、本発明は、orf279に結合し、この発現を防止する合成PPRを発現するベクターを用いて、植物を形質転換することにより稔性コムギ植物を得るための方法に関する。ベクターは、合成PPRをコードする核酸配列を、植物において機能性のプロモーターの下流に含む、組換え発現カセットを含む。
【0067】
特定の実施形態では、このような方法はまた、orf256に結合するPPRを発現するベクターを用いて、前記植物を形質転換するステップを含む。
【0068】
また、本発明は、これまでに記載のように得られるorf279に結合する合成PPRを発現する植物に関する。したがって、このような植物は、稔性表現型を有する。
【0069】
「プロモーター」の用語は、本明細書において使用する場合、コード配列の上流のDNA領域(開始コドンの上流)を指し、RNAポリメラーゼ、および転写を開始する他のタンパク質の認識および結合のための、開始コドンの前のDNA領域を含む。発現に有用な構成的プロモーターの例としては、35Sプロモーターまたは19Sプロモーター(Kayら、1987)、イネアクチンプロモーター(McElroyら、1990)、pCRVプロモーター(Depigny-Thisら、1992)、CsVMVプロモーター(Verdaguerら1996)、トウモロコシのユビキチン1プロモーター(ChristensenおよびQuail、1996)、Agrobacterium tumefaciensのT-DNAの調節配列が挙げられ、マンノピン合成酵素、ノパリン合成酵素、オクトピン合成酵素をコードする遺伝子由来の調節配列を含む。
【0070】
プロモーターは、「組織選択性」、すなわち、特定の組織において転写を開始するか、または「組織特異性」、すなわち、特定の組織においてのみ転写を開始し得る。このようなプロモーターの例は、胚に特異的なDHN12、LTR1、LTP1、師部に特異的なSS1、タペート組織に特異的なOSG6Bである(Gotzら2011およびJones2015)。
【0071】
他の適するプロモーターをも使用し得る。これは、誘導性プロモーターまたは発生的調節プロモーターであり得る。「誘導性」プロモーターは、一部の環境制御下で転写を開始するか、または例えば、非生物的ストレス誘導RD29、COR14bのようにストレス誘導性であり得る(Gotzら、2011)。
【0072】
典型的には、プロモーターは、核において作動している。
【0073】
構成的プロモーター、例えば、ZmUbiプロモーター、典型的には、配列番号16のZmUbiプロモーター、またはCaMV35Sプロモーターを使用し得る。最終的には、pTaRFL46、79および104に対応する配列番号26、配列番号27および配列番号28のプロモーターをも使用することができる。
【0074】
特に、本出願において使用する構成的プロモーターは、配列番号14に示すproZmUBI_intUBI、proOsActin_intOsActin、proVirCsVMV、proVir35S、pro35S_intZmUBIである。
【0075】
本発明の別の態様は、配列番号1のOrf279をコードする核酸配列を、植物において作動しているプロモーターおよびミトコンドリア輸送ペプチドをコードする配列の下流に含む、組換え発現カセットに関する。
【0076】
ミトコンドリア輸送ペプチドは、ペプチドをミトコンドリアに方向づけることを可能とする。Huangら(2009)では、植物ミトコンドリア輸送ペプチドの主な特性について記載している。
【0077】
特に、ミトコンドリア輸送ペプチドは、Oryza sativa由来の配列であり、より詳細には、配列番号19に示すOsPPR_02g02020または配列番号20に示すOs01g49190に対応する。
【0078】
このような組換えカセットは、植物の形質転換に使用することができる。したがって、本発明はまた、Orf279をコードする核酸配列を、植物において機能するプロモーターおよびミトコンドリア輸送ペプチドの下流に含む、組換え発現カセットを発現する植物に関する。
【0079】
特定の実施形態では、前記植物は、コムギである。
【0080】
また、本発明は、Orf279をコードする核酸配列を、植物において機能するプロモーターおよびミトコンドリア輸送ペプチドの下流に含む、組換え発現カセットを用いて、植物を形質転換することにより不稔性植物を得るための方法に関する。
【0081】
特定の実施形態では、この植物はまた、Orf279をコードする核酸配列を、植物において機能するプロモーターおよびミトコンドリア輸送ペプチドの下流に含む、組換え発現カセットを用いて形質転換される。より詳細な実施形態では、前記植物は、コムギである。
【0082】
細胞質雄性不稔性を有しorf279遺伝子を有する植物から稔性植物、特に、コムギ植物を得るために、遺伝子の転写および/またはorf279RNAの翻訳の減少が可能となる公知の手段を使用することが可能である。
