(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-12-26
(45)【発行日】2025-01-10
(54)【発明の名称】積層体
(51)【国際特許分類】
C30B 29/16 20060101AFI20241227BHJP
C30B 19/02 20060101ALI20241227BHJP
C30B 25/18 20060101ALI20241227BHJP
C30B 29/38 20060101ALI20241227BHJP
【FI】
C30B29/16
C30B19/02
C30B25/18
C30B29/38
(21)【出願番号】P 2023542233
(86)(22)【出願日】2022-06-07
(86)【国際出願番号】 JP2022023026
(87)【国際公開番号】W WO2023021814
(87)【国際公開日】2023-02-23
【審査請求日】2023-09-07
(31)【優先権主張番号】P 2021135162
(32)【優先日】2021-08-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004064
【氏名又は名称】日本碍子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113365
【氏名又は名称】高村 雅晴
(74)【代理人】
【識別番号】100209336
【氏名又は名称】長谷川 悠
(74)【代理人】
【識別番号】100218800
【氏名又は名称】河内 亮
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 守道
(72)【発明者】
【氏名】柴田 宏之
(72)【発明者】
【氏名】吉川 潤
【審査官】宮崎 園子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-12826(JP,A)
【文献】NIKOLAEV et al.,HVPE Growth and Characterization of ε-Ga2O3 Films on Various Substrates,ECS Journal of Solid State Science and Technology,2020年,Vol.9,045014
【文献】NISHINAKA et al.,Microstructures and rotational domains in orthorhombic ε-Ga2O3 thin films,Japanese Journal of Applied Physics,2018年,Vol.57,115601(1-7)
【文献】BOSCHI et al.,Hetero-epitaxy of ε-Ga2O3 layers by MOCVD and ALD,Journal of Crystal Growth,2016年,Vol.443,p.25-30
【文献】Yuichi OSHIMA,Epitaxial growth of phase-pure ε-Ga2O3 by halide vapor phase epitaxy,JOURNAL OF APPLIED PHYSICS,米国,2015年08月24日,118,085301-1 - 085301-5
【文献】LEONE et al.,Epitaxial growth of GaN/Ga2O3 and Ga2O3/GaN heterostructures for novel high electron mobility transi,Journal of Crystal Growth,2020年,Vol.534,125511(1-6)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C30B 29/16
C30B 29/38
C30B 19/02
C30B 25/18
H01L 21/365
H01L 21/368
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ε-Ga
2O
3、又はε-Ga
2O
3系固溶体で構成される半導体層と、
25℃における比抵抗が1.00×10
2Ω・cm以上であり、厚さが200μm以上である、高抵抗13族窒化物単結晶と、
から構成される2層構造を有する、積層体。
【請求項2】
前記高抵抗13族窒化物単結晶が、GaN、AlN及びBNから選択されるいずれか1種の単結晶である、請求項1に記載の積層体。
【請求項3】
前記高抵抗13族窒化物単結晶が、GaNの単結晶であり、かつ、ドーパントとしてZnを1.00×10
18~2.00×10
19atoms/cm
3の濃度で含む、請求項2に記載の積層体。
【請求項4】
前記高抵抗13族窒化物単結晶が、GaNの単結晶であり、かつ、ドーパントとしてFeを1.00×10
18~2.00×10
19atoms/cm
3の濃度で含む、請求項2に記載の積層体。
【請求項5】
前記高抵抗13族窒化物単結晶が、GaNの単結晶であり、かつ、ドーパントとしてMnを1.00×10
18~2.00×10
19atoms/cm
3の濃度で含む、請求項2に記載の積層体。
【請求項6】
前記半導体層内のZn濃度が1.00×10
16atoms/cm
3以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載の積層体。
【請求項7】
前記半導体層内のFe濃度が1.00×10
16atoms/cm
3以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載の積層体。
【請求項8】
前記半導体層内のMn濃度が1.00×10
16atoms/cm
3以下である、請求項1~5のいずれか一項に記載の積層体。
【請求項9】
前記半導体層の厚さt
1の、前記高抵抗13族窒化物単結晶の厚さt
2に対する比t
1/t
2が、1.00×10
-5~1.00である、請求項1~5のいずれか一項に記載の積層体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層体に関する。特に、ε-Ga2O3系半導体層と13族窒化物単結晶とを有する積層体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、酸化ガリウム(Ga2O3)が半導体用材料として着目されている。酸化ガリウムは、α、β、γ、δ及びεの5つの結晶構造を有することが分かっている。そのうち、ε-Ga2O3は、約5eVのバンドギャップを有し、約870℃までの高い安定性を有するため、高耐圧・低消費電力の次世代パワー半導体材料等として大きな注目を集めている。
【0003】
