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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-26
(45)【発行日】2025-01-10
(54)【発明の名称】カルボン酸フルオリドの精製方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 51/64 20060101AFI20241227BHJP
   C07C 53/48 20060101ALI20241227BHJP
   C07C 51/58 20060101ALI20241227BHJP
【FI】
C07C51/64
C07C53/48
C07C51/58
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2021572808
(86)(22)【出願日】2021-01-22
(86)【国際出願番号】 JP2021002158
(87)【国際公開番号】W WO2021149788
(87)【国際公開日】2021-07-29
【審査請求日】2023-07-25
(31)【優先権主張番号】P 2020008314
(32)【優先日】2020-01-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000157119
【氏名又は名称】関東電化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100120754
【弁理士】
【氏名又は名称】松田 豊治
(72)【発明者】
【氏名】木村 涼
(72)【発明者】
【氏名】中西 晶子
(72)【発明者】
【氏名】前原 渉平
【審査官】▲来▼田 優来
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第4400532(US,A)
【文献】特開昭61-010530(JP,A)
【文献】特開2003-054912(JP,A)
【文献】特開昭57-164991(JP,A)
【文献】特開昭59-177384(JP,A)
【文献】特表2011-515354(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 51/64
C07C 53/48
C07C 51/58
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドを金属フッ化物と接触させてハロゲン化水素を除去して純度が99.999%以上のカルボン酸フルオリドを得る工程を含むカルボン酸フルオリドの精製方法であって、
前記ハロゲン化水素を除去して純度が99.999%以上のカルボン酸フルオリドを得る工程は、ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドを金属フッ化物充填塔を通すこと、更に蒸留精製することを含み、
前記金属フッ化物がフッ化ナトリウムであり、
前記カルボン酸フルオリドがジフルオロ酢酸フルオリド(CHF COF)、トリフルオロ酢酸フルオリド、ペルフルオロn-ブタン酸フルオリド、及びパーフルオロn-ヘプタン酸フルオリドからなる群から選ばれる少なくとも1種である、方法
【請求項2】
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドを金属フッ化物と接触させてハロゲン化水素を除去する工程を含む純度が99.999%以上のカルボン酸フルオリドの製造方法であって、
前記ハロゲン化水素を除去する工程は、ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドを金属フッ化物充填塔を通すこと、更に蒸留精製することを含み、
前記金属フッ化物がフッ化ナトリウムであり、
前記カルボン酸フルオリドがジフルオロ酢酸フルオリド(CHF COF)、トリフルオロ酢酸フルオリド、ペルフルオロn-ブタン酸フルオリド、及びパーフルオロn-ヘプタン酸フルオリドからなる群から選ばれる少なくとも1種である、方法
【請求項3】
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドからハロゲン化水素を除去して純度が99.999%以上のカルボン酸フルオリドを得る方法における、ハロゲン化水素吸着剤として金属フッ化物を使用する方法であって、