【0083】
別の態様では、本発明は、orf279DNA/RNA結合または編集複合体をコードする遺伝子(複数可)を含む組換え発現カセットを用いてコムギ植物を形質転換することにより稔性コムギ植物を得るための方法であって、前記orf279DNA/RNA結合または編集遺伝子を、植物において機能するプロモーターおよびミトコンドリア輸送ペプチドの下流にクローニングする、方法に関する。
【0084】
orf279DNA/RNA結合または編集複合体は、(1)orf279遺伝子をミトコンドリアゲノムにおいて直接破壊するか、または(2)orf279転写物の発現を減少させることが可能な、DNAまたはRNA編集ツールである。
【0085】
公知のゲノム編集ツールを使用して、コムギ植物の核およびミトコンドリアゲノムにおける対応するorf279遺伝子を、対応する座位における欠失、挿入または部分的もしくは全体的アレル置換により標的とすることができる。このようなゲノム編集ツールは、2本鎖切断技術、例えば、限定されないが、メガヌクレアーゼ、ジンクフィンガーヌクレアーゼ、TALEN(国際公開第2011/072246号)、もしくはCRISPR Cas9(国際公開第2013/181440号)およびCRISPR Cas13a、Cpf1を含むCRISPR CAS系、または改変ヌクレアーゼを使用する2本鎖切断技術に基づくこれらの次世代技術によりもたらされる標的配列修飾を含むが、これらに限定されない。RNA編集因子を設計および使用して、コムギミトコンドリアのorf279転写物のコード配列における終止コドンの導入により翻訳中途終結を導入することができる。
【0086】
別の態様では、本発明は、orf279T-CMS細胞質を内包する不稔性植物または正常細胞質を内包する稔性植物を検出するための方法であって、
a)植物からDNAまたはRNA試料を抽出するステップ、
b)orf279T-CMS配列の存在または非存在を、適するプライマー対を用いたPCR増幅により検出するステップ、および任意選択で、正常細胞質配列の存在または非存在を、適するプライマー対を用いたPCR増幅により検出するステップ、
c)植物の稔性または不稔性状態を判定するステップ
を含む、方法に関する。
【0087】
orf279T-CMSの増幅に適するプライマー対は、例えば、配列番号52および54、またはこれらのバリアントのプライマー対であり得る。他の適するプライマー対は、配列番号12、配列番号6、配列番号10または配列番号8の配列から選択されるフォワードプライマー、および配列番号7、配列番号11または配列番号9の配列から選択されるリバースプライマーを使用することにより、好ましくは、配列番号8のフォワードプライマーおよび配列番号9のリバースプライマーにより得られるプライマー対を使用することにより得ることができる。
【0088】
正常細胞質配列の増幅に適するプライマー対は、例えば、配列番号53および54、またはこれらのバリアントのプライマー対であり得る。
【0089】
稔性または不稔性植物状態を判定するステップc)は、PCR増幅シグナルの存在または非存在を検出することにより実施することができる。特に、不稔性状態は、orf279T-CMS配列の増幅が可能な特異的プライマーを使用した増幅シグナルの存在に依存し、一方、稔性状態は、この増幅シグナルの非存在により判定する。
【0090】
任意選択で、適するプライマー対により正常細胞質配列を増幅するステップは、稔性植物状態を確認する陽性対照として実施することができる。
【0091】
勿論、当業者は、上に特定するバリアントプライマーを使用してもよく、このバリアントプライマーまたは核酸プローブは、上に特定するプライマーのいずれか1つとの、少なくとも90%、好ましくは95%の配列同一性を有する。
【0092】
配列同一性のパーセントは、本明細書において使用する場合、アラインメントした核酸配列において適合した位置の数を算出し、適合した位置の数をアラインメントしたヌクレオチドの総数で割り、100を掛けることにより判定する。適合した位置は、同一のヌクレオチドが、アラインメントした核酸配列の同一の位置に生じるような位置を指す。例えば、核酸配列は、BLAST2配列(Bl2seq)によりBLASTNアルゴリズムを使用してアラインメントし得る(www.ncbi.nlm.nih.gov)。
【0093】
さらなる態様では、本発明は、orf279T-CMS配列を増幅する配列番号52および54のプライマー対と、任意選択で、正常細胞質配列を増幅する配列番号53および54のプライマー対とを含む、orf279の存在または非存在を判定するための診断マーカーに関する。
【0094】
親系統の作製または転換および増加ならびに雑種作製においてT.timophevii細胞質の存在に従うorf279診断マーカーは、次の作業に使用することができる。