しかし、ε-Ga2O3は準安定相であるため、単結晶基板が実用化されておらず、HVPE法(ハライド気相成長法)やミストCVD(化学気相成長)を用いたヘテロエピタキシャル成長で形成されるのが一般的である。例えば、特許文献1(特許第6436538号)には、HVPE法を用いて作製した、半導体素子に適用可能な不純物濃度の低いε-Ga2O3単結晶が開示されている。非特許文献1(Yuichi Oshima et al. "Epitaxial growth of phase-pure ε-Ga2O3 by halide vapor phase epitaxy" J. Appl. Phys, 118, 085301 (2015))には、HVPE法によりε-Ga2O3をエピタキシャル成長させたことが開示されている。
【0004】
ところで、携帯電話の基地局用のパワーアンプ等に代表される高周波デバイスとして、高電子移動度トランジスタ(HEMT)の開発が活発である。例えば、特許文献2(特許第6018360号)には、良好な結晶性の電子走行層及び電子供給層を得ることができる化合物半導体装置(GaN系のHEMT)が開示されている。また、HEMTの更なる高耐圧化のため、GaN系材料を上回るバンドギャップを有するε-Ga2O3系材料の適用が注目されている。例えば、特許文献3(特開2019-46984号公報)には、ε-Ga2O3を用いて半導体特性に優れた半導体装置を製造する方法が開示されている。この半導体装置は、ミストCVD法により、準安定の結晶構造を有する半導体結晶を主成分として含む第1の半導体膜、及び第1の半導体膜の主成分とは組成が異なり、六方晶の結晶構造を有する半導体結晶を主成分として含む第2の半導体膜(主成分がε-Ga2O3)をそれぞれ形成することにより製造されることが記載されている。
【0005】
前述のとおり、ε-Ga2O3はヘテロエピタキシャル成長で形成する手法しか知られておらず、GaN等の異種基板への成膜が必要である。そのような成膜に用いられるGaNテンプレートはサファイア基板やSiC基板上にGaN膜を形成したものである。例えば、非特許文献2(Stefano Leone et al. "Epitaxial growth of GaN/Ga2O3 and Ga2O3/GaN heterostructures for novel high electron mobility transistors" Journal of Crystal Growth 534 (2020) 125511)には、GaNテンプレート上にε-Ga2O3層を形成する手法が記載されている。また、特許文献1には、GaN単結晶上にε-Ga2O3膜を形成する手法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第6436538号
【文献】特許第6018360号
【文献】特開2019-46984号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Yuichi Oshima et al. "Epitaxial growth of phase-pure ε-Ga2O3 by halide vapor phase epitaxy" J. Appl. Phys, 118, 085301 (2015)
【文献】Stefano Leone et al. "Epitaxial growth of GaN/Ga2O3 and Ga2O3/GaN heterostructures for novel high electron mobility transistors" Journal of Crystal Growth 534 (2020) 125511
【文献】Ildiko Cora et al. "The real structure of ε-Ga2O3 and its relation to κ-phase," CrystEngComm, 2017, 19, 1509-1516
【文献】F. Mezzadri, et al., "Crystal Structure and Ferroelectric Properties of ε-Ga2O3 Films Grown on (0001)-Sapphire," Inorg. Chem. 2016, 55, 12079-12084
【発明の概要】
【0008】
しかしながら、GaNテンプレートやGaN単結晶上にヘテロエピタキシャル成長で形成したε-Ga2O3膜は下地基板から剥離しやすく、特に2インチ以上のサイズにε-Ga2O3を成膜すると剥離箇所が増加する問題がある。また、GaNテンプレートやGaN単結晶に限らずAlNテンプレート等を用いた場合も同様に、剥離が生じやすい。例えば、特許文献1にはAlNテンプレート上にε-Ga2O3層を形成する手法が記載されているが、2インチ以上のサイズにε-Ga2O3を成膜すると剥離箇所が増加する問題がある。
【0009】
本発明者らは、今般、下地基板としての高抵抗で厚い13族窒化物単結晶上にε-Ga2O3系半導体層を形成することで、ε-Ga2O3系半導体層が下地基板から剥離しにくい積層体を提供できるとの知見を得た。
【0010】
したがって、本発明の目的は、ε-Ga2O3系半導体層が下地基板から剥離しにくい積層体を提供することにある。
【0011】
本発明によれば、以下の態様が提供される。
[態様1]
ε-Ga2O3、又はε-Ga2O3系固溶体で構成される半導体層と、
25℃における比抵抗が1.00×102Ω・cm以上であり、厚さが200μm以上である、高抵抗13族窒化物単結晶と、
から構成される2層構造を有する、積層体。
[態様2]
前記高抵抗13族窒化物単結晶が、GaN、AlN及びBNから選択されるいずれか1種の単結晶である、態様1に記載の積層体。
[態様3]
前記高抵抗13族窒化物単結晶が、GaNの単結晶であり、かつ、ドーパントとしてZnを1.00×1018~2.00×1019atoms/cm3の濃度で含む、態様2に記載の積層体。
[態様4]
前記高抵抗13族窒化物単結晶が、GaNの単結晶であり、かつ、ドーパントとしてFeを1.00×1018~2.00×1019atoms/cm3の濃度で含む、態様2又は3に記載の積層体。
[態様5]
前記高抵抗13族窒化物単結晶が、GaNの単結晶であり、かつ、ドーパントとしてMnを1.00×1018~2.00×1019atoms/cm3の濃度で含む、態様2~4のいずれか一つに記載の積層体。
[態様6]
前記半導体層内のZn濃度が1.00×1016atoms/cm3以下である、態様1~5のいずれか一つに記載の積層体。
[態様7]
前記半導体層内のFe濃度が1.00×1016atoms/cm3以下である、態様1~6のいずれか一つに記載の積層体。
[態様8]
前記半導体層内のMn濃度が1.00×1016atoms/cm3以下である、態様1~7のいずれか一つに記載の積層体。
[態様9]
前記半導体層の厚さt1の、前記高抵抗13族窒化物単結晶の厚さt2に対する比t1/t2が、1.00×10-5~1.00である、態様1~8のいずれか一つに記載の積層体。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】結晶板製造装置10の上部を水平に切断したときの断面図である。
【
図3】耐圧容器12の全体構成を説明するための、耐圧容器12の断面図である。
【