前記ハロゲン化水素を除去して純度が99.999%以上のカルボン酸フルオリドを得る方法は、ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドを金属フッ化物充填塔を通すこと、更に蒸留精製することを含み、
前記金属フッ化物がフッ化ナトリウムであり、
前記カルボン酸フルオリドがジフルオロ酢酸フルオリド(CHF COF)、トリフルオロ酢酸フルオリド、ペルフルオロn-ブタン酸フルオリド、及びパーフルオロn-ヘプタン酸フルオリドからなる群から選ばれる少なくとも1種である、方法
【請求項4】
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドが、下記ハロゲン交換反応:
R-COX + HF → R-COF + HX
(式中、Rは1価の有機基、水素原子、ハロゲン原子であり、Xはフッ素以外のハロゲン原子である)
の反応生成物である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドが、カルボン酸クロリドと金属フッ化物との反応における反応生成物である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドが、カルボン酸クロリドとフッ化クロムとの反応における反応生成物である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドが、反応剤として酸素、ラジカル開始剤としてCl (触媒量)を添加してCF CHClFの光酸化によってCF COFを製造する方法における反応生成物である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドが、CF CF=CF を酸化、熱分解することによってCF COFを製造する方法における反応生成物である、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記カルボン酸フルオリドがトリフルオロ酢酸フルオリドである、請求項1~8のいずれかに記載の方法。
【請求項10】
ハロゲン化水素がフッ化水素及び塩化水素からなる群から選ばれる少なくとも1種である、請求項1~のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カルボン酸フルオリド(R-COF、式中Rは1価の有機基、水素原子、ハロゲン原子である。)の精製方法に関する。本発明はまた、高純度のR-COF及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
R-COF化合物(特にCOF)はハロゲン化水素(特にHF)と蒸留で分離困難であることが知られており、精製に多大な時間と費用を要する。特許文献1は、HF、HCl及び/又はHBr及び他の成分を含むガス混合物、特にカルボン酸フッ化物、COF又は5フッ化リン及びHCl及び場合によりHFを含むガス混合物が、イオン性液体を用いて分別できることを開示している。しかし、特許文献1の精製方法は、高価なイオン性液体が必要であり、イオン性液体を通した場合でもHClは精製物中にパーセントオーダーで残留しているといった問題があった。特許文献2は、有機酸フロライドと酸とが混在する系から酸を分離する方法において、脱酸剤として、50℃以上の沸点を有し、ヘテロ原子として窒素原子を有する芳香族複素環化合物類を使用することを特徴とする、酸の分離方法を開示する。しかし、この方法は、ガスの流れに同伴し、芳香族複素環式化合物が混入、超高純度化の妨げとなるといった問題があった。
【0003】
一方、R-COFとハロゲン化水素との錯体は、そのような錯体の存在が見出されている特定の事例については報告例がある。非特許文献1にはCHCOFとHIの錯体が開示されている。しかし、そのような錯体についてはこれまで報告例があまりなく、十分な知見があるとは言えない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許5473222号(特願2007-538309号)
【文献】特許4264689号(特願2001-396680号)
【非特許文献】
【0005】
【文献】J.Phys.Chem.A,Vol.101,No.49,1997,p.9260-9271
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らの鋭意検討により、R-COFとハロゲン化水素(HX)は錯体を形成することが確認できた。そのような錯体は、例えば、式:R-COF-HX(X=F,Cl,Br,I)で表される。R-COFとこの錯体とが分離困難であるために、例えば、下記ハロゲン交換反応:
R-COX + HF → R-COF + HX
(式中、Rは1価の有機基、水素原子、ハロゲン原子であり、Xはフッ素以外のハロゲン原子である)
の反応生成物中にR-COF-HX錯体が含まれることにより、精製前の合成収率(粗収率)が高い場合でも、不純物を除くために初留カットなどを行うために蒸留によるR-COFの収率(蒸留収率)の低下につながる(蒸留収率の低下)。さらに純度5N(99.999%以上99.9999%未満)以上に達する超高純度のR-COFの製造を目的とする場合には、従来の精製方法ではそのような超高純度品を製造することができなかった(超高純度化の妨げ)。そこで本発明の目的は、不純物の混入によるR-COFの収率の低下を防ぎ、R-COFの高純度品を安定して製造することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、鋭意検討した結果、ハロゲン化水素吸着剤として金属フッ化物を用いることで効率的にR-COF-HX錯体を分解でき、これにより、R-COF化合物の収率の向上と超高純度化が図れることを見出した。即ち、本発明は以下のものを提供する。
[1]
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドを金属フッ化物と接触させてハロゲン化水素を除去する工程を含むカルボン酸フルオリドの精製方法。
[2]
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドを金属フッ化物と接触させる工程を含む高純度カルボン酸フルオリドの製造方法。
[3]
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドからハロゲン化水素を除去する方法における、ハロゲン化水素吸着剤として金属フッ化物を使用する方法。
[4]
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドが、下記ハロゲン交換反応:
R-COX + HF → R-COF + HX
(式中、Rは1価の有機基、水素原子、ハロゲン原子であり、Xはフッ素以外のハロゲン原子である)
の反応生成物である、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドが、カルボン酸クロリドと金属フッ化物との反応における反応生成物である、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[6]
ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドが、カルボン酸クロリドとフッ化クロムとの反応における反応生成物である、[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[7]
ハロゲン化水素がフッ化水素及び塩化水素からなる群から選ばれる少なくとも1種である、[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]
前記ハロゲン化水素を除去する工程における金属フッ化物がフッ化ナトリウムである、[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]
カルボン酸フルオリドがトリフルオロ酢酸フルオリドである、[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]
純度が99.999%以上のカルボン酸フルオリド。
[11]
純度が99.999%以上のトリフルオロ酢酸フルオリド。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、不純物の混入によるR-COFの収率の低下を防ぎ、R-COFの高純度品を安定して製造することができる。特に本発明によれば、従来の精製法では得られなかった純度5N(99.999%以上99.9999%未満)以上に達する超高純度R-COFの製造が可能となった。本発明により得られる超高純度R-COFを半導体製造プロセスに用いることでエッチングをこれまで以上に精密に行うことができるので、プロセスのエッチング性能が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、CFCOFとHClとの混合物のGC-TCDチャートである。
図2図2は、別途入手したCFCOF単独のGC-MSチャート(上)及び図1のHClピークに隣接するピークのGC-MSチャート(下)である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