【0095】
- 親系統作製のための育種計画:
o 回復細胞質が異質細胞質である場合、すなわち、R系統がT-CMS細胞質を保有する場合、A系統およびR系統におけるT.timophevii細胞質の戻し交配による転換。単一の種子、バルクの種子または植物におけるOrf279の存在の制御。
o 回復細胞質が異質細胞質である場合、すなわち、R系統がT-CMS細胞質を保有する場合、DH、SSD、系統育種または他の任意の育種計画によるR系統の作製。単一の種子、バルクの種子または植物におけるOrf279の存在の制御。
【0096】
- 商業目的の研究のための作製
o 維持、雑種作製またはDUS評価のための、A系統の単一の種子、バルクの種子または植物の制御。
o 回復細胞質が異質細胞質である場合、すなわち、R系統がT-CMS細胞質を保有する場合、R系統の単一の種子、バルクの種子または植物の制御。
o T-CMS雑種の単一の種子、バルクの種子または植物の制御。マーカーにより、雑種ロットにおける非異質細胞質穀物(コムギ細胞質については任意のコムギ系統)による夾雑の測定が可能となる。これを使用して、雑種種子ロットの純度および雑種性レベルを制御することができる。
o DUS試験および公式試験に送られたF1種子ロットの制御。マーカーにより、雑種が異質細胞質であるかどうかの検証が可能となる。これは雑種の稔性を確認するのに必須のステップである。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【
図1-1】orf256の発現が、Rf1およびRf3により変化しないことを示す図である。
図1Aは、orf256ゲノム構造の模式的概観である。RT-PCR解析において使用するプライマーP1~P3の結合部位を示す。
図1Bは、種々のコムギ遺伝子型におけるorf256の発現のRT-PCR解析を示す。Mは100bpのラダーであり、cは水対照である。アクチンを内部参照対照として使用した。
【
図1-2】orf256の発現が、Rf1およびRf3により変化しないことを示す図である。
図1Cは、6つのコムギ変種を含むノーザンブロットによるorf256プロセシングに関するいくつかのT-CMS系統の調査を示す。orf256の検出に使用したWORF256プローブは、これまでに記載のように作製した(Songら、1994)。
図1Dは、5’-RACE方法によるorf256RNA種の5’末端のマッピングを示す。GSP2は遺伝子特異的プライマー2であり、Mは100bpのラダーである。
【
図2-1】コムギにおいてT-CMSと関連する新規RNAとしてのorf279の同定を示す図である。
図2Aは、ミトコンドリアゲノム全体に対してプロットした不稔性および回復(Rf1)試料の鎖特異的RNA-seqカバレッジの比を示す。orf279のRNA-seqカバレッジは、不稔性植物でははるかに高く、一方、orf256のカバレッジは、両方において類似している。
【
図2-2】コムギにおいてT-CMSと関連する新規RNAとしてのorf279の同定を示す図である。
図2Bは、orf279領域における正規化RNA-seqカバレッジを示す。
【
図2-3】コムギにおいてT-CMSと関連する新規RNAとしてのorf279の同定を示す図である。
図2C.orf279は、チャートの下の長方形により示し、atp8と同一のorf279の部分およびorf279ユニーク領域とを区別する。Rf1形質転換体のorf279の中央領域にマッピングされたRNA-seqリード数は、BGA CMS*Fielderよりもはるかに少ない。低カバレッジから高カバレッジへの急な推移は、Rf1により誘導されたRNA切断の推定部位を示す。
【
図3】コムギT-CMS植物における細胞質雄性不稔性の遺伝的基盤としてOrf279を示す図である。
図3Aは、orf279の模式図である。Orf279のN末端の最初の97アミノ酸残基は、ミトコンドリアatp8遺伝子によりコードされるATP合成酵素サブユニット8に対応する。
図3Bは、orf279転写物の5’-RACE解析を示す。Rf1およびRf3特異的切断産物をそれぞれ示す矢印を示す。GSP1すなわち遺伝子特異的プライマー1の結合部位は、パネルAに示す。Mは100bpのラダーである。
【
図4】orf279の合成回復遺伝子(SRorf279)およびorf256の合成回復遺伝子(SRorf256)の設計を示す図である。各PPRモチーフの5および35番目のアミノ酸を抽出し、「PPRコード」(Barkanら、2012)に従って予想したRNA塩基とともにアラインメントした。SRorf279およびSRorf256タンパク質の最適化において修飾したアミノ酸を示す。
【