図4】揺動装置70により耐圧容器12を傾けたときの、耐圧容器12の断面図である。
【
図5】HVPE法を用いた気相成長装置の構成を示す模式断面図である。
【
図6】ミストCVD装置の構成を示す模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
積層体
本発明の積層体は、ε-Ga2O3、又はε-Ga2O3系固溶体で構成される半導体層と、高抵抗13族窒化物単結晶とから構成される2層構造を有する。高抵抗13族窒化物単結晶は、25℃における比抵抗が1.00×102Ω・cm以上であり、200μm以上の厚さを有する。このように、下地基板としての高抵抗で厚い13族窒化物単結晶上にε-Ga2O3系半導体層を形成することで、ε-Ga2O3系半導体層が下地基板から剥離しにくい積層体を提供することができる。前述したように、ε-Ga2O3はヘテロエピタキシャル成長でGaN等の異種基板上に形成したε-Ga2O3膜は下地基板から剥離しやすいという問題があったが、本発明の積層体によればこの問題を好都合に解消することができる。
【0014】
本発明のように、ε-Ga2O3系半導体層を形成する下地基板に高抵抗で厚い13族窒化物単結晶を用いることで、ε-Ga2O3系半導体層の剥離を抑制できる理由は不明ではあるものの、例えば以下のように推定できる。13族窒化物上にε-Ga2O3系半導体層を形成すると、自発分極とピエゾ効果によって二次元電子ガス層が形成されることが知られている。下地基板に高抵抗で厚い13族窒化物単結晶を適用することで、ε-Ga2O3系半導体層を積層したときに生じる二次元電子ガス層に変化が生じ、何らかの電気的な効果により剥離しづらくなったものと推定できる。
【0015】
本発明の積層体において、半導体層の厚さt1の、高抵抗13族窒化物単結晶の厚さt2に対する比t1/t2は、小さい方が好ましく、例えば、1.00以下が好ましく、より好ましくは0.1以下である。このt1/t2には特に下限はないが、1.00×10-5以上であるのが好ましい。すなわち、t1/t2は、1.00×10-5~1.00であるのが好ましく、より好ましくは1.00×10-5~1.00×10-1である。こうすることで、半導体層の剥離抑制効果が向上する。
【0016】
積層体の直径は、大きい方が多数のチップを作製できるため好ましく、50.8mm以上が好ましく、より好ましくは100mm以上、さらに好ましくは150mm以上である。この大きさの上限に特に限定はないが、200mm以下が好ましい。
【0017】
高抵抗13族窒化物単結晶
本発明の積層体が有する高抵抗13族窒化物単結晶は、25℃における比抵抗が1.00×102Ω・cm以上であり、厚さが200μm以上である。従来下地基板として用いられてきたGaNテンプレートやGaN単結晶は抵抗が低い。また、GaN膜やGaN単結晶はn型ドーパント等がない(ノンドープ)状態であっても、Nが欠損していることや不純物としてOが存在していることにより、抵抗が低くなる。例えば、特許文献1のGaN単結晶や非特許文献2のGaNテンプレートについては、n型ドーピングがされているかは不明だが、仮にノンドープであったとしても抵抗は低くなると考えられる。一方で、本発明の積層体が有する13族窒化物単結晶は、25℃における比抵抗が1.00×102Ω・cm以上という高抵抗なものである。このような高抵抗13族窒化物単結晶は、従来の下地基板からは得られないものである。高抵抗13族窒化物単結晶の25℃おける比抵抗は高い方が良いが、好ましくは1.00×104Ω・cm以上、より好ましくは1.00×105Ω・cm以上、さらに好ましくは1.00×108Ω・cm以上、特に好ましくは1.00×1011Ω・cm以上である。この比抵抗には特に上限はないが、1.00×1018Ω・cm以下が好ましい。
【0018】
高抵抗13族窒化物単結晶の厚さは、ε-Ga2O3系半導体層の剥離を抑制する観点では厚い方が望ましく、好ましくは300μm以上、より好ましくは500μm以上であり、特に上限はない。一方で、この厚さは、コストや放熱性を高める観点では薄い方が望ましく、好ましくは1000μm以下、より好ましくは500μm以下である。このように剥離抑制の観点と、コストや放熱性の観点とを両立するには、高抵抗13族窒化物単結晶の厚さは300~1000μmが好ましい。
【0019】
高抵抗13族窒化物単結晶は、GaN、AlN及びBNから選択されるいずれか1種の単結晶であるのが好ましく、より好ましくはGaN又はAlNである。単結晶のサイズやコストの観点ではGaNが好ましい。一方で、絶縁性の観点ではAlNが好ましい。
【0020】
高抵抗13族窒化物単結晶がGaNの単結晶である場合、ドーパントを含むのが好ましい。ドーパントの例としてはBe、Mg、Zn、Fe、Mn及びCdが挙げられ、好ましくはZn、Fe又はMnである。このドーパントは、高抵抗13族窒化物単結晶に1.00×1018~2.00×1019atoms/cm3の濃度で含まれるのが好ましい。すなわち、高抵抗13族窒化物単結晶は、GaNの単結晶であり、かつ、ドーパントとしてZn、Fe又はMnを1.00×1018~2.00×1019atoms/cm3の濃度で含むのが好ましい。上記ドーパント濃度が1.00×1018atoms/cm3以上であることで抵抗が下がりすぎるのを防ぐことができ、上記ドーパント濃度が2.00×1019atoms/cm3以下であることでGaN単結晶の品質を維持することができる。ここで、上述したように従来下地基板として用いられてきたGaNテンプレートやGaN単結晶はノンドープ状態であっても抵抗が低くなる。一方で、本発明においては、13族窒化物単結晶にZn等によりカウンタードープすることで、高抵抗13族窒化物単結晶を効率よく得ることができる。
【0021】
半導体層
本発明の積層体を構成する半導体層(以下、半導体膜を称することがある)は、ε-Ga2O3、又はε-Ga2O3系固溶体で構成される。したがって、この半導体層は、ε-Ga2O3系半導体層と称することができる。ε-Ga2O3系固溶体は、ε-Ga2O3に他の成分が固溶したものである。例えば、ε-Ga2O3系半導体層は、ε-Ga2O3に、Cr2O3、Fe2O3、Ti2O3、V2O3、Ir2O3、Rh2O3、In2O3及びAl2O3からなる群から選択される1種以上の成分が固溶したε-Ga2O3系固溶体で構成されるものとすることができる。また、これらの成分を固溶させることで半導体膜のバンドギャップ、電気特性、及び/又は格子定数を制御することが可能となる。これらの成分の固溶量は所望の特性に合わせて適宜変更することができる。
【0022】