[作用]
本発明者らは、後述するように、R-COFの超高純度品を得るにあたって、R-COFがハロゲン化水素と錯体を形成し、この錯体がハロゲン化水素の除去を困難にしていることを見出した。後述する実施例の欄において蒸留のみを行った例では、CFCOF-HCl錯体から可逆的に放出されると考えられるHClにより初留カットが多くなり、蒸留収率が低下した。また、蒸留精製後においてもCFCOF-HCl錯体を除去できず超高純度化ができなかった。また、純度を可能な限り上げるために、低沸カット、初留時間が長引き、生産性が低下した。本発明者らは、この錯体の形成は、金属フッ化物を用いて防止できることを見出した。本発明により、従来提案されていた、R-COF化合物からの酸分除去のため、イオン性液体又は芳香族複素環式化合物を用いる方法が回避できる。また、本発明により、蒸留でR-COFから分離が困難なハロゲン化水素(特に、HCl、HF)をハロゲン化水素吸着剤としての金属フッ化物への通気という比較的簡便な操作により除去できる。しかも、上記錯体の存在を見出し、この錯体の除去に成功したので、純度5N以上に達する超高純度R-COFの製造が初めて可能となった。
【0011】
[カルボン酸フルオリド(R-COF)]
本発明の精製方法における対象物であるカルボン酸フルオリドは、式:R-COF(式中Rは1価の有機基、水素原子、ハロゲン原子である。)で表される。Rにおけるハロゲン原子としては、フッ素(F)、塩素(Cl)、臭素(Br)及びヨウ素(I)が例示され、1価の有機基としては、例えば、炭素数1~6のアルキル基、特に炭素数1~4のアルキル基、特に、メチル基、エチル基、プロピル基(特に、n-プロピル基、イソプロピル基)、ブチル基(特に、n-ブチル基、イソブチル基、ターシャリーブチル基)などの炭素数1~4のアルキル基;アリール基(特に、フェニル基、トリル基)、アリールアルキル基(特に、ベンジル基、フェネチル基);などが挙げられる。1価の有機基は、ハロゲン原子、アルコキシ基などで置換されていてもよく、置換された有機基としては、例えば、ジフルオロメチル基、トリフルオロメチル基、ペンタフルオロエチル基、ヘプタフルオロプロピル基などのパーフルオロアルキル基、メトキシメチル基などのアルコキシアルキル基、メトキシフェニル基などのアルコキシアリール基、などが挙げられる。
【0012】
より具体的には、カルボン酸フルオリドとしては、例えば、炭素数1~7のカルボン酸のフルオリド、好ましくは炭素数2~7のカルボン酸のフルオリドが挙げられる。炭素数1~7のカルボン酸としては、例えば、ギ酸、酢酸、プロパン酸、n-ブタン酸、イソブタン酸、n-ペンタン酸、イソペンタン酸、ネオペンタン酸、n-ヘキサン酸、イソヘキサン酸、ネオヘキサン酸、n-ヘプタン酸、イソヘプタン酸、ネオヘプタン酸、これらカルボン酸の組み合わせ、などが挙げられる。このカルボン酸上の水素原子はフッ素置換されていてもよく、好ましくは水素原子がすべてフッ素原子に置換されたパーフルオロカルボン酸フルオリドである。カルボン酸フルオリドの具体例としては、ジフルオロ酢酸フルオリド(CHFCOF)、トリフルオロ酢酸フルオリド、ペルフルオロn-ブタン酸フルオリド、パーフルオロn-ヘプタン酸フルオリドなどが挙げられる。
【0013】
[金属フッ化物]
ハロゲン化水素吸着剤としての金属フッ化物は、式:MF(式中、Mは金属原子であり、nは金属の原子価である。)で表される。金属フッ化物としては、例えば、アルカリ金属フッ化物、アルカリ土類金属フッ化物、遷移金属フッ化物、などが挙げられ、これらは2種以上の組み合わせでもよい。アルカリ金属フッ化物としては、例えば、フッ化リチウム、フッ化ナトリウム、フッ化カリウムなどが挙げられる。アルカリ土類金属フッ化物としては、例えば、フッ化マグネシウム、フッ化カルシウム、フッ化バリウムなどが挙げられる。遷移金属フッ化物としては、例えば、フッ化クロム、フッ化モリブデン、フッ化マンガン、フッ化鉄、フッ化コバルト、フッ化銅、フッ化ニッケル、フッ化亜鉛、フッ化銀などが挙げられる。フッ化クロムとしては、フッ化クロム(III)、フッ化クロム(VI)及びこれらの混合物のいずれも使用できる。フッ化モリブデンとしては、フッ化モリブデン(IV)、フッ化モリブデン(V)、フッ化モリブデン(VI)及びこれらの混合物のいずれも使用できる。フッ化マンガンとしては、フッ化マンガン(II)、フッ化マンガン(III)、フッ化マンガン(IV)及びこれらの混合物のいずれも使用できる。フッ化鉄としては、フッ化鉄(II)、フッ化鉄(III)及びこれらの混合物のいずれも使用できる。フッ化コバルトとしては、フッ化コバルト(II)、フッ化コバルト(III)及びこれらの混合物のいずれも使用できる。フッ化銅としては、フッ化銅(I)、フッ化銅(II)及びこれらの混合物のいずれも使用できる。フッ化ニッケル及びフッ化亜鉛については、2価の金属フッ化物が安定に存在する。フッ化銀としては、フッ化銀(I)、フッ化銀(II)、フッ化銀(III)及びこれらの混合物のいずれも使用できる。コストや利便性を考慮すると、フッ化ナトリウム、フッ化カリウムなどのアルカリ金属フッ化物が特に好ましい。