図5】orf279配列上のPCRプライマー:プライマーPP_03004_ORF279-amont-cliv_3_F(配列番号6)、プライマーPP_03004_ORF279-amont-cliv_3_R(配列番号7)、プライマーPP_03006_ORF279-aval-cliv_4_F(配列番号8)、プライマーPP_03006_ORF279-aval-cliv_4_R(配列番号9)、プライマーPP_03007_ORF279-cliv_F(配列番号10)、配列番号10(配列番号11)、プライマーPP_03003_atp8_4_F(配列番号12)、プライマーPP_03003_atp8_4_R(配列番号13)の位置を示す図である。
【
図6】2つの最適化RFL29aタンパク質の設計を示す図である。各PPRモチーフの5および35番目のアミノ酸を抽出し、「PPRコード」(Barkanら、2012)に従って予想したRNA塩基とともにアラインメントした。RFL29aタンパク質の最適化において修飾したアミノ酸を示す。
【
図7】PCR増幅結果を示す図である。右のクラスターは、稔性植物においてAS2オリゴヌクレオチドを有する正常細胞質の増幅である。左のクラスターは、不稔性植物においてAS1オリゴヌクレオチドを有するorf279の増幅である。
【実施例】
【0098】
A-Rf1およびRf3形質転換体の作製および表現型決定
コムギのRf1およびRf3回復遺伝子を内包するゲノム領域の微細マッピングを実施し、IWGSC RefSeqv1.0参照ゲノムのRf1およびRf3の区間に存在するRfl遺伝子を同定した。並行して、Triticum timopheeviiおよびコムギRf1、Rf3または維持系統に存在するRfl遺伝子を濃縮し、標的Rflを捕捉することによりシーケンシングした。マッピングおよび捕捉解析の両方により、候補Rf1およびRf3回復遺伝子を予想することが可能となった。Rf1およびRf3候補遺伝子の回復能を遺伝子導入方法により評価した。
【0099】
配列番号15に示すアミノ酸配列のTaRFL79タンパク質をコードする核酸を、Rf1回復遺伝子と同定した。配列番号25に示すアミノ酸配列のTaRFL29aタンパク質をコードする核酸を、Rf3回復遺伝子と同定した。それぞれを別々に適応させ、ゴールデンゲート反応によりデスティネーションバイナリープラスミドpBIOS10746にクローニングした。
【0100】
次の発現エレメント:Zea maysユビキチンイントロン(配列番号17に示すintZmUbi)と関連する構成的Zea maysユビキチンプロモーター(配列番号16に示すproZmUbi、Christensenら1992)および配列番号18に示す、ソルガム熱ショックタンパク質terSbHSP(受託番号:Sb03g006880)をコードする遺伝子の3’終結配列を各構築物に使用した。
【0101】
TaRFL79およびTaRFL29aの組換え構築物は、配列番号29および配列番号30にそれぞれ示す。
【0102】
上記のすべてのバイナリープラスミドは、アグロバクテリウムEHA105株に形質転換した。BGA CMS*Fielderコムギならびに従来のFielder品種は、国際公開第2000/063398号に記載されているアグロバクテリウム株により形質転換した。コムギの遺伝子導入減少は、構築物のそれぞれについて生じた。
【0103】
BGA CMS*Fielderは、T-CMS細胞質を保有するFielder維持系統である。この系統は、不稔性高形質転換効率および組織再生の両方を組み合わせるために構築した。BGA CMS*Fielder植物は、不稔性である。
【0104】
稔性回復表現型決定アッセイを、次のように種々の減少について実施した。上記のように作製したすべてのコムギ遺伝子導入植物および対照稔性植物を、ガラス温室において標準的コムギ生育条件下で(20℃の明期16時間および15℃の暗期8時間を60%の恒湿で)野生型Fielder品種の対照穀物が成熟期に達するまで生育させた。
【0105】
遺伝子導入植物の稔性は、各植物について種子および1穂あたりの空穎の数を計数し、野生型FielderおよびBGA CMS*Fielder対照植物と比較することにより評価した。また、植物は、葯の突出を観察することにより評価した。
【0106】
11回の独立的形質転換現象に由来するZmUbiプロモーター下でTaRFL79配列を高発現する形質転換CMS-Fielder植物16種、および19回の独立的形質転換現象に由来するZmUbiプロモーター下でTaRFL29a配列を高発現する形質転換CMS-Fielder植物36種を解析した。
【0107】
解析した植物の100%~92%がそれぞれ雄性稔性の回復を呈し、一方、並行して生育させた非形質転換CMS-Fielder植物の100%が完全不稔性であって、葯の突出も種子の生成もなく、WT-Fielder植物の100%が稔性である。
【0108】
B-Rf1およびRf3形質転換体の分子特性決定
1-材料および方法
RNA解析