ところで、ε-Ga2O3の結晶構造は、現在の技術水準では十分に解明されていないこともあり、結晶構造解析で、κ-Ga2O3と同定されるものがε-Ga2O3としても同定されたり、あるいはε-Ga2O3と同定されるものがκ-Ga2O3としても同定されたりすることが起こりうる。例えば、非特許文献3(Ildiko Cora et al. "The real structure of ε-Ga2O3 and its relation to κ-phase," CrystEngComm, 2017, 19, 1509-1516)には、プローブ技術の分解能によっては、ε-Ga2O3の結晶構造(六方晶)とκ-Ga2O3の結晶構造(直方晶)とが混同される可能性があることが示唆されている。したがって、本明細書において「ε-Ga2O3」という用語は、ε-Ga2O3のみを指すものではなく、κ-Ga2O3をも指すものとする。すなわち、本明細書において、κ-Ga2O3の結晶構造を有すると同定されるものであっても、「ε-Ga2O3」とみなすものとし、「ε-Ga2O3」なる用語に包含されるものとする。
【0023】
ε-Ga2O3系半導体層の半導体特性を安定に制御するという観点では、Zn、Fe又はMnがドープされた高抵抗13族窒化物単結晶からε-Ga2O3系半導体層にZn、Fe又はMnが拡散していないことが望ましい。言い換えると、ε-Ga2O3系半導体層中のZn、Fe又はMnの濃度は低いことが望ましい。このような観点から、ε-Ga2O3系半導体層内のZn、Fe又はMnの濃度は、好ましくは1.00×1016atoms/cm3以下である。もっとも、Zn、Fe又はMnはGa2O3のp型ドーパントになり得るため半導体層中に含まれることがあるが、その場合であっても高抵抗13族窒化物単結晶由来のZn、Fe又はMnが半導体層に拡散しないようにすることで半導体特性を制御しやすくなる。
【0024】
本発明のε-Ga2O3系半導体層の略法線方向の配向方位は特に限定されないが、c軸配向であることが好ましい。もっとも、典型的なε-Ga2O3系半導体層は、ε-Ga2O3、又はε-Ga2O3と異種材料の混晶で構成され、c軸及びa軸の2軸方向に配向しているものである。2軸配向している限り、ε-Ga2O3系半導体層は、モザイク結晶であってもよい。モザイク結晶とは、明瞭な粒界は有しないが、結晶の配向方位がc軸及びa軸の一方又は両方がわずかに異なる結晶の集まりになっているものをいう。2軸配向の評価方法は、特に限定されるものではないが、例えばEBSD(Electron Back Scatter Diffraction Patterns)法やX線極点図等の公知の分析手法を用いることができる。例えば、EBSD法を用いる場合、2軸配向ε-Ga2O3層の表面(膜面)、又は表面と直交する断面の逆極点図マッピングを測定する。得られた逆極点図マッピングにおいて、(A)膜面の略法線方向に特定方位に配向していること、かつ、(B)法線方向と直交する略膜面内方向に略法線方向の配向方位と直交する軸に配向していること、という2つの条件を満たすときに略法線方向と略膜面方向の2軸に配向していると定義できる。言い換えると、上記2つの条件を満たしている場合に、c軸及びa軸の2軸に配向していると判断する。例えば膜面の略法線方向がc軸に配向している場合、略膜面内方向がc軸と直交する特定方位(例えばa軸)に配向していればよい。
【0025】
半導体層は、ドーパントとして14族元素を1.0×1015~1.0×1021/cm3の割合で含むことができる。ここで、14族元素はIUPAC(国際純正・応用化学連合)が策定した周期律表による第14族元素のことであり、具体的には、炭素(C)、珪素(Si)、ゲルマニウム(Ge)、錫(Sn)及び鉛(Pb)のいずれかの元素である。ドーパント量は所望の特性に合わせて適宜変更することができるが、好ましくは、1.0×1015~1.0×1021/cm3、より好ましくは1.0×1017~1.0×1019/cm3である。これらのドーパントは層中に均一に分布し、一方の表面(おもて面)とそれに対向する側の表面(裏面)の濃度は同程度であることが好ましい。すなわち、半導体層はドーパントとして14族元素を上記割合で均一に含むのが好ましい。
【0026】
半導体層の厚さは、コスト面及び要求される特性の観点から適宜調整すればよい。すなわち、厚すぎると成膜に時間がかかるため、コスト面からは極端に厚くない方が好ましい。とはいえ、狙いとする半導体特性の必要性に応じて適度に厚い層とすることが好ましい。このように所望の特性に合わせて層の厚さを適宜調整すればよいが、好ましくは0.01~400μm、より好ましくは0.1~50μmである。このような範囲の厚さとすることで、コスト面と半導体特性の両立が可能となる。
【0027】
積層体は、好ましくは20cm2以上、より好ましくは70cm2以上、さらに好ましくは170cm2以上の面積を有する。このように積層体を大面積化することにより、一枚の積層体から半導体素子を多数個取りすることが可能となり、製造コストの低減化を図ることができる。積層体の大きさの上限は特に限定されるものではないが、典型的には、片面700cm2以下である。
【0028】
高抵抗13族窒化物単結晶の製造方法
高抵抗13族窒化物単結晶の好ましい製造方法について、図面を用いて以下に説明する。
図1は結晶板製造装置10の上部を水平に切断したときの断面図、
図2は
図1のA-A断面図、
図3は耐圧容器12の全体構成を説明するための耐圧容器12の断面図、
図4は揺動装置70により耐圧容器12を傾けたときの、耐圧容器12の断面図である。なお、
図1及び2では、便宜上、窒素ガスボンベ22や真空ポンプ26等における周辺機器は省略している。
【0029】
図1に示すように、結晶板製造装置10は、耐圧容器12と、この耐圧容器12を揺動可能な揺動装置70とを備えている。
【0030】
図3に示すように、耐圧容器12は、鍔の付いた容器本体12aと、同じく鍔の付いた容器蓋12bとを備える。この耐圧容器12は、内部にヒータカバー14で囲まれた加熱空間16を有している。この加熱空間16は、ヒータカバー14の側面の上下方向に配置された上段ヒータ18a、中段ヒータ18b及び下段ヒータ18cのほか、ヒータカバー14の底面に配置された底部ヒータ18dによって内部温度が調節可能となっている。この加熱空間16は、ヒータカバー14の周囲を覆うヒータ断熱材20によって断熱性が高められている。また、耐圧容器12には、窒素ガスボンベ22の窒素導入パイプ24a及び24bが接続されると共に真空ポンプ26の真空引き配管28が接続されている。窒素導入パイプ24aは、耐圧容器12、ヒータ断熱材20、ヒータカバー14及びコンテナ42を貫通してコンテナ42の内部に窒素ガスを導入可能となっている。窒素導入パイプ24bは、耐圧容器12を貫通して耐圧容器12の内部に窒素ガスを導入可能となっている。窒素導入パイプ24a及び24bのうち窒素ガスボンベ22から耐圧容器12に至るまでの部分はフレキシブルパイプで構成されている。また、窒素導入パイプ24aには流量を調節可能なマスフローコントローラ25が取り付けられ、窒素導入パイプ24bにはパイプの開閉が可能なバルブ27が取り付けられている。真空引き配管28は、耐圧容器12を貫通し、耐圧容器12とヒータ断熱材20との隙間に開口している。ヒータカバー14は、完全に密閉されているわけではないため、ヒータカバー14の外側が真空状態になればその内側も真空状態になる。この真空引き配管28はフレキシブルパイプで構成されている。耐圧容器12には、更にバルブ49の付いた窒素排気パイプ48が取り付けられている。この窒素排気パイプ48は、バルブ49を開くことによりコンテナ42の内部と外気とが連通するようになっている。この窒素排気パイプ48のうち耐圧容器12の外側部分は、フレキシブルパイプで構成されている。