【0014】
金属フッ化物は、粉末として使用する他に、ペレット状(円柱状)(例えば、粒径0.5~30mm)、ハニカム状、粒状(紡錘状)(例えば、粒径0.5~30mm)、球状(例えば、粒径0.5~30mm)、その他粉体を除く塊状などの形態で使用することができる。粉末以外の形態で使用する利点としては、例えば、金属フッ化物同士の固化により原料ガスの流路が形成されてしまい反応効率が低下するという問題が起こりにくい、などの利点が得られる。反応器における金属フッ化物の充填率は、好ましくは30体積%以上、より好ましくは33体積%以上、最も好ましくは60体積%以上である。金属フッ化物の成形品(例えば、ペレット)には、通常、細孔や空隙があるので、充填率は、100体積%であってもガスの通気が可能である。
【0015】
[精製方法]
本発明の精製方法は、ハロゲン化水素を含有するカルボン酸フルオリドを金属フッ化物と接触させてハロゲン化水素を除去する工程を含む。具体的には、例えば、ハロゲン化水素(HX)を含有するカルボン酸フルオリド(R-COF)を金属フッ化物充填塔を通すことでカルボン酸フルオリド中のR-COFとHXとの錯体が分解し、HXから分離したR-COFガスを、更に蒸留精製することで、高純度品を得ることができる。精製時の充填塔の温度は、好ましくは15~35℃であり、室温(特に、10~30℃)で行うことが最も好ましい。金属フッ化物に付着したハロゲン化水素は、高温で窒素雰囲気下乾燥することで除去することができるので、この操作を行うことにより、金属フッ化物は繰り返し再生し使用することができる。
【0016】
金属フッ化物充填塔としては、例えば、精製温度を調節するための温度調節器(乾燥作業時や金属フッ化物の再生時はヒータとして使用)を備えた円筒管に種々の形状の金属フッ化物を充填し、管の一端から他端へ向けて原料ガスを流せるように構成したものが挙げられる。原料ガスを流す方向は、金属フッ化物を装填した円筒管を垂直方向に延在させた場合、上から下に向けて少しずつ均一に流すようにすることが重力を利用して少しずつ原料ガスを流せるので、好ましい。円筒管を垂直方向に延在させ、原料ガスを下から上に流す場合、円筒管の下部に粒径の大きなペレット状の金属フッ化物を配置し、円筒管の上部に粒径の小さな粉末状の金属フッ化物を配置することが、吸着効率の点で望ましい。反応装置の材質としては、例えば、ステンレス鋼、インコネル、モネル、ハステロイ、ニッケルなどの耐腐食性金属などが挙げられる。これらの中でも、ステンレス鋼、ニッケルが耐腐食性の観点から好ましい。
【0017】
精製対象物として特に好ましいものとして、以下のものが例示される。
(1)下記式のハロゲン交換反応:
R-COX + HF → R-COF + HX
(式中、Rは1価の有機基、水素原子、ハロゲン原子であり、Xはフッ素以外のハロゲン原子である)
の反応生成物であるR-COFとHXの混合物が挙げられる。ここで、反応生成物には未反応のHFも含まれているので、精製の対象物は、実際には、R-COFとHXである。
(2)カルボン酸クロリドと金属フッ化物との反応における反応生成物が挙げられる。カルボン酸クロリドとしては上述したカルボン酸フルオリド(R-COF)の-COF部分が-COClとなっている化合物(R-COCl)が挙げられ、金属フッ化物としては上述した化合物が挙げられる。具体例を挙げると、下記式:
3 R-COCl + CrF → 3 R-COF + CrCl
で表されるカルボン酸クロリドとフッ化クロムとの反応生成物が挙げられる。この反応において、理論的には反応に関与したClはCrClとして除かれるので反応系にHClは存在せず、前記錯体は形成されないはずであるが、実際には少量のHF及びHClが存在する。その理由は、反応により生じたCrClからCrFを下記式:
CrCl + HF → CrF + HCl