RNeasyPlantMiniキット(Qiagen社)を用いて製造者の指示に従って植物からRNAを抽出した。導入遺伝子発現解析では、SuperScript(商標)III ReverseTranscriptase(Invitrogen社)キットを用いてcDNAを合成し、表1に列挙するプライマーP1、P2およびP3を用いて増幅を実施した。
【0109】
【0110】
ノーザンブロット
全RNA5~10μgを1.2%の変性アガロースゲル上で分離し、HybondN+膜(Amersham社)上に移した。ノーザンブロットを一晩、10×SSC(1.5Mの塩化ナトリウムおよび150mMのクエン酸3ナトリウムpH7.0)緩衝液中で実施した。膜は、PerfectHyb(商標)PlusHybridizationBuffer(Sigma社)中で2時間、65℃でプレハイブリダイズした。ビオチン標識プローブを一晩、ハイブリダイゼーション緩衝液中でハイブリダイズした。SDSを添加した低下濃度のSSC緩衝液を含む洗浄溶液による洗浄ステップ3回の後、ChemiluminescentNucleicAcidDetectionModuleKit(ThermoFisher社)およびImageQuant(商標)画像装置(GE Healthcare社)を使用してプローブシグナルを検出した。アクチンおよびorf256RNAのプローブ合成では、表1に示すプライマーを用いてDNA断片を増幅した。反応産物をpGEM(登録商標)-T Easy(Promega社)ベクターにクローニングし、PCRおよびMacrogen(Macrogen社、韓国)におけるシーケンシングにより確認した。RNAプローブは、MAXIscript(商標)SP6/T7TranscriptionKit(Ambion社)およびpGEM(登録商標)-T Easyプラスミドを鋳型として、およびシチジン3リン酸(CTP)のビオチン標識類似体(Roche社)を用いて合成した。
【0111】
cDNA末端の迅速増幅(5’-RACE)
全RNA1μgをcDNA合成、およびSMARTER@RACE5’3’Kitを製造者の指示に従って使用した(Takara社)5’末端の増幅に使用した。PCR産物をゲル精製し、pGEM(登録商標)T Easy(Promega社)にクローニングし、Macrogen(Macrogen社)でシーケンシングした。遺伝子特異的プライマー配列(orf279ではGSP1およびorf256ではGPS2)を表1に示す。
【0112】
ミトコンドリアDNAシーケンシングおよび集合
ミトコンドリアDNAの抽出に先行して、22℃の暗所における生育キャビネット内のバーミキュライト上で生育させた7日齢のコムギ子葉鞘からミトコンドリア断片を濃縮した。ミトコンドリア単離およびDNA抽出では、これまでに記載したプロトコールを適用した(Huangら、2004、Triboushら、1998)(
図2)。得られたDNA(50ng)をCovarisS220集中超音波処理装置(Covaris社、米国)により550bpの断片に超音波処理した。ライブラリーは、TruSeq(登録商標)NanoDNA LT SamplePreparationKit-SetA(Illumina社、米国)により作成した。正規化および貯蔵したライブラリーは、MiSeqデスクトップシーケンサー(Illumina社、米国)上でのMiSeq(登録商標)ReagentKit v3(600サイクル)(Illumina社、米国)を用いたシーケンシングに使用した。重複するペアエンドリードは、FLASHソフトウェア[バージョン1.2.7]を使用して結合し、結合したリードは、Velvet[バージョン1.2.08]を使用してk-mer値91およびカバレッジカットオフ値20により構築した。T.timopheeviiのミトコンドリアゲノムにユニークなORFを同定するために、T-CMS系統のリードを、T.aestivumの参照ミトコンドリアゲノム(DNAデータベース受託番号AP008982、Ogiharaら、2005)にマッピングして、T.timopheeviiおよびT.aestivumの両ゲノムに共通するリードを除去した。残存する未マッピングリードは、Geneiousソフトウェア(www.geneious.com/)によりコンティグに再構築した。
【0113】
BGA CMS*FielderならびにRf1およびRf3形質転換体のRNAseq解析