【0031】
耐圧容器12の内部には、嵩上げ台30の上にコンテナ42が配置されている。コンテナ42は、有底筒状でインコネル製のコンテナ本体42aと、このコンテナ本体42aの上部開口を閉鎖するインコネル製のコンテナ蓋42bとを備えている。コンテナ蓋42bには、窒素導入パイプ24aと共に、導入した窒素がコンテナ42の内部空間からオーバーフローする分を排出するための窒素排気パイプ48も併設されている。コンテナ42の内部には、有底筒状の本体と蓋とを備えた中間容器60が収容され、この中間容器60の内部には、有底筒状の本体と蓋とを備えたアルミナ製の育成容器50が配置されている。育成容器50には、育成原料(例えばナトリウム/ガリウム/亜鉛/炭素)の混合融液が入っており、その混合融液中に円板状でアルミナ製の種結晶基板トレー52が配置されている。この種結晶基板トレー52は、一端がトレー台56に接し、他端が育成容器50の底面に接している。また、種結晶基板トレー52は、中央部分に円板状の種結晶基板54をはめ込むための凹みを有している。種結晶基板54は、サファイア基板の表面にGaNの薄膜が気相法により形成されたものを用いてもよいし、GaNの基板を用いてもよい。
【0032】
図1及び
図2に示すように、揺動装置70は、耐圧容器12を載置する基台72と、この基台72の周囲に立設された4本の柱73の上方にそれぞれ取り付けられたブラケット74と、各ブラケット74と基台72との間に接続された伸縮機構76とを備えている。基台72は、平面視したときの形状が略四角形である板状部材であり、中央に耐圧容器12を載置可能となっている。ブラケット74は、サーボモータを有するアクチュエータ78を水平軸により揺動可能に支持している。伸縮機構76は、下方にシリンダ77が取り付けられたアクチュエータ78と、シリンダ77に取り付けられボールネジを介して上下方向に伸縮可能な可動シャフト80と、この可動シャフト80の下端に取り付けられたユニバーサルジョイント82と、基台72に固定されユニバーサルジョイント82を支持する支持シャフト84とを備えている。そして、
図2において、互いに向かい合う一対の伸縮機構76では、左側及び右側の伸縮機構76のうち一方の可動シャフト80(右側の可動シャフト80)を伸ばし他方の可動シャフト80(左側の可動シャフト80)を縮めることにより、基台72は
図4のように斜めに傾斜する。このとき、各支持シャフト84は基台72に固定されているが、支持シャフト84と可動シャフト80との間には全方位の角度に対応するユニバーサルジョイント82が介在しており、また、アクチュエータ78はブラケット74に揺動可能に取り付けられているため、支障なく基台72を斜めに傾斜させることができる。そして、4つのアクチュエータ78を図示しないシーケンサにより制御すれば、基台72を水平面に対して所定角度だけ傾斜させた状態で回転させることができる。これにより、基台72に載置された耐圧容器12内の育成容器50中の混合融液を回転させたり、混合融液に上下方向の対流を起こさせたりすることができる。
【0033】
このようにして構成された結晶板製造装置10の好ましい使用例について説明する。この結晶板製造装置10は、例えばフラックス法により高抵抗13族窒化物単結晶を製造するのに用いられる。以下には、Znをドーピングした高抵抗13族窒化物単結晶(以下、ZnドープGaN単結晶と称することがある)を製造する場合を例に挙げて説明する。この場合、種結晶基板54としては、GaNテンプレート、13族の金属としては金属ガリウム、フラックスとしては金属ナトリウムを用意する。まず、
図3に示すように育成容器50内で種結晶基板54を金属ガリウム、金属ナトリウム、金属亜鉛及び炭素を含む混合融液に浸漬する。続いて、真空ポンプ26により、耐圧容器12内部を1×10
-2Pa台まで真空引きし、内部に残留する水分、酸素を低減する。その後、所定の圧力まで窒素ガスを導入し、加熱空間16が所定の結晶成長温度になるように各ヒータ18a~18dを制御しながら混合融液に窒素ガスを供給し続ける。その後、アクチュエータ78を制御して基台を水平面に対して所定角度(例えば5~15°)傾斜させた状態で時計回りや反時計回りに所定周期(例えば30~300秒)で切り替えながら所定の速度(例えば1~10rpmの速度)で回転させることにより、育成容器50の内容物を強制的に攪拌する。こうすることにより、種結晶基板54に対して混合融液を絶えず移動させることができる。この際、種結晶基板54の最も結晶成長の速い面を上向きとするのが好ましい。こうすれば、常に気液界面で窒素が溶け込んだ原料を種結晶に供給することになり、高品質な13族金属窒化物を得やすい。この状態を維持することにより、混合融液中で種結晶基板54上にZnドープGaNの単結晶が成長する。なお、混合融液に炭素を適量加えると、亜鉛によるガリウム原料の窒化阻害が抑制される。育成容器50内の混合融液中で成長したZnドープGaN単結晶は、冷却後、容器に有機溶剤(例えばイソプロパノールやエタノールなどの低級アルコール)を加えて該有機溶剤にフラックスなどの不要物を溶かすことにより回収することができる。
【0034】
上述したようにZnドープGaN単結晶を製造する場合、結晶成長温度は800~950℃に設定するのが好ましく、850~900℃に設定するのがより好ましい。加熱空間16の温度を均一にするには、上段ヒータ18a、中段ヒータ18b、下段ヒータ18c、底部ヒータ18dの順に温度が高くなるように設定したり、上段ヒータ18aと中段ヒータ18bを同じ温度T1に設定し、下段ヒータ18cと底部ヒータ18dをその温度T1よりも高い温度T2に設定したりするのが好ましい。また、窒素ガスの圧力は、2~5MPaに設定するのが好ましく、2.5~4MPaに設定するのがより好ましい。窒素ガスの圧力を調整するには、まず、真空ポンプ26を駆動して真空引き配管28を介して耐圧容器12の内部圧力を高真空状態(例えば1Pa以下や0.1Pa以下)とし、その後、真空引き配管28を図示しないバルブによって閉鎖し、窒素ガスボンベ22から窒素導入パイプ24aを介して加熱空間16に窒素ガスを供給することにより行う。GaN結晶が成長している間、炉内の構造物から不純物が拡散することによりコンテナ42の内部の雰囲気が汚染されることを防ぐために、結晶成長中は加熱空間16に窒素ガスをマスフローコントローラ25により所定流量となるように供給し続ける。この間、窒素導入パイプ24bはバルブ27により閉鎖する。なお、オーバーフローした窒素ガスは窒素排気パイプ48を介して大気へ放出される。
【0035】