により再生する際にHFを使用し、HClが副生するためである。この再生したCrFはR-COF合成の反応剤として再度使用する。Crは活性炭に担持させて使用でき、このように担持触媒として使用する場合にはさらに、再生反応に使用するフッ素化剤(HF)、副生するHClなどが活性炭中に吸着して残留しやすくなると考えられる。
(3)CFCHClFの光酸化によってCFCOFを製造する方法における反応生成物が挙げられる。例えば、CFCHClFにUVランプで紫外線を照射し、酸化して合成する。この時、反応剤として酸素、ラジカル開始剤としてCl(触媒量)を添加する。反応式は以下のとおり。
2CFCHClF + O → 2CFCOF + 2HCl
よって、反応後の粗生成物中にはHClが存在する。
(4)CFCF=CFを酸化、熱分解することによってCFCOFを製造する方法における反応生成物が挙げられる。例えば、反応剤としてO、触媒としてAgNO、AgOを用いる。熱分解温度は250℃程である。反応式は以下のとおり。
CFCF=CF + O → CFCOF + COF
この方法は熱分解によるので反応系に混入した水分によりハロゲン化水素などの不純物を粗生成物中に生成しやすい。
(5)R-COFの合成法にかかわらず、R-COFは本来非常に加水分解しやすいため経時変化によりHF(ハロゲン化水素)を含みやすい。このような経時変化により生じたハロゲン化水素とR-COFとが錯形成されていると、従来の方法ではR-COFを超高純度化できない。
本明細書では特に分離困難な対象物として、CFCOFとHCl及び/又はHFとの混合物を例示している。
【0018】
[超高純度R-COFとその製造方法]
本発明の精製方法を利用すれば、純度が99.999%以上の超高純度カルボン酸フルオリドを製造することができる。従来、このような超高純度カルボン酸フルオリドは、カルボン酸フルオリドとハロゲン化水素の錯体が分離できないために、蒸留を精密に行っても得ることができなかった。本発明では、このような錯体を含有するカルボン酸フルオリドを金属フッ化物と接触させる工程(例えば、金属フッ化物充填塔を通過させる工程)をまず行い、分離困難であった錯体を除去したカルボン酸フルオリド精製物を蒸留してその他の不純物を除去することにより、純度が99.999%以上の超高純度カルボン酸フルオリドを実現した。金属フッ化物充填塔と蒸留塔との通過の順序は特に限定されず、先に蒸留塔を通過させ、その後、金属フッ化物充填塔を通過させることもできる。
【0019】
[超高純度R-COFの用途]
本発明により製造される超高純度R-COFは、不純物が実質的に含まれないので、半導体の製造プロセスにおいて精密な化学反応、例えば、原子層レベルのエッチングやデポジションを可能にする。
【実施例
【0020】
[CFCOF-HCl錯体の確認]
本発明者らは、CFCOFとHClを接触させるとCFCOF-HCl錯体が形成されることを見出した。図1にCFCOFとHClとの混合物のGC-TCDチャートを示す。また、図2に別途入手したCFCOF単独のGC-MSチャート(上)及び図1のHClピークに隣接するピークのGC-MSチャート(下)を示す。図2からわかるように、図1のHClピークに隣接するピークは、別途入手したCFCOFのGC-MSチャート(上)にHClに相当する分子量36のピークを加えたスペクトルを呈示していることから、図1のHClピークに隣接するピークはCFCOFとHClとの会合体(錯体)であることが確認できた。
【0021】
[実施例1]
下部にNaFペレット落下防止用のパンチングメタルを設置したステンレス鋼製反応管にNaFペレット(寸法(3mmφ×3mm 円筒形)、嵩密度1.55g/cm)を充填した吸着剤充填塔(以下「NaF塔」という)を用意する。NaF塔の仕様を表1に、NaF塔のHF、HCl除去性能を表2に示す。
【0022】
【表1】
上記表1において、滞留時間T1は、V/F(塔を通過したガスの合計体積(L)/流速(L/min))である。
【0023】
【表2】
表1及び表2から、NaFペレットがHF及びHClを吸着できることを確認できた。
【0024】
仕込みガス(精製対象物)は以下の方法により調製した反応生成物(固定相反応器粗ガス)である。
CrF/Cを使用したトリフルオロ酢酸フルオリド(CFCOF)の製造法:
2B縦型SUS反応器の下部にSUSタワシを配置しSUSタワシの上に17~33質量%担持のCrF/Cを充填した。反応器を200~350℃に加熱した。トリフルオロ酢酸クロリド(CFCOCl(TFAC))を流通させ、出口ガスのGC分析によりCFCOFの生成を確認した。500mLシリンダーを液体窒素で冷却し、生成したCFCOFを捕集した。反応生成物であるCFCOFガス中にはHCl及びHFが存在していた。