RNAeasyPlantMiniKit(Qiagen社)を使用してBGA CMS*FielderおよびRf1形質転換体からRNAを抽出し、この質をAgilent4200 tape station(Agilent社)上で推定した。全RNA3μgをMacrogenに送ってNGSシーケンシングを行った。ライブラリーは、TruSeqStrandedTotal RNA RiboZeroSamplesPrepKit(Illumina社)を用いて実施し、Hiseq4000プラットフォーム(Illumina社)上で100bpペアエンドシーケンシングキット(Illumina社)を用いてシーケンシングした。リードは、アダプタートリミングし、BBMap(Bushnell B. sourceforge.net/projects/bbmap/)によりT.timopheeviiのミトコンドリアゲノム(NC_022714)にマッピングした。複数マッピングされたリードは、最も適合する部位間にランダムに分布され、rRNA領域は、マスクした(rRNA枯渇が試料全体に対して一貫していなかったため)。色素体DNAと同一の領域は、マスクして色素体リードの交差マッピングを回避し、リード深度は、マスクした領域を除く平均カバレッジ深度で割ることにより正規化した。
【0114】
2-結果
a-orf256のプロセシングはT-CMSコムギにおいて稔性回復と相関しない
これまでの研究では、T-CMS植物の稔性回復がOrf256タンパク質の発現と相関し(SongおよびHedgcoth、1994A)、核のバックグラウンドが、コムギ系統においてorf256転写物のレベルに影響した(Songら、1994B)ことが示された。T.aestivumまたはT.timopheeviiのいずれかの細胞質を保有し、種々の回復能を有するコムギ遺伝子型におけるorf256の発現およびプロセシングパターンを解析するために、全RNAを抽出し、orf256特異的プローブを用いたRT-PCRならびにノーザンブロット解析を実施した(
図1)。RT-PCRの結果は、orf256RNAが植物系統全体に対して非常に豊富であり、レベルが回復遺伝子の存在に依存しないことを示す(
図1A)。ノーザンブロットの結果により、回復遺伝子を保有しないことがわかっているコムギ系統であってもorf256RNAのプロセシングが観察されたため、orf256のプロセシングが稔性表現型の回復と相関しなかったことが明らかとなった(
図1C)。実際、回復遺伝子を保有しないことがわかっているAlixan、Kalahari、Lgabrahamを含むいくつかの系統は、回復遺伝子を保有することがわかっているT.timopheeviiまたはLGWR16-0026、LGWR17-0154およびLGWR17-0157系統と比較して、切断部位Iにおいてorf256のプロセシングを示す。
【0115】
種々の遺伝子型ならびにRf1およびRf3形質転換体におけるorf256のプロセシングをより詳細に解析するために、cDNA末端の迅速増幅(5’-RACE)を実施した(
図1D)。orf256の切断が、T.timopheeviiおよび維持遺伝子型を有するT-CMS植物、BGA CMS*Fielder植物において観察される(
図1D)。加えて、orf256における第2の切断部位が、ノーザンブロットの結果と一致して、T.timopheeviiにおいて見出された(
図1C)。
【0116】
b-T-CMSコムギにおけるCMSの遺伝的基盤としてのorf279の同定
T-CMSミトコンドリアにおけるorf256のプロセシング/切断は、Rf1またはRf3のいずれかの回復遺伝子の存在と相関しないため、T.timopheeviiミトコンドリアDNAを抽出およびシーケンシングして、T.timopheeviiにおけるCMSの分子的基盤となり得る他のキメラorfの存在を探した。ミトコンドリアDNAをIllumina MiSeqプラットフォーム上でシーケンシングし、T.timopheeviiのミトコンドリアゲノムに存在し、T.aestivumのミトコンドリアゲノムに存在しないコンティグ17種を同定した(表2)。2つの終止コドン間に同定された最良のORFに対応し、100アミノ酸よりも長いペプチドをコードする候補ORF25種を同定した(表2)。Orf256は、コンティグ11においてORF5としてコードされることが見出された(表2)。残存する未特性決定ORF24種は、T.timopheeviiミトコンドリアゲノムまたはシーケンシングした他の植物ゲノム由来の他の遺伝子に対して相同の領域について、blastn(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/)を使用してスクリーニングした(表2)。検索により、2つのORFが、Oryza sativa(コンティグ1、orf27=orf194)およびZea mays(コンティグ5、orf21=orf296)のミトコンドリアゲノムにより、それぞれコードされることが既に同定されていたことが明らかとなった。BGA CMS*FielderならびにRf1およびRf3形質転換体由来のRNA試料の後続のRNAseq解析では、発現の最大減少率が、1.1kbのコンティグ_4_orf13領域において観察されたことが明らかとなった(