以上詳述したように、結晶板製造装置10によれば、比抵抗の値が高く厚いZnドープGaN単結晶を好ましく得ることができる。また、育成容器50内の内容物を強制的に撹拌するため、Znが均一に分散しやすく、ZnドープGaN単結晶が均質になりやすい。さらに、上段、中段及び下段ヒータ18a~18cに加えて底部ヒータ18dを配置したため、加熱空間16のうち温度が不均一になりやすい底面付近も含めて全体を均一な温度に維持することができる。なお、FeドープGaN単結晶又はMnドープGaN単結晶についても、ZnドープGaN単結晶と同様の方法にて作製することが可能である。
【0036】
なお、高抵抗13族窒化物単結晶の製造方法は上述した製造形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
【0037】
例えば、上述した製造形態では、揺動装置70により基台72に載置された耐圧容器12内の育成容器50中の融液を回転させたり対流させたりするようにしたが、揺動装置70の代わりに基台72を回転させる回転機構を採用して融液を回転させたり対流させたりするようにしてもよい。また、高抵抗13族窒化物単結晶としてAlN単結晶を作製する場合、AlN単結晶は昇華法やHVPE法等の既存の手法により作製することができる。
【0038】
半導体層の製造方法
半導体層は、下地基板として高抵抗13族窒化物単結晶を用いて、その上にε-Ga2O3系材料を成膜することにより製造することができる。ε-Ga2O3系半導体層の製造方法は特に限定がないが、ミストCVD法、HVPE法、MOCVD法、スパッタ法等の気相法、及び水熱法、フラックス法等の液相法が好ましく、ミストCVD法、HVPE法、又は水熱法が特に好ましい。これらの方法のうち、HVPE法及びミストCVD法について以下に説明する。
【0039】
HVPE法(ハライド気相成長法)はCVDの一種であり、Ga2O3やGaN等の化合物半導体の成膜に適用可能な方法である。この方法では、Ga原料とハロゲン化物を反応させてハロゲン化ガリウムガスを発生させ、成膜用下地基板上に供給する。同時にO2ガスを成膜用下地基板上に供給し、ハロゲン化ガリウムガスとO2ガスが反応することで成膜用下地基板上にGa2O3が成長する。高速及び厚膜成長が可能であり、工業的にも広く実績を有する方法であり、α-Ga2O3だけでなくβ-Ga2O3の成膜例が報告されている。
【0040】
図5にHVPE法を用いた気相成長装置の一例を示す。HVPE法を用いた気相成長装置90は、反応炉100と、成膜用下地基板106を載置するサセプタ108と、酸素原料供給源101と、キャリアガス供給源102と、Ga原料供給源103と、ヒータ104と、ガス排出部107を備えている。反応炉100は、原料と反応しない任意の反応炉が適用され、例えば石英管である。ヒータ104は少なくとも700℃(好ましくは900℃以上)まで加熱可能な任意のヒータが適用され、例えば抵抗加熱式のヒータである。
【0041】
Ga原料供給源103には内部に金属Ga105が載置されており、ハロゲンガス又はハロゲン化水素ガス、例えばHClが供給される。ハロゲンガス又はハロゲン化ガスは好ましくはCl2又はHClである。供給されたハロゲンガス又はハロゲン化ガスは金属Ga105と反応し、ハロゲン化ガリウムガスが生じ、成膜用下地基板に供給される。ハロゲン化ガリウムガスは、好ましくはGaCl及び又はGaCl3を含む。酸素原料供給源101は、O2、H2O及びN2Oからなる群から選択される酸素源が供給可能だが、O2が好ましい。これらの酸素原料ガスは、ハロゲン化ガリウムガスと同時に成膜用下地基板に供給される。なお、Ga原料や酸素原料ガスはN2や希ガス等のキャリアガスとともに供給してもよい。
【0042】
ガス排出部107は、例えば、拡散ポンプ、ロータリーポンプ等の真空ポンプに接続されていてもよく、反応炉100内の未反応のガスの排出だけでなく、反応炉100内を減圧下に制御してもよい。これにより、気相反応の抑制、及び成長速度分布が改善され得る。
【0043】
ヒータ104を用いて所定の温度まで成膜用下地基板106を加熱し、ハロゲン化ガリウムガスと酸素原料ガスを同時に供給することで、成膜用下地基板106上にε-Ga2O3が形成される。成膜温度はε-Ga2O3が成膜される限り特に限定されないが、例えば250℃~900℃が典型的である。Ga原料ガスや酸素原料ガスの分圧も特に限定されない。例えば、Ga原料ガス(ハロゲン化ガリウムガス)の分圧は0.05kPa以上10kPa以下の範囲としてもよく、酸素原料ガスの分圧は0.25kPa以上50kPa以下の範囲としてもよい。
【0044】
ドーパントとして14族元素を含有するε-Ga2O3系半導体層を成膜する場合や、InやAlの酸化物等を含むε-Ga2O3との混晶膜を成膜する場合においては、別途供給源を設けてそれらのハロゲン化物等を供給してもよいし、Ga原料供給源103からハロゲン化物を混合して供給してもよい。また、金属Ga105と同じ箇所に14族元素やIn、Al等を含有する材料を載置し、ハロゲンガス又はハロゲン化水素ガスと反応させ、ハロゲン化物として供給してもよい。成膜用下地基板106に供給されたそれらのハロゲン化物ガスは、ハロゲン化ガリウムと同様、酸素原料ガスと反応して酸化物となり、ε-Ga2O3系半導体膜中に取り込まれる。
【0045】
HVPE法で半導体層を形成する際には、Ga原料、酸素原料等の供給量を一定のままとし、成膜条件を適切に制御することで単層構造の層を形成することができる。このようにして、半導体層を下地基板上に成膜することができる。
【0046】
ミストCVD法は、原料溶液を霧化又は液滴化してミスト又は液滴を発生させ、キャリアガスを用いてミスト又は液滴を基板を備えた成膜室に搬送し、成膜室内でミスト又は液滴を熱分解及び化学反応させて基板上に膜を形成及び成長させる手法であり、真空プロセスを必要とせず、短時間で大量のサンプルを作製することができる。ここで、
図6にミストCVD装置の一例を示す。
図6に示されるミストCVD装置111は、基板119を載置するサセプタ120と、希釈ガス源112aと、キャリアガス源112bと、希釈ガス源112aから送り出される希釈ガスの流量を調節するための流量調節弁113aと、キャリアガス源112bから送り出されるキャリアガスの流量を調節するための流量調節弁113bと、原料溶液114aが収容されるミスト発生源114と、水115aが入れられる容器115と、容器115の底面に取り付けられた超音波振動子116と、成膜室となる石英管117と、石英管117の周辺部に設置されたヒータ118と、排気口121を備えている。サセプタ120は石英からなり、基板119を載置する面が水平面から傾斜している。
【0047】
ミストCVD法に用いる原料溶液114aとしては、ε-Ga2O3系半導体層が得られる溶液であれば、限定されるものではないが、例えば、Ga及び/又はGaと固溶体を形成する金属の有機金属錯体やハロゲン化物を溶媒に溶解させたものが挙げられる。有機金属錯体の例としては、アセチルアセトナート錯体が挙げられる。また、半導体層にドーパントを加える場合には、原料溶液にドーパント成分の溶液を加えてもよい。さらに、原料溶液には塩酸等の添加剤を加えてもよい。溶媒としては水やアルコール等を使用することができる。