【0025】
上記CFCOFガスを使用して調製した下記3種類のR-COF-HX錯体含有ガス:
(1)CFCOFとHClの混合品(モル比1:1)の蒸留物(蒸留前のNaF塔通気を行わない場合)
(2)CFCOFとHCl(1000ppm程度)の混合品の蒸留物(蒸留前のNaF塔通気を行わない場合)
(3)CFCOFとHCl(1000ppm程度)の混合品の蒸留物(蒸留前に上記NaF塔通気を行った場合)
をGC、FT-IRで分析した。ガスを通過させる際、マスフローコントローラー(MFC)にてガス流量をコントロールし、試験を実施した。
【0026】
(NaF塔通過条件)
円筒型で下部にNaFペレット落下防止用のパンチングメタルを設置したステンレス鋼製反応器にNaFペレット(寸法(3mmφ×3mm 円筒形)、嵩密度1.55g/cm)を充填率66.5体積%で詰め、反応器を垂直に立てて、以下の条件で反応器の上から下にガスを通気させ、さらに、次工程の蒸留塔に仕込んだ。
温度:15~35℃
圧力:0~0.2MPaG(ゲージ圧)
流量:2~4kg/hr
【0027】
(蒸留条件)
釜・塔頂圧力:0~0.2 MPaG(ゲージ圧)
釜・塔頂温度:-40℃~-100℃
留分抜き出し流量:0.1kg~2kg
その結果を表3~5に示す。
【0028】
【表3】
表中に示した各留分の定義は以下のとおり。
初留:主留前のHClを含む留分(低沸点物が多い留分)
主留:純度90%以上99%未満(1N)の留分
後留:主留後のHClを含む留分(高沸点物が多い留分)
釜残:通常運転で後留回収不能となり、塔を加熱等して取り出す留分(高沸点物が多い留分)
表中、「N.D.」は「未検出」の意味である。
HClを除くために初留を175gも要した。CFCOFとCFCOF-HCl錯体が分離できず主留にCFCOF-HCl錯体が混入した。高純度化できず1N(純度90%以上99%未満)に留まった。仕込み時にHClの濃度が高い場合、後留にもHClが混入する。後留に含まれるHClは錯体から放出されたものと考えられる。
【0029】
【表4】
表中に示した各留分の定義は以下のとおり。
初留:主留前の純度99.9%以上99.99%未満の留分(低沸点物が多い留分)
主留:純度99.9%以上99.99%未満の留分
後留:主留後の純度99.9%未満の留分(高沸点物が多い留分)、後留に相当する留分は得られなかった。
釜残:通常運転で後留回収不能となり、塔を加熱等して取り出す留分(高沸点物が多い留分)
表中、「N.D.」は「未検出」の意味である。
主留は、蒸留で除去が困難であったガス(N+CO)を考慮した実純度で3N(99.9888%)となり、これは(N+CO)抜きで換算すると4N(99.99%以上99.999%未満)となった。しかし、高純度品(5N(99.999%以上99.9999%未満))は得られなかった。また、初留回収時、CFCOF-HCl錯体から放出されると考えられるHClにより、初留を29.9kgも要した。蒸留によって純度5N以上は達成できず、低沸カット、初留の時間が長引き、生産性(主留の量)が低下した。
【0030】
【表5】
仕込みガスは蒸留開始前に3回に分けて蒸留塔に導入した(仕込み1~3)。
表中に示した各留分の定義は以下のとおり。
初留:主留前の純度3N(純度99.9%以上99.99%未満)の留分(低沸点物が多い留分)
主留:純度5N(純度99.999%以上99.9999%未満)の留分
後留:主留が大量に回収できたので、後留に相当する留分は得られなかった。
釜残:通常運転で後留回収不能となり、塔を加熱等して取り出す留分(高沸点物が多い留分)
表中、「N.D.」は「未検出」の意味である。
蒸留前のNaF塔通気により、CFCOF-HCl錯体が分解され、HClが検出されていない純度の高いCFCOFが蒸留されたことにより、蒸留にて超高純度化を達成した。
【0031】
表3から、CFCOF-HCl錯体が混在すると、初留カットが多く生産性が低いのみならず、蒸留によるCFCOFの高純度化が困難であることが判明した。表4から、HCl量が微量であっても、CFCOF-HCl錯体形成、放出されるHClにより、初留カットはかなりの量必要であり、CFCOFの超高純度化も困難であることがわかった。表5から、CFCOF-HCl錯体混在のガスをNaFと接触させることで、蒸留では分離困難な錯体が分解され、初留カットが少なく生産性が高く、さらにCFCOFの超高純度化が達成された。本発明の例における主留では、99.999%を超えるCFCOFの純度が達成されている。
図1
図2