図2AおよびB)。この領域は、279アミノ酸からなるタンパク質をコードすることが見出され、これによりorf279と名付けられた。Rf1およびRf3形質転換体では、orf279転写物を切断し、5’末端は分解する(翻訳の防止)が、3’末端は存続させる(
図2C)。ORFの5’領域および上流にマッピングするリードのほとんどは、おそらく、ミトコンドリアゲノムに存在するatp8の他の(完全)コピー由来である(
図2C)。
【0117】
【0118】
【0119】
c-orf279のプロセシングはRf1およびRf3形質転換体の稔性回復表現型と相関する
【0120】
Orf279の詳細な解析により、最初の96アミノ酸が、ATP合成酵素サブユニット8のN末端と同一であることが明らかとなった(
図3A)。加えて、翻訳開始の171nt上流は、atp8遺伝子の5’UTR領域と同一である(
図3A)。
【0121】
orf279転写物のプロセシングを解析するために、5’-RACE解析を実施した。Rf1形質転換体では、GSP1プライマーを用いて、約300ntの主要な増幅産物を検出し、一方、Rf3形質転換体では、約400ntの主要なアンプリコンを見出した(
図3B)。T.timopheevii由来のRf1回復遺伝子およびT.aestivum由来のRf3回復遺伝子の起点と一致して、Rf1特異的アンプリコンのみがT.timopheeviiにおいて検出され、Rf3特異的アンプリコンは検出されなかった。このような2つのアンプリコンのいずれも、BGA CMS*Fielder試料においては検出されなかった(
図3B)。このような結果は、(1)orf279が、2つの異なる部位においてプロセシングされ-Rf3により誘導される切断が、Rf1により誘導されるRNA切断の上流で一般に生じ、(2)Rf3により誘引されるエンドヌクレアーゼが、第1の切断部位をスキップして、Rf1により標的とされる部位を切断し続けることもあり得ることを示す。
【0122】
C-orf279発現の抑制を向上させるためのRFタンパク質最適化
1-合成Rfタンパク質SR Orf279およびSR Orf256の設計および入手
コムギ系統52種からの標的配列の捕捉により同定されたRFLタンパク質2973種、ならびにRefseqv1.1Chinese Springコムギ系統(IWGSC)において注釈を付けたRFLタンパク質のライブラリーを、Barkanら(2012)および国際公開第2013/155555号の特許出願に記載のPPRコードに従って、orf279またはorf256におけるRNA結合について最も高く採点されたRFL配列をスクリーニングした。最良候補は、Predotar(Smallら、2004)およびTargetP(Emanuelssonら、2007)を用いて、ミトコンドリア標的配列の存在について解析した。orf279に結合する合成回復遺伝子(SRorf279)またはorf256に結合する合成回復遺伝子(SRorf256)のいずれかの最良候補は、RNA結合部位と完全な適合を形成しなかったPPRモチーフにおいて5および35番目のアミノ酸の組合せをPPRコードに従って変更することにより最適化した(
図4)。最適化SRorf279は、配列番号22に示し、最適化SRorf256は、配列番号21に示す。このような最適化配列の発現は、配列番号40に示すタグ配列の発現と、最適化配列のC末端において融合させることができる。
【0123】
2-最適化SR Orf279およびSR Orf256タンパク質のクローニングおよび形質転換
最適化SRorf279およびSRorf256配列を、Zea maysユビキチンイントロン(intZmUbi、配列番号17に例証)を有する構成的Zea maysユビキチンプロモーター(proZmUbi、配列番号16)(Christensen、SharrockおよびQuail 1992)およびソルガム・バイカラー(Sorghum bicolor)熱ショックタンパク質(HSP)3’終結配列(terSbHSP、配列番号18に示す)の間のゴールデンゲート反応によりクローニングした(未特性決定推定タンパク質Sb03g006880)。配列番号24に示すSRorf279発現カセットおよび配列番号23に示すSRorf256発現カセットを、デスティネーションバイナリープラスミドpBIOS10746に別々にクローニングした。バイナリーデスティネーションベクターpBIOS10746は、バイナリーベクターpMRTの誘導体である(国際公開第2001/018192号)。
【0124】
上記の各バイナリープラスミドは、AgrobacteriumEHA105に形質転換した。得られた各株は、国際公開第2000/063398号に記載のように、BGA CMS*Fielderコムギ品種を形質転換するために使用した。コムギ遺伝子導入現象は、上記の各構築物について生じさせた。
【0125】
3-稔性回復表現型決定アッセイ