【0048】
次に、得られた原料溶液114aを霧化又は液滴化してミスト又は液滴114bを発生させる。霧化又は液滴化する方法の好ましい例としては、超音波振動子116を用いて原料溶液114aを振動させる手法が挙げられる。その後、得られたミスト又は液滴114bを、キャリアガスを用いて成膜室に搬送する。キャリアガスは特に限定されるものではないが、酸素、オゾン、窒素等の不活性ガス、及び水素等の還元ガスの一種又は二種以上を用いることができる。
【0049】
成膜室(石英管117)には基板119が備えられている。成膜室に搬送されたミスト又は液滴114bは、そこで熱分解及び化学反応されて、基板119上に膜を形成する。反応温度は原料溶液の種類に応じて異なるが、好ましくは300~800℃、より好ましくは400~700℃である。また、成膜室内の雰囲気は、所望の半導体膜が得られる限り特に限定されるものではなく、酸素ガス雰囲気、不活性ガス雰囲気、真空又は還元雰囲気であってよいが、大気雰囲気が好ましい。このようにして、半導体層を下地基板上に成膜することができる。
【0050】
以上のようにして得られたε-Ga2O3又はε-Ga2O3系固溶体からなる半導体層上に電子走行層等のデバイス構造を設けることで、HEMT等の横型素子を形成することができる。また、半導体層自体を電子走行層として利用することも可能である。
【実施例】
【0051】
本発明を以下の例によってさらに具体的に説明する。
【0052】
例1
(1)高抵抗13族窒化物(GaN)単結晶基板の作製
まず、直径50.8mm(2インチ)、厚さ0.43mmのc面サファイア基板の表面に、550℃にてGaN低温バッファ層を70nm成膜し、その後、厚さ10μmのGaN薄膜を1050℃にて気相により成膜し、種結晶基板54として利用可能なGaNテンプレートを得た。
【0053】
次いで、このGaNテンプレート上に、フラックス法によってZnをドープしたGaN単結晶を形成した。以下、
図1~4を参照しながら、GaN単結晶の形成方法を具体的に説明する。まず、アルゴン雰囲気のグローブボックス内で、内径70mmの育成容器50としてのアルミナ坩堝の中にトレー台56を置き、種結晶基板トレー52をトレー台56に立て掛けて角度が10°になるように育成容器50の底面中央に斜めに置いた。その種結晶基板トレー52の中央に種結晶基板54として上記GaNテンプレートを配置した。そして、金属ナトリウム(Na)34g、金属ガリウム(Ga)38g、炭素(C)90mg、亜鉛(Zn)175mgを育成容器50内に充填した。このときのNaに対するGaの割合は27mol%、Naに対するZnの割合は0.18mol%、Gaに対するZnの割合は0.49mol%、Naに対するCの割合は0.5mol%であった。Znの原料は、直径1mmのワイヤー状のものを3mm程度の長さに切断したものを適量用いた。この育成容器50を中間容器60に入れ、この中間容器60をコンテナ本体42aに入れてコンテナ蓋42bを閉じたあと、コンテナ42を耐圧容器12の容器本体12aに入れ、容器蓋12bを閉めて基台72の上に設置した。続いて、耐圧容器12の内部圧力を高真空状態とした後、真空引き配管28のバルブ(図示せず)を閉じた。続いて、窒素ガスボンベ22から窒素導入パイプ24a及び24bを介して耐圧容器12内及びコンテナ42内に窒素ガスを供給し、窒素ガス圧力を13.2MPaに調整した。また、コンテナ42の内部温度が870℃になるように各ヒータ18a~18dの温度制御を行った。なお、内部温度が870℃、窒素ガス圧力が13.2MPaになるまで2時間かけて昇温加圧した。その後、4つのアクチュエータ78をそれぞれシーケンサを用いて制御することにより、耐圧容器12を水平方向に対して10°に傾けた状態で時計回りと反時計回りとを60秒周期で交互に切り替えることで、育成容器50内の融液を攪拌しながら100時間保持することにより結晶成長させた。このとき、耐圧容器12の回転速度は5rpmとした。その後、30時間かけて室温まで徐冷した。その後、耐圧容器12から育成容器50を取り出し、エタノールを用いて、フラックスを除去し、種結晶基板54上に成長したZnドープGaN結晶板を回収した。こうして、成膜用下地基板として、Znをドーピングした高抵抗13族窒化物(GaN)単結晶を作製した。
【0054】
(2)高抵抗13族窒化物単結晶の評価
得られた高抵抗13族窒化物(GaN)単結晶は、直径50.8mm(2インチ)の基板であり、厚さは1000μmであった。この単結晶を研磨し、ホール測定により25℃における比抵抗を測定したところ、測定上限値をオーバーした。このときの測定上限値が1.00×104Ω・cmであったことから、この値以上の高抵抗の単結晶であることがわかった。次に、高抵抗13族窒化物(GaN)単結晶の表面と裏面にオーミック電極を形成し、2端子法により、25℃における比抵抗を測定したところ、1.00×104Ω・cmであった。また、SIMS分析により、GaN単結晶中のZn濃度が4.00×1018atoms/cm3であることが分かった。結果を表1に示す。
【0055】
(3)ミストCVD法によるε-Ga2O3膜の形成
ミストCVD法を用いて、上記(1)で作製した高抵抗13族窒化物(GaN)単結晶上にε-Ga2O3系半導体層を以下の手順で形成した。
【0056】
(3a)ミストCVD装置
図6に本例で用いたミストCVD装置111を模式的に示す。ミストCVD装置111は、希釈ガス源112a、キャリアガス源112b、流量調節弁113a及び113b、ミスト発生源114、容器115、超音波振動子116、石英管117、ヒータ118、サセプタ120、及び排気口121を備えている。サセプタ120には基板119が載置される。流量調節弁113aは希釈ガス源112aから送り出される希釈ガスの流量を調節可能に構成される一方、流量調節弁113bはキャリアガス源112bから送り出されるキャリアガスの流量を調節可能に構成される。ミスト発生源114には原料溶液114aが収容される一方、容器115には水115aが入れられる。超音波振動子116は容器115の底面に取り付けられる。石英管117は成膜室を成しており、ヒータ118が石英管117の周辺部に設置される。サセプタ120は石英で構成され、基板119を載置する面が水平面から傾斜している。
【0057】
(3b)原料溶液の調製
ガリウムアセチルアセトナート濃度が0.05mol/Lの水溶液を調製した。この際、36%塩酸を体積比で1.5%を含有させ、原料溶液114aとした。
【0058】
(3c)成膜準備
得られた原料溶液114aをミスト発生源114内に収容した。上記(1)で作製した高抵抗13族窒化物単結晶を基板119として、Ga面が成膜面となるようにサセプタ120上に設置させ、ヒータ118を作動させて石英管117内の温度を650℃にまで上昇させた。次に、流量調節弁113a及び113bを開いて希釈ガス源112a及びキャリアガス源112bから希釈ガス及びキャリアガスをそれぞれ石英管117内に供給した。石英管117内の雰囲気を希釈ガス及びキャリアガスで十分に置換した後、希釈ガスの流量を0.5L/min、キャリアガスの流量を1L/minにそれぞれ調節した。希釈ガス及びキャリアガスとしては、窒素ガスを用いた。