上に作製したすべてのコムギ遺伝子導入植物および対照稔性植物を、ガラス温室において標準的コムギ生育条件下で(20℃の明期16時間および15℃の暗期8時間を60%の恒湿で)野生型Fielder品種の対照穀物が成熟期に達するまで生育させた。
【0126】
遺伝子導入植物の稔性は、各植物について種子および1穂あたりの空穎の数を計数し、野生型FielderおよびBGA CMS*Fielder対照植物と比較することにより評価した。また、植物は、葯の突出を観察することにより評価した。
【0127】
D-orf279の同定
ゲノムDNAまたはRNA試料においてorf279を同定するために、次のプライマー:
- フォワードプライマー:配列番号12、配列番号6、配列番号10、および
- リバースプライマー:配列番号7、配列番号11、配列番号9
を使用し得るか、またはフォワードプライマー配列番号8およびリバースプライマー配列番号9で構成される。
atp8遺伝子配列と共通する領域を同定するために、次のプライマー:
- フォワードプライマー:配列番号12
- リバースプライマー:配列番号13
を使用することができる。
【0128】
図5は、orf279ゲノム配列上のこのようなマーカー配列の位置を示す。
【0129】
E-orf279発現の抑制を向上させるためのRFL29aタンパク質の最適化
1-合成最適化RFL29aタンパク質の設計および入手
orf279におけるRFL29a配列のRNA結合を、Barkanら(2012)および国際公開第2013/155555号の特許出願に記載するPPRコードに従って解析した。配列番号25のRFL29a配列を、対応するRNA塩基に対する親和性が弱いと(Yanら2019により算出した-ΔG値を使用して)予想されるPPRモチーフにおいて5および35番目のアミノ酸の組合せを変更することにより最適化した(
図6)。最適化RFL29a配列は、配列番号44および配列番号45に示す。
【0130】
2-最適化RFL29aタンパク質のクローニングおよび形質転換
配列番号46および配列番号47の最適化Rfl29a配列を、TaRFL29bプロモーター(proTaRFL29b、配列番号48)およびTaRFL29a終結配列(terTaRFL29a、配列番号49に示す)の間のゴールデンゲート反応により別々にクローニングした。配列番号50および配列番号51にそれぞれ示す最適化RFL29a発現カセットを、デスティネーションバイナリープラスミドpBIOS10746に別々にクローニングした。バイナリーデスティネーションベクターpBIOS10746は、バイナリーベクターpMRTの誘導体である(国際公開第2001/018192号)。
【0131】
上記のバイナリープラスミドは、アグロバクテリウムEHA105に形質転換した。得られた各株は、国際公開第2000/063398号に記載のように、BGA CMS*Fielderコムギ品種を形質転換するために使用した。コムギ遺伝子導入現象は、上記の各構築物について生じさせた。
【0132】
F-T-CMS細胞質を内包する植物の同定のためのOrf279診断マーカー
KASPの設計を、植物材料におけるorf279T-CMSの存在または非存在を判定するために考案した。
【0133】
orf279T-CMSが材料中に存在するかどうかを判定するために、PCRに基づくKASP技術に従って3つのプライマーを定義した。
- オリゴヌクレオチドAS1(配列番号52)は、orf279(稔性)およびChrUn ChineseSpring由来のゲノム配列(IWGSC_V1)に特異的である。
- オリゴヌクレオチドAS2(配列番号53)は、正常細胞質配列(稔性)に特異的である。
- オリゴヌクレオチドC(配列番号54)は、配列間で共通である。
【0134】
AS2/Cの対は、正常細胞質配列(稔性)に特異的である。プライマーの位置は、ゲノムパラログの増幅を除外するように最適化している(稔性細胞質配列由来の10コピーを超えるゲノムパラログコピーが同定されている)。
【0135】
AS1/Cの対は、orf279T-CMS細胞質配列(稔性)に特異的である。
【0136】
このような3つのプライマーは、ゲノムDNAから開始するPCR増幅実験(Kasparプロトコール、LGC Genomics社)において同時に使用し得る(ハイブリダイゼーション温度=57℃)。エンドポイント蛍光リードおよび試料のクラスター解析により、
- Vic蛍光は不稔性植物
- Fam蛍光は稔性植物
を示すことが明らかとなる。
【0137】
図7では、右側のクラスターは、稔性植物においてAS2を有する正常細胞質の増幅である。左側のクラスターは、不稔性植物(T-CMS細胞質を内包する植物)においてAS1を有するorf279の増幅である。
【0138】
参考文献
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【配列表】