【0059】
(3d)膜形成
超音波振動子116を2.4MHzで振動させ、その振動を、水115aを通じて原料溶液114aに伝播させることによって、原料溶液114aをミスト化させて、ミスト114bを生成した。このミスト114bが、希釈ガス及びキャリアガスによって成膜室である石英管117内に導入され、石英管117内で反応して、基板119の表面でのCVD反応によって基板119上に膜を形成させた。こうして結晶性半導体膜(半導体層)を得た。成膜時間は9分とした。上述した工程により、高抵抗13族窒化物単結晶上に結晶性半導体膜を形成した試料を10個作製した。
【0060】
(4)半導体膜の評価
(4a)表面EDS
得られた膜の成膜側(すなわち高抵抗13族窒化物単結晶と反対側)の膜表面のEDS測定を実施した結果、Ga及びOのみが検出され、得られた膜はGa酸化物であることが分かった。
【0061】
(4b)表面EBSD
電子線後方散乱回折装置(EBSD)(オックスフォード・インストゥルメンツ社製Nordlys Nano)を取り付けたSEM(日立ハイテクノロジーズ社製、SU-5000)にてGa酸化物膜表面の逆極点図方位マッピングを約50μm×10μmの視野で実施した。装置に付属したソフトウエア(Twist)を用いて、非特許文献4(F. Mezzadri, et al., "Crystal Structure and Ferroelectric Properties of ε-Ga2O3 Films Grown on (0001)-Sapphire," Inorg. Chem. 2016, 55, 12079-12084)に記載のε-Ga2O3(六方晶)の空間群、単位格子パラメータ(辺及び角度)、原子位置の結晶情報をデータベース登録し、これを用いてEBSD測定を行った。
【0062】
このEBSD測定の諸条件は以下のとおりとした。
<EBSD測定条件>
・加速電圧:15kV
・スポット強度:70
・ワーキングディスタンス:22.5mm
・ステップサイズ:0.5μm
・試料傾斜角:70°
・測定プログラム:Aztec(version 3.3)
【0063】
得られた逆極点図方位マッピングから、Ga酸化物膜は、基板法線方向にc軸配向し、面内も配向した2軸配向の結晶構造を有することが分かった。これらの結果から、得られた半導体膜はε-Ga2O3で構成される結晶構造の配向膜であることが確認された。
【0064】
(4c)Zn濃度
D-SIMS(CAMECA社製IMS-7f)を用いてε-Ga2O3膜中のZn濃度を測定した。測定時の1次イオン種としてはCs+イオンを用い、一次イオン加速電圧14.5kVで測定した。その結果、ε-Ga2O3膜中のZn濃度は1.00×1016atoms/cm3以下であることを確認した。結果を表1に示す。
【0065】
(4d)剥離箇所の確認
上記(3d)で得られた試料10個に対して光学顕微鏡を用いて、ε-Ga2O3膜が下地基板(GaN単結晶)から剥離している箇所を検出したところ、剥離箇所は1か所のみであった。結果を表1に示す。
【0066】
例2
上記(1)において研磨により高抵抗13族窒化物単結晶の厚さを350μmとし、上記(3d)において成膜時間を300分としたこと以外は、例1と同様にして積層体を作製し、各種評価を行った。得られた膜はε-Ga2O3であることが確認された。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0067】
例3
上記(3d)において成膜時間を1分としたこと以外は、例1と同様にして積層体を作製し、各種評価を行った。得られた膜はε-Ga2O3であることが確認された。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0068】
例4
上記(3d)において1回あたりの成膜時間を1時間とし、成膜を50回繰り返したこと以外は、例1と同様にして積層体を作製し、各種評価を行った。得られた膜はε-Ga2O3であることが確認された。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0069】
例5
上記(1)において、亜鉛を70mgとしたこと以外は、例1と同様にして積層体を作製し、各種評価を行った。得られた膜はε-Ga2O3であることが確認された。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0070】
例6
上記(1)において、亜鉛を1200mg用いたこと以外は、例1と同様にして積層体を作製し、各種評価を行った。得られた膜はε-Ga2O3であることが確認された。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0071】
例7
上記(1)において、高抵抗GaN単結晶基板を市販のAlN単結晶基板(厚さ450μm)に変更したこと以外は、例3と同様にして積層体を作製し、各種評価を行った。得られた膜はε-Ga2O3であることが確認された。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0072】
例8(比較)
上記(1)において、亜鉛を用いなかったこと以外は、例3と同様にして積層体を作製し、各種評価を行った。得られた膜はε-Ga2O3であることが確認された。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0073】
例9(比較)
上記(1)において、高抵抗GaN単結晶の厚さを180μmまで薄くしたこと以外は、例3と同様にして積層体を作製し、各種評価を行った。得られた膜はε-Ga2O3であることが確認された。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0074】
例10(比較)
上記(1)において亜鉛を20mg用い、上記(3d)において成膜時間を1分としたこと以外は、例5と同様にして積層体を作製し、各種評価を行った。得られた膜はε-Ga2O3であることが確認された。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0075】
例11
上記(1)において亜鉛の代わりに鉄(Fe)を750mg使用し、上記(2)及び上記(4c)においてFe濃度を測定したこと以外は、例1と同様にして積層体を作製し、各種評価を行った。得られた膜はε-Ga2O3であることが確認された。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0076】
例12
上記(1)において亜鉛の代わりにマンガン(Mn)を750mg使用し、上記(2)及び上記(4c)においてMn濃度を測定したこと以外は、例1と同様にして積層体を作製し、各種評価を行った。得られた膜はε-Ga2O3であることが確認された。結果は、表1に示されるとおりであった。
【0077】